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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024112404
(43)【公開日】2024-08-21
(54)【発明の名称】間葉系幹細胞の培養方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/0775 20100101AFI20240814BHJP
   C12M 3/00 20060101ALN20240814BHJP
【FI】
C12N5/0775
C12M3/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023017378
(22)【出願日】2023-02-08
(71)【出願人】
【識別番号】511082263
【氏名又は名称】株式会社グランソール免疫研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松尾 良信
(72)【発明者】
【氏名】海谷 啓之
(72)【発明者】
【氏名】辻村 敦史
(72)【発明者】
【氏名】▲辻▼村 貴弘
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA21
4B029BB11
4B029CC10
4B065AA90X
4B065AC12
4B065AC14
4B065BB23
4B065BB32
4B065BC42
4B065BD45
4B065CA44
(57)【要約】
【課題】入手した新鮮な脂肪組織が多量の場合であっても余剰の脂肪組織を廃棄することなく有効利用するべく、凍結保存した脂肪組織からの間葉系幹細胞の培養方法を提供する。
【解決手段】(a)外科的に採取した脂肪組織を凍結保存液に浮遊させ無血清で前記脂肪組織を凍結保存し、(b)解凍後洗浄して凍結保存液を洗浄除去し、(c)細切れにして脂肪組織片とし、自己血清を添加した培地にて培養を行い、増殖した脂肪組織由来間葉系幹細胞を取得する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)外科的に採取した脂肪組織を凍結保存液に浮遊させ無血清で前記脂肪組織を凍結保存する凍結保存工程と、
(b)凍結保存した前記脂肪組織を解凍後、洗浄して凍結保存液を洗浄除去する洗浄工程と、
(c)洗浄した前記脂肪組織を細切れにして脂肪組織片とし、自己血清を添加した培地にて培養を行い、増殖した脂肪組織由来間葉系幹細胞を取得する培養工程と、
を有することを特徴とする、凍結保存した脂肪組織からの間葉系幹細胞の培養方法。
【請求項2】
前記培養工程は、
(i)洗浄した前記脂肪組織に対して酵素処理を施さずに細切れにして脂肪組織片とし、前記脂肪組織片をハイドロキシアパタイトで処理した不織布に接着させ、自己血清を添加した培地にて培養を行う分離培養工程と、
(ii)前記分離培養工程の後、不織布に付着して増殖した脂肪組織由来間葉系幹細胞をトリプシンによって剥離する第1酵素処理工程と、
(iii)前記第1酵素処理工程の後、剥離した脂肪組織由来間葉系幹細胞を洗浄後にフラスコに移行して培養を継続する第1拡大培養工程と、
(iv)前記第1酵素処理工程でトリプシン処理を施した不織布に付着している脂肪組織を洗浄し、自己血清を添加した培地にて培養を行う再培養工程と、
(v)前記再培養工程の後、不織布に付着して増殖した脂肪組織由来間葉系幹細胞をトリプシンによって剥離する第2酵素処理工程と、
(vi)前記第2酵素処理工程の後、剥離した脂肪組織由来間葉系幹細胞を洗浄後にフラスコに移行して培養を継続する第2拡大培養工程と、
からなることを特徴とする請求項1に記載の凍結保存した脂肪組織からの間葉系幹細胞の培養方法。
【請求項3】
前記凍結保存液は、培地、DMSO及びメチルセルロースを有することを特徴とする請求項1に記載の凍結保存した脂肪組織からの間葉系幹細胞の培養方法。
【請求項4】
前記培地は、αMEM培地、又は、Advanced DMEM/F12培地であることを特徴とする請求項3に記載の凍結保存した脂肪組織からの間葉系幹細胞の培養方法。
【請求項5】
前記凍結保存した脂肪組織を解凍後、洗浄して凍結保存液を洗浄除去する洗浄液は、血漿成分又は血清成分が溶解された水溶液あることを特徴とする請求項1に記載の凍結保存した脂肪組織からの間葉系幹細胞の培養方法。
【請求項6】
前記血漿成分又は血清成分が溶解された水溶液は、水、緩衝液、等張液、低張液、又は、高張液であることを特徴とする請求項5に記載の凍結保存した脂肪組織からの間葉系幹細胞の培養方法。
【請求項7】
前記第1拡大培養工程では血清を包含しない培地にて培養を行うことを特徴とする請求項2に記載の凍結保存した脂肪組織からの間葉系幹細胞の培養方法。
【請求項8】
前記第2拡大培養工程では血清を包含しない培地にて培養を行うことを特徴とする請求項2に記載の凍結保存した脂肪組織からの間葉系幹細胞の培養方法。
【請求項9】
前記再培養工程では、FBSを包含せず且つ1~2重量%の自己血清を添加した培地にて培養を行うことを特徴とする請求項2に記載の凍結保存した脂肪組織からの間葉系幹細胞の培養方法。
【請求項10】
前記第1拡大培養工程では、血清を包含しない培地にて培養を継続することを特徴とする請求項2に記載の凍結保存した脂肪組織からの間葉系幹細胞の培養方法。
【請求項11】
前記第2拡大培養工程では、血清を包含しない培地にて培養を継続することを特徴とする請求項2に記載の凍結保存した脂肪組織からの間葉系幹細胞の培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、凍結保存した脂肪組織からの間葉系幹細胞の培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体組織に存在する間葉系幹細胞(MSC=Mesenchymal Stem Cell(MSC))は、増殖能が高く、骨、軟骨、筋肉、脂肪、肝細胞、神経細胞、心筋細胞、血管内皮細胞等、種々の細胞に分化することが知られており、再生医療とりわけ細胞移植治療用の細胞源として有用性が多く報告され、一部では既に実用化されており、更に臨床応用開発が進められている。
【0003】
MSCは従来、主に骨髄液から培養し調製されていた。しかし、近年は、MSCの細胞源として脂肪組織が脚光を浴びている。これは、脂肪組織には幹細胞が豊富に存在するだけでなく、脂肪組織は骨髄に比して比較的容易に採取可能であり、大量に組織が得られた場合には大量調製も可能であること等の理由による(非特許文献1~5)。脂肪組織由来のMSCは、骨髄由来のそれよりも一般に増殖速度が速いため、比較的容易に必要細胞数を確保することができる(非特許文献6)。
【0004】
脂肪組織は、痩身目的の脂肪吸引によっても世界中で採取されており、これを他家移植用の細胞に使用することを想定すると、潜在的には大量の細胞源が存在すると考えることができる。このように、今後、再生医療が発展していくためには脂肪組織の有効利用は極めて重要である。
【0005】
脂肪組織からの治療用幹細胞の準備は一般的には外科的に採取された脂肪組織をコラゲナーゼ(動物由来)等の酵素で処理し、細胞を単離して培養が行われる場合が多く、通常10~15グラムの脂肪組織材料が使用され、本手法にて得られる治療用細胞数は1か月間の培養で5~7×107程度との報告もある(非特許文献7~9)。
【0006】
脂肪組織からMSC等の幹細胞を調製する際は、専ら新鮮な脂肪組織を使用する。例えば、MSCの分離培養は、脂肪組織の洗浄(付着した血液等の除去)、純化(余分な組織、血管等を除去する)、プロテアーゼ等による酵素処理、フィルターろ過、遠心操作、細胞播種操作等の一連の工程を一気に実施して細胞の培養工程へと移行する。
【0007】
従って、入手した新鮮な脂肪組織が多量の場合は新鮮な脂肪組織を細胞培養工程までの処理に利用することができず廃棄せざるを得ないおそれがある。
【0008】
無血清細胞凍結保存溶液は広く使用されており、その有用性は既に報告されている(非特許文献10)。脂肪組織からMSCを分離して拡大培養を行い、次に凍結保存を行う。しかしながら脂肪組織そのものを凍結保存し、その凍結保存した脂肪組織からMSCを拡大培養する技術は存在しない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】1.Lee KD, et al.: In vitro hepatic differentiation of human mesenchymal stem cells. Hepatology. 2004;40:1153-61.
【非特許文献2】2. Hong SH, et al.: In vitro differentiation of human umbilical cord blood-derived mesenchymal stem cells into hepatocyte-like cells. Biochem Biophys Res Commun. 2005;330:1153-61.
【非特許文献3】3. Teramoto K, et al.: Hepatocyte differentiation from embryonic stem cells and umbilical cord blood cells. J Hepatobiliary Pancreat Surg. 2005;12:196-202.
【非特許文献4】4. Lee OK, et al.: Isolation of multipotent mesenchymal stem cells from umbilical cord blood. Blood. 2004;103:1669-75.
【非特許文献5】5. Yang SE, et al.: Mesenchymal stem/progenitor cells developed in cultures from UC blood. Cytotherapy 2004;6:476-86.
【非特許文献6】6. Nakayama T, et al.: Cell therapy using adipose-derived mesenchyma lstromal cells: current status and perspectives. Japanese Journal of Transfusion and Cell Therapy. 2013;59:450-56.
【非特許文献7】7. Mendell JR, et al.: Gene therapy for muscular dystrophy: lessons learned and path forward. Neurosci Lett. 2012;527:90-9.
【非特許文献8】8. Fraser JK, et al.: Fat tissue: an underappreciated source of stem cells for biotechnology. 2006;24:150-4.
【非特許文献9】9. Ronti T, et al: The endocrine function of adipose tissue: an update. Clin Endocrinol (Oxf). 2006;64:355-65.
【非特許文献10】10. Thirumala S, et al: Evaluation of methylcellulose and dimethyl sulfoxide as the cryoprotectants in a serum-free freezing media for cryopreservation of adipose-derived adult stem cells. Stem Cells Dev. 2010:19:513-22.
【非特許文献11】11. Matsuo Y, et al: Isolation of adipose tissue-derived stem cells by direct membrane migration and expansion for clinical application. Human Cell. 2021: 34:819-24.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、入手した新鮮な脂肪組織が多量の場合であっても余剰の脂肪組織を廃棄することなく有効利用するべく、凍結保存した脂肪組織からの間葉系幹細胞の培養方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明にかかる凍結保存した脂肪組織からの間葉系幹細胞の培養方法は、(a)外科的に採取した脂肪組織を凍結保存液に浮遊させ無血清で前記脂肪組織を凍結保存する凍結保存工程と、(b)凍結保存した前記脂肪組織を解凍後、洗浄して凍結保存液を洗浄除去する洗浄工程と、(c)洗浄した前記脂肪組織を細切れにして脂肪組織片とし、自己血清を添加した培地にて培養を行い、増殖した脂肪組織由来間葉系幹細胞を取得する培養工程と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、凍結保存した脂肪組織からの間葉系幹細胞の拡大培養が可能となるので、入手した新鮮な脂肪組織が多量の場合であっても余剰の脂肪組織を廃棄することなく有効利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】凍結保存液中に凍結された脂肪組織を示す写真図である。
図2】解凍後、細切れにされた脂肪組織が不織布に接着している状態を示す写真図である。
図3】プラスチック製培養フラスコの底面に付着して増殖しているMSCの状態を示す写真図である。
図4】本発明方法により拡大培養された脂肪組織由来MSCをフローサイトメトリーにて測定した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、添付の図面を参照して本発明の実施形態について具体的に説明するが、当該実施形態は本発明の原理の理解を容易にするためのものであり、本発明の範囲は、下記の実施形態に限られるものではなく、当業者が以下の実施形態の構成を適宜置換した他の実施形態も、本発明の範囲に含まれる。
【0015】
本発明にかかる凍結保存した脂肪組織からの間葉系幹細胞の培養方法は、下記工程を有する。即ち、(a)外科的に採取した脂肪組織を凍結保存液に浮遊させ無血清で前記脂肪組織を凍結保存する凍結保存工程と、(b)凍結保存した前記脂肪組織を解凍後、洗浄して凍結保存液を洗浄除去する洗浄工程と、(c)洗浄した前記脂肪組織を細切れにして脂肪組織片とし、自己血清を添加した培地にて培養を行い、増殖した脂肪組織由来間葉系幹細胞を取得する培養工程と、を有する。
【0016】
(1)凍結保存工程及び洗浄工程
凍結保存工程では、(a)外科的に採取した脂肪組織を凍結保存液に浮遊させ無血清で前記脂肪組織を凍結保存する。洗浄工程では、(b)凍結保存した前記脂肪組織を解凍後、洗浄して凍結保存液を洗浄除去する。
【0017】
脂肪組織はあらゆる脂肪組織を包含し、脂肪組織を持つどんな生物体からのものでもよい。好ましくはこの脂肪組織は哺乳動物のものであり、最も好ましくはこの脂肪組織はヒトのものである。
【0018】
脂肪組織の採取は、例えば、患者の任意の箇所(例えば、腹部、腰部、大腿部)を尖刃のメスで0.5cm~1cm程度切開し、任意の手術器具(例えば、モスキート鉗子、ピンセット)で脂肪を摘出し、切除する。また、例えば、患者の任意の箇所(例えば、腹部、腰部、大腿部)からカニューレなどを用いて脂肪を吸引することもできる。
【0019】
脂肪組織片の採取はコラゲナーゼ等の酵素を使用せずに脂肪組織から外科的に採取する。採取する脂肪組織は少量で足り、特に限定されるものではないが例えば0.02~1.0g、好ましくは0.1~5.0gの脂肪組織である。
【0020】
この外科的に採取した脂肪組織を凍結保存液に浮遊させ無血清で-80℃以下にて凍結保存する。凍結保存液は、特に限定されるものではないが、例えば、市販の凍結保存液を用いてもよく、CP-1(登録商標)(極東製薬工業社製)、BAMBANKER(リンフォテック社製)、STEM-CELLBANKER(日本全薬工業社製)、ReproCryo RM(リプロセル社製)、CryoNovo(Akron Biotechnology社製)、MSC Freezing Solution(Biological Industries社製)、CryoStor(HemaCare社製)等が挙げられる。
【0021】
凍結保存液は、所定濃度の多糖類を含有することができる。多糖類の好ましい濃度は、例えば、1質量%以上、2質量%以上、4質量%以上、又は6質量%以上である。また、多糖類の好ましい濃度は、例えば、20質量%以下、18質量%以下、16質量%以下、14質量%以下、又は13質量%以下である。多糖類としては、例えば、ヒドロキシルエチルデンプン(HES)やデキストラン(Dextran40等)等を挙げることができるが、これらに限定されない。またトレハロースや二糖類、例えばスクロース等も使用することができる。
【0022】
凍結保存液は、所定濃度のジメチルスルホキシド(DMSO)を含有することができる。DMSOの好ましい濃度は、例えば、1質量%以上、2質量%以上、3質量%以上、4質量%以上、又は5質量%以上である。また、DMSOの好ましい濃度は、例えば、20質量%以下、18質量%以下、16質量%以下、14質量%以下、12質量%以下、又は10質量%以下である。
【0023】
凍結保存液は、0質量%より多い所定濃度のアルブミンを含有するものでもよい。アルブミンの好ましい濃度は、例えば、1質量%以上、2質量%以上、3質量%以上、又は4質量%以上である。また、アルブミンの好ましい濃度は、例えば、30質量%以下、20質量%以下、10質量%以下、又は9質量%以下である。アルブミンとしては、例えば、ウシ血清アルブミン(BSA)、マウスアルブミン、ヒトアルブミン等を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0024】
凍結保存液は、培地、DMSO、及びメチルセルロースの混合物とすることが可能である。培地は例えばαMEM培地、Advanced DMEM/F12培地等を使用できる。、培地、DMSO、及びメチルセルロースの体積比は、例えば20:2:(0.8~1.2)である。メチルセルロース溶液は、例えば濃度が1g/100mlである1%メチルセルロース水溶液である。
【0025】
脂肪組織と凍結保存液との混合比は例えば、0.8~1.2(重量):8~12(容量)であり、好ましくは1(重量):10(容量)である。
【0026】
凍結保存した前記脂肪組織は解凍後、洗浄して凍結保存液を洗浄除去される。凍結保存された脂肪組織の解凍は、既知の任意の細胞解凍手法により行うことができ、典型的には、例えば凍結温度より高い温度の固形、液状もしくはガス状の媒体(例えば、水)、ウォーターバス、インキュベーター、恒温器等に供したり、又は凍結した脂肪組織を凍結温度より高い温度の媒体(例えば、培養液)で浸漬することにより達成されるが、これに限定されない。また、ThawSTAR(Astero Bio社)のような凍結解凍機器を使用しても良い。解凍手段又は浸漬媒体の温度は、所望の時間内に解凍できる温度であれば特に限定されないが、典型的には4~80℃、好ましくは30~40℃、より好ましくは36~38℃である。
【0027】
凍結保存液を洗浄するための洗浄液は、血漿成分又は血清成分が溶解された水溶液であれば特に制限されない。血漿成分又は血清成分を溶解する媒体としては、水、緩衝液、等張液、低張液、高張液等、どのような水溶液でも使用することができる。組織へのダメージ低減の観点から、緩衝液や等張液がより好ましく、例えば、生理食塩液、緩衝効果のある生理食塩水(リン酸緩衝生理食塩水[Phosphate buffered saline;PBS]、トリス緩衝生理食塩水[Tris Buffered Saline;TBS]、HEPES緩衝生理食塩水等)、HBSS(-)、リンゲル液、乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液、重炭酸リンゲル液、ブドウ糖液、各種輸液、培養液等が挙げられ、特に生理食塩液を好適に例示することができる。
【0028】
上記培養液は、特に限定されず、任意の動物細胞培養用液体培地を基礎培地とし、必要に応じて他の成分(血清、血清代替試薬、増殖因子等)を適宜添加することにより調製することができる。上記基礎培地としては、BME培地、BGJb培地、CMRL1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地(Iscove’s Modified Dulbecco’s Medium)、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM(Alpha Modification of Minimum Essential Medium Eagle)培地、DMEM培地(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium)、ハムF10培地、ハムF12培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、及びこれらの混合培地(例えば、DMEM/F12培地(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium/Nutrient Mixture F-12 Ham))等の培地を使用することができるが、特に限定されない。また、市販の各種の無血清培地も使用できる。
【0029】
前記基礎培地に対して添加する他の成分としては、例えば、増殖因子等が挙げられる。前記基礎培地に増殖因子を添加する態様においては、増殖因子を培地中で安定化させるための試薬(ヘパリン等の抗凝固剤、ゲル、多糖類等)を、増殖因子に加えてさらに添加してもよいし、あらかじめ安定化させた増殖因子を前記基礎培地に対して添加してもよい。増殖因子は例えば、線維芽細胞増殖因子(FGF)、上皮細胞増殖因子(EGF)、トランスフォーミング増殖因子(TGF)、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、血小板由来増殖因子(PDGF)、及びそれらのファミリーを使用することができるが、特に限定されない。また、上記洗浄液には、必要に応じて他の成分、例えば抗生物質、抗菌剤、抗酸化剤、ビタミン、タンパク質、アミノ酸、pH指示薬、キレート剤等を適宜含有させることもできる。
【0030】
上記乳酸リンゲル液としては、ソルラクト輸液(テルモ社製)、ラクテック注(大塚製薬工場社製)、ニソリ輸液(マイラン製薬社製)、ハルトマン液(共和クリティケア社製)、ハルトマン輸液pH8(ニプロ社製)、ラクトリンゲル液“フソー”(扶桑薬品社製)等を使用することができるが、特に限定されない。上記酢酸リンゲル液としては、ソルアセトF輸液(テルモ社製)、ヴィーンF輸液(扶桑薬品社製)、ソリューゲンF注(共和クリティケア)、リナセートF輸液(エイワイファーマ)等を使用することができるが、特に限定されない。上記重炭酸リンゲル液としては、ビカネイト輸液(大塚製薬工場社製)、ビカーボン輸液(エイワイファーマ社製)等を使用することができるが、特に限定されない。上記ブドウ糖液としては、小林糖液(共和クリティケア社製)、大塚糖液(大塚製薬工場社製)、マルトス輸液(大塚製薬工場社製)、キリット注(大塚製薬工場社製)、テルモ糖注(テルモ社製)、光糖液(光製薬社製)、マドロス輸液(扶桑薬品社製)等を使用することができるが、特に限定されない。
【0031】
(2)培養工程
培養工程では、(c)洗浄した脂肪組織を細切れにして脂肪組織片とし、自己血清を添加した培地にて培養を行い、増殖した脂肪組織由来間葉系幹細胞を取得する。
【0032】
培養工程は、例えば、下記工程を有する。
【0033】
(i)洗浄した前記脂肪組織に対して酵素処理を施さずに細切れにして脂肪組織片とし、前記脂肪組織片をハイドロキシアパタイトで処理した不織布に接着させ、自己血清を添加した培地にて培養を行う分離培養工程
(ii)前記分離培養工程の後、不織布に付着して増殖した脂肪組織由来間葉系幹細胞をトリプシンによって剥離する第1酵素処理工程
(iii)前記第1酵素処理工程の後、剥離した脂肪組織由来間葉系幹細胞を洗浄後にフラスコに移行して培養を継続する第1拡大培養工程
(iv)前記第1酵素処理工程でトリプシン処理を施した不織布に付着している脂肪組織を洗浄し、自己血清を添加した培地にて培養を行う再培養工程
(v)前記再培養工程の後、不織布に付着して増殖した脂肪組織由来間葉系幹細胞をトリプシンによって剥離する第2酵素処理工程
(vi)前記第2酵素処理工程の後、剥離した脂肪組織由来間葉系幹細胞を洗浄後にフラスコに移行して培養を継続する第2拡大培養工程
【0034】
(2-1)分離培養工程
分離培養工程では、脂肪組織に対して酵素処理を施さずに細切れにして脂肪組織片とし、その脂肪組織片をハイドロキシアパタイトで処理した不織布に接着させ、自己血清を添加した培地にて培養を行う。
【0035】
不織布は、メッシュなど規則的に織られたものと異なり、繊維枝同士が不規則に結合しており、適度な空間、厚み、弾力を有している。そのため、細胞と足場(不織布)が接していない部分で細胞同士が接着する際、不織布は、その細胞間の適度な距離を保つ機能を持ち、細胞同士の接着を促している。
【0036】
不織布の原料としては、例えば、天然繊維(木綿、麻、羊毛など)、再生繊維(レーヨン、キュプラ)、半合成繊維(アセテート、プロミックス)、合成繊維(ナイロン、ポリエステル、アクリル系、ビニロン、ポリ塩化ビニル、ビニリデン、ポリオレフィン系、ポリウレタン、ポリクラール、フルオロカーボン系、ノボロイド系など)、無機繊維(ガラス繊維、炭素繊維、アルミナ繊維、シリコンカーバイド繊維、スラグ繊維、金属繊維など)、などが挙げられる。
【0037】
不織布の繊維密度は、特に限定されるものではないが例えば0.1~0.3g/100cm2である。
【0038】
ハイドロキシアパタイトで不織布を処理する方法は、特に限定されるものではないが例えば、不織布にハイドロキシアパタイトを塗布する方法、バインダー(接着剤)にて接着させる方法等が挙げられる。
【0039】
ハイドロキシアパタイトで処理した不織布(不織布基材ともいう。)は例えば80%アルコールに数分間浸漬されて親水化された後、PBSで洗浄後、脂肪組織片が不織布基材に付着される。
【0040】
培養は自己血清を添加した培地にて行う。即ち、市販の培地にサプリメント等を添加した培地にFBS使用を避け自己血清を加えた培地で培養を行う。自己血清は低濃度であり、特に限定されるものではないが、例えば1~2重量%である。自己血清を添加した培地にて培養を1~2週間行うと細胞が増殖してくる。なお自己血清を使用せずに市販の培地にサプリメントを添加した培地だけでは細胞分離のための増殖誘導が困難である。
【0041】
(2-2)第1酵素処理工程
第1酵素処理工程では、分離培養工程の後、不織布に付着して増殖した脂肪組織由来間葉系幹細胞をトリプシンによって剥離する(1回目の剥離)。
【0042】
即ち、細胞が不織布基材の例えば10~20%を占めるようになったらトリプシン溶液を使用してトリプシン処理を施して不織布基材から細胞を剥離する。本発明においてトリプシンとは、膵臓から分泌されるタンパク質分解酵素又は該タンパク質分解酵素と同等の特性を有する分解酵素を意味するものとする。トリプシンの市販品としては例えば、Trypsin(商標)、TrypLE(商標)SELECT、TrypLE(商標)EXPRES(いずれもThermo Fisher Scientific製)等を挙げることができる。
【0043】
トリプシン処理に使用するトリプシン溶液はトリプシンのみならず、トリプシンと同様のタンパク質分解作用を有する酵素の他、キレート剤等を含有していてもよい。トリプシン溶液におけるトリプシン含有量は特に限定されるものではないが、例えば0.01~2.5wt%が好ましく、0.1~1wt%がさらに好ましく、0.2~0.5wt%が特に好ましく、0.25~0.35wt%が最も好ましい。
【0044】
(2-3)第1拡大培養工程
第1拡大培養工程では、第1酵素処理工程の後、剥離した脂肪組織由来間葉系幹細胞を洗浄後にフラスコに移行して培養を継続する。
【0045】
即ち、トリプシン処理により剥離した細胞を洗浄してフラスコに継代する。フラスコに継代した後は血清を含まない市販の培地にサプリメントを添加した培地だけで培養が可能である。
【0046】
(2-4)再培養工程
再培養工程では、第1酵素処理工程でトリプシン処理を施した不織布に付着している脂肪組織を洗浄し、自己血清を添加した培地にて培養を行う。自己血清の濃度は例えば1~2重量%である。自己血清を添加した培地にて培養を1~2週間行うと細胞が増殖してくる。
【0047】
(2-5)第2酵素処理工程
再培養工程の後、不織布に付着して増殖した脂肪組織由来間葉系幹細胞をトリプシンによって剥離する(2回目の剥離)。
【0048】
即ち、細胞が不織布基材の例えば8~20%を占めるようになったら、トリプシン溶液を使用してトリプシン処理を施して不織布基材から細胞を剥離する。トリプシン溶液におけるトリプシン含有量は特に限定されるものではないが、例えば0.01~2.5wt%が好ましく、0.1~1wt%がさらに好ましく、0.2~0.5wt%が特に好ましく、0.25~0.35wt%が最も好ましい。
【0049】
(2-6)第2拡大培養工程
第2酵素処理工程の後、剥離した脂肪組織由来間葉系幹細胞を洗浄後にフラスコに移行して培養を継続する。フラスコに継代した後は血清を含まない市販の培地にサプリメントを添加した培地だけで培養が可能である。
【0050】
(2-7)幹細胞の取得
本発明においては、このようにして第1拡大培養工程及び第2拡大培養工程にて脂肪組織由来間葉系幹細胞を取得する。
【0051】
本発明においては前述の再培養工程にて終了することも可能であり、また、更に前述の第2酵素処理工程でトリプシン処理を施した不織布に残存している脂肪組織を生理食塩水で洗浄し、1~2重量%の自己血清を添加した無血清培地にて脂肪組織由来間葉系幹細胞の培養を行い、その後、不織布に付着して増殖した脂肪組織由来間葉系幹細胞をトリプシンによって剥離(3回目の剥離)し(トリプシン処理)し、剥離した脂肪組織由来間葉系幹細胞を洗浄後にフラスコに移行して脂肪組織由来間葉系幹細胞の培養を継続することも可能であり、また、更にこのような工程を複数回繰り返すことも可能である。
【0052】
なお、培養工程は、前述のように、ハイドロキシアパタイトで処理した不織布に脂肪組織を接着させて幹細胞を分離させる方法のみならず、脂肪組織をコラゲナーゼ等の蛋白分解酵素を用いて処理して組織をバラバラにして幹細胞を分離する方法も挙げられる。
【0053】
このように本発明によれば、入手した新鮮な脂肪組織が多量の場合であっても余剰の脂肪組織を廃棄することなく有効利用することができる。また、本発明によれば少量の脂肪組織から、従来と同じ性能の脂肪組織由来間葉系幹細胞を大量に得ることができる。
【実施例0054】
脂肪組織0.2gを酵素を使用することなく外科的に採取した。この脂肪組織を細胞凍結保存溶液に無血清で浮遊させ-80℃以下のフリーザーに保管した(図1)。脂肪組織が0.1~0.2gであれば2 mlの凍結保存液を加え、脂肪組織と凍結保存液との混合比は1(重量):10(容量)を標準とした。なお-80℃の条件下で少なくとも1年間の凍結保存された脂肪組織からMSCの分離培養が可能である。
【0055】
凍結保存液は、α-MEM培地 30 ml、DMSO 10 ml、1% Methyl Cellulose 10mlを混和し、冷蔵保存することにより作成した。1% Methyl Celluloseは、Methyl Cellulose 1.5 gを150 mlの蒸留水に80℃まで加温しながら溶解させ、透明であることを確認した後オートクレーブして冷蔵保存して作成した。
【0056】
凍結保存した脂肪組織を37℃の温水中で解凍後、細胞培養用培地で洗浄し、凍結保存液を洗浄除去した。即ち、37℃の温水を準備した。凍結保存した脂肪組織が入っている凍結容器(15mlプラスチック遠心管)をその37℃温水中に浸し、前後左右に動かしながら速やかに解凍した。完全に溶解する手前で凍結容器を取り出し、前もって準備しておいた細胞培養用培地(5mlを6穴培養プレートの横3穴に入れて準備した)に解凍した脂肪組織を入れ、隣りの穴に移動させながら組織の洗浄を3回を行った。
【0057】
洗浄した脂肪組織に対して酵素処理を施さずに1~2mm3程に細切れにして脂肪組織片とし、これをハイドロキシアパタイトで処理した不織布に接着させた(図2)。そして1~2 %の自己血清を添加した幹細胞培養用培地にて培養を行った。
【0058】
不織布に付着して増殖した脂肪組織由来MSCをトリプシンによって剥離した(第1酵素処理工程)。
【0059】
剥離した脂肪組織由来MSCを洗浄後にフラスコに移行して培養を継続した(図3)(第1拡大培養工程)。
【0060】
更なる細胞数確保の必要に応じ、トリプシン処理を施した不織布に付着している脂肪組織を生理食塩水で洗浄し、1~2 %の自己血清を添加した培地にて培養を継続した(再培養工程)。
【0061】
不織布に付着して増殖した脂肪組織由来MSCをトリプシンによって剥離した(第2酵素処理工程)。
【0062】
剥離した脂肪組織由来MSCを洗浄後にフラスコに移行して血清等を包含しない培地にて培養を継続した(第2酵素処理工程)。
【0063】
第1拡大培養工程及び第2拡大培養工程にて脂肪組織由来間葉系幹細胞を取得することで、適切な量の細胞数を確保できた。
【0064】
確保できた脂肪組織由来間葉系幹細胞をフローサイトメトリーにて測定した。新鮮な脂肪組織から分離培養したMSCと同様の発現パターンが得られた(図4)。即ち、本発明によって得られたMSCは新鮮な脂肪組織より得られたMSCと同様の増殖特性を示し、細胞膜表面抗原の発現型および3方向性(骨、軟骨、脂肪)への分化能等、国際細胞治療学会議(International Society for Cellular Therapy, ISCT)が示しているMSCの細胞学的特性と同一性が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0065】
脂肪組織由来間葉系幹細胞の培養に利用できる。
図1
図2
図3
図4