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特開2024-114961移植用神経網膜の品質を評価する方法及び移植用神経網膜シート
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024114961
(43)【公開日】2024-08-23
(54)【発明の名称】移植用神経網膜の品質を評価する方法及び移植用神経網膜シート
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/6888 20180101AFI20240816BHJP
   C12Q 1/6881 20180101ALI20240816BHJP
   C12Q 1/686 20180101ALN20240816BHJP
【FI】
C12Q1/6888 Z
C12Q1/6881 Z
C12Q1/686 Z
【審査請求】有
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024106151
(22)【出願日】2024-07-01
(62)【分割の表示】P 2021505162の分割
【原出願日】2020-03-13
(31)【優先権主張番号】P 2019046505
(32)【優先日】2019-03-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度 国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「再生医療実現拠点ネットワークプログラム疾患・組織別実用化拠点(拠点A)」「視機能再生のための複合組織形成技術開発および臨床応用推進拠点」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000002912
【氏名又は名称】住友ファーマ株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100140888
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 欣乃
(72)【発明者】
【氏名】桑原 篤
(72)【発明者】
【氏名】渡 健治
(72)【発明者】
【氏名】松下 恵三
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 優
(72)【発明者】
【氏名】万代 道子
(72)【発明者】
【氏名】高橋 政代
(57)【要約】
【課題】移植用神経網膜の品質を評価する方法及び当該方法により選別された移植用神経網膜シートを提供すること。
【解決手段】本発明の移植用神経網膜の品質を評価する方法は、多能性幹細胞由来の上皮構造を有する神経網膜を含む細胞凝集体の一部又は全部を品質評価用サンプルとして抽出することと、品質評価用サンプル中の神経網膜系細胞関連遺伝子及び非神経網膜系細胞関連遺伝子の発現を検出することと、神経網膜系細胞関連遺伝子の発現が認められ、かつ、非神経網膜系細胞関連遺伝子の発現が認められない場合に、(1)一部である品質評価用サンプルを含む細胞凝集体と同一の細胞凝集体における神経網膜(移植用神経網膜)、(2)一部である品質評価用サンプルを含む細胞凝集体と同一ロットの細胞凝集体における神経網膜(移植用神経網膜)、又は(3)全部である品質評価用サンプルの細胞凝集体と同一ロットの細胞凝集体における神経網膜(移植用神経網膜)を、移植用神経網膜として使用可能であると判定することと、を含み、非神経網膜系細胞関連遺伝子が、脳脊髄組織マーカー遺伝子及び眼球関連組織マーカー遺伝子からなる群から選択される1以上の遺伝子を含む。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
移植用神経網膜の品質を評価する方法であって、
前記方法は、
多能性幹細胞由来の上皮構造を有する神経網膜を含む細胞凝集体の一部又は全部を品質評価用サンプルとして抽出することと、
前記品質評価用サンプル中の神経網膜系細胞関連遺伝子及び非神経網膜系細胞関連遺伝子の発現を検出することと、
前記神経網膜系細胞関連遺伝子の発現が認められ、かつ、前記非神経網膜系細胞関連遺伝子の発現が認められない場合に、
(1)前記一部である品質評価用サンプルを含む細胞凝集体と同一の細胞凝集体における前記神経網膜(移植用神経網膜)、
(2)前記一部である前記品質評価用サンプルを含む細胞凝集体と同一ロットの細胞凝集体における前記神経網膜(移植用神経網膜)、又は
(3)前記全部である前記品質評価用サンプルの細胞凝集体と同一ロットの細胞凝集体における前記神経網膜(移植用神経網膜)
を、移植用神経網膜として使用可能であると判定することと、を含み、
前記非神経網膜系細胞関連遺伝子が、脳脊髄組織マーカー遺伝子及び眼球関連組織マーカー遺伝子からなる群から選択される1以上の遺伝子を含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、移植用神経網膜の品質を評価する方法及び移植用神経網膜シートに関し、特に多能性幹細胞由来の移植用神経網膜の品質を評価する方法及び多能性幹細胞由来の移植用神経網膜シートに関する。
【背景技術】
【0002】
生体の神経組織では、1種類又は複数種類の神経系細胞が層構造を形成している。神経組織の一つである網膜組織は、主に視細胞、双極細胞、水平細胞、アマクリン細胞、及び神経節細胞の5種類の神経細胞とグリア細胞によって構成され、立体的な層構造を形成している。神経疾患、例えば網膜変性疾患への治療法として、神経組織を用いた移植治療が有効であることが示唆されてきたが、ヒトの生体の神経組織を反映した層構造と機能を維持した組織を入手することが難しく、治療法として一般化することが難しかった。近年、神経組織(例えば網膜組織)を、多能性幹細胞から分化誘導させて製造することが可能となった(非特許文献1、2、3及び4)。
【0003】
多能性幹細胞に由来する網膜組織は、多種の網膜層特異的神経細胞を含むうえ、層構造をなして構成されるため、非常に複雑な構造を有している。このような非常に複雑な構造を有する網膜組織を移植用の細胞医薬として用いるにあたっては、特にその品質を厳密に管理することが求められる。神経網膜の品質評価方法として、細胞凝集体中の連続上皮構造の有無を解析する画像解析方法などの手法が存在する(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】WO2017/090741
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Eiraku M. et al., “Self-organized Formationof Polarized Cortical Tissues From ESCs and Its Active Manipulation byExtrinsic Signals”, Cell Stem Cell, 3(5), 519-32(2008)
【非特許文献2】Eiraku M. et al., “Self-organizing optic-cupmorphogenesis in three-dimensional culture”, Nature,472, 51-56(2011)
【非特許文献3】Nakano T. et al., “Self-formation of OpticCups and Storable Stratified Neural Retina From Human ESCs” Cell Stem Cell, 10(6), 771-775(2012)
【非特許文献4】Kawahara A. et al., “Generation of a ciliarymargin-like stem cell niche from self-organizing human retinal tissue” Nature Communications, 6, 6286(2015)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明は上記事情に鑑み、移植用神経網膜の品質を評価する方法及び当該方法により選別された移植用神経網膜シートを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意研究を行った結果、多能性幹細胞に由来する神経網膜を含む細胞凝集体の製造過程において、一部の細胞凝集体において網膜層特異的神経細胞(目的細胞、神経網膜系細胞(neural retina-related cell))に加えて、網膜層特異的神経細胞以外の細胞(目的外細胞、非神経網膜系細胞(Non-neural retina-related cell))が副生成する可能性があることを見出した。そして、複数のサンプルについて遺伝子発現等を網羅的に解析した結果、副生成する可能性のある目的外細胞は、脳脊髄組織及び眼球関連組織であることが判明した。さらに、脳脊髄組織及び眼球関連組織を詳細に解析した結果、脳脊髄組織としては、終脳(大脳)、間脳(視床下部を含む)、中脳、及び脊髄が副生し得ること、眼球関連組織としては、網膜色素上皮(RPE)、毛様体、水晶体及びoptic stalk(眼茎及び視神経組織)が副生し得ることも判明した。
【0008】
本発明者らは、これらの新規な知見から、目的細胞に関連する遺伝子の発現及び目的外細胞に関連する遺伝子の発現を解析することによって、移植に適した神経網膜であるかどうか評価し得ること、また、それによって移植用神経網膜を選別し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は以下に関する。
[1]
移植用神経網膜の品質を評価する方法であって、
上記方法は、
多能性幹細胞由来の上皮構造を有する神経網膜を含む細胞凝集体の一部又は全部を品質評価用サンプルとして抽出することと、
上記品質評価用サンプル中の神経網膜系細胞関連遺伝子及び非神経網膜系細胞関連遺伝子の発現を検出することと、
上記神経網膜系細胞関連遺伝子の発現が認められ、かつ、上記非神経網膜系細胞関連遺伝子の発現が認められない場合に、
(1)上記一部である品質評価用サンプルを含む細胞凝集体と同一の細胞凝集体における上記神経網膜(移植用神経網膜)、
(2)上記一部である品質評価用サンプルを含む細胞凝集体と同一ロットの細胞凝集体における上記神経網膜(移植用神経網膜)、又は
(3)上記全部である品質評価用サンプルの細胞凝集体と同一ロットの細胞凝集体における上記神経網膜(移植用神経網膜)
を、移植用神経網膜として使用可能であると判定することと、を含み、
上記非神経網膜系細胞関連遺伝子が、脳脊髄組織マーカー遺伝子及び眼球関連組織マーカー遺伝子からなる群から選択される1以上の遺伝子を含む、方法。
[2]
上記脳脊髄組織マーカー遺伝子が、終脳マーカー遺伝子、間脳・中脳マーカー遺伝子、及び脊髄マーカー遺伝子からなる群から選択される1以上の遺伝子であり、
上記眼球関連組織マーカー遺伝子が、optic stalkマーカー遺伝子、毛様体マーカー遺伝子、水晶体マーカー遺伝子及び網膜色素上皮マーカー遺伝子からなる群から選択される1以上の遺伝子である、上記[1]に記載の方法。
[3]
上記終脳マーカー遺伝子が、FoxG1、Emx2、Dlx2、Dlx1及びDlx5からなる群から選択される1以上の遺伝子を含み、
上記間脳・中脳マーカー遺伝子が、OTX1、OTX2、DMBX1、Rx、Nkx2.1、OTP、FGFR2、EFNA5及びGAD1からなる群から選択される1以上の遺伝子を含み、
上記脊髄マーカー遺伝子が、HOXD4、HOXD3、HOXD1、HOXC5、HOXA5及びHOXB2からなる群から選択される1以上の遺伝子を含み、
上記Optic Stalkマーカー遺伝子が、GREM1、GPR17、ACVR1C、CDH6、Pax2、Pax8、GAD2及びSEMA5Aからなる群から選択される1以上の遺伝子を含み、
上記毛様体マーカー遺伝子が、Zic1、MAL、HNF1beta、FoxQ1、CLDN2、CLDN1、GPR177、AQP1及びAQP4からなる群から選択される1以上の遺伝子を含み、
上記水晶体マーカー遺伝子がCRYAA及びCRYBA1からなる群から選択される1以上の遺伝子を含み、
上記網膜色素上皮マーカー遺伝子がMITF、TTR及びBEST1からなる群から選択される1以上の遺伝子を含む、上記[2]に記載の方法。
[4]
上記非神経網膜系細胞関連遺伝子が、未分化多能性幹細胞マーカー遺伝子をさらに含む、上記[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5]
上記未分化多能性幹細胞マーカー遺伝子が、Oct3/4、Nanog及びlin28からなる群から選択される1以上の遺伝子を含む、上記[4]に記載の方法。
[6]
上記品質評価用サンプルの細胞凝集体と同一ロットの細胞凝集体が、上記移植用神経網膜と同等の遺伝子発現プロファイルを示す条件下で製造された細胞凝集体である、上記[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[6-1]
上記移植用神経網膜が、上皮組織の中心付近を含む、上記[1]~[6]のいずれかに記載の方法。
[6-2]
上記移植用神経網膜が、連続上皮組織である、上記[1]~[6]、[6-1]のいずれかに記載の方法。
[7]
上記品質評価用サンプルが細胞凝集体の一部であり、
上記神経網膜系細胞関連遺伝子の発現が認められ、かつ、上記非神経網膜系細胞関連遺伝子の発現が認められない場合に、上記一部である品質評価用サンプルを含む細胞凝集体と同一の細胞凝集体における該一部と少なくとも一部において連続又は近接していた神経網膜を、移植用神経網膜として使用可能であると判定する、上記[1]~[6]のいずれかに記載の方法。
[8]
上記移植用神経網膜が、上記品質評価用サンプルと同一の上皮組織に含まれる、上記[7]に記載の方法。
[9]
上記移植用神経網膜が、上記同一の上皮組織の中心付近を含む、上記[8]に記載の方法。
[10]
上記移植用神経網膜が、連続上皮組織である、上記[9]に記載の方法。
[11]
上記神経網膜を含む細胞凝集体が、上記移植用神経網膜を含む第一の上皮組織、及び、上記第一の上皮組織の表面における接線の傾きの連続性と異なる表面の接線の傾きの連続性を有し、かつ非神経網膜系細胞を含む第二の上皮組織を含み、
上記移植用神経網膜が、上記第二の上皮組織から最も離れた第一の上皮組織上の領域を含み、
上記品質評価用サンプルが、上記第二の上皮組織と上記移植用神経網膜の間に存在する一部である、上記[7]~[10]のいずれかに記載の方法。
[12]
上記第二の上皮組織が、眼球関連組織及び/又は脳脊髄組織である、上記[11]に記載の方法。
[13]
上記眼球関連組織が、網膜色素上皮細胞及び毛様体を含む、上記[12]に記載の方法。
[14]
上記神経網膜系細胞関連遺伝子及び上記非神経網膜系細胞関連遺伝子の発現の検出は、定量PCRにより行うことを含む、上記[1]~[13]のいずれかに記載の方法。
[15]
以下の基準1及び基準2を満たす場合に、移植用神経網膜として使用可能であると判定することを含む、上記[14]に記載の方法。
基準1:上記神経網膜系細胞関連遺伝子のThreshold Cycle(Ct)値と内部標準遺伝子のCt値との差(ΔCt値)が10以下
基準2:.上記非神経網膜系細胞関連遺伝子のCt値と内部標準遺伝子のCt値との差(ΔCt値)が5以上
[16]
上記定量PCRが、下記(1)~(5)の工程を含む方法によって行われ、それによって、2以上の上記品質評価用サンプルにおける、それぞれの神経網膜系細胞関連遺伝子及び非神経網膜系細胞関連遺伝子の発現量を同時に検出する、上記[14]又は[15]に記載の方法。
(1)1群の8以上800以下の独立したサンプルウェルからなるサンプルウェル群、1群以上の8以上800以下の独立したプライマーウェルからなるプライマーウェル群、及び、サンプルウェル群における独立したサンプルウェルとそれぞれのプライマーウェル群における独立したプライマーウェルとをつなぐ流路を有する流路プレートと、2以上の上記品質評価用サンプルから得られた核酸を含有する溶液(サンプル溶液)と、1以上の上記神経網膜系細胞関連遺伝子又は上記非神経網膜系細胞関連遺伝子に特異的なプライマーを1又は複数含有する溶液(プライマー溶液)を準備すること、
(2)サンプルウェル群において、上記サンプル溶液を上記品質評価用サンプルごとに1サンプル溶液/1サンプルウェルとなるように添加すること、
(3)上記1以上のプライマーウェル群において、上記プライマー溶液を、異なるプライマーウェル群となるように、1以上のプライマーウェルに添加すること、
(4)上記流路を介して、上記核酸に対して、上記プライマーを別々に混合すること、及び
(5)(4)で得られた混合液を用いて定量PCRを行うこと。
[17]
神経網膜シートであって、
(1)多能性幹細胞由来であり、
(2)3次元構造を有し、
(3)視細胞層及び内層を含む複数の層構造を有する神経網膜層を含み、
(4)上記視細胞層が、視細胞前駆細胞及び視細胞からなる群から選択される1以上の細胞を含み、
(5)上記内層が、網膜前駆細胞、神経節細胞、アマクリン細胞及び双極細胞からなる群から選択される1以上の細胞を含み、
(6)上記神経網膜層の表面が、頂端面を有し、
(7)上記頂端面に沿って存在する視細胞層の内側に上記内層が存在し、
(8)上記神経網膜シートの表面の総面積に対して、上記神経網膜層の面積が50%以上であり、
(9)上記神経網膜層の頂端面の総面積に対して、連続上皮構造の面積が80%以上であり、
(10)上記神経網膜シート中の神経網膜系細胞関連遺伝子の発現が認められ、かつ、非神経網膜系細胞関連遺伝子の発現が認められず、上記非神経網膜系細胞関連遺伝子が、脳脊髄組織マーカー遺伝子及び眼球関連組織マーカー遺伝子からなる群から選択される1以上の遺伝子を含むことを特徴とする、
神経網膜シート。
[18]
長径が600μm~2500μmである、上記[17]に記載の神経網膜シート。
[19]
短径が200μm~1500μmである、上記[17]又は[18]に記載の神経網膜シート。
[20]
高さが100μm~1000μmである、上記[17]~[19]のいずれかに記載の神経網膜シート。
[21]
上記神経網膜シートが、
(1)神経網膜を含む細胞凝集体より単離されたものであり、
(2)該細胞凝集体における連続上皮組織の中心付近の領域を含み、かつ、
(3)長径が600μm~2500μm、短径が200μm~1500μm及び高さが100μm~1000μmである、
上記[17]~[20]のいずれかに記載の神経網膜シート。
[22]
上記神経網膜シートが、
(1)少なくとも第一の上皮組織及び第二の上皮組織を含む細胞凝集体より単離されたものであり、
上記細胞凝集体は、上記第一の上皮組織はヒト神経網膜を含み、上記第二の上皮組織は、上記第一の上皮組織の表面における接線の傾きの連続性と異なる表面の接線の傾きの連続性を有し、かつ非神経網膜系細胞を含み、
(2)上記第二の上皮組織から最も離れた上記第一の上皮組織上の領域を含み、かつ、
(3)長径が600μm~2500μmであり、短径が200μm~1500μmであり、高さが100μm~1000μmであり、
上記第二の上皮組織が、眼球関連組織、脳脊髄組織及びその他の第一の上皮組織の神経網膜とは異なる組織からなる群から選択される組織である、上記[17]~[21]のいずれかに記載の神経網膜シート。
[23]
上記神経網膜シート中の総細胞数に対するRx陽性細胞の割合が、30%以上80%以下、40%以上70%以下、45%以上60%以下、又は50%以上60%以下である、上記[17]~[22]のいずれかに記載の神経網膜シート。
[24]
上記神経網膜シート中の総細胞数に対するChx10陽性細胞の割合が、10%以上80%以下、20%以上70%以下、30%以上60%以下、又は40%以上50%以下である、上記[17]~[23]のいずれかに記載の神経網膜シート。
[25]
上記神経網膜シート中の総細胞数に対するPax6陽性細胞の割合が、10%以上80%以下、20%以上70%以下、30%以上60%以下、又は40%以上50%以下である、上記[17]~[24]のいずれかに記載の神経網膜シート。
[26]
上記神経網膜シート中の総細胞数に対するCrx陽性細胞の割合が、10%以上70%以下、10%以上60%以下、20%以上60%以下、30%以上60%以下、40%以上60%以下、又は50%以上60%以下である、上記[17]~[25]のいずれかに記載の神経網膜シート。
[27]
上記[17]~[26]のいずれかに記載の神経網膜シートを含む、医薬組成物。
[28]
上記[17]~[26]のいずれかに記載の神経網膜シートを、移植を必要とする対象に移植することを含む、神経網膜系細胞若しくは神経網膜の障害又は神経網膜の損傷に基づく疾患の、治療方法。
[29]
上記[1]~[16]のいずれかに記載の方法を用いて、多能性幹細胞由来の上皮構造を有する神経網膜を含む細胞凝集体を評価し、移植用神経網膜として使用可能であると判定された移植用神経網膜を選別すること、及び
上記選別された移植用神経網膜を単離すること
を含む、上記[17]~[26]のいずれかに記載の神経網膜シートの製造方法。
[30]
2個以上800個以下の、多能性幹細胞由来の上皮構造を有する神経網膜を含む細胞凝集体から、当該細胞凝集体の一部である品質評価用サンプルをそれぞれ抽出すること、
上記抽出された2個以上800個以下の品質評価用サンプルを、上記[1]~[16]のいずれかに記載の方法によって評価し、移植用神経網膜として使用可能であると判定された移植用神経網膜を選別すること、及び
上記選別された移植用神経網膜を単離すること
を含む神経網膜シートの製造方法。
[31]
上記細胞凝集体が、多能性幹細胞を分化誘導して得られた、少なくとも第一の上皮組織及び第二の上皮組織を含む細胞凝集体であって、上記第一の上皮組織はヒト神経網膜を含み、上記第二の上皮組織は、上記第一の上皮組織の表面における接線の傾きの連続性と異なる表面の接線の傾きの連続性を有し、かつ非神経網膜系細胞を含み、
上記移植用神経網膜の単離は、上記細胞凝集体より、上記移植用神経網膜が上記第二の上皮組織から最も離れた上記第一の上皮組織上の領域を含むように単離することである、
上記[29]又は[30]に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、移植用神経網膜の品質を評価する方法及び当該方法により選別された移植用神経網膜シート、及び当該移植用神経網膜シートの製造方法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施例1における、移植用神経網膜を含む細胞凝集体に対してCrx及びChx10で免疫染色を行った結果を示す蛍光顕微鏡画像である。
図2】実施例1における、移植用神経網膜を含む細胞凝集体に対してRx及びRecoverinで免疫染色を行った結果を示す蛍光顕微鏡画像である。
図3】実施例2における、神経網膜及び副産物A、B、C、D、E及びFから抽出されたRNAのマイクロアレイ解析結果を示す。
図4】典型的な細胞凝集体からキャップ及びリングを作製する概念図である。
図5】様々な形状をした細胞凝集体からキャップ及びリングを作製する概念図である。黒色及び灰色で示される部分は目的外組織を意味する。
図6】典型的な移植片の画像及び移植片の模式図とともに、実施例4における、移植片の高さ、長径及び短径を示す。
図7】実施例5における、移植片に対してCrx及びChx10で免疫染色を行った結果を示す共焦点蛍光顕微鏡画像である。
図8】実施例6における、キャップ及びリングから抽出されたRNAにおける遺伝子発現を定量PCRで解析した結果を示す。
図9】実施例7における、キャップ及びリングから抽出されたRNAにおける遺伝子発現を定量PCRで解析した結果を示す。
図10】実施例8における、リングから抽出したRNAを定量PCRで解析した後に、移植片(キャップ)をラット網膜下に移植し、移植後の生着像を蛍光顕微鏡による観察した結果を示す画像である。
図11】実施例9における、リングから抽出したRNAを定量PCRで解析した後に、移植片(キャップ)をラット網膜下に移植し、移植後の生着像を蛍光顕微鏡による観察した結果を示す画像である。
図12】実施例10における、リングを倒立顕微鏡で観察した画像と、リングをラット網膜下に移植し、移植後の生着像を蛍光顕微鏡による観察した結果を示す画像である。
図13】実施例11における、一つの細胞凝集体から作製したキャップ及びリングに対して免疫染色を行った結果を示す蛍光顕微鏡画像である。
図14】実施例12における、神経網膜及び非神経網膜(終脳組織、脊髄組織、RPE、Optic stalk)から作製したキャップ及びリングから抽出されたRNAにおける遺伝子発現を定量PCRで解析した結果を示す。
図15】実施例14における、染色された切片を、蛍光顕微鏡(Keyence社製)を用いて観察した免疫染色像を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
〔定義〕
「幹細胞」とは、分化能及び増殖能(特に自己複製能)を有する未分化な細胞を意味する。幹細胞には、分化能力に応じて、多能性幹細胞(pluripotent stem cell)、複能性幹細胞(multipotent stem cell)、単能性幹細胞(unipotent stem cell)等の亜集団が含まれる。多能性幹細胞とは、インビトロにおいて培養することが可能で、かつ、三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)及び/又は胚体外組織に属する細胞系譜すべてに分化しうる能力(分化多能性(pluripotency))を有する幹細胞をいう。複能性幹細胞とは、全ての種類ではないが、複数種の組織や細胞へ分化し得る能力を有する幹細胞を意味する。単能性幹細胞とは、特定の組織や細胞へ分化し得る能力を有する幹細胞を意味する。
【0013】
「多能性幹細胞」は、受精卵、クローン胚、生殖幹細胞、組織内幹細胞、体細胞等から誘導することができる。多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞:Embryonic stem cell)、EG細胞(Embryonic germ cell)、人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced pluripotent stem cell)等を挙げることが出来る。間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell;MSC)から得られるMuse細胞(Multi-lineage differentiating stress enduring cell)や、生殖細胞(例えば精巣)から作製されたGS細胞も多能性幹細胞に包含される。
【0014】
1998年にヒト胚性幹細胞が樹立されており、再生医学にも利用されつつある。胚性幹細胞は、内部細胞凝集体をフィーダー細胞上又はbFGFを含む培地中で培養することにより製造することが出来る。胚性幹細胞の製造方法は、例えば、WO96/22362、WO02/101057、US5,843,780、US6,200,806、US6,280,718等に記載されている。胚性幹細胞は、所定の機関より入手でき、また、市販品を購入することもできる。例えば、ヒト胚性幹細胞であるKhES-1、KhES-2及びKhES-3は、京都大学再生医科学研究所より入手可能である。ヒト胚性幹細胞であるCrx::Venus株(KhES-1由来)は国立研究開発法人理化学研究所より入手可能である。
【0015】
「人工多能性幹細胞」とは、体細胞を、公知の方法等により初期化(reprogramming)することにより、多能性を誘導した細胞である。
【0016】
人工多能性幹細胞は、2006年、山中らによりマウス細胞で樹立された(Cell,2006,126(4),pp.663-676)。人工多能性幹細胞は、2007年にヒト線維芽細胞でも樹立され、胚性幹細胞と同様に多能性と自己複製能を有する(Cell,2007,131(5),pp.861-872;Science,2007,318(5858),pp.1917-1920;Nat.Biotechnol.,2008,26(1),pp.101-106)。
【0017】
人工多能性幹細胞は、具体的には、線維芽細胞や末梢血単核球等分化した体細胞をOct3/4、Sox2、Klf4、Myc(c-Myc、N-Myc、L-Myc)、Glis1、Nanog、Sall4、lin28、Esrrb等を含む初期化遺伝子群から選ばれる複数の遺伝子の組合せのいずれかの発現により初期化して多分化能を誘導した細胞が挙げられる。好ましい初期化因子の組み合わせとしては、(1)Oct3/4、Sox2、Klf4、及びMyc(c-Myc又はL-Myc)、(2)Oct3/4、Sox2、Klf4、Lin28及びL-Myc(Stem Cells、2013;31:458-466)を挙げることが出来る。
【0018】
人工多能性幹細胞として、遺伝子発現による直接初期化で製造する方法以外に、化合物の添加等により体細胞より人工多能性幹細胞を誘導することもできる(Science,2013,341,pp.651-654)。
【0019】
また、株化された人工多能性幹細胞を入手する事も可能であり、例えば、京都大学で樹立された201B7細胞、201B7-Ff細胞、253G1細胞、253G4細胞、1201C1細胞、1205D1細胞、1210B2細胞、1231A3細胞等のヒト人工多能性細胞株が、京都大学及びiPSアカデミアジャパン株式会社より入手可能である。株化された人工多能性幹細胞として、例えば、京都大学で樹立されたFf-I01細胞、Ff-I14細胞及びQHJI01s04細胞が、京都大学より入手可能である。
【0020】
本明細書において、多能性幹細胞は、好ましくは胚性幹細胞又は人工多能性幹細胞であり、より好ましくは人工多能性幹細胞である。
【0021】
本明細書において、多能性幹細胞は、ヒトの多能性幹細胞であり、好ましくはヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)又はヒト胚性幹細胞(ES細胞)である。
【0022】
ヒトiPS細胞等の多能性幹細胞は、当業者に周知の方法で維持培養及び拡大培養に付すことができる。
【0023】
「網膜組織(Retinal tissue)」とは、生体網膜において各網膜層を構成する網膜系細胞が、一種類又は複数種類、一定の秩序に従い存在する組織を意味し、「神経網膜(Neural Retina)」は、網膜組織であって、後述する網膜層のうち網膜色素上皮層を含まない内側の神経網膜層を含む組織を意味する。
【0024】
「網膜系細胞」とは、生体網膜において各網膜層を構成する細胞又はその前駆細胞を意味する。網膜系細胞には、視細胞(桿体視細胞、錐体視細胞)、水平細胞、アマクリン細胞、介在神経細胞、網膜神経節細胞(神経節細胞)、双極細胞(桿体双極細胞、錐体双極細胞)、ミュラーグリア細胞、網膜色素上皮(RPE)細胞、毛様体、これらの前駆細胞(例:視細胞前駆細胞、双極細胞前駆細胞等)、網膜前駆細胞等の細胞が含まれるがこれらに限定されない。網膜系細胞のうち、神経網膜層を構成する細胞(神経網膜細胞又は神経網膜系細胞(Neural retina-related cell)ともいう)として、具体的には、視細胞(桿体視細胞、錐体視細胞)、水平細胞、アマクリン細胞、介在神経細胞、網膜神経節細胞(神経節細胞)、双極細胞(桿体双極細胞、錐体双極細胞)、ミュラーグリア細胞、及びこれらの前駆細胞(例:視細胞前駆細胞、双極細胞前駆細胞等)等の細胞が挙げられる。すなわち、神経網膜系細胞には網膜色素上皮細胞及び毛様体細胞が含まれない。
【0025】
「成熟した網膜系細胞」とは、ヒト成人の網膜組織に含まれ得る細胞を意味し、具体的には、視細胞(桿体視細胞、錐体視細胞)、水平細胞、アマクリン細胞、介在神経細胞、網膜神経節細胞(神経節細胞)、双極細胞(桿体双極細胞、錐体双極細胞)、ミュラーグリア細胞、網膜色素上皮(RPE)細胞、毛様体細胞等の分化した細胞を意味する。「未成熟な網膜系細胞」とは、成熟した網膜系細胞への分化が決定づけられている前駆細胞(例:視細胞前駆細胞、双極細胞前駆細胞、網膜前駆細胞等)を意味する。
【0026】
視細胞前駆細胞、水平細胞前駆細胞、双極細胞前駆細胞、アマクリン細胞前駆細胞、網膜神経節細胞前駆細胞、ミュラーグリア前駆細胞、網膜色素上皮前駆細胞とは、それぞれ、視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞、ミュラーグリア細胞、網膜色素上皮細胞への分化が決定付けられている前駆細胞をいう。
【0027】
「網膜前駆細胞」とは、視細胞前駆細胞、水平細胞前駆細胞、双極細胞前駆細胞、アマクリン細胞前駆細胞、網膜神経節細胞前駆細胞、ミュラーグリア細胞、網膜色素上皮前駆細胞等のいずれの未成熟な網膜系細胞にも分化しうる前駆細胞であって、最終的に、視細胞、桿体視細胞、錐体視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞、網膜色素上皮細胞等のいずれの成熟した網膜系細胞にも分化しうる前駆細胞をいう。
【0028】
「視細胞(photoreceptor cell)」とは、生体においては網膜の視細胞層に存在し、光刺激を吸収し電気信号へと変換する役割を持つ。視細胞には、明所で機能する錐体(cone)と暗所で機能する杆体(又は桿体、rod)の2種類がある(それぞれ、錐体視細胞、杆体視細胞という)。また、錐体視細胞としては、S-opsinを発現し青色光を受容するS錐体視細胞、L-opsinを発現し赤色光を受容するL錐体視細胞、及びM-opsinを発現し緑色光を受容するM錐体視細胞を挙げることができる。視細胞は視細胞前駆細胞から分化し、成熟する。細胞が視細胞若しくは視細胞前駆細胞であるか否かは、当業者であれば、例えば後述する細胞マーカー(視細胞前駆細胞で発現するCrx及びBlimp1、視細胞で発現するリカバリン(Recoverin)、成熟視細胞で発現するロドプシン、S-Opsin及びM/L-Opsin等)の発現、外節構造の形成等により容易に確認できる。一態様において、視細胞前駆細胞はCrx陽性細胞であり、視細胞はロドプシン、S-Opsin及びM/L-Opsin陽性細胞である。一態様において、桿体視細胞はNRL及びRhodopsin陽性細胞である。一態様において、S錐体視細胞はS-opsin陽性細胞、L錐体視細胞はL-opsin陽性細胞、及びM錐体視細胞はM-opsin陽性細胞である。
【0029】
神経網膜系細胞の存在は、神経網膜系細胞関連遺伝子(以下、「神経網膜系細胞マーカー」、又は「神経網膜マーカー」という場合がある。)の発現の有無によって確認することができる。神経網膜系細胞マーカーの発現の有無、又は細胞集団若しくは組織における神経網膜系細胞マーカー陽性細胞の割合は、当業者であれば容易に確認することができる。例えば、抗体を用いた手法、核酸プライマーを用いた手法、シーケンス反応を用いた手法が挙げられる。抗体を用いた手法としては、神経網膜系細胞マーカーのタンパク質の発現を、例えば、市販の抗体を用いたフローサイトメトリー、免疫染色等の手法によって、特定の神経網膜系細胞マーカー陽性細胞の数を全細胞数で除することにより確認することができる。核酸プライマーを用いた手法としては、神経網膜系細胞マーカーのRNAの発現を、例えば、PCR法、半定量PCR法、定量PCR法(例:リアルタイムPCR法)で確認することができる。シーケンス反応を用いた手法としては、神経網膜系細胞マーカーのRNAの発現を、例えば、核酸シーケンサ(例:次世代シーケンサ)を用いて確認することができる。
【0030】
神経網膜系細胞マーカーとしては、網膜前駆細胞で発現するRx(Raxとも言う)及びPAX6、神経網膜前駆細胞で発現するRx、PAX6及びChx10(Vsx2とも言う)、視細胞前駆細胞で発現するCrx及びBlimp1等が挙げられる。また、双極細胞で強発現するChx10、双極細胞で発現するPKCα、Goα、VSX1及びL7、網膜神経節細胞で発現するTuJ1及びBrn3、アマクリン細胞で発現するCalretinin及びHPC-1、水平細胞で発現するCalbindin、視細胞及び視細胞前駆細胞で発現するRecoverin、桿体細胞で発現するRhodopsin、桿体視細胞及び桿体視細胞前駆細胞で発現するNrl、錐体視細胞で発現するS-opsin及びLM-opsin、錐体細胞、錐体視細胞前駆細胞及び神経節細胞で発現するRXR-γ、錐体視細胞のうち、分化初期に出現する錐体視細胞又はその前駆細胞で発現するTRβ2、OTX2及びOC2、水平細胞、アマクリン細胞及び神経節細胞で共通して発現するPax6等が挙げられる。
【0031】
「陽性細胞」とは、特定のマーカーを細胞表面上又は細胞内に発現している細胞を意味する。例えば、「Chx10陽性細胞」とは、Chx10タンパク質を発現している細胞を意味する。
【0032】
「網膜色素上皮細胞」とは、生体網膜において神経網膜の外側に存在する上皮細胞を意味する。細胞が網膜色素上皮細胞であるか否かは、当業者であれば、例えば細胞マーカー(RPE65、MITF、CRALBP、MERTK、BEST1、TTR等)の発現や、メラニン顆粒の存在(黒褐色)、細胞間のタイトジャンクション、多角形・敷石状の特徴的な細胞形態等により容易に確認できる。細胞が網膜色素上皮細胞の機能を有するか否かは、VEGF及びPEDF等のサイトカインの分泌能等により容易に確認できる。一態様において、網膜色素上皮細胞はRPE65陽性細胞、MITF陽性細胞、又は、RPE65陽性かつMITF陽性細胞である。
【0033】
「網膜層」とは、網膜を構成する各層を意味し、具体的には、網膜色素上皮層、視細胞層、外境界膜、外顆粒層、外網状層、内顆粒層、内網状層、神経節細胞層、神経線維層及び内境界膜を挙げることができる。
【0034】
「神経網膜層」とは、神経網膜を構成する各層を意味し、具体的には、視細胞層、外境界膜、外顆粒層、外網状層、内顆粒層、内網状層、神経節細胞層、神経線維層及び内境界膜を挙げることができる。「視細胞層」とは、神経網膜の最も外側に形成され、視細胞(桿体視細胞、錐体視細胞)、視細胞前駆細胞及び網膜前駆細胞を多く含む網膜層を意味する。視細胞層以外の各層を内層という。それぞれの細胞がいずれの網膜層を構成する細胞であるかは、公知の方法、例えば細胞マーカーの発現の有無又は発現の程度等によって確認できる。
【0035】
視細胞または視細胞前駆細胞の出現割合が少ない段階の網膜組織の場合、増殖する神経網膜前駆細胞を含む層を「ニューロブラスティックレイヤー(neuroblastic layer)」といい、inner neuroblaticlayerとouter neuroblastic layerが存在する。当業者であれば周知の方法、例えば明視野顕微鏡の下では、色の濃淡(outer neuroblastic layerが薄く、innerneuroblatic layerが濃い)により判断することができる。
【0036】
「毛様体」は、発生過程及び成体の「毛様体」、「毛様体周縁部」、「Ciliary body」を含む。「毛様体」のマーカーとしては、Zic1、MAL、HNF1beta、FoxQ1、CLDN2、CLDN1、GPR177、AQP1及びAQP4があげられる。「毛様体周縁部(ciliarymarginal zone;CMZ)」としては、例えば、生体網膜において神経網膜と網膜色素上皮との境界領域に存在する組織であり、且つ、網膜の組織幹細胞(網膜幹細胞)を含む領域を挙げることができる。毛様体周縁部は、毛様体縁(ciliarymargin)又は網膜縁(retinalmargin)とも呼ばれ、毛様体周縁部、毛様体縁及び網膜縁は同等の組織である。毛様体周縁部は、網膜組織への網膜前駆細胞、分化細胞の供給、網膜組織構造の維持等に重要な役割を果たしていることが知られている。毛様体周縁部のマーカー遺伝子としては、例えば、Rdh10遺伝子(陽性)、Otx1遺伝子(陽性)及びZic1(陽性)を挙げることができる。「毛様体周縁部様構造体」とは、毛様体周縁部と類似した構造体のことである。
【0037】
「細胞凝集体」(Cell Aggregate)とは、複数の細胞同士が接着して立体構造を形成しているものであれば特に限定はなく、例えば、培地等の媒体中に分散していた細胞が集合して形成する塊、又は細胞分裂を経て形成される細胞の塊等をいう。細胞凝集体には、特定の組織を形成している場合も含まれる。
【0038】
「スフェア(sphere)状細胞凝集体」は、球状に近い立体的な形を有する細胞凝集体を意味する。球状に近い立体的な形とは、三次元構造を有する形であって、二次元面に投影したときに、例えば、円形又は楕円形を示す球状形、及び球状形が複数融合して形成される形状(例えば二次元に投影した場合に2~4個の円形若しくは楕円形が重なりあって形成する形を示す)が挙げられる。一態様において、凝集体のコア部は、小胞性層状構造を有し、明視野顕微鏡の下では、中央部が暗く外縁部分が明るく観察されるという特徴を有する。
【0039】
一態様において、上皮組織は極性化して「頂端面(apical surface)」と「基底膜」ができる。「基底膜」とは、ラミニン及びIV型コラーゲンを多く含む50-100nmの、上皮細胞が産生した基底(basal)側の層(基底膜)が存在する基底膜のことをいう。「頂端面」は、「基底膜」と反対側に形成される表面(表層面)のことをいう。一態様において、「頂端面」は視細胞又は視細胞前駆細胞が認められる程度に発生段階が進行した網膜組織においては、外境界膜が形成され、視細胞、視細胞前駆細胞が存在する視細胞層(外顆粒層)に接する面のことをいう。また、このような頂端面は、頂端面のマーカー(例:atypical-PKC(以下、「aPKC」と略す)、E-cadherin、N-cadherin)に対する抗体を用いて、当業者に周知の免疫染色法等で同定することができる。
【0040】
「上皮組織」とは、体表面、管腔(消化管など)、体腔(心膜腔など)などの表面を細胞が隙間なく覆うことで形成される組織である。上皮組織を形成している細胞を上皮細胞という。上皮細胞は、細胞が頂端(apical)-基底(basal)方向の極性を持つ。上皮細胞は、接着結合(adherence junction)及び/又は密着結合(tight junction)により上皮細胞同士で強固な結合をつくり、細胞の層を形成できる。この細胞層が、1ないし十数層重なってできた組織が上皮組織である。上皮組織を形成し得る組織には、胎児期及び/又は成体の網膜組織、脳脊髄組織、眼球組織、神経組織等も含まれる。本明細書における神経網膜も上皮組織である。「上皮構造」とは、頂端面又は基底膜などの、上皮組織が特徴的に有する構造を意味する。
【0041】
「連続上皮組織」とは、連続上皮構造を有する組織である。連続上皮構造とは、上皮組織が連続している状態のことである。上皮組織が連続しているとは、例えば、上皮組織に対する接線方向に10細胞~10細胞、好ましくは接線方向に30細胞~10細胞、更に好ましくは10細胞~10細胞、並んでいる状態のことである。
【0042】
例えば、網膜組織において形成される連続上皮構造は、網膜組織が上皮組織に特有の頂端面を持ち、頂端面が神経網膜層を形成する各層のうち、少なくとも視細胞層(外顆粒層)等と概ね平行に、かつ連続的に網膜組織の表面に形成される。例えば、多能性幹細胞より作製した網膜組織を含む細胞凝集体の場合、凝集体の表面に頂端面が形成され、表面に対して接線方向に10細胞以上、好ましくは30細胞以上、より好ましくは100細胞以上、更に好ましくは400細胞以上の視細胞又は視細胞前駆細胞が規則正しく連続して配列する。
【0043】
〔移植用神経網膜の品質の評価方法〕
本発明の一態様は、移植用神経網膜の品質を評価する方法である。
【0044】
本発明に係る方法は、多能性幹細胞由来の上皮構造を有する神経網膜を含む細胞凝集体の一部又は全部を品質評価用サンプルとして抽出することと、品質評価用サンプル中の神経網膜系細胞(目的細胞)関連遺伝子及び非神経網膜系細胞(目的外細胞)関連遺伝子の発現を検出することと、神経網膜系細胞関連遺伝子(目的細胞関連遺伝子)の発現が認められ、かつ、非神経網膜系細胞関連遺伝子(目的外細胞関連遺伝子)の発現が認められない場合に、(1)上記一部である品質評価用サンプルを含む細胞凝集体と同一の細胞凝集体における神経網膜(移植用神経網膜)、(2)上記一部である上記品質評価用サンプルを含む細胞凝集体と同一ロットの細胞凝集体における神経網膜(移植用神経網膜)、又は、(3)上記全部である上記品質評価用サンプルの細胞凝集体と同一ロットの細胞凝集体における神経網膜(移植用神経網膜)を、移植用神経網膜として使用可能であると判定することと、を含む。品質評価用サンプル中において、神経網膜系細胞関連遺伝子(目的細胞関連遺伝子)の発現が認められ、かつ、非神経網膜系細胞関連遺伝子(目的外細胞関連遺伝子)の発現が認められない場合に、該品質評価用サンプルも移植用神経網膜として使用可能と判断されるが、該移植用神経網膜である品質評価用サンプルが評価のために破壊されるため、実際に移植には用いることができない。
【0045】
<神経網膜を含む細胞凝集体>
(細胞凝集体の製造方法)
本明細書における神経網膜を含む細胞凝集体は、上皮構造を有し、多能性幹細胞を分化誘導することによって得ることができる。一態様として、分化誘導因子を用いた神経網膜を含む細胞凝集体の製造方法が挙げられる。分化誘導因子として、基底膜標品、BMPシグナル伝達経路作用物質、Wntシグナル伝達経路阻害物質、IGFシグナル伝達経路作用物質などが挙げられる。一態様として、自己組織化による神経網膜を含む細胞凝集体の製造方法が挙げられる。自己組織化とは、細胞の集団が自律的に複雑な構造を生み出す機序をいう。例えば、SFEB(Serum-free Floatingculture of Embryoid Bodies-like aggregates)法(WO2005/12390)やSFEBq法(WO2009/148170)により、自己組織化を行う事ができる。
【0046】
具体的な分化誘導方法として、WO2011/055855、WO2013/077425、WO2015/025967、WO2016/063985、WO2016/063986、WO2017/183732、PLoS One. 2010 Jan 20;5(1):e8763.、Stem Cells. 2011 Aug;29(8):1206-18.、Proc Natl Acad Sci USA. 2014 Jun 10;111(23):8518-23、又はNat Commun. 2014 Jun 10;5:4047に開示されている方法が挙げられるが、特に限定されない。
【0047】
具体的な一態様として、下記工程(A)、(B)及び(C)を含む方法によって神経網膜を含む細胞凝集体を調製することができる。
(A)多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、未分化維持因子を含む培地で培養する工程、
(B)工程(A)で得られた細胞を浮遊培養することによって細胞凝集体を形成させる工程、
(C)工程(B)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質を含む培地中でさらに浮遊培養する工程。
なお、工程(A)は、さらにTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含んでもよい。
また、工程(B)は、後述するように、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質、及び/又はWntシグナル伝達阻害物質を含んでいてもよい。
【0048】
本方法は、例えばWO2015/025967、WO2016/063985、WO2017/183732にも開示されており、より詳細にはWO2015/025967、WO2016/063985、WO2017/183732を参照することが可能である。
【0049】
神経網膜を含む細胞凝集体の調製に使用する培地は、特段の記載がない限り、細胞増殖用基礎培地(基礎培地とも呼ぶ)を使用することができる。細胞増殖用基礎培地は細胞の培養が可能な限り特に限定はなく、適宜細胞増殖用培地として市販されている基礎培地を用いることができる。具体的には、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM(GMEM)培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、MEM培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、F-12培地、DMEM/F12培地、IMDM/F12培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、Leibovitz’s L-15培地又はこれらの混合培地など、動物細胞の培養に用いることのできる培地を挙げることができる。また、補助培地であるN2培地を添加した培地を用いてもよい。
【0050】
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質とは、TGFβファミリーシグナル伝達経路、すなわちSmadファミリーによって伝達される、シグナル伝達経路を阻害する物質を表し、具体的にはTGFβシグナル伝達経路阻害物質(例:SB431542、LY-364947、SB505124、A-83-01等)、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質(例:SB431542、A-83-01等)及びBMPシグナル伝達経路阻害物質(例:LDN193189、Dorsomorphin等)を挙げることができる。これらの物質は市販されており入手可能である。
【0051】
ソニック・ヘッジホッグ(以下、「Shh」と記すことがある。)シグナル伝達経路作用物質とは、Shhによって媒介されるシグナル伝達を増強し得る物質である。Shhシグナル伝達経路作用物質としては、例えば、SHH、SHHの部分ペプチド、PMA(Purmorphamine)、SAG(Smoothened Agonist)等が挙げられる。
【0052】
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質の濃度は、網膜系細胞への分化を誘導可能な濃度であればよい。例えば、SB431542は、通常0.1~200μM、好ましくは2~50μMの濃度で使用される。A-83-01は、通常0.05~50μM、好ましくは0.5~5μMの濃度で使用される。LDN193189は、通常1~2000nM、好ましくは10~300nMの濃度で使用される。SAGは、通常、1~2000nM、好ましくは10~700nMの濃度で使用される。PMAは、通常0.002~20μM、好ましくは0.02~2μMの濃度で使用される。
【0053】
未分化維持因子は、多能性幹細胞の分化を抑制する作用を有する物質であれば特に限定はない。当業者に汎用されている未分化維持因子としては、FGFシグナル伝達経路作用物質、TGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質、insulin等を挙げることができる。FGFシグナル伝達経路作用物質として具体的には、線維芽細胞増殖因子(例えば、bFGF、FGF4やFGF8)が挙げられる。また、TGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質としては、TGFβシグナル伝達経路作用物質、Nodal/Activinシグナル伝達経路作用物質が挙げられる。TGFβシグナル伝達経路作用物質としては、例えばTGFβ1、TGFβ2が挙げられる。Nodal/Activinシグナル伝達経路作用物質としては、例えばNodal、ActivinA、ActivinBが挙げられる。ヒト多能性幹細胞(ヒトES細胞、ヒトiPS細胞)を培養する場合、第一工程における培地は、好ましくは未分化維持因子として、bFGFを含む。
【0054】
第一工程において用いられる培地中の未分化維持因子濃度は、培養する多能性幹細胞の未分化状態を維持可能な濃度であり、当業者であれば、適宜設定することができる。例えば、具体的には、フィーダー細胞非存在下で未分化維持因子としてbFGFを用いる場合、その濃度は、通常4ng~500ng/mL程度、好ましくは10ng~200ng/mL程度、より好ましくは30ng~150ng/mL程度である。
【0055】
未分化維持因子を含み、多能性幹細胞を培養するために使用可能なフィーダーフリー培地として、多くの合成培地が開発・市販されており、例えばEssential 8培地(Life Technologies社製)が挙げられる。Essential 8培地は、DMEM/F12培地に、添加剤として、L-ascorbic acid-2-phosphate magnesium(64mg/L)、sodium selenium(14μg/L)、insulin(19.4mg/L)、NaHCO3(543mg/L)、transferrin(10.7mg/L)、bFGF(100ng/mL)、及び、TGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質(TGFβ1(2ng/mL)又はNodal(100ng/mL))を含む(Nature Methods、8、424-429(2011))。その他市販のフィーダーフリー培地としては、S-medium(DSファーマバイオメディカル社製)、StemPro(Life Technologies社製)、hESF9(Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 2008 Sep 9;105(36):13409-14)、mTeSR1(STEMCELL Technologies社製)、mTeSR2(STEMCELL Technologies社製)、TeSR-E8(STEMCELL Technologies社製)、又はStemFit(味の素社製)が挙げられる。上記第一工程ではこれらを用いることにより、簡便に本発明を実施することが出来る。これら培地を使用することで、フィーダーフリー条件での多能性幹細胞の培養をおこなうことが可能である。工程(A)で使用する培地は、一例として、BMPシグナル伝達経路作用物質、Wntシグナル伝達経路作用物質及びWntシグナル伝達経路阻害物質のいずれも添加されていない無血清培地である。
【0056】
工程(A)におけるフィーダーフリー条件での多能性幹細胞の培養においては、フィーダー細胞に代わる足場を多能性幹細胞に提供するため、適切なマトリクスを足場として用いてもよい。足場として用いることのできるマトリクスとしては、ラミニン(Nat Biotechnol 28,611-615,(2010))、ラミニン断片(Nat Commun 3,1236,(2012))、基底膜標品(Nat Biotechnol 19,971-974,(2001))、ゼラチン、コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチン、ビトロネクチン(Vitronectin)等が挙げられる。
【0057】
工程(A)における多能性幹細胞の培養時間は、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例:100nM~700nM)の存在下で培養する場合、工程(B)において形成される細胞凝集体の質を向上させる効果が達成可能な範囲で特に限定されないが、通常0.5~144時間である。一態様において、好ましくは2~96時間、より好ましくは6~48時間、さらに好ましくは12~48時間、よりさらに好ましくは18~28時間(例、24時間)である。
【0058】
工程(B)において用いられる培地は血清含有培地又は無血清培地であり得る。化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、無血清培地が好適に用いられる。調製の煩雑さを回避するには、例えば、市販のKSR等の血清代替物を適量添加した無血清培地が挙げられる。無血清培地へのKSRの添加量としては、通常約1%から約30%であり、好ましくは約2%から約20%である。
【0059】
凝集体の形成に際しては、まず、工程(A)で得られた細胞の分散操作により、分散された細胞を調製する。分散操作により得られた「分散された細胞」とは、例えば7割(好ましくは8割以上)以上が単一細胞であり2~50細胞の塊が3割以下(好ましくは2割以下)存在する状態が挙げられる。分散された細胞とは、細胞同士の接着(例えば面接着)がほとんどなくなった状態が挙げられる。
【0060】
分散された細胞の懸濁液を培養器中に播き、分散させた細胞を、培養器に対して、非接着性の条件下で培養することにより、複数の細胞を集合させて凝集体を形成する。一態様として、96ウェルプレートのようなマルチウェルプレート(U底、V底)の各ウェルに一定数の分散された幹細胞を入れて、これを静置培養すると、細胞が迅速に凝集することにより、各ウェルにおいて1個の凝集体が形成される(SFEBq法)。96ウェルプレートを用いて細胞を浮遊培養する場合、1ウェルあたり約1×10から約1×10細胞(好ましくは約3×10から約5×10細胞、約4×10から約2×10細胞)となるように調製した液をウェルに添加し、プレートを静置して凝集体を形成させる。
【0061】
一態様において、工程(B)において用いられる培地は、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含む。
すなわち、具体的な一態様として、下記工程(A)、(B)及び(C)を含む方法によって神経網膜を含む細胞凝集体を調製することができる:
(A)多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、かつ任意でTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含んでもよい、未分化維持因子を含む培地で培養する工程、
(B)工程(A)で得られた細胞を、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含む培地中で浮遊培養することによって細胞凝集体を形成させる工程、
(C)工程(B)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質を含む培地中でさらに浮遊培養する工程。
工程(B)におけるソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としては、上述したものを上述の濃度(例:10nM~300nM)で用いることができる。ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質は、好ましくは、浮遊培養開始時から培地に含まれる。培地には、ROCK阻害剤(例、Y-27632)を添加してもよい。培養時間は例えば、12時間~6日間である。工程(B)において用いられる培地は、一例において、BMPシグナル伝達経路作用物質、Wntシグナル伝達経路作用物質、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びTGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質からなる群から選択される1以上(好ましくは全部)を添加されていない培地である。
【0062】
BMPシグナル伝達経路作用物質とは、BMPによって媒介されるシグナル伝達経路を増強し得る物質である。BMPシグナル伝達経路作用物質としては、例えばBMP2、BMP4若しくはBMP7等のBMPタンパク質、GDF7等のGDFタンパク質、抗BMP受容体抗体、又は、BMP部分ペプチド等が挙げられる。BMP2タンパク質、BMP4タンパク質及びBMP7タンパク質は例えばR&D Systems社から、GDF7タンパク質は例えば和光純薬から入手可能である。
【0063】
工程(C)において用いられる培地は、例えば、BMPシグナル伝達経路作用物質が添加された無血清培地又は血清培地(好ましくは、無血清培地)が挙げられる。無血清培地、血清培地は上述の通り準備することができる。工程(C)において用いられる培地は、一例において、Wntシグナル伝達経路作用物質、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びTGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質からなる群から選択される1以上(好ましくは全部)を添加されていない培地である。また、工程(C)において用いられる培地は、一例において、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加されていない培地である。また、工程(C)において用いられる培地は、Wntシグナル伝達経路作用物質が添加されていてもよい培地である。
【0064】
BMPシグナル伝達経路作用物質の濃度は、網膜系細胞への分化を誘導可能な濃度であればよい。例えばヒトBMP4タンパク質の場合は、約0.01nM~約1μM、好ましくは約0.1nM~約100nM、より好ましくは約1nM~約10nM、さらに好ましくは約1.5nM(55ng/mL)の濃度となるように培地に添加する。
【0065】
BMPシグナル伝達経路作用物質は、工程(A)の浮遊培養開始から約24時間後以降に添加されていればよく、浮遊培養開始後数日以内(例えば、15日以内)に培地に添加してもよい。好ましくは、BMPシグナル伝達経路作用物質は、浮遊培養開始後1日目~15日目までの間、より好ましくは1日目~9日目までの間、最も好ましくは3日目に培地に添加する。
【0066】
具体的な態様として、例えば、工程(B)の浮遊培養開始後1~9日目、好ましくは1~3日目に、培地の一部又は全部をBMP4を含む培地に交換し、BMP4の終濃度を約1~10nMに調製し、BMP4の存在下で例えば1~12日、好ましくは2~9日、さらに好ましくは2~5日間培養することができる。ここにおいて、BMP4の濃度を、同一濃度を維持すべく、1回若しくは2回程度培地の一部又は全部をBMP4を含む培地に交換することができる。又はBMP4の濃度を段階的に減じることもできる。例えば、工程(B)の浮遊培養開始後2~10日目までBMPシグナル伝達経路作用物質(BMP4)の濃度を維持した後、工程(B)の浮遊培養開始後6~20日目まで段階的にBMPシグナル伝達経路作用物質(BMP4)の濃度を減じてもよい。
【0067】
上記工程(A)~工程(C)における培養温度、CO濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃~約40℃、好ましくは約37℃である。またCO濃度は、例えば約1%~約10%、好ましくは約5%である。
【0068】
上記工程(C)における培養期間を変動させることによって、細胞凝集体に含まれる網膜系細胞として、様々な分化段階の網膜系細胞を製造することができる。すなわち、未成熟な網膜系細胞(例:網膜前駆細胞、視細胞前駆細胞)と成熟した網膜系細胞(例:視細胞)とを様々な割合で含む、細胞凝集体中の網膜系細胞を製造することができる。工程(C)の培養期間を延ばすことによって、成熟した網膜系細胞の割合を増やすことができる。
【0069】
上記工程(B)及び/又は工程(C)は、WO2017/183732に開示された方法を使用することもできる。すなわち、工程(B)及び/又は工程(C)において、Wntシグナル伝達経路阻害物質をさらに含む培地で浮遊培養し、細胞凝集体を形成することができる。
【0070】
工程(B)及び/又は工程(C)に用いる、Wntシグナル伝達経路阻害物質としては、Wntにより媒介されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り特に限定されず、タンパク質、核酸、低分子化合物等のいずれであってもよい。Wntにより媒介されるシグナルは、Frizzled(Fz)及びLRP5/6(low-density lipoprotein receptor-related protein 5/6)のヘテロ二量体として存在するWnt受容体を介して伝達される。Wntシグナル伝達経路阻害物質としては、例えば、Wnt又はWnt受容体に直接作用する物質(抗Wnt中和抗体、抗Wnt受容体中和抗体等)、Wnt又はWnt受容体をコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、Wnt受容体とWntの結合を阻害する物質(可溶型Wnt受容体、ドミナントネガティブWnt受容体等、Wntアンタゴニスト、Dkk1、Cerberusタンパク質等)、Wnt受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質[CKI-7(N-(2-アミノエチル)-5-クロロイソキノリン-8-スルホンアミド)、D4476(4-[4-(2,3-ジヒドロ-1,4-ベンゾジオキシン-6-イル)-5-(2-ピリジニル)-1H-イミダゾール-2-イル]ベンズアミド)、IWR-1-endo(IWR1e)(4-[(3aR,4S,7R,7aS)-1,3,3a,4,7,7a-ヘキサヒドロ-1,3-ジオキソ-4,7-メタノ-2H-イソインドール-2-イル]-N-8-キノリニル-ベンズアミド)、並びに、IWP-2(N-(6-メチル-2-ベンゾチアゾリル)-2-[(3,4,6,7-テトラヒドロ-4-オキソ-3-フェニルチエノ[3,2-d]ピリミジン-2-イル)チオ]アセタミド)等の低分子化合物等]等が挙げられるが、これらに限定されない。Wntシグナル伝達経路阻害物質として、これらを一種又は二種以上含んでいてもよい。CKI-7、D4476、IWR-1-endo(IWR1e)、IWP-2等は公知のWntシグナル伝達経路阻害物質であり、市販品等を適宜入手可能である。Wntシグナル伝達経路阻害物質として好ましくはIWR1eが用いられる。
【0071】
工程(B)におけるWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、良好な細胞凝集体の形成を誘導可能な濃度であればよい。例えばIWR-1-endoの場合は、約0.1μMから約100μM、好ましくは約0.3μMから約30μM、より好ましくは約1μMから約10μM、更に好ましくは約3μMの濃度となるように培地に添加する。IWR-1-endo以外のWntシグナル伝達経路阻害物質を用いる場合には、上記IWR-1-endoの濃度と同等のWntシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度で用いられることが望ましい。
【0072】
工程(B)において、Wntシグナル伝達経路阻害物質を培地に添加するタイミングは、早い方が好ましい。Wntシグナル伝達経路阻害物質は、工程(B)における浮遊培養開始から、通常6日以内、好ましくは3日以内、より好ましくは1日以内、より好ましくは12時間以内、更に好ましくは工程(B)における浮遊培養開始時に、培地に添加される。具体的には、例えば、Wntシグナル伝達経路阻害物質を添加した基礎培地の添加や、該基礎培地への一部若しくは全部の培地交換を行う事ができる。工程(A)で得られた細胞を、工程(B)においてWntシグナル伝達経路阻害物質に作用させる期間は特に限定されないが、好ましくは、工程(B)における浮遊培養開始時に培地へ添加した後、工程(B)終了時(BMPシグナル伝達経路作用物質添加直前)まで作用させる。更に好ましくは、後述する通り、工程(B)終了後(すなわち工程(C)の期間中)も、継続してWntシグナル伝達経路阻害物質に曝露させる。一態様としては、後述する通り、工程(B)終了後(すなわち工程(C)の期間中)も、継続してWntシグナル伝達経路阻害物質に作用させ、網膜組織が形成されるまで作用させてもよい。
【0073】
工程(C)において、Wntシグナル伝達経路阻害物質としては、前述のWntシグナル伝達経路阻害物質のいずれかを用いる事ができるが、好ましくは、工程(B)で用いたWntシグナル伝達経路阻害物質と同一の種類のものを工程(C)において使用する。
【0074】
工程(C)におけるWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、網膜前駆細胞及び網膜組織を誘導可能な濃度であればよい。例えばIWR-1-endoの場合は、約0.1μMから約100μM、好ましくは約0.3μMから約30μM、より好ましくは約1μMから約10μM、更に好ましくは約3μMの濃度となるように培地に添加する。IWR-1-endo以外のWntシグナル伝達経路阻害物質を用いる場合には、上記IWR-1-endoの濃度と同等のWntシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度で用いられることが望ましい。工程(C)の培地中のWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、工程(B)の培地中のWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度を100としたとき、好ましくは50~150、より好ましくは80~120、更に好ましくは90~110であり、第二工程の培地中のWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度と同等であることが、より好ましい。
【0075】
Wntシグナル伝達経路阻害物質の培地への添加時期は、網膜系細胞若しくは網膜組織を含む凝集体形成を達成できる範囲で特に限定されないが、早ければ早い方が好ましい。好ましくは、工程(C)開始時にWntシグナル伝達経路阻害物質が培地に添加される。より好ましくは、工程(B)においてWntシグナル伝達経路阻害物質が添加された後、工程(C)においても継続して(即ち、工程(B)の開始時から)培地中に含まれる。更に好ましくは、工程(B)の浮遊培養開始時にWntシグナル伝達経路阻害物質が添加された後、工程(C)においても継続して培地中に含まれる。例えば、工程(B)で得られた培養物(Wntシグナル伝達経路阻害物質を含む培地中の凝集体の懸濁液)にBMPシグナル伝達作用物質(例、BMP4)を添加すればよい。
【0076】
Wntシグナル伝達経路阻害物質に作用させる期間は、特に限定されないが、好ましくは、工程(B)における浮遊培養開始時にWntシグナル伝達経路阻害物質が添加される場合において、工程(B)における浮遊培養開始時を起算点として、2日間から30日間、より好ましくは6日間から20日間、8日間から18日間、10日間から18日間、又は10日間から17日間(例えば、10日間)である。別の態様において、Wntシグナル伝達経路阻害物質に作用させる期間は、工程(B)における浮遊培養開始時にWntシグナル伝達経路阻害物質が添加される場合において、工程(B)における浮遊培養開始時を起算点として、好ましくは3日間から15日間(例えば、5日間、6日間、7日間)であり、より好ましくは6日間から10日間(例えば、6日間)である。
【0077】
上述した方法で得た細胞凝集体をWntシグナル伝達経路作用物質、及び/又は、FGFシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地又は血清培地中で2日間から4日間程度の期間培養(工程(D))後、Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含まない無血清培地又は血清培地中で30日間~200日間程度(30日間~150日間、50日間~120日間、60日間~90日間)培養する(工程(E))ことによって、毛様体周縁部様構造体を含む神経網膜を製造することもできる。
【0078】
一態様として、工程(A)~(C)で得られた細胞凝集体であって、工程(B)の浮遊培養開始後6~30日目、10~20日目(10日目、11日目、12日目、13日目、14日目、15日目、16日目、17日目、18日目、19日目又は20日目)の細胞凝集体から、上記工程(D)及び工程(E)により、毛様体周縁部様構造体を含む神経網膜を製造できる。
【0079】
Wntシグナル伝達経路作用物質としては、Wntによって媒介されるシグナル伝達を増強し得るものである限り特に限定されない。具体的なWntシグナル伝達経路作用物質としては、例えば、GSK3β阻害剤(例えば、6-Bromoindirubin-3’-oxime(BIO)、CHIR99021、Kenpaullone)を挙げることができる。例えばCHIR99021の場合には、約0.1μM~約100μM、好ましくは約1μM~約30μMの範囲を挙げることができる。
【0080】
FGFシグナル伝達経路阻害物質としては、FGFによって媒介されるシグナル伝達を阻害できるものである限り特に限定されない。FGFシグナル伝達経路阻害物質としては、例えば、SU-5402、AZD4547、BGJ398等が挙げられる。例えばSU-5402の場合、約0.1μM~約100μM、好ましくは約1μM~約30μM、より好ましくは約5μMの濃度で添加する。
【0081】
工程(D)において用いられる培地は、一例において、BMPシグナル伝達経路作用物質、Wntシグナル伝達経路阻害物質、SHHシグナル伝達経路作用物質、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びTGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質からなる群から選択される1以上(好ましくは全部)を添加されていない培地である。
【0082】
上記工程(E)の一部又は全部の工程は、WO2019/017492に開示された連続上皮組織維持用培地を用いて培養することができる。すなわち、連続上皮組織維持用培地を用いて培養することにより、神経網膜の連続上皮構造を維持することができる。一例として、Neurobasal培地(例:サーモフィッシャーサイエンティフィック社製、21103049)にB27サプリメント(例:サーモフィッシャーサイエンティフィック、12587010)を配合した培地を連続上皮組織維持用培地として挙げることができる。
【0083】
上記工程(E)における培養は、網膜系細胞(特に視細胞)の分化及び/又は成熟化と、連続上皮構造の維持を両立させるために、段階的に連続上皮組織維持用培地に交換することが好ましい。例えば、始めの10日間~30日間を細胞増殖用基礎培地(例:DMEM/F12培地に10%牛胎仔血清、1%N2 supplement、及び100μMタウリンが添加された培地)、次の10日間~40日間を細胞増殖用基礎培地と連続上皮組織維持用培地の混合培地(DMEM/F12培地に10%牛胎仔血清、1%N2 supplement、及び100μMタウリンが添加された培地と、Neurobasal培地に、10%牛胎仔血清、2%B27 supplement、2mM glutamine、及び100μMタウリンが添加された培地を1:3の比率で混合した培地)、次の20日間~140日間を連続上皮組織維持用培地(例:Neurobasal培地に、10%牛胎仔血清、2%B27 supplement、2mM glutamine、及び100μMタウリンが添加された培地)、を用いて培養することができる。
【0084】
上記工程(E)の一部又は全部の工程において、細胞増殖用基礎培地、連続上皮組織維持用培地又はこれらの混合培地のいずれの培地を用いている場合であっても、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質をさらに含んでよい。甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含む培地で培養することにより、神経網膜に含まれる双極細胞、アマクリン細胞、神経節細胞又は水平細胞等の割合が低く、かつ視細胞前駆細胞の割合を増大させた神経網膜を含む細胞凝集体の製造が可能となる。
【0085】
本明細書において、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質とは、甲状腺ホルモンにより媒介されるシグナル伝達を増強し得る物質であり、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路を増強し得るものであれば特に限定はない。甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質としては、例えば、トリヨードサイロニン(以下、T3と略すことがある)、サイロキシン(以下、T4と略すことがある)、甲状腺ホルモン受容体(好ましくはTRβ受容体)アゴニスト等が挙げられる。
【0086】
また、当業者に周知の甲状腺ホルモン受容体アゴニストとして、国際公開第97/21993号パンフレット、国際公開第2004/066929号パンフレット、国際公開第2004/093799号、国際公開第2000/039077号パンフレット、国際公開第2001/098256号パンフレット、国際公開第2003/018515号パンフレット、国際公開第2003/084915号パンフレット、国際公開第2002/094319号パンフレット、国際公開第2003/064369号パンフレット、特開2002-053564号公報、特開2002-370978号公報、特開2000-256190号公報、国際公開第2007/132475号パンフレット、国際公開第2007/009913号パンフレット、国際公開第2003/094845号パンフレット、国際公開第2002/051805号パンフレット又は国際公開第2010/122980号パンフレットに記載のジフェニルメタン誘導体、ジアリールエーテル誘導体、ピリダジン誘導体、ピリジン誘導体若しくはインドール誘導体等の化合物を挙げることができる。
【0087】
甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質としてT3を用いる場合には、例えば、0.1~1000nMの範囲となるように培地に添加することができる。好ましくは、1~500nM;より好ましくは10~100nM;更に好ましくは30~90nM;更により好ましくは60nM前後の濃度のT3に相当する甲状腺ホルモンシグナル伝達亢進活性を有する濃度が挙げられる。甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質としてT4を用いる場合には、例えば、1nM~500μMの範囲となるように培地に添加することができる。好ましくは、50nM~50μM;より好ましくは500nM~5μMの範囲である。その他の甲状腺ホルモン受容体アゴニストを用いる場合、上述の濃度のT3又はT4が示すアゴニスト活性と同程度の活性を示す濃度であればよい。
【0088】
工程(E)において用いられる培地は、適宜、L-グルタミン、タウリン、血清などを含んでいてもよい。工程(E)において用いられる培地は、一例において、BMPシグナル伝達経路作用物質、FGFシグナル伝達経路阻害物質、Wntシグナル伝達経路作用物質、Wntシグナル伝達経路阻害物質、SHHシグナル伝達経路作用物質、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びTGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質からなる群から選択される1以上(好ましくは全部)を添加されていない培地である。
【0089】
具体的な一態様として、下記工程(A)~(E)を含む方法によって神経網膜を含む細胞凝集体を調製することができる:
(A)多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、未分化維持因子を含み、かつ任意でTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含んでもよい培地で培養する工程、
(B)工程(A)で得られた細胞を、Wntシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含んでいてもよい培地中で浮遊培養することによって細胞凝集体を形成させる工程、
(C)工程(B)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質を含む培地中でさらに浮遊培養する工程、
(D)工程(C)で得られた細胞凝集体を、Wntシグナル伝達経路作用物質、及び/又は、FGFシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地又は血清培地中で2日間から4日間程度の期間培養する工程、及び、
(E)工程(D)で得られた細胞凝集体を、Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含まず、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含んでいてもよい無血清培地又は血清培地中で30日間~200日間程度培養する工程。
【0090】
具体的な一態様として、下記工程(A)~(E)を含む方法によって神経網膜を含む細胞凝集体を調製することができる:
(A)多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、未分化維持因子を含み、かつTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含む培地で12時間~48時間培養する工程、
(B)工程(A)で得られた細胞を、Wntシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含む培地中で、12時間~72日間(24時間~48時間)浮遊培養することによって細胞凝集体を形成させる工程、
(C)工程(B)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質を含む培地中でさらに8日間~15日間(10日間~13日間)浮遊培養する工程、
(D)工程(C)で得られた細胞凝集体を、Wntシグナル伝達経路作用物質、及び/又は、FGFシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地又は血清培地中で2日間から4日間培養する工程、及び、
(E)工程(D)で得られた細胞凝集体を、Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含まず、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質を含んでいてもよい無血清培地又は血清培地中で10日間~200日間程度培養する工程。
【0091】
ここで工程(E)は10日間~30日間細胞増殖用基礎培地で培養し、次いで10日間~40日間細胞増殖用基礎培地と甲状腺ホルモンシグナル伝達作用物質を含む連続上皮組織維持用培地の混合培地で培養し、更に20日間~140日間甲状腺ホルモンシグナル伝達作用物質を含む連続上皮組織維持用培地で培養する工程を含んでいてもよい。
一態様において、工程(E)は、甲状腺ホルモンシグナル伝達経路作用物質の存在下に20日間~60日間(30日間~50日間)培養することを含む。
一態様において、工程(B)~工程(E)までの培養期間は、70日間~100日間(80日間~90日間)である。
【0092】
上述の方法によって、神経網膜を含む細胞凝集体を製造することができるが、これらに限定されない。一態様として、神経網膜を含む細胞凝集体は、細胞凝集体の混合物として得ることもできる。別の態様として、例えば96ウェルプレートの1ウェルに1個の細胞凝集体を製造することもでき、神経網膜を含む細胞凝集体を1個ずつ得ることもできる。いずれの場合においても、同じ条件下で製造された細胞凝集体を同一ロットの細胞凝集体とする。同一ロットの細胞凝集体は、当業者であれば任意の範囲に設定することができる。例えば、上述した細胞凝集体の混合物中に含まれる細胞凝集体、又は同一の細胞培養容器(例:96ウェルプレート)中に含まれる細胞凝集体を同一ロットの細胞凝集体として設定してもよい。別の例として、同時に調製した同一の幹細胞や培地などの材料を用いた範囲を同一ロットの細胞凝集体として設定することもできる。同一ロットの細胞凝集体は、細胞の組成・純度・形態については多様性がある。一方で、同一ロットの細胞凝集体から、特定の組織(例えば、神経網膜)のみを評価した場合、通常、同等の遺伝子発現プロファイルを示す。
【0093】
(神経網膜を含む細胞凝集体)
神経網膜を含む細胞凝集体は、神経網膜を含んでいればよく、細胞凝集体の構造は問わない。一態様において、神経網膜を含む細胞凝集体は、スフェア状細胞凝集体である。一態様において、神経網膜を含む細胞凝集体の中には、複数の神経網膜が重なりあって存在する場合がある(例:図5における概念図(1)及び(2)などを参照)。一態様において、神経網膜を含む細胞凝集体は、移植用神経網膜を含む第一の上皮組織(目的上皮組織)、及び、第一の上皮組織の表面における接線の傾きの連続性と異なる表面の接線の傾きの連続性を有し、かつ非神経網膜系細胞を含む第二の上皮組織(目的外上皮組織)を含む。ここで、第一の上皮組織は実質的に非神経網膜系細胞(目的外細胞)を含まず、移植用神経網膜を切り出すことが可能な上皮組織を表す。一方、第二の上皮組織は、神経網膜を含んでいてもよいが、目的外細胞を含むため移植用神経網膜を切り出すためには不適格な上皮組織である。別の態様において、神経網膜を含む細胞凝集体は、移植用神経網膜を含む第一の上皮組織(目的上皮組織)のみを含み、目的外上皮組織を含まない。
【0094】
移植用神経網膜とは、ヒト移植用に適したヒト神経網膜であり、好ましくは神経網膜のみからなる。移植用神経網膜は少なくとも視細胞層を含み、視細胞層は少なくとも細胞凝集体の最も外側に形成されており、また、内側にも視細胞又は視細胞前駆細胞が存在してもよく、又は内側にも視細胞層が形成されていてもよい。視細胞等は細胞凝集体の表面の接線方向に連続して、すなわち互いに接着して存在しており、視細胞等が細胞凝集体の表面の接線方向に連続して存在することで、視細胞等を含む視細胞層を形成している。なお、接線方向とは、細胞凝集体の表面に対する接線方向、すなわち視細胞層における視細胞等が並んでいる方向のことをいい、当該神経網膜に対して平行方向又は横方向のことである。また、上皮組織の表面における接線の傾きとは、上皮組織において一つ一つの細胞が一定方向に並んでいる場合の細胞が並んでいる方向のことをいい、上皮組織(又は上皮シート)に対して平行方向又は横方向のことをいう。
【0095】
細胞凝集体に含まれる第二の上皮組織は、神経網膜以外の上皮組織、すなわち、目的外上皮組織を含む上皮組織であり、第二の上皮組織としては、眼球関連組織及び脳脊髄組織が挙げられ、眼球関連組織は、非網膜の眼球組織周辺の組織を意味し、網膜色素上皮細胞、毛様体(例:毛様体周縁部)、水晶体が挙げられる。脳脊髄組織は、脳及び脊髄の神経組織を意味し、前脳、終脳、大脳、間脳、視床下部、中脳、後脳、小脳、脊髄が挙げられる。第二の上皮組織に含まれる細胞及び発現遺伝子は後述のとおりである。
【0096】
第一の上皮組織及び第二の上皮組織を含む細胞凝集体の一例としては、図4における概念図及び図5における概念図(3)及び(5)などが示す細胞凝集体が挙げられる。図4における概念図は、第一の上皮組織である神経網膜の一部において、第二の上皮組織として眼球関連組織(網膜色素上皮細胞、毛様体)(図4の黒色部分)が存在する細胞凝集体の一例を示している。図5における概念図(3)は、複数の神経網膜が重なりあって存在する場合(例:図5における概念図(1)及び(2))において、更に第二の上皮組織として眼球関連組織(網膜色素上皮細胞、毛様体)(図5(3)の黒色部分)が存在する細胞凝集体の一例を示している。図5における概念図(5)は、第二の上皮組織として脳脊髄組織(大脳など)(図5(5)の灰色部分)が存在する細胞凝集体の一例を示している。図5における概念図(4)のように、移植用神経網膜を含む細胞凝集体の内側に目的外組織が含まれる場合がある。この場合は、「第一の上皮組織の表面における接線の傾きの連続性と異なる表面の接線の傾きの連続性を有し、」という定義に該当しないため、第二の上皮組織には該当しない。移植用神経網膜及び品質評価用サンプルは、内側に目的外組織を含まない細胞凝集体から選択する方が好ましい。
【0097】
<抽出工程>
本発明に係る移植用神経網膜の品質を評価する方法は、多能性幹細胞由来の上皮構造を有する神経網膜を含む細胞凝集体の一部又は全部を品質評価用サンプルとして抽出(sampling)すること(以下、「抽出工程」という)を含む。細胞凝集体の一部を品質評価用サンプルとして抽出するとは、複数の細胞凝集体の中から一部の細胞凝集体(1若しくは複数)、又は全部の細胞凝集体を選択し、選択した細胞凝集体中の一部分をピンセット、ハサミ及び/又はナイフ等を用いて評価用サンプルとして単離する(例:切り出す(dissect))ことを意味する。細胞凝集体の全部を品質評価用サンプルとして抽出するとは、複数の細胞凝集体の中から一部の細胞凝集体(1若しくは複数)の細胞凝集体を選択し、選択した1又は複数の細胞凝集体の全部を品質評価用サンプルとして別々に取り出す(pick up)ことを意味する。複数の細胞凝集体の中から1又は複数の細胞凝集体を選択する場合は、ランダムに抽出する方が好ましい。本明細書において、細胞凝集体の一部を品質評価用サンプルとして抽出する場合の細胞凝集体を「品質評価用サンプルを含む細胞凝集体」、細胞凝集体の全部を品質評価用サンプルとして抽出する場合の細胞凝集体を「品質評価用サンプルの細胞凝集体」と記載する。
【0098】
(細胞凝集体の全部の抽出)
一態様において、品質評価用サンプルは、多能性幹細胞由来の上皮構造を有する神経網膜を含む細胞凝集体の全部である。同一ロットの神経網膜を含む細胞凝集体の品質評価を行うために、品質評価用サンプルは、同一ロットの該細胞凝集体中の1個又は複数の細胞凝集体の全部であってよい。ここで、同一ロットの細胞凝集体の混合物は、例えば2個以上10000個以下の細胞凝集体を含む。
【0099】
具体的には、同一ロットに含まれる細胞凝集体の品質評価においては、同一ロットから1又は複数の細胞凝集体を選択し、選択された1又は複数の細胞凝集体の全部を品質評価用サンプルとして抽出する。選択された1又は複数の細胞凝集体の全部を品質評価用サンプルとする際は、複数の細胞凝集体の全部を合一して抽出してもよいし、複数の細胞凝集体の全部を別々に抽出してもよい。品質評価に用いられた品質評価用サンプルの細胞凝集体は移植に使用できなくなる。
【0100】
品質評価サンプルを用いた判定を行った結果として、1又は複数の品質評価用サンプルとしての細胞凝集体の全てが移植用神経網膜として使用可能であると判定された場合、当該細胞凝集体に含まれる移植用神経網膜と同等の遺伝子発現プロファイルを示す条件下で製造された、同一ロットの品質評価用サンプル以外の細胞凝集体における神経網膜を移植用神経網膜として使用可能であると判定でき、これらの他の細胞凝集体に含まれる神経網膜を含む上皮組織を移植に用いることができる(同一ロット評価ともいう)。従って、効率的な品質評価に当該抽出方法は有用である。
【0101】
品質評価サンプルを用いた判定を行った結果として、複数の品質評価用サンプルとしての細胞凝集体のうち1個でも移植用神経網膜として使用不可と判断された場合、同一ロットの他の細胞凝集体における神経網膜を移植用神経網膜として使用不可と判定する。従って、例えば、同一ロット中のサンプル数が多く、かつ、不適なサンプルが混入する可能性が低い場合に、通常当該方法(同一ロット評価)を用いるとよい。しかしながら、細胞凝集体の全部を評価用サンプルとして抽出するため、第二の上皮組織を含む細胞凝集体を含むロットには当該方法は使用されないほうが好ましい。この場合は、細胞凝集体の全部ではなく、後述の細胞凝集体の一部(神経網膜)を抽出して評価することがより適切である。また、第二の上皮組織を含む細胞凝集体を含むロットに対して、同一ロット評価よりも、後述の全数評価が好ましく用いられる。
【0102】
(細胞凝集体の一部の抽出)
一態様において、品質評価用サンプルは、多能性幹細胞由来の上皮構造を有する神経網膜を含む細胞凝集体の一部である。細胞凝集体の一部を品質評価用サンプルとして抽出することにより、細胞凝集体を全破壊せず、残りの部分に含まれる神経網膜を移植に用いられるという利点がある。すなわち、細胞凝集体の一部である品質評価用サンプルについて後述する判定工程によって合格と判定されれば、当該品質評価用サンプルを含む細胞凝集体における上皮構造を有する神経網膜を、移植用神経網膜として使用可能であるとし、移植に用いることができる。
【0103】
一態様として、当該抽出方法は、神経網膜を含む細胞凝集体の品質を個別に評価するために使用することができる(個別評価ともいう)。この場合、評価したい神経網膜を含む細胞凝集体を全部選択して、全部を品質評価することができるという利点もある(全数評価)。当該評価方法(個別評価・全数評価)は、個別に移植用神経網膜の品質を評価することができるため、最も正確な品質評価方法といえる。一方で、サンプル数が多い場合には、非常に多くの労力とコストを要する。なお、1の細胞凝集体中の移植用神経網膜を除いた部位に、当該神経網膜と同等の遺伝子発現プロファイルを示す部位(品質評価用サンプル)が存在すること及び当該品質評価用サンプルを切り出せることが当該評価方法の前提となる。特に、第二上皮組織を含む細胞凝集体において、当該前提を満たしているのか否かは大きな問題となる。本発明者らが大量のサンプルを評価することによって、初めて神経網膜を含む細胞凝集体が当該前提を満たしていること、及び当該評価方法を用いることができることを見出した。
【0104】
上記利点を活かすためには、品質評価用サンプルとして抽出する細胞凝集体の一部は、移植用神経網膜又は移植用神経網膜の候補を含まない一部であることが好ましい。また、品質評価用サンプルが、移植用神経網膜又は移植用神経網膜の候補と同等の遺伝子発現プロファイルを示す一部であることが好ましい。移植用神経網膜と品質評価用サンプルが同等の遺伝子発現プロファイルを示すためには、品質評価用サンプルは、移植用神経網膜と少なくとも一部において近接又は連続していることが好ましく、移植用神経網膜と同一の上皮組織に含まれていることが好ましい。また、移植用神経網膜は、細胞凝集体中の最も良好な(例:神経網膜を含み非神経網膜を含まず、連続上皮構造を有する)部分として、同一の上皮組織の中心付近を含むことが好ましく、同一の上皮組織の中心付近であり、後述する〔移植用神経網膜シート〕に記載の大きさであることが好ましい。従って、品質評価用サンプルは同一の上皮組織の中心付近を含まないことが好ましい。ここで、同一の上皮組織とは、上皮組織の表面における接線の傾きの連続性がある連続している上皮組織を意味し、同一の上皮組織は好ましくは連続上皮組織である。ここで、上皮組織(連続上皮組織)の中心付近とは、同一の上皮組織の表面において、両端からの距離が等しい部位であり、当業者であれば、顕微鏡での観察によって推定することができる。また、品質評価用サンプルは、移植用神経網膜として使用する部位(例:一の上皮組織の中心付近を含む移植に用いる部位)と連続又は近接する部分であり、品質評価が可能な範囲でできるだけ狭い部分であることが好ましい。例えば、移植用神経網膜が同一の上皮組織の中心付近の部位であり、品質評価用サンプルが当該同一の上皮組織において、当該移植用神経網膜と少なくとも一部において連続又は近接する部分である。
【0105】
個別評価及び又は全数評価の一態様において、移植用神経網膜を含む細胞凝集体が、移植用神経網膜を含む第一の上皮組織、及び、第一の上皮組織の表面における接線の傾きの連続性と異なる表面の接線の傾きの連続性を有し、かつ目的外細胞を含む目的外上皮組織(第二の上皮組織)を含む場合、移植用神経網膜は、目的外上皮組織から最も離れた第一の上皮組織上の領域を含むことが好ましく、このとき、品質評価用サンプルは、目的外上皮組織と移植用神経網膜の間に存在する一部であってよい。目的外上皮組織から最も離れた第一の上皮組織上の領域とは、例えば、目的外上皮組織の中心から第一の上皮組織の外周に向けて直線を引いた場合に、当該長さが最も長い場合の第一の上皮組織の外周の点を含む領域である。さらに、品質評価用サンプルは、移植用神経網膜(例:一の上皮組織の中心付近を含む移植に用いる部位)と近接又は連続する部分であり、品質評価が可能な範囲でできるだけ狭い部分である事が好ましい。移植片及び品質評価用サンプルの一例として図4の概念図が挙げられる。
【0106】
別の態様として、同一ロットの神経網膜を含む細胞凝集体の品質評価(同一ロット評価)を行うために、同一ロットの該細胞凝集体中の1又は複数の細胞凝集体の全部に代えて、同一ロットの該細胞凝集体中の1個又は複数の細胞凝集体の一部を、品質評価用サンプルとして抽出することもできる。すなわち、同一ロットの細胞凝集体から1又は複数の細胞凝集体を選択し、選択した細胞凝集体から切り出した一部のみを品質評価用サンプルとして用いることもできる。特に、第二の上皮組織を含む細胞凝集体のように全部を品質評価に用いることができない場合であって、効率よく品質評価を実施したい場合に、当該抽出方法は有用である。この場合の品質評価用サンプルは、移植用神経網膜を使用することが好ましい。ここでいう品質評価用サンプルとして用いる移植用神経網膜とは、移植用網膜と同等の遺伝子発現プロファイルを示す条件下で製造された細胞凝集体中の神経網膜のことをいう。品質評価用サンプルとして抽出されなければ移植用神経網膜として使用されていた部位を品質評価に用いることにより、同一ロットの他の移植用神経網膜を含む細胞凝集体の品質評価をより正確に行うことが可能である。
【0107】
細胞凝集体において、連続した上皮構造をしており、outer neuroblastic layerとinner neuroblaticlayerが2層に分かれて見える部位を、神経網膜と判定することができる。一方、第二の上皮組織としての眼球関連組織、特に網膜色素上皮細胞は、目視又は顕微鏡下において黒色を呈していることから、当業者であれば神経網膜と容易に区別することができる。また、第二の上皮組織としての脳脊髄組織は、目視又は顕微鏡下において、形態的な特徴である、細胞凝集体の表面上に連続した上皮構造が確認できないこと、神経網膜特有の形態的特徴が確認できないこと、及び/又は、色調がくすんで見えること等に着目すれば、当業者であれば神経網膜と容易に区別することができる。したがって、当業者であれば第二の上皮組織を含む細胞凝集体であっても、神経網膜を含む第一の上皮組織から移植用神経網膜及び品質評価用サンプルを単離することができる。
【0108】
上述の通り、一態様において、移植用神経網膜又は移植用神経網膜の候補との一定の位置関係によって品質評価用サンプルが設定され、抽出される。すなわち、移植用神経網膜又はその候補の設定により、品質評価用サンプルとして切り出す領域を確定することができる。ここで、移植用神経網膜(移植片、キャップ(Cap)ともいう)及びその候補は、一態様において、上述した細胞凝集体中の位置(例:上皮組織(連続上皮組織)の中心付近であり、第二の上皮組織を有する場合は、さらに第二の上皮組織から最も離れた第一の上皮組織上の領域である)、及び、後述の〔移植用神経網膜シート〕において記載される大きさなどにより特定することができる。従って、当業者であれば当該特徴を有する神経網膜を、移植用神経網膜又はその候補として設定できる。
【0109】
同一の細胞凝集体から移植用神経網膜と品質評価用サンプルを抽出する場合の品質評価用サンプル(リング(Ring)ともいう)は、当業者であれば、上述の通り設定した移植用神経網膜と少なくとも一部において連続又は近接する領域であり、品質評価が可能な範囲でできるだけ狭い領域として設定できる。同一ロットの該細胞凝集体中の1個又は複数の細胞凝集体の一部を品質評価用サンプルとして抽出する場合の品質評価用サンプルは、当業者であれば、当該細胞凝集体における上述の移植用神経網膜又はその候補の部分を抽出することができる。この場合の品質評価用サンプルとして切り出す大きさは、後述する〔移植用神経網膜シート〕に記載された大きさであってもよいし、さらに小さくてもよい。従って、移植用神経網膜又はその候補の位置との関係及び上記大きさにより、品質評価用サンプルを設定し、抽出することができる。
【0110】
<検出工程>
本発明に係る移植用神経網膜の品質を評価する方法は、品質評価用サンプル中の神経網膜系細胞関連遺伝子及び非神経網膜系細胞関連遺伝子(目的外細胞関連遺伝子)の発現を検出すること(検出工程)を含む。当該検出工程は、前記遺伝子の発現量を定量的に検出する方が好ましい。目的外細胞関連遺伝子は、脳脊髄組織マーカー遺伝子及び眼球関連組織マーカー遺伝子からなる群から選択される1以上の遺伝子を含む。
【0111】
(神経網膜系細胞関連遺伝子)
神経網膜系細胞関連遺伝子(目的細胞関連遺伝子)は、神経網膜系細胞が発現する遺伝子を意味する。神経網膜系細胞関連遺伝子としては、視細胞(桿体視細胞、錐体視細胞)、水平細胞、アマクリン細胞、介在神経細胞、網膜神経節細胞(神経節細胞)、双極細胞(桿体双極細胞、錐体双極細胞)、ミュラーグリア細胞、あるいはこれらの細胞の前駆細胞、神経網膜前駆細胞等で、目的外細胞と比べて高く発現している遺伝子が好ましい。神経網膜系細胞関連遺伝子としては、上記の神経網膜系細胞マーカーが挙げられ、RAX、Chx10、SIX3、SIX6、RCVRN、CRX、NRL及びNESTINが好ましい。神経網膜系細胞マーカーのGenBank IDを下記の表1に示す。
【表1】
【0112】
神経網膜系細胞関連遺伝子は、表1記載の遺伝子が好ましいが、これらに限定されない。このほかに神経網膜系細胞関連遺伝子として、Rax2、Vsx1、Blimp1、RXRG、S-opsin、M/L-opsin、Rhodopsin、Brn3、L7等が挙げられる。
【0113】
(非神経網膜系細胞関連遺伝子)
神経網膜を含む細胞凝集体を医薬品原材料として製造する過程で副生成物として誘導される目的外細胞及び当該目的外細胞を、医薬品の品質評価のために検出する方法については全く知られていなかった。本発明者らは、医薬品原材料としての基準を満たす品質の神経網膜を継続的に生産する方法を鋭意検討する過程で、副産物として製造される可能性のある細胞又は組織を見出し、それを効率的かつ効果的に同定し、神経網膜の品質評価を実施するために用いることができる遺伝子として、非神経網膜系細胞関連遺伝子(目的外細胞関連遺伝子)を見出したのである。
【0114】
一態様において、非神経網膜系細胞関連遺伝子(目的外細胞関連遺伝子)は、脳脊髄組織マーカー遺伝子及び眼球関連組織マーカー遺伝子が挙げられる。一態様において、非神経網膜系細胞関連遺伝子として未分化iPS細胞マーカー遺伝子を含んでもよい。
【0115】
一態様において、脳脊髄組織マーカー遺伝子は、終脳マーカー遺伝子、間脳・中脳マーカー遺伝子及び脊髄マーカー遺伝子からなる群から選択される1以上の遺伝子であってよい。間脳・中脳マーカー遺伝子は、間脳マーカー遺伝子、中脳マーカー遺伝子、及び、間脳の一部である視床下部に関する視床下部マーカー遺伝子からなる群から選択される1以上の遺伝子であってよい。
【0116】
一態様において、眼球関連組織マーカー遺伝子は、optic stalkマーカー遺伝子、毛様体マーカー遺伝子、水晶体マーカー遺伝子及び網膜色素上皮マーカー遺伝子からなる群から選択される1以上の遺伝子であってよい。
【0117】
終脳マーカー遺伝子とは、終脳に発現する遺伝子を意味する。終脳マーカー遺伝子は、FoxG1(別名Bf1)、Emx2、Dlx2、Dlx1及びDlx5からなる群から選択される1以上の遺伝子を含んでいてよい。終脳マーカー遺伝子のGenBank IDを下記の表2に示す。
【表2】
【0118】
終脳マーカー遺伝子は、表2記載の遺伝子が好ましいが、これらに限定されない。このほかに終脳マーカー遺伝子としては、Emx1、LHX2、LHX6、LHX7、Gsh2等が挙げられる。
【0119】
間脳・中脳マーカー遺伝とは、間脳及び/又は中脳に発現する遺伝子を意味する。間脳・中脳マーカー遺伝子は、OTX1、OTX2及びDMBX1からなる群から選択される1以上の遺伝子を含んでいてよい。間脳・中脳マーカー遺伝子のGenBank IDを下記の表3に示す。間脳・中脳マーカー遺伝子は、間脳の一領域である視床下部に関して後述する視床下部マーカーを含んでもよい。すなわち、間脳・中脳マーカー遺伝子は、OTX1、OTX2、OTX2、DMBX1、Rx、Nkx2.1、OTP、FGFR2、EFNA5及びGAD1からなる群から選択される1以上の遺伝子を含んでいてよい。
【表3】
【0120】
視床下部マーカー遺伝子は、視床下部に発現する遺伝子を意味する。視床下部マーカー遺伝子は、Rx、Nkx2.1、Dmbx1、OTP、gad1、FGFR2及びEFNA5からなる群から選択される1以上の遺伝子を含んでいてよい。視床下部マーカー遺伝子のGenBank IDを下記の表4に示す。
【表4】
【0121】
脊髄マーカー遺伝子は、脊髄に発現する遺伝子を意味する。脊髄マーカー遺伝子は、HoxB2、HoxA5、HOXC5、HOXD1、HOXD3及びHOXD4からなる群から選択される1以上の遺伝子を含んでいてよい。脊髄マーカー遺伝子のGenBank IDを下記の表5に示す。
【表5】
【0122】
脊髄マーカー遺伝子は、表2記載の遺伝子が好ましいが、これらに限定されない。このほかに脊髄マーカー遺伝子としては、Hoxクラスターを形成する遺伝子群等が挙げられる。
【0123】
一方、一態様において、製造工程にレチノイン酸を用いる場合には、良品の網膜組織が製造されている場合においても、HOX遺伝子(例えば、HOXC5、HOXA5及びHOXB2)の発現が認められ得る。HOX遺伝子はレチノイン酸シグナルにより発現が制御されていると考えられており、網膜組織の分化誘導に影響を与えない程度にHOX遺伝子発現が増加する。このレチノイン酸シグナルの効果は、前後軸に沿っての後方化を促進することによると考えられる。従って、製造工程にレチノイン酸を用いる場合(特に網膜への分化誘導が開始した時期以降にレチノイン酸を用いる場合)、HOX遺伝子(例えば、HOXC5、HOXA5及びHOXB2)を品質評価対象遺伝子から除外する、若しくは、これら遺伝子の発現が認められても移植用神経網膜の品質を良品であると判断することができる。
【0124】
Optic Stalkマーカー遺伝子は、Optic Stalkに発現する遺伝子を意味する。Optic Stalkマーカー遺伝子は、GREM1、GPR17、ACVR1C、CDH6、Pax2、Pax8、GAD2及びSEMA5Aからなる群から選択される1以上の遺伝子を含んでいてよい。Optic Stalkマーカー遺伝子のGenBank IDを下記の表6に示す。
【表6】
【0125】
水晶体マーカー遺伝子は、水晶体に発現する遺伝子を意味する。水晶体マーカー遺伝子は、CRYAA及びCRYBA1からなる群から選択される1以上の遺伝子を含んでいてよい。水晶体マーカー遺伝子のGenBank IDを下記の表7に示す。
【表7】
【0126】
毛様体マーカー遺伝子は、毛様体、毛様体周縁部、及び又はCiliary bodyに発現する遺伝子を意味する。毛様体マーカー遺伝子は、Zic1、MAL、HNF1beta、FoxQ1、CLDN2、CLDN1、GPR177、AQP1及びAQP4からなる群から選択される1以上の遺伝子を含んでいてよい。毛様体マーカー遺伝子のGenBank IDを下記の表8に示す。
【表8】
【0127】
網膜色素上皮マーカー遺伝子は、網膜色素上皮細胞に発現する遺伝子を意味する。網膜色素上皮マーカー遺伝子は、上記網膜色素上皮マーカーが挙げられ、MITF、TTR及びBEST1からなる群から選択される1以上の遺伝子を含んでいてよい。網膜色素上皮マーカー遺伝子のGenBank IDを下記の表9に示す。
【表9】
【0128】
一態様において、目的外細胞関連遺伝子は、未分化多能性幹細胞マーカー遺伝子をさらに含んでいてよい。
【0129】
未分化多能性幹細胞マーカー遺伝子は、Oct3/4、Nanog及びlin28からなる群から選択される1以上の遺伝子を含んでいてよい。好ましくは、未分化多能性幹細胞マーカー遺伝子はOct3/4、Nanog及びlin28からなる群から選択される1以上の遺伝子である。未分化多能性幹細胞マーカー遺伝子のGenBank IDを下記の表10に示す。
【表10】
【0130】
(検出手法)
一態様において、神経網膜系細胞関連遺伝子及び非神経網膜系目的外細胞関連遺伝子の発現の検出は、特に限定されないが、ウェスタンブロッティング、免疫染色、フローサイトメトリー解析/フローサイトメーター(FACS(登録商標、BD社製)等)、ノーザンブロッティング、電気泳動法、PCR(好ましくは、定量PCR(qPCR)及び又はリアルタイムPCR)、ジーンチップ解析、次世代シークエンサー等の手法が挙げられる。このうち、定量性、検出感度、結果の安定性及び早さの観点で、定量PCRが有用である。さらに、シングルセルの定量PCRを行うために用いられる装置(例えば、Biomark HD(Fluidigm社製)等)を通常の定量PCRに応用することで、複数の品質評価用サンプルを短時間で評価することが可能である。特に、全数評価を実施する場合、特に品質評価に用いるサンプル数及び評価する遺伝子数が多い場合には、当該手法を用いることで迅速な品質評価が可能である。
【0131】
一態様において、2以上の品質評価用サンプルにおける、それぞれの神経網膜系細胞関連遺伝子及び非神経網膜系細胞関連遺伝子の発現量を、定量PCRによって同時に検出してもよい。該定量PCRは、例えば、下記の下記(1)~(5)の工程を含む方法によって行われてもよい。
(1)1群の8以上800以下の独立したサンプルウェルからなるサンプルウェル群、1群以上の8以上800以下の独立したプライマーウェルからなるプライマーウェル群、及び、サンプルウェル群における独立したサンプルウェルとそれぞれのプライマーウェル群における独立したプライマーウェルとをつなぐ流路を有する流路プレートと、2以上の上記品質評価用サンプルから得られた核酸を含有する溶液(サンプル溶液)と、1以上の上記神経網膜系細胞関連遺伝子又は上記非神経網膜系細胞関連遺伝子に特異的なプライマーを1又は複数含有する溶液(プライマー溶液)を準備すること、
(2)サンプルウェル群において、上記サンプル溶液を上記品質評価用サンプルごとに1サンプル溶液/1サンプルウェルとなるように添加すること、
(3)上記1以上のプライマーウェル群において、上記プライマー溶液を、異なるプライマーウェル群となるように、1以上のプライマーウェルに添加すること、
(4)上記流路を介して、上記核酸に対して、上記プライマーを別々に混合すること、及び
(5)(4)で得られた混合液を用いて定量PCRを行うこと。
【0132】
2以上の品質評価用サンプルから得られる核酸を含有する溶液は、品質評価用サンプルから抽出したRNAを逆転写酵素及びプライマーを用いた逆転写反応により準備することができる。RNA抽出や逆転写反応は、当業者であれば周知の手法を用いて適宜実施することができる。また、当業者であれば、定量したい遺伝子に応じて、当該遺伝子を増幅できるプライマーを準備することができる。
【0133】
一態様において、前記核酸を含有する溶液(サンプル溶液)は、サンプルウェル群の各ウェルに添加する前に、PCR装置により、使用する全てのプライマーを用いてmultiplex-PCR反応(Pre-Run)を実施した溶液であってもよい。Pre-Runによって、一定程度核酸を増幅させることで、定量PCRを効果的に実施することが可能になる。Pre-Runの条件として、例えば、核酸を含有する溶液を使用する全てのプライマーで10サイクル~15サイクル程度PCR反応させることが挙げられる。
【0134】
一態様において、定量PCRには、前述の異なるウェル群をつなぐ流路を有する流路プレートを使用してよい。流路プレート上には、流路(例えば、集積流体回路)、核酸を含有する溶液を添加するための複数のウェル、及びプライマーを添加するための複数のウェルがあり、それぞれのウェルが1又は複数の流路(集積流体回路)につながっていてよい。核酸を含有する溶液及びプライマーを各ウェルに1つずつ添加する。一態様として、周知の装置(例えば、IFCコントローラHX、IFCコントローラMX、IFCコントローラRX、全てFluidigm社製)を用いてウェルに空気圧をかけることで、各ウェルに添加した核酸を含有する溶液及びプライマーを流路(集積流体回路)中に流しこむことができる。流路(集積流体回路)は、例えば、サンプル溶液とプライマー溶液が1対1で混合される構造であってよい。これにより、サンプル溶液とプライマー溶液の組み合わせの数だけ(例えば、サンプル溶液とプライマー溶液をそれぞれ96個使用した場合、組み合わせの数は96×96=9216となる)、サンプル溶液とプライマー溶液の混合液を1度に調製できる。混合液を調整後、流路プレートを定量PCR装置(例えば、Biomark HD)にて定量PCR反応を行うことで、各核酸を含有する溶液中における各遺伝子の発現量を同時に測定することができる。
【0135】
また、発現細胞の割合を検出可能であるフローサイトメーターを用いたフローサイトメトリー解析も有用である。近年、検出速度の改良が進み、ハイスループット性を備えた多数検体を評価可能なフローサイトメーター(FACS(登録商標)等)も利用可能である。従って、神経網膜系細胞関連遺伝子及び非神経網膜系目的外細胞関連遺伝子の発現の検出には、ハイスループットフローサイトメーターの利用も有用である。この様なハイスループットフローサイトメーターは、市販品(例:MACSQuant(登録商標) Analyzers:Miltenyi Biotec社製)を用いることが可能である。
【0136】
<判定工程>
本発明に係る方法は、神経網膜系細胞関連遺伝子の発現が認められ、かつ、非神経網膜系細胞関連遺伝子の発現が認められない場合に、上記一部である品質評価用サンプルを含む細胞凝集体における神経網膜を含む上皮組織(移植用神経網膜)、及び、上記一部である品質評価用サンプルを含む細胞凝集体、又は上記全部である上記品質評価用サンプルの細胞凝集体と同一ロットの細胞凝集体における神経網膜を含む上皮組織(移植用神経網膜)、移植用神経網膜として使用可能であると判定すること(判定工程)を含む。ここで、移植用神経網膜として使用可能であることとは、移植に適した神経網膜であることを意味し、移植用神経網膜としての適性がある、又は移植用神経網膜として合格であるともいう。
【0137】
神経網膜系細胞関連遺伝子の発現が認められることとは、遺伝子の発現の検出法において、当該検出法によって実質的に検出可能なレベル(例えば、検出下限値以上)の神経網膜系細胞関連遺伝子の発現が認められることを意味する。また、非神経網膜系細胞関連遺伝子の発現が認められないこととは、遺伝子の発現の検出法において、当該検出法によって実質的に非神経網膜系細胞関連遺伝子の発現を検出できない(例えば、検出下限値未満)ことを意味する。実質的な検出可能性とは、当該遺伝子が実質的に機能しているとは言えない程度を超えて、当該遺伝子が検出されることをいう。当業者であれば当該遺伝子及び当該検出法に応じて適宜設定可能である。例えば、定量性のある遺伝子発現の検出法の場合、当該遺伝子発現の検出下限値を基準として0%超~10%以下、0%超~5%以下の範囲を、実質的に検出可能なレベルではない(すなわち、当該遺伝子の発現を検出できない)と判断することができる。
【0138】
一態様において、定量PCR法において、以下の基準1及び基準2を満たす場合に、移植用神経網膜として使用可能と判定することが好ましい。
基準1:神経網膜系細胞関連遺伝子のThreshold Cycle(Ct)値と内部標準遺伝子のCt値との差(ΔCt値)が10以下
基準2:.非神経網膜系細胞関連遺伝子のCt値と内部標準遺伝子のCt値との差(ΔCt値)が5以上
【0139】
Threshold Cycle(Ct)値とは、PCRによる遺伝子の増幅が指数関数的に起こる領域で一定の増幅産物量になるサイクル数を意味する。Ct値は遺伝子の初期量と逆相関になるため、遺伝子の初期コピー数の算出に使用される。一態様において、「2^Ct値(2のCt値乗)」は遺伝子の初期量と反比例になるため、遺伝子の初期コピー数の算出に使用される。具体的には、2倍の初期量の遺伝子を含むサンプルは、増幅前に半分のコピー数の遺伝子しか含まないサンプルよりもCt値が1サイクル早くなる。一定の増幅産物量は、PCRによる遺伝子の増幅が指数関数的に起こる領域内であればよく、当業者であれば設定可能である。
【0140】
内部標準遺伝子とは、試料間において発現量の差が小さい遺伝子を意味する。内部標準遺伝子としては、当業者に周知のものを適宜用いることができ、例えば、18SリボソームRNA、βアクチン、HPRT、αチューブリン、トランスフェリン受容体、ユビキチン、GAPDH等が挙げられるが、好ましくはGAPDHである。
【0141】
Ct値は、遺伝子の初期量に逆相関するため、細胞内における遺伝子の発現量に依存する。すなわち、核酸含有溶液の濃度が一定の場合、用いる内部標準遺伝子によってCt値は異なり、特定遺伝子のCt値と内部標準遺伝子のCt値との差(ΔCt値)は、用いる内部標準遺伝子に影響を受ける。本明細書におけるΔCt値は、特段の記載がない場合は、内部標準遺伝子としてGAPDHを使用した場合の値を基準として記載する。
【0142】
内部標準遺伝子として、GAPDH以外の内部標準遺伝子を用いる場合、GAPDHと当該GAPDH以外の内部標準遺伝子の発現量を比べることで、前記基準1及び基準2のΔCt値を補正することができる。
【0143】
一態様において、内部標準遺伝子としてβアクチンを用いる場合、本願製法において、GAPDHとβアクチンでは、GAPDHのCt値がβアクチンのCt値より、およそ1程度低い、すなわちGAPDHのRNAの絶対量がβアクチンのRNAの絶対量の2倍程度であることから、
基準1:神経網膜系細胞関連遺伝子のThreshold Cycle(Ct)値と内部標準遺伝子のCt値との差(ΔCt値)が9以下
基準2:非神経網膜系細胞関連遺伝子のCt値と内部標準遺伝子のCt値との差(ΔCt値)が4以上
とすることができる。
【0144】
一態様において、内部標準遺伝子としてHPRTを用いる場合、本願製法において、GAPDHとHPRTでは、GAPDHのCt値がHPRTよりもおよそ7程度低い、すなわちGAPDHのRNAの絶対量がHPRTのRNAの絶対量の2^7(2の7乗、128倍)程度であることから、
基準1:神経網膜系細胞関連遺伝子のThreshold Cycle(Ct)値と内部標準遺伝子のCt値との差(ΔCt値)が3以下
基準2:非神経網膜系細胞関連遺伝子のCt値と内部標準遺伝子のCt値との差(ΔCt値)が-2以上
とすることができる。
【0145】
神経網膜系細胞関連遺伝子は上述した遺伝子であればよい。神経網膜系細胞関連遺伝子としては、複数の遺伝子が存在する。すなわち、同一の神経網膜系細胞から抽出した場合であっても、神経網膜系細胞関連遺伝子の種類によって前記基準値1のCt値は異なってもよい。当業者であれば、当該神経網膜系細胞関連遺伝子の発現部位や発現量などの公知情報から、遺伝子ごとに神経網膜系細胞関連遺伝子が発現していると判断可能なΔCt値を設定することができる。
【0146】
例えば、Chx10遺伝子について、GAPDHを内部標準とした場合、ΔCt値は20以下であってよく、好ましくは15以下、より好ましくは10以下であってよい。
【0147】
例えば、Recoverin遺伝子について、GAPDHを内部標準とした場合、ΔCt値は16以下、好ましくは11以下、より好ましくは6以下であってよい。
【0148】
一般的には、神経網膜系細胞関連遺伝子のCt値と内部標準遺伝子(例:GAPDH)のCt値との差(ΔCt値)は、例えば、25以下、20以下、15以下又は10以下であってよい。神経網膜系細胞関連遺伝子のCt値と内部標準遺伝子のCt値との差は、例えば、-10以上、-5以上、0以上又は5以上であってよい。
【0149】
非神経網膜系細胞関連遺伝子は上述した遺伝子であればよい。非神経網膜系細胞関連遺伝子としては、複数の遺伝子が存在する。すなわち、同一の非網膜系細胞から抽出した場合であっても、非神経網膜系細胞関連遺伝子によりCt値は異なる。当業者であれば、当該非神経網膜系細胞関連遺伝子の発現部位や発現量などの公知情報から、遺伝子ごとに神経網膜系細胞関連遺伝子が発現していると判断可能なΔCt値を設定することができる。例えば、PAX2遺伝子について、GAPDHを内部標準とした場合、ΔCt値は5以上であってよい。HOXB2遺伝子について、GAPDHを内部標準とした場合、ΔCt値は5以上であってよい。一般的には、非神経網膜系細胞関連遺伝子のCt値と内部標準遺伝子のCt値との差は、30以下、25以下、20以下であってよい。また、非神経網膜系細胞関連遺伝子のCt値と内部標準遺伝子のCt値との差は、例えば、0以上、3以上又は5以上であってよい。
【0150】
上述した品質評価方法は、医薬品(移植用神経網膜)の品質管理方法又は、医薬品(移植用神経網膜)の製造工程における品質管理手法として用いることができる。
【0151】
〔移植用神経網膜シート〕
本発明の一態様は、移植用神経網膜シートであって、
(1)多能性幹細胞由来であり、
(2)3次元構造を有し、
(3)視細胞層及び内層を含む複数の層構造を有する神経網膜層を含み、
(4)視細胞層が、視細胞前駆細胞及び視細胞からなる群から選択される1以上の細胞を含み、
(5)内層が、網膜前駆細胞、神経節細胞、アマクリン細胞及び双極細胞からなる群から選択される1以上の細胞を含み、
(6)神経網膜層の表面が、頂端面を有し、
(7)頂端面に沿って存在する視細胞層の内側に内層が存在し、
(8)移植用神経網膜シートの表面の総面積に対して、神経網膜層の面積が50%以上であり、
(9)神経網膜層の頂端面の総面積に対して、連続上皮構造の面積が80%以上であり、
(10)移植用神経網膜シート中の神経網膜系細胞関連遺伝子の発現が認められ、かつ、非神経網膜系細胞関連遺伝子の発現が認められず、非神経網膜系細胞関連遺伝子が、脳脊髄組織マーカー遺伝子及び眼球関連組織マーカー遺伝子からなる群から選択される1以上の遺伝子を含む、
ことを特徴とする移植用神経網膜シートである。
【0152】
一態様として、当該移植用神経網膜シートは、上述の品質評価方法により切り出した移植用神経網膜である。従って、後述する当該移植用神経網膜シートの特徴は、上述の品質評価方法により切り出した移植用神経網膜の特徴としても該当する。
【0153】
当該移植用神経網膜シートは、(3)視細胞層及び内層を含む複数の層構造を有する神経網膜層を含む。(6)及び(7)に記載の通り、視細胞層は当該移植用神経網膜シートの外側(表面)に存在するが、内層にも異所性の視細胞層が存在してもよい。
【0154】
当該移植用神経網膜シートは、(5)内層が、網膜前駆細胞、神経節細胞、アマクリン細胞及び双極細胞からなる群から選択される1以上の細胞を含むが、異所性の視細胞前駆細胞及び視細胞からなる群から選択される1以上の細胞を含んでもよい。一態様において、神経節細胞、アマクリン細胞、水平細胞の含有率が総細胞数の30%以下である移植用神経網膜シート、神経節細胞、アマクリン細胞、水平細胞及び双極細胞の含有率が総細胞数の30%以下である移植用神経網膜シート、及び/又は、双極性細胞の含有率が総細胞数の10%以下である移植用神経網膜シートも提供される。
【0155】
当該移植用神経網膜シートは、(8)移植用神経網膜シートの表面の総面積に対して、神経網膜層の面積が40%以上であり、好ましくは50%以上、より好ましくは60%以上である。当該移植用神経網膜シートは、(9)神経網膜層の頂端面の総面積に対して、連続上皮構造の面積が60%以上であり、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上である。
【0156】
神経網膜系細胞関連遺伝子及び非神経網膜系細胞関連遺伝子(脳脊髄組織マーカー遺伝子及び眼球関連組織マーカー遺伝子)は、上述した遺伝子である。
【0157】
(10)移植用神経網膜シート中の神経網膜系細胞関連遺伝子の発現が認められ、かつ、非神経網膜系細胞関連遺伝子の発現が認められないことは、移植用神経網膜シートの一部を取って、遺伝子の発現を検出することによって判明することができる。また、上述した移植用神経網膜の品質評価方法によって、品質評価用サンプルにおいて、神経網膜系細胞関連遺伝子の発現が実質的に認められ、かつ、非神経網膜系細胞関連遺伝子の発現が実質的に認められない細胞凝集体から単離した移植用神経網膜シートであれば、移植用神経網膜シート自体の遺伝子発現の検出は不要である。実質的に当該遺伝子の発現が認められる又は発現が認められないとは、上述の通り、遺伝子の発現の検出法において、当該検出法によって実質的に検出可能なレベルか否かで決定される。
【0158】
移植用神経網膜シート中の神経網膜系細胞関連遺伝子は、例えば、Rx、Chx10、Pax6及びCrxからなる群から選択される1以上であってもよい。総細胞数に対する神経網膜系細胞関連遺伝子を発現する細胞(陽性細胞)の割合は、神経網膜の分化段階によって異なる。
【0159】
一態様において、移植用神経網膜シート中の総細胞数に対するRx陽性細胞の割合は、30%以上、40%以上、50%以上、又は60%以上であってよい。一態様において、移植用神経網膜シート中の総細胞数に対するChx10陽性細胞またはPax6陽性細胞の割合は、10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、又は50%以上であってよい。一態様において、移植用神経網膜シート中の総細胞数に対するCrx陽性細胞の割合は、10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、又は50%以上であってよい。
【0160】
一態様において、移植用神経網膜シート中の総細胞数に対するRx陽性細胞の割合は、30%以上80%以下、40%以上70%以下、45%以上60%以下、又は50%以上60%以下であってよい。一態様において、移植用神経網膜シート中の総細胞数に対するChx10陽性細胞またはPax6陽性細胞の割合は、10%以上80%以下、20%以上70%以下、30%以上60%以下、又は40%以上50%以下であってよい。一態様において、移植用神経網膜シート中の総細胞数に対するCrx陽性細胞の割合は、10%以上70%以下、10%以上60%以下、20%以上60%以下、30%以上60%以下、40%以上60%以下、又は50%以上60%以下である。
【0161】
一態様において、移植用神経網膜シート中の総細胞数に対する、(1)Chx10陽性かつPax6陽性細胞(神経網膜前駆細胞)の割合は、10%以上50%以下又は10%以上30%以下、(2)Chx10陽性かつPax6陰性細胞(双極細胞に偏った前駆細胞)の割合は、10%以上25%以下又は15%以上25%以下(3)Chx10陰性かつPax6陽性細胞(神経節細胞及びアマクリン細胞)の割合は、10%以上25%以下又は10%以上20%以下であってよい。
【0162】
別の態様において、移植用神経網膜シート中の総細胞数に対する、(1)Chx10陽性かつPax6陽性細胞(神経網膜前駆細胞)の割合は、20%以上40%以下、(2)Chx10陽性かつPax6陰性細胞(双極細胞に偏った前駆細胞)の割合は5%以上20%以下、(3)Chx10陰性かつPax6陽性細胞(神経節細胞及びアマクリン細胞)の割合は、5%以上20%以下又は5%以上15%以下であってよい。
【0163】
一態様において、本発明に係る移植用神経網膜シートは、上記移植用神経網膜の品質評価方法によって、移植用神経網膜として使用可能であると判定された移植用神経網膜であって、単離されたシート状の移植用神経網膜であってよい。
【0164】
一態様において、本発明に係る移植用神経網膜シートは、神経網膜を含む細胞凝集体より単離されたものであり、該細胞凝集体における連続上皮組織の中心付近の領域を含む移植用神経網膜シートであってよい。
【0165】
一態様において、本発明に係る移植用神経網膜シートは、少なくとも第一の上皮組織及び第二の上皮組織を含む細胞凝集体より単離されたものであり、上記細胞凝集体は、上記第一の上皮組織はヒト神経網膜を含み、上記第二の上皮組織は、上記第一の上皮組織の表面における接線の傾きの連続性と異なる表面の接線の傾きの連続性を有し、かつ非神経網膜系細胞を含み、上記移植用神経網膜シートが、上記第二の上皮組織から最も離れた上記第一の上皮組織上の領域を含む移植用神経網膜シートであってよい。ここで、第二の上皮組織は、眼球関連組織、終脳脊髄組織及び第一の上皮組織の神経網膜とは異なる組織からなる群から選択される組織であってよい。
【0166】
一態様において、本発明に係る移植用神経網膜シートは、上記細胞凝集体における連続上皮組織の中心付近の領域を含んでいてよい。
【0167】
移植用神経網膜シートは、上述したように、神経網膜を含む細胞凝集体から単離することができる。また、後述の移植用神経網膜シートの製造方法によって得ることができる。
【0168】
一態様において、本発明に係る移植用神経網膜シートの長径は、例えば300μm~3300μmであってよく、好ましくは600μm~2500μm、より好ましくは1100μm~1700μmである。
【0169】
一態様において、本発明に係る移植用神経網膜シートの短径は、例えば100μm~2000μmであってよく、好ましくは200μm~1500μm、より好ましくは400μm~1100μmである。
【0170】
一態様において、本発明に係る移植用神経網膜シートの高さは、例えば50μm~1500μmであってよく、好ましくは100μm~1000μm、より好ましくは200μm~700μmである。
【0171】
一態様において、本発明に係る移植用神経網膜シートの体積は、例えば0.001mm~4.0mmであってよく、好ましくは0.01mm~1.5mm、より好ましくは0.07mm~0.57mmである。
【0172】
移植用神経網膜シートの長径、短径及び高さを測定する方法は、特に限定されず、例えば、顕微鏡下で撮像した画像から測定すればよい。例えば、細胞凝集体から切り出した移植用神経網膜シートについて、切断面を対物レンズ側に向けた状態で撮像した正面画像と、切断面が対物レンズから見て垂直になるよう傾けた状態で撮像した横面画像とを、実体顕微鏡で撮像し、撮像した画像から測定できる。ここで、長径とは、正面画像において、該シート断面上の2つの端点を結ぶ線分のうち、最も長い線分及びその長さを意味する。短径とは、正面画像において、該シート断面上の2つの端点を結ぶ線分で長径と直交する線分のうち、最も長い線分及びその長さを意味する。高さとは、該シート断面に直交する線分で、該シート断面との交点と網膜シートの頂点を端点とする線分のうち、最も長い線分及びその長さを意味する。該シートの体積とは、移植片が、断面が長径を通るように半割した楕円体であると近似したうえで、以下の計算式に従い算出した体積を意味する。
体積=2/3×円周率(π)×(長径/2)×(短径/2)×高さ
【0173】
〔医薬組成物、治療方法、治療薬及び製造方法〕
本発明の一態様として、移植用神経網膜シートを含む医薬組成物が挙げられる。医薬組成物は、本発明の移植用神経網膜シート、好ましくはさらに医薬として許容される担体を含む。医薬組成物は、神経網膜系細胞若しくは神経網膜の障害又は神経網膜の損傷に基づく疾患の治療に使用し得る。神経網膜系細胞若しくは神経網膜の障害に基づく疾患としては、例えば、網膜変性疾患、黄斑変性症、加齢黄斑変性、網膜色素変性、緑内障、角膜疾患、網膜剥離、中心性漿液性網脈絡膜症、錐体ジストロフィー、錐体桿体ジストロフィー等の眼科疾患が挙げられる。神経網膜の損傷状態としては、例えは、視細胞が変性死している状態等が挙げられる。
【0174】
医薬として許容される担体としては、生理的な水性溶媒(生理食塩水、緩衝液、無血清培地等)を用いることができる。必要に応じて、医薬組成物には、移植医療において、移植する組織又は細胞を含む医薬に、通常使用される保存剤、安定剤、還元剤、等張化剤等を配合させてもよい。
【0175】
本発明の一態様として、本発明で得られる移植用神経網膜シートを含む、神経網膜の障害に基づく疾患の治療薬を提供する。また、本発明の一態様として、本発明で得られる移植用神経網膜シートを、移植を必要とする対象(例えば、眼科疾患が起きている眼の網膜下)に移植することを含む、神経網膜系細胞若しくは神経網膜の障害又は神経網膜の損傷に基づく疾患を治療する方法が挙げられる。神経網膜の障害に基づく疾患の治療薬として、又は、当該神経網膜の損傷状態において、該当する損傷部位を補充するために、本発明の移植用神経網膜シートを用いることができる。移植を必要とする、神経網膜系細胞若しくは神経網膜の障害に基づく疾患を有する患者、又は神経網膜の損傷状態の患者に、本発明の移植用神経網膜シートを移植し、当該神経網膜系細胞又は、障害を受けた神経網膜を補充することによって、神経網膜系細胞若しくは神経網膜の障害に基づく疾患、又は神経網膜の損傷状態を治療することができる。移植方法としては、例えば、眼球の切開などにより損傷部位の網膜下に移植用神経網膜シートを移植する方法が挙げられる。移植する方法としては、例えば細い管を用いて注入する方法やピンセットで挟んで移植する方法が挙げられ、細い管としては注射針等が挙げられる。
【0176】
本発明の一態様として、本発明で得られる移植用神経網膜シートの製造方法が挙げられる。一実施形態において、移植用神経網膜シートの製造方法は、上記移植用神経網膜の評価方法を用いて、多能性幹細胞由来の上皮構造を有する神経網膜を含む細胞凝集体を評価し、当該神経網膜を、移植用神経網膜として使用可能であると判定すること、及び、判定された移植用神経網膜を単離することを含む。
【0177】
別の実施形態において、移植用神経網膜シートの製造方法は、2個以上800個以下の、多能性幹細胞由来の上皮構造を有する神経網膜を含む細胞凝集体から、当該細胞凝集体の一部である品質評価用サンプルをそれぞれ抽出すること、及び上記抽出された2個以上800個以下の品質評価用サンプルを、上記移植用神経網膜の評価によって評価し、移植用神経網膜として使用可能であると判定された移植用神経網膜を選別すること、上記選別された移植用神経網膜を単離することを含む。
【0178】
上記細胞凝集体が、多能性幹細胞を分化誘導して得られた、少なくとも第一の上皮組織及び第二の上皮組織を含む細胞凝集体であることが好ましい。上記第一の上皮組織はヒト神経網膜を含み、上記第二の上皮組織は、上記第一の上皮組織の表面における接線の傾きの連続性と異なる表面の接線の傾きの連続性を有し、かつ非神経網膜系細胞を含むことが好ましい。上記移植用神経網膜の単離は、上記細胞凝集体より、上記移植用神経網膜が上記第二の上皮組織から最も離れた上記第一の上皮組織上の領域を含むように、上記移植用神経網膜を単離することであることが好ましい。単離は、上述の手法によって切り出すことによって行う。
【0179】
本発明で開示された上皮組織を含む細胞凝集体を原料に、上皮組織の一部を移植用サンプルとし、上皮組織の別の一部を品質評価用サンプルとして用いる品質評価方法は、一つ一つの細胞凝集体の形態・構造が異なる場合に特に有効である。様々な上皮組織を含む細胞凝集体でも応用可能である。
【実施例0180】
以下に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明は何らこれらに限定されるものではない。
【0181】
<実施例1 神経網膜を含む細胞凝集体の製造>
ヒトiPS細胞(DSP-SQ株、大日本住友製薬株式会社にて樹立)は、市販されているセンダイウイルスベクター(Oct3/4、Sox2、KLF4及びc-Mycの4因子、IDPharma社製サイトチューンキット)を用いて、Thermo Fisher Scientific社の公開プロトコル(iPS2.0 Sendai Reprogramming Kit、Publication Number MAN0009378、Revision 1.0)、及び、京都大学の公開プロトコル(フィーダーフリーでのヒトiPS細胞の樹立・維持培養、CiRA_Ff-iPSC_protocol_JP_v140310,http://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/research/protocol.html)記載の方法を基に、StemFit培地(AK03;味の素社製)、Laminin511-E8(ニッピ社製)を用いて樹立した。
【0182】
当該ヒトiPS細胞(DSP-SQ株)を、Scientific Reports、4、3594(2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー培養した。フィーダーフリー培地としてはStemFit培地(AK03N、味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
【0183】
具体的な維持培養操作としては、まずサブコンフレントになったヒトiPS細胞(DSP-SQ株)を、PBSにて洗浄後、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて単一細胞へ分散した。その後、前記単一細胞へ分散されたヒトiPS細胞を、Laminin511-E8にてコートしたプラスチック培養ディッシュに播種し、Y27632(ROCK阻害物質、10μM)存在下、StemFit培地にてフィーダーフリー培養した。前記プラスチック培養ディッシュとして、6ウェルプレート(イワキ社製、細胞培養用、培養面積9.4cm)を用いた場合、前記単一細胞へ分散されたヒトiPS細胞の播種細胞数は1.0×10とした。播種した1日後に、Y27632を含まないStemFit培地に交換した。以降、1日~2日に一回Y27632を含まないStemFit培地にて培地交換した。その後、播種した5日後まで培養した。
【0184】
分化誘導操作としては、ヒトiPS細胞(DSP-SQ株)を、StemFit培地を用いて、サブコンフレント2日前(培養面積の3割が細胞に覆われる程度)になるまでフィーダーフリー培養した。当該サブコンフレント2日前のヒトiPS細胞を、SAG(300nM)存在下で2日間フィーダーフリー培養した(Precondition処理)。
【0185】
Precondition処理したヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、更にピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、上記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート、住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.3×10細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10%KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1×Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目)に、無血清培地にY27632(終濃度20μM)及びSAG(終濃度10nM)を添加した。浮遊培養開始後2日目に、Y27632及びSAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地にて、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度が1.5nM(55ng/ml)になるように新しい上記無血清培地を50μl添加した。
【0186】
その4日後(浮遊培養開始6日後)に、Y27632、SAG及びヒト組み換えBMP4を含まない上記無血清培地にて培地交換した。培地交換の操作としては、培養器中の培地を60μl廃棄し、新しい上記無血清培地を90μl加える操作を実施し、培地量は合計180μlとなるようにした。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG及びヒト組み換えBMP4を含まない上記無血清培地にて半量培地交換した。半量培地交換操作としては、培養器中の培地を体積の半分量即ち90μl廃棄し、新しい上記無血清培地を90μl加え、培地量は合計180μlとした。
【0187】
このようにして得られた浮遊培養開始後13日目の細胞塊を、CHIR99021(3μM)及びSU5402(5μM)を含む無血清培地(DMEM/F12培地に、1%N supplementが添加された培地)で3日間即ち浮遊培養開始後16日目まで培養した。
【0188】
得られた浮遊培養開始後16日目の細胞凝集体を、下記の培養液については下記[1]、[2]及び[3]に示した血清培地を使用し、5%CO条件下で、浮遊培養開始後75日目まで培養した。
[1]浮遊培養開始後16日目から40日目まで:DMEM/F12培地に、10%牛胎児血清、1%N supplement、及び100μMタウリンが添加された培地(以下A培地という)。
[2]浮遊培養開始後40日目から60日目まで:A培地と、Neurobasal培地に、10%牛胎児血清、2%B27 supplement、2mM glutamine、60nMのT3及び100μMタウリンが添加された培地(以下B培地という)を1:3の比率で混合した培地。
[3]浮遊培養開始後60日目以降:B培地。
【0189】
浮遊培養開始後75日目の細胞塊を倒立顕微鏡で観察し、形態を確認した。このとき神経上皮構造が形成されていることがわかった。
【0190】
浮遊培養開始後75日目の細胞塊を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作成した。凍結切片を、神経網膜マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社、ヒツジ)、及び、視細胞前駆細胞のマーカーの1つであるCrx(抗Crx抗体、Takara社、ウサギ)について免疫染色を行った(図1)。別の凍結切片を、神経網膜マーカーの1つであるRx(抗Rx抗体、Takara社、ギニアピッグ)、及び、視細胞のマーカーの1つであるRecoverin(抗Recoverin抗体、Proteintech社、ウサギ)について免疫染色を行った(図2)。DAPIで細胞核を染色した。
【0191】
これらの染色された切片を、蛍光顕微鏡(Keyence社製)を用いて観察し、免疫染色像を取得した。製造された細胞を蛍光顕微鏡で観察した写真を図1及び図2に示す。図1及び図2は、上段が低倍レンズで撮像した画像であり、下段が高倍レンズで撮像した画像である。
【0192】
図1及び図2のDAPIの染色像から、細胞塊の表面に、細胞が密につまった神経組織が形成され、当該神経組織が連続上皮構造を形成していることがわかった。図1の画像を解析した結果、この神経組織には、細胞塊の表面に、2~5細胞程度の厚さのCrx陽性層(視細胞層)が形成され、Crx陽性層の内側に5~20細胞程度の厚さのChx10陽性層が形成され、さらにその内側にCrx陽性細胞が疎らに存在する層が形成されていることがわかった(図1)。この細胞塊の表面は、形態的に頂端面(apical surface)であることがわかった。さらに、図2の画像を解析した結果、この神経組織には、Recoverin陽性層(視細胞層)が形成され、Rx陽性層も形成されていることがわかった。これらの結果から、この神経組織は、表面にCrx陽性細胞及びRecoverin陽性細胞を含む視細胞層が形成され、視細胞層の内側にはChx10陽性細胞を含む網膜前駆細胞層が形成され、網膜前駆細胞の内側にも細胞層形成されていることがわかった。すなわち、この製法にて、ヒトiPS細胞から視細胞層及び網膜前駆細胞層を含む神経網膜作製でき、この神経網膜が連続上皮構造をもつことがわかった。
【0193】
<実施例2 目的外細胞(非神経網膜系細胞)の同定とマーカー遺伝子の探索>
ヒトiPS細胞(QHJI-01-s04株,京都大学iPS細胞研究所より入手)を種々の培養条件で網膜分化した。具体的には、実施例1記載の方法で維持培養したヒトiPS細胞を、サブコンフレント2日前(培養面積の3割が細胞に覆われる程度)又はサブコンフレント1日前(培養面積の5割が細胞に覆われる程度)になるまでフィーダーフリー培養した。当該サブコンフレント2日前のヒトiPS細胞を、SAG(300nM)存在下で2日間、又は、当該サブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、SAG(300nM)及びLDN(LDN193189、100nM)存在下で1日間フィーダーフリー培養した(Precondition処理)。
【0194】
Precondition処理したヒトiPS細胞を、実施例1記載の方法で浮遊培養した。無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10%又は5%KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1×Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目)に、無血清培地にY27632(終濃度20μM)及びIWR-1e(終濃度3μM)を、若しくは、Y27632(終濃度20μM)、IWR-1e(終濃度3μM)及びSAG(30nM)を添加した。浮遊培養開始後3日目に、Y27632及びSAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)及びIWR-1eを含む培地にて、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度が1.5nM(55ng/ml)になり、かつ、IWR-1eの終濃度が3μMになるように新しい上記無血清培地を50μl添加した。
【0195】
その3日後(浮遊培養開始6日後)に、Y27632、SAG及びヒト組み換えBMP4を含まず、IWR-1eを含む上記無血清培地にて培地交換した。培地交換操作としては、培養器中の培地を60μl廃棄し、新しい上記無血清培地を90μl加え、培地量は合計180μlとした。浮遊培養開始10~12日後に、外来性のIWR-1eの濃度が培地交換前に比べて10%程度になるように、IWR1-e、Y27632、SAG及びヒト組み換えBMP4を含まない上記無血清培地を用いて67%培地交換操作を2回行った。その後、2~4日に一回、IWR1-e、Y27632及びヒト組み換えBMP4を含まない上記無血清培地にて半量培地交換した。半量培地交換操作としては、培養器中の培地を体積の半分量即ち90μl廃棄し、新しい上記無血清培地を90μl加え、培地量は合計180μlとした。
【0196】
このようにして得られた浮遊培養開始後19~20日目の細胞塊を、Wntシグナル伝達経路作用物質であるCHIR99021(3μM)及びFGFシグナル伝達経路阻害物質であるSU5402(5μM)を含む無血清培地(DMEM/F12培地に、1%N supplementが添加された培地)で3日間即ち浮遊培養開始後22~23日目まで培養した。
【0197】
その後、実施例1に記載した[1]、[2]及び[3]に示した血清培地、若しくは、DMEM/F12培地に、10%牛胎児血清、1%N supplement、0.5μM レチノイン酸、及び100μMタウリンが添加された培地(以下、Retina培地)を使用し、5%CO条件下で、浮遊培養開始後89~97日目まで培養した。
【0198】
このようにして得られた浮遊培養開始後89~97日目の細胞凝集体について、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)で明視野像(位相差像)を観察した。特に一つ一つ細胞の形態及び細胞同士の接着状態の特徴に着目して観察した。そして、細胞凝集体において、連続した上皮構造をしており、outer neuroblastic layer(視細胞層及び神経網膜前駆細胞層を含む)とinner neuroblastic layerとが2層に分かれて見える部位を神経網膜と判定した。また、連続した上皮構造が認められない組織や、連続した上皮構造が見られるものの、outer neuroblastic layer とinner neuroblasticlayerとが区別できず1層に見える部位を、副産物(A、B、C、D、E及びF)とした。その後、実体顕微鏡で観察しながら、細胞凝集体から神経網膜又は副産物を先細ピンセット及びハサミを用いて実体顕微鏡下で切り出して組織片を作製した。切り出した組織片は、「神経網膜#1~9」「副産物A、#10~16」「副産物B、#17~20」「副産物C、#21、#22」「副産物D、#23、#24」「副産物E、#25~29」「副産物F、#30~33」の合計33サンプルであった。
【0199】
その後、組織片をスピンカラム(QIAGEN社製,RNeasy Micro kit)でキット記載の方法でtotal RNA抽出し、マイクロアレイ(Affymetrix社製、Human Genome U133 Plus2.0)解析した(図3)。図3は、ヒートマップ表示であり、灰色は遺伝子発現が高いことと対応し、黒色は遺伝子発現が低いことと対応する(色がより薄いほうが遺伝子発現がより高いことと対応する)。
【0200】
その結果、まず「神経網膜#1~9」の9つの組織片では、錐体視細胞前駆細胞マーカーRXRG、桿体視細胞前駆細胞マーカーNRL、視細胞マーカーRecoverin(別名RCVRN)、視細胞前駆細胞マーカーCrx、神経網膜マーカーRax2及び視細胞前駆細胞マーカーBlimp1(別名PRDM1)の発現量が総じて高いことがわかった。すなわち、「神経網膜#1~9」は神経網膜系細胞を含む網膜組織であることが確認できた。
【0201】
なお、「神経網膜#1~3」においてはHOX遺伝子(HOXC5、HOXA5及びHOXB2)の発現が認められる。「神経網膜#1~3」は製造過程でレチノイン酸を加えており、HOX遺伝子はレチノイン酸により発現が制御されていると考えられている。しかしながら、「神経網膜#1~3」は上述の通り、神経網膜系細胞を含む網膜組織の良品である。従って、製造工程にレチノイン酸を添加する場合には、HOX遺伝子(HOXC5、HOXA5及びHOXB2)の発現は許容される。
【0202】
「副産物A、#10~16」を解析した。その結果、副産物Aは神経網膜系細胞マーカーの発現量が総じて低いことが分かった。一方、副産物Aで高発現しているマーカー遺伝子を探索したところ、GREM1、GPR17、ACVR1C、CDH6、Pax2、Pax8、GAD2及びSEMA5Aが発現していることが分かった。当該マーカーに関する文献情報(Baumer N,et al.Development.2003 Jul;130(13):2903-15,Pfeffer PL,et al.Development.1998 Aug;125(16):3063-74)を精査した結果、副産物AがOptic stalk(眼茎)であることがわかった。すなわち、インビトロにおいて多能性幹細胞から神経網膜を作った場合、副産物としてOptic stalkが副生する可能性があることがわかった。さらにこのOptic stalkを区別するためのマーカー遺伝子として、GREM1、GPR17、ACVR1C、CDH6、Pax2、Pax8、GAD2及びSEMA5Aが有用であることがわかった。
【0203】
「副産物B、#17~20」を解析した。その結果、副産物Bは神経網膜系細胞マーカーの発現量が総じて低いことが分かった。一方、副産物Bで高発現しているマーカー遺伝子を探索したところ、Zic1、MAL、HNF1beta、FoxQ1、CLDN2、CLDN1、CRYAA及びCRYBA1が発現していることがわかった。当該マーカーに関する文献情報を精査した結果、副産物Bが毛様体・水晶体・毛様体周縁部(以下、毛様体・水晶体と記す)であることがわかった。すなわち、インビトロにおいて多能性幹細胞から神経網膜を作った場合の副産物として毛様体・水晶体が副生する可能性があることがわかった。さらにこの毛様体・水晶体を区別するためのマーカー遺伝子として、Zic1、MAL、HNF1beta、FoxQ1、CLDN2、CLDN1、CRYAA及びCRYBA1が有用であることがわかった。
【0204】
「副産物C、#21、#22」を解析した。その結果、副産物Cは神経網膜系細胞マーカーの発現量が総じて低いことが分かった。一方、副産物Cで高発現しているマーカー遺伝子を探索したところ、MITF、TTR及びBEST1が発現していることがわかった。当該マーカーに関する文献情報を精査した結果、副産物Cが網膜色素上皮(RPE)であることがわかった。すなわち、インビトロにおいて多能性幹細胞から神経網膜を作った場合の副産物としRPEが副生する可能性があることがわかった。さらにこのRPEを区別するためのマーカー遺伝子として、MITF、TTR及びBEST1が有用であることがわかった。
【0205】
「副産物D、#23、#24」を解析した。その結果、副産物Dは神経網膜系細胞マーカーの発現量が総じて低いことが分かった。一方、副産物Dで高発現しているマーカー遺伝子を探索したところ、HOXD4、HOXD3、HOXD1、HOXC5、HOXA5及びHOXB2が発現していることがわかった。当該マーカーに関する文献情報を精査した結果、副産物Dが脊髄組織であることがわかった。すなわち、インビトロにおいて多能性幹細胞から神経網膜を作った場合の副産物とし脊髄組織が副生する可能性があることがわかった。さらにこの脊髄組織を区別するためのマーカー遺伝子として、HOXD4、HOXD3、HOXD1、HOXC5、HOXA5及びHOXB2が有用であることがわかった。
【0206】
「副産物E、#25~29」を解析した。その結果、副産物Eは神経網膜系細胞マーカーの発現量が総じて低いことが分かった。一方、副産物Eで高発現しているマーカー遺伝子を探索したところ、Nkx2.1、OTP、FGFR2、EFNA5及びGAD1が発現していることがわかった。当該マーカーに関する文献情報を精査した結果、副産物Eが間脳・中脳・視床下部(以下、間脳・中脳と記す)であることがわかった。すなわち、インビトロにおいて多能性幹細胞から神経網膜を作った場合の副産物とし間脳・中脳が副生する可能性があることがわかった。さらにこの間脳・中脳を区別するためのマーカー遺伝子として、Nkx2.1、OTP、FGFR2、EFNA5及びGAD1が有用であることがわかった。
【0207】
「副産物F、#30~33」を解析した。その結果、副産物Fは神経網膜系細胞マーカーの発現量が総じて低いことが分かった。一方、副産物Fで高発現しているマーカー遺伝子を探索したところ、DLX2、DLX1、DLX5、FOXG1、EMX2、GPR177(Wls)、AQP4が発現していることがわかった。当該マーカーに関する文献情報を精査し、DLX2、DLX1、DLX5、FOXG1及びEMX2が発現していることから、副産物Fが終脳であることがわかった。GPR177及びAQP4も副産物マーカーとして有用であることがわかった。すなわち、インビトロにおいて多能性幹細胞から神経網膜を作った場合の副産物とし終脳が副生する可能性があることがわかった。さらにこの終脳を区別するためのマーカー遺伝子として、DLX2、DLX1、DLX5、FOXG1及びEMX2が有用であることがわかった。
【0208】
以上の結果から、副産物においては、神経網膜系細胞のマーカー遺伝子の発現量が低く、Optic Stalk、毛様体・水晶体、RPE、脊髄、間脳・中脳及び終脳の組織で発現することが知られている遺伝子の発現量が高いことがわかった。以上から、Optic Stalk、毛様体・水晶体、RPE、脊髄、間脳・中脳及び終脳が、立体網膜への分化の過程で副生しうることがわかった。また、各組織を検出可能なマーカーが、表11に示す遺伝子であることがわかった。
【0209】
【表11】
【0210】
<実施例3 移植片の評価方法の考案>
ヒトiPS細胞から作製した立体網膜は、細胞の組成・分布に連続性のある神経上皮構造をもつ神経網膜からなる。この神経上皮構造をもつ神経網膜は、視細胞層と内層から構成される層構造をもち、特徴的な外観・形態をもつ(図1)。
【0211】
ヒト立体網膜は、1~2mm程度の大きさで1つ1つ形状が異なる。また、自己組織化培養を用いる製造方法の特性により、移植に用いる神経網膜が主生成物となるものの、非神経網膜である眼球関連組織(RPE、毛様体等)や脳脊髄組織(終脳、脊髄等)が副生することがわかった(実施例2)。そこで、非神経網膜を含まない神経網膜の中心部を切り出して網膜片(移植片、Cap、キャップ)を得ることとした(図4及び図5)。網膜片の組成や純度に関する品質評価は、全数試験を実施することが望ましいと考えるが、網膜片の全数の破壊試験はできない。そこで、網膜片(Cap)の周辺部を、品質評価用サンプル(Ring、リング)として用いることとした。そして、Ringについて全数を分析(好ましくは、定量PCR)することとし、基準に適合したRingに対応したCapのみを移植用神経網膜として使用することを検討した。
【0212】
なお、図4及び図5は、典型的な細胞凝集体の概念図である。視細胞層と内層とが2層に分かれて見える神経網膜特有の神経上皮構造(好ましくは連続上皮構造)が認められる部位を移植片(キャップ)とし、キャップの周辺部位で、キャップと同様の神経上皮構造(好ましくは連続上皮構造)が見られる部位を品質評価用サンプル(リング)とし、キャップ、リング以外の部位をルートと呼ぶこととした。
【0213】
以下では、1つの細胞凝集体に含まれる神経上皮構造から、キャップとリングを単離する手法の有用性を検討した。
【0214】
<実施例4 移植片(キャップ)の形状>
移植片(キャップ)を以下の方法で作製した(図6)。まず、実施例1に記載した方法に従ってヒトiPS細胞(DSP-SQ株)から作製した浮遊培養開始後99日目の細胞凝集体の明視野像(位相差像)を倒立顕微鏡(オリンパス社製)で撮像した。細胞凝集体上に神経網膜があることを確かめた後に、細胞凝集体を実体顕微鏡下に移し、実施例2に記載した方法を用いて、様々な大きさの神経網膜を移植片として切り出した。また、移植片の大きさによる移植用デバイスによる移植操作への影響について検討した。
【0215】
切り出した移植片について、切断面を対物レンズ側に向けた状態で撮像した正面画像と、切断面が対物レンズから見て垂直になるよう傾けた状態で撮像した横面画像とを、実体顕微鏡で撮像した。その後、撮像した画像から、移植片の長径、短径、及び高さを測定した。測定するにあたって、長径とは、正面画像において、網膜シート断面上の2つの端点を結ぶ線分のうち、最も長い線分及びその長さを指すこととした。短径とは、正面画像において、網膜シート断面上の2つの端点を結ぶ線分で長径と直交する線分のうち、最も長い線分及びその長さを指すこととした。高さとは、横面画像において、網膜シート断面に直交する線分で、網膜シート断面との交点と網膜シートの表面を端点とする線分のうち、最も長い線分及びその長さを指すこととした。さらに、移植片の体積について、移植片が、断面が長径を通るように半割した楕円体であると近似し、以下の計算式に従い算出した。
体積=2/3×円周率π×(長径/2)×(短径/2)×高さ
【0216】
その結果、移植用デバイス中への移植片の設置、移植用デバイス中での移植片の安定性及び移植用デバイスからの移植片の吐き出しは、移植片の大きさによって影響を受けることがわかった。また、特に短径が有用なパラメーターであることが示唆された。移植用デバイスによる移植操作が良好であった11個の移植片について、長径、短径、高さ及び体積をそれぞれ計算した。それぞれのパラメーターについて、平均値、最大値及び最小値を求めた結果を、表12にまとめた。この結果から、移植片(キャップ)は、少なくとも、長径が0.8~1.7mm、短径が0.4~1.1mm、高さが0.2~0.7mm、見かけ上の体積が0.07~0.57mm程度であることがわかった。
【表12】
【0217】
<実施例5 移植片(キャップ)の細胞の組成>
移植片(キャップ)を以下の方法で作製した(番号:18001MF、d89、H5)。まず、実施例1に記載した方法に従ってヒトiPS細胞(DSP-SQ株)から作製した浮遊培養開始後89日目の細胞凝集体から、実施例2及び3に記載の方法で移植片(キャップ)を単離した。
【0218】
移植片を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作成した。凍結切片を、神経網膜マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社、ヒツジ)、及び、視細胞前駆細胞のマーカーの1つであるCrx(抗Crx抗体、Takara社、ウサギ)について免疫染色を行った(図7)。別の凍結切片を、神経網膜マーカーの1つであるRx(抗Rx抗体、Takara社、ギニアピッグ)、及び、視細胞のマーカーの1つであるRecoverin(抗Recoverin抗体、Proteintech社、ウサギ)について免疫染色を行った(図7)。DAPIで細胞核を染色した。これらの染色された切片を、共焦点レーザー顕微鏡(Olympus社製)を用いて観察し、免疫染色像を取得した。
【0219】
染色像から、移植片(キャップ)の表面に(図中左側)、細胞が密につまった神経組織が形成され、当該神経組織が神経上皮構造(特に連続上皮構造)を形成していることがわかった(図7)。さらにこの神経組織には、細胞塊の表面に、2~10細胞程度の厚さのCrx陽性層(視細胞層、図7)が形成され、Crx陽性層の内側に5~20細胞程度の厚さのChx10陽性層が形成され、さらにその内側にCrx陽性細胞が存在する層が形成されていることがわかった(図7)。この移植片(キャップ)の表面は、形態的に頭頂面(apical surface)であることがわかった。さらに、この神経組織には、Recoverin陽性層(視細胞層、図7矢印)が形成され、Rx陽性層も形成されていることがわかった。これらの結果から、この神経組織は、表面にCrx陽性細胞及びRecoverin陽性細胞を含む視細胞層が形成され、視細胞層の内側にはChx10陽性細胞を含む網膜前駆細胞層が形成され、網膜前駆細胞の内側にも細胞層形成されていることがわかった。すなわち、移植片(キャップ)は、視細胞層及び網膜前駆細胞層を含む神経網膜作製でき、この神経網膜が連続上皮構造をもつことがわかった。
【0220】
<実施例6 キャップとリングの同等性の検証>
キャップ及びリングの遺伝子発現を比較するため、以下の方法で検証した。まず、実施例1に記載した方法に従って、ヒトiPS細胞(DSP-SQ株)から浮遊培養開始後99日目の細胞凝集体を作製し、ロット1とした。さらに、実施例1に記載した方法に従って、ヒトiPS細胞(DSP-SQ株)から浮遊培養開始後浮遊培養開始後82日目の細胞凝集体をロット2とした。この2つのロットについて、実施例2及び実施例3に記載の方法で、顕微鏡を用いて主産物である神経網膜と副産物を判定し、神経網膜のキャップと副産物のキャップをそれぞれ単離した。リングは、移植片と同様に先細ピンセット及びハサミを用いて実体顕微鏡下で切り出して単離した。神経網膜及び副産物から単離したキャップ及びリングから、実施例2記載の方法でtotal RNAを抽出した。total RNAの濃度を測定器(Nanodrop、Thermo scientific社製)にて測定した後に、逆転写酵素及びprimer(Reverse Transcription Master Mix Kit、Fluidigm社製)を用いてcDNAへと逆転写した。cDNAを、検証に使用する全プローブを使用して、PCR装置(Veriti 96well thermal cycler、Applied Biosystems社製)を用いて、multiplex-PCR反応(Pre-Run)を実施した。その後、Pre-Run済みの反応液を、IFCコントローラ HX(Fluidigm社製)を用いて流路付マルチウェル(96.96 Dynamic Array IFC、Fluidigm社製)に注入し、多検体リアルタイムPCRシステム(Biomark HD、Fluidigm社製)を用いて神経網膜及び神経網膜以外の副産物のマーカー遺伝子の発現量をリアルタイムPCRで測定した。検証に使用したPCR用プローブを表13に示した。
【0221】
【表13】
【0222】
結果を図8にヒートマップにて示す。遺伝子発現量は、目的遺伝子のCt値と内部標準として用いた遺伝子であるGAPDHのCt値の差から算出したΔCt値で評価した。ΔCt値が低いほど遺伝子発現量が高く、ΔCt値が高いほど遺伝子発現量が低い。灰色は遺伝子発現量が高いことを示しており、黒色は遺伝子発現量が低いことを示している(色がより薄いほうが遺伝子発現がより高いことを示す)。各キャップ及びリングの遺伝子発現を調べたところ、ロット1及びロット2のいずれにおいても、神経網膜から単離したキャップ及びリングにおいて、神経網膜マーカー遺伝子群が発現していた。一方で、副産物から単離したキャップ及びリングにおける遺伝子発現を調べたところ、どちらのロットにおいても、神経網膜とは逆に、神経網膜マーカー遺伝子群の発現量は低く、副産物のマーカー遺伝子群の発現量が高かった。このことから、実施例2で見出したマーカー遺伝子群が神経網膜と副産物とをそれぞれ区別して検出できていることを確認できた。さらに、同じ細胞凝集体から単離したキャップとリングにおける遺伝子発現を比較したところ、どの神経網膜及び副産物から単離したキャップとリングにおいても、神経網膜マーカー遺伝子の発現量と副産物のマーカー遺伝子の発現量が同等であることがわかった。
【0223】
これらの結果から、リングが神経網膜であれば、キャップも神経網膜であることが実証できた。また、キャップとリングで遺伝子発現が同等であることが実証できた。
【0224】
<実施例7 様々な多能性幹細胞株でのキャップとリングの同等性の検証>
様々な多能性幹細胞から分化した細胞凝集体においてもキャップとリングの遺伝子発現が同等であるかを調べるため、以下を検討した。
【0225】
まず、Crx::VenusノックインヒトES細胞(KhES-1由来;Nakano,T.et al.Cell Stem Cell 2012,10(6),771-785;京都大学より入手、理研CDBにて樹立して使用)、ヒトiPS細胞(QHJI-01-s04株)、及び、ヒトiPS細胞(DSP-SQ株)を実施例1記載の製法で網膜に分化させた。その後、浮遊培養開始後70日目以上の細胞凝集体から、実施例6記載の方法で神経網膜及び副産物のキャップ、リングを切り出した。その後、実施例6記載の方法でtotal RNAを抽出した。total RNAの濃度を測定器(Nanodrop、Thermo scientific社製)にて測定した後に、逆転写酵素及びprimer(Reverse Transcription Master Mix Kit、Fluidigm社製)を用いてcDNAへと逆転写した。cDNAを、検証に使用する全プローブを使用して、PCR装置(Veriti 96 well thermal cycler、Applied Biosystems社製)を用いて、multiplex-PCR反応(Pre-Run)を実施した。その後、Pre-Run済みの反応液を、IFCコントローラ HX(Fluidigm社製)を用いて流路付マルチウェル(96.96Dynamic Array IFC、Fluidigm社製)に注入し、多検体リアルタイムPCRシステム(Biomark HD、Fluidigm社製)を用いて神経網膜及び神経網膜以外の副産物のマーカー遺伝子の発現量をリアルタイムPCRで測定した。実施例6の表3に示したPCR用プローブを検証に使用した。
【0226】
結果を図9のヒートマップにて示した。ヒートマップは、実施例6記載の方法に従い作製した。キャップ及びリングにおける遺伝子発現を調べたところ、どの細胞株由来のキャップ及びリングにおいても、神経網膜から単離したものでは、神経網膜マーカー遺伝子の発現量が高く、副産物のマーカー遺伝子の発現量が低かった。一方で、副産物から単離したキャップ及びリングにおいては、副産物のマーカー遺伝子の発現量が高く、神経網膜マーカー遺伝子の発現量が低かった。また、同じ細胞凝集体から単離したキャップ及びリングの遺伝子発現を比較したところ、どの細胞株から単離したキャップ及びリングにおいても、神経網膜及び副産物のマーカー遺伝子が同程度に発現していることがわかった。
【0227】
これらの結果から、どの多能性幹細胞株由来の細胞凝集体においても、リングが神経網膜であれば、キャップも神経網膜であることが実証できた。また、キャップとリングで遺伝子発現が同等であることが実証できた。すなわち、表2の大きさのキャップを切り出した場合であっても、細胞凝集体中の残りの部分からリングを切り出しても、キャップと同等の遺伝子発現を有する部分であるリングを切り出すことができることがわかった。
【0228】
<実施例8 移植片の移植結果>
実施例6及び実施例7でキャップとリングの遺伝子発現が同等であることがわかった。また、リングが神経網膜であるなら、キャップも神経網膜であることが確認できた。そこで、リングの遺伝子発現を移植前に解析してリングが神経網膜であることを確認し、リングに対応するキャップを移植する方法を考案した。この方法の有用性を実証する目的で、リングの遺伝子発現を解析した後に対応するキャップを網膜変性ヌードラットに移植し、移植後の生着像を評価した。
【0229】
まず、実施例1に記載した方法に従ってヒトiPS細胞(DSP-SQ株)から細胞凝集体を作製した。その後、浮遊培養開始後75日目以降の細胞凝集体から、実施例6記載の方法でキャップ及びリングを単離した。単離したキャップは、リングの遺伝子解析を実施する間、市販の保存液を用いて保存した。単離したリングは、実施例6記載の方法でBiomark HD(Fluidigm社製)を用いたリアルタイムPCR法で遺伝子発現解析を実施した。遺伝子発現解析の結果から、神経網膜マーカー遺伝子を発現し、副産物のマーカー遺伝子を発現していないリングを選び、このリングに対応するキャップを移植片として選んだ。移植片は、緩衝液(Thermo Fisher Scientific社製)で洗浄した後、公知文献(Shirai et al.PNAS 113,E81-E90)記載の注入器を用いて網膜変性ヌードラット(視細胞変性モデル、SD-Foxn1 Tg(S334ter)3LavRrrc nude rat)の網膜下へ移植した。
【0230】
浮遊培養開始後230~240日相当齢の眼組織をパラホルムアルデヒド固定(PFA固定)してスクロース置換した。固定された眼組織をクライオスタットを用いて、凍結切片を作製した。これらの凍結切片を、ヒト核(抗HuNu抗体、Millipore社、マウス、又は、抗HNA抗体)、視細胞のマーカーの1つであるRecoverin(抗Recoverin抗体、Proteintech社、ウサギ)、双極細胞のマーカーの1つであるPKCα(抗PKCα抗体、R&D systems社、ヤギ)について免疫染色を行った。
【0231】
リングの遺伝子発現解析による移植片の品質評価結果と移植結果とをまとめた結果を表14に示す。ΔCt値の算出方法は、実施例6に記載の方法を用いた。リングの遺伝子発現解析は、神経網膜マーカー遺伝子の1つであるRecoverinのΔCt値が10以下であり、副産物のマーカー遺伝子であるFOXG1、HOXB2、ZIC1及びOCT3/4のΔCt値がそれぞれ5以上である場合、品質評価試験(ring-PCR試験)合格とした。移植結果については、網膜下にヒト核陽性かつRecoverin陽性の視細胞が検出できた場合、生着良好と評価した。また、移植箇所が適正な生着のサイズを大きく上まって厚くなっていなければ、肥大は検出されなかったと判定した。
【0232】
代表的な生着像を図10に示す。移植前の品質評価試験を合格した14眼について移植後の生着像を評価したところ、14眼全てにおいて、Recoverin陽性の視細胞が検出され、良好に生着することがわかった。これらの細胞はHuNu陽性であったことから、Recoverin陽性な視細胞は、移植したキャップ由来であることがわかった。また、14眼全てにおいて、肥大は検出されなかった。
【0233】
以上の結果から、リングの遺伝子発現解析で神経網膜と副産物のマーカー遺伝子の発現量を移植前に調べることで、網膜下に良好に生着する、すなわち視細胞が生着し肥大が起きない、移植片を選別できることが実証できた。
【0234】
【表14】
【0235】
<実施例9 移植片の移植結果>
実施例8では、リングの遺伝子発現解析にBiomark HD(Fluidigm社製)を用いた。Biomark HDは、本来1細胞解析のために設計された機械であり、実施例8での使い方は一般的でない。そこで、一般的に使用されているリアルタイムPCR装置でリングの遺伝子発現を解析し、Biomark HDを用いた時と同様に、網膜下に良好に生着する移植片を選択できないか、検証した。
【0236】
ヒトiPS細胞(DSP-L株、大日本住友製薬にて樹立)は、市販されているセンダイウイルスベクター(Oct3/4、Sox2、KLF4及びc-Mycの4因子、IDPharma社製サイトチューンキット)を用いて、Thermo Fisher Scientific社の公開プロトコル(iPS 2.0 Sendai Reprogramming Kit,Publication Number MAN0009378, Revision 1.0)、及び、京都大学の公開プロトコル(フィーダーフリーでのヒトiPS細胞の樹立・維持培養、CiRA_Ff-iPSC_protocol_JP_v140310,http://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/research/protocol.html)記載の方法を基に、StemFit培地(AK03;味の素社製)、Laminin511-E8(ニッピ社製)を用いて樹立した。
【0237】
まず、実施例1に記載した方法に従ってヒトiPS細胞(DSP-L株)から細胞凝集体を作製した。その後、浮遊培養開始後86日目の細胞凝集体から、実施例6記載の方法でキャップ及びリングを単離した。単離したキャップは、リングの遺伝子解析を実施する間、市販の保存液を用いて保存した。単離したリングの遺伝子発現解析を、以下のように実施した。
【0238】
まず、total RNAは実施例2記載の方法で抽出した。total RNAの濃度を測定器(Nanodrop、Thermo scientific社製)にて測定した後に、逆転写酵素(QuantiTect Revese Transcription Kit(QIAGEN社製)及びprimer(RT primer mix、QIAGEN社製)を用いてcDNAへと逆転写した。その後、cDNAを、リアルタイムPCR酵素(TaqMan Fast Advanced Master Mix、Applied Biosystems社製)を用いて、StepOnePlusリアルタイムPCRシステム(Applied Biosystems社製)を用いて、神経網膜及び網膜以外の副産物のマーカー遺伝子の発現量をリアルタイムPCRで測定した。結果を図11に示す。陽性対照サンプルとして未分化iPS細胞のcDNAと立体網膜のcDNAを混ぜたサンプルを用いた。陽性対照サンプルを段階希釈して検量線サンプルを作り、検量線を引いた。内部標準としてgapdhを用いて遺伝子発現をノーマライズした。
【0239】
PCR解析の結果、Sample1及びSample2が、神経網膜マーカーのChx10、Rx、Crx及びRecoverinの発現量が高く、副産物のマーカー遺伝子のOct3/4、FoxG1、Aqp1、Nkx2.1、Dlx6、CDH6、Emx2、Zic1、HoxA5、Pax2及びPax8の発現量が低いことがわかった。神経網膜マーカー遺伝子を発現し、副産物のマーカー遺伝子を発現していないリングを選び、リングに対応するキャップを、実施例8記載の方法に従い、網膜変性ヌードラット網膜下へ移植した。
【0240】
浮遊培養開始後230~240日相当齢の眼組織をパラホルムアルデヒド固定(PFA固定)してスクロース置換した。固定された眼組織をクライオスタットを用いて、凍結切片を作製した。これらの凍結切片を、ヒト核(抗HuNu抗体、Millipore社、マウス)、視細胞のマーカーの1つであるRecoverin(抗Recoverin抗体、Proteintech社、ウサギ)、双極細胞のマーカーの1つであるSCGN(抗SCGN抗体、BioVendor、ヒツジ)について免疫染色を行った。
【0241】
前記リングに対応するキャップを移植したラット眼における生着像を図11に示す。移植後の生着像を評価したところ、Recoverin陽性の視細胞が認められ、良好な生着を示していた。これらの細胞はHuNu陽性であったことから、Recoverin陽性な視細胞は移植したキャップ由来であった。また、肥大は認められなかった。
【0242】
以上の結果から、一般的に使用されているリアルタイムPCRシステムを用いてリングの遺伝子発現を解析しても、神経網膜と副産物のマーカー遺伝子の発現量を移植前に調べることで、網膜下に良好に生着する移植片を選択できることがわかった。したがって、多検体リアルタイムPCRシステムにより、複数の遺伝子の解析が可能であることがわかった。
【0243】
<実施例10 リングの移植結果>。
実施例8及び9において、前記手法で作製したキャップを網膜変性ヌードラットの網膜下に移植すると、視細胞が生着することがわかった。リングとキャップの同等性を検証する目的で、リングを同様に網膜下に移植する検討を行った。
【0244】
Crx::VenusノックインヒトES細胞(KhES-1由来;Nakano,T. et al. Cell Stem Cell 2012,10(6),771-785;京都大学より入手、理研CDBにて樹立して使用)を、実施例1記載の製法で網膜に分化させた。その後、浮遊培養開始後74日目の細胞凝集体から、実施例6記載の方法で神経網膜及び副産物のキャップ、リングを切り出した(図12)。その後、リングを公知文献(Shirai et al.PNAS 113,E81-E90)注射器を用いて視細胞変性モデルである網膜変性ヌードラット(SD-Foxn1 Tg(S334ter)3LavRrrc nude rat)の網膜下へ移植した。
【0245】
移植後1年間、網膜変性ヌードラットを生育させた。その後、リングを移植した眼組織を摘出し、パラホルムアルデヒド固定(PFA固定)してスクロース置換した。固定された眼組織から、クライオスタットを用いて凍結切片を作製した。これらの凍結切片を、ヒト細胞質マーカーであるStem121(抗Stem121抗体、Cellartis社、マウス)、若しくは、視細胞のマーカーの1つであるRecoverin(抗Recoverin抗体、Proteintech社、ウサギ)について免疫染色を行った。
【0246】
移植に使用したリングを切り出し直後に撮像した明視野像、及び、リングを移植した後1年間生育させたラットから摘出した眼組織から作製した切片を免疫染色した結果を、それぞれ図12に示す。図12左に示すリングを網膜変性ヌードラットの網膜下に移植したところ、図12右に示す免疫染色の結果が得られた。免疫染色の結果から、Stem121陽性なヒト細胞が生着していることがわかった。また、Recoverin陽性の視細胞が生着することがわかった。
【0247】
以上の結果から、リングでも、キャップと同様に、移植すると視細胞が生着することがわかった。さらに、この結果は、神経網膜であれば、キャップ、リングのどちらを移植しても同様の移植結果が得られることが示唆された。
【0248】
<実施例11 キャップとリングの同等性の検証>。
実施例6及び7において、キャップとリング遺伝子発現が、RNAレベルで同等であることをPCR法を用いて実証した。そして、リングの遺伝子発現をPCR法で解析することで、キャップが神経網膜か副産物かを検証できることを実証した。次に、リングの遺伝子発現を免疫染色法で解析することで、キャップが神経網膜か副産物かを検証できることを検討した。
【0249】
まず、ヒトiPS細胞(DSP-SQ株)を実施例1記載の製法で網膜に分化させた。その後、浮遊培養開始後120日目の細胞凝集体から、実施例6記載の方法で神経網膜のキャップ及びリングを単離した。その後、キャップ及びリングを洗浄した後に、4%パラホルムアルデヒド固定(PFA固定)してスクロース置換した。固定されたキャップ及びリングを、クライオスタットを用いて、凍結切片を作製した。これらの凍結切片を、核を染色するDAPI、視細胞前駆細胞のマーカーの1つであるCrx(抗Crx抗体、Takara社、ウサギ)、神経網膜マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社、ヒツジ)、桿体視細胞前駆細胞マーカーの1つであるNRL(抗NRL抗体、Bio-Techne社、ヤギ)、終脳マーカーの1つであるFOXG1(抗FOXG1抗体、タカラバイオ社、ウサギ)、Optic Stalkマーカーの1つであるPAX2(抗PAX2抗体、Thermo Fisher Scientific社、ウサギ)、並びに、未分化な多能性幹細胞マーカーの1つであるNANOG(抗NANOG抗体、メルク社、マウス)について免疫染色を行った。
【0250】
免疫染色した結果を図13に示した。同じ細胞凝集体から切り出したキャップとリングについて、リングの免疫染色結果を上段に、キャップの免疫染色結果を下段に示す。これらの結果から、キャップ及びリングのいずれにおいても、Crx陽性な視細胞前駆細胞、Chx10陽性な神経網膜、及び、NRL陽性な杆体視細胞前駆細胞が、連続して層状に発現していることがわかった。また、キャップ及びリングのいずれにおいても、FOXG1陽性である終脳や、PAX2陽性であるOptic Stalk、及び、NANOG陽性である多能性幹細胞は検出されなかった。さらに、Crx、Chx10及びNRLの染色像を比較すると、これらの神経網膜マーカーが、キャップとリングとでほぼ同等の分布を示していることがわかった。
【0251】
以上の結果から、遺伝子発現解析のみならず、免疫染色でもキャップとリングが同等であることが実証できた。また、この結果から、リングの遺伝子発現を免疫染色法で解析することで、キャップが神経網膜か副産物かを検証できることが実証できた
【0252】
<実施例12 非神経網膜でのキャップとリングの同等性の検証>
実施例6及び7において、神経網膜及び副産物のキャップとリングで遺伝子発現が同等であることがわかった。そこで、網膜以外の組織から単離したキャップとリングでも遺伝子発現が同等であるか、詳細に解析することにした。
【0253】
まず、ヒトiPS細胞(QHJI-01-s04株)、及び、ヒトiPS細胞(DSP-SQ株)を実施例1記載の製法で網膜に分化させた。その後、浮遊培養開始後80日目以上の細胞凝集体を顕微鏡検査したところ、上皮構造があることが観察された。前記浮遊培養開始後80日目以上の細胞凝集体を、実施例6記載の方法で神経網膜及び副産物のキャップ及びリングを切り出した。その後、実施例6記載の方法でRNAを抽出し、Biomark HD(Fluidigm社製)を用いて神経網膜及び網膜以外の副産物のマーカー遺伝子の発現量をリアルタイムPCRで測定した。
【0254】
結果を図14にヒートマップにて示す。ヒートマップは、実施例6記載の方法に従い作製した。キャップ及びリングにおける遺伝子発現を調べたところ、神経網膜から切り出したキャップ及びリングでは、神経網膜マーカー遺伝子が発現しており、副生物のマーカー遺伝子が発現していないことが確かめられた。一方で、副産物から切り出したキャップ及びリングにおける遺伝子発現を調べたところ、終脳マーカーの1つであるFOXG1を高発現しているキャップ、リングや、脊髄マーカーであるHOXB2及びHOXA5を高発現しているキャップ及びリング、RPEマーカーの1つであるMITFを高発現しているキャップ及びリング、並びに、Optic Stalkマーカーの1つであるPAX2が高発現しているキャップ及びリングが認められた。そこで、高発現していたマーカー遺伝子から、これらの副産物をそれぞれ終脳組織、脊髄組織、RPE及びStalkに分類した。これらの副産物から単離したキャップ及びリングの遺伝子発現を調べたところ、どの副産物においても、キャップとリングとで同等の遺伝子発現を示していた。
【0255】
以上の結果から、神経網膜のみならず、終脳組織、脊髄組織、RPE及びOptic Stalkから単離したキャップとリングにおいても、遺伝子発現が同等であることがわかった。また、この結果から、終脳組織、脊髄組織、RPE、Optic Stalkなどの非神経網膜から単離したリングにおける遺伝子発現を調べることで、キャップが同じ組織であるか判定できることがわかった。
【0256】
<実施例13 移植用神経網膜シートを構成する視細胞前駆細胞及び神経網膜前駆細胞の割合>
多能性幹細胞から分化した細胞凝集体から作製した移植用神経網膜シートの構成細胞のうち、視細胞前駆細胞及び神経網膜前駆細胞の割合を、免疫染色法の一つである免疫組織染色(Immunohistochemistry;IHC)で解析・定量した。
【0257】
ヒトiPS細胞(DSP-SQ株)を実施例1記載の製法で網膜に分化させた。その後、浮遊培養開始後84日目、92日目、93日目の細胞凝集体から、実施例6に記載の方法でキャップ及びリングを単離した。実施例8記載の方法で、単離したリングの遺伝子発現解析を実施した。実施例8記載の方法で、神経網膜マーカー遺伝子を発現し、副産物のマーカー遺伝子を発現していないリングを選び、このリングに対応するキャップを移植用神経網膜シートとした。このようにして、浮遊培養開始後84日目の細胞凝集体から移植用神経網膜シートを1つ、浮遊培養開始後92日目の細胞凝集体から移植用神経網膜シートを2つ、浮遊培養開始後93日目の細胞凝集体から移植用神経網膜シートを1つ作製した。すなわち合計4枚の移植用神経網膜シートを作製した。
【0258】
得られた移植用神経網膜シートを、解析のため、B培地にて7日間培養した。培養した移植用神経網膜シートを、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作成した。凍結切片を、神経網膜前駆細胞マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社、ヒツジ)、及び、視細胞前駆細胞のマーカーの1つであるCrx(抗Crx抗体、Takara社、ウサギ)について免疫染色を行った。別の凍結切片を、神経網膜マーカーの1つであるRx(抗Rx抗体、Takara社、ギニアピッグ)、及び、視細胞のマーカーの1つであるRecoverin(抗Recoverin抗体、Proteintech社、ウサギ)について免疫染色を行った。DAPIで細胞核を染色した。これらの染色された切片を、蛍光顕微鏡(Keyence社製)を用いて観察し、免疫染色像を取得した。その一例(D3)を図15に示す。
【0259】
免疫染色像をImageJ (version 1.52a, NIH製)で解析し、4枚の移植用神経網膜シートのそれぞれについて、DAPI陽性細胞数、DAPI陽性かつChx10陽性細胞数、及び、DAPI陽性かつCrx陽性細胞数を解析した。同様に免疫染色像を解析し、DAPI陽性細胞数、及び、DAPI陽性かつRx陽性細胞数を解析した。これらの数値から、Chx10陽性細胞の割合、Crx陽性細胞の割合、及び、Rx陽性細胞の割合を算出した。得られた結果を表15に記載した。
【表15】
【0260】
以上の結果から、移植用神経網膜シートに含まれるChx10陽性細胞の割合が23~45%程度、Crx陽性細胞の割合が30~56%程度、Rx陽性細胞の割合が40~54%程度であることがわかった。
【0261】
すなわち、移植用神経網膜シートには、Chx10陽性の神経網膜前駆細胞が約34%程度(23~45%程度)、Crx陽性の視細胞前駆細胞が約40%(30~56%)、Rx陽性細胞が約47%(40~54%)含まれていることが示唆された。
【0262】
<実施例14 移植用神経網膜シートを構成する視細胞前駆細胞及び神経網膜前駆細胞の割合>
様々な多能性幹細胞から分化した細胞凝集体から作製した移植用神経網膜シートの構成細胞の組成を、免疫染色法の一つであるフローサイトメトリー法(FACSともいう)により調べた。
【0263】
ヒトiPS細胞(QHJI-01-s04株)を実施例1記載の製法で網膜に分化させた。その後、浮遊培養開始後88日目の細胞凝集体から、実施例6に記載の方法でキャップ及びリングを単離した。そして、キャップを移植用神経網膜シートとした。移植用神経網膜シートを2日間、17℃で低温保存した。得られた移植用神経網膜シートを、5枚まとめて1つのサンプルとし、PBSで洗浄し、神経細胞分散液(WAKO社製、パパインを含む)を用いて37℃で30分間ほど酵素処理し、ピペッティングにより単一細胞へと分散し、単一細胞懸濁液を得た。得られた単一細胞懸濁液を、固定液(BD社製、CytoFix)を用いて固定し、FACS用サンプルを得た。FACS用サンプルを、血清を含むPerm/Wash液(BD社製)液を用いてブロッキング及び透過処理(細胞膜の穴あけ)を行った。そして、蛍光標識した以下の抗体、抗Chx10抗体(Santa Cruz社製)及び抗Pax6抗体(BD社製)、抗Crx抗体(Santa Cruz社製)にて免疫染色を行った。そしてアナライザー(BD社製)を用いて、フローサイトメトリーで解析した。
【0264】
その結果、Chx10陽性かつPax6陽性画分(神経網膜前駆細胞画分)は11.5%、Chx10陽性かつPax6陰性画分(双極細胞に偏った前駆細胞画分)は23.4%、Chx10陰性かつPax6陽性画分(神経節細胞及びアマクリン細胞画分)は10.7%、Crx陽性細胞画分(視細胞前駆細胞画分)は17.4%であることがわかった。
【0265】
さらに、ヒトiPS細胞(DSP-SQ株)を実施例1記載の製法で網膜に分化させた。その後、浮遊培養開始後88日目の細胞凝集体を11個作製し、それぞれの細胞凝集体から、実施例6に記載の方法で11個ずつのキャップ及びリングを単離した。11個のキャップをまとめて1つのキャップサンプルとした。同様に、11個のリングをまとめて1つのリングサンプルとした。キャップサンプルとリングサンプルとをそれぞれPBSで洗浄し、神経細胞分散液(WAKO社製、パパインを含む)を用いて37℃で30分間ほど酵素処理し、キャップとリングそれぞれの単一細胞懸濁液を得た。得られたキャップとリングそれぞれの単一細胞懸濁液を、固定液(BD社製、CytoFix)を用いて固定し、FACS用サンプルを得た。FACS用サンプルを、血清を含むPerm/Wash液(BD社製)液を用いてブロッキングと穴あけを行い、蛍光標識した以下の抗体、抗Chx10抗体(Santa Cruz社製)、抗Crx抗体(Santa Cruz社製)、抗SSEA-4抗体にて免疫染色を行った。免疫染色の陰性対照としてIsotype controlを用いた。そしてアナライザー(BD社製)を用いて、フローサイトメトリーで解析した。Chx10陽性細胞の割合、Crx陽性細胞、SSEA-4陽性細胞の割合を、それぞれのIsotype controlとの差分で算出した。その結果を表16に記載した。
【表16】
【0266】
キャップサンプルでは、神経網膜前駆細胞マーカーであるChx10陽性細胞の割合が29.4%、視細胞前駆細胞マーカーであるCrx陽性細胞の割合が21.7%、多能性幹細胞マーカー(目的外細胞)であるSSEA-4陽性細胞の割合が1%未満であった。リングサンプルでは、神経網膜前駆細胞マーカーであるChx10陽性細胞の割合が28.1%、視細胞前駆細胞マーカーであるCrx陽性細胞の割合が15.8%、多能性幹細胞マーカー(目的外細胞)であるSSEA-4陽性細胞の割合が1%未満であった。
【0267】
これらの結果から、まず、このキャップサンプルおよびリングサンプルは、Chx10陽性細胞とCrx陽性細胞とを含む神経網膜であり、未分化iPS細胞を実質的に含まないことがわかった。そして、キャップサンプルに含まれるChx10陽性細胞とCrx陽性細胞の割合が、リングサンプルに含まれるChx10陽性細胞とCrx陽性細胞の割合と同等であることが実証できた。そして、リングサンプルが神経網膜であれば、キャップも神経網膜であることが実証できた。
【0268】
そして、これらのキャップやリング(好ましくはキャップ)を移植用神経網膜シートとして用いる場合、この移植用神経網膜シートに含まれるChx10陽性(神経網膜前駆細胞画分)は約30%程度(20~40%程度)、Crx陽性細胞画分(視細胞前駆細胞画分)は約17%程度(10~30%程度)であることがわかった。
【0269】
本願の手法では、品質評価の手法として多サンプル・多遺伝子を評価する定量PCR法の有用性を実証してきたが、免疫染色法の1つであるフローサイトメトリー解析でも品質評価を実施できることがわかった。
【0270】
以上の結果から、上皮構造をもつ上皮組織(好ましくは神経上皮、より好ましくは神経網膜)を含む細胞凝集体において、1つの上皮構造からキャップとリングを単離し、リングの遺伝子発現を検査することで、キャップの品質を担保できることがわかった。遺伝子発現を検査する手法は、定量PCR法であっても、免疫染色法であっても有用であることが分かった。そしてこの品質検査の方法論が、上皮構造をもつ上皮組織が、神経網膜である場合も、非神経網膜である場合も適用できることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0271】
本発明によれば、移植用神経網膜の品質を評価する方法及び当該方法により選択された移植用神経網膜シートを提供することが可能となる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15