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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024111937
(43)【公開日】2024-08-20
(54)【発明の名称】反応装置
(51)【国際特許分類】
   B01J 19/12 20060101AFI20240813BHJP
【FI】
B01J19/12 B
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023016680
(22)【出願日】2023-02-07
(71)【出願人】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100160691
【弁理士】
【氏名又は名称】田邊 淳也
(74)【代理人】
【識別番号】100144510
【弁理士】
【氏名又は名称】本多 真由
(72)【発明者】
【氏名】堀場 貴裕
(72)【発明者】
【氏名】平井 宏俊
(72)【発明者】
【氏名】白井 聡一
【テーマコード(参考)】
4G075
【Fターム(参考)】
4G075AA04
4G075AA62
4G075BA06
4G075CA34
4G075CA36
4G075DA02
4G075DA18
4G075EB31
(57)【要約】
【課題】 反応装置において、反応のエネルギー効率を向上させる技術を提供することを目的とする。
【解決手段】 二酸化炭素の還元反応が行われる反応装置は、二酸化炭素と反応する反応物質、および二酸化炭素が供給される反応槽と、反応槽内に赤外レーザーパルスを照射する赤外レーザーパルス照射部と、を備え、赤外レーザーパルス照射部から発生される赤外レーザーパルスは、二酸化炭素、および反応物質の少なくともいずれか一方の振動励起波長に対応する波長を含む。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
二酸化炭素の還元反応が行われる反応装置であって、
二酸化炭素と反応する反応物質、および二酸化炭素が供給される反応槽と、
前記反応槽内に赤外レーザーパルスを照射する赤外レーザーパルス照射部と、
を備え、
前記赤外レーザーパルス照射部から発生される前記赤外レーザーパルスは、二酸化炭素、および前記反応物質の少なくともいずれか一方の振動励起波長に対応する波長を含む、
反応装置。
【請求項2】
請求項1に記載の反応装置であって、
前記赤外レーザーパルス照射部から発生される前記赤外レーザーパルスは、
二酸化炭素の対称伸縮振動励起、および非対称伸縮振動励起の少なくともいずれか一方に対応する500cm-1~3800cm-1の波長帯の光を含む、
反応装置。
【請求項3】
請求項1に記載の反応装置であって、
前記赤外レーザーパルス照射部から発生される前記赤外レーザーパルスのパルス幅は、二酸化炭素と前記反応物質との衝突が起こる平均自由時間以下である、
反応装置。
【請求項4】
請求項1に記載の反応装置であって、
前記赤外レーザーパルス照射部は、互いに波長が異なる3種の赤外レーザーパルスを発生可能であり、
さらに、
前記赤外レーザーパルス照射部を制御して、前記3種の赤外レーザーパルスを順に照射させる制御部を備え、
前記3種の赤外レーザーパルスの波数は、それぞれ、
1)二酸化炭素の非対称伸縮振動励起に対応する1600cm-1~2800cm-1
2)二酸化炭素の非対称伸縮振動励起および非対称伸縮振動励起に対応する500cm-1~1600cm-1
3)二酸化炭素の非対称伸縮振動励起および非対称伸縮振動励起に対応する2800cm-1~3800cm-1
である、
反応装置。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の反応装置であって、
さらに、
前記反応槽と接続され、前記反応槽に二酸化炭素を供給する二酸化炭素供給部と、
前記反応槽と接続され、前記反応槽に前記反応物質を供給する反応物質供給部と、
を備える、
反応装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、二酸化炭素を反応させる反応装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化の原因とされる二酸化炭素の排出量削減のため、さまざまな取り組みが行われている。例えば、二酸化炭素を他の物質と反応させることにより、大気中に排出される二酸化炭素量を低減する技術が研究されている。
【0003】
例えば、二酸化炭素の振動励起により二酸化炭素の還元反応を促進する技術が研究されている。具体的には、特許文献1および非特許文献1には、プラズマを用いて二酸化炭素を振動励起する技術が開示されている。非特許文献2には、二酸化炭素の変角振動励起が銅表面でのER型反応を駆動することが開示されている。
【0004】
また、光照射により二酸化炭素の還元反応を促進する技術も研究されている。特許文献2には、太陽光などに含まれる紫外光を反応容器中の光触媒に照射し、生じた光励起電子により二酸化炭素を還元する技術が開示されている。特許文献3には、太陽光の照射により、二酸化炭素、およびその反応物である炭素材を加熱、活性化し、紫外光の照射により二酸化炭素を還元する技術が開示されている。特許文献4には、光触媒を用いた二酸化炭素還元技術であって、二酸化炭素の非対称伸縮励起に対応する4.3μmの赤外レーザー光の連続光を照射することで、二酸化炭素を振動励起し還元反応を促進する技術が開示されている。非特許文献3には、チタンサファイアレーザーの基本波と二次高調波を用いて、二酸化炭素分子から酸素原子を解離させる研究が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009-202154号公報
【特許文献2】特許第6362010号
【特許文献3】特開2012-101986号公報
【特許文献4】特許第5763586号
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】J.Am.Chem.Soc.2022,144,31,14140-14149
【非特許文献2】Nat.Chem.,2019,11.8:722-729.
【非特許文献3】Phys.Chem.Chem.Phys.,2017,19,3550-3556
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1、および非特許文献1に記載の技術では、二酸化炭素の振動励起にプラズマを用いている。プラズマを発生させるには高圧電界により原子から電子を引き離す必要があり、その際必要なエネルギーは水素分子で1488kJ/mol、二酸化炭素分子で52207kJ/molである。一方、二酸化炭素分子から酸素原子を解離させるのに必要なエネルギーは531.4kJ/molであり、プラズマ生成に要するエネルギーは反応のエネルギーを大幅に上回る。
【0008】
非特許文献2は、反応機構の解明に終始しており、どのように振動励起を誘起するかという点に関しての言及はない。
【0009】
特許文献2、および特許文献3の技術では、効率的、選択的な振動励起を引き起こすことができず、二酸化炭素の還元反応におけるエネルギー効率に問題があった。特許文献4に記載の技術では、分子振動の励起は起こるものの、自発的に反応が起こるほど高振動状態に至る分子はほとんど存在せず、光触媒による還元が必要であった。非特許文献3に記載の技術では、二酸化炭素の還元反応を起こすには高強度のパルスレーザーを照射する必要があり、多くのエネルギーを要する。
【0010】
本開示は、上述した課題を解決するためになされたものであり、反応装置において、反応のエネルギー効率を向上させる技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本開示は、上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の形態として実現することが可能である。
【0012】
(1)本開示の一形態によれば、二酸化炭素の還元反応が行われる反応装置が提供される。この反応装置は、二酸化炭素と反応する反応物質、および二酸化炭素が供給される反応槽と、前記反応槽内に赤外レーザーパルスを照射する赤外レーザーパルス照射部と、を備え、前記赤外レーザーパルス照射部から発生される前記赤外レーザーパルスは、二酸化炭素、および前記反応物質の少なくともいずれか一方の振動励起波長に対応する波長を含む。
【0013】
この構成によれば、反応槽内に、二酸化炭素、および反応物質の少なくともいずれか一方の振動励起波長に対応する波長を含むコヒーレントな赤外光が照射されるため、反応槽内の二酸化炭素、および反応物質の少なくともいずれか一方を振動励起することができる。高振動状態となった分子は高い反応活性を有するため、二酸化炭素の還元反応を促進させることができる。
【0014】
また、レーザー光を用いるため、分子に、選択的に光エネルギーを注入することができる。分子に対して、振動準位のエネルギー間隔に対応する波長の光を照射すると、分子が光エネルギーを吸収し振動状態が励起する。振動準位のエネルギーはそれぞれの分子結合で固有の値を有するため、レーザーの波長を調整することで、反応に関わる特定の分子結合にのみ選択的に光エネルギーを注入することができる。熱やインコヒーレント光を用いて二酸化炭素の還元反応を促進させる場合には、レーザー光のように選択的にエネルギーを注入することができないため、この構成の反応装置によれば、二酸化炭素の還元反応におけるエネルギー効率を、熱やインコヒーレント光を用いる場合より向上させることができる。
【0015】
また、レーザー光を用いることにより、二酸化炭素、および反応物質の少なくともいずれか一方を、ボルツマン分布では到達しえない高振動状態とすることができ、高い反応活性を付与することができる。そのため、熱的限界を超えた反応速度で二酸化炭素の還元反応を起こすことが可能となる。十分に反応活性が高ければ、触媒を使用せずに常温で反応を起こすことができるため、高温の反応炉が不要となり、装置の小型化、低コスト化が可能となる。また、被毒や変性などの触媒劣化に起因する反応のサイクル性の問題を回避することができる。
【0016】
(2)上記形態の反応装置であって、前記赤外レーザーパルス照射部から発生される前記赤外レーザーパルスは、二酸化炭素の対称伸縮振動励起、および非対称伸縮振動励起の少なくともいずれか一方に対応する500cm-1~3800cm-1の波長帯の光を含んでもよい。この構成によれば、二酸化炭素を対称伸縮振動状態、および非対称伸縮振動状態の少なくともいずれか一方に励起することができるため、二酸化炭素の還元反応効率を向上させることができる。
【0017】
(3)上記形態の反応装置であって、赤外レーザーパルス照射部から発生される前記赤外レーザーパルスのパルス幅は、二酸化炭素と前記反応物質との衝突が起こる平均自由時間以下であってもよい。このようにすると、二酸化炭素と反応物質との衝突が起こる平均自由時間に1以上の赤外レーザーパルスが含まれ、二酸化炭素および反応物質の少なくともずれか一方が励起された状態で衝突が起きるため、二酸化炭素の還元反応の反応効率を向上させることができる。
【0018】
(4)上記形態の反応装置であって、前記赤外レーザーパルス照射部は、互いに波長が異なる3種の赤外レーザーパルスを発生可能であり、さらに、前記赤外レーザーパルス照射部を制御して、前記3種の赤外レーザーパルスを順に照射させる制御部を備え、前記3種の赤外レーザーパルスの波数は、それぞれ、1)二酸化炭素の非対称伸縮振動励起に対応する1600cm-1~2800cm-1 2)二酸化炭素の非対称伸縮振動励起および非対称伸縮振動励起に対応する500cm-1~1600cm-1 3)二酸化炭素の非対称伸縮振動励起および非対称伸縮振動励起に対応する2800cm-1~3800cm-1 であってもよい。このようにすると、二酸化炭素の対称伸縮振動、および非対称伸縮振動の両方が励起され、二酸化炭素の還元反応の反応効率をさらに向上させることができる。
【0019】
(5)上記形態の反応装置であって、さらに、前記反応槽と接続され、前記反応槽に二酸化炭素を供給する二酸化炭素供給部と、前記反応槽と接続され、前記反応槽に前記反応物質を供給する反応物質供給部と、を備えてもよい。この構成の反応装置によっても、二酸化炭素の還元反応の反応効率を向上させることができる。
【0020】
なお、本開示は、種々の態様で実現することが可能であり、例えば、反応装置を含むシステム等の形態で実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】反応装置1の概略構成を示す模式図である。
図2】赤外レーザーパルスの波形を示す図である。
図3図2に示す赤外レーザーパルスの時間依存スペクトルを示す図である。
図4図2に示す赤外レーザーパルスの振幅スペクトル強度を示す図である。
図5】赤外レーザーパルス励起後のCO2分子の振動準位の占有率を示す図である。
図6】熱励起(2000K)後のCO2分子の振動準位の占有率を示す図である。
図7】インコヒーレント光励起後のCO2分子の振動準位の占有率を示す。
図8】二酸化炭素および反応物質の赤外吸収スペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
<実施形態>
1.反応装置1の構成:
図1は、実施形態の反応装置1の概略構成を示す模式図である。本実施形態の反応装置1は、二酸化炭素(CO2)の還元反応が行われる装置であって、反応槽10と、反応槽10内に赤外レーザーパルスを照射する赤外レーザーパルス照射部20と、反応槽10に二酸化炭素を供給する二酸化炭素供給部30と、反応槽10に反応物質を供給する反応物質供給部40と、を備える。
【0023】
反応槽10は、内部において二酸化炭素の還元反応が行われる。反応槽10には二酸化炭素供給部30が接続され、二酸化炭素が供給されると共に、反応物質供給部40が接続され、反応物質が供給される。また、反応槽10には、赤外レーザーパルスILが透過可能な窓部12が形成されており、赤外レーザーパルス照射部20から反応槽10内に赤外レーザーパルスILが照射される。本実施形態では、後述するように、赤外レーザーパルス照射部20から二酸化炭素分子を励起する波長の赤外レーザーパルスILが反応槽10内に照射されるため、反応槽10内に供給された二酸化炭素分子が励起状態になり、反応槽10内に供給された反応物質によって還元される。反応槽10内には、二酸化炭素と反応物質以外の物質が存在しないことが好ましい。特に、二酸化炭素の振動励起波長に対応する波長の光を吸収する物質が存在しないことが好ましい。二酸化炭素の振動励起波長に対応する波長の光を吸収する物質が入っていると、選択的に二酸化炭素に注入されるエネルギーが少なくなるためである。但し、例えば、窒素(N2)等の等核二原子分子は赤外活性がないため、含まれていてもよい。本実施形態では、触媒も用いられていない。
【0024】
本実施形態では、反応槽10において、二酸化炭素の還元反応として逆水性ガスシフト反応(CO2+H2→CO+H2O)が行われる。すなわち、反応物質として水素を用いている。反応槽10において生成された生成ガスは、分離され、それぞれ貯留されてもよい。例えば、COガスを、さらに水素と反応させて、炭化水素ガスを生成する構成にしてもよい。H2Oを再利用して水電解装置により水素ガスを生成する構成にしてもよい。
【0025】
赤外レーザーパルス照射部20は、レーザー光源、ミラー、レンズ等(不図示)の光学系を含み、反応槽10内に赤外レーザーパルスILを照射する。赤外レーザーパルス照射部20から発生される赤外レーザーパルスILは、二酸化炭素の振動励起波長に対応する波長を含む。ここで、振動励起波長とは、対象とする分子(本実施形態では二酸化炭素分子)の振動準位のエネルギー準位差に対応する波長である。赤外レーザーパルスは、コヒーレント光であり、電場波形の両すそがゼロに漸近する「時間的に局在した光(短時間に集中した光電界)」である。差周波発生におけるシグナル光、アイドラー光もレーザー光に含まれる。赤外レーザーパルスILを用いるのは、化学反応が起こるほどの高次振動状態に分子を励起するためには、極短時間に光のエネルギーを集中させる必要があることと、振動緩和によるエネルギー散逸が起こる前に励起を完了させる必要があるためである。
【0026】
本実施形態において、赤外レーザーパルス照射部20から照射される赤外レーザーパルスILは、二酸化炭素の振動励起波長に対応する波長を含む。具体的には、赤外レーザーパルスILには、下記三種類の振動励起に対応する波数(波長の逆数)の光が含まれる。
(1)1600cm-1~2800cm-1
(2)500cm-1~1600cm-1
(3)2800cm-1~3800cm-1
赤外レーザーパルスILについては、後に詳述する。
【0027】
赤外レーザーパルスILの波長は、公知の方法により調整することができる。本実施形態では、二本のレーザーの差周波発生により調整する。
【0028】
二酸化炭素供給部30は、二酸化炭素を貯留する二酸化炭素貯留部32と、二酸化炭素貯留部32と反応槽10とを接続する接続管34と、を備え、反応槽10に二酸化炭素を供給する。二酸化炭素供給部30は、例えば、燃焼炉や内燃機関などの「供給源」から供給される二酸化炭素を含むガスから回収された二酸化炭素を、反応槽10に供給する。本実施形態では、二酸化炭素貯留部32は、例えば、高圧タンクであり、加圧された状態で二酸化炭素を貯留する。なお、「供給源」は燃焼炉や内燃機関に限定されず、二酸化炭素を含むガスを発生するものであればよい。
【0029】
接続管34には、二酸化炭素供給バルブ(不図示)が配置されており、制御部90と電気的に接続されている。二酸化炭素供給バルブは、制御部90からの指令に応じて開度が制御される。すなわち、二酸化炭素貯留部32から反応槽10に供給される二酸化炭素の流量は、二酸化炭素供給バルブによって調節される。
【0030】
反応物質供給部40は、反応物質を貯留する反応物質貯留部42と、反応物質貯留部42と反応槽10とを接続する接続管44と、を備え、反応槽10に反応物質を供給する。本実施形態において、上述の通り、反応物質は水素である。本実施形態では、反応物質貯留部42は、例えば、高圧タンクであり、加圧された状態で水素を貯留する。他の実施形態では、反応物質貯留部42に替えて、例えば、水電解装置を用いてもよい。
【0031】
接続管44には、水素供給バルブ(不図示)が配置されており、制御部90と電気的に接続されている。水素供給バルブは、制御部90からの指令に応じて開度が制御される。すなわち、反応物質貯留部42から反応槽10に供給される水素の流量は、水素供給バルブによって調節される。
【0032】
制御部90は、ROM、RAM、および、CPUを含んで構成されるコンピュータであり、反応装置1の全体の制御をおこなう。制御部90は、二酸化炭素供給バルブ、水素供給バルブの開閉制御を行うことにより、二酸化炭素供給部30および反応物質供給部40を制御して二酸化炭素や水素の供給を制御する。また、制御部90は、赤外レーザーパルス照射部20を制御して、上述の3種の赤外レーザーパルスILを順に照射させる。制御部90での制御については、後述する。制御部90が行う制御を実現するプログラムは、制御部90に予め記憶されている。また、プログラムはプログラム提供者側から通信ネットワークを介して、提供されてもよい。また、プログラムは、市販され、流通している可搬型記憶媒体に格納されていてもよい。この場合、この可搬型記憶媒体は外付け又は内蔵の読取装置にセットされて、制御部90によってそのプログラムが読み出されて、実行されてもよい。可搬型記憶媒体としてはCD-ROM、DVD-ROM、フレキシブルディスク、光ディスク、光磁気ディスク、ICカード、USBメモリ装置など様々な形式の記憶媒体を使用することができる。このような記憶媒体に格納されたプログラムが読取装置によって読み取られる。
【0033】
2.赤外レーザーパルスIL:
本実施形態の反応装置1において、赤外レーザーパルス照射部20から発生される赤外レーザーパルスの波長は、以下の手法により設計されている。
【0034】
2-1.二酸化炭素化学反応促進手法のための計算とシミュレーション:
二酸化炭素(CO2)の還元反応における振動励起の影響を調べるために、量子ダイナミクス計算と第一原理分子動力学計算による還元過程のシミュレーションを行った。
初めに量子ダイナミクス計算に関して説明する。量子ダイナミクス計算を行うには二酸化炭素の分子自由度を軸としたポテンシャルエネルギー曲面(以下、「PES」とも称する。PES:Potential Energy Surface )が必要となる。ここではC原子とO原子の2つの結合長を軸に取ったPESを量子化学計算プログラムGAMESS(非経験的分子軌道法/密度汎関数理論計算プログラム)によって求めた。CO2の変角自由度は180°に固定し、2つのC=O結合の結合長を1.7bohr~3.1bohrまで変化させてポテンシャルエネルギーを計算した。基底関数系としてcc-pVQZを用い、C原子およびO原子の2s,2p軌道・電子に由来する12分子軌道16電子から構成した完全活性空間を参照とする多参照理論で計算した。得られたPESに対し、還元反応を誘起する吸引性のポテンシャル(C=O結合の解離極限(結合長3.1bohr)におけるエネルギーを0.18Hartree低下させるポテンシャル)をPESに加えることで還元反応のPESを模擬した。このPES上におけるCO2の量子波束の時間発展を計算することで還元反応のシミュレーションを行った。CO2の振動励起状態の量子波束を初期状態として鈴木トロッター分解により時間依存シュレーディンガー方程式を計算し、解離極限に達した波束の確率密度を計算することでO原子の解離確率(CO2の還元確率)を求めた。シミュレーションの結果、対称伸縮がより励起された状態の方が解離反応が起こりやすいことが明らかになった。また、同じ対称伸縮モードの量子数を持つ状態を比較すると、より非対称伸縮が励起された状態の方が反応が起こりやすいことが明らかになった。
【0035】
次に第一原理分子動力学計算に関して説明する。
CO2還元反応として逆水性ガスシフト反応(CO2+H2→CO+H2O)を対象とし、第一原理分子動力学計算プログラムTeraChemにより反応のシミュレーションを行った。基底関数系として6-31G、交換相関汎関数としてB3LYPを用いて1500K,2000Kにおけるランジュバン動力学を実行し、CO2からCOに還元された分子数をカウントした。還元反応の起こりやすさに対するCO2の振動励起の影響を調べるため、0.19Hartreeの振動エネルギーを持つ対称伸縮励起状態と非対称伸縮励起状態の2種類の初期状態からシミュレーションを行った。シミュレーションを行った結果、対称伸縮を励起した場合のほうが高いCO変換率が得られることが明らかになった。
以上の結果から、CO2の還元反応を促進するには非対称伸縮励起よりも対称伸縮励起の方が重要であることが明らかになった。
【0036】
2-2.赤外レーザーパルスの設計:
上述の通り、量子ダイナミクス計算と第一原理分子動力学計算の結果から、CO2の還元反応を促進するには、非対称伸縮励起よりも対称伸縮励起の方が重要であることが明らかになった。そのような振動励起状態を設計するための赤外レーザーパルスを量子最適制御理論により設計した。最適制御の目的となる物理量として、赤外レーザーパルス照射後のCO2の量子波束に含まれる各振動モードの量子数の線形和0.8・NSS+0.2・NAS(NSS:対称伸縮振動の量子数、NAS:非対称伸縮振動の量子数)を採用した。対称伸縮の量子数の係数が大きくなるように重み付けすることで、対称伸縮励起がより重要視されるようにした。
【0037】
図2は、上述の量子最適制御理論により求められた赤外レーザーパルスの波形を示す図である。図3は、図2に示す赤外レーザーパルスの時間依存スペクトルを示す図である。図3において濃淡と電場強度の関係を表すカラーバーで示す通り、白色の箇所ほどその波数の光の強度(光電界の振幅)が強いことを示している。図4は、図2に示す赤外レーザーパルスの振幅スペクトル強度(電場スペクトル)を示す図である。図4に示す電場スペクトルより、赤外レーザーパルスには三種類の振動励起に対応する波数(波長の逆数)の光が含まれることが分かる。また、図3に示す時間依存スペクトルから、初めに上記(2)の光(波数:500cm-1~1600cm-1)で非対称振動を励起した後に(1)の光(波数:1600cm-1~2800cm-1)、(2)の光(波数:500cm-1~1600cm-1)、(3)の光(波数:2800cm-1~3800cm-1)の同時照射により対称振動励起、および非対称振動励起を引き起こしていることが分かる。本実施形態の反応装置1では、制御部90によって赤外レーザーパルス照射部20が制御されることにより、図3に示すように3種の赤外レーザーパルスが順に発生され、図2に示す赤外レーザーパルスが反応槽10内に照射される。この赤外レーザーパルスをCO2に照射することでCO2の振動励起状態が実現され、還元反応が促進される。
【0038】
図4には、赤外レーザーパルスに含まれる三種類の光を、(1)の光(波数:1600cm-1~2800cm-1)、(2)の光(波数:500cm-1~1600cm-1)、(3)の光(波数:2800cm-1~3800cm-1)として、カッコつきの番号で示している。(1)の光の照射によりCO2分子の振動状態を、非対称振動量子数NASが1増加した状態へ励起し、(2)の光の照射によりCO2分子の振動状態を、対称振動量子数NSSが1増加し、非対称振動量子数NASが1減少した状態へ励起し(非対称伸縮運動に関しては脱励起)、(3)の光の照射によりCO2分子の振動状態を、対称振動量子数NSSが1、非対称振動量子数NASが1増加した状態へ励起することができる。ここで、対称振動量子数NSS、非対称振動量子数NASはそれぞれ対称伸縮運動、非対称伸縮運動の激しさを表す数(大きいほど激しい運動)である。
【0039】
図2に示す赤外レーザーパルスのパルス幅は、2.00[ps]であり、二酸化炭素と反応物質(水素)との衝突が起こる平均自由時間(1気圧300K(常温)において数十~百[ps])以下である。そのため、二酸化炭素と反応物質との衝突が起こる平均自由時間に1以上の赤外レーザーパルスが含まれ、二酸化炭素が励起された状態で二酸化炭素と水素の衝突が起きるため、二酸化炭素の還元反応の反応効率を向上させることができる。なお、1気圧300K(常温)における水素ガスの平均自由時間が69ps、二酸化炭素ガスの平均自由時間が118ps、他の分子の単一ガス系も数十~百psオーダーであるため、二酸化炭素と水素の混合ガス系の平均自由時間を数十~百ps程度と見積もった。パルス幅2psはそのような分子同士が衝突する時間スケールよりも十分短いと考えられる。
【0040】
3.熱励起、インコヒーレント光励起との比較:
本実施形態の反応装置1において用いられる赤外レーザーパルスであって、上述の量子最適制御により設計された赤外レーザーパルス(コヒーレント光)の優位性を確認するために、熱、インコヒーレント光によるCO2分子の振動励起との比較を行った。コヒーレント光の振動励起は赤外レーザーパルス照射下におけるCO2の量子ダイナミクスシミュレーションを行うことで求めた。熱励起に関しては、300K(常温)~2000Kまでの各振動準位の占有率をボルツマン分布に基づいて決定することで求めた。インコヒーレント光励起に関しては、コヒーレント光の各周波数成分の位相を乱雑化することによって疑似インコヒーレント光を生成し、複数の疑似インコヒーレント光による量子ダイナミクスシミュレーション結果の平均をとることで求めた。
【0041】
図5は、赤外レーザーパルス(コヒーレント光)励起後のCO2分子の振動準位の占有率を示す図であり、図6は、熱励起(2000K)後のCO2分子の振動準位の占有率を示す図であり、図7は、インコヒーレント光励起後のCO2分子の振動準位の占有率を示す。図5図7では、色の濃い準位ほど占有率が高い(その状態に励起されている)ことを示している。また、図5図7では、図面右にいく程対称振動の振動が大きく、図面上に行くほど非対称伸縮の振動が大きいことを示している。
【0042】
図5に示すように、コヒーレント光(本実施形態の赤外レーザーパルス)照射後の占有率を見ると、対称伸縮、非対称伸縮ともに高次の振動状態まで励起されていることが分かる。このように激しく対称/非対称伸縮しているCO2分子に対して反応物が接近し吸引的なポテンシャルが作用すると、素早く酸素原子の解離(還元反応)が起こることが期待される。
【0043】
一方、図6に示す2000Kにおける熱励起の結果を見ると、僅かな振動励起は存在するがほとんど基底状態に留まっていることが分かる。系の温度を上げることで化学反応を促進する従来の反応制御法においては、ボルツマン分布によって決定される熱平衡的な限界が存在する。本実施形態のように赤外レーザーパルスの照射により分子を熱平衡から外れた状態、すなわち非平衡状態にすることで、熱平衡的限界を超えた反応速度を実現可能となることが期待される(図5)。
【0044】
また、図7に示すインコヒーレント光励起の結果を見ると、コヒーレント光の場合(図5)と比べて数は少ないものの、熱励起の場合(図6)より高次の振動準位に励起している。しかしながら、インコヒーレント光励起では、振動準位に励起されていても、ほとんどが非対称伸縮励起状態であり、対称伸縮の励起があまり起こっていない。このような振動励起状態のCO2分子に対して反応物が接近した場合、酸素原子の解離(還元反応)に時間を要する。反応物の接近(衝突)は速い時間スケールで起こるため、解離に時間を要することは還元反応が起こりにくいことを意味する。
【0045】
上述の通り生成したインコヒーレント光はコヒーレント光(本実施形態の赤外レーザーパルス)とスペクトル強度は同じであるため、振動励起に必要な波長の光を含んでいる。しかしながら、光の位相が乱雑化しているためにコヒーレント光のように効率的に高次の振動準位に励起することができない。また、インコヒーレント光は乱雑な位相の光の集合であり、それぞれの乱雑位相光による振動励起の様相は等しくないことから、目的の振動状態への選択的な励起を実現することができない。すなわち、高温熱源や電球の光にもCO2分子の振動励起に対応する波長の赤外光は含まれているが、それらの光は位相の揃っていないインコヒーレント光であるため、コヒーレント光を用いた場合のような選択的な振動励起は実現できない。
【0046】
また、ここでは疑似インコヒーレント光としてコヒーレント光のスペクトル強度はそのままに位相のみを乱雑化した光を用いたが、本来、インコヒーレント光は、コヒーレント光のような狭線幅なスペクトルとはならず、広い波長分布を持つブロードなスペクトルとなる。熱源の温度制御などによりインコヒーレント光の波長帯をある程度制御できたとしても、その波長帯を分子の振動励起波長に集中させることはできないため、分子に吸収されない光の成分が存在する。したがってインコヒーレント光励起はレーザーのようなコヒーレント光励起と比べ、エネルギー効率が劣る。赤外光として赤外レーザーによって生成したコヒーレント光を用いることで、効率的かつ選択的に高振動状態に励起させることが可能となる。
【0047】
代表的なCO2還元反応である逆水性ガスシフト反応やサバティエ反応は、従来、数百度の高温環境で触媒を用いて反応を進行させている。熱と触媒は熱平衡過程の反応速度を決定するボルツマン因子を増加させる役割を果たす。このような従来の熱化学的な反応手法を凌駕した反応速度、エネルギー効率を達成するためには熱平衡過程から脱却する必要がある。すなわち、反応物を熱平衡状態から外れた非平衡状態にすることで、熱平衡的な限界を超えた反応速度を実現することができる可能性が生まれる。本実施形態では赤外レーザーパルスをCO2及び反応物質に照射することでCO2の還元反応を促進する。レーザー光を用いる利点は、分子への効率的、選択的なエネルギー注入が可能な点である。分子に対して、振動準位のエネルギー間隔に対応する波長の光(赤外光)を照射すると、分子が光エネルギーを吸収し振動状態が励起する。振動準位のエネルギーはそれぞれの分子結合で固有の値を有するため、レーザーの波長を調整することで、反応に関わる特定の分子結合にのみ選択的に光エネルギーを注入することができる。熱の場合、エネルギー等分配則により分子のすべての運動の自由度に均等に熱エネルギーが分散するため、レーザー光のような選択的なエネルギー注入は不可能であり、エネルギー効率が劣る。また、光を用いる非平衡過程であってもインコヒーレント光を用いた場合は光の波長、位相が揃っていないため、レーザー光のような選択的なエネルギー投入を実現することはできない。レーザー光により、ボルツマン分布では到達しえない高振動状態となった分子は高い反応活性を有し、熱的限界を超えた反応速度でCO2反応を起こすことが可能となる。十分に反応活性が高ければ、触媒を使用せずに常温で反応を起こすことができるため、高温の反応炉が不要となり、また被毒や変性などの触媒劣化に起因する反応のサイクル性の問題を回避することができる。
【0048】
以上説明したように、本実施形態の反応装置1によれば、二酸化炭素と、反応物質としての水素とが供給された反応槽10内に、二酸化炭素分子の振動励起波長に対応する波長を含む赤外レーザーパルスILを照射する赤外レーザーパルス照射部20を有するため、二酸化炭素分子を高振動状態にすることができ、二酸化炭素の還元反応を促進することができる。
【0049】
すなわち、反応装置1では、二酸化炭素分子の振動励起のために赤外レーザー光を用いており、この過程ではプラズマ生成のような大きなエネルギーを要する電子励起を伴わないため、二酸化炭素分子の振動励起にプラズマを用いる場合(例えば、特許文献1、非特許文献1に記載の技術)と比較して、省エネルギーで反応を促進することが可能となる。
【0050】
反応装置1は、赤外レーザー光照射により分子振動を励起することで化学反応を起こす技術を用いており、特許文献2のような還元に必要な電子の供給源となる光触媒を必要としないため、触媒の劣化問題を回避することができる。
【0051】
また、例えば、特許文献3に記載の技術では、太陽光のような波長、位相の揃っていないインコヒーレント光を用いて二酸化炭素を加熱、活性化しており、効率的、選択的な二酸化炭素分子の振動励起を引き起こすことができないため、後段で紫外光による還元を必要としている。これに対し、反応装置1では、赤外光としてコヒーレント光であるレーザー光を用いているため、効率的、選択的に光エネルギーを注入することができ、自発的に反応が起こるほどの高振動状態に励起することができる。そのため、特許文献3の技術における後段の紫外光による還元工程を要さないため、反応のエネルギー効率を向上させることができる。
【0052】
また、反応装置1では、赤外光としてコヒーレント光であるレーザー光を用いるため熱やインコヒーレント光を用いて二酸化炭素の還元反応を促進させる場合と比較して、選択的にエネルギーを注入することができ、二酸化炭素の還元反応におけるエネルギー効率を、熱やインコヒーレント光を用いる場合より向上させることができる。
【0053】
また、例えば、特許文献4に記載の技術では、赤外レーザー光の連続光を用いて二酸化炭素分子を振動励起しており、分子振動の励起は起こるものの、自発的に反応が起こるほど高振動状態に至る分子はほとんど存在しない。そのため、特許文献4の技術では光触媒による還元が必要となる。これに対し、反応装置1はパルスレーザーを用いるため、短時間に光のエネルギーを集中させることができ、二酸化炭素分子の高振動状態を達成することができる。その結果、光触媒による還元を不要とすることができる。
【0054】
また、例えば、非特許文献3の技術ではパルスレーザーの照射により二酸化炭素分子から酸素原子を解離させる研究であり、パルスレーザーとして、チタンサファイアレーザーの基本波と二次高調波を用いている。この波長は二酸化炭素分子の振動励起波長に対応していないため分子に対する吸光度は大きくない。そのため、反応を起こすには高強度のパルスレーザーを照射する必要があり、大きなエネルギーを要するため、エネルギー効率に問題がある。これに対し、本実施形態の反応装置1は、二酸化炭素分子の振動励起に対応した赤外レーザー光を用いるため、分子に効率的にエネルギーを注入することが可能であることから、比較的低強度のレーザーで還元反応を起こすことが可能となり、エネルギー効率を向上させることができる。
【0055】
すなわち、本実施形態の反応装置1によれば、振動励起に対応した波長を有する赤外パルスレーザー光を照射することで、自発的に反応が起こるほど二酸化炭素分子を高振動状態に励起することが可能であり、反応を起こすために光触媒や紫外光照射を必要としない。その結果、反応のエネルギー効率や装置の省コスト、省スペース化に優れた反応装置を提供することができる。また、触媒の劣化問題を回避することで、反応のサイクル性を向上させることが可能となる。
【0056】
本実施形態の反応装置1において、赤外レーザーパルス照射部20は、互いに波長が異なる3種の赤外レーザーパルスを発生可能であり、3種の赤外レーザーパルスの波数は、それぞれ、1)二酸化炭素の非対称伸縮振動励起に対応する1600cm-1~2800cm-1、2)二酸化炭素の非対称伸縮振動励起および非対称伸縮振動励起に対応する500cm-1~1600cm-1、3)二酸化炭素の非対称伸縮振動励起および非対称伸縮振動励起に対応する2800cm-1~3800cm-1である。上述の通り、制御部90によって、これら3種類の赤外レーザーパルスを反応槽10内に照射させることにより、還元反応が最も促進される対称/非対称伸縮運動が同時に励起された状態を、効率よく生成することができる。その結果、二酸化炭素の還元反応の反応効率を向上させることができる。
【0057】
<本実施形態の変形例>
本発明は上記の実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様において実施することが可能であり、例えば次のような変形も可能である。
【0058】
・上記実施形態において、二酸化炭素の還元反応として、逆水性ガスシフト反応(CO2+H2→CO+H2O)を例示したが、反応槽における二酸化炭素の還元反応は、上記実施形態に限定されず、種々の二酸化炭素還元反応が行われ得る。例えば、下記の二酸化炭素還元反応が行われてもよい。
(例1)水素との反応(サバティエ反応):CO2+4H2→CH4+2H2
(例2)メタンとの反応:CO2+CH4→2CO+2H2
(例3)水との反応(水分解+CO2還元):CO2+H2O→CO+H2+O2
(例4)CO2からの直接アルコール合成(メタノール:CO2+3H2→CH3OH+H2O、エタノール:2CO2+6H2→C25OH+3H2O)
(例5)逆水性ガスシフト反応(CO2+H2→CO+H2O)を介したフィッシャー・トロプシュ反応(nCO+2nH2→(CH2n+nH2O)
各還元反応に応じて、反応槽の内圧を高めたり、触媒を用いてもよい。
【0059】
・上記実施形態では、赤外レーザーパルス照射によってCO2を振動励起する例を示したが、赤外レーザーパルス照射によってCO2と反応する物質(反応物質)を振動励起してもよいし、CO2と反応物質の両方を振動励起してもよい。CO2と反応物質の両方の振動励起を行うことで、更に反応性を向上させることができる。上記のCO2還元反応の反応物質の中で、水素は等核二原子分子であるため赤外光の吸光はないが、メタン、水分子は赤外吸光が存在する。
【0060】
図8は、二酸化炭素および反応物質の赤外吸収スペクトルを示す図である。図8(A)は二酸化炭素(気体)の赤外吸収スペクトルを示し、図8(B)はメタン(気体)の赤外吸収スペクトルを示し、図8(C)は水(気体)の赤外吸収スペクトルを示す。CO2の振動励起波長に加え、反応物質の赤外吸収波長を有する赤外レーザー光を照射することで、CO2と反応物質がともに振動励起し、どちらか一方のみを振動励起した場合よりも反応が促進される可能性ある。なお、水素のような等核二原子分子であっても二種類の波長のレーザー光照射による誘導ラマン過程を使うことで、振動励起を引き起こすことができる。
【0061】
すなわち、赤外レーザーパルスの波長は、上記実施形態に限定されず、振動励起する対象分子の振動励起波長に対応する波長を含めばよい。例えば、反応槽10において上記(例2)の還元反応が行われ、メタンを振動励起する場合、赤外レーザーパルスが、波数1200cm-1~1400cm-1の光と、波数2800cm-1~3200cm-1の光を含んでもよい。また、例えば、反応槽10において上記(例3)の還元反応が行われ、水を振動励起する場合、赤外レーザーパルスが、波数1300cm-1~2000cm-1の光と、波数3400cm-1~4000cm-1の光を含んでもよい。
【0062】
・上記実施形態では、赤外レーザーパルスのパルス幅が二酸化炭素と反応物質(水素)との衝突が起こる平均自由時間以下である例を示したが、赤外レーザーパルスのパルス幅は二酸化炭素と反応物質との衝突が起こる平均自由時間より大きくてもよい。このようにしても、二酸化炭素分子の振動励起により、還元反応の促進効果を得ることができる。但し、赤外レーザーパルスのパルス幅は二酸化炭素と反応物質との衝突が起こる平均自由時間以下であると、より還元反応が促進されるため、好ましい。
【0063】
・上記実施形態において、赤外レーザーパルス照射部20は、互いに波長が異なる3種の赤外レーザーパルスを発生可能であり、3種の赤外レーザーパルスの波数は、それぞれ、1)二酸化炭素の非対称伸縮振動励起に対応する1600cm-1~2800cm-1、2)二酸化炭素の非対称伸縮振動励起および非対称伸縮振動励起に対応する500cm-1~1600cm-1、3)二酸化炭素の非対称伸縮振動励起および非対称伸縮振動励起に対応する2800cm-1~3800cm-1である例を示したが、赤外レーザーパルス照射部20から照射される赤外レーザーパルスは、3種に限定されず、1種でもよく、2種でもよく、4種以上でもよい。例えば、赤外レーザーパルスの波数は、二酸化炭素分子の非対称伸縮励起に対応する1600cm-1~2800cm-1のみでもよく、対称、非対称伸縮励起に対応する2800cm-1~3800cm-1のみでもよい。また、例えば、それらを両方含む2種であってもよい。
【0064】
・上記実施形態において、反応装置1は、赤外レーザーパルス照射部20を制御して、3種の赤外レーザーパルスを順に照射させる制御部90を備える構成を例示したが、反応装置は制御部90を備えない構成にしてもよい。例えば、上述のように、1種の赤外レーザーパルスを照射する構成の場合には、スイッチをONにすることにより赤外レーザーパルスが照射される構成にしてもよい。また、2種以上の赤外レーザーパルスを照射させる場合にも、同時に照射する構成にしてもよい。また、制御部が、2種、または4種以上の赤外レーザーパルスを順に照射させる構成にしてもよい。
【0065】
・上記実施形態において、反応装置1が二酸化炭素供給部30と反応物質供給部40とを備える構成を例示したが、反応装置は、二酸化炭素供給部30と反応物質供給部40とを備えなくてもよい。例えば、反応装置に、外部の二酸化炭素供給装置と、反応物質供給装置を接続してもよい。
【0066】
・上記各実施形態において、ハードウェアによって実現されていた構成の一部をソフトウェアに置き換えるようにしてもよく、逆に、ソフトウェアによって実現されていた構成の一部をハードウェアに置き換えるようにしてもよい。また、本開示の機能の一部または全部がソフトウェアで実現される場合には、そのソフトウェア(コンピュータプログラム)は、コンピュータ読み取り可能な記録媒体に格納された形で提供することができる。「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、フレキシブルディスクやCD-ROMのような携帯型の記録媒体に限らず、各種のRAMやROM等のコンピュータ内の内部記憶装置や、ハードディスク等のコンピュータに固定されている外部記憶装置も含んでいる。すなわち、「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、データパケットを一時的ではなく固定可能な任意の記録媒体を含む広い意味を有している。
【0067】
以上、実施形態、変形例に基づき本態様について説明してきたが、上記した態様の実施の形態は、本態様の理解を容易にするためのものであり、本態様を限定するものではない。本態様は、その趣旨並びに特許請求の範囲を逸脱することなく、変更、改良され得るとともに、本態様にはその等価物が含まれる。また、その技術的特徴が本明細書中に必須なものとして説明されていなければ、適宜、削除することができる。
【0068】
本開示は、以下の適用例としても実現することが可能である。
[適用例1]
二酸化炭素の還元反応が行われる反応装置であって、
二酸化炭素と反応する反応物質、および二酸化炭素が供給される反応槽と、
前記反応槽内に赤外レーザーパルスを照射する赤外レーザーパルス照射部と、
を備え、
前記赤外レーザーパルス照射部から発生される前記赤外レーザーパルスは、二酸化炭素、および前記反応物質の少なくともいずれか一方の振動励起波長に対応する波長を含む、
反応装置。
[適用例2]
適用例1に記載の反応装置であって、
前記赤外レーザーパルス照射部から発生される前記赤外レーザーパルスは、
二酸化炭素の対称伸縮振動励起、および非対称伸縮振動励起の少なくともいずれか一方に対応する500cm-1~3800cm-1の波長帯の光を含む、
反応装置。
[適用例3]
適用例1または適用例2に記載の反応装置であって、
前記赤外レーザーパルス照射部から発生される前記赤外レーザーパルスのパルス幅は、二酸化炭素と前記反応物質との衝突が起こる平均自由時間以下である、
反応装置。
[適用例4]
適用例1から適用例3のいずれか一項に記載の反応装置であって、
前記赤外レーザーパルス照射部は、互いに波長が異なる3種の赤外レーザーパルスを発生可能であり、
さらに、
前記赤外レーザーパルス照射部を制御して、前記3種の赤外レーザーパルスを順に照射させる制御部を備え、
前記3種の赤外レーザーパルスの波数は、それぞれ、
1)二酸化炭素の非対称伸縮振動励起に対応する1600cm-1~2800cm-1
2)二酸化炭素の非対称伸縮振動励起および非対称伸縮振動励起に対応する500cm-1~1600cm-1
3)二酸化炭素の非対称伸縮振動励起および非対称伸縮振動励起に対応する2800cm-1~3800cm-1
である、
反応装置。
[適用例5]
適用例1から適用例4のいずれか一項に記載の反応装置であって、
さらに、
前記反応槽と接続され、前記反応槽に二酸化炭素を供給する二酸化炭素供給部と、
前記反応槽と接続され、前記反応槽に前記反応物質を供給する反応物質供給部と、
を備える、
反応装置。
【符号の説明】
【0069】
1…反応装置
10…反応槽
12…窓部
20…赤外レーザーパルス照射部
30…二酸化炭素供給部
32…二酸化炭素貯留部
34…接続管
40…反応物質供給部
42…反応物質貯留部
44…接続管
90…制御部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8