(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024113214
(43)【公開日】2024-08-22
(54)【発明の名称】磁性薄膜およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
H01F 10/16 20060101AFI20240815BHJP
H10N 50/10 20230101ALI20240815BHJP
H10N 50/01 20230101ALI20240815BHJP
C22C 19/07 20060101ALI20240815BHJP
C22F 1/10 20060101ALI20240815BHJP
G11B 5/31 20060101ALI20240815BHJP
G11B 5/39 20060101ALI20240815BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20240815BHJP
【FI】
H01F10/16
H10N50/10 M
H10N50/01
C22C19/07 C
C22F1/10 J
G11B5/31
G11B5/39
C22F1/00 622
C22F1/00 660C
C22F1/00 682
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692A
C22F1/00 692B
【審査請求】有
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023018019
(22)【出願日】2023-02-09
(71)【出願人】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】100108833
【弁理士】
【氏名又は名称】早川 裕司
(74)【代理人】
【識別番号】100149320
【弁理士】
【氏名又は名称】井川 浩文
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 岳
(72)【発明者】
【氏名】三浦 篤志
(72)【発明者】
【氏名】木村 大至
(72)【発明者】
【氏名】小坂 悟
【テーマコード(参考)】
5D034
5E049
5F092
【Fターム(参考)】
5D034BA02
5E049BA05
5E049CB01
5F092AA11
5F092AA15
5F092AB01
5F092AB06
5F092AB10
5F092AC05
5F092AC08
5F092AC12
5F092BB05
5F092BB10
5F092BB12
5F092BB23
5F092BB43
5F092BE24
5F092BE25
5F092BE27
5F092CA02
5F092CA25
(57)【要約】
【課題】電子スピンによる伝導特性に優れた磁性薄膜を提供する。
【解決手段】本発明は、Alおよび/またはGaを含むCo基合金からなる磁性薄膜である。このCo基合金は、その全体に対してCoを58~78at%含む。Co基合金は、β相を有するとよい。磁性薄膜の膜厚は、例えば、1~200nmである。このような磁性薄膜は、例えば、基板上または下地層上に原料を堆積させて合金層を得る成層工程を経て得られる。その際、成膜した合金層を475~700℃に加熱する熱処理工程を備えるとよい。本発明の磁性薄膜は、Mnを実質的に含まないため、Mnの熱拡散による微細構造の劣化、スピントロニクスデバイスの特性低下を招かない。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Alおよび/またはGaを含むCo基合金からなり、
該Co基合金全体に対してCoが58~78at%含まれる磁性薄膜。
【請求項2】
前記Co基合金は、β相を有する請求項1に記載の磁性薄膜。
【請求項3】
膜厚が1~200nmである請求項1に記載の磁性薄膜。
【請求項4】
基板上または下地層上に原料を堆積させて合金層を得る成層工程を備え、
請求項1~3のいずれかに記載した磁性薄膜を該合金層から得る製造方法。
【請求項5】
さらに、前記合金層を475~700℃に加熱する熱処理工程を備える請求項4に記載の磁性薄膜の製造方法。
【請求項6】
前記基板の少なくとも被積層面は、MgO単結晶からなる請求項4に記載の磁性薄膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性薄膜等に関する。
【背景技術】
【0002】
電子の電荷とスピンの両特性を応用するスピントロニクス分野では、異方性磁気抵抗効果(AMR)、巨大磁気抵抗効果(GMR)、トンネル磁気抵抗効果(TMR)などのように、電気抵抗が磁界により変化する磁気抵抗効果を発現する磁性材料の研究・開発が中核となる。このような磁性材料として、例えば、スピン偏極率が大きいハーフメタルや、伝導帯と価電子帯が一点(ワイル点/特異点)で接触する特異な電子状態をもつワイル半金属がある。具体例として、Co2MnSiやCo2MnGeなどのハーフメタルや、Co2MnGa、Co2MnAlなどのワイル半金属が知られている。いずれも、X2YZ型の規則合金であるCoMn基(フル)ホイスラー合金の一種であり、室温域で優れた伝導特性を示す。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】E. Wachtel et al., J. Phys. Chem. Solids. 34, 1461 (1973).
【非特許文献2】A Parthasarathi et al., Solod state Comm. 18, 211 (1976).
【非特許文献3】J. Y. Rhee et al., J. Appl. Phys. 87, 5887(2000).
【非特許文献4】M. W. Meisei et al., J. Phys. F: Met. Phys. 12, 317 (1982).
【非特許文献5】A. M. Zeltser et al., IEEE Trans. Magn. MAG-22, 588 (1986).
【非特許文献6】Y. V. Kudryavtsev rt al., J. Appl. Phys. 83, 1575 (1998).
【非特許文献7】T. Omori et al., Mater. Sci. Engineering A, 438-440, 1045 (2006).
【非特許文献8】K. Bruggemann et al., Phys. Rev. Lett. 98, 037202 (2007).
【非特許文献9】P. Weinberger, J. Phys. C: Solid State Phys. 10, L347 (1977).
【非特許文献10】M. Okochi et al., J. Phys. Soc. Jpn. 51, 1166 (1982).
【非特許文献11】M. Lahdeniemi et al., J. Phys. F: Met. Phys. 13, 513 (1983).
【非特許文献12】N. Stefanou et al., Phys. Rev. B 35, 2705 (1986).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記の各文献には、CoMn基ホイスラー合金とは異なるCoAlやCoGaに関する記載がある。いずれの文献も、Co:AlまたはCo:Gaが1:1(原子比)程度の合金相について、単なる磁気特性や電子状態を検討しているに過ぎない。つまり、CoAlまたはCoGaについて、磁気抵抗効果や電子スピンの伝導特性等を具体的に研究した報告例は見当たらない。
【0005】
本発明は、このような事情に鑑みて為されたものであり、スピントロニクスデバイス等への利用が期待される新たな磁性薄膜等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者がその課題を解決すべく鋭意研究した結果、特定組成のCo基合金からなる磁性薄膜が、優れた伝導特性(磁気抵抗効果)を安定して発揮することを新たに見出した。この成果を発展させることにより、以降に述べるような本発明を完成するに至った。
【0007】
《磁性薄膜》
(1)本発明は、Alおよび/またはGaを含むCo基合金からなり、該Co基合金全体に対してCoが58~78at%含まれる磁性薄膜である。
【0008】
(2)本発明の磁性薄膜は、優れた伝導特性等を発揮し得る。また本発明に係るCo基合金は、CoMn基(フル)ホイスラー合金等と異なり、Mnを実質的に含まない。このため本発明の磁性薄膜は、他材料との多層膜化後に熱処理がなされても、Mnの熱拡散による微細構造の劣化やデバイスの特性低下を招かない。
【0009】
《磁性薄膜の製造方法》
本発明は、磁性薄膜の製造方法としても把握される。例えば、本発明は、基板上または下地層上に原料を堆積させて合金層を得る成層工程を備え、その合金層から磁性薄膜を得る製造方法でもよい。
【0010】
《その他》
(1)本明細書では、特に断らない限り、構成元素の原子割合(at%)で合金組成を示す。合金中には、不純物元素や特性を改善する元素(改質元素)が含まれてもよい。このような元素として、例えばN、Ni、Fe等がある。その範囲は、例えば、2at%以下、1at%以下さらには0.5at%以下である。不純物元素や改質元素は、例えば、合金中に最も多く含まれる主元素(Co)の置換分として把握される。
【0011】
(2)特に断らない限り、本明細書でいう「x~y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を、新たな下限値または上限値として「a~b」のような範囲を新設し得る。また、本明細書でいう「x~ynm」はxnm~ynmを意味する。他の単位系についても同様である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】磁性薄膜(実施例)のAMR比とCo量の関係を示すグラフである。
【
図2】そのCo量を変化させたときのXRDプロファイルである。
【
図3】その磁性薄膜の熱処理温度を変化させたときのXRDプロファイルである。
【
図4】その磁性薄膜の膜厚を変化させたときのXRDプロファイルである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本明細書で説明する内容は、磁性薄膜のみならずその製造方法にも該当し得る。本明細書中から任意に選択した一以上の構成要素を本発明の構成要素として付加し得る。製造方法に関する構成要素は、物の構成要素ともなり得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0014】
《Co基合金》
(1)組成
磁性薄膜を構成するCo基合金は、例えば、Co-Al合金またはCo-Ga合金である。合金全体を100at%としてCoは、例えば、58~78at%、59~76at%、59~74at%、59~72at%、59~71at%、または59~68at%含まれる。
【0015】
Co基合金は、不純物等を除いて、上述した二元系合金であれば足る。但し、同じ13族元素であるAlとGaは、相互に一部が置換されてもよい。つまり、Co-Al合金はGaを含んでもよいし、Co-Ga合金はAlを含んでもよい。置換量は、例えば、合金全体に対して2at%以下、1at%以下である。
【0016】
(2)構造
Co基合金は、例えば、結晶構造が体心立方構造型(BCC)であるβ相からなるとよい。このβ相からなる磁性薄膜は、高い伝導特性を発現し得る。ちなみに、Coの結晶構造は、面心立方構造型(FCC)または六方最密構造型(HCP)である。Alの結晶構造は面心立方構造型(FCC)である。Gaは融点(約30℃)が低く、圧力と温度により安定な結晶構造が異なる。
【0017】
《磁性薄膜》
(1)Co基合金からなる磁性薄膜は、例えば、膜厚が1~200nm、2~150nm、3~125nm、7~100nmまたは25~60nmである。
【0018】
(2)磁性薄膜は、例えば、各種スピントロニクスデバイス(例えば次世代のセンサー、メモリなど)に利用される。本発明の磁性薄膜により、スピントロニクスデバイスの高性能化や低ノイズ化(安定化)等が図られる。
【0019】
《製造方法》
(1)磁性薄膜は、例えば、基板上または下地層上に原料を堆積させて合金層を得る成層工程を経て得られる。成層工程は、例えば、物理蒸着法(PVD)、化学蒸着法(CVD)等の公知な薄膜法によりなされる。真空蒸着法(スパッタリング、真空加熱蒸着、パルスレーザ蒸着等)などのPVDによれば、種々のターゲット(原料)を用いつつ、所望組成の合金層を得ることができる。真空蒸着は、例えば、10-6~10-10Paさらには10-7~10-9Pa程度の(超)高真空下でなされるとよい。成層時の温度(基板温度、下地温度)は、例えば、室温付近(60℃以下さらには40℃以下)~600℃である。
【0020】
磁性薄膜が形成される基板や下地層は、少なくとも磁性薄膜が接する最表面(被積層面)が、例えば、MgO、Si、サファイア、SiC等の単結晶面であるとよい。下地層は、結晶の整合や成長を促すバッファ層でもよいし、磁性薄膜と積層される機能層(電極層、絶縁層、非磁性層等)でもよい。下地層は、例えば、Cr層、MgO層、Ta層、Mo層、W層等である。
【0021】
(2)合金層は、475~700℃、500~675℃または525~650℃に加熱してもよい(熱処理工程)。この熱処理により、β相からなる合金層が確実に形成され得る。加熱時間は、例えば、0.1~3時間、0.5~2時間または0.7~1.5時間である。なお、熱処理は、他層との積層後になされてもよい。
【0022】
加熱源は、電熱、放射熱、レーザ等のいずれでもよい。加熱雰囲気は、例えば、上述した高真空下でなされるとよい。
【0023】
《用途》
磁性薄膜は、例えば、各種のスピントロニクスデバイス(素子を含む。)に用いられる。スピントロニクスデバイスは、例えば、磁気センサ、磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)、磁気論理回路等である。
【実施例0024】
種々の試料(磁性薄膜)を製作し、それらの特性を評価した。これらに基づいて本発明をより具体的に説明する。
【0025】
《試料の製作》
表1に示すように、スパッタリング法により、MgO基板の単結晶面上に、AlまたはGaを含むCo基合金からなる薄膜(試料)を種々形成した。具体的には次の通りである。なお、MgO単結晶面は、基板を研磨した(100)面である。
【0026】
成膜は、超高真空多元スパッタ装置(MPS-2000-C8 株式会社アルバック製)を用いて、真空下で加熱クリーニング(600℃)した後、室温付近まで冷却した単結晶面に行った。成膜前の到達真空度:5×10-8Pa以下、成膜形状:φ8mm×40nmとした。膜厚は、成膜速度(0.1nm/sec以下)と成膜時間の積から算出した。
【0027】
ターゲット(原料)には、Al純金属またはCoGa合金とCoの純金属とを用いた。試料1(Co:100at%)を除いて、CoとAlまたはCoGaとの両方をターゲットとする2元同時スパッタにより各試料を製作した。
【0028】
こうして、単結晶面上に堆積(蒸着)させた金属層(合金層)を得た(成層工程)。金属層は、上記の超真空中で650℃で1時間加熱した(熱処理工程)。その後、室温域まで冷却してから、成膜した試料を大気中に取り出した。
【0029】
こうして、表1に示す薄膜(試料1~10と試料21、22)を得た。表1に示したCo基合金の成分組成(Co原子割合)は、誘導結合プラズマ(ICP)発光分析装置による分析結果である。
【0030】
《測定》
(1)飽和磁化
薄膜(試料)の飽和磁化(Ms)をVSM(株式会社玉川製作所製:振動試料型磁力計)で測定した。その結果を表1に併せて示した。
【0031】
(2)異方性磁気抵抗(AMR)
薄膜の直交二方向の磁気抵抗(ρ∥、ρ⊥)を測定して、異方性磁気抵抗変化率(AMR比)を算出した。その詳細は次の通りである。
【0032】
薄膜をホールバー形状に微細加工した試験片を用意した。膜面内方向へ回転磁場を印加して、電流方向と磁場印加方向との相対角度qに対する抵抗変化を四端子法により測定した。このとき、印加電流:0.5mA、薄膜温度:5Kまたは300Kとした。印加した電流と磁場の方向が平行(q=0°または180°)のときの抵抗率ρ∥と、その方向が垂直(q=90°または270°)のときの抵抗率ρ⊥とから、AMR比=100×(ρ∥-ρ⊥)/ρ⊥(%)を算出した。
【0033】
巨大磁気抵抗効果(GMR)やトンネル磁気抵抗効果(TMR)は、多層薄膜の伝導特性を反映する。本実施例では、磁性薄膜単層の伝導特性を適切に評価するため、異方性磁気抵抗効果(AMR)を示すAMR比を採用した。
【0034】
磁気抵抗の測定は、基本的に室温域(300K)で行なったが、代表的な試料については極低温域(5K)でも行なった。得られた結果を表1に併せて示した。また、300KにおけるAMR比(%)と薄膜に含まれるCo量(at%)との関係を
図1に示した。
【0035】
《結晶構造》
X線回折装置(株式会社リガク製RINT-TTR II /使用X線:Cu-Kα線、2θ:20~90℃)を用いて、薄膜の結晶構造をその上面側から解析した。X線回折(XRD)は室温域で測定した。
【0036】
表1に示したCoAl系の薄膜(膜厚:40nm/熱処理温度:650℃)について得られた結果(XRDプロファイル)を
図2にまとめて示した。
【0037】
また、熱処理温度を変更したCoAl系の薄膜(膜厚:40nm/Co:61at%)も用意した。それらのXRDプロファイルを
図3にまとめて示した。
【0038】
さらに、膜厚を変更したCoAl系の薄膜(熱処理温度:650℃/Co:61at%)も用意した。それらのXRDプロファイルを
図4にまとめて示した。
【0039】
《評価》
(1)表1および
図1から明らかなように、合金組成(Co量)が所定範囲内の薄膜(試料4~6)は、優れた伝導特性(AMR)を発揮することがわかった。この傾向は、室温域のみならず、極低温域でも同様であった。
【0040】
逆に、Coが過多な薄膜(試料1~3)は、CoAlとCoの混相組織となり、Msが大きいもののρ⊥が小さかった。また、Coが過少な薄膜(試料7~10)は、ρ⊥が大きいもののMsが小さかった。いずれの薄膜も、電子スピンの伝導制御には適さないことが確認された。
【0041】
図2から明らかなように、650℃で熱処理されたCoAl系の薄膜は、いずれもBCC構造のβ-CoAl相(002)を有することが確認された。
【0042】
(2)
図3から明らかなように、そのようなc面配向したβ相は、450℃超(例えば475℃以上)の加熱(熱処理)により、安定して生成(析出)されることもわかった。
【0043】
(3)
図4から明らかなように、そのようなβ相は、膜厚が変化しても、安定して生成されることもわかった。
【0044】
以上から、本発明によって、電子スピンによる伝導特性の制御性に優れた磁性薄膜が提供されることが確認された。
【0045】