(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024113337
(43)【公開日】2024-08-22
(54)【発明の名称】変形性関節症治療用医薬組成物及びキット
(51)【国際特許分類】
A61K 45/00 20060101AFI20240815BHJP
A61P 19/02 20060101ALI20240815BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240815BHJP
A61K 31/728 20060101ALI20240815BHJP
A61K 31/506 20060101ALI20240815BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20240815BHJP
【FI】
A61K45/00
A61P19/02
A61P43/00 121
A61K31/728
A61K31/506
A61P43/00 111
C12N15/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023018237
(22)【出願日】2023-02-09
(71)【出願人】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】中島 康晴
(72)【発明者】
【氏名】赤▲崎▼ 幸穂
(72)【発明者】
【氏名】内田 泰輔
(72)【発明者】
【氏名】居石 卓也
(72)【発明者】
【氏名】津嶋 秀俊
(72)【発明者】
【氏名】倉員 市郎
(72)【発明者】
【氏名】遠矢 政和
(72)【発明者】
【氏名】桑原 正成
(72)【発明者】
【氏名】筒井 知明
(72)【発明者】
【氏名】廣瀬 良太
(72)【発明者】
【氏名】兵藤 裕貴
【テーマコード(参考)】
4C084
4C086
【Fターム(参考)】
4C084AA19
4C084MA02
4C084MA66
4C084NA05
4C084ZA961
4C084ZC202
4C084ZC751
4C086AA01
4C086AA02
4C086BC50
4C086EA25
4C086GA07
4C086GA08
4C086GA12
4C086ZA96
4C086ZC20
4C086ZC75
(57)【要約】
【課題】変形性関節症の治療技術を提供する。
【解決手段】IκBキナーゼε(IKKε)阻害薬及びヒアルロン酸を有効成分として含有する、変形性関節症治療用医薬組成物;IKKε阻害薬がBAY-985(CAS番号:2409479-29-2)である、変形性関節症治療用医薬組成物;関節内注射用である、変形性関節症治療用医薬組成物;IKKε阻害薬及びヒアルロン酸を備える、変形性関節症治療用キット。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
IκBキナーゼε(IKKε)阻害薬及びヒアルロン酸を有効成分として含有する、変形性関節症治療用医薬組成物。
【請求項2】
前記IKKε阻害薬がBAY-985(CAS番号:2409479-29-2)である、請求項1に記載の変形性関節症治療用医薬組成物。
【請求項3】
関節内注射用である、請求項1又は2に記載の変形性関節症治療用医薬組成物。
【請求項4】
IKKε阻害薬及びヒアルロン酸を備える、変形性関節症治療用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変形性関節症治療用医薬組成物及びキットに関する。
【背景技術】
【0002】
変形性関節症(osteoarthritis、以下、「OA」という場合がある。)は、進行性の軟骨変性により関節機能を著しく障害する不可逆性疾患である。日本には、約800万人の変形性関節症患者がいると推計されている。現在、OAの治療方法として、薬物内服(NSAID、非麻薬性鎮痛薬)と関節内注射(ヒアルロン酸、ステロイド)が行われている。
【0003】
ところで、IκBキナーゼ(IKK)は、古典的にはIKKα、IKKβ、IKKγの3つのサブユニットからなり、細胞内タンパク質であるIκBαのリン酸化を介して、NFκB経路を活性化させる因子である。新たなサブユニットであるIκBキナーゼε(IKKε)もNFκB経路を活性化させるものと考えられている。
【0004】
発明者らは、IKKεが、OA軟骨に特異的に高発現してNFκB経路による異化反応により軟骨変性を増悪させることを初めて明らかにした(非特許文献1を参照。)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Uchida T et al., IkappaB kinase epsilon contributes to the pathogenesis of osteoarthritis by promoting cartilage degradation, Arthritis and Rheumatology, 2022, PMID: 36530063.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述した薬物内服(NSAID、非麻薬性鎮痛薬)と関節内注射(ヒアルロン酸、ステロイド)は、いずれも症候改善薬であり、現在、進行する軟骨変性を構造的に抑制できる疾患修飾治療薬は存在しない。例えば、ヒアルロン酸製剤(HA)の関節内投与は、除痛効果は期待できるが、軟骨の変性を抑制する効果はなく、現状では対症療法の位置づけである。
【0007】
発明者らは、IKKε阻害薬の関節内投与が、変形性関節症における軟骨変性を構造的に抑制できる治療薬となりうることを明らかにした。しかしながら、IKKε阻害薬による変形性関節症の治療には改善の余地がある。そこで、本発明は、変形性関節症の治療技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は以下の態様を含む。
[1]IκBキナーゼε(IKKε)阻害薬及びヒアルロン酸を有効成分として含有する、変形性関節症治療用医薬組成物。
[2]前記IKKε阻害薬がBAY-985(CAS番号:2409479-29-2)である、[1]に記載の変形性関節症治療用医薬組成物。
[3]関節内注射用である、[1]又は[2]に記載の変形性関節症治療用医薬組成物。
[4]IKKε阻害薬及びヒアルロン酸を備える、変形性関節症治療用キット。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、変形性関節症の治療技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、実験例1における定量的リアルタイムPCRの結果を示すグラフである。
【
図2】
図2は、実験例2におけるマウスOAモデルの膝関節組織切片の染色結果を示す顕微鏡写真、及び、国際変形性関節症学会(OARSI)が推奨している病理組織学的等級付けに基づいて、染色切片を評価し、OAの重症度を定量化した結果を示すグラフである。
【
図3】
図3は、実験例3において、マウスOAモデルの圧痛の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[変形性関節症治療用医薬組成物]
一実施形態において、本発明は、IKKε阻害薬及びヒアルロン酸を有効成分として含有する、変形性関節症治療用医薬組成物を提供する。
【0012】
実施例において後述するように、発明者らは、本実施形態の医薬組成物をヒト軟骨細胞に作用させることにより、IKKε阻害薬を単独で投与した場合と比較して、炎症性サイトカインであるインターロイキン6(IL6)及びタンパク質分解酵素であるマトリックスメタロプロテアーゼ13(MMP13)の遺伝子発現が相乗的に抑制されることを明らかにした。
【0013】
発明者らはまた、本実施形態の医薬組成物をマウスOAモデルに関節内投与することにより、IKKε阻害薬を単独で投与した場合と比較して、OAにおける軟骨変性を構造的に抑制する効果及び疼痛を低下させる効果が相乗的に増強されることを明らかにした。したがって、本実施形態の医薬組成物は、インビトロ及びインビボにおいて、IKKε阻害薬の単独投与と比較して、相乗的に高い変形性関節症の治療効果を示すことができる。
【0014】
本実施形態の医薬組成物において、「有効成分として含有する」とは、治療的に有効量のIKKε阻害薬及びヒアルロン酸をそれぞれ含有することを意味する。
【0015】
OAは、全身のあらゆる関節に起こり得る。特にOAの発症によりQOLの低下に繋がり、健康寿命を脅かす可能性が高い部位は、体を支える役割を担い、体重の負荷が大きい関節であり、具体的には、膝関節、股関節、脊椎等が挙げられ、それぞれ、変形性膝関節症(膝OA)、変形性股関節症、変形性脊椎症と呼ばれる。本実施形態の医薬組成物は、なかでも、変形性膝関節症に対して特に好適に用いられる。
【0016】
OAは、その原因によって、一次性関節症と二次性関節症とに分けられる。一次性関節症は、原因は特定されていないが、肥満や加齢等の要因により発病したOAであると考えられている。変形性膝関節症の多くは、一次性関節症である。一方、二次性関節症は、病気やケガ等が原因で発症するOAである。発症原因として具体的には、例えば、関節リウマチ、痛風、骨折、靭帯や半月板の損傷、先天性の関節構造の異常等が挙げられる。変形性股関節症の多くは、二次性関節症である。本実施形態の医薬組成物は、なかでも、一次性関節症に対して特に好適に用いられる。
【0017】
本実施形態の医薬組成物において、IKKε阻害薬としては、IKKεの活性を阻害する物質が挙げられ、例えば、低分子化合物、IKKε発現阻害剤等が挙げられる。低分子化合物であるIKKε阻害薬としては、例えば、BAY-985(CAS番号:2409479-29-2)、BX-795(CAS番号:702675-74-9)、MRT67307(CAS番号:1190378-57-4)等が挙げられる。
【0018】
また、IKKε発現阻害剤としては、例えば、IKKε遺伝子のmRNAに対するsiRNA、shRNA、miRNA、リボザイム、アンチセンス核酸等が挙げられる。
【0019】
本実施形態の医薬組成物において、IKKε阻害薬の含有割合は特に限定されず、例えば0.1~100μMであってもよく、1~50μMであってもよく、1~20μMであってもよい。
【0020】
ヒアルロン酸は、ヒトや非ヒト脊椎動物等の皮膚、関節、眼球の硝子体等に存在するムコ多糖の一種であり、ヒアルロナンとも呼ばれる。ヒアルロン酸は、基本的にはβ-D-グルクロン酸の1位とβ-D-N-アセチル-グルコサミンの3位とが結合した2糖単位を少なくとも1個含む2糖以上のものでかつβ-D-グルクロン酸とβ-D-N-アセチル-グルコサミンとから基本的に構成され、2糖単位が複数個結合したものである。該糖は不飽和糖であってもよく、不飽和糖としては、非還元末端糖、通常、グルクロン酸の4,5位炭素間が不飽和のもの等が挙げられる。
【0021】
ヒアルロン酸としては、具体的には動物等の天然物から抽出されたもの、微生物を培養して得られたもの、化学的若しくは酵素的に合成されたもの等のいずれも使用することができる。ヒアルロン酸は、例えば、鶏冠、臍帯、皮膚、関節液等の生体組織から公知の抽出法と精製法によって得ることができる。ヒアルロン酸はまた、ストレプトコッカス属の細菌等を用いた発酵法によっても製造することができる。
【0022】
ヒアルロン酸にはヒアルロナンオリゴ糖も包含され、上記2糖単位1個からなる2糖及びその誘導体のような低分子量のヒアルロン酸から、重量平均分子量400万程度の高分子量のヒアルロン酸まで使用することができる。組織における浸透性等の点で優れることから、重量平均分子量380以上4,000,000以下程度のヒアルロン酸が好ましく、2糖以上20糖以下程度のヒアルロン酸がより好ましい。
【0023】
ヒアルロン酸のうち分子量の低いものは、具体的には、酵素分解法、アルカリ分解法、加熱処理法、超音波処理法等の公知の方法によってヒアルロン酸を低分子化する方法、化学的若しくは酵素的に合成する方法等で製造することができる。例えば、酵素分解法としては、ヒアルロン酸分解酵素(ヒアルロニダーゼ(睾丸由来)、ヒアルロニダーゼ(ストレプトマイセス由来)、ヒアルロニダーゼSD等)、コンドロイチナーゼAC、コンドロイチナーゼACII、コンドロイチナーゼACIII、コンドロイチナーゼABC等のヒアルロン酸を分解する酵素をヒアルロナンに作用させてヒアルロナンオリゴ糖を生成する方法等が挙げられる。
【0024】
また、アルカリ分解法としては、例えばヒアルロン酸の溶液に1N程度の水酸化ナトリウム等の塩基を加え、数時間加温して、低分子化させた後、塩酸等の酸を加えて中和して、低分子量のヒアルロン酸を得る方法等が挙げられる。
【0025】
ヒアルロン酸は、塩の形態であってもよい。製剤上の必要に応じて、その薬学上許容できる塩を用いることができる。例えば、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩、カルシウム塩、マグネシウム塩等のアルカリ土類金属塩、トリ(n-ブチル)アミン塩、トリエチルアミン塩、ピリジン塩、アミノ酸塩等のアミン塩等が挙げられる。
【0026】
市販品で臨床使用されているヒアルロン酸としては、例えば、アルツディスポ(精製ヒアルロン酸ナトリウム、重量平均分子量50万以上120万以下)、スベニール(精製ヒアルロン酸ナトリウム、重量平均分子量150万以上390万以下)等が挙げられる。
【0027】
本実施形態の医薬組成物において、ヒアルロン酸の含有割合は、特に限定されず、例えば0.1~100mg/mLであってもよく、1~50mg/mLであってもよく、約10mg/mLであってもよい。
【0028】
本実施形態の医薬組成物は、経口的に使用される剤型であってもよく、非経口的に使用される剤型であってもよいが、非経口的に使用される剤型が好ましい。経口的に使用される剤型としては、例えば、錠剤、カプセル剤、エリキシル剤、マイクロカプセル剤等が挙げられる。非経口的に使用される剤型としては、例えば、注射剤等が挙げられる。
【0029】
薬学的に許容される担体としては、通常医薬組成物の製剤に用いられるものを特に制限なく用いることができる。より具体的には、例えば、ゼラチン、コーンスターチ、トラガントガム、アラビアゴム等の結合剤;デンプン、結晶性セルロース等の賦形剤;アルギン酸等の膨化剤;水、エタノール、グリセリン等の注射剤用溶剤等が挙げられる。
【0030】
医薬組成物は添加剤を含んでいてもよい。添加剤としては、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸マグネシウム等の潤滑剤;ショ糖、乳糖、サッカリン、マルチトール等の甘味剤;ペパーミント、アカモノ油等の香味剤;ベンジルアルコール、フェノール等の安定剤;リン酸塩、酢酸ナトリウム等の緩衝剤;安息香酸ベンジル、ベンジルアルコール等の溶解補助剤;酸化防止剤;防腐剤等が挙げられる。
【0031】
医薬組成物は、IKKε阻害薬、ヒアルロン酸、上記薬学的に許容される担体及び添加剤を適宜組み合わせて、一般に認められた製薬実施に要求される単位用量形態で混和することによって製剤化することができる。
【0032】
医薬組成物は、IKKε阻害薬及びヒアルロン酸、以外の抗炎症作用を有する治療薬及び他の疾患の治療薬からなる群より選択される少なくとも1つと組合せて、使用してもよい。これらの治療薬は混合して単一の医薬組成物として投与してもよいし、別々の製剤として投与してもよい。また、各製剤は、同一の投与経路で投与してもよいし、別々の投与経路で投与してもよい。更に、各製剤は、同時に投与してもよいし、逐次的に投与してもよいし、一定の時間乃至期間を空けて別々に投与してもよい。一実施態様において、変形性関節症治療用医薬組成物と他の薬剤とは、これらを包含するキットとしてもよい。
【0033】
本実施形態の医薬組成物を投与する対象としては、特に限定されず、例えば、ヒト、サル、イヌ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、ウサギ、マウス、ラット、モルモット、ハムスター及びそれらの細胞等が挙げられる。中でも、哺乳動物又は哺乳動物細胞が好ましく、ヒト又はヒト細胞が特に好ましい。
【0034】
投与経路は、皮下投与、経皮投与、筋肉内投与、関節内投与等の非経口投与経路が好ましく、関節内投与が特に好ましい。すなわち、本実施形態の医薬組成物は、関節内注射用であることが好ましい。
【0035】
変形性関節症治療用医薬組成物の投与量は、IKKε阻害薬及びヒアルロン酸の種類、投与対象の症状、投与部位、投与方法等により変動する。当業者であれば適当な投与量を適宜選択することが可能であるが、例えば、局所投与を行う場合は、IKKε阻害薬については、一般的に成人(体重60kgとして)においては、1日あたり、通常約0.001mg以上10mg以下程度であり、約0.01mg以上5mg以下程度が好ましく、約0.02mg以上2mg以下程度がより好ましい。ヒアルロン酸については、一般的に成人(体重60kgとして)においては、1日あたり、通常約0.08mg以上800mg以下程度であり、約0.8mg以上400mg以下程度が好ましく、約1.6mg以上100mg以下程度がより好ましい。
【0036】
あるいは、通常、臨床において、1回あたり、1シリンジ(2.5mL)(精製ヒアルロン酸ナトリウムとして25mg程度を含有する)を投与していることから、ヒアルロン酸を1回あたり25mg以上又は25mg以下の範囲で投与することができる。
【0037】
変形性関節症治療用医薬組成物の投与は、単回投与であってもよく、複数回投与であってもよい。複数回投与である場合は、例えば、2時間以上12時間以下の期間毎、毎日、又は2日、5日、1週間、1.5週間、数週間、1か月又は数か月に1回等の頻度で投与することができる。
【0038】
通常、臨床において、OA治療のために、成人1回1シリンジ(精製ヒアルロン酸ナトリウムとして1回25mg)を1週間ごとに連続5回膝関節腔内に投与し、その後、症状の維持を目的とする場合は、2週間隔以上4週間隔以下で投与している。本実施形態の変形性関節症治療用医薬組成物も同様の投与スケジュールで投与することができる。
【0039】
[変形性関節症治療用キット]
一実施形態において、本発明は、IKKε阻害薬及びヒアルロン酸を備える、変形性関節症治療用キットを提供する。
【0040】
本実施形態のキットにおいて、IKKε阻害薬及びヒアルロン酸は、組成物として混合されておらず、別々の容器に収容されている。本実施形態のキットは、使用時にIKKε阻害薬及びヒアルロン酸を混合することにより、上述した変形性関節症治療用医薬組成物を調製することができる。
【0041】
本実施形態のキットにおいて、変形性関節症、IKKε阻害薬、ヒアルロン酸、投与対象、投与量等については、上述したものと同様である。本実施形態のキットは、薬学的に許容される担体、添加剤を更に含んでいてもよい。薬学的に許容される担体、添加剤については、上述したものと同様である。
【0042】
[その他の実施形態]
一実施形態において、本発明は、IKKε阻害薬及びヒアルロン酸を有効成分として含有する医薬組成物の有効量を、治療を必要とする患者に投与することを含む、変形性関節症の治療方法を提供する。
【0043】
一実施形態において、本発明は、変形性関節症の治療における使用のための医薬組成物であって、IKKε阻害薬及びヒアルロン酸を有効成分として含有する医薬組成物を提供する。
【0044】
一実施形態において、本発明は、変形性関節症治療用医薬組成物を製造するためのIKKε阻害薬及びヒアルロン酸の使用を提供する。
【0045】
これらの各実施形態において、変形性関節症、IKKε阻害薬、ヒアルロン酸、投与対象、投与量等については、上述したものと同様である。
【実施例0046】
次に実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0047】
[材料]
(ヒト軟骨細胞)
人工膝関節置換術後に通常では破棄される切除軟骨片より、ヒト軟骨細胞を単離培養した。すべてのドナーに対して、倫理審査委員会において承認を受けた臨床研究に参加することに同意を得た。すべてのドナーの個人情報に取り扱いには十分に配慮した。ドナーの膝関節は、レントゲン写真に基づいて、OAグレード(Kellgren-lawrence)III~IVと判断された。
【0048】
[実験例1]
(ヒト軟骨細胞におけるIL6及びMMP13の発現に対する、IKKε阻害薬及びヒアルロン酸による相乗的抑制効果)
OA患者の軟骨組織から分離培養したヒト軟骨細胞を用いて、OAの病態形成に関わる代表的な炎症性サイトカインであるインターロイキン6(IL6)、及び、タンパク質分解酵素であるマトリックスメタロプロテアーゼ13(MMP13)の発現に対する、IKKε阻害薬及びヒアルロン酸の影響を検討した。IKKε阻害薬として、BAY-985を使用した。また、使用したヒアルロン酸の重量平均分子量は50万以上149万以下であった。
【0049】
ヒト軟骨細胞の培地に、BAY-985及びヒアルロン酸を添加し、48時間インキュベートした。BAY-985は10μM、ヒアルロン酸は1mg/mLとなるように培地に添加した。
【0050】
続いて、ヒト軟骨細胞よりmRNAを回収し逆転写した。続いて、IL6及びMMP13のmRNA発現を、LightCycler 2.0システム(ロシュ社)を用いた定量的リアルタイムPCR法により解析した。使用したプライマーの塩基配列を下記表1に示す。グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)遺伝子のmRNA発現を内部標準に使用した。
【0051】
【0052】
図1は、定量的リアルタイムPCRの結果を示すグラフである。その結果、BAY-985の単独投与によって、IL6及びMMP13の発現量が低下したことが明らかとなった。対照であるヒアルロン酸のみを投与した場合と比較して、IL6の発現量は61.7%に低下し、MMP13は72.7%に低下した。
【0053】
また、BAY-985及びヒアルロン酸を混合投与することによって、IL6及びMMP13の発現量が更に低下したことが明らかとなった。対照であるヒアルロン酸のみを投与した場合と比較して、IL6の発現量は30.6%に低下し、MMP13は25.9%に低下した。また、BAY-985を単独投与した場合と比較して、IL6の発現量は49.6%に低下し、MMP13は35.6%に低下した。
【0054】
以上の結果は、BAY-985及びヒアルロン酸を混合投与することによって、IL6及びMMP13の発現が相乗的に抑制されたことを示す。
【0055】
[実験例2]
(マウスOAモデルの軟骨変性進行に対する、IKKε阻害薬及びヒアルロン酸による相乗的抑制効果1)
マウスOAモデルの軟骨変性進行に対する、IKKε阻害薬及びヒアルロン酸の影響を検討した。IKKε阻害薬として、BAY-985を使用した。また、使用したヒアルロン酸の重量平均分子量は50万以上149万以下であった。
【0056】
マウスOAモデルとして、12週齢雄の野生型マウスの膝内側半月板前節基部及び内側側副靱帯を切離するOA誘導手術を施行したマウスを使用した。マウスOAモデルを3群に分けた。1つ目の群には、手術の直後及び手術後5日おきに8週間、ヒアルロン酸溶液(10mg/mL、10μL)を関節内投与した。2つ目の群には、手術の直後及び手術後5日おきに8週間、BAY-985溶液(5μM、10μL)を関節内投与した。3つ目の群には、手術の直後及び手術後5日おきに8週間、BAY-985溶液及びヒアルロン酸溶液の混合溶液(BAY-985 5μM、ヒアルロン酸10mg/mL、10μL)を関節内投与した。
【0057】
OA誘導手術から8週間後に、各群のマウスから膝関節組織を採取し、切片をサフラニンOで染色した。
【0058】
図2上段は、各群のマウスの膝関節組織切片の染色結果を示す顕微鏡写真である。
図2下段は、国際変形性関節症学会(OARSI)が推奨している病理組織学的等級付けに基づいて、
図2上段に示す染色切片を評価し、OAの重症度を定量化した結果を示すグラフである。
図2中、「HA」はヒアルロン酸溶液のみを投与した群の結果であることを示し、「BAY 5μM」はBAY-985溶液のみを投与した群の結果であることを示し、「BAY 5μM+HA」はBAY-985溶液及びヒアルロン酸溶液の混合溶液を投与した群の結果であることを示す。
【0059】
その結果、BAY-985の単独投与によって、OARSIスコアが低下したことが明らかとなった。対照であるヒアルロン酸のみを投与した場合と比較して、OARSIスコアは66.7%に低下した。
【0060】
また、BAY-985及びヒアルロン酸を混合投与することによって、OARSIスコアが更に低下したことが明らかとなった。対照であるヒアルロン酸のみを投与した場合と比較して、OARSIスコアは45.2%に低下した。また、BAY-985を単独投与した場合と比較して、OARSIスコアは67.9%に低下した。
【0061】
以上の結果は、BAY-985及びヒアルロン酸を混合投与することによって、インビボにおいて軟骨変性が相乗的に抑制されたことを示す。
【0062】
[実験例3]
(マウスOAモデルの軟骨変性進行に対する、IKKε阻害薬及びヒアルロン酸による相乗的抑制効果2)
実験例2における3群のマウスOAモデルについて、小動物用アルゴメータ(Bioseb社製、型番「BIO-SMALGO+」)を用いて、膝関節への圧刺激に対する痛み(圧痛)の閾値を測定した。具体的には、マウスが足を引っ込めるまでの圧(g)を記録した。OA誘導手術前及び手術から2週間後に測定を行った。
図3は、圧痛の閾値の測定結果を示すグラフである。
図3中、数値が低いほど疼痛過敏性が低いことを意味する。
【0063】
その結果、BAY-985の単独投与によって、疼痛が改善したことが明らかとなった。対照であるヒアルロン酸のみを投与した場合と比較して、疼痛は63.1%に低下した。
【0064】
また、BAY-985及びヒアルロン酸を混合投与することによって、疼痛が更に低下したことが明らかとなった。対照であるヒアルロン酸のみを投与した場合と比較して、疼痛は38.9%に低下した。また、BAY-985を単独投与した場合と比較して、疼痛は61.5%に低下した。
【0065】
以上の結果は、BAY-985及びヒアルロン酸を混合投与することによって、インビボにおいてOAによる疼痛が相乗的に改善されたことを示す。
【0066】
BAY-985の溶媒をヒアルロン酸にすることにより、関節内投与後のBAY-985の関節内からの吸収を緩徐にすることができることが重要であると推測している。ヒアルロン酸の関節液中半減期は約20時間であり、投与後約3日間まで関節液中より検出される。BAY-985は分子量554の低分子化合物であり、半減期は0.79時間である。BAY-985とヒアルロン酸を混合することにより、持続する薬効を得ることができ、BAY-985単独投与よりも効果が得られたものと考えられた。
【0067】
以上の結果から、IKKε阻害薬及びヒアルロン酸を有効成分とする医薬組成物は、進行する軟骨変性を構造的に抑制できる疾患修飾治療薬として有用であることが明らかとなった。上述したように、現在、進行する軟骨変性を構造的に抑制できる疾患修飾治療薬は存在しない。