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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024111762
(43)【公開日】2024-08-19
(54)【発明の名称】キノコの収量性増強剤及びその利用
(51)【国際特許分類】
   A01G 18/40 20180101AFI20240809BHJP
   C12N 1/14 20060101ALI20240809BHJP
   A01G 18/20 20180101ALI20240809BHJP
【FI】
A01G18/40
C12N1/14 H
A01G18/20
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023016460
(22)【出願日】2023-02-06
(71)【出願人】
【識別番号】310010575
【氏名又は名称】地方独立行政法人北海道立総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002480
【氏名又は名称】弁理士法人IPアシスト
(72)【発明者】
【氏名】吉野(齋藤) 沙弥佳
(72)【発明者】
【氏名】原田 陽
【テーマコード(参考)】
2B011
4B065
【Fターム(参考)】
2B011AA01
2B011AA04
2B011AA07
2B011BA10
4B065AA71X
4B065BB08
4B065BB12
4B065BB34
4B065BD29
4B065BD33
4B065CA47
4B065CA49
(57)【要約】
【課題】キノコの収量性増強のための、原種菌又は種菌を対象とした新たな手段を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、抗酸化剤を含有する、ハラタケ目に属するキノコの原種菌又は種菌に対して用いるための収量性増強剤を提供する。本発明はまた、前記剤を含有するキノコの原種菌用培地及び種菌用培地、さらには前記剤を利用した、ハラタケ目に属するキノコの収量性を増強する方法、種菌を生産する方法、及びキノコを生産する方法を提供する。本発明によれば、キノコの原種菌又は種菌を抗酸化剤で処理するという簡便な操作によって、選抜作業を要することなく、収量性の高い種菌を生産することができる。
【選択図】図1

【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗酸化剤を含有する、ハラタケ目に属するキノコの原種菌又は種菌に対して用いるための収量性増強剤。
【請求項2】
抗酸化剤が、水溶性抗酸化剤である、請求項1に記載の剤。
【請求項3】
抗酸化剤が、システイン、N-アセチルシステイン、アスコルビン酸及びこれらの塩よりなる群から選択される、請求項1に記載の剤。
【請求項4】
ハラタケ目に属するキノコが、シイタケ、エノキタケ、タモギタケ、又はブナシメジである、請求項1に記載の剤。
【請求項5】
ハラタケ目に属するキノコの原種菌を請求項1~4のいずれか一項に記載の剤で処理することを含む、ハラタケ目に属するキノコの収量性を増強する方法。
【請求項6】
ハラタケ目に属するキノコの原種菌を請求項1~4のいずれか一項に記載の剤で処理すること、及び処理後の原種菌を種菌用培地で培養することを含む、ハラタケ目に属するキノコの種菌を生産する方法。
【請求項7】
ハラタケ目に属するキノコの原種菌を、請求項1~4のいずれか一項に記載の剤を含有する種菌用培地で培養することを含む、ハラタケ目に属するキノコの種菌を生産する方法。
【請求項8】
ハラタケ目に属するキノコの種菌を、栽培の前に、請求項1~4のいずれか一項に記載の剤で処理することを含む、ハラタケ目に属するキノコの収量性を増強する方法。
【請求項9】
ハラタケ目に属するキノコの種菌を請求項1~4のいずれか一項に記載の剤で処理すること、及び処理後の種菌をキノコ栽培用培地で栽培することを含む、ハラタケ目に属するキノコを生産する方法。
【請求項10】
請求項1~4に記載の剤を含有する、ハラタケ目に属するキノコの原種菌用培地。
【請求項11】
請求項1~4に記載の剤を含有する、ハラタケ目に属するキノコの種菌用培地。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハラタケ目に属するキノコの原種菌又は種菌に対して用いるための収量性増強剤、並びに前記剤を利用した、ハラタケ目に属するキノコの収量性を増強する方法、種菌を生産する方法、及びキノコを生産する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
市場に流通する食用キノコの多くは、菌床栽培、原木栽培等の人工栽培によって生産されている。キノコの人工栽培は、一般に、優良な栽培特性を有する菌株の原種菌(原菌、元種菌とも呼ばれる)を適当な培地に接種して培養することで種菌を調製し、これを培地に接種又は原木に植え付けて培養し、さらに適当な刺激を与えて子実体を発生させることによって行われる。
【0003】
原種菌は、種菌の元となる菌糸、いわば種菌の種菌であり、通常、寒天培地で植え継がれて維持される。原種菌の継代を多数回繰り返すと、原種菌から得られる種菌の収量性が低下する現象がしばしば発生する。このような種菌の収量性を増強する方法として、原種菌とその親株との交配(戻し交配)が従前より行われている。また、菌糸細胞壁の酵素分解によるプロトプラスト化(非特許文献1)、菌糸断片の高温処理(非特許文献2)などの方法も提唱されている。しかしながら、これらの方法はいずれも、処理後の再生コロニーを単離培養して栽培試験を行い、収量性の高められた菌を新たに選抜するという、煩雑でコストと時間を要する操作が求められる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】竹原太賀司ら、福島県林業研究センター研究報告、2002年、No. 30、1-17ページ、[2022年9月26日検索]、インターネット<URL:https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/13546.pdf >
【非特許文献2】本間広之ら、新潟県森林研究所研究報告、2014年、No. 53、27-32ページ、[2022年9月26日検索]、インターネット<URL:https://www.pref.niigata.lg.jp/uploaded/attachment/233080.pdf>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、キノコの収量性を増強するための、原種菌又は種菌を対象とした新たな手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、ハラタケ目に属するキノコの原種菌又は種菌を抗酸化剤で処理することで、収量性を増強し得ることを見出した。
【0007】
本開示は以下の発明を提供する。
項1. 抗酸化剤を含有する、ハラタケ目に属するキノコの原種菌又は種菌に対して用いるための収量性増強剤。
項2. 抗酸化剤が、水溶性抗酸化剤である、項1に記載の剤。
項3. 抗酸化剤が、システイン、N-アセチルシステイン、アスコルビン酸及びこれらの塩よりなる群から選択される、項1又は2に記載の剤。
項4. ハラタケ目に属するキノコが、シイタケ、エノキタケ、タモギタケ、又はブナシメジである、項1~3のいずれか一項に記載の剤。
項5. ハラタケ目に属するキノコの原種菌を項1~4のいずれか一項に記載の剤で処理することを含む、ハラタケ目に属するキノコの収量性を増強する方法。
項6. ハラタケ目に属するキノコの原種菌を項1~4のいずれか一項に記載の剤で処理すること、及び処理後の原種菌を種菌用培地で培養することを含む、ハラタケ目に属するキノコの種菌を生産する方法。
項7. ハラタケ目に属するキノコの原種菌を、項1~4のいずれか一項に記載の剤を含有する種菌用培地で培養することを含む、ハラタケ目に属するキノコの種菌を生産する方法。
項8. ハラタケ目に属するキノコの種菌を、栽培の前に、項1~4のいずれか一項に記載の剤で処理することを含む、ハラタケ目に属するキノコの収量性を増強する方法。
項9. ハラタケ目に属するキノコの種菌を項1~4のいずれか一項に記載の剤で処理すること、及び処理後の種菌をキノコ栽培用培地で栽培することを含む、ハラタケ目に属するキノコを生産する方法。
項10. 項1~4に記載の剤を含有する、ハラタケ目に属するキノコの原種菌用培地。
項11. 項1~4に記載の剤を含有する、ハラタケ目に属するキノコの種菌用培地。
【0008】
本発明によれば、キノコの原種菌又は種菌を抗酸化剤で処理するという簡便な操作によって、選抜作業を要することなく、収量性の高い種菌を生産することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】抗酸化剤で処理したエノキタケ菌株HfpriFv92-4の子実体の発生収量及び日収量を示すグラフである。
図2】抗酸化剤で処理したエノキタケ菌株HfpriFv92-4、チクマッシュT-011及びT-022の子実体の発生収量及び日収量を示すグラフである。
図3】抗酸化剤で処理したエノキタケ菌株チクマッシュT-011の子実体の発生収量、日収量及び栽培日数を示すグラフである。
図4】抗酸化剤で処理したエノキタケ菌株チクマッシュT-022の子実体の発生収量、日収量及び栽培日数を示すグラフである。
図5】抗酸化剤で処理したタモギタケ菌株HfpriPc291の子実体の発生収量及び日収量を示すグラフである。
図6】抗酸化剤で処理したシイタケ菌株北研607号の、1次~3次発生の子実体のサイズ別発生収量を示すグラフである。
図7】抗酸化剤で処理したシイタケ菌株北研607号の、発生次毎の子実体のサイズ別発生収量を示すグラフである。
図8】抗酸化剤で処理したシイタケ菌株森XR1号の、1次発生の子実体のサイズ別発生収量を示すグラフである。
図9】抗酸化剤で処理したマイタケ菌株HfpriGf08-2の子実体の発生収量及び日収量を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に示す説明は、代表的な実施形態又は具体例に基づくことがあるが、本発明はそのような実施形態又は具体例に限定されるものではない。本明細書において示される各数値範囲の上限値及び下限値は、任意に組み合わせることができる。また、本明細書において「~」又は「-」を用いて表される数値範囲は、特に断りがない場合、その両端の数値を上限値及び下限値として含む範囲を意味する。
【0011】
本発明は、一態様において、抗酸化剤を含有する、ハラタケ目に属するキノコの原種菌又は種菌に対して用いるための収量性増強剤を提供する。
【0012】
本明細書において、抗酸化剤とは、共存する他の物質の酸化を阻止、抑制又は低減する能力を持つ物質をいう。抗酸化剤の例としては、システイン及びその誘導体(例としてN-アセチルシステイン)、アスコルビン酸及びその誘導体(例としてエリソルビン酸)、グルタチオン、クロロゲン酸、フェルラ酸、カテキン等の水溶性抗酸化剤や、ビタミンA(レチノイド)、ビタミンE(トコフェロール、トコトリエノール)及びその誘導体(例として酢酸トコフェロール、α-トコフェリルリン酸ナトリウム)、β-カロテン、ユビキノール等の脂溶性抗酸化剤を挙げることができる。
【0013】
上で抗酸化剤として例示した化学物質は、遊離した形態で用いても、塩の形態で用いてもよい。塩は、酸付加塩又は塩基付加塩であることができる。酸付加塩としては、例えば塩酸塩、臭化水素酸塩、硫酸塩、ヨウ化水素酸塩、硝酸塩、リン酸塩等の無機酸塩、クエン酸塩、シュウ酸塩、酢酸塩、ギ酸塩、プロピオン酸塩、安息香酸塩、トリフルオロ酢酸塩、マレイン酸塩、酒石酸塩、メタンスルホン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、パラトルエンスルホン酸塩等の有機酸塩が挙げられる。塩基付加塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩、アンモニウム塩等の無機塩基塩、トリエチルアンモニウム塩、トリエタノールアンモニウム塩、ピリジニウム塩、ジイソプロピルアンモニウム塩等の有機塩基塩等が挙げられる。さらに、アルギニン、アスパラギン酸、グルタミン酸等の塩基性あるいは酸性アミノ酸といったアミノ酸塩が挙げられる。
【0014】
抗酸化剤は、好ましくは水溶性抗酸化剤であり、より好ましくはシステイン、N-アセチルシステイン、アスコルビン酸及びこれらの塩よりなる群から選択される少なくとも1種の物質である。
【0015】
本明細書において、収量性増強剤とは、キノコの原種菌に対して用いることで当該原種菌から調製される種菌の収量性を増強することができる、あるいはキノコの種菌に対して用いることで当該種菌の収量性を増強することができる物質をいう。収量性増強剤は、子実体生産性を増強するための剤と表すこともできる。
【0016】
種菌の収量性は、種菌をキノコ栽培用培地で栽培したときの子実体の発生収量、日収量、及び栽培日数といった指標によって評価することができる。ここで発生収量とは、栽培期間全体を通じて収穫された子実体の総重量である。また日収量とは、発生収量を栽培日数で除算することで算出される、一日あたりの子実体収穫量の平均値であり、生産効率の目安となる。栽培日数は、キノコ栽培用培地での種菌培養開始から、子実体が収穫に適した状態まで、具体的には柄部と傘の肥大過程が8割以上進行し、傘が6~8分開いた状態まで成長するまでの日数である。
【0017】
ハラタケ目(Agaricales)に属するキノコとしては、例えば、キシメジ科(Tricholomataceae)のキノコ、例としてシイタケ;タマバリタケ科(Physalacriaceae)のキノコ、例としてエノキタケ;シメジ科(Lyophyllaceae)のキノコ、例としてブナシメジ;モエギタケ科(Strophariaceae)のキノコ、例としてナメコ;ヒラタケ科(Pleurotaceae)のキノコ、例としてエリンギ及びタモギタケを挙げることができる。
【0018】
本発明において用いられるハラタケ目に属するキノコは、好ましくはシイタケ、エノキタケ、タモギタケ、又はブナシメジであり、より好ましくはシイタケ、エノキタケ、又はタモギタケである。
【0019】
収量性増強剤が用いられる原種菌は、種菌調製のために用いることが予定されている、収量性の増強が望まれるキノコの菌糸であれば制限はない。原種菌は、好適には、継代の繰り返しによって収量性が低下したものであり得る。多くの場合、原種菌は、寒天培地上で菌糸を成長させた状態で冷蔵下で維持されており、本発明においてはこのような状態の原種菌をそのまま、あるいは適当な培地上で前培養した後に用いることができる。
【0020】
収量性増強剤が用いられる種菌は、人工栽培用の種菌として用いられることが予定されている、収量性の増強が望まれるキノコの菌糸であれば制限はない。種菌は、好適には、継代の繰り返しによって収量性が低下した原種菌から得られたものであり得る。
【0021】
収量性増強剤は、抗酸化剤に加えて、キノコ菌糸の生存に適した媒体、例えば水、生理食塩水、リン酸緩衝液等の水性媒体を含む組成物の形態で用いることができる。組成物は、キノコ菌糸の生存又は増殖のためのさらなる成分を含んでもよい。好ましい実施形態において、収量性増強剤は、キノコの原種菌用培地又は種菌用培地に含まれた形態で用いることができる。
【0022】
原種菌を培養するための培地(「原種菌用培地」と称する)は、キノコの菌糸培養に一般的に使用される培地であればよく、例えば、シイタケ、エノキタケ及びブナシメジについてはポテトデキストロース寒天培地(PDA培地)及び麦芽エキス酵母エキスグルコース培地(MYG培地)等を、タモギタケについてはPDA培地、MYG培地及びサッカロース麦芽エキス酵母エキスポリペプトン培地(SMYP培地)等を挙げることができる。
【0023】
種菌を培養するための培地(「種菌用培地」と称する)は、キノコの種菌生産に一般的に使用される培地であればよく、例えば、米ぬかあるいはフスマ等を栄養剤とした木粉培地等を挙げることができる。種菌用培地はまた、原木栽培のための生駒であってもよい。
【0024】
収量性増強剤は、キノコの原種菌又は種菌に接触させることで用いられる。本明細書において、収量性増強剤と原種菌又は種菌とを接触させることを収量性増強剤での処理と呼ぶ。収量性増強剤での処理は、例えば、抗酸化剤を含む液体中に原種菌又は種菌の菌糸片を漬けることで、あるいは抗酸化剤を含む寒天培地等の固体と原種菌又は種菌の菌糸片を接触させることで行うことができる。収量性増強剤を含有する原種菌用培地での培養、及び収量性増強剤を含有する種菌用培地での培養は、本発明にいう収量性増強剤での処理に包含される。
【0025】
収量性増強剤と原種菌又は種菌とは直接接触させてもよく、水分や抗酸化剤は透過するが菌糸は透過しない膜、例えばセロファン等を介して接触させてもよい。膜を介して接触させることで、処理後の原種菌又は種菌を容易に回収することができる。
【0026】
キノコの原種菌又は種菌に接触させるときの抗酸化剤の濃度は、抗酸化剤の種類及びキノコの種類ごとに変えることができる。水溶性抗酸化剤の濃度は、例えば、0.1 mM以上、0.2 mM以上、0.5 mM以上、1 mM以上、2 mM以上、3 mM以上、4 mM以上であり得て、また例えば40 mM以下、20 mM以下、10 mM以下、8 mM以下、6 mM以下、4 mM以下、3 mM以下であり得る。また、脂溶性抗酸化剤の濃度は、例えば、1 μM以上、2 μM以上、5 μM以上、10 μM以上、20 μM以上、30 μM以上、40 μM以上であり得て、また例えば400 μM以下、200 μM以下、150 μM以下、120 μM以下、100 μM以下、80 μM以下、60 μM以下であり得る。
【0027】
処理の時間は、処理方法、処理されるキノコの種類、原種菌又は種菌の状態によって、適宜調節することができ、例えば3時間以上、6時間以上、12時間以上、16時間以上、20時間以上、24時間以上であり得て、また例えば7日間以下、6日間以下、5日間以下、4日間以下、3日間以下、2日間以下であり得る。
【0028】
処理の温度は、菌糸が生存できるかぎり制限はなく、例えば4℃~30℃の間、好ましくは10℃~25℃の間で適宜設定することができる。
【0029】
キノコの原種菌を収量性増強剤で処理した後、種菌用培地に接種、培養することで、収量性が高められた種菌を生産することができる。
【0030】
種菌用培地への原種菌の接種及びその後の培養は、キノコの種菌生産に一般的に使用される方法や条件で行えばよい。培養条件は、例えば、温度22℃前後で15~40日間である。
【0031】
また、抗酸化剤を含有する種菌用培地に原種菌を接種し、培養することで、収量性増強剤での原種菌の処理と、種菌生産のための原種菌の培養を同時に行うこともできる。このように、本発明は、抗酸化剤を含有する種菌用培地で原種菌を培養することを含む、ハラタケ目に属するキノコの種菌を生産する方法及びハラタケ目に属するキノコの収量性を増強する方法を提供する。
【0032】
キノコの種菌を収量性増強剤で処理する場合には、栽培前の、すなわちキノコ栽培用培地での培養を開始する前の種菌に対して処理を行うことが好ましい。
【0033】
収量性増強剤で処理された原種菌から得た種菌は、収量性増強剤で処理されていない原種菌から得た種菌と比較して、収量性が増強される。また、収量性増強剤で処理された種菌は、収量性増強剤で処理されていない種菌と比較して、収量性が増強される。収量性の増強は、栽培後のキノコの子実体発生収量及び日収量のうちの少なくとも一方が比較対象を上回っていることによって、あるいは栽培日数が比較対象を下回っていることによって確認することができる。
【0034】
収量性増強剤で処理された原種菌から得た種菌及び収量性増強剤で処理された種菌は、キノコ栽培用培地や原木に接種、培養して菌糸を培地や原木内で繁殖させた後、菌掻き、浸水、ホダ起こし等の適当な刺激を与えて子実体を発生、成長させることができる。本明細書において、キノコ栽培用培地や原木への種菌の接種から子実体を成長させるまでの行為を栽培と呼ぶ。
【0035】
キノコ栽培用培地は、キノコの栽培に一般的に使用される培地であればよい。例えば、チップ、おが粉等の木質基材、米糠、ふすま、大豆粕、乾燥オカラ、ミネラル源(例として、炭酸カルシウム、ケイ酸、ホタテ貝殻、貝化石、カキ殻)、又はビタミン等の栄養材及び適当量の水を含む培地や、コーンコブミール又はコットンハル等を基材とし、米糠、ふすま、大豆皮、ミネラル源又はビタミン等の栄養材及び適当量の水を含む培地等を挙げることができる。
【0036】
キノコの栽培は、一般的に使用される方法や条件で行えばよい。例えば、シイタケの栽培は、栽培用培地に種菌を適当量接種して、温度20℃前後、相対湿度70%前後、暗条件下で90日程度又はそれより長い期間、菌床培養を行った後、除袋や浸水等の適当な刺激を加えて子実体を発生させることによって行うことができる。また、エノキタケの栽培は、栽培用培地に種菌を適当量接種して、温度18℃前後、相対湿度70%前後、暗条件下で20日程度又はそれより長い期間、菌床培養を行った後、菌掻きや注水等の適当な刺激を加えて子実体を発生させることによって行うことができる。また、タモギタケの栽培は、栽培用培地に種菌を適当量接種して、温度20℃前後、相対湿度70%前後、暗条件下で11日程度又はそれより長い期間、菌床培養を行った後、発生面の外気露出等の適当な刺激を加えて子実体を発生させることによって行うことができる。また、ブナシメジの栽培は、栽培用培地に種菌を適当量接種して、温度22℃前後、相対湿度65%前後、暗条件下で60~90日間又はそれより長い期間、菌床培養を行った後、菌掻きや注水等の適当な刺激を加えて子実体を発生させることによって行うことができる。
【0037】
以下、実施例を示して本発明を具体的に説明するが、これらの実施例は本発明の理解を助けるためのものであって、本発明の技術的範囲を限定するものではない。
【実施例0038】
実施例1.
[供試菌株]
以下の菌株を試験に用いた。
エノキタケ:エゾユキノシタHfpriFv92-4(北海道立総合研究機構・林産試験場)、チクマッシュT-011及びT-022(いずれも株式会社千曲化成)
タモギタケ:HfpriPc291(北海道立総合研究機構・林産試験場)
シイタケ: 北研607号(株式会社北研)、森XR1号(森産業株式会社)
供試菌株は、PDA培地(日水製薬)に接種し、25℃で3~4日間の前培養を行った後、試験に供した。
【0039】
[抗酸化剤処理]
セロファン(Bio-Rad Laboratories, Inc. 、セロファンメンブレン #1650963)を5 mM EDTAに浸漬し、121℃で15分間高圧殺菌することでEDTA処理を行った。各抗酸化剤を添加したPDA培地上にEDTA処理済みセロファンを設置し、その上に前培養後の供試菌株の菌糸を接種して、25℃で3~4日間培養した。
使用した抗酸化剤とその濃度は、N-アセチルシステイン(NAC、キシダ化学株式会社)1~4 mM、アスコルビン酸(V.C.、ナカライテスク株式会社)2 mM、食品添加物用ビタミンA(リオフレッシュ、東洋アドレ株式会社)20~40 μM、ビタミンE(DL-α-酢酸トコフェロール、東京化成工業株式会社)50~100 μMであった。
【0040】
[種菌の調製]
抗酸化剤で処理後の菌糸を種菌用培地に接種し、温度22℃で15~40日間培養することで種菌を調製した。いずれの菌株についても、種菌用培地として、29.2質量部のカバのおが粉、7.3質量部のフスマ、及び63.5質量部の水をミキサーで撹拌して得られた、水分含量62.2%の混合物を850 mL容ポリプロピレン製栽培瓶に480 gずつ充填し、121℃で30分間高圧殺菌したものを用いた。
【0041】
[エノキタケの栽培試験]
22.5質量部のカラマツのおが粉、16.6質量部の米ぬか、及び60.9質量部の水をミキサーで撹拌して、水分含量59.4%、pH 6.00の混合物を調製した。混合物を850 mL容ポリプロピレン製栽培瓶に600 gずつ充填し、121℃で30分間高圧殺菌して、HfpriFv92-4の栽培用培地とした。
また、19.6質量部のスギのおが粉、17.6質量部の米ぬか、及び62.8質量部の水をミキサーで撹拌して、水分含量62.5%、pH 6.07の混合物を調製した。混合物を850 mL容ポリプロピレン製栽培瓶に510 gずつ充填し、121℃で30分間高圧殺菌して、T-011およびT-022の栽培用培地とした。
【0042】
1又は2 mMのNAC、2 mMのビタミンC、20 μM又は40 μMのビタミンA 及び50 μM又は100 μMのビタミンEのいずれかで処理したエノキタケ菌株の菌糸から種菌を調製し、これを栽培用培地に約10 g接種して、温度22℃、相対湿度70%、暗条件下で約19日間の菌床培養を行った。その後、菌掻き(子実体群の発生を同期させるため、培地表面を薄く削り取る作業)と注水(2時間冠水後排水)処理を行ったうえで菌床ビンを発生室へ移し、温度13℃、相対湿度90%、照度約350 lx、間欠照明(12時間/日)の条件下で子実体を発生させ、柄部伸長と傘の肥大がほぼピークまで進行した状態で子実体を収穫した。収穫は一次発生までとし、子実体の生重量を発生収量として測定し、日収量を算出した。
【0043】
NAC又はビタミンCで処理したエノキタケ菌株HfpriFv92-4の菌糸から調製した種菌について、発生収量(g/ビン)及び日収量(g/栽培日数)を図1に示す。抗酸化剤処理した菌糸から調製した種菌は、抗酸化剤未処理の菌糸から調製した種菌(Ctrl)と比較して、発生収量が有意に増加していた。また、ビタミンCで処理した菌糸から調製した種菌は、日収量についても有意な増加が認められた。
【0044】
NACで処理したエノキタケ菌株HfpriFv92-4、チクマッシュT-011及びT-022の菌糸から調製した種菌(それぞれFv92-4、T011、T022)について、発生収量(g/ビン)及び日収量(g/栽培日数)を図2に示す。いずれの菌株においても、NAC処理した菌糸から調製した種菌は、抗酸化剤未処理の菌糸から調製した種菌(Ctrl)と比較して、発生収量、日収量ともに有意に増加していた。
【0045】
ビタミンA又はビタミンEで処理したエノキタケ菌株チクマッシュT-011の菌糸から調製した種菌について、発生収量(g/ビン)、日収量(g/栽培日数)及び栽培日数を図3に示す。20 μMのビタミンA又は100 μMのビタミンEで処理した菌糸から調製した種菌(それぞれT011_A20、T011_E100)は、抗酸化剤未処理の菌糸から調製した種菌(T011_Ctrl)と比較して、発生収量、日収量のいずれも有意に増加していた。また、ビタミンAで処理した菌糸から調製した種菌(T011_A20、T011_A40)では、栽培日数の有意な短縮が認められた。
【0046】
ビタミンA又はビタミンEで処理したエノキタケ菌株チクマッシュT-022の菌糸から調製した種菌について、発生収量(g/ビン)、日収量(g/栽培日数)及び栽培日数を図4に示す。ビタミンA又はビタミンEで処理した菌糸から調製した種菌(それぞれT022_A20、T022_A40、T022_E50、T022_E100)は、抗酸化剤未処理の菌糸から調製した種菌(T022_Ctrl)と比較して、子実体日収量の有意な増加又は増加傾向と、栽培日数の有意な短縮が認められた。
【0047】
[タモギタケの栽培試験]
19.7質量部のカラマツのおが粉、17.4質量部のフスマ、及び63質量部の水をミキサーで撹拌して、水分含量62.6%、pH 5.93の混合物を調製した。混合物を850 mL容ポリプロピレン製栽培瓶に460 gずつ充填し、121℃で30分間高圧殺菌して、栽培用培地を調製した。
【0048】
1 mMのNAC又は2 mMのビタミンCで処理したタモギタケ菌株の菌糸から種菌を調製し、これを栽培用培地に約10 g接種して、温度22℃、相対湿度75%、暗条件下で約19日間の菌床培養を行った。その後、菌床ビンを発生室へ移し、温度18℃、相対湿度85%、照度約350 lx、間欠照明(12時間/日)の条件下で子実体を発生させ、子実体の半数以上の菌傘直径が3センチに達した状態で子実体を収穫した。収穫は一次発生までとし、子実体の生重量を発生収量として測定し、日収量を算出した。
【0049】
NAC又はビタミンCで処理したタモギタケ菌株HfpriPc291の菌糸から調製した種菌について、発生収量(g/ビン)及び日収量(g/栽培日数)を図5に示す。抗酸化剤処理した菌糸から調製した種菌は、抗酸化剤未処理の菌糸から調製した種菌(Ctrl)と比較して、発生収量が有意に増加していた。また、NACで処理した菌糸から調製した種菌は、日収量についても有意な増加が認められた。
【0050】
[シイタケの栽培試験]
19.6質量部のナラのおが粉、9.0質量部のカバのおが粉、10.0質量部のフスマ、及び60質量部の水をミキサーで撹拌して、水分含量61.9%、pH 4.62の混合物を調製した。混合物をポリプロピレン製栽培袋に1 kgずつ充填し、121℃で30分間高圧殺菌して、北研607号の栽培用培地を調製した。
また、21.0質量部のナラのおが粉、8.4質量部のカバのおが粉、10.0質量部のフスマ、及び62質量部の水をミキサーで撹拌して、水分含量59.75%、pH 4.99の混合物を調製した。混合物をポリプロピレン製栽培袋に1.3 kgずつ充填し、121℃で30分間高圧殺菌して、森XR1号の栽培用培地を調製した。
【0051】
1、2又は4 mMのNACで処理したシイタケ菌株の菌糸から種菌を調製し、これを栽培用培地に約10 g接種して、温度22℃、相対湿度70%、暗条件下で90日間の菌床培養を行った。その後、除袋した菌床を発生室へ移し、温度16℃、相対湿度85%、照度約350 lx、間欠照明(12時間/日)の条件下で全面栽培を行って子実体を発生させ、傘が6~8分開いて膜切れ前後の状態になったら子実体を収穫した。収穫した子実体は大きさに応じてLL(重量49.0 g以上)、L(重量49.0 g未満~29.0 g)、M(重量29.0 g未満~14.0 g)、S(重量14.0 g未満~7.0 g)、SS(重量7.0 g未満)に分別し、それぞれの個数及び生重量を測定した。最初に発生した子実体(1次発生の子実体)の収穫が終わった後、菌床を浸水刺激して発生操作を行い、2次発生を行った。発生工程の開始から90日後に同様に3次発生まで行い、発生収量を測定した。
【0052】
NACで処理したシイタケ菌株北研607号の菌糸から調製した種菌について、1次~3次発生の子実体のサイズ別発生収量(g/菌床1 kg)を図6に、発生次毎の子実体のサイズ別発生収量(g/菌床1 kg)を図7に示す。NAC未処理の菌糸から調製した種菌(HN0)と比較して、NACで処理した菌糸から調製した種菌は、子実体の発生収量が2倍程度増加し、特に1又は2 mMのNACで処理した菌糸から調製した種菌(HN1、HN2)では、大きいサイズの発生収量が増加していた。また、発生次ごとの発生収量についても、NACで処理した菌糸から調製した種菌は、NAC未処理の菌糸から調製した種菌を上回っていた。
【0053】
NACで処理したシイタケ菌株森XR1号の菌糸から調製した種菌について、1次発生の子実体のサイズ別発生収量(g/菌床1 kg)を図8に示す。NAC未処理の菌糸から調製した種菌(MN0)と比較して、NACで処理した菌糸から調製した種菌は、子実体の発生収量の増加傾向が見られ、特に4 mMのNACで処理した菌糸から調製した種菌(MN4)では、発生収量が1.5倍程度増加していた。
【0054】
比較例1.
供試菌株としてマイタケHfpriGf08-2(北海道立総合研究機構・林産試験場)を用いた栽培試験を行った。
【0055】
[マイタケの栽培試験]
18.9質量部のカバのおが粉、8.1質量部のカラマツのおが粉、6.0質量部のフスマ、2.0質量部のおから、及び65質量部の水をミキサーで撹拌して、水分含量64.0%、pH 5.05の混合物を調製した。混合物をポリプロピレン製栽培袋に2.5 kgずつ充填し、121℃で150分間高圧殺菌して、栽培用培地を調製した。
【0056】
1 mMのNAC又は2 mMのビタミンCで処理したマイタケ菌株の菌糸から種菌を調製し、これを栽培用培地に約10 g接種して、温度22℃、相対湿度75%、暗条件下で約52日間の菌床培養を行った。その後、菌床上面を開封して発生室へ移し、温度18℃、相対湿度85%、照度約350 lx、間欠照明(12時間/日)の条件下で子実体を発生させ、傘裏部の孔が管状に発達したのが確認できる状態になったら子実体を収穫した。収穫は一次発生までとし、子実体の生重量を発生収量として測定し、日収量を算出した。
【0057】
NAC又はビタミンCで処理したマイタケ菌株HfpriGf08-2の菌糸から調製した種菌について、発生収量(g/ビン)及び日収量(g/栽培日数)を図9に示す。抗酸化剤処理した菌糸から調製した種菌は、抗酸化剤未処理の菌糸から調製した種菌(Ctrl)と比較して、発生収量の有意な減少又は減少傾向、及び日収量の有意な減少が認められた。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9