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特開2024-113704ニッケル基鋳造合金、その製造方法、およびそのニッケル基鋳造合金を用いた火格子
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024113704
(43)【公開日】2024-08-23
(54)【発明の名称】ニッケル基鋳造合金、その製造方法、およびそのニッケル基鋳造合金を用いた火格子
(51)【国際特許分類】
   C22C 19/05 20060101AFI20240816BHJP
   C22F 1/10 20060101ALI20240816BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20240816BHJP
【FI】
C22C19/05 Z
C22F1/10 H
C22F1/00 630D
C22F1/00 681
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 640B
C22F1/00 602
C22F1/00 611
C22F1/00 630C
C22F1/00 630B
C22F1/00 651Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023018800
(22)【出願日】2023-02-10
(71)【出願人】
【識別番号】000005119
【氏名又は名称】日立造船株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001298
【氏名又は名称】弁理士法人森本国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田中 智大
(72)【発明者】
【氏名】竹内 輝
(72)【発明者】
【氏名】勝木 誠
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼見 芳也
(72)【発明者】
【氏名】大西 隆介
(57)【要約】
【課題】高温での腐食環境であって、硬い物質との摩耗が生じるような環境の下、特にごみ焼却炉のような環境下において用いられる、耐食性および耐食性を従来よりも向上させた、ニッケル基鋳造合金、その製造方法、およびそのニッケル基鋳造合金を用いた火格子を提供する。
【解決手段】ニッケル基鋳造合金は、Cを0.15~0.35質量%、Siを1.5~3.0質量%、Mnを1.5質量%以下、Niを50.0~55.0質量%、Crを20.0~23.0質量%、Moを2.0~6.0質量%、Wを4.0~5.0質量%、Nbを3.7~5.4質量%、残部がFeおよびその他の不可避的不純物を含有することを特徴とする。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cを0.15~0.35質量%、Siを1.5~3.0質量%、Mnを1.5質量%以下、Niを50.0~55.0質量%、Crを20.0~23.0質量%、Moを2.0~6.0質量%、Wを4.0~5.0質量%、Nbを3.7~5.4質量%、残部がFeおよびその他の不可避的不純物を含有することを特徴とするニッケル基鋳造合金。
【請求項2】
Nbにより析出するδ相(NiNb)の体積率が10%以上、15%以下であることを特徴する請求項1に記載のニッケル基鋳造合金。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載のニッケル基鋳造合金の製造方法であって、
ニッケル基鋳造合金を鋳造する工程と、
前記鋳造されたニッケル基鋳造合金に、745~765℃の温度範囲内で、10時間以上の熱処理を行う工程とを備えることを特徴とするニッケル基鋳造合金の製造方法。
【請求項4】
焼却炉に使用される火格子であって、請求項1または請求項2に記載のニッケル基鋳造合金を用いた火格子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニッケル基鋳造合金、その製造方法、および前記ニッケル基鋳造合金を用いた火格子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ニッケル基鋳造合金をはじめとする耐熱合金は、一例として、ごみ焼却炉などの火格子の材料として用いられる。火格子は、ごみ焼却設備の炉床部に敷き詰められている。炉床部は、ごみ焼却炉に投入されたごみを載せる部分であり、火格子の上を燃焼したごみが移動する。このため、火格子は、ごみの燃焼による高温に耐える耐熱性を備える必要がある。加えて、火格子は、ごみに含まれる金属または焼却灰などの硬い物質との間の摩耗に耐える耐摩耗性、および、ごみに含まれる塩化物や硫化物による腐食に耐える耐食性を兼ね備える必要がある。
【0003】
耐熱性を確保しつつ、耐摩耗性および耐食性を備えた耐熱合金には、オーステナイト系ステンレス鋼(特許文献1参照)が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭60-162757号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼は、ごみ焼却炉用の火格子のような硬い物質との間の摩耗が生じるケースの少ない火力発電ボイラ等の用途に開発されており、耐摩耗性よりも、高温での耐食性を向上させることを目的としている。このような背景もあって特許文献1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼は、1050℃の温度条件での溶体化処理が行われた鍛造材であり、火格子としての用途に耐える程度の耐摩耗性を備えていない。このため、特許文献1のオーステナイト系ステンレス鋼を用いた火格子では、ごみに含まれる硬い物質との間で生じる摩耗により、短期間で減耗してしまう問題が生じる。
【0006】
そこで、本発明は、高温での腐食環境であって、硬い物質との間で摩耗が生じるような環境の下、特にごみ焼却炉のような環境下において用いられる、耐食性および耐摩耗性を従来よりも向上させた、ニッケル基鋳造合金、その製造方法、およびそのニッケル基鋳造合金を用いた火格子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、第1の発明に係るニッケル基鋳造合金は、Cを0.15~0.35質量%、Siを1.5~3.0質量%、Mnを1.5質量%以下、Niを50.0~55.0質量%、Crを20.0~23.0質量%、Moを2.0~6.0質量%、Wを4.0~5.0質量%、Nbを3.7~5.4質量%、残部がFeおよびその他の不可避的不純物を含有することを特徴とする。
【0008】
第2の発明に係るニッケル基鋳造合金は、Nbにより析出するδ相(NiNb)の体積率が10%以上、15%以下であることを特徴する。
【0009】
第3の発明に係るニッケル基鋳造合金の製造方法は、第1の発明または第2の発明に係るニッケル基鋳造合金の製造方法であって、ニッケル基鋳造合金を鋳造する工程と、前記鋳造されたニッケル基鋳造合金に、745~765℃の温度範囲内で、10時間以上の熱処理を行う工程とを備えることを特徴とする。
【0010】
第4の発明に係る火格子は、焼却炉用の火格子であって、第1の発明または第2の発明に係るニッケル基鋳造合金を用いた物であることを特徴する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、高温での腐食環境であって、硬い物質との間で摩耗が生じるような環境の下、特にごみ焼却炉のような環境下において用いられる、耐食性および耐摩耗性を向上させたニッケル基鋳造合金、その製造方法、およびそのニッケル基鋳造合金を用いた火格子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の実施形態に係るニッケル基鋳造合金が用いられる火格子を備えるストーカ式のごみ焼却炉の概略を示す図である。
図2】本発明の実施形態に係るニッケル基鋳造合金に含有するMoの量を決定するにあたって行った炭化物析出量の計算結果を示すグラフである。
図3】本発明の実施形態に係るニッケル基鋳造合金に含有するNbの量を決定するにあたって行ったδ相析出量の計算結果を示すグラフである。
図4】実施例のサンプルにおける熱処理前の金属組織を示す図である。
図5】実施例のサンプルにおける熱処理後の金属組織を示す図である。
図6】実施例のサンプルおよび比較例のサンプルのそれぞれの硬さを計測した結果であり、各サンプルにおける、Wの含有量と、硬さとの関係を示すグラフである。
図7】実施例の試験片における、δ相の面積率と、その面積率での硬さとの関係を示すグラフである。
図8】実施例の試験片における、δ相の面積率と、その面積率での衝撃値との関係を示すグラフである。
図9】実施例のサンプルおよび比較例のサンプルを用いて行った腐食試験の結果を示すグラフである。
図10】実施例の試験片における、熱処理の温度範囲と、その温度範囲での硬さとの関係を示すグラフである。
図11】実施例の試験片における、熱処理時間と、その熱処理時間でのδ相の面積率との関係を示すグラフである。
図12】実施例の試験片における、熱処理時間と、その熱処理時間での硬さとの関係を示すグラフである。
図13】実施例の試験片における、熱処理時間と、その熱処理時間での衝撃値との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態に係るニッケル基鋳造合金が用いられるごみ焼却炉1の火格子11について図1を参照して説明する。図1には、火格子の一例として、ストーカ式のごみ焼却炉1で用いられる火格子11が示されている。
【0014】
図1に示すストーカ式のごみ焼却炉1は、ごみGが投入されるホッパー2と、ホッパー2から投入されたごみGを送り出すとともに燃焼させて焼却灰にする炉床部3と、ごみGを焼却させた焼却灰を排出する排出口7とを備える。炉床部3は、ごみGの送り出し方向に沿った上流側から、ごみGを乾燥させる乾燥段4と、乾燥段4よりも下流側の位置でごみGを燃焼させる燃焼段5と、ごみGの固定炭素残留物をさらに燃焼させる後燃焼段6とを有する。炉床部3には、多数の火格子11が敷き詰められている。このように炉床部3に敷き詰められた多数の火格子11の上では、塩化物および硬い物質を含むごみGが燃焼して灰になっている。したがって、火格子11は、腐食環境にあって高温となり、さらに、硬い物質との間で摩耗が生じる。
【0015】
燃焼段5に敷き詰められた火格子11は、炉床部3に敷き詰められている多数の火格子11の中でも特に温度が高くなる。具体的には、燃焼段5に敷き詰められた火格子11の温度は、600℃以上に達する場合もある。したがって、このような高温の環境下で使用された火格子11においては、高温腐食および摩耗による減耗が大きく、寿命の観点から問題となっている。
【0016】
本発明のニッケル基鋳造合金は、高温環境下における耐摩耗性および耐食性を従来よりも向上させた。高温環境下における耐摩耗性は、Nb(ニオブ)を含有させることによって析出するδ相(NiNb)による析出強化、および、W(タングステン)を含有させることによる固溶強化によって向上させた。また、高温環境下における耐食性は、Ni(ニッケル)およびCr(クロム)に加えて、耐食性が低下しない程度のMo(モリブデン)を含有させることによって、ニッケル基鋳造合金の表面で形成される酸化皮膜を安定させることで向上させた。
【0017】
以下、本発明の要旨であるニッケル基鋳造合金の組成について詳細に説明する。
【0018】
本発明のニッケル基鋳造合金は、C(炭素)を0.15~0.35質量%、Si(ケイ素)を1.5~3.0質量%、Mn(マンガン)を1.5質量%以下、Ni(ニッケル)を50.0~55.0質量%、Cr(クロム)を20.0~23.0質量%、Mo(モリブデン)を2.0~6.0質量%、W(タングステン)を4.0~5.0質量%、Nb(ニオブ)を3.7~5.4質量%、残部がFe(鉄)およびその他の不可避的不純物を含有する。
【0019】
Cは、耐摩耗性の向上に有効であるが、耐食性を低下させる。したがって、Cの含有量は、耐摩耗性を向上させるために、0.15質量%を下限値とし、耐食性の低下を防ぐために、0.35質量%を上限値とする。
【0020】
Siは、鋳造性および耐食性の向上に有効であるが、脆化させる。したがって、Siの含有量は、鋳造性および耐食性を向上させるために、1.5質量%を下限値とし、脆化を防ぐために、3.0質量%を上限値とする。
【0021】
Mnは、鋳造性の向上に有効であり、S(硫黄)などの不純物による害を除くが、耐食性を低下させる。したがって、Mnの含有量は、耐食性の低下を防ぐために、1.5質量%を上限値とする。
【0022】
Niは、オーステナイト相を安定させ、耐酸化性および高温強度を向上させる。したがって、Niの含有量は、耐酸化性および高温強度を向上させるために、50.0質量%を下限値とし、耐酸化性および高温強度との費用対効果を考慮して、55.0質量%を上限値とする。
【0023】
Crは、Crを主成分とする安定なスピネル型の酸化物を形成して、耐食性を向上させる。一方で、Crは、ごみGに含まれる塩化物と反応して、塩化クロム(CrCl)などの塩化物を形成する。このため、Crは、塩化物の多い高温環境下において、耐食性を低下させる。したがって、Cr含有量は、耐食性を向上させるために、20.0質量%を下限値とし、塩化物の多い高温環境下における耐食性の低下を防ぐために、23.0質量%を上限値とする。
【0024】
Moは、NiおよびCrを含有する金属に含有することで、耐食性を向上させる。一方で、Moは、炭化物を析出させる。この炭化物は、過剰に析出することで、耐食性を低下させる。そこで、Moの含有量の下限値は、耐食性の向上させるために、2.0質量%とする。また、Moの含有量の上限値は、耐食性の低下を防ぐために、Moにより析出する前述の炭化物の体積率が10%以下となるように決定した。析出する炭化物の体積率が10%となるためのMoの含有量は、平衡状態計算ソフト(Thermo-Calc version 2022a)、および、平衡状態計算用データベース(Thermo-Calc Software TCNI10 Ni-based Superalloys Database)を用いた炭化物析出量の計算により算出した。
【0025】
図2は、本発明の実施形態に係るニッケル基鋳造合金のMoの含有量を決定するにあたって行った炭化物析出量の計算結果を示すグラフである。実施形態のニッケル基鋳造合金が用いられる600℃の条件(高温の環境の一例)における、Moの含有量と、析出する炭化物の体積率との関係が図2に示されている。図2に示す計算結果から、Moの含有量が6.0質量%以下であれば、Moによって析出する炭化物の体積率が10.0%以下となる。よって、Moの含有量の上限値は、6.0質量%とする。
【0026】
Moの含有量は、2.0質量%以上4.0質量%以下であることが好ましい。図2に示す炭化物析出量の計算結果から、Moの含有量が2.0質量%以上4.0質量%以下であれば、Moの含有量の増加に対する炭化物の増加量が僅かである。一方で、Moの含有量が4.0質量%よりも大きくなると、Moの含有量の増加に対する炭化物の増加量が、Moの含有量が2.0質量%以上4.0質量%以下の場合よりも大きくなる。したがって、本発明のニッケル基鋳造合金を量産したときに、Moの含有量が4.0質量%よりも大きければ、量産された各個体間でのMoの含有量のばらつきによる、各個体間での炭化物の析出量のばらつきが大きくなる。ところが、Moの含有量が2.0質量%以上4.0%以下であれば、本発明のニッケル基鋳造合金を量産したときに、量産された各個体間でのMoの含有量のばらつきによる、各個体間での炭化物の析出量のばらつきを小さく抑えることができる。
【0027】
Wは、Wを含有する合金を固溶強化させるとともに、その合金の金属組織を安定化させる。これにより、Wを含有する合金は、耐摩耗性が向上する。一方で、Wを含有させることによる耐摩耗性の向上の効果は、Wを一定量以上含有させると飽和する。したがって、Wの含有量は、耐摩耗性の費用対効果の観点から、Wの含有量が異なる複数のサンプルの硬さを計測した結果に基づいて決定した。この結果から、Wの含有量は、耐摩耗性を向上させるために、4.0質量%を下限値とし、耐摩耗性の向上の効果が飽和する5.0質量%を上限値とする。
【0028】
Nbは、δ相を析出させることによる析出強化によって、耐摩耗性を向上させる。一方で、δ相が過剰に析出されると靭性が低下する。したがって、Nbの含有量は、Nbによって析出するδ相の体積率に基づいて決定した。実施形態のニッケル基鋳造合金は、火格子として用いられていた従来の材料と同等以上の耐摩耗性を確保するため、高温の環境下における、δ相の体積率の下限値を10%とし、靭性の低下を防ぐために、δ相の体積率の上限値を15%とした。δ相の体積率が10~15%となるNb含有量も、前述の平衡状態計算ソフト、および、前述の平衡状態計算用データベースを用いたδ相析出量の計算により算出した。
【0029】
図3は、本発明の実施形態に係るニッケル基鋳造合金に含有するNbの量を決定するにあたって行ったδ相析出量の計算結果を示すグラフである。実施形態のニッケル基鋳造合金が用いられる600℃の条件(高温の環境の一例)における、Nbの含有量と、析出するδ相の体積率との関係が図3に示されている。図3に示す計算結果から、Nbの含有量が3.7質量%以上であれば、Nbによって析出するδ相の体積率が10%以上となる。したがって、Nbの含有量の下限値は、3.7質量%とする。また、Nbの含有量が5.4質量%以下であれば、Nbによって析出するδ相の体積率が15%以下となる。したがって、Nbの含有量の上限値は、5.4質量%とする。
【0030】
不可避的不純物元素は、例えば、通常のニッケル基鋳造合金と同様に、鋳造性確保のために混入する元素である。上記不可避的不純物には、例えば、P(リン)またはSなどがある。
【0031】
以下、本発明のニッケル基鋳造合金の好ましい製造方法について詳細に説明する。
【0032】
実施形態のニッケル基鋳造合金の製造方法は、ニッケル基鋳造合金を鋳造する工程と、鋳造されたニッケル基鋳造合金に、745~765℃の温度範囲内で熱処理する工程(熱処理工程)とを備えることが好ましい。このようにすると、δ相の析出が促進されるため、実施形態のニッケル基鋳造合金の耐摩耗性を向上させることができる。
【0033】
熱処理工程での熱処理時間は、10時間以上であることが好ましい。このような条件で熱処理された実施形態のニッケル基鋳造合金は、耐摩耗性が向上する。
【0034】
さらに、熱処理工程での熱処理時間は、20時間以上であることが好ましい。このような条件で熱処理された実施形態のニッケル基鋳造合金では、析出するδ相の体積率が10%以上となる。このようなニッケル基鋳造合金は、高温の環境下で使用されなくとも、従来の火格子と同等以上の耐摩耗性を確保できる。
【0035】
加えて、熱処理工程での熱処理時間は、24時間以上30時間以下であることが好ましい。熱処理時間が24時間以上になると、熱処理時間の変化に対するδ相の体積率の変化量が僅かとなる。つまり、熱処理時間が24時間以上になると、熱処理時間の変化に対する耐摩耗性への影響が僅かとなる。したがって、実施形態のニッケル基鋳造合金を量産したときに、量産された各個体間での熱処理時間のばらつきによる、各個体間での耐摩耗性のばらつきが小さくなる。一方で、熱処理時間の上限値が30時間であると、火格子として用いられていた従来の材料よりも高い靭性を確保できるとともに、製造効率の良い時間内で実施形態のニッケル基鋳造合金を製造できる。
【実施例0036】
実施例として、本発明品1のY形供試材(本発明品1のサンプル)を鋳造した。Y形供試材は、JIS G 0307:2014の形状aに相当する形状の供試材を意味する。本発明品1のサンプルの組成は、以下の表1に示す通りである。また、本発明のニッケル基鋳造合金は、鋳造された後に高温になることで、δ相の析出が促進される。高温になることによるδ相の析出量を確認するため、加熱用のサンプルが、本発明品1のY形供試材から採取された。この加熱用サンプルには、750℃で24時間の加熱が行われた。加熱が行われた加熱用サンプルは、本発明品2のサンプルとした。そして、本発明品1のサンプルおよび本発明品2のサンプルのそれぞれから試験片を採取して、炭化物の析出量、δ相の析出量、耐摩耗性、靭性、および耐食性を調べるための材料試験を実施した。
【0037】
【表1】
【0038】
炭化物の析出量は、本発明品1のサンプルから採取した試験片の断面に対してミクロ組織観察を行い、δ相の析出量は、本発明品2のサンプルから採取した試験片の断面に対してミクロ組織観察を行って測定した。本発明品1および本発明品2のサンプルに対するミクロ組織観察を行うにあたって、本発明品1および本発明品2のサンプルから採取した試験片において観察される対象の断面は、研磨された後に、クロム酸を10質量%濃度含有した水溶液で電解エッチング処理が行われた。そして、このような処理が行われた各サンプルから採取された試験片の断面は、光学顕微鏡により観察された。
【0039】
本発明品1および本発明品2のサンプルから採取した試験片の断面に対して行ったミクロ組織観察における炭化物の析出形態を図4に、δ相の析出形態を図5に示す。炭化物Bの析出量およびδ相Dの析出量は、それぞれの面積率で計測した。
【0040】
図4に示す、本発明品1のサンプルにおける炭化物Bの面積率は、5.9%であった。炭化物Bの面積率の計測は、本発明品1のサンプルの任意の断面で行っており、面積率と体積率とは、ほぼ等価と考えられる。ここで、本発明のニッケル基鋳造合金では、炭化物の体積率が10%以下となるようにMoの含有量を計算により決定している。図4に示す結果から、本発明のニッケル基鋳造合金であれば、炭化物の体積率が、実際に10%以下になることが確認された。
【0041】
図5に示す、本発明品2のサンプルにおけるδ相Dの面積率は、13.7%であった。δ相の体積率の計測は、本発明品2のサンプルの任意の断面で行っており、面積率と体積率とは、ほぼ等価と考えられる。ここで、本発明のニッケル基鋳造合金では、δ相の体積率が10~15%となるようにNbの含有量を決定している。図5に示す結果から、本発明のニッケル基鋳造合金であれば、δ相の体積率が、実際に10~15%の範囲内になることが確認された。
【0042】
次に、耐摩耗性、靭性および耐食性について、本発明品1との比較のために、比較例1および比較例2のY形供試材(比較例1および比較例2のサンプル)、ならびに、比較例3の火格子ブロック(比較例3のサンプル)をそれぞれ鋳造した。比較例1から比較例3のサンプルの組成は、以下の表2に示す通りである。表2に示すように、比較例1および比較例2のサンプルは、Wの含有量のみが本発明のニッケル基鋳造合金と異なる。すなわち、比較例1のサンプルは、本発明のニッケル基鋳造合金の含有するWの下限値よりもWの含有量を少なくしたものである。また、比較例2のサンプルは、本発明のニッケル基鋳造合金の含有するWの上限値よりもWの含有量を多くしたものである。比較例3のサンプルは、火格子に用いられている従来の材料の一例である。
【0043】
【表2】
【0044】
本発明のニッケル基鋳造合金の耐摩耗性について評価するために、本発明品1のサンプルおよび比較例1および比較例2のサンプルの硬さを計測した。各サンプルの硬さの計測は、試験力49Nとして、ビッカース硬さ試験機により行った。図6に本発明品1のサンプルおよび比較例1から比較例2のサンプルの硬さを計測した結果を示す。図6には、各サンプルにおける、Wの含有量と、硬さとの関係を示している。図6に示す計測結果より、本発明品1のサンプルの硬さは、比較例1のサンプルの硬さよりも大きな値となり、比較例2のサンプルの硬さよりも小さな値となった。加えて、Wの含有量が5質量%よりも大きくなると、硬さ、すなわち耐摩耗性の向上の効果が飽和することが確認された。
【0045】
本発明のニッケル基鋳造合金の耐摩耗性についてさらに評価するために、ニッケル基鋳造合金において析出するδ相の体積率と、そのニッケル基合金の耐摩耗性との関係を確認した。このために、δ相の面積率のみが互いに異なる試験片を複数製造し、各試験片の硬さを計測した。各試験片の硬さは、前述のビッカース硬さ試験機により計測した。図7には、各試験片のδ相の面積率と、各試験片の硬さとが示されている。図7より、火格子として用いられていた従来の材料の硬さである250HVよりも、δ相の面積率が10%以上である本発明のニッケル基鋳造合金の硬さの方が大きな値になることが確認された。すなわち、δ相の体積率が10%以上である本発明のニッケル基鋳造合金は、火格子として用いられていた従来の材料よりも高い耐摩耗性を備えていることが確認された。
【0046】
また、本発明品1のサンプルの靭性について評価するために、本発明品1のサンプルおよび比較例1から比較例3のサンプルのそれぞれから採取した試験片でシャルピー衝撃試験を行った。シャルピー衝撃試験を行うにあたり、各サンプルから採取した試験片には、深さ2mmのUノッチを設けた。表3に、本発明品1のサンプル、および比較例1から比較例3のサンプルのそれぞれから採取した試験片のシャルピー衝撃試験の結果を示す。表3に示す試験結果より、本発明品1のサンプル、ならびに、比較例1および比較例2のサンプルで計測された衝撃値は、比較例3のサンプルで計測された衝撃値よりも大きな値となった。ここで、シャルピー衝撃試験により計測された各試験片の衝撃値は、各試験片の靭性とみなせる。このため、表3に示すシャルピー衝撃試験の結果により、本発明のニッケル基鋳造合金の靭性は、火格子として用いられていた従来の材料よりも高いことが確認された。
【0047】
【表3】
【0048】
本発明品のサンプルの靭性についてさらに評価するために、ニッケル基鋳造合金において析出するδ相の体積率と、そのニッケル基鋳造合金の靭性との関係を確認した。このために、δ相の面積率のみが互いに異なる試験片を複数製造し、各試験片の衝撃値を計測した。各試験片の衝撃値は、前述のシャルピー衝撃試験により計測した。図8には、各試験片のδ相の面積率と、各試験片の衝撃値とが示されている。図8より、火格子として従来用いられていた従来の材料の衝撃値である2.2J/cm(表3の比較例3の衝撃値)よりも、δ相の面積率が15%以下である本発明のニッケル基鋳造合金の衝撃値の方が大きな値になることが確認された。すなわち、δ相の体積率が15%以下の本発明のニッケル基鋳造合金は、火格子として用いられていた従来の材料よりも高い靭性を備えていることが確認された。
【0049】
本発明のニッケル基鋳造合金の高温での耐食性を評価するために、本発明品1のサンプル、本発明品2のサンプル、および比較例3のサンプルのそれぞれから採取した板状試験片でJIS Z 2293:2004に基づく高温腐食試験を行った。各サンプルから採取した板状試験片の形状は、長さが15mm、幅が10mm、かつ厚さが2mmとした。高温腐食試験では、ごみ焼却炉から採取した焼却灰に各サンプルから採取した板状試験片を埋没させた状態で、全体の温度を上げて保持した。各試験片を埋没させた焼却灰に対するEDX(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)元素分析の結果を表4に示す。高温腐食試験の保持温度は、あらかじめ示差熱分析を焼却灰に対して行って検討した。示差熱分析の詳細については述べないが、表4に示す焼却灰は、示差熱分析結果より660℃で溶融する形跡が見られた。ここで、Cl(塩素)およびSを含む焼却灰は、溶融した状態において、試験片の腐食を促進させる。したがって、高温腐食試験において保持する温度は、660℃とした。
【0050】
【表4】
【0051】
高温腐食試験では、各試験片を表4に示す焼却灰に埋没させた状態で、660℃の温度で100時間保持した。この後、各試験片の減肉量(mm)を計測した。図9に、高温腐食試験の結果を示す。高温腐食試験の結果から、本発明品1のサンプルから採取した試験片と、本発明品2のサンプルから採取した試験片とでは、100時間当たりの減肉量に有意な差は認められなかった。言い換えると、本発明のニッケル基鋳造合金は、熱処理の有無では、耐食性に差がないことが確認された。また、本発明品1のサンプルから採取された試験片の減肉量は、比較例3のサンプルから採取された試験片に対して0.2倍以下の減肉量であった。すなわち、本発明品1のサンプルは、比較例3のサンプルよりも5倍以上の耐食性があった。
【0052】
上記にて、本発明品1および本発明品2のサンプル、ならびに比較例1から比較例3のサンプルを用いて、本発明のニッケル基鋳造合金の耐摩耗性および耐食性を評価した。本発明のニッケル基鋳造合金は、高温の条件下において使用されることで、火格子として用いられていた従来の材料と同等以上の耐摩耗性を確保できる。加えて、本発明のニッケル基鋳造合金は、火格子として用いられていた従来の材料よりも高い耐食性を備えていることが確認された。
【0053】
ニッケル基鋳造合金を鋳造する工程と、鋳造されたニッケル基鋳造合金に熱処理する工程とを備える製造方法によって製造された本発明のニッケル基鋳造合金の熱処理温度と、その耐摩耗性との関係を確認するために、鋳造された後に、730~770℃の温度範囲で10時間または24時間熱処理した試験片を製造し、それぞれの硬さを計測した。具体的には、図10に示すように、鋳造された後に、730℃、740℃、745℃、750℃、760℃、765℃、または770℃の各温度条件で10時間または24時間熱処理した試験片を製造した。各温度条件で10時間または24時間熱処理された試験片の硬さは、ビッカース硬さ試験機により試験力49Nで計測された。
【0054】
図10には、前述の各試験片で計測された硬さ以外にも、本発明品1のサンプルの硬さが示されている。図10に示すように、745~765℃の温度範囲内で10時間の熱処理を行った試験片の硬さは、本発明品1のサンプルの硬さよりも大きな値となった。つまり、745~765℃の温度範囲内で10時間の熱処理を行った試験片の方が、熱処理を行わなかった場合よりも耐摩耗性が向上した。同様に、745~765℃の温度範囲内で24時間の熱処理を行った試験片の方が、熱処理を行わなかった場合よりも耐摩耗性が向上した。
【0055】
さらに、ニッケル基鋳造合金を鋳造する工程と、鋳造されたニッケル基鋳造合金に熱処理する工程とを備える製造方法によって製造された本発明のニッケル基鋳造合金において析出するδ相の体積率を確認するために、鋳造された後に、熱処理時間のみが異なる複数の試験片を製造した。具体的には、熱処理の温度が750℃で、10時間、20時間、24時間、または30時間の熱処理を行った試験片を製造した。そして、各条件で製造された試験片の面積率が計測された。
【0056】
図11には、前述の各試験片におけるδ相の面積率以外にも、本発明品1のサンプルにおけるδ相の面積率が示されている。図11に示すように、750℃で20時間の熱処理を行った試験片では、δ相の面積率が、10%よりも大きな値となった。
【0057】
加えて、ニッケル基鋳造合金を鋳造する工程と、鋳造されたニッケル基鋳造合金に熱処理する工程とを備える製造方法によって製造された本発明のニッケル基鋳造合金における、熱処理時間と耐摩耗性との関係、および、熱処理時間と靭性との関係を確認するために、上述の、熱処理の温度が750℃で、10時間、20時間、24時間、または30時間の熱処理を行った試験片の硬さおよび衝撃値を計測した。これらの試験片の硬さは、前述と同様にビッカース硬さ試験機で計測され、試験片の衝撃値は、前述と同様にシャルピー衝撃試験機により計測された。
【0058】
図12には、前述の各試験片におけるビッカース硬さ以外にも、本発明品1のサンプルにおけるビッカース硬さが示されている。図12に示すように、750℃で24時間の熱処理を行った試験片の硬さは、750℃で30時間の熱処理を行った試験片の硬さと同等であった。また、図13には、前述の各試験片における衝撃値以外にも、本発明品1のサンプルにおける衝撃値が示されている。図13に示すように、熱処理時間が長くなる程、衝撃値が低下する傾向にあった。そして、熱処理時間が30時間の試験片では、比較例3のサンプルの衝撃値よりも高い衝撃値となった。
【0059】
以上により、本発明のニッケル基鋳造合金は、745~765℃の温度範囲の中で、10時間以上の熱処理を行うことで耐摩耗性が向上し、24時間以上の熱処理を行うことで、火格子に用いられる従来の材料と同等以上の耐摩耗性が確保でき、24時間以上30時間以下の熱処理では、熱処理時間の変化に対する耐摩耗性への影響が僅かであることが確認された。
【符号の説明】
【0060】
B :炭化物
D :δ相
G :ごみ
1 :ごみ焼却炉
2 :ホッパー
3 :炉床部
4 :乾燥段
5 :燃焼段
6 :後燃焼段
7 :排出口
11 :火格子
図1
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図10
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図13