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特開2024-114408無電解ニッケル-錫-リンめっき液及び無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024114408
(43)【公開日】2024-08-23
(54)【発明の名称】無電解ニッケル-錫-リンめっき液及び無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜
(51)【国際特許分類】
   C23C 18/50 20060101AFI20240816BHJP
【FI】
C23C18/50
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023020160
(22)【出願日】2023-02-13
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1. 開催日:令和4年2月21日 集会名、開催場所:The 10▲th▼ International Symposium on Materials Science and Surface Thechnology 2021、関東学院大学金沢八景キャンパスForesight21 7階(神奈川県横浜市金沢区六浦東1―50―1 関東学院大学内)及びウェブサイト(http://home.kanto-gakuin.ac.jp/~kg064010/msst2021.html) 2. 発行日:令和4年2月24日 刊行物:第145回講演大会講演要旨集,第140頁~第141頁,一般社団法人表面技術協会 3. ウェブサイトの掲載日:令和4年3月1日 ウェブサイトのアドレス:https://www.sfj.or.jp/meeting/145/pa/index.html(ユーザー名:sfj パスワード:145nipponkoudai) 4. 開催日:令和4年3月9日(開催期間:令和4年3月8日~9日) 集会名、ウェブサイトのアドレス:第145回講演大会(一般社団法人表面技術協会)、https://zoom.us/j/96998935306?pwd=cFlRUnpkK3dEVmhzR21iUFhyL3YrUT09(ミーティングID:969 9893 5306 パスコード:050471 B会場) 5. 発行日:令和4年5月1日(J-STAGE公開日:令和4年4月29日) 刊行物:表面技術,第73巻,第5号,第253頁~第259頁 6. 発行日:令和4年12月20日 刊行物:材料の科学と工学,第59巻,第6号,第187頁~第196頁 7. 開催日:令和5年1月10日 集会名、開催場所:公開説明会(公聴会)、関東学院大学金沢八景キャンパスForesight21 10階(神奈川県横浜市金沢区六浦東1―50―1 関東学院大学内)及びウェブサイト(https://bit.ly/3HRuv7W)
(71)【出願人】
【識別番号】599141227
【氏名又は名称】学校法人関東学院
(74)【代理人】
【識別番号】100124327
【弁理士】
【氏名又は名称】吉村 勝博
(72)【発明者】
【氏名】菅野 哲也
(72)【発明者】
【氏名】田代 雄彦
(72)【発明者】
【氏名】本間 英夫
【テーマコード(参考)】
4K022
【Fターム(参考)】
4K022AA02
4K022AA42
4K022AA47
4K022BA32
4K022CA03
4K022CA04
4K022DA01
4K022DB02
4K022DB26
4K022DB28
(57)【要約】

【課題】本件出願に係る発明は、めっき浴の安定性が向上した、錫を高濃度に含有する無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜を形成するための無電解ニッケル-錫-リンめっき液の提供を目的とする。
【解決手段】この目的を達成するために、本件出願に係る発明は、ニッケル源として水酸化ニッケル(II)、錫源として錫(IV)酸塩、還元剤として次亜リン酸又は次亜リン酸塩、錯化剤として有機酸を含み、水酸化ニッケル(II)に対する錫(IV)酸塩の割合はニッケルと錫との質量比として1:1~1:3であり、めっき浴のpHは10.0~12.0であり、めっき操業時の液温は80℃~95℃で用いる無電解ニッケル-錫-リンめっき液を採用する。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
錫を高濃度で含有する無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜を形成するための無電解ニッケル-錫-リンめっき液であって、
ニッケル源として水酸化ニッケル(II)、錫源として錫(IV)酸塩、還元剤として次亜リン酸又は次亜リン酸塩、錯化剤として有機酸を含み、
水酸化ニッケル(II)に対する錫(IV)酸塩の割合は、ニッケルと錫との質量比として1:1~1:3であり、
めっき浴のpHは、10.0~12.0であり、
めっき操業時の液温は、80℃~95℃で用いることを特徴とする無電解ニッケル-錫-リンめっき液。
【請求項2】
錯化剤は、クエン酸及びその塩、グルコン酸及びその塩、酢酸及びその塩、プロピオン酸及びその塩、コハク酸及びその塩、グリコール酸及びその塩、乳酸及びその塩、リンゴ酸及びその塩からなる群から選択される何れか1種以上である請求項1に記載の無電解ニッケル-錫-リンめっき液。
【請求項3】
請求項1に記載の無電解ニッケル-錫-リンめっき液で形成した無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜であって、
錫の含有量が50質量%以上であることを特徴とする無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜。
【請求項4】
錫の含有量が50質量%~60質%である請求項3に記載の無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜。
【請求項5】
NiSnの組成を有する準安定相を含み、平均結晶子径は10nm~20nmである請求項3又は請求項4に記載の無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本件出願に係る発明は、無電解ニッケル-錫-リンめっき液及びこれを用いて形成した無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜に関する。そして、本件出願に係る発明は、特に、錫を高濃度に含有する無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜を形成するための無電解ニッケル-錫-リンめっき液に関する。
【背景技術】
【0002】
錫を高濃度に含有するニッケル-錫合金のめっき皮膜は、耐食性に優れ、優美な色調の光沢外観を有することから、防食、装飾等の目的で、電子部品、自動車部品等の幅広い分野で用いられている。特に、皮膜中に錫を50質量%以上含有するものは、耐食性が極めて高く、工業的に有用である。しかし、この錫を高濃度に含有するニッケル-錫合金のめっき皮膜は、現状では主に電気めっき法で形成されており、複雑な形状を有する被めっき物への成膜を得意とする無電解めっき法で形成したものは、実用化されていない。その理由は、無電解めっき法で形成した当該めっき皮膜は、通常、皮膜中の錫の含有量が低く、また膜厚も小さいことから、十分な耐食性が得られないためである。
【0003】
この問題に対し、本件出願人は、特許文献1に係る発明として、ニッケル源である水溶性ニッケル塩と、錫源である水溶性スズ塩との割合を制御することにより、錫を40wt%以上含む、ニッケル-錫合金のめっき皮膜であるニッケル-錫-リンめっき皮膜を安定して得ることができる無電解ニッケル-錫-リンめっき液の開発に成功した。具体的には、特許文献1に開示の無電解ニッケル-錫-リンめっき液は、「水溶性ニッケル塩と、水溶性スズ塩と、次亜リン酸と、第1錯化剤と、第2錯化剤とを含有し、当該水溶性ニッケル塩に対する当該水溶性スズ塩の割合が1.5~3」のものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2022-73254号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、この特許文献1に開示の無電解ニッケル-錫-リンめっき液は、めっき浴の安定性及び皮膜中の錫の含有量について、未だ改善の余地があるものだった。そのため、市場では、錫を高濃度に含有する無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜を形成するための無電解ニッケル-錫-リンめっき液であって、めっき浴の安定性及び皮膜中の錫の含有量が更に向上した無電解ニッケル-錫-リンめっき液の提供が求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本件出願の発明者は、鋭意研究の結果、以下の要件を有する無電解ニッケル-錫-リンめっき液及びこの無電解ニッケル-錫-リンめっき液を用いて形成した無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜を採用することにより、上述の課題を達成するに至った。
【0007】
A.無電解ニッケル-錫-リンめっき液
本件出願に係る無電解ニッケル-錫-リンめっき液は、錫を高濃度に含有する無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜を形成するためのものであって、ニッケル源として水酸化ニッケル(II)、錫源として錫(IV)酸塩、還元剤として次亜リン酸又は次亜リン酸塩、錯化剤として有機酸を含み、水酸化ニッケル(II)に対する錫(IV)酸塩の割合は、ニッケルと錫との質量比として1:1~1:3であり、めっき浴のpHは、10.0~12.0であり、めっき操業時の液温は80℃~95℃で用いることを特徴とする。
【0008】
本件出願に係る無電解ニッケル-錫-リンめっき液において、錯化剤は、クエン酸及びその塩、グルコン酸及びその塩、酢酸及びその塩、プロピオン酸及びその塩、コハク酸及びその塩、グリコール酸及びその塩、乳酸及びその塩、リンゴ酸及びその塩からなる群から選択される何れか1種以上であることが好ましい。
【0009】
B.無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜
本件出願に係る無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜は、上述の本件出願に係る無電解ニッケル-錫-リンめっき液で形成したものであって、錫の含有量が50質量%以上であることを特徴とする。
【0010】
本件出願に係る無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜は、錫の含有量が50質量%~60質量%であることが好ましい。
【0011】
本件出願に係る無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜は、NiSnの組成を有する準安定相を含み、平均結晶子径は10nm~20nmであることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本件出願に係る無電解ニッケル-錫-リンめっき液は、めっき浴の安定性が極めて高く、錫を高濃度に含有する無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜を、被めっき物の表面上に安定的に連続して析出させることができる。また、当該皮膜の析出速度は工業的に有意な大きさであることから、本件出願に係る無電解ニッケル-錫-リンめっき液は、市場要求を満足させる実用的なものである。そして、本件出願に係る無電解ニッケル-錫-リンめっき液で形成した無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜は、錫を50質量%以上含み、且つ皮膜構造が緻密で耐食性に優れたものとなる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本件出願に係る実施例及び比較例における、無電解ニッケル-錫-リンめっき液のめっき浴pHに対する、無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜中の錫の含有量を示すグラフである。
図2】本件出願に係る実施例及び比較例における、無電解ニッケル-錫-リンめっき液の液温に対する、無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜中の錫の含有量を示すグラフである。
図3】本件出願に係る実施例における、めっき操業回数に対する無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜中の錫の含有量を示すグラフである。
図4】本件出願に係る実施例、比較例、評価基準である鉄基板における、電気化学測定の結果を示すグラフである。
図5】(A)及び(B)は本件出願に係る実施例、(C)及び(D)は比較例、(E)及び(F)は評価基準である鉄基板における、硝酸ばっ気試験前後の外観写真である。
図6】本件出願に係る実施例、比較例、評価基準である鉄基板における、析出直後の無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜のX線回折パターンを示すグラフである。
図7】本件出願に係る実施例、比較例、評価基準である鉄基板における、450℃での熱処理後の無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜のX線回折パターンを示すグラフである。
図8】本件出願に係る実施例における、熱分析の結果を示すグラフである。
図9】本件出願に係る比較例における、熱分析の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
A.無電解ニッケル-錫-リンめっき液
本件出願に係る無電解ニッケル-錫-リンめっき液は、錫を高濃度で含有する無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜を形成するためのものである。この無電解ニッケル-錫-リンめっき液は、ニッケル源として水酸化ニッケル(II)、錫源として錫(IV)酸塩、還元剤として次亜リン酸又は次亜リン酸塩、錯化剤として有機酸を含み、水酸化ニッケル(II)に対する錫(IV)酸塩の割合は、ニッケルと錫との質量比として1:1~1:3である。そして、めっき浴のpHは10.0~12.0であり、めっき操業時の液温は80℃~95℃で用いることを特徴とする。
【0015】
本件出願に係る無電解ニッケル-錫-リンめっき液は、めっき浴の安定性が極めて高く、上述の要件を備えることにより、錫を高濃度に含有する無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜を、被めっき物の表面上に安定的に連続して析出させることができる。また、当該皮膜の析出速度は工業的に有意な大きさであることから、本件出願に係る無電解ニッケル-錫-リンめっき液は、市場要求を満足させる実用的なものである。以下に、本件出願に係る無電解ニッケル-錫-リンめっき液が含有する各成分等について説明する。
【0016】
ニッケル源及び錫源: 本件出願に係る無電解ニッケル-錫-リンめっき液では、ニッケル源として水酸化ニッケル(II)を、錫源として錫(IV)酸塩を各々用いる。錫(IV)酸塩としては、例えば、錫(IV)酸ナトリウム(メタ錫酸ナトリウム)、錫(IV)酸カリウム(メタ錫酸カリウム)等が挙げられる。
【0017】
ここで、本件出願に係る発明について、技術的思想の概要を説明する。従来の無電解ニッケル-錫-リンめっき液では、ニッケル源として、硫酸ニッケル、塩化ニッケル等の水溶性ニッケル塩が主に用いられている。また、錫源としては、塩化第二錫等の水溶性スズ塩が主に用いられている。しかし、無電解ニッケル-錫-リンめっき液におけるニッケル源及び錫源の陰イオン種として、硫酸イオン(SO 2-)又は塩素イオン(Cl)を用いると、上述の特許文献1に開示の一部の条件を採用した場合を除き、被めっき物表面上に析出した皮膜中の錫の含有量は低くなる傾向にあり、耐食性の良い無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜は得られない。その理由は、無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜が析出する反応界面の近傍において、これらの陰イオン種が錫イオンとSn(HSO3+、Sn(HSO、SnCl5-等からなる錫の会合体を形成し、これらがめっき浴中に拡散(反応界面からはなれたところへと各々離散)する結果、皮膜が析出する反応界面において、皮膜の析出反応に関与する錫源の量が不足するためと推察される。そこで、本件出願に係る無電解ニッケル-錫-リンめっき液では、これらの陰イオン種を含まない、水酸化ニッケル(II)及び錫(IV)酸塩をニッケル源及び錫源として用いることとした。
【0018】
また、本件出願に係る無電解ニッケル-錫-リンめっき液では、ニッケル源である水酸化ニッケル(II)に対する、錫源である錫(IV)酸塩の好適な割合は、ニッケルと錫との質量比として1:1~1:3である。ここで、ニッケル源である水酸化ニッケル(II)に対する錫源である錫(IV)酸塩の割合が、ニッケルに対する錫の質量比として1:1未満であると、被めっき物表面上に析出する無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜中の錫の含有量が、50質量%未満と比較的低くなる傾向にある。一方、ニッケル源である水酸化ニッケル(II)に対する錫源である錫(IV)酸塩の割合が、ニッケルに対する錫の質量比として1:3を超えると、被めっき物表面上に析出する無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜中のニッケルの割合が相対的に低下し、皮膜の硬度が低くなる傾向にある。
【0019】
還元剤: 本件出願に係る無電解ニッケル-錫-リンめっき液では、還元剤として、次亜リン酸又は次亜リン酸塩を用いる。次亜リン酸塩としては、例えば、次亜リン酸ナトリウム、次亜リン酸カリウム等が挙げられる。
【0020】
錯化剤: 本件出願に係る無電解ニッケル-錫-リンめっき液では、錯化剤として、有機酸を用いる。この有機酸としては、クエン酸及びその塩、グルコン酸及びその塩、酢酸及びその塩、プロピオン酸及びその塩、コハク酸及びその塩、グリコール酸及びその塩、乳酸及びその塩、リンゴ酸及びその塩等が挙げられる。上述のニッケル源である水酸化ニッケル(II)は難溶性であり水への溶解度は低いが、酸性溶液に対しては容易に溶解する。そのため、錯化剤としてこれらの有機酸を一種以上用い、溶媒である水中でニッケル源と錯化剤とによりニッケル錯体を形成して安定化させた後、後述する所定のめっき浴pHに調整することが好ましい。ここで、有機酸の種類について、特段の制限はないが、ニッケル源である水酸化ニッケル(II)に対する錯化剤としてクエン酸又はその塩を、錫源である錫(IV)酸塩に対する錯化剤としてグルコン酸又はその塩を各々用いると、無電解ニッケル-錫-リンめっき液の安定性が向上する傾向にあるため、より好ましい。
【0021】
無電解ニッケル-錫-リンめっき液を構成するその他の成分: 本件出願に係る無電解ニッケル-錫-リンめっき液は、上述の成分の他に、ビスマス等の安定化剤や水酸化ナトリウム等のpH調整剤を含むことができる。無電解ニッケル-錫-リンめっき液が、ビスマス等の安定化剤を含むものであると、めっき浴の安定性がより向上する傾向にあるため、好ましい。
【0022】
めっき浴のpH: 本件出願に係る無電解ニッケル-錫-リンめっき液における、好適なめっき浴のpHは、10.0~12.0である。ここで、めっき浴のpHが10.0未満であると、被めっき物表面上に析出する無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜中の錫の含有量が、50質量%未満と比較的低くなる傾向にある。一方、めっき浴のpHが12.0を超えると、めっき浴の安定性が下がり浴分解が起こる傾向にある。
【0023】
めっき操業時の液温: 本件出願に係る無電解ニッケル-錫-リンめっき液における、めっき操業時の好適な液温は、80℃~95℃である。ここで、めっき操業時の液温が80℃未満であると、被めっき物表面上に析出する無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜中の錫の含有量が、50質量%未満と比較的低くなる傾向にある。一方、めっき操業時の液温が95℃を超えると、溶媒である水の沸点に近くなることから、めっき浴の安定性が低下する傾向にある。
【0024】
B.無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜
本件出願に係る無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜は、上述の本件出願に係る無電解ニッケル-錫-リンめっき液で形成したものである。そして、この無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜は、錫の含有量が50質量%以上であることを特徴とする。本件出願に係る無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜は、当該要件を備えることにより、耐食性が極めて優れたものとなる。
【0025】
また、この無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜における錫の含有量は、50質量%~60質量%であることが好ましい。無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜における錫の含有量が50質量%未満であると、皮膜の耐食性が低下する傾向にあるため好ましくない。一方、無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜における錫の含有量が60質量%を超えても皮膜の耐食性に問題は生じないが、皮膜の析出が不安定になると共に、皮膜の耐摩耗性が低下する傾向にあるため好ましくない。
【0026】
また、本件出願に係る無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜は、NiSnの組成を有する準安定相を含み、平均結晶子径は10nm~20nmであることが好ましい。本件出願に係る無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜は、この条件を満たすことにより、緻密で耐食性に優れたものとなる。
【0027】
以下に、実施例を挙げて本件出願に係る発明ついて、より具体的に説明するが、本件出願に係る発明は、当該実施例に限定されるものではない。
【実施例0028】
実施例1では、まず、試験基板として、幅10mm、長さ25mm、厚さ0.3mmの鉄基板(株式会社山本鍍金試験器製のハルセル陰極鉄板)を用意した。次いで、この鉄基板を60℃に保温した10質量%の水酸化ナトリウム水溶液中に3分間浸漬して表面を脱脂した後、10質量%の硫酸水溶液中に室温で1分間浸漬して表面を活性化する前処理を行った。これを、表1に示す組成の無電解ニッケル-錫-リンめっき液中に所定時間静置した後、水洗し、無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜付き鉄基板を得た。なお、後述する各評価試験において、めっき操業時のめっき浴pHは8.0~13.0、液温は60℃~90℃に各々調整した。また、めっき操業時間(無電解ニッケル-錫-リンめっき液中への試験基板の静置時間)は、20分間~50分間に各々設定した。
【0029】
【表1】
【0030】
(無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜中の錫の含有量に関する評価試験)
表2に、鉄基板上に形成した無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜中の錫の含有量を示す。なお、本試験では、無電解ニッケル-錫-リンめっき液のめっき浴pHは10.0、液温は80℃に調整して、めっき操業を20分間行った。また、鉄基板上に形成した無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜中の錫の含有量は、電界放出型電子線マイクロアナライザ(日本電子株式会社製のJXA-8500F)を用いて、加速電圧15kV、照射電流1.2×10-7A、ビーム径200μmの条件で測定した。表2に示すとおり、上述の方法で得た無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜付き鉄基板における、皮膜中の錫の含有量は、50.9質量%と高濃度だった。
【0031】
(めっき浴pHに関する評価試験)
図1に、めっき浴pHに対する、無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜中の錫の含有量に関するグラフを示す。なお、本試験では、無電解ニッケル-錫-リンめっき液の液温は80℃に調整して、めっき操業を20分間行った。また、鉄基板上に形成した無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜中の錫の含有量は、上述の試験と同じく電界放出型電子線マイクロアナライザを用いて、同様の条件にて測定した。図1に示すとおり、無電解ニッケル-錫-リンめっき液のめっき浴pHの数値を上げると、鉄基板上に形成した無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜中の錫の含有量は増加した。特に、めっき浴pHを10.0以上に調整してめっき操業を行うと、無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜中の錫の含有量は、50質量%以上と高濃度になった。一方、めっき浴pHの数値が13.0になるよう無電解ニッケル-錫-リンめっき液を調整すると、浴分解が起こり、鉄基板の表面上に無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜は析出しなかった。
【0032】
(液温に関する評価試験)
図2に、無電解ニッケル-錫-リンめっき液の液温に対する、無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜中の錫の含有量に関するグラフを示す。なお、本試験では、無電解ニッケル-錫-リンめっき液のめっき浴pHは10.0に調整して、めっき操業を20分間行った。また、鉄基板上に形成した無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜中の錫の含有量は、上述の試験と同じく電界放出型電子線マイクロアナライザを用いて、同様の条件にて測定した。無電解ニッケル-錫-リンめっき液の液温を上げると、鉄基板上に形成した無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜中の錫の含有量は増加した。特に、液温を80℃以上に調整してめっき操業を行うと、無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜中の錫の含有量は、50質量%以上と高濃度になった。
【0033】
(めっき浴の安定性に関する評価試験)
図3に、めっき操業回数に対する、無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜中の錫の含有量に関するグラフを示す。なお、本試験では、無電解ニッケル-錫-リンめっき液のめっき浴pHは10.0、液温は90℃に調整して、めっき操業を各々20分間ずつ行った。また、試験基板である鉄基板は、各めっき操業ごとに入れ替えて新しいものを用い、めっき浴pHはめっき操業を5回行うごとに所定の値となるよう調整し直した。そして、鉄基板上に形成した無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜中の錫の含有量は、上述の試験と同じく電界放出型電子線マイクロアナライザを用いて、同様の条件にて測定した。鉄基板上への無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜の析出速度は、重量法により算出した。
【0034】
ここで、皮膜の析出速度の算出方法について、具体的に説明する。本試験では、まず、上述の電界放出型電子線マイクロアナライザを用いて、上述と同様の条件で、鉄基板上に形成した無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜中の「ニッケル、錫、リンの各含有量(質量%)」を測定し、これらの元素の比重から皮膜密度を算出した。次いで、各めっき操業前後の鉄基板の重量差を分析用電子天秤(株式会社エー・アンド・デイ製のGR202)で求め、上述の皮膜密度、被めっき物である鉄基板の表面積、めっき操業時間から、皮膜の膜厚と皮膜の析出速度とを算出した。図3に示すとおり、本件出願に係る無電解ニッケル-錫-リンめっき液は、めっき浴の安定性が極めて高く、連続的なめっき操業が可能なものであり、且つ、工業的に有意な大きさの皮膜析出速度を有するものである。
【0035】
(皮膜の耐食性に関する評価試験)
図4に、鉄基板上に形成した無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜の電気化学測定(LSV測定)の結果を示す。なお、本試験に用いた無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜付き鉄基板を得る際のめっき操業条件は、めっき浴pHが10.0、液温が80℃、めっき操業時間は50分間とした。また、重量法で算出した無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜の膜厚は、約5μmだった。そして、この電気化学測定には三電極セルを使用し、作用極は「0.5mоl/Lの硫酸水溶液に浸漬した、上述の方法で得た鉄基板上の無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜」、対極は「0.5mоl/Lの硫酸水溶液に浸漬した白金被覆チタン電極」、参照電極は「塩化カリウムの飽和水溶液に浸漬した銀/塩化銀電極」とした。測定には電気化学測定システム(北斗電工株式会社製のHZ-7000)を用い、各電解液の液温は25℃に調整して、静置下で自然電位から掃引速度2mV/秒で電位を走査した。
【0036】
ここで、図4には、評価基準として、作用極に「0.5mоl/Lの硫酸水溶液に浸漬した鉄基板(株式会社山本鍍金試験器製のハルセル陰極鉄板、幅10mm、長さ25mm、厚さ0.3mm)」を用いて同様の試験を行った結果も示す。参考基準である鉄基板は、電位の走査開始と同時に電流密度が上昇し、電解液である硫酸水溶液中で表面から溶解(腐食)が進行した。一方、上述の方法で得た鉄基板上の無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜は、電位0.75V付近で電流密度が上昇し始め、その後下降して電位1.5V~1.65V付近で不働態化した。そのため、これらの電位付近で、当該無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜の表面に不働態膜が形成したと推察できる。
【0037】
次いで、上述の方法で得た無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜付き鉄基板と、評価基準である鉄基板とについて、JIS H 8620に規定の方法で、硝酸ばっ気試験を行った。なお、本試験に用いた無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜付き鉄基板を得る際のめっき操業条件は、めっき浴pHが10.0、液温が80℃、めっき操業時間は50分間とした。具体的には、室温25℃の大気中で容器内に60質量%の硝酸水溶液を注入し、これをデシケータ内に静置して密閉し、1時間放置した後、当該デシケータ内に無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜付き鉄基板と、評価基準である鉄基板とを静置して再びデシケータを密閉し、72時間放置した。その後、デシケータ内からこれらを取り出し、目視及び重量法で腐食の有無を確認した。
【0038】
図5に、無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜付き鉄基板の試験前(A)及び試験後(B)の外観写真と、評価基準である鉄基板の試験前(E)及び試験後(F)の外観写真とを示す。鉄基板上に形成した無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜には、硝酸ガスによる腐食は殆ど生じておらず、本試験前後の試験片(無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜付き鉄基板)の重量差から算出した皮膜の溶解量は0.4mg/cm(膜厚として平均で約0.5μm)と、ごく僅かだった。一方、評価基準である鉄基板は、本試験により著しく表面が腐食し、溶解量は9.5mg/cm(厚さとして平均で約12μm)と大きかった。
【0039】
(皮膜の構造に関する評価試験:X線回折)
鉄基板上に形成した無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜及び、評価基準である鉄基板における、皮膜析出直後(即ち、無電解ニッケル-錫-リンめっき処理をおこなったままの状態)と、450℃での熱処理後とのX線回折パターンを、図6及び図7に各々示す。なお、本試験に用いた無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜付き鉄基板を得る際のめっき操業条件は、めっき浴pHが10.0、液温が80℃、めっき操業時間は20分間とした。また、重量法で算出した無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜の膜厚は、約2μmだった。ここで、本試験ではX線回折装置(株式会社リガク製のRINT-2200)を用い、X線出力は40kV、20mAとし、波長はCuKα線を使用し、ステップ幅0.02°、スキャン軸2θ/θの条件で測定を行った。そして、熱処理にはプログラム電気炉(アズワン株式会社製のSMF-2)を用いた。具体的には、大気下で1時間、試験片(無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜付き鉄基板及び、評価基準である鉄基板)に対して450℃で熱処理を行った後、熱衝撃を避けるために試験片を炉内に静置したまま炉内温度が150℃に低下するまで待ち、その後各試験片を炉内から取り出して放冷した。
【0040】
図6に示すとおり、上述の方法で得た析出直後の鉄基板上の無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜のX線回折パターンには、主にNiSnからなる結晶構造に起因するピークが出現した。一方、図7に示すとおり、これを熱処理した後の当該皮膜については、NiSnからなる結晶構造に起因するX線回折パターンのピークは概ね消失した。そのため、析出直後(即ち、無電解ニッケル-錫-リンめっき処理をおこなったまま)の無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜には、NiSnからなる結晶構造が備わると共に、このNiSnからなる結晶構造は、準安定相であると推察できる。
【0041】
次いで、これらのX線回折パターンに基づき、皮膜析出直後(即ち、無電解ニッケル-錫-リンめっき処理をおこなったままの状態)と、450℃での熱処理後との平均結晶子径を算出した。その結果を表3に示す。上述の方法で得た無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜の平均結晶子径は、概ね10nm~20nmの範囲内と極めて小さかった。そのため、本件出願に係る無電解ニッケル-錫-リンめっき液を用いて形成した無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜は、緻密な構造を有すると推察できる。
【実施例0042】
実施例2では、錫源である錫(IV)酸カリウム三水和物の含有量を0.10mоl/L(ニッケルと錫との質量比として1:2)に変更して、実施例1と同様に、「無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜中の錫の含有量に関する評価試験」を行った。なお、錫源の含有量以外の条件は、実施例1の当該評価試験のものと同じであるため、めっき操業条件及び試験方法については、記載を省略する。この実施例2の試験結果を、表2に示す。
【実施例0043】
実施例3では、錫源である錫(IV)酸カリウム三水和物の含有量を0.15mоl/L(ニッケルと錫との質量比として1:3)に変更して、実施例1と同様に、「無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜中の錫の含有量に関する評価試験」を行った。なお、錫源の含有量以外の条件は、実施例1の当該評価試験のものと同じであるため、めっき操業条件及び試験方法については、記載を省略する。この実施例3の試験結果を、表2に示す。
【実施例0044】
実施例4では、まず、試験基板として、幅10mm、長さ40mm、厚さ0.3mmの銅基板を用意した。次いで、この銅基板を60℃に保温した10質量%の水酸化ナトリウム水溶液中に3分間浸漬して表面を脱脂した後、10質量%の硫酸水溶液中に室温で1分間浸漬して表面を活性化し、更に0.01質量%の塩化パラジウム水溶液中に室温で30秒間浸漬して表面にパラジウム触媒を付与する前処理を行った。これを、表1に示す組成の無電解ニッケル-錫-リンめっき液中に50分間静置した後、水洗し、無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜付き銅基板を得た。なお、めっき操業時のめっき浴pHは10.0、液温は80℃に各々調整した。
【0045】
(皮膜の構造に関する評価試験:熱分析)
図8に、銅基板上に形成した無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜を粉末化して測定した熱分析(TG-DTA、TGA-DTA、熱重量測定-示差熱分析等とも称する。)の結果を示す。本試験では、まず、実施例3の無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜付き銅基板を60℃に保温した20質量%の硝酸水溶液中に浸漬して、銅基板を硝酸水溶液で溶解することにより、皮膜から銅基板を剥離した。次いで、無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜を硝酸水溶液中から回収し、水洗、乾燥した後、乳鉢及び乳棒を用いて粉砕して粉末状にした。これを10mg採取して酸化アルミニウム製の容器内に入れて、熱分析システム(株式会社リガク製の示差熱天秤、TG-DTA8122)内に静置し、窒素ガス通気下(0.3L/分)、昇温速度10℃/分の条件で、室温から1200℃まで加熱することにより、粉末化した無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜の熱分析を行った。
【0046】
図8に示すとおり、粉末化した無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜を室温から1200℃まで加熱しても、質量は大きく変化しなかった(図8のTGを参照)。一方、DTA曲線は70℃~350℃付近にかけて緩やかに上昇し(皮膜を粉末化した試料に発熱反応が生じたことを意味する。)、その後下降した。そして、当該DTA曲線には、1171℃に明確な下向きのピーク(吸熱ピーク)が出現した(図8のDTAを参照)。ここで、この1171℃の吸熱ピークは、既存の熱平衡状態図等によれば、準安定相から平衡安定相へと転位したNiSnの結晶構造に起因すると推察できる。そして、このNiSnの平衡安定相への相転位は、熱分析における加熱により起こったものと推察できる。そのため、銅基板上に形成した無電解ニッケル-錫-リン皮膜は完全な非結晶構造ではなく、皮膜内には部分的にNiSnの準安定相が存在すると推察できる。これは、実施例1における「皮膜の構造に関する評価試験:X線回折」の結果を裏付けるものである。
【比較例】
【0047】
[比較例1]
比較例1では、錫源である錫(IV)酸カリウム三水和物の含有量を0.02mоl/L(ニッケルと錫との質量比として1:0.4)に変更して、実施例1と同様に、「無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜中の錫の含有量に関する評価試験」を行った。なお、錫源の含有量以外の条件は、実施例1の当該評価試験のものと同じであるため、めっき操業条件及び試験方法については、記載を省略する。この比較例1の試験結果を、表2に示す。
【0048】
[比較例2]
比較例2では、錫源である錫(IV)酸カリウム三水和物の含有量を0.04mоl/L(ニッケルと錫との質量比として1:0.8)に変更して、実施例1と同様に、「無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜中の錫の含有量に関する評価試験」を行った。なお、錫源の含有量以外の条件は、実施例1の当該評価試験のものと同じであるため、めっき操業条件及び試験方法については、記載を省略する。この比較例2の試験結果を、表2に示す。
【0049】
[比較例3]
比較例3では、ニッケル源を水酸化ニッケル(II)から硫酸ニッケル(II)六水和物(NiSO・6HO)に替えて、実施例1と同様に、「無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜中の錫の含有量に関する評価試験」、「めっき浴pHに関する評価試験」、「液温に関する評価試験」、「皮膜の耐食性に関する評価試験」、「皮膜の構造に関する評価試験:X線回折」を行った。なお、ニッケル源の成分(ニッケル源として用いた化合物)以外の条件は、実施例1の各試験のものと同じであるため、めっき操業条件及び各試験方法については、記載を省略する。この比較例3の試験結果を、表2及び表3と、図1図2図4図5の(C)及び(D)、図6図7とに各々示す。なお、図5において、(C)は無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜付き鉄基板の硝酸ばっ気試験前、(D)は当該試験後の外観写真である。図5(D)に示すとおり、鉄基板上に形成した比較例3の無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜は、本試験により末端部が腐食し、溶解量は1.5mg/cm(厚さとして平均で約1.9μm)と比較的大きかった。また、表3に示すとおり、鉄基板上に形成した比較例3の無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜の平均結晶子径は、皮膜析出直後(即ち、無電解ニッケル-錫-リンめっき処理をおこなったままの状態)では27.6nmと、比較的大きかった。
【0050】
[比較例4]
比較例4では、ニッケル源を水酸化ニッケル(II)から硫酸ニッケル(II)六水和物(NiSO・6HO)に替えて、実施例4と同様に、「皮膜の構造に関する評価試験:熱分析」を行った。なお、ニッケル源の成分(ニッケル源として用いた化合物)以外の条件は、実施例4の当該評価試験のものと同じであるため、めっき操業条件及び試験方法については、記載を省略する。この比較例4の試験結果を、図9に示す。粉末化した比較例4の無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜のDTA曲線には、図9に示すとおり、911℃及び1176℃付近に下向きのピーク(吸熱ピーク)が出現した。既存の熱平衡状態図等によれば、これらの911℃及び1176℃付近の吸熱ピークは、準安定相から平衡安定相へと転位した、NiSn及びNiSnの結晶構造に各々起因すると推察できる。ここで、これらのNiSn及びNiSnの平衡安定相への相転位は、熱分析中の加熱により起こったものであると推察できる。そのため、この比較例4の試験結果は、比較例3における「皮膜の構造に関する評価試験:X線回折」の結果を裏付けるものである。
【0051】
【表2】
【0052】
【表3】
【0053】
(実施例及び比較例の対比)
ニッケル源として水酸化ニッケル(II)、錫源として錫(IV)酸塩、還元剤として次亜リン酸又は次亜リン酸塩、錯化剤として有機酸を含み、水酸化ニッケル(II)に対する錫(IV)酸塩の割合がニッケルと錫との質量比として1:1~1:3の範囲内である実施例1~実施例3の無電解ニッケル-錫-リンめっき液は、当該めっき液を用いて鉄基板上に形成した無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜中の錫の含有量が、50質量%以上と高濃度だった。めっき浴pHと液温に関しては、実施例1の各試験結果から理解できるとおり、めっき浴のpHが10.0~12.0、液温が80℃~95℃の条件でめっき操業を行うことにより、錫の含有量が50質量%以上である無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜を鉄基板上に形成することができた。また、実施例1の試験結果によれば、これらの要件を具備する無電解ニッケル-錫-リンめっき液で形成した無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜は、緻密な構造と優れた耐食性とを有するものだった。
【0054】
一方、ニッケル源として水酸化ニッケル(II)、錫源として錫(IV)酸塩、還元剤として次亜リン酸又は次亜リン酸塩、錯化剤として有機酸を含み、好適なめっき浴pH及び液温に調整した場合であっても、水酸化ニッケル(II)に対する錫(IV)酸塩の割合がニッケルと錫との質量比として1:1~1:3の範囲外である比較例1及び比較例2の無電解ニッケル-錫-リンめっき液は、当該めっき液を用いて鉄基板上に形成した無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜中の錫の含有量が、50質量%未満だった。
【0055】
また、ニッケル源に対する錫源の割合をニッケルと錫との質量比として1:1~1:3の範囲内とし、且つ好適なめっき浴pH及び液温に調整した場合であっても、ニッケル源として水酸化ニッケル(II)に替えて硫酸ニッケル(II)六水和物を用いた比較例3の無電解ニッケル-錫-リンめっき液は、当該めっき液を用いて鉄基板上に形成した無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜中の錫の含有量が、50質量%未満だった。そして、この比較例3の無電解ニッケル-錫-リンめっき液は、めっき浴の安定性が比較的低く、液温を90℃に調整すると浴分解が起こり、鉄基板の表面上に無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜は析出しなかった(図2を参照)。更に、比較例3の試験結果によれば、比較例3の無電解ニッケル-錫-リンめっき液で形成した無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜は、構造の緻密さ及び耐食性が、実施例1のものよりも劣るものだった。
【0056】
ここで、実施例1及び比較例3の無電解ニッケル-錫-リンめっき液で形成した皮膜の耐食性について、図4を参照してより詳細に検討する。これらの無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜は、電位0.75V付近で共に電流密度が上昇し始め、その後下降して不働態化した。しかし、電流密度が上昇する速度は、比較例3よりも実施例1の方が緩やかだった。そのため、実施例1で得た無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜は、極めて過酷な環境においても、比較例3のものと比べて、腐食の進行は比較的遅いと推察できる。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本件出願に係る無電解ニッケル-錫-リンめっき液は、めっき浴の安定性が極めて高く、被めっき物の表面上に高濃度の錫を含有する無電解ニッケル-錫-リンめっき皮膜を安定して連続的、継続的に形成できることから、防食、装飾等の目的で、電子部品、自動車部品等の分野に適用することができる。特に、被めっき物の表面が複雑な形状を有するものに対して、好適に用いることができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
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図9