(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024113233
(43)【公開日】2024-08-22
(54)【発明の名称】プレス成形シミュレーション解析方法、装置及びプログラム、並びにプレス成形品の製造方法
(51)【国際特許分類】
B21D 22/00 20060101AFI20240815BHJP
G06F 30/23 20200101ALI20240815BHJP
G06F 111/10 20200101ALN20240815BHJP
G06F 113/22 20200101ALN20240815BHJP
G06F 119/14 20200101ALN20240815BHJP
【FI】
B21D22/00
G06F30/23
G06F111:10
G06F113:22
G06F119:14
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023018062
(22)【出願日】2023-02-09
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2024-08-06
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100127845
【弁理士】
【氏名又は名称】石川 壽彦
(72)【発明者】
【氏名】仮屋▲崎▼ 祐太
【テーマコード(参考)】
4E137
5B146
【Fターム(参考)】
4E137AA05
4E137AA21
4E137BA01
4E137BB01
4E137BC01
4E137CA09
4E137CB01
4E137GA01
4E137GB02
5B146AA06
5B146DJ02
5B146DJ07
(57)【要約】
【課題】板厚方向応力を考慮したシェル要素を用いてプレス成形解析とスプリングバック解析を精度良く行うプレス成形シミュレーション解析方法、装置及びプログラム、並びにプレス成形品の製造方法に関する。
【解決手段】本発明に係るプレス成形シミュレーション解析方法は、板厚方向応力を考慮したシェル要素を用いた有限要素解析によるプレス成形品のプレス成形解析とスプリングバック解析を行うものであって、プレス成形品のプレス成形解析を行い、成形下死点における応力を求める工程(S1)と、成形下死点における応力に基づいて、プレス成形品の成形下死点における降伏状態を判定する工程(S3)と、判定した降伏状態を考慮して、プレス成形品の成形下死点における面内方向の応力成分を補正する工程(S5)と、補正した成形下死点における面内方向の応力成分を用いて、プレス成形品のスプリングバック解析を行う工程(S7)と、を含むものである。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンピュータを用いて、板厚方向応力を考慮したシェル要素を用いた有限要素解析によるプレス成形品のプレス成形解析とスプリングバック解析とを行うプレス成形シミュレーション解析方法であって、
前記プレス成形品のプレス成形解析を行い、前記プレス成形品の成形下死点における応力を求めるプレス成形解析工程と、
該求めた成形下死点における応力に基づいて、前記プレス成形品の成形下死点における降伏状態を判定する降伏判定工程と、
該判定した降伏状態を考慮して、前記プレス成形品の前記成形下死点における応力を補正する成形下死点応力補正工程と、
該補正した成形下死点における応力を用いて、前記プレス成形品のスプリングバック解析を行うスプリングバック解析工程と、を含み、
前記成形下死点応力補正工程において、
前記プレス成形解析工程において求めた前記成形下死点における応力のうち、板厚方向の垂直応力及びせん断応力成分を疑似的に0に応力変化させ、
前記降伏判定工程において判定した降伏状態を考慮して、前記板厚方向の応力変化に伴う板厚方向の垂直ひずみ及びせん断ひずみそれぞれのひずみ変化量を求め、
前記降伏判定工程において判定した降伏状態と、前記板厚方向の垂直ひずみ及びせん断ひずみそれぞれのひずみ変化量と、を考慮して、面内方向の垂直応力及びせん断応力の面内応力変化量を求め、
該求めた面内応力変化量に基づいて、前記プレス成形品の成形下死点における面内方向の垂直応力及びせん断応力を補正する、ことを特徴とするプレス成形シミュレーション解析方法。
【請求項2】
板厚方向応力を考慮したシェル要素を用いた有限要素解析によるプレス成形品のプレス成形解析とスプリングバック解析とを行うプレス成形シミュレーション解析装置であって、
前記プレス成形品のプレス成形解析を行い、前記プレス成形品の成形下死点における応力を求めるプレス成形解析部と、
該求めた成形下死点における応力に基づいて、前記プレス成形品の成形下死点における降伏状態を判定する降伏判定部と、
該判定した降伏状態を考慮して、前記プレス成形品の前記成形下死点における応力を補正する成形下死点応力補正部と、
該補正した成形下死点における応力を用いて、前記プレス成形品のスプリングバック解析を行うスプリングバック解析部と、を備え、
前記成形下死点応力補正部は、
前記プレス成形解析部により求めた前記成形下死点における応力のうち、板厚方向の垂直応力及びせん断応力成分を疑似的に0に応力変化させ、
前記降伏判定部により判定した降伏状態を考慮して、前記板厚方向の応力変化に伴う板厚方向の垂直ひずみ及びせん断ひずみそれぞれのひずみ変化量を求め、
前記降伏判定部により判定した降伏状態と、前記板厚方向の垂直ひずみ及びせん断ひずみそれぞれのひずみ変化量と、を用いて、面内方向の垂直応力及びせん断応力の面内応力変化量を求め、
該求めた面内応力変化量に基づいて、前記プレス成形品の成形下死点における面内方向の垂直応力及びせん断応力を補正する、ことを特徴とするプレス成形シミュレーション解析装置。
【請求項3】
板厚方向応力を考慮したシェル要素を用いた有限要素解析によるプレス成形品のプレス成形解析とスプリングバック解析とを行うプレス成形シミュレーション解析プログラムであって、
コンピュータを、
前記プレス成形品のプレス成形解析を行い、前記プレス成形品の成形下死点における応力を求めるプレス成形解析部と、
該求めた成形下死点における応力に基づいて、前記プレス成形品の成形下死点における降伏状態を判定する降伏判定部と、
該判定した降伏状態を考慮して、前記プレス成形品の前記成形下死点における応力を補正する成形下死点応力補正部と、
該補正した成形下死点における応力を用いて、前記プレス成形品のスプリングバック解析を行うスプリングバック解析部と、して実行させる機能を備え、
前記成形下死点応力補正部は、
前記プレス成形解析部により求めた前記成形下死点における応力のうち、板厚方向の垂直応力及びせん断応力成分を疑似的に0に応力変化させ、
前記降伏判定部により判定した降伏状態を考慮して、前記板厚方向の応力変化に伴う板厚方向の垂直ひずみ及びせん断ひずみそれぞれのひずみ変化量を求め、
前記降伏判定部により判定した降伏状態と、前記板厚方向の垂直ひずみ及びせん断ひずみそれぞれのひずみ変化量と、を用いて、面内方向の垂直応力及びせん断応力の面内応力変化量を求め、
該求めた面内応力変化量に基づいて、前記プレス成形品の成形下死点における面内方向の垂直応力及びせん断応力を補正する、ことを特徴とするプレス成形シミュレーション解析プログラム。
【請求項4】
スプリングバック量が低減するようにプレス成形条件を調整して寸法精度を向上させたプレス成形品を製造するプレス成形品の製造方法であって、
前記プレス成形品の仮のプレス成形条件を設定する仮プレス成形条件設定工程と、
該仮のプレス成形条件に基づいて、請求項1に記載のプレス成形シミュレーション解析方法により前記プレス成形品のスプリングバック量を算出するスプリングバック量算出工程と、
該算出したスプリングバック量が予め定めた所定の範囲内か否かを判定するスプリングバック量判定工程と、
該スプリングバック量判定工程において前記スプリングバック量が予め定めた所定の範囲外であると判定された場合、前記仮のプレス成形条件を変更する仮プレス成形条件変更工程と、
前記スプリングバック量判定工程において前記スプリングバック量が予め定めた所定の範囲内と判定されるまで、前記仮プレス成形条件変更工程と、前記スプリングバック量算出工程と、前記スプリングバック量判定工程と、を繰り返し実行する繰り返し工程と、
前記スプリングバック量判定工程において前記スプリングバック量が予め定めた所定の範囲内と判定された場合、その場合の前記仮のプレス成形条件を前記プレス成形品のプレス成形条件として決定するプレス成形条件決定工程と、
該決定したプレス成形条件で前記プレス成形品をプレス成形するプレス成形工程と、を含むことを特徴とするプレス成形品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、板厚方向応力を考慮したシェル要素を用いた有限要素解析により、プレス成形品のプレス成形解析とスプリングバック解析とを行うプレス成形シミュレーション解析方法、装置及びプログラム、並びにプレス成形品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車車体は、その大部分が金属板のプレス成形によって製造される。しかしながら、プレス成形においては、プレス成形品を金型から離型した時の弾性回復現象であるスプリングバックが大きな課題である。
プレス成形品のスプリングバックは材料である金属板の強度上昇に伴って顕著に大きくなる。そして、スプリングバックしたプレス成形品は、外観品質を損なうだけでなく、組み立て時の溶接不良の原因になる。そのため、高強度な金属板をプレス成形に適用するに際しては、プレス成形品のスプリングバックを抑制する対策が必要不可欠である。
【0003】
スプリングバックの原因である弾性回復現象は、プレス成形品を金型から離型した時に残留曲げモーメントが解放されることによるものである。そのため、スプリングバック対策として、従来より、プレス成形品に生じる残留応力の不均一を緩和させる方法が多く行われてきた。
【0004】
例えば特許文献1には、伸びフランジ成形部位となる部分に複数のエンボスを配置し、かつ縮みフランジ成形部位となる部分に複数の余肉ビードを形成した中間成形品を成形し、プレス末期工程のプレス下死点となる前にエンボスを潰す技術が開示されている。そして、特許文献1によれば、縮みフランジ成形部位には余肉ビードを形成して引張応力を与えることで残留応力を低減し、伸びフランジ成形部位にはエンボスを潰して圧縮応力を与えることで残留応力を低減し、残留応力分布を平準化できるとされている。
【0005】
また、特許文献2には、第1の工程で、天板部とフランジ部についてそれぞれ長手方向に沿った湾曲の曲率半径を製品形状よりも小さくした中間部品を製造し、第2の工程で、中間部品を製品形状にプレス成形する技術が開示されている。そして、特許文献2によれば、天板部とフランジ部の応力差により発生する曲げモーメントを低減し、側面視のスプリングバック(キャンバーバック)を大きく低減することができるとされている。
【0006】
このように、プレス成形品のスプリングバックは、成形下死点における応力状態に大きく影響されると考えられる。そのため、スプリングバック対策を行うには、まず、プレス成形解析によりプレス成形品の成形下死点における応力状態を精度良く把握し、続いてプレス成形解析により求めた成形下死点における応力状態に基づいてスプリングバック解析を行うことが重要となる。
【0007】
一般に、スプリングバック解析は離型後の応力状態についての解析であり、平面応力状態を仮定したシェル要素(二次元要素)が用いられるので、プレス成形解析により求めた成形下死点での板厚方向応力をスプリングバック解析に引き継ぐことができない。そのため、スプリングバック解析においては、プレス成形解析により求めた成形下死点における板厚方向応力を0として取り扱うことが考えられる。しかしながら、シェル要素を用いたプレス成形解析に引き続いてスプリングバック解析を行う際に、板厚方向応力を単に0とする処理方法では、スプリングバック解析の計算精度が低下する。
【0008】
そこで、特許文献3には、板厚方向応力を考慮したシェル要素を用いたプレス成形解析とスプリングバック解析において、プレス成形解析により得られた下死点での応力状態を補正してスプリングバック解析を実施する技術が開示されている。そして、当該技術によれば、シェル要素によるプレス成形解析からスプリングバック解析への橋渡しの際に、下死点における板厚方向応力を0とする応力変化に伴う板厚方向以外の応力変化を考慮することで、スプリングバック解析の計算精度が向上するとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許5380890号公報
【特許文献2】特許6176430号公報
【特許文献3】特許5737059号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献3には、板厚方向応力を0にする応力変化を弾性変形と仮定し、板厚方向以外の応力を弾性体の応力-ひずみ関係から補正する方法が開示されている。しかしながら、高強度鋼板を用いて決め押し加工を行うプレス成形品のスプリングバック解析では、板厚方向応力の大きさによっては必ずしも弾性体と仮定するのは適切ではない。そのため、特許文献3に開示されている方法では、成形下死点の応力を精度良く補正できないという問題があった。特に、板厚2.0mm以上の厚物材で顕著であった。
さらに、特許文献3の方法は、板厚方向を含むせん断応力成分を無視しているため、高強度鋼板(例えば、1180MPa級以上)を対象としたプレス成形品のスプリングバック解析においては、計算精度低下の要因となる可能性があった。
【0011】
本発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、シェル要素を用いた有限要素解析によるプレス成形解析とスプリングバック解析の計算精度を向上させるプレス成形シミュレーション解析方法、装置及びプログラム、並びにプレス成形品の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
(1)本発明に係るプレス成形シミュレーション解析方法は、コンピュータを用いて、板厚方向応力を考慮したシェル要素を用いた有限要素解析によるプレス成形品のプレス成形解析とスプリングバック解析とを行うものであって、
前記プレス成形品のプレス成形解析を行い、前記プレス成形品の成形下死点における応力を求めるプレス成形解析工程と、
該求めた成形下死点における応力に基づいて、前記プレス成形品の成形下死点における降伏状態を判定する降伏判定工程と、
該判定した降伏状態を考慮して、前記プレス成形品の前記成形下死点における応力を補正する成形下死点応力補正工程と、
該補正した成形下死点における応力を用いて、前記プレス成形品のスプリングバック解析を行うスプリングバック解析工程と、を含み、
前記成形下死点応力補正工程において、
前記プレス成形解析工程において求めた前記成形下死点における応力のうち、板厚方向の垂直応力及びせん断応力成分を疑似的に0に応力変化させ、
前記降伏判定工程において判定した降伏状態を考慮して、前記板厚方向の応力変化に伴う板厚方向の垂直ひずみ及びせん断ひずみそれぞれのひずみ変化量を求め、
前記降伏判定工程において判定した降伏状態と、前記板厚方向の垂直ひずみ及びせん断ひずみそれぞれのひずみ変化量と、を考慮して、面内方向の垂直応力及びせん断応力の面内応力変化量を求め、
該求めた面内応力変化量に基づいて、前記プレス成形品の成形下死点における面内方向の垂直応力及びせん断応力を補正する、ことを特徴とするものである。
【0013】
(2)本発明に係るプレス成形シミュレーション解析装置は、板厚方向応力を考慮したシェル要素を用いた有限要素解析によるプレス成形品のプレス成形解析とスプリングバック解析とを行うものであって、
前記プレス成形品のプレス成形解析を行い、前記プレス成形品の成形下死点における応力を求めるプレス成形解析部と、
該求めた成形下死点における応力に基づいて、前記プレス成形品の成形下死点における降伏状態を判定する降伏判定部と、
該判定した降伏状態を考慮して、前記プレス成形品の前記成形下死点における応力を補正する成形下死点応力補正部と、
該補正した成形下死点における応力を用いて、前記プレス成形品のスプリングバック解析を行うスプリングバック解析部と、を備え、
前記成形下死点応力補正部は、
前記プレス成形解析部により求めた前記成形下死点における応力のうち、板厚方向の垂直応力及びせん断応力成分を疑似的に0に応力変化させ、
前記降伏判定部により判定した降伏状態を考慮して、前記板厚方向の応力変化に伴う板厚方向の垂直ひずみ及びせん断ひずみそれぞれのひずみ変化量を求め、
前記降伏判定部により判定した降伏状態と、前記板厚方向の垂直ひずみ及びせん断ひずみそれぞれのひずみ変化量と、を用いて、面内方向の垂直応力及びせん断応力の面内応力変化量を求め、
該求めた面内応力変化量に基づいて、前記プレス成形品の成形下死点における面内方向の垂直応力及びせん断応力を補正する、ことを特徴とするものである。
【0014】
(3)本発明に係るプレス成形シミュレーション解析プログラムは、板厚方向応力を考慮したシェル要素を用いた有限要素解析によるプレス成形品のプレス成形解析とスプリングバック解析とを行うものであって、
コンピュータを、
前記プレス成形品のプレス成形解析を行い、前記プレス成形品の成形下死点における応力を求めるプレス成形解析部と、
該求めた成形下死点における応力に基づいて、前記プレス成形品の成形下死点における降伏状態を判定する降伏判定部と、
該判定した降伏状態を考慮して、前記プレス成形品の前記成形下死点における応力を補正する成形下死点応力補正部と、
該補正した成形下死点における応力を用いて、前記プレス成形品のスプリングバック解析を行うスプリングバック解析部と、して実行させる機能を備え、
前記成形下死点応力補正部は、
前記プレス成形解析部により求めた前記成形下死点における応力のうち、板厚方向の垂直応力及びせん断応力成分を疑似的に0に応力変化させ、
前記降伏判定部により判定した降伏状態を考慮して、前記板厚方向の応力変化に伴う板厚方向の垂直ひずみ及びせん断ひずみそれぞれのひずみ変化量を求め、
前記降伏判定部により判定した降伏状態と、前記板厚方向の垂直ひずみ及びせん断ひずみそれぞれのひずみ変化量と、を用いて、面内方向の垂直応力及びせん断応力の面内応力変化量を求め、
該求めた面内応力変化量に基づいて、前記プレス成形品の成形下死点における面内方向の垂直応力及びせん断応力を補正する、ことを特徴とするものである。
【0015】
(4)本発明に係るプレス成形品の製造方法は、スプリングバック量が低減するようにプレス成形条件を調整して寸法精度を向上させたプレス成形品を製造するものであって、
前記プレス成形品の仮のプレス成形条件を設定する仮プレス成形条件設定工程と、
該仮のプレス成形条件に基づいて、上記(1)に記載のプレス成形シミュレーション解析方法により前記プレス成形品のスプリングバック量を算出するスプリングバック量算出工程と、
該算出したスプリングバック量が予め定めた所定の範囲内か否かを判定するスプリングバック量判定工程と、
該スプリングバック量判定工程において前記スプリングバック量が予め定めた所定の範囲外であると判定された場合、前記仮のプレス成形条件を変更する仮プレス成形条件変更工程と、
前記スプリングバック量判定工程において前記スプリングバック量が予め定めた所定の範囲内と判定されるまで、前記仮プレス成形条件変更工程と、前記スプリングバック量算出工程と、前記スプリングバック量判定工程と、を繰り返し実行する繰り返し工程と、
前記スプリングバック量判定工程において前記スプリングバック量が予め定めた所定の範囲内と判定された場合、その場合の前記仮のプレス成形条件を前記プレス成形品のプレス成形条件として決定するプレス成形条件決定工程と、
該決定したプレス成形条件で前記プレス成形品をプレス成形するプレス成形工程と、を含むことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明においては、板厚方向の応力を考慮したシェル要素を用いた有限要素解析によるプレス成形品のプレス成形解析を行い、成形下死点における応力成分を求め、成形下死点における降伏状態を判定する。そして、判定した降伏状態を考慮して、せん断応力成分を含む板厚方向の応力成分を疑似的に0にする応力変化により生じる面内方向の応力成分を補正し、スプリングバック解析を行う。これにより、スプリングバック解析の計算精度を向上させることができる。
【0017】
また、本発明に係るプレス成形シミュレーション解析方法に基づいてスプリングバック量を算出し、該スプリングバック量が予め定めた所定の範囲内となるようにプレス成形条件を調整して決定する。そして、決定したプレス成形条件で実際にプレス成形品をプレス成形することで、寸法精度を向上させたプレス成形品を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の実施の形態1に係るプレス成形シミュレーション解析方法における処理の流れを示すフロー図である。
【
図2】本発明の実施の形態1に係るプレス成形シミュレーション解析装置の構成を示すブロック図である。
【
図3】本発明の実施の形態2に係るプレス成形品の製造方法における処理の流れを示すフロー図である。
【
図4】実施例において、ブランクをV曲げ加工するV曲げ試験を説明する図である。
【
図5】実施例において、ブランクをV曲げ加工したプレス成形品の成形下死点における応力分布を示すコンター図である((a)比較例1、(b)発明例)。
【
図6】実施例において、発明例に係るプレス成形解析により求めたプレス成形品の成形下死点における応力状態に基づいて降伏状態を判定した結果を示すコンター図である。
【
図7】実施例において、V曲げ試験でのプレス成形品のスプリングバック角度の実験値と、比較例1、比較例2及び発明例に係るプレス成形解析及びスプリングバック解析により求めたプレス成形品のスプリングバック量(角度)の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
[実施の形態1]
<プレス成形シミュレーション解析方法>
本実施の形態1に係るプレス成形シミュレーション解析方法は、コンピュータを用いて、板厚方向応力を考慮したシェル要素を用いた有限要素解析によるプレス成形品のプレス成形解析とスプリングバック解析を行うものである。そして、プレス成形シミュレーション解析方法は、
図1に示すように、プレス成形解析工程S1と、降伏判定工程S3と、成形下死点応力補正工程S5と、スプリングバック解析工程S7と、を含む。
以下、これらの各工程について説明する。
【0020】
≪プレス成形解析工程≫
プレス成形解析工程S1は、プレス成形品のプレス成形解析を行い、成形下死点における応力を求める工程である。
プレス成形解析は、板厚方向応力を考慮したシェル要素を用いた有限要素解析により行う。これにより、成形下死点における応力として、板厚方向の垂直応力及びせん断応力と、板厚方向以外の面内方向の垂直応力及びせん断応力と、を求める。
【0021】
≪降伏判定工程≫
降伏判定工程S3は、プレス成形解析工程S1において取得した成形下死点における応力に基づいて、プレス成形品における降伏状態を判定する工程である。
【0022】
降伏判定工程S3において、プレス成形品における降伏状態は降伏関数を用いて判定する。本実施の形態1では、下式に示すミーゼスの降伏関数を用いて、成形下死点におけるプレス成形品の各シェル要素について降伏状態の判定をする。
【数1】
式(1)において、σ
eqは相当応力、σは垂直応力、τはせん断応力であり、x及びyは面内方向、zは板厚方向とする(以下、同様)。
【0023】
降伏判定工程S3においては、まず、プレス成形解析工程S1において得られた成形下死点における応力を式(1)に代入し、シェル要素ごとに相当応力σeqを計算する。
そして、計算した相当応力σeqがブランクの降伏応力以上であれば、そのシェル要素は降伏(塑性状態)していると判定する。これに対し、相当応力σeqがブランクの降伏応力よりも小さければ、そのシェル要素は未降伏(弾性状態)と判定する。
【0024】
なお、降伏判定工程S3は、降伏状態の判定に用いる降伏関数をミーゼスの降伏関数に限るものではなく、他の降伏関数を適宜用いてもよい。
【0025】
≪成形下死点応力補正工程≫
成形下死点応力補正工程S5は、降伏判定工程S3において判定した降伏状態を考慮して、成形下死点における応力を補正する工程である。
【0026】
成形下死点応力補正工程S5においては、弾塑性域での応力-ひずみ関係を用い、
図1に示すように、S5a、S5b、S5c及びS5dの各ステップを実行し、成形下死点における応力を補正する。
【0027】
弾塑性域での応力-ひずみ関係は、以下の式(2)に示す弾塑性構成式により表すことができる。
【数2】
【0028】
式(2)において、{dσ}は応力増分テンソル、{dε}はひずみ増分テンソルである。
また、[D]は弾塑性係数テンソルであり、式(2)に示すように、弾性係数テンソル[De]と、塑性係数テンソル[Dp]と、の和で表される。ここで、未降伏、すなわち弾性状態では、[Dp]はゼロである。
【0029】
すなわち、弾塑性係数テンソル[D]は、降伏判定工程S3において各シェル要素について判定した降伏状態に応じて、以下のように表すことができる。
【数3】
【0030】
また、式(2)に示す弾塑性構成式は以下のように成分表示することができる。
【数4】
式(4)において、D
ij(i=1~6、j=1~6)は弾塑性係数テンソルの成分であり、これらの各成分は、式(3)に示すように、降伏状態に応じて与えられる。
【0031】
なお、式(2)及び式(4)に示す弾塑性構成式は、弾塑性域での応力-ひずみ関係を表すものであればよく、例えば、三次元の弾塑性構成式であるプラントル・ロイスの式を用いて導出することができる。
【0032】
(a)ステップS5a
前述したように、プレス成形解析からスプリングバック解析へと橋渡しするためには、板厚方向応力を考慮したシェル要素を用いたプレス成形解析により求めた板厚方向の応力を解放する。そこで、成形下死点応力補正工程S5においては、まず、プレス成形解析工程S1において求めた成形下死点における板厚方向の垂直応力及びせん断応力成分を疑似的に0に応力変化させる(S5a)。
【0033】
プレス成形解析工程S1において求めた成形下死点の応力成分をσ*
xx、σ*
yy、σ*
zz、τ*
xy、τ*
yz、τ*
zxとする。
そして、成形下死点における板厚方向応力(垂直応力σ*
zz及びせん断応力成分τ*
yz、τ*
zx)を疑似的に0に変化させたときの応力増分dσを応力の変化量Δσxx、Δσyy、Δσzz、Δτxy、Δτyz、Δτzxとする。
【0034】
このうち、板厚方向応力の変化量Δσ
zz、Δτ
yz、Δτ
zxは、絶対値が等しくて向きが反対の応力を代入して疑似的に0に応力変化させることとすると、以下のように表される。
【数5】
ここで、σ
*
zzは成形下死点における板厚方向の垂直応力、τ
*
yz及びτ
*
zxは成形下死点における板厚方向のせん断応力成分である。
【0035】
(b)ステップS5b
次に、板厚方向の垂直ひずみ及びせん断ひずみ成分のひずみ変化量を求める(S5b)。
板厚方向応力を疑似的に0に応力変化させたときのひずみ増分dεをひずみ変化量Δε
xx、Δε
yy、Δε
zz、Δγ
xy、Δγ
yz、Δγ
zxとする。ここで、板厚方向応力の応力変化によって面内方向(板厚方向以外)に変形が生じないとすると、板厚方向以外のひずみ変化量Δε
xx、Δε
yy、Δγ
xyは次式のように与えることができる。
【数6】
【0036】
そして、式(5)及び式(6)を式(4)に代入すると、以下の式(7)が得られる。
【数7】
【0037】
式(7)を展開し、板厚方向の垂直ひずみの変化量Δε
zzと、板厚方向のせん断ひずみ成分の変化量Δγ
yz及びΔγ
zxについて整理すると、以下の式(8)に示す三元連立一次方程式が得られる。
【数8】
【0038】
式(8)において、D33、D35、D36、D53、D55、D56、D63、D65、D66は、式(2)により与えられる弾塑性係数テンソル[D]の成分である。これらの成分は、前述した式(3)に示すように、降伏判定工程S3において判定された降伏状態を考慮して算出する。
【0039】
また、式(8)において、σ*
zz、τ*
yz、τ*
zxは、プレス成形解析工程S1において求めた成形下死点での板厚方向応力であり、既知である。したがって、式(8)から、板厚方向応力の応力変化に伴う板厚方向の垂直ひずみのひずみ変化量とΔεzzと、せん断ひずみ成分のひずみ変化量、Δγyz及びΔγzxと、を算出することができる。
【0040】
(c)ステップS5c
次に、降伏判定工程S3において判定した降伏状態と、板厚方向の垂直ひずみ及びせん断ひずみ成分それぞれのひずみ変化量と、を用いて、板厚方向応力を0に変化させる応力変化に伴う面内方向の垂直応力及びせん断応力の面内応力変化量を求める(S5c)。
【0041】
面内応力変化量(Δσ
xx、Δσ
yy及びΔτ
xy)は、以下の手順により求めることができる。
式(7)を展開し、板厚方向以外の面内方向の垂直応力及びせん断応力の面内応力変化量Δσ
xx、Δσ
yy及びΔτ
xyについて整理すると、以下の式(9)が得られる。
【数9】
【0042】
式(9)において、D13、D15、D16、D23、D25、D26、D43、D45、D46は、式(2)により与えられる弾塑性係数テンソル[D]の成分であり、式(3)に示すように、降伏状態を考慮して算出する。
【0043】
そして、式(8)から求めた板厚方向の垂直ひずみ及びせん断ひずみのひずみ変化量Δεzz、Δγyz及びΔγzxを式(9)に代入すると、板厚方向以外の応力の変化量(面内応力変化量)Δσxx、Δσyy及びΔτxyが求められる。
【0044】
このようにして求めた面内応力変化量は、成形下死点における板厚方向応力の解放、すなわち、板厚方向の応力成分を疑似的に0にする応力変化によって面内方向の応力成分の変化量である。
【0045】
(d)ステップS5d
続いて、成形下死点における面内方向の垂直応力及びせん断応力を補正する(S5d)。
この補正は、下式(10)に示すように、面内応力変化量(Δσ
xx、Δσ
yy及びΔτ
xy)を成形下死点における面内方向の垂直応力及びせん断応力(σ
*
xx、σ
*
yy及びτ
*
xy)にそれぞれ足し合わせることにより行うことができる。
【数10】
【0046】
このように、ステップS5a~ステップS5bまでを実行し、成形下死点における面内方向の垂直応力及びせん断応力を補正することにより、板厚方向応力を疑似的に0とした場合に等価な面内方向の応力成分を算出することができる。
【0047】
≪スプリングバック解析工程≫
スプリングバック解析工程S7は、成形下死点応力補正工程S5において補正した成形下死点における応力を用いて、プレス成形品のスプリングバック解析を行う。
スプリングバック解析工程S7において、プレス成形解析工程S1におけるプレス成形解析と同様、スプリングバック解析は板厚方向の応力を考慮したシェル要素を用いた有限要素解析により行う。
【0048】
<プレス成形シミュレーション解析装置>
本実施の形態1に係るプレス成形シミュレーション解析装置は、板厚方向応力を考慮したシェル要素を用いた有限要素解析により、プレス成形品のプレス成形解析とスプリングバック解析を行うものである。
そして、プレス成形シミュレーション解析装置1は、
図2に示すように、プレス成形解析部3と、降伏判定部5と、成形下死点応力補正部7と、スプリングバック解析部9と、を備えている。
プレス成形シミュレーション解析装置1は、コンピュータ(PC等)のCPU(中央演算処理装置)によって構成されたものであってよい。この場合、上記の各部は、コンピュータのCPUが所定のプログラムを実行することによって機能する。
【0049】
≪プレス成形解析部≫
プレス成形解析部3は、プレス成形品の成形下死点における応力を求めるプレス成形解析を行うものである。
本実施の形態1において、プレス成形解析部3は、前述した本実施の形態1に係るプレス成形シミュレーション解析方法のプレス成形解析工程S1を実行するものである。
【0050】
≪降伏判定部≫
降伏判定部5は、プレス成形解析部3により取得した成形下死点における応力に基づいて、プレス成形品における降伏状態を判定するものである。
本実施の形態1において、降伏判定部5は、前述した本実施の形態1に係るプレス成形シミュレーション解析方法の降伏判定工程S3を実行する。
降伏判定部5は、降伏関数を用いてプレス成形品における降伏状態をシェル要素ごとに判定する。降伏関数としては、前述したミーゼスの降伏関数(式(1))を用いることができるが、これに限定されるものではなく、他の降伏関数を用いてもよい。
【0051】
≪成形下死点応力補正部≫
成形下死点応力補正部7は、降伏判定部5により判定した降伏状態を考慮して、成形下死点における応力を補正するものである。
本実施の形態1において、成形下死点応力補正部7は、前述した本実施の形態1に係るプレス成形シミュレーション解析方法の成形下死点応力補正工程S5を実行する。
【0052】
成形下死点応力補正部7は、前述した式(2)で表される弾塑性域での応力-ひずみ関係を表す弾塑性構成式を用い、
図2に示すように処理を行うことで、成形下死点における応力を補正する。
【0053】
まず、前述した式(4)に示すように、プレス成形解析部3により求めた成形下死点における応力のうち、板厚方向の垂直応力及びせん断応力成分を疑似的に0に応力変化させる。
【0054】
続いて、降伏判定部5により判定した降伏状態を考慮して、前述した式(2)及び式(3)の関係から弾塑性係数テンソル[D]の各成分Dij(i=1~6、j=1~6)を求める。そして、前述した式(7)を用いて、板厚方向の応力変化に伴う板厚方向の垂直ひずみ及びせん断ひずみ成分それぞれのひずみ変化量を求める。
【0055】
続いて、降伏判定部5により判定した降伏状態と、板厚方向の垂直ひずみ及びせん断ひずみそれぞれのひずみ変化量と、を用いて、前述した式(8)から板厚方向以外(面内方向)の垂直応力及びせん断応力の面内応力変化量を求める。
【0056】
そして、式(8)から求めた面内応力変化量と、に基づいて、前述した式(10)に示すように、プレス成形品の成形下死点における面内方向の垂直応力及びせん断応力を補正する。
【0057】
≪スプリングバック解析部≫
スプリングバック解析部9は、成形下死点応力補正部7により補正した成形下死点における応力を用いて、プレス成形品のスプリングバック解析を行う。
本実施の形態1において、スプリングバック解析部9は、前述した本実施の形態1に係るプレス成形シミュレーション解析方法のスプリングバック解析工程S7を実行する。
【0058】
<プレス成形シミュレーション解析プログラム>
本発明の実施の形態1は、プレス成形シミュレーション解析プログラムとして構成することができる。
すなわち、本実施の形態1に係るプレス成形シミュレーション解析プログラムは、板厚方向応力を考慮したシェル要素を用いて、プレス成形品のプレス成形解析とスプリングバック解析を行うものである。
そして、本実施の形態1に係るプレス成形シミュレーション解析プログラムは、
図2に示すように、コンピュータを、プレス成形解析部3と、降伏判定部5と、成形下死点応力補正部7と、スプリングバック解析部9と、して実行させる機能を備えている。
【0059】
以上、本実施の形態1においては、板厚方向の応力を考慮したシェル要素を用いた有限要素解析によるプレス成形品のプレス成形解析を行い、成形下死点における応力成分を求め、成形下死点における降伏状態を判定する。そして、判定した降伏状態を考慮して、せん断応力成分を含む板厚方向の応力成分を疑似的に0にする応力変化により生じる面内方向の応力成分を補正し、スプリングバック解析を行う。これにより、スプリングバック解析の計算精度を向上させることができる。
【0060】
特に、本発明は、成形下死点において板厚方向に決め押しにより板厚方向に大きな応力が発生するプレス成形品や、引張強度1180MPa級以上の高張力鋼板をブランクに用いる場合のプレス成形解析及びスプリングバック解析について、好ましく適用できる。
【0061】
さらに、本発明は、上記のとおり、板厚方向の応力解放による応力変化においてせん断応力を考慮しているため、板厚が2mm以上の厚板材をブランクに用いる場合に好ましく適用することができる。
【0062】
[実施の形態2]
<プレス成形品の製造方法>
本発明の実施の形態2に係るプレス成形品の製造方法は、スプリングバック量が低減するようにプレス成形条件を調整して寸法精度を向上させたプレス成形品を製造するものである。そして、本実施の形態2に係るプレス成形品の製造方法は、
図3に示すように、仮プレス成形条件設定工程S11と、スプリングバック量算出工程S13と、スプリングバック量判定工程S15と、仮プレス成形条件変更工程S17と、繰り返し工程S19と、を含む。さらに、本実施の形態2に係るプレス成形品の製造方法は、プレス成形条件決定工程S21と、プレス成形工程S23と、を含む。
【0063】
≪仮プレス成形条件設定工程≫
仮プレス成形条件設定工程S11は、プレス成形品の仮のプレス成形条件を設定する工程である。
【0064】
仮プレス成形条件設定工程S11において設定される仮のプレス成形条件として、例えば、鋼板をV曲げ加工による曲げ部を有するプレス成形品を対象とする場合、パンチ(上型)における曲げ底部の曲げ半径、成形下死点における押し決め時の荷重が挙げられる。この他に、ドローベンド方式(引張曲げ・曲げ伸ばし)の場合、さらに、ダイ(下型)のダイ肩半径、しわ押さえ力(ダイに対するホルダーの押し付け荷重)等が挙げられる。
【0065】
≪スプリングバック量算出工程≫
スプリングバック量算出工程S13は、仮プレス成形条件設定工程S11で設定した仮のプレス成形条件に基づいて、実施の形態1に係るプレス成形シミュレーション解析方法によりスプリングバック量を算出する工程である。
【0066】
≪スプリングバック量判定工程≫
スプリングバック量判定工程S15は、スプリングバック量算出工程S13において算出したスプリングバック量が予め定めた所定の範囲内か否かを判定する工程である。
【0067】
スプリングバック量の予め定めた所定の範囲は、例えば、プレス成形品に許容される寸法精度に基づいて適宜設定すればよい。
【0068】
≪仮プレス成形条件変更工程≫
仮プレス成形条件変更工程S17は、スプリングバック量判定工程S15においてスプリングバック量が予め定めた所定の範囲外であると判定された場合、仮のプレス成形条件を変更する工程である。
【0069】
仮のプレス成形条件の変更は、スプリングバック量算出工程S13において算出されるスプリングバック量が小さくなるようにすればよい。例えば、V曲げ加工の場合、パンチ(上型)における曲げ底部の曲げ半径を小さくしたり、しわ押さえ力を大きくしたり、成形下死点における押し決め時の荷重を大きくするとよい。
【0070】
≪繰り返し工程≫
繰り返し工程S19は、仮プレス成形条件変更工程S17と、スプリングバック量算出工程S13と、スプリングバック量判定工程S15と、を繰り返し実行する。この繰り返しは、スプリングバック量判定工程S15においてスプリングバック量が予め定めた所定の範囲内と判定されるまで実行する。そのため、仮のプレス成形条件を一回変更したのみではスプリングバック量が所定の範囲内と判定されない場合には、繰り返し工程S19を繰り返すことになる。
【0071】
≪プレス成形条件決定工程≫
プレス成形条件決定工程S21は、スプリングバック量判定工程S15においてスプリングバック量が予め定めた所定の範囲内と判定された場合、その場合の仮のプレス成形条件をプレス成形条件として決定する工程である。
【0072】
≪プレス成形工程≫
プレス成形工程S23は、プレス成形条件決定工程S21において決定したプレス成形条件でプレス成形品をプレス成形する工程である。
【0073】
以上、本実施の形態2に係るプレス成形品の製造方法においては、本発明に係るプレス成形シミュレーション解析方法に基づいてスプリングバック量を算出し、該スプリングバック量が予め定めた所定の範囲内となるようにプレス成形条件を調整する。そして、調整したプレス成形条件で実際にプレス成形品をプレス成形することで、寸法精度を向上させたプレス成形品を製造することができる。
【0074】
なお、本実施の形態2に係るプレス成形品の製造方法により、スプリングバック量が低減するように調整したプレス成形条件でプレス成形品をプレス成形しても、そのスプリングバック量が許容される寸法精度を満たさない場合もある。この場合、調整したプレス成形条件でプレス成形したプレス成形品のスプリングバック量に基づいて、プレス成形品のプレス成形に用いる金型形状等のプレス成形条件のさらなる調整を繰り返すこともある。
【0075】
もっとも、本実施の形態2に係る方法では、スプリングバック量が低減するようにプレス成形条件を調整しているため、プレス成形条件として金型形状等の調整を何度も繰り返さなくても、プレス成形品について許容される寸法精度を満たすことができる。
以上、本実施の形態2に係るプレス成形品の製造方法によれば、プレス成形品の生産準備の費用及び期間を大きく短縮することも可能となる。
【実施例0076】
本発明の作用効果について確認するための実験及び解析を行ったので、これについて以下に説明する。
【0077】
実施例では、
図4に示すV曲げ試験を対象とし、実験とプレス成形シミュレーション解析を行った。
【0078】
V曲げ試験は、
図4に示すように、上型13と下型15とホルダー17とを備えた金型11を用いてブランク19をV曲げ加工したプレス成形品21を成形下死点(
図4(b))で決め押しするものである。ここで、ブランク19は、引張強度1180MPa級、板厚1.2mmの高強度鋼板とし、プレス成形品21におけるV曲げ加工された曲げ底部23の曲げ半径はR5mm、曲げ角度は90°とした。さらに、決め押しは、成形下死点においてプレス成形品21に50kNの荷重を負荷するものとした。
【0079】
プレス成形シミュレーション解析は、ブランク19をV曲げ加工し、成形下死点においてプレス成形品21を決め押しする過程のプレス成形解析と、V曲げ加工したプレス成形品21のスプリングバック解析と、を行った。
【0080】
実施例では、前述した実施の形態1に係るプレス成形シミュレーション解析方法により、板厚方向の応力を考慮したシェル要素を用いた有限要素解析によるプレス成形品のプレス成形解析とスプリングバック解析を行ったものを発明例とした。ここで、発明例において、ミーゼスの降伏関数を用いて、成形下死点における降伏状態を判定した。さらに、プラントル・ロイスの式を用いて導出した弾塑性構成式を用いて、面内方向の応力変化量を算出した。
【0081】
また、板厚方向の応力を考慮しない(成形下死点の応力状態の補正を行わない)シェル要素を用いた有限要素解析によるプレス成形解析とスプリングバック解析を行い、成形下死点における応力を補正せずにスプリングバック解析を行ったものを比較例1とした。
【0082】
さらに、板厚方向の応力を考慮したシェル要素を用いてプレス成形解析とスプリングバック解析を行い、特許文献3と同様、板厚方向の応力を0にする応力変化を弾性変形と仮定して成形下死点における面内方向の応力成分を補正したものを比較例2とした。
【0083】
図5に、比較例1及び発明例において求められた、V曲げ加工したプレス成形品21の成形下死点における面内方向である長手方向の垂直応力分布のコンター図を示す。
発明例においては、成形下死点における面内方向の応力を補正したことにより、最大値と最小値の絶対値(長手方向の垂直応力の最大値と最小値の差)が、比較例1よりも大きくなった(発明例:3398MPa、比較例1:3386MPa)。
【0084】
図6に、発明例において、プレス成形品21の成形下死点における応力に基づいて降伏状態を判定した結果を示す。
図6において、黒色の領域は降伏していると判定された領域であり、白色の領域は降伏していない(未降伏)と判定された領域である。
図6に示すように、板厚方向の応力を疑似的に0にする応力変化において、曲げ底部23の近傍に降伏して塑性変形している領域が存在することが分かる。
【0085】
図7に、比較例1、比較例2及び発明例においてV曲げ加工したプレス成形品21のスプリングバック量を求めた結果と、スプリングバック量の実験値とを併せて示すグラフを示す。ここで、スプリングバック量は、スプリングバックした後のプレス成形品21における曲げ底部23の曲げ開き量(スプリングバックによる曲げ角度の変化量)とした。
【0086】
図7に示すように、板厚方向の応力を考慮した比較例2及び発明例におけるスプリングバック量は、板厚方向の応力を考慮していない比較例1に比べて実験値との差が小さくなった。
さらに、降伏状態を考慮して成形下死点における面内方向の応力を補正した発明例は、弾性変形を仮定して成形下死点の応力を補正した比較例2よりも実験値との誤差が小さくなり、良好な結果であった。
【0087】
以上、本発明に係るプレス成形シミュレーション解析方法、装置及びプログラムによれば、スプリングバック解析の計算精度が向上することが実証された。