(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024111338
(43)【公開日】2024-08-19
(54)【発明の名称】アルミニウム系部材とその製造方法
(51)【国際特許分類】
C25D 11/08 20060101AFI20240809BHJP
C25D 11/04 20060101ALI20240809BHJP
【FI】
C25D11/08
C25D11/04 101H
C25D11/04 302
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023015756
(22)【出願日】2023-02-06
(71)【出願人】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000000011
【氏名又は名称】株式会社アイシン
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】100108833
【弁理士】
【氏名又は名称】早川 裕司
(74)【代理人】
【識別番号】100149320
【弁理士】
【氏名又は名称】井川 浩文
(72)【発明者】
【氏名】竹内 悠太
(72)【発明者】
【氏名】清水 富美男
(72)【発明者】
【氏名】松岡 秀明
(72)【発明者】
【氏名】森 広行
(72)【発明者】
【氏名】浦田 信也
(72)【発明者】
【氏名】大谷 裕樹
(72)【発明者】
【氏名】蟹江 隆久
(72)【発明者】
【氏名】角 良平
(72)【発明者】
【氏名】横井 里沙
(57)【要約】
【課題】高温下での耐割れ性や上層に対する密着性(アンカー効果)等に優れる陽極酸化膜を有するアルミニウム系部材を提供する。
【解決手段】本発明は、アルミニウム基材の少なくとも一部表面が陽極酸化膜で被覆されたアルミニウム系部材である。その陽極酸化膜は、アルミニウム基材側から略直管状に延びた主孔とその主孔の側壁の一部に開口した副孔とを有する。その陽極酸化膜は、例えば、上面観察して求まる空孔率が18~65%である。主孔は、例えば、開口径が50~1000nmである。副孔は、主孔の底側よりも開口側に多く分布しているとよい。このような陽極酸化膜は、例えば、リン酸を含む電解液に接触させたアルミニウム基材へ、所定条件下で通電することにより得られる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム基材の少なくとも一部表面が陽極酸化膜で被覆されたアルミニウム系部材であって、
該陽極酸化膜は、該アルミニウム基材側から略直管状に延びた主孔と該主孔の側壁の一部に開口する副孔とを有し、
該陽極酸化膜は、上面観察して求まる空孔率が18~65%であるアルミニウム系部材。
【請求項2】
前記主孔は、開口径が50~1000nmである請求項1に記載のアルミニウム系部材。
【請求項3】
前記副孔は、該主孔の底側よりも開口側が大きい請求項1に記載のアルミニウム系部材。
【請求項4】
前記副孔は、観察した側面の表層域(深さ1μm×幅10μm)に1個以上ある請求項3に記載のアルミニウム系部材。
【請求項5】
前記副孔の少なくとも一部は、前記主孔の側壁を貫通している請求項1に記載のアルミニウム系部材。
【請求項6】
前記陽極酸化膜は、膜厚が0.1~20μmである請求項1に記載のアルミニウム系部材。
【請求項7】
前記アルミニウム基材は、その全体に対してAlを98質量%以上含む請求項1に記載のアルミニウム系部材。
【請求項8】
前記アルミニウム基材は、導電率が50%IACS以上ある請求項1に記載のアルミニウム系部材。
【請求項9】
前記陽極酸化膜の少なくとも一部を被覆する上層をさらに有する請求項1に記載のアルミニウム系部材。
【請求項10】
前記陽極酸化膜の少なくとも一部に樹脂が被着している請求項1に記載のアルミニウム系部材。
【請求項11】
導電部材である請求項1に記載のアルミニウム系部材。
【請求項12】
リン酸を含む電解液に接触させたアルミニウム基材へ通電する電解工程を備え、
請求項1~11のいずれかに記載のアルミニウム系部材が得られる製造方法。
【請求項13】
前記電解工程は、前記電解液を15~80℃にしてなされる請求項12に記載のアルミニウム系部材の製造方法。
【請求項14】
前記電解工程は、前記アルミニウム基材へ30~250Vを印加してなされる請求項12に記載のアルミニウム系部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、少なくとも一部の表面に陽極酸化膜を有するアルミニウム系部材等に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム系部材(Al系部材)は、耐食性や絶縁性等の確保を目的として、陽極酸化処理がなされる。陽極酸化処理は、電解液浴(硫酸浴、シュウ酸浴等)に浸漬等したアルミニウム基材(Al基材)を陽極(アノード)とした通電によりなされる。これによりAl基材表面(被処理面)には、酸化アルミニウム(Al2O3等)からなる陽極酸化膜(アルマイト皮膜)が形成される。陽極酸化処理は、Al基材自体の酸化を伴う点で、めっき処理等とは異なっている。
【0003】
陽極酸化膜は、通常、緻密で薄いバリア層(活性層)と、その上に成長したポーラス層(成長層)とからなる。一般的な陽極酸化膜は、表面側で開口した略直管(筒)状の微細孔(群)からなるポーラス層がその大部分を占める。耐食性の向上を目的とする陽極酸化膜は、ポーラス層の開口を閉じる封孔処理やその孔を埋める封止処理もなされ得る。
【0004】
ところで、陽極酸化膜は、耐食性の確保以外に、その表面上に形成する上層(例えば塗膜等の樹脂層)の密着性や接着性等を確保する下層(下地)としても利用される。このような陽極酸化膜に関連する記載が、例えば、下記の特許文献にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許4085012
【特許文献2】特開2008-13805
【特許文献3】特開2013-76118
【特許文献4】特開2021-75763
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1は、リン酸(3~20%)を含む電解液(65~95°F/18~35℃)に接触させた純アルミニウムへ通電(3~25V)して陽極酸化膜を形成している(特許文献1のTABLE1参照)。特許文献1には、陽極酸化膜の形態については何ら記載がない。
【0007】
特許文献2は、リン酸ナトリウム(5重量%)とタンニン酸(1.25重量%)を含む電解液(50℃)に接触させたAl-Mn系基材(A3004)に、通電(2A/dm2、14V)して、有機化合物成分を含有する陽極酸化膜を形成している。この陽極酸化膜は膜厚:20nm、含水率:2%、空孔率:3%であり、全体的に非常に薄くて緻密である(特許文献2の実施例5参照)。
【0008】
特許文献3は、リン酸水溶液(20重量%)からなる電解液(15~25℃)に接触させたAl-Mg-Si系基材(A6061)へ通電(2~4A/cm
2、20~80V)して陽極酸化膜を形成している。この陽極酸化膜は、軸方向に延びる孔からなる柱状セルと、その内周面から垂直方向に延びる枝孔とを有する(特許文献3の
図1参照)。しかし、特許文献3に顕微鏡写真等の掲載はなく、その具体的な形態が不明である。Siを含む基材に陽極酸化処理をしているため、その枝孔は、ポーラス層がSiを避けて成長する過程でできた程度の微小なものと推察される。
【0009】
特許文献4は、リン酸水溶液(1.46モル/L)からなる電解液(15℃)に接触させたAl-Mg系基材(A5052)に通電(15V)して第1酸化皮膜を形成した後、さらに硫酸水溶液(3.67モル/L)からなる電解液(20~23℃)にも接触させて通電(12.5V)して第2酸化皮膜を形成している。このようにして形成される皮膜は、略直管状に延びた細孔を有する陽極酸化膜とは異なる複雑な形態をしている(特許文献4の
図3参照)。
【0010】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、新たな形態の陽極酸化膜を有するアルミニウム系部材等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記の課題を解決すべく鋭意研究した結果、略直管状に延びた主孔の側壁を貫通する副孔を有する陽極酸化膜の形成に成功した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0012】
《アルミニウム系部材》
(1)本発明のアルミニウム系部材(「Al系部材」ともいう。)は、アルミニウム基材の少なくとも一部表面が陽極酸化膜で被覆されたアルミニウム系部材であって、該陽極酸化膜は、該アルミニウム基材側から略直管状に延びた主孔と該主孔の側壁の一部に開口する副孔とを有し、該陽極酸化膜は、上面観察して求まる空孔率が18~65%であるアルミニウム系部材である。
【0013】
(2)本発明に係る陽極酸化膜は、全体的に空孔率が大きく、略直管状に延びた主孔に加えて、その主孔の側壁に開口した副孔も有する。このため、例えば、陽極酸化膜上に上層(例えば樹脂層)を形成する場合、その構成物(樹脂等)が主孔のみならず副孔にも侵入、充填、係絡等し易く、アンカー効果の増加等による上層の密着性や接着性等の向上が期待され得る。
【0014】
また本発明に係る陽極酸化膜は、主孔に加えて副孔を有し高空孔率であるため、柔軟性に富む。このような陽極酸化膜は、衝撃や熱応力等が加わっても割れ(クラック)等が発生し難く、優れた耐衝撃性や耐熱性等を発揮し得る。
【0015】
《アルミニウム系部材の製造方法等》
本発明は、アルミニウム系部材の製造方法または陽極酸化方法としても把握される。例えば、本発明は、リン酸を含む電解液に接触させたアルミニウム基材へ通電する電解工程を備え、上述したアルミニウム系部材が得られる製造方法でもよい。
【0016】
電解液にリン酸が含まれる場合、上述した陽極酸化膜の形成が促進されることに加えて、陽極酸化膜の表面が不溶性のリン酸塩皮膜で被覆され得る。リン酸塩皮膜により、陽極酸化膜の自然封孔(大気中に含まれる水分との水和反応)が抑止される。このため、例えば、陽極酸化膜を大気中に長時間放置しても、主孔や副孔の開口状態が維持され、陽極酸化膜の下地層としての機能が安定的に確保され得る。
《その他》
【0017】
(1)本明細書では、説明の便宜上、陽極酸化膜の最表面側(主孔の開口側)を上側または上面側という。逆に、その反対側(Al基材側)を下側または底側という。適宜、陽極酸化膜の膜厚方向(通常は主孔の成長方向)を縦方向、それに略直交する方向を横方向ともいう。
【0018】
空孔率や開口径は、陽極酸化膜の上面側を顕微鏡観察して得られた画像(観察像)に基づいて評価される。副孔の有無(個数)や形態は、その上面側の観察像に基づいても評価され得るが、陽極酸化膜の側(断)面(膜厚方向に切断して得られる縦断面)の観察像に基く評価が好ましい。副孔は、少なくとも、陽極酸化膜の最表面付近の表層域(深さ1μm×幅10μm)で評価されるとよい。
【0019】
観察像の評価は、例えば、画像解析ソフトウェアを利用して行なうとよい。副孔の個数(分布)なら、観察像に基づいて目視によりカウントでもよい。
【0020】
観察像の視野(評価範囲)は問わないが、例えば、0.6×0.5μm~12.7×8.8μmとすればよい。
【0021】
空孔率は、観察した視野内にある陽極酸化膜の全面積に対する空孔面積(合計値)の割合である。開口径は、同視野内にある各空孔の円相当径の平均算術値とする。空孔率や開口径は、例えば、画像解析ソフト(Image J)により算出される。
【0022】
陽極酸化膜の膜厚は、特に断らない限り、膜厚計により測定値とする。適宜、観察像に基づいて、陽極酸化膜の最底面(バリア層の最下面)から最表面(ポーラス層の最上面)までの距離(平均値)を膜厚としてもよい。
【0023】
(2)特に断らない限り本明細書でいう「x~y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a~b」のような範囲を新設し得る。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】第1実施例に係る陽極酸化膜の上面を観察したSEM像である。
【
図2A】その陽極酸化膜の側断面の上側を観察したSEM像である。
【
図2B】その陽極酸化膜の側断面の下側(底側)を観察したSEM像である。
【
図3A】第2実施例に係る陽極酸化膜の側断面の上側を観察したSEM像である。
【
図3B】その陽極酸化膜の側断面の下側(底側)を観察したSEM像である。
【
図4A】第3実施例に係る陽極酸化膜の上面を観察したSEM像である。
【
図4B】第3実施例に係る陽極酸化膜の上面を観察したSEM像である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本明細書で説明する内容は、本発明の物(Al系部材、陽極酸化膜等)のみならず、方法(Al系部材の製造方法、陽極酸化方法等)にも適宜該当し得る。本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一以上の構成要素を付加し得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0026】
《陽極酸化膜》
陽極酸化膜は、Al基材側から略直管状に延びた主孔と、その主孔の側壁の一部に開口する副孔とを有する。
【0027】
(1)主孔
主孔は、例えば、Al基材側の底部から上部の開口まで延びる有底筒状である。その孔の形態(形状、大きさ)は、縦方向(深さ方向、軸方向または延在方向)に沿って多少変化してもよい。
【0028】
主孔の開口径は、例えば、50~1000nm、100~500nmまたは150~350nmである。このような開口径は、従来の柱状孔(セル)よりも大きい傾向にある。
【0029】
(2)副孔
副孔は、主孔の側壁の一部で開口して、横方向(主孔の側壁に略直交する方向)に延びる。副孔の少なくとも一部は、主孔の側壁を貫通(隣接する主孔間を連通)してもよい。
【0030】
副孔の分布は、主孔の縦方向に沿って均一的でも不均一的でもよい。副孔が主孔の底側よりも上側(開口側)が大きいと、陽極酸化膜表面に設けられる上層に対するアンカー効果等が増大し得る。
【0031】
副孔は、陽極酸化膜を側面観察した視野に少なくとも1個あればよい。さらにいえば、副孔を1個以上、3個以上さらには5個以上含む表層域(深さ1μm×幅10μm)が1箇所以上あるとよい。
【0032】
(3)空孔率
陽極酸化膜の上面観察して求まる空孔率は、例えば、18~65%、20~55%、25~50%、30~45%または35~40%である。このような空孔率は、従来の柱状孔(セル)からなるポーラス層よりも大きい傾向にある。これにより、本発明に係る陽極酸化膜は、優れた柔軟性(耐割れ性)、上層に対する密着性や接着性等を発揮すると考えられる。
【0033】
(4)膜厚
陽極酸化膜は、例えば、膜厚が0.1~20μm、0.5~10μmまたは1~5μmである。陽極酸化膜の膜厚には、いわゆるバリア層の厚みも含まれる。バリア層の厚さは、例えば、10~1000nm、50~500nm、100~300nmである。バリア層上に形成される主孔群を、適宜、本明細書でも「ポーラス層」という。
【0034】
(5)成分
陽極酸化膜は、主に酸化アルミニウム(Al2O3)からなるが、電解液の組成に由来する成分を含んでもよい。例えば、リン酸を含む電解液を用いる場合なら、P、H等が陽極酸化膜中に含まれてもよい。また陽極酸化膜の表面付近に、リン酸塩(例えば、Al-P-O系化合物、Al-P-O-H系化合物)等があってもよい。
【0035】
《Al基材》
主孔と副孔を有する陽極酸化膜が形成される限り、Al系部材の用途に応じたAl基材が選択されるとよい。代表的なAl基材として、例えば、その全体に対するAl含有量が98質量%以上、98.5質量%以上、99質量%以上さらには99.6質量%以上の純アルミニウム(JIS A1000系)がある。Al系部材が導電部材である場合なら、導電率が50%IACS(International Annealed Copper Standard)以上、55%IACS以上さらには60%IACS以上のAl基材を用いるとよい。なお、「%IACS」は、焼鈍標準軟銅(体積抵抗率:1.7241×10-8Ωm)の導電率(100%IACS)に対する相対指標(比率)である。
【0036】
Al基材は、例えば、展伸材、鋳造材、塑性加工された加工材、溶射材等のいずれでもよい。Al基材は、機械的性質等を改善するため、Mg、Fe、Si等の改質元素を少量(例えば、合計で1質量%以下さらには0.5質量%以下)含んでもよい。
【0037】
《被着体》
陽極酸化膜の少なくとも一部に被着体があってもよい。被着体は、例えば、樹脂体、セラミックス体、金属体等のいずれでもよい。被着体は、層状(膜状を含む。)でも、ブロック状(バルク状)でもよい。樹脂体なら、例えば、塗膜等の樹脂層、封止材、接着材等がある。本明細書では、陽極酸化膜の表面に設けられる被着体を、その形態を問わず、適宜「上層」という。
【0038】
《製造方法/陽極酸化方法》
陽極酸化膜は、電解液に接触させたアルミニウム基材へ通電する電解工程により形成される。
【0039】
(1)電解液
主孔および副孔が形成される限り、電解液の成分を問わない。電解液は、例えば、無機酸液(リン酸水溶液、硫酸水溶液、クロム酸水溶液等)でも有機酸液(蓚酸水溶液等)でもよい。
【0040】
リン酸を含む電解液を用いる場合、リン酸濃度は、例えば、1~30%、2~20%または3~10%とすればよい。なお、本明細書でいう電解液の濃度は、特に断らない限り、その全体に対する質量割合である。電解液の温度(浴温)は、例えば、15~80℃、20~60℃または25~40℃とすればよい。
【0041】
(2)通電
電解工程は、例えば、定電流通電や定電圧通電によりなさる。通電中に電流(密度)や印加電圧が変化(変動)してもよい。電解工程は、直流通電でなされても、交流通電でなされても、交流成分と直流成分を合成した交直重畳通電でなされてもよい。交流電流の波形は、正弦波の他、矩形波、パルス波等でもよい。
【0042】
直流通電により電解工程を行なう場合、例えば、少なくとも一時的に30~250V、40~200Vさらには75~175V程度の高電圧がAl基材へ印加されてもよい。電解液中に設ける対極は問わないが、通常、白金電極や黒鉛電極等が用いられる。
【0043】
《用途》
Al系部材は、その用途を問わない。陽極酸化膜を絶縁被膜またはその一部とするとき、Al系部材は導電部材(電線、エレメント等)でもよい。この場合、陽極酸化膜上に別な絶縁体が被着されてもよい。例えば、ポリイミド、ポリウレタン、エポキシ等の絶縁樹脂(エナメル材)からなる樹脂層(絶縁層)を陽極酸化膜上に設けてもよい。樹脂層には、フィラーが含まれてもよい。フィラーは、例えば、熱伝導性フィラー、耐サージフィラー、比誘電率低下フィラーである。
【実施例0044】
条件の異なる陽極酸化処理を種々行い、Al基材の表面に陽極酸化膜が形成された試料(Al系部材)を複数種製作した。このような具体例を挙げつつ、以下に本発明をさらに詳しく説明する。
【0045】
[第1実施例/定電流電解]
《試料の製作》
(1)Al基材
陽極酸化処理を施すAl基材として、純アルミニウム(JIS A1050)からなる試験片(50mm角×2mm厚)を用意した。
【0046】
(2)電解工程
試験片に対して、表1に示す条件下で電解工程を行なった。電解液には、リン酸、硫酸またはシュウ酸の水溶液を用いた。表1に示した濃度は、水溶液全体に対する質量割合である。
【0047】
電解液を入れた処理浴に試験片全体を浸漬し、その試験片を陽極、白金電極を陰極として、電解液を撹拌しつつ、定電流(密度)の直流通電を行なった。表1に示した電流密度は、試験片の被処理面積で印加電流値を除した値である。なお、試験片をマスキングして、その表面の一部のみ(24cm2)を被処理面とした。
【0048】
電解工程中の印加電圧は変動するが、参考に、通電開始から10分経過後の測定電圧を表1に併せて示した。
【0049】
(3)電解工程後に電解液から取り出した試験片を蒸留水でよく洗浄し、圧縮空気を吹き付けて水分を除去した後、大気中で十分に乾燥させた。こうして得た陽極酸化処理後の試験片(試料1、A1、B1)を後述の測定および観察に供した。
【0050】
《測定・観察》
(1)膜厚
各試料の陽極酸化処理面(単に「処理面」という。)を渦電流式膜厚計(株式会社サンコウ電子研究所製SWT-9200)で測定した。得られた膜厚を表1に併せて示した。
【0051】
(2)表面観察
各試料の処理面(表面/上面)を走査電子顕微鏡(SEM/株式会社日立ハイテク製S-5500)で観察した。得られたSEM像を
図1にまとめて示した。
【0052】
(3)断面観察
各試料の縦断面(側断面)をSEMで同様に観察した。得られたSEM像を
図2A、
図2B(両図を併せて「
図2」という。)にまとめて示した。
図2Aは処理面近傍の上側(表面側)を示し、
図2Bはその下側(底側)を示す。
【0053】
《画像解析》
(1)空孔率
処理面(上面)のSEM像(
図1参照)に基づいて、ImageJ(フリーソフトウェア)を用いた画像解析により、各試料の空孔率を求めた。任意に抽出した5視野分の空孔率の算術平均値を表1に併せて示した。
【0054】
この際、試料1の1視野:1280nm×890nm、試料A1、B1の1視野:640nm×445nmとした。1視野のサイズ調整により、各視野に主孔が10個以上含まれるようにした。
【0055】
空孔率は次のように求めた。先ず、解析する画像を8bit変換した後、二値化処理を行なって表面で開口した孔を抽出した。次に、各孔を分水嶺(Watershed Algorithm)処理した後、開口面積が100nm2以上となる孔について開口面積の合計値を算出する。視野の全面積に対する開口面積の合計値の割合を空孔率とした。
【0056】
(2)開口径
処理面(上面)のSEM像に基づいて同様な画像解析を行ない、各試料の開口径を求めた。同様に5視野分の開口径の算術平均値を表1に併せて示した。開口径は次のように求めた。先ず、上述したように、抽出した各孔の開口面積の合計値を孔の抽出数で除して平均開口面積を求める。その平均開口面積から算出した円相当径(孔を真円と仮定したときの直径)を開口径とした。なお、試料1の画像には、主孔の他に副孔も含まれているため、任意の10個の主孔の最大径(最大長)を測定して、その算術平均値を開口径とした。
【0057】
《評価》
(1)陽極酸化膜
表1からわかるよう、リン酸を含む電解液中で高電圧を印加して電解工程を行なった試料1は他の試料よりも、空孔率および開口径が顕著に大きくなった。また、
図1および
図2から明らかなように、試料1の陽極酸化膜では、Al基材側から略直管状に延びる太い主孔に加えて、その主孔の側壁に食い込んで開口した細い副孔が多数形成されていた。このような陽極酸化膜は、他試料の陽極酸化膜には観られないユニークな形態であった。
【0058】
(2)副孔
また、
図2Aからわかるように、試料1の陽極酸化膜は、表層域(深さ1μm×幅10μm)に複数(10個程度)の副孔が形成されていた。さらに、
図2Aと
図2Bの対比からもわかるように、副孔は陽極酸化膜の下層域(底側、バリア層側)よりも上層域の方が大きかった。さらにいえば、陽極酸化膜の下方から上方に向けて副孔の密度は増加傾向にあった。
【0059】
[第2実施例/上層]
《試料の製作》
第1実施例の場合と同様に、表2に示す陽極酸化処理を行なった。得られた陽極酸化膜上にポリイミドワニスを繰返しスプレー塗布した後(塗布工程)、さらに炉加熱(350℃×1時間)した(熱硬化工程)。こうして陽極酸化膜上に樹脂層(上層)を被着させた試験片(試料2、A2、B2)を後述の測定および観察に供した。
【0060】
《測定・観察》
(1)膜厚
各試料の樹脂層の膜厚を上述した渦電流式膜厚計により測定した。その結果を表2に併せて示した。なお、塗布工程前に予め測定した陽極酸化膜自体の膜厚も表2に併せて示した。樹脂層の膜厚は、樹脂層形成後の全体膜厚から、陽極酸化膜単体の膜厚を減算して求めた。つまり、表2に示した樹脂層の膜厚は、陽極酸化膜の最表面から樹脂層の最表面までの距離を意味する。
【0061】
(2)表面観察
各試料の表面(樹脂層)を目視で観察して、割れ(クラック)の有無を確認した。その結果を表2に併せて示した。
【0062】
(3)断面観察
各試料の縦断面をSEMで観察した。得られたSEM像を
図3A、
図3B(両図を併せて「
図3」という。)にまとめて示した。
図3Aは、処理面近傍の上側を示し、
図2Bはその下側を示す。
【0063】
《評価》
(1)耐割れ性
表2に示したように、試料2は表面に割れが観られず、耐割れ性(耐熱性)に優れることがわかった。一方、他の試料では表面に割れが観られた。このような割れは、Al基材(金属)と陽極酸化膜(セラミックス)の熱膨張係数差を反映した熱応力によって生じると考えられる。試料2の陽極酸化膜は、試料1と同程度の高い空孔率を有し、柔軟性に優れるため割れ難かったと考えられる。
【0064】
(2)密着性
図3からわかるように、試料2の場合、ポリイミドが陽極酸化膜中へ侵入して、主孔を充填すると共に、副孔にも係止された状態となっていた。このような状況は、他試料の陽極酸化膜には殆ど観られなかった。なお、試料2において、ポリイミドが充填されていない主孔が観られる理由は、その試験片を切断する時に、ポリイミドが破断・脱離したためと考えられる。
【0065】
[第3実施例/定電圧電解]
《試料の製作》
既述したAl基材からなる試験片に対して、表3に示す条件下で、定電圧の直流通電により電解工程を行なった。その他の処理条件は第1実施例と同様とした。
【0066】
《測定・観察》
各試料の陽極酸化処理後の試験片(試料31~36)を、第1実施例と同様に測定した。空孔率と開口径の測定結果を表3に併せて示した。但し、試料31~33の1視野:2560nm×1780nm、試料34~36の1視野:1280nm×890nmとした。
【0067】
各試料の試験片表面(上面)を観察したSEM像を、第1実施例と同様に、
図4A、
図4B(両図を併せて「
図4」という。)にまとめて示した。
【0068】
《評価》
表3および
図4からわかるように、リン酸を含む電解液を用いた場合、その温度(浴温)が高いほど、または印加電圧が大きいほど、空孔率や開口径も大きくなることがわかった。
【0069】
以上から、本発明により特有な形態の陽極酸化膜が得られ、その陽極酸化膜は高温下での耐割れ性や上層に対して高いアンカー効果等を発揮し得ることが確認された。
【0070】
【0071】
【0072】