(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024112030
(43)【公開日】2024-08-20
(54)【発明の名称】オーステナイト系ステンレス鋼溶着金属及びステンレス鋼サブマージアーク溶接方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240813BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20240813BHJP
B23K 9/18 20060101ALI20240813BHJP
B23K 9/23 20060101ALI20240813BHJP
B23K 35/30 20060101ALN20240813BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
B23K9/18 F
B23K9/23 B
B23K35/30 320B
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023016844
(22)【出願日】2023-02-07
(71)【出願人】
【識別番号】302040135
【氏名又は名称】日鉄溶接工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120868
【弁理士】
【氏名又は名称】安彦 元
(72)【発明者】
【氏名】水本 学
(72)【発明者】
【氏名】行方 飛史
(72)【発明者】
【氏名】三浦 瑠太
【テーマコード(参考)】
4E001
【Fターム(参考)】
4E001AA03
4E001BB05
4E001CA03
4E001DB03
4E001DC06
4E001DC07
(57)【要約】
【課題】SUS304のサブマージアーク溶接について、高強度で、極低温靭性に優れる溶着金属が得られ、溶接部に欠陥が無く、耐腐食性が良好で、 更に良好な曲げ性能が確保できるサブマージアーク溶接方法を提供する。
【解決手段】化学組成が、質量%で、C :0.08%以下であり、Si:0.2~1.0%、Mn:1~2%、Ni:8~10%、Cr:20~23%を含有し、Mo:0.75%以下であり、残部は、Feおよび不純物であるオーステナイト系ステンレス鋼溶着金属である。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C :0.08%以下であり、
Si:0.2~1.0%、
Mn:1~2%、
Ni:8~10%、
Cr:20~23%を含有し、
Mo:0.75%以下であり、
残部は、Feおよび不純物であるオーステナイト系ステンレス鋼溶着金属。
【請求項2】
前記Cr、Si、Ni、C、Mnの含有量が下記(1)式から求められるDFで10~20であることを特徴とする請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼溶着金属。
DF=3×[Cr]+5×[Si]-3×[Ni]-80×[C]-[Mn]-20 ・・・(1)
(1)式中の、[ ]は各成分の質量%を示す。
【請求項3】
サブマージアーク溶接の溶接入熱を35kJ/cm以下に調整することを特徴とする請求項1又は2のオーステナイト系ステンレス鋼溶着金属を使用したステンレス鋼サブマージアーク溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主にLNG貯蔵タンクの建造に用いられるSUS304の溶接に使用されるサブマージアーク溶接材料において、高強度で、極低温靭性に優れるオーステナイト系ステンレス鋼溶着金属、及びこれを使用することで高強度SUS304を得る上で好適なステンレス鋼サブマージアーク溶接方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、環境課題から温室効果ガスの低減が求められており、液化天然ガスを燃料とした発電や船舶動力の需要が高まり、LNGの使用は今後更に拡大すると見込まれている。また、更なる温室効果ガス低減として、LNGからアンモニア燃料への変更も検討されており、エネルギー源の移行が急速に進むことが予想される。
【0003】
舶用LNGタンクに使用される鋼材としては、地上LNGタンクと同様に9%Ni鋼が使用されることが多いものの、耐食性の観点から本鋼材はアンモニア容器に適用できない。一方、SUS304は、地上LNGガスホルダーに多く使用されており、更に耐食性も良好であることからアンモニア容器にも適用できる。SUS304の引張性能について、JIS G 4305の冷間圧延ステンレス鋼板及び鋼帯には、引張強さが520N/mm2以上と規定されているが、TMCP技術を活用して高強度化を図ったSUS304が開発され、引張強さが600N/mm2以上の性能が保証できるようになっている。
【0004】
SUS304に適用する溶接材料について、サブマージアーク溶接の溶着金性能は、JIS Z 3324のサブマージアーク溶接によるステンレス鋼溶着金属の品質区分及び試験方法のS308規定である引張強さ520MPa以上が一般的で、引張強さの実勢値は580MPa程度であるため、TMCP技術を導入したSUS304母材の引張特性よりも劣り、溶接部がアンダーマッチングとなる課題があった。
【0005】
例えば、特許文献1では、溶接金属の化学成分を規定し、600MPa以上の引張強さが得られる成分系が開示されている。しかし、Moを多く含有することから、極低温の靭性が低い課題があった。
【0006】
また、特許文献2では、溶着金属の化学成分を規定し、極低温の靭性を改善する成分系が開示されている。しかし、引張強さが低く、更にδフェライト量が低いため耐割れ性に課題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2001-276977号公報
【特許文献2】特開昭58-97494号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上述した問題点に鑑みて案出されたものであり、高強度SUS304の溶接材料として、高強度で、極低温靭性に優れるオーステナイト系ステンレス鋼溶着金属、並びにそのオーステナイト系ステンレス鋼溶着金属が得られ、溶接部に欠陥が無く、耐腐食性が良好で、更に良好な曲げ性能が確保できるステンレス鋼サブマージアーク溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼溶着金属は、以上の知見よりなされたもので、その要旨とするところは次の通りである。化学組成が、質量%で、化学組成が、質量%で、C :0.08%以下であり、Si:0.2~1.0%、Mn:1~2%、Ni:8~10%、Cr:20~23%を含有し、Mo:0.75%以下であり、残部は、Feおよび不純物であることを特徴とする。
【0010】
また本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼溶着金属は、更にCr、Si、Ni、C、Mnの含有量が下記(1)式から求められるDFで10~20であることを特徴とする。
【0011】
DF=3×[Cr]+5×[Si]-3×[Ni]-80×[C]-[Mn]-20 ・・・(1)
(1)式中の、[ ]は各成分の質量%を示す。
【0012】
更に、本発明に係るステンレス鋼サブマージアーク溶接方法は、上述したオーステナイト系ステンレス鋼溶着金属を使用し、サブマージアーク溶接の溶接入熱を35kJ/cm以下に調整することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明を適用したステンレス鋼サブマージアーク溶接方法によれば、高強度で、極低温における靭性が高く良好な溶着金属が得られ、溶接部の品質向上を図ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者らは、溶着金属の引張強さ・極低温靭性の向上、曲げ性能及び耐割れ性の改善のため、SUS304及びTMCP技術を導入した高強度SUS304に適したステンレス鋼サブマージアーク溶接の溶着金属の成分組成について種々検討を行った。
【0015】
その結果、溶着金属の引張強さはNi量および以下の(1)式に示すDF値を適正にすることにより狙いの高強度が得られ、引張試験の伸びはSi量を適正にすることにより狙いの延性が得られ、極低温靭性を満足するためには、Mn、Ni、Cr及びMo量を適正化することで、狙いの高靭性が得られることを見出した。
【0016】
DF=3×[Cr]+5×[Si]-3×[Ni]-80×[C]-[Mn]-20 ・・・(1)
【0017】
(1)式中の、[ ]は各成分の質量%を示す。また、健全な溶接金属を得るために、Mn量を適正にすることにより良好な耐割れ性が確保でき、Si量を適正にすることによりブローホールなどの気孔欠陥が発生せず、C量とCr量を適正にすることで耐食性が良好であることを明らかとした。
【0018】
さらに、δフェライト量及び溶接入熱の上限を適正化することで、フェライト及びオーステナイト相結晶粒の粗大化を防止し、溶着金属の曲げ性能劣化を抑制することが効果的であることを見出した。
【0019】
本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼のサブマージアーク溶接の溶着金属における各成分それぞれの単独の効果及び共存による相乗効果によりなし得たものであるが、以下にそれぞれの各成分の添加理由および含有量の限定理由を述べる。なお、以下に述べる各成分の含有量の%は、オーステナイト系ステンレス鋼溶着金属全質量に対する質量%のことを示す。
【0020】
[溶着金属のC:0.08%以下]
Cは、Crと結合して耐食性に有効なCrの含有量を減じ、溶着金属の耐食性を劣化させるため0.08%以下とする。Cは、その含有量は低いほど、耐食性が良好となるため下限を規定しないものの、極低炭素の溶着金属を得るためには、ワイヤ及びフラックスに不純物が少なく、高純度の原材料を適用する必要が生じ、経済性を損なうため、下限を0.01%とすることが好ましく、Cの含有量は0.01~0.08%であることが好ましい。なおCは、サブマージワイヤ、フラックス脱酸剤としてFe-Mnに含まれるC等から添加できる。
【0021】
[溶着金属のSi:0.2~1.0%]
Siは、溶着金属の耐気孔欠陥性を向上させる効果がある。Siが0.2%未満では、その効果が十分に得られず、ブローホールなどの気孔欠陥が発生しやすい。一方、Siが1.0%を超えると、溶着金属の引張試験の伸びが低くなる。従って、Siは0.2~1.0%とする。なおSiは、サブマージワイヤ、フラックス脱酸剤として金属Si、Fe-Si、Fe-Si-Mn等から添加できる。
【0022】
[溶着金属のMn:1~2%]
Mnは、溶着金属の耐高温割れ性を向上する効果がある。Mnが1%未満であると、割れが発生しやすくなる。一方、Mnが2%を超えると、伸長状のMnSを析出して衝撃試験の吸収エネルギーが低くなる。従って、Mnは1~2%とする。なお、Mnは、サブマージワイヤ、フラックス脱酸剤として金属Mn、Fe-Mn、Fe-Si-Mn等から添加できる。
【0023】
[溶着金属のNi:8~10%]
Niは、オーステナイト相を安定化させ、衝撃試験の吸収エネルギーを向上する効果がある。Niが8%未満ではその効果が十分に得られず、吸収エネルギーが低い。一方、Niが10%を超えると、δフェライトが生成しにくく、引張強さを高くすることが出来ない。従ってNiは8~10%とする。なおNiは、サブマージワイヤ、フラックス合金剤として金属Ni等から添加できる。
【0024】
[溶着金属のCr:20~23%]
Crは、溶着金属の耐食性を向上させる効果がある。Crが20%未満では、耐食性が低下する。一方、Crが23%を超えると、Cr炭化物やCr窒化物が析出して溶着金属衝撃試験の吸収エネルギーが低下する。従って、Crは20~23%とする。なお、Crは、サブマージワイヤ、フラックス合金剤として金属Cr、Fe-Cr等から添加できる。
【0025】
[溶着金属のMo:0.75%以下]
Moは、溶着金属衝撃試験の吸収エネルギーを低下させるため、0.75%以下とする。Moは低い方が好ましいため下限は規定しない。しかし、ステンレス鋼線材の原材料は、市場スクラップを回収し、リサイクル生産することが多いため、不純物としてMoが含有される。Moを含有しない高純度の原材料を適用すると経済性を損なうため、下限を0.05%とすることが好ましく、Moの含有量は、0.05~0.75%である事が好ましい。なおMoは、サブマージワイヤの不純物として含有される。
【0026】
[Cr、Si、Ni、C、Mnの含有量が(1)式から求められるDFで10~20]
DF=3×[Cr]+5×[Si]-3×[Ni]-80×[C]-[Mn]-20 ・・・(1)
【0027】
(1)式中の、[ ]は各成分の質量%を示す。 DFは、δフェライト量の晶出し易さを示し、高いほどフェライト量が多く、溶着金属の引張強さを高くする効果がある。DFが10未満では、溶着金属の引張強さが低い。一方、DFが20を超えると、フェライト粒が粗大化し、溶着金属の曲げ試験において、曲げ性能が劣化する。従って、Cr、Si、Ni、C、Mnの含有量が(1)式から求められるDFで10~20となるようにする。
【0028】
[溶接入熱:35kJ/cm以下]
溶接入熱は、溶接施工効率を向上させるため高いほど好ましい。しかし35kJ/cmを超えると、オーステナイト相の結晶粒が粗大化し、溶着金属の曲げ試験において、曲げ性能が劣化する。従って、溶接入熱は、35kJ/cm以下とする。オーステナイト系ステンレス鋼は、炭素鋼のように冷却速度に関係した焼入れ性に起因する機械性能への影響を殆ど受けないため、溶接入熱の下限は規定しない。
【0029】
以上、本発明の低温用オーステナイト系ステンレス鋼のサブマージアーク溶接の溶着金属及び溶接方法の構成要件の限定理由を述べたが、溶着金属の残部はFe、及び不純物である。不純物については特に規定しないが、溶着金属の引張試験の伸び、衝撃試験の吸収エネルギー、及び耐割れ性の観点から、溶着金属のP:0.05%以下、S:0.01%以下、N:0.05%以下及び、Cu:0.5%以下であることが好ましい。
【0030】
サブマージワイヤは、ソリッドワイヤを用いることができるが、フラックスを内包したフラックス入りワイヤを用いても良い。サブマージアークフラックスは、溶融や焼成タイプの何れでも良い。焼成フラックスの場合は、ワイヤから不足する合金元素や脱酸剤を添加し、上述した各成分の含有量からなる溶着金属成分となるよう調整することができる。
【実施例0031】
本発明の効果を実施例により具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0032】
表1に示す直径4.0mmのワイヤを用い、表2に示すフラックスを用いて溶着金属試験を行った。母材には、表3に示す板厚20mmのSUS304を用いた。
【0033】
【0034】
【0035】
【0036】
これらの材料を使用し、JIS Z 3324:2010のサブマージアーク溶接によるステンレス鋼溶着金属の品質区分及び試験方法に従い、溶着金属性能の評価を行った。
【0037】
溶接部の健全性調査について、JIS Z 3106:2001のステンレス鋼溶接継手の放射線透過試験方法に従い、溶接長さ500mmの欠陥有無確認を行った。きずの像の分類において、1類を良好とした。
【0038】
溶着金属の機械的性質の評価は、上記溶接部から、JIS Z 3111:2005のA0号引張試験片、Vノッチ衝撃試験片を、JIS Z 3122:2013に準拠して側曲げ試験片を採取し、試験を実施した。引張試験の評価は、引張強さが600MPa以上を良好とし、伸びは35%以上を良好とした。また衝撃試験の評価は、試験温度-196℃で繰り返し3回シャルピー衝撃試験を行い、吸収エネルギーの平均値が34J以上を良好とした。曲げ試験は、半径20mm(直径40mm)の押しジグによる180°の型曲げ試験を行い、曲げ試験面に割れや開口のない無欠陥を良好とした。また、JIS Z 3841 半自動溶接技術検定における試験方法及び判定基準の合否判定規準を参考とし、小さなきずが生じたとしても、割れや開口の合計長さが3mm以下も良好とした。
【0039】
耐食性の評価は、JIS G 0573:1999ステンレス鋼の65%硝酸腐食試験方法に準拠し、溶着金属から試験片を採取して、65%沸騰硝酸に24時間浸漬を1回行って腐食減量の測定を行った。腐食減量は、10g/m2/h未満を良好とした。それらの結果を表4にまとめて示す。
【0040】
【0041】
表4中、溶着金属No.1~No.11が本発明例、溶接棒No.12~No.17は比較例である。
【0042】
本発明例である溶着金属No.1~11は、C、Si、Mn、Ni、Cr、Mo量が適正で、溶接欠陥の発生が無く、機械性能が良好であるなど、極めて満足な結果であった。また、No.1、2、4、5、6、7、8、11は、DF値及び溶接入熱が適正であるため、引張強さが高く、かつ曲げ性能がより良好であった。
【0043】
比較例中の溶着金属No.12は、溶着金属のCが高いので、耐食性が不良であった。
【0044】
溶着金属No.13は、溶着金属のSi量が低いので、ブローホールが発生した。また、溶着金属のCr量が低いので、耐食性が不良であった。
【0045】
溶着金属No.14は、溶着金属のSiが高いので、引張試験の伸びが低かった。また、溶着金属のCrが高いので、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。
【0046】
溶着金属No.15は、溶着金属のMnが低いので、割れが発生した。また、溶着金属の溶着金属のNiが低いので、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。
【0047】
溶着金属No.16は、溶着金属のMnが高いので、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。また、溶着金属のNiが高いので引張強さが低かった。
【0048】
溶着金属No.17は、溶着金属のMoが高いので、溶着金属の吸収エネルギーが低かった。