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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024111587
(43)【公開日】2024-08-19
(54)【発明の名称】α線放出核種の分析方法及び分析装置
(51)【国際特許分類】
   G01T 1/167 20060101AFI20240809BHJP
   G01T 1/20 20060101ALI20240809BHJP
【FI】
G01T1/167 C
G01T1/20 E
G01T1/20 G
G01T1/20 J
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023016184
(22)【出願日】2023-02-06
(71)【出願人】
【識別番号】505374783
【氏名又は名称】国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000442
【氏名又は名称】弁理士法人武和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】瀬川 麻里子
(72)【発明者】
【氏名】前田 亮
(72)【発明者】
【氏名】藤 暢輔
【テーマコード(参考)】
2G188
【Fターム(参考)】
2G188AA01
2G188AA23
2G188BB06
2G188CC09
2G188CC12
2G188CC22
2G188DD05
2G188DD11
2G188EE01
2G188EE25
(57)【要約】
【課題】薄層クロマトグラフィの異常を早期に発見可能なα線放出核種の分析方法を提供する。
【解決手段】α線放出核種の分析方法は、薄層プレート上でα線放出核種を化学形毎に分離する分離ステップと、分離ステップの過程で薄層プレートを繰り返し撮像する撮像ステップと、撮像ステップで撮像画像を生成する度に、当該撮像画像が正常範囲内か否かを判定する判定ステップと、判定ステップで全ての撮像画像が正常範囲内だと判定した場合に、α線放出核種の各化学形に対応するスポット領域の輝度値を抽出する抽出ステップと、輝度値とα線量との予め求められた対応関係に基づいて、輝度値に対応するα線量をα線放出核種の化学形毎に特定する特定ステップとを含む。薄層プレート及び溶媒の少なくとも一方は、α線に晒されて可視光を放出する蛍光剤を含む。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶液中のα線放出核種の分析方法であって、
前記α線放出核種を含む溶液を滴下した薄層プレートを溶媒に浸漬して、前記α線放出核種を化学形毎に分離する分離ステップと、
前記分離ステップの過程で前記薄層プレートを繰り返し撮像して、複数の撮像画像を生成する撮像ステップと、
前記撮像ステップで前記撮像画像を生成する度に、当該撮像画像が、前記分離ステップを開始してからの経過時間に応じて予め定められた正常範囲内か否かを判定する判定ステップと、
前記判定ステップで全ての前記撮像画像が正常範囲内だと判定した場合に、前記α線放出核種の各化学形に対応するスポット領域の輝度値を、最後の前記撮像画像から抽出する抽出ステップと、
輝度値とα線量との予め求められた対応関係に基づいて、前記抽出ステップで抽出した輝度値に対応するα線量を、前記α線放出核種の化学形毎に特定する特定ステップとを含み、
前記薄層プレート及び前記溶媒の少なくとも一方は、α線に晒されて可視光を放出する蛍光剤を含むことを特徴とするα線放出核種の分析方法。
【請求項2】
請求項1に記載のα線放出核種の分析方法において、
前記判定ステップで前記撮像画像が正常範囲外だと判定した場合に、前記分離ステップを再び実行することを特徴とするα線放出核種の分析方法。
【請求項3】
請求項1に記載のα線放出核種の分析方法において、
最後の前記撮像ステップにおいて、放射線のうちα線を選択的に可視光線に変換するα線シンチレータを介して前記薄層プレートを撮像することを特徴とするα線放出核種の分析方法。
【請求項4】
請求項1に記載のα線放出核種の分析方法において、
前記蛍光剤は、Mnを添加したZnSi、Agを添加したZnS、Tiを添加したNaI、Tlを添加したCsI、Ceを添加したGAGG、BGO、Ceを添加したLYSO、Ceを添加したGSO、YAP、CWO、またはPWOであることを特徴とするα線放出核種の分析方法。
【請求項5】
請求項1に記載のα線放出核種の分析方法において、
前記α線放出核種は、211At、225Ac、223Ra、212Bi、213Bi、149Tb、224Ra、230U、226Th、227Thのいずれかであることを特徴とするα線放出核種の分析方法。
【請求項6】
溶液中のα線放出核種を分析する分析装置であって、
前記α線放出核種を含む溶液を滴下した薄層プレートを溶媒に浸漬して、前記α線放出核種を化学形毎に分離する容器を収容する暗箱と、
前記暗箱内の前記容器に収容された前記薄層プレートを撮像して、撮像画像を生成する撮像装置と、
前記撮像装置が繰り返し生成した複数の前記撮像画像を分析するコントローラとを備え、
前記コントローラは、
前記撮像装置が前記撮像画像を生成する度に、当該撮像画像が、前記α線放出核種の化学形毎の分離を開始してからの経過時間に応じて予め定められた正常範囲内か否かを判定し、
全ての前記撮像画像が正常範囲内だと判定した場合に、前記α線放出核種の各化学形に対応するスポット領域の輝度値を、最後の前記撮像画像から抽出し、
輝度値とα線量との予め求められた対応関係に基づいて、抽出した輝度値に対応するα線量を、前記α線放出核種の化学形毎に特定し、
前記薄層プレート及び前記溶媒の少なくとも一方は、α線に晒されて可視光を放出する蛍光剤を含むことを特徴とする分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶液中のα線放出核種の分析方法及び分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
放射性同位体(RI)療法は、全身に散在したガンや体内に潜んでいるガンに対し、様々な種類のRIを体の内側からガンに当てることで高い治療効果が期待できる(非特許文献1を参照)。この治療法に使用されるRI核種の多くが飛程の長い放射線を放出するため、内臓器官の健全な細胞にまで重度の損傷をもたらす。これに対して、211Atは飛程の短いα線を放出するため、細胞を必要以上に殺さずにガンにのみ効果を発揮するという特長を持つ核種である。
【0003】
このような特長を有する211Atは、ターゲット金属(209Bi、Pb等)に加速した粒子(α、7Li等)を照射して直接211At(半減期7時間)を生成した後、ターゲットから211Atを化学分離し、211At溶液として合成される(非特許文献2を参照)。そして、この211At溶液を薬剤として利用するには、溶液中の211At量とその化学状態(化学形)とを精度よく調べる必要がある。
【0004】
化学形を調べる手法としては、薄層クロマトグラフィが一般的に用いられる。そして、半減期の短い211Atの化学形を迅速かつ正確に分析する方法として、α線シンチレータを介して薄層プレートを撮像し、撮像した画像の輝度値から化学形毎のα線量を特定する方法がある(特許文献1及び非特許文献3を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2021-21567号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】D. Scott. Wilbur, Nature Chemistry, Volume 5, pp 246 (2013)
【非特許文献2】I. Nishinaka, K. Hashimoto, H. Suzuki, Journal of Radioanalytical and Nuclear Chemistry, Volume 318, Issue 2, pp 897-905 (2018)
【非特許文献3】M. Segawa, Journal of Radioanalytical and Nuclear Chemistry, Volume 326, Issue, pp773-778 (2020)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1及び非特許文献3の方法では、薄層クロマトグラフィで211At溶液を化学形毎に分離した後に、表面を乾燥させた薄層プレートを保護膜で覆って、初めて撮像することができる。そのため、薄層クロマトグラフィの実行中に進捗状況を知ることができない。その結果、薄層クロマトグラフィに異常が生じてやり直す必要がある場合に、タイムロスが大きくなるという課題がある。
【0008】
そこで、本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、薄層クロマトグラフィで溶液中のα線放出核種の化学形毎のα線量を分析する過程において、異常を早期に発見可能なα線放出核種の分析方法及び分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一形態は、前記課題を解決するため、溶液中のα線放出核種の分析方法であって、前記α線放出核種を含む溶液を滴下した薄層プレートを溶媒に浸漬して、前記α線放出核種を化学形毎に分離する分離ステップと、前記分離ステップの過程で前記薄層プレートを繰り返し撮像して、複数の撮像画像を生成する撮像ステップと、前記撮像ステップで前記撮像画像を生成する度に、当該撮像画像が、前記分離ステップを開始してからの経過時間に応じて予め定められた正常範囲内か否かを判定する判定ステップと、前記判定ステップで全ての前記撮像画像が正常範囲内だと判定した場合に、前記α線放出核種の各化学形に対応するスポット領域の輝度値を、最後の前記撮像画像から抽出する抽出ステップと、輝度値とα線量との予め求められた対応関係に基づいて、前記抽出ステップで抽出した輝度値に対応するα線量を、前記α線放出核種の化学形毎に特定する特定ステップとを含み、前記薄層プレート及び前記溶媒の少なくとも一方は、α線に晒されて可視光を放出する蛍光剤を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、薄層クロマトグラフィで溶液中のα線放出核種の化学形毎のα線量を分析する過程において、異常を早期に発見することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の実施形態に係る分析装置の概略構成図である。
図2】輝度値-α線量テーブルを示す図である。
図3】分析処理のフローチャートである。
図4】分析処理中に薄層プレートを撮像した撮像画像の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照して、実施形態に係る分析装置1及びこの分析装置1を用いたα線放出核種の分析方法を説明する。なお、以下に記載する本発明の実施形態は、本発明を具体化する際の一例を示すものであって、本発明の範囲を実施形態の記載の範囲に限定するものではない。従って、本発明は、実施形態に種々の変更を加えて実施することができる。
【0013】
図1は、本発明の実施形態に係る分析装置1の概略構成図である。分析装置1は、薄層プレートP上に化学形毎に展開されたα線放出核種を分析する装置である。図1に示すように、分析装置1は、暗箱2と、容器3と、α線シンチレータ4と、対物レンズ5と、高解像度カメラ6と、カメラ受信機7と、撮像制御機8と、画像表示機9とを主に備える。
【0014】
暗箱2は、薄層プレートPと、容器3及びα線シンチレータ4の一方と、対物レンズ5とを収容する筐体である。また、暗箱2は、内部空間に可視光線が侵入するのを防止するために遮光されている。また、暗箱2の内壁は、光の反射を防ぐために黒色に塗装されている。また、暗箱2は、薄層プレートP、容器3、及びα線シンチレータ4を出し入れするために開閉される扉(図示省略)を有する。さらに、暗箱2の側面には、対物レンズ5及び高解像度カメラ6を接続するための開口が設けられている。
【0015】
容器3は、上面が開口し且つ側壁が無色透明の箱形である。図1(A)に示すように、容器3は、暗箱2内に載置される。そして、容器3は、薄層プレートPと、溶媒Sとを収容する。さらに、容器3は、薄層プレートPから放出される可視光を通過させる。薄層プレートPは、例えば、ガラスやアルミニウム等の板上に、吸着剤(例えば、シリカゲル、アルミナ、セルロース)を薄膜状に固定したものである。溶媒Sは、例えば、水(H2O)またはエタノール(C2H5OH)である。但し、薄層プレートP及び溶媒Sの具体的な構成は、前述の例に限定されない。
【0016】
本実施形態に係る薄層プレートP及び溶媒Sの少なくとも一方は、蛍光剤を含む。一例として、蛍光剤は、薄層プレートPの表面に塗布されてもよい。他の例として、蛍光剤は、溶媒Sに溶融されてもよい。蛍光剤は、α線に晒されると可視光を放出するという機能を有する。蛍光剤の具体的な組成は特に限定されないが、例えば以下のものでもよい。
【0017】
蛍光剤の一例として、Mnを添加したZnSi(マンガン活性化ケイ酸亜鉛)、Agを添加したZnS、Tiを添加したNaI、Tlを添加したCsI、Ceを添加したGAGG、BGO、Ceを添加したLYSO、Ceを添加したGSO、YAP、CWO、PWO等が挙げられる。なお、添加剤としてはCe、Pr、Ag、Mn、Euを採用可能であり、主成分との組み合わせは前述の例に限定されない。
【0018】
蛍光剤の他の例として、ポリスチレン(PS)またはポリビニルトルエン(PVT)等のスチロール系の母体樹脂に、第1蛍光体及び第2蛍光体を添加したものでもよい。第1蛍光体としては、例えば、2,5-ジフェニルオキサゾール(DPO)、1,4-ビス(5-フェニル-2-オキサゾール)ベンゼン(POPOP)、p-テトラフェニル(P-TP)、p-クォーターフェニル(P-QP)及び2-(4-ビフェニル)-5-(4-tert-ブチルフェニル)-1,3,4-オキサジアゾール(B-PBD)等が挙げられる。第2蛍光体としては、例えば、ビス(O-メチルスチル)ベンゼン(ビス-MSB)、9,10-ジフェニルアントラセン、9,10-ジメチルアントラセン等が挙げられる。
【0019】
α線シンチレータ4は、放射線(α線、β線、γ線、X線など)のうち、選択的にα線を可視光線に変換し、その他の放射線を可視光線に変換しない。図1(B)に示すように、α線シンチレータ4は、暗箱2内に立設された薄層プレートPに重畳される。換言すれば、α線シンチレータ4は、薄層プレートPと対物レンズ5との間に介在する。すなわち、α線シンチレータ4は、薄層プレートP上のα線放出核種から放出される放射線のうち、α線のみを可視光線に変換して対物レンズ5に導く役割を担う。なお、暗箱2内には、薄層プレートPを立設させるための載置台(図示省略)が設けられていてもよい。
【0020】
対物レンズ5は、暗箱2内の薄層プレートPから放出された可視光線を高解像度カメラ6に導く。対物レンズ5は、ピント及び画角を調整する機能を有していてもよい。高解像度カメラ6は、対物レンズ5を通して入射した可視光線を電気信号に変換するフォトダイオード(光電変換素子)を有する。そして、高解像度カメラ6は、フォトダイオードで変換した電気信号(以下、「画像データ」と表記する。)をカメラ受信機7に出力する。対物レンズ5及び高解像度カメラ6は、撮像装置の一例である。
【0021】
図1(A)及び図1(B)に示すように、容器3及びα線シンチレータ4は、対物レンズ5に対面するにおいて、暗箱2内に選択的に載置される。まず、図1(A)に示すように、薄層プレートP及び溶媒Sを収容した容器3は、薄層プレートPが対物レンズ5に対面するように、暗箱2内に載置される。また、図1(B)に示すように、暗箱2から容器3を取り出した後、重ね合わせられた薄層プレートP及びα線シンチレータ4は、薄層プレートP及び対物レンズ5の間にα線シンチレータ4が介在するように、暗箱2内に載置される。
【0022】
但し、容器3及びα線シンチレータ4を暗箱2から出し入れすることに代えて、容器3を収容した第1の暗箱2Aと、α線シンチレータ4を収容した第2の暗箱2Bとを用意しておき、第1及び第2の暗箱2A、2Bの間で薄層プレートPを移動させてもよい。
【0023】
カメラ受信機7は、高解像度カメラ6から画像データを受信し、受信した画像データを撮像制御機8に出力する。撮像制御機8は、分析装置1の動作を制御する。より詳細には、撮像制御機8は、カメラ受信機7を通じて取得した画像データを分析する。分析の具体的な方法は、図3を参照して後述する。また、撮像制御機8は、画像データで示される画像を画像表示機(ディスプレイ)9に表示させる。カメラ受信機7及び撮像制御機8は、コントローラの一例である。
【0024】
コントローラは、例えば、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、及びRAM(Random Access Memory)を備える。コントローラは、ROMに格納されたプログラムコードをCPUが読み出して実行することによって、後述する処理が実現される。RAMは、CPUがプログラムを実行する際のワークエリアとして用いられる。
【0025】
但し、コントローラの具体的な構成はこれに限定されず、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)、FPGA(Field-Programmable Gate Array)などのハードウェアによって実現されてもよい。
【0026】
コントローラは、メモリの一例であるROM、RAM、或いはHDD(Hard Disk Drive)を搭載している。メモリは、図2に示す輝度値-α線量テーブルと、図4の左列に示す複数の比較画像とを記憶している。
【0027】
図2は、輝度値-α線量テーブルを示す図である。図2に示す輝度値-α線量テーブルは、放射能(α線量)が特定された5種類の211At試料を薄層プレートに滴下し、分析装置1で撮像して輝度値を測定した結果を示す。図2の大プロット“●”は、図1(A)に示す分析装置1で(すなわち、α線シンチレータ4を介在させずに)計測した輝度値を示す。図2の小プロット“・”は、図1(B)に示す分析装置1で(すなわち、α線シンチレータ4を介在させて)計測した輝度値を示す。なお、メモリに記憶されるのは、大プロット“●”及び小プロット“・”の一方のみでもよい。
【0028】
図2に示すように、滴下した211At溶液のα線強度(α線量)が高いほど明るい(すなわち、輝度が高い)。すなわち、輝度値とα線量との間には、正の相関関係(より詳細には、比例関係)がある。なお、コントローラのメモリに記憶される輝度値とα線量との対応関係は、テーブル形式に限定されず、輝度値を入力すると対応するα線量が出力される関数の形式であってもよい。また、同一のα線量において、α線シンチレータ4を介在させた場合の輝度値“・”は、α線シンチレータ4を介在させない場合の輝度値“●”より高い。
【0029】
図4の左列に示す正常パターン比較画像は、211At溶液を滴下領域A(破線の中央)に滴下した薄層プレートPを溶媒に浸漬(すなわち、薄層クロマトグラフィを開始)してからの経過時間t1~t6に応じた薄層クロマトグラフィの正常な進捗状況を示す画像である。すなわち、薄層クロマトグラフィが正常に進行すると、蛍光剤が可視光を放出する領域(以下、「発光領域」と表記する。)は、滴下領域Aから薄層プレートPの長手方向に沿って直線的に延びる。
【0030】
なお、経過時間t1の画像は、薄層クロマトグラフィの開始時点(すなわち、211At溶液を滴下した直後)の薄層プレートPを撮像したものに対応する。また、経過時間t6の画像は、薄層クロマトグラフィの完了時点の薄層プレートPを撮像したものに対応する。さらに、経過時間t2~t5の画像は、薄層クロマトグラフィの進行中に薄層プレートPを撮像したものに対応する。経過時間t1~t6の間隔は、等間隔でもよいし、異なっていてもよい。
【0031】
また、薄層クロマトグラフィが進行(例えば、経過時間t4以降)すると、薄層プレートPには、蛍光剤から放出された可視光の輝度値のピークが現れる。このピーク(他の部分より輝度値が高い領域)は、薄層クロマトグラフィによって、化学形毎に分離された211Atが存在するスポット領域A、Aである。
【0032】
次に、図3及び図4を参照して、分析装置1を用いたα線放出核種の分析処理(分析方法)を説明する。図3は、分析処理のフローチャートである。図4は、分析処理中の時刻t1~t6に薄層プレートPを撮像した撮像画像の例を示す図である。
【0033】
まず、作業者は、薄層プレートPの滴下領域A211At溶液を滴下する。211At溶液は、複数の化学形(組成)のアスタチン-211を含む溶液である。また、211At溶液は、211AtO4 -211AtO3 -211At-等の各化学形に加えて、不純物としての207Poを含む。次に、図1(A)に示すように、作業者は、滴下領域A211At溶液が滴下された薄層プレートPを、暗箱2に設置された容器3内の溶媒Sに浸漬する(S11)。そして、作業者は、薄層クロマトグラフィの開始を撮像制御機8に通知(例えば、開始ボタンを押下)する。ステップS11の処理は、一般的な薄層クロマトグラフィであって、分離ステップの一例である。
【0034】
なお、薄層プレートPは、長手方向が上下方向に沿う姿勢で容器3に収容される。また、容器3内の溶媒Sの液面は、薄層プレートPの滴下領域Aより下方に位置するように調整される。これにより、211At溶液は、吸着剤の間隙を毛細管現象により薄層プレートPの長手方向に移動する。その結果、図4に示すように、発光領域は時間の経過と共に薄層プレートPの長手方向に沿って上方に延びる。
【0035】
α線放出核種の具体例はアスタチン-211(211At)に限定されず、アクチニウム-225(225Ac)、ラジウム-223(223Ra)、ビスマス-212(212Bi)、ビスマス-213(213Bi)、テルビウム-149(149Tb)、ラジウム-224(224Ra)、ウラン-230(230U)、トリウム-226(226Th)、トリウム-227(227Th)などであってもよい。また、分析処理の対象となる溶液に含まれるα線放出核種は、1種類でもよいし、複数種類でもよい。
【0036】
次に、撮像制御機8は、容器3に収容された薄層プレートPを、高解像度カメラ6に撮像させる(S12)。ステップS12の処理は、撮像ステップの一例である。高解像度カメラ6によって撮像された画像は、撮像画像の一例である。なお、ステップS12を実行するタイミングは、予め定められている。
【0037】
次に、撮像制御機8は、高解像度カメラ6から出力される画像データを、カメラ受信機7を通じて取得する。そして、撮像制御機8は、ステップS12で生成された撮像画像が、ステップS11を開始してからの経過時間に応じて予め定められた正常範囲内か否かを判定する(S13)。ステップS13の処理は、判定ステップの一例である。
【0038】
撮像制御機8は、例えば、周知の画像マッチング技術を用いて、直近のステップS12で生成された撮像画像と、ステップS12の実行タイミングに対応する比較画像とを比較すればよい。そして、撮像制御機8は、撮像画像及び比較画像の一致度が閾値以上の場合に撮像画像が正常範囲内だと判定し、撮像画像及び比較画像の一致度が閾値未満の場合に撮像画像が正常範囲外だと判定すればよい。すなわち、「撮像画像が正常範囲内」とは、薄層クロマトグラフィが正常に進行していると評価できる程度に、撮像画像が比較画像に一致していることを指す。
【0039】
薄層クロマトグラフィが正常に進行すると、撮像画像及び比較画像の一致度が閾値以上になる。一方、薄層クロマトグラフィは、211At溶液の濃度やpHの調整不良などの化学的要因、作業者の作業ミス(例えば、滴下領域Aの誤り、滴下量の多少、薄層プレートPの取り扱いのミス)などの人的要因によって、異常が発生する可能性がある。
【0040】
第1の例として、容器3内で薄層プレートPが傾いていると、異常パターン1のように、発光領域が薄層プレートPの長手方向に対して傾斜する。第2の例として、濃度やpHが既定の範囲を超えた211At溶液を薄層プレートPに滴下すると、異常パターン2のように、滴下領域A及びスポット領域A、Aが変形する。第3の例として、211At溶液が多すぎると、異常パターン3のように、薄層プレートP上で滲みが生じる。第4の例として、滴下領域Aがズレると、異常パターン4のように、発光領域もズレる。
【0041】
次に、撮像制御機8は、撮像画像が正常範囲内だと判定した場合に(S13:Yes)、薄層クロマトグラフィが完了したか否かを判定する(S14)。薄層クロマトグラフィが完了したか否かは、例えば、ステップS11を開始してから所定の時間(例えば、1時間)が経過したことによって判定すればよい。そして、撮像制御機8は、薄層クロマトグラフィが完了していないと判定した場合に(S14:No)、ステップS12~S13の処理を再び実行する。換言すれば、撮像制御機8は、薄層クロマトグラフィが完了するまでの間に、ステップS12~S13の処理を繰り返し実行する。
【0042】
また、撮像制御機8は、撮像画像が正常範囲外だと判定した場合に(S13:No)、ステップS11の処理を再び実行する。撮像制御機8は、例えば、薄層クロマトグラフィに異常が生じたことを画像表示機9に表示して、ステップS11の処理をやり直すことを作業者に促せばよい。
【0043】
さらに、撮像制御機8は、全ての撮像画像が正常範囲内で薄層クロマトグラフィが完了したと判定した場合に(S13:Yes&S14:Yes)、薄層クロマトグラフィの終了を画像表示機9を通じて作業者に報知する。作業者は、容器3から薄層プレートPを取り出して乾燥させると共に、保護膜で覆う(S15)。次に、図1(B)に示すように、作業者は、暗箱2から容器3を取り出すと共に、重ね合わせた薄層プレートP及びα線シンチレータ4を暗箱2に設置する。
【0044】
211At溶液は化学形毎に移動する距離が異なるので、図4の左下の例に示すように、薄層プレートP上の異なるスポット領域A、Aに、211Atが化学形毎に分離(展開)される。そこで、撮像制御機8は、α線シンチレータ4が重ねられた薄層プレートPを、高解像度カメラ6に撮像させる(S16)。ステップS16の処理は、最後の撮像ステップの一例である。
【0045】
次に、撮像制御機8は、高解像度カメラ6から出力される画像データを、カメラ受信機7を通じて取得する。そして、撮像制御機8は、取得した画像データを画像処理することによって、211Atの各化学形に対応するスポット領域A、Aそれぞれの輝度値を抽出する(S17)。ステップS17の処理は、抽出ステップの一例である。
【0046】
次に、撮像制御機8は、輝度値-α線量テーブルに基づいて、スポット領域A、Aそれぞれの輝度値に対応するα線量を特定する(S18)。すなわち、撮像制御機8は、ステップS17で抽出した輝度値に対応するα線量を、211Atの化学形毎に特定する。ステップS18の処理は、特定ステップの一例である。
【0047】
そして、撮像制御機8は、例えば、ステップS16で撮像した撮像画像と、ステップS18で特定した化学形毎のα線量とを、互いに対応付けて画像表示機9に表示してもよい。また、211Atの単位量当たりのα線量は一定なので、撮像制御機8は、例えば、ステップS18で特定した化学形毎のα線量に基づいて、211At溶液に含まれる各化学形の割合(生成量)を特定してもよい。
【0048】
上記の実施形態によれば、例えば以下の作用効果を奏する。
【0049】
上記の実施形態によれば、薄層プレートP及び溶媒Sの少なくとも一方に蛍光剤を含ませることによって、薄層クロマトグラフィの進行中に211At溶液の分離状況を可視化することができる。これにより、図4の異常パターン1では経過時間t2で異常を判定でき、図4の異常パターン2~4では経過時間t1で異常を判定できる。一方、特許文献1の方法では、薄層クロマトグラフィが完了するまで(すなわち、経過時間t6まで)211At溶液の分離状況を可視化できない。すなわち、図3の分析処理によれば、従来と比較して、薄層クロマトグラフィの異常を早期に発見することができる。
【0050】
また、図2に示すように、同一のα線量に対応する輝度値は、α線シンチレータ4を介在させた方が高くなる。そこで、上記の実施形態によれば、最後の撮像ステップ(S16)でα線シンチレータ4を介して薄層プレートPを撮像し、図2の小プロット“・”に基づいてα線量を特定することによって、ステップS18で化学形毎のα線量を正確に特定することができる。
【0051】
但し、ステップS15~S16に代えて、容器3に収容された状態の薄層プレートPを撮像し、図2の大プロット“●”に基づいてα線量を特定してもよい。これにより、薄層プレートPを乾燥させたり、容器3及びα線シンチレータ4を入れ替える作業を省略できるので、作業ミスや被爆リスクを低減することができる。
【0052】
なお、図3のステップS13の処理は、分析装置1の撮像制御機8が実行することに限定されず、オペレータが目視で実行してもよい。例えば、オペレータは、画像表示機9に表示された撮像画像と、予め用意された比較画像とを見比べて、正常範囲内か否かを判定してもよい。また、図3のステップS17~S18処理は、分析装置1の撮像制御機8が実行することに限定されず、オペレータが目視で実行してもよい。例えば、オペレータは、画像表示機9に表示された撮像画像と、予め用意されたα線量毎の輝度値のサンプルとを見比べて、各化学形のα線量を特定してもよい。さらに、この分析装置1及び分析方法は、医療分野のみならず、基礎化学における分析手法としても応用できる。
【0053】
以上、本発明の実施形態等について説明したが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【符号の説明】
【0054】
1…分析装置、2…暗箱、3…容器、4…α線シンチレータ、5…対物レンズ、6…高解像度カメラ、7…カメラ受信機、8…撮像制御機、9…画像表示機
図1
図2
図3
図4