(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024112032
(43)【公開日】2024-08-20
(54)【発明の名称】合成培地の製造方法、大腸菌の培養方法、及びタンパク質、核酸、又は代謝物の合成方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/20 20060101AFI20240813BHJP
C12P 21/02 20060101ALI20240813BHJP
【FI】
C12N1/20 A
C12P21/02 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023016849
(22)【出願日】2023-02-07
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)2020年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、カーボンリサイクル実現を加速するバイオ由来製品生産技術の開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504300088
【氏名又は名称】国立大学法人北海道国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100222922
【弁理士】
【氏名又は名称】和田 朋子
(74)【代理人】
【識別番号】100202913
【弁理士】
【氏名又は名称】武山 敦史
(74)【代理人】
【識別番号】100132883
【弁理士】
【氏名又は名称】森川 泰司
(72)【発明者】
【氏名】小西 正朗
(72)【発明者】
【氏名】中島 拓都
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 一樹
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B064AG01
4B064CA02
4B064CA06
4B064CA19
4B064CC24
4B064CD01
4B064CD04
4B065AA26X
4B065BB01
4B065CA24
(57)【要約】
【課題】未知の成分を含む従来の培地と同等以上の組換えタンパク質合成能を有する合成培地の製造方法、大腸菌の培養方法、及びタンパク質、核酸又は代謝物の合成方法を提供する。
【解決手段】合成培地の製造方法は、少なくとも1つの成分が未知である微生物培養用の培地又は培地に含まれる少なくとも1つの成分が未知である組成物における測定対象成分の濃度を測定する測定ステップと、測定ステップで測定した濃度に基づいて、少なくとも測定対象成分を混合して調製物を得る混合ステップと、を含む。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1つの成分が未知である微生物培養用の培地又は前記培地に含まれる少なくとも1つの成分が未知である組成物における測定対象成分の濃度を測定する測定ステップと、
前記測定ステップで測定した濃度に基づいて、少なくとも前記測定対象成分を混合して調製物を得る混合ステップと、
を含み、
前記測定対象成分は、
アデニン、アデノシン、クエン酸、シトルリン、フルクトース、ガラクトース、マンノース、フマル酸、ガンマアミノ酪酸、グルコース、グリセロール、イソクエン酸、乳酸、オルニチン、リンゴ酸、マルトース、myo-イノシトール、リン酸、ソルビトール、コハク酸、スクロース、トレハロース、トリプトファン、ウラシル、尿素、キサンチン、ビオチン、ピリドキシン、パントテン酸、チアミン、リボフラビン、亜硝酸イオン、硝酸イオン、リン酸イオン、硫酸イオン、アンモニウムイオン、カリウムイオン、マグネシウムイオン、カルシウムイオン、アスパラギン酸、スレオニン、セリン、グルタミン酸、プロリン、グリシン、アラニン、バリン、メチオニン、イソロイシン、ロイシン、チロシン、フェニルアラニン、ヒスチジン、リジン、アルギニン、システイン、アルミニウム、ホウ素、カルシウム、カドミウム、クロム、銅、鉄、マンガン、亜鉛、コバルト、ニッケル及び鉛である、
合成培地の製造方法。
【請求項2】
前記調製物と緩衝成分を混合するステップをさらに含む、
請求項1に記載の合成培地の製造方法。
【請求項3】
前記微生物培養用の培地は、大腸菌培養用の培地である、
請求項1又は2に記載の合成培地の製造方法。
【請求項4】
請求項3に記載の合成培地の製造方法により製造された合成培地を用いて大腸菌を培養する培養ステップを含む、
大腸菌の培養方法。
【請求項5】
請求項3に記載の合成培地の製造方法により製造された合成培地を用いて大腸菌を培養する培養ステップを含む、
タンパク質、核酸又は代謝物の合成方法。
【請求項6】
前記大腸菌からタンパク質、核酸又は代謝物を得る取得ステップをさらに含む、
請求項5に記載のタンパク質、核酸又は代謝物の合成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、合成培地の製造方法、大腸菌の培養方法、及びタンパク質、核酸、又は代謝物の合成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物を培養する際に使用される培地には、一般的に、糖類及び塩類の他に、トリプトン及びペプトン等のタンパク質分解物、及び酵母又は獣肉等の生物由来の抽出物等含まれる。例えば、大腸菌の培養に使用されるLB培地及びSOC培地等には、トリプトン及び酵母抽出物が含まれる。これらのタンパク質分解物及び抽出物等は、すべての成分が明らかなわけではなく、未知の成分を含む組成物である。また、これらは天然物であることからロット又は製造元による成分の差が大きい。
【0003】
一般的に、培地に含まれるそれらの組成物は、培地に含まれる量においては細菌の増殖にそれほど悪影響を及ぼさないと考えられている。しかし、遺伝子治療用の核酸又は組換えタンパク質ワクチン等の生産等の医薬の分野においては、未知成分によるリスクが指摘されている。また、非特許文献1には、培地に含まれる天然物の種類又は量により、細菌の増殖、タンパク質の糖化及び突然変異頻度等が異なることが記載されている。さらに、ロット間又はブランド間での成分の差による増殖能及びタンパク質産生能等の変動が大きいことが指摘されている。
【0004】
未知の成分を含まない合成培地であれば、含まれる全ての成分の種類及び量が一定であるため、これらの問題を解決することができる。特許文献1では、特定のアミノ酸を含む合成培地が提案されている。特許文献2では、リン酸の濃度を限定した合成培地が提案されている。また、組成は明らかにされていないが、高性能とされる合成培地が市販されている(Bacto CD Supreme Fermentation Production Medium(FPM)(登録商標、ThermoFisher Scientific社製))。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平1-51078号公報
【特許文献2】特開昭63-157974号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Karin E. Kram and Steven E. Finkel (2015) Rich Medium Composition Affects Escherichia coli Survival, Glycation, and Mutation Frequency during Long-Term Batch Culture, Applied Environmental Microbiology, 81, 4442-4450.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記特許文献1及び2に記載の合成培地、又は市販の上記合成培地を使用することにより、増殖能及びタンパク質産生能等のばらつきを小さくすることができる。しかし、これらの合成培地は、いずれも従来の天然成分を含む培地に比べて組換えタンパク質等の産生能が劣るため、組換えタンパク質等の産生におけるコストが増大するという問題があった。
【0008】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、未知の成分を含む従来の培地と同等以上の組換えタンパク質合成能を有する合成培地の製造方法、大腸菌の培養方法、及びタンパク質、核酸又は代謝物の合成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の第1の観点に係る合成培地の製造方法は、
少なくとも1つの成分が未知である微生物培養用の培地又は前記培地に含まれる少なくとも1つの成分が未知である組成物における測定対象成分の濃度を測定する測定ステップと、
前記測定ステップで測定した濃度に基づいて、少なくとも前記測定対象成分を混合して調製物を得る混合ステップと、
を含み、
前記測定対象成分は、
アデニン、アデノシン、クエン酸、シトルリン、フルクトース、ガラクトース、マンノース、フマル酸、ガンマアミノ酪酸、グルコース、グリセロール、イソクエン酸、乳酸、オルニチン、リンゴ酸、マルトース、myo-イノシトール、リン酸、ソルビトール、コハク酸、スクロース、トレハロース、トリプトファン、ウラシル、尿素、キサンチン、ビオチン、ピリドキシン、パントテン酸、チアミン、リボフラビン、亜硝酸イオン、硝酸イオン、リン酸イオン、硫酸イオン、アンモニウムイオン、カリウムイオン、マグネシウムイオン、カルシウムイオン、アスパラギン酸、スレオニン、セリン、グルタミン酸、プロリン、グリシン、アラニン、バリン、メチオニン、イソロイシン、ロイシン、チロシン、フェニルアラニン、ヒスチジン、リジン、アルギニン、システイン、アルミニウム、ホウ素、カルシウム、カドミウム、クロム、銅、鉄、マンガン、亜鉛、コバルト、ニッケル及び鉛である。
【0010】
この場合、上記本発明の第1の観点に係る合成培地の製造方法は、
前記調製物と緩衝成分を混合するステップをさらに含む、
こととしてもよい。
【0011】
また、前記微生物培養用の培地は、大腸菌培養用の培地である、
こととしてもよい。
【0012】
本発明の第2の観点に係る大腸菌の培養方法は、
上記本発明の第1の観点に係る合成培地の製造方法により製造された合成培地を用いて大腸菌を培養する培養ステップを含む。
【0013】
本発明の第3の観点に係るタンパク質、核酸又は代謝物の合成方法は、
上記本発明の第1の観点に係る合成培地の製造方法により製造された合成培地を用いて大腸菌を培養する培養ステップを含む。
【0014】
この場合、上記本発明の第3の観点に係るタンパク質、核酸又は代謝物の合成方法は、
前記大腸菌からタンパク質、核酸又は代謝物を得る取得ステップをさらに含む、
こととしてもよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、未知の成分を含む従来の培地と同等以上の組換えタンパク質合成能を有する合成培地を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】実施例3におけるGFP由来蛍光強度を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明に係る実施の形態について図面を参照して説明する。なお、本発明は下記の実施の形態及び図面によって限定されるものではない。なお、下記の実施の形態において、“有する”、“含む”又は“含有する”といった表現は、“からなる”又は“から構成される”という意味も包含する。
【0018】
(実施の形態1)
本実施の形態に係る合成培地の製造方法は、測定ステップ及び混合ステップを含む。測定ステップでは、少なくとも1つの成分が未知である微生物培養用の培地又は当該培地に含まれる少なくとも1つの成分が未知である組成物における測定対象成分の濃度を測定する。
【0019】
「微生物培養用の培地」とは一般的に微生物の培養に用いられている培地を指し、例として、LB培地、TB培地、SOB培地及びSOC培地等の大腸菌培養用の培地、YPD培地及びYEP培地等の酵母培養用の培地、並びにMRS培地及びM17等の乳酸菌培養用の培地等が挙げられる。これらの培地には成分が未知である組成物が含まれるため、培地全体としても成分が明らかでない。
【0020】
「組成物」は、例えば、酵母抽出物、獣肉抽出物及び麦芽抽出物等の生物由来の抽出物、ペプトン、トリプトン、カゼイン及びカザミノ酸等のタンパク質の加水分解物、及びコーンスティープリカー等が挙げられる。組成物は、少なくとも1つの成分が未知である。
【0021】
測定ステップでは、上記の培地又は組成物の成分のうち、以下に列挙する測定対象成分の濃度を測定する。測定ステップでは、培地自体を分析して測定対象成分を測定してもよいし、組成物を分析して測定対象成分を測定してもよい。測定対象成分は、アデニン、アデノシン、クエン酸、シトルリン、フルクトース、ガラクトース、マンノース、フマル酸、ガンマアミノ酪酸、グルコース、グリセロール、イソクエン酸、乳酸、オルニチン、リンゴ酸、マルトース、myo-イノシトール、リン酸、ソルビトール、コハク酸、スクロース、トレハロース、トリプトファン、ウラシル、尿素、キサンチン、ビオチン、ピリドキシン、パントテン酸、チアミン、リボフラビン、亜硝酸イオン、硝酸イオン、リン酸イオン、硫酸イオン、アンモニウムイオン、カリウムイオン、マグネシウムイオン、カルシウムイオン、アスパラギン酸、スレオニン、セリン、グルタミン酸、プロリン、グリシン、アラニン、バリン、メチオニン、イソロイシン、ロイシン、チロシン、フェニルアラニン、ヒスチジン、リジン、アルギニン、システイン、アルミニウム、ホウ素、カルシウム、カドミウム、クロム、銅、鉄、マンガン、亜鉛、コバルト、ニッケル及び鉛である。
【0022】
測定対象成分の分析には、分析化学の分野で知られる任意の分析方法を用いてもよい。分析方法としては、糖、糖アルコール、有機酸、アミノ酸、無機イオン及び重金属類等を網羅的かつ定量的に分析できるのが好ましく、例えば、ガスクロマトグラフィー質量分析、液体クロマトグラフィー質量分析、イオンクロマトグラフィー分析、アミノ酸分析、誘導結合プラズマ発光分析等が挙げられる。これらの分析方法を組み合わせて使用するため、同等品質以上の定量分析データを得られる分析装置を組み合わせて使用するのが好ましい。
【0023】
測定ステップでは、測定対象成分に含まれない任意の成分の濃度をさらに測定してもよい。
【0024】
混合ステップでは、測定ステップで測定した濃度に基づいて、少なくとも測定対象成分を混合して調製物を得る。測定ステップで培地自体を分析して測定対象成分の濃度を測定した場合は、各測定対象成分が測定した濃度の±10%以内、好ましくは±5%以内になるように、各測定対象成分を混合する。
【0025】
測定ステップで成分が未知の組成物を分析して測定対象成分の濃度を測定した場合は、測定値と培地における組成物の含有量から培地における測定対象成分の濃度を算出し、各測定対象成分が算出した濃度の±10%以内、好ましくは±5%以内になるように各測定対象成分を混合する。
【0026】
混合ステップで混合する成分のうち、イオン性物質については、対となる陽イオンおよび陰イオンの組合せを任意に変更し、測定ステップにおける測定値により近い濃度となるように組成を設計することが望ましい。イオン性無機塩の場合、陽イオン濃度を一致させることを基本とし、塩化物、もしくは硫酸塩を使用することが望ましい。硫化物イオンは硫黄源として重要であり、測定ステップにおける硫化物イオンの測定値と対応するように添加量を決定するのが好ましい。
【0027】
混合ステップで混合する成分の最適化には、市販のリレーショナルデータベースソフトを用いてもよい。
【0028】
混合ステップでは、微生物の増殖を有意に阻害しない限り、測定対象成分の他に任意の成分をさらに混合してもよい。混合ステップで混合し得る測定対象成分以外の成分としては、例えば、グルコン酸等の測定対象成分以外の炭素源、グルタミン及びアスパラギン等の測定対象成分以外のアミノ酸、塩化物イオン等の測定対象成分以外のイオン等が挙げられる。塩化物イオン及びナトリウムイオン等の測定対象成分に含まれない成分は、測定ステップにおいて濃度を測定した場合であっても、測定値と異なる濃度になってもよい。測定対象成分以外の成分を混合する場合は、他の文献等を参照してそれらの成分の濃度を決定してもよい。
【0029】
混合ステップでは、95%以上、好ましくは98%以上、さらに好ましくは99%以上の純度の化合物のみを用いる。化合物は、他の物質から調製して精製してもよいし、試薬として販売されているものを使用してもよい。化合物は、無水物、水和物及び塩形態等のいずれを使用してもよい。
【0030】
混合ステップの後に、混合ステップで得られた調製物と緩衝成分を混合するステップをさらに含んでもよい。緩衝成分は、培地のpHを一定に保つ役割を果たす。目的の微生物の増殖に最適なpHに保つことにより、増殖能及びタンパク質等の産生能の向上が期待できる。緩衝成分は、生化学の分野で知られる任意の緩衝成分を使用してもよく、例えば、リン酸バッファー、2-モルホリノエタンスルホン酸(MES)、2-[4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジニル]エタンスルホン酸(HEPES)、ピペラジン-1,4-ビス(2-エタンスルホン酸)(PIPES)、3-モルホリノプロパンスルホン酸(MOPS)等が挙げられる。緩衝成分は、固体で混合して培地に溶解させてもよいし、液体で添加してもよい。混合する緩衝成分の濃度は特に限定されないが、例えば、終濃度が10~50mMとなるように混合する。
【0031】
本実施の形態に係る合成培地の製造方法により製造される合成培地の水素イオン濃度は、培養する微生物に応じて最適な範囲にしてもよい。例えば大腸菌を培養する場合、pH6.0~7.5、好ましくはpH6.5~7,0に調整してもよい。水素イオン濃度の調整には、水酸化ナトリウム及び塩酸等の任意の酸及び塩基を用いてもよい。
【0032】
本実施の形態に係る合成培地の製造方法により製造される合成培地は、オートクレーブ滅菌及びフィルター滅菌等の任意の方法で滅菌することができる。フィルター滅菌の場合は、有効径22μm以下のフィルターで滅菌処理するのが好ましい。また、合成培地は、液体培地として使用してもよいし、寒天を加えて固体の寒天培地としてもよい。
【0033】
本実施の形態に係る合成培地の製造方法により製造された合成培地を用いて、測定ステップで測定した培地が対象とする微生物を培養することができる。例えば、測定ステップにおいて大腸菌培養用のSOC培地を用いた場合には、製造された合成培地を用いて大腸菌を培養することができる。
【0034】
(実施の形態2)
本実施の形態に係る大腸菌の培養方法は、実施の形態1に係る合成培地の製造方法により製造された合成培地を用いて大腸菌を培養する培養ステップを含む。
【0035】
培養ステップでは、実施の形態1に係る合成培地の製造方法により製造された合成培地を用いて大腸菌を培養すること以外に、当分野で知られる任意の培養条件を使用することができる。大腸菌の培養温度は通常30~37℃とされるが、必要に応じて大腸菌が生育し得る限り任意の温度とすることができる。大腸菌の培養温度は、例えば、34~37℃としてもよい。
【0036】
合成培地に寒天を添加した寒天培地を用いる場合は、静置培養によりコロニーを形成させる。合成培地を液体で用いる場合は、静置培養及び振とう培養のいずれの培養方法を用いてもよい。1~10mL程度の小容量の合成培地で大腸菌を前培養した後、50~1000mL程度の大容量の合成培地で本培養してもよい。大腸菌の培養時間は、通常、6~24時間程度であるが、培養の目的及び他の条件を考慮して適宜設定してもよい。例えば、大腸菌の培養時間は、14~20時間としてもよい。
【0037】
培養する大腸菌は、DH5α及びBL21等の任意の大腸菌株を用いることができる。また、大腸菌は、塩化カルシウム法及びエレクトロポレーション法等の任意の方法により任意のプラスミド等を導入した形質転換体であってもよい。大腸菌が形質転換体である場合、導入したプラスミド等が有する耐性遺伝子の種類に応じて、アンピシリン、カナマイシン又はハイグロマイシン等の任意の抗生物質を合成培地に添加してもよい。タンパク質発現のために、任意の遺伝子発現誘導物質を加えてもよい。遺伝子発現誘導物質の例としてイソプロピル-β-D-チオガラクトピラノシド(IPTG)等が挙げられる。
【0038】
(実施の形態3)
本実施の形態に係るタンパク質、核酸又は代謝物の合成方法は、実施の形態1に係る合成培地の製造方法により製造された合成培地を用いて大腸菌を培養する培養ステップを含む。培養ステップでは、実施の形態2に係る培養方法と同様の培養方法により大腸菌が培養される。
【0039】
目的のタンパク質、核酸又は代謝物は、大腸菌由来のものであってもよいし、大腸菌に導入したプラスミド等に由来するものであってもよい。目的のタンパク質、核酸又は代謝物がプラスミド等に由来するものである場合、培養ステップで培養される大腸菌は、目的物を産生するためのDNA配列を有するプラスミド等を導入した形質転換体である。
【0040】
例えば目的物が組換えタンパク質である場合、培養ステップで培養する形質転換大腸菌は以下のように作製される。まず、公知の方法により、プラスミド又はファージ等のベクターに目的のタンパク質をコードする遺伝子を連結して発現ベクターを作製する。発現ベクター上には、転写プロモーター及びターミネーター等、目的タンパク質遺伝子が適切に転写及び翻訳されるために必要な配列を適宜配置することが望ましい。このようにして作製した発現ベクターを大腸菌に導入するが、導入方法は特に限定されず、例えば、塩化カルシウム法及びエレクトロポレーション法等が挙げられる。
【0041】
本実施の形態に係るタンパク質、核酸又は代謝物の合成方法によれば、市販の合成培地で培養した場合と比較して、より多くのタンパク質、核酸又は代謝物を大腸菌内で合成することができる。また、実施の形態1の測定ステップにおいて測定した培地で大腸菌を培養した場合と比較して、同等以上の目的タンパク質、核酸又は代謝物を大腸菌内で合成することができる。産生された目的のタンパク質、核酸又は代謝物は、その目的物の特性に応じて、ウェスタンブロッティング、発光・蛍光測定、制限酵素処理又はPCR等の生化学的な手法、及び分析化学的な手法を用いて、定性的又は定量的に確認することができる。
【0042】
本実施の形態に係るタンパク質、核酸又は代謝物の合成方法は、培養ステップで培養した大腸菌からタンパク質、核酸又は代謝物を得る取得ステップをさらに含んでもよい。取得ステップでは、当分野で知られる任意の方法を用いて、当該大腸菌の菌体から目的のタンパク質、核酸又は代謝物を取得することができる。目的物がタンパク質である場合、加熱処理、超音波破砕、凍結融解による破砕、リソソームなどの酵素による溶解等により菌体を処理し、大腸菌由来の不純物を除去することで目的のタンパク質を得ることができる。さらに、例えばクロマトグラフィーを用いて精製工程を行ってもよい。例えば、最初の精製では、粗原料又は精澄化溶液から目的タンパク質の1回目の精製を行う。次の中間精製では、DNA、ウイルス及びエンドトキシン等の主要な不純物の殆どを除去する。最後の最終精製では、微量の不純物を除去する工程を行う。その後、公知の方法を使用して目的タンパク質の濃縮を行ってもよい。
【0043】
目的物が核酸である場合、核酸の種類応じてアルカリ法及びフェノール/クロロホルム法等の既知の方法、又は市販のキット等を使用して、プラスミドDNA、大腸菌ゲノムDNA又はRNA等の目的の核酸を得ることができる。目的に応じて、得られた核酸をエタノール沈殿、PEG沈殿、又は塩化セシウム密度勾配超遠心法等により、さらに精製及び濃縮を行ってもよい。
【0044】
別の実施の形態では、実施の形態1に係る合成培地の製造方法により製造された合成培地が提供される。
【0045】
別の実施の形態では、実施の形態3に係るタンパク質、核酸又は代謝物の合成方法により合成されたタンパク質、核酸又は代謝物が提供される。
【0046】
別の実施の形態では、実施の形態3に係るタンパク質、核酸又は代謝物の合成方法により合成されたタンパク質、核酸又は代謝物を含む医療用組成物又は医薬が提供される。
【0047】
別の実施の形態では、実施の形態3に係るタンパク質、核酸又は代謝物の合成方法により合成されたタンパク質、核酸又は代謝物の使用が提供される。
【実施例0048】
(実施例1.SOC培地の分析)
大腸菌での組換えタンパク質産生に多用されるSOC培地の組成のうち、酵母抽出物及びトリプトンは成分が未知の組成物である。以下のように、酵母抽出物(BD Bacto Yeast Extract(ThirmoScientific社製))及びトリプトン(BD Bacto Trypton(ThirmoScientific社製))に含まれる成分の濃度を測定した。
【0049】
[ガスクロマトグラフィー質量分析]
分析する組成物を、10g/Lになるように水に溶解し、分析用サンプルを調製した。さらに1g/Lに希釈した分析用サンプル100μLに、20mg/mLリビトール60μL及び抽出溶媒(メタノール:クロロホルム:水=5:2:2)900μLを加えて抽出した。抽出サンプルは、文献(Tachibana S.,Watanabe K.,Konishi M.,Estimating effects of yeast extract compositions on Escherichia coli growth by a metabolomics approach.Journal of Bioscience and Biotechnology.128(4),468-474,2019.)に記載の方法でトリメチルシリル化したものを用いた。分析にはGC450-300MSシステム(Varian社製)を使用した。キャリアガスにはヘリウムを使用し、流速は2.25mL/分とした。試料の注入量は1μL、スプリット比は25:1とした。オーブン温度は、初期温度60℃で1分間保持したのち、10℃/分で210℃まで上昇させた。210℃から5℃/分で230℃まで上昇させたのち、15℃/分で325℃まで上昇させ、10分間保持し、分析時間は36.3分間とした。注入口、イオン源、MSトランスファーラインの温度はそれぞれ、250℃、280℃、280℃とした。多重反応モニタリング(Multiple Reaction Monitoring)には、公開されているデータ(Agilent社、https://www.chem-agilent.com/contents.php?id=1004696#TQよりダウンロード)を使用した。本分析により定量分析される成分は、アデニン、アデノシン、クエン酸、シトルリン、フルクトース、ガラクトース、マンノース、フマル酸、ガンマアミノ酪酸、グルコース、グリセロール、イソクエン酸、乳酸、オルニチン、リンゴ酸、マルトース、myo-イノシトール、リン酸、ソルビトール、コハク酸、スクロース、トレハロース、トリプトファン、ウラシル、尿素及びキサンチンである。
【0050】
[液体クロマトグラフィー質量分析]
液体クロマトグラフィー質量分析では、前述のガスクロマトグラフィー質量分析で抽出されたものと同様のサンプルを用いた。標準物質には20μg/mLピペラジン-1,4-ビス(2-エタンスルホン酸)一ナトリウム塩を使用した。Waters(商標)e2695 Separation Module(日本ウォーターズ社製)及びWaters ACQUITY QDa検出機(日本ウォーターズ社製)を使用し、カラムにはShodex(登録商標)HILICpak VG-50 2D(2.0mm I.D.×150mm)(昭和電工社製)を使用した。試料の注入量は5μLとした。溶離液Aには0.5%アンモニア水溶液を使用し、溶離液Bにはアセトニトリルを使用し、流速は0.2mL/分でグラジエントモードにて分析した。グラジエントは、溶離液Bの初期割合を80%として2分間保持し、10分間かけて10%まで下降させた。10%で3分間保持し、5分間かけて80%まで上昇させ、分析時間は20分間とした。試料のイオン化にはエレクトロイオンスプレー化(Electrospray ionization)を使用し、プローブ温度は300℃とした。本分析により定量分析される成分は、ビオチン、ピリドキシン、パントテン酸、チアミン及びリボフラビンである。
【0051】
[イオンクロマトグラフィー分析]
10g/Lに調製した前述の分析用サンプルを0.22μmのフィルターでろ過後、100倍から1000倍希釈したサンプルを分析した。イオンクロマトグラフィー・システム IC-2010(東ソー社製)を使用し、カラムは、カチオン分析にはTSKgel IC-Cation I/II HR(4.6mm I.D.×10cm)、アニオン分析にはTSKgel SuperIC-AZ(4.6mm I.D.×15cm)を使用した。両分析において、注入量は30μL、カラム温度は40℃、流量は0.8mL/分とした。使用した溶離液について、カチオン分析では0.2M硝酸を使用し、アニオン分析では1.9mM炭酸水素ナトリウムと3.2mM炭酸ナトリウムを使用した。またアニオン分析ではサプレッサーを用いた。本分析により定量分析される成分は、塩化物イオン、亜硝酸イオン、硝酸イオン、リン酸イオン、硫酸イオン、ナトリウムイオン、アンモニウムイオン、カリウムイオン、マグネシウムイオン及びカルシウムイオンである。
【0052】
[アミノ酸分析]
10g/Lに調製した前述の分析用サンプル10μLをガラス試料管Sに入れ、デシケーターで乾固した。乾固したサンプルに低沸点塩酸(20%w/v HCl)200μL加え、減圧封菅した。サンプルを乾熱機で110℃、20時間反応させたのち、遠心エバポレーターで乾固した。乾固したサンプルに超純水200μL加えて溶解し、分析に供した。Prominence UFLC(SHIMADZU社製)及びRF-10AXL Fluorescence Detector(SHIMADZU社製)を使用してポストカラム法にて分析した。カラムはShim-pack Amino-Na(6.0mm I.D.×100mm)を使用し、アンモニアトラップカラムにはShim-pack ISC-30/S0504 Ns(4.0mm I.D.×50mm)を使用した。注入量は10μLとし、カラム温度および試料の反応温度は60℃とした。移動相にはAmino Acid Mobile Phase Kit(Na Type)(SHIMADZU社製)を使用し、流速は0.5mL/分とした。反応液としてAmino Acid Reaction Reagent Kit(Solutions A及びB)(SHIMADZU社製)を使用し、流速は0.2mL/分で使用した。蛍光検出機の励起光は350nm、蛍光は450nmとした。本分析により定量分析される成分は、アスパラギン酸、スレオニン、セリン、グルタミン酸、プロリン、グリシン、アラニン、バリン、メチオニン、イソロイシン、ロイシン、チロシン、フェニルアラニン、ヒスチジン、リジン、アルギニン及びシステインである。
【0053】
[誘導結合プラズマ発光分析]
10g/Lに調製した前述の分析用サンプルを0.1M HNO3で1g/L、0.1g/Lに希釈し、分析に供した。シーケンシャル型ICP発光分光分析装置SPS3100HV UV(エスアイアイ・ナノテクノロジー社製)にて分析した。本分析により定量分析される成分は、アルミニウム(396.152)、ホウ素(249.773)、カルシウム(393.366)、カドミウム(214.506)、クロム(205.618)、銅(324.754)、鉄(238.277)、マンガン(257.610)、亜鉛(213.924)、コバルト(228.687)、ニッケル(221.716)及び鉛(220.422)である。括弧内は分光器の検出波長を示す。
【0054】
以上の各分析で定量された組成を表1に示す。
【0055】
【0056】
(実施例2.合成SOC培地の調製)
基準となるSOC培地の組成は、Bacto tryptone 20g/L、Bacto yeast extract 5g/L、NaCl 10mM、KCl 2.5mM、MgSO4 10mM、MgCl2 10mM、KCl 10mMである。このうち、Bacto tryptoneとBacto yeast extractを、実施例1で測定した組成に置き換え、合成SOC培地を調製した。
【0057】
そのまま置き換えることのできないイオンについては、測定ステップでの定量値から各イオンのモル濃度を算出し、各イオンの濃度が合致するように添加物量を決定した。まず、NO3
-の定量値とKNO3の分子量から、NO3
-のモル濃度に対応するKNO3の添加量を決定した。K+の定量値からKNO3で添加したモル濃度分を差し引いた残りはKClを添加した。SO4
2+の定量値とMgSO4の分子量から、SO4
2+のモル濃度に対応するKNO3の添加量を決定した。Mg2+の定量値からMgSO4で添加したモル濃度分を差し引いた残りはMgClを添加した。Na+、NH4
-、K+及びCa2+イオンは塩化物として添加し、モル濃度を合わせた。リン酸イオンはPO4の定量値とH3PO4の定量値があるため,PO4モル濃度の合算値を算出し、H3PO4の添加量を合わせた。
【0058】
定量できなかったグルタミン及びアスパラギンは、BD Bionutrients テクニカルマニュアル第3版(日本ベクトン・ディッキンソン社、平成19年)に記載の濃度を参考に添加量を決定した。また、定量できなかったミネラル成分は、文献(Backlund E.,Reeks D.,Markland K.,Weir N., Bowering L.Larsson G(2008)Fedbatch design for periplasmic product retention in Escherichia coli.Journal of Biotechnology.135(4):358-365.)を参考に添加量を決定した。調合した培地はNaOHを用いてpHが7.0になるように調整された後、0.22μmの有効径を持つフィルターでろ過滅菌された。
【0059】
本実施例で調製した合成SOC培地の組成を表2に示す。
【0060】
【0061】
(実施例3.合成SOC培地の有効性の検証)
大腸菌でのタンパク質産生における、実施例2で調製した合成SOC培地の有効性を評価した。供試大腸菌は、BL21(DE3)pLysS株(ThermoFisher社製)にpRSETemGFPを導入したものを用いた。培地は、通常のSOC培地、市販の大腸菌用完全合成培地(Bacto CD Supreme Fermentation Production Medium(FPM)、ThermoFisher Scientific社製(以下、「CD」ともいう))、実施例2で調製した合成SOC培地、及び緩衝成分である3-モルホリノプロパンスルホン酸(MOPS)を添加した合成SOC培地を用いた。各培地で培養した大腸菌におけるタンパク質産生を、ディープウェル培養法で評価した。2ml容量の96穴ディープウェルプレートにクロラムフェニコール35μg/mL及びアンピシリン50μ/mLとなるように加えた培地を1ml添加し、ディープウェルマキシマイザーを用いて、1,200rpm、37℃の条件で培養した。培養開始2時間後1mMのIPTGを添加しGFP発現を誘導した。培養8時間後のGFP由来の蛍光を、蛍光プレートリーダーを用いて評価した。蛍光検出の際の励起波長は487nm、蛍光検出波長は509nmとした。
【0062】
(結果)
図1に示すように、SOC培地と合成SOC培地のGFP由来蛍光はそれぞれ平均値で5164及び5951であり、5%有意水準で合成SOC培地が優れていた。さらに終濃度40mM MOPS(pH7.0)添加した培地(合成SOC+MOPS)では、GFP由来蛍光強度は平均値で10270を示した。この結果は、各種機器分析で算出した培養基材組成のデータを用いて合成培地を設計することで、従来の培地を上回る性能を持つ培地を設計できることを示している。一方、CD培地で培養した大腸菌のGFP蛍光強度は平均値で3881であった。大腸菌によるGFP生産において、本発明で設計した合成SOC培地および合成SOC+MOPSは市販の大腸菌用完全合成培地よりも優れていることが示された。