IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社 資生堂の特許一覧

<>
  • 特開-美容方法 図1
  • 特開-美容方法 図2
  • 特開-美容方法 図3
  • 特開-美容方法 図4
  • 特開-美容方法 図5
  • 特開-美容方法 図6
  • 特開-美容方法 図7
  • 特開-美容方法 図8
  • 特開-美容方法 図9
  • 特開-美容方法 図10
  • 特開-美容方法 図11
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024113172
(43)【公開日】2024-08-21
(54)【発明の名称】美容方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/0775 20100101AFI20240814BHJP
   C12N 5/077 20100101ALI20240814BHJP
   C12N 5/074 20100101ALI20240814BHJP
【FI】
C12N5/0775 ZNA
C12N5/077
C12N5/074
C12N5/0775
【審査請求】有
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024094382
(22)【出願日】2024-06-11
(62)【分割の表示】P 2020539512の分割
【原出願日】2019-08-27
(31)【優先権主張番号】P 2018164004
(32)【優先日】2018-08-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001959
【氏名又は名称】株式会社 資生堂
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100138210
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 達則
(74)【代理人】
【識別番号】100166165
【弁理士】
【氏名又は名称】津田 英直
(72)【発明者】
【氏名】江連 智暢
(57)【要約】
【課題】 幹細胞及びその誘導細胞を増殖させる方法を提供すること、並びにそれによりしわやたるみなどの美容上の問題を解決することを課題とする。
【解決手段】皮脂腺を含む皮膚に対し、機械刺激を提供することにより、幹細胞及びその誘導細胞を増殖させることができる。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
皮脂腺周囲の幹細胞又はその誘導細胞を増殖させる方法であって、皮膚から採取された皮脂腺を含む皮膚試料を器官培養する際に、皮膚試料に機械刺激を加えることを含む、前記方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、幹細胞及びその誘導細胞を増加させるための方法、並びにその方法を利用した美容方法に関する。
【背景技術】
【0002】
真皮は、主に間質成分と細胞成分から構成され、さらに脈管や神経が配置されている。真皮は、温度変化、紫外線照射、物理的刺激などの外部要因やストレスや加齢などの内的要因の影響を常に受けている。それにより、真皮層に含まれる真皮線維芽細胞の細胞活性が変化する。真皮線維芽細胞は、皮膚の弾力やはりに関わる間質成分を産生していることから、細胞活性が低下することで、真皮層が菲薄化し、弾力が失われ、しわやたるみを引き起こし、美容上の大きな問題となる。これまで、しわ、たるみ、はりなどの改善する薬剤として、間質成分を分解する酵素、例えばヘパラナーゼやマトリクスメタロプロテイナーゼなどの活性を抑制する成分について、研究が行われている(特許文献1:特開2016-169238号、特許文献2:特開2012-144499号)。また、真皮線維芽細胞の細胞活性を増加させることのできる成分などについて、研究が行われており、様々な真皮線維芽細胞賦活剤が開発されてきている(特許文献3:特開2006-262806号公報)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2016-169238号公報
【特許文献2】特開2012-144499号公報
【特許文献3】特開2006-262806号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
真皮線維芽細胞は、ひとたび老化などにより細胞活性が低下すると、細胞活性を回復することが難しいことが本発明者らの研究により分かってきた。そこで、すでに細胞活性が低下した真皮線維芽細胞について、細胞活性を亢進するよりは、新たな真皮線維芽細胞を分化誘導させることが、しわやたるみなどの美容上の問題を解決することに有効であるとの考えに至った。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らが、幹細胞から真皮線維芽細胞への分化を誘導する手段を鋭意試みたところ、幹細胞が多く存在する皮脂腺周囲に対し、機械刺激を与えることで、幹細胞の分裂が促進されて、新たな真皮線維芽細胞が誘導されるということを驚くべきことに見出した。
【0006】
そこで、本発明は、以下に関する:
[1] 皮脂腺周囲の幹細胞又はその誘導細胞を増殖させる方法であって、皮膚から採取された皮脂腺を含む皮膚試料を器官培養する際に、皮膚試料に機械刺激を加えることを含む、前記方法。
[2] 前記機械刺激が伸展刺激である、項目1に記載の方法。
[3] たるみやしわ、はりが気になる皮膚に対し、機械刺激を与え、それにより皮脂腺周囲の幹細胞又はその誘導細胞を増殖させることを含む、美容方法。
[4] 前記皮膚において、皮脂腺密度が、皮膚領域の10~80%を占める密度である、項目3に記載の美容方法。
[5] 前記機械刺激が、皮膚に対する伸展、押圧、又は吸引である、項目3又は4に記載の美容方法。
[6] 皮脂腺密度を測定する測定部、及び
機械刺激付加部
を含む、美容機器であって、皮脂腺密度が高い皮膚領域に対し、機械刺激を付与し、それにより皮脂腺周囲の幹細胞又はその誘導細胞を増殖させる、前記美容機器。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1図1は、若齢対象及び高齢対象の真皮中の線維芽細胞を3次元電子顕微鏡(SBF-SEM)で観察してリモデリングして示した図である。
図2図2は、若齢被験者(20代)の頬の皮膚、及び高齢被験者(80代)の頬の皮膚試料について、組織染色を行って撮影した写真を示す。
図3図3は、高齢被験者(80代)の頬の皮膚試料において、通常の真皮部(Major dermal layer)と、皮脂腺周囲部(Around sebaceous gland)とにおいて、幹細胞を染色して撮影した写真を示す。
図4図4Aは、皮膚試料に対し、伸展刺激を加えずに器官培養を行った場合(control)と、伸展刺激を加えて器官培養した場合とで、CD54陽性の幹細胞を染色して撮影した写真を示す。図4Bは、皮膚試料に対し、伸展刺激を加えずに器官培養を行った場合と、伸展刺激を加えて器官培養した場合とで、コラーゲンを染色して撮影した写真を示す。
図5図5Aは、伸展刺激を頬に与える前後における、鼻唇溝の写真を示す。図5Bは、伸展刺激により、鼻唇溝のシワが改善したことを示すグラフである。
図6図6は、0.25×104細胞/ml、0.5×104細胞/ml、1.0×104細胞/ml、2.0×104細胞/ml、及び4.0×104細胞/mlで調製した細胞懸濁液を2.5ml添加して2日培養後の顕微鏡写真を示し、各濃度での接触度を示す。
図7図7は、各接触度における、I型コラーゲンの発現量を比較したグラフである。
図8図8は、各遺伝子に対するsiRNAによる、遺伝子発現の抑制効果を示す。
図9図9は、各遺伝子に対するsiRNAにより、遺伝子発現を抑制した場合における、I型コラーゲンの発現量変化を示す。
図10図10は、培養真皮線維芽細胞において、カドヘリン2の遺伝子発現を抑制された場合の細胞増殖率(A)、及びp21の遺伝子発現(B)の変化を示す。
図11図11は、培養真皮線維芽細胞において、カドヘリン2の遺伝子発現を抑制された場合の形状変化を示す。カドヘリン2の遺伝子発現抑制(Knockout)により、細胞同士の接着がみられなくなり、形状が丸みを帯びるとともに、年齢マーカーであるβ-Galの染色がみられた。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明は、幹細胞又はその誘導細胞を増殖させる方法に関する。この方法は、皮膚から採取された皮脂腺を含む皮膚試料を器官培養する際に、皮膚試料に機械刺激を加える工程を含む。
【0009】
皮脂腺の周囲には、真皮線維芽細胞への分化が可能な幹細胞が存在する。この幹細胞は、CD54発現により特徴づけられている。皮脂腺を含む皮膚試料を器官培養する際に、皮膚試料に機械刺激を加えて培養することで、皮脂腺周囲の幹細胞が増加する。このように増加した細胞は、幹細胞性を維持していてもよいし、幹細胞から分化した誘導細胞であってもよい。幹細胞から分化した誘導細胞として、真皮前駆細胞、真皮線維芽細胞などが挙げられる。このように真皮に存在する幹細胞は、真皮線維芽細胞へと分化可能であるので真皮幹細胞ということもできる。
【0010】
皮膚試料や皮膚に対して加える機械刺激(mechanical stress)は、力学的作用を及ぼす物理刺激をいう。機械刺激は、プローブやアクチュエーターなどの機械を通して与えられる刺激に限られるものではなく、力学的作用を及ぼす任意の手段により与えられてよい。機械刺激としては、一例として、押圧、吸引、圧縮、伸展のうちの少なくとも1つである。皮膚試料や皮膚の表面に対し平行方向、すなわち横方向に機械刺激を加えてもよいし、表面に対し鉛直方向、すなわち縦方向に機械刺激を加えてもよい。機械刺激の強度は、皮膚試料や皮膚が、損傷、裂断又は破壊されない範囲で任意に設定することができる。一例として皮膚試料において10%~50%程度の変形が生じるように皮膚試料に圧縮又は伸展刺激を付与することが好ましい。変形は、好ましくは20~40%であり、より好ましくは30%程度の変形が生じることが好ましい。
【0011】
皮脂腺は、皮脂を産生する器官であり、毛包に付随して存在している。皮脂腺は、掌、足の裏を除くほぼ全身に分布する。よって、本発明における皮膚試料は、皮膚の任意の箇所から取得されてもよいし、特に皮脂腺が発達した脂漏部位の皮膚から取得されてもよい。脂漏部位としては、前額、鼻翼、鼻唇溝、被髪頭部、胸骨部、脇の下、腹部、外陰部が挙げられる。別の態様では、表皮中占める皮脂腺領域の割合で、試料を取得すべき箇所を選定できる。一例として、皮脂腺が、皮膚領域に対し10~80%占める皮膚において、試料を取得される。皮脂腺領域は、好ましくは30~80%であり、より好ましくは50~80%である。皮膚試料の大きさは、任意に選択することができ、例えば100mm~10000mmの表面積で、真皮層までの深さを有する切片を用いることができる。侵襲性を低下させる観点から、500mm以下が好ましく、300mm以下がより好ましい。一方で、十分量の幹細胞又はその誘導細胞を得る観点から、100mm以上が好ましく、500mm以上がさらに好ましい。
【0012】
皮膚試料の器官培養は、定法に基づいて行えばよく、例えばJournal of Dermatological Science 74 (2014)236-241 に記載される方法で行うことができる。機械刺激、特に伸展刺激は、培養前に与えられてもよいし、培養中に与えられてもよい。機械刺激の強さは、皮膚試料の大きさなどに応じて適宜選択することができる。一例として、伸展刺激は、皮膚試料の端と、もう一旦の端とをそれぞれピンセットなどで固定して、引っ張ることで付与される。機械刺激は、器官培養の全期間又は一部期間にわたって付与されうる。
【0013】
器官培養工程において増殖された幹細胞又はその誘導細胞は、培養された器官を切断や酵素処理をすることで、単離又は分取することができる。分取された細胞は、さらに培養に付して、又は培養せずにそのまま元の対象の真皮層に注入することもできる。
【0014】
別の態様では、本発明は、皮膚に機械刺激を与えることで、皮脂腺周囲の幹細胞又はその誘導細胞の増殖を介した、美容方法に関する。かかる美容方法では、皮脂腺周囲の幹細胞又はその誘導細胞が増殖しており、これらの細胞は、真皮前駆細胞、真皮線維芽細胞に分化する。したがって、本発明の美容方法によると、真皮中の真皮線維芽細胞の増加を促すことができ、それにより間質成分の産生を促進しうる。したがって、本発明の美容方法は、間質成分産生促進方法や、皮膚のしわ、たるみ、はりを改善方法ということもできる。
【0015】
本発明の美容方法を適用する対象は、しわ、たるみが気になる対象、はりが減少している対象が挙げられる。たるみは、視感判定を用いることにより決定することができる。視感判定による計測において、6以下、好ましく5以下、さらに好ましくは4以下の対象に対して、及び/又はキュートメーターを用いた計測において、Ur/Ufが0.8以下、好ましくは0.7以下、さらに好ましくは0.6以下の対象に対して、本発明の美容方法を適用することが好ましい。
【0016】
皮膚に対して加える機械刺激は、一例として、押圧、吸引、圧縮、伸展のうちの少なくとも1である。皮膚に対する機械刺激は、皮膚表面に対し平行方向、すなわち横方向に刺激を加えてもよいし、皮膚表面に対し鉛直方向、すなわち縦方向に刺激を加えてもよい。機械刺激は、通常1分以上にわたって適用することができ、より好ましくは3分以上、さらにより好ましくは5分以上にわって適用することができる。上限は特に限定されないが、方法の簡便性を確保する観点から、1時間以内が好ましく、より好ましくは30分以内であり、さらにより好ましくは15分以内である。機械刺激を付与するように適用されたプローブやアクチュエーターなどの部材を備えた機器を用いて、皮膚に対して機械刺激を付与することができる。このような機器として、一例として特表2011-505897号に記載されるアクチュエーターを用いることもできる。さらに一の態様では、本美容方法は、顔面のエクササイズや、マッサージを含みうる。顔面のエクササイズとしては、頬を膨らませることや、目を見開くことなどが行うことができる。顔面のマッサージとしては、手やローラーを用いたマッサージが挙げられる。
【0017】
本発明の美容方法では、皮脂腺周囲の幹細胞又はその誘導細胞の増殖を促すことができる。したがって、機械刺激の適用前後において、皮脂腺周囲の幹細胞又はその誘導細胞を観察する工程をさらに含んでもよい。機械刺激の適用後、24時間以上、好ましくは48時間以上経過後に、免疫組織学的に幹細胞又はその誘導細胞を観察することが好ましい。
幹細胞又はその誘導細胞の観察に代えて、しわ、たるみ、はりの改善を確認する工程を含んでもよい。しわやたるみの改善については、公知の計測器(特開2017-064391号等)を用いて計測することができる。また、皮膚のはりについては、ダーマトルクメーター、キュートメーターを用いて計測することができる。
【0018】
本発明において、機械刺激は、皮脂腺密度が高い領域に加えることが好ましい。皮脂腺密度が、200個/cm以上が好ましく、より好ましくは400個/cm2以上である領域に機械刺激を加えることが、皮脂腺周囲の幹細胞又はその誘導細胞を増殖させる点で好ましい。
【0019】
本発明のさらなる態様では、
皮脂腺検出部、及び
機械刺激付加部
を含む、美容機器であって、皮脂腺密度が高い皮膚領域に対し、機械刺激を付与し、それにより皮脂腺周囲の幹細胞又はその誘導細胞を増殖させる、美容機器にも関する。
【0020】
皮脂腺検出部は、例えばマイクロスコープであり、皮脂腺の位置及び数を検出することができる。皮脂腺の密度が高い領域に対し、機械刺激付加部が機械刺激を付与することで、皮脂腺周囲の幹細胞又はその誘導細胞の増殖を促進することができる。
【0021】
機械刺激としては、一例として、押圧、吸引、伸展のうちの少なくとも1である。機械刺激付加部は、これらの機械刺激を付与するように適用されたプローブやアクチュエーターなどの部材を備える。押圧プローブは皮膚の鉛直方向に皮膚を押し込むことで、皮膚に機械刺激を与えることができる。吸引プローブは、皮膚に接触させて陰圧を付すことで、皮膚に機械刺激を与えることができる。伸展プローブは、1以上の皮膚に接触した接触部が、皮膚面に対し水平方向に移動することで、皮膚に機械刺激を与えることができる。
【0022】
真皮線維芽細胞は、真皮中に存在する線維芽細胞であり、真皮中の間質成分を産生する細胞である。したがって、幹細胞から誘導された真皮線維芽細胞は、外部要因や内部要因により減少した真皮の間質成分を補うのに役立つ。実際に、機械刺激により増大した皮脂腺周囲の幹細胞の付近において、コラーゲン産生が亢進することが観察された(図4B)。
【0023】
一方で、本発明者らによる研究により、高齢者の真皮中に存在する真皮線維芽細胞と、若齢者の真皮中に存在する真皮線維芽細胞とでは形態が異なっており、これまでの知見とは異なり真皮線維芽細胞同士が接着を形成していることを見出した(図1)。具体的に、若齢者の真皮線維芽細胞は、突起を有しており、他の線維芽細胞と接着しているのに対し、高齢者の線維芽細胞は球状で突起が少なく、他の線維芽細胞との接着が少ないか、又は全くなかった。高齢者の真皮線維芽細胞では、細胞同士の接着が失われることで、細胞活性、すなわち間質成分の産生量が低下すると考えられる。本発明者らによる研究により、真皮線維芽細胞の細胞間接着に応じて、コラーゲンの産生量が変化すること(図7)、さらにはかかる細胞間接着にはカドヘリン2が関わっており(図9)、細胞間接着がコラーゲン産生をはじめとした間質成分の生産能力、すなわち細胞活性に寄与することが示された。理論に限定することを意図するものではないが、本発明の機械刺激により増大した皮脂腺周囲の幹細胞は、増殖とともに真皮線維芽細胞に分化すると考えられる。その場合、周囲に真皮線維芽細胞が多く存在することから、細胞間接着も多く、それにより細胞活性が高い状態の真皮線維芽細胞が皮脂腺周囲で増加し、それによりコラーゲン産生が増加し(図4B)、また実際にインビボにおいてシワが改善したものと考えられる(図5)。
【0024】
従来、美容の目的、特にしわやたるみ、はりの改善を目的として、真皮線維芽細胞を賦活できる薬剤の探索が行われており、抽出物をはじめとして様々な成分が選択されてきている。一方で、一度突起が失われて、細胞接着がなくなってしまった線維芽細胞において、再度接着を達成することは難しい可能性がある。したがって、本発明者らは、すでに存在する真皮線維芽細胞を賦活するのではなく、真皮線維芽細胞の供給元として存在する幹細胞を刺激することを想到するに至り、機械刺激により皮脂腺周囲の幹細胞又はその誘導細胞を増加できることを見出した(図4)。幹細胞から誘導された新たな真皮線維芽細胞は、突起を有し、他の線維芽細胞と接着を形成しうる。幹細胞から誘導された新たな真皮線維芽細胞は、他の線維芽細胞と接着することにより、コラーゲンをはじめとした間質成分の生産能力に優れている(図7)。
【0025】
真皮の間質成分は、膠原線維、弾性線維、及び基質から主に構成されている。したがって、真皮線維芽細胞の細胞活性が亢進することにより、膠原線維、弾性線維、及び基質のうちの少なくとも1、好ましくは2、さらに好ましくは全ての成分の産生量が増大する。
【0026】
膠原線維は、コラーゲンにより構成されている。コラーゲン分子は、α鎖の分子構造の違いにより、20種ほどが知られている。本発明において、コラーゲンは、任意のコラーゲンであってよいが、真皮に主に存在するI型コラーゲン、III型コラーゲン、V型コラーゲン、IV型、VII型、17型コラーゲンが好ましく、より好ましくは、I型コラーゲン、III型コラーゲン、V型コラーゲンであり、最も好ましくは真皮において約80%を占めるI型コラーゲンである。膠原線維の産生量は、コラーゲンの産生量又は発現量を測定することにより決定しうる。真皮線維芽細胞の接着度に応じて、コラーゲンの産生量が変化する。よって、高齢者の皮膚でも、幹細胞から誘導された新たな線維芽細胞では、細胞間の接着を維持することから、コラーゲン産生量をはじめとして間質成分の産生量が高い。
【0027】
弾性線維の主成分は、エラスチンであり、さらにフィブリリンがエラスチンの周囲を取り巻いて構成される。弾性線維の産生量は、エラスチン又はフィブリリンの少なくとも1の産生量又は発現量を測定することにより決定しうる。
【0028】
基質は、主に細胞外マトリクスとして、糖タンパクや、プロテオグリカンなどにより構成される。糖タンパクとしては、糖を含むタンパク質で、真皮中ではフィブロネクチンなどが挙げられ、フィブロネクチンは、細胞表面タンパク質と結合し、細胞足場として機能するとともに、コラーゲンなどの他の高分子とも結合しうる。プロテオグリカンは、軸タンパク質にグリコサミノグリカンが結合した巨大分子であり、真皮中では、グリコサミノグリカンとしてヒアルロン酸やデルマタン硫酸が主に含まれる。プロテオグリカンは、主に真皮中での水分保持の機能を果たす。
【0029】
本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。
【0030】
以下に説明する本発明の実施例は例示のみを目的とし、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載によってのみ限定される。本発明の趣旨を逸脱しないことを条件として、本発明の変更、例えば、本発明の構成要件の追加、削除及び置換を行うことができる。
【実施例0031】
3次元顕微鏡による観察
若齢対象(20歳)及び高齢対象(80歳)の皮膚切片を、導電性樹脂で処理し、3次元電子顕微鏡(SBF-SEM)観察に供した。3次元リモデリングした図を示す(図1)。SBF‐SEMによるサンプル調製及び観察方法は下記のとおりである。
【0032】
シリアルブロックフェイス走査電子顕微鏡(SBF-SEM)
ヒト皮膚サンプルを、2%グルタルアルデヒド及び2%パラホルムアルデヒドの緩衝溶液中で4℃で数日間固定した。サンプルを2%四酸化オスミウム(Nisshin EM, Tokyo, Japan)及び1.5%フェロシアン化カリウム (Wako Pure Chemical Industries, Ltd.)のリン酸緩衝生理食塩水で4℃にて1時間処理し、1%チオカルボヒドラジド(Sigma, St. Louis, Mo, USA)で室温にて20分間処理し、2%四酸化オスミウム水溶液で30分間室温にて処理し、2%酢酸ウラニル溶液で4℃12時間以上処理し、そして室温で1時間処理した。サンプルを、0.67%硝酸鉛(pH5.0~5.5、TAAB、Berkshire,UK)、0.03ML-アスパラギン酸(Nacalai Tesque, Kyoto, Japan)の溶液中で65℃にて30分間インキュベートした。次にサンプルを段階的エタノール系列で脱水し、脱水アセトンで処理し、35℃にて、Quetol812エポキシ樹脂(Nisshin EM, Tokyo, Japan)を浸透させ、そしてKejen black powder含有Quetol812(Nguyen et al. Sci Rep. 2016)に包埋した。樹脂を70℃で7夜超インキュベートして、重合化を確実にした。3Viewチャンバー内ウルトラマイクトロームシステム(Gatan, Pleasanton, CA)を備えた電界放出走査型電子顕微鏡 (Merlin, Carl Zeiss, Oberkochen, Germany)を用いてSBF-SEMでの観察を行った。80~90μm×80~90μm幅(11~12nm/ピクセル)で、60μmの深さにわたり80nmのステップで連続イメージシーケンスを取得した。連続イメージを、FIJI(https://fiji.sc/)を用いて処理した。Amira(Maxnet Co., Ltd, Tokyo, Japan)を用いて、セグメンテーション及び3次元リコンストラクションを行った。
【0033】
皮膚切片の観察
若齢の頬から取得された皮膚切片と、高齢の頬から取得された皮膚切片に対して、それぞれワンギーソン染色を行い、顕微鏡下で観察を行った(図2)。皮脂腺が含まれる領域について、写真を撮影した(図2)。若齢女性では、染色強度が高く、真皮層において、コラーゲンが多く存在することが示される一方、高齢女性では、真皮層における染色強度が低く、コラーゲン量が少ないことが示された。一方で、皮脂腺の周囲の領域ではコラーゲン量が多いことが示された(白色矢印)。
【0034】
高齢者の頬から取得された皮膚切片について、アセトンで固定し、抗CD54抗体を反応させ、続いてEmvisoin (DAKO)を用いて幹細胞を特定した。真皮全域と、皮脂腺周囲に分けて撮影を行った。高齢者の皮膚にも幹細胞は存在するものの、真皮全域ではその量が極めて少ない一方で、皮脂腺周囲には多くの幹細胞が存在することが示された(図3:図中の黒色点線は皮脂腺の境界線を示し、矢印は幹細胞を示す。)。
【0035】
以上の実験により、高齢者では真皮に存在する真皮線維芽細胞では、他の細胞との接着が失われ、それに伴い細胞活性(コラーゲン産生)が低下することが示唆された。一方で、高齢者の皮膚でも皮脂腺周囲には幹細胞が多く存在しており、真皮線維芽細胞の供給元となり、皮脂腺周囲の亢進したコラーゲン量に寄与しているとうることが示唆された。
【0036】
器官培養実験
10mm四方のヒトの皮膚試料切片を2つ取得した。一方については、圧縮刺激を与えずに培養し、もう一方に対しては、30%程度縦方向に変形するように、垂直の力をかけつつ、10%FBSを含むDMEM培地中に浸漬して、5%CO2、37℃雰囲気下で7日間培養した。
【0037】
培養後の皮膚試料切片を、アセトンで固定し、抗CD54抗体を用いて、幹細胞をEmvisoin (DAKO)を用いて可視化した。結果を図4Aに示す。圧縮刺激を与えた皮膚試料において、幹細胞、又は幹細胞から誘導された細胞が増殖しているのが観察された。さらに、培養後の皮膚試料切片をアセトンで固定し、抗I型コラーゲン抗体を反応させてEmvisoin (DAKO)を用いて可視化した。結果を図4Bに示す。圧縮刺激を加えた皮膚試料において、皮脂腺周囲でコラーゲン産生が高まったことが示された。
【0038】
機械刺激の効果
8名の女性被験者(40代)において、1日1回、頬を膨らませる運動を10分間行い、伸展刺激を頬に与えた。実験を2か月にわたって行い、実験前と、1か月の実験後で、写真をとり(図5A)、頬のたるみの程度を視感評価した(図5B)。実験の前後により、改善が見られた。
【0039】
以上の実験から、皮脂腺を含む皮膚に、伸展刺激や圧縮刺激などの機械刺激を付与すると、幹細胞又は幹細胞からの誘導細胞が増殖することが示され、実際にインビボでも伸展刺激がしわの改善に寄与することが示された。
【0040】
培養実験
ヒトの皮膚試料から、定法にしたがってヒト初代培養線維芽細胞を取得した。細胞の数を計測し、(10 % FBSを含む)DMEM培地中に、1mlあたり、0.25×104細胞(接触無し)、0.5×104細胞(軽度接触)、1.0×104細胞(中程度接触)、2.0×104細胞(高度接触)、及び4.0×104細胞(過度接触)に調製した。かかる細胞懸濁液を、6穴プレート(ファルコン社製)に2.5ml滴下し、37℃5%CO雰囲気下で2日間培養した。培養後の細胞の顕微鏡写真を図6に示す。
【0041】
接着の程度の違いに伴う遺伝子発現の変化
接触度の異なる培養物から細胞を回収し、マイクロアレイ解析に付したところ、細胞接触度に応じて、I型コラーゲンの発現が変化することを見出した(データ未掲載)。そこで、下記のプライマーを用いたリアルタイムPCRにより、I型コラーゲンの発現量を決定した(図7)。発現量の決定には、内部標準として、GAPDH遺伝子の発現を用いた。
【表1】
【0042】
以上の実験により、接着度の変化により、間質成分の一つであるコラーゲンの発現が細胞間接着に応じて変化することが示された。
【0043】
接着に関与し、コラーゲン発現に影響する接着因子の同定
I型コラーゲンの発現に寄与する因子を決定することを目的として、培養線維芽細胞において、細胞接着タンパク質の発現をsiRNA法により抑制した。CDH2、CDH11、及びCDH13のsiRNAを、キアゲン社より入手した。これらのsiRNAを定法にしたがって用いて培養真皮線維芽細胞において各遺伝子の発現を抑制した。1×10細胞/mlの密度の細胞懸濁液0.5mlを24穴プレート(面積:2cm)の各ウェルに播種し、2日間37℃5%CO2雰囲気下で培養した。培養線維芽細胞を採取し、各細胞接着タンパク質の遺伝子発現をリアルタイムPCRで決定し、目的タンパク質の発現抑制を確認した(図8)。次に、採取された細胞において、I型コラーゲンの発現を測定したところ、CDH2の遺伝子発現を抑制した際に、I型コラーゲンの発現量が低下することが示された(図9)。
【0044】
カドヘリン2発現が抑制された真皮線維芽細胞と、対照の真皮線維芽細胞とを、それぞれ1×10細胞/mlの密度の細胞懸濁液0.5mlを24穴プレート(面積:2cm)の各ウェルに播種し、2日間37℃5%CO2雰囲気下で培養した。培養細胞を計数し、細胞の増殖性について比較した(図10A)。また、各培養細胞についてCDKファミリーの阻害タンパク質であるp21の遺伝子発現を、下記のプライマーを用いてRT-PCRにより測定した(図10B)。さらに、細胞老化アッセイキット(Biovision社)を用いて、X-Galによりβガラクトシダーゼ活性に応じて細胞を染色し、顕微鏡下で撮影した(図11)。対照細胞では、培養真皮線維芽細胞は扁平な形状であり、細胞同士の接着がみられたが、カドヘリン2の遺伝子発現の抑制(Knockout)により、細胞同士の接着が減少し、またそれにともない細胞形状が対照に比較して球形を示した。また、カドヘリン2の遺伝子発現の抑制された真皮線維芽細胞において、細胞老化の指標となる細胞内βガラクトシダーゼ活性が高かった。
【表2】
【0045】
カドヘリン2の遺伝子発現が抑制された真皮線維芽細胞では、コラーゲン遺伝子の発現及び細胞増殖がともに抑制された。また、カドヘリン2の遺伝子発現が抑制された真皮線維芽細胞では、サイクリンの抑制により細胞周期の停止を引き起こすp21の遺伝子発現が増加することが示され、さらに細胞の老化の指標である細胞内βガラクトシダーゼ活性が高いことも示された。以上の結果より、細胞接着タンパク質であるカドヘリン2を介して、真皮線維芽細胞が、細胞間の接触を形成しており、このような接触が失われることで、細胞が老化し、細胞活性が低下することが示された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
【配列表】
2024113172000001.app