IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ パナソニック株式会社の特許一覧

特開2024-113072III族窒化物結晶、III族窒化物基板、及びIII族窒化物結晶の製造方法
<>
  • 特開-III族窒化物結晶、III族窒化物基板、及びIII族窒化物結晶の製造方法 図1
  • 特開-III族窒化物結晶、III族窒化物基板、及びIII族窒化物結晶の製造方法 図2
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024113072
(43)【公開日】2024-08-21
(54)【発明の名称】III族窒化物結晶、III族窒化物基板、及びIII族窒化物結晶の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C30B 29/38 20060101AFI20240814BHJP
   C30B 25/02 20060101ALI20240814BHJP
【FI】
C30B29/38 D
C30B25/02 Z
【審査請求】有
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024091136
(22)【出願日】2024-06-05
(62)【分割の表示】P 2020102593の分割
【原出願日】2020-06-12
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、環境省、平成30年度未来のあるべき社会・ライフスタイルを創造する技術イノベーション事業(高品質GaN基板を用いた超高効率GaNパワー・光デバイスの技術開発とその実証)委託業務、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000005821
【氏名又は名称】パナソニックホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100132241
【弁理士】
【氏名又は名称】岡部 博史
(74)【代理人】
【識別番号】100113170
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 和久
(72)【発明者】
【氏名】森 勇介
(72)【発明者】
【氏名】吉村 政志
(72)【発明者】
【氏名】今西 正幸
(72)【発明者】
【氏名】北本 啓
(72)【発明者】
【氏名】隅 智亮
(72)【発明者】
【氏名】滝野 淳一
(72)【発明者】
【氏名】岡山 芳央
(57)【要約】      (修正有)
【課題】優れた導電性及び低い吸光係数を有するIII族窒化物結晶の製造方法を提供する。
【解決手段】III族元素含有ガスと、窒素元素含有ガスと、N型ドーパント含有ガスと、水素元素含有ガスと、を導入する工程と、導入された前記III族元素含有ガスと前記窒素原子含有ガスと前記N型ドーパント含有ガスと前記水素元素含有ガスとを反応させて、種基板上で、III族窒化物結晶を生成及び成長させる工程と、を有するIII族窒化物結晶の製造方法であって、III族窒化物結晶は、N型ドーパント及び水素元素がドーピングされ、N型ドーパントの濃度は1×1020cm-3以上であり、水素元素の濃度は1×1019cm-3以上である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
III族元素含有ガスと、窒素元素含有ガスと、N型ドーパント含有ガスと、水素元素含有ガスと、を導入する工程と、
導入された前記III族元素含有ガスと前記窒素原子含有ガスと前記N型ドーパント含有ガスと前記水素元素含有ガスとを反応させて、種基板上で、III族窒化物結晶を生成及び成長させる工程と、
を有するIII族窒化物結晶の製造方法であって、
前記製造方法で形成されるIII族窒化物結晶は、
前記N型ドーパント及び前記水素元素がドーピングされ、
前記水素元素の濃度は、1×1019cm-3以上であって、
前記N型ドーパントの濃度は、7×1020cm-3以上5×1021cm-3以下である、III族窒化物結晶の製造方法。
【請求項2】
III族元素含有ガスと、窒素元素含有ガスと、N型ドーパント含有ガスと、水素元素含有ガスと、を導入する工程と、
導入された前記III族元素含有ガスと前記窒素原子含有ガスと前記N型ドーパント含有ガスと前記水素元素含有ガスとを反応させて、種基板上で、III族窒化物結晶を生成及び成長させる工程と、
を有するIII族窒化物結晶の製造方法であって、
前記製造方法で形成されるIII族窒化物結晶は、
N型ドーパント及び水素元素がドーピングされ、
前記N型ドーパントの濃度は1×1020cm-3以上であり、
前記水素元素の濃度は1×1019cm-3以上であって、
電気抵抗率が1mΩ・cm以下である、
III族窒化物結晶の製造方法。
【請求項3】
前記N型ドーパント含有ガスは、シリコン元素含有ガス、ゲルマニウム元素含有ガス、及び酸素元素含有ガスからなる群から選択される少なくとも一種を含む、請求項1又は2に記載のIII族窒化物結晶の製造方法。
【請求項4】
前記N型ドーパント含有ガスは、前記酸素元素含有ガスを含む、請求項3に記載のIII族窒化物結晶の製造方法。
【請求項5】
前記水素元素含有ガスは、分子中に、N-H結合、C-H結合、及びO-H結合からなる群から選択される少なくとも一種を含有する、請求項1から4のいずれか1項に記載のIII族窒化物結晶の製造方法。
【請求項6】
前記水素元素含有ガスは、アンモニアガス、ヒドラジンガス、メチルアミンガス、エチルアミンガス、メタンガス、エタンガス、プロパンガス、ブタンガス、エチレンガス、アセチレンガス、水蒸気、過酸化水素、メタノール、及びエタノールからなる群から選択される少なくとも一種を含む、請求項1から5のいずれかに1項に記載のIII族窒化物結晶の製造方法。
【請求項7】
前記窒素元素含有ガスは、アンモニアガス、ヒドラジンガス、及びジメチルヒドラジンガスからなる群から選択される少なくとも一種を含む、請求項1から6のいずれか1項に記載のIII族窒化物結晶の製造方法。
【請求項8】
前記III族元素含有ガスは、III族元素の酸化物、及びIII族元素のハロゲン化物の少なくとも一方を含む、請求項1から7のいずれか1項に記載のIII族窒化物結晶の製造方法。
【請求項9】
前記III族元素含有ガスは、GaO及びGaClの少なくとも一方を含む、請求項1から8のいずれか1項に記載のIII族窒化物結晶の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、III族窒化物結晶、III族窒化物基板、及びIII族窒化物結晶の製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
III族窒化物基板を有する半導体は、半導体レーザー及び発光ダイオード等の光デバイス、並びに高周波又は高出力の電子デバイス等の分野で使用されている。このような半導体は、シリコン系のデバイスと比較して、電力変換の際のスイッチングロスの低減が期待できることから、近年特に注目を集めている。高周波又は高出力の電子デバイスを作製するためには、デバイス層に発生する結晶欠陥を抑えることが可能な高品質なIII族窒化物基板上へデバイスを作製する必要がある。このようなIII族窒化物基板は、III族窒化物結晶から複数枚を切り出して製造されることがある。
【0003】
III族窒化物結晶の製造方法は、例えば、ハイドライド気相成長法(以下、HVPE法ともいう)、アモノサーマル法、ナトリウムフラックス法、及び酸化物気相成長法(以下、OVPE法ともいう)を含む。
【0004】
HVPE法では、単体のIII族原料上にハロゲン化水素ガスを導入してハロゲン化物ガスを生成させ、生成したIII族元素のハロゲン化物ガスを結晶成長用の原料ガスとして用いる。例えば、窒化ガリウム結晶を成長させる場合、Ga金属にHClガスを導入して塩化ガリウム(例えば、GaCl)ガスを製造し、塩化ガリウム含有ガスをIII族源として用いることで、1mm/h以上の高速成長が実施される(例えば、非特許文献1参照。)。HVPE法では、主に、シリコン元素、ゲルマニウム元素、酸素元素等をIII族窒化物結晶に添加することで、N型の導電性を有するIII族窒化物結晶を得られることが知られている。例えば、HVPE法で、酸素元素を結晶へ添加することで、N型の導電性を有する窒化ガリウム結晶を製造する(例えば、特許文献1参照。)。また、HVPE法では、窒化ガリウム結晶中に添加される不純物濃度を低減させることで、窒化ガリウムのバンドギャップである3.39eV未満のエネルギーの光に対する吸光係数が1cm-1以下となる透明結晶を得ることが行われている(例えば、非特許文献2参照。)。
【0005】
アモノサーマル法では、窒化ガリウム結晶を製造するために、超臨界状態のアンモニア中で、多結晶窒化ガリウムを原料として、単結晶窒化ガリウムを製造する(例えば、特許文献2参照。)。この方法では、製造される結晶へ不純物を高濃度に添加することが可能であるが、その際に、結晶が黄色、褐色、又は黒色に着色することがある(例えば、非特許文献3参照。)。
【0006】
OVPE法では、酸化物原料ガスを用いることで、III族窒化物結晶に酸素元素を高濃度に添加して、結晶を製造する(例えば、特許文献3参照。)。この方法では、III族酸化物ガスと窒素元素含有ガスとを反応させて、III族窒化物結晶を製造する。
【0007】
上述のような方法によって製造されたIII族窒化物結晶を加工して、III族窒化物基板を得ることができる。製造コストの観点から、III族窒化物結晶から複数枚を切り出して基板を製造することが望ましく、加工時の材料ロスを低減させることが望まれる。III族窒化物基板の加工法として、例えば、レーザースライス法及びステルスダイシング法等のレーザーを用いた非接触の加工法が用いられることがある。このような非接触の加工法では、ワイヤースライス法等の機械加工と比較して、基板製造時の材料ロスを大幅に抑えることが可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2000-44400号公報
【特許文献2】特開2003-277182号公報
【特許文献3】WO2015/053341A1
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Yoshida et al., Physics Status Solidi C No.8, No. 7-8, 2110―2112 (2011)
【非特許文献2】S.Pimputkar et al., J. Cryst. Growth 432 (2015) 49-53
【非特許文献3】R. Kucharski et al., Crystals 2017, 7, 187、
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、HVPE法、アモノサーマル法、ナトリウムフラックス法、及びOVPE法のいずれにおいても、III族窒化物結晶中へN型ドーパントを添加してキャリア濃度を増加させて、III族窒化物結晶の導電性を高めると、結晶が着色して吸光係数が増加する、という問題がある。
このため、N型ドーパントを高濃度に含有させて、導電性を高めたIII族窒化物結晶から、III族窒化物基板を切り出して製造する際に、光を用いた加工方法では、結晶の表面又は表面近傍で光が吸収され、内部を加工することが困難であった。結晶の着色を防ぐために、従来は、N型ドーパント元素の濃度を調整しており、これによって、広い波長領域で吸光係数を低い値に保っていた。
しかし、この場合、導電性を十分に向上させることが困難であった。すなわち、低い吸光係数と高い導電性とが両立されたIII族窒化物結晶を得ることは容易ではない。
【0011】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、優れた導電性及び低い吸光係数を有するIII族窒化物結晶を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係るIII族窒化物結晶は、N型ドーパント及び水素元素がドーピングされ、
前記N型ドーパントの濃度は1×1020cm-3以上であり、
前記水素元素の濃度は1×1019cm-3以上である。
【0013】
本発明に係るIII族窒化物基板は、前記III族窒化物結晶を備える。
【0014】
本発明に係るIII族窒化物結晶の製造方法は、III族元素含有ガスと、窒素元素含有ガスと、N型ドーパント含有ガスと、水素元素含有ガスと、を導入する工程と、
導入された前記III族元素含有ガスと前記窒素原子含有ガスと前記N型ドーパント含有ガスと前記水素元素含有ガスとを反応させて、種基板上で、III族窒化物結晶を生成させる工程と、
を有する。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、優れた導電性及び低い吸光係数を有するIII族窒化物結晶を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】実施の形態1に係るIII族窒化物結晶の製造方法に用いる装置の一例を模式的に示す断面図である。
図2】実施例及び比較例で製造されたIII族窒化物結晶の吸光係数を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
第1の態様に係るIII族窒化物結晶は、III族窒化物結晶であって、
N型ドーパント及び水素元素がドーピングされ、
前記N型ドーパントの濃度は1×1020cm-3以上であり、
前記水素元素の濃度は1×1019cm-3以上である。
【0018】
第2の態様に係るIII族窒化物結晶は、上記第1の態様において、前記N型ドーパントの濃度は、7×1020cm-3以上5×1021cm-3以下であってもよい。
【0019】
第3の態様に係るIII族窒化物結晶は、上記第1又は第2の態様において、前記N型ドーパントは、シリコン元素、ゲルマニウム元素、及び酸素元素からなる群から選択される少なくとも一種を含んでもよい。
【0020】
第4の態様に係るIII族窒化物結晶は、上記第3の態様において、前記N型ドーパントは、酸素元素を含んでもよい。
【0021】
第5の態様に係るIII族窒化物結晶は、上記第1から第4のいずれかの態様において、前記III族窒化物結晶のバンドギャップエネルギー値未満の範囲内に、吸光係数が60cm-1以下となるエネルギーの光が存在してもよい。
【0022】
第6の態様に係るIII族窒化物結晶は、上記第1から第4のいずれかの態様において、前記III族窒化物結晶の吸光係数が60cm-1以下となるエネルギーの光が、3.39eV未満の範囲内に存在してもよい。
【0023】
第7の態様に係るIII族窒化物結晶は、上記第1から第6のいずれかの態様において、電気抵抗率が1mΩ・cm以下であってもよい。
【0024】
第8の態様に係るIII族窒化物基板は、上記第1から第7のいずれかの態様の前記III族窒化物結晶を備える。
【0025】
第9の態様に係るIII族窒化物基板は、上記第8の態様において、厚みが100μm以上であってもよい。
【0026】
第10の態様に係るIII族窒化物結晶の製造方法は、III族元素含有ガスと、窒素元素含有ガスと、N型ドーパント含有ガスと、水素元素含有ガスと、を導入する工程と、
導入された前記III族元素含有ガスと前記窒素原子含有ガスと前記N型ドーパント含有ガスと前記水素元素含有ガスとを反応させて、種基板上で、III族窒化物結晶を生成させる工程と、
を有する。
【0027】
第11の態様に係るIII族窒化物結晶の製造方法は、上記第10の態様において、前記N型ドーパント含有ガスが、シリコン元素含有ガス、ゲルマニウム元素含有ガス、及び酸素元素含有ガスからなる群から選択される少なくとも一種を含んでもよい。
【0028】
第12の態様に係るIII族窒化物結晶の製造方法は、上記第11の態様において、前記N型ドーパント含有ガスが、前記酸素元素含有ガスを含んでもよい。
【0029】
第13の態様に係るIII族窒化物結晶の製造方法は、上記第10から第12のいずれかの態様において、前記水素元素含有ガスは、分子中に、N-H結合、C-H結合、及びO-H結合からなる群から選択される少なくとも一種を含有してもよい。
【0030】
第14の態様に係るIII族窒化物結晶の製造方法は、上記第10から第13のいずれかの態様において、前記水素元素含有ガスは、アンモニアガス、ヒドラジンガス、メチルアミンガス、エチルアミンガス、メタンガス、エタンガス、プロパンガス、ブタンガス、エチレンガス、アセチレンガス、水蒸気、過酸化水素、メタノール、及びエタノールからなる群から選択される少なくとも一種を含んでもよい。
【0031】
第15の態様に係るIII族窒化物結晶の製造方法は、上記第10から第14のいずれかの態様において、前記窒素元素含有ガスは、アンモニアガス、ヒドラジンガス、及びジメチルヒドラジンガスからなる群から選択される少なくとも一種を含んでもよい。
【0032】
第16の態様に係るIII族窒化物結晶の製造方法は、上記第10から第15のいずれかの態様において、前記III族元素含有ガスは、III族元素の酸化物、及びIII族元素のハロゲン化物の少なくとも一方を含んでもよい。
【0033】
第17の態様に係るIII族窒化物結晶の製造方法は、上記第10から第16のいずれかの態様において、前記III族元素含有ガスは、GaO及びGaClの少なくとも一方を含んでもよい。
【0034】
<本発明に至る経緯>
まず、本発明者らが、本発明に至った経緯について説明する。
本発明者らは、N型ドーパントの濃度が同等で、キャリア濃度も同等であるIII族窒化物結晶において、吸光係数が大きく異なる場合があることを発見し、吸光係数の低下の直接の原因は、N型ドーパントではないと考えて、その原理の追求を行った。
【0035】
本発明者らは、N型ドーパントを高濃度に含有させたIII族窒化物結晶の吸光係数の光エネルギー依存性を分析した。その結果、吸光係数が、III族窒化物結晶のバンド端から低エネルギー側に指数関数的に低下するように尾を引いていることから、III族窒化物結晶へ高濃度にN型ドーパントを含有させた際の、広い波長領域での吸光係数の増加はアーバックテイルという現象によるものである可能性を見出した。
【0036】
アーバックテイルという現象は、化合物半導体である、GaAsにおいても見られる現象であり、GaAsではP型ドーパントの添加濃度を増加させるほど、アーバックテイルが強く観測され、これにより広い波長領域で吸光係数が増加する。
【0037】
次に、本発明者らは、アーバックテイルは、その現象の発生に寄与している点欠陥(不純物による置換を含む)の結晶中でのイオン価数の2乗、及びその点欠陥の密度に比例していることを突き止めた。
【0038】
ところで、III族元素の空孔欠陥は、III族窒化物結晶中で3価のP型ドーパントとして振る舞うことが知られている。これに対して、一般的なN型ドーパントである、シリコン元素、ゲルマニウム元素、及び酸素元素は、III族窒化物結晶中では、1価のN型ドーパントである。P型ドーパントとN型ドーパントとは異なるため、単純な比較はできないものの、イオン価数から推察するに、III族元素の空孔欠陥は、N型ドーパントと比較して、吸光係数を高める効果が非常に高い。
【0039】
また、本発明者らは、N型ドーパントの濃度が高いと、III族窒化物結晶では、III族元素の空孔欠陥の密度が増加し得るという点に注目した。そして、N型ドーパントが吸光係数の増加の直接の原因ではなく、N型ドーパントをIII族窒化物結晶へ高濃度に添加した際に発生するIII族元素の空孔欠陥密度の増加が、吸光係数を増大させる原因ではないかとの仮説を立てた。
【0040】
そこで、N型ドーパントを高濃度に含有させる際に、同時に、水素元素も高濃度に含有させることで、III族窒化物結晶のIII族元素の空孔欠陥に、水素原子を付加することを考えた。水素原子を付加することで、N型ドーパントを高濃度に含有させた場合においても、III族元素窒化物結晶の吸光係数を低減することが期待できる、すなわち、低い吸光係数と高い導電性の両立が可能となるのではないか、と考えた。
【0041】
次に、III族窒化物結晶のIII族元素の空孔欠陥に、水素原子を付加する方法について述べる。以下では、ガスを用いてIII族窒化物結晶を製造する場合について述べるが、溶液や、融液での成長であっても、同様にして検討すれば、水素原子を付加可能であると容易に推定できる。
【0042】
III族元素の空孔欠陥に水素原子を付加するために、水素元素含有ガスを用いてIII族窒化物結晶を製造する場合は、III族元素の空孔欠陥と水素原子とを結合させる必要がある。そのため、III族元素の空孔欠陥近傍の窒素原子もしくは、窒素原子に置換している原子に水素原子が結合している原子構造を形成する必要がある。
【0043】
例えば、窒化ガリウムは、Ga空孔欠陥と水素原子とが結合した構造(VGa-H構造)を有しており、この構造の結合エネルギーは、3.25eVである。一方、マグネシウム元素と水素元素の結合した構造(Mg-H構造)は、1000℃~1200℃の熱アニールによって分解する(水素原子の結合が切れる)ことが知られている。このマグネシウム元素と水素元素の結合した構造(Mg-H構造)の結合エネルギーが1.6eVである。このことから、VGa-H構造は、Mg-H構造と比べて絶対温度が2倍程度の2200℃程度で分解すると考えられる。したがって、2200℃以下の温度で製造する際には、VGa-H構造は分解されないため、VGa-H構造を形成することは十分に可能である。加えて、デバイス用基板として用いる場合にも、III族元素窒化物半導体デバイスの製造温度が一般的に1200℃以下であることから、デバイス製造時にも、このVGa-H構造が分解されるおそれは低く、付加されている水素原子が脱離して、デバイス工程で悪影響を及ぼす可能性は低い。
【0044】
また、III族窒化物結晶の製造時には、一般的に、水素ガスをキャリアガスとして用いることが多く、水素元素が高濃度に供給されている環境で製造していることになるが、結晶中への水素元素の取り込みは、一般的にSecondary Ion Mass Sectrometry(SIMS)分析では検出限界以下であり、水素元素は、結晶へ入っていないと推察される。
【0045】
この理由は、次のように考えられる。水素分子は、水素原子2個が結合した構造であり、III族元素の空孔欠陥へ水素原子を付加するためには、水素原子同士の結合を切る必要がある。しかしながら、水素分子での水素原子同士の結合エネルギーが、一般的に4.48eVとして知られているように強いことと、水素分子と反応性の高い分子種が、III族窒化物結晶の製造環境では乏しいことから、III族窒化物結晶の製造環境では、水素分子中の水素原子同士の結合を切り、III族元素の空孔欠陥へ水素原子を付加することは、困難であると考えられる。
【0046】
すなわち、単純に水素ガスを供給するだけでは、III族窒化物結晶へ、水素元素を高濃度に添加することは、困難であると推測される。
【0047】
ここで、III族元素の空孔欠陥と水素原子とが結合した構造(VIII-H構造)に注目すると、窒素原子、又は窒素原子と置換した不純物の原子に、水素原子が結合した構造となる。したがって、窒素原子、又はIII族窒化物結晶中で窒素原子に置換する不純物原子と、水素原子とが結合している構造を有する分子を供給することが有効である、と考えられる。
【0048】
窒素原子、又はIII族窒化物結晶中で窒素原子に置換する不純物原子と、水素原子とが結合している構造としては、N-H、C-H、O-Hが主として挙げられるが、同等の役割を果たす、この他の結合構造であっても構わない。
【0049】
以上のことから、上述の結合構造のうちのいずれかの構造を有する水素元素含有ガスを供給すれば、III族窒化物結晶へ高濃度に水素元素を含有させることが可能になると考えられる。
【0050】
なお、III族窒化物結晶のIII族元素の点欠陥の測定は、陽電子対消滅法で可能ではあるものの、この方法では、放射性同位体から発生した陽電子を用いて測定を行うため、危険性があり、測定を容易には実施することは難しい。加えて、欠陥密度を定量化するためには、欠陥密度が非常に低いIII族窒化物結晶との比較が必要であるが、欠陥密度が非常に低い結晶の入手が困難であるため、III族元素の点欠陥の測定を実施することは難しい。これらの事情から、上述の水素元素の添加によってIII族窒化物結晶の吸光係数を低下させられるメカニズムについては、特定することが困難であり、あくまでも本発明者らの推察によるものである。
【0051】
以下、本開示における実施の形態に係るIII族窒化物結晶、III族窒化物結晶の製造方法、III族窒化物結晶の製造装置について詳細に説明する。
【0052】
(実施の形態1)
<III族窒化物結晶>
本実施の形態1に係るIII族窒化物結晶(以下、結晶Xという場合がある。)は、N型ドーパント及び水素元素がドーピングされている。結晶XにおけるN型ドーパントの濃度は、1×1020cm-3以上である。また、結晶Xにおける水素元素の濃度は1×1019cm-3以上である。
【0053】
結晶Xは、N型ドーパントが1×1020cm-3以上の濃度でドーピングされていることで、優れた導電性を有する。このため、結晶Xを用いて形成されるIII族窒化物基板は、高周波又は高出力の電子デバイス等に有用である。結晶Xには、N型ドーパントに加えて、水素元素が1×1019cm-3以上の濃度でドーピングされている。これにより、結晶Xは、1×1020cm-3以上の濃度でN型ドーパントを含有するにも関わらず、低い吸光係数を有することができる。すなわち、結晶Xは、1×1020cm-3以上の濃度でN型ドーパントを含有するにも関わらず、着色しにくい。レーザーを用いた加工法では、被加工物の加工部分に光が十分に入る必要がある。このため、加工に用いる光波長域において、被加工物の加工部分の吸光係数が十分に低い必要がある。例えば、レーザー加工によって結晶XからIII族窒化物基板を作製する場合に、結晶Xが低い吸光係数を有することで、レーザー光が結晶Xに吸収されにくく、結晶Xを良好に加工することができる。
【0054】
N型ドーパントは、シリコン元素、ゲルマニウム元素、及び酸素元素からなる群から選択される少なくとも一種を含むことが好ましい。この場合、結晶Xの導電性を良好に高めることができる。
N型ドーパントは、酸素元素を含むことが好ましい。この場合、特に、OVPE法によって結晶Xを作製する際に、酸素元素を結晶Xに良好に添加することができる。
N型ドーパントの濃度は、7×1020cm-3以上5×1021cm-3以下であることが好ましい。この場合、結晶Xの導電性をさらに高めることができる。
【0055】
水素元素の濃度は、1×1019cm-3以上1×1020cm-3以下であることが好ましい。この場合、結晶Xはより優れた導電性を有すると共に、結晶Xはより低い吸光係数を有することができ、結晶Xの着色をより防ぐことができる。
【0056】
結晶Xの吸光係数が60cm-1以下となるエネルギーの光が、結晶Xのバンドギャップエネルギー値未満の範囲内に存在することが好ましい。半導体材料を加工する場合には、半導体材料のバンドギャップエネルギー値以上のエネルギーの光は、半導体材料の表面近傍で吸収されやすい。そのため、結晶Xを加工する場合、結晶Xのバンドギャップエネルギー値未満のエネルギーの光を出力するレーザーを用いて加工することが好ましい。そして、特に吸光係数が60cm-1以下となるようなエネルギーの光を用いて加工を行うことで、加工のための光が結晶Xに吸収されにくくなる。そのため、結晶Xを特に良好に加工することができ、結晶XからIII族窒化物基板を製造する際の材料ロスを低減させることができる。また、吸光係数が60cm-1以下となるようなエネルギーの光を用いて加工を行うことで、結晶Xから、例えば厚み100μm以上のIII族窒化物基板を製造する場合であっても、結晶Xの表面から深部にわたって加工に用いる光が届きやすくなる。このため、良好に加工を行うことができる。
【0057】
なお、バンドギャップエネルギーの値は、結晶Xの組成によって異なる。例えば、窒化ガリウムの加工においては、バンドギャップの3.39eV未満のエネルギーの光を出力するレーザーを使用すると、良好に加工を行うことできる。また、窒化アルミニウムの加工においては、バンドギャップの6.2eV未満のエネルギーの光を出力するレーザーを使用すると、良好に加工を行うことができる。加工に用いる光のエネルギー値の下限は、特に限定されないが、例えば、1eVであってよい。1eV以上の光を加工に用いることで、N型ドーパントの濃度が高い結晶Xで存在する、高濃度の自由キャリアにレーザー光が吸収されにくくなり、結晶内部まで、レーザー光を入れやすくなる。この場合、結晶Xの吸光係数が60cm-1以下となるエネルギーの光が、1eV以上かつ結晶Xのバンドギャップエネルギー値未満の範囲内に存在すればよい。
【0058】
結晶Xの吸光係数が60cm-1以下となるエネルギーの光が、3.39eV未満の範囲内に存在することが好ましい。結晶Xが窒化ガリウムである場合に、1eV以上3.39eV未満の範囲内において吸光係数が60cm-1以下となるエネルギーの光を用いて、特に良好に結晶Xの加工を行うことができる。結晶Xの吸光係数が60cm-1以下となるエネルギーの光が、1eV以上3.39eV未満の範囲内に存在することが好ましい。
【0059】
結晶Xの電気抵抗率は、1mΩ・cm以下であることが好ましい。この場合、結晶Xを用いて作製されるIII族窒化物基板は、優れた導電性を有することができる。結晶Xの電気抵抗率は、0.7mΩ・cm以下であることがより好ましい。
【0060】
結晶Xを加工することで、III族窒化物基板を得ることができる。すなわち、本開示に係るIII族窒化物基板は、結晶Xを含む。III族窒化物基板の厚みは、100μm以上であることが好ましい。この場合、III族窒化物基板はより高い強度を有する。
【0061】
<III族窒化物結晶の製造方法>
次に、結晶X(III族窒化物結晶)の製造方法について、図1を参照して説明する。以下の説明では、ガスを用いて製造する場合の例を説明するが、溶液又は融液中で製造する場合でも、本開示の結晶Xを得ることができる。
結晶Xの製造方法は、原料ガスを導入する工程と、結晶Xを生成及び成長させる工程と、を有する。原料ガスを導入する工程では、III族元素含有ガスと、窒素元素含有ガスと、N型ドーパント含有ガスと、水素元素含有ガスとを導入する。結晶Xを生成及び成長させる工程では、導入されたIII族元素含有ガスと窒素原子含有ガスとN型ドーパント含有ガスと水素元素含有ガスとを反応させて、基板トレー202上に設置された種基板201上で、結晶Xを生成及び成長させる。
【0062】
なお、原料ガスとして4つの異なる種類のガスを用いてもよく、3つ以下の種類のガスを用いてもよい。すなわち、III族元素含有ガスと、窒素元素含有ガスと、N型ドーパント含有ガスと、水素元素含有ガスとは、互いに異なっていてもよく、同じであってもよい。例えば、窒素元素含有ガス及び水素元素含有ガスとして同一のガスを用いてもよい。また、III族元素含有ガス及びN型ドーパント含有ガスとして同一のガスを用いてもよい。
【0063】
本実施の形態1に係るIII族窒化物結晶の製造方法において、III族元素含有ガスは、III族元素の酸化物、及びIII族元素のハロゲン化物の少なくとも一方を含むことが好ましい。この場合、III族元素含有ガスのガス濃度を高く保つことができる。また、結晶Xの成長速度を速めることができる。窒化ガリウムを製造する場合、III族元素含有ガスは、GaOもしくはGaClの少なくとも一方を含むことが特に好ましい。
【0064】
本実施形態の製造方法において、III族元素含有ガスとしてIII族元素酸化物ガス又はIII族元素ハロゲン化物ガスを用いる場合には、III族元素含有材料とガスとを反応させて、III族元素含有ガスを生成する工程をさらに有することが好ましい。この場合、ガスが、高温以外の環境下において不安定になり、固体が析出してガス供給の制御が困難となるのを防ぎやすくなる。III族元素含有ガスを生成する工程は、III族元素含有材料に酸化性ガス又はハロゲン化物ガスを反応させる工程、及びIII族元素の酸化物の固体を水素ガスで還元し、III族元素の酸化物ガスを生成する工程のうちの少なくとも一方を含むことが好ましい。
【0065】
酸化性ガスは、水蒸気及び酸素ガスのうちの少なくとも一方を含むことが好ましい。また、ハロゲン化物ガスは、HClを含むことが好ましい。
【0066】
III族元素含有材料と酸化性ガスとの反応の例は、例えば、
2Ga(液体)+HO(気体)⇒GaO(気体)+H(気体)
を含む。
III族元素含有材料とハロゲン化物ガスとの反応の例は、例えば、
2Ga(液体)+2HCl(気体)⇒2GaCl(気体)+H(気体)
を含む。
III族元素の酸化物の固体と水素ガスとの反応の例は、例えば、
Ga(固体)+2H(気体)⇒GaO(気体)+2HO(気体)
を含む。
【0067】
<窒素元素含有ガス>
本実施の形態に係るIII族窒化物結晶の製造方法において、窒素元素含有ガスは、アンモニアガス、ヒドラジンガス、及びジメチルヒドラジンガスからなる群から選択される少なくとも一種を含むことが好ましい。アンモニアガス、ヒドラジンガス、及びジメチルヒドラジンガスは、200℃以下の沸点を有するため、ガス状態でより容易に反応容器内へ供給可能であり、反応性がさらに高い。このため、さらに良好に結晶Xを成長させることができる。
【0068】
<N型ドーパント含有ガス>
本実施の形態に係るIII族窒化物結晶の製造方法において、N型ドーパント含有ガスは、シリコン元素含有ガス、ゲルマニウム元素含有ガス、及び酸素元素含有ガスからなる群から選択される少なくとも一種を含むことが好ましい。この場合、常温においてガス状態で容易に反応容器内へ供給可能であり、さらに、反応性に優れているため、結晶Xを良好に成長させることができる。N型ドーパント含有ガスは、酸素元素含有ガスを含むことがより好ましい。
【0069】
<シリコン元素含有ガス>
シリコン元素含有ガスは、SiH、SiHCl、及びSiHClからなる群から選択される少なくとも一種を含むことが好ましい。この場合、常温でガス状態のシリコン元素含有ガスを反応容器内へ容易に供給できると共に、反応性が高いため、良好に結晶Xを成長させることができる。
【0070】
<ゲルマニウム元素含有ガス>
ゲルマニウム元素含有ガスは、GeH、GeHCl、及びGeHClからなる群から選択される少なくとも一種を含むことが好ましい。この場合、常温でガス状態のゲルマニウム元素含有ガスを反応容器内へ容易に供給できると共に、反応性が高いため、良好に結晶Xを成長させることができる。
【0071】
<酸素元素含有ガス>
酸素元素含有ガスは、水蒸気、酸素ガス、NOガス、NOガス、NOガス、COガス、及びCOガスからなる群から選択される少なくとも一種を含むことが好ましい。この場合、常温でガス状態の酸素元素含有ガスを反応容器内へ容易に供給できると共に、反応性が高いため、良好に結晶Xを成長させることができる。
【0072】
N型ドーパント含有ガスは、GeOガス、GaOガス、及びInOガスからなる群から選択される少なくとも一種を含むことが特に好ましい。この場合、結晶Xの製造温度と近い温度で容易にN型ドーパント含有ガスを生成できると共に、反応性が高いため、特に良好に結晶Xを成長させることができる。
【0073】
<水素元素含有ガス>
本実施の形態に係るIII族窒化物結晶の製造方法において、N-H結合、C-H結合、及びO-H結合からなる群から選択される少なくとも一種を含有することが好ましい。この場合、常温でガス状態の水素元素含有ガスを容易に反応容器内へ供給できると共に、優れた反応性によって、良好に結晶Xを成長させることができる。また、水素元素含有ガスが、N-H結合、C-H結合、及びO-H結合からなる群から選択される少なくとも一種を含有することで、結晶Xの着色を防ぎ、吸光係数をより低下させることができる。これは、結晶X中のIII族元素空孔欠陥へ水素原子を良好に付加することができるためであると推察される。
【0074】
<N-H結合を有するガス>
N-H結合を有するガスは、アンモニアガス、ヒドラジンガス、メチルアミンガス、及びエチルアミンガスからなる群から選択される少なくとも一種を含むことが好ましい。この場合、常温でガス状態のN-H結合含有ガスを容易に反応容器内へ供給できると共に、優れた反応性によって特に良好に結晶Xを成長させることができる。
【0075】
<C-H結合を有するガス>
C-H結合を有するガスは、メタンガス、エタンガス、プロパンガス、ブタンガス、エチレンガス、アセチレンガス、メチルアミンガス、及びエチルアミンガスからなる群から選択される少なくとも一種を含むことが好ましい。この場合、常温でガス状態のC-H結合含有ガスを容易に反応容器内へ供給できると共に、優れた反応性によって特に良好に結晶Xを成長させることができる。
【0076】
<O-H結合を有するガス>
O-H結合を有するガスは、水蒸気、過酸化水素、メタノール、及びエタノールからなる群から選択される少なくとも一種を含むことが好ましい。この場合、C-H結合含有ガスの沸点が160℃以下であることから、C-H結合含有ガスを容易に反応容器内へ供給できると共に、優れた反応性によって特に良好に結晶Xを成長させることができる。
【0077】
水素元素含有ガスは、アンモニアガス、ヒドラジンガス、メチルアミンガス、エチルアミンガス、メタンガス、エタンガス、プロパンガス、ブタンガス、エチレンガス、アセチレンガス、水蒸気、過酸化水素、メタノール、及びエタノールからなる群から選択される少なくとも一種を含むことが特に好ましい。
【0078】
なお、本実施の形態に係るIII族窒化物結晶の製造方法において、III族元素含有ガス、窒素元素含有ガス、N型ドーパント含有ガス、水素元素含有ガス、及びキャリアガスとして、それぞれ異なるガスを用いてもよく、同種のガスを用いてもよい。例えば、III族元素含有ガスとしてGaOガスを用いて、かつ、N型ドーパント含有ガスとしてもGaOを用いてもよい。このように、同種のガスを用いる場合は、ガスの導入経路をまとめることができ、製造設備を簡素化することが可能となる場合がある。
【0079】
本実施の形態に係るIII族窒化物結晶の製造方法では、結晶Xを成長させる成長工程では、III族元素含有ガスと窒素元素含有ガスとを反応させる温度は、製造に用いるガスの反応性の観点から、700℃以上1500℃以下であることが好ましい。結晶成長速度を確保し、結晶品質を高める観点から1000℃以上1400℃以下であることがより好ましい。
【0080】
本実施の形態に係るIII族窒化物結晶の製造方法は、例えば、図1に示すIII族窒化物結晶の製造装置を用いることで、実施することが可能である。なお、図1に示すIII族窒化物結晶の製造装置は一例にすぎず、本開示の結晶Xを製造できる装置であれば、図1の製造装置に限られない。同図において、わかりやすくするため各部の大きさや、比率は実際とは異なる場合がある。また、結晶Xの製造の際にあらかじめ製造装置内に配置しておく必要がある材料が示されている場合がある。
【0081】
<III族窒化物結晶の製造装置>
このIII族窒化物結晶の製造装置は、反応容器101に、水素元素含有ガス導入管102と、N型ドーパント含有ガス導入管103と、窒素元素含有ガス導入管104と、III族元素含有ガス導入管105と、ガス排気管109とが接続されている。反応容器101の内部に、種基板201を設置した、基板トレー202が配置されている。なお、水素元素含有ガス導入管102、N型ドーパント含有ガス導入管103、窒素元素含有ガス導入管104、及びIII族元素含有ガス導入管105の配置は図1に示すものに限られない。
【0082】
上述のように、原料ガスとして4つの異なる種類のガスを用いてもよく、3つ以下の種類のガスを用いてもよい。そのため、図1に示す製造装置では、水素元素含有ガス導入管102、N型ドーパント含有ガス導入管103、窒素元素含有ガス導入管104、及びIII族元素含有ガス導入管105の4つの導入管が設けられているが、これに限られず製造装置は、3つ以下の導入管を有していてもよい。
【0083】
III族元素含有ガスと窒素元素含有ガスとが反応して、結晶Xが種基板201上に成長する。未反応のガスや副生成物のガスはガス排気管109から排出される。
【0084】
III族元素含有ガスは、III族元素含有ガス生成部106でIII族元素含有材料107と、III族元素含有ガス生成用ガス導入管108から導入されるIII族元素含有ガス生成用ガスとが反応して生成される。
【0085】
また、各ガスの導入管又は反応部において、各ヒーターによって加熱されて、所望のガスの反応状態又は結晶Xの成長条件になるように調整されてもよい。例えば、図1に示すように、反応容器101に隣接する反応容器ヒーター111、水素元素含有ガス導入管102に隣接する水素元素含有ガス導入管ヒーター112、N型ドーパント含有ガス導入管103に隣接するN型ドーパント含有ガス導入管ヒーター113、窒素元素含有ガス導入管104に隣接する窒素元素含有ガス導入管ヒーター114、及びIII族元素含有ガス生成部106に隣接するIII族元素含有ガス生成部ヒーター115のうちの少なくとも一つが設けられていてもよい。
【0086】
<III族元素含有材料>
III族元素含有材料107は、アルミニウム(Al)、ガリウム(Ga),インジウム(In)、及びタリウム(Tl)からなる群から選択される少なくとも一種を含有する材料である。また、設置する際の取り扱いの観点から、III族元素含有材料107として常温で固体又は液体の材料が使用されること好ましい。例えば、常温で固体のIII族元素含有材料107の例は、Al、Ga、In、Tl、Al、In、及びTlを含む。常温で液体のIII族元素含有材料107の例は、Gaを含む。
【0087】
III族元素含有ガスを生成するためにIII族元素含有ガス生成部106に導入するガスの例は、水素ガス、水蒸気ガス、及び塩化水素ガスを含む。また、III族元素含有ガス生成部106に導入するガスは、反応の制御の観点から、キャリアガスと混合して導入することが好ましい。
【0088】
<キャリアガス>
キャリアガスは特に限定されないが、キャリアガスの例は、窒素ガス、水素ガス、アルゴンガス、及びヘリウムガスを含む。キャリアガスとして、これらのガスを混合したガスを用いてもよい。
【0089】
<種基板>
種基板201の材質は特に限定されず、製造する結晶Xの特性に応じて適宜選択することが可能である。例えば、種基板201は、製造する結晶Xと同じ元素組成比を有する単結晶基板であることが望ましい。種基板201の材質の例は、サファイア、ScAlMgO4、III族窒化物、LiAlO2、及びZnOを含む。
【0090】
なお、本開示は、上記実施の形態に限定されるものではない。例えば、上述の構成要素を任意に組み合わせてもよく、上述の構成要素のいくつかを除外して実現される別の実施の形態を本開示の実施の形態としてもよい。
【0091】
(実施例)
実施例1~4及び比較例に係るIII族窒化物結晶の製造方法について説明する。
実施例1では、ガスを用いて、III族窒化物結晶として窒化ガリウム結晶の製造を行った。III族元素含有ガス及びN型ドーパント含有ガスとしてGaOガスを用い、窒素元素含有ガスとしてアンモニアガスを用い、水素元素含有ガスとしてアンモニアガスを用いた。III族元素含有材料としてGaを、III族元素含有ガス生成用ガスとして酸素ガスを用いた。種基板201として、窒化ガリウム結晶を用いた。
まず、III族元素含有ガス生成部106に、Gaを設置し、酸素ガスを用いて、GaOを生成した。生成したGaOを、III族元素含有ガス導入管105から反応容器101に供給した。そして、窒素元素含有ガスとして、アンモニアガスを窒素元素含有ガス導入管104から反応容器101へ導入した。さらに、水素元素含有ガスとして、アンモニアガスを水素元素含有ガス導入管102から反応容器101へ導入して、III族窒化物結晶の製造を行った。
【0092】
III族窒化物結晶の製造条件について詳細に説明する。まず、各ヒーター(111,112,113,114,115)を加熱した。III族元素含有ガス生成部106の温度が1100℃、反応容器の温度が1200℃に達してから、III族元素含有ガス生成部106に酸素ガスを流量20sccmで導入し、同時にキャリアガスとして窒素と水素の混合ガスを流量5slmで導入して、III族元素含有ガス生成部106に設置してあるGa上で反応させて、GaOガスを生成し、得られたGaOガスをIII族元素含有ガス及びN型ドーパント含有ガスとして、反応容器101に導入した。さらに、窒素元素含有ガスとしてのアンモニアガスを流量0.5slm、水素元素含有ガスとしてのアンモニアガスを流量1slmとして、さらに、これらのキャリアガスとして窒素と水素との混合ガスを流量40slmで反応容器101へと導入した。反応容器101内で、GaOガスとアンモニアガスとが反応して、種基板201上に窒化ガリウム結晶が生成した。窒化ガリウム結晶の生成反応は、6時間実施した。このようにして、GaN基板上に、エピタキシャル層として、厚さ300μmの窒化ガリウム結晶を製造した。
【0093】
実施例2の窒化ガリウム結晶は、水素元素含有ガスとしてのアンモニアガスの流量を1.5slmとした以外は、上記の実施例1と同様に製造した。
実施例3の窒化ガリウム結晶は、水素元素含有ガスとしてメタンガスを用いたこと以外は、上記の実施例1と同様に製造した。
実施例4の窒化ガリウム結晶は、水素元素含有ガスとして水蒸気を用い、水蒸気の流量を10sccmとした以外は、上記の実施例1と同様に製造した。
【0094】
比較例の窒化ガリウム結晶は、水素元素含有ガスを用いなかったこと以外は、上記の実施例1と同様に製造した。
【0095】
実施例1~4で製造した結晶は、それぞれ、150μmの厚みに研磨して、結晶層のみから成る自立窒化ガリウム基板を製造した。比較例で製造した結晶は、200μmの厚みに研磨して、結晶層のみから成る、自立窒化ガリウム基板を製造した。
【0096】
このようにして得られた実施例1~4及び比較例の基板を用いて、表1に示す各特性の評価を行った。なお、吸光係数については、窒化ガリウムのバンドギャップエネルギー3.39eV以下の範囲内のエネルギーの光に対する吸光係数において、吸光係数の最小値を測定した。
【0097】
【表1】
【0098】
実施例1で製造した窒化ガリウム結晶の、不純物の濃度をSIMSで分析した結果、酸素元素の濃度は7.2×1020atoms/cm、水素元素の濃度は1.4×1019atoms/cmであった。また、抵抗率は6.40×10-4Ω・cmで、吸光係数の最小値は、エネルギー1.85eVの光に対する33cm-1の吸光係数であった。実施例1では、酸素元素及び水素元素の濃度が高く、抵抗率は低く、吸光係数も小さくなった。
【0099】
実施例2で製造した窒化ガリウム結晶の、不純物の濃度をSIMSで分析した結果、酸素元素の濃度は7.1×1020atoms/cm、水素元素の濃度は1.8×1019atoms/cmであった。また、抵抗率は5.76×10-4Ω・cmで、吸光係数の最小値は、エネルギー1.92eVの光に対する26cm-1の吸光係数であった。実施例1と比較すると、水素元素含有ガスのアンモニアガス供給量を増やしたことで、結晶中の水素濃度が上昇し、吸光係数が低減した。
【0100】
実施例3で製造した窒化ガリウム結晶の、不純物の濃度をSIMSで分析した結果、酸素元素の濃度は9.4×1020atoms/cm、水素元素の濃度は7.2×1019atoms/cmであった。また、抵抗率は5.93×10-4Ω・cmで、吸光係数の最小値は、エネルギー1.94eVの光に対する18cm-1の吸光係数であった。
【0101】
実施例4で製造した窒化ガリウム結晶の、不純物の濃度をSIMSで分析した結果、酸素元素の濃度は1.9×1021atoms/cm、水素元素の濃度は6.5×1019atoms/cmであった。また、抵抗率は5.65×10-4Ω・cmで、吸光係数の最小値は、エネルギー1.92eVの光に対する28cm-1の吸光係数であった。
【0102】
比較例で製造した窒化ガリウム結晶の、不純物の濃度をSIMSで分析した結果、酸素元素については4.3×1020atoms/cm、水素元素については検出限界の1.2×1017atoms/cm以下であった。また、抵抗率は7.67×10-4Ω・cmで、吸光係数の最小値は、エネルギー1.33eVの光に対する74cm-1の吸光係数であった。
【0103】
表1に示すとおり、実施例1~4及び比較例で製造したいずれのIII族窒化物結晶も、酸素元素の濃度が1×1020atoms/cm以上の高濃度であるため、抵抗率が1mΩ・cm以下の低抵抗率となっていることが分かる。また、水素元素の濃度が1×1019atoms/cm以上の実施例1~4の結晶については、バンドギャップエネルギー値未満の範囲内において、吸光係数が60cm-1以下となるエネルギーの光が存在している。一方、比較例では、バンドギャップエネルギー値未満の範囲内において、吸光係数の最小値は74cm-1である。このことから、比較例の結晶と比べて、実施例の結晶では吸光係数が大幅に小さくなっていることが分かる。
【0104】
実施例1~4及び比較例で製造したIII族窒化物結晶の吸光係数を図2のグラフに示す。図2は、光のエネルギー値とその光に対する吸光係数の関係を示している。図2に示されるように、比較例と比べて、結晶中の水素元素の濃度が二桁以上に高い実施例1~4では、バンド端エネルギーの3.39eVよりも小さいエネルギー領域で、広い範囲にわたって吸光係数が低い値であった。なお、図2において、比較例で製造した結晶については、2.19eV以上のエネルギー領域では、吸光係数が高すぎたため、測定が満足にできていない。
【0105】
以上の結果から、本開示のIII族窒化物結晶では、電気抵抗率を下げるために、結晶中のN型ドーパントの濃度を高くした場合においても、結晶中に特定濃度以上の水素元素を含有させることで、広いエネルギー領域での吸光係数を低減できる。このため、レーザーを用いた結晶内部の加工が可能である。
【0106】
なお、本開示においては、前述した様々な実施の形態及び/又は実施例のうちの任意の実施の形態及び/又は実施例を適宜組み合わせることを含むものであり、それぞれの実施の形態及び/又は実施例が有する効果を奏することができる。
【産業上の利用可能性】
【0107】
以上のように、本発明に係るIII族窒化物結晶、III族窒化物結晶の製造方法、及び、III族窒化物結晶の製造装置によれば、導電性の高いIII族元素窒化物結晶を、材料ロス少なく、加工して、III族窒化物半導体基板を作製できるようになり、高周波もしくは高出力の電子デバイスの高性能化及び低コスト化が期待できる。
【符号の説明】
【0108】
101 反応容器
102 水素元素含有ガス導入管
103 N型ドーパント含有ガス導入管
104 窒素元素含有ガス導入管
105 III族元素含有ガス導入管
106 III族元素含有ガス生成部
107 III族元素含有材料
108 III族元素含有ガス生成ガス導入管
109 ガス排気管
111 反応容器ヒーター
112 水素元素含有ガス導入管ヒーター
113 N型ドーパント含有ガス導入管ヒーター
114 窒素元素含有ガス導入管ヒーター
115 III族元素含有ガス生成部ヒーター
201 種基板
202 基板トレー
図1
図2