(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024113888
(43)【公開日】2024-08-23
(54)【発明の名称】生物由来核酸回収装置および生物由来核酸回収方法
(51)【国際特許分類】
C12M 1/26 20060101AFI20240816BHJP
C12N 15/10 20060101ALI20240816BHJP
【FI】
C12M1/26
C12N15/10 100Z
C12N15/10 110Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023019154
(22)【出願日】2023-02-10
(71)【出願人】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100160691
【弁理士】
【氏名又は名称】田邊 淳也
(74)【代理人】
【識別番号】100167232
【弁理士】
【氏名又は名称】川上 みな
(72)【発明者】
【氏名】大野 真奈美
(72)【発明者】
【氏名】田中 秀典
【テーマコード(参考)】
4B029
【Fターム(参考)】
4B029AA09
4B029BB01
4B029CC01
4B029HA06
4B029HA10
(57)【要約】
【課題】試料の汚染のリスクを抑えつつ、より簡便に、より多くの環境水から核酸を回収する。
【解決手段】環境水から生物由来核酸を回収するための生物由来核酸回収装置は、油分を吸着する吸着体と、吸着体を保持した状態で環境水中に沈めて使用するための保持部であって、環境水中において環境水が流出入自在となる空間内で吸着体を保持する保持部と、を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
環境水から生物由来核酸を回収するための生物由来核酸回収装置であって、
油分を吸着する吸着体と、
前記吸着体を保持した状態で前記環境水中に沈めて使用するための保持部であって、前記環境水中において前記環境水が流出入自在となる空間内で前記吸着体を保持する保持部と、
を備える生物由来核酸回収装置。
【請求項2】
請求項1に記載の生物由来核酸回収装置であって、
前記吸着体は撥水性を有する
生物由来核酸回収装置。
【請求項3】
請求項1に記載の生物由来核酸回収装置であって、
前記吸着体は、繊維状に形成されている
生物由来核酸回収装置。
【請求項4】
請求項1から3までのいずれか一項に記載の生物由来核酸回収装置であって、
前記保持部は、一対のメッシュ部材を備え、該一対のメッシュ部材で前記吸着体を挟んで保持する
生物由来核酸回収装置。
【請求項5】
請求項1から3までのいずれか一項に記載の生物由来核酸回収装置であって、
前記保持部は、内部に前記空間を形成する複数の支柱部材を組み合わせた骨組み形状を有する
生物由来核酸回収装置。
【請求項6】
環境水から生物由来核酸を回収する生物由来核酸回収方法であって、
油分を吸着する吸着体を保持部に保持させ、
前記吸着体を保持した状態で前記保持部を前記環境水中に沈めて、前記環境水中の生物由来核酸を含有する生物由来物質を前記吸着体に吸着させる
生物由来核酸回収方法。
【請求項7】
請求項6に記載の生物由来核酸回収方法であって、さらに、
前記生物由来物質を吸着した前記吸着体から核酸を抽出する
生物由来核酸回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、生物由来核酸回収装置および生物由来核酸回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
環境中に存在する生物種を調査あるいはモニタリングする方法として、環境中から生物由来核酸を回収し、回収した核酸を解析して、この核酸が由来する生物種を特定する方法が挙げられる。生物由来核酸とは、生物の遺伝情報を含み、生物から環境中へと放出された核酸であり、環境DNA等の環境中に存在する核酸に含まれる。このような生物由来核酸を環境中から回収して解析する方法としては、例えば、河川等の水域から採取した水試料(環境水試料)を、DNA分析に供する方法が知られている(例えば、特許文献1、非特許文献1参照)。ここでは、環境水をろ紙やカートリッジ式フィルターを用いてろ過することにより、生物由来DNAを環境水から回収している。また、環境水のような液体試料から核酸を濃縮して回収する技術の例としては、上記したろ過の他に、エタノール沈殿法が知られている(例えば、非特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】“環境DNA調査・実験マニュアル”、[on line]、2020年4月3日、一般社団法人環境DNA学会、[2023年2月3日検索]、インターネット<URL:https://ednasociety.org/wp-content/uploads/2022/06/eDNA_manual_ver2_2.pdf>
【非特許文献2】土居秀幸、“環境DNA分析技術の進展”、化学と生物、日本農芸化学会、2019, Vol,57, No.7, p446-453
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、ろ過法を採用する場合には、ろ紙やフィルターの他に、ろ過の際に圧を加えるためのシリンジ、アスピレータ、ポンプ等の装置や、ろ過を行う際にろ紙やフィルターを保持する治具等を要し、また、ろ過の操作に比較的長時間かかるため、要する労力が大きくなる。また、環境水を採取したその場で多量の環境水をろ過する場合や、採取した多量の環境水を実験室に運搬した後にろ過する場合のように、多量の環境水を取り扱う場合には、操作の途中で環境水が汚染される(コンタミネーションを起こす)可能性が高まる。さらに、環境水の濁度が高いと、ろ過できる環境水の量が制限されるため、核酸の回収のために必要なろ過量の確保が困難になる場合がある。
【0006】
エタノール沈殿法は、簡便に核酸を濃縮して回収できる方法であるが、多量の環境水を一度に処理して核酸を回収することが困難である。また、沈殿物を回収するために遠心分離を行う必要があるため、採取した環境水や、採取した後にエタノールを添加した環境水を、遠心分離機を備えた実験室に運搬する必要があり、運搬作業が煩雑になると共に、環境水が汚染される可能性がある。そのため、試料の汚染のリスクを抑えつつ、より簡便に、より多くの環境水から核酸を回収可能になる技術が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示は、以下の形態として実現することが可能である。
(1)本開示の一形態によれば、環境水から生物由来核酸を回収するための生物由来核酸回収装置が提供される。この生物由来核酸回収装置は、油分を吸着する吸着体と、前記吸着体を保持した状態で前記環境水中に沈めて使用するための保持部であって、前記環境水中において前記環境水が流出入自在となる空間内で前記吸着体を保持する保持部と、を備える。
この形態生物由来核酸回収装置によれば、吸着体を備える生物由来核酸回収装置を環境水中に沈めることにより、生物由来核酸を含む生物由来物質を吸着体に吸着させて回収することができる。そのため、生物由来核酸および生物由来物質を回収するための動作を簡素化することができる。また、生物由来核酸回収装置を環境水中に沈めるだけで生物由来物質の吸着を行うことができるため、生物由来核酸の回収の動作に伴う汚染(コンタミネーション)を抑えることができる。さらに、濁度等の環境水の条件にかかわらず、所望の量の環境水を対象として生物由来核酸の回収を行うことができるため、処理対象である環境水の量が制限されることを抑えることができる。
(2)上記形態の生物由来核酸回収装置において、前記吸着体は撥水性を有することとしてもよい。このような構成とすれば、生物由来核酸の回収装置を環境水中に投入した後に環境水から引き上げたときに、吸着体に取り込まれる水の量を抑えることができる。そのため、生物由来物質を吸着させた吸着体の携帯性を高めることができる。また、吸着体に生物由来物質を吸着させた後に、吸着体上において、液中での生物由来核酸の分解を抑えることができる。
(3)上記形態の生物由来核酸回収装置において、前記吸着体は、繊維状に形成されていることとしてもよい。このような構成とすれば、吸着体の比表面積の確保が容易となり、吸着体が環境水と接触して生物由来物質を吸着する効率を高めることができる。
(4)上記形態の生物由来核酸回収装置において、前記保持部は、一対のメッシュ部材を備え、該一対のメッシュ部材で前記吸着体を挟んで保持することとしてもよい。このような構成とすれば、吸着体が環境水と接触して生物由来物質を吸着する効率を高めることができる。
(5)上記形態の生物由来核酸回収装置において、前記保持部は、内部に前記空間を形成する複数の支柱部材を組み合わせた骨組み形状を有することとしてもよい。このような構成とすれば、吸着体が環境水と接触して生物由来物質を吸着する効率を高めることができる。
(6)本開示の他の一形態によれば、環境水から生物由来核酸を回収する生物由来核酸回収方法が提供される。この生物由来核酸回収方法は、油分を吸着する吸着体を保持部に保持させ、前記吸着体を保持した状態で前記保持部を前記環境水中に沈めて、前記環境水中の生物由来核酸を含有する生物由来物質を前記吸着体に吸着させる。
この形態生物由来核酸回収方法によれば、吸着体を保持した状態で保持部を環境水中に沈めることにより、生物由来核酸を含む生物由来物質を吸着体に吸着させて回収することができる。そのため、生物由来核酸および生物由来物質を回収するための動作を簡素化することができる。また、吸着体を保持した状態で保持部を環境水中に沈めるだけで生物由来物質の吸着を行うことができるため、生物由来核酸の回収の動作に伴う汚染(コンタミネーション)を抑えることができる。さらに、濁度等の環境水の条件にかかわらず、所望の量の環境水を対象として生物由来核酸の回収を行うことができるため、処理対象である環境水の量が制限されることを抑えることができる。
(7)上記形態の生物由来核酸回収方法において、さらに、前記生物由来物質を吸着した前記吸着体から核酸を抽出することとしてもよい。このような構成とすれば、所望の環境水に存在する生物について、核酸を抽出して解析することが可能になる。
本開示は、上記以外の種々の形態で実現可能であり、例えば、生物由来物質の回収方法や、生物由来核酸の解析方法や、生物由来核酸回収装置用の保持部材などの形態で実現することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】第1実施形態の生物由来核酸回収装置の概略構成を表す上面図。
【
図2】生物由来核酸回収方法を表すフローチャート。
【
図3】第2実施形態の生物由来核酸回収装置の概略構成を表す説明図。
【
図4】各サンプルにおける鳥類由来DNAのリード数を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0009】
A.第1実施形態:
(A-1)生物由来核酸回収装置の構成:
図1は、第1実施形態の生物由来核酸回収装置10の概略構成を表す上面図である。本実施形態の生物由来核酸回収装置10は、環境水から生物由来核酸を回収するための装置であり、吸着体12と、保持部14と、を備える。ここで、生物由来核酸とは、生物の遺伝情報を含む核酸として、生物を構成していた物質である。回収する生物由来核酸は、デオキシリボ核酸(DNA)とすればよいが、リボ核酸(RNA)を含む生物由来核酸を、回収および解析の対象としてもよい。本実施形態では、生物由来核酸を回収するために、生物由来核酸回収装置10を用いて、生物由来核酸を含む生物由来物質を環境水から回収している。生物由来物質には、種々の生物体から剥がれた細胞や組織片、排泄物由来物質、生物の生体や死骸に由来する物質(鳥類の羽根や魚類の鱗の破片等)などが含まれる。
【0010】
吸着体12は、生物由来核酸回収装置10を環境水中に投入したときに、環境水中の生物由来核酸を含有する生物由来物質を吸着させるためのものであり、親油性を備えて油分を吸着する性質を有している。一般に、種々の生物種において、油分の分泌などにより体組織は油脂を備えているため、上記した生物由来物質は油脂を備えており、油分を吸着する性質を有する吸着体12に吸着される。
【0011】
吸着体12を構成する材料としては、吸油性を有しているならば種々の材料を用いることができる。生物由来核酸回収装置10を環境水中に投入して用いることから、吸着体12は水に難溶であることが望ましい。吸着体12の構成材料の例として、例えば、親油性樹脂であるポリオレフィン、ポリエステル、ポリアミド、ポリ塩化ビニル、ポリウレタンなどが挙げられる。中でも、油分のみを選択的に吸着可能であるポリエチレン、ポリプロピレンなどのポリオレフィンが好ましい。また、樹脂材料以外の材料の例としては、コットンやカポック繊維などの吸油性を有する天然素材を挙げることができる。ただし、吸着体12を用いて回収した生物由来物質から抽出した核酸の解析時にPCRを実行する際の非特異的増幅を抑える等の観点からは、吸着体12は、生物由来の材料ではなく、合成樹脂等の非生物由来の材料により形成することが望ましい。
【0012】
吸着体12の形状は、例えば、綿状(繊維の集合体)、シート状、ビーズ状、ブロック状、樹脂材料を発泡させて形成したスポンジ状などとすることができ、保持部14に保持した状態で環境水中に沈めることができればよい。環境水と接触して生物由来物質を吸着する効率を高める観点から、吸着体12は、単位質量当たりの表面積や単位体積当たりの表面積が大きいことが望ましい。吸着体12の比表面積を確保し易いという観点から、吸着体12は、繊維状であることが望ましく、繊維をほぐして広げて配置することができる綿状であることが特に望ましい。
【0013】
吸着体12は、吸油性に加えて、さらに撥水性(水を弾く性質)を有することが望ましい。吸着体12が撥水性を有することにより、例えば、吸着体12が上記したように綿状に形成される場合であっても、生物由来核酸回収装置10を環境水中に投入した後に環境水から引き上げたときに、吸着体12に取り込まれる水の量を抑えることができる。その結果、環境水中に投入することによって生物由来物質を吸着させた吸着体12の携帯性を高めることができる。また、環境水中に投入して生物由来物質を吸着させた後に環境水から引き上げた吸着体12上において、液中での生物由来核酸の分解を抑えることができる。
【0014】
吸着体12が示す撥水性は、例えば、疎水性を示す樹脂材料によって吸着体12を形成することによって実現することができる。また、疎水性を示す樹脂材料によって吸着体12を形成することに代えて、あるいは、疎水性を示す樹脂材料によって吸着体12を形成することに加えて、吸着体12の形状を、撥水性を示す形状、例えばナノファーバー形状とすることにより実現してもよい。
【0015】
保持部14は、吸着体12を保持した状態で環境水中に沈めて使用するための部材であって、環境水中において環境水が流出入自在となる空間が形成されており、この空間内で吸着体12を保持する。
図1に示すように、保持部14は、メッシュ部16と枠体部18とを備える。より具体的には、保持部14は一対の網目状のメッシュ部16を備えており、生物由来核酸回収装置10は、一対のメッシュ部16間に吸着体12を配置して、吸着体12を挟んだ状態の一対のメッシュ部16の外周部を枠体部18で保持することにより形成されている。
【0016】
図1では、枠体部18は、重ね合わせた2枚のメッシュ部16の外周全体を囲む形状に形成されている。枠体部18は、例えば、2枚重ねたメッシュ部16の外周部を挟み込むための溝が内周側に形成された枠状部材とすることができる。なお、吸着体12を挟んだ状態の一対のメッシュ部16を固定するための部材は、メッシュ部16の外周全体を囲む枠状の単一部材である上記枠体部18とは異なる形状としてもよい。例えば、クリップ状の複数の部材によって、一対のメッシュ部16の外周部の複数箇所を挟んで固定することとしてもよい。後述するように、環境水中の生物由来物質を吸着体12に吸着させた後には、保持部14から吸着体12を外して回収するため、一対のメッシュ部16を固定するための部材は、メッシュ部16に対して容易に着脱可能であることが望ましい。
【0017】
保持部14においては、上記のように一対のメッシュ部16間に吸着体12を挟んだ状態で一対のメッシュ部16の外周部を固定することにより、一対のメッシュ部16間において、吸着体12が保持される空間が形成される。一対のメッシュ部16は、全体として凹凸の無い平坦な形状であってもよく、また、吸着体12が収納される空間を形成するための凹部が予め形成された形状であってもよい。
【0018】
生物由来核酸回収装置10を環境水中に投入したときには、メッシュ部16が備える網目の開口を介して環境水が流通することにより、吸着体12が配置される保持部14内の空間に対して環境水が流出入自在になる。なお、生物由来核酸回収装置10においては、吸着体12が配置される内部の空間に対して環境水が流出入自在になればよいため、例えば、メッシュ部16に代えて、網目状とは異なる多孔質形状を有する一対の板状部材を用いて吸着体12を挟んで吸着体12を保持することとしてもよい。
【0019】
保持部14を構成するメッシュ部16および枠体部18を構成する材料としては、特に制限はなく、例えば、シリコーン樹脂等の樹脂材料や、ステンレス鋼等の金属材料や、ゴムなどの種々の材料を選択することができる。また、吸着体12が有する吸油性を利用して生物由来物質を吸着体12に吸着させるため、吸着体12を保持する保持部14は、実質的に吸油性を有していないことが望ましい。
【0020】
また、生物由来核酸回収装置10は、生物由来物質を吸着可能な吸着体12を環境水中に浸漬させるために用いる装置であるため、環境水に投入されたときに環境水の水面下に沈む必要がある。したがって、生物由来核酸回収装置10は、例えば、全体の比重が1g/cm3以上となるように形成すればよい。保持部14の構成材料は、生物由来核酸回収装置10全体の比重が上記の値を満たし、解析対象である環境水の比重よりも大きくなるように、適宜選択すればよい。
【0021】
また、生物由来核酸回収装置10において、生物由来物質を吸着させた吸着体12を回収した後に、保持部14を再利用して繰り返し使用する場合には、前回使用時に付着した生物由来物質(生物由来核酸)が残留することを抑える処理、具体的には、保持部14を洗浄する処理や、塩素系漂白剤(例えば、次亜塩素酸ナトリウム溶液)や核酸分解剤等を用いた核酸除去処理を繰り返し行うことができる材料により、保持部14を構成すればよい。このような生物由来核酸の残留を抑える処理を容易にする観点から、保持部14は、例えば、ステンレス鋼等の金属材料や、ポリエチレン、シリコーン樹脂、熱可塑性エラストマ(TPE)等の高分子材料により形成することが望ましい。ただし、保持部14は、再利用して繰り返し使用するのではなく、単回使用(使い捨て)としてもよい。
【0022】
(A-2)生物由来核酸回収装置を用いた生物由来核酸回収方法:
図2は、第1実施形態の生物由来核酸回収方法を表すフローチャートである。生物由来物質を回収する際には、生物由来核酸を回収する操作者は、まず、吸着体12を保持部14で保持した生物由来核酸回収装置10を用意する(工程T100)。そして、生物由来核酸回収装置10を、生物由来核酸の回収対象としての環境水中に投入して沈めて、環境水中の生物由来物質を吸着体12に吸着させる(工程T110)。
【0023】
生物由来核酸の回収対象としての環境水は、生物モニタリングのような生物由来核酸を回収する目的に応じて適宜選択すればよい。環境水は、例えば、水たまりやヌタ場、河川、池等の水場の水、あるいは海水等とすることができる。生物由来核酸回収装置10を環境水に投入する際には、生物由来核酸回収装置10を上記水場等に直接投入することとしてもよいが、環境水を一旦容器内に採取して、環境水を採取した容器内に生物由来核酸回収装置10を投入することとしてもよい。このようにすれば、生物由来核酸回収装置10を投入することにより上記水場などの環境水が影響を受けること(例えば、何らかの成分が生物由来核酸回収装置10から環境水中に溶出すること)を抑えることができる。また、容器内に環境水および生物由来核酸回収装置10を封入することで、コンタミネーションを抑えた状態で、生物由来物質の吸着が進行している吸着体12および環境水を実験室等に運搬することができる。環境水を採取した容器内に生物由来核酸回収装置10を投入する場合には、例えば容器を振って環境水を攪拌することにより、生物由来物質の吸着効率を高めて吸着速度を速めることとすればよい。
【0024】
工程T110における吸着体12に生物由来物質を吸着させる動作の後、環境水から生物由来核酸回収装置10を取り出し、取り出した生物由来核酸回収装置10の保持部14から吸着体12を取り外して、生物由来物質が吸着した吸着体12を回収する(工程T120)。環境水が存在する既述した水場などの現地において吸着体12への生物由来物質の吸着の動作を行う場合には、上記のように環境水から引き上げられた吸着体12を回収して保存用容器内に封入することにより、環境水を除いて軽量化された吸着体12を、コンタミネーションを抑えた状態で、実験室等に運搬することや一旦保存することが容易になる。工程T120において吸着体12を回収した後には、吸着体12から核酸を抽出することにより(工程T130)、環境水中に存在した生物由来核酸の解析が可能になる。
【0025】
(A-3)生物由来核酸の抽出および解析:
上記のようにして回収した吸着体12から生物由来核酸を抽出して解析することにより、生物由来核酸を利用した生物モニタリング等の解析が可能になる。吸着体12からの核酸抽出方法の一例を以下に示す。核酸抽出する際には、まず、工程T120で回収した吸着体12の少なくとも一部を、液中で懸濁する。ここで用いる液は、細胞や組織を溶解する溶解バッファー(Lysis buffer)とすればよい。液中で懸濁する動作は、上記液中に、例えばセラミックビーズ等を加えて攪拌することにより行ってもよい。これにより、吸着体12に吸着された生物由来物質が液中に懸濁されると共に、核生物由来物質中の生物由来核酸が懸濁液中に溶出する。その後、生物由来核酸が溶出した上記懸濁液から、生物由来核酸を抽出する。生物由来核酸の抽出は、例えば、上記懸濁液を遠心分離して、生物由来核酸が溶解した液を上清液として回収し、適切なカラムを選択して不純物を除去し、その後、核酸を吸着するカラムを用いて生物由来核酸を精製すればよい。上記した不純物としては、例えば、後述するPCRの工程に含まれる反応を阻害する物質を挙げることができる。
【0026】
このような核酸抽出の工程は、公知の方法であり、例えば、市販の土壌DNA抽出キットを用いることとしてもよい。具体的には、核酸抽出の対象となる吸着体12の量に応じて、土壌DNA抽出キットであるNucleoSpin Soil(タカラバイオ株式会社製、NucleoSpinは登録商標)や、DNeasy PowerMax Soil Kit(Qiagen社製)等を、適宜選択して用いればよい。
【0027】
このようにして抽出された生物由来核酸を用いて、公知の種々の方法により解析を行うことができる。例えば、定量PCR(qPCR;quantitative PCR)による特定の生物種の有無判定や存在量の定量などの、種特異的な解析を行うことができる。このとき、例えば、節足動物、微生物、鳥類、哺乳類等、特定の生物種のグループに着目して適宜プライマーを選択してPCRを行うことで、上記特定の生物種のグループに絞り込んだ解析が可能になる。また、適切なユニバーサルプライマーを用いてPCRを行うことで、より広い範囲の生物種を一度に特定することも可能である。また、次世代シーケンサー等を用いて得られた塩基配列をデータベースと照合することにより、生物種の同定を行う網羅的解析を行うこととしてもよく、同種内でのハプロタイプ解析を行うこととしてもよい。このようにして、解析対象とした環境水に生息あるいは滞在した生物情報を得ることができる。
【0028】
以上のように構成された本実施形態の生物由来核酸回収装置10によれば、吸着体12を備える生物由来核酸回収装置10を環境水中に投入して沈めることにより、生物由来核酸を含む生物由来物質を吸着体12に吸着させて回収できるため、生物由来核酸および生物由来物質を回収するための動作を簡素化することができる。具体的には、例えば、環境水をろ過することにより生物由来物質を回収する方法とは異なり、環境水が存在する現地において環境水をろ過して濃縮する等の煩雑な動作が不要になると共に、ろ過のために必要な装置や器具や治具等が不要になり、このような特別な装置を現地に携行する必要がない。また、例えばエタノール沈殿法により核酸を濃縮して回収する場合のように、回収対象としての環境水を実験室等に運搬する必要がないため、回収のための動作全体を簡素化することができる。
【0029】
また、本実施形態の生物由来核酸回収装置10によれば、生物由来核酸回収装置10を環境水中に投入するだけで吸着体12への生物由来物質の吸着を行うことができるため、生物由来核酸の回収の動作に伴う汚染(コンタミネーション)を抑えることができる。具体的には、例えば、上記のろ過を行う方法のように現地等で多量の環境水を取り扱ってろ過等の操作に供する必要がないため、現地等で環境水を取り扱うことに起因するコンタミネーションを抑えることができる。
【0030】
さらに、本実施形態の生物由来核酸回収装置10によれば、解析の対象としたい任意の環境水中に生物由来核酸回収装置10を投入することにより、投入した環境水から生物由来核酸を回収できるため、濁度等の環境水の条件にかかわらず、所望の量の環境水を対象として、生物由来核酸の回収を行うことができる。例えば、ろ過によって生物由来核酸を回収する場合には、環境水の濁度によってろ過できる環境水の量が制限される場合があり、また、エタノール沈殿法により生物由来核酸を回収する場合にも、処理できる環境水量が制限され得る。本実施形態によれば、このように処理対象として用いる環境水の量が制限されることを抑えることができる。
【0031】
また、本実施形態の生物由来核酸回収装置10によれば、装置を環境水中に沈めて用いることにより、吸着体12全体を環境水と接触させることが可能になるため、吸着体12全体を、生物由来核酸の回収のために効率よく利用することができる。さらに、生物由来核酸回収装置10を環境水中に投入することにより、比重が軽く環境水の液面に浮かぶ油や油膜中に存在する生物由来物質や、比重が重く環境水に沈んで存在する生物由来物質を含めて、環境水中の種々の箇所に存在する生物由来物質および生物由来核酸を、広く回収することができる。
【0032】
B.第2実施形態:
第1実施形態では、一対のメッシュ部16によって吸着体12を挟むことによって吸着体12を保持したが、異なる態様で吸着体12を保持してもよい。保持部14とは異なる形状の保持部を用いる例を、第2実施形態として以下に説明する。
【0033】
図3は、第2実施形態の生物由来核酸回収装置110の概略構成を表す説明図である。第2実施形態の生物由来核酸回収装置110は、第1実施形態の生物由来核酸回収装置10と同様に、吸着体12を備えており、環境水中の生物由来物質を吸着体12に吸着させるために環境水中に投入して用いる。生物由来核酸回収装置110は、第1実施形態の保持部14に代えて保持部114を備える。保持部114は、複数の支柱部材115を組み合わせた骨組み形状を有しており、このような骨組み形状の内部には、吸着体12を保持する空間が形成されている。保持部114は、例えば、第1実施形態の保持部14と同様の材料により形成することができる。
【0034】
第2実施形態の生物由来核酸回収装置10を環境水中に投入したときには、保持部114が備える骨組み形状における支柱部材間の開口を介して環境水が流通することにより、吸着体12が配置される保持部114内の空間に対して環境水が流出入自在になる。なお、
図3では、保持部114の外形形状は球形となっているが、立方体や直方体など、異なる形状であってもよい。
【0035】
このような構成の生物由来核酸回収装置110においても、第1実施形態の生物由来核酸回収装置10と同様にして用いることにより、同様の効果が得られる。
【0036】
C.他の実施形態:
上記した各実施形態では、生物由来核酸を回収する対象である環境水として、既述した水たまりやヌタ場、河川、池等の水場の水、あるいは海水のような、自然界に存在する水域の水としたが、異なる構成としてもよい。例えば、陸上の環境中(例えば地表など)から、陸上に存在する生物由来の核酸を含有する生物由来物質を不織布等の捕集部材に付着させて採取し、生物由来物質を付着させた捕集部材を液中で洗浄して得られる生物由来物質を含む懸濁液を、環境中の生物由来核酸を回収する対象である環境水として用いてもよい。このように、水域とは異なる環境中に存在する生物由来核酸を含む水試料を環境水として用いる場合にも、各実施形態と同様の生物由来核酸回収装置を使用することで、同様の効果を得ることができる。
【実施例0037】
第1実施形態で説明した生物由来核酸回収装置10を用いて生物由来核酸を環境水から回収し、得られた生物由来核酸を用いたDNA解析が可能であることを確認した。具体的には、吸着体12として、エム・テックス株式会社製のマジックファイバーを用いた。マジックファイバーは、ポリプロピレン製のナノファーバーであり、親油性および撥水性を有している。上記マジックファイバー30mgを平たく広げて2枚の樹脂製メッシュで挟んで固定することで、生物由来核酸回収装置10を作製した。吸着体12から生物由来核酸を抽出するためには、市販の土壌サンプル用DNA抽出キット(NucleoSpin Soil、タカラバイオ株式会社)(NucleoSpinは登録商標)を用いた。
【0038】
生物由来核酸の回収対象である環境水としては、野生の鳥類の羽根が入った屋外の貯水槽の水を用いた。2022年9月に上記の貯水槽の水を容器に採取し、そのうちの300mLを、生物由来核酸の回収対象として用いた。使用した300mLの環境水中には、羽根そのものが入っていないことを目視で確認した。
【0039】
上記のようにして作製した生物由来核酸回収装置10を上記の環境水中に沈めて容器内で密閉し、容器を振ることによって環境水を攪拌した。その後、用いたマジックファイバー全量を取り出して、既述した土壌サンプル用DNA抽出キットに付属するビーズチューブに保存した。以下では、このサンプルを「サンプル実験区」と呼ぶ。ここでは、上記のようなサンプル調製を4回行い、「サンプル実験区」のサンプルを4つ用意した(後述するサンプル番号7~10)。
【0040】
対象区のサンプルとして、「サンプルNC」と「サンプル環境水」とを用意した。「サンプルNC」は、ネガティブコントロールであり、上記した「サンプル実験区」で用いた環境水に代えてヌクレアーゼフリー水300mLを用い、ヌクレアーゼフリー水中に生物由来核酸回収装置10を投入して同様に攪拌した後にマジックファイバーを取り出して、上記ビーズチューブ中に保存したものである。ここでは、上記のようなサンプル調製を2回行い、「サンプルNC」のサンプルを2つ用意した(後述するサンプル番号1~2)。「サンプル環境水」は、上記土壌サンプル用DNA抽出キットに付属するビーズチューブ中に、上記した環境水を800μL分注したものである。ここでは、上記のようなサンプル調製を4回行い、「サンプル環境水」のサンプルを4つ用意した(後述するサンプル番号3~6)。「サンプル環境水」は、環境水中の生物由来物質を吸着体12に吸着させることによって濃縮していないサンプルであるといえる。
【0041】
上記した3種類のサンプル(合計10個のサンプル)について、既述した土壌サンプル用DNA抽出キットを用いてDNA抽出を行った。得られた各サンプルについての核酸抽出液について、所定のプライマー(既存の鳥類ユニバーサルプライマー)を用いて、PCR法により12SrRNA配列の一部を増幅し、さらに、配列解析用のインデックスを付加するためのPCRを行い、PCR産物のビーズ精製を行った。その後、次世代シーケンサーにより配列取得を行った。使用したシーケンサーは、Illumina iSeq100(イルミナ株式会社製)(iSeqは登録商標)である。
【0042】
図4は、上記した10個のサンプルについて配列取得の結果得られた、鳥類由来DNAのリード数を示す説明図である。リード数は、解析されたDNA断片の数、すなわち、PCR産物の量を表すため、各サンプルに含まれていた生物由来核の濃度を表すと考えられる。
図4に示すように、「サンプル実験区」では、「サンプルNC」および「サンプル環境水」に比べて有意に多いリード数が認められた。このことから、例えば、吸着体から直接DNAを抽出してPCRに供する操作に適した比較的少量の吸着体(実施例の各サンプルでは30mg)を用いる場合であっても、本開示の生物由来核酸回収装置を用いることで、解析可能な量の生物由来核酸を回収可能であることが確認された。
【0043】
本開示は、上述の実施形態等に限られるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において種々の構成で実現することができる。例えば、発明の概要の欄に記載した各形態中の技術的特徴に対応する実施形態中の技術的特徴は、上述の課題の一部又は全部を解決するために、あるいは、上述の効果の一部又は全部を達成するために、適宜、差し替えや、組み合わせを行うことが可能である。また、その技術的特徴が本明細書中に必須なものとして説明されていなければ、適宜、削除することが可能である。
【0044】
本開示は、以下の形態としても実現することが可能である。
[適用例1]
環境水から生物由来核酸を回収するための生物由来核酸回収装置であって、
油分を吸着する吸着体と、
前記吸着体を保持した状態で前記環境水中に沈めて使用するための保持部であって、前記環境水中において前記環境水が流出入自在となる空間内で前記吸着体を保持する保持部と、
を備える生物由来核酸回収装置。
[適用例2]
適用例1に記載の生物由来核酸回収装置であって、
前記吸着体は撥水性を有する
生物由来核酸回収装置。
[適用例3]
適用例1または2に記載の生物由来核酸回収装置であって、
前記吸着体は、繊維状に形成されている
生物由来核酸回収装置。
[適用例4]
適用例1から3までのいずれか一項に記載の生物由来核酸回収装置であって、
前記保持部は、一対のメッシュ部材を備え、該一対のメッシュ部材で前記吸着体を挟んで保持する
生物由来核酸回収装置。
[適用例5]
適用例1から3までのいずれか一項に記載の生物由来核酸回収装置であって、
前記保持部は、内部に前記空間を形成する複数の支柱部材を組み合わせた骨組み形状を有する
生物由来核酸回収装置。
[適用例6]
環境水から生物由来核酸を回収する生物由来核酸回収方法であって、
油分を吸着する吸着体を保持部に保持させ、
前記吸着体を保持した状態で前記保持部を前記環境水中に沈めて、前記環境水中の生物由来核酸を含有する生物由来物質を前記吸着体に吸着させる
生物由来核酸回収方法。
[適用例7]
適用例6に記載の生物由来核酸回収方法であって、さらに、
前記生物由来物質を吸着した前記吸着体から核酸を抽出する
生物由来核酸回収方法。