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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024115528
(43)【公開日】2024-08-26
(54)【発明の名称】タンパク質架橋剤
(51)【国際特許分類】
   C08H 1/00 20060101AFI20240819BHJP
   C08J 3/24 20060101ALI20240819BHJP
   C08F 8/34 20060101ALI20240819BHJP
   C07K 1/00 20060101ALN20240819BHJP
   C07K 14/435 20060101ALN20240819BHJP
【FI】
C08H1/00
C08J3/24 Z CEZ
C08F8/34
C07K1/00
C07K14/435
【審査請求】未請求
【請求項の数】17
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024014496
(22)【出願日】2024-02-01
(31)【優先権主張番号】P 2023020823
(32)【優先日】2023-02-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001007
【氏名又は名称】キヤノン株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】520449345
【氏名又は名称】キヤノンバージニア, インコーポレイテッド
【氏名又は名称原語表記】Canon Virginia, Inc.
【住所又は居所原語表記】12000 Canon Blvd., Newport News, Virginia, United States of America
(74)【代理人】
【識別番号】100094112
【弁理士】
【氏名又は名称】岡部 讓
(74)【代理人】
【識別番号】100101498
【弁理士】
【氏名又は名称】越智 隆夫
(74)【代理人】
【識別番号】100106183
【弁理士】
【氏名又は名称】吉澤 弘司
(74)【代理人】
【識別番号】100136799
【弁理士】
【氏名又は名称】本田 亜希
(72)【発明者】
【氏名】小林 遊磨
(72)【発明者】
【氏名】水澤 圭吾
(72)【発明者】
【氏名】井上 圭
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 和香
【テーマコード(参考)】
4F070
4H045
4J100
【Fターム(参考)】
4F070AA26
4F070AA62
4F070AB06
4F070AC80
4F070AE08
4F070GA10
4F070GB06
4H045AA10
4H045AA20
4H045BA05
4H045BA50
4H045CA51
4H045EA60
4H045FA10
4H045FA83
4J100AD02P
4J100BA02H
4J100BA15H
4J100BA28H
4J100BA31H
4J100BC43H
4J100BC83H
4J100CA31
4J100HC72
4J100HE14
4J100JA50
(57)【要約】
【課題】簡便に用いることができるタンパク質架橋剤を提供すること。
【解決手段】ポリエチレン、ポリビニルアルコール、ポリアミン、ポリアミド、ポリエステル、ポリエーテルからなる群より選ばれるいずれかに由来する構造単位、および芳香族環を含む基を有し、前記芳香族環を含む基は、それぞれ置換基を有してもよい、ベンゾチアゾール基、ベンゾオキサゾール基、ベンゾイミダゾール基、ナフチルアゾ基からなる群より選ばれる少なくともいずれかを有する、βシート構造を有するタンパク質架橋剤を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリエチレン、ポリビニルアルコール、ポリアミン、ポリアミド、ポリエステル、ポリエーテルからなる群より選ばれるいずれかに由来する構造単位、および
芳香族環を含む基
を有し、
前記芳香族環を含む基は、それぞれ置換基を有してもよい、ベンゾチアゾール基、ベンゾオキサゾール基、ベンゾイミダゾール基、ナフチルアゾ基からなる群より選ばれる少なくともいずれかを有する、
βシート構造を有するタンパク質のタンパク質架橋剤。
【請求項2】
前記芳香族環を含む基が、ベンゾチアゾール基およびナフチルアゾ基の少なくともいずれかを有する請求項1に記載の架橋剤。
【請求項3】
前記芳香族環を含む基が、下記式(1-1)、式(2-1)、式(3-1)、式(4)、式(5-1)、式(9-1)で表される1価の基のいずれかである請求項1に記載の架橋剤。
【化1】
【化2】
【化3】
【化4】
【化5】
(前記式(1-1)、式(2-1)、式(3-1)、式(5-1)、式(9-1)において、
からRは、それぞれ独立に、水素原子、置換もしくは無置換の炭素数1以上4以下の脂肪族炭化水素基、置換もしくは無置換の炭素数6以上10以下のアリール基またはアラルキル基、またはアルコキシ基を表し、
*は、結合手を示す。)
【化6】
(前記式(4)において、*は、結合手を示す。)
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載の架橋剤、およびバインダー樹脂を含むタンパク質接着剤。
【請求項5】
請求項1から3のいずれか1項に記載の架橋剤、および
βシート構造を有するタンパク質
を含み、
前記βシート構造を有するタンパク質が、前記タンパク質架橋剤で架橋された、タンパク質複合体。
【請求項6】
前記βシート構造を有するタンパク質が、フィブロインである請求項5に記載のタンパク質複合体。
【請求項7】
請求項5に記載のタンパク質複合体を含んでなり、固体形状またはゲル形状の物品。
【請求項8】
前記固体形状が、シート状、スポンジ状および繊維状のいずれかである請求項7に記載の物品。
【請求項9】
βシート構造を有する第1のタンパク質からなる第1の層、
βシート構造を有する第2のタンパク質からなる第2の層、および
前記第1の層と前記第2の層の間の接着層
を含み、
前記接着層は、請求項1から3のいずれか1項に記載のタンパク質架橋剤を含み、
前記第1のタンパク質および前記第2のタンパク質が、前記タンパク質架橋剤によって架橋された物品。
【請求項10】
前記接着層が、バインダー樹脂を含む請求項9に記載の物品。
【請求項11】
ポリエチレン、ポリビニルアルコール、ポリアミン、ポリアミド、ポリエステル、ポリエーテルからなる群より選ばれるいずれかに由来する構造単位、および
芳香族環を含む基
を有し、
前記芳香族環を含む基は、それぞれ置換基を有してもよい、ベンゾチアゾール基、ベンゾオキサゾール基、ベンゾイミダゾール基、ナフチルアゾ基からなる群より選ばれる少なくともいずれかを有する化合物。
【請求項12】
前記芳香族環を含む基が、ベンゾイミダゾール基およびナフチルアゾ基の少なくともいずれかを有する請求項11に記載の化合物。
【請求項13】
前記芳香族環を含む基が、下記式(1-1)、式(2-1)、式(3-1)、式(4)、式(5-1)、式(9-1)で表される1価の基のいずれかである請求項11または12に記載の化合物。
【化7】
【化8】
【化9】
【化10】
【化11】
(前記式(1-1)、式(2-1)、式(3-1)、式(5-1)、式(9-1)において、
からRは、それぞれ独立に、水素原子、置換もしくは無置換の炭素数1以上4以下の脂肪族炭化水素基、置換もしくは無置換の炭素数6以上10以下のアリール基またはアラルキル基、またはアルコキシ基を表し、
*は、結合手を示す。)
【化12】
(前記式(4)において、*は、結合手を示す。)
【請求項14】
請求項1から3のいずれか1項に記載のタンパク質架橋剤とタンパク質とを混合する工程を有する、タンパク質を架橋する方法。
【請求項15】
請求項4に記載のタンパク質接着剤とタンパク質とを混合する工程を有する、タンパク質を接着する方法。
【請求項16】
βシート構造を有する第1のタンパク質からなる第1のシートとβシート構造を有する第2のタンパク質からなる第2のシートの少なくともいずれかに、請求項1から3のいずれか1項に記載のタンパク質架橋剤を塗布する工程、および
βシート構造を有する第1のタンパク質からなる第1のシート、およびβシート構造を有する第2のタンパク質からなる第2のシートを、前記タンパク質架橋剤を介して貼り合わせる工程、
を有する、物品の製造方法。
【請求項17】
βシート構造を有する第1のタンパク質からなる第1のシートとβシート構造を有する第2のタンパク質からなる第2のシートの少なくともいずれかに、請求項4に記載のタンパク質接着剤を塗布する工程、および
βシート構造を有する第1のタンパク質からなる第1のシート、およびβシート構造を有する第2のタンパク質からなる第2のシートを、前記タンパク質接着剤を介して貼り合わせる工程、
を有する、物品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、βシート構造を有するタンパク質のタンパク質架橋剤、タンパク質接着剤、タンパク質複合体、物品、化合物、タンパク質を架橋する方法、および、物品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質は、アミノ酸配列からなる天然高分子である。例えばフィブロイン、コラーゲン、ケラチンなどのタンパク質は機械的強度に優れており、構造材料として好適に用いられる。これに加えてタンパク質は生体適合性が高いことから、生体に貼り付けて汗や脈拍などの生体情報を読み取るウェアラブルな生体センサーデバイスの基材や封止材料、細胞足場材料や人口血管や人口骨などの生体内構造材料などに好適に用いられている。また、タンパク質は環境への悪影響が小さいことから合成プラスチックなどの構造材料の代替としても近年注目されている。
【0003】
例えばタンパク質構造材料は、様々な処理によって物性の制御が可能である。特許文献1には、フィブロイン溶液をフィルム化する方法が記載され、溶剤の使用によりフィブロイン成形体の二次構造であるβシート構造の割合を変えることで機械強度を制御する方法が記載されている。
【0004】
また、タンパク質分子間に架橋処理を施すことで機械強度を向上させる方法が研究されている。特許文献2にはタンパク質粉体に高温高熱下で化学的処理を施し、共有結合による架橋を用いて機械強度を向上させる方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2020-94197号公報
【特許文献2】特開2021-147426号公報
【特許文献3】特開2018-150637号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、従来の技術で架橋処理を行うには、煩雑な化学的操作が必要であることから、生産性が低いという課題がある。従って本発明の目的は、簡便に用いることができるタンパク質架橋剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記の課題を解決すべく鋭意検討を行った。その結果、ベンゾチアゾール基などの芳香族環を含む基を有する架橋剤を用いると、芳香族環を含む基がβシート構造を有するタンパク質に非共有結合的に吸着するため、タンパク質同士を簡便に架橋できることを見出した。本発明は、かかる知見に基づいて検討を重ねることにより完成したものである。
【0008】
すなわち、本発明は、ポリエチレン、ポリビニルアルコール、ポリアミン、ポリアミド、ポリエステル、ポリエーテルからなる群より選ばれるいずれかに由来する構造単位、および芳香族環を含む基を有し、前記芳香族環を含む基は、それぞれ置換基を有してもよい、ベンゾチアゾール基、ベンゾオキサゾール基、ベンゾイミダゾール基、ナフチルアゾ基からなる群より選ばれる少なくともいずれかを有する、βシート構造を有するタンパク質のタンパク質架橋剤を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、βシート構造を有するタンパク質を簡易な操作で架橋することができ、架橋されたタンパク質複合体およびタンパク質構造体を提供することができる。
また本発明の架橋剤によれば、熱や化学反応なしに、タンパク質を架橋することができ、熱や化学反応で壊れやすいタンパク質にも適用できるという利点を有する。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態について説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではない。
本発明は、一実施形態として、ポリエチレン、ポリビニルアルコール、ポリアミン、ポリアミド、ポリエステル、ポリエーテルからなる群より選ばれるいずれかに由来する構造単位、および芳香族環を含む基を有し、前記芳香族環を含む基は、それぞれ置換基を有してもよい、ベンゾチアゾール基、ベンゾオキサゾール基、ベンゾイミダゾール基、ナフチルアゾ基からなる群より選ばれる少なくともいずれかを有する、βシート構造を有するタンパク質のタンパク質架橋剤を提供する。
【0011】
<βシート構造を有するタンパク質のタンパク質架橋剤>
本発明のβシート構造を有するタンパク質のタンパク質架橋剤(単に架橋剤という場合がある)は、ポリエチレン、ポリビニルアルコール、ポリアミン、ポリアミド、ポリエステル、ポリエーテルからなる群より選ばれるいずれかに由来する構造単位を含む。好ましくは、構造単位は、高分子構造に含まれ、高分子構造の側鎖は1以上の芳香族環を含む基と結合し、好ましくは複数の芳香族環を含む基と結合している。芳香族環を含む基と高分子構造との結合方法は特に限定されず、直接結合してもよいし、リンカーを介して結合してもよい。
リンカーの例として、炭化水素やオリゴエチレングリコール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコールなどを骨格とする構造を挙げられる。高分子構造と芳香族環を含む基、高分子構造とリンカー、リンカーと芳香族環を含む基の結合に用いられる結合は、アミド結合、エステル結合、エーテル結合、チオエーテル結合、ジスルフィド結合、イミン結合、オキシム結合、ヒドラジド結合、リン酸エステル結合、1,2,3-トリアゾール結合を含むことができるが、これらに限定されるものではない。
【0012】
<芳香族環を含む基>
本実施形態における芳香族環を含む基は、ベンゾチアゾール基、ベンゾオキサゾール基、ベンゾイミダゾール基、ナフチルアゾ基の少なくともいずれかを有する。好ましい構造(1価の基)の具体例を下記式(1)~(18)に示す。これらの基はβ構造を有するタンパク質に対し吸着性を有する。ただし、芳香族環を含む基は、β構造を有するタンパク質に対し吸着性を有するものであれば下記式(1)~(18)に限定されるものではない。
下記式において、Xは、S、O、NHのいずれかである。
S、O、NHはいずれも2価で、S、O、Nは原子番号が近く、置き換えた場合に類似した分子構造をとりやすいと考えられる。
からRは、それぞれ独立に、水素原子、置換もしくは無置換の炭素数1以上4以下の脂肪族炭化水素基、置換もしくは無置換の炭素数6以上10以下のアリール基またはアラルキル基、またはアルコキシ基を表す。*は、結合手の位置を示す。
【化1】
【0013】
式(1)の好ましい例として、式(1-1)~式(1-3)を挙げられる。
【化2】
【化3】
【化4】
【0014】
【化5】
【0015】
式(2)の好ましい例として、式(2-1)~式(2-2)を挙げられる。
【化6】
【化7】
【0016】
【化8】
【0017】
式(3)の好ましい例として、式(3-1)~式(3-2)を挙げられる。
【化9】
【化10】
【0018】
【化11】
式(5)の好ましい例として、式(5-1)を挙げられる。
【化12】
【0019】
【化13】
【0020】
【化14】
【0021】
【化15】
【0022】
【化16】
式(9)の好ましい例として、式(9-1)を挙げられる。
【化17】
【0023】
【化18】
【0024】
【化19】
【0025】
【化20】
【0026】
式(12)の好ましい例として式(12-1)を挙げられる。
【化21】
【0027】
【化22】
【0028】
式(13)の好ましい例として式(13-1)を挙げられる。
【化23】
【0029】
【化24】
【0030】
式(14)の好ましい例として式(14-1)を挙げられる。
【化25】
【0031】
【化26】
【0032】
式(15)の好ましい例として式(15-1)を挙げられる。
【化27】
【0033】
【化28】
【0034】
【化29】
【0035】
【化30】
【0036】
【化31】
【0037】
中でも、特に好ましい芳香族環を含む基として式(1-1)、式(2-1)、式(3-1)、式(4)、式(5-1)、式(9-1)で表される1価の基を挙げることができる。
【化32】
【化33】
【化34】
【化35】
【化36】
(前記式(1-1)、式(2-1)、式(3-1)、式(5-1)、式(9-1)において、RからRは、それぞれ独立に、水素原子、置換もしくは無置換の炭素数1以上4以下の脂肪族炭化水素基、置換もしくは無置換の炭素数6以上10以下のアリール基またはアラルキル基、またはアルコキシ基を表し、*は、結合手を示す。)
【化37】
(前記式(4)において、*は、結合手を示す。)
【0038】
架橋剤は1分子あたり、芳香族環を含む基を1以上有し、好ましくは2以上有する。芳香族環が多い程、架橋の効率は上がる。芳香族環を含む基の数に上限は特にないが、合成の観点からは、架橋剤1分子あたりの芳香族環を含む基の数は100以下が好ましい。すなわち、架橋剤1分子あたりの芳香族環の数は好ましくは2以上100以下である。さらに好ましくは4以上50以下である。
【0039】
(高分子構造)
本実施形態の架橋剤は、ポリエチレン、ポリビニルアルコール、ポリアミン、ポリアミド、ポリエステル、ポリエーテルからなる群より選ばれるいずれかに由来する構造単位を含み、好ましくは、これらの構造単位を含む高分子構造を含む。例えば、ポリエチレンに由来する構造単位として-CH-CH-を、ポリビニルアルコールに由来する構造単位の例として-CH-CH(OH)-を挙げることができる。
【0040】
高分子構造は分子量1000以上100万未満であることが望ましい。分子量が小さいと、被架橋しようとするタンパク質に十分に近づけない可能性がある。分子量が大きいと、十分な溶解性や流動性が担保されず、タンパク質を架橋できないおそれがある。高分子構造は、1種類の構造単位の繰り返しからなる高分子構造でも、複数種類の構造単位を含む共重合体でもよく、共重合体である場合、交互共重合体、ランダム共重合体、ブロック共重合体、グラフト共重合体などであり得る。高分子構造にヘテロ原子が含まれていてもよく、窒素、ケイ素を含んでいてもよい。高分子構造は天然高分子に由来するものでもよく、例えばポリアミン、セルロース、アミロース、デンプン、コラーゲン、キチン、ケラチン、天然ゴムであってもよく、糖タンパク、ポリペプチド、タンパク質、DNA、RNA、リグニン、アスファルテンであってもよい。
【0041】
(架橋)
本実施形態の架橋剤は、βシート構造を有するタンパク質間を架橋することができる。
架橋はタンパク質分子間の架橋であってもよい。さらに、固体形状、あるいは、ゲル形状の、タンパク質を架橋するものであってもよく、例えば固体形状、あるいは、ゲル形状のタンパク質の表面に架橋剤を塗布し、別のタンパク質構造体を密着させることで構造体間を架橋して接着剤のように機能させてもよい。
【0042】
(βシート構造を有するタンパク質)
本実施形態のタンパク質複合体は、βシート構造を有するタンパク質からなるタンパク質複合体である。βシート構造はタンパク質の二次構造であり、数本のポリペプチドが水素結合で平行に結合して構成される、折り目構造をいう。ただし、二次構造の形成状態は、タンパク質の配列と分子周りの環境によって変化する。例えば、βシート構造を有するタンパク質は球状・繊維状・膜・糖タンパクであってもよく、具体的にはフィブロイン、ストレプトアビジン、イムノグロブリン、オボアルブミン、リボヌクレアーゼ、オレドキシン、DNAポリメラーゼ、グルタミナーゼ、フェレドキシン、フラタキシン、緑色蛍光タンパク質、リソザイム、アミロイドβ、α-シヌクレインがあげられる。また、タンパク質立体構造分類データベース(SCOP/SCOP2)に記載のβシート構造を有するタンパク質であってもよく、赤外分光分析や円二色性分析法βシート構造由来のスペクトルを示すタンパク質であってもよい。また、架橋剤の共存下でβシート部位を増やす処理を行ってもよい。βシート構造は非晶質であっても、結晶質であってもよく、結晶化させる処理を行ってもよい。ATR法を用いたFT-IR分析において、タンパク質1分子あたりのβシート構造の割合が1%以上と算出されるタンパク質を、βシート構造を有するタンパク質とすることができる。具体的には、Nature Materials 2020、19、102-108に記載の方法によって分析することができる。βシート構造はタンパク質1分子内に見られるだけでなく、フィブロインのように分子間会合によっても形成される。β鎖となるアミノ酸配列を有してさえいればβシート構造を形成することができるため、タンパク質1分子あたりに1%以上のβシート構造が存在すれば十分に架橋剤を吸着することができる。βシート構造の割合が大きければ大きいほど、芳香族環がタンパク質に吸着しやすくなり架橋効率が向上するため、架橋の点において好ましい。
【0043】
βシート構造を有するタンパク質は、本実施形態の架橋剤によって物理的に架橋される。物理的な架橋とは、タンパク質と架橋剤の間に化学的な共有結合を介さない物理的な相互作用によって結合していることに起因する架橋である。物理的な相互作用として、静電的な相互作用、ファンデルワールス相互作用、水素結合、これらの複合的な相互作用などを含み、本実施形態においては架橋剤とタンパク質のβシート構造部位に作用する非共有結合的な吸着相互作用によると考えられる。
【0044】
βシート構造を有するタンパク質の好ましい例として、フィブロインを挙げられる。原料として用いるフィブロインは、1次構造として(グリシン-アラニン-グリシン-アラニン-グリシン-セリン/チロシン)の6つのアミノ酸が結合したモチーフが繰り返す領域を持つたんぱく質分子であり、昆虫またはクモ類が産生する生糸、または繭から夾雑物を除いて得ることができる。昆虫またはクモ類としては、例えば、特許文献3に記載されている品種が挙げられる。
【0045】
<タンパク質接着剤>
本発明は一実施形態として、上述の架橋剤、およびバインダー樹脂を含むタンパク質接着剤を提供する。
【0046】
バインダー樹脂は、硬化して架橋を強化する、あるいは、素材同士の密着性を高める。
バインダー樹脂は溶媒に溶けていても、粒子として分散していてもよく、溶媒の乾燥により硬化するものであっても、加熱や光照射によって硬化するものであってもよい。また、溶媒を含まず単体で機能するものであってもよい。バインダー樹脂は、樹脂、あるいは、未重合の樹脂でありうる。樹脂は天然樹脂であっても合成樹脂であってもよく天然樹脂としては、例えば、ポリアミン、セルロース、アミロース、デンプン、コラーゲン、キチン、ケラチン、天然ゴムが使用でき、合成樹脂としては、例えば、ポリエステル樹脂、アルキド樹脂、ウレタン樹脂、エポキシ樹脂、ビニル樹脂、アクリル樹脂、シリコーン樹脂、フッ素樹脂を挙げられる。タンパク質接着剤におけるバインダー樹脂の含有量は、特に規定されないが、0.01重量部以上50重量部未満が望ましい。本実施形態の架橋剤のみでもタンパク質を接着する機能は発現するが、バインダー樹脂を0.01重量部以上含むことで、架橋されたタンパク質同士はより強く凝集破壊しづらくなる。また、ハンドリングや塗布性の観点から多すぎないほうがよく、50重量部未満が好ましい。
【0047】
<タンパク質複合体>
本発明は、一実施形態として、上述の架橋剤、およびβシート構造を有するタンパク質を含み、βシート構造を有するタンパク質が、タンパク質架橋剤で架橋された、タンパク質複合体を提供する。本実施形態のタンパク質複合体は、架橋剤によって物理的に架橋されたβシート構造を有する。本実施形態において、βシート構造を有するタンパク質は好ましくはフィブロインである。
【0048】
<物品>
本発明は、一実施形態として、上述のタンパク質複合体を含んでなり、固体形状またはゲル形状の物品を提供する。物品は、例えば、足場材料、センサーデバイス、センサーデバイスの部品等に用いられる。
【0049】
(固体形状またはゲル形状)
本実施形態の物品は、固体形状またはゲル形状である。固体形状とは有形であって、例えばシート状やスポンジ状、繊維状などの形状を挙げられる。シート状の物品は膜状固体であって、厚みは特に規定されない。スポンジ状の物品は多孔質固体であって、製造方法は限定されないが、例えば、ゲルから溶媒を揮発させて製造され得る。繊維状の物品は繊維状固体であって、製造方法は限定されないが、例えば、溶液から紡糸操作を行って作製され得る。
ゲル状の物品は溶媒に不溶の三次元網目構造を有する、あるいは、その膨潤体である。ここで、溶媒はタンパク質複合体の安定性の観点から水が好ましいが、有機溶剤であってもよい。ゲル状の物品は弾性体であっても粘性体であってもよい。
固体形状またはゲル形状の物品においては、その内部に含まれるタンパク質は、均一に溶解したものであっても、分散されたあったものであっても、不均一なものであってもよく、タンパク質が凝集体やフィブリルを形成していてもよい。また、物品は、固体形状またはゲル形状のタンパク質以外の物質を含んでいてもよい。
【0050】
<第1のタンパク質および第2のタンパク質が、タンパク質架橋剤によって架橋された物品>
さらに、本発明は、一実施形態として、βシート構造を有する第1のタンパク質からなる第1の層、βシート構造を有する第2のタンパク質からなる第2の層、および前記第1の層と前記第2の層の間の接着層を含み、前記接着層は、タンパク質架橋剤を含み、前記第1のタンパク質および前記第2のタンパク質が、前記タンパク質架橋剤によって架橋された物品を提供する。
【0051】
(第1のタンパク質および第2のタンパク質)
本実施形態の物品は、βシート構造を有する第1のタンパク質からなる第1の層、およびβシート構造を有する第2のタンパク質からなる第2の層が接着層を介して接着されたものである。第1のタンパク質と第2のタンパク質は、いずれもβシート構造を有すればよく、互いに同じタンパク質であってもよいし、異なるタンパク質であってもよい。
【0052】
(接着層)
本実施形態の物品はタンパク質架橋剤を含む接着層を有し、接着層は単分子層でもよく、厚みを有していてもよい。第1の層と第2の層は、それぞれが、接着層と非共有結合するか、相互拡散していればよい。接着層は、バインダー樹脂を含んでもよい。
【0053】
<化合物>
さらに、本発明は、一実施形態として、ポリエチレン、ポリビニルアルコール、ポリアミン、ポリアミド、ポリエステル、ポリエーテルからなる群より選ばれるいずれかに由来する構造単位、および芳香族環を含む基を有し、前記芳香族環を含む基は、それぞれ置換基を有してもよい、ベンゾチアゾール基、ベンゾオキサゾール基、ベンゾイミダゾール基、ナフチルアゾ基からなる群より選ばれる少なくともいずれかを有する化合物を提供する。
化合物は好ましくは高分子化合物である。化合物は用途に限定されない。化合物は、タンパク質架橋剤、タンパク質接着剤として用いられてもよく、ほかの用途で用いられてもよい。例えば、液晶材料、発色材料、発光材料、調光材料、構造材料、インク、トナーとして使用してもよく、染色剤、分散剤、界面活性剤、色材、フィラー、表面調整剤などとして使用してもよい。ほかの物質と混合して使用してもよく、単独で使用してもよい。
【実施例0054】
以下、実施例および比較例を挙げて、上記実施形態をさらに詳細に説明するが、本発明は、その要旨を超えない限り、下記の実施例により限定されるものではない。なお、成分量に関しては「部」および「%」と記載しているものは特に断らない限り質量基準である。
【0055】
<分析手法>
実施例で使用した分析手法は下記の通りである。
(架橋剤における芳香族環を含む基の割合の測定)
架橋剤の溶液のUV-Vis吸収スペクトルより芳香族環を含む基の割合を測定した。架橋剤に付加する前の芳香族環を含む化合物を水に溶解させて検量線を引き、架橋剤に含まれるモノマーの分子数を測定し、架橋剤における高分子構造の重合度で除した値を芳香族環を含む基の割合とした。
【0056】
(GPCによる分子量測定)
InfinityLab GPC/SECシステム(Agilent製)を用いて測定した。カラムはShim-pack Bio Diol-300を使用し、溶離液には0.1Mりん酸緩衝液(pH7.4,キシダ化学製)にNaCl(キシダ化学製)を0.2Mになるように添加したものを使用した。
【0057】
(電気泳動によるフィブロイン分子量測定)
マイクロチップ型電気泳動装置Agilent2100バイオアナライザ電気泳動システム(アジレント社製)を用いた。条件は下記の通りである。マイクロチップ、分離マトリクス、蛍光色素、泳動用緩衝液、分子量標準ラダー、これらはいずれもAgilent Protein230キットのものを使用した。対照試料はウシ血清アルブミン凍結乾燥粉末,>96%(アガロースゲル電気泳動)(Sigma-Aldrich社製、分子量66.5kDa)を使用した。シルクフィブロイン水溶液および対照試料の希釈液および濃度:8M尿素水溶液を用いて、シルクフィブロイン水溶液は1.0~1.5質量/体積%に、対照試料は約1.3質量/体積%に希釈した。励起波長は630nm、検出波長は680nmとした。
シルクフィブロインの分子量の算出にあたっては、専用の2100 Expertソフトウェアを使用した。試料とともに測定した分子量標準ラダーのデータから得られた分子量検量線によって、シルクフィブロインの分子量を算出した。なお、分子量算出に用いる電気泳動のバンドは、色が最も濃く出ているバンドを使用した。
【0058】
(粒子径測定)
動的光散乱粒子径測定装置(DLS,ELSZ-2000Z,大塚電子製)を用いて、散乱強度1000~10000cpsの範囲になるように試料を水で希釈し、測定した。体積基準のメディアン径を記録した。
【0059】
(引張強度測定)
シート形状の試料を、幅10mm、長さ40mmの短冊型に切り出し、膜厚を測定したのちに、万能材料試験機(テンシロンRTF-1250,A&D製)を用いて引張強度試験を行った。試料を平行締め付け型ジョウに、11.5mm間隔を空けて固定し、5mm/分条件で位置を変えて破壊した際の引張応力と試料長さに対する伸び率を測定し、引張応力を断面積で除した値を引張強度として記録した。
【0060】
(粘弾性測定)
レオメータ(MCR302,アントンパール製)を用いて測定した。直径25mmのパラレルプレートの先端に#800の紙やすりを貼り付けて滑りを抑制し、垂直力0.5N、周波数0.5Hz条件で歪み0.001~0.01%の歪み分散測定を行い、歪み0.001%の時点での貯蔵弾性率と損失弾性率を記録した。
【0061】
(せん断接着強度測定)
板状試料に対して、万能材料試験機(テンシロンRTF-1250,A&D製)を用いて引張強度試験を行った。試料を平行締め付け型ジョウに、15mm間隔を空けて固定し、5mm/分の速度で変位させ、破断した際の引張応力と試料長さに対する伸び率を測定し、引張応力を接着面積で除した値をせん断接着強度として記録した。
【0062】
<化合物溶液の製造>
[実施例1]
化合物1(架橋剤)の製造
Thioflavin T acid(AAT Bioquest,Inc.製)27mg、N,N-ジメチルホルムアミド(以下DMF)0.1mLをジクロロメタン(以下DCM)1mLに溶解し、氷冷下で攪拌した。塩化オキサリル0.15mLをDCM1mLに溶解した。Thioflavin T acid溶液に塩化オキサリル溶液を滴下しながら添加した。一晩撹拌した後、溶媒を減圧留去しDMF 1mLに再度溶解してThioflavin T acid酸塩化物溶液を得た。ポリビニルアルコール(シグマアルドリッチ製、Mw13,000-23,000、87-89% hydrolyzed、以下PVA)12mgをDMF 1mLに溶解したPVA溶液とThioflavin T acid酸塩化物溶液を混合し、窒素下120℃で6時間撹拌した。溶媒を減圧留去した後、純水2mLに再溶解した。PD-10カラム(Cytiva製)を用いてゲルろ過を行い、高分子量成分を抽出して化合物1溶液 2.9gを得た。反応フローを以下に示す。
【化38】
得られた化合物が目的とする化合物であることを、GPCを用いた分子量分析で確認した。吸光度を測定した結果、架橋剤における芳香族環を含む基の割合は、10%であった。
【0063】
[実施例2]
化合物2(芳香族環を含む化合物)、化合物3(架橋剤)の製造
N,N-ジメチルホルムアミド 15mLに、2-(4-アミノフェニル)ベンゾチアゾール(東京化成工業製) 1.10g、3-ブロモプロピオン酸(東京化成工業製) 0.40gを加えて、窒素雰囲気下で4時間還流した。室温に戻して溶媒を留去した後、シリカゲルカラムクロマトグラフィーによって精製し化合物2の白色固体201mg(収率26%)を得た。H-NMR(Bruker製、Bruker Avance NEO 500、共鳴周波数:500MHz)測定装置により同定を行った。H-NMR(DMSO-d)(ppm):12.30(br、1H)、8.06(d、1H、J=7.8Hz)、7.93(d、1H、J=7.8Hz)、7.86(d、2H、J=9.0Hz)、7.51-7.48(m、1H)、7.40-7.37(m、1H)、6.74(d、2H、J=9.0Hz)、6.53(t、1H、J=5.5Hz)、3.35(m、2H)、2.58(m、2H).
【化39】
得られた化合物2の白色固体27mg、N,N-ジメチルホルムアミド(以下DMF)0.1mLをジクロロメタン(以下DCM)1mLに溶解し、氷冷下で攪拌した。塩化オキサリル0.15mLをDCM1mLに溶解した。Thioflavin T acid溶液に塩化オキサリル溶液を滴下しながら添加した。一晩撹拌した後、溶媒を減圧留去しDMF 1mLに再度溶解してThioflavin T acid酸塩化物溶液を得た。ポリビニルアルコール(シグマアルドリッチ製、Mw13,000-23,000、87-89% hydrolyzed、以下PVA)12mgをDMF 1mLに溶解したPVA溶液とThioflavin T acid酸塩化物溶液を混合し、窒素下120℃で6時間撹拌した。溶媒を減圧留去した後、純水2mLに再溶解した。PD-10カラム(Cytiva製)を用いてゲルろ過を行い、高分子量成分を抽出して化合物3溶液 2.9gを得た。反応フローを以下に示す。
【化40】
得られた化合物が目的とする化合物であることを、GPCを用いた分子量分析で確認した。吸光度を測定した結果、架橋剤における芳香族環を含む基の割合は、9%であった。
【0064】
[実施例3]
化合物4(芳香族環を含む化合物)、化合物5(架橋剤)の製造
テトラヒドロフラン20mLに、2-(2-ヒドロキシフェニル)ベンゾチアゾール(東京化成工業製)1.01g、3-ブロモプロピオン酸(東京化成工業製)0.67g、炭酸カリウム(キシダ化学株式会社製)1.52gを加えて、窒素雰囲気下で3時間還流した。室温に戻した後、メタノール10mLを添加した。ろ過により得られた沈殿を乾燥し化合物4の白色固体57mg(収率4%)を得た。H-NMR(Bruker製、Bruker Avance NEO 500、共鳴周波数:500MHz)測定装置により同定を行った。H-NMR(DMSO-d)(ppm):12.52(br、1H)、8.50-8.48(m、1H)、8.13(d、1H、J=8.0Hz)、8.10(d、1H、J=8.0Hz)、7.61-7.56(m、2H)、7.50-7.46(m、1H)、7.37-7.36(m、1H)、7.23-7.20(m、1H)、4.52(t、2H、J=6.0Hz)、2.99(t、2H、J=6.0Hz).
【化41】
得られた化合物4の白色固体27mg、N,N-ジメチルホルムアミド(以下DMF)0.1mLをジクロロメタン(以下DCM)1mLに溶解し、氷冷下で攪拌した。塩化オキサリル0.15mLをDCM1mLに溶解した。Thioflavin T acid溶液に塩化オキサリル溶液を滴下しながら添加した。一晩撹拌した後、溶媒を減圧留去し、DMF 1mLに再度溶解してThioflavin T acid酸塩化物溶液を得た。ポリビニルアルコール(シグマアルドリッチ製、Mw13,000-23,000、87-89% hydrolyzed、以下PVA)12mgをDMF 1mLに溶解したPVA溶液と、Thioflavin T acid酸塩化物溶液を混合し、窒素下120℃で6時間撹拌した。溶媒を減圧留去した後、純水2mLに再溶解した。PD-10カラム(Cytiva製)を用いてゲルろ過を行い、高分子量成分を抽出して化合物5溶液 2.9gを得た。反応フローを以下に示す。
【化42】
得られた化合物が目的とする化合物であることを、GPCを用いた分子量分析で確認した。吸光度を測定した結果、架橋剤における芳香族環を含む基の割合は、12%であった。
【0065】
<フィブロイン水溶液の調製>
(絹の精練)
5Lのガラスビーカーに、超純水4.5Lを加熱し沸騰させたのち、炭酸ナトリウム(キシダ化学社製)8.48gを加え、0.02mol/Lの炭酸ナトリウム溶液とし、家蚕の切繭(タジマ商事社製)を1cm角に切り刻んだものを10g加えて30分間加熱することでセリシンを除去した絹を得た。絹を冷たい超純水で洗浄したのち、水気を切り、ドラフト内で一晩乾燥させて、精練後絹を得た。
【0066】
(フィブロイン水溶液の調製)
メスシリンダーに、臭化リチウム(キシダ化学社製)0.86gを加え、10mLにメスアップして9.3mol/Lの臭化リチウム溶液を得た。100mLのガラスビーカーに精練後絹3.0gを詰め、精練後絹が完全に浸るように、9.3mol/Lの臭化リチウム溶液14.8mLを加えたのち、60℃のオーブンで2時間溶解させ、透明な水溶液を得た。
【0067】
(フィブロイン水溶液の精製)
分画分子量3500、容量30mLの透析カセット(Thermo Scientific社製)に、得られた透明な水溶液19mLをシリンジで注入し、2Lの超純水中に浸して透析を行った。8時間ごとに1度水を交換し、合計48時間の透析を行い、低分子の夾雑物やリチウムイオンを取り除いた。得られた水溶液を遠心分離機CR7N(ヤマト科学社製)で11000rpm/4℃で20分間回転させて不純物をとり除き、フィブロイン水溶液を得た。電気泳動を用いて測定した分子量は、100kDaだった。また、得られたフィブロイン溶液をDLSで分析したところ、メディアン径は16nmであった。
【0068】
(芳香族環を含む基のβシート構造を有するタンパク質吸着性の評価)
芳香族環を含む基を有する化合物であるThioflavin T acid、化合物2、化合物4、7-(ジエチルアミノ)クマリン-3-カルボン酸について、それぞれのメタノール溶液(0.02mM、0.15mL)を調製し、シルクフィブロイン粉末(Sigma-Aldrich製) 10mgに添加した。風乾によりメタノールを留去した後、水 0.15mLを添加した。5分間撹拌した後、上澄み液を回収した。吸光度測定により、回収した上澄み液に含まれる芳香族環を含む基の濃度と、濃度変化量から芳香族環を含む基のフィブロインへの吸着率を算出し、以下の基準で芳香族環を含む基のβシート構造を有するタンパク質吸着性を評価した。
【0069】
「評価A」および「評価B」は、芳香族環を含む基がβシート構造を有するタンパク質に強く吸着するレベル、「評価C」は芳香族環を含む基の吸着性が低いことを示す。
(評価基準)
A:90%以上
B:60%以上90%未満
C:60%未満
表1に、芳香族環を含む基を有する化合物のフィブロインへの吸着率と、芳香族環を含む基の吸着性の評価結果を示す。
【0070】
【表1】
【0071】
<タンパク質複合体の製造>
[実施例4]
化合物1溶液10mLを、40mg/mLフィブロイン水溶液10mLと混合攪拌して、タンパク質複合体溶液1を得た。DLSを用いて粒径を確認したところ、メディアン径は28nmと増大しており、フィブロインが架橋され複合体を形成できていることを確認できた。
【0072】
[実施例5]
化合物3溶液10mLを、40mg/mLフィブロイン水溶液10mLと混合攪拌して、タンパク質複合体溶液2を得た。DLSを用いて粒径を確認したところ、メディアン径は29nmと増大しており、フィブロインが架橋され複合体を形成できていることを確認できた。
【0073】
[実施例6]
化合物3溶液10mLを、40mg/mLフィブロイン水溶液10mLと混合攪拌して、タンパク質複合体溶液3を得た。DLSを用いて粒径を確認したところ、メディアン径は27nmと増大しており、フィブロインが架橋され複合体を形成できていることを確認できた。
【0074】
[比較例1]
化合物1溶液に変え、1mg/mLPVA水溶液10mLを、40mg/mLフィブロイン水溶液10mLと混合攪拌して、タンパク質複合体溶液4を得た。DLSを用いて粒径を確認したところ、メディアン径は16nmであり、複合体が形成されないことを確認した。
【0075】
実施例4~6、および比較例1のタンパク質複合体の物性を表2に示す。
【表2】
【0076】
<シート状物品の製造>
[実施例7]
タンパク質複合体溶液1を10mLとり、底面積80cmのバットに流し込み、40℃オーブンで24時間乾燥させ、得られたシートをメタノール中に2分間浸漬し、フィブロインの結晶化を進行させたのちに30分間ドラフト中で乾燥させてシート体1を得た。得られたシート体1に対して引張強度試験を行ったところ、引張強度78MPa、伸び率6%であった。
【0077】
[実施例8]
タンパク質複合体溶液2を10mLとり、底面積80cmのバットに流し込み、40℃オーブンで24時間乾燥させ、得られたシートをメタノール中に2分間浸漬し、フィブロインの結晶化を進行させたのちに30分間ドラフト中で乾燥させてシート体2を得た。得られたシート体2に対して引張強度試験を行ったところ、引張強度78MPa、伸び率7%であった。
【0078】
[実施例9]
タンパク質複合体溶液3を10mLとり、底面積80cmのバットに流し込み、40℃オーブンで24時間乾燥させ、得られたシートをメタノール中に2分間浸漬し、フィブロインの結晶化を進行させたのちに30分間ドラフト中で乾燥させてシート体3を得た。得られたシート体3に対して引張強度試験を行ったところ、引張強度78MPa、伸び率8%であった。
【0079】
[比較例2]
タンパク質複合体溶液4を10mLとり、底面積80cmのバットに流し込み、40℃オーブンで24時間乾燥させ、得られたシートをメタノール中に2分間浸漬し、フィブロインの結晶化を進行させたのちに30分間ドラフト中で乾燥させてシート体4を得た。得られたシート体4に対して引張強度試験を行ったところ、引張強度42MPa、伸び率5%であった。
【0080】
[比較例3]
40mg/mLフィブロイン水溶液を10mLとり、底面積80cmのバットに流し込み、40℃オーブンで24時間乾燥させ、得られたシートをメタノール中に2分間浸漬し、フィブロインの結晶化を進行させたのちに30分間ドラフト中で乾燥させてシート体5を得た。得られたシート体5に対して引張強度試験を行ったところ、引張強度60MPa、伸び率5%であった。
【0081】
実施例3、比較例2、および比較例3の物性を表3に示す。
【表3】
【0082】
<タンパク質シート体の製造2>
[実施例10]
化合物1粉末を10mg、フィブロイン粉末(Sigma-Aldrich製)を100mgとり、ヘキサフルオロ-2-プロパノール10mLに添加し、ミックスローターを用いて室温攪拌を行い、フィルター(Millex-AP、Millipore製)を用いてろ過して、混合溶液を得た。混合溶液1mLを用いて、エレクトロスピニング装置(ANON-03、MECC製)を使用してアルミ皿上にフィブロインファイバーからなるシートを作製して回収した。回収したシートにメタノールを添加した後、メタノールを除去し一晩乾燥を行い、フィブロインファイバーからなるシート体を得た。20mm×40mmサイズに切り取ったフィブロインシートの重量測定により、1.25μg/mm フィブロインシートであることを確認した。
【0083】
<ゲル形状の物品の製造>
[実施例11]
タンパク質複合体溶液1を6mLとり、超音波ホモジナイザー(UD-201,トミー精工製)を用いて強度6条件で5分間処理したのち、底面積12.5cmのシャーレに流し込んで密閉し、2週間放置してゲル体を得た。得られたゲル体1に対して粘弾性測定を行ったところ、貯蔵弾性率4×10GPa、損失弾性率3×10GPaであった。
【0084】
[実施例12]
タンパク質複合体溶液2を6mLとり、超音波ホモジナイザー(UD-201,トミー精工製)を用いて強度6条件で5分間処理したのち、底面積12.5cmのシャーレに流し込んで密閉し、2週間放置してゲル体を得た。得られたゲル体2に対して粘弾性測定を行ったところ、貯蔵弾性率5×10GPa、損失弾性率3×10GPaであった。
【0085】
[実施例13]
タンパク質複合体溶液1を6mLとり、超音波ホモジナイザー(UD-201,トミー精工製)を用いて強度6条件で5分間処理したのち、底面積12.5cmのシャーレに流し込んで密閉し、2週間放置してゲル体を得た。得られたゲル体3に対して粘弾性測定を行ったところ、貯蔵弾性率6×10GPa、損失弾性率3×10GPaであった。
【0086】
[比較例4]
タンパク質複合体溶液4を6mLとり、超音波ホモジナイザー(UD-201,トミー精工製)を用いて強度6条件で5分間処理したのち、底面積12.5cmのシャーレに流し込んで密閉し、2週間放置してゲル体を得た。得られたゲル体4に対して粘弾性測定を行ったところ、貯蔵弾性率2×10GPa、損失弾性率2×10GPaであった。
【0087】
[比較例5]
40mg/mLフィブロイン水溶液を6mLとり、超音波ホモジナイザー(UD-201,トミー精工製)を用いて強度6条件で5分間処理したのち、底面積12.5cmのシャーレに流し込んで密閉し、2週間放置してゲル体を得た。得られたゲル体5に対して粘弾性測定を行ったところ、貯蔵弾性率3×10GPa、損失弾性率3×10GPaであった。
【0088】
実施例11~13、比較例4、および比較例5のゲル状の物品の物性を表4に示す。
【表4】
【0089】
<スポンジ形状の物品の製造>
[実施例14]
2.5mLシリンジ中に塩化ナトリウム(粒径500-710μm,東京化成製)を入れ、タンパク質複合体溶液1を0.5mL加えた。シリンジを押し出しピストンの先端が塩化ナトリウムと接するようにした。37℃オーブンで24時間インキュベートしたのちに、シリンジを破砕してゲル体を得た。その後ミリQ水2Lで3度洗浄し、凍結乾燥して、スポンジ形状の物品を得た。切断して電子顕微鏡で観察したところ、500μm程度の穴が開いていることが確認できた。
【0090】
<接着層と2つのタンパク質層を含む物品(接着層構造体)の製造>
[実施例15]
PETフィルム(ルミラー188S10,東レ製)を幅10mm、長さ40mmの短冊型に2枚切り出し、それぞれにタンパク質溶液1を、バーコーターを用いてウエット膜厚10μmになるように塗布し、24時間乾燥してメタノールに2分間浸漬し、メタノールを乾燥除去し一晩乾燥させた。片方のフィルムの溶液塗布面に化合物1を10μL滴下し、もう片方の溶液塗布面と貼り合わせて10mm×10mmの接着面をもつ長さ70mmのタンパク質接着層構造体1(物品1)を得た。クリップで接着面を挟んだまま24時間乾燥させ、せん断接着強度試験を行った結果、せん断接着強度0.40MPa,伸び0.6%であった。
【0091】
[実施例16]
PETフィルム(ルミラー188S10,東レ製)を幅10mm、長さ40mmの短冊型に2枚切り出し、それぞれにタンパク質溶液2を、バーコーターを用いてウエット膜厚10μmになるように塗布し、24時間乾燥してメタノールに2分間浸漬し、メタノールを乾燥除去し一晩乾燥させた。片方のフィルムの溶液塗布面に化合物3を10μL滴下し、もう片方の溶液塗布面と貼り合わせて10mm×10mmの接着面をもつ長さ70mmのタンパク質接着層構造体2(物品2)を得た。クリップで接着面を挟んだまま24時間乾燥させ、せん断接着強度試験を行った結果、せん断接着強度0.50MPa,伸び0.5%であった。
【0092】
[実施例17]
PETフィルム(ルミラー188S10,東レ製)を幅10mm、長さ40mmの短冊型に2枚切り出し、それぞれにタンパク質溶液3を、バーコーターを用いてウエット膜厚10μmになるように塗布し、24時間乾燥してメタノールに2分間浸漬し、メタノールを乾燥除去し一晩乾燥させた。片方のフィルムの溶液塗布面に化合物5を10μL滴下し、もう片方の溶液塗布面と貼り合わせて10mm×10mmの接着面をもつ長さ70mmのタンパク質接着層構造体3(物品3)を得た。クリップで接着面を挟んだまま24時間乾燥させ、せん断接着強度試験を行った結果、せん断接着強度0.60MPa,伸び0.5%であった。
【0093】
[比較例6]
PETフィルム(ルミラー188S10,東レ製)を幅10mm、長さ40mmの短冊型に2枚切り出し、それぞれにタンパク質複合体溶液4を塗布乾燥した後に、片方のフィルムの溶液塗布面に1mg/mLPVA水溶液を10μL滴下し、もう片方の溶液塗布面と貼り合わせて10mm×10mmの接着面をもつ長さ70mmのタンパク質接着層構造体4(物品4)を得た。クリップで接着面を挟んだまま24時間乾燥させ、せん断接着強度試験を行った結果、せん断接着強度0.03MPa,伸び0.1%であった。
【0094】
実施例15~17、および比較例6の物品(接着層構造体)の物性を表5に示す。
【表5】
【0095】
本発明の実施形態は以下の構成及び方法を含む。
(構成1)
ポリエチレン、ポリビニルアルコール、ポリアミン、ポリアミド、ポリエステル、ポリエーテルからなる群より選ばれるいずれかに由来する構造単位、および
芳香族環を含む基
を有し、
前記芳香族環を含む基は、それぞれ置換基を有してもよい、ベンゾチアゾール基、ベンゾオキサゾール基、ベンゾイミダゾール基、ナフチルアゾ基からなる群より選ばれる少なくともいずれかを有する、
βシート構造を有するタンパク質のタンパク質架橋剤。
(構成2)
前記芳香族環を含む基が、ベンゾチアゾール基およびナフチルアゾ基の少なくともいずれかを有する構成1に記載の架橋剤。
(構成3)
前記芳香族環を含む基が、下記式(1-1)、式(2-1)、式(3-1)、式(4)、式(5-1)、式(9-1)で表される1価の基のいずれかである構成1または2に記載の架橋剤。
【化43】
【化44】
【化45】
【化46】
【化47】
(前記式(1-1)、式(2-1)、式(3-1)、式(5-1)、式(9-1)において、
からRは、それぞれ独立に、水素原子、置換もしくは無置換の炭素数1以上4以下の脂肪族炭化水素基、置換もしくは無置換の炭素数6以上10以下のアリール基またはアラルキル基、またはアルコキシ基を表し、
*は、結合手を示す。)
【化48】
(前記式(4)において、*は、結合手を示す。)
(構成4)
構成1から3のいずれか1項に記載の架橋剤、およびバインダー樹脂を含むタンパク質接着剤。
(構成5)
請求項1から3のいずれか1項に記載の架橋剤、および
βシート構造を有するタンパク質
を含み、
前記βシート構造を有するタンパク質が、前記タンパク質架橋剤で架橋された、タンパク質複合体。
(構成6)
前記βシート構造を有するタンパク質が、フィブロインである構成5に記載のタンパク質複合体。
(構成7)
構成5または構成6に記載のタンパク質複合体を含んでなり、固体形状またはゲル形状の物品。
(構成8)
前記固体形状が、シート状、スポンジ状および繊維状のいずれかである構成7に記載の物品。
(構成9)
βシート構造を有する第1のタンパク質からなる第1の層、
βシート構造を有する第2のタンパク質からなる第2の層、および
前記第1の層と前記第2の層の間の接着層
を含み、
前記接着層は、請求項1から4のいずれか1項に記載のタンパク質架橋剤を含み、
前記第1のタンパク質および前記第2のタンパク質が、前記タンパク質架橋剤によって架橋された物品。
(構成10)
前記接着層が、バインダー樹脂を含む構成9に記載の物品。
(構成11)
ポリエチレン、ポリビニルアルコール、ポリアミン、ポリアミド、ポリエステル、ポリエーテルからなる群より選ばれるいずれかに由来する構造単位、および
芳香族環を含む基
を有し、
前記芳香族環を含む基は、それぞれ置換基を有してもよい、ベンゾチアゾール基、ベンゾオキサゾール基、ベンゾイミダゾール基、ナフチルアゾ基からなる群より選ばれる少なくともいずれかを有する化合物。
(構成12)
前記芳香族環を含む基が、ベンゾイミダゾール基およびナフチルアゾ基の少なくともいずれかを有する構成11に記載の化合物。
(構成13)
前記芳香族環を含む基が、下記式(1-1)、式(2-1)、式(3-1)、式(4)、式(5-1)、式(9-1)で表される1価の基のいずれかであ構成11または12に記載の化合物。
【化49】
【化50】
【化51】
【化52】
【化53】
(前記式(1-1)、式(2-1)、式(3-1)、式(5-1)、式(9-1)において、
からRは、それぞれ独立に、水素原子、置換もしくは無置換の炭素数1以上4以下の脂肪族炭化水素基、置換もしくは無置換の炭素数6以上10以下のアリール基またはアラルキル基、またはアルコキシ基を表し、
*は、結合手を示す。)
【化54】
(前記式(4)において、*は、結合手を示す。)
(構成14)
構成1から3のいずれか1項に記載のタンパク質架橋剤とタンパク質とを混合する工程を有する、タンパク質を架橋する方法。
(方法1)
構成4に記載のタンパク質接着剤とタンパク質とを混合する工程を有する、タンパク質を接着する方法。
(方法2)
βシート構造を有する第1のタンパク質からなる第1のシートとβシート構造を有する第2のタンパク質からなる第2のシートの少なくともいずれかに、請求項1から3のいずれか1項に記載のタンパク質架橋剤を塗布する工程、および
βシート構造を有する第1のタンパク質からなる第1のシート、およびβシート構造を有する第2のタンパク質からなる第2のシートを、前記タンパク質架橋剤を介して貼り合わせる工程、
を有する、物品の製造方法。
(方法3)
βシート構造を有する第1のタンパク質からなる第1のシートとβシート構造を有する第2のタンパク質からなる第2のシートの少なくともいずれかに、請求項4に記載のタンパク質接着剤を塗布する工程、および
βシート構造を有する第1のタンパク質からなる第1のシート、およびβシート構造を有する第2のタンパク質からなる第2のシートを、前記タンパク質接着剤を介して貼り合わせる工程、
を有する、物品の製造方法。
【手続補正書】
【提出日】2024-02-19
【手続補正1】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0094
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0094】
実施例15~17、および比較例6の物品(接着層構造体)の物性を表5に示す。
【表5】