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特開2024-115037PMモータの温度推定装置および温度推定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024115037
(43)【公開日】2024-08-26
(54)【発明の名称】PMモータの温度推定装置および温度推定方法
(51)【国際特許分類】
   H02P 21/16 20160101AFI20240819BHJP
【FI】
H02P21/16
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023020477
(22)【出願日】2023-02-14
(71)【出願人】
【識別番号】000006105
【氏名又は名称】株式会社明電舎
(74)【代理人】
【識別番号】100086232
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 博通
(74)【代理人】
【識別番号】100092613
【弁理士】
【氏名又は名称】富岡 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100104938
【弁理士】
【氏名又は名称】鵜澤 英久
(74)【代理人】
【識別番号】100210240
【弁理士】
【氏名又は名称】太田 友幸
(72)【発明者】
【氏名】安部 義隆
(72)【発明者】
【氏名】滝口 昌司
(72)【発明者】
【氏名】野村 昌克
【テーマコード(参考)】
5H505
【Fターム(参考)】
5H505DD08
5H505EE41
5H505GG02
5H505GG04
5H505HB01
5H505JJ04
5H505LL22
5H505LL41
5H505LL45
5H505LL46
(57)【要約】
【課題】速度制御系および電流制御系を備えたインバータ2により駆動されるPMモータ1の磁石温度推定精度を向上させる。
【解決手段】パラメータ事前同定装置30において、PMモータ1の無負荷運転時に計測したPMモータ1の誘起電圧Vemfと、回転数を検出して求めた電気角速度ωeの計測データを用いて磁束Φ(=Vemf/ωe)を算出し、磁石温度計測値Tpmと前記磁束Φの関係を表す最小二乗法の直線Φ=aTpm+b(aは直線の傾き、bは直線のy切片)と、磁束の温度変化を定義したΦ=Φn(1+β(Tpm-T0))(Φnは基準磁束、βは温度係数、T0は基準温度)とが対応するように前記Φnおよびβをモータパラメータとして同定し、そのモータパラメータを用いて、設定した磁石温度推定演算式によって磁石温度を推定する。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
速度制御系および電流制御系を備えたインバータにより駆動されるPMモータにおいて、
前記PMモータの無負荷運転時に計測したPMモータの誘起電圧Vemfと、前記PMモータの回転数を検出して求めた電気角速度ωeの計測データを用いて磁束Φ(=Vemf/ωe)を算出し、
前記PMモータの磁石温度を計測した磁石温度計測値Tpmと前記算出された磁束Φの関係を表す最小二乗法の直線Φ=aTpm+b(aは直線の傾き、bは直線のy切片)と、磁束の温度変化を定義したΦ=Φn(1+β(Tpm-T0))(Φnは基準磁束、βは温度係数、T0は基準温度)とが対応するように前記Φnおよびβをモータパラメータとして同定するパラメータ同定部と、
前記パラメータ同定部で同定されたΦn、βと、T0、ωe、前記電気角速度ωeおよび前記PMモータに流れる電流を検出したモータ検出電流が、電気角速度指令および電流指令と等しくなるように速度制御、電流制御を行って得られた電圧指令Vd,Vq、前記PMモータの検出電流をdq軸に座標変換したd軸電流id、q軸電流iqに基づいて、設定した磁石温度推定演算式によって磁石温度を推定し、前記推定された磁石温度推定値が前記磁石温度計測値と近いときに、前記同定されたモータパラメータおよび磁石温度推定演算式の妥当性を認定する磁石温度推定部と、を備えたことを特徴とするPMモータの温度推定装置。
【請求項2】
前記パラメータ同定部は、
d軸電流指令値Idcmdおよびq軸電流指令値Iqcmdを各々0として前記PMモータの定速運転試験を行ったときの前記磁石温度推定部で推定された磁石温度推定値が、磁石温度計測値と近いときの運転速度を、妥当な温度推定がなされた速度領域であると決定し、
前記決定された速度領域でd軸電流指令値Idcmd<0、q軸電流指令値Iqcmd=0、又はIdcmd>0、Iqcmd=0とした定速運転試験を行い、Idcmdを段階的に変化させたときの各IdcmdにおけるVd,Vq、id、iq、ωe、Tpmの定常データを取得し、前記取得した定常データを基に、(7)式~(10)式に示す、磁石温度の計測値と推定値の二乗誤差が最小となるようなパラメータd軸インダクタンスLd、q軸電圧誤差ΔVqの組み合わせを求める評価式によって最適化問題を解いて、Ld、ΔVqを同定することを特徴とする請求項1に記載のPMモータの温度推定装置。
【数7】

subject to
【数8】

【数9】

【数10】

(T^は磁石温度推定値、Ldnはd軸インダクタンス、ΔVqはq軸電圧指令値とq軸電圧検出値の差)
【請求項3】
前記パラメータ同定部は、
d軸電流指令値Idcmdおよびq軸電流指令値Iqcmdを各々0として前記PMモータの定速運転試験を行ったときの前記磁石温度推定部で推定された磁石温度推定値が、磁石温度計測値と近いときの運転速度を、妥当な温度推定がなされた速度領域であると決定し、
前記決定された速度領域でd軸電流指令値Idcmd=0、q軸電流指令値Iqcmd>0、又はIdcmd=0、Iqcmd<0とした定速運転試験を行い、Iqcmdを段階的に変化させたときの各IqcmdにおけるVd,Vq、id、iq、ωe、Tpmの定常データを取得し、前記取得した定常データを基に、(11)式~(14)式に示す、磁石温度の計測値と推定値の二乗誤差が最小となるようなパラメータ抵抗Ran、q軸電圧誤差ΔVqの組み合わせを求める評価式によって最適化問題を解いて、Ran、ΔVqを同定することを特徴とする請求項2に記載のPMモータの温度推定装置。
【数11】

subject to
【数12】

【数13】

【数14】

(T^は磁石温度推定値、RanはPMモータの巻線抵抗、ΔVqはq軸電圧指令値とq軸電圧検出値の差)
【請求項4】
前記パラメータ同定部は、
q軸電圧誤差ΔVqを、(15)式、(16)式に示す範囲に同定することを特徴とする請求項3に記載のPMモータの温度推定装置。
【数15】

【数16】

(ΔVdはd軸電圧指令値とd軸電圧検出値の差、ΔVqはq軸電圧指令値とq軸電圧検出値の差、θeは極対数を考慮した位相、iu、iv、iwはu,v,w相電流、ΔVは計測した電圧誤差、aは定数倍、ΔVqnはq軸電圧誤差ΔVqの公称値)
【請求項5】
前記磁石温度推定部は、
前記電圧指令Vd,Vq、d軸電流id、q軸電流iq、電気角速度ωeに基づいて、(5)式の磁石温度推定演算式を演算して磁石温度推定値を求めることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載のPMモータの温度推定装置。
【数5】

(T^は磁石温度推定値、Φnは基準磁束、βは温度係数、Ldnはd軸インダクタンス、RanはPMモータの巻線抵抗、ΔVqはq軸電圧指令値とq軸電圧検出値の差)
【請求項6】
速度制御系および電流制御系を備えたインバータにより駆動されるPMモータの温度推定方法であって、
パラメータ同定部が、前記PMモータの無負荷運転時に計測したPMモータの誘起電圧Vemfと、前記PMモータの回転数を検出して求めた電気角速度ωeの計測データを用いて磁束Φ(=Vemf/ωe)を算出し、
前記PMモータの磁石温度を計測した磁石温度計測値Tpmと前記算出された磁束Φの関係を表す最小二乗法の直線Φ=aTpm+b(aは直線の傾き、bは直線のy切片)と、磁束の温度変化を定義したΦ=Φn(1+β(Tpm-T0))(Φnは基準磁束、βは温度係数、T0は基準温度)とが対応するように前記Φnおよびβをモータパラメータとして同定するパラメータ同定ステップと、
磁石温度推定部が、前記パラメータ同定ステップで同定されたΦn、βと、T0、ωe、前記電気角速度ωeおよび前記PMモータに流れる電流を検出したモータ検出電流が、電気角速度指令および電流指令と等しくなるように速度制御、電流制御を行って得られた電圧指令Vd,Vq、前記PMモータの検出電流をdq軸に座標変換したd軸電流id、q軸電流iqに基づいて、設定した磁石温度推定演算式によって磁石温度を推定し、前記推定された磁石温度推定値が前記磁石温度計測値と近いときに、前記同定されたモータパラメータおよび磁石温度推定演算式の妥当性を認定する磁石温度推定ステップと、を備えたことを特徴とするPMモータの温度推定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、PM(Permanent Magnet)モータを駆動するインバータにおいて、駆動中のPMモータの回転子磁石温度をインバータの計測データから推定する装置、方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、PMモータの回転子磁石温度を推定する技術として例えば非特許文献1には、PMモータのdq軸電圧方程式を基にインバータの計測電流、電圧指令から磁石による鎖交磁束を推定し、推定した磁束の変化から磁石温度を推定する方式が記載されている。
【0003】
また特許文献1には、PMモータの誘起電圧から磁石温度を推定する方式が記載され、モータ駆動中の誘起電圧を計測するためにサーチコイルを埋めこみ、モータの印加電圧を計測する電圧センサも追加している。
【0004】
また特許文献2には、電圧外乱オブザーバを用いた磁石温度推定方式が記載され、特許文献3には外乱オブザーバとトルク計を用いた磁石温度推定方式が記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】石原、他:「IPMSMの磁束シミュレータを用いた磁石温度推定」、令和4年電気学会全国大会、No.5-079
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2021-118652号公報
【特許文献2】特開2022-178400号公報
【特許文献3】特許第7063406号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
非特許文献1の方式では、固定値のモータパラメータを使用しているため、モータパラメータの誤差の影響により磁石温度推定の誤差が生じ、磁石温度推定の精度が良くない。
【0008】

特許文献1の方式ではサーチコイルや電圧センサの追加が必要である。
【0009】
特許文献3の方式ではトルクセンサが必要である。
【0010】
本発明は、上記課題を解決するものであり、その目的は、磁石温度推定精度を向上させたPMモータの温度推定装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するための請求項1に記載のPMモータの温度推定装置は、
速度制御系および電流制御系を備えたインバータにより駆動されるPMモータにおいて、
前記PMモータの無負荷運転時に計測したPMモータの誘起電圧Vemfと、前記PMモータの回転数を検出して求めた電気角速度ωeの計測データを用いて磁束Φ(=Vemf/ωe)を算出し、
前記PMモータの磁石温度を計測した磁石温度計測値Tpmと前記算出された磁束Φの関係を表す最小二乗法の直線Φ=aTpm+b(aは直線の傾き、bは直線のy切片)と、磁束の温度変化を定義したΦ=Φn(1+β(Tpm-T0))(Φnは基準磁束、βは温度係数、T0は基準温度)とが対応するように前記Φnおよびβをモータパラメータとして同定するパラメータ同定部と、
前記パラメータ同定部で同定されたΦn、βと、T0、ωe、前記電気角速度ωeおよび前記PMモータに流れる電流を検出したモータ検出電流が、電気角速度指令および電流指令と等しくなるように速度制御、電流制御を行って得られた電圧指令Vd,Vq、前記PMモータの検出電流をdq軸に座標変換したd軸電流id、q軸電流iqに基づいて、設定した磁石温度推定演算式によって磁石温度を推定し、前記推定された磁石温度推定値が前記磁石温度計測値と近いときに、前記同定されたモータパラメータおよび磁石温度推定演算式の妥当性を認定する磁石温度推定部と、を備えたことを特徴とする。
【0012】
請求項2に記載のPMモータの温度推定装置は、請求項1において、
前記パラメータ同定部は、
d軸電流指令値Idcmdおよびq軸電流指令値Iqcmdを各々0として前記PMモータの定速運転試験を行ったときの前記磁石温度推定部で推定された磁石温度推定値が、磁石温度計測値と近いときの運転速度を、妥当な温度推定がなされた速度領域であると決定し、
前記決定された速度領域でd軸電流指令値Idcmd<0、q軸電流指令値Iqcmd=0、又はIdcmd>0、Iqcmd=0とした定速運転試験を行い、Idcmdを段階的に変化させたときの各IdcmdにおけるVd,Vq、id、iq、ωe、Tpmの定常データを取得し、前記取得した定常データを基に、(7)式~(10)式に示す、磁石温度の計測値と推定値の二乗誤差が最小となるようなパラメータd軸インダクタンスLd、q軸電圧誤差ΔVqの組み合わせを求める評価式によって最適化問題を解いて、Ld、ΔVqを同定することを特徴としている。
【0013】
【数7】
【0014】
subject to
【0015】
【数8】
【0016】
【数9】
【0017】
【数10】
【0018】
(T^は磁石温度推定値、Ldnはd軸インダクタンス、ΔVqはq軸電圧指令値とq軸電圧検出値の差)
請求項3に記載のPMモータの温度推定装置は、請求項2において、
前記パラメータ同定部は、
d軸電流指令値Idcmdおよびq軸電流指令値Iqcmdを各々0として前記PMモータの定速運転試験を行ったときの前記磁石温度推定部で推定された磁石温度推定値が、磁石温度計測値と近いときの運転速度を、妥当な温度推定がなされた速度領域であると決定し、
前記決定された速度領域でd軸電流指令値Idcmd=0、q軸電流指令値Iqcmd>0、又はIdcmd=0、Iqcmd<0とした定速運転試験を行い、Iqcmdを段階的に変化させたときの各IqcmdにおけるVd,Vq、id、iq、ωe、Tpmの定常データを取得し、前記取得した定常データを基に、(11)式~(14)式に示す、磁石温度の計測値と推定値の二乗誤差が最小となるようなパラメータ抵抗Ran、q軸電圧誤差ΔVqの組み合わせを求める評価式によって最適化問題を解いて、Ran、ΔVqを同定することを特徴としている。
【0019】
【数11】
【0020】
subject to
【0021】
【数12】
【0022】
【数13】
【0023】
【数14】
【0024】
(T^は磁石温度推定値、RanはPMモータの巻線抵抗、ΔVqはq軸電圧指令値とq軸電圧検出値の差)
請求項4に記載のPMモータの温度推定装置は、請求項3において、
前記パラメータ同定部は、
q軸電圧誤差ΔVqを、(15)式、(16)式に示す範囲に同定することを特徴としている。
【0025】
【数15】
【0026】
【数16】
【0027】
(ΔVdはd軸電圧指令値とd軸電圧検出値の差、ΔVqはq軸電圧指令値とq軸電圧検出値の差、θeは極対数を考慮した位相、iu、iv、iwはu,v,w相電流、ΔVは計測した電圧誤差、aは定数倍、ΔVqnはq軸電圧誤差ΔVqの公称値)
請求項5に記載のPMモータの温度推定装置は、請求項1から4のいずれか1項において、
前記磁石温度推定部は、
前記電圧指令Vd,Vq、d軸電流id、q軸電流iq、電気角速度ωeに基づいて、(5)式の磁石温度推定演算式を演算して磁石温度推定値を求めることを特徴としている。
【0028】
【数5】
【0029】
(T^は磁石温度推定値、Φnは基準磁束、βは温度係数、Ldnはd軸インダクタンス、RanはPMモータの巻線抵抗、ΔVqはq軸電圧指令値とq軸電圧検出値の差)
請求項6に記載のPMモータの温度推定方法は、
速度制御系および電流制御系を備えたインバータにより駆動されるPMモータの温度推定方法であって、
パラメータ同定部が、前記PMモータの無負荷運転時に計測したPMモータの誘起電圧Vemfと、前記PMモータの回転数を検出して求めた電気角速度ωeの計測データを用いて磁束Φ(=Vemf/ωe)を算出し、
前記PMモータの磁石温度を計測した磁石温度計測値Tpmと前記算出された磁束Φの関係を表す最小二乗法の直線Φ=aTpm+b(aは直線の傾き、bは直線のy切片)と、磁束の温度変化を定義したΦ=Φn(1+β(Tpm-T0))(Φnは基準磁束、βは温度係数、T0は基準温度)とが対応するように前記Φnおよびβをモータパラメータとして同定するパラメータ同定ステップと、
磁石温度推定部が、前記パラメータ同定ステップで同定されたΦn、βと、T0、ωe、前記電気角速度ωeおよび前記PMモータに流れる電流を検出したモータ検出電流が、電気角速度指令および電流指令と等しくなるように速度制御、電流制御を行って得られた電圧指令Vd,Vq、前記PMモータの検出電流をdq軸に座標変換したd軸電流id、q軸電流iqに基づいて、設定した磁石温度推定演算式によって磁石温度を推定し、前記推定された磁石温度推定値が前記磁石温度計測値と近いときに、前記同定されたモータパラメータおよび磁石温度推定演算式の妥当性を認定する磁石温度推定ステップと、を備えたことを特徴としている。
【発明の効果】
【0030】
(1)請求項1~6に記載の発明によれば、同定したパラメータの妥当性を確認して精度の良いモータパラメータを用いることができ、磁石温度推定の精度が向上する。また、サーチコイル、トルクセンサ等を必要としないため、小型化・低コスト化に有利である。
(2)請求項2~5に記載の発明によれば、モータパラメータを最適化することができ、磁石温度推定の精度が向上する。
(3)請求項4に記載の発明によれば、同定したq軸電圧誤差の同定範囲を設定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1】本発明の実施例1における事前同定フェーズのシステム構成図。
図2】本発明の実施例1,2,3における推定フェーズのシステム構成図。
図3】磁束と磁石温度の関係を示す特性図。
図4図2中の磁石温度推定器のブロック図。
図5】本発明の実施例2,3で用いる階段関数の説明図。
図6】本発明の実施例2による磁石温度推定結果を表し、(a)は最適化用のデータの説明図、(b)は検証用データの説明図。
図7】本発明の実施例3のId=0、Iq>0による磁石温度推定結果を表し、(a)は最適化用のデータの説明図、(b)は検証用データの説明図。
図8】本発明の実施例3のId=0、Iq<0による磁石温度推定結果を表し、(a)は最適化用のデータの説明図、(b)は検証用データの説明図。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、図面を参照しながら本発明の実施の形態を説明するが、本発明は下記の実施形態例に限定されるものではない。
【0033】
本実施形態例におけるPMモータ磁石温度推定は、モータパラメータを事前に同定する(1)事前同定フェーズと、同定したパラメータを基に磁石温度を推定する(2)推定フェーズとで構成される。事前同定フェーズでは段階的(実施例1→実施例2→実施例3の流れ)にモータパラメータを同定する。
【実施例0034】
本実施例1におけるパラメータ事前同定装置(事前同定フェーズのシステム;本発明のパラメータ同定部)の構成を図1に、実施例1、2、3における磁石温度推定装置(推定フェーズのシステム;本発明の磁石温度推定部)の構成を図2に示す。
【0035】
実施例1では、PMモータの基準磁束Φnと温度係数βの事前同定を行う。基準磁束Φnとは、基準温度Tpmにおける磁束である。磁束と温度の関係を表す図(後述する図3)を作成するため、図1の装置によって無負荷運転での誘起電圧と磁石温度とを計測する。
【0036】
図1において、1はインバータ2により駆動されるPMモータ、3はPMモータ1に接続された負荷、4はPMモータの回転を検出して位相θを出力する回転位置センサである。
【0037】
5は回転位置センサ4が検出する位相θにモータの極対数Pを乗じて、極対数を考慮した位相θeに変換する極対数演算器である。
【0038】
6は、極対数を考慮した位相θeを微分して電気角速度ωeを算出する微分演算器である。
【0039】
7はPMモータ1の磁石温度を計測する磁石温度センサ(例えば熱電対)である。
【0040】
8は、PMモータ1の3相電流iu、iv、iw(インバータ2の出力電流)を検出する電流センサである。
【0041】
9は、PMモータ1の3相電流iu、iv、iwを、極対数を考慮した位相θeに同期したdq座標系のd軸電流id、q軸電流iqに変換する3相-dq変換器である。
【0042】
10は、前記電気角速度ωeおよびd軸電流id,q軸電流iqが、電気角速度指令ωeおよび図示省略のdq軸電流指令と等しくなるように速度制御、電流制御を行って、dq軸の電圧指令Vd、Vqを算出する速度・電流制御器である。
【0043】
11は、速度・電流制御器10から出力されるdq軸電圧指令Vd、Vqを、極対数演算器5から出力される極対数を考慮した位相θeを用いて3相の電圧指令vu、vv、vwに座標変換してインバータ2に与えるdq-3相変換器である。インバータ2は前記電圧指令に応じた電圧をPMモータ1に印加する。
【0044】
尚、本実施例1では、PMモータ1の誘起電圧Vemfを検出する図示省略の電圧検出器が設けられている。
【0045】
前記極対数演算器5、微分演算器6、3相-dq変換器9、速度・電流制御器10、dq-3相変換器11によってコントローラ20を構成している。
【0046】
30は、微分演算器6で算出された電気角速度ωe、3相-dq変換器9で変換されたd軸電流id、q軸電流iq、速度・電流制御器10で算出されたdq軸電圧指令Vd、Vq、図示省略の電圧検出器によって無負荷運転時に計測したPMモータ1の誘起電圧Vemf、磁石温度センサ7で計測された磁石温度計測値Tpmに基づいて、モータパラメータである基準磁束Φnおよび温度係数βを同定するパラメータ事前同定装置(パラメータ同定部)である。
【0047】
次に、前記パラメータ事前同定装置30により事前同定されたモータパラメータを基に磁石温度を推定する磁石温度推定装置の構成を示す図2において、40は、微分演算器6で算出された電気角速度ωe、3相-dq変換器9で変換されたd軸電流id、q軸電流iq、速度・電流制御器10で算出されたdq軸電圧指令Vd、Vq、に基づいて、後述の(5)式および図4に示す演算を行って磁石温度推定値T^を求める磁石温度推定器(磁石温度推定部)であり、その他の部分は図1と同様に構成されている。
【0048】
次に上記のように構成された装置の動作を説明する。
【0049】
<(1)磁束と温度の関係のプロット>
図1のパラメータ事前同定装置30において、まずPMモータ1の誘起電圧Vemfから磁束Φへは(1)式により計算される。
【0050】
【数1】
【0051】
すなわちパラメータ事前同定装置30は、PMモータ1の無負荷運転時に計測した誘起電圧Vemfと、電気角速度ωeの計測データを用いて(1)式の磁束Φを得る。
【0052】
前記(1)式により得られた磁束Φと磁石温度センサ7により計測された磁石温度計測値Tpmの関係は図3の破線に示す直線(最小二乗法の直線Φ=aTpm+b;aは直線の傾き、bは直線のy切片)となる。
【0053】
<(2)Φnとβの同定>
本実施形態例において、磁束の温度変化は次の(2)式のようにモデリング(定義)している。
【0054】
【数2】
【0055】
ただしT0は基準温度(Φn温度条件)を意味する。この(2)式と図3の最小二乗法の直線とが対応するように基準磁束Φnと温度係数βを定める。図3の最小二乗法の直線をΦ=aTpm+bとすると、係数比較よりΦnとβとの関係は次の(3)式のように求まる。
【0056】
【数3】
【0057】
式変形すると、次の(4)式を得る。
【0058】
【数4】
【0059】
(4)式の下段の式はΦnに関する2次方程式であり、これを解くことでΦnが求まる。それを(4)式の上段の式に代入し、βが求まる。
【0060】
<(3)磁石温度推定:Φn、βとモデルの妥当性の確認>
磁石温度の推定式(図2の磁石温度推定器40で演算される磁石温度推定演算式)を次の(5)式に示す。
【0061】
【数5】
【0062】
ただしT^は磁石温度推定値、Ranは実施例3で同定されるPMモータ1の巻線抵抗、Ldnは実施例2で同定されるd軸インダクタンス、ΔVqはq軸電圧誤差(q軸電圧指令とq軸電圧検出値の差)である。
【0063】
この(5)式をブロック図で表現すると図4のようになる。
【0064】
ここで、Id=Iq=0で、速度が十分高く電圧誤差を無視できるとき、磁石温度推定器40で演算する(5)式の温度推定式は次の(6)式のように簡易化した式となる。
【0065】
【数6】
【0066】
ただし、vqはq軸電圧参照値である。(5)式では電圧誤差を考慮していない。厳密には(5)式の第二項の分子に電圧誤差が加算される。速度が十分に大きい場合は、前記(5)式の第二項の分子の電圧誤差は相対的に小さくなり無視できる。
【0067】
さらに磁石温度推定器40では次の試験を行ってΦn、βおよびモデル((5)式)の妥当性を確認する。
【0068】
試験としては、一定速でPMモータ1を回しながら、dq軸それぞれの電流指令値Idcmd=0,Iqcmd=0とする。
【0069】
この際の計測データを(5)式に代入し、得られた磁石温度推定値T^が磁石温度計測値Tpmと近ければ、パラメータおよび推定式が妥当であるといえる。
【0070】
実施例2以降は、実施例1で妥当な温度推定がなされた運転条件(速度領域)のデータを用いる。
【0071】
以上のように実施例1によれば、事前同定を行うことで得た精度の良いモータパラメータを用いるため、磁石温度推定の精度が向上する。
【0072】
また、サーチコイル、トルクセンサなどを必要としないため、小型化・低コスト化に有利である。
【実施例0073】
本実施例2では、実施例1の基準磁束Φn、温度係数βの同定に加えて、さらにd軸インダクタンスLdとq軸電圧誤差ΔVqの事前同定を行う。事前同定の構成は図1と同様であるが誘起電圧Vemfは不要である。
【0074】
まずd軸電流指令値Idcmd<0、q軸電流指令値Iqcmd=0、又はIdcmd>0、Iqcmd=0とした定速運転試験を行う。
【0075】
運転速度は、実施例1で妥当な温度推定がなされた速度領域とする。そして、Idcmdを変化させ、各定常値のデータ、d軸電圧参照値vd、q軸電圧参照値vq、d軸電流id、q軸電流iq、電気角速度ωe、磁石温度Tpmを取得する。この際、例えば、図5に示す階段関数を用いる。すなわち指令値を上げ一定時間保つ、を繰り返す。速度条件が複数必要になる場合は、その速度条件ごとにd軸電流指令値Idcmdを変化させ定常値のデータを取得する。
【0076】
前記定常値のデータ(vd、vq、id、iq、ωe、Tpmの定常値)を用いて、次の(7)式~(10)式の評価式により最適化問題を解く。
【0077】
【数7】
【0078】
subject to
【0079】
【数8】
【0080】
【数9】
【0081】
【数10】
【0082】
T^は磁石温度推定値、Ldnはd軸インダクタンス、ΔVqはq軸電圧指令値とq軸電圧検出値の差。
【0083】
ただし、(7)式は「磁石温度の実測値と推定値の二乗誤差が最小となるようなパラメータLd、ΔVqの組み合わせを求める」ことを表す評価関数の式である。(8)式~(10)式は拘束条件であり、それぞれ、温度推定式、Ldの範囲、ΔVqの範囲を表している。
【0084】
速度条件が複数必要な場合は、上記のような「Idcmdを変化させた際の定常値のデータ取得→最適化」の流れを各速度条件で行う。
【0085】
磁石温度の推定は、前記同定されたΦn、β、Ld、ΔVqを用いて、実施例1と同様に(5)式の磁石温度推定演算式によって行われる。
【0086】
本実施例2によれば、実施例1に加えて、さらにd軸インダクタンスLdとq軸電圧誤差ΔVqの事前同定を行っているので、実施例1に比べて磁石温度推定精度が向上する。
【実施例0087】
本実施例3では、実施例2の基準磁束Φn、温度係数β、d軸インダクタンスLd、q軸電圧誤差ΔVqの同定に加えて、さらにPMモータ1の巻線抵抗Ranとq軸電圧誤差ΔVqの事前同定を行う。
【0088】
事前同定の構成は図1と同様であるが誘起電圧Vemfは不要である。
【0089】
まずd軸電流指令値Idcmd=0、q軸電流指令値Iqcmd>0、又はIdcmd=0、Iqcmd<0とした定速運転試験を行う。
【0090】
運転速度は、実施例1で妥当な温度推定がなされた速度領域とする。そして、Iqcmdを変化させ、各定常値のデータ、d軸電圧参照値vd、q軸電圧参照値vq、d軸電流id、q軸電流iq、電気角速度ωe、磁石温度Tpmを取得する。この際、例えば、図5に示す階段関数を用いる。すなわち指令値を上げ一定時間保つ、を繰り返す。速度条件が複数必要になる場合は、その速度条件ごとにq軸電流指令値Iqcmdを変化させ定常値のデータを取得する。
【0091】
本実施例3では、運転試験の条件が例えばId=0、Iq>0となるため、前記定常値のデータvd、vq、id、iq、ωe、Tpmを用いて次の(11)式~(14)式の評価式により最適化問題を解く。
【0092】
【数11】
【0093】
subject to
【0094】
【数12】
【0095】
【数13】
【0096】
【数14】
【0097】
T^は磁石温度推定値、Ranは巻線抵抗、ΔVqはq軸電圧指令値とq軸電圧検出値の差。
【0098】
ただし、(11)式は「磁石温度の実測値と推定値の二乗誤差が最小となるようなパラメータRan、ΔVqの組み合わせを求める」ことを表す評価関数の式である。(12)式~(14)式は拘束条件であり、それぞれ、温度推定式、Ranの範囲、ΔVqの範囲を表している。
【0099】
速度条件が複数必要な場合は、上記のような「Iqcmdを変化させた際の定常値のデータ取得→最適化」の流れを各速度条件で行う。
【0100】
さらに、実施例2と実施例3の事前同定を各々別々に行って求めたd軸インダクタンスLdと抵抗Ranを用いて磁石温度推定を行う。ただしこの場合、実施例2の事前同定で求めたq軸電圧誤差ΔVqと実施例3の事前同定で求めたq軸電圧誤差ΔVqが異なるケースも考えられる。
【0101】
この場合例えば、ΔVqの範囲は次のように定める。ΔVqの公称値は次の(15)式で計算される。
【0102】
【数15】
【0103】
ただし、θeは電気角、iu,iv,iwはuvw相電流、ΔVは計測した電圧誤差である。
【0104】
想定される定数倍をaと定め、q軸電圧誤差の公称値をΔVqnとすると、ΔVqの範囲を次の(16)式のように定めることができる。
【0105】
【数16】
【0106】
磁石温度の推定は、前記同定されたΦn、β、Ld、ΔVq、Ranを用いて、実施例1と同様に(5)式の磁石温度推定演算式によって行われる。
【0107】
本実施例3によれば、実施例2に加えて、さらにPMモータ1の巻線抵抗Ranの事前同定を行っているので、実施例2に比べて磁石温度推定精度が向上する。
【0108】
以上のように本実施形態例によれば、実施例1から実施例3にかけて段階的に磁石温度推定精度が向上する。すなわち、実施例1よりも実施例2の方が推定精度が高く、実施例2よりも実施例3の方が推定精度が高い。
【0109】
ここで各実施例による磁石温度推定結果を説明する。図6は実施例2による磁石温度推定結果を表し、(a)は最適化用のデータを示し、(b)は検証用のデータを示している。
【0110】
最適化用のデータとは、パラメータを最適化する際に用いるデータである。検証用のデータとは、最適化されたパラメータを用いた温度推定の精度を検証する際に用いるデータである。
【0111】
10秒過ぎから160秒過ぎまで電流が印加されており、その期間でパラメータ最適化を行った。図6において、実線はLd公称値かつΔVq=0のデータ、ダッシュ線は実施例1のデータ、ドット線は磁石温度計測値のデータを各々示している。
【0112】
図6(b)の検証用データでの結果より、パラメータ最適化によって磁石温度の推定精度が向上していることがわかる。
【0113】
図7は実施例3のId=0,Iq>0の定速運転による磁石温度推定結果を表し、(a)は最適化用のデータを示し、(b)は検証用のデータを示している。
【0114】
10秒過ぎから160秒過ぎまで電流が印加されており、その期間でパラメータ最適化を行った。図7において、実線はRan公称値かつΔVq=0のデータ、ダッシュ線は実施例2のデータ、ドット線は磁石温度計測値のデータを各々示している。
【0115】
図7(b)の検証用データでの結果より、パラメータ最適化によって磁石温度の推定精度が向上していることがわかる。
【0116】
図8は実施例3のId=0,Iq<0の定速運転による磁石温度推定結果を表し、(a)は最適化用のデータを示し、(b)は検証用のデータを示している。
【0117】
10秒過ぎから160秒過ぎまで電流が印加されており、その期間でパラメータ最適化を行った。図8において、実線はRan公称値かつΔVq=0のデータ、ダッシュ線は実施例2のデータ、ドット線は磁石温度計測値のデータを各々示している。
【0118】
図8(b)の検証用データでの結果より、パラメータ最適化によって磁石温度の推定精度が向上していることがわかる。
【符号の説明】
【0119】
1…PMモータ
2…インバータ
3…負荷
4…回転位置センサ
5…極対数演算器
6…微分演算器
7…磁石温度センサ
8…電流センサ
9…3相-dq変換器
10…速度・電流制御器
11…dq-3相変換器
20…コントローラ
30…パラメータ事前同定装置
40…磁石温度推定器
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8