(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024110814
(43)【公開日】2024-08-16
(54)【発明の名称】車輪並びに当該車輪を備えた移動体
(51)【国際特許分類】
B60B 15/02 20060101AFI20240808BHJP
【FI】
B60B15/02 H
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023015639
(22)【出願日】2023-02-03
(71)【出願人】
【識別番号】503027931
【氏名又は名称】学校法人同志社
(74)【代理人】
【識別番号】100098899
【弁理士】
【氏名又は名称】飯塚 信市
(74)【代理人】
【識別番号】100163865
【弁理士】
【氏名又は名称】飯塚 健
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 公貴
(72)【発明者】
【氏名】田中 和人
(72)【発明者】
【氏名】寺本 槙之介
(72)【発明者】
【氏名】秋山 空輝
(72)【発明者】
【氏名】池田 侑茉
(72)【発明者】
【氏名】宮下 雄吉
(57)【要約】
【課題】軟弱地盤上における登坂性能の良好な車輪並びに当該車輪を備えた移動体を提供すること。
【解決手段】車軸との結合部を有し、かつ回転中心部を構成する基体と、前記基体の周面上の複数位置から適宜の長さ延出され、前記基体が前記車軸と共に回転するとき、前記基体と一体に旋回する複数の旋回羽根とを有し、複数の前記旋回羽根のそれぞれは、想定される登坂走行時の旋回方向と反対方向へと反り返るように弧状に形成されており、かつ複数の前記旋回羽根のそれぞれの、想定される登坂走行時の旋回方向側の面には、前記旋回羽根の延出方向に沿って間隔を開けて、複数の突片が形成されている、車輪。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
車軸との結合部を有し、かつ回転中心部を構成する基体と、
前記基体の周面上の複数位置から適宜の長さ延出され、前記基体が前記車軸と共に回転するとき、前記基体と一体に旋回する複数の旋回羽根とを有し、
複数の前記旋回羽根のそれぞれは、想定される登坂走行時の旋回方向と反対方向へと反り返るように弧状に形成されており、かつ
複数の前記旋回羽根のそれぞれの、想定される登坂走行時の旋回方向側の面には、前記旋回羽根の延出方向に沿って間隔を開けて、複数の突片が形成されている、車輪。
【請求項2】
前記旋回羽根の数は、2枚以上かつ4枚以下である、請求項1に記載の車輪。
【請求項3】
複数の前記旋回羽根同士の回転中心周りの間隔は、等しく設定されている、請求項2に記載の車輪。
【請求項4】
複数の前記旋回羽根のそれぞれの延出長は、等しく設定されている、請求項3に記載の車輪。
【請求項5】
複数本の前記突片のそれぞれの突出高さ(h)は、等しく設定されている、請求項4に記載の車輪。
【請求項6】
複数本の前記突片のうち、前記旋回羽根の最も先端に位置する突片の位置は、前記旋回羽根の先端位置とほぼ一致する、請求項1に記載の車輪。
【請求項7】
前記基体が、当該基体を、前記車軸と同心に結合可能な結合部を有し、かつ所定の径(Φ1)及び幅(W)を有する断面真円状の円環体であり、
複数の前記旋回羽根は、前記円環体の周面上の互いに120度離れた3位置から延出されている、請求項1に記載の車輪。
【請求項8】
複数の前記旋回羽根のそれぞれのなす弧は、所定半径(r)を有する真円の円周の一部を成す円弧である、請求項7に記載の車輪。
【請求項9】
複数の前記旋回羽根のそれぞれに設けられた、複数の前記突片のそれぞれの突出方向は、所定半径(r)を有する前記真円の法線方向と一致する、請求項7に記載の車輪。
【請求項10】
複数の前記旋回羽根のそれぞれに設けられた、複数の前記突片のそれぞれの突出高さ(h)は、等しく設定されている、請求項7に記載の車輪。
【請求項11】
複数本の前記突片のうち、前記旋回羽根の最も先端に位置する突片の突出位置は、前記旋回羽根の先端位置とほぼ一致する、請求項7に記載の車輪。
【請求項12】
回転駆動源と、前記回転駆動源により駆動される1もしくは2以上の車軸とを備え、前記車軸には、請求項1~11のいずれか1つに記載の前記車輪が結合されている、移動体。
【請求項13】
左右の前輪と左右の後輪とを有し、四輪独立駆動可能とされた、月面走行用の四輪駆動車である、請求項12に記載の移動体。
【請求項14】
左右の前輪と後部尾状スタビライザとを有し、二輪独立駆動可能とされた、月面走行用の二輪駆動車である、請求項12に記載の移動体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、例えば、レゴリス(一種の砂)の堆積する月面上の登坂走行等に好適な車輪並びに当該車輪を備えた移動体に関する。
【背景技術】
【0002】
無人の小型月面探査機の分野において、レゴリスの堆積する軟弱地盤上における登坂性能の向上が求められている。その理由は、探査対象として好適な、地盤内部が露出している可能性の高いクレータ周辺等の地盤は、レゴリスが堆積しかつ比較的大なる起伏の存在が想定されるからである。
【0003】
そのような軟弱地盤上における走行に好適な車輪としては、円柱状車輪本体の外周面に多数の突起(通称ラグ)を有する車輪や、同様に、円形車輪本体の外周面に多数の突起(グローサ)を有する車輪(例えば、特許文献1参照)が知られている。
【0004】
その他、外周面に多数の突起を設けるのではなく、円形輪郭を有する車輪を偏心して車軸に取り付けたり、或いは、車輪中心と車軸とを同心に結合しつつも、車輪の輪郭を楕円等の非真円とすることにより、回転と共に、接地面と車軸との距離が周期的に変動するようにした車輪乃至車輪支持構造も知られている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2017-088170
【特許文献2】特開2021-049795
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上述の外周面に多数の突起(ラグ又はグローサ)を有する車輪にあっては、それらの突起によるレゴリス把持作用により、走行面とのスリップを抑制して、前方への推進力はある程度は増強するものの、登坂走行可能な走行面の傾斜角度にはなおも限界がある。実際、レゴリスが堆積する月面を模した地球上の珪砂地面テストにおいては、傾斜角度20度を超える登坂走行は実現できていないのが現状である。
【0007】
この発明は、上述の技術的背景に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、軟弱地盤上における登坂性能の良好な車輪並びに当該車輪を備えた移動体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述の技術的課題は、以下の構成を有する車輪並びに当該車輪を備えた移動体により解決できるものと考えられる。
【0009】
すなわち、本発明に係る車輪は、
車軸との結合部を有し、かつ回転中心部を構成する基体と、
前記基体の周面上の複数位置から適宜の長さ延出され、前記基体が前記車軸と共に回転するとき、前記基体と一体に旋回する複数の旋回羽根とを有し、
複数の前記旋回羽根のそれぞれは、想定される登坂走行時の旋回方向と反対方向へと反り返るように弧状に形成されており、かつ
複数の前記旋回羽根のそれぞれの、想定される登坂走行時の旋回方向側の面には、前記旋回羽根の延出方向に沿って間隔を開けて、複数の突片が形成されている、ものである。
上述の構成において、「弧状に形成」に言う「弧状」とは、連続的な弧状曲線のみならず、旋回羽根の全長を複数に分割し、各々を短い直線状帯体にて置換してなる直線近似曲線も含んでいる。また、「弧状」に言う「弧」とは、真円の一部を成す曲率一定の「弧」のみならず、旋回羽根の延出方向に沿って徐々に曲率が増加又は減少すると言ったように、旋回羽根の延出方向に沿って曲率が変化する「弧」も含んでいる。
【0010】
このような構成によれば、レゴリス堆積地面に代表される軟弱地盤上の登坂走行に適用されると、複数の前記旋回羽根のそれぞれは、固有の旋回角度範囲内において、前方から後方へと旋回しつつ、車輪前方の地盤(砂地)を掻き取り、車輪の真下を通して、車輪後方へと掻き出すように作用する。そのため、その反作用として、車輪は、1回転(360度)する毎に、旋回羽根の枚数に相当する回数分だけ、前方への大きな推進力を間欠的に得ることとなり、これにより、軟弱地盤上の登坂走行が可能となる(第1の作用)。
【0011】
このとき、複数の前記旋回羽根のそれぞれの、想定される登坂走行時の旋回方向側の面には、前記旋回羽根の延出方向に沿って間隔を開けて、複数の突片が形成されているため、旋回中の旋回羽根の前面と接する地盤(砂地)は、それらの突片の存在に起因して、旋回羽根の長手方向に沿った摺動(スリップ)を抑制され、大部分、当初の位置に留まり続けようとする。そのため、旋回羽根は、地盤(砂地)をしっかりと把持した状態を維持しつつ、地盤からのほぼ一定の抵抗を受けたまま、空回りすることなく、旋回動作を行うこととなり、その結果、車輪は、固有の旋回角度の範囲内において、前方への大きな推進力を獲得し続けることとなる(第2の作用)。
【0012】
また、複数の前記旋回羽根のそれぞれは、想定される登坂走行時の旋回方向と反対方向へと反り返るように弧状に形成されているため、固有の旋回角度の範囲内における旋回羽根と地盤(砂地)との接触は、回転中心に近い側に位置する突片から遠い側に位置する突片へと順に行われ、旋回羽根が直線的に延出されていた場合のように、すべての突片(旋回羽根のほぼ全長)が地盤(砂地)とほぼ同時に接触するものではない。そのため、車輪の回転駆動に関与する電動機の負荷電流は、地盤(砂地)と旋回羽根との接触深さ乃至長さが進むに連れて、許容範囲内において、段階的かつ緩やかに増加することとなり、地盤(砂地)と旋回羽根のほぼ全長とがほぼ同時に接触する直線羽根の場合のように、電動機の負荷電流が急激に過大な値にまで上昇して、巻き線抵抗の過熱や大なる電力損失を生ずることがない(第3の作用)。このことは、バッテリ容量が限られかつ大気への放熱が期待できない月面走行車においては、特に有効である。
【0013】
好ましい実施の態様においては、前記旋回羽根の数は、2枚以上かつ4枚以下であってもよい。
【0014】
旋回羽根の枚数は、前方への間欠的な推進力を得るという観点のみからすれば、少なとも1枚以上あれば足りるが、旋回羽根の枚数が2枚未満では、一回転毎の上下振動幅が大き過ぎて走行方向が不安定となる一方、4枚を超えると固有旋回角度範囲毎の地盤掻き取り量が少な過ぎて、前方への十分な推進力を得ることができない。本発明者らの鋭意研究によれば、レゴリスが堆積する月面上の20度を超える斜面での登坂走行を想定した場合、旋回羽根の枚数は3枚が最適であるとの知見が得られた。
【0015】
好ましい実施の態様においては、複数の前記旋回羽根同士の回転中心周りの間隔は、等しく設定されていてもよい。
【0016】
旋回羽根同士の回転中心周りの間隔は、前方への間欠的な推進力を得るという観点のみからすれば、多少のバラツキは許容されるが、走行方向安定化のために推進力の発生周期を一定とするという観点からは、旋回羽根同士の回転中心周りの間隔は、等しいことが好ましい。
【0017】
好ましい実施の態様においては、複数の前記旋回羽根のそれぞれの延出長は、等しく設定されていてもよい。
【0018】
旋回羽根のそれぞれの延出長は、前方への間欠的な推進力を得るという観点のみからすれば、多少のバラツキは許容されるが、走行方向安定化のために推進力の大きさを一定とするという観点からは、複数の前記旋回羽根のそれぞれの延出長は、等しいことが好ましい。
【0019】
好ましい実施の態様においては、複数本の前記突片のそれぞれの高さ(h)は、等しく設定されていてもよい。
【0020】
旋回羽根の前面と接触する地盤(砂地)の旋回羽根の長手方向へ沿った摺動(スリップ)を防止して、地盤把持力を確かなものとするという観点のみからすれば、突片のそれぞれの高さは、多少のバラツキは許容されるが、旋回角度毎の地盤掻き取り力を均一化するという観点からは、複数本の前記突片のそれぞれの高さ(h)は、等しいことが好ましい。
【0021】
好ましい実施の態様においては、複数本の前記突片のうち、前記旋回羽根の最も先端に位置する突片の位置は、前記旋回羽根の先端位置とほぼ一致していてもよい。
【0022】
このような構成によれば、個々の旋回羽根の長さを最大限に生かして、前方の地盤(砂地)を掻き取ることで、前方への大きな推進力を獲得することができる。
【0023】
好ましい実施の態様においては、前記基体が、当該基体を、前記車軸と同心に結合可能な結合部を有し、かつ所定の径(Φ1)及び幅(W)を有する断面真円状の円環体であり、
複数の前記旋回羽根は、前記円環体の周面上の互いに120度離れた3位置から延出されている、ものであってもよい。
【0024】
このような構成によれば、3枚の旋回羽根を120度間隔で有する車輪を簡単かつ低コストに実現することができる。
【0025】
好ましい実施の態様においては、複数の前記旋回羽根のそれぞれのなす弧は、所定半径(r)を有する真円の円周の一部を成す円弧であってもよい。
【0026】
このような構成によれば、3枚の旋回羽根を120度間隔で有する車輪における羽根の弧状部分の最適設計を容易に実現することができる。
【0027】
好ましい実施の態様においては、複数の前記旋回羽根のそれぞれに設けられた、複数の前記突片のそれぞれの突出方向は、所定半径(r)を有する前記真円の法線方向と一致されていてもよい。
【0028】
このような構成によれば、3枚の旋回羽根を120度間隔で有する車輪において、一連の突片の突出角度の最適設計を容易に実現することができる。
【0029】
なお、先述と同様な理由により、好ましい実施の態様においては、このような3枚の旋回羽根を120度間隔で有する車輪においても、複数の前記突片のそれぞれの突出高さは、等しく設定されていてもよく、また複数本の前記突起のうち、前記旋回羽根の最も先端に位置する板状突片の突出位置は、前記旋回羽根の先端位置とほぼ一致していてもよい。
【0030】
別の一面から見た本発明は、上述の様々な態様を有する車輪を備えた移動体として把握することもできる。
【0031】
すなわち、この移動体は、回転駆動源と、前記回転駆動源により駆動される1もしくは2以上の車軸とを備え、前記車軸には、上述の態様の1つである車輪が結合されている、ものである。
【0032】
ここで、上述の移動体において、車輪の数、並びに、駆動輪の配置は区々であって、特定の構成に限定されるものではない。例えば、左右一対の車輪を前後方向へと2対以上配置した四輪車、六輪車、八輪車・・・といったものでもよいし、1つの前車輪と左右一対の後車輪とを備えた三輪車であってもよい。さらに、車輪を構成する旋回羽根の幅を十分に広幅として安定させた前後2輪車、そのような幅広の1つの前車輪と後部尾状スタビライザとを有する一輪車であってもよい。また、上述の様々な車輪構成の移動体において、いずれの車輪を駆動輪として、本発明に係る車輪を採用するかは、想定される地盤の性状や傾斜角度に合わせて適宜に設定すればよい。
【0033】
好ましい実施の態様において、前記移動体としては、左右の前輪と左右の後輪とを有し、4輪独立駆動可能とされた、月面走行用の4輪駆動車であってもよい。
【0034】
好ましい実施の態様において、前記移動体としては、左右の前輪と後部尾状スタビライザとを有し、2輪独立駆動可能とされた、月面走行用の2輪駆動車であってもよい。
【発明の効果】
【0035】
本発明によれば、軟弱地盤上における登坂性能の良好な車輪並びに当該車輪を備えた移動体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【
図3】
図3は、車輪の一設計例における意匠的特徴を正確に示す六面投影図であり、(a)は車輪の正面、(b)は左側面、(c)は右側面、(d)は上面、(e)は底面、(f)は背面をそれぞれ示すものである。
【
図4】
図4は、車輪を備えた月面走行用の四輪駆動車の一例を示す斜視図である。
【
図5】
図5は、車輪を備えた月面走行用の二輪駆動車の一例を示す六面投影図である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下に、本発明に係る車輪の好適な実施の一形態を添付図面を参照しながら詳細に説明する。
【0038】
(1.第1の実施形態)
図1は、本実施形態に係る車輪の基本構成を示す図、
図2は、本実施形態に係る車輪の一設計例を示す図、
図3は、本実施形態に係る車輪の一設計例における意匠的特徴を正確に示す六面投影図である。
【0039】
(1.1 構成)
本実施形態に係る車輪は、車軸との結合部を有し、かつ回転中心部を構成する基体と、基体の周面上の複数位置から適宜の長さ延出され、基体が車軸と共に回転するとき、基体と一体に旋回する複数の旋回羽根とを備えている。複数の旋回羽根のそれぞれは、想定される登坂走行時の旋回方向と反対方向へと反り返るように弧状に形成されている。また、複数の旋回羽根のそれぞれの、想定される登坂走行時の旋回方向側の面には、旋回羽根の延出方向に沿って間隔を開けて、複数の突片が形成されている。
【0040】
図1に示される車輪1は、レゴリスの堆積する月面上の高斜度登坂を想定して設計されたものであって、例えば、アルミ合金等の軽量金属による一体成型品として構成されている。この車輪1は、回転中心部を構成する基体10を有する。この例にあっては、基体10は、
図2に示されるように、所定の径(Φ1)及び幅(W)を有する断面真円状の円環体11として構成されている。
【0041】
円環体11の一方開口を塞ぐ側面板12には、2個のボルト挿通孔12a,12bが開けられており(
図3(a),(f)参照)、これらのボルト挿通孔12a,12bに内側から差し込んだ2本のボルトを図示しない車軸の先端面に設けられた2個のねじ孔にねじ込むことにより、車輪1は車軸と同心に結合される。すなわち、この例では、2個のボルト挿通孔12a,12bを有する側面板12が車軸との結合部として機能する。
【0042】
基体10を構成する円環体11の周面上の互い120度離れた3位置からは、円環体11が車軸と共に回転するとき、円環体11と一体に旋回する3枚の旋回羽根21,22,23が延出されている。それら3枚の旋回羽根21,22,23のそれぞれは、想定される登坂走行時の旋回方向(
図1(a)において反時計回り)と反対方向へと反り返るように弧状に曲成されている。
【0043】
この例では、それら3枚の旋回羽根21,22,23の延出長さは、互いに等しく設定され、さらに、それら3枚の旋回羽根21,22,23のそれぞれのなす弧は、
図2に示されるように、所定半径(r)を有する小真円の円周の一部を成す円弧とされている。
【0044】
それら3枚の旋回羽根21,22,23のそれぞれの、想定される登坂走行時の旋回方向側の面には、旋回羽根の延出方向に沿って間隔を開けて、5つの板状突片(21a~21e、22a~22e、23a~23e)が突出形成されている。
【0045】
この例では、それら5つの板状突片(21a~21e、22a~22e、23a~23e)の突出高さ(h)及び突出間隔は互いに等しく設定されている。ここで、特筆すべきは、それら5つの板状突片(21a~21e、22a~22e、23a~23e)のうちで、旋回羽根21,22,23の最も先端側に位置する突片21e,22e,23eの位置は、旋回羽根21,22,23の先端位置とほぼ一致している点である。このような構成によれば、個々の旋回羽根の長さを最大限に生かして、前方の地盤(砂地)を掻き取ることで、前方への大きな推進力を獲得することができる。
【0046】
(1.2 作用)
以上の構成よりなる車輪1によれば、レゴリス堆積地面に代表される軟弱地盤上の登坂走行に適用されると、3枚の旋回羽根21,22,23のそれぞれは、固有の旋回角度範囲(120度)内において前方から後方へと旋回しつつ、車輪前方の地盤(砂地)を掻き取り、車輪真下を通して、車輪後方へと掻き出すように作用する。そのため、その反作用として、車輪1は、1回転(360度)する毎に、旋回羽根の枚数に相当する回数分(3回分)だけ、前方への大きな推進力を間欠的に得ることとなり、これにより、軟弱地盤上の登坂走行が可能となる(第1の作用)。
【0047】
このとき、3枚の旋回羽根21,22,23のそれぞれの、想定される登坂走行時の旋回方向側の面には、旋回羽根の延出方向に沿って間隔を開けて、5つの板状突片(21a~21e、22a~22e、23a~23e)が形成されているため、旋回中の旋回羽根21,22,23の前面と接する地盤(砂地)は、それらの突片の存在に起因して、旋回羽根の長手方向に沿った摺動(スリップ)を抑制され、大部分、当初の位置に留まり続けようとする。そのため、旋回羽根21,22,23は、地盤(砂地)をしっかりと把持した状態を維持しつつ、地盤からのほぼ一定の抵抗を受けたまま、空回りすることなく、旋回動作を行うこととなり、その結果、車輪1は、固有の旋回角度の範囲(120度)内において、前方への比較的大きな推進力を獲得し続けることとなる(第2の作用)。
【0048】
また、複数の旋回羽根21,22,23のそれぞれは、想定される登坂走行時の旋回方向と反対方向へと反り返るように弧状に曲成されているため、固有の旋回角度の範囲(120度)内における旋回羽根21,22,23と地盤(砂)との接触は、回転中心に近い側に位置する突片(例えば、21a,22a,23a)から遠い側に位置する突片(例えば、21e,22e,23e)へと順に行われ、旋回羽根が直線的に延出されていた場合のように、すべての突片(旋回羽根のほぼ全長)が地盤(砂)とほぼ同時に接触することはない。そのため、車輪1の回転駆動に関与する電動機の負荷電流は、地盤(砂地)と旋回羽根との接触深さ乃至長さが進むに連れて、許容範囲内において、段階的かつ緩やかに増加することとなり、地盤(砂地)と旋回羽根21,22,23のほぼ全長とがほぼ同時に接触する直線羽根の場合のように、電動機の負荷電流が急激に過大な値にまで上昇して、巻き線抵抗の過熱や大なる電力損失を生ずることがない(第3の作用)。このことは、バッテリ容量が限られかつ大気への放熱が期待できない月面走行車においては、特に有効である。
【0049】
(2.検証実験)
本件発明者は、移動体の一例として、左右の前輪と左右の後輪とを有し、四輪独立駆動可能とされた、月面走行用の四輪駆動車100(
図4参照)を試作し、これを月面上のレゴリス堆積斜面を模して製作した地球上の珪砂地斜面に適用することにより、本実施形態に係る車輪の高斜度登坂能力を検証した。
・
試作された車輪の仕様(図2参照)
車輪の実効直径Φ1:120mm
車輪の幅W:30mm
基体をなす円環体の直径Φ2:50mm
旋回羽根の弧状曲線を成す小円の半径r:20mm
板状突片の高さh:10mm
・
試作された4輪駆動車の仕様(図4参照)
4つの車輪を含む車両全体の質量:2500g
車輪駆動用電動機の出力:30w
左右車輪の間隔:200mm
前後車軸の間隔:165mm
【0050】
なお、
図4において、101は各種の観測機器のほか、バッテリや制御回路装置を収容する車両本体ハウジング、102はバッテリを充電するためのソーラーパネル、103は前部左車輪1aと結合された車軸103aを駆動するための回転電動機や減速機を収容した駆動部収容ハウジング、104は前部右車輪1bと結合された車軸104aを駆動するための回転電動機や減速機を収容した駆動部収容ハウジング、105は後部左車輪105aと結合された車輪1cと結合された車軸105aを駆動するための回転電動機や減速機を収容した駆動部収容ハウジング、106は後部右車輪1dと結合された車軸106aを駆動するための回転電動機や減速機を収容した駆動部収容ハウジングである。また、検証に当たり、4個の車輪1a~1dは、同一速度かつ同一位相にて回転するように制御された。
【0051】
・検証結果
試作された四輪駆動車100を、月面上のレゴリス堆積斜面を模して製作した地球上の珪砂地斜面に適用したところ、斜度が30度の斜面(ほぼ珪砂の安息角)においても、良好な登坂性能が得られた。因みに、円筒状車輪本体の周面に多数の突起を有する従来の車輪では、斜度が10度~15度の斜面が限界であって、本発明の車輪のような高斜度登坂特性は得られなかった。なお、上述の四輪駆動車100にあっては、左右の車輪を独立に駆動可能であることから、左右の車輪の位相を同相とすれば、バタフライ泳法類似の走行態様もできるし、異なる位相とすれば、クロール泳法類似の走行態様も実現可能である。さらに、左右の車輪の回転態様を異ならせれば、操舵走行も可能であることは云うまでもない。
【0052】
(3.月面走行用の二輪駆動車への応用)
第1の実施形態に係る車輪は、二輪駆動車に対しても適用することができる。例えば、
図5に示されるように、特開2021-049795において提案された、左右の前輪と後部尾状スタビライザとを有し、二輪独立駆動可能とされた、月面走行用の二輪駆動車200等にも応用が可能である。なお、
図5において、(a)は二輪駆動車200を前から見た正面図、(b)は同左側面図、(c)同右側面図、(d)は同上面図、(e)は同底面図、(f)は同背面図である。また、201は各種の観測機器のほか、バッテリや左右の電動機や制御回路装置を収容する車両本体ハウジング、202は車両本体ハウジングの連れ回りを防止するための後部尾状スタビライザ、1aは本実施形態が適用された左側車輪、1bは本実施形態が適用された右側車輪である。
この二輪駆動車にあっても、試作された二輪駆動車200を、月面上のレゴリス堆積斜面を模して製作した地球上の珪砂地斜面に適用したところ、斜度が30度の斜面(ほぼ珪砂の安息角)においても、良好な登坂性能が得られた。なお、上述の二輪駆動車200にあっても、左右の車輪を独立に駆動可能であることから、左右の車輪の位相を同相とすれば、バタフライ泳法類似の走行態様もできるし、異なる位相とすれば、クロール泳法類似の走行態様も実現可能である。さらに、左右の車輪の回転態様を異ならせれば、操舵走行も可能であることは云うまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明に係る車輪は、軟弱地盤上における高斜度登坂が可能であることから、レゴリスの堆積する地面を走行する月面探査車のみならず、地球上の砂漠や泥濘の災害地等の軟弱地盤を走行する作業車、さらには、無人農作業機等にも広く応用が可能である。
【符号の説明】
【0054】
1 車輪
1a 前部左車輪
1b 前部右車輪
1c 後部左車輪
1d 後部右車輪
10 基体
11 円環体
12 側面板
21 第1の旋回羽根
22 第2の旋回羽根
23 第3の旋回羽根
21a~21e 板状突片
22a~22e 板状突片
23a~23e 板状突片
100 月面走行用の四輪駆動車
101 車両本体ハウジング
102 ソーラーパネル
103~106 駆動部収容ハウジング
103a~106a 車軸
200 月面走行用の二輪駆動車
201 車両本体ハウジング
202 後部尾状スタビライザ