(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024111403
(43)【公開日】2024-08-19
(54)【発明の名称】リン酸エステルの製造方法
(51)【国際特許分類】
C07F 9/09 20060101AFI20240809BHJP
【FI】
C07F9/09 Z
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023015872
(22)【出願日】2023-02-06
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2023-10-11
(71)【出願人】
【識別番号】504209655
【氏名又は名称】国立大学法人佐賀大学
(71)【出願人】
【識別番号】000228660
【氏名又は名称】日本コンクリート工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100092565
【弁理士】
【氏名又は名称】樺澤 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100112449
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100062764
【弁理士】
【氏名又は名称】樺澤 襄
(72)【発明者】
【氏名】川口 真一
(72)【発明者】
【氏名】浅尾 和弥
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 猛
(72)【発明者】
【氏名】早川 康之
【テーマコード(参考)】
4H050
【Fターム(参考)】
4H050AA02
4H050AC70
4H050BB20
4H050BB31
(57)【要約】
【課題】低環境負荷でリン酸エステルを製造可能なリン酸エステルの製造方法を提供する。
【解決手段】フィチン酸とヒドロキシ化合物とを少なくとも加熱条件下でリン酸エステル交換反応することにより、イノシトール骨格を含まないリン酸エステルを製造する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
フィチン酸とヒドロキシ化合物とを少なくとも加熱条件下でリン酸エステル交換反応することにより、イノシトール骨格を含まないリン酸エステルを製造する
ことを特徴とするリン酸エステルの製造方法。
【請求項2】
ヒドロキシ化合物を、フィチン酸に対し反応当量以上用いる
ことを特徴とする請求項1記載のリン酸エステルの製造方法。
【請求項3】
リン酸エステル交換反応を、加熱還流および塩基性条件下で行う
ことを特徴とする請求項1記載のリン酸エステルの製造方法。
【請求項4】
ヒドロキシ化合物は、脂肪族アルコールまたは芳香族アルコールである
ことを特徴とする請求項1ないし3いずれか一記載のリン酸エステルの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リン酸エステルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リン酸エステルは、リン酸モノエステル、リン酸ジエステル、リン酸トリエステルの総称である。リン酸トリエステルは、プラスチックの難燃剤、可塑剤、増粘剤として利用され、その用途は自動車産業、航空機産業、コンピュータの製造、建築物の壁材など、多岐に亘る。リン酸ジエステルは、有機化学分野における触媒、イオン液体の原料、医薬原料などに使われる。リン酸モノエステルは、界面活性剤や医薬原料に用いられる。すなわち、リン酸エステル類は、機能性材料として欠かせない素材であり化学分子である。
【0003】
従来、リン酸エステルは、黄燐を出発原料とし、塩化リン、オキシ塩化リンの変換を経て、適切量の対応するアルコール(トリエステルの場合には3当量、ジエステルの場合には2当量、モノエステルの場合には1当量)と反応させることで製造される。
【0004】
リン酸エステル製造における出発原料となる黄燐は、リン鉱石から高エネルギーを必要として精製される物質であり、日本国内では製造されておらず、輸入に依存しており、国内では入手が困難である。また、リン鉱石は、世界で産出される地域が遍在しており、枯渇が懸念されていることから、リン酸エステルの製造において、多様なリン源が求められている。
【0005】
一例として、リンの消費過程の最終生成物であるリン酸は、大量に入手可能であり、このリン酸を対応するアルコールと反応させることで、リン酸エステルを合成する方法が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0006】
その他の例として、リン酸エステルの一種であるフィチン酸は、植物中に含まれる分子であり、植物のリンの貯蔵形態一つとして知られる一方で、穀類や豆類などに豊富に含まれる物質である。
【0007】
【0008】
このフィチン酸は、穀類や豆類など含まれることから、食品工場などで排出される洗米廃水、米ぬか、大豆の搾りかすにも含まれる。つまり、フィチン酸は、バイオマス資源として入手可能な原料であり、特にコメの産地である日本では豊富に入手可能な材料である。
【0009】
例えば、米ぬか、大豆の搾りかすなどからフィチン酸を抽出する方法が知られている(例えば、非特許文献1および2参照)。この方法により、フィチン酸を重量%で1~8%の割合で抽出することが可能である。
【0010】
そこで、フィチン酸をリン源としてリン酸エステルを合成できれば、高エネルギーを必要とする黄燐の消費を削減可能であり、また、バイオマス資源の有効活用にも繋がり、環境負荷を低減することが可能となる。
【0011】
しかしながら、フィチン酸をリン源としたリン酸エステルの製造方法は、従来全く報告されていない。例えば、フィチン酸を利用した有機合成の例として、フィチン酸加水分解酵素のフィターゼを利用したものが知られている(例えば、非特許文献3参照)。この方法は、フィチン酸をリン源として利用しているものではなく、イノシトール源として用いるものである。また、リン酸をフィチン酸から得るために、フィチン酸を強酸、または、フィターゼで処理する方法も知られている(例えば、非特許文献4参照)。この方法は、フィチン酸からリン酸を得るものであり、フィチン酸からリン酸エステルを直接的に合成するものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】「間接吸光度検出イオンクロマトグラフィーによる食品中のフィチン酸の分析」、松永明信ら、食品衛生学雑誌、第29巻第6号、第408-412頁、1988年
【非特許文献2】"A simple and rapid colorimetric method for phytate determination", Latta et al., Journal of Agricultural and Food Chemistry, 28(6), p.1313-1315, 1980
【非特許文献3】"Synthesis of optically active myo-inositol derivatives starting from phytic acid", Blum et al., Carbohydrate Research, 302, p.163-168, 1997
【非特許文献4】"Quantitative Analysis of Phytate Globoids Isolated from Wheat Bran and Characterization of Their Sequential Dephosphorylation by Wheat Phytase", Bohn et al., Journal of Agricultural and Food Chemistry, 55(18), p.7547-7552, 2007
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
上記の通り、黄燐に代わるリン源を利用し、低環境負荷でリン酸エステルを製造する方法が望まれている。
【0015】
本発明は、このような点に鑑みなされたもので、低環境負荷でリン酸エステルを製造可能なリン酸エステルの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
請求項1記載のリン酸エステルの製造方法は、フィチン酸とヒドロキシ化合物とを少なくとも加熱条件下でリン酸エステル交換反応することにより、イノシトール骨格を含まないリン酸エステルを製造するものである。
【0017】
請求項2記載のリン酸エステルの製造方法は、請求項1記載のリン酸エステルの製造方法において、ヒドロキシ化合物を、フィチン酸に対し反応当量以上用いるものである。
【0018】
請求項3記載のリン酸エステルの製造方法は、請求項1記載のリン酸エステルの製造方法において、リン酸エステル交換反応を、加熱還流および塩基性条件下で行うものである。
【0019】
請求項4記載のリン酸エステルの製造方法は、請求項1ないし3いずれか一記載のリン酸エステルの製造方法において、ヒドロキシ化合物は、脂肪族アルコールまたは芳香族アルコールであるものである。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、低環境負荷でリン酸エステルを製造可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の一実施の形態について説明する。
【0022】
本実施の形態では、出発原料であるフィチン酸とヒドロキシ化合物とを、加熱条件下、例えば加熱還流条件下、特に加熱還流および塩基性条件下でリン酸エステル交換反応することで、イノシトール骨格を含まないリン酸エステルを製造する。つまり、フィチン酸もリン酸エステルの一種であることから、本実施の形態で製造されるリン酸エステルは、フィチン酸以外のリン酸エステルである。加熱条件としては、例えば160℃以上とする。
【0023】
フィチン酸としては、予め合成されて販売されているものでもよいし、米ぬかなどのバイオマス資源から得るものでもよい。
【0024】
ヒドロキシ化合物としては、脂肪族アルコール、または、芳香族アルコールが用いられる。本実施の形態において、ヒドロキシ化合物としては、例えばフェノールが好適に用いられる。ヒドロキシ化合物は、好ましくは反応当量以上用いる。
【0025】
本実施の形態において、リン原料であるフィチン酸は、通常水溶液として得られる。本実施の形態のリン酸エステル交換反応においては、溶媒の水は反応の妨げになるので、脱水材により吸着する。脱水材としては、モレキュラーシーブスなどが用いられてもよいが、本実施の形態では、コンクリートスラッジ由来の吸着材、例えばPAdeCS(登録商標、日本コンクリート工業株式会社製)が好適に用いられる。なお、脱水材は必須のものではなく、本実施の形態によれば、蒸留により留去する方法などを利用すれば、脱水材を用いなくても十分にリン酸エステルを製造することが可能である。
【0026】
そして、生成されるリン酸エステルとしては、例えばモノアリールリン酸エステルおよびその塩、モノアルキルリン酸エステルおよびその塩、ジアリールリン酸エステルおよびその塩、ジアルキルリン酸エステルおよびその塩、アリールアルキルリン酸エステルおよびその塩、などのリン酸エステルおよびその塩が挙げられる。これらのリン酸エステルは、次の反応式により生成される。
【0027】
【0028】
当該反応式において、ヒドロキシ化合物は、リン酸に対して1当量より多い量である過剰量用いることが好ましい。リン酸に対するヒドロキシ化合物の当量は、製造したいリン酸エステルの種類や収率に応じて設定される。
【0029】
このように、本実施の形態では、フィチン酸とヒドロキシ化合物とを加熱条件下でリン酸エステル交換反応することにより、オキシ塩化リンやリン酸などをリン元素源として製造してきたリン酸エステル類を、塩化リンなどの有害な中間体を得ることなく、直接フィチン酸をリン源として低環境負荷で製造可能となる。
【0030】
特に、ヒドロキシ化合物をフィチン酸に対し反応当量以上用いることで、反応効率を向上できる。
【0031】
また、リン酸エステル交換反応を加熱還流および塩基性条件下で行うことで、反応効率をより向上できる。
【0032】
ヒドロキシ化合物を、脂肪族アルコールまたは芳香族アルコールとすることで、フィチン酸とのリン酸エステル交換反応を効果的に進め、リン酸エステルを効率よく製造できる。
【0033】
この結果、黄燐を利用することなく、穀類や豆類などに豊富に含まれ安価で容易に大量入手可能な物質であるフィチン酸を用いてリン酸エステルを製造できるので、リン酸エステルの製造時のリン源の多様化が進行し、バイオマス資源由来のリン源の利用が進むと考えられる。
【実施例0034】
(第1実施例)
本実施例は、購入したフィチン酸を利用し、モノオクチルリン酸エステルを製造する例を示す。窒素雰囲気下、50mLなすフラスコにフィチン酸(ナカライテスク株式会社より購入、50重量%水溶液)1mmol、1-オクタノール(ナカライテスク株式会社より購入)30mmol、トリエチルアミン(ナカライテスク株式会社より購入)18mmol、n-ブチルイミダゾール(ナカライテスク株式会社より購入)3mmol、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF、ナカライテスク株式会社より購入)を5mL加え、さらにスターラー用マグネットを加えた。
【0035】
次に、上記なすフラスコに脱水用装置を取り付けた後、その上部に冷却器として還流管を取り付けた。当該反応容器をオイルバスに浸し、160℃、24時間、200rpmで反応させた。脱水材には、PAdeCS(登録商標、日本コンクリート工業株式会社製)2.5-5mmを2g利用した。反応後、目的のモノオクチルリン酸エステルの生成を1H NMR、13C NMRおよび31P NMRによって確認した。
【0036】
反応後の混合物をメタノールに溶解し、陽イオン交換樹脂(H形)(DOWEX(登録商標) 50W×2 100-200 Mesh (H) Cation Exchange Resin)に流速1mL/minで流した。得られた溶液の溶媒を減圧留去し、続いて、クーゲルロールにて120℃、1.6×102Paで減圧蒸留を行い、残留分を目的物とした。これを再度陽イオン交換樹脂に流し込み、精製を行った。
【0037】
溶液を除去後、うす茶オイル状のモノオクチルリン酸エステルが67%の収率(4.0mmol)で得られた。
【0038】
以下、生成物の同定は1H NMR、13C NMRおよび31P NMR測定(Varian NMR System 400(アジレント・テクノロジー株式会社製))およびFAB-MS測定(JMS-GCmateII(日本電子株式会社製))により行った。その分析結果を以下に示す。
【0039】
1H NMR(CDCl3):δ0.89(t,J=6.9Hz,3H),1.20-1.38(m,10H),1.67(quin,J=6.9Hz,2H),3.97(q,J=6.6Hz,2H)
13C NMR(CDCl3):δ14.0,22.6,25.3,29.1,29.2,30.1(d,JC,P=7.5Hz),31.8,67.8(d,JC,P=5.3Hz)
31P NMR(CDCl3):δ0.87
MS(FAB)[M+H]+m/z=211
【0040】
(第2実施例)
本実施例は、米ぬかを利用し、モノオクチルリン酸エステルを製造する例を示す。米ぬか50gにヘキサン200mLを加え、スターラーで3時間攪拌し脱脂した後、ヘキサン100mLで透明になるまで複数回洗浄した。ヘキサンを除くために減圧蒸留を行い、脱脂米ぬかを作成した。脱脂米ぬかは41gになった。
【0041】
次いで、0.6N HClを加え、スターラーで2時間攪拌してフィチン酸を溶出させた。その後30,000gで20分間遠心を行い、上清を分取した。上清は95℃で減圧蒸留を行い、不純物を凝集させた。
【0042】
さらに、セライト濾過により不純物(褐色物質)を除去し、H2Oを除去するために凍結乾燥しメタノールを加えた。この溶液を陰イオン交換樹脂(Cl形)(DOWEX(登録商標) 1×2 100-200 Mesh Anion Exchange Resin)50gに流速1mL/minで流し込み、フィチン酸を吸着させた。
【0043】
続いて、0.2M NaCl 200mL、蒸留水(DW) 200mLを加えて洗浄し、濃HClを陰イオン交換樹脂が白色(元の色)になるまで流しフィチン酸を溶出させた。減圧濾過にてメタノールを除去し蒸留水(DW)50mLを加えて0.2μL メンブレンフィルタでろ過して凍結乾燥を行った。米ぬか中のフィチン酸は全リン測定(JIS K0102「工場排水試験方法」 46.3.1「ペルオキソ二硫酸カリウム分解法」)によって定量した。
【0044】
一連の操作の結果、高粘度の褐色物質が抽出された。米ぬか(脱脂前)50gから1.804gの抽出物を回収することができ、収率は3.6%であった。
【0045】
ここで得られたフィチン酸を50重量%水溶液に調整した。次に、第1実施例と同様にリン酸エステル交換反応および生成物の確認を行った結果、うす茶オイル状のモノオクチルリン酸エステルが69%の収率(4.1mmol)で得られた。生成物は、第1実施例と同様に同定した。
【0046】
(第3実施例)
本実施例は、リン酸ジフェニルを製造する例を示す。窒素雰囲気下、50mLなすフラスコにフィチン酸(第2実施例で調整したもの、もしくはナカライテスク株式会社より購入したもの、50重量%水溶液)1mmol、フェノール(ナカライテスク株式会社より購入)60mmol、トリエチルアミン(ナカライテスク株式会社より購入)18mmol、n-ブチルイミダゾール(ナカライテスク株式会社より購入)3mmol、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF、ナカライテスク株式会社より購入)を5mL加え、さらにスターラー用マグネットを加えた。
【0047】
次に、上記なすフラスコに脱水用装置を取り付けた後、その上部に冷却器として還流管を取り付けた。当該反応容器をオイルバスに浸し、230℃、24時間、200rpmで反応させた。脱水材には、PAdeCS(登録商標、日本コンクリート工業株式会社製)2.5-5mmを2g利用した。反応後、目的のジフェニルリン酸エステルの生成を1H NMR、13C NMRおよび31P NMRによって確認した。
【0048】
反応後の混合物をメタノールに溶解し、陽イオン交換樹脂(H形)(DOWEX(登録商標) 50W×2 100-200 Mesh (H) Cation Exchange Resin)に流速1mL/minで流した。得られた溶液の溶媒を減圧留去し、続いて、クーゲルロールにて120℃、1.6×102Paで減圧蒸留を行い、残留分を目的物とした。これを再度陽イオン交換樹脂に流し込み精製を行った。
【0049】
溶液を減圧除去後、うすピンク色の固体が65%の収率(3.9mmol)で得られた。分析結果を以下に示す。
【0050】
1H NMR(400MHz,CDCl3):δ11.46(brs,1H),7.34-7.22(m,4H),7.21-7.11(m,6H)
13C NMR(100MHz,CDCl3):δ150.5(d,JC-P=7.1Hz),129.7(d,JC-P=0.5Hz),125.3(d,JC-P=1.1Hz),120.2(d,JC-P=4.5Hz)
31P NMR(161MHz,CDCl3):δ-10.7
MS(FAB)[M+H]+m/z=251