(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024011072
(43)【公開日】2024-01-25
(54)【発明の名称】磁性複合体、並びに前記磁性複合体を備えるコイル及び/又はインダクタ機能を有する素子又は部品、電子デバイス、電子部品収納用筐体、電磁波吸収体、電磁波シールド、あるいはアンテナ機能を有する素子又は部品
(51)【国際特許分類】
H01F 10/20 20060101AFI20240118BHJP
H01F 41/16 20060101ALI20240118BHJP
H01F 1/34 20060101ALI20240118BHJP
H05K 9/00 20060101ALI20240118BHJP
【FI】
H01F10/20
H01F41/16
H01F1/34 140
H05K9/00 M
H05K9/00 W
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022112762
(22)【出願日】2022-07-13
(71)【出願人】
【識別番号】000231970
【氏名又は名称】パウダーテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100166338
【弁理士】
【氏名又は名称】関口 正夫
(72)【発明者】
【氏名】石井 一隆
(72)【発明者】
【氏名】安賀 康二
【テーマコード(参考)】
5E041
5E049
5E321
【Fターム(参考)】
5E041AB01
5E041AB02
5E041AC05
5E041CA13
5E041NN06
5E049AB04
5E049BA27
5E049CB01
5E049DB02
5E049DB06
5E049FC10
5E321BB25
5E321BB51
5E321GG05
5E321GG11
(57)【要約】
【課題】信頼性に優れ、長期間安定に使用できる磁性複合体を提供すること。そのような磁性複合体を備えるコイル及び/又はインダクタ機能を有する素子又は部品、電子デバイス、電子部品収納用筐体、電磁波吸収体、電磁波シールド、あるいはアンテナ機能を有する素子又は部品を提供すること。
【解決手段】基材と、前記基材の表面に設けられたフェライト層と、を備え、前記フェライト層は、スピネル型結晶構造を有する第1フェライト相と、スピネル型結晶構造を有する第2フェライト相とを、異なる相として含み、前記第1フェライト相及び前記第2フェライト相のそれぞれは、鉄(Fe)及び酸素(O)を含み、さらに鉄(Fe)以外の遷移金属元素、リチウム(Li)、マグネシウム(Mg)、及びアルミニウム(Al)からなる群から選ばれる少なくとも一種の元素を含み、前記第2フェライト相の組成は、前記第1フェライト相の組成とは異なる、磁性複合体。
【選択図】
図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材の表面に設けられたフェライト層と、を備え、
前記フェライト層は、スピネル型結晶構造を有する第1フェライト相と、スピネル型結晶構造を有する第2フェライト相とを、異なる相として含み、
前記第1フェライト相及び前記第2フェライト相のそれぞれは、鉄(Fe)及び酸素(O)を含み、さらに鉄(Fe)以外の遷移金属元素、リチウム(Li)、マグネシウム(Mg)、及びアルミニウム(Al)からなる群から選ばれる少なくとも一種の元素を含み、
前記第2フェライト相の組成は、前記第1フェライト相の組成とは異なる、磁性複合体。
【請求項2】
前記フェライト層は、前記第1フェライト相と前記第2フェライト相とを混相状態で含む、請求項1に記載の磁性複合体。
【請求項3】
前記フェライト層は積層体で構成され、
前記積層体は、前記第1フェライト相を含む第1層、及び前記第2フェライト相を含む第2層を備える、請求項1に記載の磁性複合体。
【請求項4】
前記積層体を構成する層の数をn(ただし、nは2以上の整数)としたときに、層数n、基材側から数えてp-1番目(ただし、pは2以上n以下の整数)の層の厚さt(p-1)、及び基材側から数えてp番目の層の厚さt(p)とが、下記(1)式の関係を満足する、請求項3に記載の磁性複合体。
【数1】
【請求項5】
前記第1フェライト相がマンガン亜鉛(MnZn)系フェライトからなり、前記第2フェライト相がニッケル亜鉛(NiZn)系フェライトからなる、請求項1~3のいずれか一項に記載の磁性複合体。
【請求項6】
前記フェライト層は、その厚さが2.0μm以上である、請求項1~3のいずれか一項に記載の磁性複合体。
【請求項7】
前記フェライト層は、その表面抵抗が1.00×103Ω以上1.00×1012Ω以下である、請求項1~3のいずれか一項に記載の磁性複合体。
【請求項8】
前記フェライト層は、Co-Kαを線源に用いたX線回折分析においてスピネル型結晶相の(311)面に基づく回折線(I311)の半値全幅(FWHM)が1.150°以上1.350°以下である、請求項1~3のいずれか一項に記載の磁性複合体。
【請求項9】
前記基材は、金属及び/又は樹脂で構成される、請求項1~3のいずれか一項に記載の磁性複合体。
【請求項10】
請求項1~3のいずれか一項に記載の磁性複合体を備えるコイル及び/又はインダクタ機能を有する素子又は部品、電子デバイス、電子部品収納用筐体、電磁波吸収体、電磁波シールド、あるいはアンテナ機能を有する素子又は部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性複合体、並びに前記磁性複合体を備えるコイル及び/又はインダクタ機能を有する素子又は部品、電子デバイス、電子部品収納用筐体、電磁波吸収体、電磁波シールド、あるいはアンテナ機能を有する素子又は部品に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の電子情報通信技術の急速な進展に伴い、電磁波の利用が急速に増えるとともに、使用される電磁波の高周波化及び広帯域化が進んでいる、具体的には、携帯電話(1.5、2.0GHz)や無線LAN(2.45GHz)に代表される準マイクロ波帯域におけるシステムに加えて、高速無線LAN(65GHz)や衝突防止用レーダ(76.5GHz)などのミリ波帯域における電波を利用した新しいシステムの導入が進められている。
【0003】
電磁波の利用拡大及び高周波化が進むにつれて、電磁ノイズによる電子機器の誤作動や人体への悪影響といった電磁干渉の問題がクローズアップされ、EMC対策への要望が高まっている。EMC対策の一手段として、電磁波吸収体(電波吸収体)を用いて、不要な電磁波を吸収し、その侵入を防ぐ手法が知られている。
【0004】
電磁波吸収体には、導電損失、誘電損失及び/又は磁気損失を示す材料が用いられている。磁気損失を示す材料として、透磁率が高く且つ電気抵抗の高いフェライトが多用されている。フェライトは、特定の周波数で共鳴現象を起こして電磁波を吸収し、吸収した電磁波エネルギーを熱エネルギーに変換して外部に放射する働きがある。フェライトを用いた電磁波吸収体として、基材上にフェライト層を形成した磁性複合体を用いることが提案されている。また電磁波吸収体以外の用途においても、基材とフェライト層を含む磁性複合体を用いる技術が知られている。
【0005】
例えば、特許文献1には、有機高分子からなる基体上に、強磁性体を物理的に蒸着してなることを特徴とする電磁波吸収体が開示され、当該電磁波吸収体は、電磁波吸収特性が良く、小型で、軽量で、可撓性があり、堅牢であるとされている(特許文献1の請求項1及び[0008])。また特許文献1には、強磁性体としては金属系軟磁性体および/または酸化物系軟磁性体が主に用いられること、酸化物系軟磁性体としてはフェライトが好ましいことが記載されている(特許文献1の[0009]及び[0010])。
【0006】
特許文献2には、樹脂基材表面に密着する粘着材料からなる下地層が形成され、この下地層の上全部または一部に多結晶の脆性材料層が形成されていることを特徴とする樹脂と脆性材料との複合構造物が開示され、脆性材料はフェライト等であるとされている(特許文献2の請求項1及び6)。
【0007】
特許文献3には、基材と、該基材に設けられた複数の孔とを有する電波吸収体であって、基材が樹脂を含まないフェライトで形成されたことを特徴とする電波吸収体が開示されている(特許文献3の請求項1)。また特許文献3には、実施例において、フェライト基材の組成がNi0.5Zn0.5Fe2O4となるようにフェライト原料粉末を配合し、ミキサで混合した後、ノズルに供給し、チャンバー内の圧力を7Paに調整して、ノズルの先端からエアロゾル化されたフェライト原料粉末をポリイミド樹脂からなる基板に5リットル/minの流量で噴射することにより、膜厚5μmのフェライト基材を作製し、このフェライト基材にエッチング処理で直径2μmの孔を16個形成して、電波吸収体を得ることが記載されている(引用文献3の[0020])。
【0008】
特許文献4には、電磁誘導方式の通信を行うRFIDデバイスを通信妨害材の近傍で用いる場合の通信回線用の磁性シートであって、軟磁性金属粉、結合剤および難燃剤を含有する難燃性磁性シートが開示され、また前記軟磁性金属としてフェライトを用いてもよいことが記載されている(特許文献4の請求項1及び[0013])。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2005-045193号公報
【特許文献2】特開2006-175375号公報
【特許文献3】特開2006-269675号公報
【特許文献4】特開2009-081234号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
このように基材とフェライト層とを含む磁性複合体が従来から提案されるものの、従来の複合体には信頼性の点で改良の余地があった。すなわち従来の複合体では、フェライト層の成膜時に内部応力が生じ、この内部応力が層中に残存していることが多い。そして、磁性複合体を長期間使用した場合に、この内部応力によりフェライト層が基材から部分的又は全体的に脱離(剥離)するケースがある。特に、厚さの大きいフェライト層は脱離しやすい。フェライト層が脱離すると、フェライト層に基づく特性を利用することができない。
【0011】
本発明者らは、この問題を解決すべく鋭意検討を行った。その結果、基材とフェライト層とを備えた磁性複合体において、特定の組成を有する複数のフェライト相をフェライト層に含ませることで、フェライト層の脱離が長期にわたって防止され、その結果、信頼性に優れ、長期間安定に使用できる複合体を得ることができるとの知見を得た。
【0012】
本発明は、このような知見に基づき完成されたものであり、信頼性に優れ、長期間安定に使用できる磁性複合体の提供を課題とする。また本発明は、そのような磁性複合体を備えるコイル及び/又はインダクタ機能を有する素子又は部品、電子デバイス、電子部品収納用筐体、電磁波吸収体、電磁波シールド、あるいはアンテナ機能を有する素子又は部品の提供をも課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、下記(1)~(10)の態様を包含する。なお、本明細書において、「~」なる表現は、その両端の数値を含む。すなわち「X~Y」は「X以上Y以下」と同義である。
【0014】
(1)基材と、前記基材の表面に設けられたフェライト層と、を備え、
前記フェライト層は、スピネル型結晶構造を有する第1フェライト相と、スピネル型結晶構造を有する第2フェライト相とを、異なる相として含み、
前記第1フェライト相及び前記第2フェライト相のそれぞれは、鉄(Fe)及び酸素(O)を含み、さらに鉄(Fe)以外の遷移金属元素、リチウム(Li)、マグネシウム(Mg)、及びアルミニウム(Al)からなる群から選ばれる少なくとも一種の元素を含み、
前記第2フェライト相の組成は、前記第1フェライト相の組成とは異なる、磁性複合体。
【0015】
(2)前記フェライト層は、前記第1フェライト相と前記第2フェライト相とを混相状態で含む、上記(1)の磁性複合体。
【0016】
(3)前記フェライト層は積層体で構成され、
前記積層体は、前記第1フェライト相を含む第1層、及び前記第2フェライト相を含む第2層を備える、上記(1)の磁性複合体。
【0017】
(4)前記積層体を構成する層の数をn(ただし、nは2以上の整数)としたときに、層数n、基材側から数えてp-1番目(ただし、pは2以上n以下の整数)の層の厚さt(p-1)、及び基材側から数えてp番目の層の厚さt(p)が、下記(1)式の関係を満足する、上記(3)の磁性複合体。
【数1】
【0018】
(5)前記第1フェライト相がマンガン亜鉛(MnZn)系フェライトからなり、前記第2フェライト相がニッケル亜鉛(NiZn)系フェライトからなる、上記(1)~(4)のいずれかの磁性複合体。
【0019】
(6)前記フェライト層は、その厚さが2.0μm以上である、上記(1)~(5)のいずれの磁性複合体。
【0020】
(7)前記フェライト層は、その表面抵抗が1.00×103Ω以上1.00×1012Ω以下である、上記(1)~(6)のいずれかの磁性複合体。
【0021】
(8)前記フェライト層は、Co-Kαを線源に用いたX線回折分析においてスピネル型結晶相の(311)面に基づく回折線(I311)の半値全幅(FWHM)が1.150°以上1.350°以下である、上記(1)~(7)のいずれかの磁性複合体。
【0022】
(9)前記基材は、金属及び/又は樹脂で構成される、上記(1)~(8)のいずれかの磁性複合体。
【0023】
(10)上記(1)~(9)のいずれかの磁性複合体を備えるコイル及び/又はインダクタ機能を有する素子又は部品、電子デバイス、電子部品収納用筐体、電磁波吸収体、電磁波シールド、あるいはアンテナ機能を有する素子又は部品。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、信頼性に優れ、長期間安定に使用できる磁性複合体が提供される。また本発明によれば、そのような磁性複合体を備えるコイル及び/又はインダクタ機能を有する素子又は部品、電子デバイス、電子部品収納用筐体、電磁波吸収体、電磁波シールド、あるいはアンテナ機能を有する素子又は部品が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図5】エアロゾルデポジション成膜装置の構成の一例を示す。
【
図8】フェライト層断面の元素マッピング像を示す。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明の具体的な実施形態(以下、「本実施形態」という)について説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲において種々の変更が可能である。
【0027】
<<1.磁性複合体>>
本実施形態の磁性複合体は、基材と、この基材の表面に設けられたフェライト層と、を備える。フェライト層は、スピネル型結晶構造を有する第1フェライト相と、スピネル型結晶構造を有する第2フェライト相とを、異なる相として含む。また、第1フェライト相及び第2フェライト相のそれぞれは、鉄(Fe)及び酸素(O)を含み、さらに鉄(Fe)以外の遷移金属元素、リチウム(Li)、マグネシウム(Mg)、及びアルミニウム(Al)からなる群から選ばれる少なくとも一種の元素を含む。さらに、第2フェライト相の組成は、第1フェライト相の組成とは異なる。
【0028】
本実施形態の磁性複合体において、基材は、フェライト層の支持体として機能する。支持体として機能する限り、基材の形状は特に限定されない。例えば、板状、シート状、箔状、棒状、箱状、糸状、または帯状などであってよい。また基材の材質も特に限定されない。例えば、樹脂、金属、セラミック、ガラス、布、またはこれらの組み合わせなどが挙げられる。しかしながら、基材は、金属及び/又は樹脂で構成されることが好ましい。
【0029】
基材が金属で構成される場合には、基材に導電性を付与することができる。そのため、基材を電極などの用途に用いることが可能である。また磁性複合体を電磁波吸収体の用途に用いる場合には、金属基材を電磁波の反射体として機能させることができる。すなわち磁性複合体のフェライト層を電磁波入射側に向けると、電磁波の一部がフェライト層に入射する。入射した電磁波はフェライト層を通過する間に強度が減衰する。減衰した電磁波は金属基材の表面で反射し、フェライト層を再度通過して、その表面から放射される。
【0030】
金属基材を構成する金属は、特に限定されない。単体金属であってもよく、あるいは合金であってもよい。好ましくは、金属は、銅(Cu)、アルミニウム(Al)、ニッケル(Ni)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、クロム(Cr)、金(Au)、及び銀(Ag)からなる群から選択される少なくとも一種である。これらの金属は安価である。金属は、ニッケル(Ni)、鉄(Fe)及びコバルト(Co)からなる群から選択される少なくとも一種であってもよい。金属基材は強磁性体であることがより好ましい。強磁性金属基材を用いることで、フェライト層が有する優れた磁気特性との相乗効果を発揮させることが可能になる。
【0031】
金属基材は、金属のみから構成されてもよく、あるいは、非金属基材と金属層との積層体であってもよい。この場合には、非金属基材の上に積層された金属層が金属基材に相当する。非金属基材として、PETフィルムなどの樹脂フィルムを用いることができる。金属層として、非金属基材上に薄膜形成法で形成したものを用いればよい。
【0032】
基材が樹脂で構成される場合には、樹脂基材は、板状であってもよく、あるいはシート状であってもよい。しかしながら好ましくはシート状である。シート状の樹脂基材(樹脂シート)を用いることで、可撓性に優れる磁性複合体を作製することができる。樹脂基材を構成する樹脂は、特に限定されない。単体樹脂であってもよく、あるいは2種類以上の樹脂の混合体や共重合体であってもよい。好ましくは、樹脂は、ポリカーボネート(PC)、ポリイミド(PI)、ポリ塩化ビニル(PVC)、ポリオキシメチレン(POM)、アクリロニトリルブタジエンスチレン(ABS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、及びポリアミド(PA)からなる群から選択される少なくとも一種である。これらの樹脂は機械的強度に優れ、絶縁性に優れている。
【0033】
基材が板状、箔状又はシート状である場合、好ましくは、基材の厚さ(dR)は10.0μm(0.01mm以上)以上である。基材が過度に薄いと、十分な機械的強度を付与することが困難になる。基材厚さは35.0μm(0.035mm)以上がより好ましく、100μm(0.1mm)以上がさらに好ましく、200μm(0.2mm)以上が特に好ましく、500μm(0.5mm)以上が最も好ましい。基材厚さの上限は特に限定されない。しかしながら、厚さを適度に抑えることで、磁性複合体に可撓性をもたせることが可能になる。そのため、例えば、曲面を有するデバイスのその曲面に磁性複合体を適用することができる。基材厚さは5000μm(5mm)以下、2000μm(2mm)以下、または1000μm(1mm)以下であってもよい。
【0034】
本実施形態の磁性複合体において、基材上に設けられるフェライト層は、磁気特性発現の主体となるものである。例えば、磁性複合体を電磁波吸収体の用途に適用する場合には、フェライト層が電磁波を吸収し、磁気損失を介して電磁波エネルギーを熱エネルギーに変換する。また磁性複合体をコイルやインダクタに適用する場合には、フェライト層が磁路として働き、インダクタ機能をもたらす。
【0035】
フェライト層は、スピネル型結晶構造を有する第1フェライト相と、スピネル型結晶構造を有する第2フェライト相を、異なる相として含む。また第1フェライト相及び第2フェライト相のそれぞれは、鉄(Fe)及び酸素(O)を含み、さらに鉄(Fe)以外の遷移金属元素、リチウム(Li)、マグネシウム(Mg)、及びアルミニウム(Al)からなる群から選択される少なくとも一種の元素を含む。鉄(Fe)以外の遷移金属元素として、チタン(Ti)、バナジウム(V)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)、及び亜鉛(Zn)からなる群から選択される少なくとも一種が挙げられる。好ましくは、フェライト相(第1フェライト相、第2フェライト相)のそれぞれは、鉄以外の遷移金属、具体的には、チタン(Ti)、マンガン(Mn)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)、及び亜鉛(Zn)からなる群から選択される少なくとも一種を含む。
【0036】
フェライト層に含まれるフェライト相(第1フェライト相、第2フェライト相)はスピネル型結晶構造を有する。より具体的には、フェライト相は、スピネル型フェライトを主成分とする結晶粒子の集合体である。スピネル型フェライトは、スピネル型結晶構造を有する、鉄(Fe)の複合酸化物であり、AB2O4の基本組成(A、Bのそれぞれは、Li、Mg、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、及び/又はZn等)を有する。またスピネル型フェライトは、その多くが軟磁性を示す。軟磁性スピネル型結晶構造をフェライト層が有すること、つまりスピネル型フェライトを主成分とする層を複合磁性体が備えることで、優れた磁気特性及び電気特性(電気絶縁性)が磁性複合体に付与される。
【0037】
なお本明細書で、主成分とは、含有量50.0質量%以上の成分を指す。スピネル型フェライトの優れた磁気特性を活かすため、フェライト層におけるスピネル型フェライト(フェライト相)の含有割合は、好ましくは60.0質量%以上、より好ましくは70.0質量%以上、さらに好ましくは80.0質量%以上、特に好ましくは90.0質量%以上である。フェライト層は、フェライト以外の成分を含んでもよい。そのような成分として、α-Fe2O3相などが挙げられる。
【0038】
スピネル型フェライトの種類は、特に限定されない。例えば、マンガン(Mn)系フェライト、マンガン亜鉛(MnZn)系フェライト、マグネシウム(Mg)系フェライト、マグネシウム亜鉛(MgZn)系フェライト、ニッケル(Ni)系フェライト、ニッケル亜鉛(NiZn)系フェライト、ニッケル銅亜鉛(NiCuZn)系フェライト、コバルト(Co)系フェライト、コバルト亜鉛(CoZn)系フェライト、及びリチウム(Li)系フェライトからなる群から選択される少なくとも一種が挙げられる。また複数種のフェライトの混晶及び/又は固溶体であってもよい。好ましくは、フェライト相(第1フェライト相、第2フェライト相)は、マンガン亜鉛(MnZn)系フェライト及び/又はニッケル亜鉛(NiZn)系フェライトを主成分とする。
【0039】
本実施形態のフェライト層は、第1フェライト相と第2フェライト相を異なる相として含む点に特徴がある。また、第2フェライト相の組成が第1フェライト相の組成とは異なる点に特徴がある。すなわち、組成の異なる複数種のフェライト相(スピネル相)が別個の相としてフェライト層中に含まれている。したがって、複数種のフェライト相の固溶体とは明確に区別される。複数種のフェライト相を別個の相としてフェライト層に含ませることで、フェライト層の脱離を長期間にわたって防ぐことができる。
【0040】
複数種のフェライト相(スピネル相)を含むことで脱離が防止される、その詳細な理由は不明である。しかしながら、次のように推測している。すなわち、フェライト層には、その成膜時に生じた内部応力が存在する。例えば、後述するように、フェライト層をエアロゾルデポジション(AD)法で成膜した場合には、成膜に用いるフェライト粉末(粒子)には粉砕時に強い衝撃力が加わる。また成膜時にフェライト粉末(粒子)を高速で基材に吹き付けるため、基材に衝突したフェライト粉に強い衝撃力が加わる。そして、これらの衝撃力により、フェライト粉末及びフェライト層中に内部応力及び歪が蓄積される。
【0041】
従来の磁性複合体のフェライト層は単一のフェライト相で構成されている。このような従来のフェライト層では、蓄積された内部応力及び歪が緩和されないため、非常に大きな応力が残る。そのため基材とフェライト層との間の密着力が内部応力に抗しきれなくなり、その結果、フェライト層の脱離及び磁性複合体の自己崩壊が生じる。蓄積される内部応力はフェライト層の膜厚に応じて大きくなるため、特に膜厚の大きいフェライト層において、脱離が生じやすい。
【0042】
これに対して、本実施形態のフェライト層では、組成の異なる複数種のフェライト相が別の相として存在し、それにより成膜時に加えられた内部応力及び歪が緩和されていると推測される。すなわちフェライト相(スピネル相)は、その組成に応じて硬度などの機械的特性や結晶性が異なる。またこれらの違いは、フェライト層成膜に用いるフェライト粉末の粉砕性の違いにつながる。そのため、複数種のフェライト相を含む原料粉体を用いて成膜すると、得られたフェライト層において、機械的強度、粉砕性及び結晶性の異なる結晶相が混在することになり、これにより内部応力が緩和され、脱離の抑制につながると考えられる。
【0043】
第1フェライト相及び第2フェライト相の組成は同一でなければよい。組成が同一でない(異なる)とは、フェライト相に含まれる構成元素の少なくとも一部が異なることを意味する。しかしながら、内部応力の緩和を促す観点から、組成はなるべく離れていることが好ましい。例えば、第1フェライト相がマンガン亜鉛(MnZn)系フェライトからなり、第2フェライト相がニッケル亜鉛(NiZn)系フェライトからなる態様が挙げられる。あるいは第1フェライト相がニッケル亜鉛(NiZn)系フェライトからなり、第2フェライト相がマンガン亜鉛(MnZn)系フェライトからなる態様であってもよい。なお本明細書において、ニッケル亜鉛(NiZn)系フェライトは、ニッケル銅亜鉛(NiCuZn)系フェライトを包含する。
【0044】
フェライト層に含まれる第1フェライト相と第2フェライト相の割合は、特に限定されない。しかしながら、一方の量が過度に少ないと、複数種のフェライト相を用いる効果を十分に活かすことが困難になる恐れがある。第1フェライト相と第2フェライト相の比率は20~80質量%:80~20質量%が好ましく、30~70質量%:70~30質量%がより好ましく、40~60質量%:60~40質量%がさらに好ましい。
【0045】
なお、本実施形態の磁性複合体において、フェライト層は、2種類のフェライト相(第1フェライト相、第2フェライト相)のみを含むものに限定される訳ではない。3種類以上のフェライト相を含んでもよい。例えば、第1フェライト相及び第2フェライト相に加えて、これらとは組成が異なる第3フェライト相をさらに含んでもよい。少なくとも2種類のフェライト相を含ませることで、信頼性に優れる磁性複合体を得ることができる。
【0046】
好ましい一態様では、フェライト層は、第1フェライト相と第2フェライト相を混相状態で含む。ここで、混相状態とは、第1フェライト相の結晶粒子と第2フェライト相の結晶粒子が混じりあった状態を指す。すなわち結晶粒子レベルでの混合状態を意味し、原子レベルでの混合が進んだ固溶体とは区別される。好ましい別の態様では、フェライト層は積層体で構成され、この積層体は、第1フェライト相を含む第1層、及び第2フェライト相を含む第2層を備える。積層体において、第1層が第1フェライト相を主として含み、第2層が第2フェライト相を主として含むことが好ましい。
【0047】
組成の異なる複数のフェライト相を混相状態又は多層(積層)状態で含むフェライト層は、その内部応力が十分に緩和され、磁性複合体の安定性を高める効果がある。これに対して、フェライト層が単相から構成される場合には、内部応力が緩和しきれなくなり、磁性複合体が早期に自己崩壊する。
【0048】
フェライト層が積層体で構成される場合には、好ましくは、層数n、及び層厚t(p)に対する層厚t(p-1)の比(t(p-1)/t(p))が、下記(2)式の関係を満足する。ここで、nは積層体を構成する層の数である。またt(p-1)及びt(p)のそれぞれは、積層体を構成する層のうち、基材側から数えてp-1番目の層の厚さ及びp番目の層の厚さである。nは2以上の整数であり、pは2以上n以下の整数である。
【0049】
【0050】
このように、層数n及び比(t(p-1)/t(p))を所定範囲内に収めることで、成膜により生じた内部応力をより効果的に緩和でき、その結果、磁性複合体の安定性をより一層顕著に図ることができる。安定性向上の観点から、総数n及び比(t(p-1)/t(p))は、下記(3)式の関係を満足することがより好ましく、下記(4)式の関係を満足することがさらに好ましい。
【0051】
【0052】
フェライト層が積層体で構成される場合には、層数nは3以上がより好ましく、4以上がさらに好ましい。層数をある程度に多くすることで、内部応力の緩和及び膜構造の安定化をより一層効果的に発揮させることができる。また、第1フェライト相を主成分とする第1層の層数と第2フェライト相を主成分とする第2層の層数が極端に離れていないことが好ましい、第1層の層数と第2層の層数が同一であってもよい。また限定される訳ではないが、第1層と第2層とが交互に積層された構造を積層体が有することが好ましい。
【0053】
いずれの態様であっても、好ましくは、フェライト層の厚さ(dF)は2.0μm以上である。これにより磁気特性及び電気特性(電気絶縁性)のより一層の向上を図ることができる。これに対して、厚さが2.0μm未満であると、膜厚が不均一となり、磁気特性及び電気絶特性が劣化する恐れがある。厚さは10.0μm以上がより好ましく、30.0μm以上がさらに好ましい。厚さの上限は特に限定されないが、典型的には200.0μm以下である。またフェライト層は基材と直接接触していること、すなわちフェライト層と基材との間に他の層が介在しないことが好ましい。
【0054】
先述したように、単一フェライト相で構成される従来の磁性複合体では、フェライト層の厚さを大きくすると、蓄積される内部応力が大きくなるため、フェライト層の脱離が生じやすい。そのため、フェライト層の膜厚が十分に大きく磁気特性及び電気特性に優れた磁性複合体を安定した状態で得ることが困難であった。これに対し、本実施形態の磁性複合体では、フェライト層の膜厚を大きくしても、内部応力が緩和される。したがって、磁気特性及び電気特性に優れるとともに、安定性が良好な磁性複合体を得ることが可能である。
【0055】
なお厚さ(dF)は、基材に設けられるフェライト層の厚さの合計である。基材の表裏面の一方にのみフェライト層が設けられているときは、そのフェライト層の厚さがdFに相当する。基材表裏面の両方にフェライト層が設けられているときは、それぞれのフェライト層の厚さの合計がdFに相当する。
【0056】
好ましくは、フェライト層は、その表面抵抗が1.00×103Ω以上1.00×1012Ω以下である。表面抵抗を高くすることで、フェライト層の電気絶縁性が向上し、磁性複合体をデバイスに適用した際に渦電流発生などの問題を抑えることが可能になる。表面抵抗は1.00×104Ω以上1.00×1011Ω以下がより好ましく、1.00×105Ω以上1.00×1010Ω以下がさらに好ましい。
【0057】
表面抵抗はフェライト層を構成する第一のフェライト相、及び/又は、第2のフェライト相の特性(組成・製造条件に起因する原料粉末の体積抵抗)の組み合わせで制御することができる。フェライト組成として、体積抵抗の低い組成のフェライト粉末を成膜することで表面抵抗の低いフェライト層となり、体積抵抗の高い組成のフェライト粉末を成膜すれば表面抵抗も高くなる。積層による成膜の場合は体積抵抗の高いフェライト相と体積抵抗の低いフェライト相の厚さを変えることで制御できる。積層の場合はフェライト相の厚さを変えない場合は原料粒子のフェライトの組成や製造条件を変えることで成膜原料となるフェライト粉末の体積抵抗を制御することでフェライト層の表面抵抗を制御することができる。混相の場合は体積抵抗の高いフェライト粉末と体積抵抗の低いフェライト粉末の割合を変えることでフェライト層の表面抵抗を制御することができる。なお、成膜原料となるフェライト粉末の体積抵抗は1×104Ω・cm~1×1011Ω・cmである。
【0058】
好ましくは、フェライト層は、Co-Kαを線源に用いたX線回折分析においてスピネル型結晶相の(311)面に基づく回折線(I311)の半値全幅(FWHM)が1.150°以上1.350°以下である。フェライト層のFWHMが適切に制御された磁性複合体は、磁気特性及び密着性が向上するという効果がある。これに対して、FWHMが1.150°より小さいと、フェライト層中粒子の塑性変形が不十分である。そのため基材へのアンカー効果が弱くなり、フェライト層が脱離しやすくなる。また磁気損失が増大する恐れがある。一方でFWHMが1.350°を超える場合には、塑性変形が過大となり、その結果、フェライト以外の組成物が多量に生成し、これが磁気特性低下につながる。成膜時に原料粒子の塑性変形の際の酸化により、磁気特性に劣る生成物が生成している可能性があり、これがフェライト膜の磁気特性低下につながると考えられる。FWHMは1.150°以上1.300°以下が好ましく、1.150°以上1.250°以下がより好ましい。
【0059】
好ましくは、フェライト層は、その膜密度が4.10g/cm3以上である。フェライト層を緻密にすることで、フェライト層の磁気特性及び電気絶縁性をさらに高めることが可能である。これに対して、緻密度に劣るフェライト層は内部に空孔を有する多孔質状態となる。そのため磁気特性、特に透磁率実部(μ’)や損失係数(tanδ)が悪化するとともに、電気絶縁性が低下する恐れがある。膜密度は4.30g/cm3以上がより好ましく、4.50g/cm3以上がさらに好ましく、4.70g/cm3以上が特に好ましい。膜密度の上限は特に限定されない。しかしながら、典型的には5.45g/cm3以下である。
【0060】
好ましくは、フェライト層は、その表面の算術平均粗さ(Ra)が0.100μm以上0.300μm以下である。表面Raを適切に制御することで、電磁波の乱反射が抑えられる。そのため、磁性複合体を電磁波吸収体に適用した場合に、電磁波吸収効率が向上する。これに対して、Raが過度に大きいと、電磁波の乱反射が大きくなる。またフェライト層の膜厚が不均一になるため、高電圧印加時に局所的に電界が集中し、リーク電流が発生する恐れがある。Raは0.100m以上0.250m以下がより好ましく、0.100μm以上0.200μm以下がさらに好ましい。
【0061】
好ましくは、フェライト層と基材との間の密着強度が鉛筆硬度でH以上である。ここで、鉛筆硬度での密着強度とは、旧JIS K5400に準拠する鉛筆硬度試験(鉛筆引っかき試験)で評価した際に、フェライト層の剥がれが観察されない最大硬度である。鉛筆硬度は、3B、2B、B、HB、F、H、2H、3H、4H、5H、6H、7H、8H、9H、10Hの順に高くなり、硬度が高いほど密着性に優れることを意味する。密着強度を高めることで、磁性複合体使用時のフェライト層の脱離を抑制することができる。密着強度は5H以上がより好ましく、6H以上がさらに好ましく、7H以上が特に好ましく、8H以上が最も好ましい。
【0062】
好ましくは、フェライト層がフェライト構成成分を含む。フェライト構成成分とは、主成分たるスピネル型フェライトを構成する成分のことである。例えばフェライト層がマンガン亜鉛(MnZn)フェライトを主成分とする場合には、フェライト構成成分は、鉄(Fe)、マンガン(Mn)、亜鉛(Zn)及び酸素(O)である。フェライト層がニッケル銅亜鉛(NiCuZn)フェライトを主成分とする場合には、フェライト構成成分は、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)及び酸素(O)である。さらに不可避不純物とは、製造時に不可避的に混入する成分であり、その含有量は典型的には1000ppm以下である。特にフェライト層は、酸化物以外の成分、特に樹脂成分を含まないことが好ましい。
【0063】
好ましくは、フェライト層がフェライト構成成分を含み、残部が不可避不純物の組成を有する。すなわち、フェライト構成成分以外の有機成分や無機成分を、不可避不純物量を超えて含まないことが好ましい。本実施形態のフェライト層は、バインダーなどの樹脂成分又は焼結助剤などの無機添加成分を加えなくても十分に緻密化しやすい。非磁性体の含有量を最小限にすることで、フェライトに基づく優れた磁気特性を十分に活かすことができる。
【0064】
磁性複合体の形態は特に限定されない。
図1に示すように、フェライト層(フェライト膜)を基材の表面全体に設ける態様としてもよい。
図2に示すように、フェライト層を基材表面の一部のみに設ける態様としてもよい。基材の片面のみならず、両面にフェライト層を設ける態様としてもよい。
図3に示すように、厚さを部分的に変化させたフェライト層を基材の表面に設ける態様としてもよい。さらに
図4に示すように、棒状の基材の外周にフェライト層を巻き付ける態様としてもよい。
【0065】
本実施形態の磁性複合体は、信頼性に優れ、長期間安定に使用できる。このような利点を有する磁性複合体は、様々な応用に適用できる。このような応用として、磁性複合体を備えるコイル及び/又はインダクタ機能を有する素子又は部品、電子デバイス、電子部品収納用筐体、電磁波吸収体、電磁波シールド、あるいはアンテナ機能を有する素子又は部品を挙げることができる。
【0066】
<<2.磁性複合体の製造方法>>
本実施形態の磁性複合体は、上述した要件を満足する限り、その製造方法は限定されない。しかしながら好適な製造方法は、以下の工程;基材と、平均粒径(D50)が2.5μm以上10.0μm以下のスピネル型フェライト粉末(成膜原料粉末)と、を準備する工程(準備工程)、及びこのフェライト粉末をエアロゾルデポジション法で基材の表面に成膜する工程(成膜工程)を備える。また成膜原料粉末として、第1フェライト相を主成分とする粉末(フェライト粉末A)と第2フェライト相を主成分とする粉末(フェライト粉末B)を用いる。
【0067】
このように、特定の粒径をもつフェライト粉末を原料とし、エアロゾルデポジション法(AD法)で成膜を行うことで、比較的厚いフェライト層を高い成膜速度で作製することができる。このフェライト層は緻密であり、電気絶縁性などの諸特性に優れるとともに、基材との密着性に優れている。したがって磁性複合体の製造方法として好適である。また少なくとも2種類のフェライト粉末(フェライト粉末A、フェライト粉末B)を成膜原料粉末として用いることで、組成の異なる複数種のフェライト相を含むフェライト層の成膜が可能となる。各工程について、以下に詳細に説明する。
【0068】
<準備工程>
準備工程では、基材とスピネル型フェライト粉末(成膜原料粉末)とを準備する。基材の詳細については、先述したとおりである。一方で、成膜原料粉末として、その平均粒径(D50)が2.5μm以上10.0μm以下の粉末を準備する。平均粒径は、好ましくは2.5μm以上7.0μm以下である。平均粒径を上記範囲内に調整することで、後続する成膜工程で、緻密で密着力の高いフェライト層を得ることができる。
【0069】
第1フェライト相と第2フェライト相を混相状態で含むフェライト層を成膜する場合には、第1フェライト相を主成分として含む粉末(フェライト粉末A)と第2フェライト相を主成分として含む粉末(フェライト粉末B)を別個に作製した後に、これらの混合粉末を成膜原料粉末として用いる。また、積層体で構成されるフェライト層を成膜する場合には、フェライト粉末Aとフェライト粉末Bのそれぞれを成膜原料粉末として用いる。
【0070】
フェライト粉末(成膜原料粉末)の作製手法は、限定されない。しかしながら、好適には、フェライト原料混合物を、大気よりも酸素濃度が低い雰囲気下で本焼成して焼成物を作製し、得られた焼成物を粉砕して、特定の粒径の不定形状の粒子を作製するのがよい。また焼成前に、フェライト原料混合物に、仮焼成、粉砕、及び/又は造粒処理を施してもよい。フェライト原料として、酸化物、炭酸塩、及び水酸化物などの公知のフェライト原料を用いればよい。
【0071】
さらにフェライト粉末の粒径のCV値は0.5以上2.5以下が好ましい。ここでCV値は粉末中粒子の粒径のバラツキ度合いを示すものであり、粒径が均一であるほど小さくなり、不均一であるほど大きくなる。不定形粒子の得るための一般的な粉砕法(ビーズミル、ジェットミル等)では0.5を下回る粉末を得ることが困難である。一方で2.5超の粉末は、原料供給容器からノズルまでの配管中で閉塞しやすい。そのため成膜時間の経過とともに成膜速度が不安定になる恐れがある。なおCV値は、体積粒度分布における10%累積径(D10)、50%累積径(D50;平均粒径)、及び90%累積径(D90)を用いて下記(5)式にしたがって求められる。
【0072】
【0073】
フェライト粉末作製時に仮焼成を行う場合には、例えば、大気雰囲気下500~1100℃×1~24時間の条件で仮焼成すればよい。また本焼成を行う場合には、本焼成は、例えば、大気又は還元性雰囲気などの雰囲気下800~1350℃×4~24時間の条件で行えばよい。また本焼成時の酸素濃度は低いことが好ましい。これによりフェライト粉末のスピネル結晶中に意図的に格子欠陥を生成させることができるからである。結晶中に格子欠陥が含まれていると、後続する成膜工程で原料粒子が基材に衝突した際に、この格子欠陥を起点として塑性変形が起こり易い。そのため緻密で密着力の高いフェライト層を容易に得ることが可能になる。
【0074】
焼成物の粉砕は、好ましくは、乾式ビーズミルなどの粉砕機を用いて行う。乾式粉砕することで、焼成物にメカノケミカル処理が施され、結晶子径が小さくなるとともに表面活性が高くなる。表面活性の高い粉砕粉は、適度な粒径の効果と相まって、後続する成膜工程で得られるフェライト層の緻密化に寄与する。
【0075】
<成膜工程>
成膜工程(堆積工程)では、フェライト粉末(成膜原料粉末)をエアロゾルデポジション法(AD法)で基材の表面に成膜する。第1フェライト相と第2フェライト相を混相状態で含むフェライト層を成膜する場合には、フェライト粉末Aとフェライト粉末Bの混合粉末を成膜原料粉末として用いればよい。また積層体で構成されるフェライト層を成膜する場合には、フェライト粉末Aとフェライト粉末Bのそれぞれを別個に成膜原料粉末として用いればよい。
【0076】
エアロゾルデポジション法(AD法)は、エアロゾル化した原料微粒子を基板に高速噴射し、常温衝撃固化現象により被膜形成する手法である。常温衝撃固化現象を利用するため、緻密で密着力の高い膜の成膜が可能である。また微粒子を供給原料に用いるので、原子レベルにまで原料を分離するスパッタリング法や蒸着法などの薄膜形成法に比べて、厚い膜を高い成膜速度で得ることができる。さらに常温成膜が可能なため装置の構成を複雑にする必要がなく、製造コスト低減の効果もある。
【0077】
エアロゾルデポジション成膜装置の構成の一例を、
図5に示す。エアロゾルデポジション成膜装置(20)はエアロゾル化チャンバー(2)、成膜チャンバー(4)、搬送ガス源(6)、及び真空排気系(8)を備える。エアロゾル化チャンバー(2)は、振動器(10)、及びその上に配置された原料容器(12)を備える。成膜チャンバー(4)の内部にはノズル(14)とステージ(16)とが備えられている。ステージ(16)は、ノズル(14)の噴射方向に対して垂直に移動できるように構成されている。
【0078】
成膜の際には、搬送ガス源(6)から搬送ガスを原料容器(12)に導入して、振動器(10)を作動させる。原料容器(12)には原料微粒子(成膜原料粉末)が装入されている。振動により原料微粒子は搬送ガスと混合されて、エアロゾル化される。また真空排気系(8)により成膜チャンバー(4)を真空排気して、チャンバー内を減圧する。エアロゾル化した原料微粒子は圧力差により成膜チャンバー(4)内部に搬送され、ノズル(14)から噴射する。噴射した原料微粒子は、ステージ(16)上に載置された基板(基材)表面に衝突して、そこで堆積する。この際、ガス搬送により加速された原料微粒子は、基板との衝突時に運動エネルギーが局所的に開放されて、基板-粒子間、及び粒子-粒子間の結合が実現される。そのため緻密な膜の成膜が可能になる。成膜時にステージ(16)を移動させることで、面方向に拡がりをもった被膜形成が可能になる。
【0079】
本実施形態の製造方法で緻密なフェライト層が得られる理由として、次のように推察している。すなわち、セラミックは、通常は弾性限界が高く、塑性変形しにくい材料と言われている。しかしながら、エアロデポジション法での成膜時に原料微粒子が基板に高速衝突すると、弾性限界を超えるほど大きい衝撃力が生じるため、微粒子が塑性変形すると考えている。具体的には、微粒子内部で結晶面ズレや転位移動などの欠陥が生じ、この欠陥を補償するために、塑性変形が生じるとともに結晶組織が微細になる。また新生面が形成されるとともに物質移動が起きる。これらが複合的に作用する結果、基板-粒子間、及び粒子-粒子間の結合力が高まり、緻密な膜が得られると考えている。さらに塑性変形の際にフェライトの一部が分解及び再酸化されて、高抵抗化に寄与するα-Fe2O3が生成すると考えている。また成膜初期段階で基板たる基材に衝突した微粒子が基材内部に侵入し、この侵入した微粒子がアンカー効果を発現させることで、フェライト層と基材との密着力が高まるのではないかとも推測している。
【0080】
緻密なフェライト層を得る上で、原料フェライト粉末の平均粒径は重要である。本実施形態では、フェライト粉末の平均粒径(D50)を2.5μm以上10.0μm以下に限定している。平均粒径が2.5μm未満であると、緻密な膜を得ることが困難になる。平均粒径が小さい粉末は、これを構成する粒子の質量が小さいからである。エアロゾル化した原料微粒子は、搬送ガスとともに基板に高速衝突する。基板と衝突した搬送ガスは、その向きを変えて、排出ガスとして流れていく。粒径が小さく質量の小さい粒子は、搬送ガスの排出流に押し流されてしまい、基板表面への衝突速度、及びそれによる衝撃力が小さくなってしまう。衝撃力が小さいと、微粒子が受ける塑性変形が不十分になり、結晶子径が小さくならない。成膜された膜は緻密にならず、粉末が圧縮されただけの圧粉体になってしまう。このような圧粉体は、多数の空孔を内部に含んでおり、磁気特性及び電気特性に劣るものになる。その上、基材との密着力が高くならない。一方で平均粒径が10.0μmを超えて過度に大きい場合には、1個の粒子が受ける衝撃力は大きいものの、粒子同士の接触点の数が少なくなる。そのため塑性変形及びパッキングが不十分になり、緻密な膜を得ることがやはり困難になる。
【0081】
エアロゾルデポジション法による成膜条件は、緻密で密着力の高いフェライト層が得られる限り、特に限定されない。搬送ガスとして、空気や不活性ガス(窒素、アルゴン、ヘリウム等)を用いることができる。しかしながら、ハンドリングの容易な大気(空気)が好ましい。
【0082】
所望の磁性複合体が得られる限り、搬送ガスの流量は限定されない。しかしながら、流量は6.0L/分以上が好ましく、7.5L/分以上がより好ましく、10.0L/分以上がさらに好ましい。搬送ガス流量の上限は特に限定されない。しかしながら、典型的には20.0L/分以下である。
【0083】
ガス流量を変えることで、磁性複合体の表面抵抗を制御することが可能である。同一の組成であっても成膜時の塑性変形を起こりやすくすることでフェライト層を構成する微粒子が酸化されやすくなる。酸化された微粒子の一部が高抵抗α-Fe2O3となるため、磁気特性低下を最小限に抑えながら高抵抗化を図ることができる。
【0084】
さらに、ガス流量を変えることで、磁性複合体の半値全幅(FWHM)を制御することができる。ガス流量が2.5L/分を下回る場合には成膜時に原料粒子の十分な塑性変形が進まないためFWHMが1.150°を下回る傾向にある。ガス流量が20L/分を超えると、成膜時の原料粒子酸化により、磁気特性が劣る生成物が生成し、その結果、FWHMが1.350°を超える傾向にある。またフェライト層の膜厚は、成膜回数によって変えることができるが、ガス流量を変えることでも制御できる。
【0085】
成膜チャンバーの内圧は、例えば、成膜前で10~50Pa、成膜中で50~400Paであってよい。
【0086】
基材(ステージ)の走査速度(移動速度)は、例えば1.0~20.0mm/秒であってよい。またコーティング(成膜)は、所望の膜厚が得られる限り、1回のみ行ってもよく、あるいは複数回行ってもよい。例えば5回以上100回以下、好ましくは15回以上である。
【0087】
このようにして、本実施形態の磁性複合体を得ることができる。得られた磁性複合体において、フェライト層は電気絶縁性などの諸特性に優れている。また基材との密着力が高い。実際、本発明者らは、密着力が鉛筆硬度で8Hのフェライト層を備えた磁性複合体の作製に成功している。その上、限定されるものではないが、薄層化した基材を備えた磁性複合体は可撓性を有するため、複雑形状のデバイス作製が可能になる。このようなフェライト層を備える磁性複合体は、コイル及び/又はインダクタ機能を有する素子又は部品、電子デバイス、電子部品収納用筐体、電磁波吸収体、電磁波シールド、あるいはアンテナ機能を有する素子又は部品に適用可能である。
【実施例0088】
本発明を、以下の実施例を用いて更に詳細に説明する。しかしながら本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0089】
(1)磁性複合体の作製
[例1]
例1では、MnZn系フェライトを主成分とする粉末(フェライト粉末A)とNiZn系フェライトを主成分とする粉末(フェライト粉末B)を作製し、それぞれの粉末を交互に用いて基材の表裏面にフェライト層を成膜した。これにより、第1層(MnZn系)と第2層(NiZn系)を有する積層体(フェライト層)を基材両面に備えた磁性複合体を作製した。基材として厚さ30μmの銅箔を用い、成膜はエアロゾルデポジション法で行った。また第1層と第2層の成膜は、基材表面及び裏面のそれぞれについて3回ずつ行い、片面で計6層(合計で12層)からなる積層体を作製した。
【0090】
<フェライト粉末の作製>
-フェライト粉末A(MnZn系)-
フェライト粉末Aを作製するにあたり、原料として、酸化鉄(Fe2O3)、四酸化三マンガン(Mn3O4)、及び酸化亜鉛(ZnO)を用い、Fe2O3:Mn3O4:ZnO=52.0:12.3:11.0のモル割合になるように秤量及び混合を行った。混合はヘンシェルミキサーを用いて行った。得られた混合物を、ローラーコンパクターを用いて成型して、造粒物(仮造粒物)を得た。
【0091】
次いで、造粒した原料混合物(仮造粒物)を仮焼して、仮焼成物を作製した。仮焼成は、ロータリーキルンを用いて大気雰囲気下880℃×2時間の条件で行った。
【0092】
その後、得られた仮焼成物を粉砕及び造粒して、造粒物(本造粒物)を作製した。まず仮焼成物を、乾式ビーズミル(3/16インチφの鋼球ビーズ)を用いて粗粉砕した後、水を加えて、湿式ビーズミル(0.65mmφのジルコニアビーズ)を用いて微粉砕してスラリー化した。得られたスラリーは固形分濃度が50質量%であり、粉砕粉の粒径(スラリー粒径)は2.15μmであった。得られたスラリーに分散剤としてポリカルボン酸アンモニウム塩をスラリー中固形分25kgに対して50ccの割合で加え、さらにバインダーとしてポリビニルアルコール(PVA)の10質量%水溶液を500ccの添加量で加えた。その後、分散剤とバインダーを添加したスラリーを、スプレードライヤーを用いて造粒して、本造粒物を得た。
【0093】
そして、得られた本造粒物を、電気炉を用い、非酸化性雰囲気下1250℃×4時間の条件で焼成(本焼成)して焼成物を作製した。次いで、得られた焼成物を、乾式ビーズミル(3/16インチφの鋼球ビーズ)を用いて粉砕して粉砕焼成物を作製し、これをフェライト粉末Aとして用いた。
【0094】
-フェライト粉末B(NiZn系)-
フェライト粉末Bを作製するにあたり、原料として、酸化鉄(Fe2O3)、酸化亜鉛(ZnO)、酸化ニッケル(NiO)、及び酸化銅(CuO)を用い、Fe2O3:ZnO:NiO:CuO=49.5:33.0:13.0:6.5のモル割合になるように秤量及び混合を行った。また、仮焼成を大気雰囲気下910℃×2時間の条件で行い、本焼成を非酸化性雰囲気下1100℃×4時間の条件で行った。それ以外はフェライト粉末Aと同様の手順で粉砕焼成物を作製し、これをフェライト粉末Bとして用いた。
【0095】
-フェライト粉末C(MnNiZn系)-
フェライト粉末Cを作製するにあたり、原料として、酸化鉄(Fe2O3)、四酸化三マンガン(Mn3O4)、酸化亜鉛(ZnO)、酸化ニッケル(NiO)、及び酸化銅(CuO)を用い、Fe2O3:Mn3O4:ZnO:NiO:CuO=50.0:6.2:22.2:6.2:3.0モル割合になるように秤量及び混合を行った。また、仮焼成を大気雰囲気下910℃×2時間の条件で行い、本焼成を非酸化性雰囲気下1150℃×4時間の条件で行った。それ以外はフェライト粉末Aと同様の手順で粉砕焼成物を作製し、これをフェライト粉末Cとして用いた。
【0096】
<成膜>
まず、得られたフェライト粉末Aを成膜原料粉末として用いて、MnZn系フェライトからなる第1層を基材(厚さ30μmの銅箔)の表面及び裏面のそれぞれに成膜した。成膜は、エアロゾルデポジション(AD)法により以下の条件で行った。
【0097】
‐キャリアガス(搬送ガス):空気
‐ガス流量:7.5L/分
‐成膜チャンバー内圧(成膜前):30Pa
‐成膜チャンバー内圧(成膜中):150Pa
‐基板走査速度:10mm/秒
‐コーティング回数:各面10回(両面)
‐基材からノズルまでの距離:20mm
‐ノズル形状:10mm×0.4mm
【0098】
次いで、フェライト粉末Bを成膜原料粉末として用いて、NiZn系フェライトからなる第2層を第1層表面に成膜した。第2層の成膜は、第1層の成膜と同一の条件で行った。
【0099】
第1層の成膜と第2層の成膜を合計3回ずつ行い、片面6層の積層体(フェライト層)両面に備えた磁性複合体を作製した。
【0100】
[例2]
例2では、厚さ125μmのポリイミドシートを基材として用いた。それ以外は例1と同様にして磁性複合体を作製した。
【0101】
[例3]
例3では、MnZn系フェライトを主成分とするフェライト粉末AとNiZn系フェライトを主成分とするフェライト粉末B(NiZn系)の混合粉末を用いて基材表裏面にフェライト層を成膜した。基材として厚さ30μmの銅箔を用いた。これにより、MnZn系フェライトとNiZn系フェライトを混相状態で含むフェライト層を備えた磁性複合体を作製した。
【0102】
<フェライト粉末の作製>
例1で作製したフェライト粉末A(MnZn系)とフェライト粉末B(NiZn系)を混合して混合粉末(成膜原料粉末)を作製した。この際、フェライト粉末Aとフェライト粉末Bの混合割合は等量(50質量%:50質量%)とし、混合はボールミルを用いて行った。
【0103】
<成膜>
得られた混合粉末(成膜原料粉末)を用いて基材(厚さ30μmの銅箔)の表面及び裏面のそれぞれにフェライト層を成膜した。成膜は、コーティング回数を各面60回(両面)に変更した以外は、例1と同様の条件で行った。
【0104】
[例4]
例4では、厚さ125μmのポリイミドシートを基材として用いた。それ以外は例3と同様にして磁性複合体を作製した。
【0105】
[例5(比較)]
例5では、MnZn系フェライトを主成分とする粉末(フェライト粉末A)のみを用いて基材の表裏面に成膜し、MnZn系フェライト層を基材両面に備えた磁性複合体を作製した。基材として厚さ30μmの銅箔を用いた。また成膜は、コーティング回数を各面60回(両面)に変更した以外は、例1と同様の条件で行った。
【0106】
[例6(比較)]
例6では、厚さ125μmのポリイミドシートを基材として用いた。それ以外は例5と同様にして磁性複合体を作製した。
【0107】
[例7(比較)]
例7では、NiZn系フェライトを主成分とする粉末(フェライト粉末B)のみを用いて基材の表裏面に成膜し、NiZn系フェライト層を基材両面に備えた磁性複合体を作製した。基材として厚さ30μmの銅箔を用いた。また成膜は例5と同様の条件で行った。
【0108】
[例8(比較)]
例8では、厚さ125μmのポリイミドシートを基材として用いた。それ以外は例7と同様にして磁性複合体を作製した。
【0109】
[例9(比較)]
例9では、MnNiZn(MnZnNiCu)系フェライトを主成分とする粉末(フェライト粉末C)のみを用いて基材の表裏面に成膜し、MnNiZn系フェライト層を基材両面に備えた磁性複合体を作製した。厚さ125μmのポリイミドシートを用いた。また成膜は例5と同様の条件で行った。
【0110】
成膜に用いたフェライト粉末A~Cの作製条件を表1にまとめて示す。また例1~例9の磁性複合体の作製条件を表2にまとめて示す。
【0111】
【0112】
【0113】
(2)評価
例1~例9につき、各種特性の評価を以下のとおり行った。
【0114】
<粒度分布(フェライト粉末)>
フェライト粉末の粒度分布を、次のようにして測定した。まず試料0.1g及び水20mlを30mlのビーカーに入れ、分散剤としてヘキサメタリン酸ナトリウムを2滴添加した。次いで、超音波ホモジナイザー(株式会社エスエムテー、UH-150型)を用いて分散した。このとき、超音波ホモジナイザーの出力レベルを4に設定し、20秒間の分散を行った。その後、ビーカー表面にできた泡を取り除き、レーザー回折式粒度分布測定装置(島津製作所株式会社、SALD-7500nano)に導入して測定を行った。この測定により、体積粒度分布における10%累積径(D10)、50%累積径(D50;平均粒径)、及び90%累積径(D90)を求めた。測定条件は、ポンプスピード7、内蔵超音波照射時間30、屈折率1.70-050iとした。
【0115】
<膜厚及び元素分布(基材及びフェライト層)>
基材とフェライト層のそれぞれについて、断面を電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM)を用いて観察して厚さを求めた。具体的には、加速電圧を1.0kV、倍率1000倍の条件で観察して、断面SEM像を求めた。次いで、得られたSEM像において、基材及びフェライト層のそれぞれについて任意の10点で厚みを求め、その平均値を算出した。なお、基材の両面にフェライト層が成膜されているサンプルについては、表面及び裏面のフェライト層のそれぞれの厚みを求めた上で、その合計値を厚さ(dF)として得た。
【0116】
また、顕微鏡付属のエネルギー分散型X線分析装置(EDX)を用いて、断面における元素マッピング分析を行い、マッピング像を得た。
【0117】
<膜密度(フェライト層)>
フェライト層の密度を、次のようにして測定した。まずフェライト層を成膜する前の基材単体の質量を測定した。次いで、フェライト層を成膜後の基材の質量を測定し、基材単体の質量との差を算出して、フェライト層の質量を求めた。またフェライト層の成膜面積と膜厚を測定した。膜厚は、フェライト層の断面を走査電子顕微鏡(SEM)で観察して求めた。そして、フェライト層の密度を、下記(6)式にしたがって算出した。
【0118】
【0119】
<表面粗さ(基材、フェライト層)>
レーザーマイクロスコープ(レーザーテック株式会社、OPTELICS HYBRID)を用いて、基材とフェライト層のそれぞれの表面の算術平均粗さ(Ra)と最大高さ(Rz)を評価した。各サンプルについて10点の測定を実施し、その平均値を求めた。測定はJIS B 0601-2001に準拠して行った。
【0120】
<XRD(フェライト粉末、フェライト層)>
フェライト粉末、及びフェライト層について、X線回折(XRD)法による分析を行った。そして、分析により得られたX線回折プロファイルにおいて、スピネル型結晶相の(311)面に基づく回折線(I311)の半値全幅(FWHM)を求めた。またX線回折プロファイルをリートベルト解析して、スピネル相の格子定数を算出した。分析条件は以下に示すとおりにした。
【0121】
‐X線回折装置:パナリティカル社、X’pertMPD(高速検出器含む)
‐線源:Co-Kα
‐管電圧:45kV
‐管電流:40mA
‐スキャン速度:0.002°/秒(連続スキャン)
‐スキャン範囲(2θ):15~90°
【0122】
<表面抵抗(基材、フェライト層)>
基材とフェライト層のそれぞれについて、表面抵抗を、抵抗率計(三菱化学株式会社、Hiresta IP、MCP-HT260)を用いて測定した。具体的には10Vの電圧を印加し、その際の表面抵抗を測定した。各サンプルについて10点の測定を実施し、その平均値を求めた。
【0123】
<密着性(磁性複合体)>
フェライト層と基材の密着性を鉛筆硬度試験(鉛筆引っかき試験)で評価した。測定は旧JIS K5400に準拠して行った。各試験では、同一の濃度記号の鉛筆で引っかくことを5回繰り返した。その際、1回引っかくごとに鉛筆の芯の先端を研いだ。なお、鉛筆硬度は、3B、2B、B、HB、F、H、2H、3H、4H、5H、6H、7H、8H、9H、10Hの順に高くなり、硬度が高いほど密着性に優れることを意味する。
【0124】
<経時安定性(磁性複合体)>
経時後の磁性複合体のフェライト層と基材の密着具合を調べ、それにより経時安定性を評価した。具体的には、温度:23℃、湿度:55%に設定した環境試験室中に、成膜直後の磁性複合体を静置し、随時、フェライト層の状態を目視にて観察した。そして、以下の基準に従ってサンプルの格付けを行った。
【0125】
A:成膜後30日以上経過しても、フェライト層に変化が見られなかった。
B:成膜後30日未満でフェライト層が脱離した。
C:成膜後24時間未満でフェライト層が脱離した。
D:成膜直後にフェライト層が脱離した。
【0126】
(3)評価
例1と例5のサンプルの断面SEM像を
図6及び
図7のそれぞれに示す。いずれのサンプルでも基材(銅箔)の両面にフェライト層が形成されていることを確認した。また例1のサンプルでは、フェライト層中に基材に平行な層状構造が見られた。フェライト粉末A(MnZn系)とフェライト粉末B(NiZn系)を用いて交互に成膜を行うことで、MnZn系フェライトの層とNiZn系フェライトの層の積層構造が形成されていることが伺われた。
【0127】
例1のサンプルの断面EDX像を
図8に示す。フェライト層全体で鉄(Fe)は均一に分布していた。また図示はしないものの、亜鉛(Zn)も均一に分布していた。一方でマンガン(Mn)とニッケル(Ni)は層状に分布しており、これらの分布は互いに明確に区別された。このことから、フェライト層中でMnZn系フェライトの層とNiZn系フェライトの層の積層構造が形成されていることが確認された。
【0128】
例1~例9の磁性複合体につき、得られた評価結果を表4にまとめて示す。なお表4において、表面抵抗はE表記で表した値である。すなわち、「E」の前の数値が仮数部を表し、「E」の後の数値が指数部を表す。
【0129】
表4に示されるように、フェライト粉末A(MnZn系)とフェライト粉末B(NiZn系)から作製した例1~例4のサンプルは経時安定性が「A」であり、30日以上経過してもフェライト層に変化が見られなかった。また表面抵抗(3.22×104Ω以上)が高く、密着性(鉛筆硬度で5H以上)に優れていた。特に、MnZn系フェライトとNiZn系フェライトの積層体でフェライト層を構成した例1及び例2は、膜密度(4.71g/cm3以上)及び表面抵抗(5.27×107Ω以上)が顕著に高かった。積層体とすることで、フェライト層が高度に緻密化し、それによって電気絶縁性が高くなったと考えられる。また基材として銅箔を用いた例1及び例3では、密着性(7H以上)が特に優れていた。
【0130】
これに対して、フェライト粉末A(MnZn系)及びフェライト粉末B(NiZn系)のいずれか一方のみから作製した例5~例8のサンプルは経時安定性が「C」又は「D」であり、成膜後24時間未満でフェライト層が脱離した。フェライト粉末C(MnNiZn系)から作製した例9のサンプルは経時安定性が「D」であり、成膜直後にフェライト層が脱離した。
【0131】
以上の結果より、本実施形態の磁性複合体は信頼性に優れ、長期間安定に使用できることが分かる。
【0132】
【0133】