(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024111407
(43)【公開日】2024-08-19
(54)【発明の名称】運転技能情報取得システムおよびデータ管理システム
(51)【国際特許分類】
G09B 19/00 20060101AFI20240809BHJP
G09B 9/05 20060101ALI20240809BHJP
G09B 9/04 20060101ALI20240809BHJP
G06F 3/01 20060101ALI20240809BHJP
G06F 3/04815 20220101ALI20240809BHJP
G06T 19/00 20110101ALI20240809BHJP
【FI】
G09B19/00 G
G09B9/05 A
G09B9/04 A
G06F3/01 510
G06F3/04815
G06T19/00 A
【審査請求】有
【請求項の数】21
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023015889
(22)【出願日】2023-02-06
(71)【出願人】
【識別番号】518325345
【氏名又は名称】デジタルデザインスタジオ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100130960
【弁理士】
【氏名又は名称】岡本 正之
(72)【発明者】
【氏名】椛島 三統
【テーマコード(参考)】
5B050
5E555
【Fターム(参考)】
5B050BA08
5B050BA09
5B050BA13
5B050CA07
5B050DA10
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5B050FA02
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5E555AA47
5E555AA74
5E555BA23
5E555BA38
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5E555BB38
5E555BC21
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5E555DA08
5E555DA21
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5E555FA00
(57)【要約】
【課題】 運転技能の客観的データを取得する。
【解決手段】 運転技能情報取得システム1は、画像レンダリング部10、模擬操作装置18、アイトラッカー装置14、および注視点決定部16を備え、さらに、シナリオデータ格納部30およびシナリオ進行管理部40を備えていることがある。画像レンダリング部は仮想空間における車両の模擬運転のために被験者2への提示画像の画像信号を生成する。模擬操作装置は被験者2による操作を受け付ける。アイトラッカー装置14は、被験者の視線を特定しうるアイトラッキング信号を出力し、注視点決定部が仮想空間または模擬操作装置に対して視線が到達する位置を注視点として決定する。シナリオ進行管理部はシナリオデータ格納部のシナリオデータに基づいて模擬運転のためのシナリオの進行を管理する。本開示ではデータ管理システムも提供され、そのためのコンピュータプログラムも提供される。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
仮想空間における車両の模擬運転のために被験者への提示画像の画像信号を生成する画像レンダリング部と、
前記模擬運転のための前記被験者による操作を受け付ける模擬操作装置であって、前記被験者が操作する単位操作装置を含んでおり、前記被験者による該単位操作装置に対する操作状態を示す単位操作データを出力する模擬操作装置と、
前記被験者の少なくとも1つの眼球による視線を特定しうるアイトラッキング信号を出力するアイトラッカー装置と、
該アイトラッキング信号に基づいて前記仮想空間または前記模擬操作装置に対して前記視線が到達する位置を注視点として決定し注視点データとして出力する注視点決定部と、
前記注視点データを記録するデータ記録部と
を備える運転技能情報取得システム。
【請求項2】
前記模擬運転のためのシナリオデータを格納しているシナリオデータ格納部と、ここで該シナリオデータには事前設定された検査イベントのための検査イベント生成指令が含まれており、
前記シナリオデータ格納部に格納されている前記シナリオデータに基づいて前記模擬運転のためのシナリオの進行を管理し、前記検査イベント生成指令に応じて描画指令を発するシナリオ進行管理部と
をさらに備えており、
前記画像レンダリング部が、該シナリオ進行管理部による描画指令に基づいて前記画像信号を生成することにより、前記検査イベント生成指令が示す前記検査イベントのための画像を前記提示画像に含めうるものであり、
前記データ記録部が、前記注視点データを前記検査イベントに対応付け可能なようにして記録するものである
請求項1に記載の運転技能情報取得システム。
【請求項3】
前記データ記録部が、前記単位操作データを前記検査イベントに対応付け可能なようにして記録するものであり、
前記シナリオデータにおける前記検査イベントに対応付けされた判定基準データを格納している判定基準データ格納部と、
前記判定基準データ格納部に格納されている前記判定基準データと前記データ記録部に記録された前記単位操作データとに基づいて、前記検査イベント別に前記被験者の操作の適否を判定する行動的確性判定部と
をさらに備え、
前記データ記録部が、前記被験者の前記操作の適否を示す判定結果データを前記検査イベントに対応付け可能なようにして記録するものである
請求項2に記載の運転技能情報取得システム。
【請求項4】
前記データ記録部が、前記単位操作データを前記検査イベントに対応付け可能なようにして記録するものであり、
前記シナリオデータにおける前記検査イベントに対応付けされた判定基準データを格納している判定基準データ格納部と、
前記判定基準データ格納部に格納されている前記判定基準データと前記データ記録部に記録された前記注視点データとに基づいて、前記検査イベント別に前記被験者の検知の適否を判定する検知適否判定部と
をさらに備え、
前記データ記録部が、前記被験者の前記検知の適否を示す判定結果データを前記検査イベントに対応付け可能なようにして記録するものである
請求項2に記載の運転技能情報取得システム。
【請求項5】
前記シナリオデータにおいて事前設定された前記検査イベントが、第1検査イベントおよび第2検査イベントを含む検査イベントの集合をなしており、
前記判定基準データ格納部が、前記第1検査イベントと前記第2検査イベントとに対応付けされた判定基準データを、前記検査イベントの集合と対応付けて格納しており、
前記複数の検査イベントのうちの第1検査イベントと第2検査イベントとのそれぞれについて互いに関連付けて前記被験者の行動または検知について適否が判定されるものである、
請求項2に記載の運転技能情報取得システム。
【請求項6】
前記仮想空間における前記車両の周囲環境を特定するための周囲環境データを格納している周囲環境データ格納部
をさらに備え、
前記画像レンダリング部が、該周囲環境データ格納部から呼び出された該周囲環境データに基づいて該周囲環境を反映する前記提示画像のための画像信号を生成するものであり、
前記注視点決定部が、前記アイトラッキング信号と該周囲環境データとから前記視線が到達する位置である前記注視点を前記周囲環境に対応させて決定するものであり、
前記データ記録部が、前記注視点データを前記周囲環境に対応付け可能なようにして記録するものである
請求項1に記載の運転技能情報取得システム。
【請求項7】
前記周囲環境データが、前記模擬運転のために前記被験者に提示される交通要素を特定する交通要素データを含んでおり、
前記画像レンダリング部は、前記交通要素の表示を前記提示画像に含めて前記画像信号を生成するものである、
請求項6に記載の運転技能情報取得システム。
【請求項8】
前記被験者の頭部の姿勢を検出しうる姿勢センサーと、
前記注視点決定部によって決定された前記注視点の位置または前記注視点の動きのいずれかが交通要素に対応しているかどうかを判定する視認的確性判定部と
を備えており、
前記判定基準データ格納部は、前記視認的確性判定部による判定のための判定基準データを格納しているものである
請求項7に記載の運転技能情報取得システム。
【請求項9】
前記車両のうちの前記被験者が視認しうる部分の車両構造を特定するための車両構造データを格納している車両構造データ格納部
をさらに備え、
前記画像レンダリング部が、該車両構造データ格納部から呼び出された該車両構造データに基づく該車両構造を反映する前記提示画像のための画像信号を生成するものであり、
前記注視点決定部が、前記アイトラッキング信号と該車両構造データとから該車両構造において前記視線が到達する位置を注視点として決定するものであり、
前記データ記録部が、前記注視点データを前記車両構造に対応付け可能なようにして記録するものである
請求項1に記載の運転技能情報取得システム。
【請求項10】
前記車両構造データが、前記模擬運転のために前記被験者に提示される単位表示要素のためのデータを含んでおり、
前記画像レンダリング部は、該単位表示要素の表示を前記提示画像に含めて前記画像信号を生成するものである、
請求項9に記載の運転技能情報取得システム。
【請求項11】
前記仮想空間における前記車両の周囲環境を特定するための周囲環境データを格納している周囲環境データ格納部と、ここで前記周囲環境データが、前記模擬運転のために前記被験者に提示される前記仮想空間での車線についての路面標示のためのデータを含んでおり、
前記被験者による前記車両の前記模擬運転の車線追随性を判定する追随性判定部と
をさらに備え、
前記画像レンダリング部が、該周囲環境データ格納部から呼び出された該周囲環境データに基づく該周囲環境を反映する前記提示画像のための画像信号を生成するものであり、ここで、前記提示画像が前記路面標示の表示を含んでおり、
前記追随性判定部は、前記仮想空間での前記車両の軌跡と前記路面標示のための前記データとに基づいて、または前記単位操作データと前記路面標示のための前記データとに基づいて、前記車線追随性を判定するものである、
請求項1に記載の運転技能情報取得システム。
【請求項12】
請求項1に記載の運転技能情報取得システムの前記データ記録部に記録された各被験者について得られたデータの少なくとも一部を照会された被験者個人について表示するデータ管理システム。
【請求項13】
コンピュータネットワークを通じてデータ管理サーバーと通信可能であり、
該データ管理サーバーは、各被験者の模擬運転について得られた少なくとも一部のデータを被験者個人を識別して記録し、被験者を特定した照会に応じて当該一部を当該コンピュータネットワークを通じて送信しうるデータベース記録部を備えている、
請求項1に記載の運転技能情報取得システム。
【請求項14】
請求項12に記載の運転技能情報取得システムから取得して前記データサーバーの前記データベース記録部が記録している各被験者について得られたデータの少なくとも一部をコンピュータネットワークを通じて照会された被験者個人について表示するデータ管理システム。
【請求項15】
前記被験者が頭部に装着する少なくとも1つのヘッドセットであって、前記被験者の頭部の姿勢を検出しうる姿勢センサーと、前記被験者の視界に置かれ、前記画像レンダリング部からの画像信号に基づく表示を提供する画像表示装置とを含むヘッドセット
をさらに備えており、
前記画像レンダリング部が、前記被験者の前記仮想空間における頭部方向に応じた前記提示画像のための前記画像信号を生成するものである
請求項1に記載の運転技能情報取得システム。
【請求項16】
前記ヘッドセットが前記アイトラッカー装置を備えている
請求項15に記載の運転技能情報取得システム。
【請求項17】
前記被験者が頭部に装着する少なくとも1つのヘッドセットであって、前記被験者の頭部の姿勢を検出しうる姿勢センサーと前記被験者の視界に置かれ、前記画像レンダリング部からの画像信号に基づく表示を提供する画像表示装置と、前記被験者の各耳に向けて音波を放射しうる一対のスピーカーとを含むヘッドセット
をさらに備えており、
前記画像レンダリング部が、前記被験者の前記仮想空間における頭部方向に応じた前記提示画像のための前記画像信号を生成するものであり、
前記姿勢センサーによる前記被験者の頭部の姿勢についての信号とバイノーラル処理された音波信号とに基づいて、前記被験者に対し、放射源の位置または方向を知覚させる音波を該一対のスピーカーが放射するようにする信号を生成する音波信号生成部
をさらに備えており、
前記シナリオ進行管理部が、前記検査イベント生成指令に基づいてサウンド出力指令を発しうるものであり、
前記音波信号生成部が、前記シナリオ進行管理部の前記サウンド出力指令に応じて前記スピーカーによって前記被験者の各耳に向けて放射するための音波のための信号を生成するものである
請求項2に記載の運転技能情報取得システム。
【請求項18】
前記アイトラッカー装置が前記被験者の両眼の視線を区別して検出するものであり、
前記注視点決定部が、前記アイトラッキング信号に含まれる両眼の前記視線が近づいている位置を、前記注視点の決定のために利用するものである
請求項1に記載の運転技能情報取得システム。
【請求項19】
前記被験者に対する前記検査イベントの提示タイミングを決定するイベント生起タイミング決定部と、
前記検査イベントに対応させて、眼球の動きに現れた前記被験者の視覚検知タイミングを決定する視覚検知タイミング決定部と、
前記検査イベントに対応させて、前記単位操作データが示す前記被験者の行動タイミングを決定する行動タイミング決定部と、
前記イベント生起タイミング、前記視覚検知タイミング、および前記行動タイミングに応じて、視覚検知反応時間と行動反応時間とを前記検査イベントに対応させて算出する検知操作分離部と
をさらに備える
請求項2に記載の運転技能情報取得システム。
【請求項20】
演算装置と記録装置とグラフィック装置を備えるコンピューターと、
前記コンピューターに接続されるアイトラッカー装置であって、仮想空間における車両の模擬運転のために被験者の少なくとも1つの眼球による視線を特定しうるアイトラッキング信号を出力するアイトラッカー装置と、
前記コンピューターに接続され、前記模擬運転のための前記被験者による操作を受け付ける模擬操作装置であって、前記被験者が操作する単位操作装置を含んでおり、前記被験者による該単位操作装置に対する操作状態を示す単位操作データを出力する模擬操作装置と
を備えるコンピューターシステムを動作させて請求項1~19のいずれか1項に記載の運転技能情報取得システムを実現するコンピュータープログラムであって、
前記コンピューターの前記演算装置と前記記録装置と前記グラフィック装置を、前記データ記録部と前記注視点決定部と前記画像レンダリング部として機能させる
コンピュータープログラム。
【請求項21】
演算装置と記録装置とグラフィック装置を備えるコンピューターと、
前記コンピューターに接続されるアイトラッカー装置であって、仮想空間における車両の模擬運転のために被験者の少なくとも1つの眼球による視線を特定しうるアイトラッキング信号を出力するアイトラッカー装置と、
前記コンピューターに接続され、前記模擬運転のための前記被験者による操作を受け付ける模擬操作装置であって、前記被験者が操作する単位操作装置を含んでおり、前記被験者による該単位操作装置に対する操作状態を示す単位操作データを出力する模擬操作装置と、
を備えるコンピューターシステムを動作させて請求項2~5、17、19のいずれか1項に記載の運転技能情報取得システムを実現するコンピュータープログラムであって、
前記コンピューターの前記演算装置と前記記録装置と前記グラフィック装置を、前記データ記録部と前記注視点決定部と前記シナリオデータ格納部と前記シナリオ進行管理部と前記画像レンダリング部として機能させる
コンピュータープログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は運転技能情報取得システムおよびデータ管理システムに関する。さらに詳細には本開示は、コンピューター上の仮想空間を用いて車両等を運転する適性についての情報を取得するための運転技能情報取得システムおよびデータ管理システムに関する。
【背景技術】
【0002】
高齢者や疾患のある者の自動車等の車両運転についてのニーズを満たしつつ所定の安全性を確保する要求が高まっている。これに応じ、車両の運転についての適性(本開示において「運転技能」と呼ぶ)を詳細に診断することが求められている。一般的な運転免許制度では、ある時点において運転技能が判定され、合格した者にその後一定期間ライセンスが付与され、年齢や期間に応じた更新制度が組合わされる。法域によっては上限年齢も設けられる。しかし、自動車の利便性がある年齢を境に一律に失われる制度は必ずしも全員にとって合理的とはいえず、制度として最適ともいえない。日本では、次回の更新までの有効期間を年齢に応じ設定したり、講習制度や適性試験に医師診断結果を組合わせたりする免許制度が採用されている。今後は自動車の安全サポート機能の装備を条件としたり、自動車が運転機能を一部自動実行したりすることも視野に入っている。しかし、運転免許制度は、更新手続の管理負担や再学習に必要なリソースとの兼ね合いで妥協的なものにならざるを得ない。また、運転者が自らの運動技能の現状を認識することも容易ではない。自動車等の運転技能の詳細な診断を、可能な限り少ない負担で運転者個人別に実行することか引き続き求められている。
【0003】
特許文献1に被験者の運転技能を簡易に且つ高い信頼度で診断することが可能な運転技能診断装置が開示されている。その運転技能診断装置は、維持、選択、制御の3つの注意機能を同時に短時間で簡単なテストで精度よく計測するためのプログラムを実行するものである(特許文献1、例えば段落0010)。
【0004】
特許文献2には、自動車運転能力を客観的に判定するための自動車運転能力判定装置が開示されている。この自動車運転能力判定装置が基礎としている知見は、自動車運転シミュレータによる映像表示において、視覚以外の感覚刺激、例えば、提示する運転環境とはまったく関わりのない聴覚刺激を与えた際に、与えた感覚刺激に反応する部位で計測した脳波における誘発電位変動が安全運転を行うために大きく関わる認知能力や集中力に強い相関関係がある、というものである(特許文献2、例えば段落0008)。
【0005】
特許文献3には、モニタ画面上に表示される模擬的な道路環境を利用する模擬運転装置及び模擬運転方法が開示されている。この手法では、車両を運転する際に要求される運転能力が半側空間無視又は視野狭窄の障害によって影響されているかどうかが評価される(特許文献3、例えば段落0038~81)。
【0006】
特許文献4が開示するものは、ドライビングシミュレータにおいて、対象者の操作能力を検査する操作能力検査部と、感覚機能を検査する感覚機能検査部と、仮想走行環境を出力する仮想走行環境出力部と、仮想走行環境に対する対象者の仮想運転に基づいて高次脳機能の評価に関連した複数の評価項目について評価された評価情報を保持する評価情報保持部と、を備える運転能力評価システムである。このシステムは、高次脳障に関連する観点で対象者の運転能力を評価しようとするものである(特許文献4、例えば段落0008)。
【0007】
非特許文献1には、ドライビングシミュレータとアイトラッキングシステムとを組合わせて、コンピュータグラフィクスで再現した道路における視線情報と運転挙動を統合して解析する手法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2015-213539号公報
【特許文献2】特開2016-218112号公報
【特許文献3】特開2018-045066号公報
【特許文献4】特開2022-172560号公報
【特許文献5】特開平9-070094号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】森みどり外2名、「ドライビングシミュレータとアイトラッキングシステムを用いた運転者の眼球運動と車輌軌跡の同期解析」日本機械学会論文集C編、79 巻 803 号 p. 2408-2423 (2013 年) DOI: 10.1299/kikaic.79.2408
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従来、運転技能について、交通状況を提示してそれに対する運転者(被験者)の反応を調べる調査が試みられてきた。ここで、運転は、典型的には「認知」、「判断」、「操作」の組合わせモデルでしばしば説明されてきた。しかし、運転者の運転技能や、それを構成する個別の特性について状況を客観的に把握することは困難であり、認知能力、判断能力、操作能力を互いに他から区別することも同様に困難である。多様かつ複雑な状況下において調査されるべき運転技能を、適切な指標に基づいて多数の被験者について効率的に診断することは困難であった。
【0011】
本開示は、上記問題の少なくともいくつかを解決することを課題とする。本開示では、多様かつ複雑な状況で認知、判断、操作が絶え間なく繰り返されるという車両の運転の性質を念頭に、運転技能を客観的に把握することを目指す。すなわち、本開示は、運転技能を構成する可能な限り客観的に把握することを通じ、個人別の運転技能の客観的な把握、評価、記録を実現し、運転技能やそれを構成する個別の特性についての経時的な変化を把握したり診断したりすることに役立ちうるシステムを提供する。本開示は、運転技能の診断や、個人の状況に適合させうる運転免許制度の確立のためのデータ取得に寄与するものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題に関し本発明者が着目したのは、VR(仮想現実)技術やMR(複合現実)技術の進展に伴い、高い現実感を被験者にもたらす模擬運転装置が十分に低いコストで実現できることである。また、上記課題に関し本発明者が着目したのは、被験者の視線を利用すれば十分に現実的な道具立てで運転技能を解析しうることである。
【0013】
すなわち、本開示のある態様においては、仮想空間における車両の模擬運転のために被験者への提示画像の画像信号を生成する画像レンダリング部と、前記模擬運転のための前記被験者による操作を受け付ける模擬操作装置であって、前記被験者が操作する単位操作装置を含んでおり、前記被験者による該単位操作装置に対する操作状態を示す単位操作データを出力する模擬操作装置と、前記被験者の少なくとも1つの眼球による視線を特定しうるアイトラッキング信号を出力するアイトラッカー装置と、該アイトラッキング信号に基づいて前記仮想空間または前記模擬操作装置に対して前記視線が到達する位置を注視点として決定し注視点データとして出力する注視点決定部と、前記注視点データを記録するデータ記録部とを備える運転技能情報取得システムが提供される。
【0014】
本開示の上記態様においては、前記模擬運転のためのシナリオデータを格納しているシナリオデータ格納部と、ここで該シナリオデータには事前設定された検査イベントのための検査イベント生成指令が含まれており、前記シナリオデータ格納部に格納されている前記シナリオデータに基づいて前記模擬運転のためのシナリオの進行を管理し、前記検査イベント生成指令に応じて描画指令を発するシナリオ進行管理部とをさらに備えており、前記画像レンダリング部が、該シナリオ進行管理部による描画指令に基づいて前記画像信号を生成することにより、前記検査イベント生成指令が示す前記検査イベントのための画像を前記提示画像に含めうるものであり、前記データ記録部が、前記注視点データを前記検査イベントに対応付け可能なようにして記録するものである。
【0015】
また、本開示においては、上記態様にて得られたデータを照会された被験者個人について表示するデータ管理システムも提供される。
【0016】
さらに本開示においては、演算装置と記録装置とグラフィック装置を備えるコンピューターと、前記コンピューターに接続されるアイトラッカー装置であって、仮想空間における車両の模擬運転のために被験者の少なくとも1つの眼球による視線を特定しうるアイトラッキング信号を出力するアイトラッカー装置と、前記コンピューターに接続され、前記模擬運転のための前記被験者による操作を受け付ける模擬操作装置であって、前記被験者が操作する単位操作装置を含んでおり、前記被験者による該単位操作装置に対する操作状態を示す単位操作データを出力する模擬操作装置とを備えるコンピューターシステムを動作させて上述した運転技能情報取得システムを実現するコンピュータープログラムであって、記コンピューターの前記演算装置と前記記録装置と前記グラフィック装置を、前記データ記録部と前記注視点決定部と前記画像レンダリング部として機能させるコンピュータープログラムも提供される。
【0017】
本開示において、特に断りのない記載は、通常の車両すなわち自動車の分野およびコンピューターの分野において用いられる技術用語にて記す。交通要素とは、車両の運転者が車両を所定のルールで管理された公共交通において運行するために従ったり注意すべき要素を一般に指している。このため、被験者が車両の運転において考慮すべき要素はあまねく交通要素となりうるが、特に交通要素の非限定的な例を挙げれば、交通標識、道路標示、歩行者、他の車両、信号現示の遷移を含んでいる。このため、「一時停止標識」、「信号灯器」、「歩行者」、「横断歩道表示」のすべては典型的な交通要素である。VRヘッドセットとは、仮想現実技術において被験者の頭部に固定することにより当該被験者の視覚に画像を提示しうる装置であり、表示装置に注目してヘッドマウントディスプレイ(HMD)と呼ばれることもある。被験者は、本開示のシステムにて運転技能が調査される対象者を一般に指しており、例えば運転免許保持者であるが、特に限定されない。本開示では、運転業が調査される対象者以外も含めて、運転者との用語を用いることもある。本開示において画像には静止画と動画を含む。また、映像には動画が含まれているが、部分または全部が静止画となっても映像と呼ぶことがある。他の用語については、以下の記述において適宜説明される。
【発明の効果】
【0018】
本開示のいずれかの態様では、VR技術にアイトラッキングの技術を組合わせることにより、運転技能について解析可能な客観的データを取得することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1A-B】
図1AおよびBは、本開示の実施形態の運転技能情報取得システムにおいて、被験者に提示される画像の全体であるパノラマ展開図の例であり、いずれも、視野範囲とその動きを示した説明図であり、両者の違いは着色表現のみの違いである。
【
図2A-C】
図2A-Cは、本開示の実施形態の運転技能情報取得システムにおいて、被験者に提示される画像のパノラマ展開図の例であり、周囲環境が交通要素としての信号灯器のある交差点のもの(
図2A)、交通要素としての一時停止標識ある交差点のもの(
図2B)、および信号のない交差点のもの(
図2C)である。
【
図3】
図3は、本開示の実施形態の運転技能情報取得システムの実施構成を例示する説明図である。
【
図4】
図4は、本開示の実施形態の運転技能情報取得システムの詳細な実施構成を例示する説明図である。
【
図5】
図5は、本開示の実施形態の運転技能情報取得システムのために採用されるアイトラッカー装置をもつVRヘッドセットの構成を示す説明図である。
【
図6A-D】
図6A-Dは、本開示の実施形態の運転技能情報取得システムにおいて検知と行動を判別できる原理を説明するグラフであり、視線または注視点の極角成分(
図6A)、方位角成分(
図6B)それぞれの時間変化であり、単位操作装置であるブレーキペダル踏み込み量(
図6C)と算出された車両の速度(
図6D)それぞれの時間変化である。
【
図7】
図7は、本開示の実施形態の運転技能情報取得システムにおいてコンピュータネットワークを経由してデータ管理サーバーを採用する実施構成を例示する説明図である。
【
図8】
図8は、本開示の実施形態の運転技能情報取得システムにおいて模擬される車両の内部において警報音の音波を放射している様子を示す概念図である。
【
図9】
図9は、本開示の実施形態の運転技能情報取得システムにおいて検知タイミングを決定する機能の詳細な構成を示す説明図である。
【
図10】
図10は、本開示の実施形態の運転技能情報取得システムにおいて経時的データの例を示すグラフである。
【
図11】
図11は、本開示の実施形態の運転技能情報取得システムをコンピューターを用いて構成したものの例示の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下図面を参照し、本開示に係る運転技能情報取得システムおよびデータ管理システムの実施形態を説明する。全図を通じ当該説明に際し特に言及がない限り、共通する部分または要素には共通する参照符号が付される。また、図中、各実施形態の要素のそれぞれは、必ずしも互いの縮尺比を保って示されてはいない。
【0021】
1.動作の概要
運転技能を評価する上で最も重視すべき指標が、事象に応じて運転者が気付いたり何らかの働きかけをするタイミングである。本開示の着想は、運転者の視線の動きを利用すれば、その運転者の運転技能について、少なくとも2段階に区別した測定が十分な精度で行いうる、との確信に基づく。本開示において、運転技能は客観的で測定可能な単純な2段階に分けて説明される。すなわち、注目すべき交通要素に対する検知または認知の段階(以下「検知」、「検知段階」と呼ぶ)と、その交通要素に応じてなされる具体的な運転のための外界への働きかけの段階(「行動」、「行動段階」)とである。この2段階への整理は、眼球の動きに着目して視線や注視点の計測がなされれば、2段階のうちの第1段階である「検知」が適切になされている手掛かりが得られるだろう、という本発明者の推測に基づくものである。もちろん、運転者が結果的に正しく適切な運転行動をとっていているのなら、適切な検知がなされているに違いないといえる。しかし、本開示では、その運転者が最終的に行う外界への働きかけとしての「行動」に至る前のどのタイミングで運転者が検知をしているかに関する客観的な手掛かりを測定する。運転において運転者が外界への働きかけとして操作装置に対して行う行動に加え、その行動に至る途中において検知の有無やそのタイミングが客観的測定結果として取得することができれば、運転技能の詳細な解析や診断が可能となって、運転技能について客観的なデータを取得できると本発明者は推測している。しかも、そのための手段は大掛かりなにははならない。すなわち、本開示の着想は、発達したコンピュータグラフィックス技術と視線計測技術に着目してなされたという側面ももつ。
【0022】
検知と行動の区別について、具体例で説明する。現実の道路状況で運転者が自動車を運転している状況を模擬する模擬運転を想定する。
図1AおよびBは、本開示の実施形態の運転技能情報取得システムにおいて、被験者に提示される画像の全体であるパノラマ展開図の例であり、いずれも、視野範囲とその動きを示した説明図である。
図1Aは、日本のような左側通行を採用する法域下での車両内部の風景を正距円筒図法で示したパノラマ展開図である。
図1Bは、
図1Aと内容に違いはなく両者の違いは着色表現のみの違いである。これらのパノラマ展開図は、仮想空間内での模擬運転される車両と周囲環境のものであり、現実の車両と周囲環境を十分に高い忠実度および現実感で模擬できている。パノラマ展開図は仮想空間において表示に用いられる可能性のある範囲の全体を示しており、運転者の視野はそれより狭く、例えば矩形枠により示した範囲となる。車両は、前方に進行しており、その進行方向前方に見える交差点にさしかかっている。この交差点は交通信号機により制御されており、信号灯器の表示(信号現示)は緑(青)である。通常の車両の運行でこの状況となっていて、さらに「進行方向の信号現示が黄色に遷移する」という状況変化が生じれば、それ応じ「安全を確認しブレーキペダルが踏まれる」という行動が最終的になされる。本開示では、運転者が信号現示の黄色への遷移を知覚しているタイミングを視線や注視点の動きを手掛かりにして検出する。
図1A、1Bには信号現示の遷移とそれによる行動までの期間における視線の到達先(注視点)の移動の様子を推測して示すものである。それまで視線を直進のために向けていた被験者は、信号現示の遷移に応じて信号灯器を確認し、左側サイドミラーを視認し、交差点左手前角を視認し、そして横断歩道上を見る、というように注視点を向けている。つまり、運転者は、信号現示の黄色への遷移に応じ、信号灯器を確認する方向に視線を動かしたり、後方確認のために視線をサイドミラーに向けたりする。十分に注意深く運転技能に問題の無い運転者は、視線または注視点をこのように移動させることがあるだろう。もちろん、必ずしもこの順序とは限らないが、信号現示の遷移に対し運転者が視線や注視点を検知可能な程度に動かすことは十分に期待できる。つまり、アイトラッキング装置を利用して運転者の視線や注視点を計測し続ければ、運転者が信号現示の遷移という交通要素の状況変化を検知したことについての手掛かりが得られるはずである。なお、運転者は必ずしもその検知した事実について明確な自分の意識をもっているとは限らない。しかし、車両の運転に要請される程度に意識を運転に集中させている運転者の視線や注視点には、その注意力に応じた反応があることは当然に期待できる。このため、継続的に視線や注視点を計測しながら運転者に仮想空間で車両を模擬運転させれば、その運転者が状況変化を検知した事実を、運転者への負担を極小化しながら客観的に決定できる。計測された視線や注視点には、運転者が状況変化を検知したタイミングが反映されるといえる。その後の行動であるブレーキペダルの操作については、そのタイミングを決定することに特段支障は無い。
【0023】
以上のような客観的測定結果により得られた検知タイミングや行動タイミングは、加齢や疾病(またはその回復)などを原因とする運転技能の変動について、その客観性故に有益な情報となりうる。実用面でも、運転者が意識していてもしていなくても「検知」と「行動」を区分できる本開示の手法は、客観的であるが故に運転者の主観が排除された点において、また、運転技能という複雑な行動を解析可能な複数の段階に分ける点において、有益となりうるものである。さらに本開示の手法は、現実の車両を運転する運転者の状況をVR技術によって再現し、運転者となる被験者には視線計測をしながら仮想空間で模擬運転を行うことのみを要求することから、負担が軽い点においても十分に有利となる。なお、上述した説明から明らかなように、本開示における「検知」は視線の計測に基づくものである。したがって、本開示における「検知」と「行動」という2段階の区分は、センサーや装置による測定可能性の観点での区分であり、それぞれが従来の「認知」、「判断」、「操作」によるモデルとどのように対応しているかについては、本開示の範囲において特段問題としない。なお、後述する説明において「操作」の用語を利用することがあるが、「ハンドル操作」といった行動に関連した説明を慣用にあわせたものである。
【0024】
図2A~Cは、運転技能情報取得システム1において、被験者に提示される画像のパノラマ展開図の例であり、周囲環境が交通要素としての信号灯器のある交差点のもの(
図2A)、交通要素としての一時停止標識ある交差点のもの(
図2B)、および信号のない交差点のもの(
図2C)である。
図1Aも同様であったが、各図は正距円筒(Equirectangular)図法により描かれたパノラマ展開図であり、描画範囲は、左右については運転席の後方から正面を通り再度後方までの360度の方位角にわたり、上下の鉛直上向きから下向きまでカバーされている。
図2Aは
図1Aに示したものと同一である。
図1Aに示した枠は、運転席正面を向く運転者の典型的な視野であったが、
図2A~Cでは省略している。
図2A、2B、2Cには、順に、交通信号機で制御された交差点、一時停止標識のある見通しの悪い丁字路、信号機がなく横断歩道が前方にある交差点、が描画されている。各図ではサイドミラー内に周囲環境に合致した画像が表示されている。コンピューター技術の発展に支えられた現在のVR技術では、低いコストで現実感が十分に高い模擬運転を実現することができる。そのため、被験者を仮想空間における模擬運転に没入させることができ、被験者の運転技能を高い精度で測定することが可能となる。なお、
図2A~Cに示したものは例示に過ぎず、例えば夜間、高速道路、荒天、といった状況を設定することもできる。また、周囲環境の再現画像は、その一部または全部がコンピューターグラフィックスでレンダリングされたものでもよいし、その一部または全部が撮影された画像をマッピング等してレンダリングされたものでもよい。本願の発明者は、高い現実感を再現することにより、被験者を運転体験に没入させることができ、高い精度での測定が可能になると考えている。
【0025】
2.構造
本開示では、運転を行う被験者が仮想空間で模擬運転するときに、視線の変化を測定することにより、検知段階と行動段階を客観的に区別しながら運転者の運転技能についての情報収集が可能になる運転技能情報取得システムが提供され、それにより上述した着想を具現化する。
図3は、本開示の運転技能情報取得システムの全体構成を示す説明図である。
【0026】
本開示の運転技能情報取得システム1は、画像レンダリング部10、模擬操作装置18、アイトラッカー装置14、注視点決定部16、およびデータ記録部20を備えている。画像レンダリング部10は、仮想空間における車両の模擬運転のために被験者2への提示画像の画像信号を生成する。模擬操作装置18は被験者2による模擬運転の操作を受け付ける。模擬操作装置18は、被験者2が操作する単位操作装置182~186を含んでおり、被験者2による単位操作装置に対する操作状態を示す単位操作データを出力する。なお、単位操作装置182~186はステアリングホイール(ハンドル)182、ブレーキペダル184、方向指示スイッチ186を含みうる。また、模擬操作装置18は図示しない他の操作装置や速度計といった運転のための情報表示装置を含みうる。アイトラッカー装置14は、被験者2の少なくとも1つの眼球による視線を特定しうるアイトラッキング信号を出力する。注視点決定部16は、アイトラッキング信号に基づいて仮想空間または模擬操作装置18に対して視線が到達する位置を注視点として決定し注視点データとして出力する。データ記録部20は、注視点データを記録する。上述した単位操作装置には、さらにホーンボタン、アクセルペダル、シフト装置、その他の車両運行に利用される任意の装置を含みうる。また、上述した注視点や注視点データは、デカルト座標の三次元座標やそのデータとすることができるほか、視線の方向のみで十分な場合には実質的には視線を特定するようなもの、例えば球座標(極角と方位角)を用いるものとすることができる。
【0027】
運転技能情報取得システム1は、さらにシナリオデータ格納部30と、シナリオ進行管理部40とをさらに備えていることができる。この態様において、シナリオデータ格納部30は、模擬運転のためのシナリオデータ32を格納している。シナリオデータ32は、仮想空間内での模擬運転の全体の進行を特定するための任意のデータを含みうる。そのシナリオデータ32には事前設定された検査イベントのための検査イベント生成指令322、324が含まれている。シナリオ進行管理部40は、シナリオデータ格納部30に格納されているシナリオデータ32に基づいて模擬運転のためのシナリオの進行を管理し、検査イベント生成指令322、324に応じて描画指令を発する。この場合、画像レンダリング部10が、シナリオ進行管理部40による描画指令に基づいて画像信号を生成することにより、検査イベント生成指令322、324が示す検査イベントのための画像を提示画像に含めうる。その際、データ記録部20が、注視点データ22を検査イベントに対応付け可能なようにして記録する。上記シナリオデータ32は、例えば、時刻や車両位置といった進行を管理する指標に応じて、模擬運転にて生じうる任意のイベントを含んでいるため、仮想空間内の状況を設定したり、交通要素の登場順序を設定したりする。シナリオデータ32は、階層構造などの管理しやすい構造をもつことができる。そこに含まれうる検査イベント生成指令322、324は、シナリオデータに含まれうるイベントのうち、運転技能の検査のためのものを特に指している。検査イベントに対応付け可能な注視点データ22とは、注視点データに直接的に検査イベントが対応付けられているもののほか、注視点データと検査イベントが対応付け可能となるリレーショナルデータベースとして扱えるものも含む。そのような対応付けのためには、例えば時刻データが利用される。
【0028】
運転技能情報取得システム1は、さらに車両挙動算出部100を備えていることができる。車両挙動算出部100は、模擬操作装置18に対する被験者の操作を反映させて仮想空間での車両の挙動を計算する。車両の挙動は、画像レンダリング部10により描画指令に反映される。これにより、被験者にはリアルタイムで自ら車両を運転しているように感じさせる。また、その車両の挙動はデータ記録部20にも記録されうる。
【0029】
図4は、運転技能情報取得システム1の詳細な実施構成を例示する説明図である。ここでは説明済の一部の要素を省略する。本実施形態の運転技能情報取得システム1の上記態様において、判定基準データ格納部50と、行動的確性判定部602Aとをさらに備えていることができる。判定基準データ格納部50は、シナリオデータ32における検査イベントに対応付けされた判定基準データ52を格納している。行動的確性判定部602Aは、判定基準データ格納部50に格納されている判定基準データ52とデータ記録部20に記録された単位操作データ24とに基づいて、検査イベント別に被験者2の最終的な行動の適否を判定する。その判定には、必要に応じて車両の挙動も反映される。ここで、データ記録部20は、単位操作データ24を検査イベントに対応付け可能なようにして記録することができる。また、データ記録部20は、被験者2の行動の適否を示す判定結果データ28Aを検査イベントに対応付け可能なようにして記録することができる。被験者の運転技能では、最終的には車両の挙動を制御するための単位操作装置に対する操作の適否や、車両の挙動自体の適否が問題となる。この適否は、交通要素が「一時停止標識」である例では、典型的には、「一時停止標識に対応する停止線までの第1の所定範囲に車両があるタイミングでブレーキペダルが踏みはじめられているか」、「所定の減速度で車両が減速されているか」、「停止線までの第2の所定範囲に車両を停止させることができるかどうか」、といった最終的な行動の結果がそれを特定した判定基準で判定される。行動的確性判定部602Aは、行動の結果としてのブレーキペダル184(単位操作装置)の踏み込み量や、それに対応して例えば車両挙動算出部100において算出された車両の挙動を利用して、判定基準データ52を参照しながら行動の適否を判定する。行動的確性判定部602Aは、行動それ自体の不適切性についても判定することができる。例えば、ブレーキペダルを踏むべき状況でアクセルペダルが踏み込まれるようであれば、不適切な行動として判定する。
【0030】
本実施形態の運転技能情報取得システム1の上記態様において、判定基準データ格納部50と、検知適否判定部602Bとをさらに備えていることができる。判定基準データ格納部50は、シナリオデータ32における検査イベントに対応付けされた判定基準データ54を格納している。検知適否判定部602Bは、判定基準データ格納部50に格納されている判定基準データ54とデータ記録部20に記録された注視点データ22とに基づいて、検査イベント別に被験者2の検知の適否を判定する。その判定には、必要に応じて車両の挙動も反映される。ここで、データ記録部20は、注視点データ22を検査イベントに対応付け可能なようにして記録することができる。また、データ記録部20は、被験者2の検知の適否を示す判定結果データ28Bを検査イベントに対応付け可能なようにして記録することができる。被験者の運転技能では、最終的な単位操作装置の操作適否の前に、視線や注視点に表れる検知の適否が問題となる。この検知の適否は、上述の「一時停止標識」を交通要素とする例では、典型的には、「一時停止標識に気付くかどうか」、「後方を確認するかどうか」、「停止線を確認するかどうか」、といった検知の適否が問題となる。この適否は、検知の内容やがそれを特定した判定基準で判定される。検知適否判定部602Bは、視線や注視点の動きを利用して、判定基準データ54を参照しながら各検知の適否を判定する。
【0031】
本実施形態の運転技能情報取得システム1の上記態様において、シナリオデータ32において事前設定された検査イベントは、第1検査イベントおよび第2検査イベントを含む検査イベントの集合をなしていることができる。その際、判定基準データ格納部50が、第1検査イベントと第2検査イベントとに対応付けされた判定基準データを、検査イベントの集合と対応付けて格納している。複数の検査イベントのうちの第1検査イベントと第2検査イベントとのそれぞれについて互いに関連付けて被験者の行動または検知の適否が判定される。この判定は、行動的確性判定部602Aまたは検知適否判定部602Bが行うことができる。この構成は、現実の複雑な交通状況をも再現したりそれを解析可能とする点で、また短い模擬運転から運転技能を詳細に解析可能となる点で有利である。さらに、検査イベントの管理を容易にしうる点でも有利である。説明のための例示として、進行方向に向かって車両を前進させている模擬運転において、交通信号機で制御された横断歩道のある交差点にさしかかる状況を説明する。その交差点では(左側通行の法域で)左折する模擬運転のシナリオが設定されている。この状況において被験者に対して検査すべき運転技能を複数想定することができる。具体的には、前方の信号の確認の適否、方向指示器スイッチ操作の適否、ブレーキ操作の適否、ステアリング操作の適否、左後方の巻込み防止のための確認の適否、交差点中の左折後の横断歩道における歩行者等の確認の適否、が少なくとも検査対象となりうる。この模擬運転シナリオに対応する検査イベントを分類すると、方向指示器スイッチ操作、ブレーキ操作、ステアリング操作のような行動についての検査イベントと、信号の確認、巻き込み防止確認、歩行者有無確認といった検知について検査イベントとに大別できる。このように、「信号機で制御された横断歩道のある交差点を左折する」という模擬運転で得られる運転技能について多岐にわたる検査を実行しうる。また、相互に密接に関連している検査イベントを関連付けて、すなわち一次行動と二次行動とを関連付けて解析することも有用である。つまり、上記の左折の模擬運転において、減速のためのブレーキ操作、信号の確認、巻き込み防止確認、の後にステアリング操作によって左折を開始したところを考える。この段階でステアリング操作がされて車両は動いているが、その動きをするためには、少なくとも1度は、左折後の横断歩道における歩行者等の確認をしているべきである。その歩行者確認を実行して左折するという検査イベントについての検知は、歩行者確認のための視線や注視点の動きが左折前にあったかどうかで判定できる。ところが、その確認後車両を動かして左折を開始して左折後の横断歩道を通過しようとしても、そのとき、横断歩道上に別の交通(例えば自転車)が視認されることもある。この場合、その交通に対しても安全性を確保したまま停車できなくてはならないため、もう一度視覚で検知し、行動としてブレーキ操作が必要となる。このように、断続的に必要となる検知や行動の適否を複数の検査イベントを利用して判定することは現実の複雑な交通状況に見合う水準の運転技能が維持されているかどうかを判断する上で有用となる。
【0032】
本実施形態の運転技能情報取得システム1は周囲環境データ格納部70をさらに備えている態様とすることができる。この周囲環境データ格納部70は、仮想空間における車両の周囲環境を特定するための周囲環境データ72を格納している。その際、画像レンダリング部10は、周囲環境データ格納部70から呼び出された周囲環境データ72に基づいて周囲環境を反映する提示画像のための画像信号を生成するものである。また、注視点決定部16はアイトラッキング信号と周囲環境データとから視線が到達する位置である注視点を周囲環境に対応させて決定するものであり、データ記録部20は注視点データを周囲環境に対応付け可能なようにして記録するものである。
【0033】
上記態様では、周囲環境データ72が、模擬運転のために被験者に提示される交通要素を特定する交通要素データ722を含んでおり、画像レンダリング部10は、交通要素の表示を提示画像に含めて画像信号を生成するものとすることができる。
【0034】
上記態様では、さらに、被験者の頭部の姿勢を検出しうる姿勢センサー106(
図3)と、視認的確性判定部604とを備えることができる。姿勢センサー106は、例えばアイトラッカー装置14に装備されているが、被験者の頭部の姿勢を検出可能な任意のセンサー類を採用することができる。視認的確性判定部604は、注視点決定部16によって決定された注視点の位置または注視点の動きのいずれかが交通要素に対応しているかどうかを判定する。判定基準データ格納部50には、その視認的確性判定部604による判定のための判定基準データ56、58が格納されている。したがって、注視点の位置または動きが交通要素に対応している、とは、交通要素が「一時停止標識」である例に即して説明すれば、一時停止標識またはその近傍のある範囲に注視点が一定時間以上位置すること、といった判定基準で視認的確性判定部604により判定される。この場合も、注視点には三次元座標ばかりではなく、視線の向きを特定する数値を用いることができる。なお、交通要素を被験者が知覚したかという検知のタイミングを決定するための判定と、交通要素に対し的確な視認を行ったかという視認的確性判定部の動作は、同一とすることもできるし、別のものとすることもできる。交通要素に対応しているといいうる注視点の位置や注視点の動きは、無意識下での検知を視線や注視点の動きにより判定することよりも、厳格なものとすることもできる。その交通要素を明示的に視認するというより直接的な判定基準を採用すれば、検知と行動を明確に分離することができる。
【0035】
図5は、運転技能情報取得システム1のために採用されるアイトラッカー装置14をもつVRヘッドセット110の構成を示す説明図である。
図5には、その時点で被験者2が顔面をある方向(x軸)に向けている様子を示している。座標軸は、実空間の座標方位について決定され、また、仮想空間の座標方位についても決定される。なお、車両の運転シミューレーター装置や車両の運転用ビデオゲームで一般的な手法と同様に座標方位は調整される。例えば模擬運転の進行につれ、実空間と仮想空間との間で座標方位の調整が必要となりうる。被験者にとっての前方は、実空間では座席によって決定されるが、仮想空間では仮想空間内の車両の前方に一致させる必要があるからである。このため、仮想空間についても決定される座標方位は、たとえば仮想空間内の車両に対して固定することができる。なお、
図1Aに示した枠は、VRヘッドセット110を採用した場合におけるディスプレイ104の視野範囲を描いたものともなりうる。被験者2が頭部を動かすと、それに応じて視野範囲が上下左右(U、D、L、R)の各方向に視野範囲が動く。その視野範囲の動きは、被験者2が現実の空間において頭部を動かして生じる視野範囲の動きに一致させることができる。なお、被験者2が頭部を傾ければ、視野範囲もそれに応じて傾く。被験者2は現実感の高い画像を視認するため、自ら仮想空間内に没入して、あたかも実空間で運転しているかのような感覚を覚える。
【0036】
図6A~Dは、運転技能情報取得システムにおいて検知と行動を判別できる原理を説明するグラフであり、視線または注視点の極角成分(
図6A)、方位角成分(
図6B)それぞれの時間変化であり、単位操作装置であるブレーキペダル踏み込み量(
図6C)と算出された車両の速度(
図6D)それぞれの時間変化である。
図6A、6Bは、
図5に示した極角θ、方位角φの成分で表現されている。
図6A~DのタイミングT0、T1、T2、T3は、順に、交通要素の提示タイミング、視覚検知タイミング、行動タイミング、完了タイミングである。交通要素の提示タイミングT0は、例えば信号灯器の遷移タイミング、歩行者がいる横断歩道が仮想空間内で視認可能になるタイミングなどである。視覚検知タイミングT1は、その交通要素に応じた視線または注視点の動きが客観的に検知されるタイミングである。行動タイミングT2は、典型的には、単位操作装置の操作が開始されたと客観的に決定されるタイミングである。たとえば、単位操作装置がブレーキペダルであれば、その踏み込み量がある閾値を超したタイミングである。完了タイミングT3は、行動の目的が果たされたタイミングであり、例えば車両の速度がゼロになったタイミングである。このように、提示タイミングT0の後、行動タイミングT2に対し視覚検知タイミングT1は先行する。この視覚検知タイミングT1は、被験者が意識しているか無意識であるかにかかわらず、交通要素の提示に対して反応しているタイミングである。
【0037】
上記態様では、さらに好ましくは、上記態様のの運転技能情報取得システム1が、姿勢センサー106と、視認的確性判定部604と、範囲画定部606とをさらに備えている。ここで、姿勢センサー106は、被験者の頭部の姿勢を検出しうるものであり、視認的確性判定部604は、注視点決定部16によって決定された注視点が、単位表示要素に対応しているかどうかを判定する。視認的確性判定部604による判定は、被験者の視力、色覚についての手掛かりも与えうる。それに加え、範囲画定部606は、仮想空間または模擬操作装置18に対し交通要素に対応している注視点の範囲を、被験者2の頭部に対する相対範囲として画定し、その視認範囲データを出力する。被験者の運転技能を左右する大きな要素が、視力、色覚、視野(ここでは「視機能」と総称する)である。何らかの理由で経時的に視機能が変化しても、日常生活や日常の運転では気付きにくい。視認的確性判定部604は、例えば遠くにある信号灯器に気付くか、といった観点で視力についての側面をも反映した判定をおこないうる。加齢によりある程度変化する事が知られている色覚についても、視認的確性判定部604は手掛かりを与えることとなる。また、範囲画定部606は、注視点の範囲を被験者2頭部に対する相対範囲として画定するために、注視点が交通要素に対応していることを利用できる。被験者2が提示されている交通要素に自らの注視点を対応させることができれば、その交通要素の位置は視野範囲内といえるからである。視機能についてのデータ(例えば視力についてのデータ、色覚についてのデータ、視野範囲のデータ)は、その被験者の運転技能の変化に対する客観的データともなる。なお、ここでの視野範囲の特定のためには、被験者2頭部に対する相対的方向として決定されるため、注視点データのみならず姿勢センサー106、106a、106bによる頭部の姿勢データも利用される。視機能の検査のためには、模擬運転ではなく検査に適する画像を利用することもできる。これにより、例えば周辺視野において信号灯器を的確に認識できるかを確認することができる。また、明順応、暗順応、色順応、まぶしさ耐性といった運転機能に直結する視機能についての診断を行いうる。
【0038】
本開示の運転技能情報取得システム1は、車両のうちの被験者2が視認しうる部分の車両構造を特定するための車両構造データ82を格納している車両構造データ格納部80をさらに備えている。その態様の運転技能情報取得システム1において、画像レンダリング部10は、車両構造データ格納部80から呼び出された車両構造データに基づく車両構造を反映する提示画像のための画像信号を生成する。また、注視点決定部16は、アイトラッカー装置14からのアイトラッキング信号と車両構造データ82とから車両構造において視線が到達する位置を注視点として決定する。データ記録部20は、注視点データを車両構造に対応付け可能なようにして記録する。
【0039】
上記態様の運転技能情報取得システム1は、好ましくは、車両構造データが、模擬運転のために被験者に提示される単位表示要素のためのデータを含んでおり、画像レンダリング部が、単位表示要素の表示を提示画像に含めて画像信号を生成するものである。
【0040】
上記態様における車両構造は、被験者が視認する可能性がある部分でよい。このため、運転に直接関係のない車両構造は必要ない。ただし、ここでの車両構造には、構造のみならず表示内容も含みうる。この車両構造は、非限定的な例として、計器類、バックモニターといった画像表示装置や、それらの表示内容、警告灯やその表示、ミラーや、ミラーに示されるべき内容(例えばリアビューミラーにて映る後続車の表示)を含む。例えば後続車が比較的接近している状況の模擬運転がなされており、信号現示が赤に遷移したとする。それに応じてブレーキペダルを操作するとき、サイドミラーやリアビューミラーによって後続車に注意を払っているかどうかが運転者の注視点の動きに反映されうる。このため、データ記録部20に車両構造に対応させて注視点データが記録されれば、運転者の運転技能についての客観的データとなりうる。
【0041】
本開示の運転技能情報取得システム1は、周囲環境データ格納部70と、軌跡算出部608と、追随性判定部610とをさらに備えている。周囲環境データ格納部70は、仮想空間における車両の周囲環境を特定するための周囲環境データ72を格納している。ここで周囲環境データが、模擬運転のために被験者に提示される仮想空間での車線についての路面標示のためのデータを含んでいる。軌跡算出部608は、単位操作データに基づいて模擬運転における仮想空間での車両の軌跡を算出する。この軌跡の算出には、単位操作データに基づいて直接算出してもよいし、または車両挙動算出部100(
図3)の算出結果を利用しても良い。追随性判定部610は、被験者による車両の模擬運転の車線追随性を判定する。その際、画像レンダリング部10が、周囲環境データ格納部70から呼び出された周囲環境データ72に基づく周囲環境を反映する提示画像のための画像信号を生成する。ここで、提示画像は路面標示の表示を含んでいる。追随性判定部610は、例えば、軌跡と路面標示とから車線追随性を判定するものである。追随性判定部610は、別の態様として、例えばハンドルなどの単位操作装置についての単位操作データに基づいて不適切な動きを判定することもできる。被験者の運転技能の一つに、レーン(車両通行帯)キープ技能を挙げることができる。加齢による自車車両の位置認識力が低下した運転者が緩やかな曲線を描くレーンをその通りにトレースすることが難しくなっていれば、レーンキープ技能が低下し、多角形でなめらかさに欠ける軌跡となったり、急なハンドル操作によってギクシャクした動きとなりうる。このため、路面標示が車両通行帯の範囲を示すものである場合に、被験者による車両の模擬運転の車線追随性を判定すれば、レーンキープ技能についての客観的データを取得することができる点で有用である。なお、ここでの車両の軌跡は、車両の位置を特定しうる任意の座標についてのある期間のものである。また、ここでの座標には、例えば車両中央の座標、車両の車輪の座標(複数でありうる)、車両外縁部の座標を含みうる。なお、視線や注視点についてのデータをレーンキープ技能と関連付けることにより、レーンキープ技能の低下の原因について、例えばレーンについての路面標示の視覚的検知、進行方向の道路の曲がっていく先の視覚的検知といった視覚的な検知が不適切であるのか、その後のハンドル操作が不適切であるのか、といった解析も可能となる。
【0042】
本開示では、運転技能情報取得システム1に関連し、データ記録部20に記録された各被験者について得られたデータの少なくとも一部を、照会された被験者個人について表示するデータ管理システムも実施形態となりうる。データ管理システムを通じ、ある被験者が自らの運転技能についてデータ記録部20に記録された過去のある時点でのデータを照会して表示すれば、自らの運転技能についてのその時点の客観的データを確認することができる。このようなデータ管理システムを採用すれば被験者を特定した客観的な運転技能の経時的な変化の把握が容易になる。
【0043】
本開示の運転技能情報取得システム1は、コンピュータネットワーク9を通じてデータ管理サーバー90と通信可能とすることができる。
図7は、運転技能情報取得システム1においてコンピュータネットワーク9を経由してデータ管理サーバーを採用する実施構成を例示する説明図であるこの際、データ管理サーバー90は、各被験者の模擬運転について得られた少なくとも一部のデータを被験者個人を識別して記録し、被験者を特定した照会に応じてその一部をそのコンピュータネットワーク9を通じて送信しうるデータベース記録部2を備えている。運転技能情報取得システム1では、クラウドによるデータ管理を行いうる。すなわち、コンピュータネットワークを通じて通信可能なデータ管理サーバー90を運転技能情報取得システム1のために採用することができる。このような機能を実現するために、データ管理サーバー90は種々の関連する機能部分をもつことができる。例えば、クエリー処理部904は、コンピュータネットワーク9を通じてアクセスするアクセス端末920のアクセス処理部922を通じた照会処理を実行する。アクセス端末920は、アクセス処理部922による照会結果に応じて、その表示装置924に、被験者を特定して検査についての情報を表示したり、その結果をグラフィック表示したり、必要な説明文言を表示する。
【0044】
本開示の運転技能情報取得システム1は、統計処理部612と評価部614とをさらに備えていることができる。統計処理部612は、各被験者について得られた少なくとも一部のデータについて、被験者が含まれている母集団における統計量を算出する。評価部614は、被験者個人の少なくとも一部のデータについて、統計量に基づく評価値を出力する。被験者が含まれている母集団とは、現に被験者が含まれている母集団のみならず、被験者が含まれている可能性がある母集団、被験者を含めるべき母集団を含む。統計量は、例えば平均、標準偏差、中央値、最頻値を含みうる。また、評価値は、例えば偏差値、パーセンタイル、といった指標を含む。例えば、統計処理部612は、多数の過去のデータから全被験者についての統計量として平均と標準偏差を算出しておき、評価部614は、被験者のデータについて偏差値やパーセンタイルを算出する。統計処理部612の典型的な実装先は、データ管理サーバー90(
図7)や、場合によってはアクセス処理部920である。
【0045】
上記態様の運転技能情報取得システム1において、好ましくは、少なくとも一部のデータが、被験者の視覚検知機能についてのデータであり、評価値が被験者の検知機能評価値である。
図6A、6Bに関連して説明したように、被験者の視覚検知のタイミング(視覚検知反応時間)T1-T0は、被験者の運転技能の客観的指標となる。このため、統計に照らし合わせて算出される被験者の検知機能についての評価値も客観的指標となる。
【0046】
また、上記態様の運転技能情報取得システム1において、好ましくは、少なくとも一部のデータが、被験者の行動機能についてのデータであり、評価値が被験者の行動機能評価値である。
図6Cに関連して説明したように、被験者の行動のタイミング(行動反応時間)T2-T0も、被験者の運転技能の客観的指標となる。このため、統計に照らし合わせて算出される被験者の行動機能についての評価値も客観的指標となる。
【0047】
また、上記態様の運転技能情報取得システム1において、好ましくは、データ管理サーバー90のデータベース記録部902が、各被験者2についての少なくとも一部のデータを検査日時データと対応づけて記録しており、複数の検査日時についての被験者個人の少なくとも一部のデータまたは評価値を出力する経時データ抽出部をさらに備えている。この運転技能情報取得システム1が、データ記録部から、被験者個人についての第1期日のデータと第1期日より後の第2期日のデータとに応じて、当被験者の視覚検知機能または行動機能の少なくともいずれかに関する数値の経時的変化量を算出する経時変化算出部をさらに備えると一層好ましい。客観的なデータや評価値は、検査日時を超えた客観性のために対比が可能である。このため、経時的な変化も客観的に把握することが可能となって、被験者の運転技能の過去または将来についての時間的推移を把握したり予測することが可能となる。
【0048】
加えて、上記態様の運転技能情報取得システム1において、好ましくは、母集団が被験者の属性に基づいて層化されており、統計処理部が層化された母集団についての統計量を算出するものである。統計における層化は、クラス分けとも言われ、被験者の属性を任意の観点で区分することにより行うことができる。このような層化のためには、被験者の属性を、その被験者のデータにタグ付けして記録することも有用である。被験者の母集団を、例えば実年齢、運転経験年数、性別、車両区別、免許種別、居住地、といった観点で層化しておくことは、被験者について得られたデータや評価値を被験者の属性ごとに示すことが可能となるため、運転技能についての判断に役立てることができる。層化されたデータの役立て方は多様であり、例えば免許制度、地域の交通制度、車両設計などに生かすこともできる。
【0049】
さらに加えて、上記態様の運転技能情報取得システム1において、好ましくは、統計処理部が算出した統計量に基づく被験者のデータの偏差に応じて、あらかじめ決定された説明文言を選択する偏差叙述選択部をさらに備える。さらに加えて、上記態様の運転技能情報取得システム1において、経時変化算出部が算出した経時的変化量に応じて、あらかじめ決定された説明文言を選択する経時変化叙述選択部をさらに備える。測定されて客観的といえる運転技能についての数値は、必ずしも理解が容易なものとは言えない。この場合に、適切な説明文言によって理解を補助することは運転技能情報取得システム1の実用性を高めるものとなる。
【0050】
したがって、本開示では、運転技能情報取得システム1から取得してデータサーバーのデータベース記録部902が記録している各被験者について得られたデータの少なくとも一部を、コンピュータネットワークを通じて照会された被験者個人について表示装置924に表示するデータ管理システムも実施形態となりうる。
【0051】
本開示の運転技能情報取得システム1は、被験者2が頭部に装着する少なくとも1つのヘッドセット110をさらに備えているものとすることができる。このヘッドセット110は、被験者の頭部の姿勢を検出しうる姿勢センサー106と、被験者の視界に置かれ、画像レンダリング部からの画像信号に基づく表示を提供する画像表示装置102、104とを含む。その際、画像レンダリング部10は、被験者2の仮想空間における頭部方向に応じた提示画像のための画像信号を生成するものである。
【0052】
なお、現実にどの範囲までが被験者にとっての視野となるかは、直視型ディスプレイ102や
図5のVRヘッドセット110を採用した場合はディスプレイ104である画像表示装置の表示範囲と被験者2の視覚の視野範囲に依存する。画像表示装置が十分な表示範囲を持つとき、被験者の視覚の範囲が視野を決定する。
【0053】
本開示の上記態様の運転技能情報取得システム1は、アイトラッカー装置14がヘッドセット110に備わっていると好ましい。本開示の上記態様の運転技能情報取得システム1で、ヘッドセット110が外界を撮影するカメラ114をさらに備えていると好ましい。その際、画像レンダリング部が、被験者の仮想空間における頭部方向に対応した視界における画像とカメラからの画像とを合成した画像信号を生成するものである。
図5に示したように、ヘッドセット110にアイトラッカー装置14、ディスプレイ104、姿勢センサー106a、106bを備えていれば、
図3の直視型ディスプレイ102、VRヘッドセット110、姿勢センサー106の機能を被験者2の頭部に装着するヘッドセット110のみで実現できる。その場合、被験者2は、自らの腕や、ステアリングホイール182等、眼前にあるべき物体を視認できないため、ヘッドセット110にはカメラ114が備わっていて視認できない要素が表示に反映されると自然な模擬運転を行うことができる。
【0054】
本開示の運転技能情報取得システム1は、被験者2が頭部に装着する少なくとも1つのヘッドセット110と、音波信号生成部624とをさらに備えているものとすることができる。このヘッドセット110は、姿勢センサー106と、ディスプレイ104(画像表示装置)と、一対のスピーカー112とを含みうる。姿勢センサー106は、被験者2の頭部の姿勢を検出しうる。ディスプレイ104は被験者の視界に置かれ、画像レンダリング部10からの画像信号に基づく表示を提供する。一対のスピーカー112は、被験者2の各耳に向けて音波を放射しうる。その際、画像レンダリング部10が、被験者2の仮想空間における頭部方向に応じた提示画像のための画像信号を生成する。音波信号生成部624は、姿勢センサー106をによる被験者2の頭部の姿勢についての信号とバイノーラル処理された音波信号とに基づいて、被験者2に対し、放射源の位置または方向を知覚させる音波を一対のスピーカーが放射するようにする信号を生成する。その際、シナリオ進行管理部40は、検査イベント生成指令に基づいてサウンド出力指令326を発しうるものであり、音波信号生成部624が、シナリオ進行管理部40のサウンド出力指令326に応じてスピーカーによって被験者の各耳に向けて放射するための音波のための信号を生成する。本開示の上記態様の運転技能情報取得システム1は、放射源の位置が、被験者にとって進行方向後方の位置であり、音波が車両の後進を警告する後進警告音であると好ましい。また、本開示の上記態様の運転技能情報取得システム1は、音波が車両の衝突を警告する衝突警告音であると好ましい。
【0055】
図8は、本開示の実施形態の運転技能情報取得システム1において模擬される車両の内部において警報音の音波を放射している様子を示す概念図である。車両には、種々の警報音によって運転者に周囲についておよび車両についての注意を促すための警報音発生システムが備わっている。例えばスピーカー36により警報音が発せられる。その警報音は、運転者の運転の労力を下げたり、視認できない死角における状況を知らせるなど、有用なものであり、近時の車両の多くにそなわっている。このような警報音に対する知覚も運転技能の一部となる。バイノーラル処理すなわち左右および/または前後を聴覚に基づいて知覚させるために、例えば頭部伝達関数(Head-related transfer function; HRTF)を利用した処理を行うことにより、被験者に仮想空間における音の放射源を知覚させることができる。この放射源は、車両内部の警報音装置によるもの(例えば後進警告音、衝突警告音)や、車外の警告音装置(例えば踏切警報装置)、といった任意の放射源とすることができる。なお、被験者の音に対する知覚も、視線または注視点により計測することができる。注意すべき音を知覚した被験者は、その音の放射源に注意を向けたり、またはそれに応じた行動を取ったり、その行動のために安全性の確認をしたりするはずだからである。また、音に対する感度や警告音に対する方向特定能力も、被験者の運転技能の客観的指標となる。現実の運転状況では、一般的な聴覚のみならず、環境音に混じった状態で、また、他の運転動作にある程度集中している状態で、気付くべき音について知覚しうるかは重要な運転技能の一つである。なお、センサーを利用した音像定位の模擬については、例えば特許文献5に開示されている。
【0056】
本開示の運転技能情報取得システム1は、アイトラッカー装置14が被験者2の両眼の視線を区別して検出するものであり、注視点決定部16が、アイトラッキング信号に含まれる両眼の視線が近づいている位置を、注視点の決定のために利用するものとすることができる。被験者2の視線上に複数の要素が位置することがあり得る。例えば、ステアリングホイールに外形より内側の位置に開口があり、その開口を通して運転計器の表示が被験者に示されるとき、被験者の視線が示す注視点がステアリングホイールの上にあるのか、運転計器の表示にあるのかは、両眼の視線を利用することにより決定しやすくなる。同様の事例は、サイドミラーで後方を確認しているのがドアの外の交通状況を確認しているのか等でも起こりうる。なお、両眼の視線は、交差していればその交点が注視点のために利用される。しかし、両眼の視線は、ある程度近接していればその近接している位置を注視点の判定に役立てることができる。
【0057】
図9は、本開示の実施形態の運転技能情報取得システム1において検知タイミングを決定する機能の詳細な構成を示す説明図である。また
図10は本開示の実施形態の運転技能情報取得システムにおいて経時的データの例を示すグラフである。本開示の運転技能情報取得システム1は、イベント生起タイミング決定部632と、視覚検知タイミング決定部634と、行動タイミング決定部636と、検知操作分離部638とをさらに備えることができる。イベント生起タイミング決定部632は、被験者2に対する検査イベントの提示タイミングを決定する。視覚検知タイミング決定部634は、検査イベントに対応させて、眼球の動きに現れた被験者2の視覚検知タイミングを決定する。行動タイミング決定部636は、検査イベントに対応させて、単位操作データが示す被験者2の行動タイミングを決定する。検知操作分離部638は、イベント生起タイミング、視覚検知タイミング、および行動タイミングに応じて、視覚検知反応時間と行動反応時間とを検査イベントに対応させて算出する。本開示の上記態様の運転技能情報取得システム1は、さらに好ましくは、イベント生起タイミング決定部632が、検査イベント生成指令322、324と描画指令とのうちの少なくともいずれかに応じて提示タイミングを決定するものであり、視覚検知タイミング決定部634が、アイトラッキング信号が示す視線と視線により決定される注視点とのうちの少なくともいずれかに応じて視覚検知タイミングを決定するものである。ここで、提示タイミング、視覚検知タイミング、行動タイミングは、例えば
図6A~DのタイミングT0、T1、T2である。行動タイミングは
図6A~DのタイミングT3とすることもできる。視覚検知反応時間と行動反応時間は、順にT1-T0、T2-T0である。提示タイミング、視覚検知タイミング、行動タイミング、視覚検知反応時間、行動反応時間は、被験者の運転技能の客観的データとなり有用である。
【0058】
また、本開示の上記態様の運転技能情報取得システム1は、さらに好ましくは、検知操作分離部638にて算出された検査イベントに対応している視覚検知反応時間と行動反応時間とを互いに区別して同時に観察しうる画像を生成する評価画像生成部640をさらに備えている。
図10は、視覚検知反応時間と行動反応時間とを区別している例である。タイミングT0~T3を示すことができれば、視覚検知反応時間(T1-T0)と行動反応時間(T2-T0)というようなタイミングについての差分や、T2-T1(視覚検知反応時間と行動反応時間の差分)についてもグラフィック表示により把握しやすくなって、客観的データについての理解が容易になる。
図10に示したように、前々回、前回、今回の各検査における客観的データの経時変化が示されれば、現状の把握や将来の予測を通じて運転技能の変化についての理解が容易になる。
【0059】
4.変形例
上述した本開示の実施形態は、さらに種々の変形を伴って実施することもできる。上述した各説明では、専用装置を構築する構成により説明したが、運転技能情報取得システム1は、一般的なコンピューターといくつかの装置を組み合わせることによって実現することもできる。
図11は、コンピューター1000を利用して運転技能情報取得システム1を実装する構成を示す説明図である。
図3との対比から明らかなように、運転技能情報取得システム1において、模擬操作装置18、画像表示装置102、アイトラッカー装置14といった機器をコンピューター1000に接続する構成によって運転技能情報取得システム1が構成されうる。このような構成のためのコンピュータープログラムとして本開示の実施形態を実施化することができる。
【0060】
以上、本開示の実施形態を具体的に説明した。上述の実施形態、変形例および実施例は、本出願において開示される発明を説明するために記載されたものであり、本出願の発明の範囲は、特許請求の範囲の記載に基づき定められるべきものである。実施形態の他の組み合わせを含む本開示の範囲内に存在する変形例もまた、特許請求の範囲に含まれるものである。
【符号の説明】
【0061】
1 運転技能情報取得システム
10 画像レンダリング部
100 車両挙動算出部
1000 コンピュータ
102 直視型ディスプレイ(画像表示装置)
104 ディスプレイ(画像表示装置)
106、106a、106b 姿勢センサー
110 VRヘッドセット
112 スピーカー
114 カメラ
12 視線
14 アイトラッカー装置
16 注視点決定部
18 模擬操作装置
182 ステアリングホイール(単位操作装置)
184 ブレーキペダル(単位操作装置)
186 方向指示スイッチ(単位操作装置)
2 被験者
20 データ記録部
22 注視点データ
24 単位操作データ
26 視認範囲データ
28 判定結果データ
30 シナリオデータ格納部
32 シナリオデータ
322、324 検査イベント生成指令
326 サウンド出力指令
36 スピーカー
40 シナリオ進行管理部
50 判定基準データ格納部
52、54、56、58 判定基準データ
602 行動的確性判定部
604 視認的確性判定部
606 範囲画定部
608 軌跡算出部
610 追随性判定部
612 統計処理部
614 評価部
616 経時データ抽出部
618 経時変化算出部
620 偏差叙述選択部
622 経時変化叙述選択部
624 音波信号生成部
632 イベント生起タイミング決定部
634 視覚検知タイミング決定部
636 行動タイミング決定部
638 検知操作分離部
640 評価画像生成部
70 周囲環境データ格納部
72 周囲環境データ
722 交通要素データ
80 車両構造データ格納部
82 車両構造データ
9 コンピュータネットワーク
90 データ管理サーバー
902 データベース記録部
904 クエリー処理部
920 アクセス端末
922 アクセス処理部
924 表示装置
930 ヘッドセット
【手続補正書】
【提出日】2024-02-05
【手続補正1】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0011
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0011】
本開示は、上記問題の少なくともいくつかを解決することを課題とする。本開示では、多様かつ複雑な状況で認知、判断、操作が絶え間なく繰り返されるという車両の運転の性質を念頭に、運転技能を客観的に把握することを目指す。すなわち、本開示は、運転技能を可能な限り客観的に把握することを通じ、個人別の運転技能の客観的な把握、評価、記録を実現し、運転技能やそれを構成する個別の特性についての経時的な変化を把握したり診断したりすることに役立ちうるシステムを提供する。本開示は、運転技能の診断や、個人の状況に適合させうる運転免許制度の確立のためのデータ取得に寄与するものである。
【手続補正2】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0022
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0022】
検知と行動の区別について、具体例で説明する。現実の道路状況で運転者が自動車を運転している状況を模擬する模擬運転を想定する。
図1AおよびBは、本開示の実施形態の運転技能情報取得システムにおいて、被験者に提示される画像の全体であるパノラマ展開図の例であり、いずれも、視野範囲とその動きを示した説明図である。
図1Aは、日本のような左側通行を採用する法域下での車両内部の風景を正距円筒図法で示したパノラマ展開図である。
図1Bは、
図1Aと内容に違いはなく両者の違いは着色表現のみの違いである。これらのパノラマ展開図は、仮想空間内での模擬運転される車両と周囲環境のものであり、現実の車両と周囲環境を十分に高い忠実度および現実感で模擬できている。パノラマ展開図は仮想空間において表示に用いられる可能性のある範囲の全体を示しており、運転者の視野はそれより狭く、例えば矩形枠により示した範囲となる。車両は、前方に進行しており、その進行方向前方に見える交差点にさしかかっている。この交差点は交通信号機により制御されており、信号灯器の表示(信号現示)は緑(青)である。通常の車両の運行でこの状況となっていて、さらに「進行方向の信号現示が黄色に遷移する」という状況変化が生じれば、それ応じ「安全を確認しブレーキペダルが踏まれる」という行動が最終的になされる。本開示では、運転者が信号現示の黄色への遷移を知覚しているタイミングを視線や注視点の動きを手掛かりにして検出する。
図1A、1Bには信号現示の遷移とそれによる行動までの期間における視線の到達先(注視点)の移動の様子
(鎖線矢印)を推測して示
している。それまで視線を直進のために向けていた被験者は、信号現示の遷移に応じて信号灯器を確認し、左側サイドミラーを視認し、交差点左手前角を視認し、そして横断歩道上を見る、というように注視点を向けている。つまり、運転者は、信号現示の黄色への遷移に応じ、信号灯器を確認する方向に視線を動かしたり、後方確認のために視線をサイドミラーに向けたりする。十分に注意深く運転技能に問題の無い運転者は、視線または注視点をこのように移動させることがあるだろう。もちろん、必ずしもこの順序とは限らないが、信号現示の遷移に対し運転者が視線や注視点を検知可能な程度に動かすことは十分に期待できる。つまり、アイトラッキング装置を利用して運転者の視線や注視点を計測し続ければ、運転者が信号現示の遷移という交通要素の状況変化を検知したことについての手掛かりが得られるはずである。なお、運転者は必ずしもその検知した事実について明確な自分の意識をもっているとは限らない。しかし、車両の運転に要請される程度に意識を運転に集中させている運転者の視線や注視点には、その注意力に応じた反応があることは当然に期待できる。このため、継続的に視線や注視点を計測しながら運転者に仮想空間で車両を模擬運転させれば、その運転者が状況変化を検知した事実を、運転者への負担を極小化しながら客観的に決定できる。計測された視線や注視点には、運転者が状況変化を検知したタイミングが反映されるといえる。その後の行動であるブレーキペダルの操作については、そのタイミングを決定することに特段支障は無い。