(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024115598
(43)【公開日】2024-08-27
(54)【発明の名称】金属板構造物の製造方法
(51)【国際特許分類】
B23P 25/00 20060101AFI20240820BHJP
【FI】
B23P25/00
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023021297
(22)【出願日】2023-02-15
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100127845
【弁理士】
【氏名又は名称】石川 壽彦
(72)【発明者】
【氏名】山口 尚記
(57)【要約】
【課題】金属板を用いた構造物において疲労破壊が懸念される部位の疲労強度を向上させて構造物を製造する金属板構造物の製造方法を提供する。
【解決手段】本発明に係る金属板構造物の製造方法は、金属板11を用いた構造物において疲労破壊が懸念される部位の疲労強度を向上させて構造物を製造するものであって、
構造物1の使用時に応力集中を起こして疲労破壊が懸念される金属板11のせん断端面13aを疲労破壊危険部位17として特定する疲労破壊危険部位特定工程S1と、疲労破壊危険部位17に対して引張の塑性ひずみが集中するように金属板11又は構造物に荷重を負荷し、疲労破壊危険部位17に引張の塑性ひずみを発生させた後に除荷することにより、疲労破壊危険部位17に圧縮残留応力を付与する圧縮残留応力付与工程S3と、を含むものである。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属板を用いた構造物において疲労破壊が懸念される部位の疲労強度を向上させて前記構造物を製造する金属板構造物の製造方法であって、
前記構造物の使用時に応力集中を起こして疲労破壊が懸念される前記金属板のせん断端面における部位を疲労破壊危険部位として特定する疲労破壊危険部位特定工程と、
該特定した疲労破壊危険部位に対して引張の塑性ひずみが集中するように前記金属板又は前記構造物に荷重を負荷し、前記疲労破壊危険部位に引張の塑性ひずみを発生させた後に除荷することにより、前記疲労破壊危険部位に圧縮残留応力を付与する圧縮残留応力付与工程と、を含むことを特徴とする金属板構造物の製造方法。
【請求項2】
前記疲労破壊危険部位特定工程は、
前記金属板の疲労強度を特定する疲労強度特定ステップと、
前記構造物の使用時における前記金属板の前記せん断端面の応力を算出する応力解析を行う応力解析ステップと、
前記応力を算出した前記構造物における前記金属板のせん断端面のうち、前記疲労強度特定ステップで特定した前記疲労強度を超える部位を、疲労破壊が懸念される疲労破壊危険部位として特定する疲労破壊危険部位特定ステップと、を有することを特徴とする請求項1に記載の金属板構造物の製造方法。
【請求項3】
前記構造物の平坦な部位における前記金属板の端部に切り欠き部が設けられ、かつ、前記疲労破壊危険部位特定工程において特定された前記疲労破壊危険部位が前記切り欠き部のせん断端面である場合、前記圧縮残留応力付与工程は、前記切り欠き部における前記疲労破壊危険部位の接線に平行な方向に引張荷重を負荷、前記疲労破壊危険部位が前記金属板の面内で曲げ外側となる曲げ変形させる荷重を負荷、又は、前記切り欠き部の縁に沿って前記疲労破壊危険部位を含む部位を面外方向に曲げ変形させる荷重を負荷、のいずれか若しくはこれらを組み合わせて、前記疲労破壊危険部位に引張の塑性ひずみを発生させる、ことを特徴とする請求項1又は2に記載の金属板構造物の製造方法。
【請求項4】
前記構造物の平坦な部位における前記金属板に円状又は楕円状の孔部が設けられ、かつ、前記疲労破壊危険部位特定工程において特定された前記疲労破壊危険部位が前記孔部のせん断端面である場合、前記圧縮残留応力付与工程は、前記孔部における前記疲労破壊危険部位の接線に平行な方向に引張荷重を負荷、又は、前記孔部の縁に沿って前記疲労破壊危険部位を含む部位を面外方向に曲げ変形させる荷重を負荷、のいずれか若しくはこれらを組み合わせて、前記疲労破壊危険部位に前記引張の塑性ひずみを発生させる、ことを特徴とする請求項1又は2に記載の金属板構造物の製造方法。
【請求項5】
前記圧縮残留応力付与工程は、前記疲労破壊危険部位の接線に平行な方向において前記疲労破壊危険部位を挟むように複数のビードを成形することで、前記疲労破壊危険部位に前記引張の塑性ひずみを発生させる、ことを特徴とする請求項1又は2に記載の金属板構造物の製造方法。
【請求項6】
前記圧縮残留応力付与工程は、前記金属板の板厚t(mm)に対し、前記疲労破壊危険部位の接線に直交する方向において該疲労破壊危険部位から2t(mm)までの範囲における引張の塑性ひずみの平均勾配が0.004/2t(mm-1)以上となるように、前記疲労破壊危険部位に前記引張の塑性ひずみを発生させる、ことを特徴とする請求項1又は2に記載の金属板構造物の製造方法。
【請求項7】
前記圧縮残留応力付与工程は、前記疲労破壊危険部位に付与する圧縮残留応力の絶対値が前記金属板の引張強度の40%以上となるように、前記疲労破壊危険部位に前記引張の塑性ひずみを発生させることを特徴とする請求項1又は2に記載の金属板構造物の製造方法。
【請求項8】
前記圧縮残留応力付与工程は、前記疲労破壊危険部位における板厚減少率が10%以下となるように、前記疲労破壊危険部位に前記引張の塑性ひずみを発生させる、ことを特徴とする請求項1又は2に記載の金属板構造物の製造方法。
【請求項9】
前記金属板は、引張強度が780MPa以上である、ことを特徴とする請求項1又は2に記載の金属板構造物の製造方法。
【請求項10】
前記金属板は、4%以上6%以下の塑性ひずみ域での加工硬化係数が0.2以下である、ことを特徴とする請求項9に記載の金属板構造物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属板を用いた構造物において疲労破壊が懸念される部位の疲労強度を向上させて前記構造物を製造する金属板構造物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車部品等に代表される金属板の構造物では、金属板のせん断端面の疲労強度が課題となることが多い。特に電気自動車においては、バッテリの重量が加算されるため、ガソリン車に比べて車両重量が大きく、自動車部品に要求される疲労強度も高くなる。
そこで、自動車部品のような金属板を用いた構造物において、金属板のせん断端面の疲労強度を高くすることができる技術がこれまでにいくつか提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、鋼材で構成されて切欠き部を有する機械部品において、切欠き部の表面(せん断端面に相当)を超音波振動子により打撃して圧縮残留応力を付与することにより疲労強度を向上させる方法が開示されている。
また、特許文献2には、パンチを用いて金属板に円形の打ち抜き穴を形成した後、パンチを打ち抜き穴に挿通させた状態で円周方向に回転させて打ち抜き穴のせん断端面を研磨することにより、せん断端面の疲労強度を向上させる方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006-104551号公報
【特許文献2】特開2022-42631号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に開示されている方法においては、切欠き部のせん断端面を打撃する超音波振動子の装置コストがかかることや、複数の切欠き部のせん断端面に対して正確に打撃することが困難である、等の課題があった。
また、特許文献2に開示されている方法は、円形の打ち抜き穴を形成するとともに形成した後にそのせん断端面を研磨するため確実に疲労強度を向上することができるものの、特殊な金型を使用することから、装置コストがかかる問題があった。
【0006】
本発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、多大な装置コストを要せずに金属板のせん断端面の疲労強度を確実に向上させることができる金属板の構造物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(1)本発明に係る金属板構造物の製造方法は、金属板を用いた構造物において疲労破壊が懸念される部位の疲労強度を向上させて前記構造物を製造するものであって、
前記構造物の使用時に応力集中を起こして疲労破壊が懸念される前記金属板のせん断端面における部位を疲労破壊危険部位として特定する疲労破壊危険部位特定工程と、
該特定した疲労破壊危険部位に対して引張の塑性ひずみが集中するように前記金属板又は前記構造物に荷重を負荷し、前記疲労破壊危険部位に引張の塑性ひずみを発生させた後に除荷することにより、前記疲労破壊危険部位に圧縮残留応力を付与する圧縮残留応力付与工程と、を含むことを特徴とするものである。
【0008】
(2)上記(1)に記載のものにおいて、
前記疲労破壊危険部位特定工程は、
前記金属板の疲労強度を特定する疲労強度特定ステップと、
前記構造物の使用時における前記金属板の前記せん断端面の応力を算出する応力解析を行う応力解析ステップと、
前記応力を算出した前記構造物における前記金属板のせん断端面のうち、前記疲労強度特定ステップで特定した前記疲労強度を超える部位を、疲労破壊が懸念される疲労破壊危険部位として特定する疲労破壊危険部位特定ステップと、を有することを特徴とするものである。
【0009】
(3)上記(1)又は(2)に記載のものにおいて、
前記構造物の平坦な部位における前記金属板の端部に切り欠き部が設けられ、かつ、前記疲労破壊危険部位特定工程において特定された前記疲労破壊危険部位が前記切り欠き部のせん断端面である場合、前記圧縮残留応力付与工程は、前記切り欠き部における前記疲労破壊危険部位の接線に平行な方向に引張荷重を負荷、前記疲労破壊危険部位が前記金属板の面内で曲げ外側となる曲げ変形させる荷重を負荷、又は、前記切り欠き部の縁に沿って前記疲労破壊危険部位を含む部位を面外方向に曲げ変形させる荷重を負荷、のいずれか若しくはこれらを組み合わせて、前記疲労破壊危険部位に引張の塑性ひずみを発生させる、ことを特徴とするものである。
【0010】
(4)上記(1)又は(2)に記載のものにおいて、
前記構造物の平坦な部位における前記金属板に円状又は楕円状の孔部が設けられ、かつ、前記疲労破壊危険部位特定工程において特定された前記疲労破壊危険部位が前記孔部のせん断端面である場合、前記圧縮残留応力付与工程は、前記孔部における前記疲労破壊危険部位の接線に平行な方向に引張荷重を負荷、又は、前記孔部の縁に沿って前記疲労破壊危険部位を含む部位を面外方向に曲げ変形させる荷重を負荷、のいずれか若しくはこれらを組み合わせて、前記疲労破壊危険部位に前記引張の塑性ひずみを発生させる、ことを特徴とするものである。
【0011】
(5)上記(1)又は(2)に記載のものにおいて、
前記圧縮残留応力付与工程は、前記疲労破壊危険部位の接線に平行な方向において前記疲労破壊危険部位を挟むように複数のビードを成形することで、前記疲労破壊危険部位に前記引張の塑性ひずみを発生させる、ことを特徴とするものである。
【0012】
(6)上記(1)乃至(5)に記載のものにおいて、
前記圧縮残留応力付与工程は、前記金属板の板厚t(mm)に対し、前記疲労破壊危険部位の接線に直交する方向において該疲労破壊危険部位から2t(mm)までの範囲における引張の塑性ひずみの平均勾配が0.004/2t(mm-1)以上となるように、前記疲労破壊危険部位に前記引張の塑性ひずみを発生させる、ことを特徴とするものである。
【0013】
(7)上記(1)乃至(6)に記載のものにおいて、
前記圧縮残留応力付与工程は、前記疲労破壊危険部位に付与する圧縮残留応力の絶対値が前記金属板の引張強度の40%以上となるように、前記疲労破壊危険部位に前記引張の塑性ひずみを発生させることを特徴とするものである。
【0014】
(8)上記(1)乃至(7)に記載のものにおいて、
前記圧縮残留応力付与工程は、前記疲労破壊危険部位における板厚減少率が10%以下となるように、前記疲労破壊危険部位に前記引張の塑性ひずみを発生させる、ことを特徴とするものである。
【0015】
(9)上記(1)乃至(8)に記載のものにおいて、
前記金属板は、引張強度が780MPa以上である、ことを特徴とするものである。
【0016】
(10)上記(9)に記載のものにおいて、
前記金属板は、4%以上6%以下の塑性ひずみ域での加工硬化係数が0.2以下である、ことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明においては、金属板を用いた構造物の使用時に応力が集中して疲労破壊が懸念される金属板のせん断端面における部位を疲労破壊危険部位として特定する。そして、特定した疲労破壊危険部位に対して引張の塑性ひずみが集中するように荷重を負荷し、引張の塑性ひずみを発生させた後に除荷することにより、疲労破壊危険部位に圧縮残留応力を付与する。これにより、金属板を用いた構造物の使用時に疲労破壊危険部位に応力が集中しても当該疲労破壊危険部位におけるき裂の進展を抑止することができるので、疲労強度を向上させた構造物を製造することができる。
また、本発明によれば、疲労破壊危険部位に対して圧縮残留応力を付与することから、構造物における疲労破壊危険部位の遅れ破壊特性も向上させることができる。
さらに、本発明によれば、疲労破壊危険部位に対して引張の塑性ひずみを発生させることにより加工硬化を引き起こすことができるために疲労破壊危険部位の降伏強度が増加するので、構造物に一度の荷重が入力したときの変形強度を向上させることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の実施の形態に係る金属板構造物の製造方法の具体的な処理の流れを示すフロー図である。
【
図2】せん断加工された切り欠き部が設けられた金属板に発生する引張残留応力と、該引張残留応力によるき裂の発生と疲労破壊を説明する図である。
【
図3】本発明に係る方法において疲労破壊危険部位に引張の塑性ひずみが集中するように発生させることにより疲労強度を向上させることができる理由を説明する図である((a)切り欠き部への引張の塑性ひずみの発生、(b)切り欠き部に引張の塑性ひずみを発生させた後に除荷することによる圧縮残留応力の付与)。
【
図4】本発明の実施の形態に係る金属板構造物の製造方法において、金属板を用いた構造物において疲労破壊が生じる危険がある疲労破壊危険部位を特定する工程の具体的な処理を説明するフロー図である。
【
図5】本実施の形態に係る金属板構造物の製造方法において、せん断加工した切り欠き部に発生した引張残留応力と、切り欠き部に引張の塑性ひずみを発生させて除荷した後に付与された圧縮残留応力と、を測定した具体例のグラフである。
【
図6】本実施の形態に係る金属板構造物の製造方法において、疲労破壊危険部位として特定された切り欠き部のせん断端面に引張の塑性ひずみが集中するように荷重を負荷する態様を説明する図である((a)面内曲げ変形、(b)面外曲げ変形、(c)ビード成形)。
【
図7】本実施の形態に係る金属板の製造方法において、疲労破壊危険部位として特定された円形状の孔部のせん断端面に引張の塑性ひずみが集中するように荷重を負荷する態様の具体例を示す図である((a)面外曲げ変形、(b)ビード成形)。
【
図8-1】本実施の形態において、切り欠き部を付与した試験片に引張の荷重を負荷して切り欠き部に発生した引張の塑性ひずみと残留圧縮応力との関係を求めるFEM解析で用いた試験片モデル(1/4モデル)を示す図である。
【
図8-2】本実施の形態において、切り欠き部(打ち抜き半径R=10mm)を付与した試験片モデルに引張変形の変位を与えたFEM解析の結果であって、疲労破壊危険部位である切り欠き底のせん断端面の接線に直交する方向の(a)引張の塑性ひずみの分布と、(b)残留応力分布を示す図である。
【
図8-3】本実施の形態において、切り欠き部(打ち抜き半径R=10,20,30mm)を付与した試験片モデルに引張変形の変位を与えたFEM解析の結果を示す図であり、(a)切り欠き部の切り欠き底における圧縮残留応力と引張変形の変位量の関係、(b)引張の塑性ひずみの平均勾配と引張変形の変位量との関係、を示すグラフである。
【
図8-4】本実施の形態において、切り欠き部(打ち抜き半径R=10,20,30mm)を付与した試験片モデルに引張変形の変位を与えたFEM解析の結果を示す図であり、切り欠き底における圧縮残留応力と引張変形の過程における塑性ひずみの平均勾配の最大値との関係を示すグラフである。
【
図9】実施例1において、せん断加工により切り欠き部が設けられた金属板の疲労強度向上に係る疲労試験に用いた試験片を示す図である((a)せん断加工後、(b)圧縮残留応力の付与)。
【
図10】実施例2において、せん断加工により円形状の孔部が設けられた金属板を用いた構造物を示す図である(発明例2)。
【
図11】実施例2において、せん断加工により円形状の孔部が設けられた金属板を用いた構造物の疲労試験方法を説明する図である。
【
図12】実施例2において、せん断加工により円形状の孔部が設けられた金属板を用いた構造物を示す図である(比較例2)。
【発明を実施するための形態】
【0019】
<本発明に至った経緯>
図2に例示するような、金属板11の端部をせん断加工して形成した切り欠き部13における切り欠き底のせん断端面13aにおいては金属板11の面内における接線方向に引張残留応力が発生するため、疲労強度が低下することが知られている。そのため、このような金属板11を用いた構造物の使用時に荷重が負荷して切り欠き部13の切り欠き底に応力が集中すると、切り欠き部13における切り欠き底のせん断端面13aの接線に垂直な方向にき裂15が進展して疲労破壊に至ることが懸念される。
【0020】
したがって、金属板を用いた構造物の疲労強度を向上させるためには、疲労破壊が懸念される金属板のせん断端面の疲労強度を向上させる必要があると考えられる。そこで、発明者は、金属板のせん断端面の疲労強度を向上する方法を検討した。その結果、金属板のせん断端面における引張残留応力を解消し、圧縮残留応力に変化させればよいのではないかと考え、その具体的な方法についてさらに検討した。
【0021】
このように検討を重ねた結果、発明者は、
図2に示すような疲労破壊が懸念される金属板11の切り欠き底におけるせん断端面13aに対し、き裂15の進展する方向(紙面左方向)に垂直な方向に引張の塑性ひずみが集中するように荷重を負荷することを想至した。そして、切り欠き底におけるせん断端面13aに対して局所的に引張の塑性ひずみを発生させた後に除荷すると、切り欠き底におけるせん断端面13aに圧縮残留応力が付与されて疲労強度が向上することを見い出した。
本発明は、上記検討に基づいてなされたものであり、以下、具体的な構成を説明する。
【0022】
<金属板構造物の製造方法>
本発明の実施の形態に係る金属板構造物の製造方法は、金属板を用いた構造物において疲労破壊が懸念される部位の疲労強度を向上させて前記構造物を製造するものである。そして、本実施の形態に係る金属板構造物の製造方法は、
図1に示すように、疲労破壊危険部位特定工程S1と、圧縮残留応力付与工程S3と、含むものである。
以下、一例として
図3に示すように、せん断加工により金属板の端部に切り欠き部13が形成された平坦な金属板11を用いた構造物を対象として、上記の各工程について説明する。
【0023】
≪疲労破壊危険部位特定工程≫
疲労破壊危険部位特定工程S1は、構造物の使用時に応力集中を起こして疲労破壊が懸念される金属板11のせん断端面13aを疲労破壊危険部位17として特定する工程である。
【0024】
疲労破壊危険部位17は、例えば
図4に示すように、疲労強度特定ステップS11と、応力解析ステップS13と、疲労破壊危険部位特定ステップS15と、により特定することができる。
【0025】
(疲労強度特定ステップ)
疲労強度特定ステップS11は、金属板11の疲労強度を特定するステップである。
疲労強度特定ステップS11は、例えば、金属板をせん断加工して作製した試験片の疲労試験を行うことにより疲労強度を特定することができる。
【0026】
疲労強度を特定するための試験片を用いた疲労試験方法については特に限定されるものではない。例えば、JIS Z 2275に規定される方法(せん断端面を付与した試験片を用い、使用中に曲げ荷重を受ける部材を対象とする疲労試験)を適用することができる。
【0027】
また、構造物の必要な疲労寿命が予め既知である場合は、上記のような試験片を用いた疲労試験を行わず、構造物に必要な疲労寿命における時間強度を金属板の疲労強度として特定してもよい。
【0028】
(応力解析ステップ)
応力解析ステップS13は、構造物の使用時における金属板11のせん断端面19の応力を算出する応力解析を行うステップである。
【0029】
応力解析ステップS13においては、構造物の有限要素モデルを作成し、構造物の使用環境を模擬した入力条件(例えば、構造物に入力する荷重条件)に対して有限要素法を用いた応力解析を行う。そして、応力解析により、構造物の有限要素モデルにおける金属板11のせん断端面19に相当する要素ごと又は節点ごとの応力を算出することができる。なお、応力解析の解析方法としては、例えば、静的陰解法を用いた弾性解析又は弾塑性解析を適用することができる。
【0030】
(疲労破壊危険部位特定ステップ)
疲労破壊危険部位特定ステップS15は、応力解析ステップS13で応力を算出した金属板11のせん断端面19のうち、疲労強度特定ステップS11で特定した疲労強度を超える部位を、疲労破壊が懸念される疲労破壊危険部位17として特定するステップである。
本実施の形態では、応力解析ステップS13で応力を算出した金属板11のせん断端面19のうち、切り欠き部13における切り欠き底のせん断端面13aの応力が疲労強度特定ステップS11で特定された疲労強度を超えていた。そのため、疲労破壊危険部位特定ステップS15においては、切り欠き部13における切り欠き底のせん断端面13aを疲労破壊危険部位17として特定する。
【0031】
≪圧縮残留応力付与工程≫
圧縮残留応力付与工程S3は、疲労破壊危険部位特定工程S1において特定した疲労破壊危険部位17に対して引張の塑性ひずみが集中するように構造物に荷重を負荷し、疲労破壊危険部位17に引張の塑性ひずみを発生させる工程である。さらに、圧縮残留応力付与工程S3は、疲労破壊危険部位17に引張の塑性ひずみを発生させた後に除荷することにより、疲労破壊危険部位17に圧縮残留応力を付与する工程である。
【0032】
本実施の形態では、
図3に示すように、疲労破壊危険部位17として特定されたせん断端面13aの接線に平行な方向の引張荷重を金属板11に負荷することで、疲労破壊危険部位17に引張の塑性ひずみを集中するように発生させる。ここで、疲労破壊危険部位17の接線に平行な方向とは、金属板11の面内において、切り欠き底のせん断端面13aからき裂15の進展する方向(
図2)に垂直な方向のことをいう。このように疲労破壊危険部位17に引張の塑性ひずみを発生させると(
図3(a))、引張荷重を除荷することにより、疲労破壊危険部位17の接線に平行な方向に、引張の塑性ひずみとは逆方向の圧縮残留応力が付与される(
図3(b))。
【0033】
<疲労強度を向上させることができる理由>
本実施の形態に係る金属板構造物の製造方法により、金属板を用いた構造物において疲労破壊が懸念される部位の疲労強度を向上させた構造物を製造することができる理由を以下に説明する。
【0034】
前述したように、金属板11の端部をせん断加工した切り欠き部13における切り欠き底のせん断端面13aにおいては、せん断端面13aの接線に平行な方向に引張残留応力が発生している。
そこで、本実施の形態では、圧縮残留応力付与工程S3において、
図3(a)に示すように、疲労破壊危険部位17の接線の方向に引張の塑性ひずみが集中するように荷重を負荷する。これにより、疲労破壊危険部位17においては、引張の塑性ひずみが局所的に発生する。そして、疲労破壊危険部位17の接線の方向に引張の塑性ひずみを発生させた後に除荷すると、疲労破壊危険部位17の周囲は元の形状に戻ろうとする。そのため、疲労破壊危険部位17は周囲から押され、
図3(b)に示すように、引張荷重が負荷された方向とは反対方向に圧縮される。このように、引張の塑性ひずみを発生させて除荷した後の切り欠き部13の切り欠き底のせん断端面13aにおいては、切り欠き部13のせん断加工により発生した接線の方向の引張残留応力が解消され、接線の方向に圧縮残留応力が付与される。
図5に、切り欠き部13における切り欠き底のせん断端面13aに発生した、せん断加工後の引張残留応力と、引張の塑性ひずみを発生させて除荷した後に付与される圧縮残留応力の大きさを、cosα法によるX線残留応力測定法により測定した一例を示す。
【0035】
その結果、構造物の使用時に疲労破壊危険部位17として特定された金属板11のせん断端面13aに応力が集中してもき裂の進展を抑止することができ、疲労強度を向上させた構造物を製造することができる。
【0036】
また、本実施の形態に係る金属板構造物の製造方法によれば、疲労破壊危険部位17に対して圧縮残留応力を発生させることから、疲労破壊危険部位17における遅れ破壊特性も向上させることができる。
【0037】
さらに、本実施の形態に係る金属板構造物の製造方法によれば、疲労破壊危険部位17に対して引張の塑性ひずみを発生させることにより加工硬化を引き起こし、疲労破壊危険部位17の降伏強度が増加させることができる。これにより、構造物に一度の荷重が入力したときの金属板11における疲労破壊危険部位17の変形強度を向上させることもできる。
【0038】
なお、上記の説明において、疲労破壊危険部位特定工程S1は、疲労強度特定ステップS11と応力解析ステップS13を実施し、応力解析により求め応力が疲労強度を超える金属板11のせん断端面13aを疲労破壊危険部位17として特定するものであった。
【0039】
もっとも、本発明は、金属板の構造物において疲労破壊が懸念される部位が予め既知である場合、疲労破壊危険部位特定工程は、疲労強度の特定(S11)と応力解析(S13)とを行わずに疲労破壊危険部位を特定してもよい。
【0040】
また、上記の説明は、圧縮残留応力付与工程S3において、平坦な金属板11の面内における疲労破壊危険部位17の接線に平行な方向に引張変形が生じるように金属板11に一様な引張荷重を負荷するものであった。これは、切り欠き部13はそもそも応力集中部であるため、金属板11に対して一様な荷重を負荷するだけで、疲労破壊危険部位17として特定された切り欠き部13における切り欠き底のせん断端面13aに塑性ひずみを集中させることができるためであった。
【0041】
もっとも、圧縮残留応力付与工程S3においては、疲労破壊危険部位17に引張の塑性ひずみが集中するように荷重を負荷すればよい。
例えば、
図6(a)に示すように、疲労破壊危険部位17が金属板11の面内で曲げ外側となる曲げ変形(面内曲げ変形)させる荷重を負荷してもよい。
または、
図6(b)に示すように、疲労破壊危険部位17であるせん断端面13aがV字形状となるように切り欠き部13の縁に沿って金属板11を面外方向に曲げ変形(面外曲げ変形、伸びフランジ加工)させる荷重を負荷してもよい。
さらには、圧縮残留応力付与工程は、引張変形(
図3(a))、面内曲げ変形(
図6(a))又は面外曲げ変形(
図6(b))を組み合わせて荷重を負荷してもよい。
【0042】
また、圧縮残留応力付与工程においては、
図6(c)に示すように、せん断端面13aの接線方向において疲労破壊危険部位17を挟むように2つのビード21を成形することで、疲労破壊危険部位17に引張の塑性ひずみを発生させてもよい。
【0043】
また、上記の説明は、平坦な金属板11の端部に形成された切り欠き部13のせん断端面13aを対象とする場合についてのものであったが、本発明は、金属板においてせん断端面の形状を限るものではない。そのため、略直線状にせん断加工したせん断端面や円形状に打ち抜き加工した孔部のせん断端面が疲労破壊危険部位として特定された場合においても、これらのせん断端面に引張の塑性ひずみを集中させるように荷重を負荷すればよい。
【0044】
例えば、
図7に示すようなせん断加工された平坦な金属板31の孔部33におけるせん断端面33aに疲労破壊が生じる危険がある場合、疲労破壊危険部位35として特定された孔部33のせん断端面33aに引張の塑性ひずみが集中するように荷重を負荷する。そして、疲労破壊危険部位35に引張の塑性ひずみを発生させた後に除荷することにより圧縮残留応力を付与する。これにより、孔部33が形成された平坦な金属板31を用いた構造物において、疲労破壊が懸念される孔部33のせん断端面33aの疲労強度を向上させて構造物を製造することができる。
【0045】
孔部33のせん断端面33aに引張の塑性ひずみを集中するように荷重を負荷するためには、
図7(a)に示すように、孔部33の縁に沿って面外方向に曲げ変形(面外曲げ変形、バーリング加工)してもよい。あるいは、
図7(b)に示すように、せん断端面33aの接線に平行な方向において孔部33を挟むように2つのビード37を成形してもよい。
【0046】
また、
図7に示す孔部33は円形状であったが、本発明はこれに限らず、楕円状の孔部であってもよい。
【0047】
本発明において、圧縮残留応力付与工程は、引張の塑性ひずみを発生させた後の疲労破壊危険部位における圧縮残留応力の絶対値が金属板の引張強度の40%以上(例えば、引張強度980MPaの鋼板の場合は392MPa以上)となるように塑性ひずみを発生させるとよい。せん断加工したせん断端面には引張残留応力が存在するので、一度降伏させ応力の再分配を起こすだけでも、疲労き裂の進展を抑制する効果はある。そして、圧縮残留応力が絶対値で引張強度の40%以上であれば、金属板のせん断端面における疲労き裂の進展を抑制する効果を十分に得ることができるからである。この点については、後述の実施例で具体的に説明する。
【0048】
本発明において、疲労破壊危険部位に局所的に引張の塑性ひずみを発生させた後に除荷し、疲労破壊危険部位に発生させる圧縮残留応力の駆動力は、疲労破壊危険部位とその周囲との引張の塑性ひずみの差である。このため、疲労破壊危険部位に局所的な引張の塑性ひずみを発生させても、疲労破壊危険部位とその周囲における引張の塑性ひずみの差が小さいと、除荷した後に、疲労破壊危険部位に十分な圧縮残留応力を付与することができない恐れがある。そのため、疲労破壊危険部位に引張の塑性ひずみを発生させる条件については、十分な圧縮残留応力が付与される程度に、その周囲の引張の塑性ひずみとの差が得られるものであればよい。
【0049】
この点について、疲労破壊危険部位の接線に直交する方向における引張の塑性ひずみの平均勾配に着目し、引張の塑性ひずみを発生させて除荷した後の疲労破壊危険部位における圧縮残留応力と引張の塑性ひずみの平均勾配との関係を述べる。ここで、塑性ひずみの平均勾配は、金属板の板厚t(mm)に対し、せん断端面における引張の塑性ひずみと、せん断端面からその接線に直交する方向に距離2t(mm)の位置における引張の塑性ひずみとの差を、距離2t(mm)で割って得られる平均勾配(mm-1)とした。
【0050】
図8―1に示す半円状の切り欠き部73(打ち抜き半径R)を付与した板厚t=3mmの試験片モデル71(1/4モデル)を対象としたFEM解析により、試験片モデル71に変位量0.18~2.0mmの引張変形を付与し、引張の塑性ひずみの平均勾配を求めた。さらに、除荷後の疲労破壊危険部位75(切り欠き底のせん断端面73a)における残留応力を求めた。
【0051】
図8-2に、(a)引張の塑性ひずみの分布と、(b)疲労破壊危険部位75の接線に直交する方向(
図8-1のY方向)の残留応力分布の一例(打ち抜き半径R=10mm)を示す。横軸はいずれも切り欠き底(せん断端面)からその接線に直交する方向の距離を示す。切り欠き底(距離=0mm)から距離2t(=6mm)の範囲の塑性ひずみの分布は、一定以上の変位量(1.64mm)で傾きの正負が逆転し、塑性ひずみは切り欠き底(距離Y=0mm)よりも内側の方が大きくなった。これは、引張変形に伴う試験片のくびれ(ネッキング)が、応力状態(切り欠き底:平面応力状態、試験片の内側部分:平面ひずみ応力状態)により異なるために生じたものである。また、圧縮残留応力は、切り欠き底(距離Y=0mm)において最も大きい値であった。
【0052】
また、
図8-3に、(a)切り欠き底の圧縮残留応力と引張変形の変位量の関係、(b)塑性ひずみの平均勾配と引張変形の変位量との関係を示す。切り欠き底の圧縮残留応力は、引張変形の変位量に伴い増加するが、所定の変位量を超えると一定値に近づく。一方、塑性ひずみの平均勾配は、上述した通り、所定の変位量を超えると正負が反転する。なお、
図8-3(b)の破線は、引張変形の過程における塑性ひずみの平均勾配の最大値を示している。
【0053】
図8-4に、切り欠き底における圧縮残留応力と、引張変形の過程における塑性ひずみの平均勾配の最大値との関係を示す。
図8-4に示すように、両者には強い相関関係が認められる。これは、切り欠き底(疲労破壊危険部位)の接線に直交する方向(
図8-1のY方向)において疲労破壊危険部位から2t(mm)までの範囲における引張の塑性ひずみの平均勾配を指標として、疲労破壊危険部位75に発生させる圧縮残留応力を調整できることを示している。
【0054】
このように、引張の塑性ひずみを発生させる具体的な条件として、金属板の板厚t(mm)に対し、疲労破壊危険部位の接線に直交する方向において疲労破壊危険部位から2t(mm)までの範囲の引張の塑性ひずみの平均勾配が0.004/2t(mm-1)以上となるようにするとよい。ここで、塑性ひずみの平均勾配とは、疲労破壊危険部位における塑性ひずみと、疲労破壊危険部位から距離2tの位置における引張の塑性ひずみと、で与えられる平均勾配のうち、変形中の最大値を指す。例えば、板厚t=3mm、引張強度980MPaの鋼板の場合、疲労破壊危険部位における圧縮残留応力の絶対値が引張強度の40%(=392MPa)以上の圧縮残留応力を発生させるには、引張の塑性ひずみの平均勾配を0.004/2t=6.7×10-4(mm-1)以上とすればよい。
このように引張の塑性ひずみを発生させることにより、疲労破壊危険部位とその周囲との塑性ひずみの差により十分な圧縮残留応力を付与することができる。
【0055】
さらに、圧縮残留応力付与工程は、引張の塑性ひずみを発生させて除荷した後の疲労破壊危険部位における板厚減少率が10%以下となるように、引張の塑性ひずみを発生させることが好ましい。引張の塑性ひずみを発生させたことによる板厚減少率が10%を超えてネッキングが生じると、ネッキングの発生部位からき裂が生じやすくなり、せん断端面の疲労強度は逆に低下する恐れがあるためである。
【0056】
なお、本発明において、構造物の素材とする金属板の種類に制限は特にないが、特に、強度の高い金属板を用いた構造物について好ましく適用することができる。これは、せん断加工によって金属板に導入される引張残留応力は高強度な金属板ほど大きく、せん断加工した後の金属板のせん断端面に発生した引張残留応力を解消する本発明の適用による効果が大きくなるためである。そのため、本発明において、金属板は、引張強度780MPa級以上であることが好ましい。
【0057】
さらに、加工硬化係数が小さい金属板の方が、金属板を用いた構造物に荷重を負荷して疲労破壊危険部位に局所的な塑性変形が開始した際に、疲労破壊危険部位が硬化して周囲の塑性変形を誘発することがなく塑性ひずみが集中し、疲労破壊が発生しやすい。そのため、本発明の適用対象とする構造物の金属板は、4%以上6%以下の塑性ひずみ域での加工硬化係数が0.2以下であることが好ましい。
【0058】
なお、本実施の形態において、圧縮残留応力付与工程S3は、
図6に示すように、構造物を組み立てる前に、疲労破壊危険部位特定工程S1において特定された疲労破壊危険部位17を有する金属板11のせん断端面13aに対して実施するものであった。
【0059】
もっとも、金属板のせん断端面に圧縮残留応力を付与するための製造コストの観点から、構造物を製造する複数の工程のうち、構造物を構成する部品の形状に金属板をプレス成形する工程において、疲労破壊危険部位に圧縮残留応力を付与するとよい。
【0060】
ただし、金属板の構造物を製造する複数の工程の中には、疲労破壊危険部位として特定される金属板のせん断端面に引張の塑性ひずみが生じる工程(例えば、金属板の曲げ加工、等)を有する場合がある。このような工程を本発明に係る圧縮残留応力付与工程の後に行うと、疲労破壊危険部位に付与した圧縮残留応力とは異なった応力状態になってしまい、疲労破壊危険部位の疲労強度を向上させることができなくなってしまう恐れがある。
【0061】
そのため、圧縮残留応力付与工程は、構造物を製造する複数の工程のうち、金属板の疲労破壊危険部位に引張の塑性ひずみが発生する工程の後に実施することが好ましい。
【0062】
さらに、本発明において、圧縮残留応力付与工程は、金属板を用いて構造物を組み立てた後に、当該金属板における疲労破壊危険部位に対して引張の塑性ひずみが集中するように構造物に荷重を負荷するものであってもよい。
【実施例0063】
本発明の作用効果について確認するための実験を行ったので、これについて以下に説明する。
【0064】
実施例1では、
図9に示す形状の試験片41を試験対象として疲労試験を行い、疲労強度を評価した。
試験片41は、引張強度1000MPa級、板厚t=3mm、4%~6%の塑性ひずみ域での加工硬化係数0.1の熱延鋼板を120mm×30mmの矩形状に加工したものを供試材とした。そして、試験片41の中央部の両端に打ち抜き半径R=10、20又は30mmの半円状の切り欠き部43をせん断加工し、打ち抜き半径Rの異なる3種類の試験片を作製した。ここで、せん断加工時のクリアランスは10%とした。
【0065】
次に、供試材とした熱延鋼板の疲労強度を特定するために疲労試験を行った。疲労試験は、試験片41に完全両振りで繰り返し荷重を負荷し、繰り返し周波数を20Hzとした。そして、荷重負荷の繰り返し回数30万回における時間強度を疲労強度として求めたところ、300MPaであった。
【0066】
続いて、試験片41の切り欠き部43におけるせん断端面43aを疲労破壊危険部位45とし、圧縮残留応力を付与した。ここで、試験片41の切り欠き部43に応力が集中して疲労破壊が発生するため、実施の形態で説明した応力解析ステップS13と疲労破壊危険部位特定ステップS15を実施せずに、切り欠き部43のせん断端面43aを疲労破壊危険部位45として特定した。
【0067】
実施例1では、
図9に示すように、試験片41の長手方向両端に表1に示す各種の変位を与えることにより、疲労破壊危険部位45として特定された切り欠き部43のせん断端面43aに引張の塑性ひずみが集中するように荷重を負荷した。そして、疲労破壊危険部位45に引張の塑性ひずみを発生させた後、除荷することにより疲労破壊危険部位45に圧縮残留応力を付与した(発明例1~10)。
【0068】
例えば、発明例3において、切り欠き部43における切り欠き底のせん断端面43aから距離2t(=6mm)までの領域における相当塑性ひずみ勾配は0.00303mm-1であり(0.0188/2t)、せん断端面43aに発生した残留応力は-653MPaであった。
【0069】
また、実施例1では、比較対象として、試験片41の切り欠き部43のせん断端面43aに引張の塑性ひずみを発生させず、切り欠き部43を形成したままの試験片41を比較例とした(比較例1、2、4)。さらに、切り欠き部43における切り欠き底のせん断端面43aに引張の塑性ひずみが集中するように荷重を負荷し、除荷後に圧縮残留応力が付与されない条件の試験片41を比較例3、5とした。
【0070】
そして、発明例1~10及び比較例1~5とした試験片41のそれぞれについて疲労試験を行った。
疲労試験は、面外曲げモードでの平面曲げとし、試験片41に完全両振りで繰り返し荷重を負荷した。ここで、繰り返し荷重の負荷は繰り返し周波数2Hz、試験片41の端部における応力振幅を400MPaとした。そして、疲労試験において試験片41に破断が発生せずに荷重負荷の繰り返し回数50万回に到達したものを合格と判定し、100万回で試験を打ち切った。
表1に、疲労試験結果を示す。
【0071】
【0072】
表1に示すように、発明例1~9のいずれにおいても、破断に至るまでの繰り返し回数が50万回以上に到達したため、合格と判定された。特に、発明例2~3、6においては、繰り返し回数100万回においても破断せず、良好な結果であった。なお、発明例2~3、6において、引張の塑性ひずみの平均勾配は0.00076mm-1以上(0.0047/2tmm-1)以上、圧縮残留応力の絶対値は407MPa以上であり、圧縮残留応力の絶対値と金属板の引張強度との比は0.4以上(40%以上)であった。
これに対し、比較例1~5においては、いずれも、繰り返し回数50万回未満において切り欠き部43のせん断端面43aに破断が生じ、不合格と判定された。
【0073】
打ち抜き半径R=10mmの発明例3と4を比較すると、圧縮残留応力の絶対値の大きい発明例4は、ネッキングが生じて板厚減少率が10%を超え、繰り返し回数80万回で破断した。一方、発明例3はネッキングが発生せず板厚減少率も10%以下であり、繰り返し回数100万回においても破断せず、発明例4よりも良好な結果であった。同様に、打ち抜き半径R=20mmの発明例6と7、打ち抜き半径R=30mmの発明例9と10をそれぞれ比較すると、板厚減少率が10%以下であった発明例6、9の方が、繰り返し回数が100万回においても破断せず、良好な結果であった。
【0074】
上記のとおり、実施例1は構造物を製造する前の金属板を対象としたものであるが、金属板に近い状態の簡易的な構造物も想定される。そのため、このような構造物においても、実施例1の結果から、疲労強度を向上させて金属板の構造物を製造できることが示唆された。
ビード53cを成形した後のせん断端面53b1における引張の塑性ひずみに関しては、孔部53bのせん断端面53b1から3t(=9mm)離れた位置までの平均塑性ひずみ勾配が0.15mm-1であった。
また、せん断端面53b1の残留応力に関しては、通常のX線残留応力測定方法では角度の問題により測定不可能である。もっとも、疲労破壊危険部位として特定されたせん断端面53b1近傍における金属板53表面の圧縮残留応力が-500MPaであったことから、疲労破壊危険部位に少なくとも-100MPa以下の圧縮残留応力が付与されたと考えられる。
他方の金属板55は、金属板53と同様、鋼板をコの字断面形状の部品に成形した。そして、コの字断面形状に成形した金属板53と金属板55とを角パイプ状にアーク溶接で接合し、構造物51を組み立てた(発明例2)。
以上、実施例2の結果から、本発明によれば、金属板を用いた構造物において疲労破壊が懸念される部位の疲労強度を向上させて前記構造物を製造できることが示された。