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特開2024-115564信号処理装置、信号処理方法、及びプログラム
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024115564
(43)【公開日】2024-08-27
(54)【発明の名称】信号処理装置、信号処理方法、及びプログラム
(51)【国際特許分類】
   G10K 15/00 20060101AFI20240820BHJP
   G01S 5/30 20060101ALI20240820BHJP
【FI】
G10K15/00 L
G01S5/30
【審査請求】未請求
【請求項の数】20
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021115205
(22)【出願日】2021-07-12
(71)【出願人】
【識別番号】000002185
【氏名又は名称】ソニーグループ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003339
【氏名又は名称】弁理士法人南青山国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】曲谷地 哲
【テーマコード(参考)】
5J083
【Fターム(参考)】
5J083AA05
5J083AB20
5J083AC28
5J083AC40
5J083AD03
5J083AD04
5J083BA01
5J083BE11
5J083BE19
5J083CA10
(57)【要約】      (修正有)
【課題】空間内の波動特性を容易に測定する信号処理装置、信号処理方法及びプログラムを提供する。
【解決手段】音響測定システム100において、コントローラ30は、信号取得部31、音響測定部32及び音響処理部33を備える。信号取得部32は、音波に関するインパルス応答を測定可能なように構成された測定信号とそれに対応する解析信号とを取得する。音響測定部32は、帯域が互いに異なるように複数の測定信号を再生させ、測定信号を再生した波形の受信データを読み込む。音響処理部33は、受信データに対して解析信号を作用させて複数の参照点と対象点との間のインパルス応答を算出し、そこから対象点の位置と対象点における波動特性とを算出する。測定信号及び解析信号の少なくとも一方は、時間波形が原点に対して非対称となる第1のタイプの窓関数により各々の元信号が帯域分割された信号を含む。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定波に関するインパルス応答を測定可能なように構成された測定信号と、前記測定信号に対応する解析信号とを取得する信号取得部と、
複数の参照点と単一の対象点との間で測定波を再生して受信する測定部に各参照点に対応する測定波の帯域が互いに異なるように前記測定信号を再生させ、前記測定部から前記測定信号を再生した波形の受信データを読み込む信号測定部と、
前記受信データに対して前記解析信号を作用させて前記複数の参照点と前記対象点との間のインパルス応答を算出し、当該算出結果に基づいて前記対象点の位置と前記対象点における波動特性とを算出する信号処理部と
を具備し、
前記測定信号及び前記解析信号の少なくとも一方は、時間波形が原点に対して非対称となる第1のタイプの窓関数により各々の元信号が帯域分割された信号を含む
信号処理装置。
【請求項2】
請求項1に記載の信号処理装置であって、
前記第1のタイプの窓関数は、時間波形が正時間側に寄るように構成された関数である
信号処理装置。
【請求項3】
請求項1に記載の信号処理装置であって、
前記第1のタイプの窓関数は、最小位相特性となる関数である
信号処理装置。
【請求項4】
請求項1に記載の信号処理装置であって、
前記測定波は、音波であり、
前記信号処理部は、前記波動特性として、前記対象点での音響特性を算出する
信号処理装置。
【請求項5】
請求項4に記載の信号処理装置であって、
前記測定部は、前記複数の参照点の各々に配置された複数のスピーカと、前記対象点に配置されたマイクロホンとを有し、
前記信号測定部は、前記複数のスピーカから複数の再生スピーカを選択し、各再生スピーカが再生する音波の帯域が互いに異なるように前記測定信号を再生させ、
前記信号処理部は、前記受信データに対して前記解析信号を作用させて前記複数の再生スピーカの各々についてインパルス応答を算出する
信号処理装置。
【請求項6】
請求項5に記載の信号処理装置であって、
前記複数のスピーカは、4以上のスピーカを含み、
前記信号測定部は、前記複数のスピーカのうち、前記再生スピーカとして、3つの参照スピーカと、1つの対象スピーカとを選択し、
前記信号処理部は、前記3つの参照スピーカに関するインパルス応答から、前記対象点の位置を算出し、前記対象スピーカに関するインパルス応答から、前記対象スピーカに関する前記対象点での音響特性を算出する
信号処理装置。
【請求項7】
請求項6に記載の信号処理装置であって、
前記信号処理部は、前記3つの参照スピーカが再生した音波の到達時間から、各参照スピーカが配置された前記参照点と前記対象点との距離を算出し、当該算出結果と各参照スピーカが配置された前記参照点の位置とに基づいて、前記対象点の位置を算出する
信号処理装置。
【請求項8】
請求項6に記載の信号処理装置であって、
前記信号測定部は、前記複数の再生スピーカから同一の期間内に互いに異なる帯域の音波が再生されるように、前記測定信号を再生させる
信号処理装置。
【請求項9】
請求項6に記載の信号処理装置であって、
前記対象スピーカが再生する音波の帯域は、音響測定の対象帯域に設定され、
前記参照スピーカが再生する音波の帯域は、前記対象帯域以外の帯域に設定される
信号処理装置。
【請求項10】
請求項6に記載の信号処理装置であって、
前記測定信号及び前記解析信号の少なくとも一方は、時間波形が原点に対して対称であり音響測定の上限周波数よりも低い帯域を通過させる第2のタイプの窓関数により各々の元信号が帯域分割された信号を含む
信号処理装置。
【請求項11】
請求項10に記載の信号処理装置であって、
前記測定信号は、前記第2のタイプの窓関数により前記測定信号の元信号の帯域を制限した音響測定信号と、前記第1のタイプの窓関数により前記上限周波数よりも高い帯域において前記測定信号の元信号を3つの帯域に帯域分割した3つの分割測定信号とを含み、
前記信号測定部は、前記対象スピーカに前記音響測定信号を再生させ、前記3つの参照スピーカの各々に前記3つの分割測定信号をそれぞれ再生させる
信号処理装置。
【請求項12】
請求項11に記載の信号処理装置であって、
前記解析信号は、前記解析信号の元信号であり、
前記信号処理部は、前記受信データに前記解析信号の元信号を作用させて前記3つの参照スピーカ及び前記対象スピーカに関するインパルス応答をそれぞれ算出する
信号処理装置。
【請求項13】
請求項10に記載の信号処理装置であって、
前記測定信号は、前記第2のタイプの窓関数により前記測定信号の元信号の帯域を制限した音響測定信号と、前記上限周波数よりも高い帯域を通過させる前記第1のタイプの窓関数により前記測定信号の元信号の帯域を制限した高域測定信号とを含み、
前記信号測定部は、前記対象スピーカに前記音響測定信号を再生させ、前記3つの参照スピーカの各々に各参照スピーカが再生する音波の帯域が互いに異なるように前記高域測定信号をタイミングをずらして再生させる
信号処理装置。
【請求項14】
請求項13に記載の信号処理装置であって、
前記解析信号は、前記第2のタイプの窓関数により前記解析信号の元信号の帯域を制限した音響解析信号と、前記第1のタイプの窓関数により前記上限周波数よりも高い帯域において前記解析信号の元信号を3つの帯域に帯域分割した3つの分割解析信号とを含み、
前記信号処理部は、前記受信データに前記音響解析信号を作用させて前記対象スピーカに関するインパルス応答を算出し、前記受信データに前記3つの分割解析信号を作用させて前記3つの参照スピーカに関するインパルス応答をそれぞれ算出する
信号処理装置。
【請求項15】
請求項5に記載の信号処理装置であって、
前記測定信号は、周波数が時間とともに線形に増加又は減少する信号であり、
前記信号測定部は、前記複数のスピーカから所定の順番で前記再生スピーカを順次選択し、前記測定信号の再生時間の1/4の長さの間隔をあけて、前記選択した前記再生スピーカに前記測定信号を順次再生させる
信号処理装置。
【請求項16】
請求項15に記載の信号処理装置であって、
前記解析信号は、時間波形が原点に対して対称であり音響測定の上限周波数よりも低い帯域を通過させる第2のタイプの窓関数により前記解析信号の元信号の帯域を制限した音響解析信号と、前記第1のタイプの窓関数により前記上限周波数よりも高い帯域において前記解析信号の元信号を3つの帯域に帯域分割した3つの分割解析信号とを含み、
前記信号処理部は、前記受信データに前記音響解析信号を作用させて前記上限周波数よりも低い帯域の音波を再生した前記再生スピーカに関するインパルス応答を算出し、前記受信データに前記3つの分割解析信号を作用させて前記上限周波数よりも高く互いに異なる3つの帯域の音波を再生した3つの前記再生スピーカに関するインパルス応答をそれぞれ算出する
信号処理装置。
【請求項17】
請求項1に記載の信号処理装置であって、
前記測定信号の元信号は、周波数が時間変化するスイープサイン信号であり、
前記解析信号の元信号は、前記スイープサイン信号の周波数の時間変化が反転した信号である
信号処理装置。
【請求項18】
請求項1に記載の信号処理装置であって、
前記測定信号の元信号及び前記解析信号の元信号のうち、一方は時間伸長パルス信号であり、他方は、前記時間伸長パルス信号の周波数の時間変化を反転させた逆時間伸長パルス信号である
信号処理装置。
【請求項19】
測定波に関するインパルス応答を測定可能なように構成された測定信号と、前記測定信号に対応する解析信号とを取得し、
複数の参照点と単一の対象点との間で測定波を再生して受信する測定部に各参照点に対応する測定波の帯域が互いに異なるように前記測定信号を再生させ、前記測定部から前記測定信号を再生した波形の受信データを読み込み、
前記受信データに対して前記解析信号を作用させて前記複数の参照点と前記対象点との間のインパルス応答を算出し、当該算出結果に基づいて前記対象点の位置と前記対象点における波動特性とを算出することをコンピュータシステムが実行し、
前記測定信号及び前記解析信号の少なくとも一方は、時間波形が原点に対して非対称となる第1のタイプの窓関数により各々の元信号が帯域分割された信号を含む
信号処理方法。
【請求項20】
測定波に関するインパルス応答を測定可能なように構成された測定信号と、前記測定信号に対応する解析信号とを取得するステップと、
複数の参照点と単一の対象点との間で測定波を再生して受信する測定部に各参照点に対応する測定波の帯域が互いに異なるように前記測定信号を再生させ、前記測定部から前記測定信号を再生した波形の受信データを読み込むステップと、
前記受信データに対して前記解析信号を作用させて前記複数の参照点と前記対象点との間のインパルス応答を算出し、当該算出結果に基づいて前記対象点の位置と前記対象点における波動特性とを算出するステップとをコンピュータシステムに実行させ、
前記測定信号及び前記解析信号の少なくとも一方は、時間波形が原点に対して非対称となる第1のタイプの窓関数により各々の元信号が帯域分割された信号を含む
プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本技術は、波動特性の測定に適用可能な信号処理装置、信号処理方法、及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、空間を伝搬する波について、その空間内での波動特性を測定する技術が開発されている。例えば空間内を伝搬する音波の波動特性として、空間の音響特性を測定する方法が知られている。
特許文献1には、複数のスピーカから聴取位置までの音波の遅延特性を測定するオーディオシステムについて記載されている。このシステムには、周波数特性が異なる2つのスピーカが設けられる。各スピーカからは帯域の異なる音波が切り替えて放射され、聴取位置に配置されたマイクロホンによりそれぞれ検出される。この検出結果から、各スピーカから聴取位置までの群遅延時間が算出され、各スピーカが再生する音波を遅延させる遅延時間が設定される。これにより、高域や低域の音波が聴取位置に達するタイミングを一致させることが可能となっている(特許文献1の明細書段落[0012][0014][0017-0023]図1等)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001-211493号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
このように空間を伝搬する音波等の波に関して、その空間内の各位置における波動特性を測定しておくことで、各位置に生じる波の制御や検出の精度が向上すると期待される。このため、空間内の波動特性を容易に測定する技術が求められている。
【0005】
以上のような事情に鑑み、本技術の目的は、空間内の波動特性を容易に測定することが可能な信号処理装置、信号処理方法、及びプログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本技術の一形態に係る信号処理装置は、信号取得部と、信号測定部と、信号処理部とを具備する。
前記信号取得部は、測定波に関するインパルス応答を測定可能なように構成された測定信号と、前記測定信号に対応する解析信号とを取得する。
前記信号測定部は、複数の参照点と単一の対象点との間で測定波を再生して受信する測定部に各参照点に対応する測定波の帯域が互いに異なるように前記測定信号を再生させ、前記測定部から前記測定信号を再生した波形の受信データを読み込む。
前記信号処理部は、前記受信データに対して前記解析信号を作用させて前記複数の参照点と前記対象点との間のインパルス応答を算出し、当該算出結果に基づいて前記対象点の位置と前記対象点における波動特性とを算出する。
前記測定信号及び前記解析信号の少なくとも一方は、時間波形が原点に対して非対称となる第1のタイプの窓関数により各々の元信号が帯域分割された信号を含む。
【0007】
この信号処理装置では、複数の参照点と対象点との間で、インパルス応答の測定に用いる測定信号の測定波が再生・受信される。測定信号は、各参照点に対応する測定波の帯域が互いに異なるように再生される。この測定波の受信データに解析信号を作用させて、各参照点と対象点との間のインパルス応答が算出され、その結果から対象点の位置及び波動特性が算出される。ここで、測定信号及び解析信号の少なくとも一方は、第1のタイプの窓関数により帯域分割されている。これにより、例えば測定波を受信する機器のみを利用して対象点の位置を適正に算出することが可能となり、空間内の波動特性を容易に測定することが可能となる。
【0008】
本技術の一形態に係る信号処理方法は、コンピュータシステムにより実行される信号処理方法であって、測定波に関するインパルス応答を測定可能なように構成された測定信号と、前記測定信号に対応する解析信号とを取得することを含む。
複数の参照点と単一の対象点との間で測定波を再生して受信する測定部に各参照点に対応する測定波の帯域が互いに異なるように前記測定信号を再生させ、前記測定部から前記測定信号を再生した波形の受信データが読み込まれる。
前記受信データに対して前記解析信号を作用させて前記複数の参照点と前記対象点との間のインパルス応答を算出し、当該算出結果に基づいて前記対象点の位置と前記対象点における波動特性とが算出される。
また、前記測定信号及び前記解析信号の少なくとも一方は、時間波形が原点に対して非対称となる第1のタイプの窓関数により各々の元信号が帯域分割された信号を含む。
【0009】
本技術の一形態に係るプログラムは、コンピュータシステムに以下のステップを実行させる。
測定波に関するインパルス応答を測定可能なように構成された測定信号と、前記測定信号に対応する解析信号とを取得するステップ。
複数の参照点と単一の対象点との間で測定波を再生して受信する測定部に各参照点に対応する測定波の帯域が互いに異なるように前記測定信号を再生させ、前記測定部から前記測定信号を再生した波形の受信データを読み込むステップ。
前記受信データに対して前記解析信号を作用させて前記複数の参照点と前記対象点との間のインパルス応答を算出し、当該算出結果に基づいて前記対象点の位置と前記対象点における波動特性とを算出するステップ。
また、前記測定信号及び前記解析信号の少なくとも一方は、時間波形が原点に対して非対称となる第1のタイプの窓関数により各々の元信号が帯域分割された信号を含む。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本技術の第1の実施形態に係る音響測定システムの構成例を示す模式図である。
図2】音響測定システムの機能的な構成例を示すブロック図である。
図3】インパルス応答の測定方法について説明するための模式図である。
図4】音響測定システムの動作概要を示す模式図である。
図5】比較例として挙げる矩形窓により生成された測定信号の一例を示すグラフである。
図6図5に示す矩形窓を用いたインパルス応答の測定結果を示すグラフである。
図7】比較例として挙げるハン窓により生成された測定信号の一例を示すグラフである。
図8図7に示すハン窓を用いたインパルス応答の測定結果を示すグラフである。
図9】最小位相特性のハン窓により生成された測定信号の一例を示すグラフである。
図10図9に示すハン窓により帯域分割された測定信号に対応する解析信号の一例を示すグラフである。
図11図9に示すハン窓を用いたインパルス応答の測定結果を示すグラフである。
図12】音響測定システムによる測定処理の流れを示すブロック図である。
図13】音響測定システムによる測定処理の一例を示すフローチャートである。
図14】音波を再生する処理の流れを示す模式図である。
図15】収音データに対する処理の流れを示す模式図である。
図16】第2の実施形態に係る音響測定システムの構成例を示す模式図である。
図17】音波を再生する処理の流れを示す模式図である。
図18】最小位相特性の高域通過窓関数により生成された測定信号の一例を示すグラフである。
図19】収音データに対する処理の流れを示す模式図である。
図20】最小位相特性のハン窓により生成された解析信号の一例を示すグラフである。
図21図18及び図20に示す各窓関数によるインパルス応答の測定結果を示すグラフである。
図22】第3の実施形態に係る音響測定システムの構成例を示す模式図である。
図23】音波を再生する処理の流れを示す模式図である。
図24】収音データに対する処理の流れを示す模式図である。
図25】UI表示の一例を示す模式図である。
図26】UI表示の他の例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本技術に係る実施形態を、図面を参照しながら説明する。
【0012】
<第1の実施形態>
[音響測定システムの構成]
図1は、本技術の第1の実施形態に係る音響測定システムの構成例を示す模式図である。音響測定システム100は、音波1が再生される空間(音響空間2)における音響特性を測定するシステムである。
ここで、音響特性とは、例えば音響空間2内の各点における音響に関する特性である。典型的には、音響空間2における反射やエコー等を含む音波1の伝達特性が、各点の音響特性として測定される。この他、音響空間2内の音響に関する任意の特性が、音響測定システム100の測定対象として設定されてよい。
本実施形態では、音波1は、測定波の一例であり、音響特性は、波動特性の一例である。
【0013】
図1に示すように、音響測定システム100は、複数のスピーカSからなるスピーカアレイ10と、マイクロホンMとを含む。スピーカアレイ10(複数のスピーカS)は音響空間2に固定されており、マイクロホンMは音響空間2内を移動可能に構成される。
例えばあるスピーカSにより音響空間2に放射された音波1が、マイクロホンMによって収音される。この収音されたデータ(収音データ)をもとに、音波1を放射したスピーカSに対するマイクロホンMの位置における音響特性が測定される。
本実施形態では、収音データは、受信データに相当する。
【0014】
以下では、マイクロホンMの位置を対象点と記載する。対象点の位置rは、音響空間内の3次元座標で表され、時間とともに変化するベクトル(r(t))である。音響測定システム100では、マイクロホンMの移動に合わせて、その対象点における音響特性P(ω,r(t))が測定される。なお、ωは、音波の周波数fを2π倍した角周波数(ω=2πf)である。
音響測定システム100により測定された音響特性のデータは、スピーカアレイ10を用いた様々なアプリケーションに利用される。
【0015】
例えば、スピーカアレイ10を用いることで、音響空間2内に任意の音場を付加するといったことが可能である。すなわち、音響空間2内の任意の位置に音声を定位して提示することが可能となる。また例えば、スピーカアレイ10を用いて、音響空間2内の音を消す空間ノイズキャンセリング等を実現することも可能である。
これらのアプリケーションでは、例えばスピーカSから制御対象となる点までの伝達特性を、単純な距離から求められる自由空間内のグリーン関数で表すといった手法が用いられる場合が多くある。このようにグリーン関数を用いた方法に比べ、音響空間2内の反射等を含めた伝達特性(音響特性)を予め測定しておき、その環境に合わせた信号処理を行う方法のほうが、精度が向上することが知られている。
そのため、音響特性のデータは、スピーカアレイ10を設置する場所ごとに測定することが望ましい。
【0016】
一方で、音響空間2内の音響特性は、様々な位置で、正確な位置情報とともに測定する必要があるため、測定自体のコストが高くなることがあり得る。例えば、対象点の正確な位置情報を取得するためにマイクロホンMに位置センサを設置するような構成では、専用のデバイスやシステムが必要となりコストが高くなる。また、複数のマイクロホンMを置いて複数の点についての音響特性を測定することもできるが、この場合、多数のマイクロホンMを運搬、設置する必要がありコストがかかる。
【0017】
これに対し、本実施形態に係る音響測定システム100は、スピーカアレイ10(複数のスピーカS)の音響信号と、移動する少数のマイクロホンMのみを使用して、音響特性と同時に、対象点の位置情報が測定される。すなわち、音響信号だけを使って、同時に音響測定と位置測定とが行われる。
これにより、空間内の音響特性を容易に測定することが可能となり、上記したようなマイクロホンMの位置を測定するためのコストを削減することが可能となっている。
【0018】
[音響測定システムの構成]
図2は、音響測定システム100の機能的な構成例を示すブロック図である。
音響測定システム100は、上記した複数のスピーカS(スピーカアレイ10)、及びマイクロホンMに加え、記憶部20と、コントローラ30とを有する。
【0019】
複数のスピーカSは、音響空間2内にそれぞれ固定して配置され、スピーカアレイ10を構成する。本実施形態では、スピーカアレイ10には、4以上のスピーカSが含まれる場合を例に挙げるが、例えばスピーカSの数は3以下であってもよい。本実施形態のように、少なくとも4つのスピーカSを用いることで、マイクロホンMの位置(対象点)と音響特性との両方を精度よく測定することが可能である。この点については、後に詳しく説明する。
【0020】
図1では、一例として音響空間2を囲むように配置された環状のスピーカアレイ10が模式的に図示されている。これに限定されず、線状・面状を含む様々な位置に配置されたスピーカアレイ10等が用いられてもよい。
各スピーカSは、周波数特性が異なるものであってもよいし、同じ周波数特性であってもよい。またスピーカSの種類や形式が異なっていてもよい。
この他、スピーカSの数、向き、配置、種類、形式等は限定されない。
以下では、各スピーカSが配置される位置を参照点と記載する。参照点は、予め位置情報が設定された点である。
【0021】
マイクロホンMは、音響空間2内に配置される収音素子である。マイクロホンMは、例えば音響測定を行う測定者などが手に持って、音響空間2内を歩き回ることで移動される。あるいは、可搬な移動制御装置等を用いて、マイクロホンMを移動させるといった構成も可能である。
実施形態では、単一のマイクロホンMが用いられる場合について説明する。なお、マイクロホンMの数は限定されず、例えば複数のマイクロホンMを一体的に移動できるようにユニットしたマイクロホンアレイ等が用いられてもよい。あるいは、個別に移動可能なように構成された複数のマイクロホンMが用いられてもよい。複数のマイクロホンMが用いられる場合、例えば図12等に示す処理が、各マイクロホンMごとに行われる。また複数のマイクロホンMを一体的に移動可能なようにユニット化したマイクロホンアレイ等が用いられてもよい。この場合、後述するコントローラ30により実行される信号処理の結果から、ユニット化されたマイクロホンアレイの回転や傾きの情報が算出されてもよい。
【0022】
マイクロホンMは、例えばスピーカSにより放射され、音響空間2を通ってマイクロホンMの位置(対象点)に伝搬する音波1を収音し、その音波1の波形を表すデジタル信号(収音データ)を出力する。この収音データをもとに、その対象点における音響特性が測定される。
従って、音響測定システム100により測定される音響特性は、ある参照点にスピーカSを配置して音波1を放射した場合に、マイクロホンMが配置されている対象点で測定される音響特性であると言える。
本実施形態では、複数のスピーカS(スピーカアレイ10)と、マイクロホンMとにより、複数の参照点と単一の対象点との間で音波1を再生して受信する測定部が構成される。なお、本実施形態において、音波1を収音することは、音波を受信することに含まれる。
【0023】
記憶部20は、不揮発性の記憶デバイスであり、例えばSSD(Solid State Drive)やHDD(Hard Disk Drive)等が用いられる。その他、コンピュータが読み取り可能な非一過性の任意の記録媒体が用いられてよい。また、記憶部20は、コントローラ30がアクセス可能なクラウド上やサーバ上に構成されてもよい。
図2に示すように記憶部20には、制御プログラム21と、信号情報22と、スピーカ情報23と、音響特性データ24とが記憶される。
【0024】
制御プログラム21は、音響測定システム100全体の動作を制御するプログラムである。
信号情報22には、音響測定に用いる測定信号や、その信号を解析するための解析信号等のデータが含まれる。具体的には、後述するTSP信号や逆TSP信号の波形データや、周波数特性のデータ等が記憶される。
スピーカ情報23は、スピーカアレイ10を構成する各スピーカSに関する情報である。スピーカ情報23には、各スピーカSの配置の情報(参照点の位置情報)や、各スピーカSの周波数特性等の情報が含まれる。
音響特性データ24は、各マイクロホンMの測定位置r(対象点)での音響特性を記録したデータである。
【0025】
コントローラ30は、音響測定システム100が有する各ブロックの動作を制御する。コントローラ30は、例えばCPUやメモリ(RAM、ROM)等のコンピュータに必要なハードウェア構成を有する。CPUが記憶部20に記憶されている制御プログラム21をRAMにロードして実行することにより、種々の処理が実行される。本実施形態では、コントローラ30は、信号処理装置に相当する。
【0026】
コントローラ30として、例えばFPGA(Field Programmable Gate Array)等のPLD(Programmable Logic Device)、その他ASIC(Application Specific Integrated Circuit)等のデバイスが用いられてもよい。
【0027】
本実施形態では、コントローラ30のCPUが本実施形態に係る制御プログラム21を実行することで、機能ブロックとして、信号取得部31、音響測定部32、及び音響処理部33が実現される。そしてこれらの機能ブロックにより、本実施形態に係る信号処理方法が実行される。なお各機能ブロックを実現するために、IC(集積回路)等の専用のハードウェアが適宜用いられてもよい。
本実施形態では、音響測定部32は、信号測定部に相当し、音響処理部33は、信号処理部に相当する。
【0028】
信号取得部31は、音響測定に用いられる信号を取得する。音響測定システム100では、マイクロホンMの位置(対象点)において、音波1に関するインパルス応答を測定することで、音響特性が測定される。
本開示において、インパルス応答とは、例えばスピーカSの位置(参照点)でインパルス状の音波1を発した場合に、音響空間2を伝わって、マイクロホンMの位置(対象点)で検出される音波1である。インパルス応答を用いることで、例えば対象点での音波の伝達特性等を表すことが可能となる。
【0029】
音響測定システム100では、互いに対応する信号のペアを用いて、インパルス応答を測定する方法が用いられる。この方法では、一方の信号をスピーカSから再生し、その音波1の収音データに他方の信号を作用させることで、インパルス状の音波1を再生した場合と同様の応答、すなわちインパルス応答が算出される。
以下では、スピーカSから再生される信号を測定信号と記載し、収音データからインパルス応答を算出するために用いる信号を解析信号と記載する。
【0030】
信号取得部31は、音波に関するインパルス応答を測定可能なように構成された測定信号と、測定信号に対応する解析信号とを取得する。測定信号及び解析信号は、単一の信号とは限らず、用途の異なる複数の信号が測定信号(或いは解析信号)となる場合がある。
測定信号は、例えば各スピーカSが再生する音波1の波形を表す信号である。ここでは、各スピーカSに出力される直前のデジタル信号を測定信号と記載する。
解析信号は、例えば測定信号を再生した音波からインパルス応答を算出できるように構成された信号である。ここでは、収音データに作用される信号を解析信号と記載する。
【0031】
測定信号及び解析信号を取得する方法は限定されない。例えば測定信号及び解析信号の元となる元信号に、所定のフィルタ等を作用させて、各信号が生成されてもよい。また、予め記録された測定信号及び解析信号のデータが読み込まれてもよい。また、プログラムの進行中に、必要に応じて所定のパラメータ(例えば周波数の時間変化や、信号の継続時間等を表すパラメータ)から測定信号及び解析信号のデータが適宜生成されてもよい。各信号のデータは、信号情報として、記憶部20に格納される。
このように、本開示において、信号を取得する処理には、元となる信号を加工して必要な信号に調整する処理、及び予め記憶された信号のデータを読み込む処理等が含まれる。
【0032】
測定信号の元信号は、周波数が時間変化するスイープサイン信号である。すなわち、測定信号は、周波数が時間とともに減少(あるいは増加)するようにスイープする正弦波信号から生成される。
また解析信号の元信号は、測定信号の元信号となるスイープサイン信号の周波数の時間変化が反転した信号である。すなわち、解析信号は、測定信号の周波数のスイープとは逆に周波数が変化する正弦波信号から生成される。
なお、測定信号及び解析信号として、元信号そのものを使用することも可能である。
【0033】
本実施形態では、測定信号25の元信号として、時間伸長パルス信号(TSP信号:Time-Stretched Pulse)が用いられる。また解析信号27の元信号として、時間伸長パルス信号の周波数の時間変化を反転させた逆時間伸長パルス信号(逆TSP信号)が用いられる。
TSP信号及び逆TSP信号は、ともにスイープサイン信号の一形態であり、周波数が時間に対して線形に変化する信号である。
【0034】
ここでは、TSP信号は、周波数が時間とともに線形に減少する信号である。また逆TSP信号は、周波数が時間とともに線形に増加する信号である。TSP信号及び逆TSP信号を用いることで、インパルス応答を適正に測定可能な測定信号及び解析信号を容易に構成することが可能となる。
なお、TSP信号と逆TSP信号を入れ替えて用いることも可能である。すなわち、測定信号の元信号として逆TSP信号を用いてもよいし、また解析信号の元信号としてTSP信号を用いてもよい。TSP信号及び逆TSP信号については、図3を参照して後に詳しく説明する。
なお、測定信号及び解析信号の元信号として、OATSP(Optimum Aoshima's TSP)信号等の他のスイープサイン信号が用いられてもよい。
【0035】
音響測定部32は、複数のスピーカS及びマイクロホンM(測定部)を制御して、音響特性を測定するために必要な実際の測定処理を実行する。具体的には、各スピーカSに測定信号を適宜再生させて、インパルス応答を測定するための音波1を発生させる。この時、各スピーカSが再生する帯域が互いに異なるように音波1の再生が制御される。従って、各参照点から聞こえる音波1は、いずれも異なる帯域の音波1となる。
このように、音響測定部32は、測定部を構成する複数のスピーカSに、各参照点に対応する音波1の帯域が互いに異なるように測定信号を再生させる。ここでは、複数のスピーカSの各々から再生される音波1が、各参照点に対応する音波1となる。
具体的には、測定信号の種類や再生のタイミング等が、各スピーカSの帯域を分けるように適宜設定される。
【0036】
音響測定部32は、複数のスピーカSのうち、音波1を再生させるスピーカS(以下、スピーカSと同じ符号を用いて、再生スピーカSと記載する)を選択する。典型的には、4つの再生スピーカが選択される。
そして、各再生スピーカSが再生する音波1が、互いに異なる帯域の音波となるように、測定信号が再生スピーカSに出力される。このように、音響測定部32は、複数のスピーカSから複数の再生スピーカSを選択し、各再生スピーカSが再生する音波の帯域が互いに異なるように測定信号を再生させる。これにより、再生スピーカSの音波を、帯域ごとに分けて扱うことが可能となる。
【0037】
また音響測定部32は、測定部を構成するマイクロホンMから、測定信号を再生した波形の収音データを読み込む。例えば、マイクロホンMから出力された収音データが、USB等のインターフェースを介して読み込まれる。あるいは、マイクロホンMからアナログの音声信号が出力される場合には、図示しないADコンバータ等を介して、デジタル信号に変換された音声信号が収音データとして読み込まれる。
【0038】
音響処理部33は、収音データに対して解析信号を作用させて複数の参照点と対象点との間のインパルス応答を算出する。
本実施形態では、再生スピーカSの位置(参照点)とマイクロホンMの測定位置r(対象点)との間のインパルス応答が算出される。例えば4つの再生スピーカSを選択した場合、4つのインパルス応答が算出されることになる。
このように音響処理部33は、収音データに対して解析信号を作用させて複数の再生スピーカSの各々についてインパルス応答を算出する。
【0039】
また音響処理部33は、インパル応答の算出結果に基づいて対象点の位置(測定位置r)と対象点における音響特性(音波の波動特性)とを算出する。
測定位置rとしては、例えば音響空間2内のマイクロホンMの位置座標が算出される。また後述するように、4つの再生スピーカSのうち、1つのスピーカSが音響測定の対象となるスピーカSである。音響処理部33は、音響測定の対象となるスピーカSについて、測定位置rにおける音響特性(伝達特性等)を算出する。
算出された対象点の位置と音響特性の情報は、音響特性データ24として記憶部20に逐次記録される。
【0040】
図3は、インパルス応答の測定方法について説明するための模式図である。ここでは、1つのスピーカSと1つのマイクロホンMとを用いて測定されるインパルス応答28の測定方法について説明する。
【0041】
図3Aは、測定信号25の一例を示すグラフである。図3Bは、図3Aに示す測定信号25の音波を収音した収音データ26の一例を示すグラフである。図3Cは、図3Aに示す測定信号25に対応する解析信号27の一例を示すグラフである。図3A図3Cのグラフにおいて、横軸は周波数であり、縦軸は時間である。また、図3Dは、収音データ26に解析信号を作用させて算出されたインパルス応答28の一例を示すグラフである。図3Dのグラフにおいて、横軸は時間であり、縦軸は信号強度である。
【0042】
ここでは、測定信号25としてTSP信号を使用し、解析信号27として逆TSP信号を使用したインパルス応答の測定について説明する。
図3Aに示すように、測定信号25であるTSP信号は、時間t=0の時点では、周波数が高く、時間とともに一定の割合で周波数が低下し、最終的に周波数がとなる信号である。
【0043】
このTSP信号をスピーカSから再生し、マイクロホンMで収音する。この場合、図3Bに示すように収音データ26のグラフは、概ね時間とともに周波数が減少する信号となるが、周波数によって音波1の到達時間に違いがあらわれる。このような特性は、音響空間2の性質であり、スピーカSの位置(参照点)、及びマイクロホンMの位置(対象点)のいずれが変わっても特性が変化すると考えられる。
【0044】
このように測定された収音データ26に対して、解析信号27として図3Cに示すような逆TSP信号を作用させる。解析信号27は、時間t=0の時点では、周波数が0であり、時間とともに一定の割合で周波数が増加する信号である。
この逆TSP信号(解析信号27)と、収音データ26とを、円状で畳み込む演算処理を実行する。この結果、図3Dに示すように、測定対象とする系(この場合、音響空間2)のインパルス応答を算出することが可能となる。
【0045】
インパルス応答の中には、時間遅れの情報、すなわち音波1が再生されてからマイクロホンMに到達するまでの時間の情報も含まれている。時間遅れの情報は、例えばインパルス応答の立ち上がり部分の時間から、システム上の遅延時間を取り除くことによって算出することが可能である。
本実施形態では、このようなインパルス応答の測定方法を利用して、時間遅れの情報からスピーカSとマイクロホンMとの距離を求めることで、マイクロホンMの位置が算出される。
【0046】
なお本開示では、以下に説明するように、TSP信号や、逆TSP信号に対して、窓関数を用いて帯域を分割した信号が測定信号25や解析信号27として用いられる。このため、算出される応答特性が、厳密な意味でのインパルス応答から多少ずれることも考えられるが、インパル応答と同様に時間遅れの情報等を十分に表すことが可能である。
本開示では、このように帯域を分割した信号(測定信号25や解析信号27)を用いて測定される応答特性もインパルス応答と記載する。
【0047】
図4は、音響測定システム100の動作概要を示す模式図である。
上記では、1つのマイクロホンMで、1つのスピーカSからのインパルス応答を測定する方法について説明した。
本発明者は、上記したTSP信号等の帯域を制限することで、同時に3つのスピーカSの位置(参照点)からのマイクロホンMの距離(時間遅れの情報)を測定する方法を見出した。以下、図4を参照して具体的に説明する。
【0048】
図4Aには、音響測定システム100による音響測定の様子が模式的に図示されている。
例えば、図4Aに示すような環状のスピーカアレイ10と同じ平面上のある位置を測位するためには、少なくとも位置が既知であるの2つの参照点との距離を測定する必要がある。
さらに、マイクロホンMが環状のスピーカアレイ10と同じ平面上にない場合や、スピーカアレイ10が環状のように1平面上にない一般的な場合も考えられる。このような場合、少なくとも位置が既知の3つの参照点との距離を測定する必要がある。
またマイクロホンMの位置が時間変化することを考えると、位置が既知の3つのスピーカSから同時にマイクロホンMの位置を測定する必要がある。従って、同時に測定しても信号を分離して取り扱うことが可能なように、帯域を分けることを考える。
【0049】
ここで、音響測定システム100(スピーカS及びマイクロホンM)で扱う音波1の帯域について説明する。
本実施形態では、音響測定の対象となる帯域よりも広い帯域が再生収音可能なようにスピーカS及びマイクロホンMが構成される。音響測定の対象となる帯域とは、例えば音場の制御等に用いられる帯域であり、伝達特性等のデータが必要となる帯域である。
【0050】
例えば、波面の合成等で使う帯域が5kHz以下の帯域だとすると、一般的な20kHzまで再生収音可能な測定系(スピーカS及びマイクロホンM)を用いることができる。また、測定対象の音の帯域が20kHzの場合は、超音波帯域やハイレゾ帯域まで再生し収音できる測定系が用いられる。
以下では、一例として音響測定の対象帯域の上限周波数Fmを6kHzとし、測定系が再生収音可能な帯域の上限周波数Fnを24kHzとする。また、マイクロホンMを用いた音波1のサンプリング周波数Fsを48kHzとする。
本実施形態では、Fm以下の帯域は、音響測定に用いる帯域とし、測距には使用しないものとする。なお、後述する測距用の窓関数による位相の操作の影響を無視できる場合、またはそのような位相の操作の影響を考慮して修正できる場合には、Fm以下の帯域を音響測定と同時に測距に用いることも可能である。
【0051】
本実施形態では、複数のスピーカSのうち、再生スピーカSとして、3つの参照スピーカ5と、1つの対象スピーカ6とが選択される。
参照スピーカ5は、マイクロホンMとの距離を測定するためのスピーカSである。図4では、スピーカSa、Sb、及びScが、参照スピーカ5として選択される。
また対象スピーカ6は、音響測定の対象となるスピーカSである。図4では、図1と同様にスピーカSpが、参照スピーカ5として選択される。
【0052】
このうち、上記した対象スピーカ6が再生する音波1の帯域は、音響測定の対象帯域に設定される。ここでは0Hz~6kHzの帯域が、対象スピーカ6の帯域に設定される。
また参照スピーカ5が再生する音波1の帯域は、対象帯域以外の帯域に設定される。具体的には、3つの参照スピーカ5に対して、6kHz~24kHzの帯域が分割されて割り当てられる。
例えばスピーカSaが再生する音波1の帯域は、6kHz~12kHz(帯域L)に設定される。またスピーカSbが再生する音波1の帯域は、12kHz~18kHz(帯域M)に設定される。またスピーカScが再生する音波1の帯域は、18kHz~24kHz(帯域H)に設定される。
なお、対象スピーカ6が再生する音波1の帯域はユーザの方で適宜設定されても良いし、システム毎に決まった帯域が予め設定されていてもよいし、システムが置かれる環境情報は使用用途に応じて動的に変更されてもよい。また、参照スピーカ5が再生する音波1の帯域が最初に設定され、その後対象スピーカ6が再生する音波1の帯域が決定されてもよい。
【0053】
このように、各再生スピーカSの生成帯域を制限する方法として、本実施形態では、各スピーカSに入力される測定信号25そのものの帯域が制限される。具体的には、TSP信号を帯域分割した信号が測定信号25として用いられる。なお、各再生スピーカSの生成帯域を制限する方法としてはこれに限定されない。
【0054】
図4Bには、測定信号の帯域分割の一例が模式的に図示されている。図4Bには、横軸を周波数、縦軸を時間として、TSP信号(測定信号)の強度分布(パワー/周波数)がプロットされている。このTSP信号に対して、4つの窓関数Wp、Wa、Wb、Wcを作用させて、帯域が制限された4つの測定信号25が生成される。
【0055】
例えば窓関数Wpは、対象スピーカ6であるスピーカSpに出力される測定信号25を生成する関数であり、音響測定の対象帯域(0Hz~6kHz)を通過させ、他の帯域を制限する。窓関数Wa、Wb、Wcは、それぞれ参照スピーカ5であるスピーカSa、Sb、及びScに出力される測定信号25を生成する関数であり、帯域L、帯域M、帯域Hをそれぞれ通過させる。
このように、窓関数Wp、Wa、Wb、Wcは、帯域幅が6kHzに設定され、0Hz~24kHzまでの帯域を4等分する関数であると言える。
【0056】
図4Cには、測定信号の帯域分割の他の例が模式的に図示されている。図4Cには、横軸を周波数、縦軸を時間として、逆TSP信号(測定信号)の強度分布(パワー/周波数)がプロットされている。測定信号として、逆TSP信号を用いる場合には、逆TSP信号が帯域分割される。この逆TSP信号に対して、図4Bと同様に4つの窓関数Wp、Wa、Wb、Wcを作用させることで、帯域が制限された4つの測定信号25を生成することが可能である。
【0057】
このように、本実施形態では、測定信号25の元信号であるTSP信号(あるいは逆TSP信号)が、帯域分割される。そして対象スピーカ6及び各参照スピーカ5からは、帯域が制限された測定信号25が略同時に再生される。
この時、各帯域の音波の再生が同時に開始されるように、帯域分割された4つの測定信号25はタイミングをずらして適宜再生される。すなわち、互いに帯域が異なり、かつ、周波数が一様に変化する音波1(位置測定用の音波1及び音響測定用の音波1)が、各再生スピーカSから一定の期間内に同時に再生される。
【0058】
このように、音響測定部32は、複数の再生スピーカSから同一の期間内に互いに異なる帯域の音波1が再生されるように、測定信号25を再生させる。
これにより、一度の測定で、スピーカSa~Scのインパルス応答と、スピーカSpのインパルス応答とを同時に測定することが可能となる。
【0059】
[帯域分割の比較例]
以下では帯域分割されたインパルス応答から、時間遅れの情報、すなわち参照スピーカ5とマイクロホンMとの距離の情報を算出する場合について考察する。
【0060】
図5は、比較例として挙げる矩形窓35により生成された測定信号25の一例を示すグラフである。図5(a)は、矩形窓35を用いて帯域制限されたTSP信号の強度分布のプロットである。図5(b)は、矩形窓35の周波数分布を示すグラフであり、グラフの横軸は周波数であり、縦軸は振幅である。図5(c)は、矩形窓35の時間波形を示すグラフであり、グラフの横軸は時間(ここではサンプル数nで時間を表している)であり、縦軸は振幅である。ここでは、矩形窓35は、6kHz~12kHzの帯域を通過させる窓関数として機能する。
【0061】
図5(b)に示すように、この矩形窓35は、周波数領域で実部のみを持つ関数である。このような関数は、図5(c)に示すように、時間波形が原点(サンプルn=0)を中心に左右対称な波形となっている。
このような矩形窓35を、TSP信号に用いると、図5(a)に示すような強度分布を示す測定信号25が得られる。この測定信号25では、TSP信号の6kHz~12kHzの帯域成分が抽出されて残っている。一方で、スペクトルの時間方向には、二つの狭帯域信号が伸びている。これは、周波数軸での掛け算が時間軸において畳み込みとして現れてしまっているためである。この時間軸での畳み込みは、対応する解析信号27(逆TSP信号)を畳み込んだ後のインパルス応答28にも現れる。
【0062】
図6は、図5に示す矩形窓35を用いたインパルス応答の測定結果を示すグラフである。
図6Aは、測定対象の系(音響空間2)におけるインパルス応答のモデルを示すグラフであり、グラフの横軸は時間(サンプル数n)であり、縦軸は振幅である。ここでは、サンプルn=0でのインパルス入力40を示すグラフと、サンプルn=8での遅延入力41を示すグラフとがそれぞれ図示されている。これらのインパルス入力40や遅延入力41が音響空間2で発生するものと仮定して、TSP信号を用いてインパルス応答を算出する。
【0063】
図6Bは、インパルス応答のグラフであり、グラフの横軸は時間(サンプル数)であり、縦軸はインパルス応答の振幅である。また図6C図6Bの拡大図である。図6B及び図6Cの下側のグラフは、インパルス入力40がある場合に、TSP信号の応答を、逆TSP信号とともに畳み込んで算出されたインパルス応答28aである。インパルス応答28aは、時間が0(n=0)の場合でのみ振幅が大きくなっており、TSP信号及び逆TSP信号を用いて、インパルス応答が適切に算出できていることがわかる。
【0064】
図6B及び図6Cの上側のグラフは、遅延入力41がある場合に、矩形窓35で帯域制限されたTSP信号(図5(a)参照)の応答を、逆TSP信号とともに畳み込んで算出されたインパルス応答28bである。この遅延入力41は、ノイズにステップ関数と減衰する指数関数をかけて、8サンプル分の遅延時間を加えたものである。従って、インパルス応答28bでは、8サンプル目で優位なデータの変化があると期待される。
しかしながら、図6B及ぶ図6Cのグラフからは、8サンプル分のディレイを読み取ることができない。これは、TSP信号にかけた矩形窓35が時間軸で畳み込まれているからであると考えられる。
【0065】
ここでは、TSP信号を帯域制限する例について説明したが、例えば、逆TSP信号を帯域制限する場合であっても、同様の結果となる。
図5(d)は、矩形窓35を用いて帯域制限された逆TSP信号の強度分布のプロットである。図5(e)及び図5(f)は、矩形窓35の周波数分布と時間波形とを示すグラフである。図5(e)に示すように、周波数領域で実部のみを持つ矩形窓35を、逆TSP信号に作用させると、図5(d)に示すように、スペクトルの時間方向に、二つの狭帯域信号が伸びた測定信号25が得られる。これは、図5(a)と同様の結果である。また図5(d)に示す測定信号25を使用した場合にも、遅延入力41に対応するステップやピーク等を検出することは難しい。
【0066】
図7は、比較例として挙げるハン窓36により生成された測定信号25の一例を示すグラフである。ここで、矩形窓35に代えてハン窓36を用いた帯域分割の結果について説明する。
図7(a)は、ハン窓36を用いて帯域制限されたTSP信号の強度分布のプロットである。図7(b)及び図7(c)は、矩形窓35の周波数分布と時間波形とを示すグラフである。
このハン窓36は、周波数領域で実部のみを持つ関数である。このような関数は、矩形窓35と同様に、時間波形が原点(サンプルn=0)を中心に左右対称な波形となっている。
このようなハン窓36を、TSP信号に用いると、図7(a)に示すように、6kHz~12kHzの帯域成分が抽出される。また、矩形窓35とは異なり、時間方向に延びる狭帯域のスペクトルは軽減されている。
【0067】
図8は、図7に示すハン窓36を用いたインパルス応答の測定結果を示すグラフである。
図8Aは、測定対象の系(音響空間2)におけるインパルス応答のモデルを示すグラフであり、図6Aのグラフと同様にインパルス入力40及び遅延入力41を示すグラフがそれぞれ図示されている。図8Bは、インパルス応答のグラフであり、図8C図8Bの拡大図である。図8B及び図8Cの下側のグラフは、インパルス入力40がある場合に、TSP信号の応答を、逆TSP信号とともに畳み込んで算出されたインパルス応答28cである。
インパルス応答28cは、時間が0(n=0)の場合でのみ振幅が大きくなっており適正に測定されている。
【0068】
遅延入力41を表すインパルス応答28dは、図8Bに示すように、時間軸を広くとってみた場合は、ピークが鋭くなっているようにみえるが、図8Cに示すように、時間を拡大してみると、8サンプルのディレイの場所を示すピークやステップは判別が難しく、遅延入力41の時間遅れを特定することはまだ難しい。
【0069】
またハン窓36を用いて逆TSP信号を帯域制限する場合も、同様の結果となる。
図7(d)は、ハン窓36を用いて帯域制限された逆TSP信号の強度分布のプロットである。図7(e)及び図7(f)は、ハン窓36の周波数分布と時間波形とを示すグラフである。図7(e)に示すように、周波数領域で実部のみを持つハン窓36を、逆TSP信号に作用させると、TSP信号の場合と同等にスペクトルの時間方向に伸びた狭帯域の成分は抑えられる。しかしながら、図7(d)に示す測定信号25を使用した場合にも、遅延入力41に対応するステップやピーク等を検出することは難しい。
【0070】
[窓関数の特性]
図6及び図8に示す遅延入力41を表すインパルス応答28b及び28dのピークの特徴は、中心であるべき8サンプル目(時間遅れが検出されるべき時間)からその左右両辺になだらかに振幅が分布している点である。これは窓関数(矩形窓35やハン窓36)が時間軸上で、左右両サイドに広がっている、すなわち窓関数の時間波形が原点に対して左右対称であることが原因となる。
【0071】
そこで音響測定システム100では、測定信号25を生成する際に、時間波形が原点に対して非対称となる第1のタイプの窓関数が用いられる。例えば周波数領域で実部と虚部の成分を持つ複素数としてあらわされる関数は、その時間波形が原点に対して左右非対称な波形となり、第1のタイプの窓関数となる。
このような窓関数を用いることで、例えばインパルス応答28において、検出したいタイミングを中心として左右両辺に広がるなだらかな振幅が解消され、検出したいタイミングを表すステップやピークが見えにくくなるといった事態が回避される。これにより、インパルス応答28から、音波1の時間遅れの情報を適正に検出することが可能となる。
【0072】
なお、測定信号25としてTSP信号をそのまま使用することも可能である(図22参照)。この場合、解析信号27を生成する際に、第1のタイプの窓関数が用いられる。これにより、収音データ26側ではなく、解析信号27側で、畳み込みに寄与する不要な成分を排除することが可能となり、時間遅れの情報を適正に検出することが可能となる。
また、測定信号25及び解析信号27の両方で、帯域制限を行った信号を用いることも可能である(図16参照)。すなわち、測定信号25及び解析信号27を生成する際に、それぞれ第1のタイプの窓関数が用いられる。この場合も、畳み込みに寄与する不要な成分を排除することが可能となる。
【0073】
このように、測定信号25及び解析信号27の少なくとも一方は、時間波形が原点に対して非対称となる第1のタイプの窓関数により各々の元信号が帯域分割された信号を含む。これにより、検出したいタイミングを表すステップやピークが見えやすくなり、帯域分割した測定信号25(あるいは解析信号27)を用いる場合であっても、音波1の時間遅れの情報を適正に検出することが可能となる。
すなわち、第1のタイプの窓関数を用いることで、複数のスピーカSに対するインパルス応答28を同時にかつ適正に測定することが可能となり、音響特性とマイクロホンMの測位とが同時に可能となる。これにより、空間内の音響特性を容易に測定することが可能となる。
【0074】
第1のタイプの窓関数としては、時間波形が正時間側に寄るように構成された関数が用いられる。これは、例えば時間軸の原点に対して、正の時間方向に波形が偏っているような関数である。これにより、一定の遅延時間の後、すなわち正の時間側で発生する遅延入力41等の成分を強調することが可能となる。これにより、音波1の時間遅れの情報を確実に検出することが可能となる。
【0075】
[最小位相特性の窓関数]
本実施形態では、第1のタイプの窓関数としては、最小位相特性となる関数が用いられる。ここで最小位相特性とは、時間波形が正の時間方向だけに値を持つ、すなわち時間波形が原点に対して正時間側にだけ存在するような特性である。この場合、原点に対して負の時間方向では時間波形の値はゼロである。なお、周波数領域での絶対値の形状(振幅特性)は、例えば矩形窓35やハン窓36と略同じ形状となる。この点について、実際に窓関数を構成する場合には、誤差を許容した設計が必要となる。このため、例えば振幅がゼロとなるべき周波数にわずかな振幅を与えるといった調整が行われる。
最小位相特性の窓関数を用いることで、例えば畳み込みの演算の際に、負時間側の成分を全てゼロに落とすことが可能となる。これにより、音波1の時間遅れの情報を高精度に検出することが可能となる。
【0076】
図9は、最小位相特性のハン窓37により生成された測定信号25の一例を示すグラフである。図9Aは、最小位相特性のハン窓37を用いて帯域制限されたTSP信号の強度分布のプロットである。図9B及び図9Cは、ハン窓37の周波数分布と時間波形とを示すグラフである。
【0077】
図9Bに示すように、ハン窓37は、周波数領域で実数成分と虚数成分とを持つ窓関数である。なおハン窓37の絶対値の波形は、図7(b)等に示すハン窓36と同様である。また図9Cに示すように、最小位相特性であるハン窓37の時間波形は、原点0よりも正の時間方向でのみ値を持つ。
【0078】
図9Aに示すように、このようなハン窓37をTSP信号に作用させて、TSP信号の一部の帯域(ここでは6kHz~12kHzの帯域L)の成分が抽出される。同様に、他のハン窓37により、帯域M、帯域Hの成分がそれぞれ抽出される。このようにTSP信号を最小位相特性のハン窓37により帯域分割して、測定信号25が生成される。
なお音響測定の対象帯域の測定信号25を生成する際には、最小位相特性のハン窓37(第1のタイプの窓関数)は原則として用いないものとする。なお、窓関数による位相の変化の影響を無視してよい場合、又は、窓関数による位相の変化を補正できる場合には、第1のタイプの窓関数を用いて音響測定の対象帯域の測定信号25を生成してもよい。
【0079】
図10は、図9に示すハン窓37により帯域分割された測定信号25に対応する解析信号27の一例を示すグラフである。ここでは、解析信号27として、逆TSP信号がそのまま用いられる。図10Aは、帯域制限を受けていない逆TSP信号の強度分布のプロットである。図10B及び図10Cは、逆TSP信号に適用される通過フィルタ38の一例を示すグラフである。通過フィルタ38は、図10Bに示すように例えば0kHz~24kHzまでの周波数成分を通過させる。また図10Bに示す通過フィルタ38の時間波形は、原点でのみ値を持つパルス波形となる。これは、フィルタを作用させないことと同じである。
【0080】
図11は、図9に示すハン窓37を用いたインパルス応答の測定結果を示すグラフである。
図11Aは、測定対象の系(音響空間2)におけるインパルス応答のモデルを示すグラフであり、図6A図8A)のグラフと同様にインパルス入力40及び遅延入力41を示すグラフがそれぞれ図示されている。図11Bは、インパルス応答のグラフであり、図11C図11Bの拡大図である。
図11B及び図11Cの下側のグラフは、インパルス入力40がある場合に、TSP信号の応答を、逆TSP信号とともに畳み込んで算出されたインパルス応答28eである。
【0081】
図11B及び図11Cの上側のグラフは、遅延入力41がある場合に、図9Aに示す最小位相特性のハン窓37で帯域制限されたTSP信号の応答を、図10Aに示す逆TSP信号とともに畳み込んで算出されたインパルス応答28fである。
例えば図11Bに示すように、広い帯域で見ると、インパルス応答28fでは、応答波形が急激に変化するタイミングがあらわれている。
また図11Cに示すように、急激に変化する部分を拡大すると、サンプルn=7がサンプルn=8に代わるタイミングで、値が急激に変化していることがわかる。すなわち、インパルス応答28fでは、7サンプル目までは値がほぼゼロで、8サンプル目で信号が立ち上がっていることがわかる。このように、最小位相特性の窓関数を用いることによって、遅延時間を正確に検出することが可能となる。
【0082】
[音響測定の流れ]
図12は、音響測定システム100による測定処理の流れを示すブロック図である。
音響測定システム100は、上記した複数のスピーカS、マイクロホンM、及び記憶部20に加え、再生装置50を有する。
ここでは、4つの再生スピーカSとして、対象スピーカ6となるスピーカSpと、参照スピーカ5となるスピーカSa、Sb、及びScとが模式的に図示されている。
再生装置50は、図2を参照して説明したコントローラ30により生成された測定信号25に基づいて、各スピーカSを駆動する装置であり、例えばDAコンバータやスピーカアンプ、各種のアナログフィルタ等を用いて構成される。
【0083】
また、音響測定システム100には、コントローラ30により構成される機能ブロックとして、再生用フィルタ51、遅延部52、解析用フィルタ53、インパルス応答算出部54、遅延補正部55、立ち上がり検出部56、距離算出部57、マイク位置算出部58、及びフーリエ変換部59が設けられる。
【0084】
再生用フィルタ51(再生用フィルタ51p、51a、51b、51c)は、スピーカSp、Sa、Sb、及びScの各々に対応して設定された窓関数をTSP信号に作用させて、各スピーカSに対応する測定信号25を生成する帯域通過フィルタである。
遅延部52(遅延部52p、52a、52b、52c)は、スピーカSp、Sa、Sb、及びScに出力される測定信号25をそれぞれ遅延させる。遅延部52を通過した測定信号25は、再生装置50を介して、対応するスピーカSにそれぞれ出力される。
【0085】
解析用フィルタ53(解析用フィルタ53p、53a、53b、53c)は、スピーカSp、Sa、Sb、及びScの各々に対応して設定された窓関数を逆TSP信号に作用させて、各スピーカSに対応する解析信号27を生成する帯域通過フィルタである。本実施形態では、解析用フィルタ53は、逆TSP信号をそのまま通過させる通過フィルタ38(図10参照)である。
インパルス応答算出部54(インパルス応答算出部54p、54a、54b、54c)は、スピーカSp、Sa、Sb、及びScの各々に対応するインパルス応答を算出する。具体的には、マイクロホンMから読み込まれた収音データ26に対して、解析用フィルタ53を介して生成された解析信号27を畳み込む演算を実行し、帯域ごとにインパルス応答を算出する。本実施形態では、収音データ26に対して、帯域制限を受けていない逆TSP信号を作用させることで、4つの帯域にそれぞれ対応する4つのインパルス応答28が一度に算出される。
【0086】
遅延補正部55は、参照スピーカ5(スピーカSa、Sb、及びSc)に対応するインパルス応答28について、遅延部52により加えられたシステム上の遅延を補正する。
立ち上がり検出部56は、遅延部52により遅延補正されたスピーカSa、Sb、及びScのインパルス応答28の立ち上がりを検出する。
距離算出部57は、スピーカSa、Sb、及びScのインパルス応答28の立ち上がりから、遅延時間を計算し、マイクロホンMとスピーカSa、Sb、及びScとの間の距離をそれぞれ算出する。
マイク位置算出部58は、マイクロホンMとスピーカSa、Sb、及びScとの間の距離から、マイクロホンMの位置(対象点の座標)である測定位置rを算出する。
【0087】
フーリエ変換部59は、対象スピーカ6(スピーカSp)に対応するインパルス応答28をフーリエ変換し、対象スピーカ6の位置(参照点)に対するマイクロホンMの位置(対象点)における音波1の伝達特性P(ω)を算出する。
マイク位置算出部58が算出した測定位置rと、フーリエ変換部59が算出した伝達特性P(ω)とを組み合わせて、音響特性のデータP(ω、r(t))が生成され、記憶部20に格納される。ここで、フーリエ変換部59を省略し、音響特性データをインパルス応答のまま格納してもよい。また、別の形態に変換して保存してもよい。
【0088】
本実施形態では、再生用フィルタ51及び解析用フィルタ53は、図2を参照して説明した信号取得部31として機能する。また、遅延部52は、音響測定部32として機能する。また、インパルス応答算出部54、遅延補正部55、立ち上がり検出部56、距離算出部57、マイク位置算出部58、及びフーリエ変換部59は、音響処理部33として機能する。
以下、音響測定の具体的な流れについて説明する。
【0089】
図13は、音響測定システム100による測定処理の一例を示すフローチャートである。
図13に示す処理は、音響測定を実行している間に繰り返し実行されるループ処理である。このループ処理は、例えば一定の周期で実行される。
【0090】
まず、スピーカSp、Sa、Sb、及びScに再生させる測定信号25が取得される(ステップ101)。ここでは、TSP信号に対して、再生用フィルタ51が適用されて、各スピーカSに出力される測定信号25が生成される。
なお、測定信号25を生成せずに、例えば予め再生用フィルタ51により帯域分割された測定信号25が記憶部20の信号情報22として記憶されていてもよい。この場合、測定信号25が適宜記憶部20から読み込まれる。
次に、スピーカSp、Sa、Sb、及びScに対応するインパルス応答28を算出するための解析信号27が取得される(ステップ102)。ここでは、記憶部20に記憶された逆TSP信号がそのまま共通の解析信号27として用いられる。
【0091】
スピーカSp、Sa、Sb、及びScから対応する測定信号25が再生される(ステップ103)。具体的には、各再生用フィルタ51p、51a、51b、51cにより生成された測定信号25が、遅延部52p、52a、52b、52cによりそれぞれ遅延して再生装置50に出力される。
再生装置50は、各測定信号25に応じたアナログの電気信号を生成し、スピーカSp、Sa、Sb、及びScを駆動して音波1を再生させる。
【0092】
図14は、音波1を再生する処理の流れを示す模式図である。図14には、上記したステップ101及びステップ103における処理の流れが模式的に図示されている。図中の矢印に沿って音波1が再生されるまでの処理について説明する。
まず測定信号25の元信号、すなわち音響測定における音源となるTSP信号が読み込まれる。そしてTSP信号は、異なる帯域が割り当てられた再生用フィルタ51p、51a、51b、51cにそれぞれ入力される。
【0093】
ここで、再生用フィルタ51pについて説明する。
再生用フィルタ51pは、音響測定の対象帯域の上限周波数をfmとすると、f<fmとなる周波数成分を通過させる低域通過フィルタである。また再生用フィルタ51pを通過した測定信号25は、音響測定用の音波1を再生させる信号(音響測定信号)となる。従って、再生用フィルタ51pは、TSP信号の位相特性等を変更しないフィルタであることが望ましく、例えば周波数領域での振幅特性が実部のみで表される関数が用いられる。このような関数は、時間波形が、原点に対して対称な関数となる。
【0094】
このように、測定信号25には、時間波形が原点に対して対称であり音響測定の上限周波数fmよりも低い帯域を通過させる第2のタイプの窓関数(再生用フィルタ51p)により元信号であるTSP信号が帯域分割された信号が含まれる。
第2のタイプの窓関数を用いることで、例えばTSP信号の位相の情報を維持して帯域
を制限することが可能となる。このため、音響測定用の音波1についてのインパルス応答28を測定することで、位相に関する音響特性等を適正に表すことが可能となる。これにより、精度のよい音響測定が可能となる。
【0095】
一方で、再生用フィルタ51a、51b、及び51cには、時間遅れの情報等を精度よく検出するために、第1のタイプの窓関数が用いられる。具体的には、再生用フィルタ51aは、6kHz~12kHz(帯域L)を通過する最小位相特性の帯域通過フィルタとして構成される。また再生用フィルタ51bは、12kHz~18kHz(帯域M)を通過する最小位相特性の帯域通過フィルタとして構成される。また再生用フィルタ51cは、18kHz~24kHz(帯域H)を通過する最小位相特性の帯域通過フィルタとして構成される。
【0096】
従って再生用フィルタ51a、51b、及び51cは、測定信号25の全帯域のうち、上限周波数fmよりも高い帯域を3つの帯域に分割した信号(分割測定信号)を生成するフィルタであると言える。分割測定信号は、マイクロホンMの位置を測位するために用いられる。
なお、ここでは第1のタイプの窓関数として、最小位相特性の窓関数を用いる場合について説明するが、これに限定されず、時間波形が原点に対して非対称となる任意の窓関数が用いられてよい。
【0097】
図14には、再生用フィルタ51p、51a、51b、及び51cによるフィルタ後のTSP信号のグラフが模式的に図示されている。グラフの色は、各再生用フィルタ51の色に対応している。
このように本実施形態では、測定信号25には、第2のタイプの窓関数により測定信号25の元信号(TSP信号)の帯域を制限した音響測定信号と、第1のタイプの窓関数により上限周波数fmよりも高い帯域において測定信号25の元信号(TSP信号)を3つの帯域に帯域分割した3つの分割測定信号とが含まれる。
【0098】
また音響測定システム100では、対象スピーカ6(スピーカSp)に音響測定信号を再生させ、3つの参照スピーカ5(スピーカSa、Sb、Sc)の各々に3つの分割測定信号をそれぞれ再生させる。
これにより、音響特性の測定とマイクロホンMの測位とを同時に行うことが可能となる。
【0099】
4種類の測定信号25が取得されると、各測定信号25に対して、遅延時間が設定される。本実施形態では、スピーカアレイ10のうち4つのスピーカSp、Sa、Sb、及びScから音波1を同時に発生させるように、遅延時間が設定される。
上記したように、TSP信号は、時間とともに周波数が線形に減少する信号である。すなわち、TSP信号は再生する周波数fと遅延時間Tdに関して、Td∝-fの関係を満たす。この遅延に合わせて、すべてのスピーカSp、Sa、Sb、及びScからの音波1が同時に再生されるように遅延が調整される。
【0100】
ここで、TSP信号の1回の再生時間を4等分した期間をTと記載する。本実施形態では、期間Tは、再生用フィルタ51p、51a、51b、及び51cにより4等分に帯域分割された各測定信号25の1回分の再生時間である。
【0101】
フィルタ後のTSP信号では、再生用フィルタ51cにより分割された帯域Hの測定信号25の再生タイミングが最も早く、再生用フィルタ51b、再生用フィルタ51a、及び再生用フィルタ51pの順番で、再生タイミングが期間Tずつ遅くなる。これらの再生タイミングを合わせるため、再生用フィルタ51c、再生用フィルタ51b、及び再生用フィルタ51aから出力された測定信号25の遅延時間は、それぞれ3T、2T、及びTに設定される。なお、再生フィルタ51pの遅延時間は0に設定される。
図12に示す遅延部52では、設定された遅延時間の期間だけ、測定信号25を遅らせて出力する。この結果、4等分に帯域分割されたTSP信号を各スピーカSから同時に再生することが可能となる。
【0102】
図13に戻り、測定信号25が再生されると、その音波1をマイクロホンMを用いて収音した収音データ26が読み込まれる(ステップ104)。例えばマイクロホンMの出力信号が所定のサンプリングレート(例えば48kHz等)で読み込まれたデジタルデータが、収音データ26として用いられる。
【0103】
収音データ26に基づいて、スピーカSp、Sa、Sb、及びScについてのインパルス応答28が算出される(ステップ105)。具体的には、インパルス応答算出部54により、収音データ26と、解析信号27(逆TSP信号)との畳み込み積分が実行され、スピーカSp、Sa、Sb、及びScについての4つのインパルス応答28が算出される。
【0104】
各インパルス応答28に基づいて、マイクロホンMの位置と、対象スピーカ6についての音響特性とが算出される(ステップ106)。
本実施形態では、3つの参照スピーカ5(スピーカSa、Sb、及びSc)に関するインパルス応答から、マイクロホンMの位置(対象点の位置)が算出される。また対象スピーカ6(スピーカSp)に関するインパルス応答から、対象スピーカ6に関する対象点での音響特性が算出される。
【0105】
図15は、収音データに対する処理の流れを示す模式図である。図15には、上記したステップ102、及びステップ104~ステップ106における処理の流れが模式的に図示されている。図中の矢印に沿って収音データ26についてのデータ処理について説明する。
まず、収音データ26が読み込まれる。図15の左端には、音響空間2でのTSP応答を表す収音データ26が模式的に図示されている。このデータには、例えば、同一のタイミングで再生された4つの測定信号25に対応する応答波形が含まれる。
【0106】
解析信号27として用いられる逆TSP信号は、帯域制限等のフィルタリングをせずに、そのままの信号が用いられる。つまり解析用フィルタ53p、53a、53b、53cは、何も行わない通過フィルタとして機能する。
【0107】
インパルス応答算出部54により、収音データ26に解析信号27の元信号(逆TSP信号)を作用させて3つの参照スピーカ5及び対象スピーカ6に関するインパルス応答がそれぞれ算出される。具体的には、逆TSP信号と、収音データ26との畳み込み積分が実行される。
畳み込み積分を実行すると、4つのインパルス応答28を含む1つの信号が算出される。この信号では、元のTSP信号に対する各帯域成分のずれがそのまま反映されており、遅延部52によるシステム遅延のずれと、音響空間2を伝搬することで発生した時間遅れとの両方が含まれる。
【0108】
遅延補正部55では、これらのインパルス応答28を期間Tで区切られる。この時、最初の期間Tに対応するインパルス応答28は、システム遅延が0であった対象スピーカ6に関するインパルス応答28となる。同様に、2~4番目の期間Tのインパルス応答は、スピーカSa、Sb、及びScに対応する。
期間Tで分離された各インパルス応答28に対して、遅延部52により与えられたシステム遅延の分だけ、遅延の補正が実行される。この場合、1~4番目のインパルス応答について、時間0、-T、-2T、-3Tの遅延補正が実行される。図15の右側には、システム遅延を補正した4つのインパルス応答28のグラフがそれぞれ図示されている。
【0109】
次に、立ち上がり検出部56により、スピーカSa、Sb、及びScに対応するインパルス応答28の立ち上がりのタイミングta、tb、及びtcがそれぞれ検出される。インパルス応答28が立ち上がるタイミングは、例えば再生された音波1がマイクロホンMに到達するまでに要した時間、すなわち音波1の到達時間となる。
立ち上がりのタイミングを検出する方法は限定されず、例えば閾値判定や、機械学習等による判定が実行されてよい。
【0110】
距離算出部57により、3つの参照スピーカ5(スピーカSa、Sb、及びSc)が再生した音波1の到達時間から、各参照スピーカ5が配置された参照点と対象点との距離が算出される。具体的には、スピーカSaとの距離ra、スピーカSbとの距離rb、及びスピーカScとの距離rcがそれぞれ算出される。
典型的には、音速と、音波1の到達時間との積が、参照点と対象点との距離として算出される。
【0111】
各参照スピーカ5(スピーカSa、Sb、及びSc)に対する距離(ra、rb、及びrc)が算出されると、マイク位置算出部58により、マイクロホンMの位置(対象点)が算出される。具体的には、距離(ra、rb、及びrc)の算出結果と各参照スピーカ5が配置された参照点の位置とに基づいて、対象点の位置が算出される。参照点の位置は、記憶部20に記憶されたスピーカ情報から適宜読み込んで用いられる。
例えば各参照スピーカ5の位置を中心としてインパルス応答28から算出した距離と等しい半径の球体が交わる点が、マイクロホンMの位置となる。
このように、3つの参照点と各参照点からの距離から、マイクロホンMの位置を高精度に算出することが可能である。
【0112】
また、対象スピーカ6(スピーカSp)に関するインパルス応答28は、フーリエ変換部59により周波数領域の信号に変換される。そして、マイクロホンMの位置rと組み合わせて、音響特性のデータP(ω、r(t))が生成され、記憶部20に格納される。
音響測定システム100では、このような処理が、マイクロホンMを移動させながら所定のレートで繰り返し実行される。これにより、音響空間2内の各点における音響特性のデータを容易に蓄積することが可能となる。
なお、上記では、対象スピーカ6や参照スピーカ5が固定された場合について説明したが、対象スピーカ6や参照スピーカ5は、複数のスピーカの中から適宜選択されてよい。これにより、各スピーカSについての音響特性も容易に測定することが可能となる。
【0113】
以上、本実施形態に係るコントローラ30では、複数の参照点と対象点との間で、インパルス応答の測定に用いる測定信号25の音波1が再生・収音される。測定信号25は、各参照点に対応する音波1の帯域が互いに異なるように再生される。この音波1の収音データ26に解析信号27を作用させて、各参照点と対象点との間のインパルス応答28が算出され、その結果から対象点の位置及び音響特性が算出される。ここで、測定信号25及び解析信号27の少なくとも一方は、第1のタイプの窓関数により帯域分割されている。これにより、音響機器のみを利用して対象点の位置を適正に算出することが可能となり、空間内の音響特性を容易に測定することが可能となる。
【0114】
<第2の実施形態>
本技術に係る第2の実施形態の音響測定システム200について説明する。これ以降の説明では、上記の実施形態で説明した音響測定システム100における構成及び作用と同様な部分については、その説明を省略又は簡略化する。
【0115】
図16は、第2の実施形態に係る音響測定システム200の構成例を示す模式図である。
音響測定システム200の構成は、図12に示す音響測定システム100の構成と略同様であるが、再生用フィルタ71及び解析用フィルタ73の構成が異なる。
本実施形態では、測定信号25及び解析信号27の両方が、第1のタイプの窓関数を用いて生成される信号である。ここでは第1のタイプの窓関数として、測定側、解析側どちらも時間軸で最小位相特性となる関数が用いられる。
【0116】
図17は、音波1を再生する処理の流れを示す模式図である。
まず測定信号25の元信号であるTSP信号が読み込まれる。そしてTSP信号は、再生用フィルタ71p、71a、71b、71cにそれぞれ入力される。
再生用フィルタ71pは、時間波形が原点に対して対称であり音響測定の上限周波数fmよりも低い帯域を通過させる第2のタイプの窓関数である。すなわち、再生用フィルタ71pは、f<fmとなる周波数成分を通過させる低域通過フィルタとして構成される。
【0117】
再生用フィルタ71a、71b、71cは、第1のタイプの窓関数であり、上限周波数fmよりも高い帯域を通過させる高域通過フィルタとして構成される。本実施形態では、再生用フィルタ71a、71b、71cとして、同一の高域通過フィルタ(高域通過窓関数)が用いられる。
すなわち、TSP信号は、上限周波数fmを境にして帯域分割され、低域側の成分を含む信号は、音響測定信号として用いられる。また高域側の成分を含む高域測定信号は、それぞれ位置測定用の信号として用いられる。
【0118】
図18は、最小位相特性の高域通過窓関数39により生成された測定信号25の一例を示すグラフである。図18Aは、最小位相特性の高域通過窓関数39を用いて帯域制限されたTSP信号の強度分布のプロットである。図18B及び図18Cは、高域通過窓関数39の周波数分布と時間波形とを示すグラフである。
【0119】
図18Bに示すように、高域通過窓関数39は、周波数領域で実数成分と虚数成分とを持つ窓関数である。なお高域通過窓関数39の絶対値の波形は、例えばハン窓状のスロープを高域通過フィルタとなるように拡張した形状となっている。また図18Cに示すように、最小位相特性である高域通過窓関数39の時間波形は、原点0よりも正の時間方向でのみ値を持つ。
図18Aに示すように、高域通過窓関数39をTSP信号に作用させると、TSP信号の帯域のうち、上限周波数fm(ここでは6kHz)よりも高域側の成分が抽出される。このような高域通過窓関数39が、再生用フィルタ71a、71b、71cとして設定される。
【0120】
図17には、再生用フィルタ71pによるフィルタ後のTSP信号と、再生用フィルタ71a、71b、71cによるフィルタ後のTSP信号とのグラフ(左から3番目のグラフ)が模式的に図示されている。グラフの色は、各再生用フィルタ71の色に対応している。
このように本実施形態では、測定信号25には、第2のタイプの窓関数により測定信号25の元信号(TSP信号)の帯域を制限した音響測定信号と、上限周波数fmよりも高い帯域を通過させる第1のタイプの窓関数(高域通過窓関数39)により測定信号25の元信号(TSP信号)の帯域を制限した高域測定信号とが含まれる。
【0121】
また、音響測定システム200では、対象スピーカ6(スピーカSp)に音響測定信号を再生させ、3つの参照スピーカ5(スピーカSa、Sb、Sc)の各々に各参照スピーカ5が再生する音波1の帯域が互いに異なるように、高域測定信号を、タイミングをずらして再生させる。すなわち、スピーカSa、Sb、Scは周波数が線形に変化する共通の信号を、異なるタイミングで再生することになる。
【0122】
2種類の測定信号25が取得されると、スピーカSごとに遅延時間が設定される。遅延時間は、スピーカSp、Sa、Sb、及びScが再生する音波1の帯域が互いに異なるように、また音波1が同時に再生されるように、設定される。
本実施形態では、スピーカSa、Sb、及びScが再生する高域測定信号の周波数帯域をずらすため再生用フィルタ71c、再生用フィルタ71b、及び再生用フィルタ71aから出力された測定信号25の遅延時間は、それぞれ3T、2T、及びTに設定される。なお、再生用フィルタ71pの遅延時間は0に設定される。
【0123】
図12に示す遅延部52では、設定された遅延時間の期間だけ、測定信号25を遅らせて出力する。この結果、スピーカSp、Sa、Sb、及びScは、期間Tの間だけ、互いに異なる帯域の音波1を同時に再生することが可能となる。この期間において、各スピーカSにより再生される音波1は、例えば図14において再生される音波1と同様である。
このように参照スピーカ5ごとに同じ測定信号25を用いた場合でも、その再生タイミングを制御することで、音響特性の測定とマイクロホンMの測位とを同時に行うための音波1の再生が可能となる。
【0124】
図19は、収音データに対する処理の流れを示す模式図である。
まず、収音データ26が読み込まれる。図19の下段左端には、音響空間2でのTSP応答を表す収音データ26が模式的に図示されている。このデータには、対象スピーカ6が再生した音響測定信号の応答波形と、3つの参照スピーカ5がタイミングをずらして再生した高域測定信号に対応する3つの応答波形とが含まれる。
【0125】
図19の上段には、解析信号27を取得する処理の流れが図示されている。まず、解析信号27となる逆TSP信号が読み込まれる。次に解析用フィルタ73p、73a、73b、73cにより、解析信号27の帯域制限(帯域分割)が実行される。
【0126】
まず解析用フィルタ73pについて説明する。
解析用フィルタ73pは、音響特性を測定するためのインパルス応答を算出する際に用いる解析信号27を生成するフィルタであり、上限周波数fm以下の成分を通過させる低域通過フィルタとして構成される。解析用フィルタ73pは、逆TSP信号の位相特性等を変更しないフィルタであることが望ましく、例えば周波数領域での振幅特性が実部のみで表される第2のタイプの窓関数である。このような解析用フィルタ73pを用いて、解析信号27が生成される。
【0127】
このように、本実施形態では、解析信号27には、時間波形が原点に対して対称であり音響測定の上限周波数fmよりも低い帯域を通過させる第2のタイプの窓関数(解析用フィルタ73p)により元信号である逆TSP信号が帯域分割された信号が含まれる。
このように生成された解析信号27を用いることで、例えば位相に関する音響特性等を適正に表すことが可能となる。これにより、精度のよい音響測定が可能となる。
【0128】
一方で、解析用フィルタ73a、73b、及び73cには、時間遅れの情報等を精度よく検出するために、第1のタイプの窓関数が用いられる。具体的には、解析用フィルタ73aは、6kHz~12kHz(帯域L)を通過する最小位相特性の帯域通過フィルタとして構成される。また解析用フィルタ73bは、12kHz~18kHz(帯域M)を通過する最小位相特性の帯域通過フィルタとして構成される。また解析用フィルタ73cは、18kHz~24kHz(帯域H)を通過する最小位相特性の帯域通過フィルタとして構成される。
【0129】
図20は、最小位相特性のハン窓37により生成された解析信号27の一例を示すグラフである。図20Aは、最小位相特性のハン窓37を用いて帯域制限された逆TSP信号の強度分布のプロットである。図20B及び図20Cは、ハン窓37の周波数分布と時間波形とを示すグラフである。
【0130】
図20Bに示すように、ハン窓37は、周波数領域で実数成分と虚数成分とを持つ窓関数である。なおハン窓37の絶対値の波形は、例えば図7(b)等に示すハン窓36と同様である。また図20Cに示すように、最小位相特性であるハン窓37の時間波形は、原点0よりも正の時間方向でのみ値を持つ。
【0131】
図20Aに示すように、このようなハン窓37を逆TSP信号に作用させて、逆TSP信号の一部の帯域(ここでは6kHz~12kHzの帯域L)の成分が抽出される。同様に、他のハン窓37により、帯域M、帯域Hの成分がそれぞれ抽出される。このように逆TSP信号を最小位相特性のハン窓37により帯域分割して、解析信号27が生成される。
【0132】
図19には、解析用フィルタ73p、73a、73b、及び73cによるフィルタ後の逆TSP信号(解析信号27)のグラフが模式的に図示されている。グラフの色は、各解析用フィルタ73の色に対応している。
このように本実施形態では、解析信号27には、第2のタイプの窓関数により解析信号27の元信号(逆TSP信号)の帯域を制限した音響解析信号と、第1のタイプの窓関数により上限周波数fmよりも高い帯域において解析信号27の元信号(逆TSP信号)を3つの帯域に帯域分割した3つの分割解析信号とが含まれる。
音響解析信号は、音響特性を表すインパルス応答の算出に用いられ、分割解析信号は、位置情報(到達時間)を表すインパルス応答の算出に用いられる。
【0133】
インパルス応答算出部54(インパルス応答算出部54p、54a、54b、54c)により、収音データ26に対して解析信号27を作用させて、各スピーカSについてのインパルス応答が算出される。
具体的には、インパルス応答算出部54pにより、収音データ26に音響解析信号を作用させて対象スピーカ6(スピーカSp)に関するインパルス応答が算出される。また、インパルス応答算出部54a、54b、54cにより、収音データ26に3つの分割解析信号を作用させて3つの参照スピーカ5(スピーカSa、Sb、及びSc)に関するインパルス応答がそれぞれ算出される。
【0134】
本実施形態では、各インパルス応答算出部54p、54a、54b、54cにより、収音データ26と対応する解析信号27との畳み込み積分がそれぞれ実行される。畳み込み積分を実行すると、それぞれ対応するインパルス応答28を含む1つの信号が算出される。図19に示すインパルス応答28のグラフには、スピーカSp、Sa、Sb、及びScに対応するインパルス応答28がまとめて図示されている。
【0135】
図21は、図18及び図20に示す各窓関数によるインパルス応答の測定結果を示すグラフである。
図21Aは、測定対象の系(音響空間2)におけるインパルス応答のモデルを示すグラフであり、例えば図6Aのグラフと同様にインパルス入力40及び遅延入力41を示すグラフがそれぞれ図示されている。図21Bは、インパルス応答のグラフであり、図21C図21Bの拡大図である。
図21B及び図21Cの下側のグラフは、インパルス入力40がある場合に、TSP信号の応答を、逆TSP信号とともに畳み込んで算出されたインパルス応答28gである。
【0136】
図21B及び図21Cの上側のグラフは、遅延入力41がある場合に、図18Aに示す最小位相特性の高域通過窓関数39で帯域制限されたTSP信号の応答を、図20Aに示す最小位相特性のハン窓37で帯域制限した逆TSP信号とともに畳み込んで算出されたインパルス応答28hである。
例えば図21Bに示すように、広い帯域で見ると、インパルス応答28hでは、応答波形が急激に変化するタイミングがあらわれている。この点を拡大すると、サンプルn=7がサンプルn=8に代わるタイミングで、値が急激に変化していることがわかる。
このように、最小位相特性の窓関数を、測定側及び解析側の両方で用いる場合にも、遅延時間を正確に検出することが可能となる。
【0137】
図19に戻り、各スピーカSに対応するインパルス応答28が算出されると、例えば、図15を参照して説明した処理と同様に、マイクロホンMの位置と、対象スピーカ6に関する音響特性とがそれぞれ算出され、互いに関連付けて音響特性データ24として蓄積される。これにより、音響空間2内の各点における音響特性のデータを容易に蓄積することが可能となる。
【0138】
<第3の実施形態>
図22は、第3の実施形態に係る音響測定システム300の構成例を示す模式図である。
音響測定システム300では、スピーカSの役割が、時間ごとに変化する。
図22に示すように、音響測定システム300では、例えば上記した音響測定システム100と比べて、再生用フィルタがなくなっている。また以下では、スピーカSのラベルを(p、a、b、c)から、(n、n+1、n+2、n+3)に変更する。また解析用フィルタ53のラベルを(p、a、b、c)から、(p、L、M、H)に変更する。
【0139】
音響測定システム300では、測定信号25として、帯域制限等のフィルタリングを受けていないTSP信号が用いられる。このTSP信号が、期間Tの遅延時間を付けて、スピーカアレイ10を構成する各スピーカSにより順次再生される。
【0140】
図23は、音波を再生する処理の流れを示す模式図である。
まず測定信号25の元信号、すなわち音響測定における音源となるTSP信号が読み込まれる。そしてTSP信号は4つの遅延部D(Dn、Dn+1、Dn+2、Dn+3)に入力される。遅延部Dnは、例えばn番目に再生スピーカSとして選択されるスピーカSnに対して、遅延時間n×Tを設定する。同様にDn+1は、スピーカSn+1について、遅延時間(n+1)×Tを設定する。
なお音波の再生に用いられる再生スピーカSは、スピーカアレイ10の中から所定の順番で次々に切り替えて設定される。
【0141】
このように、本実施形態では、複数のスピーカSから所定の順番で再生スピーカSが順次選択される。そして、測定信号25の再生時間の1/4の長さの間隔Tをあけて、選択した再生スピーカSに測定信号25を順次再生させる処理が実行される。
これは、例えば周期Tで、スピーカSを変えてTSP信号を再生させる処理である。
【0142】
このようにTSP信号を再生した場合、ある時刻n×Tから(n+1)×Tの間、4つのスピーカSn、Sn+1、Sn+2、Sn+3の各々から、互いに異なる帯域の音波1が同時に再生されることになる。この時、Snからは帯域p、Sn+1からは帯域L、Sn+2からは帯域M、Sn+3からは帯域Hが再生される。なお帯域pは、音響測定の対象帯域(例えば0Hz~6kHz)である。
【0143】
また時刻(n+1)×Tから(n+2)×Tの間では、それぞれスピーカSの役割がシフトする。すなわち、Sn+4から新たに帯域Hが再生され、Sn+3からは帯域Mが再生され、Sn+2からは帯域Lが再生され、Sn+1からは帯域0が再生される。またSnは再生を停止する。
【0144】
図24は、収音データに対する処理の流れを示す模式図である。
図24の上段には、解析信号27を取得する処理の流れが図示されている(図19参照)。ここでは、解析信号27となる逆TSP信号が読み込まれ、解析用フィルタ53p、53L、53M、53Hにより、解析信号27の帯域制限(帯域分割)が実行される。
ここで用いられる解析用フィルタ53のうち、解析用フィルタ53pは、第2のタイプの窓関数を用いた低域通過フィルタである。また解析用フィルタ53L、53M、53Hは、第1のタイプの窓関数を用いた帯域通過フィルタである。
【0145】
図24には、解析用フィルタ53p、53L、53M、及び53Hによるフィルタ後の逆TSP信号(解析信号27)のグラフが模式的に図示されている。グラフの色は、各解析用フィルタ53の色に対応している。
このように本実施形態では、解析信号27には、第2のタイプの窓関数により解析信号27の元信号(逆TSP信号)の帯域を制限した音響解析信号と、第1のタイプの窓関数により上限周波数fmよりも高い帯域において解析信号27の元信号(逆TSP信号)を3つの帯域に帯域分割した3つの分割解析信号とが含まれる。
【0146】
図24の下段左端に示すように、マイクロホンMにより検出された収音データ26には、各タイミングで、4つのスピーカSにより再生された音波1についてのインパルス応答の情報が含まれる。この収音データ26に対して、フィルタ処理された解析信号27(音響解析信号と、3つの分割解析信号)が畳み込まれる。
【0147】
例えば、タイミングnTから(n+1)Tの間に再生された音波1を収音した収音データ26が読み込まれる。この収音データ26と、各解析信号27との畳み込み積分が実行される。
例えばインパルス応答算出部54pにより、収音データ26と解析用フィルタ53pにより生成された解析信号27(音響解析信号)との畳み込み処理が実行される。この場合、タイミングnTから(n+1)Tの間に帯域pの音波1を再生していたスピーカSについてのインパルス応答28が算出される。
同様に、インパルス応答算出部54L、54M、54Hにより、収音データ26と、解析用フィルタ53L、53M、及び53Hにより生成された解析信号27(分割解析信号)との畳み込み処理が実行される。これにより、タイミングnTから(n+1)Tの間に帯域L、帯域M、帯域Hの音波1を再生していたスピーカSについてのインパルス応答28がそれぞれ算出される。
【0148】
このように、本実施形態では、収音データ26に音響解析信号を作用させて上限周波数fmよりも低い帯域の音波を再生した再生スピーカSに関するインパルス応答28が算出される。また、収音データ26に3つの分割解析信号を作用させて上限周波数fmよりも高く互いに異なる3つの帯域の音声を再生した3つの再生スピーカSに関するインパルス応答28がそれぞれ算出される。
各スピーカSとインパルス応答28との対応関係は、例えば再生の順番や収音データ26の測定時刻等に基づいて適宜読み込まれる。
【0149】
インパルス応答28が算出され、それぞれのスピーカSと対応付けされた後、マイクロホンMの位置と、対象スピーカ6に関する音響特性とがそれぞれ算出され、互いに関連付けて音響特性データ24として蓄積される。この処理は、例えば図15等を参照して説明した処理と同様である。
これにより、音響空間2内の各点における音響特性のデータを容易に蓄積することが可能となる。またスピーカSの役割が時間とともに変化するため、各スピーカSについての音響特性を満遍なく測定することが可能となる。
【0150】
本実施形態では、音響測定と位置同定のための測定信号25が、タイミングを変えて同じスピーカSで再生される点で上記した実施形態とは異なる。また、1つのスピーカSだけに注目すれば、何もフィルタ処理しないTSP信号を、ある割り当てられた遅延をもって全帯域に渡って再生する処理となっている。
【0151】
なお、スピーカSnとSn+1の空間的な間隔は、環状アレイの場合、マイクロホンMの位置から見てできるだけ120°に近い角度間隔が望ましい。一方で、移動するマイクロホンMに再生の順番が依存するのは望ましくない。このため、例えば環状アレイの中心から見て120°に近い角度間隔となるSn及びSn+1を選択するといった処理が実行される。これにより、マイクロホンMの位置を高精度に算出することが可能となる。
【0152】
<その他の実施形態>
本技術は、以上説明した実施形態に限定されず、他の種々の実施形態を実現することができる。
【0153】
図25は、UI表示の一例を示す模式図である。
図25には、音響測定の状況を表示するUI画面80の一例が模式的に図示されている。UI画面80は、例えば音響測定システムを用いて音響測定を実行している最中や、測定後に表示される画面である。UI画面80は、例えば携帯端末やPC画面等に表示される。
【0154】
UI画面80には、スピーカアレイ10を構成する各スピーカSと、マイクロホンMとが、アイコン等を用いて表示される。また、スピーカSのうち、音響測定の対象となっている対象スピーカ6が強調して表示される。なおスピーカSのアイコンを適宜選択することで、例えば表示対象となるスピーカSを変更することや、対象スピーカ6そのものを変更するといった処理が行われてもよい。
またUI画面80には、音響測定の進捗を表す進捗マップ81が、スピーカアレイ10の空間配置に重畳して表示される。
【0155】
例えば、測定者が一度測定した場所については、進捗マップ81が表示される。これにより、どの場所が測定済みかといった情報を直観的に提示することが可能となる。
また進捗マップ81は濃淡情報やカラー情報により表示されてもよい。この場合、進捗マップ81の濃淡や色の違いは、例えば測定の信頼度(測定時間や、測定回数)等を表すように設定される。これにより、測定者は、未測定の領域や信頼度の低い領域を重点的に測定するといったことが可能となる。
このようにUI画面80を利用することで、測定ができている場所とできていない場所を容易に把握することが可能となり、測定がスムーズに進み便利である。
【0156】
図26は、UI表示の他の例を示す模式図である。
図26に示す例では、現実の景色に音響測定の進捗マップ81が重畳して表示される。例えば、測定者12は、HMD(Head Mounted Display)やAR(Augmented Reality)グラスといった表示装置13を装着している場合には、周辺の環境に重なるように、進捗マップ81が表示される。この他、スマートフォン等の画面に、AR表示が可能であってもよい。
【0157】
このように、現実の空間に重畳して進捗マップ81を表示する場合には、例えば測定対象となる平面(環状のスピーカアレイ10が構成する平面等)とは違う高さに進捗マップ81を映し出すと、測定者12は進捗状況を認識しやすい。この場合、例えば、床面や天井等に進捗マップ81が重畳して表示される。これにより音響測定の進捗状況を容易に確認することが可能となり、作業効率を大幅に向上することが可能となる。
【0158】
音速を推定するためのセンサが設けられてもよい。例えば、音響空間2の温度や湿度等を検出するセンサが配置される。あるいは、ユーザが適宜温度や湿度を入力してもよい。これにより、環境の変化による音速の変化を逐次補正することが可能となり、マイクロホンの位置等を高精度に算出することが可能となる。
【0159】
上記では、複数のスピーカが配置された空間内でマイクロホンを移動して音響測定を行う構成について説明した。これに限定されず、例えばマイクロホンとスピーカの機能を取り換えて、スピーカの位置を測定してもよい。この場合、例えばスピーカの位置を動かすことで、各点での音響特性をその位置情報とともに測定することが可能となる。
【0160】
また上記では、音響特性を測定する構成について説明したが、例えば音響測定用途でなく、位置を測定するだけの用途に本技術を用いることも可能である。この場合、例えば3つのスピーカだけを駆動して、位置測定等を行うことが可能である。なお、位置を測定する際に読み込まれる音波の到達時間等の情報は、音響特性として用いることも可能である。
【0161】
上記では、空間内での測定波に関する波動特性の測定例として、空間内での音波に関する音響特性を測定する方法について説明した。本技術は、音波以外の弾性波や、電磁波等に関する波動特性を測定する装置や方法に適用することも可能である。
例えば音波以外の弾性波(測定波)としては、地震波が挙げられる。この場合、例えば疑似的な地震波を発生させて地盤上の各点における地震波の特性(伝搬速度や強度、揺れの種類等)が測定される。同様に、振動波等の弾性波が測定されてもよい。この場合、対象となる土地、建造物、製品等の各位置における振動の伝わり方等を容易に評価することが可能となる。
【0162】
また、波動特性として、対象空間におけるレーダ波やGPS信号等の電磁波(測定波)の伝搬特性等が評価されてもよい。例えば工場、倉庫、街中等に設定された空間内で、現在位置の測位や対象までの距離等を測距する場合、その空間の形状等によっては、電磁波の伝わり方が一様ではなくなる場合がある。このような場合であっても、本技術を用いて、空間内における電磁波の波動特性(伝搬特性等)を予め測定しておくことで、例えば測位や測距の感度に関するマッピング等を容易に実現することが可能となる。このような情報を用いることで、例えば予め感度が低下するポイントを把握することや、そのようなポイントを減らすように構造物の配置を変更するといったことが可能となる。
この他、本技術は、任意の波動現象を用いたアプリケーションに適用されてよい。
【0163】
以上説明した本技術に係る特徴部分のうち、少なくとも2つの特徴部分を組み合わせることも可能である。すなわち各実施形態で説明した種々の特徴部分は、各実施形態の区別なく、任意に組み合わされてもよい。また上記で記載した種々の効果は、あくまで例示であって限定されるものではなく、また他の効果が発揮されてもよい。
【0164】
本開示において、「同じ」「等しい」「直交」等は、「実質的に同じ」「実質的に等しい」「実質的に直交」等を含む概念とする。例えば「完全に同じ」「完全に等しい」「完全に直交」等を基準とした所定の範囲(例えば±10%の範囲)に含まれる状態も含まれる。
【0165】
なお、本技術は以下のような構成も採ることができる。
(1)測定波に関するインパルス応答を測定可能なように構成された測定信号と、前記測定信号に対応する解析信号とを取得する信号取得部と、
複数の参照点と単一の対象点との間で測定波を再生して受信する測定部に各参照点に対応する測定波の帯域が互いに異なるように前記測定信号を再生させ、前記測定部から前記測定信号を再生した波形の受信データを読み込む信号測定部と、
前記受信データに対して前記解析信号を作用させて前記複数の参照点と前記対象点との間のインパルス応答を算出し、当該算出結果に基づいて前記対象点の位置と前記対象点における波動特性とを算出する信号処理部と
を具備し、
前記測定信号及び前記解析信号の少なくとも一方は、時間波形が原点に対して非対称となる第1のタイプの窓関数により各々の元信号が帯域分割された信号を含む
信号処理装置。
(2)(1)に記載の信号処理装置であって、
前記第1のタイプの窓関数は、時間波形が正時間側に寄るように構成された関数である
信号処理装置。
(3)(1)又は(2)に記載の信号処理装置であって、
前記第1のタイプの窓関数は、最小位相特性となる関数である
信号処理装置。
(4)(1)から(3)のうちいずれか1つに記載の信号処理装置であって、
前記測定波は、音波であり、
前記信号処理部は、前記波動特性として、前記対象点での音響特性を算出する
信号処理装置。
(5)(4)に記載の信号処理装置であって、
前記測定部は、前記複数の参照点の各々に配置された複数のスピーカと、前記対象点に配置されたマイクロホンとを有し、
前記信号測定部は、前記複数のスピーカから複数の再生スピーカを選択し、各再生スピーカが再生する音波の帯域が互いに異なるように前記測定信号を再生させ、
前記信号処理部は、前記受信データに対して前記解析信号を作用させて前記複数の再生スピーカの各々についてインパルス応答を算出する
信号処理装置。
(6)(5)に記載の信号処理装置であって、
前記複数のスピーカは、4以上のスピーカを含み、
前記信号測定部は、前記複数のスピーカのうち、前記再生スピーカとして、3つの参照スピーカと、1つの対象スピーカとを選択し、
前記信号処理部は、前記3つの参照スピーカに関するインパルス応答から、前記対象点の位置を算出し、前記対象スピーカに関するインパルス応答から、前記対象スピーカに関する前記対象点での音響特性を算出する
信号処理装置。
(7)(6)に記載の信号処理装置であって、
前記信号処理部は、前記3つの参照スピーカが再生した音波の到達時間から、各参照スピーカが配置された前記参照点と前記対象点との距離を算出し、当該算出結果と各参照スピーカが配置された前記参照点の位置とに基づいて、前記対象点の位置を算出する
信号処理装置。
(8)(6)又は(7)に記載の信号処理装置であって、
前記信号測定部は、前記複数の再生スピーカから同一の期間内に互いに異なる帯域の音波が再生されるように、前記測定信号を再生させる
信号処理装置。
(9)(6)から(8)のうちいずれか1つに記載の信号処理装置であって、
前記対象スピーカが再生する音波の帯域は、音響測定の対象帯域に設定され、
前記参照スピーカが再生する音波の帯域は、前記対象帯域以外の帯域に設定される
信号処理装置。
(10)(6)から(9)のうちいずれか1つに記載の信号処理装置であって、
前記測定信号及び前記解析信号の少なくとも一方は、時間波形が原点に対して対称であり音響測定の上限周波数よりも低い帯域を通過させる第2のタイプの窓関数により各々の元信号が帯域分割された信号を含む
信号処理装置。
(11)(10)に記載の信号処理装置であって、
前記測定信号は、前記第2のタイプの窓関数により前記測定信号の元信号の帯域を制限した音響測定信号と、前記第1のタイプの窓関数により前記上限周波数よりも高い帯域において前記測定信号の元信号を3つの帯域に帯域分割した3つの分割測定信号とを含み、
前記信号測定部は、前記対象スピーカに前記音響測定信号を再生させ、前記3つの参照スピーカの各々に前記3つの分割測定信号をそれぞれ再生させる
信号処理装置。
(12)(11)に記載の信号処理装置であって、
前記解析信号は、前記解析信号の元信号であり、
前記信号処理部は、前記受信データに前記解析信号の元信号を作用させて前記3つの参照スピーカ及び前記対象スピーカに関するインパルス応答をそれぞれ算出する
信号処理装置。
(13)(10)に記載の信号処理装置であって、
前記測定信号は、前記第2のタイプの窓関数により前記測定信号の元信号の帯域を制限した音響測定信号と、前記上限周波数よりも高い帯域を通過させる前記第1のタイプの窓関数により前記測定信号の元信号の帯域を制限した高域測定信号とを含み、
前記信号測定部は、前記対象スピーカに前記音響測定信号を再生させ、前記3つの参照スピーカの各々に各参照スピーカが再生する音波の帯域が互いに異なるように前記高域測定信号をタイミングをずらして再生させる
信号処理装置。
(14)(13)に記載の信号処理装置であって、
前記解析信号は、前記第2のタイプの窓関数により前記解析信号の元信号の帯域を制限した音響解析信号と、前記第1のタイプの窓関数により前記上限周波数よりも高い帯域において前記解析信号の元信号を3つの帯域に帯域分割した3つの分割解析信号とを含み、
前記信号処理部は、前記受信データに前記音響解析信号を作用させて前記対象スピーカに関するインパルス応答を算出し、前記受信データに前記3つの分割解析信号を作用させて前記3つの参照スピーカに関するインパルス応答をそれぞれ算出する
信号処理装置。
(15)(5)から(10)のうちいずれか1つに記載の信号処理装置であって、
前記測定信号は、周波数が時間とともに線形に増加又は減少する信号であり、
前記信号測定部は、前記複数のスピーカから所定の順番で前記再生スピーカを順次選択し、前記測定信号の再生時間の1/4の長さの間隔をあけて、前記選択した前記再生スピーカに前記測定信号を順次再生させる
信号処理装置。
(16)(15)に記載の信号処理装置であって、
前記解析信号は、時間波形が原点に対して対称であり音響測定の上限周波数よりも低い帯域を通過させる第2のタイプの窓関数により前記解析信号の元信号の帯域を制限した音響解析信号と、前記第1のタイプの窓関数により前記上限周波数よりも高い帯域において前記解析信号の元信号を3つの帯域に帯域分割した3つの分割解析信号とを含み、
前記信号処理部は、前記受信データに前記音響解析信号を作用させて前記上限周波数よりも低い帯域の音波を再生した前記再生スピーカに関するインパルス応答を算出し、前記受信データに前記3つの分割解析信号を作用させて前記上限周波数よりも高く互いに異なる3つの帯域の音波を再生した3つの前記再生スピーカに関するインパルス応答をそれぞれ算出する
信号処理装置。
(17)(1)から(16)のうちいずれか1つに記載の信号処理装置であって、
前記測定信号の元信号は、周波数が時間変化するスイープサイン信号であり、
前記解析信号の元信号は、前記スイープサイン信号の周波数の時間変化が反転した信号である
信号処理装置。
(18)(1)から(17)のうちいずれか1つに記載の信号処理装置であって、
前記測定信号の元信号及び前記解析信号の元信号のうち、一方は時間伸長パルス信号であり、他方は、前記時間伸長パルス信号の周波数の時間変化を反転させた逆時間伸長パルス信号である
信号処理装置。
(19)測定波に関するインパルス応答を測定可能なように構成された測定信号と、前記測定信号に対応する解析信号とを取得し、
複数の参照点と単一の対象点との間で測定波を再生して受信する測定部に各参照点に対応する測定波の帯域が互いに異なるように前記測定信号を再生させ、前記測定部から前記測定信号を再生した波形の受信データを読み込み、
前記受信データに対して前記解析信号を作用させて前記複数の参照点と前記対象点との間のインパルス応答を算出し、当該算出結果に基づいて前記対象点の位置と前記対象点における波動特性とを算出することをコンピュータシステムが実行し、
前記測定信号及び前記解析信号の少なくとも一方は、時間波形が原点に対して非対称となる第1のタイプの窓関数により各々の元信号が帯域分割された信号を含む
信号処理方法。
(20)測定波に関するインパルス応答を測定可能なように構成された測定信号と、前記測定信号に対応する解析信号とを取得するステップと、
複数の参照点と単一の対象点との間で測定波を再生して受信する測定部に各参照点に対応する測定波の帯域が互いに異なるように前記測定信号を再生させ、前記測定部から前記測定信号を再生した波形の受信データを読み込むステップと、
前記受信データに対して前記解析信号を作用させて前記複数の参照点と前記対象点との間のインパルス応答を算出し、当該算出結果に基づいて前記対象点の位置と前記対象点における波動特性とを算出するステップとをコンピュータシステムに実行させ、
前記測定信号及び前記解析信号の少なくとも一方は、時間波形が原点に対して非対称となる第1のタイプの窓関数により各々の元信号が帯域分割された信号を含む
プログラム。
【符号の説明】
【0166】
1…音波
2…音響空間
5…参照スピーカ
6…対象スピーカ
10…スピーカアレイ
20…記憶部
21…制御プログラム
25…測定信号
26…収音データ
27…解析信号
28…インパルス応答
30…コントローラ
31…信号取得部
32…音響測定部
33…音響処理部
37…ハン窓
39…高域通過窓関数
51、71…再生用フィルタ
52…遅延部
53、73…解析用フィルタ
54…インパルス応答算出部
100、200、300…音響測定システム
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25
図26