(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024111947
(43)【公開日】2024-08-20
(54)【発明の名称】超高強度鋼管杭及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240813BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20240813BHJP
B23K 35/30 20060101ALI20240813BHJP
C21D 8/02 20060101ALI20240813BHJP
B21C 37/08 20060101ALI20240813BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/58
B23K35/30 320A
C21D8/02 A
B21C37/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023016701
(22)【出願日】2023-02-07
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100184859
【弁理士】
【氏名又は名称】磯村 哲朗
(74)【代理人】
【識別番号】100123386
【弁理士】
【氏名又は名称】熊坂 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100196667
【弁理士】
【氏名又は名称】坂井 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】谷澤 彰彦
(72)【発明者】
【氏名】村岡 隆二
(72)【発明者】
【氏名】松井 篤美
(72)【発明者】
【氏名】竹内 誠人
(72)【発明者】
【氏名】塩崎 禎郎
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA04
4K032AA05
4K032AA08
4K032AA11
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA21
4K032AA22
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4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA35
4K032AA36
4K032AA40
4K032BA01
4K032BA03
4K032CA02
4K032CA03
4K032CC02
4K032CC03
4K032CC04
4K032CD06
4K032CF01
4K032CF02
4K032CM01
(57)【要約】
【課題】超高強度鋼管杭及びその製造方法を提供する。
【解決手段】 本発明は母材部と管軸方向にサブマージアーク溶接で形成された溶接部とを有する超高強度鋼管杭であり、母材部は特定の成分組成を有し、母材部の成分は式(1)のPcmが0.170~0.220であり、溶接部の溶接金属は特定の成分組成を有し、溶接金属の成分は式(1)のPcmが0.200~0.300かつ式(2)のCSが0.0以上であり、母材部の管軸方向の降伏強度が700MPa以上、母材部の管軸方向の引張強度が780~930MPa、溶接継手の管周方向の引張強度が780MPa以上、母材部および溶接金属は-10℃におけるシャルピー吸収エネルギーが27J以上である。
Pcm=C+Mn/20+Si/30+Cu/20+Ni/60+Cr/20+Mo/15+V/10+5B …(1)
CS=5.1-36.3C-0.6Mn-Ni+1.4Mo …(2)
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材部と管軸方向にサブマージアーク溶接で形成された溶接部とを有する超高強度鋼管杭であって、
前記母材部の成分組成は、質量%で、
C:0.04~0.11%、
Si:0.55%以下、
Mn:1.30~2.00%、
P:0.030%以下、
S:0.006%以下、
Al:0.060%以下、
Nb:0.01~0.10%、
N:0.006%以下
を含有し、さらに、
Cu:1.00%以下、
Ni:1.00%以下、
Cr:1.00%以下、
Mo:1.00%以下、
V:0.10%以下、
Ti:0.05%以下、
B:0.0050%以下、
Ca:0.0100%以下、
Mg:0.0100%以下、
REM:0.100%以下
のうちから選ばれた1種以上を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
前記母材部の成分は、式(1)で規定されるPcmが0.170~0.220であり、
前記溶接部の溶接金属の成分組成は、質量%で、
C:0.04~0.11%、
Si:0.20~0.55%、
Mn:1.30~2.00%、
Ni:0.50~5.00%、
Mo:0.30~5.00%、
N:0.010%以下、
O:0.060%以下、
P:0.030%以下、
S:0.010%以下、
Al:0.100%以下
を含有し、さらに、
Cu:1.00%以下、
Cr:1.00%以下、
Nb:0.08%以下、
V:0.10%以下、
Ti:0.05%以下、
B:0.0050%以下、
Ca:0.0100%以下、
Mg:0.0100%以下、
REM:0.100%以下
のうちから選ばれた1種以上を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
前記溶接金属の成分は、式(1)で規定されるPcmが0.200~0.300であり、かつ式(2)で規定されるCSが0.0以上であり、
前記母材部の管軸方向の降伏強度が700MPa以上、前記母材部の管軸方向の引張強度が780~930MPaであり、
溶接継手の管周方向の引張強度が780MPa以上であり、
前記母材部および前記溶接金属は、-10℃におけるシャルピー吸収エネルギーが27J以上である、超高強度鋼管杭。
Pcm=C+Mn/20+Si/30+Cu/20+Ni/60+Cr/20+Mo/15+V/10+5B ・・・(1)
CS=5.1-36.3C-0.6Mn-Ni+1.4Mo ・・・(2)
ここで、式(1)および式(2)における各元素は含有量(質量%)を表し、含有しない元素は含有量を0とする。
【請求項2】
請求項1に記載の超高強度鋼管杭の製造方法であって、
前記母材部の成分組成を有する鋼を、1000~1250℃に加熱後、圧延終了温度を650~950℃とする熱間圧延を行い、次いで500℃以下の冷却停止温度まで加速冷却を行い、次いで空冷により室温まで冷却して厚鋼板とし、
前記厚鋼板を冷間で管状に成形し、前記管状の突合せ部を管軸方向に、1極の成分組成あるいは複数電極の平均成分組成が、質量%で、C:0.01~0.14%、Si:0.20~0.70%、Mn:0.70~2.30%、Ni:1.0~10.0%およびMo:0.5~5.0%を含有する溶接ワイヤとフラックスとを用いて、サブマージアーク溶接を行い、前記溶接金属を形成する、超高強度鋼管杭の製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載の超高強度鋼管杭の製造方法であって、
前記母材部の成分組成を有する鋼を、1000~1250℃に加熱後、圧延終了温度を650~950℃とする熱間圧延を行い、次いで300℃未満の冷却停止温度まで加速冷却を行い、次いで300~650℃の焼き戻し温度まで再加熱し、次いで室温まで冷却して厚鋼板とし、
前記厚鋼板を冷間で管状に成形し、前記管状の突合せ部を管軸方向に、1極の成分組成もしくは複数電極の平均成分組成が、質量%で、C:0.01~0.14%、Si:0.20~0.70%、Mn:0.70~2.30%、Ni:1.0~10.0%およびMo:0.5~5.0%を含有する溶接ワイヤとフラックスとを用いて、サブマージアーク溶接を行い、前記溶接金属を形成する、超高強度鋼管杭の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、母材部の管軸方向の降伏強度が700MPa以上である超高強度鋼管杭及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、大規模地震への対応として、構造物の基礎として用いられる鋼管杭に対しても、高強度化が強く要望される。特に鋼管杭そのものの塑性化が許容されない構造物の設計の場合、これまでの引張強度570MPa級の鋼管杭を使用すると、単純な杭の埋設だけでは塑性化の抑制が困難であり、支持杭を設置するなどの特殊な構造の採用が必要となってしまう。その結果、工期、費用、設置スペースの観点から実現不可能となる場合が多い。さらに、特に寒冷地で使用される鋼管杭には、高い低温靱性も必要となる場合があり、比較的高強度化が容易な遠心鋳造鋼管などを鋼管杭に適用することを困難にしている。
【0003】
鋼管杭は大量製造が必要な品種であるため、母材の製造には焼入れ焼き戻しプロセスよりもTMCPプロセスを適用することが望ましい。
【0004】
これに対し、例えば特許文献1および2には、熱延鋼板に冷間ロール成形工程を施した鋼管素材を溶接することで、高強度と高靭性を両立する鋼管杭用電縫鋼管の製造方法を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第6690787号公報
【特許文献2】特許第6690788号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1および2に記載の製造方法は、降伏強度が450MPa以上624MP以下である鋼管杭について記載しているが、さらに高強度な鋼管杭の製造には対応できない。
【0007】
地すべり抑止や港湾部の土留めに用いられる鋼管杭の場合、管軸方向に応力がかかり、さらに弾性範囲内で設計されることが通常であるため、降伏強度が重要な強度パラメータとなる。管軸方向の降伏強度が700MPa以上あれば、東日本大震災クラスの大震動や津波があった際も弾性範囲内で変形に耐えることができ、地震による鋼管杭の変形に起因した周囲の地盤の陥没、隆起を抑えることができる。厚鋼板を素材とした管軸方向の降伏強度や引張強度は管周方向よりも低くなることが多く、従来の管軸方向を超高強度化した溶接鋼管では管軸方向の超高強度化が達成できていないケースがあることも課題である。
【0008】
また、溶接鋼管をサブマージアーク溶接により製造する場合、高強度材で問題となる低温割れの発生を抑制することが重要な課題となる。
【0009】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、優れた靱性を有するとともに、優れた耐低温割れ性を有する、超高強度鋼管杭及びその製造方法を提供することを目的とする。
【0010】
ここで、本発明における「超高強度」とは、母材部の管軸方向の降伏強度が700MPa以上、母材部の管軸方向の引張強度が780~930MPaであり、かつ、溶接継手の管周方向の引張強度が780MPa以上であることを指す。
【0011】
また、本発明における「優れた靱性」とは、母材部および溶接金属における、-10℃におけるシャルピー吸収エネルギーが27J以上であることを指す。
【0012】
また、本発明における「優れた耐低温割れ性」とは、溶接部に対してJIS Z3060で超音波探傷試験を行い、割れが検出されない場合を指す。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、母材部の管軸方向の降伏強度が700MPa以上の超高強度鋼管杭を高い生産性で製造する技術について検討した結果、以下の知見を得た。
【0014】
まず、高い生産性を維持するために鋼管の素材となる厚鋼板の製造方法は、TMCP(Thermo-Mechanical Control Process)もしくはDQT(Direct Quenching and Tempering)とした。さらに、鋼管軸方向の溶接方法は、サブマージアーク溶接とした。
【0015】
上記の前提において最も問題となるのは、溶接性の確保である。そこで、本発明では、超高強度の鋼管であっても優れた耐低温割れ性を確保するために、更に検討した。その結果、母材部の成分組成としてはPcm≦0.220、および、溶接金属の成分組成としてはPcm≦0.300かつCS≧0.0を確保することで、予熱を行うことなく、鋼管軸方向の溶接施工を行っても低温割れが発生しないことを明らかにした。また、溶接継手の継手強度を確保するためには母材部の成分組成をPcm≧0.170および溶接金属の成分組成をPcm≧0.200に制御する必要があることも明らかにした。
【0016】
本発明は、上記した知見にさらに検討を加えて完成されたものであり、本発明の要旨は以下のとおりである。
[1] 母材部と管軸方向にサブマージアーク溶接で形成された溶接部とを有する超高強度鋼管杭であって、
前記母材部の成分組成は、質量%で、
C:0.04~0.11%、
Si:0.55%以下、
Mn:1.30~2.00%、
P:0.030%以下、
S:0.006%以下、
Al:0.060%以下、
Nb:0.01~0.10%、
N:0.006%以下
を含有し、さらに、
Cu:1.00%以下、
Ni:1.00%以下、
Cr:1.00%以下、
Mo:1.00%以下、
V:0.10%以下、
Ti:0.05%以下、
B:0.0050%以下、
Ca:0.0100%以下、
Mg:0.0100%以下、
REM:0.100%以下
のうちから選ばれた1種以上を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
前記母材部の成分は、式(1)で規定されるPcmが0.170~0.220であり、
前記溶接部の溶接金属の成分組成は、質量%で、
C:0.04~0.11%、
Si:0.20~0.55%、
Mn:1.30~2.00%、
Ni:0.50~5.00%、
Mo:0.30~5.00%、
N:0.010%以下、
O:0.060%以下、
P:0.030%以下、
S:0.010%以下、
Al:0.100%以下
を含有し、さらに、
Cu:1.00%以下、
Cr:1.00%以下、
Nb:0.08%以下、
V:0.10%以下、
Ti:0.05%以下、
B:0.0050%以下、
Ca:0.0100%以下、
Mg:0.0100%以下、
REM:0.100%以下
のうちから選ばれた1種以上を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
前記溶接金属の成分は、式(1)で規定されるPcmが0.200~0.300であり、かつ式(2)で規定されるCSが0.0以上であり、
前記母材部の管軸方向の降伏強度が700MPa以上、前記母材部の管軸方向の引張強度が780~930MPaであり、
溶接継手の管周方向の引張強度が780MPa以上であり、
前記母材部および前記溶接金属は、-10℃におけるシャルピー吸収エネルギーが27J以上である、超高強度鋼管杭。
Pcm=C+Mn/20+Si/30+Cu/20+Ni/60+Cr/20+Mo/15+V/10+5B ・・・(1)
CS=5.1-36.3C-0.6Mn-Ni+1.4Mo ・・・(2)
ここで、式(1)および式(2)における各元素は含有量(質量%)を表し、含有しない元素は含有量を0とする。
[2] [1]に記載の超高強度鋼管杭の製造方法であって、
前記母材部の成分組成を有する鋼を、1000~1250℃に加熱後、圧延終了温度を650~950℃とする熱間圧延を行い、次いで500℃以下の冷却停止温度まで加速冷却を行い、次いで空冷により室温まで冷却して厚鋼板とし、
前記厚鋼板を冷間で管状に成形し、前記管状の突合せ部を管軸方向に、1極の成分組成あるいは複数電極の平均成分組成が、質量%で、C:0.01~0.14%、Si:0.20~0.70%、Mn:0.70~2.30%、Ni:1.0~10.0%およびMo:0.5~5.0%を含有する溶接ワイヤとフラックスとを用いて、サブマージアーク溶接を行い、前記溶接金属を形成する、超高強度鋼管杭の製造方法。
[3] [1]に記載の超高強度鋼管杭の製造方法であって、
前記母材部の成分組成を有する鋼を、1000~1250℃に加熱後、圧延終了温度を650~950℃とする熱間圧延を行い、次いで300℃未満の冷却停止温度まで加速冷却を行い、次いで300~650℃の焼き戻し温度まで再加熱し、次いで室温まで冷却して厚鋼板とし、
前記厚鋼板を冷間で管状に成形し、前記管状の突合せ部を管軸方向に、1極の成分組成もしくは複数電極の平均成分組成が、質量%で、C:0.01~0.14%、Si:0.20~0.70%、Mn:0.70~2.30%、Ni:1.0~10.0%およびMo:0.5~5.0%を含有する溶接ワイヤとフラックスとを用いて、サブマージアーク溶接を行い、前記溶接金属を形成する、超高強度鋼管杭の製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、例えば津波防護構造などに用いられる母材部の管軸方向の降伏強度が700MPa以上である超高強度鋼管杭を高い生産性で製造でき、産業上極めて有効である。また、本発明によれば、優れた靱性と優れた耐低温割れ性と超高強度とを兼ね備えた超高強度鋼管杭を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
まず、本発明の超高強度鋼管杭について説明する。本発明の超高強度鋼管杭は、母材部と管軸方向にサブマージアーク溶接で形成された溶接部とを有する。以下に、本発明の各構成要件の限定理由について説明する。
【0019】
1.厚鋼板(母材部)の成分組成について
はじめに、本発明の厚鋼板の成分組成を規定した理由を説明する。なお、成分組成における「%」は、すべて「質量%」を意味する。
【0020】
C:0.04~0.11%
Cは、加速冷却によって製造される厚鋼板の強度を高めるために最も有効な元素である。しかし、C含有量が0.04%未満では十分な強度を確保できず、C含有量が0.11%を超えると靭性および溶接割れ感受性を劣化させる。従って、C含有量は0.04~0.11%の範囲内とする。C含有量は、好ましくは0.05%以上であり、また好ましくは0.08%以下である。
【0021】
Si:0.55%以下
Siは脱酸のために添加するが、Si含有量が0.55%を超えると靭性や溶接性を劣化させる。従って、Si含有量は0.55%以下の範囲内とする。Si含有量は好ましくは0.35%以下である。脱酸の効果を得るためには、Si含有量は0.03%以上とすることが好ましい。
【0022】
Mn:1.30~2.00%
Mnは安価であり、厚鋼板の強度および靭性の向上のために積極的にMnを添加するが、Mn含有量が1.30%未満ではその効果が十分ではなく、Mn含有量が2.00%を超えると溶接性を劣化させる。従って、Mn含有量は1.30~2.00%の範囲内とする。Mn含有量は、好ましくは1.60~2.00%である。
【0023】
P:0.030%以下
Pは不可避的不純物元素であり、中心偏析部の硬さを上昇させることで靭性や溶接性を劣化させる。この傾向はP含有量が0.030%を超えると顕著となる。従って、P含有量は0.030%以下とする。P含有量は、好ましくは、0.015%以下である。しかし、Pの過度の低減は、精錬コストの高騰を招くため、P含有量は0.001%以上とすることが好ましい。
【0024】
S:0.006%以下
Sは、鋼板中においては一般にMnS系の介在物となることで靭性や溶接性を劣化させる。この傾向は、S含有量が0.006%を超えると顕著となる。従って、S含有量は0.006%以下とする。S含有量は好ましくは、0.003%以下である。しかし、Sの過度の低減は、精錬コストの高騰を招くため、S含有量は0.0001%以上とすることが好ましい。
【0025】
Al:0.060%以下
Alは脱酸のために添加するが、Al含有量が0.060%を超えると靭性や溶接性を劣化させる。従って、Al含有量は0.060%以下の範囲内とする。Al含有量は、好ましくは0.010%以上であり、また好ましくは0.050%以下である。
【0026】
Nb:0.01~0.10%
Nbは、熱間圧延時の結晶粒の粒成長を抑制し、微細粒化により靭性を向上させる元素である。その効果を得るためにはNbを0.01%以上含有する必要がある。一方で、0.10%を超えてNbを含有すると溶接性を劣化させる。従って、Nb含有量は0.01~0.10%の範囲内とする。Nb含有量は、好ましくは0.02%以上であり、また好ましくは0.06%以下である。
【0027】
N:0.006%以下
Nは不可避的不純物元素であり、固溶することで靭性や溶接性を劣化させる。この傾向はN含有量が0.006%を超えると顕著となる。従って、N含有量は0.006%以下とする。しかし、精錬コスト低減のため、N含有量は0.001%以上とすることが好ましい。
【0028】
以上の成分が本発明の超高強度鋼管杭に用いた厚鋼板(超高強度鋼管杭の母材部)の基本成分であるが、所望の強度、靭性を得るために、この基本成分に加えて、必要に応じて以下に示す合金元素の中から選ばれる1種以上を含有してもよい。なお、以下に記載のCu、Ni、Cr、Mo、V、Ti、B、Ca、MgおよびREMの各成分は必要に応じて含有できるので、これらの成分は0%であってもよい。
【0029】
Cu:1.00%以下
Cuは、靭性の改善と強度の上昇に有効な元素であり、必要に応じて含有できる。Cuを0.01%以上含有しないと効果がなく、1.00%を超えてCuを含有すると表面疵が発生する。従って、Cuを含有する場合は、Cu含有量を1.00%以下とすることが好ましい。Cu含有量は、より好ましくは0.50%以下である。Cu含有量は、好ましくは0.01%以上である。
【0030】
Ni:1.00%以下
Niは、靭性の改善と強度の上昇に有効な元素であり、必要に応じて含有できる。Niを0.01%以上含有しないと効果がなく、1.00%を超えてNiを含有すると表面疵が発生する。従って、Niを含有する場合は、Ni含有量を1.00%以下とすることが好ましい。Ni含有量は、より好ましくは0.50%以下である。Ni含有量は、好ましくは0.01%以上である。
【0031】
Cr:1.00%以下
Crは、焼き入れ性を高めることで強度の上昇に有効な元素であり、必要に応じて含有できる。Crを0.01%以上含有しないと効果がなく、1.00%を超えてCrを含有すると溶接性が劣化する。従って、Crを含有する場合は、Cr含有量を1.00%以下とすることが好ましい。Cr含有量は、より好ましくは0.50%以下である。Cr含有量は、好ましくは0.01%以上である。
【0032】
Mo:1.00%以下
Moは、焼き入れ性を高めることで強度の上昇に有効な元素であり、必要に応じて含有できる。Moを0.01%以上含有しないと効果がなく、1.00%を超えてMoを含有すると溶接性が劣化する。従って、Moを含有する場合は、Mo含有量を1.00%以下とすることが好ましい。Mo含有量は、より好ましくは0.50%以下である。Mo含有量は、好ましくは0.01%以上である。
【0033】
V:0.10%以下
Vは析出強化により強度を上昇させる元素であり、必要に応じて含有できる。Vを0.01%以上含有しないと効果がなく、0.10%を超えてVを含有すると靭性を劣化させる。従って、Vを含有する場合は、V含有量を0.10%以下とすることが好ましい。V含有量は、より好ましくは0.05%以下である。V含有量は、好ましくは0.01%以上である。
【0034】
Ti:0.05%以下
Tiは、TiNを形成してスラブ加熱時の結晶粒の粒成長を抑制するだけでなく、溶接熱影響部の結晶粒の粒成長を抑制し、厚鋼板及び厚鋼板の溶接熱影響部の微細粒化により靭性を向上させる。Tiは、必要に応じて含有できる。Tiを0.01%以上含有しないとその効果がなく、0.05%を超えてTiを含有すると靭性を劣化させる。従って、Tiを含有する場合は、Ti含有量を0.05%以下とすることが好ましい。Ti含有量は、より好ましくは0.03%以下である。Ti含有量は、好ましくは0.01%以上である。
【0035】
B:0.0050%以下
Bは焼入れ性を大幅に向上させ、強度を上昇させる元素であり、必要に応じて含有できる。Bを0.0001%以上含有しないとその効果はなく、0.0050%を超えてBを含有すると靭性が劣化する。従って、Bを含有する場合は、B含有量を0.0050%以下とする。B含有量は、好ましくは0.0001%以上である。
【0036】
Ca:0.0100%以下
Caは硫化物系介在物の形態を制御し、延性を改善するために有効な元素であり、必要に応じて含有できる。Ca含有量が0.0010%未満ではその効果がなく、0.0100%を超えてCaを含有しても効果が飽和し、むしろ清浄度の低下により靱性や内部品質を劣化させる。従って、Caを含有する場合は、Ca含有量を0.0100%以下とすることが好ましい。Ca含有量は、好ましくは0.0010%以上である。
【0037】
Mg:0.0100%以下
Mgは硫化物系介在物の形態を制御し、延性を改善するために有効な元素であり、必要に応じて含有できる。Mg含有量が0.0010%未満ではその効果がなく、0.0100%を超えてMgを含有しても効果が飽和し、むしろ清浄度の低下により靱性や内部品質を劣化させる。従って、Mgを含有する場合は、Mg含有量を0.0100%以下とすることが好ましい。Mg含有量は、好ましくは0.0010%以上である。
【0038】
REM:0.100%以下
REM(Rare Earth Metal:希土類金属)は硫化物系介在物の形態を制御し、延性を改善するために有効な元素であり、必要に応じて含有できる。REM含有量が0.001%未満ではその効果がなく、0.100%を超えてREMを含有しても効果が飽和し、むしろ清浄度の低下により靱性や内部品質を劣化させる。従って、REMを含有する場合は、REM含有量を0.100%以下とすることが好ましい。REM含有量は、好ましくは0.001%以上である。
【0039】
上記した成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。
【0040】
Pcm:0.170~0.220
Pcmは溶接割れ感受性の指標として広く知られている。母材部の成分における、以下の式(1)で規定されるPcmが0.170未満になると、溶接熱影響部の硬さが低下することで、継手強度の低下を引き起こす。また、母材部の成分におけるPcmが0.220を超えると、溶接熱影響部の硬さが上昇し、その結果、溶接後に低温割れを引き起こす。従って、母材部の成分におけるPcmは0.170~0.220に制御する。母材部の成分におけるPcmは、好ましくは0.180以上であり、また好ましくは0.210以下である。
【0041】
Pcm=C+Mn/20+Si/30+Cu/20+Ni/60+Cr/20+Mo/15+V/10+5B ・・・(1)
ここで、式(1)における各元素は含有量(質量%)を表し、含有しない元素は含有量を0とする。
【0042】
2.溶接金属の成分組成について
本発明におけるサブマージアーク溶接により形成された溶接部の溶接金属の成分組成を規定した理由を説明する。なお、成分組成における「%」は、すべて「質量%」を意味する。
【0043】
C:0.04~0.11%
溶接金属のC含有量は0.04~0.11%の範囲内とする必要がある。C含有量が0.04%未満では溶接金属の強度が不足するとともに高温割れが発生する。C含有量が0.11%を超えると溶接金属に炭化物が多くなり、靭性が劣化する。C含有量は、好ましくは0.05%以上であり、また好ましくは0.08%以下である。
【0044】
Si:0.20~0.55%
SiはP、Sの偏析を助長する働きがあるため、割れの発生を助長するだけでなく、Cの拡散を遅くする。そのため、Siはフェライト安定化元素ではあるがオーステナイトを安定化し、マルテンサイトの生成を助長し、その結果、溶接金属の靭性を劣化させる。そのため、Si含有量は0.55%以下とする必要がある。Si含有量が少なすぎると溶接金属中の酸素量が高まり、靭性を損なう恐れがあるので、Si含有量は0.20%以上とする必要がある。従って、溶接金属のSi含有量は0.20~0.55%の範囲内とする。
Si含有量は、好ましくは0.25%以上であり、また好ましくは0.50%以下である。
【0045】
Mn:1.30~2.00%
溶接金属のMn含有量は1.30~2.00%の範囲内とする必要がある。MnはPの凝固偏析を助長し、割れの発生を助長するだけでなく、積層欠陥エネルギーを高めるため、800℃以下でのオーステナイト安定化効果が著しい。これにより、ベイナイト変態を抑制しマルテンサイトが発生しやすくなるため、多量のMnの添加は溶接金属の靭性を劣化させる。よって、Mn含有量は2.00%以下とする必要がある。しかし、Mn含有量が1.30%より少ない場合には溶接金属の酸素量が高まり、むしろ靭性を損なう懸念があるので、Mnを1.30%以上含有することが必要である。Mn含有量は、好ましくは1.50%以上であり、また好ましくは1.80%以下である。
【0046】
Ni:0.50~5.00%
Niは高強度鋼の低温靭性を向上させるために重要な元素である。Mnとは異なり、Niの添加は積層欠陥エネルギーを低めるので、オーステナイトが機械的に安定化されにくく、延性が確保される。従って、靭性向上のためにNiを0.50%以上含有する必要がある。しかし、化学的にオーステナイトを安定化するため、多量にNiを添加すると最終凝固相にフェライト相が晶出しなくなり、低温割れが発生する。そのため、Mo、C、Mnとのバランスを取りながらCSが0.0以上になる範囲でNiを含有する必要がある。Ni含有量の上限としては5.00%である。従って、溶接金属のNi含有量は0.50~5.00%の範囲内とする。Ni含有量は、1.00%以上とすることが好ましい。Ni含有量は、4.00%以下とすることが好ましい。
【0047】
Mo:0.30~5.00%
Moは、フェライト安定化元素として溶接金属の凝固形態を制御するのに極めて重要な元素であり、かつ、オーステナイトを不安定化させて溶接金属ミクロ組織にベイナイトを生じさせ、靭性を向上させる極めて重要な働きを持つ。そのため、少なくともMo含有量は0.30%以上とすることが必要である。一方、Mo含有量が5.00%を超えると、特に外面溶接金属の靭性を損なう。従って、溶接金属のMo含有量は0.30~5.00%の範囲内とする必要がある。Mo含有量は、好ましくは0.40%以上であり、また好ましくは4.00%以下である。
【0048】
N:0.010%以下
溶接金属中の固溶N量を低減すると靱性が改善する。特にN含有量を0.010%以下とすることで溶接金属の靭性が著しく改善されるため、上限を0.010%とする。溶接材料製造時の精錬コスト増大抑制のため、N含有量は0.001%以上とすることが好ましい。
【0049】
O:0.060%以下
溶接金属中の酸素量を低減すると靱性が改善する。特にO(酸素)の含有量を0.060%以下とすることで溶接金属の靭性が著しく改善されるため、上限を0.060%とする。溶接材料製造時の精錬コスト増大抑制のため、O含有量は0.001%以上とすることが好ましい。
【0050】
P:0.030%以下
Pは不可避的不純物元素であり、溶接金属の靭性や溶接性を劣化させる。この傾向はP含有量が0.030%を超えると顕著となる。従って、P含有量は0.030%以下とする。P含有量は、好ましくは0.015%以下である。しかし、Pの過度の低減は、溶接材料製造時の精錬コストの高騰を招くため、P含有量は0.001%以上とすることが好ましい。
【0051】
S:0.010%以下
Sは、溶接金属中においては一般にMnS系の介在物となることで靭性や溶接性を劣化させる。この傾向は、S含有量が0.010%を超えると顕著となる。従って、S含有量は0.010%以下とする。S含有量は、好ましくは0.008%以下である。しかし、Sの過度の低減は、溶接材料製造時の精錬コストの高騰を招くため、S含有量は0.0001%以上とすることが好ましい。
【0052】
Al:0.100%以下
Alは溶接金属の酸素量低減のために添加するが、Al含有量が0.100%を超えると靭性や溶接性を劣化させる。従って、Al含有量は0.100%以下の範囲内とする。Al含有量は、好ましくは0.080%以下である。Al含有量は、好ましくは0.010%以上である。
【0053】
以上の成分が本発明の超高強度鋼管杭における溶接金属の基本成分であるが、所望の強度、靭性を得るために、この基本成分に加えて、必要に応じて以下に示す合金元素の中から選ばれる1種以上を含有してもよい。なお、以下に記載のCu、Cr、Nb、V、Ti、B、Ca、MgおよびREMの各成分は必要に応じて含有できるので、これらの成分は0%であってもよい。
【0054】
Cu:1.00%以下
Cuは液相線と固相線間の温度範囲を広げ、高温割れの発生を助長するだけでなく、低温割れ感受性も高める働きがある。Cuは、必要に応じて含有できる。そのため、Cuを含有する場合は、溶接金属のCu含有量は1.00%以下とする。Cu含有量は、好ましくは0.01%以上である。
【0055】
Cr:1.00%以下
Crは、フェライト安定化元素として溶接金属の凝固形態を制御する元素であり、かつ、オーステナイトを不安定化させて溶接金属ミクロ組織にベイナイトを生じさせ、靭性を向上させる。Crは、必要に応じて含有できる。Cr含有量が1.00%を超えると、特に外面溶接金属の靭性を損なう。従って、Crを含有する場合は、溶接金属のCr含有量は1.00%以下とする。Cr含有量は、好ましくは0.01%以上である。
【0056】
Nb:0.08%以下
Nbは溶接金属の高強度化に寄与するが、0.08%を超えてNbを含有すると溶接金属の靭性を損なう。Nbは、必要に応じて含有できる。従って、Nbを含有する場合は、溶接金属のNb含有量は0.08%以下とする。Nb含有量は、好ましくは0.01%以上である。
【0057】
V:0.10%以下
Vは溶接金属の高強度化に寄与するが、0.10%を超えてVを含有すると溶接金属の靭性を損なう。Vは、必要に応じて含有できる。従って、Vを含有する場合は、溶接金属のV含有量は0.10%以下とする。V含有量は、好ましくは0.01%以上である。
【0058】
Ti:0.05%以下
Tiは溶接金属中では脱酸元素として働き、溶接金属中の酸素の低減に有効であり、必要に応じて含有できる。この効果を得るためには0.01%以上のTiの含有が必要である。しかし、Ti含有量が0.05%を超えた場合、余剰となったTiが炭化物を形成し溶接金属の靱性を劣化させるため、Ti含有量の上限を0.05%とする。従って、Tiを含有する場合は、溶接金属のTi含有量は0.05%以下とする。Ti含有量は、好ましくは0.01%以上である。
【0059】
B:0.0050%以下
Bは、溶接金属の強度を確保するために添加することができる。Bは、必要に応じて含有できる。その効果を得るためには、B含有量を0.0001%以上とすることが有効である。但し、溶接金属中のB含有量が0.0050%を超えると靱性の低いマルテンサイト組織が生成する。そのため、Bを含有する場合は、溶接金属のB含有量は0.0050%以下とする。B含有量は、好ましくは0.0001%以上である。
【0060】
Ca:0.0100%以下
Caは硫化物系介在物の形態を制御し、延性を改善するために有効な元素であり、必要に応じて含有できる。Ca含有量が0.0010%未満ではその効果がなく、0.0100%を超えてCaを含有しても効果が飽和し、むしろ清浄度の低下により靱性や内部品質を劣化させる。従って、Caを含有する場合は、溶接金属のCa含有量を0.0100%以下とする。Ca含有量は、好ましくは0.0010%以上である。
【0061】
Mg:0.0100%以下
Mgは硫化物系介在物の形態を制御し、延性を改善するために有効な元素であり、必要に応じて含有できる。Mg含有量が0.0010%未満ではその効果がなく、0.0100%を超えてMgを含有しても効果が飽和し、むしろ清浄度の低下により靱性や内部品質を劣化させる。従って、Mgを含有する場合は、溶接金属のMg含有量を0.0100%以下とする。Mg含有量は、好ましくは0.0010%以上である。
【0062】
REM:0.100%以下
REMは硫化物系介在物の形態を制御し、延性を改善するために有効な元素であり、必要に応じて含有できる。REM含有量が0.001%未満ではその効果がなく、0.100%を超えてREMを含有しても効果が飽和し、むしろ清浄度の低下により靱性や内部品質を劣化させる。従って、REMを含有する場合は、溶接金属のREM含有量を0.100%以下とする。REM含有量は、好ましくは0.001%以上である。
【0063】
上記した成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。
【0064】
Pcm:0.200~0.300
Pcmは溶接割れ感受性の指標であるが、溶接金属の引張強度とも高い相関を持つ。溶接金属の成分における、上記の式(1)で規定されるPcmが0.200未満の場合、溶接金属の硬度が低下し、その結果、所望の溶接金属の引張強度を得ることができない。また、溶接金属の成分におけるPcmが0.300を超えた場合、溶接金属の硬度が上昇し、その結果、溶接金属の低温割れが発生する。そのため、溶接金属におけるPcmは0.200~0.300に制御する。溶接金属におけるPcmは、好ましくは0.210以上であり、また好ましくは0.290以下である。
【0065】
CS≧0.0
CSとは、溶接金属の横割れ発生を定量化するパラメータである。溶接金属の成分組成をCS≧0.0となる範囲に制御することにより、溶接金属凝固時に粗大な結晶粒の生成を防止し、高強度溶接金属の横割れを防止することが可能である。従って、溶接金属における、以下の式(2)で規定されるCSを0.0以上とする。溶接金属凝固時に粗大な結晶粒の生成を防止するため、CSは0.5以下とすることが好ましい。
【0066】
CS=5.1-36.3C-0.6Mn-Ni+1.4Mo ・・・(2)
ここで、式(2)における各元素は含有量(質量%)を表し、含有しない元素は含有量を0とする。
【0067】
上記のPcmの数値範囲およびCSの数値範囲を満足する溶接金属であれば、上述のように、優れた耐低温割れ性を有するとともに、溶接継手の継手強度を確保できる溶接部となる。
【0068】
3.鋼管杭の性能
本発明の超高強度鋼管杭は、以下に示す超高強度な母材部および溶接金属となる。鋼管杭の性能の規定理由を下記に示す。
【0069】
母材部の管軸方向の降伏強度:700MPa以上
本発明では、実際の溶接構造物用鋼板として適用実績の多いJIS SBHS700の要求値に合わせている。なお、鋼管杭は地震や津波などが発生した場合、管軸方向に応力を受けるため、管軸方向の降伏強度を規定している。
【0070】
母材部の管軸方向の引張強度:780~930MPa
上述と同様に、実際の溶接構造物用鋼板として適用実績の多いJIS SBHS700の要求値に合わせている。なお、鋼管杭は地震や津波などが発生した場合、管軸方向に応力を受けるため、管軸方向の引張強度を規定している。
【0071】
溶接継手の管周方向の引張強度:780MPa以上
溶接継手の引張強度は、母材部と同じ引張強度下限を規定している。規定理由は同様のため、説明を省略する。
【0072】
-10℃における母材部のシャルピー吸収エネルギー:27J以上
-10℃における溶接金属のシャルピー吸収エネルギー:27J以上
本発明では、寒冷地での鋼管杭の埋設を想定し、-10℃を規定温度としている。シャルピー試験片は、母材部については管軸方向で、かつ、1/4t(板厚1/4位置)から2mmVノッチ試験片を採取するものとし、溶接金属については管周方向で、かつ、1/2t(溶接部厚さの1/2位置)から2mmVノッチ試験片を採取するものとする。
【0073】
なお、上記の降伏強度、引張強度およびシャルピー吸収エネルギーは、後述する実施例に記載の方法で測定できる。
【0074】
次に、本発明の超高強度鋼管杭の製造方法の一実施形態について説明する。
【0075】
まず、後述の製造条件で製造される厚鋼板(被溶接材)を準備し、次いで、この厚鋼板を冷間で管状に成形し、後述の溶接ワイヤとフラックスとを用いて当該管状に成形した厚鋼板の幅方向両端の突合せ部を管軸方向にサブマージアーク溶接を行い、上記溶接金属となる溶接部を形成することで、溶接金属を介して溶接接合した鋼管杭を製造する。
【0076】
サブマージアーク溶接は、1極(1本の溶接ワイヤを用いた単電極サブマージアーク溶接)あるいは複数電極(複数の溶接ワイヤを用いた多電極サブマージアーク溶接)とする。突合せ部の溶接予定部に開先加工を施して開先(例えば、X開先、レ開先)を形成し、この開先内にサブマージアーク溶接を施すことで、上記成分組成の溶接金属を形成する。積層数は、管厚に応じて、内外面各1層盛溶接あるいは内外面多層盛溶接とする。
【0077】
4.厚鋼板の製造方法
本発明では、厚鋼板をTMCPプロセス(第1実施形態)あるいはDQTプロセス(第2実施形態)で製造することができる。なお、例えば津波防護構造などの鋼管杭に適用する観点からは、厚鋼板の板厚は6~60mmであることが好ましい。
【0078】
[第1実施形態]
TMCPプロセスで厚鋼板を製造する場合には、上記の母材部の成分組成を有する鋼(スラブ)を、1000~1250℃に加熱後、圧延終了温度を650~950℃とする熱間圧延を行い、次いで500℃以下の冷却停止温度まで加速冷却を行い、次いで空冷により室温まで冷却して、厚鋼板を製造する。
【0079】
以下に鋼管の素材となる厚鋼板の製造方法の規定理由を示す。なお、第1および第2実施形態で共通する条件については、適宜説明を省略している。
【0080】
加熱温度:1000~1250℃
熱間圧延開始時に、鋼組織を完全にオーステナイト化するため、スラブを加熱する際の下限温度を1000℃とする。一方、1250℃を超える温度までスラブを加熱すると、オーステナイト粒成長が著しく、母材靱性が劣化するため、スラブを加熱する際の上限温度を1250℃とする。上記の加熱温度は、好ましくは1050℃以上であり、また好ましくは1200℃以下である。
【0081】
圧延終了温度:650~950℃
熱間圧延は、その終了温度が最も母材性能と相関する。圧延終了温度が650℃未満となった場合、その後の加速冷却の効果が下がり、所望の強度を満足することができない。一方で圧延終了温度が950℃を超えると、結晶粒が粗大となり、母材靭性が劣化する。そのため、圧延終了温度は650~950℃とする。上記の加熱温度は、好ましくは700℃以上であり、また好ましくは900℃以下である。
【0082】
冷却停止温度:500℃以下
冷却停止温度が500℃を超えると変態強化が不足し、所望の強度を満たせないため、冷却停止温度の上限を500℃とする。従って、冷却停止温度は500℃以下とする。冷却停止温度の下限は特にもうけないが、冷却停止温度が低いと母材靭性が劣化する傾向にあるため、冷却停止温度はより好ましくは300~500℃とする。
【0083】
[第2実施形態]
DQTプロセスで厚鋼板を製造する場合には、上記の母材部の成分組成を有する鋼(スラブ)を、1000~1250℃に加熱後、圧延終了温度を650~950℃とする熱間圧延を行い、次いで300℃未満の冷却停止温度まで加速冷却を行い、次いで300~650℃の焼き戻し温度まで再加熱し、次いで室温まで冷却して、厚鋼板を製造する。なお、以下には第1実施形態と異なる条件について説明する。
【0084】
冷却停止温度:300℃未満
冷却停止温度が300℃未満の場合、変態強化により焼き戻し前の強度が上昇し、焼き戻し後も所望の強度が確保できる。従って、冷却停止温度は300℃未満とする。冷却停止温度の下限は特にもうけないが、冷却停止温度が低いと母材靭性が劣化する傾向にあるため、冷却停止温度は10℃以上とすることが好ましい。
【0085】
なお、本発明では、加速冷却の停止温度を300℃未満にした場合、その後に下記の条件で焼き戻しを行うことができる。
【0086】
焼き戻し温度:300~650℃
焼き戻し温度が300℃未満の場合、転位の固着が十分に実現できず、焼き戻し効果が得られないため、焼き戻し温度を300℃以上とする。また、焼き戻し温度が650℃を超えると転位の消失が大きくなり、所望の強度が得られないため、焼き戻し温度の上限を650℃とする。従って、焼き戻し温度は300~650℃とする。上記の焼き戻し温度は、好ましくは350℃以上であり、また好ましくは600℃以下である。
焼き戻し温度にまで再加熱した後、例えば、空冷や水冷により室温まで冷却する。
【0087】
続いて、溶接方法について説明する。
【0088】
本発明では、サブマージアーク溶接を用いる。溶接部に、上記の性能(強度、靱性および耐低温割れ性)を有する溶接金属を形成するためには、1極の成分組成もしくは複数電極の平均成分組成が、質量%で、C:0.01~0.14%、Si:0.20~0.70%、Mn:0.70~2.30%、Ni:1.0~10.0%およびMo:0.5~5.0%を含有する溶接ワイヤを用いるものとする。
【0089】
本発明の溶接金属を形成するためには、溶接入熱を、2.0~10.0kJ/mmに制御することが好ましい。
【0090】
5.溶接ワイヤの成分組成について
本発明のサブマージアーク溶接に用いる溶接ワイヤの成分組成を規定した理由を説明する。なお、成分組成における「%」は、すべて「質量%」を意味する。また、サブマージアーク溶接は複数電極(複数の溶接ワイヤ)を用いて溶接を行うことがあるが、その場合、平均成分組成を用いる。この平均成分組成が以下の数値範囲内にあればよい。
【0091】
C:0.01~0.14%
溶接ワイヤのC含有量は、上記の溶接金属で必要とされるC量の範囲を得るために、母材希釈および大気から入る量を勘案して0.01~0.14%の範囲内とする。溶接ワイヤのC含有量は、好ましくは0.04%以上であり、また好ましくは0.12%以下である。
【0092】
Si:0.20~0.70%
溶接ワイヤのSi含有量は、上記の溶接金属で必要とされるSi量の範囲を得るために、母材希釈およびフラックス中のSiO2からの還元を考慮して0.20~0.70%の範囲内とする。
【0093】
Mn:0.70~2.30%
溶接ワイヤのMn含有量は、上記の溶接金属で必要とされるMn量の範囲を得るために、母材希釈および脱酸による消耗ロスを考慮して0.70~2.30%の範囲内とする。
【0094】
Ni:1.0~10.0%
溶接ワイヤのNi含有量は、上記の溶接金属で必要とされるNi量の範囲を得るために、1.0~10.0%の範囲内とする。
【0095】
Mo:0.5~5.0%
溶接ワイヤのMo含有量は、上記の溶接金属で必要とされるMo量の範囲を得るために、0.5~5.0%の範囲内とする。
【0096】
なお、本発明の溶接ワイヤは、上記の成分組成に加えて、以下に示す各合金元素のうちから選択される1種以上を含有することが好ましい。
【0097】
P:0.050%以下
Pは溶接金属での上限を満たすために、少なくとも0.050%以下にする。
【0098】
S:0.010%以下
Sは溶接金属での上限を満たすために、少なくとも0.010%以下にする。
【0099】
Al:0.100%以下
Alは溶接金属での上限を満たすために、少なくとも0.100%以下にする。
【0100】
N:0.0100%以下
Nは溶接金属での上限を満たすために、少なくとも0.0100%以下にする。
【0101】
Cr:3.0%以下
Crは溶接金属での上限を満たすために、少なくとも3.0%以下にする。
【0102】
V:0.10%以下
Vは溶接金属での上限を満たすために、少なくとも0.10%以下にする。
【0103】
Ti:0.10%以下
Tiは溶接金属での上限を満たすために、少なくとも0.10%以下にする。
【0104】
本発明では、溶接に用いるフラックスは、所望の溶接金属の成分組成を満たすことができれば、溶融型、焼成型などの種類や成分組成は自由に選択してよい。
【実施例0105】
本発明を実施例に基づいて具体的に説明する。なお、以下の実施例は本発明の好適な一例を示すものであり、本発明はこの実施例に限定されない。
【0106】
表1に示す成分組成を有するスラブを連続鋳造で製造し、得られたスラブに表2に示す条件でTMCPプロセスあるいはDQTプロセスを施して厚鋼板を製造した。得られた厚鋼板を管状に冷間成形し、次いでガスシールドアーク溶接により仮付溶接を行った後に当該管状の突合せ部を管軸方向にサブマージアーク溶接を実施し、溶接鋼管を製造した。
【0107】
なお、表1、表3および表4中の空欄は、意図的に元素を添加しないことを表しており、元素を含有しない(0%)場合だけでなく、元素を不可避的に含有する場合も含むものとした。表2中の「焼き戻し温度」欄の空欄は、厚鋼板の製造方法としてTMCPプロセスを実施したことを示すものとした。
【0108】
サブマージアーク溶接は、表4に示す2電極(2本の溶接ワイヤ)を用い、1パスあたりの溶接入熱を3.5kJ/mmとして行った。開先角度30°のX開先となるように上記突合せ部の溶接予定部に加工を施し、管厚に応じて積層数を変化させた多層溶接を行った。サブマージアーク溶接で使用した溶接ワイヤの成分組成を表3に示した。サブマージアーク溶接に用いたフラックスはすべてCaO-CaF2-SiO2系の高塩基性溶融型フラックスとした。このフラックスのJIS Z 3118に基づく拡散性水素量は4.6ml/100gであった。
【0109】
【0110】
【0111】
【0112】
製造した溶接鋼管(溶接継手)の性能を表4に示した。ここでは、溶接鋼管を用いて以下の評価を行ったが、本発明の鋼管杭の評価と同等であると見做してよい。
【0113】
母材部の管軸方向の降伏強度(YS)、母材部の管軸方向の引張強度(TS)および溶接継手の管周方向の引張強度は、JIS Z 2241の12号試験片を採取して評価した。引張試験は、JIS Z 2241(2011年)に基づいて実施した。母材部の引張試験片は、溶接継手の溶接部を0°としたとき円周方向90°位置において、引張方向が管軸方向と平行となるように採取した。溶接継手の引張試験片は、溶接継手の溶接金属の板厚中央位置および幅中央位置から、引張方向が管周方向と平行となるように採取した。
【0114】
また、溶接金属の成分組成は、管厚方向1/4tの位置から切粉を採取して分析した。
【0115】
また、母材部および溶接金属のシャルピー試験片は、母材部は溶接継手の溶接部を0°としたとき円周方向90°位置において、管軸方向、1/4tの位置から2mmVノッチ10×10試験片を採取し、溶接金属はノッチ位置が溶接金属中央となるように、管周方向、1/2tの位置から2mmVノッチ10×10試験片を採取した。シャルピー衝撃試験は、JIS Z 2242(2018年)に基づいて実施した。試験温度は-10℃とした。試験片の本数は各3本とし、その平均値を母材部および溶接金属の各吸収エネルギー(J)とした。なお、上記「管軸方向」とは、「試験片長手方向が管軸方向と平行」であることを指す。
【0116】
また、耐低温割れ性の評価は、溶接部の欠陥の有無を調査した。具体的には、JIS Z3060(2015年)で超音波探傷試験を行い、溶接金属に割れが認められる場合を、溶接部の欠陥「あり」と評価し、溶接金属に割れが認められない場合を、溶接部の欠陥「なし」と評価した。
【0117】
【0118】
表4に示すように、本発明の発明例の範囲内では母材部および溶接金属は目標性能を満足していたが、発明例の範囲外ではいずれか1つ以上の目標性能を満足していなかった。