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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024114511
(43)【公開日】2024-08-23
(54)【発明の名称】ステンレス鋼材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 8/14 20060101AFI20240816BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20240816BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240816BHJP
   C21D 1/76 20060101ALI20240816BHJP
   C23C 8/18 20060101ALI20240816BHJP
【FI】
C23C8/14
C22C38/00 302Z
C22C38/60
C21D1/76 G
C23C8/18
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023020319
(22)【出願日】2023-02-13
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】田井 善一
(72)【発明者】
【氏名】若村 麻衣
(57)【要約】
【課題】塩分が付着した状態で高温環境に曝されても耐食性に優れ、黒色の意匠性が良好なステンレス鋼材及びその製造方法を提供する。
【解決手段】素材と、素材上に形成された酸化皮膜とを有するステンレス鋼材である。素材は、質量基準で、C:0.100%以下、Si:1.00%以下、Mn:0.05~1.00%、Ni:1.00%以下、P:0.100%以下、S:0.100%以下、Cr:16.00~40.00%、N:0.100%以下、Ti:0.08~0.50%、Cu:1.00%以下及びMo:3.00%以下を含み、残部がFe及び不純物からなる組成を有する。酸化皮膜は、厚みが50nm以上のCr23内層を有し、全体厚みが300~1000nmである。素材と酸化皮膜との間の界面におけるCr濃度は8.0質量%以下である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
素材と、前記素材上に形成された酸化皮膜とを有するステンレス鋼材であって、
前記素材は、質量基準で、C:0.100%以下、Si:1.00%以下、Mn:0.05~1.00%、Ni:1.00%以下、P:0.100%以下、S:0.100%以下、Cr:16.00~40.00%、N:0.100%以下、Ti:0.08~0.50%、Cu:1.00%以下及びMo:3.00%以下を含み、残部がFe及び不純物からなる組成を有し、
前記酸化皮膜は、厚みが50nm以上のCr23内層を有し、全体厚みが300~1000nmであり、
前記素材と前記酸化皮膜との間の界面におけるCr濃度が8.0質量%以下であるステンレス鋼材。
【請求項2】
前記素材は、質量基準で、Nb:0.50%以下、Al:1.00%以下、Zr:1.00%以下、Co:1.00%以下、V:1.00%以下、W:1.00%以下、REM:0.100%以下、Ca:0.100%以下、Sn:0.100%以下及びB:0.0100%以下から選択される少なくとも1種を更に含む、請求項1に記載のステンレス鋼材。
【請求項3】
前記酸化皮膜は、L***表色系における明度指数L*が50.0以下、クロマネチックス指数a*及びb*が±5.00以内である、請求項1又は2に記載のステンレス鋼材。
【請求項4】
塩分が付着した状態の高温腐食試験後に前記酸化皮膜の剥離面積率が5.0%以下である、請求項1又は2に記載のステンレス鋼材。
【請求項5】
質量基準で、C:0.100%以下、Si:1.00%以下、Mn:0.05~1.00%、Ni:1.00%以下、P:0.100%以下、S:0.100%以下、Cr:16.00~40.00%、N:0.100%以下、Ti:0.08~0.50%、Cu:1.00%以下及びMo:3.00%以下を含み、残部がFe及び不純物からなる組成を有し、ビッカース硬さが200HV以上である圧延材に対し、O2濃度が2~20体積%、水蒸気濃度が20体積%以下であり、且つ以下の式(1):
2濃度+水蒸気濃度 ・・・(1)
で表される値が12~35である雰囲気下、800℃以上の温度で1分以上の熱処理を行うステンレス鋼材の製造方法。
【請求項6】
前記圧延材は、質量基準で、Nb:0.50%以下、Al:1.00%以下、Zr:1.00%以下、Co:1.00%以下、V:1.00%以下、W:1.00%以下、REM:0.100%以下、Ca:0.100%以下、Sn:0.100%以下及びB:0.0100%以下から選択される少なくとも1種を更に含む、請求項5に記載のステンレス鋼材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼材は、耐食性に優れた素材であり、光沢のある銀白色の地肌を活かし、内装建材、外装建材、排気系部品などの各種部品に用いられている。また、ステンレス鋼材の意匠性を高める目的で、化学発色法、塗装法、酸化処理法などの方法を用いて、黒色を代表とする色調が付与されることも多い。
【0003】
例えば、特許文献1及び2に記載されているような酸化処理法によってステンレス鋼(素材)表面に酸化皮膜を形成する手法は、ステンレス鋼の汎用的な製造工程である連続焼鈍設備を用いた連続的な処理が可能であり、化学発色法など他の処理に比べて高い生産性を有する。また、この酸化処理法によって形成した酸化皮膜は保護性のあるCr酸化物が主となる層が形成されるため耐食性が良好である。
しかしながら、特許文献1及び2に記載されているような酸化処理法によって形成された酸化皮膜には、部分的な点状の異常酸化部が不可避的に生成する。この異常酸化部は、腐食起点となって耐食性を低下させるとともに、黒色の意匠性を損なう恐れもある。
【0004】
また、特許文献3~6においても、ステンレス鋼素材の組成及び酸化処理時の条件などを制御することにより、耐食性が良好な黒色の酸化皮膜を形成する技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2019-178392号公報
【特許文献2】特開2018-135591号公報
【特許文献3】特開2022-103735号公報
【特許文献4】特開2022-103732号公報
【特許文献5】特開2022-103733号公報
【特許文献6】特開2022-103734号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
オーブンなどの家電製品や自動車の排気系部品などの用途においては、塩分が付着した状態で高温環境に曝される。このような環境下では、腐食反応が早く進行するため、異常酸化部などの欠陥部が酸化皮膜に存在すると、欠陥部から塩が浸透する。浸透した塩は、酸化皮膜とステンレス鋼素材との界面で腐食を進行させ、最終的には酸化皮膜が剥離してしまう。
特許文献3及び4の酸化処理は、異常酸化部が少ない酸化皮膜を形成することができるものの、異常酸化部の生成を完全に抑制できるわけではない。そのため、上記のような用途においては耐食性が十分とはいえない。
また、特許文献5及び6は、酸化処理後に電解処理によって異常酸化部を除去することを提案しているが、電解処理によって製造コストが増大する。また、電解処理後は素材が露出するため、黒色の高い意匠性が必要とされる上記のような用途においては耐食性が十分とはいえない。
【0007】
本発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、塩分が付着した状態で高温環境に曝されても耐食性に優れ、黒色の意匠性が良好なステンレス鋼材及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、組成系の圧延材に対し、特定の条件で熱処理を行うことにより、塩分が付着した状態で高温環境に曝されても耐食性に優れ、黒色の意匠性が良好なステンレス鋼材が得られることを見出した。また、本発明者らは、得られたステンレス鋼材について分析を行った結果、所定の組成系の素材(素地)の表面に、所定の特徴を有する酸化皮膜が形成されており、素材と酸化皮膜との間の界面におけるCr濃度に特徴があることを見出した。本発明は、このような背景の下、完成するに至ったものである。
【0009】
すなわち、本発明は、素材と、前記素材上に形成された酸化皮膜とを有するステンレス鋼材であって、
前記素材は、質量基準で、C:0.100%以下、Si:1.00%以下、Mn:0.05~1.00%、Ni:1.00%以下、P:0.100%以下、S:0.100%以下、Cr:16.00~40.00%、N:0.100%以下、Ti:0.08~0.50%、Cu:1.00%以下及びMo:3.00%以下を含み、残部がFe及び不純物からなる組成を有し、
前記酸化皮膜は、厚みが50nm以上のCr23内層を有し、全体厚みが300~1000nmであり、
前記素材と前記酸化皮膜との間の界面におけるCr濃度が8.0質量%以下であるステンレス鋼材である。
【0010】
また、本発明は、質量基準で、C:0.100%以下、Si:1.00%以下、Mn:0.05~1.00%、Ni:1.00%以下、P:0.100%以下、S:0.100%以下、Cr:16.00~40.00%、N:0.100%以下、Ti:0.08~0.50%、Cu:1.00%以下及びMo:3.00%以下を含み、残部がFe及び不純物からなる組成を有し、ビッカース硬さが200HV以上である圧延材に対し、O2濃度が2~20体積%、水蒸気濃度が20体積%以下であり、且つ以下の式(1):
2濃度+水蒸気濃度 ・・・(1)
で表される値が12~35である雰囲気下、800℃以上の温度で1分以上の熱処理を行うステンレス鋼材の製造方法である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、塩分が付着した状態で高温環境に曝されても耐食性に優れ、黒色の意匠性が良好なステンレス鋼材及びその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について具体的に説明する。本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、以下の実施形態に対し変更、改良などが適宜加えられたものも本発明の範囲に入ることが理解されるべきである。
なお、本明細書において成分に関する「%」表示は、特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0013】
<ステンレス鋼材>
本発明の実施形態に係るステンレス鋼材は、素材と、素材上に形成された酸化皮膜とを有する。
ここで、本明細書において「ステンレス鋼材」とは、ステンレス鋼から形成された材料のことを意味し、その材形は特に限定されない。材形の例としては、板状(帯状を含む)、棒状、管状などが挙げられる。また、断面形状がT形、I形などの各種形鋼であってもよい。
【0014】
素材は、C:0.100%以下、Si:1.00%以下、Mn:0.05~1.00%、Ni:1.00%以下、P:0.100%以下、S:0.100%以下、Cr:16.00~40.00%、N:0.100%以下、Ti:0.08~0.50%、Cu:1.00%以下及びMo:3.00%以下を含み、残部がFe及び不純物からなる組成を有する。
ここで、本明細書において「不純物」とは、ステンレス鋼材を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップなどの原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。例えば、不純物には、不可避的不純物も含まれる。不純物としては、例えばOが挙げられる。
なお、各元素の含有量に関して、「xx%以下」を含むとは、xx%以下であるが、0%超(特に、不純物レベル超)の量を含むことを意味する。
【0015】
素材は、必要に応じて、Nb:0.50%以下、Al:1.00%以下、Zr:1.00%以下、Co:1.00%以下、V:1.00%以下、W:1.00%以下、REM:0.100%以下、Ca:0.100%以下、Sn:0.100%以下及びB:0.0100%以下から選択される少なくとも1種を更に含むことができる。
以下、各成分について詳細に説明する。
【0016】
(C:0.100%以下)
Cは、ステンレス鋼材の耐粒界腐食性(鋭敏化抑制作用)や加工性などの特性に影響を与える元素である。ただし、Cの含有量が多すぎると、ステンレス鋼材の加工性及び耐粒界腐食性が低下してしまう。そのため、Cの含有量の上限値は、0.100%、好ましくは0.080%、より好ましくは0.060%である。一方、Cの含有量の下限値は、特に限定されないが、Cの含有量を過剰に少なくすることは精練コストの上昇につながる。そのため、Cの含有量の下限値は、好ましくは0.0001%、より好ましくは0.0003%である。
【0017】
(Si:1.00%以下)
Siは、ステンレス鋼材の耐酸化性を向上させる元素である。ただし、Siの含有量が多すぎると、加工性及び溶接部靭性が低下する。そのため、Siの含有量の上限値は、1.00%、好ましくは0.90%、より好ましくは0.80%である。一方、Siの含有量の下限値は、特に限定されないが、Siによる効果を得る観点から、好ましくは0.005%、より好ましくは0.01%、更に好ましくは0.015%である。
【0018】
(Mn:0.05~1.00%)
Mnは、酸化皮膜(熱処理後の黒色化皮膜)の色調を担保するのに有効な元素である。特に、MnはCrとの複合酸化物を形成することで、黒色の色調を与える。ただし、Mnの含有量が多すぎると、腐食起点となるMnSを生成し易くなるとともに、フェライト相を不安定化させる。そのため、Mnの含有量の上限値は、1.00%、好ましくは0.90%、より好ましくは0.80%である。一方、Mnの含有量が少なすぎると、上記の効果が十分に得られないことがある。そのため、Mnの含有量の下限値は0.05%、好ましくは0.055%、より好ましくは0.06%である。
【0019】
(Ni:1.00%以下)
Niは、ステンレス鋼材の耐食性及び溶接部靭性を向上させるのに有効な元素である。ただし、Niの含有量が多すぎると、フェライト相が不安定化するとともに、製造コストも上昇する。そのため、Niの含有量の上限値は、1.00%、好ましくは0.90%、より好ましくは0.80%である。一方、Niの含有量の下限値は、特に限定されないが、上記の効果を得る観点から、好ましくは0.005%、より好ましくは0.01%である。
【0020】
(P:0.100%以下)
Pは、ステンレス鋼材の溶接性や加工性などの特性に影響を与える元素である。Pの含有量が多すぎると、上記の特性が低下する恐れがある。そのため、Pの含有量の上限値は、0.100%、好ましくは0.080%、より好ましくは0.060%である。一方、Pの含有量の下限値は、特に限定されないが、Pの含有量を過剰に少なくすることは精練コストの上昇につながる。そのため、Pの含有量の下限値は、好ましくは0.001%、より好ましくは0.005%である。
【0021】
(S:0.100%以下)
Sは、腐食起点となるMnSを生成し、ステンレス鋼材の溶接部靭性などの特性に影響を与える元素である。Sの含有量が多すぎると、上記の特性が低下する恐れがある。そのため、Sの含有量の上限値は、0.100%、好ましくは0.080%、より好ましくは0.060%である。一方、Sの含有量の下限値は、特に限定されないが、Sの含有量を過剰に少なくすることは精練コストの上昇につながる。そのため、Sの含有量の下限値は、好ましくは0.0001%、より好ましくは0.0002%である。
【0022】
(Cr:16.00~40.00%)
Crは、ステンレス鋼材の耐食性及び耐酸化性を向上させるのに有効な元素である。また、Crは、酸化皮膜(熱処理後の黒色化皮膜)の色調を担保するのに有効な元素でもある。ただし、Crの含有量が多すぎると、ステンレス鋼材の靭性が低下するとともに、酸化皮膜の成長を阻害し、黒色の色調を有する酸化皮膜を形成できない。そのため、Crの含有量の上限値は、40.00%、好ましくは38.00%、より好ましくは35.00%である。一方、Crの含有量が少なすぎると、上記の効果が十分に得られない。そのため、Crの含有量の下限値は、16.00%、好ましくは16.50%、より好ましくは17.00%である。
【0023】
(N:0.100%以下)
Nは、ステンレス鋼材の耐粒界腐食性(鋭敏化抑制作用)や加工性などの特性に影響を与える元素である。ただし、Nの含有量が多すぎると、ステンレス鋼材の耐粒界腐食性や加工性が低下する。また、Nの含有量が多くなると、TiNが析出し易くなって鋼中の固溶Ti量が減少し、熱処理後に黒色化皮膜の形成が阻害される。また、形成された窒化物は、腐食の起点になり易く、耐食性を低下させる。そのため、Nの含有量の上限値は、0.100%、好ましくは0.095%、より好ましくは0.090%である。一方、Nの含有量の下限値は、特に限定されないが、Nの含有量を過剰に少なくすることは精練コストの上昇につながる。そのため、Nの含有量の下限値は、好ましくは0.001%、より好ましくは0.003%である。
【0024】
(Ti:0.08~0.50%)
Tiは、ステンレス鋼材の耐粒界腐食性(鋭敏化抑制作用)に影響を与える元素である。また、Tiは、酸化皮膜(熱処理後の黒色化皮膜)の色調を担保するのに有効な元素でもある。特に、TiはCrとの複合酸化物を形成することで、黒色の色調を与えるとともに、表面にTi酸化物(TiO2)を形成することで酸化皮膜の剥離を抑制することもできる。ただし、Tiの含有量が多すぎると、ステンレス鋼材の加工性及び表面品質が低下する。そのため、Tiの含有量の上限値は、0.50%、好ましくは0.45%、より好ましくは0.40%である。また、Tiの含有量が少なすぎると、上記の効果が十分に得られない。そのため、Tiの含有量の下限値は、0.08%、好ましくは0.085%、より好ましくは0.09%である。
【0025】
(Cu:1.00%以下)
Cuは、ステンレス鋼材の耐食性を向上させるのに有効な元素である。ただし、Cuの含有量が多すぎると、フェライト相が不安定化するとともに、製造コストも上昇する。そのため、Cuの含有量の上限値は、1.00%、好ましくは0.90%、より好ましくは0.80%である。一方、Cuの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.005%、より好ましくは0.01%である。
【0026】
(Mo:3.00%以下)
Moは、ステンレス鋼材の耐食性及び耐酸化性を向上させるのに有効な元素である。ただし、Moの含有量が多すぎると、ステンレス鋼材の加工性の低下及び製造コストの上昇を招く。そのため、Moの含有量の上限値は、3.00%、好ましくは2.95%、より好ましくは2.90%である。一方、Moの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.001%、より好ましくは0.005%である。
【0027】
(Nb:0.50%以下)
Nbはステンレス鋼材の耐粒界腐食性(鋭敏化抑制作用)などの特性に影響を与える元素である。ただし、Nbの含有量が多すぎると、ステンレス鋼材の加工性及び靭性が低下する。そのため、Nbの含有量の上限値は、0.50%、好ましくは0.45%、より好ましくは0.40%である。一方、Nbの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.005%、より好ましくは0.01%である。
【0028】
(Al:1.00%以下、Zr:1.00%以下、Co:1.00%以下、V:1.00%以下、W:1.00%以下)
Al、Zr、Co、V及びWは、ステンレス鋼材の耐酸化性を向上させるのに有効な元素である。ただし、Al、Zr、Co、V及びWの含有量が多すぎると、ステンレス鋼材の加工性及び靭性が低下するとともに、製造コストの上昇につながる。そのため、Al、Zr、Co、V及びWの含有量の上限値はいずれも、1.00%、好ましくは0.95%、より好ましくは0.90%である。一方、Al、Zr、Co、V及びWの含有量の下限値はいずれも、特に限定されないが、好ましくは0.0001%、より好ましくは0.0005%である。
【0029】
(REM:0.100%以下、Ca:0.100%以下)
REM及びCaは、ステンレス鋼材の耐酸化性を向上させるのに有効な元素である。ただし、REM及びCaの含有量が多すぎると、ステンレス鋼材の製造コストの上昇につながる。そのため、REM及びCaの含有量の上限値はいずれも、0.100%、好ましくは0.090%、より好ましくは0.080%である。一方、REM及びCaの含有量の下限値はいずれも、特に限定されないが、好ましくは0.0001%、より好ましくは0.0003%である。
なお、REMは、Sc、Y及びランタノイドの合計17元素の総称であり、希土類金属を意味する。具体的には、La、Ce、Ndなどが挙げられ、これらのうち1種を単独で、又は2種以上を組み合わせて含有させることができる。含有される希土類元素が2種以上である場合、上記REMの含有量は、これら希土類元素の総含有量を意味する。
【0030】
(Sn:0.100%以下)
Snは、ステンレス鋼材の耐食性を向上させるのに有効な元素である。ただし、Snの含有量が多すぎると、Snが偏析し、製造性が低下する。そのため、Snの含有量の上限値は、0.100%、好ましくは0.090%、より好ましくは0.080%である。一方、Snの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.001%、より好ましくは0.002%である。
【0031】
(B:0.0100%以下)
Bは、ステンレス鋼材の二次加工性を向上させるのに有効な元素である。ただし、Bの含有量が多すぎると、ステンレス鋼材の疲労強度が低下する。そのため、Bの含有量の上限値は、0.0100%、好ましくは0.0090%、より好ましくは0.0080%である。一方、Bの含有量の下限値は、特に限定されないが、好ましくは0.0001%、より好ましくは0.0003%である。
【0032】
なお、素材の金属組織はフェライト系である。ここで、本明細書において「フェライト系」とは、常温で金属組織が主にフェライト相であるものを意味する。
【0033】
次に、素材上に形成された酸化皮膜について説明する。
酸化皮膜は、ステンレス鋼材に耐食性及び黒色の色調を付与する機能を有する。
酸化皮膜は、Cr23内層を有する。また、酸化皮膜は、Mn-Cr酸化物層を最表層に有することができる。
【0034】
Cr23内層は、酸化皮膜の素材側の層であり、酸化皮膜のバリア性(素材の保護能)を担保する機能を有する。この機能を確保する観点から、Cr23内層の厚みの下限値は、50nm、好ましくは60nm、より好ましくは70nmである。一方、Cr23内層の厚みの上限値は、特に限定されないが、好ましくは900nm、より好ましくは800nmである。
【0035】
Mn-Cr酸化物層は、酸化皮膜の表層側の層である。Mn-Cr酸化物層はMn及びCrの複合酸化物(Mn-Crスピネル酸化物)から構成される層であり、酸化皮膜に黒色の色調を付与する機能を有する。
Mn-Cr酸化物層の厚みは、特に限定されないが、好ましくは100nm以上、より好ましくは120nm以上、更に好ましくは150nm以上である。このような範囲にMn-Cr酸化物層の厚みを制御することにより、酸化皮膜に黒色の色調を安定して付与することができる。Mn-Cr酸化物層の厚みの上限値は、好ましくは950nm、より好ましくは900nmである。
【0036】
酸化皮膜の全体厚みは、色調に影響を与える。所望の黒色の色調を付与する観点から、全体厚みの下限値は、300nm、好ましくは310nm、より好ましくは320nmである。一方、全体厚みが大きくなると、ステンレス鋼材の加工時に酸化皮膜の割れや剥離が生じ易くなる。そのため、全体厚みの上限値は、1000nm、好ましくは950nm、より好ましくは900nmである。
【0037】
ここで、本明細書において、酸化皮膜の全体厚みは、グロー放電発光分光分析法(GD-OES)を用いて得られた深さ方向の成分濃度プロファイルにおいて表面からO(酸素)が最大値の1/4となるポイントまでの深さとした。また、Cr23内層の厚みは、酸化皮膜中で、Cr濃度/(Fe濃度+Cr濃度+Mn濃度+Ti濃度)×100が70%以上の範囲となる部分とした。各元素の濃度は、グロー放電発光分光分析法(GD-OES)によって求めることができる。
なお、Mn-Cr酸化物層の厚みは、酸化皮膜の全体厚みからCr23内層の厚みを引くことにより算出することができる。
【0038】
酸化皮膜は、L***表色系における明度指数L*が50.0以下、クロマネチックス指数a*及びb*が±5.00以内である。明度指数L*、クロマネチックス指数a*及びb*が上記範囲内であれば、所望の黒色の色調が得られているということができる。
ここで、本明細書において「明度指数L*」及び「クロマネチックス指数a*及びb*」は、JIS Z8722:2009に準拠して測定することができる。
【0039】
本発明の実施形態に係るステンレス鋼材は、素材と酸化皮膜との間の界面におけるCr濃度が8.0%以下、好ましくは7.0%以下である。このような範囲に界面のCr濃度を制御することにより、塩分が付着した状態で高温環境に曝されても耐食性を確保することができる。なお、界面のCr濃度は低いほど、この耐食性を向上させる効果が高いため、その下限値は特に限定されない。
ここで、本明細書において、素材と酸化皮膜との間の界面におけるCr濃度は、グロー放電発光分光分析法(GD-OES)を用いて得られた深さ方向の成分濃度プロファイルにおいて表面からO(酸素)が最大値の1/4となる位置のCr濃度(全ての元素濃度の合計に対するCr濃度の割合)とした。
【0040】
本発明の実施形態に係るステンレス鋼材は、塩分が付着した状態の高温腐食試験後に酸化皮膜の剥離面積率が5.0%以下であることが好ましく、1.0%以下であることがより好ましい。このような範囲の剥離面積率であれば、塩分が付着した状態で高温環境に曝されても耐食性に優れているということができる。
ここで、本明細書において、塩分が付着した状態の高温腐食試験とは、3.5%のNaCl水溶液(常温)にステンレス鋼材を5分間浸漬し、大気中、200℃で2時間加熱し、常温に冷却するという工程を1サイクルとして10サイクル実施する試験のことをいう。また、酸化皮膜の剥離面積率は、上記の高温腐食試験後にステンレス鋼材の表面を水洗及び乾燥した後、ステンレス鋼材の表面における酸化皮膜が剥離した部分の面積の割合を求めることによって算出できる。
なお、本明細書において、常温とは、25℃±5℃の範囲の温度のことをいう。
【0041】
本発明の実施形態に係るステンレス鋼材は、酸化皮膜によってバリア性を付与しつつ、素材中のCr含有量を高め、素材と酸化皮膜との間の界面におけるCr濃度を低減しているので、塩分が付着した状態で高温環境に曝されても耐食性に優れている。また、このステンレス鋼材は、黒色の意匠性も良好である。したがって、このステンレス鋼材は、これらの特性が要求される各種用途で用いることができる。特に、このステンレス鋼材は、マフラーなどの排気系部品、オーブンなどの家電製品などの用途に用いるのに適している。
【0042】
<ステンレス鋼材の製造方法>
本発明の実施形態に係るステンレス鋼材の製造方法は、上記の特徴を有するステンレス鋼材を製造可能な方法であれば特に限定されない。
本発明の実施形態に係るステンレス鋼材は、上記の組成を有する所定の圧延材を素材として用い、この圧延材を所定の条件で熱処理することによって製造することができる。
【0043】
圧延材としては、特に限定されず、熱延材、冷延材などを用いることができる。圧延材は、当該技術分野において公知の方法にしたがって製造することができる。例えば、冷延材は、所定の組成を有するステンレス鋼を溶製し、熱間圧延、焼鈍及び酸洗を行った後、冷間圧延することによって製造することができる。また、圧延材には、圧延後に各種処理(焼鈍、酸洗、研磨など)が行われていてもよい。
【0044】
圧延材は、ビッカース硬さが200HV以上、好ましくは210HV以上、より好ましくは220HV以上である。このような範囲のビッカース硬さを有する圧延材であれば、歪が付与されているため、素材中のCrの拡散速度が速くなり、素材の表層がCr欠乏状態になり難くなる。その結果、酸化皮膜中に異常酸化部(Fe酸化物)が形成され難くなる。なお、圧延材のビッカース硬さの上限値は、特に限定されないが、一般的に500HVである。
圧延材のビッカース硬さは、JIS Z2244:2009に準拠して求めることができる。
【0045】
圧延材の熱処理は、O2濃度が2~20体積%、水蒸気濃度が20体積%以下であり、且つ以下の式(1)で表される値が12~35である雰囲気下、800℃以上の温度で1分以上行われる。
2濃度+水蒸気濃度 ・・・(1)
このような条件で熱処理を行うことにより、塩分が付着した状態で高温環境に曝されても耐食性を確保しつつ、黒色の意匠性を付与した酸化皮膜を形成することができる。
【0046】
2濃度が20体積%を超えると、素材内のCr拡散が遅くなり、素材表層のCr濃度が低下するため、所望の特性を有する酸化皮膜を形成し難くなる。一方、O2濃度が2体積%未満であると、所定の厚みの酸化皮膜を形成し難くなる。O2濃度は、所望の特性及び厚みを有する酸化皮膜を安定して形成する観点から、好ましくは3~20体積%、より好ましくは4~20体積%である。
水蒸気濃度が20体積%を超えると、素材と酸化皮膜との間の界面におけるCr濃度が高くなるため、所望の耐食性が得られない。水蒸気濃度は、素材と酸化皮膜との間の界面におけるCr濃度を安定して低下させる観点から、好ましくは18体積%以下、より好ましくは15体積%以下である。
式(1)で表される値が12~35の範囲外であると、酸化速度が適切に制御できなくなり、所望の特性及び厚みを有する酸化皮膜が形成し難くなる。式(1)で表される値は、酸化速度を安定して制御する観点から、好ましくは13~33、より好ましくは15~30である。
【0047】
熱処理の温度が800℃未満及び時間が1分未満であると、酸化皮膜が十分に成長せず、所望の厚みの酸化皮膜を形成することができない。
熱処理の温度は、所望の特性及び厚みを有する酸化皮膜を安定して形成する観点から、好ましくは850~1200℃、より好ましくは900~1180℃である。
また、熱処理の時間は、所望の特性及び厚みを有する酸化皮膜を安定して形成する観点から、好ましくは1分~500分、より好ましくは1分~200分である。
【実施例0048】
以下に、実施例を挙げて本発明の内容を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定して解釈されるものではない。
【0049】
表1に示す組成(残部はFe及び不純物である)を有するステンレス鋼を溶製し、熱間圧延して厚み3.0mmの熱延板を得た後、熱延板を1050℃で焼鈍して酸洗することによって熱延焼鈍板を得た。次に、熱延焼鈍板を冷間圧延して厚み1.0mmの冷延板を得た。また、一部の冷延板については、1050℃で焼鈍して酸洗して冷延焼鈍板とした。さらに、一部の冷延焼鈍板については研磨処理を施して冷延焼鈍研磨板とした。研磨処理としては、水冷しながらSi研磨紙で湿式研磨処理を施した。
次に、冷延板に対し、表2に示す条件で熱処理を行ってステンレス鋼板を得た。熱処理において、雰囲気炉内でO2ガス、N2ガス及び水蒸気の導入比を調整することで所定のO2濃度及び水蒸気濃度に制御した。得られたステンレス鋼板から300mm(圧延方向)×100mm(幅方向)の試験片を切り出した。
【0050】
上記で得られた冷延板、冷延焼鈍板、冷延焼鈍研磨板について、ビッカース硬さを次のようにして測定した。
冷延板、冷延焼鈍板、冷延焼鈍研磨板から10mm角の測定用試験片を切り出した後、ビッカース硬さ試験機を用い、JIS Z2244:2009に準拠して表面のビッカース硬さを求めた。このとき荷重は、0.01kgとした。ビッカース硬さは、任意の5箇所で求め、その平均値を結果とした。
【0051】
【表1】
【0052】
【表2】
【0053】
上記の試験片について、以下の評価を行った。
【0054】
(酸化皮膜の全体厚み、Cr23内層の厚み及びMn-Cr酸化物層の厚み)
試験片から50mm角の測定用試験片を切り出し、表面をアセトンで脱脂させた。次に、JIS K0144:2018に準拠するグロー放電発光分光分析法(GD-OES)による分析を行った。
GD-OESでは、得られた深さ方向の成分濃度プロファイルにおいて表面からO(酸素)が最大値の1/4となる位置までの深さを酸化皮膜の全体厚みとした。また、酸化皮膜中で、Cr濃度/(Fe濃度+Cr濃度+Mn濃度+Ti濃度)×100が70%以上の範囲となる部分をCr23内層の厚みとした。また、酸化皮膜の全体厚みからCr23内層の厚みを引いた値をMn-Cr酸化物層の厚みとした。各元素の濃度は、GD-OESによって得られた深さ方向の成分濃度プロファイルから算出した。
【0055】
(素材と酸化皮膜との間の界面におけるCr濃度)
試験片から50mm角の測定用試験片を切り出し、表面をアセトンで脱脂させた。次に、JIS K0144:2018に準拠するグロー放電発光分光分析法(GD-OES)による分析を行った。
GD-OESでは、得られた深さ方向の成分濃度プロファイルにおいて表面からO(酸素)が最大値の1/4となる位置のCr濃度を、素材と酸化皮膜との間の界面におけるCr濃度(以下、「界面Cr濃度」と略す)とした。
【0056】
(色調)
試験片の任意の5箇所について、測定径3mmφの分光測色計を用いてJIS Z8722:2009に準拠した色調測定を行い、平均値をJIS Z8781-4:2013に準拠するCIELAB(L***表色系)である明度指数L*、クロマネチックス指数a*、b*で示した。
【0057】
上記の色調の測定条件は、以下の通りとした。
装置:コニカミノルタ 分光測色計 CM-700d
光源:パルスキセノンランプ
受光素子:デュアル36素子シリコンフォトダイオードアレイ
ターゲットマスク:φ3mm
測定:10°視野
補助イルミナント:D65 昼光、色温度6504K
正反射処理モード:SCI
【0058】
(塩分が付着した状態の高温環境下における耐食性)
試験片から幅25mm×長さ35mmの測定用試験片を切り出した後、#600の研磨材を用いて測定用試験片の端面を研磨した。次に、測定用試験片を3.5%のNaCl水溶液(常温)に5分間浸漬し、大気中、200℃で2時間加熱し、常温に冷却するという工程を1サイクルとして10サイクル実施する高温腐食試験を行った。次に、高温腐食試験後の測定用試験片の表面を水洗及び乾燥した後、当該表面における酸化皮膜が剥離した部分の面積の割合(酸化皮膜の剥離面積率)を求めた。この評価において、剥離面積率が5.0%以下であれば、耐食性に優れると判断することができる。また、剥離面積率が1.0%以下であれば、耐食性が顕著に優れると判断することができる。
上記の結果を表3に示す。
【0059】
【表3】
【0060】
表3に示されるように、実施例1~5のステンレス鋼板は、素材が所定の組成を満たし、酸化皮膜のCr23内層の厚み及び全体厚み、界面Cr濃度が所定の範囲にあるため、剥離面積率が低く(すなわち、塩分が付着した状態の高温環境下における耐食性に優れ)、黒色の意匠性も良好であった。
【0061】
これに対して比較例1のステンレス鋼板は、熱処理時の雰囲気が適切でない(水蒸気濃度及び式(1)の値が高すぎた)ため、界面Cr濃度が高くなり、剥離面積率が高くなった(すなわち、塩分が付着した状態の高温環境下における耐食性が十分でなかった)。
比較例2のステンレス鋼板も、熱処理時の雰囲気が適切でない(式(1)の値が高すぎた)ため、界面Cr濃度が高くなり、剥離面積率が高くなった(すなわち、塩分が付着した状態の高温環境下における耐食性が十分でなかった)。
比較例3のステンレス鋼板も、熱処理時の雰囲気が適切でない(O2濃度及び式(1)の値が低すぎた)ため、酸化皮膜の全体厚みが十分ではなかった。そのため、所望の色調が得られず、黒色の意匠性が低下した。
比較例4のステンレス鋼板は、熱処理時の温度が低すぎたため、酸化皮膜の全体厚みが十分ではなかった。そのため、所望の色調が得られず、黒色の意匠性が低下した。
比較例5のステンレス鋼板は、熱処理に用いた素材(冷延焼鈍板)の硬さが低すぎたため、界面Cr濃度が高くなり、剥離面積率が高くなった(すなわち、塩分が付着した状態の高温環境下における耐食性が十分でなかった)。
比較例6のステンレス鋼板は、熱処理に用いた素材のCr含有量が低すぎたため、界面Cr濃度が高くなり、剥離面積率が高くなった(すなわち、塩分が付着した状態の高温環境下における耐食性が十分でなかった)。
比較例7のステンレス鋼板は、熱処理に用いた素材のMn含有量が低すぎたため、所望の色調が得られず、黒色の意匠性が低下した。
【0062】
以上の結果からわかるように、本発明によれば、塩分が付着した状態で高温環境に曝されても耐食性に優れ、黒色の意匠性が良好なステンレス鋼材及びその製造方法を提供することができる。