(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024111516
(43)【公開日】2024-08-19
(54)【発明の名称】心肺停止蘇生後の予後予測キット及びデバイス
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/6851 20180101AFI20240809BHJP
C12Q 1/6844 20180101ALI20240809BHJP
C12Q 1/6883 20180101ALI20240809BHJP
C12Q 1/06 20060101ALI20240809BHJP
C12N 15/57 20060101ALI20240809BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20240809BHJP
【FI】
C12Q1/6851 Z
C12Q1/6844 Z ZNA
C12Q1/6883 Z
C12Q1/06
C12N15/57
G01N33/53 M
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023016071
(22)【出願日】2023-02-06
(71)【出願人】
【識別番号】509013703
【氏名又は名称】公立大学法人福島県立医科大学
(71)【出願人】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 慎哉
(72)【発明者】
【氏名】今井 順一
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 恵美
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 栄三
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA19
4B063QQ03
4B063QQ52
4B063QR08
4B063QR55
4B063QR62
4B063QS25
4B063QS32
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】心肺停止蘇生後の予後を予測するバイオマーカーを用いた心肺停止蘇生後の予後予測方法を開発し、提供する。
【解決手段】MMP8遺伝子を心肺停止蘇生後の予後予測マーカーとして、心肺停止後に蘇生した被験体の試料中に存在するMMP8 mRNA量に基づく発現レベルから、その被験体の予後を予測する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
マトリックスメタロプロテアーゼ8(MMP8)遺伝子の遺伝子産物又はその一部からなる心肺停止蘇生後の予後予測マーカー。
【請求項2】
前記MMP8遺伝子が配列番号1で表される塩基配列からなる、請求項1に記載の心肺停止蘇生後の予後予測マーカー。
【請求項3】
前記遺伝子産物が転写産物である、請求項1又は2に記載の心肺停止蘇生後の予後予測マーカー。
【請求項4】
心肺停止蘇生後の予後予測マーカーであるMMP8遺伝子の転写産物又はその一部と特異的に結合可能なプローブ、及び/又は該転写産物を特異的に認識し増幅可能なプライマーを含む、心肺停止蘇生後の予後予測キット。
【請求項5】
前記プローブ又はプライマーが、下記の(a)~(f)に示すポリヌクレオチド又はその断片からなる群から選択される、請求項4に記載のキット:
(a)配列番号1で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド、又は15以上の連続した塩基を含むその断片、
(b)配列番号1で表される塩基配列を含むポリヌクレオチド、又は15以上の連続した塩基を含むその断片
(c)配列番号1で表される塩基配列に相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチド、又は15以上の連続した塩基を含むその断片、
(d)配列番号1で表される塩基配列に相補的な塩基配列を含むポリヌクレオチド、又は15以上の連続した塩基を含むその断片、
(e)前記(a)~(d)のいずれかのポリヌクレオチドの塩基配列において1個又は数個の塩基の欠失、置換、又は付加を含むポリヌクレオチド、又は15以上の連続した塩基を含むその断片、及び
(f)前記(a)~(d)のいずれかのポリヌクレオチド又はその断片と高ストリンジェントな条件でハイブリダイズするポリヌクレオチド。
【請求項6】
心肺停止蘇生後の予後予測マーカーであるMMP8遺伝子の転写産物又はその一部と特異的に結合可能なプローブ、及び/又は該転写産物を特異的に認識し増幅可能なプライマーを含む、心肺停止蘇生後の予後予測デバイス。
【請求項7】
前記プローブ又はプライマーが、下記の(a)~(f)に示すポリヌクレオチド又はその断片からなる群から選択される、請求項6に記載のデバイス:
(a)配列番号1で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド、又は15以上の連続した塩基を含むその断片、
(b)配列番号1で表される塩基配列を含むポリヌクレオチド、又は15以上の連続した塩基を含むその断片
(c)配列番号1で表される塩基配列に相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチド、又は15以上の連続した塩基を含むその断片、
(d)配列番号1で表される塩基配列に相補的な塩基配列を含むポリヌクレオチド、又は15以上の連続した塩基を含むその断片、
(e)前記(a)~(d)のいずれかのポリヌクレオチドの塩基配列において1個又は数個の塩基の欠失、置換、又は付加を含むポリヌクレオチド、又は15以上の連続した塩基を含むその断片、及び
(f)前記(a)~(d)のいずれかのポリヌクレオチド又はその断片と高ストリンジェントな条件でハイブリダイズするポリヌクレオチド。
【請求項8】
心肺停止蘇生後の予後を予測するための方法であって、
被験体由来の試料からRNAを抽出する核酸抽出工程、
前記核酸抽出工程で抽出したRNAを鋳型に、標的核酸であるMMP8遺伝子の転写産物又はその一部を特異的に認識し、増幅可能なプライマーを用いて標的核酸の特定の領域を増幅する核酸増幅工程、
前記核酸増幅工程後に得られた増幅産物よりMMP8遺伝子の転写産物又はその一部を含む増幅断片を検出し、試料中のMMP8遺伝子の発現レベルを測定する発現レベル測定工程、及び
前記発現レベル測定工程で測定されたMMP8遺伝子の被験体における発現レベルと、同様に測定された予後不良群又は予後良好群の発現レベルとを比較する比較工程を含み、
前記被験体の発現レベルが予後不良群の発現レベルよりも有意に低いときに被験体の生存率は高いことを示し、又は予後良好群の発現レベルよりも有意に高いときに被験体の生存率は低いことを示す
前記方法。
【請求項9】
前記試料は心停止直後から7日以内に被験体から採取された試料である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記試料が全血、血清又は血漿である、請求項8又は9に記載の方法。
【請求項11】
前記被験体が、ヒトである、請求項8又は9に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、心肺停止蘇生後の予後予測キット及びデバイス、及びそれを用いた予後予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
心肺停止(CPA)は、その発生場所を問わず、大多数が死への転帰を辿る最重症の病態である。心肺停止後に心肺蘇生法(CPR:cardiopulmonary resuscitation)により自己心拍再開(ROSC:return of spontaneous circulation)が得られたとしても、低酸素性の蘇生後脳症をはじめとする様々な病態変化(心停止後症候群:PCAS:post-cardiac arrest syndrome)に陥り、結果的に救命できないことが多い。その上、それら救命率の向上及び神経学的予後の改善のためには高度な集学的治療を要する。
【0003】
一般に、心肺停止から蘇生後の集中治療は、医療費が高額な一方で、良好な転帰を見込める可能性が高いとは言えない。そのため、心肺停止蘇生後、疫学的に良好な予後が見込めるか否かの正確かつ迅速な予測は、社会貢献上の観点から極めて重要である。例えば、卒倒現場を目撃され、かつバイスタンダーCPRがなされたPCAS症例では良好な予後が期待される場合が多い。特に心室細動(VF)、無脈性心室頻拍(pulseless VT)による心原性心停止後に蘇生した場合の治療成績は、近年一層向上している。したがって、良好な予後が見込める心原性心停止後に蘇生した患者を対象として、科学的根拠に基づいて正確に予後予測することは蘇生学領域での至上命題であるといえる。
【0004】
現在、臨床的に有望視されている心肺停止蘇生後の予後を予測するバイオマーカーとしては、血中NSE、S100B、NfL、UCH-L1、GFAP、Tau等が知られている(非特許文献1)。しかし、これらのバイオマーカーは、心肺停止蘇生後の脳虚血再灌流障害や組織低酸素によって変動し得るマーカーを予測して後方視的な検討の上で選択されたものである。ところが、一般に心肺停止蘇生後の重症病態の背景には、多くの疾病重症度を反映するといわれる高サイトカイン血症も存在する。一方、前記バイオマーカーの量は、侵襲後、発現レベルが所定量に上昇するまで一定期間を要することから、即時予測が困難という問題があった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Humaloja J., et al., 2022, Crit Care, 26(1):81
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明では、診断、重症度、予後予測、及び炎症反応関連遺伝子発現を考慮した心肺停止蘇生後の予後を予測するバイオマーカーを単離すると共に、そのバイオマーカーを用いた新たな心肺停止蘇生後の予後を予測するための方法を確立する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明者らは、心原性心停止から蘇生した患者の遺伝子発現を前向きに、かつ網羅的に検討し、炎症反応関連遺伝子発現を考慮した上で、14,400種の遺伝子から統計学的手法により心肺停止蘇生後の予後を予測するバイオマーカーとなり得る遺伝子の単離を試みた。その結果、心停止直後から直ちに発現レベルが上昇し、蘇生後第1病日、及び第4病日の急性期を通じて、持続的に予後が不良化する個体で発現レベルが上昇するMMP8遺伝子の単離に成功した。この結果からMMP8遺伝子の発現は、心肺停止蘇生後、臨床的に早期の予後予測に利用でき、また心肺停止後からの数日間は安定して診断に用いられるバイオマーカーであることが明らかとなった。本発明は、当該知見に基づくものであって、以下を提供する。
【0008】
(1)マトリックスメタロプロテアーゼ8(MMP8)遺伝子の遺伝子産物又はその一部からなる心肺停止蘇生後の予後予測マーカー。
(2)前記MMP8遺伝子が配列番号1で表される塩基配列からなる、(1)に記載の心肺停止蘇生後の予後予測マーカー。
(3)前記遺伝子産物が転写産物である、(1)又は(2)に記載の心肺停止蘇生後の予後予測マーカー。
(4)心肺停止蘇生後の予後予測マーカーであるMMP8遺伝子の転写産物又はその一部と特異的に結合可能なプローブ、及び/又は該転写産物を特異的に認識し増幅可能なプライマーを含む、心肺停止蘇生後の予後予測キット。
(5)前記プローブ又はプライマーが、下記の(a)~(f)に示すポリヌクレオチド又はその断片からなる群から選択される、(4)に記載のキット:
(a)配列番号1で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド、又は15以上の連続した塩基を含むその断片、
(b)配列番号1で表される塩基配列を含むポリヌクレオチド、又は15以上の連続した塩基を含むその断片
(c)配列番号1で表される塩基配列に相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチド、又は15以上の連続した塩基を含むその断片、
(d)配列番号1で表される塩基配列に相補的な塩基配列を含むポリヌクレオチド、又は15以上の連続した塩基を含むその断片、
(e)前記(a)~(d)のいずれかのポリヌクレオチドの塩基配列において1個又は数個の塩基の欠失、置換、又は付加を含むポリヌクレオチド、又は15以上の連続した塩基を含むその断片、及び
(f)前記(a)~(d)のいずれかのポリヌクレオチド又はその断片と高ストリンジェントな条件でハイブリダイズするポリヌクレオチド。
(6)心肺停止蘇生後の予後予測マーカーであるMMP8遺伝子の転写産物又はその一部と特異的に結合可能なプローブ、及び/又は該転写産物を特異的に認識し増幅可能なプライマーを含む、心肺停止蘇生後の予後予測デバイス。
(7)前記プローブ又はプライマーが、下記の(a)~(f)に示すポリヌクレオチド又はその断片からなる群から選択される、(6)に記載のデバイス:
(a)配列番号1で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド、又は15以上の連続した塩基を含むその断片、
(b)配列番号1で表される塩基配列を含むポリヌクレオチド、又は15以上の連続した塩基を含むその断片
(c)配列番号1で表される塩基配列に相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチド、又は15以上の連続した塩基を含むその断片、
(d)配列番号1で表される塩基配列に相補的な塩基配列を含むポリヌクレオチド、又は15以上の連続した塩基を含むその断片、
(e)前記(a)~(d)のいずれかのポリヌクレオチドの塩基配列において1個又は数個の塩基の欠失、置換、又は付加を含むポリヌクレオチド、又は15以上の連続した塩基を含むその断片、及び
(f)前記(a)~(d)のいずれかのポリヌクレオチド又はその断片と高ストリンジェントな条件でハイブリダイズするポリヌクレオチド。
(8)心肺停止蘇生後の予後を予測するための方法であって、被験体由来の試料からRNAを抽出する核酸抽出工程、前記核酸抽出工程で抽出したRNAを鋳型に、心肺停止蘇生後の予後予測マーカーであるMMP8遺伝子の転写産物又はその一部を特異的に認識し増幅可能なプライマーを用いてMMP8遺伝子の転写産物又はその一部を増幅する核酸増幅工程、前記核酸増幅工程後に得られた増幅産物よりMMP8遺伝子の転写産物又はその一部を含む増幅断片を検出し、試料中のMMP8遺伝子の発現レベルを測定する発現レベル測定工程、及び前記発現レベル測定工程で測定されたMMP8遺伝子の発現レベルと、同様に測定された予後不良群又は予後良好群における発現レベルとを比較する比較工程を含み、前記被験体の発現レベルが予後不良群の発現レベルよりも有意に低いときに被験体の生存率は高いことを示し、又は予後良好群の発現レベルよりも有意に高いときに被験体の生存率が低いことを示す前記方法。
(9)前記試料は心肺停止直後から7日以内に被験体から採取された試料である、(8)に記載の方法。
(10)前記試料が全血、血清又は血漿である、(8)又は(9)に記載の方法。
(11)前記被験体が、ヒトである、(8)~(10)のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の心肺停止蘇生後予後予測バイオマーカーによれば、臨床的に心肺停止後の予後リスクを早期に予測でき、また心停止から蘇生後数日間はバイオマーカーとして安定して診断に用いることができる。
【0010】
本発明の予後予測キット又はデバイスによれば、被験者の試料から本発明の心肺停止蘇生後予後予測バイオマーカーを容易かつ簡便に検出することができる。
【0011】
本発明の心肺停止蘇生後の予後予測方法によれば、被験者の心肺停止蘇生後の予後予測の補助的判定を容易に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】心肺停止後蘇生した14名の被験者における血清中のMMP8遺伝子の発現レベルの経時的変化を示す図である。縦軸は、血清中の共通レファレンスの発現強度に対するMMP8遺伝子の発現強度の相対値である。横軸は、心肺停止蘇生後0日目(Day0)、1日目(Day1)、及び4日目(Day4)を示す。実線(1~5)は、28日神経学的転帰で死亡が確認された死亡群に属する被験者を示し、破線(1'~9')は、28日神経学的転帰で良好であった良好群に属する被験者を示す。健常者は、心肺停止していない被験者である。
【
図2】心肺停止蘇生後0日目の14名の被験者における、予後良好群(図中、良好群)と予後不良群(図中、死亡群)の血清中のMMP8タンパク質濃度を示す図である。縦軸は、MMP8タンパク質の血清濃度である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
1.心肺停止蘇生後予後予測マーカー
1-1.概要
本発明の第1の態様は、心肺停止蘇生後の予後を予測するバイオマーカーである。本発明の心肺停止蘇生後予後予測マーカーは、マトリックスメタロプロテアーゼ8遺伝子の遺伝子産物又はその一部で構成される。本発明のマーカーによれば、心肺停止蘇生後の予後リスクを早期に予測でき、また心肺停止後の数日間診断用として利用することができる。
【0014】
1-2.定義
本明細書で使用する以下の用語について定義する。
「心肺停止(CPA:cardiopulmonary arrest)」(又は「心停止」)とは、心臓の機能的活動の停止をいう。具体的には、心臓の循環機能が途絶し、全身に血液を供給できない状態が該当する。臨床的には脈の触知不要、血圧の測定不能により診断される。心肺停止には、心静止、無脈性電気活動、無脈性心室頻拍、及び心室細動が含まれるが、本明細書に記載の心肺停止は、それらのいずれも包含する。「心静止」とは、心臓が電気的不活性状態をいい、このとき心電図波形は平坦となる。「無脈性電気活動」とは、心臓は電気的に活動しており、心電図の収縮波形は認められるが拍出が見られない状態をいう。「無脈性心室頻拍」とは、心電図所見では頻拍を示すが拍出が見られない状態をいう。「心室細動」とは、心室が小刻みに震え、血液を全身に循環できない状態をいう。本明細書において、心肺停止の原因は限定しない。例えば、心疾患、循環ショック、代謝障害、呼吸器疾患、外傷、中毒等が挙げられるが、いずれであってもよい。
【0015】
本明細書において「予後」とは、心肺停止から蘇生後の医学的病態変化や転帰、又は心肺停止から蘇生した場合の生存率をいう。例えば、予後が良好であれば、心停止後症候群等の発症率が低く、良好な転帰が見込めることや、蘇生後の生存率が高いことを意味する。一方、予後が不良であれば、蘇生後の医学的病態変化が大きく、転帰が不良で生存率が低いことを意味する。
【0016】
本明細書において「予後不良群」とは、心肺停止から蘇生した被験体のうち、蘇生後の医学的病態変化が大きく、転帰が不良で、生存率が低い被験体からなる群をいう。
【0017】
本明細書において「予後良好群」とは、心肺停止から蘇生した被験体のうち、心停止後症候群等の発症率が低く、転帰が良好で、生存率が高い被験体からなる群をいう。
【0018】
本明細書において「予後予測」とは、心肺停止から蘇生した被験体における予後を予測することをいう。
【0019】
本明細書において「被験体」とは、本発明の心肺停止蘇生後予後予測マーカーを用いて心肺停止から蘇生後の予後予測に供される動物個体をいう。例えば、ヒト、イヌ、ネコ、ウマ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ラクダ、ウサギ、フェレット、ハムスター、マウス等の哺乳動物が挙げられる。好ましくはヒトである。被験体は、心肺停止状態の個体又は心肺停止から蘇生した個体のいずれであってもよい。
【0020】
本明細書において「被験者」とは、ヒト個体の被験体をいう。
【0021】
本明細書において「試料」とは、前記被験体から採取され、本態様の心肺停止蘇生後予後予測方法に供される生体試料をいう。例えば、体液、細胞、及び組織が該当する。
【0022】
本明細書において「体液」とは、液体状の生体試料をいう。例えば、血液、髄液(脳脊髄液)、尿、リンパ液、消化液、腹水、胸水、神経根周囲液、各組織若しくは細胞の抽出液等が挙げられる。本発明において、好ましい試料は、限定はしないが血液である。なお、本明細書において、血液は、全血、血清、血漿及び間質液を含むものとする。
【0023】
「バイオマーカー」とは、一般には、細胞、組織、又は体液中に存在する核酸(遺伝子又はその転写産物を含む)等、又はペプチド(タンパク質を含む)の生体内物質からなり、その存在量や濃度によって疾患の存在、変化、進行度、治療効果の程度を表す生物指標をいう。本発明のバイオマーカーは、その発現レベルによって心肺停止後の予後を予測することのできるバイオマーカーである。
【0024】
本明細書において「遺伝子産物」とは、遺伝子に基づき、生体内で生産される産物をいう。具体的には、mRNAやmiRNA等の核酸で構成される転写産物やペプチドやタンパク質等のアミノ酸で構成される翻訳産物が挙げられる。
【0025】
本明細書において「その一部」とは、前記転写産物の一部をいう。例えば、前記遺伝子転写産物の一部で構成される核酸断片、又は前記翻訳産物の一部で構成されるペプチド断片が該当する。
【0026】
本明細書において「発現レベル」とは、遺伝子の発現量(転写産物量)、発現強度又は発現頻度をいう。ここでいう遺伝子の発現レベルは、野生型遺伝子の発現レベルに限らず、点突然変異遺伝子等の変異遺伝子の発現レベルも含み得る。また、遺伝子の発現を示す転写産物には、スプライスバリアントのような異型転写産物(バリアント)及びそれらの断片も含み得る。変異遺伝子、転写産物、又はその断片に基づく情報であっても本発明における遺伝子の発現プロファイルの構築が可能だからである。遺伝子の発現レベルは、遺伝子の転写産物、すなわちmRNA量、又はその翻訳産物であるタンパク質量若しくは活性等の測定により測定値として得ることができる。また、遺伝子の発現レベルの測定値は測定方法にもよるが、例えば、共通のサンプル(以下「共通リファレンス」という。)に対する相対比(発現比)として算出することができる。発現比を算出する際の共通リファレンスは、比較する試料間の測定条件において同じであればどのようなものでも構わない。例えば、特定の細胞株でもよく、複数の細胞株を混合したものでもよい。または、市販のユニバーサルリファレンスや、公知のハウスキーピング遺伝子またはそれらの組み合わせを共通リファレンスとして用いることもできる。
【0027】
1-3.構成
本発明の心肺停止蘇生後の予後を予測するバイオマーカー(本明細書では、しばしば「心肺停止蘇生後予後予測マーカー」又は単に「予後予測マーカー」と表記する)は、マトリックスメタロプロテアーゼ8(Matrix metalloprotease 8:本明細書では、しばしば「MMP8」と表記する)遺伝子の転写産物若しくはその核酸断片、又はマトリックスメタロプロテアーゼ8タンパク質若しくはそのペプチド断片からなる。限定はしないが、心肺停止蘇生後予後予測マーカーとして好ましくはMMP8遺伝子の転写産物若しくはその核酸断片である。これは、早期に結果を出す必要がある心肺停止蘇生後の予後予測において、翻訳産物であるタンパク質よりも転写産物であるmRNAの方が即時に対応が可能なためである。
【0028】
(1)MMP8タンパク質若しくはそのペプチド断片
「マトリックスメタロプロテアーゼ8タンパク質:MMP8タンパク質」は、活性中心に金属イオンを配座するメタロプロテアーゼ(metalloprotease)に属するタンパク質分解酵素である。MMPは、活性中心にZn2+やCa2+を配座し、主にコラーゲン、プロテオグリカン、エラスチン等の細胞外マトリックスにおける分解や生理活性物質のプロセシング等に関与している(Ann Rev Cell Dev Biol 2001;17:463-516)。MMPは、現在までに20種以上が同定されており、MMP8は分泌型好中球コラゲナーゼとして機能することが知られている。MMP8は、高サイトカイン血症を背景病態とする敗血症の予後予測バイオマーカーとなり得る報告がある(Guadalupe M. et al., 2014, Sci Rep, 4: 5002; Doi: 10.1038/srep05002)が、詳細な機能に関しては未知の点も多く、現在までに心肺停止後症候群における機能等については確認されていない。
【0029】
本明細書において、MMP8の由来生物種は限定しないが、例えば、配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるヒトMMP8タンパク質が挙げられる。配列番号2で示されるヒトMMP8タンパク質と機能的に同等の活性を有するヒトMMP8バリアントや他生物種のヒトMMP8オルソログであってもよい。例えば、配列番号2で示されるアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が付加、欠失、又は置換されたアミノ酸配列からなるタンパク質や、配列番号2で示されるアミノ酸配列に対して90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上で、100%未満のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質が挙げられる。
【0030】
本明細書において「複数個」とは、例えば、2~20個、2~15個、2~10個、2~7個、2~5個、2~4個又は2~3個をいう。また、アミノ酸の置換は、保存的アミノ酸置換が望ましい。
【0031】
本明細書において「保存的アミノ酸置換」とは、電荷、側鎖、極性、芳香族性等の性質の類似するアミノ酸間の置換をいう。性質の類似するアミノ酸は、例えば、塩基性アミノ酸(アルギニン、リジン、ヒスチジン)、酸性アミノ酸(アスパラギン酸、グルタミン酸)、無電荷極性アミノ酸(グリシン、アスパラギン、グルタミン、セリン、トレオニン、システイン、チロシン)、無極性アミノ酸(ロイシン、イソロイシン、アラニン、バリン、プロリン、フェニルアラニン、トリプトファン、メチオニン)、分枝鎖アミノ酸(ロイシン、バリン、イソロイシン)、芳香族アミノ酸(フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン、ヒスチジン)等に分類することができる。
【0032】
本明細書において「アミノ酸同一性」とは、二つのアミノ酸配列を両者のアミノ酸一致度が最も高くなるように、必要に応じてギャップを導入しながら整列(アラインメント)したときに、配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるヒトMMP8タンパク質の全アミノ酸残基に対する二つのアミノ酸配列間で同一アミノ酸残基の割合(%)をいう。アミノ酸同一性は、BLASTやFASTAによるタンパク質の検索システムを用いて算出することができる。
【0033】
本明細書において「そのペプチド断片」とは、前記MMP8タンパク質の部分断片をいう。本明細書では、配列番号2で示されるヒトMMP8タンパク質のペプチド断片が該当する。ペプチド断片のアミノ酸長は特に限定はしない。例えば、50アミノ酸以上~219アミノ酸以下、又は100アミノ酸以上~219アミノ酸以下であればよい。
【0034】
本明細書では、MMP8タンパク質及びそのペプチド断片を、しばしば「MMP8タンパク質等」と表記する。
【0035】
(2)MMP8遺伝子若しくはその核酸断片
「マトリックスメタロプロテアーゼ8遺伝子(MMP8遺伝子)」は、MMP8タンパク質をコードする遺伝子である。
【0036】
MMP8遺伝子の由来生物種は限定しないが、例えば、配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるヒトMMP8タンパク質をコードするヒトMMP8遺伝子が挙げられる。具体的には、例えば、配列番号1で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドである。また、配列番号1で示されるヒトMMP8遺伝子がコードするヒトMMP8タンパク質と機能的に同等の活性を有するMMP8バリアントや他生物種のMMP8オルソログをコードするポリヌクレオチドも包含する。具体的には、配列番号1で示される塩基配列において1若しくは複数個の塩基が付加、欠失、又は置換された塩基配列、あるいは配列番号1で示される塩基配列に対して90%、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上又は99%以上で、100%未満の塩基同一性を有するポリヌクレオチドが包含される。さらに、配列番号1で示される塩基配列に対して相補的な塩基配列の一部からなる核酸断片と高ストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列からなり、かつMMP8と機能的に同等の活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドが包含される。
【0037】
本明細書において「塩基同一性」とは、二つの塩基配列を両者の塩基一致度が最も高くなるように、必要に応じてギャップを導入しながら整列(アラインメント)したときに、配列番号1で示される塩基配列からなるMMP8遺伝子の全塩基に対する二つの塩基配列間で同一塩基の割合(%)をいう。
【0038】
本明細書において「高ストリンジェントな条件下でハイブリダイズ(する)」とは、低塩濃度及び/又は高温の条件下でハイブリダイゼーションと洗浄を行うことをいう。例えば、6×SSC、5×Denhardt試薬、0.5% SDS、100μg/mL変性断片化したDNA(例えばsalmon sperm DNA)中で65℃~68℃にてプローブと共にインキュベートし、その後、2×SSC、0.1%SDSの洗浄液中で室温から開始して、洗浄液中の塩濃度を0.1×SSCまで下げ、かつ温度を68℃まで上げて、バックグラウンドシグナルが検出されなくなるまで洗浄することが例示される。高ストリンジェントなハイブリダイゼーションの条件については、Green, M.R. and Sambrook, J., 2012, Molecular Cloning: A Laboratory Manual Fourth Ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New Yorkに記載されているので参考にすることができる。
【0039】
「MMP8遺伝子の転写産物」とは、MMP8 mRNAを意味する(本明細書では、以下、しばしば「MMP8 mRNA」と表記する)。mRNAは、mRNA前駆体(pre-mRNA)及び成熟mRNA(mature mRNA)を問わない。通常、mRNA前駆体は、核内において直ちにスプライシングされて、成熟mRNA成熟体となることから、本発明の第1態様に記載のバイオマーカーとなるMMP8遺伝子の転写産物は、実質的にMMP8 成熟mRNAである。
【0040】
本明細書において「その核酸断片」とは、MMP8 mRNAの部分断片をいう。核酸断片の塩基の長さは、特に限定はしないが、下限はMMP8 mRNAの断片であることが特定できる程度で、かつ試料中のMMP8 mRNA断片を検出可能な長さであればよい。例えば、100塩基以上、好ましくは200塩基以上、より好ましくは400塩基以上、又は600塩基以上が挙げられる。一方、上限はMMP8 mRNAの全長ポリヌクレオチドよりも1塩基少ない長さである。本明細書ではMMP8 mRNAとその核酸断片をまとめて、しばしば「MMP8 mRNA等」と表記する。
【0041】
2.心肺停止蘇生後予後予測キット又はデバイス
2-1.概要
本発明の第2の態様は、心肺停止蘇生後の予後予測キット又はデバイス(本明細書では、しばしば「心肺停止蘇生後予後予測キット又はデバイス」又は単に「予後予測キット又はデバイス」と表記する)である。本発明の予後予測キット又はデバイスは、前記第1態様の予後予測マーカーであるMMP8 mRNA又はその一部を検出するためのプローブ、及び/又はプライマーを必須の構成要素として含む。本発明の予後予測キット又はデバイスによれば、被験者の試料から第1態様の予後予測マーカーを容易かつ簡便に検出することができる。
【0042】
2-2.構成
本明細書の予後予測キット又はデバイスは、前記第1態様の予後予測マーカーであるMMP8 mRNA又はその一部を検出するための予後予測マーカー検出用プローブ、及び/又は予後予測マーカー増幅用プライマーを必須の構成要素として含む。以下、各構成要素について具体的に説明をする。
【0043】
(1)予後予測マーカー検出用プローブ
本発明の予後予測キット又はデバイスは、少なくとも1種の予後予測マーカー検出用プローブを構成要素として含むことができる。本プローブは、MMP8 mRNA等の塩基配列に対してハイブリダイゼーションし、MMP8 mRNA等を検出可能なポリヌクレオチド又はその断片で構成されている。例えば、以下の(a)~(f)に示すポリヌクレオチド又はその断片が該当する。
【0044】
(a)配列番号1で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド、又は15以上、16以上、17以上、18以上、19以上、20以上、21以上、22以上、23以上、24以上、又は25以上の連続した塩基を含むその断片:
このポリヌクレオチドからなるプローブは、ヒトMMP8 mRNA(センス鎖)と同じ塩基配列からなるポリヌクレオチド、又はその断片からなる。MMP8 mRNAに基づく二本鎖cDNAのアンチセンス鎖、又はその断片にハイブリダイゼーションすることができる。
【0045】
(b)配列番号1で表される塩基配列を含むポリヌクレオチド、又は15以上、16以上、17以上、18以上、19以上、20以上、21以上、22以上、23以上、24以上、又は25以上の連続した塩基を含むその断片:
このポリヌクレオチドからなるプローブは、ヒトMMP8 mRNA(センス鎖)と同じ塩基配列からなるポリヌクレオチド、又はその断片を含む。MMP8 mRNAに基づく二本鎖cDNAのアンチセンス鎖、又はその断片にハイブリダイゼーションすることができる。
【0046】
(c)配列番号1で表される塩基配列に相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチド、又は15以上、16以上、17以上、18以上、19以上、20以上、21以上、22以上、23以上、24以上、又は25以上の連続した塩基を含むその断片:
このポリヌクレオチドからなるプローブは、ヒトMMP8 mRNA(センス鎖)に相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチド、又はその断片からなる。MMP8 mRNA、若しくは二本鎖cDNAのアンチセンス鎖、又はそれらの断片にハイブリダイゼーションすることができる。
【0047】
(d)配列番号1で表される塩基配列に相補的な塩基配列を含むポリヌクレオチド、又は15以上、16以上、17以上、18以上、19以上、20以上、21以上、22以上、23以上、24以上、又は25以上の連続した塩基を含むその断片:
このポリヌクレオチドからなるプローブは、ヒトMMP8 mRNA(センス鎖)に相補的な塩基配列を含むポリヌクレオチド、又はその断片からなる。MMP8 mRNA、若しくは二本鎖cDNAのアンチセンス鎖、又はそれらの断片にハイブリダイゼーションすることができる。
【0048】
(e)前記(a)~(d)のいずれかに記載のポリヌクレオチドの塩基配列において1個又は数個の塩基の欠失、置換、又は付加を含むポリヌクレオチド、又は15以上、16以上、17以上、18以上、19以上、20以上、21以上、22以上、23以上、24以上、又は25以上の連続した塩基を含むその断片:
このポリヌクレオチドからなるプローブは、前記(a)~(d)のいずれかに記載のポリヌクレオチドに1個又は数個の塩基の欠失、置換、又は付加を含むポリペプチド又はその断片を含む。したがって、ヒトMMP8 mRNAの変異体又はヒトMMP8 mRNAオルソログに該当するポリペプチド、二本鎖cDNAのセンス鎖若しくはアンチセンス鎖、又はそれらの断片にハイブリダイゼーションすることができる。
【0049】
(f)前記(a)~(d)のいずれかのポリヌクレオチド又はその断片と高ストリンジェントな条件でハイブリダイズするポリヌクレオチド:
本発明の予後予測マーカー検出用プローブは、天然型ヌクレオチド及び/又は非天然型ヌクレオチドで構成される。
【0050】
本明細書において「天然型ヌクレオチド」とは、天然、すなわち自然界に存在するヌクレオチドをいう。例えば、RNAの構成単位として知られるリボヌクレオチド、及びDNAの構成単位として知られるデオキシリボヌクレオチドが挙げられる。
【0051】
本明細書において「非天然型ヌクレオチド」とは、前記天然型ヌクレオチドに類似の性質及び/又は構造を有する自然界に存在しないヌクレオチドである。具体的には、人工的に構築された又は人工的に化学修飾されたヌクレオチド、又は非天然型ヌクレオシド若しくは非天然型塩基を含むヌクレオチドをいう。前記人工的に構築されたヌクレオチドには、例えば、ペプチド核酸(PNA:Peptide Nucleic Acid)、ホスフェート基を有するペプチド核酸(PHONA)、架橋化核酸(BNA/LNA:Bridged Nucleic Acid/Locked Nucleic Acid)、モルホリノ核酸等が含まれる。人工的に化学修飾されたヌクレオチドには、例えば、メチルホスホネート型DNA/RNA、ホスホロチオエート型DNA/RNA、ホスホルアミデート型DNA/RNA、2'-O-メチル型DNA/RNA等の化学修飾核酸や核酸類似体が含まれる。前記非天然型ヌクレオシドには、例えば、脱塩基ヌクレオシド、アラビノヌクレオシド、2′-デオキシウリジン、α-デオキシリボヌクレオシド、β-L-デオキシリボヌクレオシド等が含まれる。また、前記非天然型塩基には、例えば、2-オキソ(1H)-ピリジン-3-イル基、5位置換-2-オキソ(1H)-ピリジン-3-イル基、2-アミノ-6-(2-チアゾリル)プリン-9-イル基、2-アミノ-6-(2-チアゾリル)プリン-9-イル基、2-アミノ-6-(2-オキサゾリル)プリン-9-イル基等の他、修飾化ピリミジン(例えば、5-ヒドロキシシトシン、5-フルオロウラシル、4-チオウラシル)、修飾化プリン(例えば、6-メチルアデニン、6-チオグアノシン)及び他の複素環塩基等の修飾塩基が含まれる。
【0052】
本発明の予後予測マーカー検出用プローブは、通常はDNA、又はRNAの天然型ヌクレオチドで構成されている。限定はしないが、DNAは安定性が高く、合成も容易で低廉なことから、特に好ましい。また、必要に応じてDNAとRNAの天然型ヌクレオチドのハイブリッドからなるプローブであってもよく、一部にLNAやPNAのような非天然型ヌクレオチドを含むプローブであってもよい。
【0053】
本発明の予後予測マーカー検出用プローブの塩基長や塩基配列は、各血清型に特異的な前記領域にハイブリダイゼーション可能なように、またTm値が55℃~80℃、好ましくは60℃~75℃の範囲となるように設計され、かつ当該分野の技術常識の範囲内であれば、特に限定しない。一般にプローブの塩基長は、鋳型核酸鎖上の15以上の連続した塩基にハイブリダイゼーション可能な塩基長と塩基配列であることが好ましい。「15以上の連続した塩基」とは、限定はしないが、例えば、プライマー長として当該分野で通常利用される15~100の連続した塩基、15~80の連続した塩基、15~60の連続した塩基、16~50の連続した塩基、17~40の連続した塩基、又は18~30の連続した塩基、又は20~25の連続した塩基であればよい。
【0054】
本発明の予後予測マーカー検出用プローブの具体的な例として、配列番号3で示す塩基配列からなる80塩基のオリゴヌクレオチドが挙げられる。
【0055】
本発明の予後予測マーカー検出用プローブは、リン酸基、糖及び/又は塩基が標識物質で標識されていてもよい。プローブにおける標識物質の標識位置は、その標識物質の特性や、使用目的に応じて適宜定めればよく、限定はしないが、通常、5’末端部及び/又は3’末端部が好ましい。標識物質は、当該分野で公知のあらゆる物質を利用することができる。例えば、放射性同位元素、DIG、蛍光物質、クエンチャー、化学発光物質、ビオチン、又は磁気ビーズ等が挙げられる。各標識物質のヌクレオチドへの標識は公知の方法で行うことができる。
【0056】
前記「放射性同位元素」とは、質量数が異なる同位元素のうち、放射線を放出する元素をいう。例えば、32P、33P、又は35Sが挙げられる。
【0057】
前記「蛍光物質」とは、特定波長の励起光を吸収することで励起状態となり、元の基底状態に戻る際に蛍光を発する性質を有する物質をいう。例えば、FITC、Texas、cy3、cy5、cy7、FAM、HEX、VIC、JOE、ROX、TET、Bodipy493、NBD、TAMRA、Quasar(登録商標) 670、Quasar(登録商標)705、CAL Fluor(登録商標) Red 610、フルオレサミン若しくはその誘導体、又はローダミン若しくはその誘導体等が挙げられる。ただし、これらに限定はしない。
【0058】
前記「クエンチャー」とは、前記蛍光物質の励起エネルギーを吸収し、蛍光を抑制する性質を有する物質をいう。例えば、AMRA、DABCYL、BHQ-1、BHQ-2、又はBHQ-3等が挙げられる。一般に、クエンチャーは蛍光物質と組み合わせて使用する。クエンチャーは、その種類によって蛍光の抑制波長範囲が異なるため、蛍光物質とクエンチャーとの組み合わせでは、標識に使用する蛍光物質の蛍光を抑制可能なクエンチャーと組み合わせる。例えば、蛍光物質がFAM、HEX、TET等の場合には、抑制波長範囲が480nm~580nmのBHQ1と、蛍光物質がCy3、Cy5、ROX、TAMRA、Texas等の場合には、抑制波長範囲が550nm~650nmのBHQ2と組み合わせればよい。プローブにおける蛍光物質とクエンチャーの配置は、蛍光物質による蛍光をクエンチャーが抑制できるように両物質を配置すれば、特に限定はしない。例えば、プローブの一方の末端(5’末端又は3’末端)を蛍光物質で標識化し、他方の末端(それぞれ3’末端又は5’末端)をクエンチャーで標識化すればよい。
【0059】
前記「化学発光物質」とは、化学反応によって励起された後、基底状態に戻る際に、差分のエネルギーを光として放出する性質を有する物質をいう。例えば、アクリジニウムエステル等が挙げられる。
【0060】
本発明の心肺停止蘇生後の予後予測キット又はデバイスは、2種以上のプローブを含むことができる。第1態様の予後予測マーカーであるMMP8 mRNA等の異なる位置にハイブリダイゼーションする複数のプローブを用いることで、予後予測マーカーの検出感度を向上することができる。
【0061】
(2)予後予測マーカー増幅用プライマー
本発明の予後予測キット又はデバイスは、フォワード(Fw)プライマー及びリバース(Rv)プライマーで構成される少なくとも1組の予後予測マーカー増幅用プライマーセットを必須の構成要素として含むことができる。このプライマーは、MMP8 mRNA等の塩基配列にハイブリダイゼーションし、MMP8 mRNA等の所定の領域を増幅するポリヌクレオチド又はその断片で構成されている。例えば、以下の(a)~(f)に示すポリヌクレオチド又はその断片が該当する。
【0062】
(a)配列番号1で表される塩基配列からなるポリヌクレオチド、又は15以上の連続した塩基を含むその断片:
このポリヌクレオチドからなるプライマーは、ヒトMMP8 mRNA(センス鎖)と同じ塩基配列からなるポリヌクレオチド、又はその断片からなるFwプライマーである。このFwプライマーは、MMP8 mRNAに基づく増幅二本鎖DNAのアンチセンス鎖、又はその断片にハイブリダイゼーションすることができる。
【0063】
(b)配列番号1で表される塩基配列を含むポリヌクレオチド、又は15以上、16以上、17以上、18以上、19以上、20以上、21以上、22以上、23以上、24以上、又は25以上の連続した塩基を含むその断片:
このポリヌクレオチドからなるプライマーは、ヒトMMP8 mRNA(センス鎖)と同じ塩基配列を含むポリヌクレオチド、又はその断片からなるFwプライマーである。このFwプライマーは、MMP8 mRNAに基づく増幅二本鎖DNAのアンチセンス鎖、又はその断片にハイブリダイゼーションすることができる。
【0064】
(c)配列番号1で表される塩基配列に相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチド、又は15以上、16以上、17以上、18以上、19以上、20以上、21以上、22以上、23以上、24以上、又は25以上の連続した塩基を含むその断片:
このポリヌクレオチドからなるプライマーは、ヒトMMP8 mRNA(センス鎖)に相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチド、又はその断片からなるRvプライマーである。MMP8 mRNA、若しくは二本鎖cDNAのセンス鎖、又はそれらの断片にハイブリダイゼーションすることができる。
【0065】
(d)配列番号1で表される塩基配列に相補的な塩基配列を含むポリヌクレオチド、又は15以上、16以上、17以上、18以上、19以上、20以上、21以上、22以上、23以上、24以上、又は25以上の連続した塩基を含むその断片:
このポリヌクレオチドを含むプライマーは、ヒトMMP8 mRNA(センス鎖)に相補的な塩基配列を含むポリヌクレオチド、又はその断片からなるRvプライマーである。MMP8 mRNA、若しくは二本鎖cDNAのセンス鎖、又はそれらの断片にハイブリダイゼーションすることができる。
【0066】
(e)前記(a)~(d)のいずれかに記載のポリヌクレオチドの塩基配列において1個又は数個の塩基の欠失、置換、又は付加を含むポリヌクレオチド、又は15以上、16以上、17以上、18以上、19以上、20以上、21以上、22以上、23以上、24以上、又は25以上の連続した塩基を含むその断片:
前記それぞれのプライマーは、天然型ヌクレオチド及び/又は非天然型ヌクレオチドで構成される。通常は、DNA、又はRNAの天然型ヌクレオチドで構成されている。中でも安定性が高く、合成が容易で低廉なDNAは特に好ましい。また、必要に応じてDNAとRNAの天然型ヌクレオチドを組み合わせたり、一部に化学修飾核酸や擬似核酸等の非天然型ヌクレオチドを組み合わせることもできる。化学修飾核酸や擬似核酸には、例えば、PNA(Peptide Nucleic Acid)、LNA(Locked Nucleic Acid;登録商標)、メチルホスホネート型DNA、ホスホロチオエート型DNA、2'-O-メチル型RNA等が挙げられる。
【0067】
予後予測マーカー増幅用プライマーにおいて、FwプライマーとRvプライマーは、MMP8 mRNAを増幅可能なように、また、限定はしないが、それぞれTm値が55℃~80℃、好ましくは60℃~75℃の範囲となるように設計され、かつ当該分野の技術常識の範囲内であれば、その塩基長や塩基配列は特に限定しない。例えば、限定はしないが、プライマーの塩基長は、鋳型核酸鎖上の15以上、18以上、20以上、22以上、23以上、24以上、25以上、26以上、27以上、28以上、29以上、30以上、35以上、又は40以上の連続した塩基に相補的な塩基配列であればよい。
【0068】
Fwプライマー及びRvプライマーのセットによる増幅断片の塩基長は、限定はしないが、100塩基~1500塩基、150塩基~1200塩基、200塩基~1000塩基、250塩基~800塩基、300塩基~600塩基、又は400塩基~500塩基の範囲内にあればよい。
【0069】
本発明のプライマーセットの具体的な例として、配列番号3で示す塩基配列からなる領域を増幅可能なようにFwプライマー及びRvプライマーを設計すればよい。
【0070】
本発明の予後予測マーカー増幅用プライマーは、その5’末端側に鋳型核酸の塩基配列とは異なる付加配列を含むことができる。付加配列は、セルフアニーリングせず、標的核酸(本発明ではヒトMMP8 mRNA/cDNA)、又は前述のプライマー若しくはプローブとハイブリダイゼーション等の相互作用を生じない限り、任意の塩基配列とすることができる。例えば、制限酵素部位や新たなプライマー結合部位を含む塩基配列が挙げられる。
【0071】
さらに、本発明の予後予測マーカー増幅用プライマーは、リン酸基、糖及び/又は塩基が標識物質で標識されていてもよい。プライマーにおける標識物質の標識位置は、その標識物質の特性や、使用目的に応じて適宜定めればよく、限定はしないが、通常は伸長反応に寄与しない5’末端部が好ましい。核酸標識物質は、当該分野で公知のあらゆる物質を利用することができる。例えば、前述の放射性同位元素、DIG、蛍光色素、化学発光物質等が挙げられる。
【0072】
プライマーセットは、1組であればよいが、ネスティッドプライマーのような複数組のプライマーセットであってもよい。さらに、後述する標的核酸以外のコントロール核酸を増幅可能なコントロールプライマーセットを含んでいてもよい。
【0073】
(3)内部コントロールプライマーセット(ICプライマーセット)
本発明の予後予測キット又はデバイスは、内部コントロールプライマーセット(Internal Control: IC)プライマーセットを選択的な構成要素として含むことができる。
【0074】
ICプライマーセットは、試料中に存在する非標的鋳型核酸分子を内部コントロールとして増幅可能なように構成されている。ICプライマーセットは、本発明の予後予測キット又はデバイスを用いて標的核酸であるMMP8 mRNA/cDNAを増幅する際に、増幅反応の可否や状態をモニターする必要に応じて添加される。
【0075】
内部コントロールとなる鋳型核酸分子は、試料中に適当な核酸分子を外部から添加して、それを鋳型核酸分子もよいし、試料中に存在する内在性の核酸分子(遺伝子転写産物等)を鋳型核酸分子とすることもできる。内在性の核酸分子は、ハウスキーピング遺伝子のような恒常的に発現している遺伝子を選択することが好ましい。本発明の予後予測キット又はデバイスの場合、好適な内部コントロールとして、限定はしないが、例えば、ヒト血液中に含まれる18S rRNA、β-actin、GAPDH、EF1α、Tubulin等の転写産物(mRNA)が挙げられる。
【0076】
ICプライマーセットによる増幅断片の塩基長、ICプライマーセットを構成するIC-FwプライマーとIC-Rvプライマーの構造的特徴、構成成分、塩基長、及び塩基配列は、いずれも限定はしないが、基本的には前記標的核酸用のプライマーセット及びそれを構成するFwプライマー及びRvプライマーのそれらに準ずればよい。
【0077】
(4)内部コントロールプローブ(ICプローブ)
本発明の予後予測キット又はデバイスは、内部コントロールプローブを選択的な構成要素として含むことができる。
【0078】
ICプローブは、前記ICプライマーセットによって増幅された内部コントロールの増幅断片(本明細書では、しばしば「IC増幅断片」と表記する)にハイブリダイゼーションでき、かつIC増幅断片を検出可能なように構成されている。したがって、本プローブは、本発明の予後予測キット又はデバイスにおいて、前記ICプライマーセットとセットで使用される。
【0079】
ICプローブの構造的特徴、構成成分、塩基長、及び塩基配列は、いずれも限定はしないが、基本的には前記プローブに準ずればよい。
【0080】
(5)その他の構成要素
本発明の予後予測キット又はデバイスは、上述の構成要素の他にも、任意で、核酸増幅用反応液、逆転写酵素、及びRNase阻害剤等を選択的な構成要素を含むことができる。
【0081】
「核酸増幅用反応液」は、PCR等の核酸増幅反応に必要な、プライマー以外の各種試薬を含む混合溶液である。核酸増幅用反応液の組成は、使用する核酸増幅法によって異なるものの、一般的にはDNAポリメラーゼ、dNTP、Mg2+、及びバッファを含む。また、逆転写酵素を添加することで、核酸増幅用反応液は、逆転写反応の溶液にもなり得る。DNAポリメラーゼは、限定はしないが、熱耐性DNAポリメラーゼが好ましい。例えば、Taq DNAポリメラーゼ、Pfu DNAポリメラーゼ、KOD DNAポリメラーゼの他、市販の各種熱耐性DNAポリメラーゼを使用することができる。
【0082】
また、必要に応じて、本発明の予後予測キット又はデバイスの使用法を記載したプロトコルや専用の反応容器等を添付することもできる。
【0083】
2-3.心肺停止蘇生後予後予測キット又はデバイスの形態
本発明の予後予測キットの形態は限定しないが、例えば、上述の構成要素の全部又は一部が個別に分離され、それらが一つにパッケージされた形態が挙げられる。キットを使用する際には、使用方法にしたがって、キットに内包されたプローブ及び/又はプライマー(ICプライマー及びICプローブを含む)を用いて、被験体由来の試料中の予後予測マーカーであるMMP8 mRNAを検出すればよい。本発明の予後予測キットを用いた予後予測マーカーの検出や心肺停止蘇生後の予後予測のための方法については、次の第3態様に記載の心肺停止蘇生後予後予測方法に記載する。
【0084】
本発明の予後予測デバイスの形態は限定しないが、例えば、上述のプローブがプレートやウェル等の担体表面に固定された形態が挙げられる。デバイスを使用する際には、使用方法にしたがって、例えば、被験体由来の試料中の予後予測マーカーであるMMP8 mRNAをRT-PCR法等を用いて増幅した後、その増幅溶液中に含まれる予後予測マーカーを本発明のデバイス上に固定されたプローブとハイブリダイゼーションさせて検出すればよい。本発明の予後予測デバイスを用いた予後予測マーカーの検出や心肺停止蘇生後の予後予測のための方法については、次の第3態様に記載の心肺停止蘇生後予後予測方法に記載する。
【0085】
本発明の予後予測キット又はデバイスは、プライマーセット及びプローブ、そして必要に応じて追加される選択的構成要素を含んだ液体状態であってもよいし、あるいは液体が蒸発除去された乾燥固体の状態であってもよい。即時性を要する場合には液体状態が好ましく、安定性や長期保存を要する場合は固体状態が好ましい。液体状態の場合、少なくとも-20℃以下、好ましくは-80℃等のディープフリーザー内で保存することが望ましい。また、固体状態の場合、使用前にバッファや各種酵素を追加して、核酸反応用の混合溶液を調製する必要がある。用途に合わせて適宜選択することができる。
【0086】
3.心肺停止蘇生後予後予測方法
3-1.概要
本発明の第3の態様は、心肺停止蘇生後予後予測方法である。本発明は、前記第2態様に記載の心肺停止蘇生後の予後予測キット及び/又はデバイスに含まれるプライマー及び/又はプローブを用いて、被験体における心肺停止蘇生後の予後予測を行う方法である。本発明の心肺停止蘇生後予後予測方法によれば、医者以外の検査技師等であっても被験者の心肺停止蘇生後の予後予測の補助的判定を容易に行うことができる。
【0087】
3-2.方法
本発明の心肺停止蘇生後予後予測方法は、核酸抽出工程、核酸増幅工程、発現レベル測定工程、及び比較工程を含む。以下、各工程について、具体的に説明をする。
【0088】
(1)核酸抽出工程
「核酸抽出工程」は、被験体由来の試料からRNAを抽出する工程である。
本工程で使用する被験体由来の試料については、限定はしないが、心肺停止直後から7日以内、6日以内、又は5日以内、好ましくは4日以内、又は3日以内に被験体から採取された試料である。
【0089】
試料の種類も問わないが、採取の時期を選ばずに容易に入手可能な点、被験者への侵襲性が低い点、液体のため操作が容易な点、及び本発明の予後予測マーカーを含み得る点から、好ましくは血液、例えば、全血、血清又は血漿である。試料が血液の場合、血液は公知の方法に従って採取されたものであればよく、特に限定はしない。例えば、静脈等から注射をして直接採血された血液の他、採取された全血にヘパリン等を添加して抗凝固処理を施した血液、血漿若しくは血清として分離された血液、一旦冷蔵若しくは冷凍で保存された血液等、いずれの血液も試料として使用することができる。
【0090】
使用する試料の容量は、血液であれば10μL~5mL、好ましくは50μL~3mL、又は100μL~1mLあればよい。採取された血液が全血の場合は、血清又は血漿に調製することができる。血清を調製する場合には、全血を室温で20分間~1時間程度放置した後、氷冷し、4℃にて2500rpm~4000rpmで10分~20分間遠心して、その上清を得ればよい。また、血漿を調製する場合には、全血を、例えば、4℃にて5000×gで15分間遠心すればよい。
【0091】
本工程では、必要に応じて前記試料から核酸を抽出する。試料から核酸を抽出する方法は、試料の種類に応じて当該分野の情報に従い調製すればよい。例えば、Green, M.R. and Sambrook, J., 2012, Molecular Cloning: A Laboratory Manual Fourth Ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New Yorkに記載の核酸抽出法(RNA抽出方法)に従って抽出することができる。また、各ライフサイエンスメーカーからも各種試料から核酸を抽出するためのキット等が市販されており、それらを利用してもよい。キットを利用する場合には、具体的な抽出方法については、添付のプロトコルに従って又は準じて行なえばよい。
【0092】
試料より抽出する核酸はRNAである。RNAはmRNAが好ましいが、総RNA(Total RNA)でよい。
【0093】
(2)核酸増幅工程
「核酸増幅工程」は、前記核酸抽出工程で抽出したRNAを鋳型に、標的核酸であるMMP8 mRNA、又はその一部を特異的に認識し増幅可能な予後予測マーカー増幅用プライマーを用いて標的核酸の特定の領域を増幅する工程である。
【0094】
本態様において「標的核酸」とは、核酸増幅反応において増幅の対象となる核酸分子をいう。本発明の心肺停止蘇生後予後予測方法における「標的核酸」は、前述の通りMMP8 mRNA又はその一部である。
【0095】
本態様において「特定の領域」とは、標的遺伝子に特異的にアニーリングし得るプライマーによって増幅され得るMMP8 mRNAの一部領域である。このような性質を有する予後予測マーカー増幅用プライマーは、前記第2態様の心肺停止蘇生後の予後予測キット又はデバイスに含まれる。
【0096】
前記標的核酸の特定の領域を増幅する方法は、核酸増幅法によって達成される。核酸増幅法は、Fw/Rvプライマーに挟まれた標的核酸上の特定の領域を核酸ポリメラーゼによる核酸伸長反応を繰り返すことで増幅させる方法をいう。例えば、DNAポリメラーゼを使用するPCR法、ICAN法、LAMP(登録商標)法、RNAポリメラーゼ及びDNAポリメラーゼを使用するNASBA法が挙げられる。好ましくはPCR法である。これは、PCR法が当該分野で最も広く利用され、様々な応用技術が開発されている方法であり、また最適化された試薬、キット、及び反応機器等が充実しているためである。
【0097】
本工程で使用する標的核酸のMMP8 mRNA、又はその一部はRNAである。本工程の核酸増幅法にPCR法等のDNAポリメラーゼを使用する方法を採用する場合、鋳型はDNAである必要がある。したがって、通常は、逆転写反応(RT反応)を介したRT-PCR法が採用される。
【0098】
本発明の心肺停止蘇生後予後予測方法では、後述の発現レベル測定工程において、本工程で増幅された増幅断片が定量される。したがって、定量的核酸増幅法を用いて、増幅断片を定量的に測定してもよい。定量的核酸増幅法は、限定はしないが、例えば、リアルタイムPCR法(リアルタイムRT-PCR法)が便利である。
【0099】
PCRの反応条件は、一般に、公知のPCR法を基礎として、増幅する核酸断片の塩基長及び鋳型用核酸の量、並びに使用するプライマーの塩基長及びTm値、使用する核酸ポリメラーゼの至適反応温度及び至適pH等により変動するため、これらの条件を勘案し適宜定めればよい。一例として、通常、変性反応を94~95℃で5秒~5分間、アニーリング反応を50~70℃で10秒~1分間、伸長反応を68~72℃で30秒~3分間行い、これを1サイクルとして15~40サイクルほど繰り返し、最後に68~72℃で30秒~10分間の伸長反応を行うことができる。市販のPCRキットを使用する場合には、原則としてキットに添付のプロトコルに従って行えばよい。
【0100】
(3)発現レベル測定工程
「発現レベル測定工程」は、前記核酸増幅工程後に得られた増幅産物よりMMP8 mRNA、又はその一部を含む増幅断片を検出し、試料中のMMP8遺伝子の発現レベルを測定する工程である。すなわち、本工程では、被験者から得られた試料中の単位量あたりに含まれる予後予測マーカー量を、核酸増幅工程を介して測定し、その測定値を得る工程である。
【0101】
本明細書において「単位量」とは、容量又は重量により予め定められた一単位あたりの量をいう。ここでいう「一単位」は、容量又は重量の所定の単位であって、例えば、マイクロリットル(μL)、ミリリットル(mL)、マイクログラム(μg)、ミリグラム(mg)、グラム(g)等が挙げられる。試料が切片標本のような場合であれば、単位量を面積とすることもできる。単位量は、被験体から得た試料中に含まれる第1態様に記載の予後予測マーカーが測定可能な量以上であれば限定はしない。前述の通り、試料が血液であれば、10μL~5mL、好ましくは50μL~3mL、又は100μL~1mLであればよい。
【0102】
本明細書において「測定値」とは、本工程で測定される予後予測マーカーの量を示す値である。測定値は、容量又は重量のような絶対値であってもよく、また濃度、イオン強度、吸光度又は蛍光強度のような相対値であってもよい。さらに、例えば、容量や重量等の値に基づいたスコアリングによって算出した値であってもよい。
【0103】
予後予測マーカー量の測定方法は、公知の核酸定量方法であればよく、特に限定はしない。例えば、リアルタイムPCR法、又はハイブリダイゼーション法が挙げられる。以下、各測定方法について説明をする。
【0104】
(3-1)リアルタイムPCR法
リアルタイムPCR法では、核酸増幅反応の過程で増幅産物が蛍光を発する反応系を利用して、増幅産物としての予後予測マーカーを定量する。それ故、前記核酸増幅工程では、蛍光検出装置の備わったサーマルサイクラーを用いて核酸増幅反応を行うことが好ましい。リアルタイムRT-PCR法は、核酸増幅反応中の増幅産物の量を都度サンプリングすることなくリアルタイムでモニターでき、その結果をコンピュータで回帰分析することができる点で優れている。リアルタイムRT-PCR法は、さらに、SYBR(登録商標)Green等を用いるインターカレーター法、TaqMan(登録商標)プローブ法、デジタルPCR法、及びサイクリングプローブ法が知られているがいずれを用いてもよい。
【0105】
例えば、TaqMan(登録商標)PCR法のような蛍光標識したプローブを用いる方法、又は二本鎖DNAに特異的に結合する試薬を用いる方法がある。TaqMan PCR法は、一方の末端部がクエンチャーで、また他方の末端部が蛍光物質で、それぞれ修飾されたプローブを用いる。通常は、プローブ上でクエンチャーが蛍光物質の蛍光を抑制しているが、PCRにおける核酸伸長反応で、Taqポリメラーゼのもつ5’→3’エキソヌクレアーゼ活性により当該プローブが分解され、それによってクエンチャー物質の抑制が解除されるため蛍光を発するようになる。その蛍光量は、増幅産物の量を反映する。リアルタイムPCR法については、各ライフサイエンスメーカーから、リアルタイムPCR専用の好適なキットが多数市販されているので、それらを用いて測定してもよい。そのような市販のキットを使用する場合には、原則としてキットに添付のプロトコルに従って行えばよい。
【0106】
(3-2)ハイブリダイゼーション法
「ハイブリダイゼーション法」は、検出すべき標的核酸の塩基配列の全部又は一部に相補的な塩基配列を有する核酸断片をプローブとして用い、その核酸と該プローブ間の塩基対合を利用して、標的核酸若しくはその断片を検出、定量する方法である。ハイブリダイゼーション法による定量には、検出手段の異なるいくつかの方法が知られている。標的核酸がRNAであればノザンハイブリダイゼーション法(ノザンブロットハイブリダイゼーション法)を、DNAであればサザンハイブリダイゼーション法(サザンブロットハイブリダイゼーション法)を使用することができる。また、標的核酸がDNA又はRNAであることを問わず、マイクロアレイ法、表面プラズモン共鳴法又は水晶振動子マイクロバランス法を使用することもできる。
【0107】
(a)ノザン/サザンハイブリダイゼーション法
「ノザン/サザンハイブリダイゼーション法」は、遺伝子の発現を解析する最も一般的な方法で、試料より調製したRNA、又は核酸増幅工程を経たDNAを、必要に応じて変性条件下で、アガロースゲル若しくはポリアクリルアミドゲル等による電気泳動によって分離し、フィルターに転写(ブロッティング)した後に、標的核酸に特異的な塩基配列を有するプローブを用いて、検出する方法である。プローブを蛍光色素や放射性同位元素のような適当なマーカーで標識することで、例えば、ケミルミ(化学発光)撮影解析装置(例えば、ライトキャプチャー;アトー社)、シンチレーションカウンター、イメージングアナライザー(例えば、FUJIFILM社:BASシリーズ)等の測定装置を用いて標的核酸を定量することも可能である。ノザン/サザンハイブリダイゼーション法は、当該分野において周知著名な技術であり、例えば、Green, M.R. and Sambrook, J., 2012(前述)を参照すればよい。
【0108】
ハイブリダイゼーション法で用いるプローブの塩基長は、8塩基以上、好ましくは10塩基以上、より好ましくは12塩基以上、さらに好ましくは15塩基以上、又は全長以下である。プローブを構成する核酸は、通常、低コストで合成でき、かつ安定性高いDNAでよいが、必要に応じて全部又は一部にPNA(Peptide Nucleic Acid)、LNA(Locked Nucleic Acid;登録商標)、メチルホスホネート型DNA、ホスホロチオエート型DNA、2'-O-メチル型RNA等の化学修飾核酸や擬似核酸又はそれらの組み合わせを含むこともできる。また、ハイブリダイゼーション法で用いるプローブは、蛍光色素(例えば、フルオレサミン及びその誘導体、ローダミン及びその誘導体、FITC、cy3、cy5、FAM、HEX、VIC)、クエンチャー物質(TAMRA、DABCYL、BHQ-1、BHQ-2、又はBHQ-3)、ビオチン若しくは(ストレプト)アビジン、又は磁気ビーズ等の修飾物質、あるいは放射性同位元素(例えば、32P、33P、35S)等を用いて修飾又は標識することができる。ハイブリダイゼーションは、非特異的にハイブリダイズする目的外の核酸を排除するためストリンジェントな条件で行うことが好ましい。低塩濃度かつ高温下の高ストリンジェントな条件がより好ましい。このような性質を有する予後予測マーカー検出用プローブは、前記第2態様の心肺停止蘇生後の予後予測キット又はデバイスに含まれる。
【0109】
(b)マイクロアレイ法
「マイクロアレイ法」は、基板上に標的とする核酸の塩基配列の全部若しくは一部に相補的な核酸断片をプローブとして小スポット状に高密度で配置、固相化し、これに標的核酸を含む試料を反応させて、基盤スポットにハイブリダイズした核酸を蛍光等によって検出、定量する方法である。固相化する核酸はDNAであってもよいし(DNAマイクロアレイ法)、RNAであってもよい(RNAマイクロアレイ法)。標的核酸の検出、定量には、標的核酸等のハイブリダイゼーションに基づく蛍光等をマイクロプレートリーダーやスキャナーにより検出、測定することによって達成できる。
【0110】
(c)表面プラズモン共鳴法
「表面プラズモン共鳴(SPR:Surface Plasmon Resonance)法」は、金属薄膜へ照射したレーザー光の入射角度を変化させると特定の入射角度(共鳴角)において反射光強度が著しく減衰するという表面プラズモン共鳴現象を利用して、金属薄膜表面上の吸着物を高感度に検出、定量する方法である。本発明においては、例えば、金属薄膜表面に予後予測マーカー検出用プローブを固定化し、その他の金属薄膜表面部分をブロッキング処理した後、核酸増幅工程後の増幅産物を金属薄膜表面に流通させることで前記プローブとの塩基対合を介して標的核酸を捕捉する。サンプル流通前後の測定値の差異から標的核酸を検出、定量することができる。表面プラズモン共鳴法による検出、定量は、例えば、Biacore社で市販されるSPRセンサを利用して行なうことができる。本技術は、当該分野において周知である。
【0111】
(d)水晶振動子マイクロバランス法)
「水晶振動子マイクロバランス(QCM: Quarts Crystal Microbalance)法」は、水晶振動子に取り付けた電極表面に物質が吸着するとその質量に応じて水晶振動子の共振周波数が減少する現象を利用して、共振周波数の変化量によって極微量な吸着物を定量的に捕らえる質量測定法である。本方法による検出、定量も、SPR法と同様に市販のQCMセンサを利用して、例えば、電極表面に固定した予後予測マーカー検出用プローブとの塩基対合によって核酸増幅工程後の増幅産物中の標的核酸を検出、定量することができる。
【0112】
上記各方法に基づいた様々なペプチド又は核酸の定量キットが各メーカーから市販されており、それらを利用することもできる。
【0113】
(4)比較工程
「比較工程」は、前記発現レベル測定工程で測定された被験体におけるMMP8遺伝子の発現レベルと、同様に測定された予後不良群又は予後不良群における発現レベルとを比較する工程である。
【0114】
本工程で、前記被験体の発現レベルが予後不良群の発現レベルよりも有意に低い場合、当該被験体の生存率は高いと判定する。又は、逆に、前記被験体の発現レベルが予後良好群の発現レベルよりも高い場合、当該被験体の生存率は低いと判定する。
【0115】
本明細書において前記「有意」とは、「統計学的に有意」の意味であり、これは得られた値の危険率(有意水準)が小さい場合、具体的には、p<0.05(5%未満)、p<0.01(1%未満)又はp<0.001(0.1%未満)の場合が該当する。ここで、「p(値)」とは、統計学的検定において、統計量が仮定した分布の中で、仮定が偶然正しくなる確率を示す。したがって、p値が小さいほど、仮定が真に近いことを意味する。
【0116】
本明細書において前記「有意に低い」とは、統計学的に有意に差があるほどに低いことをいう。ここで「統計学的に有意に差がある」とは、被験体の測定値と個体群の測定値の差異を統計学的に処理したときに両者間に有意に差があることをいう。統計学的処理の検定方法は、有意性の有無を判断可能な公知の検定方法を適宜使用すればよく、特に限定しない。例えば、スチューデントt検定法を用いることができる。
【0117】
したがって、本工程で統計学的な有意差に基づいて心肺停止蘇生後の予後予測を判定する場合、被験体における予後予測マーカーの測定値が予後不良群におけるその測定値よりも有意に低い場合、前述のように、その被験体の生存率は高いと判定する。一方、被験体における予後予測マーカーの測定値が予後良好群におけるその測定値よりも有意に高い場合には、その被験体の生存率は低いと判定し得る。
【実施例0118】
<心肺停止後に蘇生した被験者におけるMMP8遺伝子の発現解析>
(目的)
DNAマイクロアレイを用いて、被験者におけるMMP8遺伝子の発現レベルを解析し、MMP8遺伝子が心停止後予後予測マーカーとして有用であることを検証する。
【0119】
(方法)
被験者は、千葉大学医学部附属病院救急科・集中治療部ICUへの入室した目撃のある成人心停止後症候群(post-cardiac arrest syndrome; PCAS)患者(心停止イベント前のADLが自立[CPC 1-2]の患者)自己心拍再開(ROSC)後のmGCS(motor score)が5以下、神経学的転帰の良好群(CPC 1-2)、及び死亡群(CPC 5)とで比較検討した。
【0120】
なお、CPC(脳機能カテゴリー:Cerebral Performance Category)は、脳機能を評価する指標であり、CPC 1は機能良好、CPC 2は中等度障害、CPC 3は高度障害、CPC 4は昏睡、植物状態、及びCPC 5は死亡と評価する。
【0121】
試料は血液とし、採取のタイミングは以下の3ポイントとした。
(a)ICU入室後脳低(平)温療法開始前(Day0)
(b)Day1昼(低体温導入後)
(c)Day4昼(復温後)
【0122】
続いて、採取した血液からRNAを調製した。具体的には、採取した組織からISOGEN-LS(Nippon Gene社)を用いてtotal RNAを抽出した。ヒト共通リファレンスRNAは、Human Universal Reference RNA Type II(MicroDiagnostic社)を使用した。
【0123】
遺伝子発現プロファイル取得のためのDNAマイクロアレイは、ヒト由来の転写産物に対応する14,400種類の合成DNA(80 mers)(MicroDiagnostic)をカスタムアレイヤーでスライドガラス上にアレイ化したものを用いた。
【0124】
被験者由来の5 μgの総RNAからSuperScript II(Invitrogen Life Technologies, Carlsbad, CA, USA)及びCyanine 5-dUTP(Perkin-Elmer Inc.)を用いて標識cDNAを合成した。同様に、ヒト共通リファレンスRNAは5 μgの総RNAからSuperScript II及びCyanine 3-dUTP(Perkin-Elme社)を用いて標識cDNAを合成した。
【0125】
DNAマイクロアレイとのハイブリダイゼーションは、Labeling and Hybridization kit(MicroDiagnostic社)を用いて行なった。
【0126】
DNAマイクロアレイとのハイブリダイゼーション後の蛍光強度は、GenePix 4000B Scanner(Axon Instruments社)を用いて測定した。また、被験者由来Cyanine-5標識cDNAの蛍光強度をヒト共通リファレンスRNA由来Cyanine-3標識cDNAの蛍光強度で除することにより発現比(検体由来Cyanine-5標識cDNAの蛍光強度/ヒト共通リファレンスRNA由来Cyanine-3標識cDNAの蛍光強度)を算出した。さらに、GenePix Pro 3.0 software(Axon Instruments社)を用いて、算出した発現比にノーマライゼーションファクターを乗じてノーマライズを行なった。次に発現比をLog2に変換し、変換した値を発現レベル値と名付けた。なお、発現比の変換はExcel software(Microsoft社)及びMDI gene expression analysis software package(MicroDiagnostic社)を用いて行なった。
【0127】
前記各症例において、前記3ポイントで、DNAマイクロアレイを用いて遺伝子発現プロファイルを取得した。前記3ポイントのうち、(b)のポイントにおいて、28日神経学的転帰が良好な群(9例)と死亡群(5例)との間で発現レベル比の平均値の差を算出し、その差が最も大きかったMMP8遺伝子を心肺停止蘇生後予後予測マーカーとして特定した。
【0128】
続いて、選択したMMP8遺伝子の発現レベルがタンパク質レベルにおいても心肺停止蘇生後の予後を予測する上で有用であることを確認するため、前記3ポイントにおける血清中のMMP8タンパク質濃度を経時的に測定した。対照用として、7名の健常者(非心肺停止後蘇生患者)における血清を用いた。
【0129】
血液は動脈血ラインより採取した。また、血清は血液採取後、直ちに遠心分離して調製し、その後、-80℃で保存した。
【0130】
MMP8タンパク質の血清濃度は、Human MMP8 SimpleStep ELISA Kit(Abcam社、ab219050)を用い、添付のプロトコルに従って測定した。
【0131】
(結果)
MMP8遺伝子の発現レベルにおける経時的変化の結果を
図1に、またMMP8タンパク質の血清濃度の結果を
図2に示す。
【0132】
図1において、共通レファレンスRNAに対するMMP8の発現比の平均値は、心肺停止蘇生後0日目(Day0)、1日目(Day1)、及び4日目(Day4)の順に、それぞれ、良好群は、3.45、2.02、及び1.38、死亡群は、4.16、4.25、及び3.89であった。
【0133】
また、(a)及び(b)のポイントにおいて、28日神経学的転帰が良好な群(9例:破線)と死亡群(5例:実線)との間におけるMMP8遺伝子の発現レベル比の有意差をt検定により検証した。その結果、(a)のポイントではP<0.005、(b)のポイントではP<0.0005といずれも有意差が認められた。さらに、良好群では経過日数を経るごとにMMP8の値が低下する傾向が見られたのに対し、死亡群ではその値の変化が小さかった。
【0134】
なお、
図1中、実線で示した死亡群5例のうち、心肺停止蘇生後0日目、1日目、及び4日目の全てでMMP8遺伝子の発現レベルが高い者が2名(1、2)、心肺停止蘇生後0日目、及び1日目にMMP8遺伝子の発現レベルが高く、4日目にさらにその発現レベルが上昇した者が1名(3)、及び心肺停止蘇生後0日目、及び1日目にMMP8遺伝子の発現レベルが高く、4日目で急激に下がった者が2名(4、5)いた。
【0135】
一方、28日後の神経学的転帰が良好であった良好群9例では、心肺停止蘇生後0日目、及び1日目にMMP8遺伝子の発現レベルが高く、4日目に微減した者が2名(1', 2')、心停止直後はMMP8遺伝子の発現レベルが上昇しても、その後、高値とならなかった者が7名(3'~9')だった。
【0136】
図2において、MMP8タンパク質であっても、(a)のポイントにおいて、予後良好群(CPC1及びCPC2)と予後不良又は死亡群(CPC3、CPC4及びCPC5)間には有意差(P<0.01)が見られ、MMP8タンパク質の血清濃度が高値であると予後不良となることが示唆された。
【0137】
以上の結果から、MMP8遺伝子の発現レベルが高値であると死亡リスクが高く、又は血液中(血清中)のMMP8タンパク質量が高いと予後不良となることが立証された。また、心肺停止蘇生後4日目にMMP8遺伝子の発現レベルが減少したとしても、1日目に遺伝子発現レベルが高値であるケースで死亡という転帰をたどったことは、1日目の遺伝子発現レベル値が重要であると同時に、比較的初期に予後を予測することができる可能性があることを意味している。