(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024111776
(43)【公開日】2024-08-19
(54)【発明の名称】アルミニウム-セラミックス接合基板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 21/12 20060101AFI20240809BHJP
C22C 21/00 20060101ALI20240809BHJP
C22C 21/06 20060101ALI20240809BHJP
【FI】
C22C21/12
C22C21/00 A
C22C21/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023016483
(22)【出願日】2023-02-06
(71)【出願人】
【識別番号】506365131
【氏名又は名称】DOWAメタルテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129470
【弁理士】
【氏名又は名称】小松 高
(72)【発明者】
【氏名】小林 幸司
(57)【要約】
【課題】アルミニウム-セラミックス接合基板において、製造時の寸法精度安定性と、アルミニウム合金からなる回路用部材の高強度特性、耐変色性を同時に改善する。
【解決手段】セラミックス板の一方の面にアルミニウム合金からなる回路用部材が接合され、他方の面にアルミニウム合金を用いたベース部材が接合されたアルミニウム-セラミックス接合基板であって、前記の各アルミニウム合金が、質量%で、Cu:0.10~1.20%、Mg:0~0.40%、Ti、ZrおよびBから選ばれる1種以上の元素の合計:0.01~0.10%、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、かつ0.10≦Cu+2Mg≦1.20を満たす化学組成を有するアルミニウム-セラミックス接合基板。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
セラミックス板の一方の面にアルミニウム合金からなる回路用部材が接合され、他方の面にアルミニウム合金を用いたベース部材が接合されたアルミニウム-セラミックス接合基板であって、
前記回路用部材のアルミニウム合金および前記ベース部材のアルミニウム合金が、質量%で、Cu:0.10~1.20%、Mg:0~0.40%、Ti、Bから選ばれる1種以上の元素の合計:0.01~0.10%、Cu、Mg、Ti、B、Al以外の元素の合計:0~0.20%、残部がAlからなり、かつ下記(1)式を満たす化学組成を有するアルミニウム-セラミックス接合基板。
0.10≦Cu+2Mg≦1.20 …(1)
ここで、(1)式の元素記号に箇所には質量%で表される当該元素の含有量の値が代入される。
【請求項2】
前記回路用部材のアルミニウム合金のビッカース硬さが18.0~30.0HVである、請求項1に記載のアルミニウム-セラミックス接合基板。
【請求項3】
前記回路用部材のアルミニウム合金の平均結晶粒径が1.0mm以下である、請求項1に記載のアルミニウム-セラミックス接合基板。
【請求項4】
前記回路用部材のアルミニウム合金の電気抵抗率が3.10μΩ・cm以下である、請求項1に記載のアルミニウム-セラミックス接合基板。
【請求項5】
前記回路用部材のアルミニウム合金の表面における算術平均粗さRaが0.80μm以下である、請求項1に記載のアルミニウム-セラミックス接合基板。
【請求項6】
前記ベース部材は、アルミニウム合金と補強部材が一体化したものである、請求項1に記載のアルミニウム-セラミックス接合基板。
【請求項7】
鋳型内にセラミックス板を、前記回路用部材と前記ベース部材のアルミニウム合金からなる部分が形成される空間を残した状態で配置する工程と、
前記化学組成に調整されたアルミニウム合金の溶湯を鋳型内の前記空間に注入し、前記セラミックス板の表面に接触している前記アルミニウム合金の溶湯を凝固させることにより、セラミックス板とアルミニウム合金とを直接接合させる工程と、
を含む、請求項1~5のいずれか1項に記載のアルミニウム-セラミックス接合基板の製造方法。
【請求項8】
鋳型内にセラミックス板および補強部材を、前記回路用部材と前記ベース部材のアルミニウム合金からなる部分が形成される空間を残した状態で配置する工程と、
前記化学組成に調整されたアルミニウム合金の溶湯を鋳型内の前記空間に注入し、前記セラミックス板の表面および前記補強部材の表面に接触している前記アルミニウム合金の溶湯を凝固させることにより、セラミックス板、補強部材のそれぞれとアルミニウム合金とを直接接合させる工程と、
を含む、請求項6に記載のアルミニウム-セラミックス接合基板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体素子を搭載するための絶縁回路基板として有用な、セラミックス板、アルミニウム合金からなる回路用部材、およびアルミニウム合金を用いたベース部材が一体化した、アルミニウム-セラミックス接合基板、およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
パワーモジュールなどの発熱量の多い半導体装置では、一般にセラミックス板の表面に板状金属からなる回路用部材が接合された絶縁回路基板が使用され、半導体素子は回路用部材の上にはんだ付けなどの方法で搭載される。回路用部材に使用する金属材料としては銅系材料やアルミニウム系材料が適用されている。アルミニウム系材料の場合は、その溶湯(溶融金属)を鋳型内に配置されたセラミックス板の表面に接触した状態で凝固させることにより、セラミックス板の表面にアルミニウム系金属からなる部材を直接接合させる「溶湯接合法」の適用が可能である。溶湯接合法によると、セラミックス板の裏面(回路用部材形成面に対して反対側の面)に、絶縁基板としての強度向上や放熱のための熱伝導を担う「ベース部材」を、回路用部材と同時に形成することができる。本明細書では、セラミックス板の一方の面に回路用部材が接合され、他方の面にベース部材が接合されて、回路用部材、セラミックス板、ベース部材が一体化した構造の絶縁基板を「ベース一体型絶縁基板」と言う。特に回路用部材とベース部材の金属材料がともにアルミニウム合金であるものを「ベース一体型アルミニウム-セラミックス接合基板」と呼ぶ。
【0003】
ベース一体型アルミニウム-セラミックス接合基板では、高温域での使用に耐えうる耐久性の改善が重要である。例えば150℃といった高温域に繰り返し昇温するヒートサイクル試験に供した場合に、セラミックスとアルミニウム合金の熱膨張差に起因するセラミックス板のクラック発生や回路用部材の表面粗さの増加に対し、高い抵抗力が認められる性能が求められる。これらの性能は、使用するアルミニウム合金の化学組成の調整によって改善できることが知られている。
【0004】
例えば、特許文献1には、MgとSiを必須含有するアルミニウム合金を溶湯接合法に適用する技術が開示されている。この手法により、セラミックス板とアルミニウム合金の間の接合欠陥が少なく、ヒートサイクル試験においてセラミックス板の優れた耐クラック発生性を呈するベース一体型アルミニウム-セラミックス接合基板の形成が可能となっている。
【0005】
特許文献2には、Ni、Feの少なくとも一方を必須含有するアルミニウム合金を溶湯接合法に適用する技術が開示されている。この手法により、ヒートサイクル試験において回路用アルミニウム合金部材の表面粗さの増加に対して高い抵抗力を呈するベース一体型アルミニウム-セラミックス接合基板の形成が可能となっている。回路用部材の表面粗さの増加抑制は、その表面にはんだ接合された半導体チップのクラック発生防止や、はんだ層のクラック発生防止に有効である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2022-25317号公報
【特許文献2】特開2022-147536号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のようなヒートサイクルに対する耐久性に関しては、特許文献1、2の技術により大きな改善が見られた。しかし、昨今では、アルミニウム合金からなる回路用部材について、初期の硬さおよびヒートサイクルを付与したのちの硬さがいずれも安定して高い値(例えばビッカース硬さで18~30HV)を呈する、強度の高いベース一体型アルミニウム-セラミックス接合基板の要求が高まっている。特許文献1の技術では初期の硬さが18HVを下回る場合が多く、回路用部材の高強度化という観点においては更なる改善が望まれる。
【0008】
一方、特許文献2の技術では回路用部材の高強度化に関しては比較的良好であるが、NiやFeを配合するアルミニウム合金で更なる高強度化(NiやFeの増量)を狙うと、溶湯接合法による製造過程において鋳型内に配置したセラミックス板が所定の位置からずれる現象が起こりやすく、寸法精度の高い製品の歩留まり確保に問題が生じるようになることがわかった。その原因は現時点で未解明であるが、NiやFeの増量に伴う溶湯の粘性変動が関係している可能性が考えられる。また、NiやFeの含有量が多くなると、溶湯接合法で得られた製品をアルカリ水溶液で洗浄した際、アルミニウム合金の表面が黒っぽく変色する現象が見られるという問題もある。
【0009】
本発明は、アルミニウム合金部分に鋳造欠陥(引け巣や粒界割れ)がなく、回路用部材(アルミニウム合金)とセラミックス板との接合部に未接合部がなく、150℃といった高温への昇温を繰り返すヒートサイクル試験において回路用部材の表面粗さの増加に対する高い抵抗力を呈するという、特許文献1あるいは2の技術によって改善された特性をいずれも維持しながら、回路用部材(アルミニウム合金)の初期およびヒートサイクル試験後の硬さが安定して高く維持される高強度特性と、アルミニウム合金の優れた耐変色性と、セラミックス板の位置ずれが安定して防止される優れた寸法精度安定性を具備する、ベース一体型アルミニウム-セラミックス接合基板の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者は研究の結果、セラミックス板と接合するアルミニウム合金として、Si、Ni、Feなどを添加元素に用いた組成ではなく、Cuあるいは更にMgを添加元素に用いた組成に調整したものを使用することによって、上記目的が達成できることを見いだした。この知見に基づき、本明細書では以下の発明を開示する。
【0011】
[1]セラミックス板の一方の面にアルミニウム合金からなる回路用部材が接合され、他方の面にアルミニウム合金を用いたベース部材が接合されたアルミニウム-セラミックス接合基板であって、
前記回路用部材のアルミニウム合金および前記ベース部材のアルミニウム合金が、質量%で、Cu:0.10~1.20%、Mg:0~0.40%、Ti、Bから選ばれる1種以上の元素の合計:0.01~0.10%、Cu、Mg、Ti、B、Al以外の元素の合計:0~0.20%、残部がAlからなり、かつ下記(1)式を満たす化学組成を有するアルミニウム-セラミックス接合基板。
0.10≦Cu+2Mg≦1.20 …(1)
ここで、(1)式の元素記号に箇所には質量%で表される当該元素の含有量の値が代入される。
[2]前記回路用部材のアルミニウム合金のビッカース硬さが18.0~30.0HVである、上記[1]に記載のアルミニウム-セラミックス接合基板。
[3]前記回路用部材のアルミニウム合金の平均結晶粒径が1.0mm以下である、上記[1]または[2]に記載のアルミニウム-セラミックス接合基板。
[4]前記回路用部材のアルミニウム合金の電気抵抗率が3.10μΩ・cm以下である、上記[1]~[3]のいずれかに記載のアルミニウム-セラミックス接合基板。
[5]前記回路用部材のアルミニウム合金の表面における算術平均粗さRaが0.80μm以下である、上記[1]~[4]のいずれかに記載のアルミニウム-セラミックス接合基板。
[6]前記ベース部材は、アルミニウム合金と補強部材が一体化したものである、上記[1]~[5]のいずれかに記載のアルミニウム-セラミックス接合基板。
[7]鋳型内にセラミックス板を、前記回路用部材と前記ベース部材のアルミニウム合金からなる部分が形成される空間を残した状態で配置する工程と、
前記化学組成に調整されたアルミニウム合金の溶湯を鋳型内の前記空間に注入し、前記セラミックス板の表面に接触している前記アルミニウム合金の溶湯を凝固させることにより、セラミックス板とアルミニウム合金とを直接接合させる工程と、
を含む、上記[1]~[5]のいずれかに記載のアルミニウム-セラミックス接合基板の製造方法。
[8]鋳型内にセラミックス板および補強部材を、前記回路用部材と前記ベース部材のアルミニウム合金からなる部分が形成される空間を残した状態で配置する工程と、
前記化学組成に調整されたアルミニウム合金の溶湯を鋳型内の前記空間に注入し、前記セラミックス板の表面および前記補強部材の表面に接触している前記アルミニウム合金の溶湯を凝固させることにより、セラミックス板、補強部材のそれぞれとアルミニウム合金とを直接接合させる工程と、
を含む、上記[6]に記載のアルミニウム-セラミックス接合基板の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、アルミニウム合金部分に鋳造欠陥(引け巣や粒界割れ)がなく、回路用部材(アルミニウム合金)とセラミックス板との接合部に未接合部がなく、150℃といった高温への昇温を繰り返すヒートサイクルで回路用部材の表面粗さの増加に対する高い抵抗力が発揮され、回路用部材の初期およびヒートサイクル付与後の硬さが安定して高く維持される高強度特性を有し、アルミニウム合金部分がアルカリ洗浄に対して優れた耐変色性を有し、かつセラミックス板の位置ずれが安定して防止される優れた寸法精度安定性を有する、ベース一体型アルミニウム-セラミックス接合基板の実現が可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の対象であるベース一体型アルミニウム-セラミックス接合基板の1態様についての平面図。
【
図3】
図2とは断面構造が異なる態様についての
図1のA-A断面図。
【
図4】
図3に示した断面構造を有するベース一体型アルミニウム-セラミックス接合基板の製造に使用することができる、セラミックス板および補強部材が配置された鋳型の断面構造を模式的に例示した図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
[ベース一体型アルミニウム-セラミックス接合基板]
図1に、本発明の対象であるベース一体型アルミニウム-セラミックス接合基板の1態様についての平面図を例示する。
図2に、
図1のA-A断面図を模式的に例示する。この断面図は基板の厚さ方向(図の上下方向)の寸法を誇張して描いてある。
セラミックス板1の一方の表面に回路用部材2が板状に接合され、セラミックス板1の他方の表面にベース部材3が接合されている。
【0015】
セラミックス板1の材料としては、半導体搭載用の絶縁基板に従来から用いられているものや、今後開発されうる強度・熱伝導性に優れる新たなセラミックスが適用できる。公知のセラミックスとしては、窒化アルミニウム(AlN)、酸化アルミニウム(Al2O3)、窒化ケイ素(Si3N4)、炭化ケイ素(SiC)の1種以上を主成分(50質量%以上含有)とするものが挙げられる。
【0016】
回路用部材2は、半導体素子をはんだ付け等により搭載するための導電部材であり、本発明では後述するアルミニウム合金からなるものが適用される。図示の回路用部材2は1つの板状部材として形成されたものを例示しているが、半導体素子の回路配置に応じて互いに電気的に孤立した配置を有する複数の回路用部材2を溶湯接合法により直接形成することも可能である。回路用部材2には、はんだ付けを容易にするため、ニッケルなどのめっきが施されていることが好ましい。
【0017】
ベース部材3は、絶縁基板としての強度向上や放熱のための熱伝導を担う部材であり、後述するアルミニウム合金が構成材料に用いられている。
図2に例示したベース部材3はアルミニウム合金単体で構成されている。
図3に、補強部材を用いた態様について、
図1のA-A断面図を模式的に例示する。この断面図は基板の厚さ方向(図の上下方向)の寸法を誇張して描いてある。この態様では、アルミニウム合金部31の中に、補強部材32が埋め込まれた形態を有している。補強部材32としては、上述のセラミックス材料、アルミニウム合金よりも融点の高い金属材料、セラミックスや金属以外の耐火材料(例えば炭素材料)などからなる1種以上のものが適用できる。補強部材32の形状は、板状やシート状であることが好適である。補強部材32を用いる場合においても、セラミックス板1との接合部にはアルミニウム合金部31が配置される。
ベース部材3は必ずしも板状体である必要はない。例えば、セラミックス板1との接合面以外の部分に放熱用のピンやフィンが鋳造により一体化されたものを適用することもできる。
【0018】
[アルミニウム合金]
発明者は、ベース一体型アルミニウム-セラミックス接合基板における回路用部材およびベース部材の構成材料であるアルミニウム合金の化学組成について、高強度化、アルカリ洗浄に対する耐変色性、および鋳造時のセラミックス板のずれ防止の観点から詳細な検討を行った。その結果、アルミニウム合金の析出強化に寄与すると考えられる元素のうちCuを添加したAl-Cu系が有望であることを見いだした。また、高強度化のためにはCuとMgの複合添加がより効果的であることも確認された。さらに、結晶粒微細化効果によりアルミニウム合金の高強度化に寄与する添加元素として知られているTi、Bの添加も、CuやMgとの共存において、耐変色性および鋳造時のセラミックス板のずれ防止に問題ないことが確認された。このような知見に基づき、本発明では、Al-Cu-(Mg)-[Ti,B]系のアルミニウム合金を適用する。ここで、( )内の元素は任意選択元素、[ ]内の元素はそのうちの1種以上を添加することが必要である元素を意味する。
【0019】
本明細書において、合金の化学組成における「%」は特に断らない限り「質量%」を意味する。
Cuは、アルミニウム合金において析出強化により高強度化に寄与する。その作用を十分に発揮させるため、本発明では0.10%以上のCu含有量を確保する。Cu含有量が0.10%以上1.20%以下の範囲ではアルカリ洗浄に対する耐変色性および鋳造時のセラミックス板のずれ防止に悪影響を及ぼさずに高強度化の作用が発揮される。Cu含有量は0.15%以上0.90%以下であることがより好ましく、0.20%以上0.80%以下であることが更に好ましい。
【0020】
Mgは任意添加元素であり、Cuとともに高強度化に寄与することから0.40%以下の範囲で添加することができる。ただし、Cu含有量の関係において、下記(1)式を満たすMg含有量とする必要がある。
0.10≦Cu+2Mg≦1.20 …(1)
ここで、(1)式の元素記号に箇所には質量%で表される当該元素の含有量の値が代入される。
Mg含有量を0.40%以下とし、かつCuとMgの含有量が(1)式の上限を超えて過剰にならないようにすることによって、導電性の過度の低下や、過度の高強度化(硬さの上昇)を回避することができる。
上記(1)式に代えて下記(1)’式を満たす組成とすることがより好ましい。
0.20≦Cu+2Mg≦1.10 …(1)’
ここで、(1)’式の元素記号に箇所には質量%で表される当該元素の含有量の値が代入される。
Cu含有量が0.20%未満の場合には、上記(1)’式を満たすようにMgを含有させることがより効果的である。
【0021】
Ti、Bについては、Ti、Bの合計含有量が0.01~0.10%の範囲となるように、これらの元素群から選ばれる1種以上の元素を含有させる。これらの元素の合計含有量を0.01%以上確保することによってアルミニウム合金の結晶粒微細化による高強度化への寄与およびヒートサイクル付与時の表面粗さの増加抑制への寄与を享受する上で有利となる。また、これらの元素の合計含有量を0.10%以下に制限することによって導電性の過度の増加を防止する上で有利となる。Tiを0.01~0.06%、かつBを0.002~0.012%の範囲で複合添加することがより効果的である。Ti、Bの合計含有量は0.02~0.08%の範囲とすることがより好ましい。
【0022】
本発明の目的(特に、高強度特性、耐変色性、寸法精度安定性の兼備)を阻害しない限り、Cu、Mg、Ti、B、Al以外の元素は合計含有量0~0.20%の範囲で含有させることができる。例えばZrは上記Tiと同様の作用が認められるので、Ti、Bの1種以上とともに複合添加してもよい。Si含有量は0.05%以下、Fe含有量は0.05%以下であることがより効果的である。
特に好ましい組成として、Cu:0.10~1.20%、Mg:0~0.40%、Ti、BおよびZrから選ばれる1種以上の元素の合計:0.01~0.10%、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、かつ上記(1)式、より好ましくは上記(1)’式を満たす組成を挙げることができる。
【0023】
[アルミニウム合金からなる回路用部材の特性]
(ビッカース硬さ)
回路用部材であるアルミニウム合金は、溶湯接合法によって得られたのち加工硬化を伴う変形や熱処理を受けていない状態(以下「アズ・キャスト」と言う。)において、ビッカース硬さが18.0HV以上である強度レベルを有することが好ましく、19.0HV以上であることがより好ましい。回路用部材のアズ・キャストでの強度レベルが十分に高いと、高強度の絶縁基板が要求される用途においても強度不足を生じにくく、用途拡大に有利となる。また、ヒートサイクルを付与したときに回路用部材が変形しにくくなり、表面粗さの過度の増加を回避する上で有利となる。一方、回路用部材のアズ・キャストでの強度レベルが過度に高くならないようにすることによって、ヒートサイクルを付与したときにセラミックス板に負荷される応力を緩和することができ、セラミックス板の損傷防止に有利となる。回路用部材のアズ・キャストでのビッカース硬さは30.0HV以下であることが好ましく、26.0HV以下であることがより好ましい。
【0024】
(電気抵抗率)
回路用部材であるアルミニウム合金の電気抵抗率は、3.10μΩ・cm以下であることが好ましい。
【0025】
(平均結晶粒径)
回路用部材であるアルミニウム合金の平均結晶粒径は、アズ・キャストにおいて、1.0mm以下であることが好ましく、0.8mm以下であることがより好ましい。結晶粒の微細化は、合金の強度向上に有効である。平均結晶粒径の下限は特に規定されないが、例えば0.05mm以上の範囲が例示できる。
平均結晶粒の測定は、研磨およびエッチングにより調製された回路用部材の表面の観察面を光学顕微鏡で観察し、JIS H0501に準拠した切断法により行うことができる。
【0026】
(表面粗さ)
回路用部材であるアルミニウム合金のアズ・キャストにおける表面粗さは、JIS B0601-2001に基づく算術平均粗さRaが0.80μm以下であることが好ましく、0.70μm以下であることがより好ましい。アズ・キャストにおける算術平均粗さRaが小さいほど、ヒートサイクルを付与したときに回路用部材の表面に大きい段差(凸部)が形成されることを防止する効果が高まり、半導体チップの割れを引き起こすリスクが軽減される。
【0027】
[製造方法]
本発明のベース一体型アルミニウム-セラミックス接合基板は、特許文献1、2に記載されるような公知の溶湯接合法によって製造することができる。
例えば、鋳型内にセラミックス板を、回路用部材とベース部材のアルミニウム合金からなる部分が形成される空間を残した状態で配置する工程と、
上述した化学組成に調整されたアルミニウム合金の溶湯を鋳型内の前記空間に注入し、前記セラミックス板の表面に接触している前記アルミニウム合金の溶湯を凝固させることにより、セラミックス板とアルミニウム合金とを直接接合させる工程と、
を含む溶湯接合法を採用することができる。
【0028】
また、アルミニウム合金と補強部材が一体化したベース部材を有するベース一体型アルミニウム-セラミックス接合基板を得る場合には、例えば、鋳型内にセラミックス板および補強部材を、前記回路用部材と前記ベース部材のアルミニウム合金からなる部分が形成される空間を残した状態で配置する工程と、
上述した化学組成に調整されたアルミニウム合金の溶湯を鋳型内の前記空間に注入し、前記セラミックス板の表面および前記補強部材の表面に接触している前記アルミニウム合金の溶湯を凝固させることにより、セラミックス板、補強部材のそれぞれとアルミニウム合金とを直接接合させる工程と、
を含む溶湯接合法を採用することができる。
【0029】
本発明のアルミニウム-セラミックス接合基板の製造に利用することができる溶湯接合法について
図4を用いて以下に説明する。以下は例示であり、これに限定されるものではない。
【0030】
図4に、
図3に示した断面構造を有するベース一体型アルミニウム-セラミックス接合基板の製造に使用することができる、セラミックス板および補強部材が配置された鋳型の断面構造を模式的に例示する。この断面図は板材の厚さ方向(図の上下方向)の寸法を誇張して描いてある。上型41と下型42により鋳型4が構成されている。上型41と下型42は、例えばガス透過性を有する炭素材料または金属材料からなる。図示の例では下型42の所定位置にセラミックス板1が載置されている。下型42とセラミックス板1の間には、回路用部材2(
図3参照)が形成される鋳型内空間200がある。
図3に示した回路用部材2を形成する場合の鋳型内空間200は1つであるが、回路用部材2の配置パターンに応じて複数の鋳型内空間200を設けてもよい。上型41と下型42の接合面付近の高さ位置に補強部材32が配置され、補強部材32の周囲には、ベース部材3を構成するアルミニウム合金部31(
図3参照)が形成される鋳型内空間310がある。補強部材32は、下型42および上型41の鋳型内空間310の、図面(紙面)に垂直な方向の両端部に設けられた図示しない溝部により挟持されるようになっている。鋳型4は溶湯を外部から注入するための図示しない注湯口を備え、鋳型4の内部には注湯口から鋳型内空間200および鋳型内空間310へ溶湯を送給するための図示しない湯道が形成されている。湯道の一部に、溶湯が通過する流路の断面を細くした狭断面流路を設けることにより、アルミニウム合金溶湯が狭断面流路を通過する際に溶湯表面の酸化皮膜を効果的に除去することができる。
【0031】
セラミックス板1、必要に応じて更に補強部材32が配置された鋳型を窒素ガス等の不活性雰囲気中において外部の熱源によって加熱し、鋳型が所定温度(例えば700~720℃)に到達したのち、溶解炉から送られた溶湯を窒素ガス等の不活性ガスにより例えば5~50kPaの圧力で加圧し、湯道を経由して鋳型内の空間に注入する。湯道で繋がっている鋳型内の空間が全てアルミニウム合金溶湯で満たされたのち、凝固を開始する。凝固の方法としては、鋳型4の外壁の一部分(例えば鋳型内空間の最も奥、すなわち溶湯が最後に到達する鋳型内面に近い部分)に冷却装置として水冷の銅ブロックを接触させるなどの方法で、指向性凝固させることが望ましい。引け巣などの鋳造欠陥を防止するために、窒素ガス等の不活性ガスにより例えば5~50kPaの圧力での加圧を継続しながら凝固を進行させることが望ましい。
【0032】
鋳型4内に注入されたアルミニウム合金の凝固が完了したのち、鋳型4から鋳造製品を取り出し、その製品に付随している湯道部分など不要なアルミニウム合金を切断などの手法で除去する。また、回路パターンの形成や寸法調整などは薬液によるエッチングによって行うことができる。エッチング前には、水酸化ナトリウムなどのアルカリ水溶液によりアルミニウム合金の表面を洗浄することが好ましい。このようにしてベース一体型アルミニウム-セラミックス接合基板を得ることができる。なお、通常、半導体素子をはんだ付け等で搭載するまでの段階で、回路用部材表面のバフ研磨やニッケルめっき等の工程が行われる。
【実施例0033】
表1に示す化学組成に調整されたアルミニウム合金の溶湯を用いて、溶湯接合法によりベース一体型アルミニウム-セラミックス接合基板を作製し、各特性を評価した。各実施例、比較例とも、使用したアルミニウム合金の化学組成を除き、製造方法および評価方法は共通である。
【0034】
(ベース一体型アルミニウム-セラミックス接合基板の作製)
図3に示した形態のベース一体型アルミニウム-セラミックス接合基板を溶湯接合法により以下のようにして作製した。
【0035】
ガス透過性を有するカーボン製の鋳型内に、窒化アルミニウム(AlN)からなるセラミックス板(サイズ120mm×92mm×1mm、ビッカース硬さ1040HV)と、補強部材として窒化アルミニウム(AlN)からなるセラミックス板(サイズ126mm×94mm×1mm、ビッカース硬さ1040HV)とを約2mmの間隔を空けて
図4に示したように配置させた。この鋳型を炉内に入れ、炉内を窒素雰囲気にして酸素濃度を4ppm以下まで低下させた。この状態でヒーターの温度制御によって鋳型を720℃まで加熱した後、表1に示す化学組成(例えば実施例1の場合、質量%で、Cu:0.30%、Ti:0.02%、B:0.004%、残部Alおよび不可避的不純物)を有するアルミニウム合金の溶湯を、鋳型の注湯口に取り付けられた注湯ノズルから、窒素ガスによって加圧することによって鋳型内に注入し、湯道の途中に設けられた狭断面流路を通して溶湯表面の酸化皮膜を取り除きながら鋳型内のすべての空間にアルミニウム合金溶湯を充填した。その後、注湯ノズルからの窒素ガスによる加圧を継続した状態で約20℃/分の冷却速度で冷却して溶湯を凝固させ、凝固終了後に約50℃/分の冷却速度で常温付近まで冷却した。
【0036】
得られた鋳造製品を鋳型から取り出し、湯道部分の不要なアルミニウム合金を切断除去したのち、回路用部材のアルミニウム合金表面を濃度3質量%の水酸化ナトリウム水溶液で洗浄した。この洗浄後のアルミニウム合金部分の表面について、変色の有無を目視により観察した。このようにして、
図1、
図3に示した形状のアズ・キャスト(鋳造後に熱履歴を付与していない状態)のベース一体型アルミニウム-セラミックス接合基板の供試材を得た。その寸法は以下の通りである。
回路用部材:114mm×86mm×0.4mm
セラミックス板:120mm×92mm×1mm
ベース部材:140mm×100mm×4mm
ベース部材中の補強部材:126mm×94mm×1mm
以下、この供試材を「アズ・キャスト材」と言う。
【0037】
(ヒートサイクル試験)
得られたアズ・キャスト材に、「-40℃×30分間、25℃×10分間、150℃×30分間、25℃×10分間」を1サイクルとするヒートサイクルを繰り返し300回付与することによって、ヒートサイクル試験後のベース一体型アルミニウム-セラミックス接合基板の供試材を得た。以下、このヒートサイクル300回付与後の供試材を「HC300材」と言う。
【0038】
(平均結晶粒径の測定)
アズ・キャスト材について、一部の例(実施例3~5、比較例2、3)を除き、回路用部材(表1記載のアルミニウム合金)の表面を塩化第二鉄水溶液でエッチング処理することによって観察面を調製し、その観察面を光学顕微鏡で観察し、JIS H0501に準拠した切断法により平均結晶粒径を測定した。この平均結晶粒径が1.0mm以下であれば結晶粒微細化に関して問題ないと評価できる。
【0039】
(電気抵抗率の測定)
アズ・キャスト材について、回路用部材(表1記載のアルミニウム合金)の導電率(%IACS)を導電率計(FOERSTER社製、SIGMATEST2.069)を用いて渦電流法により測定し、下記(2)式により換算して電気抵抗率を求めた。HC300材についても一部の例(比較例5~7、11)を除き、上記と同様に電気抵抗率を求めた。
電気抵抗率(μΩ・cm)=10000/(58.001×導電率(%IACS)) …(2)
この電気抵抗率がアズ・キャスト材、HC300材ともに3.10μΩ・cm以下である場合に導電性に関して合格と評価した。
【0040】
(硬さの測定)
アズ・キャスト材について、回路用部材(表1記載のアルミニウム合金)の表面のビッカース硬さを、マイクロビッカース硬度計(株式会社ミツトヨ製、HM-210)を用い、JIS Z2244-1:2020に準拠して試験力F=0.098N(10gf)を5秒間加えて測定した。HC300材についても一部の例(比較例5、11)を除き、上記と同様にビッカース硬さを測定した。このビッカース硬さがアズ・キャスト材で18.0以上30.0以下かつHC300材で20.0以上30.0以下である場合に高強度特性に関して合格と評価した。
【0041】
(表面粗さの測定)
アズ・キャスト材について、回路用部材(表1記載のアルミニウム合金)の表面のJIS B0601-2001に基づく算術平均粗さRaを触針式表面粗さ測定装置(株式会社ミツトヨ製、サーフテストSJ-210)により測定した。HC300材についても一部の例(比較例5、11)を除き、上記と同様に算術平均粗さRaを測定した。この算術平均粗さRaがアズ・キャスト材で0.80μm以下かつHC300材で1.00μm以下である場合に表面平滑性に関して合格と評価した。
【0042】
(鋳造欠陥の調査)
各実施例、比較例ともそれぞれ試験数n=3以上の複数のアズ・キャスト材について、セラミックス板と回路用部材(表1記載のアルミニウム合金)の界面、およびセラミックス板とベース部材(表1記載のアルミニウム合金)の界面を、超音波探傷装置(SAT)(株式会社日立パワーソリューションズ製、FineSAT V)により観察し、未接合部の有無を調べた。また、上記複数のアズ・キャスト材の外観を目視により観察し、引け巣および粒界割れの有無を調べた。調査した複数(3個以上)のアズ・キャスト材の全てにおいて、上記の未接合部、引け巣、および粒界割れの存在が全く認められなかった場合に鋳造欠陥「なし」と判定し合格と評価した。
【0043】
(耐変色性の調査)
上述の水酸化ナトリウム水溶液による洗浄後に行った目視検査によって、回路用部材(表1記載のアルミニウム合金)の表面が黒っぽく変色したことが明らかに認められる場合に変色「あり」、それ以外を変色「なし」と判定し、後者を耐変色性に関し合格と評価した。
【0044】
(セラミックス板の位置ずれの調査)
上述の未接合部の調査を行った際の超音波探傷装置(SAT)による観察において、セラミックス板の傾きを調べた。セラミックス板と回路用部材(表1記載のアルミニウム合金)の界面が、回路用部材の表面と平行なっていない場合、すなわち、回路用部材の厚さが均一になっていない場合、そのアズ・キャスト材にはセラミックス板の位置ずれが認められると判断される。調査した複数(3個以上)のアズ・キャスト材の全てにおいて位置ずれが認められなかった場合にセラミックス板の位置ずれ「なし」と判定し、寸法精度安定性に関し合格と評価した。
以上の結果を表2に示す。
【0045】
【0046】
【0047】
表1、表2からわかるように、本発明で規定する化学組成を満たすアルミニウム合金を適用した各実施例では、得られたベース一体型アルミニウム-セラミックス接合基板の回路用部材は、高強度特性、耐変色性、および寸法精度安定性に優れ、かつ導電性、表面平滑性に問題はなく、鋳造欠陥も見られなかった。
【0048】
これに対し、比較例1ではアルミニウム合金のCu+2Mgの量が多すぎたので、回路用部材の強度レベル(硬さ)が過剰に高くなった。
比較例2ではアルミニウム合金のCu+2Mgの量が更に多すぎたので、回路用部材の強度レベル(硬さ)が過剰に高くなるとともに、その導電性も悪化した。
比較例3、4ではアルミニウム合金のMg含有量およびCu+2Mgの量が多すぎたので、比較例2よりも回路用部材の強度レベル(硬さ)が高くなるとともに、その導電性も更に悪化した。
比較例5ではSiを含有しCuを含有しないAl-Si-B系合金を採用したことにより、回路用部材の平均結晶粒径が大きくなり、また鋳造欠陥か認められた。
比較例6、7ではSiを含有しCuを含有しないAl-Mg-Si-Ti-B系合金を採用したことにより、回路用部材の強度レベル(硬さ)が低かった。
比較例8、9、10ではCuを含有しないAl-Ti-B系合金を採用したことにより、回路用部材の強度レベル(硬さ)が低かった。このうち、強度レベルが特に低い比較例8、9ではHC300材において回路用部材の表面粗さの過剰な増加が見られた。
比較例11、12、13ではNiを含有しCuを含有しないAl-Ni-Ti-B系合金を採用したことにより、溶湯接合時にセラミックス板の位置ずれを起こした鋳造製品が出現し、寸法精度の安定性に劣った。このうち、Ni含有量の高い比較例11、13ではアルカリ洗浄に対する耐変色性も悪かった。
比較例14ではFeを含有しCuを含有しないAl-Fe-Ti-B系合金を採用したことにより、アズ・キャスト材において回路用部材の表面粗さが大きくなった。また、溶湯接合時にセラミックス板の位置ずれを起こした鋳造製品が出現し、寸法精度の安定性に劣った。