(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024114621
(43)【公開日】2024-08-23
(54)【発明の名称】切削浸炭用鋼材及び切削浸炭用鋼材の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240816BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20240816BHJP
C21D 1/06 20060101ALI20240816BHJP
【FI】
C22C38/00 301N
C22C38/60
C21D1/06 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024004168
(22)【出願日】2024-01-15
(31)【優先権主張番号】P 2023020308
(32)【優先日】2023-02-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】木村 勇希
(72)【発明者】
【氏名】福岡 和明
(72)【発明者】
【氏名】奥田 金晴
(57)【要約】 (修正有)
【課題】熱間鍛造後の焼準処理を行わなくとも切削加工・その後の浸炭処理が可能な切削浸炭用鋼材を、その製造方法とともに提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.30%以下、Si:1.00%以下、Mn:2.00%以下、S:0.005%超0.100%以下、Al:0.100%以下、Nb:0.100%以下、Ti:0.010%超0.100%以下及びN:0.0250%以下を含有し、残部はFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有し、フェライト、パーライト及びベイナイトからなり、ベイナイトの面積分率が10.0%超50.0%以下であり、円相当半径1nm以上20nm以下のTi及びNbの少なくとも一方を含む析出物の数密度が10.0個/μm2以上である鋼組織を有する、切削浸炭用鋼材。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.30%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:2.00%以下、
S:0.005%超0.100%以下、
Al:0.100%以下、
Nb:0.100%以下、
Ti:0.010%超0.100%以下及び
N:0.0250%以下
を含有し、
残部はFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有し、
フェライト、パーライト及びベイナイトからなり、ベイナイトの面積分率が10.0%超50.0%以下であり、円相当半径1nm以上20nm以下のTi及びNbの少なくとも一方を含む析出物の数密度が10.0個/μm2以上である鋼組織を有する、切削浸炭用鋼材。
【請求項2】
成分組成が、さらに、
Cu:1.00%以下、
Ni:1.00%以下、
Cr:2.00%以下及び
Mo:0.50%以下
からなる群から選ばれる1種又は2種以上を含む、
請求項1記載の切削浸炭用鋼材。
【請求項3】
質量%で、
C:0.30%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:2.00%以下、
S:0.005%超0.100%以下、
Al:0.100%以下、
Nb:0.100%以下、
Ti:0.010%超0.100%以下及び
N:0.0250%以下を含有し、
残部はFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼素材を熱間鍛造する工程を含む切削浸炭用鋼材の製造方法であって、熱間鍛造後の冷却において800℃~500℃間の平均冷却速度を、単位:℃/sとして、下記(1)式で得られるVC1以上であり、かつ下記(2)式で得られるVC2以下とする、切削浸炭用鋼材の製造方法。
記
VC1=0.3-0.5×[Nb]+2×[Ti] ・・・(1)式
VC2=1-5×[Nb]+10×[Ti] ・・・(2)式
ここで、[Nb]及び[Ti]は、それぞれ、単位:質量%として、鋼素材中のNb濃度及びTi濃度を表し、[Nb]は0であってもよい。
【請求項4】
成分組成が、さらに、
Cu:1.00%以下、
Ni:1.00%以下、
Cr:2.00%以下及び
Mo:0.50%以下
からなる群から選ばれる1種又は2種以上を含む、
請求項3記載の切削浸炭用鋼材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、切削浸炭用鋼材及び切削浸炭用鋼材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車などに使用される機械構造部品は、肌焼鋼を素材とし、これを鍛造や切削加工で部品形状とした後、疲労強度を向上させる目的で浸炭焼入れ焼戻し処理(以下、単に浸炭処理という)を施して製造される。
【0003】
素材となる鋼を部品形状とする鍛造工程は、鍛造加工を行う温度によって熱間鍛造と冷間鍛造に大別されるが、素材の変形抵抗の観点から熱間鍛造による部品製造が主流となっている。
【0004】
熱間鍛造後の部品は放冷により冷却されることが多いが、比較的焼入れ性の高い肌焼鋼からなる部品を放冷した場合にはベイナイトを主とする硬質な金属組織を呈し、続けて行う切削加工に支障が生じる。
【0005】
このため、通常の工程では熱間鍛造後の部品を再度オーステナイト単相域まで加熱し、適当な時間で温度を保持した後に徐冷する熱処理、いわゆる焼準処理を実施することが多い。焼準処理により材料組織が軟質なフェライト・パーライト組織となり、切削加工性が向上する。
【0006】
さらに、焼準処理後の材料組織(比較的粗いフェライト・パーライト組織)は、熱間鍛造後に放冷した組織(フェライト・パーライト・ベイナイトの混合組織)と比べて浸炭処理時の結晶粒粗大化が発生しにくいことが知られている(例えば、非特許文献1参照)。
【0007】
このように、熱間鍛造後の焼準処理は、鋼材の切削加工性確保及びその後の浸炭処理時の結晶粒粗大化の防止の両方に有効である。
【0008】
一方、熱処理コストの低減や、熱処理に伴うリードタイム低減、さらには熱処理に使用するエネルギー低減の観点から、焼準処理の省略が望まれている。
【0009】
このような背景から、熱間鍛造後の焼準処理を省略した場合にも、その後の切削加工を良好に行うことができ、続けて実施する浸炭処理時において結晶粒の粗大化を防止する特性にも優れる鋼材の開発が求められている。
【0010】
例えば、特許文献1では、Tiを多量に添加してTi硫化物又はTi炭硫化物やTi炭化物又はTi炭窒化物を鋼中に微細分散させることで、熱間鍛造ままでの被削性に優れ、かつ高温浸炭性に優れる肌焼鋼が開示されている。
【0011】
また、特許文献2では、熱間鍛造後の冷却速度制御によってAlNやNb(C,N)の析出状態が制御された、熱間鍛造後の焼準処理が不要であり、浸炭処理時における結晶粒の粗大化を防止する特性に優れた熱間鍛造用素形材とその製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2014-101566号公報
【特許文献2】特開2001-303174号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】玉谷ら:熱処理 第37巻 第6号(1997) 356-361.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、特許文献1に記載の鋼はTiを多量に含んでおり、製造性や経済性の点で課題がある。また、特許文献2に記載の鋼では、AlNやNb(C,N)の析出状態は制御されているが、浸炭処理時の結晶粒粗大化を抑制するためには、これらの制御のみならず、ベイナイト面積分率を10%以下に抑制する必要があった。
【0015】
本発明は、上記の実情に鑑み開発されたものであり、熱間鍛造後の焼準処理を行わなくとも、熱間鍛造ままで、切削加工を良好に行うことができ、その後の浸炭処理時における結晶粒の粗大化を防止する特性に優れた切削浸炭用鋼材を、その製造方法とともに提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記の課題を解決するため、肌焼鋼に添加される析出物形成元素であるTi及びNbに着目し、これらが熱間鍛造後の硬度に与える影響を検討した結果、これらの元素の含有量を制御するとともに、鋼組織について、Ti及びNbの少なくとも一方を含む析出物を微細化すれば、ベイナイトの面積分率が10%超であっても50%以下であれば、熱間鍛造後の焼準処理を行わなくとも、熱間鍛造ままで、切削加工を良好に行うことができ、その後の浸炭処理時における結晶粒の粗大化を防止する特性に優れた切削浸炭用鋼材が得られることを見出した。
また、本発明者らは、そのような切削浸炭用鋼材を得るには、熱間鍛造後の冷却速度を適正範囲に制御することが重要であることを見出した。
【0017】
本発明者らは、これらの知見に基づき、本発明を完成させた。
本発明の切削浸炭用鋼材の要旨は以下のとおりである。
[1]質量%で、
C:0.30%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:2.00%以下、
S:0.005%超0.100%以下、
Al:0.100%以下、
Nb:0.100%以下、
Ti:0.010%超0.100%以下及び
N:0.0250%以下
を含有し、
残部はFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有し、
フェライト、パーライト及びベイナイトからなり、ベイナイトの面積分率が10.0%超50.0%以下であり、円相当半径1nm以上20nm以下のTi及びNbの少なくとも一方を含む析出物の数密度が10.0個/μm2以上である鋼組織を有する、切削浸炭用鋼材。
[2]成分組成が、さらに、
Cu:1.00%以下、
Ni:1.00%以下、
Cr:2.00%以下及び
Mo:0.50%以下
からなる群から選ばれる1種又は2種以上を含む、
[1]の切削浸炭用鋼材。
【0018】
本発明の切削浸炭用鋼材の製造方法の要旨は以下のとおりである。
[3]質量%で、
C:0.30%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:2.00%以下、
S:0.005%超0.100%以下、
Al:0.100%以下、
Nb:0.100%以下、
Ti:0.010%超0.100%以下及び
N:0.0250%以下を含有し、
残部はFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼素材を熱間鍛造する工程を含む切削浸炭用鋼材の製造方法であって、熱熱間鍛造後の冷却において800℃~500℃間の平均冷却速度を、単位:℃/sとして、下記(1)式で得られるVC1以上であり、かつ下記(2)式で得られるVC2以下とする、切削浸炭用鋼材の製造方法。
記
VC1=0.3-0.5×[Nb]+2×[Ti] ・・・(1)式
VC2=1-5×[Nb]+10×[Ti] ・・・(2)式
ここで、[Nb]及び[Ti]は、それぞれ、単位:質量%として、鋼素材中のNb濃度及びTi濃度を表し、[Nb]は0であってもよい。
[4]成分組成が、さらに、
Cu:1.00%以下、
Ni:1.00%以下、
Cr:2.00%以下及び
Mo:0.50%以下
からなる群から選ばれる1種又は2種以上を含む、
[3]の切削浸炭用鋼材の製造方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、熱間鍛造後の焼準処理を行わなくとも、切削加工を良好に行うことができ、その後の浸炭処理時における結晶粒の粗大化を防止する特性に優れた切削浸炭用鋼材が、その製造方法とともに提供される。本発明によれば、従来熱間鍛造後に実施していた焼準処理を省略することが可能である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明における成分組成の範囲を限定した理由について、元素ごとに説明する。なお、以下の成分組成を表す「%」は、特に断らない限り「質量%」を意味するものとする。
【0021】
C:0.30%以下
Cは鋼材の強度を確保するために必要な元素であるが、過剰な添加は鋼材の硬度を上昇させて被削性を悪化させるとともに、浸炭処理後の部材芯部の靭性を低下させることから、C量は0.30%以下に抑制する必要がある。このため、C量の上限は0.30%とした。C量は、好ましくは0.25%以下である。また、C量の下限は特に限定されず、0%であってもよいが、鋼材強度の点から好ましくは0.10%以上である。
【0022】
Si:1.00%以下
Siは鋼の精錬時に脱酸剤として用いられる元素であるとともに、鋼材の強度及び焼入れ性を向上させる効果も有する。しかしながら、1.00%を超える量の添加は固溶強化によってフェライト相の硬度を上昇させ、鋼材の加工性や被削性が悪化する。このため、Si量の上限を1.00%とした。Si量は、好ましくは0.80%以下であり、さらに好ましくは0.50%以下である。また、Si量の下限は特に限定されず、0%であってもよいが、鋼材強度の点から好ましくは0.01%以上である。
【0023】
Mn:2.00%以下
Mnは鋼材の焼入性及び強度を向上させる元素である。さらに、Sと結合してMnSを形成することで、鋼材の被削性を向上させる作用も有する。しかしながら、2.00%を超える量の添加では鋼材の硬度が高くなりすぎるため、かえって鋼材の被削性に悪影響を及ぼす。このため、Mn量の上限を2.00%とした。Mn量は、好ましくは1.00%以下であり、さらに好ましくは0.90%以下である。また、Mn量の下限は特に限定されず、0%であってもよいが、鋼材強度の点から好ましくは0.30%以上である。
【0024】
S:0.005%超0.100%以下
Sは鋼中のMnと結合してMnSを形成し、鋼材の被削性を向上させる元素である。一般に、硬質なベイナイト組織は被削性に劣るが、S量を0.005%超添加することで被削性が改善される。このため、S量の下限は0.005%とした。被削性の観点からはSを多量添加することが有効である一方、0.100%を超える添加はSの粒界偏析を招き、鋼材を脆化させる。このため、S量の上限を0.100%とした。S量は、好ましくは0.050%以下である。
【0025】
Al:0.100%以下
Alは鋼の脱酸元素として用いられる元素である。また、鋼中のNと結合してAlN析出物となり、浸炭時の結晶粒粗大化抑制に寄与する。しかしながら、0.100%を超える量の添加ではAl酸化物量が増加して鋼材の疲労強度を低下させる上、粗大なAlN析出物が生成し易くなり、浸炭時の結晶粒粗大化抑制に有効な微細AlN析出物が得られなくなる。このため、Al量の上限を0.100%とした。Al量は、好ましくは0.050%以下である。また、Al量の下限は特に限定されず、0%であってもよいが、鋼材の脱酸の点から好ましくは0.003%以上である。
【0026】
Nb:0.100%以下
Nbは鋼中のCと結合してNb系析出物を形成して結晶粒粗大化の抑制に寄与する元素である。しかしながら、0.100%を超えて添加しても結晶粒粗大化抑制の効果が飽和する上、鋼材の焼入れ性が過度に上昇して熱間鍛造後のベイナイト面積分率を上昇させ、硬度の上昇・切削性の低下を招く。このため、Nb量の上限を0.100%とした。Nb量は、好ましくは0.050%以下である。また、Nb量の下限は特に限定されず、0%であってもよいが、結晶粒粗大化抑制の点から0.001%以上とすることができ、好ましくは0.01%以上である。Nb系析出物は、Nb炭化物、Nb窒化物及びNb炭窒化物を包含し、さらにTiを含む複合析出物であってもよい。
【0027】
Ti:0.010%超0.100%以下
Tiは鋼中のCやNと結合してTi系析出物を形成する元素であり、結晶粒粗大化の抑制に寄与する元素である。さらに、Ti系析出物はフェライトとの格子整合性が良く、鋼材冷却時のフェライト変態を促進する効果を有する。このため、熱間鍛造後の冷却速度が大きい場合にもフェライト組織を得ることが可能となる。Ti量が0.010%以下の場合、鋼材中のTi系析出物の分率が少なく、前述したフェライト変態促進効果及び結晶粒粗大化抑制効果が得られない。一方、0.100%超のTiを添加すると、粗大なTi系析出物が生成して鋼材の疲労強度を低下させるとともに、浸炭時の結晶粒粗大化抑制に有効な微細なTi系析出物の数密度も減少するため、浸炭時の結晶粒粗大化抑制にはかえって有害となる。これらの点から、Ti量の範囲は0.010%超0.100%以下とした。Ti量は、好ましくは0.050%以下である。Ti系析出物は、Ti炭化物、Ti窒化物及びTi炭窒化物を包含し、さらにNbを含む複合析出物であってもよい。
【0028】
N:0.0250%以下
Nは鋼中のAlやTiと結合してAlN析出物やTiN析出物を形成し、結晶粒粗大化抑制に寄与する元素である。N量が0.0250%より過剰な場合はブローホールを形成し、鋼材の特性が劣化する上、粗大なAlN析出物やTiN析出物が生成し易くなり、結晶粒粗大化防止に有効な微細析出物の量が減少する。このため、N量の上限は0.0250%とした。N量は、好ましくは0.0200%以下である。また、N量の下限は特に限定されず、0%であってもよいが、N量を過度に低下させることは製造コストの増加を招くため、好ましくは0.0030%以上である。
【0029】
上記の元素に加え、成分組成は、Cu:1.00%以下、Ni:1.00%以下、Cr:2.00%以下、及びMo:0.50%以下からなる群から選ばれる1種又は2種以上を含有することができる。
【0030】
Cu:1.00%以下
Cuは、鋼材の焼入性を向上させる有用元素であり、添加することができる。しかしながら、1.00%を超えて添加すると熱間加工時に割れが発生し易くなり、鋼材の製造性を低下させる。そのため、Cuを添加する場合、Cu量は1.00%以下とし、好ましくは0.50%以下とする。また、Cuを添加する場合、上記の効果を十分に得る点から、Cu量は好ましくは0.01%以上である。
【0031】
Ni:1.00%以下
Niは、鋼材の焼入性及び靱性を向上させる有用元素であり、添加することができる。しかしながら、Niは高価な元素であり、過剰な添加は合金コストの上昇を招く。そのため、Niを添加する場合、Ni量は1.00%以下とし、好ましくは0.50%以下とする。また、Niを添加する場合、上記の効果を十分に得る点から、Ni量は好ましくは0.01%以上である。
【0032】
Cr:2.00%以下
Crは鋼材の焼入れ性を向上させる元素であり、添加することができる。しかしながら、2.00%を超えて添加すると鋼材硬度を上昇させ、鋼材の加工性や被削性を低下させる。そのため、Crを添加する場合、Cr量は2.00%以下とし、好ましくは1.50%以下である。また、Crを添加する場合、上記の効果を十分に得る点から、Cr量は好ましくは0.01%以上である。
【0033】
Mo:0.50%以下
Moは少量の添加で鋼材の焼入れ性を大きく向上させる元素であり、添加することができる。しかしながら、Moは高価な元素であり、過剰な添加は合金コストの上昇を招く。そのため、Moを添加する場合、Mo量は0.50%以下とし、好ましくは0.35%以下、さらに好ましくは0.25%以下とする。また、Moを添加する場合、上記の効果を十分に得る点から、Mo量は好ましくは0.01%以上である。
【0034】
成分組成の残部は、Fe及び不可避的不純物である。
【0035】
本発明の切削浸炭用鋼材の製造方法は、上記の成分組成を有する鋼素材を熱間鍛造する工程を含み、熱間鍛造後の冷却において800℃~500℃間の平均冷却速度を、下記(1)式で
得られるVC1(単位:℃/s)以上であり、かつ下記(2)式で得られるVC2(単位:℃/s)以下とすることを特徴とする。
VC1=0.3-0.5×[Nb]+2×[Ti] ・・・(1)式
VC2=1-5×[Nb]+10×[Ti] ・・・(2)式
ここで、[Nb]及び[Ti]は、それぞれ、単位:質量%として、鋼素材中のNb濃度及びTi濃度を表し、Nb濃度は0であってもよい。
【0036】
上記のように、熱間鍛造後の冷却速度を鋼成分に応じて制御することで焼準処理の省略が可能となる。
一般に、熱間鍛造後の鋼材を放冷により冷却した場合、鋼材はベイナイト組織を主とする金属組織を呈し高硬度となるため、切削加工性が低い。さらに、鋼組織にベイナイトを含む場合、組織がフェライト・パーライト(焼準処理後の鋼組織に相当)の場合と比較して、続く浸炭時に結晶粒粗大化が生じ易い。
本発明者らの知見によれば、熱間鍛造後の冷却速度をある範囲内に制御することで、鋼材の切削加工性を確保しつつ、浸炭時の結晶粒粗大化も防止することが可能である。適切な冷却速度の範囲は、析出物形成元素の種類及び添加量に応じて変化するため、(1)式及び(2)式を満たすように冷却することが重要である。
ここで、Tiの添加で生じるTi系析出物はフェライトとの格子整合性がよく、これらの析出物が鋼中に存在することでフェライト変態が促進される。この点から、Ti添加鋼では、添加量に応じて熱間鍛造後の冷却速度を早くしても軟質な組織を得ることができる。
また、Nbは主にNb炭化物を形成し、結晶粒粗大化抑制に寄与する一方、微量存在する固溶Nbが鋼材の焼入性を向上させるため、Nb添加鋼では軟質な組織を得る点から、添加量に応じて熱間鍛造後の冷却速度を下げることが有効である。
そこで、本発明者らがTi量及びNb量を種々変化させた鋼材について検討を行った結果、熱間鍛造後の冷却速度(単位:℃/s)を(2)式で得られるVC2以下とすることで続く切削時の切削加工性を確保可能であることが確認された。
また、熱間鍛造後の冷却速度は低いほど鋼材の硬度が低下するため、切削加工性の観点からは冷却速度が小さいことが望ましい。ただし、過度に冷却速度を下げた場合、鋼材が高温で保持される時間が長くなり、結晶粒微細化に寄与するTi及びNbの少なくとも一方を含む系析出物の凝集・粗大化を招くため、続く浸炭時の結晶粒粗大化防止特性が劣化し得る。本発明者らにより、冷却後の切削加工性を確保しつつ、浸炭時の結晶粒粗大化防止も確保するためには、冷却速度(単位:℃/s)を(1)式で得られるVC1以上とすることが有効であることが確認された。
【0037】
本発明の切削浸炭用鋼材の製造方法においては、熱間鍛造に先立ち、上記成分組成を有する鋼素材を加熱することが好ましい。鋼素材の形状は特に限定されず、例えば棒鋼、バーインコイル等を用いることができる。鋼素材の加熱温度は、950℃以上1250℃以下とすることができる。この範囲であれば、前述したとおり鋼材の切削加工性と浸炭時の結晶粒粗大化抑制を容易に両立することができる。加熱温度は1000℃以上が好ましく、また、1200℃以下が好ましい。
【0038】
加熱された鋼素材を熱間鍛造することができる。熱間鍛造の方法は、特に限定されないが、熱間鍛造後の冷却において800℃~500℃間の平均冷却速度を上記VC1(単位:℃/s)以上であり、かつ上記VC2(単位:℃/s)以下とする。冷却速度を制御する手法は、特に限定されないが、例えば等温に保持した炉を熱間鍛造ラインの下流側に設ける方法、断熱性の高い容器に熱間鍛造部品を集積させて徐冷を行う方法等が挙げられる。
500℃未満の温度域の冷却速度は特に限定されず、例えば空冷することができる。
【0039】
本発明は、上記の成分組成を有し、フェライト、パーライト及びベイナイトからなり、ベイナイトの面積分率が10.0%超50.0%以下であり、円相当半径1nm以上20nm以下のTi及びNbの少なくとも一方を含む析出物の数密度が10.0個/μm2以上である鋼組織を有する切削浸炭用鋼材に関する。
【0040】
浸炭用鋼を熱間鍛造後に放冷した場合、一般にベイナイトを主とする鋼組織を呈するが、ベイナイトを主とする組織は硬質であり切削加工性に劣るため、本発明の切削浸炭用鋼材では、鋼組織中のベイナイト面積分率を一定範囲に制御する。
ベイナイト面積分率が50.0%を超える場合、硬度が高くなり切削加工性が低下する。ベイナイト面積分率が10.0%以下の場合、鋼材の硬度は十分低く切削加工性に問題はないが、焼準処理を行わずにこのような組織を得るためには熱間鍛造後の冷却速度を大幅に下げる必要がある。しかしながら、冷却速度を過度に低下させた場合、鋼材が高温で保持される時間が長くなり、結晶粒微細化に寄与するTi及びNbの少なくとも一方を含む析出物の凝集・粗大化を招くため、続く浸炭時の結晶粒粗大化防止特性が劣化する。このため、鋼組織中のベイナイト面積分率は10%超50%以下とし、かつ円相当半径1nm以上20nm以下のTi及びNbの少なくとも一方を含む析出物の数密度が10.0個/μm2以上であることとした。
ここで、Ti及びNbの少なくとも一方を含む析出物は、Ti炭化物、Ti窒化物、Ti炭窒化物、Nb炭化物、Nb窒化物、Nb炭窒化物、Nb及びTiの複合炭化物、Nb及びTiの複合窒化物、Nb及びTiの複合炭窒化物であり、少なくとも一種類が存在していればよく、二種類以上が存在していてもよい。例えば、成分組成がNbを実質的に含まない場合、Ti及びNbの少なくとも一方を含む析出物は、Ti炭化物、Ti窒化物及びTi炭窒化物からなることができる。
ベイナイト面積分率は、好ましくは20.0%以上50.0%以下である。
円相当半径1nm以上20nm以下のTi及びNbの少なくとも一方を含む析出物の数密度は好ましくは20.0個/μm2以上であり、また、鋼材硬度の観点から、50.0個/μm2以下が好ましい。
鋼組織及びTi及びNbの少なくとも一方を含む析出物の測定は、後述する実施例の方法で行うことができる。
【0041】
本発明の切削浸炭用鋼材を切削加工して所望の形状に加工した後、浸炭処理又は浸炭窒化処理して鋼部品を得ることができる。
【0042】
切削加工の方法は、特に限定されず、例えばドリル穿孔、旋削等が挙げられる。
【0043】
浸炭処理又は浸炭窒化処理の方法は、特に限定されない。
浸炭処理としては、例えば、炭素ポテンシャル0.8~1.3%の浸炭雰囲気において、900℃以上の温度より60~180℃の油中に焼入れ、その後、120℃以上での焼戻し処理を施すことが挙げられる。
浸炭窒化処理としては、例えば、炭素ポテンシャル0.8~1.3%、窒素ポテンシャル0.2~0.6%の雰囲気において、900℃以上の温度より60~180℃の油中に焼入れ、その後、120℃以上での焼戻し処理を施すことが挙げられる。
【0044】
本発明の切削浸炭用鋼材は、建産機や自動車分野で用いられる機械構造用部品の製造に好適に用いることができる。本発明の切削浸炭用鋼材が用いられる部品として、建産機分野では、例えば、走行減速機のギア(プラネタリーギア及びサンギア等の歯車)、大型減速機のギア、油圧ポンプのバルブプレート、ボールねじのナット、サイクロン減速機の曲線板、ピン及び直動軸受けのブロック等が挙げられ、自動車分野では、各種軸受、エンジンのピストンピン、カムシャフト及びタイミングギア、変速機の歯車類(ミッシングギア、リングギア、サンギア及びプラネタリーギア等)、駆動系のデフベベルギア、トリポート、インナ及びボール等が挙げられる。また、建産機や自動車分野以外では、電気機器分野の風力発電機用の軸受や減速ギア等にも好適に用いることができる。
【実施例0045】
以下、実施例を示し、本発明の構成及び作用効果をより具体的に説明する。しかし、本発明は下記の実施例によって制限を受けるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で適宜変更することも可能で、これらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0046】
下記の表1に示す化学成分(残部はFe及び不可避的不純物)の鋼を溶製し、1200℃へ加熱した後熱間鍛伸によって直径40mmの棒鋼素材を作製した。この棒鋼素材を、後述する熱間鍛造模擬試験に供した。
【0047】
熱間鍛造模擬試験の要領は次の通りである。すなわち、前項で作製した直径40mmの棒鋼素材を1200℃へ加熱後、30分間の温度保持を行った後、熱間スエージング加工により直径32mmへ縮径した。続けて、熱間スエージング加工後の棒鋼を種々の冷却速度で室温まで冷却し、熱間鍛造模擬試験材を得た。冷却速度(単位:℃/s)は各鋼種3水準とした。すなわち、冷却における800℃~500℃間の平均冷却速度を(1)式及び(2)式で求められるVC1以上VC2以下の範囲内に制御した条件、ならびに800℃~500℃間の平均冷却速度をこの範囲外(上限外れ・下限外れ)とした条件である。表2に、各例で採用した条件を示す。
【0048】
熱間鍛造模擬試験材の鋼組織観察を行った。熱間鍛造模擬試験材のD/4位置(D:熱間鍛造模擬試験材の直径)、長手方向が観察面となるように試料を切断し、鏡面研磨を行った後、組織観察に供した。組織観察には、光学顕微鏡を使用し、観察倍率100倍で無作為に5視野を観察した。1視野あたりの観察領域は600μm×800μmである。得られた組織写真の画像解析を行って、鋼組織を同定し、ベイナイト面積分率を算出した。5視野で求めたベイナイト面積分率の平均値をその鋼種のベイナイト面積分率とし、10%超50%以下の鋼種を合格と判定した。なお、ベイナイト面積分率の算出には、画像解析ソフトウェアImageJを用いた。表2に、各例の結果を示す。
【0049】
また、熱間鍛造模擬試験材のビッカース硬度を測定した。硬度測定時の負荷荷重は1kgfとし、測定位置は試験片の中心1点及び中心から1mm離れた上下左右4点、計5点の平均値とした。表2に、各例の結果を示す。
【0050】
熱間鍛造模擬試験材の被削性を外周切削試験で評価した。熱間鍛造模擬試験材表層のスケール及び脱炭層を除去する目的で外周1mmを切削した後、外周切削試験に供した。外周旋削試験時の切削工具はP20種を使用し、切削条件は切込み:1mm、切削速度:200mm/min、送り:0.20mm/rev、無潤滑とした。切削時間300s後の工具逃げ面を実体顕微鏡で観察し、工具の摩耗量を測定した。摩耗量が150μm以下を合格と判定した。
【0051】
熱間鍛造模擬試験材中に存在する、円相当半径1nm以上20nm以下のTi及びNbの少なくとも一方を含む析出物の数密度は以下の手順で算出した。熱間鍛造模擬試験材から抽出レプリカ試料を採取し、透過型電子顕微鏡法(TEM)にて倍率20万倍、10視野を観察した。1視野あたりの観察領域は5μm×5μmである。観察された析出物の組成を、T
EM付属のエネルギー分散型X線分光装置(TEM-EDX)にて確認し、Ti・Nb・C・Nの検出有無から析出物種の同定を行った。Ti・Nbの少なくとも一方が検出された析出物について円相当半径を画像解析により算出した。円相当半径1nm以上20nm以下のTi及びNbの少なくとも一方が検出された析出物の個数を計数し、観察総面積で除することで、Ti及びNbの少なくとも一方を含む析出物の数密度を算出した。表2に、各例の結果を示す。
【0052】
さらに、熱間鍛造模擬試験材に対して、擬似浸炭処理(実際の浸炭処理と温度履歴のみを揃えた熱処理)を行い、結晶粒粗大化の発生有無を確認した。擬似浸炭処理は950℃で3時間の温度保持後に試験片を油冷する条件で実施した。擬似浸炭処理後の試験片を研磨・腐食後に、粒度番号5番程度の結晶粒が観察可能な観察倍率(100倍)の光学顕微鏡で直径32mmの断面全面を観察(分割撮影)し、粗大結晶粒の存在の有無を確認した。粗大結晶粒が全く観察されなかった試料を合格、粗大結晶粒が1つでも観察されたものを不合格と判定した。表2に、各例の結果を示す。
【0053】
【0054】
【0055】
本発明範囲内の成分組成を有する鋼No.10からNo.20の鋼素材を用いて、熱間鍛造模擬試験後の800℃~500℃間の平均冷却速度が本発明範囲内に入るように制御した例では、ベイナイト面積分率が10.0%超50.0%以下の範囲内で、円相当半径1nm以上20nm以下のTi及びNbの少なくとも一方を含む析出物の数密度も10.0個/μm2以上となり、外周旋削試験後の工具摩耗量も150μm以下であった。さらに、続けて実施した擬似浸炭処理後にも粒度番号5番を下回るような粗大結晶粒は全く観察されず、合格の結果であった。
一方、鋼No.10からNo.20の鋼素材を用いても、熱間鍛造模擬試験後の平均冷却速度が本発明範囲外である例では、ベイナイト面積分率及び所定の析出物の数密度の少なくともいずれかが本発明範囲外であり、外周旋削試験後の工具摩耗量が150μmを上回るか、かつ/又は擬似浸炭処理後に粗大結晶粒が観察され不合格の結果であった。
また、本発明範囲外の成分組成を有する鋼No.1からNo.9の鋼素材を用いた例では、熱間鍛造模擬試験後の平均冷却速度が本発明範囲内であるか範囲外であるかに関わらず、ベイナイト面積分率及び所定の析出物の数密度の少なくともいずれかが本発明範囲外であり、工具摩耗量が150μmを上回るか、かつ/又は擬似浸炭処理に粗大結晶粒が観察され不合格の結果であった。
【0056】
中でも鋼No.4、No.6、No.8の鋼素材は、それぞれAl量、Ti量、N量が本発明範囲を超過しているが、これらを用いた場合、熱間鍛造模擬試験後の平均冷却速度が本発明範囲より早い場合にはベイナイト面積分率が50.0%を超過したものの、平均冷却速度が本発明範囲内であればベイナイト面積分率は本発明範囲内であって、工具摩耗量が150μm以下であったが、擬似浸炭処理後に粗大結晶粒が観察され不合格の結果であった。これらの鋼素材を用いた場合、鋼中にはAlN析出物又はTiN析出物が存在すると考えられるが、Al量、Ti量又はN量が本発明範囲を超過しているため、結晶粒粗大化の防止に有効な微細析出物の数密度が本発明範囲を下回ったために、擬似浸炭処理中の結晶粒粗大化を抑制できなかったと考えられる。
【0057】
また、鋼No.5は、Nb量が本発明範囲を超過した鋼素材であり、熱間鍛造模擬試験後の平均冷却速度が本発明範囲内であってもベイナイト面積分率が本発明範囲を超過し、外周旋削試験後の工具摩耗量が150μmを上回った。Nbを多量に添加したことで焼入れ性が過剰となり、ベイナイト面積分率が本発明範囲を超過したと考えられる。また、冷却速度が本発明範囲を下回る場合、微細析出物の数密度が低下し、結晶粒粗大化を抑制できなかったと考えられる。
【0058】
鋼No.7は、Ti量が本発明範囲を下回った鋼素材であり、熱間鍛造模擬試験後の平均冷却速度が本発明範囲内であれば、ベイナイト面積分率は本発明の範囲内で、外周旋削試験後の工具摩耗量も150μm以下であったが、擬似浸炭処理後に粒度番号5番以下の粗大結晶粒が観察された。Ti添加量が本発明範囲を下回っており、微細析出物の数密度が本発明範囲を下回ったために結晶粒粗大化を防止できなかったと考えられる。
【0059】
鋼No.9は、S量は本発明範囲を下回った鋼素材である。この鋼はS量が低いために切削性に乏しく、ベイナイト面積分率が本発明範囲内であっても外周旋削試験後の工具摩耗量が150μm以上となった。