(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024111718
(43)【公開日】2024-08-19
(54)【発明の名称】電動機制御方法及び電動機制御装置
(51)【国際特許分類】
H02P 23/04 20060101AFI20240809BHJP
【FI】
H02P23/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023016390
(22)【出願日】2023-02-06
(71)【出願人】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002468
【氏名又は名称】弁理士法人後藤特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小島 哲朗
(72)【発明者】
【氏名】正治 満博
【テーマコード(参考)】
5H505
【Fターム(参考)】
5H505AA16
5H505BB04
5H505CC04
5H505DD03
5H505EE41
5H505EE50
5H505GG04
5H505GG07
5H505GG08
5H505HA07
5H505HB01
5H505JJ03
5H505JJ12
5H505JJ24
5H505JJ25
5H505JJ26
5H505JJ28
5H505LL01
5H505LL22
5H505LL24
5H505LL38
5H505LL41
5H505LL58
(57)【要約】
【課題】過変調制御中におけるデッドタイム誤差の増減に起因して発生する振動をより確実に抑制する。
【解決手段】
インバータ104からモータ106に入力される電力波形をパルス幅変調(PWM)によって制御することでモータ106を駆動する電動機制御方法を提供する。特に、過変調制御では、変調率Mを変化させる際の変化率を制限する。これにより、過変調制御時に変調率Mの変化を制限してデッドタイム誤差の増大を抑え、意図しないトルク変動及びそれによる車両振動の発生を抑制することができる。
【選択図】
図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電力変換器から電動機に入力される電力波形をパルス幅変調によって制御することで前記電動機を駆動する電動機制御方法であって、
前記パルス幅変調の変調率が所定の制御切り替え閾値未満となる状態で前記電動機を駆動する通常変調制御と、前記変調率が前記制御切り替え閾値以上となる状態で前記電動機を駆動する過変調制御と、を切り替え、
前記過変調制御では、前記変調率を変化させる際の変化率を制限する、
電動機制御方法。
【請求項2】
請求項1に記載の電動機制御方法であって、
前記過変調制御中に励起され得る振動形態に相当する複数の振動モードを規定し、
規定した各振動モードに応じた前記変調率の許容変化率を定め、
前記過変調制御では、前記変化率を前記許容変化率以下に調節する、
電動機制御方法。
【請求項3】
請求項2に記載の電動機制御方法であって、
前記振動モードは、前記電動機の駆動力伝達系の運動に基づく機械共振モードを含み、
前記過変調制御では、現在の前記振動モードが前記機械共振モードである場合には、前記許容変化率として予め定められた第1許容変化率を設定する、
電動機制御方法。
【請求項4】
請求項2に記載の電動機制御方法であって、
前記振動モードは、前記電動機の電磁気現象に基づく電気共振モードを含み、
前記過変調制御では、現在の前記振動モードが前記電気共振モードである場合には、前記許容変化率として予め定められた第2許容変化率を設定する、
電動機制御方法。
【請求項5】
請求項2に記載の電動機制御方法であって、
前記振動モードは、前記電動機の駆動力伝達系の運動に基づく機械共振モードと、前記電動機の電磁気現象に基づく電気共振モードと、を含み、
前記過変調制御では、
現在の前記振動モードが前記機械共振モードである場合には、予め定められた第1許容変化率を前記許容変化率として設定し、
現在の前記振動モードが前記電気共振モードである場合には、前記第1許容変化率よりも大きい予め定められた第2許容変化率を前記許容変化率として設定する、
電動機制御方法。
【請求項6】
請求項2に記載の電動機制御方法であって、
前記振動モードは、前記電動機の駆動力伝達系の運動に基づく機械共振モードと、前記電動機の電磁気現象に基づく電気共振モードと、を含み、
前記過変調制御では、
前記変化率に対する制限を課さない場合の該変調率の指令値である変調率指令値を演算し、
前記変調率指令値に基づいて、前記振動モードが前記機械共振モード又は前記電気共振モードの何れであるかを判定する、
電動機制御方法。
【請求項7】
請求項6に記載の電動機制御方法であって、
前記過変調制御では、
前記変調率指令値が第1閾値以上で且つ第2閾値未満である場合に、前記振動モードが前記機械共振モードであると判断する、
電動機制御方法。
【請求項8】
請求項7に記載の電動機制御方法であって、
前記変調率指令値が前記第2閾値以上である場合に、前記振動モードが前記電気共振モードであると判断する、
電動機制御方法。
【請求項9】
請求項2に記載の電動機制御方法であって、
前記過変調制御では、
前記変調率を減少させる際の前記許容変化率を、前記変調率を増加させる際の前記許容変化率よりも大きくする、
電動機制御方法。
【請求項10】
請求項1に記載の電動機制御方法であって、
前記過変調制御では、
前記変調率を減少させる際には、前記変化率の制限を中止する、
電動機制御方法。
【請求項11】
請求項2に記載の電動機制御方法であって、
前記過変調制御では、
前記変調率を変化させる際の前記許容変化率を、前記電動機の回転数の減速度が大きいほど大きくする、
電動機制御方法。
【請求項12】
請求項1に記載の電動機制御方法であって、
前記過変調制御では、
前記電動機の回転数の減速度が所定閾値以上である場合には、前記変化率の制限を中止する、
電動機制御方法。
【請求項13】
電力変換器から電動機に入力される電力波形をパルス幅変調によって制御することで前記電動機を駆動する電動機制御装置であって、
前記パルス幅変調の変調率が所定の制御切り替え閾値未満となる状態で前記電動機を駆動する通常変調制御と、前記変調率が前記制御切り替え閾値以上となる状態で前記電動機を駆動する過変調制御と、を切り替えるモード切り替え部と、
前記過変調制御において前記変調率を変化させる際の変化率を制限する制限部と、を有する、
電動機制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動機制御方法及び電動機制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1では、車両において、モータの出力軸から車輪までの駆動伝達系のねじり振動特性に起因する振動を抑制する制御(制振制御)を実行する電動機制御方法が提案されている。この電動機制御方法では、モータ回転数の検出値に応じた振動成分を除去するためのフィードバック値を定め、これをトルク指令値にフィードバックする。特に、特許文献1の制御では、力行と回生の切り替わり点(上位トルク要求が0となる点)付近の低トルク領域において制振制御の作用を制限して(フィードバック値を小さくして)、減速機のギアにおける異音を抑制している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年では、インバータ及びモータの効率を高めるために、パルス幅変調制御(PWM制御)における過変調領域を積極的に活用する過変調制御が採用されている。しかしながら
過変調制御においては、通常変調領域に比べて変調率を変化させる際に生じるデッドタイム誤差の増減で電流変動(トルク変動)が生じ、意図しない車両の振動をもたらす。
【0005】
これに対して、特許文献1に記載された制振制御であれば、過変調制御中におけるデッドタイム誤差の増減に起因する振動に対しても抑制効果は得られる。その一方で、過変調制御中に運転点が制振制御作用の制限される低トルク領域に至ると、十分な振動抑制効果が得られないという問題がある。
【0006】
したがって、本発明の目的は、過変調制御中におけるデッドタイム誤差の増減に起因して発生する振動をより確実に抑制し得る電動機制御方法及び電動機制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のある態様によれば、電力変換器から電動機に入力される電力波形をパルス幅変調によって制御することで電動機を駆動する電動機制御方法が提供される。この電動機制御方法では、パルス幅変調の変調率が所定の制御切り替え閾値未満となる状態で電動機を駆動する通常変調制御と、変調率が制御切り替え閾値以上となる状態で電動機を駆動する過変調制御と、を切り替える。そして、過変調制御では、変調率を変化させる際の変化率を制限する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、過変調制御時におけるデッドタイム誤差の増減に起因して発生する振動をより確実に抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、本発明の各実施形態に共通する電動機制御装置の構成を説明するブロック図である。
【
図2】
図2は、制振制御部の構成を説明するブロック図である。
【
図3】
図3は、ねじり振動系の運動方程式を与える力学系モデルを説明する図である。
【
図4】
図4は、バンドパスフィルタH(s)のフィルタ特性を示すグラフである。
【
図5】
図5は、トルク制御部の構成を説明するブロック図である。
【
図6】
図6は、電流ベクトル制御部の構成を説明するブロック図である。
【
図7】
図7は、電圧位相制御部の構成を説明するブロック図である。
【
図8】
図8は、PWM制御部の構成を説明するブロック図である。
【
図9】
図9は、第1実施形態による変調率変化率制限部の構成を説明するブロック図である。
【
図10】
図10は、非同期PWM制御及び同期PWM制御における処理を説明するタイミングチャートである。
【
図11】
図11は、第1実施形態による電動機制御方法の各処理のフローチャートを示す。
【
図12】
図12は、第2実施形態による変調率変化率制限部の構成を説明するブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、図面を参照しながら本発明の各実施形態について説明する。
【0011】
(第1実施形態)
図1は、本実施形態による電動機制御装置10を説明するブロック図である。
図1に示すように、電動機制御装置10は、バッテリ113から供給される電力によって電動機であるモータ106を駆動し、その動作状態を制御する。特に、電動機制御装置10は、例えば、モータ106を走行駆動源として用いる電動車両またはハイブリッド車両等の車両に搭載される。
【0012】
バッテリ113は、モータ106及びその他車両等の各部に対する電力の供給源として機能するリチウムイオンバッテリ等の二次電池である。本実施形態においては、バッテリ113は直流電源である。また、本実施形態においては、バッテリ113が出力する電圧(以下、「DC電圧Vdc」とも称する)は、電圧センサ112によって検出される。
【0013】
モータ106は、例えば、IPM(Interior Permanent Magnet)型の三相同期型の電動機により構成される。特に、モータ106(より詳細にはモータ106のロータ)は、図示しない出力軸、ギア、及びドライブシャフト等の車両の駆動力伝達系を介して駆動輪に接続される。
【0014】
電動機制御装置10は、主として、制振制御部101、トルク制御部102、PWM(Pulse Width Modulation)制御部103、RDIC108、ABZカウンター109、速度演算部110、及び座標変換部111を有する。
【0015】
制振制御部101は、第1トルク指令値T*
1、及びモータ106の機械角速度ωmに基づいて、駆動力伝達系に起因する振動(モータ回転数の振動)を抑制するための制振制御演算を実行して第2トルク指令値T*
2を求める。なお、第1トルク指令値T*
1は、モータ106に対する要求出力から定まるトルクの基本的な指令値である。また、モータ106に対する要求出力は、運転者による車両に対する操作(アクセルペダルへの操作)、又は所定の自動運転制御装置などの図示しない上位のコントローラの指令に基づく要求駆動力に応じて定められる。なお、制振制御部101における処理の詳細は後述する。
【0016】
トルク制御部102は、DC電圧Vdc、第2トルク指令値T*
2、モータ106の電気角速度ωe、d軸電流id、及びq軸電流iqを入力として、実トルクを第2トルク指令値T*
2に追従させるための電圧指令値(d軸電圧指令値v*
d及びq軸電圧指令値vq)を演算する。そして、トルク制御部102は、演算したd軸電圧指令値v*
d及びq軸電圧指令値v*
qをPWM制御部103に出力する。なお、トルク制御部102における処理の詳細は後述する。
【0017】
以下では記載の簡略化のため、適宜、dq軸座標系で表される各パラメータの成分を符号「x」(x=d又はq)により代表させて表記する。例えば、d軸電流id及びq軸電流iqを包括して「dq軸電流ix」などと記載する。
【0018】
PWM制御部103は、DC電圧Vdc、dq軸電圧指令値v*
x、及びモータ106の電気角θを入力として、インバータ104のスイッチング素子を駆動させるための駆動信号D*
uu~D*
wlを生成する。そして、PWM制御部103は、生成した駆動信号D*
uu~D*
wlをインバータ104に出力する。なお、PWM制御部103における処理の詳細は後述する。
【0019】
インバータ104は、複数の半導体スイッチング素子及びこれらスイッチング素子を駆動させる図示しない駆動回路を含む。特に、インバータ104は、駆動信号D*
uu~D*
wlに応じて各スイッチング素子を駆動させる。これにより、DC電圧Vdcが三相交流電圧(vu,vv,vw)に変換されて、モータ106に供給されることとなる。すなわち、モータ106は、所望の第2トルク指令値T*
2に応じた実トルクを出力するように駆動される。
【0020】
電流センサ105は、インバータ104が出力する三相交流電流(i
u,i
v,i
w)の各相成分を検出する複数の個別センサにより構成される。
図1では、電流センサ105を、u相電流i
u及びv相電流i
vをそれぞれ検出する2つの個別センサにより構成した例を示している。この場合、残りのw相電流i
wは、三相成分の総和が0であることを利用してu相電流i
u及びv相電流i
vから定めることができる。なお、電流センサ105を、3つの相の全てに設けられた個別センサにより構成しても良い。そして、電流センサ105は、検出した各相の電流値を座標変換部111に出力する。
【0021】
レゾルバ107は、モータ106の回転子位置を検出する回転子位置検出器として機能する。特に、レゾルバ107は、RDIC(レゾルバ/デジタル変換回路)108との間で励磁/変調信号を送受信する。
【0022】
RDIC108は、励磁/変調信号に基づいてアップダウンカウンターパルスA,B及び原点信号パルスZかなるABZ信号(モータ106のデジタル角度情報)を生成する。RDIC108は、生成したABZ信号をABZカウンター109に出力する。
【0023】
ABZカウンター109は、ABZ信号に基づき電気角θを演算する。そして、ABZカウンター109は、演算した電気角θをPWM制御部103、速度演算部110、及び座標変換部111に出力する。
【0024】
速度演算部110は、電気角θの時間当たりの変化量からモータ106の電気角速度ωe及び機械角速度ωmを演算する。そして、速度演算部110は、演算した電気角速度ωeをトルク制御部102に、機械角速度ωmを制振制御部101にそれぞれ出力する。
【0025】
座標変換部111は、電気角θを用いて以下の式(1)に基づき、電流センサ105で検出された三相交流電流(iu,iv,iw)をdq軸電流ixに変換する。
【0026】
【0027】
すなわち、式(1)によりdq軸座標系における電流検出値相当のdq軸電流ixが定まる。そして、座標変換部111は、求めたdq軸電流ixをトルク制御部102に出力する。
【0028】
なお、電動機制御装置10は、中央演算装置(CPU)、読み出し専用メモリ(ROM)、ランダムアクセスメモリ(RAM)及び入出力インタフェース(I/Oインタフェース)を備え、上述した各構成を実行可能となるようにプログラムされたコンピュータにより実現される。また、電動機制御装置10を、各処理を分散して実行する複数のコンピュータハードウェアにより構成することも可能である。
【0029】
次に、I.制振制御部101における処理の詳細、II.トルク制御部102における処理の詳細、及びIII.PWM制御部103における処理の詳細をそれぞれ説明する。
【0030】
[I.制振制御部]
図2は、制振制御部101の構成を説明するブロック図である。図示のように、制振制御部101は、絶対値処理部201、リミッタ202、機械角速度推定部203、振動トルク推定部204、及びゲイン部205を備えている。
【0031】
特に、機械角速度推定部203、振動トルク推定部204及びゲイン部205は、主に振動補償トルクTfbを求める構成として機能する。なお、振動補償トルクTfbは、第1トルク指令値T*
1に対するトルク補正値である。特に、振動補償トルクTfbは、モータ106の要求出力に応じた第1トルク指令値T*
1から、駆動力伝達系のねじり振動に起因するモータ回転数の振動を除去するための適切な値に定められる。
【0032】
より詳細に、機械角速度推定部203は、第2トルク指令値T*
2のフィードバック値に対して後述する車両伝達系モデルから得られる伝達特性Gp(s)を施して推定機械角速度ω^mを求める。そして、振動トルク推定部204は、この推定機械角速度ω^mと上述した検出値相当の機械角速度ωmの偏差を入力として、伝達特性Gp(s)及びバンドパスフィルタH(s)からなる伝達関数を施して振動トルクTvibを求める。さらに、ゲイン部205は、振動トルクTvibに制振ゲインKfb(0≦Kfb≦1)を施して振動補償トルクTfbを求め、リミッタ202に出力する。
【0033】
一方、絶対値処理部201及びリミッタ202は、リミット振動補償トルクTfb_limを定める構成として機能する。なお、リミット振動補償トルクTfb_limは、ギアのバックラッシュに起因する異音の抑制を考慮して定めた所定の条件において振動補償トルクTfbを制限することで得られる値である。
【0034】
より詳細に、絶対値処理部201は、第1トルク指令値T*
1に対して絶対値処理を行い、当該絶対値の上限値及び下限値をそれぞれリミッタ202における上限値及び下限値(以下、これを包括して「上下限値」とも称する)として定める。そして、リミッタ202は、振動補償トルクTfbに対して絶対値処理部201により規定された上下限値に基づくリミット処理を行うことで、リミット振動補償トルクTfb_limを求める。ここで、第1トルク指令値T*
1が0の場合には、リミッタ202における上限値及び下限値は何れも0に規定される。このため、リミット振動補償トルクTfb_limも0となる。したがって、この場合、振動補償トルクTfbが制限されずにそのまま出力されることに起因するギアの異音の発生及び制御安定性の低下が抑制される。また、リミッタ202における上下限値の大きさ(絶対値)は、第1トルク指令値T*
1の絶対値が0付近の値である場合には0に近く、当該絶対値が大きくなるにつれて徐々に増加するように定められている。
【0035】
次に、伝達特性Gp(s)について説明する。
【0036】
図3は、ねじり振動系の運動方程式を与える力学系モデルを説明する図である。なお、
図3に示す各パラメータは以下のとおりである。
【0037】
Jm:モータイナーシャ
Jw:駆動輪のイナーシャ
M:車体重量
KD:駆動系のねじり剛性
KT:タイヤと路面の摩擦に関する係数
N:オーバーオールギヤ比
r:タイヤ荷重半径
ωm:モータ機械角速度
Tm:モータ出力軸トルク
TD:駆動輪のトルク
F:車両に加えられる力
V:車両の速度
ωw:駆動輪の角速度
【0038】
図3により、電動車両の運動方程式は、以下の式(2)~(6)で表される。
【数2】
【0039】
上記運動方程式(2)~(6)に基づくと、モータトルクからモータ機械角速度までの伝達特性Gp(s)は、以下の式(7)~式(15)のように表される。
【0040】
【0041】
なお、式(7)中の「s」はラプラス演算子を表す。さらに、式(7)を変形すると、以下の式(16)が得られる。
【0042】
【0043】
なお、式(16)中の各係数a´1~a´3、及びb´0~b´2は、式(8)~式(15)において規定される各係数a1~a4、及びb0~b3により定まる値である。
【0044】
ここで、伝達特性Gp(s)の極及び零点を調べると、これらは極めて値を示す。すなわち、これは式(16)におけるαとβが相互に極めて近い値を示すことを意味する。したがって、式(16)に対して極零相殺(α=βとする近似処理)を行うことで、伝達特性Gp(s)を、以下の式(17)に示す分子が2次で分母が3次の有理関数として表すことができる。
【0045】
【0046】
ただし、式(17)中の「ωp」は伝達特性Gp(s)のねじり共振角周波数を表し、「ζp」は伝達特性Gp(s)の減衰係数を表す。さらに、コンピュータ処理による便宜を考慮し、式(17)を以下の式(18)で表される変数zにより離散化(z変換)することが好ましい。なお、式(18)中の「T」は、制御のサンプリング時間を表す。
【0047】
【0048】
次に、バンドパスフィルタH(s)について説明する。バンドパスフィルタH(s)は、駆動系のねじり振動を選択的に低減するフィードバック要素と機能するフィルタ特性を持つように構成される。
【0049】
図4は、バンドパスフィルタH(s)のフィルタ特性を示すグラフである。
図4に示すフィルタ特性では、ローパス側及びハイパス側の減衰特性が相互に一致し、且つ、駆動系のねじり共振周波数f
pが、対数軸(logスケール)上で、通過帯域の中央部となるように設定されている。バンドパスフィルタH(s)にこのようなフィルタ特性を持たせることで、駆動系のねじり振動を選択的に低減する効果を高めることができる。より具体的に、バンドパスフィルタH(s)を、以下の式(19)に示す一次のローパスフィルタ及びハイパスフィルタの組み合わせにより構成することができる。
【0050】
【0051】
[II.トルク制御部]
図5は、トルク制御部102の構成を説明するブロック図である。トルク制御部102は、電流ベクトル制御部501と、電圧位相制御部502と、出力制御器503と、変調率演算部504と、制御切り替え判定部505と、を備えている。
【0052】
電流ベクトル制御部501は、第2トルク指令値T*
2、電気角速度ωe、DC電圧Vdc、及びdq軸電流ixを入力として、電流ベクトル制御によりd軸電圧指令値v*
di-fin及びq軸電圧指令値v*
qi-finを演算する。
【0053】
電圧位相制御部502は、第2トルク指令値T*
2、電気角速度ωe、DC電圧Vdc、dq軸電流ix、及び変調率Mを入力として、電圧位相制御によりd軸電圧指令値v*
dv-fin及びq軸電圧指令値v*
qv-finを演算する。
【0054】
出力制御器503は、制御切り替え判定部505で生成される制御モード選択信号SMOを入力として、電流ベクトル制御に基づくdq軸電圧指令値vxi-fin及び電圧位相制御に基づくdq軸電圧指令値vxv-
*
finの何れか一方を最終的なdq軸電圧指令値v*
xとして出力する。
【0055】
変調率演算部504は、DC電圧Vdc及びdq軸電圧指令値v*
xを入力として、以下の式(20)に基づき変調率Mを演算し、電圧位相制御部502及び制御切り替え判定部505に出力する。
【0056】
【0057】
制御切り替え判定部505は、変調率Mに基づき、実行すべき制御モード(電流ベクトル制御又は電圧位相制御)を規定する制御モード選択信号SMOを生成する。例えば、制御切り替え判定部505は、以下の表1に示すロジックにより制御モード選択信号SMOを生成する。
【0058】
【0059】
以下、電流ベクトル制御部501及び電圧位相制御部502のさらなる詳細について説明する。
【0060】
II-1.電流ベクトル制御部501
図6は、電流ベクトル制御部501の構成を説明するブロック図である。なお、
図6においては、図面の簡略化のため、q軸電圧指令値v
*
qi-finの演算に係る構成を一部省略する。しかしながら、省略した部分は、d軸電圧指令値v
*
di-finの演算に係る構成と同様である。
【0061】
図示のように、電流ベクトル制御部501は、干渉電圧演算部601、フィルタ部602、電流指令値演算部603、及び電圧指令値演算部604を有している。
【0062】
干渉電圧演算部601は、第2トルク指令値T*
2、電気角速度ωe、及びDC電圧Vdcを入力として、予め準備されたルックアップ干渉電圧テーブルを参照し、d軸干渉電圧v*
d-dcpl及びq軸干渉電圧v*
q-dcplを求める。なお、ルックアップ干渉電圧テーブルの格納値は、予め実験又は解析により定められて所定の記憶領域に記憶される。
【0063】
フィルタ部602は、干渉電圧演算部601により求められたdq軸干渉電圧v*
x-dcplに対して、以下の式(21)により定まるローパスフィルタを施すことで、dq軸非干渉化電圧vx-dcpl-fitを求める。なお、以下の式(21)中の「τ」は、dq軸電流ixの規範応答時定数を表す。
【0064】
【0065】
電流指令値演算部603は、第2トルク指令値T*
2、電気角速度ωe、及びDC電圧Vdcを入力として、予め準備されたルックアップ電流テーブルを参照し、d軸電流指令値id
*及びq軸電流指令値iq
*を求める。なお、ルックアップ電流テーブルの格納値は、予め実験又は解析により定められて所定の記憶領域に記憶される。
【0066】
電圧指令値演算部604は、dq軸電流指令値ix
*、dq軸非干渉化電圧vx-dcpl-fit、及び検出値相当のdq軸電流ixを入力として、以下の式(22)及び式(23)に基づいて、電流ベクトル制御のdq軸電圧指令値v*
xi-finを求める。
【0067】
【数10】
なお、式中の「k
px」は比例ゲイン、「k
ix」は積分ゲインを意味する。また、式(22)で定まる「v
xi-pi」は、干渉電圧成分を考慮しない場合の基本的なdq軸制御電圧である。さらに、比例ゲインk
px及び積分ゲインk
ixは、例えば以下の式(24)により定める。
【0068】
【数11】
なお、式中の「L
x」は各軸成分の自己インダクタンス、「R」は巻線抵抗、及び「τ」は、式(21)と同じdq軸電流i
xの規範応答時定数をそれぞれ表す。
【0069】
次に、電圧位相制御部502の構成について説明する。
【0070】
II-2.電圧位相制御部502
図7は、電圧位相制御部502の構成を説明するブロック図である。図示のように、電圧位相制御部502は、電流指令値演算部701、磁束演算部702、リミッタ703、電圧位相演算部704、フィルタ処理部705、トルク演算器706、電圧位相指令値演算部707、及びベクトル変換器708を有している。
【0071】
電流指令値演算部701は、第2トルク指令値T*
2、電気角速度ωe、及びDC電圧Vdcを入力として、電流指令値演算部603で用いたものと同様のルックアップテーブルを参照し、dq軸電流指令値ix
*を求める。
【0072】
磁束演算部702は、dq軸電流指令値ix
*を入力して、予め準備されたルックアップ磁束テーブルを参照し、磁束ノルム値φ0_refを求める。なお、ルックアップ磁束テーブルの格納値は、予め実験又は解析により定められて所定の記憶領域に記憶される。そして、得られた磁束ノルム値φ0_refに対して電気角速度ωeの絶対値を乗じて得られる暫定電圧ノルムVa´がリミッタ703に出力される。
【0073】
リミッタ703は、以下の式(25)に基づいて、暫定電圧ノルムV
a´から電圧ノルム指令値V
a
*を求める。
【数12】
【0074】
すなわち、電圧ノルム指令値Va
*は、暫定電圧ノルムVa´を、矩形波駆動に相当する電圧ノルムVaの基本波成分値(√6/π・Vdc)で制限した値として定まる。
【0075】
電圧位相演算部704は、電圧ノルム指令値Va
*、電気角速度ωe、及び第2トルク指令値T*
2を入力として、予め準備されたルックアップ電圧位相テーブルを参照し、電圧位相αffを求める。なお、ルックアップ電圧位相テーブルは、予め実験又は解析により定められ所定の記憶領域に記憶される。
【0076】
一方、フィルタ処理部705は、第2トルク指令値T*
2に対し、上述の時定数τを持つ一次ローパスフィルタを施してトルク参照値Trefを求める。すなわち、トルク参照値Trefは、第2トルク指令値T*
2により想定される規範トルク応答として定まる。
【0077】
トルク演算器706は、dq軸電流ixを入力として、予め準備されたルックトルクアップテーブルを参照し、トルク推定値Testを求める。なお、ルックアップトルクテーブルの格納値は、予め実験又は解析により定められて所定の記憶領域に記憶される。
【0078】
電圧位相指令値演算部707は、電圧位相αff、トルク推定値Test、及びゲインk2を入力として、以下の式(26)及び式(27)に基づき電圧位相補償値αfb及び電圧位相指令値α*を演算する。
【0079】
【0080】
なお、式(27)中のゲインk2は、その基本値(ローゲイン)が電圧位相制御におけるトルクフィードバック応答時定数の設計値の逆数と一致するように定められる。式(27)中のゲインk3は、トルクに対する電圧位相αの感度を示唆する定数である。特に、ゲインk3は、モータ106の特性に応じて適宜定まる。
【0081】
ベクトル変換器708は、電圧ノルム指令値Va
*、電圧位相指令値α*、及び電圧位相補償値αfbを入力として、以下の式(28)に基づいて、電流位相制御のdq軸電圧指令値vxv-
*
finを求める。
【0082】
【0083】
[III.PWM制御部]
図8は、PWM制御部103の構成を説明するブロック図である。図示のように、PWM制御部103は、座標変換部801、非同期PWM制御部802、非同期PWM信号生成器803、ベクトル変換部804、変調率指令値演算部805、変化率制限部806、同期PWM制御部807、同期PWM信号生成器808、変調切り替え判定部809、及びPWM出力切り替え器810を有している。
【0084】
座標変換部801は、電気角θを用いて、トルク制御部102から入力されるdq軸電圧指令値v*
xに対して、以下の式(29)に基づく座標変換を実行して三相電圧指令値(v*
u,v*
v,v*
w)を求める。
【0085】
【0086】
非同期PWM制御部802は、DC電圧Vdc及び三相電圧指令値(v*
u,v*
v,v*
w)を入力として、以下の式(30)に基づき、デューティ指令値(Duty_u,Duty_v,Duty_w)を求める。
【0087】
【0088】
非同期PWM信号生成器803は、デューティ指令値(Duty_u,Duty_v,Duty_w)を入力として、インバータ104の6つの素子(三相それぞれの上アーム素子及び下アーム素子)のそれぞれを駆動させる非同期駆動信号D*
uua~D*
wlaを生成する。より具体的に、非同期PWM信号生成器803は、所定周波数のキャリア三角波(キャリア信号Ca)と各相のデューティ指令値(Duty_u,Duty_v,Duty_w)とのコンペアマッチにより非同期駆動信号D*
uua~D*
wlaを生成する。なお、非同期駆動信号D*
uua~D*
wlaの1番目の添字「u」「v」「w」は、UVWの各相を表す。また、2番目の添字「u」「l」は、インバータ104の上アーム素子(「u」)または下アーム素子(「l」)を表す。3番目の添字「a」は、非同期PWM信号であることを表す。
【0089】
一方、ベクトル変換部804は、dq軸電圧指令値v*
xを入力として、以下の式(31)に基づき、最終電圧ノルム指令値V*
a-fin及び最終電圧位相指令値α*
finを求める。
【0090】
【0091】
変調率指令値演算部805は、最終電圧ノルム指令値V*
a-fin及びDC電圧Vdcから、以下の式(32)に基づいて変調率指令値M*を求める。なお、変調率指令値M*は、後述する変化率制限部806による制限を課さない場合の変調率Mに対する指令値(次回制御タイミングでとり得る変調率Mの値)に相当する。
【0092】
【0093】
変化率制限部806は、変調率指令値M*を入力とし、変調率リミット値M*
limを演算する。変調率リミット値M*
limは、同期PWM制御中の振動モードに応じた変調率指令値M*の制限値である。
【0094】
図9は、変化率制限部806の構成を説明するブロック図である。図示のように、変化率制限部806は、振動モード判定部901、許容変化率演算部902、及び変調率制限部903を有する。
【0095】
振動モード判定部901は、変調率指令値M*を参照して、以下の表2に示すロジックにより現在の振動モードを判定する。
【0096】
【0097】
なお、振動モードは、過変調制御中に励起され得る車両の振動形態として予め規定される。特に、本実施形態の振動モードには、機械共振モード及び電気共振モードが含まれる。
【0098】
機械共振モードとは、過変調制御中において、モータ100の駆動力伝達系の運動に起因する振動形態を意味する。一方、電気共振モードとは、過変調制御中において、モータ100の電磁気現象に起因する振動形態を意味する。
【0099】
特に、機械共振モード及び電気共振モードによるそれぞれの振動の影響は、過変調制御中における変調率Mに応じて異なる。より具体的に、機械共振モードは、変調率Mが1を超える過変調領域であって、PWMのスイッチタイミングの局所化(パルス貼り付き時間の増加)が一定以上に達する第1閾値以上で且つ後述の第2閾値未満の領域(以下、「中変調率領域」とも称する)において高い相関を示す。したがって、表2に示すように、本実施形態の機械共振モードを規定する中変調率領域は、1.04(第1閾値)≦M<1.09(第2閾値)に定められている。
【0100】
一方、電気共振モードは、変調率Mが、電気角1周期あたりのスイッチング回数(パルス数)の減少が始める第2閾値を超え、当該パルス数がほぼ0に到達する矩形駆動領域に到達するまでの領域(以下、「高変調率領域」とも称する)において高い相関を示す。したがって、表2に示すように、本実施形態の電気共振モードを規定する高変調率領域は1.09≦Mに定められている。なお、矩形駆動領域に到達する変調率M(例えばM=1.10)を予め定めて置き、電気共振モードの上限変調率としても良い。
【0101】
なお、過変調領域であっても、PWMにおけるスイッチタイミングの局所化が一定水準に達しない低変調率領域では、機械共振モード及び電気共振モードの何れに対する相関も低くなる。このため、変調率Mが当該低変調率領域に含まれる場合(表2におけるM<1.04の場合)には、振動モードなしと判断される。
【0102】
次に、許容変化率演算部902は、決定した振動モードから、以下の表3に示すロジックによって許容変化率ΔM*(>0)を決定する。
【0103】
【0104】
なお、許容変化率ΔM*とは、今回制御タイミングから次回制御タイミングに至るまでの間における変調率Mの変化幅の制限幅を意味する。
【0105】
ここで、機械共振モードでは、スイッチタイミングの局所化によってデッドタイム誤差によるトルク変動や電流変動が大きくなる。より具体的には、変調率Mが変化することでスイッチタイミングが僅かに変化するだけでも、電流の符号が一斉に反転してデッドタイム誤差の増大につながる傾向がある。特に、この傾向は、電流の絶対値が比較的小さくなる低トルク領域においてより顕著となる。さらに、機械共振モードでは、デッドタイム誤差の増大によってトルクが急変し駆動力伝達系を介してモータ回転数の変動を生じる。その結果、当該モータ回転数の変動(電気角速度ω
eの変動)がトルク制御部102にフィードバックされることで変調率M(変調率指令値M
*)が変動し、当該変調率Mの変動が再びトルクを急変させる一巡ループが生じて自ずと振動が増加していく状態となる。特に、この傾向は、制振制御部101(
図2参照)におけるフィードバック値(振動補償トルクT
fb)が制限又は無効とされることで、振動機能が十分に発揮されない低トルク領域においてより顕著となる。このため、本実施形態では、機械共振モードと判断されている状況下において許容変化率ΔM
*で変調率Mの変化率を制限することで、デッドタイム誤差の増大を抑える制御ロジックを採用する。
【0106】
一方、電気共振モードでは、変調率Mの変化に応じたスイッチング回数の増減によりデッドタイム誤差が増減する。そして、このデッドタイム誤差の増減によりモータ100の電流が変動する。その結果、当該電流変動(dq軸電流ixの変動)がトルク制御部102にフィードバックされることで変調率Mが変動し、当該変調率Mの変動が再びトルクを急変させる一巡ループが生じて自ずと振動が増加していく状態となる。このため、本実施形態では、電気共振モードと判断されている状況下において許容変化率ΔM*で変調率Mの変化率を制限することで、デッドタイム誤差の増減を抑える制御ロジックを採用する。
【0107】
以下では、機械共振モードにおける許容変化率ΔM*を「第1許容変化率ΔM*
1」と称し、電気共振モードにおける許容変化率ΔM*を「第2許容変化率ΔM*
2」と称する。第1許容変化率ΔM*
1と第2許容変化率ΔM*
2は、機械共振モードと電気共振モードにおける振動特性の違いを考慮して異なる値に設定されることが好ましく、特に第1許容変化率ΔM*
1を第2許容変化率ΔM*
2よりも小さい値に設定することが好ましい。
【0108】
なお、表3では、振動モードなしと判断された場合における許容変化率ΔM*が∞に設定されている。すなわち、振動モードなしと判断された場合は、実質的に変調率Mの変化率に対する制限が課されない制御ロジックが採用されている。
【0109】
変調率制限部903は、決定した許容変化率ΔM*を入力として、以下の式(33)によって変調率リミット値M*
limを演算する。
【0110】
【数19】
なお、式中の「M
*
limz
-1」は変調率リミット値M
*
limの前回値を表し、「T
smp」はサンプル時間(制御周期)を表す。
【0111】
式(33)で定まる変調率リミット値M*
limが出力されることで、変調率増加時において増加後の変調率Mが上限値M*
upper以下に制限される。なお、許容変化率ΔM*が∞に設定される場合(振動モードなしの場合)には、式(33)の第1式上で、上限値M*
upperも∞として定まる。したがって、この場合、第2式のミニマムセレクト演算では常に制限が課されていない状態の変調率指令値M*が選択されることとなる。
【0112】
さらに、許容変化率ΔM*は正の値であるため、第1式から常にM*
upper>M*
limz-1が成り立つ。一方で、変調率減少時においては、制限が課される前の変調率M(すなわち、変調率指令値M*)は変調率リミット値M*
limの前回値M*
limz-1よりも小さくなる。すなわち、M*<M*
limz-1となる。そして、式(33)の第1式の関係を参照すると、M*
upper>M*
limz-1>M*であることがわかるので、第2式のミニマムセレクト演算では常に変調率指令値M*が出力される。このため、変調率減少時においては、実質的に変調率Mの変化率に対する制限が課されないこととなる。したがって、モータ106の回転数が急減少するシーンで高い変調率Mが維持されることで懸念される過電流の発生を抑制することができる。
【0113】
図8に戻り、同期PWM制御部807は、変調率リミット値M
*
limに基づいて、同期PWM制御で用いるキャリア信号C
sと比較する比較値Th[m](m=1,2,3・・・)を定める。
【0114】
より具体的に、同期PWM制御部807は、変化率制限部806から出力される変調率リミット値M*
limを入力として予め準備された比較値テーブルを参照し、複数の比較値Th[m]を求める。なお、比較値テーブルには、変調率Mごとに高調波電流を抑制するように実験的又は所定の解析方法に基づく数値計算により予め求められる同期PWMパルスのON/OFF位相が各比較値Th[m]として格納される。また、所定の解析方法として、例えば、スイッチング回数を調節して特定次数の高調波を消去する特定高調波消去法(「SHE」:Selected Harmonic Elimination)が挙げられる。特に、本実施形態では、比較値テーブルに10個の比較値Th[1],Th[2]・・・Th[10]が格納される。なお、比較値Th[n]の数は、例えば、所望の電気角θの1周期あたりのパルス数などに応じて適宜調節することができる。
【0115】
図9に戻り、同期PWM信号生成器808は、最終電圧位相指令値α
*
fin、比較値Th[m]、及び電気角θを入力として、同期駆動信号D
*
uus~D
*
wlsを生成する。特に、同期PWM信号生成器808は、電気角θ及び最終電圧位相指令値α
*
finを合成することで生成したキャリア信号C
sと比較値Th[m]とのコンペアマッチにより同期駆動信号D
*
uus~D
*
wlsを生成する。なお、同期駆動信号D
*
uus~D
*
wlsの1番目の添字「u」「v」「w」は、UVWの各相を表す。また、2番目の添字「u」「l」は、インバータ104の上アーム素子(「u」)または下アーム素子(「l」)を表す。3番目の添字「s」は、同期PWM信号であることを表す。
【0116】
例えば、同期PWM信号生成器808は、以下の式(34)に基づいて、UVW各相のキャリア信号Cus,Cvs,Cwsを生成する。
【0117】
【0118】
図10は、非同期PWM制御及び同期PWM制御におけるそれぞれの動作の概略を説明するタイミングチャートである。なお、
図10では簡略化のためU相における挙動のみを図示する。
【0119】
図10(A)に示す非同期PWM制御では、キャリア信号C
uaの周波数を、モータ106の位置(電気角θ)及び駆動周波数に依らずに任意に設定することができる。その一方で、非同期PWM信号におけるパルスの配置間隔は、制御周期Δtに制限される。なお、非同期PWM制御において、各制御演算の割り込み及びこれらの制御演算の結果に応じた各パラメータの更新が、制御周期Δtごと(キャリア信号C
uaの1/2周期ごと)に実行される。
【0120】
一方で、
図10(B)に示す同期PWM制御では、同期PWM信号におけるパルスの配置間隔は、制御周期Δtにほぼ依存せず、実質的に任意に調整可能である。このため、パルス数が制限される過変調領域及び矩形波領域でモータ106が駆動されるときには、電流の高調波やリプルを低減しやすいという利点がある。なお、同期PWM制御においても非同期PWM制御と同様に、各制御演算の割り込み及びこれらの制御演算の結果に応じた各パラメータの更新が、制御周期Δtごと(キャリア信号C
usの1/2周期ごと)に実行される。
【0121】
図8に戻り、変調切り替え判定部809は、変調率リミット値M
*
limを入力として、表1で説明した制御モード選択信号S
MOの生成と同様のロジックで、同期PWM制御及び非同期PWM信号の何れか一方を実行すべき変調モードを選択する。そして、変調切り替え判定部809は、選択した変調モードの実行を指令するための変調モード指令信号S
MODを生成する。
【0122】
PWM出力切り替え器810は、変調モード指令信号SMODを入力として、非同期駆動信号D*
uua~D*
wla及び同期駆動信号D*
uus~D*
wlsの何れか一方を、スイッチング素子の駆動信号D*
uu~D*
wlとしてインバータ104に出力する。
【0123】
なお、
図11には、上述した制振制御部101、トルク制御部102、及びPWM制御部103における各処理のフローチャートを示す。
【0124】
以上説明した本実施形態の電動機制御方法及びそれによる作用効果について説明する。
【0125】
本実施形態では、電力変換器(インバータ104)から電動機(モータ106)に入力される電力波形をパルス幅変調(PWM)によって制御してモータ106を駆動する電動機制御方法が提供される。
【0126】
この電動機制御方法では、PWMの変調率Mが所定の制御切り替え閾値(例えばM=1.00)未満となる状態でモータ106を駆動する通常変調制御と、変調率Mが制御切り替え閾値以上となる状態でモータ106を駆動する過変調制御と、を切り替える。特に、過変調制御では、変調率M(変調率指令値M*)を変化させる際の変化率を制限する。
【0127】
これにより、過変調制御時に変調率Mの変化を制限してデッドタイム誤差の増減を抑え、意図しないトルク変動及びそれによる車両振動の発生を抑制することができる。
【0128】
特に、本実施形態では、過変調制御中に励起され得る車両の振動形態に相当する複数の振動モードを規定し、規定した各振動モードに応じた変調率Mの許容変化率ΔM*を定める。そして、過変調制御では、変調率Mの変化率を許容変化率ΔM*以下に調節する。
【0129】
これにより、過変調制御時に想定し得る振動モードに応じて適切な許容変化率ΔM*を定め、当該許容変化率ΔM*により変調率Mの変化率を制限することができる。したがって、より確実に過変調制御時における振動の発生を抑制することができる。
【0130】
また、本実施形態では、振動モードは、モータ106の駆動力伝達系の運動に基づく機械共振モードを含み、過変調制御では、現在の振動モードが機械共振モードである場合には、許容変化率ΔM*として予め定められた第1許容変化率ΔM*
1を設定する。
【0131】
これにより、過変調制御時に、デッドタイム誤差により発生したトルク誤差が駆動力伝達系との連成によってモータ回転数やモータトルクの振動を増大していく機械共振モードに至る可能性があるシーンにおいて、変調率Mの変化率を当該機械共振モードに応じて予め定めた第1許容変化率ΔM*
1に制限することができる。
【0132】
また、本実施形態では、振動モードは、モータ106の電磁気現象に基づく電気共振モードを含む。そして、過変調制御では、現在の振動モードが電気共振モードである場合には、許容変化率ΔM*として予め定められた第2許容変化率ΔM*
2を設定する。
【0133】
これにより、過変調制御時に、デッドタイム誤差により発生した電流変動が、電動機まわりの電気的特性と制御器のフィードバックループとの連成により増大していく電気共振モードに至る可能性があるシーンにおいて、変調率Mの変化率を当該電気共振モードに応じて予め定めた第2許容変化率ΔM*
2に制限することができる。
【0134】
特に、本実施形態の過変調制御では、現在の振動モードが機械共振モードである場合には、予め定められた第1許容変化率ΔM*
1を許容変化率ΔM*として設定し、現在の振動モードが電気共振モードである場合には、第1許容変化率ΔM*
1より大きい予め定められた第2許容変化率ΔM*
2を許容変化率ΔM*として設定する。
【0135】
これにより、過変調制御中における機械共振モードと電気共振モードにおける特性の違いを加味して適切に許容変化率ΔM*を定めるための演算ロジックを実現することができる。より詳細には、一般的に過変調制御は高回転領域で実行されるため、電気共振モードの振動周波数は機械共振モードの振動周波数よりも一桁以上大きくなる。このため、当該特性を考慮して振動周波数の低い機械共振モードでは許容変化率ΔM*を相対的に小さくして振動減衰効果を強めることで、振動の増大を確実に抑制することができる。一方で、振動周波数の高い電気共振モードでは許容変化率ΔM*を相対的に大きくすることで、変調率Mの変化を過剰に制限することによる運転動作点の変位が抑えられ、効率や動力性能の低下を抑制することができる。
【0136】
さらに、本実施形態の過変調制御では、上記変化率に対する制限を課さない場合の該変調率Mの指令値である変調率指令値M*に基づいて、振動モードが機械共振モード又は電気共振モードの何れであるかを判定する。
【0137】
これにより、PWMパルス波形の概形及び当該波形に応じて定まるデッドタイム誤差の特性を示唆する変調率Mを指標とすることで、現在の振動モード(より影響の強い振動モード)を適切に判断することができる。特に、変調率Mの変化率に対する制限を課さない前提で定まる変調率指令値M*を参照することで、当該変化率に対する制限を行わない場合に影響が強く現れるであろう振動モードを的確に判定することができる。
【0138】
特に、過変調制御では、変調率指令値M*が第1閾値(表2では1.04)以上で且つ第2閾値(表2では1.09)未満である場合に、振動モードが機械共振モードであると判断する。
【0139】
これにより、過変調制御中においてトルク誤差との相関が強い変調率領域を機械共振モードと判断することができるので、モータ100の駆動力伝達系の運動に起因する振動が発生し得るシーンにおいてより的確に振動抑制効果を発揮させることができる。
【0140】
また、過変調制御では、変調率指令値M*が第2閾値以上である場合に、振動モードが電気共振モードであると判断する。
【0141】
これにより、過変調制御中においてスイッチング回数が変動する変調率領域を電気共振モードと判断することができるので、モータ100の電磁気現象に起因する振動が発生し得るシーンにおいてより確実に振動抑制効果を発揮させることができる。
【0142】
したがって、機械共振及び電気共振のそれぞれに起因する振動が発生し得るそれぞれのシーンにおいてより的確に振動抑制効果を発揮させることができる。
【0143】
また、過変調制御では、変調率Mを減少させる際の許容変化率ΔM*を、変調率Mを増加させる際の許容変化率ΔM*よりも大きくする。特に、本実施形態の過変調制御では、変調率Mを減少させる際には、変化率の制限を中止する。
【0144】
これにより、車両にてタイヤがスリップ状態からグリップする場合やブレーキを強く踏んだ場合など、モータ回転数が急速に減少することで変調率Mを減少させるべきシーンでは、当該変調率Mの変化率に制限をかけずにこれを速やかに下げることができる。したがって、当該シーンにおいて、高い変調率Mを維持し続けることで生じ得る過剰な印加電圧及びそれによる過電流の発生を防止することができる。
【0145】
なお、本実施形態では、変調率Mを減少させる際には、変化率に対する制限幅を実質的に0とする演算ロジック(式(33))を採用している。一方で、変調率Mを減少させる際に変化率を制限することで得られる振動抑制効果と、変調率Mを速やかに減少させることで得られる過電流発生の防止効果と、のバランスを考慮して、変調率Mを減少させる際の変化率の制限幅を、当該変調率Mを増加させる際のそれと比べて小さいが0よりは大きい値に設定しても良い。
【0146】
また、本実施形態では、上記電動機制御方法の実行に適した電動機制御装置10が提供される。
【0147】
特に、電動機制御装置10は、PWMの変調率Mが所定の制御切り替え閾値(例えばM=1.00)未満となる状態でモータ106を駆動する通常変調制御と、変調率Mが制御切り替え閾値以上となる状態でモータ106を駆動する過変調制御と、を切り替えるモード切り替え部(変調切り替え判定部809)と、過変調制御において変調率M(変調率指令値M*)を変化させる際の変化率を制限する制限部(変化率制限部806)と、を有する。
【0148】
(第2実施形態)
以下、第2実施形態について説明する。なお、第1実施形態と同様の要素には同一の符号を付し、その説明を省略する。特に、本実施形態の電動機制御方法は、第1実施形態にとは異なる変化率制限部806により実現される。
【0149】
図12は、本実施形態による変化率制限部806の構成を説明するブロック図である。図示のように、本実施形態の変化率制限部806は、振動モード判定部1201、許容変化率演算部1202、及び変調率制限部1203を有する。
【0150】
振動モード判定部1201は、変調率指令値M
*を参照して、
図9に示す振動モード判定部901と同様に、上記の表2に示すロジックにより現在の振動モードを判定する。
【0151】
そして、許容変化率演算部1202は、決定した振動モード及び電気角速度ωeから、以下の表4に示すロジックによって許容変化率ΔM*(>0)を決定する。
【0152】
【表4】
なお、表4における「s」はラプラス演算子(時間微分演算子)を表す。
【0153】
さらに、変調率制限部1203は、決定した許容変化率ΔM*を入力として、以下の式(35)によって変調率リミット値M*
limを演算する。
【0154】
【0155】
式(35)で定まる変調率リミット値M*
limを用いることで、変調率増加時においては、増加後の変調率Mが上限値M*
upper以下に制限される。一方で、変調率減少時においては、減少後の変調率Mが下限値M*
lower以上に制限される。なお、許容変化率ΔM*が∞に設定される場合(振動モードなしの場合)には、上限値M*
upper及び下限値M*
lowerが何れも∞とみなすことができるため、変調率増加時及び変調率減少時の何れの場合において実質的に変調率Mの変化率に対する制限が課されないこととなる。
【0156】
特に、表4及び式(35)で定まる変調率Mの変化率に対する制限ロジックを採用することで、所定の減速度を超えてモータ回転数が急減少する場合(表4においてs|ωe|≦-3000となる場合)には、変調率Mの変化率が制限されないこととなる。したがって、モータ回転数が急減少するシーンにおいて高い変調率Mが維持されることで懸念される過電流の発生を抑制することができる。
【0157】
以上説明した本実施形態の電動機制御方法及びそれによる作用効果について説明する。
【0158】
本実施形態の過変調制御では、変調率Mを変化させる際の許容変化率ΔM*を、電動機の回転数(モータ回転数)の減速度が大きいほど(s|ωe|が小さいほど)大きくする。特に、本実施形態の過変調制御では、モータ回転数の減速度(-s|ωe|)が所定閾値以上である場合(表4においてs|ωe|≦-3000である場合)には、変化率の制限を中止する。
【0159】
これにより、車両にてタイヤがスリップ状態からグリップする場合やブレーキを強く踏んだ場合などのモータ回転数が急速に減少するシーンをより確実に検知し、変調率Mの変化率に対する制限をキャンセルするための制御ロジックを実現することができる。したがって、当該シーンにおいて、高い変調率Mを維持し続けることで生じ得る過剰な印加電圧及びそれによる過電流の発生をより確実に防止することができる。
【0160】
なお、本実施形態では、モータ回転数の減速度が所定閾値以上である場合に、変調率Mの変化率に対する制限幅を実質的に0とする演算ロジック(式(35))を採用している。しかしながら、変調率Mを減少させる際に変化率を制限することで得られる振動抑制効果と、変調率Mを速やかに減少させることで得られる過電流発生の防止効果と、のバランスを考慮して、モータ回転数の減速度が所定閾値以上(s|ωe|≦-3000)である場合における変調率Mの変化率の制限幅を、当該減速度が所定閾値未満(s|ωe|>-3000)である場合におけるそれと比べて小さいが0よりは大きい値に設定しても良い。
【0161】
以上、本発明の実施形態について説明したが、上記実施形態は本発明の適用例の一部を示したに過ぎず、本発明の技術的範囲を上記実施形態の具体的構成に限定する趣旨ではない。
【0162】
例えば、上記各実施形態では、式(32)により規定される変調率Mを前提として、過変調制御中に当該変調率Mに対する制限を行う制御ロジックについて説明した。しかしながら、本発明において用いられる変調率Mは、式(32)で規定されるものに限られない。すなわち、本発明における「変調率M」の概念には、最終電圧ノルム指令値V*
a-finそのもの、或いはこれに所定の係数を乗じ値などのモータ106に入力される電力波形の大きさ(好ましくは電源電力に対する電力波形の大きさの比)に対する示唆量であって、非同期PWM制御及び同期PWM制御においてそれぞれのキャリア信号との比較から、適切にインバータ104の駆動信号D*
uu~D*
wlを定め得る任意のパラメータが含まれる。
【0163】
また、各表に示した具体的な数値は例示であり、本発明の技術的範囲を特定の数値に拘束するものではない。
【符号の説明】
【0164】
10 電動機制御装置、101 制振制御部、102 トルク制御部、103 PWM制御部、104 インバータ、105 モータ、501 電流ベクトル制御部、502 電圧位相制御部、504 変調率演算部、505 制御切り替え判定部、802 非同期PWM制御部、803 非同期PWM信号生成器、804 ベクトル変換部、805 変調率指令値演算部、806 変調率変化率制限部、807 同期PWM制御部、808 同期PWM信号生成器、809 変調切り替え判定部、810 PWM出力切り替え器、 901 振動モード判定部、902 許容変化率演算部、903 変調率制限部、1201 振動モード判定部、1202 許容変化率演算部、1203 変調率制限部