(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024115577
(43)【公開日】2024-08-27
(54)【発明の名称】金属-鉄酸化物複合薄膜およびこれを用いた水素生成装置
(51)【国際特許分類】
C23C 14/06 20060101AFI20240820BHJP
【FI】
C23C14/06 L
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023021257
(22)【出願日】2023-02-15
(71)【出願人】
【識別番号】000173795
【氏名又は名称】公益財団法人電磁材料研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000800
【氏名又は名称】デロイトトーマツ弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】阿部 世嗣
【テーマコード(参考)】
4K029
【Fターム(参考)】
4K029AA09
4K029AA24
4K029BA64
4K029CA05
4K029DC15
4K029DC35
4K029FA05
(57)【要約】
【課題】Pt等の仕事関数が比較的大きい元素のナノ粒子がα-Fe
2O
3のマトリックスに分散した構造を有する複合薄膜を提供する。
【解決手段】本発明の金属-鉄酸化物複合薄膜は、Ptが0.01~10at.%含まれ、当該金属からなる粒径が2nm~15nmのナノ粒子X1が一般式Fe
2O
3-δ(但し、0≦δ≦0.32)で表わされるヘマタイトからなるマトリックスX2に分散した構造を有する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ptが0.01~10at.%含まれ、粒径が2nm~15nmのPtナノ粒子が一般式Fe2O3-δ(但し、0≦δ≦0.32)で表わされるヘマタイトからなるマトリックスに分散した構造を有する
金属-鉄酸化物複合薄膜。
【請求項2】
請求項1に記載の金属-鉄酸化物複合薄膜を用いて、Ptナノ粒子による酸化反応および前記マトリックスによる還元反応によって水を電気分解することにより水素ガスを生成する水素生成装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属および鉄酸化物の複合薄膜に関する。
【背景技術】
【0002】
TiO2円盤およびφ0.5mmのPtワイヤをターゲットとし、Ar雰囲気下でスパッタリング法により薄膜が形成され、当該薄膜が大気中において600℃で熱処理されることにより、成膜状態ではPt4+の形態でTiO2中に固溶していたPtが、熱処理後はPtとなりTiO2と相分離することが報告されている(例えば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】T.sasaki,N.Koshizak,S.Terauchi,H.Umebara,Y.Matsumoto,M.Koinuma,PREPARATIONOFPt/TiO2NANOCOMPOSITEFILMSUSINGCO-SPUTTERINGMETHOD,NanostructuredMaterials,8(1997)1077.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、α-Fe2O3(ヘマタイト)は紫外光~可視光領域の光を吸収して電子-正孔対を生成し、Ptは仕事関数が大きく生成された電子が蓄積し易い性質がある。このため、Ptとα-Fe2O3とが相分離している薄膜が実現できれば、Ptによる還元反応およびα-Fe2O3による酸化反応を当該薄膜の表面で生じさせることが可能になり、その機能の適用範囲の拡張が図られると期待される。
【0005】
そこで、本発明は、Pt等の仕事関数が比較的大きい元素のナノ粒子がα-Fe2O3のマトリックスに分散した構造を有する複合薄膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
スパッタリング法では、ナノ粒子に用いられる元素の酸化物とマトリックスに用いる酸化物との生成熱の差が大きいほど、当該元素は熱力学的に安定で、ナノスケール化する傾向がある。例えば、当該元素がPtである場合、その酸化物であるPtO2の生成熱ΔH0は+40.3kcal/molである。これに対して、TiO2の生成熱ΔH0は-225.8kcal/molであり、α-Fe2O3(ヘマタイト)の生成熱ΔH0は-196.3kcal/molである。このため、α-Fe2O3がマトリックスに用いられた場合、TiO2がマトリックスに用いられた場合と比較して、Ptの熱的な安定性が低く、Ptとヘマタイトとの相分離は困難であると予測される。
【0007】
しかるに、本発明者の研究によれば、当該予測に反してPt等の仕事関数が比較的大きい金属とヘマタイトとが相分離した複合薄膜が実現可能であることが知見された。
【0008】
当該知見に基づく本発明の金属-鉄酸化物複合薄膜は、
Ptが0.01~10at.%含まれ、粒径が2nm~15nmのPtナノ粒子が一般式Fe2O3-δ(但し、0≦δ≦0.32)で表わされるヘマタイトからなるマトリックスに分散した構造を有する。
【0009】
本発明の水素生成装置は、前記金属-鉄酸化物複合薄膜を用いて、Ptナノ粒子による酸化反応および前記マトリックスによる還元反応によって水を電気分解することにより水素ガスを生成する。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の一実施形態としての金属-鉄酸化物複合薄膜の構成説明図。
【
図2】Pt添加α-Fe
2O
3薄膜の複数の試料のそれぞれの組成分析結果に関する説明図。
【
図3】熱処理時間が相違する複数の試料(Pt添加α-Fe
2O
3薄膜)のそれぞれの光の透過率の光波長依存性に関する説明図。
【
図4】熱処理時間が相違する金属-鉄酸化物複合薄膜薄膜(Pt含有量6.3at.%)のXRDパターンを示す図。
【
図6】熱処理時間が相違する金属-鉄酸化物複合薄膜薄膜(Pt含有量6.3at.%)の磁化に関する説明図。
【
図7】Pt含有量が相違する複数の試料のそれぞれのラマンスペクトルを示す図。
【
図8】Pt含有量が相違する複数の試料のそれぞれのXRDスペクトルを示す図。
【
図9】Pt含有量が相違する複数の試料のそれぞれのPtナノ粒子の粒径に関する説明図。
【
図10】Pt含有量が相違する複数の試料のそれぞれの光透過率の光波長依存性に関する説明図。
【
図11】本発明の一実施形態としての水素生成装置の構成説明図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(構成)
本発明の一実施形態としての金属-鉄酸化物複合薄膜は、
図1に模式的に示されているように、Ptが0.01~10at.%含まれ、当該金属からなる粒径が2nm~15nmのPtナノ粒子X1が一般式Fe
2O
3-δ(但し、0≦δ≦0.32)で表わされるヘマタイトからなるマトリックスX2に分散した構造を有する。Ptの含有量は、0.5~9.5at.%であることが好ましく、2.0~8.0at.%であることがより好ましく、3.5~6.5at.%であることがさらに好ましい。ヘマタイトにおける酸素欠損量を表わすδは、0~0.22であることが好ましく、0~0.12であることがより好ましく、0~0.06であることがさらに好ましい。
【0012】
(製造方法)
ヘマタイト(α-Fe2O3)のターゲットにPtチップが配置された複合ターゲットが、薄膜製造装置(例えば、スパッタリング装置)に設置される。Ptチップの個数および/またはサイズが調節されることにより、複合薄膜におけるPtの原子パーセントが調整される。そのうえで、例えばコーニング社製#7059ガラス基板等の基板が適当な時間にわたりスパッタエッチングされた後、交流電圧がターゲットに印加されて、Arガス等の雰囲気中でPt添加α-Fe2O3薄膜(アズデポ薄膜)の成膜が行われる。
【0013】
図2には、Pt添加α-Fe
2O
3薄膜の複数の試料のそれぞれの組成分析結果が示されている。
図2から、Pt添加α-Fe
2O
3薄膜の組成が相分離のライン(
図2の左側の破線)に近いことがわかる。また、Pt添加α-Fe
2O
3薄膜の酸素濃度が低めであることから、当該薄膜に酸素欠損が存在することが示唆されている。
【0014】
次に、Pt添加α-Fe
2O
3薄膜が、例えば673~973Kの温度範囲に含まれる所定の熱処理温度で空気中において、例えば10分~500日の範囲に含まれる所定の熱処理期間にわたり熱処理された。これにより、Ptおよびα-Fe
2O
3の相分離が進行し、Ptが0.01~10at.%含まれ、粒径が2nm~15nmのPtナノ粒子X1が一般式Fe
2O
3-δ(但し、0≦δ≦0.32)で表わされるヘマタイトからなるマトリックスX2に分散した構造を有する金属-鉄酸化物複合薄膜薄膜が作製される(
図1参照)。金属-鉄酸化物複合薄膜薄膜は、チャンバの内部が窒素などの適当なガスによりパージされたうえで、当該チャンバから取り出される。
【0015】
図3には、Pt添加量が6.3%に調整されたPt添加α-Fe
2O
3薄膜(AsDepo薄膜)が大気中において673Kで熱処理されて得られた、当該熱処理時間(0hr、82hr、226hr、23days、53days、113days)が相違する複数の試料のそれぞれの光の透過率の光波長依存性の測定結果が示されている。
図3から、熱処理時間が長くなるほど、試料の光透過率が上昇していることがわかる。
【0016】
図4には、熱処理時間が相違する金属-鉄酸化物複合薄膜薄膜(Pt含有量6.3at.%)のXRDパターンが示されている。
図5には、XRDパターンの一部が拡大されて示されている。具体的には、CuKα線(Rigaku、RAD-X、Japan)を用いたX線回折(XRD)を用いて測定された。
図4および
図5から、熱処理時間が長くなるほどα-Fe
2O
3由来の(116)ピーク、(018)ピークが徐々に高くなっていること、Pt由来の(111)ピークが徐々に高くなっていること、および、Fe
3O
4由来の(422)および(511)ピークが消失することわかる。
【0017】
図3、
図4および
図5に示されている結果から、熱処理時間が長くなるほど、マトリックスX2を構成するα-Fe
2O
3(ヘマタイト)の酸素欠損が改善されていることがわかる。
【0018】
図6には、熱処理時間が相違する金属-鉄酸化物複合薄膜薄膜(Pt含有量6.3at.%)の磁化(10kOeにおける磁化)が示されている。具体的には、振動型試料磁力計(Tamakawa、TM-VSM-2430、Japan)を用いて、雰囲気温度における薄膜の磁化が測定された。
図6から、熱処理時間が長い試料ほど磁化が小さくなることがわかる。また、
図6の挿入図は成膜状態および大気中で113日間にわたる熱処理後の磁化曲線を示す。成膜状態では、強磁性を示唆するヒステリシスが明瞭に観測されるのに対し、113日間の熱処理後は消失する。ヘマタイトは室温で寄生強磁性体であり、磁化は無視できるほど小さい。このことから、熱処理時間が長くなるにつれて、ヘマタイトの酸素欠損が補償され本来の組成比を有していることがわかる。
【0019】
図7には、Pt添加量(0at.%、1.6at.%、3.8at.%、4.6at.%、7.0at.%、9.4at.%)が相違する複数のアズデポ薄膜が、大気中において673Kで113日間にわたり熱処理されることにより得られた複数の試料のそれぞれのラマンスペクトルが示されている。
図7から、すべてのピークがα-Fe
2O
3(ヘマタイト)に由来するものであることがわかる。
【0020】
図8には、Pt添加量(0at.%、3.8at.%、6.3at.%、9.4at.%)が相違する複数のアズデポ薄膜が、大気中において673Kで113日間にわたり熱処理されることにより得られた複数の試料のそれぞれのXRDパターンが示されている。
図8から、Pt含有量が高くなるほど、試料におけるPt由来の(111)ピークが徐々に高くなることがわかる。
【0021】
図9には、Pt添加量(3.8at.%、6.3at.%、7.0at.%、9.4at.%)が相違する複数のアズデポ薄膜が、大気中において673Kで113日間にわたり熱処理されることにより得られた複数の試料のそれぞれのPt(ナノ粒子X1)の粒径が示されている。
図9には、Pt添加量(6.3at.%、7.0at.%、9.4at.%)が相違する複数のアズデポ薄膜のPtの粒径も示されている。Ptナノ粒子X1の粒径tは、シェラー(Scherrer)係数=0.9、X線の波長λ、Pt由来の(111)ピークの回折線幅Bおよび回折角θ
Bを用いて、シェラーの式(1)にしたがって算出された。
【0022】
t=0.9λ/BcosθB ‥(1)。
【0023】
図9から、Pt添加量が多くなるほど、試料におけるPtナノ粒子X1の粒径が大きくなることがわかる。
【0024】
図10には、Pt添加量(0at.%、1.6at.%、3.8at.%、6.3at.%、9.4at.%)が相違する複数のアズデポ薄膜が、大気中において673Kで113日間にわたり熱処理されることにより得られた複数の試料のそれぞれの光透過率の光波長依存性の測定結果が示されている。
図10から、Pt濃度の増加と共に、光透過率がほぼゼロになる波長(光吸収端)が長波長側にシフトし、かつ、急峻性が緩やかになることがわかる。
図9に示されているように、Ptはナノスケールで薄膜中に存在するが、AuおよびCuのようにナノスケール化に伴う光吸収(表面プラズモン共鳴)を発現しないことから、
図10に示されている光吸収端のシフトおよび急峻性の変化は、Ptナノ粒子X1による光散乱に起因する。
【0025】
図11に示されている本発明の一実施形態としての水素生成装置は、表面に本発明の一実施形態としての金属-鉄酸化物複合薄膜2が成膜された基材1と、金属-鉄酸化物複合薄膜2に対して光を照射する光照射装置4と、を備えている。基材1は、水に接するチャンバおよび/または流路の壁部を構成していてもよい。チャンバおよび/または流路に窓または開口部が形成され、当該窓を通じて、チャンバおよび/または流路の壁部の内側面を構成する金属-鉄酸化物複合薄膜2に対して光照射装置4の光が照射されてもよい。金属-鉄酸化物複合薄膜2に対して窓を通じて光が照射される環境下にあっては、光照射装置4は省略されてもよい。
【0026】
当該構成の水素生成装置によれば、金属-鉄酸化物複合薄膜2においてPtナノ粒子X1とα-Fe2O3からなるマトリックスX2とが相分離しているため、当該金属による還元反応およびα-Fe2O3による酸化反応を当該金属-鉄酸化物複合薄膜2の表面で生じさせ、水の電気分解によって水素ガスが生成されうる。
【符号の説明】
【0027】
1‥基材
2‥金属-鉄酸化物複合薄膜
4‥光照射装置
X1‥Ptナノ粒子
X2‥マトリックス。