(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024114077
(43)【公開日】2024-08-23
(54)【発明の名称】ころ軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 33/36 20060101AFI20240816BHJP
F16C 33/66 20060101ALI20240816BHJP
F16C 19/36 20060101ALI20240816BHJP
F16C 23/08 20060101ALI20240816BHJP
F03D 80/70 20160101ALI20240816BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20240816BHJP
C23C 16/27 20060101ALI20240816BHJP
【FI】
F16C33/36
F16C33/66 Z
F16C19/36
F16C23/08
F03D80/70
C23C14/06 F
C23C16/27
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023019471
(22)【出願日】2023-02-10
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100087941
【弁理士】
【氏名又は名称】杉本 修司
(74)【代理人】
【識別番号】100112829
【弁理士】
【氏名又は名称】堤 健郎
(74)【代理人】
【識別番号】100155963
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 大輔
(74)【代理人】
【識別番号】100150566
【弁理士】
【氏名又は名称】谷口 洋樹
(74)【代理人】
【識別番号】100142608
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 由佳
(74)【代理人】
【識別番号】100213470
【弁理士】
【氏名又は名称】中尾 真二
(72)【発明者】
【氏名】▲瀬▼古 一将
(72)【発明者】
【氏名】堀 径生
(72)【発明者】
【氏名】井上 靖之
【テーマコード(参考)】
3H178
3J012
3J701
4K029
4K030
【Fターム(参考)】
3H178AA03
3H178AA40
3H178AA43
3H178BB35
3H178CC25
3H178DD08X
3H178DD12Z
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3J701AA13
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3J701EA78
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3J701GA24
3J701XB01
3J701XB03
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3J701XB31
4K029BA34
4K029BB02
4K029BB03
4K029BC02
4K029BD04
4K029CA01
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4K029CA10
4K029EA01
4K030BA28
4K030BB12
4K030BB14
4K030FA01
4K030FA10
4K030JA01
4K030JA06
4K030LA23
(57)【要約】
【課題】耐摩耗性能の向上を図ると共に製造コストの低減を図ることができるころ軸受を提供する。
【解決手段】円すいころ軸受1は、内輪2と、外輪3と、これら内外輪2,3の軌道面2a,3a間に介在する円すいころ4と、円すいころ4を保持する保持器5とを備える。円すいころ4の外周面4cに多層構造のDLC皮膜9を有し、ころ端面にはDLC皮膜を有さない。DLC皮膜9の膜厚が2.0μm以上であり、円すいころ4の母材の外周面4cの面粗さが、Ra≦0.3、かつRΔq≦0.05である。多層構造のDLC皮膜9における各層の膜硬さは、段階的に外層側の層が高くなる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内外輪と、これら内外輪の軌道面間に介在するころと、前記ころを保持する保持器とを備えるころ軸受であって、
前記ころの外周面に多層構造のDLC皮膜を有し、ころ端面にはDLC皮膜を有さないころ軸受。
【請求項2】
請求項1に記載のころ軸受において、前記DLC皮膜の膜厚が2.0μm以上であり、前記ころの母材の外周面の面粗さが、
Ra≦0.3かつRΔq≦0.05であり、
前記多層構造のDLC皮膜における各層の膜硬さは、段階的に外層側の層が高くなる、ころ軸受。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載のころ軸受において、風力発電装置の主軸を支持する、円すいころ軸受、自動調心ころ軸受または円筒ころ軸受であるころ軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ころ軸受に関し、例えば、風力発電装置の主軸等を支持する、自動調心ころ軸受、円すいころ軸受または円筒ころ軸受等に適用される技術に関する。
【背景技術】
【0002】
風力発電装置の主軸を支持する自動調心ころ軸受が提案されている(特許文献1)。この自動調心ころ軸受は、内輪と、外輪と、これら内輪と外輪の軌道面間に介在する2列のころと、前記各列のころを保持する保持器とを備える。前記ころには、定められたDLC皮膜が施されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
内外輪の軌道面、ころ外周面間の面圧は、内輪鍔面、ころ端面間の面圧よりも格段に大きい。このため、摩耗等によるころ軸受の表面異常は、鍔面ではなく軌道面に発生することがほとんどである。ころ端面にもDLC皮膜処理を施すためには、DLC皮膜装置内でころを積載する際に、ころ端面に成膜可能な空間を設けておく必要がある。しかし、DLCはイオン照射方向に垂直なころ外周面には成膜されやすく、ころ端面には成膜されにくい特徴がある。このため、ころ端面の成膜品質にばらつきが生じる傾向になる。纏めると以下の課題が挙げられる。
【0005】
・摩耗等によるころ軸受の表面異常は、鍔面ではなく軌道面に発生する。
・ころ端面にもDLC皮膜を処理することで、皮膜処理1回あたりの処理個数が低下しころ軸受の製造コストが高くなる。
・ころ端面のDLC処理品質のばらつきが生じると歩留まり低下によりころ軸受の製造コストが高くなる。
【0006】
本発明の目的は、耐摩耗性能の向上を図ると共に製造コストの低減を図ることができるころ軸受を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のころ軸受は、内外輪と、これら内外輪の軌道面間に介在するころと、前記ころを保持する保持器とを備えるころ軸受であって、
前記ころの外周面に多層構造のDLC皮膜を有し、ころ端面にはDLC皮膜を有さない。
前記DLCは、ダイヤモンドライクカーボン(Diamond-like Carbon)の略称である。
【0008】
この構成によると、ころの外周面にDLC皮膜を有するため、ころの外周面にDLC皮膜処理を施さないころ軸受よりも耐摩耗性能が向上するうえ、高粘度潤滑剤を使用しなくてもよく、希薄潤滑が可能で、潤滑剤の保守が容易である。DLC皮膜は多層構造としたため、最外層側の膜硬さを高めた場合、耐摩耗性をより一層向上させながら、母材に接する最内側層が比較的に軟質にできて、母材との高い密着性を得ることが可能となる。ころ端面にはDLC皮膜を有さないため、皮膜処理1回あたりの処理個数が低下することなく、ころ端面のDLC処理品質のばらつきに起因する歩留まり低下も未然に防止することができる。したがって、ころ端面にDLC皮膜を有するものより製造コストの低減を図れる。
【0009】
前記DLC皮膜の膜厚が2.0μm以上であり、前記ころの母材の外周面の面粗さが、
Ra≦0.3かつRΔq≦0.05であり、
前記多層構造のDLC皮膜における各層の膜硬さは、段階的に外層側の層が高くなるようにしてもよい。
【0010】
この構成によると、DLC皮膜の膜厚が2.0μm以上であることで耐摩耗性および機械的強度に優れた膜となる。DLC皮膜は、5.0μmを超えると剥離し易くなる恐れがあるため、5.0μm以下であることが好ましい。DLC皮膜を施す外周面の粗さの値を、算術平均粗さRaで0.3Ra以下、二乗平均平方根傾斜RΔqで0.05以下としたため、相手材となる内外輪の軌道面への攻撃性が緩和できる。多層構造のDLC皮膜における各層の膜硬さは、段階的に外層側の層が高くなるようにしたため、最外層側の膜硬さを高めて耐摩耗性をより一層向上させながら、母材に接する最内側層が比較的に軟質にできて、母材との高い密着性を得ることができる。そのため、耐剥離性に優れたものとなる。
【0011】
本発明のころ軸受は、風力発電装置の主軸を支持する、円すいころ軸受、自動調心ころ軸受または円筒ころ軸受であってもよい。耐摩耗性能の向上を図れる円すいころ軸受、自動調心ころ軸受または円筒ころ軸受で風力発電装置の主軸を支持できるため、風力発電装置のメンテナンス等の費用を抑えることが可能となる。
【発明の効果】
【0012】
本発明のころ軸受は、ころの外周面に多層構造のDLC皮膜を有し、ころ端面にはDLC皮膜を有さない。このため、耐摩耗性能の向上を図ると共に製造コストの低減を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の第1の実施形態に係る円すいころ軸受の縦断面図である。
【
図2A】同円すいころ軸受の一部を切断して見た斜視図である。
【
図2B】同円すいころ軸受のころへのDLC皮膜箇所を示す図である。
【
図3】同ころの外周面に施されるDLC皮膜の構成を示す模式断面図である。
【
図4】本発明の第2の実施形態に係る自動調心ころ軸受の縦断面図である。
【
図5】本発明の第3の実施形態に係る円筒ころ軸受の縦断面図である。
【
図6】本発明のいずれかの実施形態に係るころ軸受を用いた風力発電装置の切欠斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
[第1の実施形態]
本発明の実施形態に係るころ軸受を
図1ないし
図3と共に説明する。第1の実施形態に係るころ軸受は、例えば、後述する風力発電装置の主軸を支持する円すいころ軸受である。
【0015】
<円すいころ軸受の概略構成>
図1のように、円すいころ軸受1は、内外輪2,3と、これら内外輪2,3間に介在される複数のころである円すいころ4と、これら円すいころ4を保持する保持器5とを備える。保持器5は、複数の円すいころ4を円周方向一定間隔おきに保持する。保持器5は、樹脂製または鋼製である。前記円すいころ4を、単に、ころ4と称す場合がある。
内輪2の外周面にテーパ状の軌道面2aが設けられ、外輪3の内周面にテーパ状の軌道面3aが設けられている。複数の円すいころ4は、軌道面2a,3a間に転動自在に配置され、各円すいころ4の外周面4cにテーパ状の転動面が形成されている。内輪2の外周面のうち、軌道面2aの小径側部分に隣接する部分には小鍔部6が設けられ、軌道面2aの大径側部分に隣接する部分には大鍔部7が設けられている。
【0016】
<DLC皮膜について>
図2Aおよび
図2Bのように、円すいころ4の外周面4cに多層構造のDLC皮膜9を有し、ころ端面4a,4bにはDLC皮膜を有さない。なお、多層構造のDLC皮膜9は、円すいころ4の面取り4dにも成膜されてもよい。例えば、ころ端面4a,4bをマスキングした状態で外周面4cにDLC皮膜9を成膜する場合、
図2Cおよび
図2Dのように、DLC皮膜9が面取り4dにも回り込んで成膜されるからである。なお
図2B、
図2Cに示すDLC皮膜9は、実際の膜厚よりも厚く強調して表している。
図3のように、本実施形態では、ころ4の母材側から順に、下地層9a、混合層9b、および表面層9cの3層とされている。多層構造のDLC皮膜9における各層9a,9b,9cの膜硬さは、段階的に外層側の層が高くなる。
DLC皮膜9の膜厚tは、表1のように2.0μm以上5.0μm以下が好ましい。風力発電機主軸受として使用する円すいころ軸受のころの外周面にDLC皮膜を成膜したサンプルを複数用意し、耐摩耗性、機械的強度および耐剥離性の確認試験を実施した。試験条件は風力発電機主軸受の実機使用条件に相当する回転数、荷重条件を想定し試験した。所定時間運転後、ころ表面を光学顕微鏡にて観察しDLC皮膜の状態を確認した。
【0017】
【表1】
表1において、「○」は、良好を意味し、「△」は、「○」よりも効果が劣ることを意味し、「×」は不良を意味する。
【0018】
図3に示すころ4における母材の外周面4cの面粗さは、表2のように、算術粗さRaおよび二乗平均平方根傾斜RΔqで、Ra≦0.3かつRΔq≦0.05である。風力発電機主軸受として使用する円すいころ軸受のころの外周面にDLC皮膜を成膜したサンプルを複数用意し、相手材への攻撃性の確認試験を実施した。試験条件は風力発電機主軸受の実機使用条件に相当する回転数、荷重条件を想定し試験した。所定時間運転後、相手材表面を光学顕微鏡等にて観察した。
【0019】
【表2】
表2において、「○」は、良好を意味し、「△」は、「○」よりも効果が劣ることを意味する。算術平均粗さRaおよび二乗平均平方根傾斜RΔqは、JISB0601に準拠して算出される数値であり、後述する下地処理過程後、DLC皮膜の成膜前に接触式または非接触式の表面粗さ計などを用いて測定される。具体的な測定条件としては、測定長さ4mm、カットオフ0.8mmである。
【0020】
図2Bのように、ころ4の外周面4cにDLC皮膜処理することで耐摩耗性が向上する。DLC皮膜9を施すと、耐摩耗性が向上する反面、耐剥離性を確保する必要がある。これを、次の構成とすることで改善している。DLC皮膜9は、母材との密着性に優れる多層構造を採用する。膜厚tは2.0μm以上が望ましい。DLC皮膜9を施す外周面4cの粗さの値を、算術平均粗Raで0.3Ra以下、二乗平均平方根傾斜RΔqで0.05以下とすることで、相手材となる
図1の内外輪2,3の軌道面2a,3aへの攻撃性が緩和できる。DLC皮膜9の膜硬さは、多層構造で段階的に硬度を高めることで、高い密着性を得ることができる。
【0021】
内外輪2,3およびころ4は鉄系材料からなる。鉄系材料としては、軸受部材として一般的に用いられる任意の鋼材などを使用でき、例えば、高炭素クロム軸受鋼、炭素鋼、工具鋼、マルテンサイト系ステンレス鋼などが挙げられる。
これらの軸受部材において、
図2Aのように、DLC皮膜9が形成されるころ4の外周面4cの硬さが、ビッカース硬さでHv650以上であることが好ましい。Hv650以上とすることで、DLC皮膜9(下地層)との硬度差を少なくし、密着性を向上させることができる。
【0022】
ころ4のDLC皮膜9が形成される外周面4cにおいて、皮膜形成前に、下地処理過程として例えば窒化処理により窒化層が形成されていることが好ましい。窒化処理としては、母材表面に密着性を妨げる酸化層が生じ難いプラズマ窒化処理を施すことが好ましい。窒化処理後の表面の硬さがビッカース硬さでHv1000以上であることが、DLC皮膜9(下地層)との密着性をさらに向上させるために好ましい。
【0023】
ころ4のDLC皮膜9が形成される外周面4c、つまり下地層9a(
図3)が成膜される面である母材表面は、算術平均粗さRaが0.1~0.3μmであり、かつ、二乗平均平方根傾斜RΔqが0.05以下である。RΔqは、好ましくは0.03以下であり、より好ましくは0.02以下である。母材表面の二乗平均平方根傾斜RΔqを0.05以下とすることで、粗さ曲線におけるピークが緩やかになり、突起の曲率半径が大きくなり局所面圧が低減できる。また、成膜時においては粗さによるミクロなレベルの電界集中も抑制でき、局所的な膜厚および硬度の変化を防ぐことができ、ひいては硬質膜の耐剥離性を向上できる。
【0024】
母材表面の粗さ曲線から求められる最大山高さRpは0.4μm以下であることが好ましい。最大山高さRpは、JISB0601に準拠して算出される。粗さ曲線から求められる最大山高さRpと算術平均粗さRaの関係は、1≦Rp/Ra≦2となることが好ましく、1.2≦Rp/Ra≦2となることがより好ましい。
【0025】
母材表面の粗さ曲線から求められるスキューネスRskは負であることが好ましい。Rskは、歪み度の指標であり、-0.2以下であることがより好ましい。スキューネスRskは、平均線を中心にして振幅分布曲線の上下対称性を定量的に表したもの、つまり表面粗さの平均線に対する偏りを示す指標である。スキューネスRskは、JISB0601に準拠して算出される。スキューネスRskが負であることは、粗さ形状が下に凸(谷)ということを意味し、表面に平坦部が多くある状態となる。結果として凸部が少なく突起部による応力集中を起こしにくい表面であると言える。粗さを軽減する手法にバレル研摩など研摩メディアとの衝突により表面突起を除去する方法があるが、加工条件によっては新たに突起を形成してしまいRskが正に転じる可能性があり注意が必要である。
【0026】
図3は、ころ4の外周面4cに施されるDLC皮膜9の構成を示す模式断面図である。同
図3のように、DLC皮膜9は、(1)ころ4の外周面4c上に直接成膜されるCrとWCとを主体とする下地層9aと、(2)下地層9aの上に成膜されるWCとDLCとを主体とする混合層9bと、(3)混合層9bの上に成膜されるDLCを主体とする表面層9cとを含む3層構造を有する。混合層9bは、下地層9a側から表面層9c側へ向けて連続的または段階的に、該混合層中のWCの含有率が小さくなり、かつ、該混合層中のDLCの含有率が高くなる層である。本実施形態では、DLC皮膜9の膜構造を上記のような3層構造とすることで、急激な物性(硬度・弾性率等)変化を避けるようにしている。
【0027】
下地層9aは、Crを含むので超硬合金材料や鉄系材料からなる母材との相性がよく、W、Ti、Si、Alなどを用いる場合と比較して母材との密着性に優れる。下地層9aに用いるWCは、CrとDLCとの中間的な硬さや弾性率を有し、成膜後の残留応力の集中も発生し難い。下地層9aは、ころ表面側から混合層9b側に向けてCrの含有率が小さく、かつ、WCの含有率が高くなる傾斜組成とすることが好ましい。これにより、ころ表面と混合層9bとの両面での密着性に優れる。
【0028】
混合層9bは、下地層と表面層との間に介在する中間層となる。混合層9bに用いるWCは、上述のように、CrとDLCとの中間的な硬さや弾性率を有し、成膜後の残留応力の集中も発生し難い。混合層9bが、下地層9a側から表面層9c側に向けてWCの含有率が小さく、かつ、DLCの含有率が高くなる傾斜組成であるので、下地層9aと表面層9cとの両面での密着性に優れる。該混合層内において、WCとDLCとが物理的に結合する構造となっており、該混合層内での破損などを防止できる。さらに、表面層9c側ではDLC含有率が高められているので、表面層9cと混合層9bとの密着性に優れる。混合層9bは、非粘着性の高いDLCをWCによって下地層9a側にアンカー効果で結合させる層である。
【0029】
表面層9cは、DLCを主体とする膜である。表面層9cにおいて、混合層9bとの隣接側に、混合層9b側から硬度が連続的または段階的に高くなる傾斜層部分9dを有することが好ましい。これは、混合層9bと表面層9cとでバイアス電圧が異なる場合、バイアス電圧の急激な変化を避けるためにバイアス電圧を連続的または段階的に変化させる(上げる)ことで得られる部分である。傾斜層部分9dは、このようにバイアス電圧を変化させることで、結果として上記のように硬度が傾斜する。硬度が連続的または段階的に上昇するのは、DLC構造におけるグラファイト構造(sp2)とダイヤモンド構造(sp3)との構成比率が、バイアス電圧の上昇により後者に偏っていくためである。これにより、混合層と表面層との急激な硬度差がなくなり、混合層9bと表面層9cとの密着性がさらに優れる。
【0030】
DLC皮膜9の膜厚t(3層の合計)は2.0μm以上5.0μm以下とすることが好ましい。
DLC皮膜9の膜厚tが2.0μm未満であれば、耐摩耗性および機械的強度に劣る場合があり、DLC皮膜9の膜厚tが5.0μmをこえると剥離し易くなる。さらに、該DLC皮膜9の膜厚tに占める表面層9cの厚さの割合が0.8以下であることが好ましい。この割合が0.8をこえると、混合層9bにおけるWCとDLCの物理結合するための傾斜組織が不連続な組織となりやすく、密着性が劣化するおそれがある。
DLC皮膜9を以上のような組成の下地層9a、混合層9b、表面層9cとの3層構造とすることで、耐剥離性に優れる。
【0031】
<DLC皮膜の製造方法について>
DLC皮膜9の製造方法としては、順次、母材であるころ4の外周面4cに対しDLC皮膜9の密着性等を向上するための前記下地処理過程と、DLC皮膜9の成膜過程とを有する。
<DLC皮膜の成膜過程>
前記下地処理過程の後、ころ端面4a,4b(
図2B)をマスキングした状態でころ4の外周面4cにDLC皮膜9を成膜する。DLC皮膜9の成膜方法として、例えば、熱CVD、プラズマCVD等のCVD法、真空蒸着法、イオンプレーティング、スパッタリング法、レーザーアブレーション法、イオンビームデポジション、イオン注入法等のPVD法等を適用し得る。
【0032】
前記成膜過程により、ころ4の外周面4cおよび面取り4d(
図2B)に、CrとWCとを主体とする下地層9a、この下地層9aの上にWCとDLCとを主体とする混合層9b、この混合層9bの上にDLCを主体とする表面層9cが成膜される。
混合層9bは、下地層9a側から表面層9c側に向けて連続的または段階的に、WCの含有率が小さく、かつ、DLCの含有率が高くなっている。例えば、プラズマCVD等においては、原料ガスの充填濃度等を徐々に変化させることで、前記混合層9bを形成し得る。
【0033】
<作用効果>
以上説明した
図2Aの円すいころ軸受1によると、ころ4の外周面4cにDLC皮膜9を有するため、ころの外周面にDLC皮膜処理を施さない円すいころ軸受よりも耐摩耗性能が向上するうえ、高粘度潤滑剤を使用しなくてもよく、希薄潤滑が可能で、潤滑剤の保守が容易である。DLC皮膜9は多層構造としたため、最外層側の膜硬さを高めた場合、耐摩耗性をより一層向上させながら、母材に接する最内側層が比較的に軟質にできて、母材との高い密着性を得ることが可能となる。ころ端面4a,4bにはDLC皮膜を有さないため、皮膜処理1回あたりの処理個数が低下することなく、ころ端面4a,4bのDLC処理品質のばらつきに起因する歩留まり低下も未然に防止することができる。したがって、ころ端面4a,4bにDLC皮膜を有するものより製造コストの低減を図れる。
【0034】
図3のように、DLC皮膜9の膜厚tが2.0μm以上であることで耐摩耗性および機械的強度に優れた膜となる。DLC皮膜9は、5.0μmを超えると剥離し易くなる恐れがあるため、5.0μm以下であることが好ましい。DLC皮膜9を施す外周面4cの粗さの値を、算術平均粗さRaで0.3Ra以下、二乗平均平方根傾斜RΔqで0.05以下としたため、相手材となる内外輪の軌道面への攻撃性が緩和できる。多層構造のDLC皮膜9における各層の膜硬さは、段階的に外層側の層が高くなるようにしたため、最外層側の膜硬さを高めて耐摩耗性をより一層向上させながら、母材に接する最内側層が比較的に軟質にできて、母材との高い密着性を得ることができる。そのため、耐剥離性に優れたものとなる。
【0035】
<他の実施形態について>
以下の説明においては、各実施形態で先行して説明している事項に対応している部分には同一の参照符号を付し、重複する説明を略する。構成の一部のみを説明している場合、構成の他の部分は、特に記載のない限り先行して説明している実施形態と同様とする。同一の構成は同一の作用効果を奏する。各実施形態で具体的に説明している部分の組合せばかりではなく、特に組合せに支障が生じなければ、実施形態同士を部分的に組合せることも可能である。
【0036】
[第2の実施形態:自動調心ころ軸受]
図4のように、自動調心ころ軸受1Aの各列のころ4の外周面4cに多層構造のDLC皮膜9を有し、ころ端面4a,4bにはDLC皮膜を有さない構成としてもよい。なお多層構造のDLC皮膜9は、各列のころ4の面取り4dにも成膜されている。この場合にも、前述の実施形態と同様の作用効果を奏する。
【0037】
[第3の実施形態:円筒ころ軸受]
図5のように、円筒ころ軸受1Bのころ4の外周面4cに多層構造のDLC皮膜9を有し、ころ端面4a,4bにはDLC皮膜を有さない構成としてもよい。なお多層構造のDLC皮膜9は、ころ4の面取り4dにも成膜されている。この場合にも、前述の実施形態と同様の作用効果を奏する。
図示しないが、複列の円すいころ軸受において、各列のころの外周面に多層構造のDLC皮膜を有し、ころ端面にはDLC皮膜を有さない構成としてもよい。
【0038】
<風力発電装置への適用例>
図6は、いずれかの実施形態に係るころ軸受1(1A,1B)を用いた風力発電装置の例を示す。この風力発電装置は、支柱50の上端に水平旋回自在に設置されたナセル51に、プロペラ形の風車52の主軸53が、主軸軸受であるころ軸受1(1A,1B)によって回転自在に支持されている。主軸軸受は、外径1m以上の大型軸受である。主軸53は発電機54に増速機55を介して連結されている。この風力発電装置における主軸軸受に、実施形態に係るころ軸受1(1A,1B)が用いられている。
この場合、耐摩耗性能の向上を図れるうえ製造コストの低減を図れるころ軸受1(1A,1B)で風力発電装置の主軸53を支持できるため、風力発電装置のメンテナンス等の費用を抑えることが可能となる。
【0039】
各実施形態のころ軸受を産業機械の用途に適用してもよい。
各実施形態のころ軸受を風力発電装置または産業機械の用途以外に適用してもよい。
【0040】
以上、本発明の実施形態を説明したが、今回開示された実施形態はすべての点で例示であって制限的なものではない。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0041】
1…円すいころ軸受、1A…自動調心ころ軸受、1B…円筒ころ軸受、2…内輪、3…外輪、4…円すいころ(ころ)、5…保持器、9…DLC皮膜、53…主軸