(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024115599
(43)【公開日】2024-08-27
(54)【発明の名称】ガス検知装置及びガス検知方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/16 20060101AFI20240820BHJP
G01N 27/12 20060101ALI20240820BHJP
【FI】
G01N27/16 C
G01N27/12 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023021300
(22)【出願日】2023-02-15
(71)【出願人】
【識別番号】501418498
【氏名又は名称】矢崎エナジーシステム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145908
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 信雄
(74)【代理人】
【識別番号】100136711
【弁理士】
【氏名又は名称】益頭 正一
(72)【発明者】
【氏名】小澤 尚史
(72)【発明者】
【氏名】柴田 真紀子
(72)【発明者】
【氏名】宮城 敦子
(72)【発明者】
【氏名】高橋 英樹
(72)【発明者】
【氏名】松井 巧
【テーマコード(参考)】
2G046
2G060
【Fターム(参考)】
2G046AA19
2G046BA03
2G046BB02
2G046BE02
2G046DA05
2G046DD03
2G046FB02
2G046FE02
2G046FE03
2G046FE09
2G046FE11
2G046FE16
2G046FE25
2G046FE29
2G046FE31
2G046FE34
2G046FE35
2G046FE39
2G046FE44
2G060AA02
2G060AB17
2G060AE19
2G060AF07
2G060AG03
2G060BA03
2G060BB02
2G060BB15
2G060HA00
2G060HC06
2G060KA01
(57)【要約】
【課題】可変抵抗の調整によらずにエアベースを適切に調整できるガス検知装置及びガス検知方法を提供する。
【解決手段】ガス検知装置1は、可燃性ガスの燃焼により抵抗値が増加する検知素子20と、検知素子20と直列に接続され可燃性ガスに対して抵抗値が一定である参照素子30と、検知素子20と参照素子30とにパルス電圧を印加する電源11と、出力V
in+を発生するD/A変換回路40と、検知素子20と参照素子30との間の出力V
in-と、D/A変換回路40により発生された出力V
in+との電位差を示す出力V
outを出力する差動増幅回路12と、差動増幅回路12から出力された出力V
outが示す電位差の減少に応じて、D/A変換回路40により発生される出力V
in+を調整し電位差を増加させるMCU50とを備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
可燃性ガスの燃焼により抵抗値が増加する検知素子と、
前記検知素子と直列に接続され前記可燃性ガスに対して抵抗値が一定である参照素子と、
前記検知素子と前記参照素子とにパルス電圧を印加する電源と、
基準電位を発生する基準電位発生部と、
前記検知素子と前記参照素子との間の中点電位と、前記基準電位発生部により発生された前記基準電位との電位差を示す出力信号を出力する出力部と、
前記出力部から出力された前記出力信号が示す前記電位差の減少に応じて、前記基準電位発生部により発生される前記基準電位を調整し前記電位差を増加させる制御部と
を備えるガス検知装置。
【請求項2】
前記出力部から出力される前記出力信号はアナログ信号であり、
前記基準電位発生部は、前記制御部から出力され前記基準電位を示すデジタル信号をアナログ信号に変換して前記出力部に出力するD/A変換回路であり、
前記制御部は、前記出力部から出力された前記出力信号が示す前記電位差の減少に応じて、前記デジタル信号が示す前記基準電位を調整し前記電位差を増加させる請求項1に記載のガス検知装置。
【請求項3】
前記検知素子及び前記参照素子と、前記検知素子及び前記参照素子と並列に接続された第1固定抵抗及び第2固定抵抗とを含むブリッジ回路を備え、
前記基準電位発生部は、前記第1固定抵抗と、並列に接続される複数の前記第2固定抵抗と、前記第1固定抵抗に接続される前記第2固定抵抗を切り替えるスイッチとを備え、前記第1固定抵抗と前記第2固定抵抗との間の中点電位を示す前記基準電位を発生し、
前記制御部は、前記出力部から出力された前記出力信号が示す前記電位差の減少に応じて、前記スイッチにより前記第1固定抵抗に接続される前記第2固定抵抗を切り替えて前記基準電位を調整し前記電位差を増加させる請求項1に記載のガス検知装置。
【請求項4】
前記制御部は、前記出力部から出力された前記出力信号が示す前記電位差の所定の設定値からの減少量が閾値以上になった場合に、前記基準電位発生部により発生される前記基準電位を調整し前記電位差を増加させる請求項1~3の何れか1項に記載のガス検知装置。
【請求項5】
可燃性ガスの燃焼により抵抗値が増加する検知素子と、前記検知素子と直列に接続され前記可燃性ガスに対して抵抗値が一定である参照素子とを備え、前記検知素子と前記参照素子とにパルス電圧を印加し、前記検知素子と前記参照素子との間の中点電位と基準電位との電位差を示す出力信号を出力するガス検知装置を用いてガスを検知する方法であって、
前記出力信号が示す前記電位差の減少に応じて、前記基準電位を調整し前記電位差を増加させるガス検知方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガス検知装置及びガス検知方法に関する。
【背景技術】
【0002】
メタン等の被検知ガスに感応し抵抗値が増加する検知素子と、環境の変化等、被検知ガスの燃焼以外の温度変化に基づく検知素子の抵抗値の変化を補正する補償素子と、一対の固定抵抗とがブリッジ回路に組み込まれた接触燃焼式ガスセンサが知られている(例えば、特許文献1参照)。特許文献1に記載の接触燃焼式ガスセンサでは、検知素子への被毒物質の付着による感度低下の未然防止を目的として、貴金属触媒を担持する絶縁性酸化物担体の外側に金属酸化物粒子を主成分とする微粒子層を形成している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
接触燃焼式ガスセンサでは、検知素子への被毒物質の付着により検知素子の熱容量が増加し、検知素子の温度が低下する。それにより、検知素子の両端電圧が低下し、検知素子と補償素子(以下、参照素子という)との間の中点電位が上昇するため、基準電位と当該中点電位との電位差を示すセンサ出力が低下する。従って、接触燃焼式ガスセンサでは、検知素子への被毒物質の付着に起因するエアベース(ゼロ点、エア値、Va)の低下が問題となる。
【0005】
接触燃焼式ガスセンサでは、エアベースの下限閾値を設定し、エアベースが当該下限閾値まで低下した場合にセンサを故障と判定することでセンサとしての性能を保証することが想定される。しかしながら、検知素子及び参照素子の個体差によりエアベースにバラツキが生じる場合がある。そのため、初期のエアベースが相対的に低い個体は、相対的に早期に故障と判定される可能性がある。
【0006】
従って、従来の接触燃焼式ガスセンサでは、ブリッジ回路に組み込まれた可変抵抗を手動で調整してエアベースを所定値に設定することで、エアベースのバラツキによる影響を抑えている。しかしながら、可変抵抗の調整作業の工数と可変抵抗の部品コストとが問題となる。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑み、可変抵抗の調整によらずにエアベースを適切に調整できるガス検知装置及びガス検知方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のガス検知装置は、可燃性ガスの燃焼により抵抗値が増加する検知素子と、前記検知素子と直列に接続され前記可燃性ガスに対して抵抗値が一定である参照素子と、前記検知素子と前記参照素子とにパルス電圧を印加する電源と、基準電位を発生する基準電位発生部と、前記検知素子と前記参照素子との間の中点電位と、前記基準電位発生部により発生された前記基準電位との電位差を示す出力信号を出力する出力部と、前記出力部から出力された前記出力信号が示す前記電位差の減少に応じて、前記基準電位発生部により発生される前記基準電位を調整し前記電位差を増加させる制御部とを備える。
【0009】
また、本発明のガス検知方法は、可燃性ガスの燃焼により抵抗値が増加する検知素子と、前記検知素子と直列に接続され前記可燃性ガスに対して抵抗値が一定である参照素子とを備え、前記検知素子と前記参照素子とにパルス電圧を印加し、前記検知素子と前記参照素子との間の中点電位と基準電位との電位差を示す出力信号を出力するガス検知装置を用いてガスを検知する方法であって、前記出力信号が示す前記電位差の減少に応じて、前記基準電位を調整し前記電位差を増加させる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、可変抵抗の調整によらずにエアベースを適切に調整することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態に係るガス検知装置の構成を示す図である。
【
図2】
図2は、
図1に示す検知素子及び参照素子を示す断面図である。
【
図3】
図3は、比較例の接触燃焼式ガスセンサの検出回路を示す図である。
【
図4】
図4は、比較例の接触燃焼式ガスセンサの出力特性を示すグラフである。
【
図5】
図5は、本実施形態のMCUによるガス検知装置の駆動パターンを示す波形図である。
【
図6】
図6は、本実施形態のガス検知装置の原理を説明するための図である。
【
図7】
図7は、パルス幅を50msecと100msecとに設定した場合の接触燃焼式ガスセンサの駆動波形と応答波形とを示す図である。
【
図8】
図8は、本実施形態のガス検知装置の温度特性を示すグラフである。
【
図9】
図9は、
図3に示す比較例の接触燃焼式ガスセンサの初期状態と被毒時の状態とを比較するための図である。
【
図10】
図10は、
図3に示す比較例の接触燃焼式ガスセンサで生じるエアベースのマイナスドリフトを説明するための図である。
【
図11】
図11は、本実施形態のガス検知装置のエアベースの調整方法を説明するための図である。
【
図12】
図12は、本発明の他の実施形態に係るガス検知装置の構成を示す図である。
【
図13】
図13は、
図12に示すガス検知装置のエアベースの調整方法を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を好適な実施形態に沿って説明する。なお、本発明は以下に示す実施形態に限られるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において適宜変更可能である。また、以下に示す実施形態においては、一部構成の図示や説明を省略している箇所があるが、省略された技術の詳細については、以下に説明する内容と矛盾点が発生しない範囲内において、適宜公知又は周知の技術が適用される。
【0013】
図1は、本発明の一実施形態に係るガス検知装置1の構成を示す図である。この図に示すように、ガス検知装置1は、検出回路10と、MCU(Micro Control Unit)50と、警報部60とを備える。検出回路10は、電源11と、センサ部10Cと、差動増幅回路(オペアンプの減算回路)12と、D/A変換回路40とを備える。
【0014】
センサ部10Cは、検知素子20と参照素子30とを備える接触燃焼式(又は吸着燃焼式)のガスセンサである。なお、吸着燃焼式とは、パルス電圧がOFF又はLOW電圧の期間に検知対象のガス分子が検知素子20の触媒に吸着し、パルス電圧がON又はHIGH電圧になった時に当該ガス分子が検知素子20の触媒上で燃焼しセンサ出力が得られるというガス検知方式である。
【0015】
センサ部10Cは、マイクロチップとして構成されている。マイクロチップとしては、シリコンウエハ上に半導体製造プロセスや超微細加工を利用して形成されたダイアフラム構造や梁を持つMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)ガスセンサを例示できる。
【0016】
図2は、
図1に示す検知素子20及び参照素子30を示す断面図である。この図に示すように、検知素子20は、マイクロチップ上にパターニングされたヒーター21を備える。参照素子30も、マイクロチップ上にパターニングされたヒーター31を備える。ヒーター21,31としては、ダイアフラムタイプ、エアブリッジタイプ、カンチレバータイプ等のマイクロヒーターを例示できる。本実施形態のヒーター21,31の構造は、エアブリッジタイプのマイクロヒーターである。また、ヒーター21,31の材料としては白金(Pt)等を例示できる。
【0017】
検知素子20は、ヒーター21を覆う検知部22を備える。この検知部22は、酸化反応に触媒活性を持つ物質で構成されている。検知部22は、不図示の触媒と、触媒を担持する触媒担体とを備える。検知部22の触媒の材料としては、白金、パラジウム(Pd)、イリジウム(Ir)、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)等の白金族系や、金(Au)、銀(Ag)、銅(Cu)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)等のその他の金属を例示できる。また、検知部22の触媒担体の材料としては、アルミナ(Al2O3)、酸化チタン(TiO2)、酸化セリウム(CeO2)、酸化スズ(SnO2)等を例示できる。
【0018】
参照素子30は、ヒーター31を覆う参照部32を備える。この参照部32は、酸化反応に触媒活性を持たない物質で構成されている。参照部32は、検知部22の触媒担体と同様の材料で構成されている。
【0019】
検知素子20及び参照素子30を備えるマイクロチップでは、ヒーター21により数百度に加熱された検知部22に検知対象の可燃性のガス分子Gが接触(又は吸着)すると、検知部22上で接触燃焼反応(又は吸着燃焼反応)が起こり、その反応熱によりヒーター21の温度が上昇して抵抗値が増加する。他方で、参照素子30の参照部32に可燃性のガス分子Gが接触(又は吸着)しても接触燃焼反応(又は吸着燃焼反応)は起きずヒーター31の抵抗値が変化しない。このようなガス検知装置1では、ヒーター21の抵抗値の変化をセンサ出力(出力Vout)として取得して可燃性ガスを検知したり可燃性ガスの濃度を同定したりする。
【0020】
図1に示すように、検出回路10では、電源11と、検知素子20と、参照素子30とが直列で接続されている。検知素子20が電源11の正極に接続され、参照素子30が電源11の負極に接続されている。電源11としては、電池や商用電源等を例示できる。
【0021】
検出回路10は、検知素子20と参照素子30との間に接続された出力端子13と、D/A変換回路40の出力端子41とを備える。検知素子20と参照素子30との間の中点電位が、出力端子13から出力Vin-として出力され、D/A変換回路40のDA出力が、出力端子41から出力Vin+として出力される。出力端子13,41は、差動増幅回路12に接続されており、出力端子13からの出力Vin-と出力端子41からの出力Vin+との差分(電位差)が、差動増幅回路12で増幅されて出力VoutとしてMCU50に出力される。なお、差動増幅回路12に抵抗R3,R4を設けることは必須ではなく、D/A変換回路40のDA出力をオペアンプの+側に直接入力させてもよい。
【0022】
差動増幅回路12の出力V
outは、下記(1)式により算出される。
【数1】
【0023】
MCU50は、D/A変換回路40に基準電位を示すデジタル信号を出力する。D/A変換回路40は、MCU50から出力されたデジタル信号をアナログ信号(出力Vin+)に変換して出力端子41から差動増幅回路12に出力する。また、MCU50は、検知素子20及び参照素子30にパルス電圧を印加することで検出回路10を駆動すると共に、差動増幅回路12の出力Voutに基づいて検知対象の可燃性ガスを検知し警報部60を駆動する。さらに、MCU50は、ガス検知装置1のエアベース(新鮮とみなされる空気環境下での出力Voutであり、ゼロ点)の低下に応じて、D/A変換回路40のDA出力(出力Vin+)を制御する。なお、MCU50によるガス検知装置1の駆動方法、MCU50による検知対象の可燃性ガスの検知方法、及びMCU50によるD/A変換回路40のDA出力の制御方法の詳細については後述する。
【0024】
図3は、比較例の接触燃焼式ガスセンサの検出回路1000を示す図である。この図に示すように、比較例の接触燃焼式ガスセンサの検出回路1000は、ブリッジ回路(ホイーストンブリッジ)として構成されており、互いに並列に接続された一対の経路1000A,1000Bと、電源11と、差動増幅回路12とを備える。一対の経路1000A,1000Bは、電源11の正極に接続された導線から分岐する。分岐した一対の経路1000A,1000Bは、電源11の負極に接続された導線に再結合する。一方の経路1000Aには、センサ部10Cが設けられている。他方の経路1000Bにおいては、固定抵抗R
Aと可変抵抗VRと固定抵抗R
Bとが直列で接続されている。
【0025】
検出回路1000は、検知素子20と参照素子30との間に接続された出力端子1001と、固定抵抗RAと固定抵抗RBとの間の可変抵抗VRに接続された出力端子1002とを備える。検知素子20と参照素子30との間の中点電位が、出力端子1001から出力Vin-として出力され、可変抵抗VRと出力端子1002との接続点の電位が、出力端子1002から出力Vin+として出力される。出力端子1001,1002は、差動増幅回路12に接続されており、出力端子1001の出力Vin-と出力端子1002の出力Vin+との差分(電位差)が、差動増幅回路12で増幅されて出力Voutとなる。
【0026】
図4は、比較例の接触燃焼式ガスセンサの出力特性を示すグラフである。このグラフに示す出力V
outは、差動増幅回路12の出力値である。このグラフに示すように、出力V
outは、検知対象の可燃性ガスの濃度に比例して上昇する。例えば、検知対象の可燃性ガスの濃度が3000ppm以上の場合に警報を行う場合には、警報判定閾値を約2.1Vに設定すればよい。なお、
図4には、検知対象の可燃性ガスの濃度が0ppmの場合に出力V
outが0Vになる例が示されているが、検知対象の可燃性ガスの濃度が0ppmの場合に出力V
outが0Vより高い電圧に設定される場合もある。
【0027】
図5は、本実施形態のMCU50によるガス検知装置1の駆動パターンを示す波形図である。この図に示すように、MCU50は、検知素子20及び参照素子30にパルス電圧を印加する。
【0028】
図6は、本実施形態のガス検知装置1の原理を説明するための図である。ここで、図中右側に示すように、検知素子20の検知部22と参照素子30の参照部32との膜厚に差が生じる場合と生じない場合とが想定される。具体的には、図中右側上段に示すように、検知部22の膜厚が参照部32の膜厚よりも小さくなる場合(以下、ケース1という)、図中右側中段に示すように、検知部22の膜厚と参照部32の膜厚とが等しくなる場合(以下、ケース2という)、図中右側下段に示すように、検知部22の膜厚が参照部32の膜厚よりも大きくなる場合(以下、ケース3という)とが想定される。
【0029】
そして、図中左側下段に示すように、検知部22の膜厚と参照部32の膜厚との関係により、ガス検知装置1の応答波形(出力Voutの波形)にバラツキが生じる。具体的には、ケース1の場合に最大のピーク出力が出現し、ケース2の場合には、ケース1の場合に比してピーク出力が低くなる。さらに、ケース1,2の場合には、パルスがONになってから10~30msecの間にピーク出力を示すのに対し、ケース3の場合には、パルスがONになってから50msecの時点でピーク出力を示す。このケース3の場合におけるピーク出力は、ケース1,2の場合におけるピーク出力に比して低い。
【0030】
ここで、パルスがONになってから50msecの時点(以下、50msecの時点という。実際のパルス幅の終端)におけるケース1~3の場合におけるセンサ出力にもバラツキが生じる。具体的には、50msecの時点での出力Voutは、ケース1が最も高く、ケース2が次に高く、ケース3が最も低くなる。即ち、50msecの時点では、ケース1、ケース2、ケース3の出力Voutは収束しない。
【0031】
図7は、パルス幅を50msecと100msecとに設定した場合の接触燃焼式ガスセンサの駆動波形と応答波形とを示す図である。この図の応答波形の縦軸は、パルスがONになってから100msecの時点(以下、100msecの時点という。)での出力V
outに対する50msecの時点での出力V
outの比率(以下、エアベース比という)である。この図に示すように、100msecの時点では、ケース1~3の出力V
outが収束する。このように、ケース1~3の出力V
outが収束する点を飽和点と称する。
【0032】
図8は、本実施形態のガス検知装置1の温度特性を示すグラフである。この図に示す縦軸の「エアベース変動量/mV」は、ガス検知装置1の周囲の温度が20℃の場合におけるケース1~3のエアベース出力を基準としてその基準に対する差(以下、エアベース変動量という)を求めた値である。よって、ガス検知装置1の周囲の温度が20℃の場合のエアベース変動量は常に0mVである。
【0033】
本実施形態のガス検知装置1では、
図6に示すように、検知部22と参照部32との膜厚の差により応答波形にバラツキが生じる。それに加えて、本実施形態のガス検知装置1では、
図8に示すように、検知部22と参照部32との膜厚の差により周囲温度とエアベース変動量との関係(以下、温度特性と称する)にバラツキが生じる。
【0034】
ここで、本願の発明者等は、ガス検知装置1の温度特性がエアベース比に対して相関を示すこと、即ち、ガス検知装置1ではエアベース比に応じた温度特性が出現することを見出した。そこで、本実施形態では、予め、エアベース比に応じた温度特性を実験等により確認しておく。そして、ガス検知装置1のエアベース比を個体毎に取得し、取得したエアベース比に応じた補正係数や補正式を個体毎に設定することにより、温度の変動により生じるエアベース変動量の増大を抑制している。
【0035】
しかしながら、検知素子20の検知部22への被毒物質の付着が生じた場合には、何ら対策を講じなければ、ガス検知装置1の出力Vout(新鮮とみなされる空気環境下ではエアベース)が変動する。以下、この点について説明する。
【0036】
図9は、
図3に示す比較例の接触燃焼式ガスセンサの初期状態と被毒時の状態とを比較するための図である。この図に示すように、検知素子20の検知部22への被毒物質の付着が生じた場合、何ら対策を講じなければ、出力V
outが低下する。具体的には、検知素子20の検知部22への被毒物質の付着が生じた場合、検知部22の熱容量が初期状態に比して大きくなる。それに対して、検知素子20及び参照素子30に定電圧が印加される場合には、検知部22の温度が初期状態に比して低くなり、ヒーター21の抵抗値が初期状態に比して減少する。それにより、検知素子20の両端電圧が初期状態に比して低くなり、検知素子20と参照素子30との間の中点電位(出力V
in-)が初期状態に比して高くなる。従って、上記(1)式により算出される出力V
outが初期状態に比して低下する。
【0037】
図10は、
図3に示す比較例の接触燃焼式ガスセンサで生じるエアベースのマイナスドリフトを説明するための図である。この図に示すように、検知素子20の検知部22への被毒物質の付着が生じた場合、何ら対策を講じなければ、エアベースの低下(所謂マイナスドリフト)が生じる。
【0038】
比較例の接触燃焼式ガスセンサでは、警報判定閾値ΔV
Aが設定されており、出力V
outがエアベースの設定値からΔV
A(例えば、5mV)だけ上昇した場合に、警報が行われる。ここで、エアベースの設定値は、初期状態では初期値V
0であり、エアベースのマイナスドリフトに応じて更新され低下する。また、警報点V
A(エアベースの設定値にΔV
Aを加算した値)も、エアベースのマイナスドリフトに応じて更新され低下する。なお、本実施形態のガス検知装置1(
図1参照)も同様に警報判定閾値ΔV
Aが設定されており、同様に警報を行う。
【0039】
他方で、比較例の接触燃焼式ガスセンサでは、故障判定閾値VFが設定されており、出力Voutが故障判定閾値VF以下に低下した場合に、センサの故障が検出される。ここで、可変抵抗VRによるエアベースの調整を行わない場合には、検知素子20の検知部22と参照素子30の参照部32との膜厚についての個体差により、エアベースを示す出力Voutにバラツキが生じる。この個体差による出力Voutのバラツキにより、初期の出力Voutと故障判定閾値VFとの差が個体によって相違し、初期の出力Voutと故障判定閾値Vfとの差が小さい個体ほど、エアベースのマイナスドリフトの許容量が小さくなる。エアベースのマイナスドリフトの許容量が小さい個体は、相対的に早期に故障と判定されることになる。
【0040】
そのため、比較例の接触燃焼式ガスセンサでは、可変抵抗VRの調整によりエアベースを指定範囲内に調整する作業を要する。可変抵抗VRの調整は、ドライバーを使用して手動で行う必要があり、工数及び時間を要する。また、可変抵抗VRの部品コストも要する。
【0041】
それに対して、
図1に示す本実施形態のガス検知装置1では、D/A変換回路40のDA出力(出力V
in+)の調整によりエアベースが調整される。そのため、可変抵抗VRが不要となり、可変抵抗VRの調整の工数及び時間が不要になり、可変抵抗VRの部品コストも不要となる。以下、本実施形態のガス検知装置1のエアベースの調整方法について説明する。
【0042】
図11は、本実施形態のガス検知装置1のエアベースの調整方法を説明するための図である。この図に示すように、本実施形態のガス検知装置1では、出力V
outの変動に応じてD/A変換回路40のDA出力(出力V
in+)が切り替えられる。具体的には、出力V
outの切替閾値ΔV
Sが設定されており、出力V
outが初期値V
0からΔV
Sだけ低下すると、MCU50が、D/A変換回路40のDA出力をΔV
Bだけ上昇させる。例えば、DA出力の初期値がV
B[V](例えば、1.5V)の場合、出力V
outが初期値V
0からΔV
Sだけ低下すると、DA出力がV
B[V]からV
B+ΔV
B[V](例えば、1.55V)に上昇する。
【0043】
切替閾値ΔVSは、初期値V0と故障判定閾値VFとの差分より小さい値に設定されており、MCU50は、出力Voutが故障判定閾値VFまで低下する前に、D/A変換回路40の出力Vin+をΔVBだけ上昇させる。ΔVBは、出力VoutをΔVSだけ上昇させる値に設定されている。これにより、検知素子20の検知部22に被毒物質が付着し、出力Voutが初期値V0から低下する場合には、以下の(1)~(3)からなるサイクルが繰り返される。
(1)出力Voutが初期値V0からΔVSだけ低下する。
(2)D/A変換回路40の出力Vin+がΔVBだけ上昇する。
(3)出力VoutがV0-ΔVSから初期値V0まで上昇する。
【0044】
以上説明したように、本実施形態のガス検知装置1では、MCU50が、差動増幅回路12から出力される出力Voutの低下に応じて、D/A変換回路40により発生される基準電位(出力Vin+)を調整し出力Voutを上昇させる。これにより、検知素子20と参照素子30との間の中点電位(出力Vin-)と基準電位との電位差である出力Voutが、検知素子20の検知部22への被毒物質の付着に起因して低下することを、可変抵抗の調整によらずに抑制できる。従って、可変抵抗の調整によらずに初期から被毒時まで、ガス検知装置1のエアベースを適切な範囲に調整できる。
【0045】
また、本実施形態のガス検知装置1では、MCU50が、基準電位を示すデジタル信号を出力し、D/A変換回路40が、当該デジタル信号をアナログ信号に変換して差動増幅回路12に出力する。MCU50は、差動増幅回路12から出力されるアナログ信号が示す電位差の低下に応じて、デジタル信号が示す基準電位を調整し検知素子20と参照素子30との間の中点電位と基準電位との電位差を増加させる。これにより、
図3に示す比較例の接触燃焼式ガスセンサが備えるブリッジ回路の固定抵抗R
A,R
Bを要しない簡素な構成により、検知素子20と参照素子30との間の中点電位と基準電位との電位差を示す出力V
outを検出できる。また、検出される出力V
outを、可変抵抗の調整によらずに適切な範囲に調整できる。
【0046】
また、本実施形態のガス検知装置1では、MCU50が、差動増幅回路12から出力される出力Voutの初期値V0に対する低下量が切替閾値ΔVSになった場合に、D/A変換回路40により発生される基準電位(出力Vin+)を調整し出力Voutを初期値V0まで増加させる。これにより、出力Voutが示す電位差(Vin+-Vin-)を初期値V0と所定の下限値(V0-ΔVS)との範囲に維持することができる。また、当該処理を複数回繰り返すことにより、出力Voutが示す電位差の調整範囲を、処理回数に応じた範囲に拡張できる。
【0047】
図12は、本発明の他の実施形態に係るガス検知装置100の構成を示す図である。この図に示すように、本実施形態のガス検知装置100は、検出回路110と、MCU150と、警報部60とを備える。検出回路110は、ブリッジ回路として構成されており、並列回路の一方の経路110Aと、当該並列回路の他方の経路110Bと、電源11と、差動増幅回路12とを備える。
【0048】
一対の経路110A,110Bは、電源11の正極に接続された導線から分岐する。分岐した一対の経路110A,110Bは、電源11の負極に接続された導線に再結合する。一方の経路110Aに、センサ部10Cが設けられている。本実施形態では、検知素子20が電源11の正極に接続され、参照素子30が電源11の負極に接続されている。他方の経路110Bにおいては、固定抵抗RAと並列回路110Cとが直列で接続されている。本実施形態では、固定抵抗RAが電源11の正極に接続され、並列回路110Cが電源11の負極に接続されている。
【0049】
検出回路110は、検知素子20と参照素子30との間に接続された出力端子111と、固定抵抗RAと並列回路110Cとの接続点に接続された出力端子112とを備える。検知素子20と参照素子30との間の中点電位が、出力端子111から出力Vin-として出力され、固定抵抗RAと並列回路110Cとの間の中点電位が、出力端子112から出力Vin+として出力される。出力端子111,112は、差動増幅回路12に接続されており、出力端子111の出力Vin-と出力端子112の出力Vin+との差分(電位差)が、差動増幅回路12で増幅されて出力Voutとなる。
【0050】
本実施形態では、他方の経路110Bに備えられた固定抵抗RA及び並列回路110Cが、基準電位を発生する基準電位発生部140として機能する。基準電位発生部140が備える並列回路110Cは、互いに並列に接続された固定抵抗RB1,RB2,RB3と、スイッチS1,S2,S3とを備える。固定抵抗RB1は、スイッチS1を介して固定抵抗RAに接続され、固定抵抗RB2は、スイッチS2を介して固定抵抗RAに接続され、固定抵抗RB3は、スイッチS3を介して固定抵抗RAに接続されている。スイッチS1,S2,S3としては、MOSFET(Metal-Oxide-Semiconductor Field Effect Transistor)等の半導体スイッチを例示できる。スイッチS1,S2,S3のON/OFFは、MCU150により制御される。
【0051】
固定抵抗RB1,RB2,RB3の抵抗値は互いに異なっており、固定抵抗RAに接続される固定抵抗RB1,RB2,RB3の抵抗値に応じて、出力Vin+が変化する。本実施形態のガス検知装置100では、固定抵抗に接続される固定抵抗RB1,RB2,RB3の切り替えによりエアベースが調整される。そのため、比較例の接触燃焼式ガスセンサとは異なり可変抵抗VRを他方の経路110Bに設ける必要が無くなり、可変抵抗VRの調整の工数及び時間が不要となり、可変抵抗VRの部品コストも不要となる。以下、本実施形態のガス検知装置100のエアベースの調整方法について説明する。
【0052】
図13は、
図12に示すガス検知装置100のエアベースの調整方法を説明するための図である。この図に示すように、本実施形態のガス検知装置100では、出力V
outの変動に応じて固定抵抗R
Aに接続される固定抵抗R
B1,R
B2,R
B3が切り替えられることにより出力V
outが調整される。具体的には、出力V
outの切替閾値ΔV
Sが設定されており、出力V
outが初期値V
0からΔV
Sだけ低下すると、MCU150が、固定抵抗R
Aに接続する固定抵抗R
B1,R
B2,R
B3を切り替えて出力端子112の出力V
in+をΔV
Bだけ上昇させる。例えば、固定抵抗R
B1が固定抵抗R
Aに接続され、その時の出力V
in+がV
B[V](例えば、1.5V)の場合、出力V
outが初期値V
0からΔV
Sだけ低下すると、固定抵抗R
Aに接続される固定抵抗が固定抵抗R
B1から固定抵抗R
B2に切り替えられ、出力V
in+がV
B[V]からV
B+ΔV
B[V](例えば、1.55V)に上昇する。
【0053】
切替閾値ΔVSは、初期値V0と故障判定閾値VFとの差分より小さい値に設定されており、MCU150は、出力Voutが故障判定閾値VFまで低下する前に、固定抵抗RB1,RB2,RB3を切り替えて出力Vin+をΔVBだけ上昇させる。ΔVBは、出力Voutを切替閾値ΔVSだけ上昇させる値に設定されている。これにより、検知素子20の検知部22に被毒物質が付着し、出力Voutが初期値V0から低下する場合には、以下の(1)~(3)からなるサイクルが繰り返される。
(1)出力Voutが初期値V0からΔVSだけ低下する。
(2)固定抵抗RB1,RB2,RB3が切り替えられ、出力Vin+がΔVBだけ上昇する。
(3)出力VoutがV0-ΔVSから初期値V0まで上昇する。
【0054】
以上説明したように、本実施形態のガス検知装置100では、MCU150が、差動増幅回路12から出力される出力Voutの低下に応じて、基準電位発生部140により発生される基準電位(出力Vin+)を調整し出力Voutを上昇させる。これにより、検知素子20と参照素子30との間の中点電位(出力Vin-)と基準電位との電位差を示す出力Voutが、検知素子20の検知部22への被毒物質の付着に起因して低下することを、可変抵抗の調整によらずに抑制できる。従って、可変抵抗の調整によらずに初期から被毒時まで、ガス検知装置100のエアベースを適切な範囲に調整できる。
【0055】
また、本実施形態のガス検知装置100では、ブリッジ回路である検出回路110の一方の経路110Aには、検知素子20及び参照素子30が設けられ、当該検出回路110の他方の経路110Bには、固定抵抗RAと並列回路110Cとが設けられている。並列回路110Cにおいては、互いに抵抗値が異なる複数の固定抵抗RB1,RB2,RB3が並列に接続され、固定抵抗RAに接続される固定抵抗RB1,RB2,RB3がスイッチS1,S2,S3により切り替えられる。
【0056】
MCU150は、出力Voutの低下に応じて、スイッチS1,S2,S3により固定抵抗RAに接続される固定抵抗RB1,RB2,RB3を切り替えることで基準電位を調整し出力Voutを上昇させる。これにより、ガス検知装置100のエアベースを、可変抵抗の調整によらずに適切な範囲に調整できる。
【0057】
また、本実施形態のガス検知装置100では、MCU150が、差動増幅回路12から出力される出力Voutの初期値V0に対する低下量が切替閾値ΔVSになった場合に、基準電位発生部140により発生される基準電位を調整し出力Voutを初期値V0まで増加させる。これにより、出力Voutが示す電位差を初期値V0と所定の下限値(V0-VS)との範囲に維持することができる。また、当該処理を複数回繰り返すことにより、出力Voutの調整範囲を、処理回数に応じた範囲に拡張できる。
【0058】
以上、上記実施形態に基づき本発明を説明したが、本発明は上記実施形態に限られるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、変更を加えてもよいし、適宜公知や周知の技術を組み合わせてもよい。
【0059】
例えば、上記実施形態では、検知素子20と参照素子30との間の中点電位を出力Vinーとして差動増幅回路12に入力させ、基準電位を出力Vin+として差動増幅回路12に入力させた。このため、検知素子20の検知部22への被毒物質の付着に起因する出力Voutの低下に応じて、基準電位(出力Vin+)を上昇させた。しかしながら、検知素子20の検知部22への被毒物質の付着に起因して低下した出力Voutを上昇させればよく、中点電位と基準電位との差分を検出する回路の構成に応じて、基準電位を上昇又は低下させればよい。
【0060】
また、
図12及び
図13に示す実施形態では、固定抵抗R
B1,R
B2,R
B3の抵抗値を互いに異ならせ、固定抵抗R
Aに接続される固定抵抗R
B1,R
B2,R
B3の抵抗値に応じて、出力V
in+が変化するようにした。しかしながら、固定抵抗R
B1,R
B2,R
B3の抵抗値を等しくしてもよい。この場合、並列に接続された固定抵抗R
B1,R
B2,R
B3の接続数を変化させることにより、出力V
in+を変化させることができる。
【符号の説明】
【0061】
1 ガス検知装置
11 電源
12 差動増幅回路(出力部)
20 検知素子
30 参照素子
40 D/A変換回路(基準電位発生部)
50 MCU(制御部)
100 ガス検知装置
110 検出回路(ブリッジ回路)
140 基準電位発生部
150 MCU(制御部)
RA 固定抵抗(第1固定抵抗)
RB1 固定抵抗(第2固定抵抗)
RB2 固定抵抗(第2固定抵抗)
RB3 固定抵抗(第2固定抵抗)
S1 スイッチ
S2 スイッチ
S3 スイッチ
Vin+ 出力(基準電位)
Vinー 出力(中点電位)
Vout 出力(出力信号)
V0 初期値(所定の設定値)
ΔVS 切替閾値(閾値)