(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024115484
(43)【公開日】2024-08-26
(54)【発明の名称】漆焼付けステンレス断熱容器、その製造方法および修繕方法
(51)【国際特許分類】
B65D 81/38 20060101AFI20240819BHJP
A47G 19/00 20060101ALI20240819BHJP
【FI】
B65D81/38 E
A47G19/00 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023021213
(22)【出願日】2023-02-14
(71)【出願人】
【識別番号】523053347
【氏名又は名称】合同会社COCOO
(74)【代理人】
【識別番号】100199336
【弁理士】
【氏名又は名称】倉橋 和之
(72)【発明者】
【氏名】北山 浩
(72)【発明者】
【氏名】前田 愛花
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 貴彦
【テーマコード(参考)】
3B001
3E067
【Fターム(参考)】
3B001AA01
3B001AA02
3B001AA04
3B001AA11
3B001BB10
3B001CC07
3B001CC11
3B001DB20
3E067AB01
3E067AB26
3E067AC01
3E067BA02A
3E067BA03A
3E067BA05A
3E067BA07A
3E067BB11A
3E067BB26A
3E067CA18
3E067GA13
3E067GD09
(57)【要約】
【課題】特別な設備を必要とせず容易に製造可能な、耐摩耗性や耐腐食性に優れた環境や人体にも優しいステンレス断熱容器を提供する。
【解決手段】漆焼付けステンレス断熱容器101は、真空断熱構造であるステンレス製の断熱容器10と、断熱容器10に飲食物を溜めたときに、飲食物に接触する断熱容器の内面S1の少なくとも一部に形成された漆層21と、を備える。漆層21は、漆を塗布し80℃以上300℃以下で焼付けた層であり、引っ掻き硬度が3H以上である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空断熱構造であるステンレス製の断熱容器と、
前記断熱容器に飲食物を溜めたときに、飲食物に接触する前記断熱容器の内面の少なくとも一部に形成された漆層と、
を備え、
前記漆層は、漆を塗布し80℃以上300℃以下で焼付けた層であり、引っ掻き硬度が3H以上である、漆焼付けステンレス断熱容器。
【請求項2】
前記漆層は前記内面全体に形成されている、請求項1に記載の漆焼付けステンレス断熱容器。
【請求項3】
前記漆層の厚みは、0.1mm以上である、請求項1または2に記載の漆焼付けステンレス断熱容器。
【請求項4】
真空断熱構造であるステンレス製の断熱容器の内面の少なくとも一部に、漆を塗布する第1工程と、
前記第1工程の後、前記断熱容器を窯炉内に載置する、第2工程と、
前記第2工程の後、前記窯炉内を加熱し、80℃以上300℃以下の温度で塗布した前記漆を焼付けて漆層を形成する、第3工程と、
を備える、漆焼付けステンレス断熱容器の製造方法。
【請求項5】
真空断熱構造であるステンレス製の断熱容器と、前記断熱容器の表面の少なくとも一部に形成された漆層と、を備える漆焼付けステンレス断熱容器の修繕方法であって、
前記漆焼付けステンレス断熱容器に飲食物を溜めたときに、飲食物に接触する部分の前記漆層の破損箇所に、漆を塗布する第4工程と、
前記第4工程の後、前記漆焼付けステンレス断熱容器を窯炉内に載置する、第5工程と、
前記第5工程の後、前記窯炉内を加熱し、80℃以上300℃以下の温度で塗布した前記漆を焼付ける、第6工程と、
を備える、漆焼付けステンレス断熱容器の修繕方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐摩耗性や耐腐食性に優れ、汚れや臭いの付着を防止しつつ環境や人体にも優しいステンレス断熱容器、その製造方法および修繕方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、保温・保冷用の容器として、ステンレス製の真空断熱容器が用いられている。しかし、ステンレスは腐食に対して一定の耐性を持っているものの、全く錆びないというわけではない。加工時の溶接による偏析や、酸性食材の付着によって腐食が起こり、金属成分が溶け出すことで容器自体の破損を招いたり、内容物(飲料や食材)の風味を損ねたりする場合があった。
【0003】
この対策として、例えば特許文献1には、容器の内面にフッ素樹脂を塗布して腐食を防止する方法が開示されている。また、例えば電解研磨により、容器の内面に酸化膜を形成する方法等も考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、フッ素樹脂は摩擦に弱く容易に剥がれやすいという問題がある。また、その製造過程で分解し難く有害なフッ素化合物(PFOSやPFOA等)が発生する場合があり、製造に特別な設備を必要とするだけでなく、環境負荷も大きいという課題があった。さらに、電解研磨によって形成された酸化膜は薄く、小さな傷ができただけで金属成分が溶出してしまうという問題があった。
【0006】
本発明の目的は、特別な設備を必要とせず容易に製造可能な、耐摩耗性や耐腐食性に優れた環境や人体にも優しいステンレス断熱容器を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の漆焼付けステンレス断熱容器は、
真空断熱構造であるステンレス製の断熱容器と、
前記断熱容器に飲食物を溜めたときに、飲食物に接触する前記断熱容器の内面の少なくとも一部に形成された漆層と、
を備え、
前記漆層は、漆を塗布し80℃以上300℃以下で焼付けた層であり、引っ掻き硬度が3H以上であることを特徴とする。
【0008】
本発明では、断熱容器の内面に漆層が形成されている。断熱容器の内面は、飲食物を溜めたときに、飲食物が接触する部分(または、掻き混ぜや飲食で使用するカトラリーまたは箸が当たる可能性のある部分)であり、外面よりも腐食が発生・進行しやすい。この構成により、酸性の飲食物の付着による内面の腐食や、カトラリー等が当たることによる内面の傷の発生を防止できる。したがって、ステンレス製の断熱容器単体の場合や、断熱容器の表面に酸化膜やフッ素樹脂膜を形成した場合よりも、ステンレスの腐食がさらに生じにくく、金気のない飲食物本来の風味を楽しめる容器を実現できる。
【0009】
一般的に、電解研磨後に形成された酸化膜や、フッ素樹脂膜の引っ掻き硬度は2B~2Hであるため、飲食物やカトラリー等による摩擦によって剥がれやすいという問題があった。一方、本発明において、断熱容器の内面に焼付けた漆層の引っ掻き硬度は3H以上である。したがって、所定の温度で断熱容器の表面に漆を焼付けることで、断熱容器に漆を塗布して常温硬化させた場合よりも、耐摩耗性や耐腐食性に優れた環境や人体にも優しい漆焼付けステンレス断熱容器を得られる。
【0010】
本発明の漆焼付けステンレス断熱容器の製造方法は、
真空断熱構造であるステンレス製の断熱容器の内面の少なくとも一部に、漆を塗布する第1工程と、
前記第1工程の後、前記断熱容器を窯炉内に載置する、第2工程と、
前記第2工程の後、前記窯炉内を加熱し、80℃以上300℃以下の温度で塗布した前記漆を焼付けて漆層を形成する、第3工程と、
を備えることを特徴とする。
【0011】
一般的に漆を硬化させるには、所定の環境下(例えば、温度24℃~28℃、湿度70%~85%)が適しているとされ、期間も数日~数週間ほど必要とされている。このため、漆を使った製品の製造には長い時間が必要となるほか、季節によっては漆を硬化させることが困難となる。一方、上記製造方法では、フッ素樹脂の膜を形成する場合と違い、その過程で分解し難く有害なフッ素化合物(PFOSやPFOA等)が発生しない。つまり、上記製造方法によれば、特別な設備を必要とせず、耐摩耗性や耐腐食性に優れた環境や人体にも優しい漆焼付けステンレス断熱容器を、容易かつ短時間で製造できる。
【0012】
本発明の漆焼付けステンレス断熱容器の修繕方法は、
前記漆焼付けステンレス断熱容器に飲食物を溜めたときに、飲食物に接触する部分の前記漆層の破損箇所に、漆を塗布する第4工程と、
前記第4工程の後、前記漆焼付けステンレス断熱容器を窯炉内に載置する、第5工程と、
前記第5工程の後、前記窯炉内を加熱し、80℃以上300℃以下の温度で塗布した前記漆を焼付ける、第6工程と、
を備えることを特徴とする。
【0013】
この修繕方法によれば、容易に修復可能で、長期に亘り継続的に使用可能な断熱容器を提供できる。また、上記修繕方法によって、断熱容器の製品寿命が延びることで環境への負荷も抑えることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、特別な設備を必要とせず容易に製造可能な、耐摩耗性や耐腐食性に優れた環境や人体にも優しいステンレス断熱容器を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1(A)は漆焼付けステンレス断熱容器101の斜視図であり、
図1(B)は
図1(A)におけるA-A‘断面図である(第1の実施形態)。
【
図2】
図2は、
図1(B)におけるEP1部分を示した拡大断面図である(第1の実施形態)。
【
図3】
図3は、漆焼付けステンレス断熱容器101の製造方法を示す断面図である(第1の実施形態)。
【
図4】
図4は、漆焼付けステンレス断熱容器101の製造方法を示すフローチャートである(第1の実施形態)。
【
図5】
図5は、漆焼付けステンレス断熱容器101の補修方法を示すフローチャートである(第1の実施形態)。
【
図6】
図6(A)は漆焼付けステンレス断熱容器102の斜視図であり、
図6(B)は
図6(A)におけるB-B‘断面図である(第2の実施形態)。
【
図7】。
図7は、
図6(B)におけるEP2部分を示した拡大断面図である(第2の実施形態)。
【
図8】
図8(A)は第3の実施形態に係る漆焼付けステンレス断熱容器103Aの斜視図であり、
図8(B)は第3の実施形態に係る漆焼付けステンレス断熱容器103Bの斜視図である(第3の実施形態)。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以降、図を参照して幾つかの具体的な例を挙げて、本発明を実施するための複数の形態を示す。各図中には同一箇所に同一符号を付している。要点の説明または理解の容易性を考慮して、便宜上実施形態を分けて示すが、異なる実施形態で示した構成の部分的な置換または組み合わせが可能である。第2の実施形態以降では第1の実施形態と共通の事柄についての記述を省略し、異なる点についてのみ説明する。特に、同様の構成による同様の作用・効果については実施形態毎には逐次言及しない。なお、各図において、各部の長さ・厚み等は誇張して図示しており、実際の寸法とは一致しない場合がある。このことは、以降の各実施形態における各図においても同様である。
【0017】
本発明の「漆焼付けステンレス断熱容器」は、真空断熱構造を有する、飲食物を溜める(収納する、入れる、または載置する)ための生活用具であり、例えばマグやボトル、コップ、カップ、湯飲み、グラス、お椀、茶碗、皿、杯、ボウル、箱、クーラーボックス等である。なお、「漆焼付けステンレス断熱容器」は、開口部を常に開放した状態で利用するものに限らず、瓶等のように開口部に蓋が取り付けられる蓋付き容器でもよい。この場合に蓋は、螺合により着脱できるものに限らず、載置または嵌合等により着脱可能であればよい。
【0018】
《第1の実施形態》
図1(A)は第1の実施形態に係る漆焼付けステンレス断熱容器101の斜視図であり、
図1(B)は
図1(A)におけるA-A‘断面図である。
図2は、
図1(B)におけるEP1部分を示した拡大断面図である。本実施形態に係る漆焼付けステンレス断熱容器101は、例えばコップ、マグまたは湯飲みである。
【0019】
漆焼付けステンレス断熱容器101は、一端に開口部を有する円筒形の断熱容器10と、漆層21,22とを備える。断熱容器10は、真空断熱構造(二重構造)となっており、優れた保温効果、または保冷効果を有する。具体的には、断熱容器10は、内容器1と、内容器1の外側を覆う外容器2と、内容器1と外容器2の間に設けられた真空断熱層3と、で構成されている。内容器1および外容器2は、例えばステンレス(SUS304:18%Cr-8%Niの合金)製である。
【0020】
断熱容器10は、内面S1と外面S2を有する。内面S1は、断熱容器10の表面のうち、断熱容器10に飲食物を溜めた(または、載置した)ときに、飲食物が接触する部分を言う。外面S2は、断熱容器10の表面のうち、内面S1以外の面を言う。また、本明細書中において、「断熱容器(漆焼付けステンレス断熱容器)の開口部(開口面)」とは、内面S1と外面S2との境界面を指す。なお、本実施形態でも示したように、内面S1および外面S2は平面のみに限定されず、曲面や部分的に凹凸があってもよい。
【0021】
断熱容器10の表面には漆層が形成されている。より具体的には、断熱容器10の内面S1上に形成されているのが漆層21であり、外面S2上に形成されているのが漆層22である。なお、本実施形態では、断熱容器10の全面を覆うように漆層21,22が形成されている。すなわち、漆層21は内面S1全体を覆っており、漆層22は外面S2全体を覆っている。
図1(B)等に示すように、漆層21,22は、断熱容器10(漆焼付けステンレス断熱容器101)を使用する際に、人の唇や歯が触れる部分(歯触部TZ)にも形成されている。漆層21,22は、断熱容器10に塗布した漆を所定の温度(80℃以上300℃以下)で焼付けして形成された、漆のコーティング層である。漆層21,22の厚み(膜厚)は、例えば0.03~0.3mmが望ましい。
【0022】
焼付けした漆層21,22の引っ掻き硬度は、3H以上であり、より好ましくは4H以上である。なお、上記の引っ掻き硬度は、鉛筆法(JIS K 5600-5-4)による試験結果である。
【0023】
漆焼付けステンレス断熱容器101は、例えば次に示す製造方法によって製造される。
図3は、漆焼付けステンレス断熱容器101の製造方法を示す断面図である。
図4は、漆焼付けステンレス断熱容器101の製造方法を示すフローチャートである。
【0024】
まず、真空断熱構造(二重構造)であるステンレス製の断熱容器10を準備する(S1)。次に、断熱容器10の表面に液状の漆20Aを塗布する(S2)。具体的には、
図3中の(1)に示すように、断熱容器10の内面S1と、外面S2の一部に漆20Aを塗布する。塗布する漆20Aは、漆の木から分泌される樹液から精製された塗料であり、ウルシオールとラッカーゼを主成分とする。
【0025】
断熱容器10の内面S1の少なくとも一部に、漆20Aを塗布するこの工程が、本発明の「第1工程」に相当する。なお、断熱容器10の表面と漆との密着性を高めるため(アンカー効果を得る目的で)、漆を塗布する前に、サンドブラスト加工等で断熱容器10の表面を粗す工程を挟んでも良い。
【0026】
次に、
図3中の(2)に示すように、漆20Aを塗布した断熱容器10を窯炉4内に載置する(S3)。窯炉4の内壁には発熱体5が設置されている。窯炉4は、例えば小型の電気炉や陶芸窯であるが、家庭用のオーブン等で代用してもよい。
【0027】
漆20Aを塗布した断熱容器10を窯炉4内に載置するこの工程が、本発明の「第2工程」に相当する。
【0028】
窯炉4内を加熱し、所定の温度(80℃以上300℃以下の温度)で塗布した漆20Aを断熱容器10の表面に焼付ける(S4)。次に、断熱容器10を窯炉4から取り出し、焼付けられた漆20Aが形成されていない断熱容器10の表面に、漆20Bをさらに塗布し、断熱容器10を窯炉4内に再び載置する。漆20Bは、漆20Aと同じものである。その後、窯炉4内を加熱し、所定の温度で塗布した漆20Bを焼付ける(S4)。焼付けられた漆20A,20Bが、断熱容器10の表面全体を覆う漆層21,22となる。
【0029】
窯炉4内を加熱し、80℃以上300℃以下の温度で塗布した漆20A,20Bを焼付けて漆層21,22を形成するこの工程が、本発明の「第3工程」に相当する。
【0030】
その後、
図3中の(4)に示すように、窯炉4内から断熱容器10を取り出し、漆焼付けステンレス断熱容器101を得る(S5)。
【0031】
本実施形態に係る漆焼付けステンレス断熱容器101、およびその製造方法によれば、次のような効果を奏する。
【0032】
(a)ステンレスは腐食に対して一定の耐性を持っているものの、全く腐食しないというわけではない。従来から、加工時の溶接による偏析や、酸性の飲食物(または、水中の不純物)の付着が原因で腐食が起こり、金属成分が溶け出すことで容器自体の破損や、内容物(飲料や食材)の風味を損ねるといった問題が生じていた。また、金属成分が溶出した飲食物を摂取することによる人体の健康への影響も指摘されていた。特に、断熱容器内に溜めた飲食物を摂取する際に、カトラリー等が当たることによってできた傷が腐食の原因となるほか、腐食の進行も早まる。さらに、腐食が始まると、真空断熱構造による高い保温性のため、溜めた飲食物がなかなか冷めず、腐食の進行が早まる場合もあった。
【0033】
一方、本発明では、断熱容器10の内面S1に漆層21が形成(コーティング)されている。断熱容器10の内面S1は、飲食物を溜めたときに、飲食物が接触する部分(または、掻き混ぜや飲食で使用するカトラリーまたは箸が当たる可能性のある部分)であり、外面S2よりも腐食が発生・進行しやすい。漆は古くから食器等に使用されるなど安定した素材、かつ、環境および人体に優しい天然素材として知られている。この構成により、酸性の飲食物の付着による内面S1の腐食や、カトラリー等が当たることによる内面S1の傷の発生を防止できる。したがって、ステンレス製の断熱容器10単体の場合や、断熱容器10の表面に酸化膜やフッ素樹脂膜を形成した場合よりも、ステンレスの腐食がさらに生じにくく、金気のない飲食物本来の風味を楽しめる容器を実現できる。
【0034】
(b)また、本実施形態に係る漆焼付けステンレス断熱容器101では、断熱容器10の内面S1全体に漆層21がコーティングされている。これにより、内面S1の一部分のみ漆層21でコーティングする場合よりも、内面S1が腐食し難い漆焼付けステンレス断熱容器を実現できる。
【0035】
(c)さらに、漆焼付けステンレス断熱容器101では、
図1(B)に示すように、歯触部TZが漆層21,22でコーティングされている。漆焼付けステンレス断熱容器の使用方法にも依るが、口付ける箇所、つまり唇だけでなく歯が接触する部分(歯触部TZ)は、摩耗しやすく傷が付きやすい。つまり、漆焼付けステンレス断熱容器101では、この摩耗しやすい歯触部TZに漆層21,22を形成することで、ステンレスの腐食を効率的に抑制している。なお、歯触部TZは、例えば、開口部(内面S1と外面S2の境界)から内面S1または外面S2に沿って3cmまでの部分とする。
【0036】
(d)なお、本実施形態では、漆層21,22で断熱容器10の表面全体を覆っている。これにより、ステンレス製の断熱容器10を用いつつも、天然素材のような漆の手触りや舌触りを楽しむことが可能な容器を実現できる。なお、漆層21,22に(芯材に木を用いた漆器のような)装飾を施すこともできる。
【0037】
(e)一般的に、電解研磨後に形成された酸化膜や、フッ素樹脂膜の引っ掻き硬度は2B~2Hであるため、飲食物やカトラリー等による摩擦によって剥がれやすいという問題があった。一方、本発明において、断熱容器10の内面S1および外面S2に焼付けた漆層21,22の引っ掻き硬度は3H以上である。参考であるが、通常の方法で常温硬化(自然硬化)させた1ヶ月後(30日)の漆の引っ掻き硬度はF程度である。したがって、所定の温度で断熱容器10の表面に漆を焼付けることで、断熱容器10に漆を塗布して常温硬化させた場合よりも極めて短時間で、耐摩耗性や耐腐食性に優れた環境や人体にも優しい漆焼付けステンレス断熱容器101を得られる。
【0038】
なお、ステンレス製の断熱容器10に焼付けた漆層21,22の性能評価のため、各種試験を行った。具体的には、上述した鉛筆法(JIS K 5600-5-4)による引っ掻き硬度試験のほか、[イ]抗菌性試験(JIS Z 2801:2010 5)、[ロ]接触角試験(Young-Laplace法)、[ハ]耐液体性試験(JIS K 5600-6-1)の3つを行った。
【0039】
[イ] 抗菌性試験では、「漆層21,22が形成された断熱容器10(焼付)」「漆層が形成された断熱容器10(常温硬化)」ともに、「断熱容器10(無加工)」に比べて、24時間培養後には抗菌活性値が大幅に低下する結果を示した。
[ロ] 接触角試験(防汚性)では、いずれの試料サンプルとも約90°であり、大きな差は認められなかった。
[ハ] 耐液体性試験では、酸性(5%-硫酸)とアルカリ性(5%-炭酸水素ナトリウム)の2種の溶液を用いて72時間(3日間)行ったが、「漆層21,22が形成された断熱容器10(焼付)」「漆層が形成された断熱容器10(常温硬化)」とも異常は認められなかった。
【0040】
(f)一般的に漆を硬化させるには、所定の環境下(例えば、温度24℃~28℃、湿度70%~85%)が適しているとされ、期間も数日~数週間ほど必要とされている。このため、漆を使った製品の製造には長い時間が必要となるほか、季節によっては漆を硬化させることが困難となる。一方、上記製造方法では、フッ素樹脂の膜を形成する場合と違い、その過程で分解し難く有害なフッ素化合物(PFOSやPFOA等)が発生しない。つまり、上記製造方法によれば、特別な設備を必要とせず、耐摩耗性や耐腐食性に優れた環境や人体にも優しい漆焼付けステンレス断熱容器101を、容易かつ短時間で製造できる。なお、製造期間が長期に亘ると、環境・条件を同じにするのが難しい。一方、上記製造方法によれば、短時間で製造できるほか、季節を選ばず略同じ環境・条件で製造できるため、従来の製造方法に比べて、歩留まり・良品率は共に高まる。
【0041】
さらに、本発明の漆焼付けステンレス断熱容器101は、漆層21,22が傷んだ場合でも容易に補修が可能である。
図5は、漆焼付けステンレス断熱容器101の補修方法を示すフローチャートである。
【0042】
まず、漆焼付けステンレス断熱容器101のうち、漆層21,22が破損した箇所(または、漆でさらにコーティングしたい箇所)に漆を塗布する(S11)。なお、断熱容器10の内面S1の漆層21の破損箇所に、漆を塗布するこの工程が、本発明の「第4工程」に相当する。
【0043】
次に、漆を塗布した漆焼付けステンレス断熱容器101を窯炉内に載置する(S12)。漆を塗布した漆焼付けステンレス断熱容器101を窯炉内に載置するこの工程が、本発明の「第5工程」に相当する。
【0044】
その後、窯炉内を加熱し、所定の温度(80℃以上300℃以下の温度)で塗布した漆を焼付ける(S13)。これにより、漆層21,22の破損した箇所が再びコーティングされる。最後に、漆焼付けステンレス断熱容器101を窯炉から取り出す(S14)。窯炉内を加熱し、80℃以上300℃以下の温度で塗布した漆を焼付けるこの工程が、本発明の「第6工程」に相当する。
【0045】
このように、表面に形成された漆層21,22(コーティング)が傷んだり破損したりしたとしても、漆を塗布して窯炉で所定の温度で焼付けを行うだけで修繕が可能である。この修繕方法によれば、容易に修復可能で、長期に亘り継続的に使用可能な断熱容器を提供できる。また、上記修繕方法によって、断熱容器の製品寿命が延びることで環境への負荷も抑えることができる。
【0046】
《第2の実施形態》
第2の実施形態では、断熱容器の外面の一部分のみに漆層が形成された漆焼付けステンレス断熱容器の例を示す。
【0047】
図6(A)は第2の実施形態に係る漆焼付けステンレス断熱容器102の斜視図であり、
図6(B)は
図6(A)におけるB-B‘断面図である。
図7は、
図6(B)におけるEP2部分を示した拡大断面図である。
図6(A)では、構造を分かりやすくするため、漆層21,22をドットパターンで示している。
【0048】
漆焼付けステンレス断熱容器102は、漆層22が断熱容器10の外面S2の全面に形成されていない点で、第1の実施形態に係る漆焼付けステンレス断熱容器101と異なる。漆焼付けステンレス断熱容器102の他の構成については、漆焼付けステンレス断熱容器101と略同じである。
【0049】
以下、第1の実施形態に係る漆焼付けステンレス断熱容器101と異なる部分について説明する。
【0050】
本実施形態では、漆層22が歯触部TZにのみ形成されている。漆焼付けステンレス断熱容器102では、断熱容器10の外面S2(外容器2)の大部分が漆層でコーティングされておらず、露出している。
【0051】
また、
図7に示すように、漆層21は漆層211,212の2層構造となっている。漆層21は、内面S1(内容器1の表面)に漆を塗布し、窯炉内で所定の温度で焼付けて漆層211を形成した後、その漆層211の表面にさらに漆を塗布し、窯炉内で所定の温度で焼付けて漆層212を形成したものである。本実施形態の漆層21の厚み(膜厚)は、0.1mm以上であり、より好ましくは0.15mm以上である。なお、図示省略するが、このことは漆層22についても同様である。
【0052】
本実施形態に係る漆焼付けステンレス断熱容器102によれば、次のような効果を奏する。
【0053】
(a)本実施形態では、断熱容器10の内面S1をコーティングする漆層21が所定の厚み以上である(0.1mm以上である)。この構成によれば、漆層21に傷がついても簡単にはステンレス製の断熱容器10が露出しない。つまり、漆層21が薄い場合よりも、さらにステンレスの腐食に強い容器を実現できる。
【0054】
なお、漆層21,22の厚み(膜厚)は、全体的に略均一である必要はなく、少なくとも内面S1の底面や下部(カトラリー等が接触しやすい箇所)や歯触部TZの厚みが、所定の厚み(0.1mm以上)あれば良い。
【0055】
(b)また、本実施形態では、漆層21が内面S1全体に形成され、漆層22が歯触部TZにのみ形成されている。すなわち、漆焼付けステンレス断熱容器のうち、特に摩擦が生じやすい部分に漆層が形成されている。この構成によれば、漆の量が少なくても、ステンレスの腐食が生じにくく、金気のない飲食物本来の風味を楽しめる容器を実現できる。
【0056】
本実施形態では、漆層21,22がいずれも複層構造(2層構造)である例を示したが、この構成に限定されるものではない。例えば、内面S1に形成される漆層21のみが2層構造で、外面S2に形成される漆層22が単層構造であってもよく、その逆であってもよい。また、漆層21,22は、単層構造と複層構造(積層構造)が部分的に混ざった構成であってもよい。さらに、漆層21,22の層数は、単層または2層に限定されるものではなく、3層以上であってもよい。
【0057】
なお、本実施形態では、断熱容器10の表面に焼付けした漆層211の表面に、さらに漆層212を焼き付けた例を示したが、この構成に限定されるものではない。焼付けた漆層の表面に、漆を塗布して常温硬化(自然硬化)させてもよい。なお、漆の常温硬化(自然硬化)では、長期間かけて化学反応(硬化)が進行していく。そして、高い硬度の漆層となる。このため、常温硬化の漆層を用いる場合には、内側の漆層(単層または複数層)は焼付けた漆層で、最外側の漆層が常温硬化であることが好ましい。
【0058】
《第3の実施形態》
第3の実施形態では、これまでとは断熱容器の形状が異なる(使用用途が異なる)漆焼付けステンレス断熱容器の例を示す。
【0059】
図8(A)は第3の実施形態に係る漆焼付けステンレス断熱容器103Aの斜視図であり、
図8(B)は第3の実施形態に係る漆焼付けステンレス断熱容器103Bの斜視図である。
図8(A)および
図8(B)では、構造を分かりやすくするため、漆層21A,21Bをドットパターンで示している。本実施形態に係る漆焼付けステンレス断熱容器103Aは、例えば箱、タッパー、または弁当箱である。また、漆焼付けステンレス断熱容器103Bは、例えば皿、ボウルである。
【0060】
図8(A)に示すように、漆焼付けステンレス断熱容器103Aは、一端に開口部を有する長方体の断熱容器10Aと、漆層21Aとを備える。漆層21Aは、断熱容器10Aの内面S1全体に形成されている。一方、断熱容器10Aの外面S2には漆層は形成されていない。
【0061】
図8(B)に示すように、漆焼付けステンレス断熱容器103Bは、丸皿状の断熱容器10Bと、漆層21Bとを備える。漆層21Bは、断熱容器10Bの内面S1(内容器1A)のうち、底面のみに形成されている。なお、断熱容器10Bの外面S2には漆層は形成されていない。
【0062】
図8(A)のように、漆層21Aは、断熱容器の内面S1全体に形成されていてもよく、
図8(B)のように、一部分のみに形成されていてもよい。但し、ステンレス製の断熱容器の腐食を抑制するには、断熱容器の内面S1全体が漆層21Aでコーティングされている方が好ましい。なお、断熱容器の外面S2に形成される漆層についても、一部分のみに形成されていてもよい。
【0063】
《その他の実施形態》
以上に示した各実施形態では、断熱容器の外形が円筒形、長方体または丸皿状である例を示したが、この構成に限定されるものではない。断熱容器(漆焼付けステンレス断熱容器)の形状は、本発明の作用・効果を奏する範囲で適宜変更が可能である。また、断熱容器の平面形状は丸形や四角形に限定されず、例えば、多角形、楕円形、L字形などであってもよい。
【0064】
なお、以上に示した各実施形態では、断熱容器の内面S1の底面が、開口部と略同じ形状、かつ、略同じ面積である例を示したが、この構成に限定されるものではない。断熱容器の内面S1の底面が、開口部の形状と一致していなくてもよいし、底面の面積が開口部よりも小さくてもよい。なお、断熱容器は真空断熱構造を持つため、内面S1に塗布した漆の焼付けが阻害されないよう、断熱容器を平面視して(Z軸方向から視て)、内面S1の底面と開口部とが重なっていないことが好ましい。なお、Z軸方向から視て、内面S1の底面と開口部とが重なっている場合には、重なっている部分の面積が底面の面積の1/10以下までであればよい。さらに、開口部の面積が底面よりも小さくてもよい。この場合、Z軸方向から視て、底面と開口部とが重なっている部分の面積が、底面の1/10以下までであればよい。
なお、本発明の漆焼付けステンレス断熱容器は、窯炉内で漆を焼付けて製造される。このため、窯炉の発熱体との距離が離れすぎると、うまく漆の焼付けができない場合がある。したがって、窯炉の大きさにも依るが、断熱容器(漆焼付けステンレス断熱容器)の壁面の高さ(底面から開口部までのZ軸方向の高さ)は、低い方が好ましい。具体的には、40cm以下が好ましく、15cm以下がより好ましい。
【0065】
最後に、上述の実施形態の説明は、すべての点で例示であって、制限的なものではない。当業者にとって変形および変更が適宜可能である。本発明の範囲は、上述の実施形態ではなく、特許請求の範囲によって示される。さらに、本発明の範囲には、特許請求の範囲内と均等の範囲内での実施形態からの変更が含まれる。
【符号の説明】
【0066】
1 …内容器
2 …外容器
3 …真空断熱層
4 …窯炉
5 …発熱体
10,10A,10B …断熱容器
20A,20B …漆
21,21A,21B …漆層(内面側)
211,212 …漆層(内面側)
22 …漆層(外面側)
S1 …(断熱容器の)内面
S2 …(断熱容器の)外面
TZ …歯触部
101,102,103A,103B …漆焼付けステンレス断熱容器