(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024115643
(43)【公開日】2024-08-27
(54)【発明の名称】ゲル化剤、ゲル組成物、細胞足場材料、及び医療材料
(51)【国際特許分類】
C12N 11/04 20060101AFI20240820BHJP
A61L 24/10 20060101ALI20240820BHJP
A61L 24/00 20060101ALI20240820BHJP
C12M 3/00 20060101ALI20240820BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20240820BHJP
C07K 14/78 20060101ALI20240820BHJP
C08G 81/00 20060101ALI20240820BHJP
C12N 5/09 20100101ALN20240820BHJP
C12N 5/0775 20100101ALN20240820BHJP
【FI】
C12N11/04
A61L24/10
A61L24/00 240
A61L24/00 260
C12M3/00 A
C12M1/00 A
C07K14/78
C08G81/00
C12N5/09
C12N5/0775
【審査請求】未請求
【請求項の数】20
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023021379
(22)【出願日】2023-02-15
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】西口 昭広
【テーマコード(参考)】
4B029
4B033
4B065
4C081
4H045
4J031
【Fターム(参考)】
4B029AA02
4B029AA03
4B029AA21
4B029BB11
4B029CC02
4B029CC10
4B033NA16
4B033NB57
4B033NB68
4B033NB69
4B065AA93X
4B065BC46
4C081AC04
4C081BA16
4C081BB04
4C081CD151
4C081DA12
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045CA40
4H045EA50
4J031AA04
4J031AB06
4J031AC11
4J031AE03
4J031AF03
(57)【要約】
【課題】 生体適合性、生分解性、細胞接着性を有するゲル組成物を形成可能なゲル化剤を提供する。
【解決手段】 ゲル化剤であって、チオール基が、第1スペーサーを介して、第1ゼラチンのアミノ基に導入されている第1修飾ゼラチンと、ビニルスルホン基が、第2スペーサーを介して、第2ゼラチンのアミノ基に導入されている第2修飾ゼラチンと、を含む。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲル化剤であって、
チオール基が、第1スペーサーを介して、第1ゼラチンのアミノ基に導入されている第1修飾ゼラチンと、
ビニルスルホン基が、第2スペーサーを介して、第2ゼラチンのアミノ基に導入されている第2修飾ゼラチンと、を含むゲル化剤。
【請求項2】
第1修飾ゼラチンが、下記式(1)で表される構造を有し、
第2修飾ゼラチンが、下記式(2)で表される構造を有する、請求項1に記載のゲル化剤。
【化1】
【化2】
式(1)において、Gltn
1は第1ゼラチンのゼラチン残基であり、L
1は2価の基である第1スペーサーであり、
式(2)において、Gltn
2は第2ゼラチンのゼラチン残基であり、L
2は2価の基である第2スペーサーである。
【請求項3】
式(1)及び式(2)において、L1及びL2が、それぞれ、-C(O)-、-S-、-O-及び炭素数2~18のアルキレン基からなる群から選択される少なくとも1つを含む、請求項2に記載のゲル化剤。
【請求項4】
第1修飾ゼラチンが、下記式(3)で表される構造を有する、請求項1~3のいずれか一項に記載のゲル化剤。
【化3】
式(3)において、Gltn
1は第1ゼラチンのゼラチン残基であり、L
3は炭素数2~18のアルキレン基である。
【請求項5】
第2修飾ゼラチンが、下記式(4)で表される構造を有する、請求項1~4のいずれか一項に記載のゲル化剤。
【化4】
式(4)において、Gltn
2は第2ゼラチンのゼラチン残基であり、L
4は2価の基である。
【請求項6】
式(4)において、L
4が下記式(5)で表される基であり、式(5)において、R
51は炭素数2~18のアルキレン基であり、Xは硫黄原子(S)又は酸素原子(O)であり、R
52はエチレン基である、請求項5に記載のゲル化剤。
【化5】
【請求項7】
第1修飾ゼラチンにおけるチオール基導入率が、20mol%~80mol%である、請求項1~6のいずれか一項に記載のゲル化剤。
【請求項8】
第1修飾ゼラチンにおけるチオール基導入率が、40mol%~80mol%である、請求項1~7のいずれか一項に記載のゲル化剤。
【請求項9】
第2修飾ゼラチンにおけるビニルスルホン基導入率が、20mol%~80mol%である、請求項1~8のいずれか一項に記載のゲル化剤。
【請求項10】
第2修飾ゼラチンにおけるビニルスルホン基導入率が、40mol%~80mol%である、請求項1~9のいずれか一項に記載のゲル化剤。
【請求項11】
第1修飾ゼラチンが有するチオール基1モル当量に対して、第2修飾ゼラチンが有するビニルスルホン基が0.2モル当量~5モル当量である、請求項1~10のいずれか一項に記載のゲル化剤。
【請求項12】
第1ゼラチン、及び第2ゼラチンが、それぞれ、ブタ腱ゼラチン、又はブタ皮膚ゼラチンである、請求項1~11のいずれか一項に記載のゲル化剤。
【請求項13】
下記式(6)で表される基が、第1修飾ゼラチン及び第2修飾ゼラチンからなる群から選択される少なくとも一方が有するアミノ基に、更に導入されている、請求項1~12のいずれか一項に記載のゲル化剤。
【化6】
式(6)において、R
1は、水素原子、又は炭素数1~10のアルキル基であり、L
6は単結合、又は2価の基であり、*は連結位置を表す。
【請求項14】
第1修飾ゼラチンが、第1収容部に収容されており、
第2修飾ゼラチンが、第1収容部とは異なる第2収容部に収容されている、請求項1~13のいずれか一項に記載のゲル化剤。
【請求項15】
ゲル組成物であって、
請求項1~14のいずれか一項に記載の前記ゲル化剤と、
水を含有する溶媒と、を含み、
第1修飾ゼラチンと、第2修飾ゼラチンとが架橋している、ゲル組成物。
【請求項16】
前記溶媒が緩衝液である、請求項15に記載のゲル組成物。
【請求項17】
前記ゲル組成物中の前記ゲル化剤の濃度が、2.5重量%~20重量%である、請求項15又は16に記載のゲル組成物。
【請求項18】
前記ゲル組成物中の前記ゲル化剤の濃度が、5重量%~15重量%である、請求項17に記載のゲル組成物。
【請求項19】
請求項15~18のいずれか一項に記載のゲル組成物を含む、細胞足場材料。
【請求項20】
請求項15~18のいずれか一項に記載のゲル組成物を含む、医療材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゲル化剤、ゲル組成物、細胞足場材料、及び医療材料に関する。
【背景技術】
【0002】
ハイドロゲルは、高分子が三次元的に架橋されたネットワーク構造を有する物質であり、その内部に大量の水を含んでいることを特徴とする。ハイドロゲルは、細胞足場材料やドラッグデリバリーシステム、医療用接着剤など様々な応用が期待されている。ハイドロゲルは、化学反応によって架橋構造を形成する化学ゲルと、物理的な相互作用によって高分子が架橋した物理ゲルに分類される。一般的に、物理ゲルは力学強度が低いため、安定性の高いハイドロゲルを作製するには化学反応を用いる必要がある。ハイドロゲルを形成する手法としては、例えば、アルデヒド基とアミノ基間のシッフ塩基形成、N-ヒドロキシスクシンイミドとアミノ基のカップリング反応、及びラジカル重合による架橋形成等が挙げられる。しかし、これらの化学反応は、細胞にダメージを与えるため、細胞足場材料の製造に用いることは困難であった。
【0003】
このような状況下において、ハイドロゲルの製造方法として、近年、クリックケミストリーが注目されている。
【0004】
例えば、アジド基とアルキン基を用いた付加環化反応は高い生体直行性を示す。その一方で、銅触媒が必要などの問題があった。これに対し、触媒や外部からのエネルギーを必要としないクリック反応の研究が進められており、非特許文献1では、ノルボルネンとテトラジンを修飾したゼラチンを用いたハイドロゲルが報告されている。
【0005】
また、チオール基とビニルスルホン基を用いたクリック反応はより安価であり、水溶性も高いため扱いが容易である。例えば、非特許文献2では、ポリエチレングリコールにチオール基とビニルスルホン基を修飾したハイドロゲルが報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Koshy, S. T., Desai, R. M., Joly, P., Li, J., Bagrodia, R. K., Lewin, S. A., Joshi, N. S., Mooney, D. J., Click-Crosslinked Injectable Gelatin Hydrogels. Adv. Healthc. Mater. 2016, 5, 541-547.
【非特許文献2】Lutolf, M. P., Raeber, G. P., Zisch, A. H., Tirelli, N., Hubbell, J. A., Cell-Responsive Synthetic Hydrogels. Adv. Mater. 2003, 15, 888-892.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、非特許文献1で報告されているハイドロゲルは、使用されている分子が高価であること、反応中に窒素ガスが生成すること、複雑かつ疎水的な構造を有しているため溶解性や安全性が懸念されること等の課題がある。また、非特許文献1では、マウス皮下に埋植したハイドロゲルが120日後にも完全に分解されておらず、架橋構造および生分解性の制御が困難であった。
【0008】
また、非特許文献2で報告されているハイドロゲルに含まれるポリエチレングリコールには生分解性や細胞接着性がないため、細胞足場材料と使用するにはペプチドなどの生理活性因子での修飾が必須である。また、ポリエチレングリコールは非常に水溶性の高い高分子であるため、ハイドロゲルの膨潤も問題となる。
【0009】
本発明は、上記課題を解決するものである。即ち、本発明は、生体適合性、生分解性、細胞接着性を有するゲル(例えば、ハイドロゲル)を形成可能なゲル化剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を達成すべく鋭意検討した結果、以下の構成により上記課題を達成することができることを見出した。
【0011】
[1] ゲル化剤であって、
チオール基が、第1スペーサーを介して、第1ゼラチンのアミノ基に導入されている第1修飾ゼラチンと、
ビニルスルホン基が、第2スペーサーを介して、第2ゼラチンのアミノ基に導入されている第2修飾ゼラチンと、を含むゲル化剤。
[2] 第1修飾ゼラチンが、後述する式(1)で表される構造を有し、
第2修飾ゼラチンが、後述する式(2)で表される構造を有する、[1]に記載のゲル化剤。
[3] 式(1)及び式(2)において、L1及びL2が、それぞれ、-C(O)-、-S-、-O-及び炭素数2~18のアルキレン基からなる群から選択される少なくとも1つを含む、[2]に記載のゲル化剤。
[4] 第1修飾ゼラチンが、後述する式(3)で表される構造を有する、[1]~[3]のいずれか1つに記載のゲル化剤。
[5] 第2修飾ゼラチンが、後述する式(4)で表される構造を有する、[1]~[4]のいずれか1つに記載のゲル化剤。
[6] 式(4)において、L4が後述する式(5)で表される基である、[5]に記載のゲル化剤。
[7] 第1修飾ゼラチンにおけるチオール基導入率が、20mol%~80mol%である、[1]~[6]のいずれか1つに記載のゲル化剤。
[8] 第1修飾ゼラチンにおけるチオール基導入率が、40mol%~80mol%である、[1]~[7]のいずれか1つに記載のゲル化剤。
[9] 第2修飾ゼラチンにおけるビニルスルホン基導入率が、20mol%~80mol%である、[1]~[8]のいずれか1つに記載のゲル化剤。
[10] 第2修飾ゼラチンにおけるビニルスルホン基導入率が、40mol%~80mol%である、[1]~[9]のいずれか1つに記載のゲル化剤。
[11] 第1修飾ゼラチンが有するチオール基1モル当量に対して、第2修飾ゼラチンが有するビニルスルホン基が0.2モル当量~5モル当量である、[1]~[10]のいずれか1つに記載のゲル化剤。
[12] 第1ゼラチン、及び第2ゼラチンが、それぞれ、ブタ腱ゼラチン、又はブタ皮膚ゼラチンである、[1]~[11]のいずれか1つに記載のゲル化剤。
[13] 後述する式(6)で表される基が、第1修飾ゼラチン及び第2修飾ゼラチンからなる群から選択される少なくとも一方が有するアミノ基に、更に導入されている、[1]~[12]のいずれか1つに記載のゲル化剤。
[14] 第1修飾ゼラチンが、第1収容部に収容されており、
第2修飾ゼラチンが、第1収容部とは異なる第2収容部に収容されている、[1]~[13]のいずれか1つに記載のゲル化剤。
[15] ゲル組成物であって、[1]~[14]のいずれか1つに記載の前記ゲル化剤と、水を含有する溶媒と、を含み、第1修飾ゼラチンと、第2修飾ゼラチンとが架橋している、ゲル組成物。
[16] 前記溶媒が緩衝液である、[15]に記載のゲル組成物。
[17] 前記ゲル組成物中の前記ゲル化剤の濃度が、2.5重量%~20重量%である、[15]又は[16]に記載のゲル組成物。
[18] 前記ゲル組成物中の前記ゲル化剤の濃度が、5重量%~15重量%である、[17]に記載のゲル組成物。
[19] [15]~[18]のいずれか1つに記載のゲル組成物を含む、細胞足場材料。
[20] [15]~[18]のいずれか1つに記載のゲル組成物を含む、医療材料。
【発明の効果】
【0012】
本発明のゲル化剤は、生体適合性、生分解性、細胞接着性を有するゲル組成物(例えば、ハイドロゲル)を形成可能である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本実施形態のゲル化剤を用いたゲル化反応、即ち、チオール化ゼラチン(第1修飾ゼラチン)とビニルスルホン化ゼラチン(第2修飾ゼラチン)との架橋反応(クリック反応)を説明する図である。
【
図2】チオール化ゼラチン(第1修飾ゼラチン)の合成反応を説明する図である。
【
図3】ビニルスルホン化ゼラチン(第2修飾ゼラチン)の合成反応を説明する図である。
【
図4】ウレイドピリミジノン基同士の水素結合による架橋構造を示す図である。
【
図5】ウレイドピリミジノン基修飾ゼラチンの合成反応を説明する図である。
【
図6】実施例で合成した試料1-1~1-5(チオール化ゼラチン、第1修飾ゼラチン)の詳細を示す表である。
【
図7】実施例で合成した試料2-1~2-3、及び2-5(ビニルスルホン化ゼラチン、第2修飾ゼラチン)の詳細を示す表である。
【
図8】実施例で合成した、試料1-3(SG-SH64)、及び試料2-3(SG-VS60)の
1H-NMR測定結果を示す図である。原料ゼラチン(SG)、γ-Thiobutyrolactone、Divinyl sulfoneの測定結果も併せて示す。
【
図9】実施例で作製したゲル組成物3-1~3-3の粘弾性の時間依存性を示す図である。
【
図10】実施例で作製したゲル組成物1-3、2-3及び3-3の粘弾性の時間依存性を示す図である。
【
図11】実施例で作製したゲル組成物3-3の引張試験結果を示す図である。
【
図12】実施例で作製したゲル組成物1-3、2-3及び3-3の接着強度を示す図である。
【
図13】実施例で作製したチオール化ゼラチン(試料1-1~1-3)、及びビニルスルホン化ゼラチン(試料2-1~2-3)の細胞毒性試験結果を示す図である。
【
図14】実施例で作製した、細胞を内包するゲル組成物3-3の蛍光顕微鏡写真である。尚、写真はグレースケール変換している。
【
図15】実施例で作製した、がん細胞を内包するゲル組成物3-3の蛍光顕微鏡写真(左側)と、がん細胞を内包するゲル組成物3-4の蛍光顕微鏡写真(右側)である。尚、写真はグレースケール変換している。
【
図16】実施例で作製したゲル組成物3-3の生分解性試験結果を示す蛍光顕微鏡写真である。尚、写真はグレースケール変換している。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明について詳細に説明する。
以下に記載する構成要件の説明は、本発明の代表的な実施形態に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に制限されるものではない。
なお、本明細書において、「~」を用いて表される範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
【0015】
本明細書における基(原子群)の表記において、置換及び無置換を記していない表記は、本発明の効果を損ねない範囲で、置換基を有さないものと共に置換基を有するものをも包含するものである。例えば、「アルキル基」とは、置換基を有さないアルキル基(無置換アルキル基)のみならず、置換基を有するアルキル基(置換アルキル基)をも包含するものである。このことは、各化合物についても同義である。
【0016】
[第1実施形態]
本実施形態のゲル化剤は、チオール基を有するチオール化ゼラチン(第1修飾ゼラチン)、及びビニルスルホン基を有するビニルスルホン化ゼラチン(第2修飾ゼラチン)の2種類の修飾ゼラチンを含む。チオール化ゼラチンと、ビニルスルホン化ゼラチンとは、別々に収容されて供されることが好ましい。使用時に、水を含有する溶媒(例えば、緩衝液)下で、チオール化ゼラチンと、ビニルスルホン化ゼラチンとを混合することで、チオール基とビニルスルホン基とのクリック反応(架橋反応)が生じてハイドロゲル(クリックハイドロゲル)を形成できる(
図1参照)。
【0017】
チオール化ゼラチンのみでもゲルを形成できる。しかし、チオール基間の架橋反応には酸化剤が必要であり、また、反応速度が非常に遅く実用的ではない。また、チオール化ゼラチンに、架橋剤として、例えば、低分子のジビニルスルホンを加えれば、チオール基とビニルスルホン基とを反応させてゲルを形成することはできる。しかし、ジビニルスルホンは低分子であるため、少量では十分なゲル強度が得られない。使用量を増やせば、ゲル強度をある程度、高めることはできるが、ジビニルスルホンは細胞毒性を有する。このため、得られるゲルは十分な生体適合性が得られない。
【0018】
これに対して、本実施形態のゲル化剤は、チオール化ゼラチンに加えて、新規な修飾ゼラチンであるビニルスルホン化ゼラチンを含有する。本実施形態のゲル化剤では、チオール基と、ビニルスルホン基との間で、クリック反応による架橋が生じてゲル(典型的には、ハイドロゲル)を生じる。この反応は、水系環境下で速やかに進み、生体直交性も高い。また、本実施形態のゲル化剤は、生体高分子であるゼラチンの誘導体であるため、得られるゲルは生体適合性、生分解性、細胞接着性が高く、例えば、細胞足場材料として優れている。更に、本実施形態のゲル化剤は、高分子同士(チオール化ゼラチンと、ビニルスルホン化ゼラチン)を架橋するため、高強度のゲルを容易に得ることができる。
【0019】
ゲル化剤における、チオール化ゼラチンと、ビニルスルホン化ゼラチンとの含有比率は特に限定されないが、ゲル強度を高める観点から、例えば、チオール化ゼラチンが有するチオール基1モル当量に対して、ビニルスルホン化ゼラチンが有するビニルスルホン基を0.2モル当量~5モル当量含むことが好ましく、0.5モル当量~2モル当量含むことがより好ましい。
以下に、チオール化ゼラチン(第1修飾ゼラチン)と、ビニルスルホン化ゼラチン(第2修飾ゼラチン)の詳細について説明する。
【0020】
<チオール化ゼラチン>
チオール化ゼラチン(第1修飾ゼラチン)は、例えば、チオール基が、第1スペーサーを介して、第1ゼラチン(原料ゼラチン)のアミノ基に導入されている構造を有する。例えば、チオール化ゼラチンは、下記式(1)で表される構造を有する。
【0021】
【化1】
式(1)において、Gltn
1は第1ゼラチン(原料ゼラチン)のゼラチン残基であり、L
1は2価の基である第1スペーサーである。第1スペーサーL
1は、-C(O)-、-S-、-O-及び炭素数2~18のアルキレン基からなる群から選択される少なくとも1つを含むことが好ましい。アルキレン基は、直鎖であってもよく、分岐鎖であってもよく、また、好ましくは、炭素数2~5のアルキレン基である。
【0022】
チオール化ゼラチンを効率的に合成できるという観点からは、チオール化ゼラチンは、下記式(3)で表される構造を有してもよい。即ち、チオール化ゼラチンは、アミド基(-NHC(O)-)を有してもよい。
【0023】
【化2】
式(3)において、Gltn
1は第1ゼラチン(原料ゼラチン)のゼラチン残基であり、L
3は炭素数2~18のアルキレン基であり、直鎖であってもよく、分岐鎖であってもよく、好ましくは、炭素数2~5のアルキレン基である。
【0024】
第1ゼラチン(原料ゼラチン)は、典型的には、チオール基等が導入されていない(誘導体化されていない)ゼラチンである。本実施形態のゲル化剤は、生体高分子であるゼラチンの誘導体(チオール化ゼラチン、ビニルスルホン化ゼラチン)を用いることで、優れた生体適合性、生分解性、及び細胞接着性を有するゲル組成物が得られる。
【0025】
第1ゼラチンは、天然由来、化学合成、発酵法、及び、遺伝子組換え等により得られるゼラチンのいずれであっても特に制限なく使用できる。なかでも、天然由来のゼラチンが好ましい。天然由来のゼラチンとしては、例えば、例えばウシ、及び、ブタ、ヒト等の哺乳動物由来のもの、及び、タイ、チョウザメ、サケ、及び、タラ等魚由来のものが挙げられる。中でも、ブタゼラチンが好ましく、ブタ皮膚ゼラチン、ブタ腱ゼラチンがより好ましい。
【0026】
第1ゼラチンの分子量は、特に制限されず、一般に、重量平均分子量で10,000~500,000が好ましい。上限としては特に制限されないが、溶解性の観点から、350,000以下がより好ましい。下限としては特に制限されないが、得られるゲルがより優れた機械強度を有する点で、50,000以上がより好ましい。
【0027】
上述の式(1)及び(3)において、第1ゼラチン残基Gltn1に直接結合している窒素原子(N)は、第1ゼラチン中の主としてリジン(Lys)のε-アミノ基由来である。
【0028】
ここで、原料ゼラチン(第1ゼラチン)中のアミノ基(第1級アミノ基、-NH2)の含有量(モル濃度)に対する、修飾ゼラチン(チオール化ゼラチン)中のチオール基の含有量(モル濃度)の比率を「チオール基導入率(チオール基置換率)(mol%)」と定義する。チオール基導入率の求め方は特に限定されず、例えば、TNBS法(2,4,6-トリニトロベンゼンスルホン酸法、アミノ基の定量)、エルマン法(チオール基の定量)等を用いて直接的、又は間接的に求めた値から計算してよい。例えば、後述する実施例に記載する方法により求めてもよい。
【0029】
チオール化ゼラチンにおいて、チオール基導入率は特に制限されない。チオール基導入率を変化させることで、得られるゲルの力学特性を制御できる。また、チオール基導入率が高過ぎると、水溶性が低下しゲル(ハイドロゲル)を形成し難くなる。ゲルを形成し易く、且つ、ゲル強度、及び/又は生体組織への接着力を高める観点から、チオール基導入率は、例えば、20mol%~80mol%、40mol%~80mol%、又は、50mol%~70mol%としてよい。
【0030】
また、ゲル強度、及び/又は生体組織への接着力を高める観点から、チオール化ゼラチンにおいて、第1級アミノ基に対する、チオール基のモル比(SH)/(A)は、例えば、20/80~80/20、40/60~80/20、又は、50/50~70/30としてよい。
【0031】
第1ゼラチン(原料ゼラチン)の第1級アミノ基濃度、チオール化ゼラチンのチオール基濃度は、特に限定されない。第1ゼラチン(原料ゼラチン)の第1級アミノ基濃度は、例えば、200μmol/g~500μmol/g、又は250μmol/g~400μmol/gであってよい。チオール化ゼラチンのチオール基濃度は、例えば、30μmol/g~500μmol/g、又は50μmol/g~350μmol/gであってよい。第1ゼラチン(原料ゼラチン)の第1級アミノ基濃度、チオール化ゼラチンのチオール基濃度が上記範囲内であれば、十分な強度、及び/又は生体組織への接着力を有するゲルが得られ易い。
【0032】
チオール化ゼラチンの分子量は特に限定されず、第1ゼラチン(原料ゼラチン)の分子量と導入された基の種類と量(数)によって決定される。したがって、修飾ゼラチンの重量平均分子量(Mw)の取り得る範囲は、上述した原料ゼラチンの重量平均分子量(Mw)の取り得る範囲とほぼ同じである。
【0033】
本実施形態のゲル化剤は、1種類のチオール化ゼラチンのみを含有してもよいし、2種類以上のチオール化ゼラチンを含有してもよい。
【0034】
チオール化ゼラチンの製造方法(合成方法)は、特に限定されず、公知の方法によって合成できる。原料ゼラチンのアミノ基、好ましくはリジンのアミノ基に第1スペーサーを介してチオール基を結合させる方法としては、例えば、いわゆる還元(的)アミノ化反応(アルデヒド、又はケトンを用いる方法)、及びショッテン・バウマン(Schotten-Baumann)反応(酸クロライドを用いる方法)、N-ヒドロキシスクシンイミドを用いた反応等が挙げられる。例えば、
図2に示すように、原料ゼラチン(第1ゼラチン)の第1級アミンに、チオラクトン化合物(例えば、γ-Thiobutyrolactone)を反応させてチオール基を導入してもよい。合成に用いるラクトン化合物の有する炭素数は、合成するチオール化ゼラチンの第1スペーサーの種類に応じて適宜選択してよい。
【0035】
チオール化ゼラチンの製造方法は上述の方法に限定されず、例えば、チオラクトン化合物に代えて、チオール基を有するカルボン酸化合物、及び/又はチオール基を有するアルデヒド化合物を用いて合成してもよい(
図2参照)。
【0036】
尚、チオール化ゼラチンにおいては、第1ゼラチン(原料ゼラチン)のアミノ基に、第1スペーサーを介したチオール基(-L1-SH)のみが導入されていてもよいし、本発明の効果を奏する範囲であれば、その他の官能基が導入されていてもよい。その他の官能基としては、例えば、第2実施形態において後述するウレイドピリミジノン基が挙げられる。
【0037】
<ビニルスルホン化ゼラチン>
ビニルスルホン化ゼラチン(第2修飾ゼラチン)は、例えば、ビニルスルホン基が、第2スペーサーを介して、第2ゼラチン(原料ゼラチン)のアミノ基に導入されている構造を有する。例えば、ビニルスルホン化ゼラチンは、下記式(2)で表される構造を有する。
【0038】
【化3】
式(2)において、Gltn
2は第2ゼラチン(原料ゼラチン)のゼラチン残基であり、L
2は2価の基である第2スペーサーである。第2スペーサーL
2は、-C(O)-、-S-、-O-及び炭素数2~18のアルキレン基からなる群から選択される少なくとも1つを含むことが好ましい。アルキレン基は、直鎖であってもよく、分岐鎖であってもよく、また、好ましくは、炭素数2~5のアルキレン基である。
【0039】
ビニルスルホン化ゼラチンを効率的に合成できるという観点から、ビニルスルホン化ゼラチンは、下記式(4)で表される構造を有してもよい。即ち、ビニルスルホン化ゼラチンは、アミド基(-NHC(O)-)を有してもよい。
【0040】
【化4】
式(4)において、Gltn
2は第2ゼラチン(原料ゼラチン)のゼラチン残基であり、L
4は2価の基である。2価の基としては、第2スペーサーL
2と同様の官能基を挙げることができる。第2修飾ゼラチンをより効率的に合成できるという観点から、L
4は下記式(5)で表される基であってよい。式(5)において、R
51は炭素数2~18のアルキレン基であり、Xは硫黄原子(S)又は酸素原子(O)であり、R
52はエチレン基である。より好ましくは、式(5)において、Xは硫黄原子(S)であり、R
51は炭素数2~5のアルキレン基である。
【0041】
【0042】
第2ゼラチン(原料ゼラチン)は、第1ゼラチンと同様のものが挙げられ、好適態様も同様である。第2ゼラチンは、第1ゼラチンと同一種類のゼラチンであってもよいし、異なる種類のゼラチンであってもよい。原料管理、修飾ゼラチン合成の効率化等の観点から、第1ゼラチンと第2ゼラチンとは、同一種類のゼラチン(原料ゼラチン)であることが好ましい。
【0043】
上述の式(2)及び(4)において、第2ゼラチン残基Gltn2に直接結合している窒素原子(N)は、第2ゼラチン中の主としてリジン(Lys)のε-アミノ基由来である。
【0044】
ここで、原料ゼラチン(第2ゼラチン)中のアミノ基(第1級アミノ基、-NH2)の含有量(モル濃度)に対する、修飾ゼラチン(ビニルスルホン化ゼラチン)中のビニルスルホン基の含有量(モル濃度)の比率を「ビニルスルホン基導入率(ビニルスルホン基置換率)(mol%)」と定義する。ビニルスルホン基導入率の求め方は特に限定されず、例えば、TNBS法(2,4,6-トリニトロベンゼンスルホン酸法、アミノ基の定量)、エルマン法(チオール基の定量)等を用いて直接的、又は間接的に求めた値から計算してよい。例えば、後述する実施例に記載する方法により求めてもよい。
【0045】
ビニルスルホン化ゼラチンにおいて、ビニルスルホン基導入率は特に制限されず、ビニルスルホン基導入率を変化させることで、得られるゲルの力学特性を制御できる。また、ビニルスルホン基導入率が高過ぎると、水溶性が低下しゲル(ハイドロゲル)を形成し難くなる。ゲルを形成し易く、且つ、ゲル強度、及び/又は生体組織への接着力を高める観点から、ビニルスルホン基導入率は、例えば、20mol%~80mol%、40mol%~80mol%、又は、50mol%~70mol%としてよい。
【0046】
また、ゲル強度、及び/又は生体組織への接着力を高める観点から、ビニルスルホン化ゼラチンにおいて、第1級アミノ基に対する、ビニルスルホン基のモル比(VS)/(A)は、例えば、20/80~80/20、40/60~80/20、又は、50/50~70/30としてよい。
【0047】
第2ゼラチン(原料ゼラチン)の第1級アミノ基濃度、ビニルスルホン化ゼラチンのビニルスルホン基濃度は、特に限定されない。第2ゼラチン(原料ゼラチン)の第1級アミノ基濃度は、例えば、200μmol/g~500μmol/g、又は250μmol/g~400μmol/gであってよい。ビニルスルホン化ゼラチンのビニルスルホン基濃度は、例えば、30μmol/g~500μmol/g、50μmol/g~350μmol/gであってよい。第2ゼラチン(原料ゼラチン)の第1級アミノ基濃度、ビニルスルホン化ゼラチンのビニルスルホン基濃度が上記範囲内であれば、十分な強度、及び/又は生体組織への接着力を有するゲルが得られ易い。
【0048】
ビニルスルホン化ゼラチンの分子量は特に限定されず、第2ゼラチン(原料ゼラチン)の分子量と導入された基の種類と量(数)によって決定される。したがって、ビニルスルホン化ゼラチンの重量平均分子量(Mw)の取り得る範囲は、上述した原料ゼラチンの重量平均分子量(Mw)の取り得る範囲とほぼ同じである。
【0049】
本実施形態のゲル化剤は、1種類のビニルスルホン化ゼラチンのみを含有してもよいし、2種類以上のビニルスルホン化ゼラチンを含有してもよい。
【0050】
ビニルスルホン化ゼラチンの製造方法(合成方法)は、特に限定されず、公知の方法によって合成できる。例えば、
図3に示すように、まず、チオール化ゼラチンを合成し、チオール化ゼラチンのチオール基にジビニルスルホンを反応させてビニルスルホン基を導入してもよい。チオール化ゼラチンは、上述した方法により合成してよい。チオール基へのビニルスルホン基の導入方法は特に限定されないが、例えば、溶媒中で、チオール化ゼラチンのチオール基、100mol%に対して、ジビニルスルホンを150mol%~300mol%、好ましくは、180mol%~250mol%混合し、20℃~70℃で、10時間~30時間反応させてよい。反応後、必要に応じて、還元、再沈殿、濾過、透析、減圧乾燥等を行い、ビニルスルホン化ゼラチンの粉末を得てもよい。
【0051】
ビニルスルホン化ゼラチンの製造方法は上述の方法に限定されず、例えば、チオール化ゼラチンの代わり、原料ゼラチンのアミノ基にヒドロキシ基を導入したヒドロキシ化ゼラチンを用いてもよい(
図3参照)。まず、ヒドロキシ化ゼラチンを合成し、ヒドロキシ化ゼラチンの水酸基にジビニルスルホンを反応させてビニルスルホン基を導入してよい。ヒドロキシ化ゼラチンは、公知の方法(例えば、還元(的)アミノ化反応、及びショッテン・バウマン(Schotten-Baumann)反応)を利用して合成してよい。
【0052】
ビニルスルホン化ゼラチンの合成においては、上述のように、チオール化ゼラチンのチオール基(又は、ヒドロキシ化ゼラチンのヒドロキシ基)に対して、ジビニルスルホンを過剰当量(150mol%以上、好ましくは、180mol%以上)混合して反応させることが好ましい。これにより、ジビニルスルホンの2つのビニル基の両方とチオール基(又は、ヒドロキシ基)とが反応するという副反応を抑制でき、効率よく、チオール基にビニルスルホン基を導入できる。一方で、ジビニルスルホンは細胞毒性を有するため、使用量は少ない方が好ましい。チオール基(又は、ヒドロキシ基)に対する、ジビニルスルホンの混合割合を300mol%以下、好ましくは、250mol%以下とすることで、得られるゲル中のジビニルスルホン濃度を低く抑えることができる。ゲル中のジビニルスルホン濃度を更に抑制するために、ビニルスルホン化ゼラチンは、合成後、透析により精製することが好ましい。
【0053】
チオール化ゼラチンを経由してビニルスルホン化ゼラチンを合成する場合、全てのチオール基にビニルスルホン基を導入してもよいし、一部のチオール基のみにビニルスルホン基を導入してもよい。但し、ビニルスルホン化ゼラチン(第2修飾ゼラチン)にチオール基が残存する場合、チオール基導入率は、例えば、10mol%以下、又は、5mol%以下が好ましい。チオール基導入率を低く抑えることで、ゲル化剤使用前の不要な反応(分子内架橋)を抑制できる。
【0054】
ビニルスルホン化ゼラチンにおいては、原料ゼラチン(第2ゼラチン)のアミノ基に、ビニルスルホン基(VS)のみが導入されていてもよいし、上述のように更にチオール基(SH)が導入されてもよい。更に、本発明の効果を奏する範囲であれば、その他の官能基が導入されていてもよい。その他の官能基としては、例えば、第2実施形態において後述するウレイドピリミジノン基が挙げられる。
【0055】
以上説明した本実施形態のゲル化剤において、より優れた本発明の効果を得る観点から、チオール化ゼラチン(第1修飾ゼラチン)と、ビニルスルホン化ゼラチン(第2修飾ゼラチン)との合計含有量は、90重量%以上、98重量%以上、または、100重量%(即ち、チオール化ゼラチン及びビニルスルホン化ゼラチンのみから構成される)が好ましい。
【0056】
<ゲル化剤の保管方法>
本実施形態のゲル化剤は、チオール化ゼラチンと、ビニルスルホン化ゼラチンとが、別々に収容されて供されることが好ましい。例えば、ゲル化剤は、使用前の不要な反応(例えば、チオール基同士の反応、ゼラチン残基中の水酸基とビニルスルホン基との反応等)を抑制するために、チオール化ゼラチン(第1修飾ゼラチン)を第1収容部に収容し、ビニルスルホン化ゼラチン(第2修飾ゼラチン)を第1収容部とは異なる第2収容部に収容して、保管することが好ましい。使用前のゲル化剤は、不要な反応を抑制するために、シリカゲル等の乾燥剤と共に保管してもよいし、また、減圧下(真空下)、低温状態(冷凍状態)で保管することが好ましい。
【0057】
<ゲル化剤の使用方法(ゲル組成物の製造方法)>
本実施形態のゲル化剤の使用方法は、特に限定されず、チオール化ゼラチンと、ビニルスルホン化ゼラチンと、水を含有する溶媒と、を混合すればよい。これにより、チオール化ゼラチンとビニルスルホン化ゼラチンが架橋してゲル(典型的には、ハイドロゲル)が生じる。また、本実施形態のゲル化剤の使用方法は、以下の工程を含んでもよい。
工程S1:チオール化ゼラチン(第1修飾ゼラチン)を第1溶媒に溶解し、第1剤を調製する、
工程S2:ビニルスルホン化ゼラチン(第2修飾ゼラチン)を第2溶媒に溶解し、第2剤を調製する、及び
工程S3:第1剤と、第2剤とを混合する。
【0058】
工程S1:
第1溶媒は、水を含む溶媒(水性溶媒)である。水性溶媒としては、超純水、生理食塩水、ホウ酸、リン酸、炭酸等各種無機塩の緩衝液、又はこれらの混合物が挙げられる。得られたゲルを細胞培養等に利用することを想定する場合、緩衝液が好ましい。
【0059】
第1剤中のチオール化ゼラチンの濃度は特に限定されないが、得られるゲルの強度を高める観点から、例えば、2.5重量%~20重量%であり、5重量%~15重量%が好ましい。また、第1剤のpH及び温度は、例えば、pH=6.0~8.5、温度:30℃~60℃としてよい。
【0060】
第1剤は、チオール化ゼラチン、及び第1溶媒(水性溶媒)のみから構成されてもよいし、また、本実施形態の効果を奏する範囲において、それ以外の添加剤を含有してもよい。添加剤としては、着色料、pH調整剤、及び、保存剤等が挙げられる。例えば、ゲルを後述する医療材料として用いた場合に、患部等への適用箇所が分かり易いように、着色料(例えばブリリアントブルー)を添加してもよい。添加量は、例えば10~100μg/mLであってよい。
【0061】
第1剤の調製方法は特に限定されず、チオール化ゼラチン、第1溶媒、そして、必要により、各種添加剤を公知の方法により混合することで調製できる。
【0062】
工程S2:
第2溶媒は、第1溶媒として挙げたものを用いることができ、好適態様も同様である。第1溶媒と第2溶媒とは、同一の種類の溶媒であることが好ましい。第2剤中のビニルスルホン化ゼラチンの濃度は特に限定されないが、得られるゲルの強度を高める観点から、例えば、2.5重量%~20重量%であり、5重量%~15重量%が好ましい。また、均一なゲルを形成し易いという観点からは、第1剤中のチオール化ゼラチンの濃度(C1)と、第2剤中のビニルスルホン化ゼラチンの濃度(C2)は近い値であることが好ましい。例えば、比率(C1)/(C2)=0.8~1.2であってよい。また、第2剤のpH及び温度は、上述した第1剤と同等の値をとることができる。
【0063】
第2剤は、ビニルスルホン化ゼラチン、及び第2溶媒(水性溶媒)のみから構成されてもよいし、また、本実施形態の効果を奏する範囲において、それ以外の添加剤を含有してもよい。添加剤としては、上述した第1剤の添加剤と同様のものが挙げられ、好適態様も同様である。
【0064】
第2剤の調製方法は特に限定されず、ビニルスルホン化ゼラチン、第2溶媒、そして、必要により、各種添加剤を公知の方法により混合することで調製できる。
【0065】
工程S3:
第1剤と、第2剤とを混合すると、混合液(プレゲル)において直ちに架橋反応(チオール基とビニルスルホン基とのクリック反応)が生じ、ゲル組成物が生成する(
図1参照)。本実施形態における架橋反応は、反応速度が速く、触媒や外部からのエネルギーは不要である。また、生理的条件下(水中、緩衝液、等)でも反応が進行し、生体直交性も高い。このため、本実施形態のゲル化剤は、細胞足場材料、医療材料等として使用するゲル組成物の製造に適している。
【0066】
第1剤と第2剤との混合割合は、第1剤中におけるチオール基の含有量、及び第2剤中におけるビニルスルホン基の含有量に応じて適宜調整してよいが、均一なゲルを形成し易いという観点からは、第1剤の量(重量W1)と、第2剤との量(重量W2)は、近い値であることが好ましい。例えば、比率(W1)/(W2)=0.8~1.2であってよい。また、混合液(プレゲル)における、第1修飾ゼラチンと第2修飾ゼラチンとの合計含有量(即ち、ゲル化剤濃度)は、ゲル強度を高める観点から、例えば、2.5重量%~20重量%であり、5重量%~15重量%が好ましい。
【0067】
ゲル化反応の際の混合液(プレゲル)の温度、pHは特に限定されないが、例えば、温度:10℃~60℃、pH=6.0~8.5としてよい。また、混合液(プレゲル)は、混合してから、例えば、1分~30分静置することが好ましい。硬化時間は、pHが高い程、短くなる傾向があるため、得られるゲルの用途に応じて、pHにより硬化時間の調整が可能である。
【0068】
第1剤と、第2剤との混合方法は特に限定されない。例えば、先端部で両剤を混合することができるダブルシリンジ型のディスペンサ、スプレー等を用いてもよい。1方のシリンジに第1剤を充填し、他方のシリンジに第2剤を充填し、先端部で調製された混合液(プレゲル)を、所定部分(例えば、生体組織)に付与し、そこでゲル組成物が得られる。
【0069】
形成されるゲル組成物は、その用途に応じて、細胞、薬剤、タンパク質、ワクチン、脱細胞化マトリックス等の種々の添加剤を含有してもよい。これら添加剤は、得られたゲル組成物に添加してもよいし、ゲル化前又はゲル化途中の第1剤と第2剤との混合液(プレゲル)に添加してもよいし、混合前の第1剤、及び/又は、第2剤に添加していてもよい。これら添加剤の詳細については、後述する。
【0070】
<ゲル組成物>
本実施形態のゲル組成物(典型的には、ハイドロゲル)は、上述したゲル化剤と、水を含有する溶媒と、を含む。ゲル組成物において、チオール化ゼラチン(第1修飾ゼラチン)と、ビニルスルホン化ゼラチン(第2修飾ゼラチン)とは架橋し、架橋物(硬化物)を形成している(
図1参照)。水を含有する溶媒は、上述した第1溶媒、第2溶媒と同様のものが挙げられ、好適態様も同様である。
【0071】
ゲル組成物中のゲル化剤濃度(即ち、硬化物の含有量)は、特に限定されず、濃度を変化させることでゲル組成物の力学的特性を制御できる。ゲル組成物の強度を高める観点から、ゲル組成物中のゲル化剤の含有量は、例えば、2.5重量%~20重量%であり、好ましくは、5重量%~15重量%である。
【0072】
生体適合性、生分解性、及び細胞接着性が高い本実施形態のゲル組成物は、細胞足場材料として優れている。例えば、細胞を内包した本実施形態のゲルを疾患部位や組織欠損部位に塗布することで、患部の欠損の組織再生を促進できる。このため、本実施形態のゲル組成物(細胞足場材料)は、創傷被覆、筋組織再生、骨再生、神経再生、虚血治療、糖尿病治療、心疾患治療等のための医療材料として用いることができる。更に、本実施形態のゲル組成物を用いて、がん細胞を培養することで、がん組織モデルの構築が可能となり、創薬スクリーニングへの応用も期待できる。
【0073】
本実施形態のゲル組成物は、用途に応じて、様々な添加剤を含有してもよい。例えば、薬剤やタンパク質を含有することで、ゲル組成物は、薬物送達担体(局所デリバリー担体、徐放性デリバリー担体)、ワクチンキャリア等の医療材料として用いることができる。薬剤及びタンパク質としては、例えば、抗がん剤、抗炎症薬、抗血栓薬、抗生物質、生物学的製剤、線維芽細胞増殖因子、血管内皮細胞増殖因子、肝細胞増殖因子等の成長因子、ウイルスや癌(がん)の抗原タンパク質(ワクチン)等が挙げられる。
【0074】
また、本実施形態のゲル組成物は、添加剤として、生体組織のマトリックス構造である脱細胞化マトリックスを含有してもよい。ブタやウシなどの動物の臓器や組織から細胞成分を取り除いた後に残る細胞外マトリックス成分を含有することで、ゲル組成物に生物学的機能を付与できる。脱細胞化マトリックスとしては、例えば、膀胱や心臓、肝臓、すい臓、小腸などの臓器から作製した脱細胞化マトリックスを使用できる。当然に、このような脱細胞化マトリックス等の添加剤を含有するゲル組成物を細胞足場材料、医療材料等として用いてよい。
【0075】
[第2実施形態]
本実施形態(第2実施形態)のゲル化剤は、上述した第1実施形態のゲル化剤と同様に、チオール化ゼラチン(第1修飾ゼラチン)、及びビニルスルホン化ゼラチン(第2修飾ゼラチン)の2種類の修飾ゼラチンを含む。そして、本実施形態では、チオール化ゼラチン、及びビニルスルホン化ゼラチンの少なくとも一方が有するアミノ基に、ウレイドピリミジノン基が更に導入されている。ここで、「ウレイドピリミジノン基」とは、ウレイドピリミジノン、又はその誘導体から、1個の水素原子を取り除いた一価の基を意味する。
図4に示すように、ウレイドピリミジノン基同士は、ゲル組成物中において、水素結合による架橋構造を形成でき、これにより、ゲル組成物の強度を高めることができる。
【0076】
チオール化ゼラチンのみがウレイドピリミジノン基を有してもよいし、ビニルスルホン化ゼラチンのみがウレイドピリミジノン基を有してもよいし、また、チオール化ゼラチン、及びビニルスルホン化ゼラチンの両方がウレイドピリミジノン基を有してもよい。
【0077】
チオール化ゼラチン、及び/又は、ビニルスルホン化ゼラチンがウレイドピリミジノン基を有すること以外は、本実施形態のゲル化剤、及びそれを用いて形成されたゲル組成物の態様は、第1実施形態のゲル化剤、及びゲル組成物の態様と同様である。第1実施形態と同様の構成については、説明を省略する。
【0078】
ウレイドピリミジノン基は、間接的に(即ち、2価の基であるスペーサーを介して)、アミノ基に導入されていることが好ましい。例えば、チオール化ゼラチン、及び/又は、ビニルスルホン化ゼラチンのアミノ基には、下記式(6)で表される基が導入されている。
【0079】
【化6】
式(6)において、R
1は、水素原子、又は炭素数1~10のアルキル基であり、L
6は単結合、又は2価の基であり、*は連結位置を表す。
【0080】
R1は、炭素数1~3のアルキル基が好ましく、メチル基がより好ましい。L6としての2価の基は、例えば、炭素数1~20の炭化水素鎖を含む。炭化水素鎖は、例えば、アルキル基やエチレンオキシド鎖などであってよく、炭素数が2~12であることが好ましい。
【0081】
ここで、原料ゼラチン(第1ゼラチン、又は第2ゼラチン)中のアミノ基(第1級アミノ基、-NH2)の含有量(モル濃度)に対する、修飾ゼラチン(チオール化ゼラチン、又はビニルスルホン化ゼラチン)中のウレイドピリミジノン基の含有量(モル濃度)の比率を「ウレイドピリミジノン基導入率(ウレイドピリミジノン基置換率)(mol%)」と定義する。ウレイドピリミジノン基導入率の求め方は特に限定されず、例えば、TNBS法(2,4,6-トリニトロベンゼンスルホン酸法、アミノ基の定量)、エルマン法(チオール基の定量)等を用いて直接的、又は間接的に求めた値から計算してよい。例えば、後述する実施例に記載する方法により求めてもよい。
【0082】
チオール化ゼラチン、及びビニルスルホン化ゼラチンにおいて、ウレイドピリミジノン基導入率は特に制限されないが、ゲル強度、及び/又は生体組織への接着力を高める観点から、ウレイドピリミジノン基導入率は、例えば、30mol%~70mol%であり、好ましくは35mol%~55mol%である。
【0083】
チオール化ゼラチンがウレイドピリミジノン基を有する場合、ゲル組成物の強度を高める観点から、チオール基(SH)、ウレイドピリミジノン基(UPy)、及び第1級アミノ基(A)のモル比は、例えば、(SH)/(UPy)/(A)=(40~60)/(35~55)/(5~20)としてよい。
【0084】
ビニルスルホン化ゼラチンがウレイドピリミジノン基を有する場合、ゲル組成物の強度を高める観点から、ビニルスルホン基(VS)、ウレイドピリミジノン基(UPy)、及び第1級アミノ基(A)のモル比は、例えば、(VS)/(UPy)/(A)=(40~60)/(35~55)/(5~20)としてよい。
【0085】
ウレイドピリミジノン基を含む、チオール化ゼラチン及びビニルスルホン化ゼラチンの製造方法(合成方法)は特に限定されず、公知の方法によって合成できる。例えば、まず、原料ゼラチン(第1ゼラチン、第2ゼラチン)のアミノ基にウレイドピリミジノン基を導入して、ウレイドピリミジノン基修飾ゼラチンを合成する。ウレイドピリミジノン基修飾ゼラチンに、第1実施形態で説明した方法によりチオール基を導入することにより、チオール化ゼラチンが得られる。また、ウレイドピリミジノン基修飾ゼラチンに、第1実施形態で説明した方法によりビニルスルホン基を導入することにより、ビニルスルホン化ゼラチンが得られる。
【0086】
ウレイドピリミジノン基修飾ゼラチンは、公知の方法によって合成することができ、その方法は特に限定されない。例えば、先ず、ゼラチン(原料ゼラチン)をジメチルスルホキシドなどの有機溶媒に溶解する。次に、末端にイソシアネート基を有するウレイドピリミジノン誘導体を用意し(
図5参照)、それをジメチルスルホキシドなどの有機溶媒に溶解する。ウレイドピリミジノン誘導体は市販品でもよいし、公知の方法により合成してもよい。ゼラチン液と、ウレイドピリミジノン基修飾ゼラチン液とを、ゼラチン中のアミノ基の量(n)を100モル%としたときに、ウレイドピリミジノン基が30~200モル%となるように混合し、撹拌する。20~30℃で16~24時間撹拌することによって、ウレイドピリミジノン修飾ゼラチンが合成できる(
図5参照)。反応終了後、冷エタノール・酢酸エチル混合溶媒で再沈殿処理をし、冷クロロホルムおよび冷エタノールで洗浄後に、減圧乾燥をすることでウレイドピリミジノン基修飾ゼラチンの粉末を得ることができる。
【0087】
本実施形態において、ゲル化剤の保管方法、及びゲル化剤の使用方法(ゲル組成物の製造方法)は、第1実施形態と同様である。但し、ウレイドピリミジノン基の水素結合を促進する観点からは、ゲル化反応の際の温度(ゲル化温度)は40℃未満、又は、10℃~37℃とすることが好ましい。
【0088】
本実施形態のゲル化剤、及びそれを用いて形成されたゲル組成物は、第1実施形態と同様に、チオール化ゼラチン、及びビニルスルホン化ゼラチンの2種類の修飾ゼラチンを含む。このため、本実施形態のゲル化剤、及びゲル組成物は、第1実施形態のそれらと同等の効果を奏する。更に、本実施形態のゲル化剤、及びゲル組成物は、修飾ゼラチンがウレイドピリミジノン基を有する。これにより、更に高い強度を有するゲル組成物を形成し易い。
【実施例0089】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0090】
1.チオール化ゼラチンの合成
[試料1-1]~[試料1-4]
原料ゼラチン(第1ゼラチン、ブタ皮膚由来、Skin-derived gelatin、SG、新田ゼラチン株式会社)をジメチルスルホキシド(DMSO)に60mg/mLの濃度で溶解し、50℃で加温した。その溶液にγ-Thiobutyrolactone(γ-チオブチロラクトン、Sigma-aldrich社)を所定量添加して混合し、50℃で16~24時間撹拌して反応させた(
図2参照)。尚、原料ゼラチンと、γ-Thiobutyrolactoneとの混合比率は、
図6の表に示すように、原料ゼラチンのアミノ基量(350μmol/g、TNBS法により定量)1モル当量に対して、γ-Thiobutyrolactoneが0.5モル当量~4モル当量となるように、各試料において調整した。
【0091】
反応後の溶液を室温まで冷却し、トリス(2-カルボキシエチル)ホスフィンを0.2mg/mLの濃度で添加し、30分間撹拌し還元した。その後、溶液を20倍量の冷エタノール/冷酢酸エチル(体積比で1:1)の混合溶媒に撹拌しながら、ゆっくりと滴下し再沈殿させた。ガラスフィルターを用いて濾過し、クロロホルム及びエタノールで洗浄し、減圧乾燥することにより、チオール化ゼラチンの白色粉末を回収した。
【0092】
<チオール基導入率の測定>
原料ゼラチンの第1級アミノ基濃度(mol/g)を2,4,6-トリニトロベンゼンスルホン酸法(TNBS法)によって定量し、チオール化ゼラチン(第1修飾ゼラチン)のチオール基濃度(mol/g)をエルマン法で定量し、得られた値から、以下の式によりチオール基導入率を算出した。
チオール化ゼラチン(第1修飾ゼラチン)のチオール基導入率(mol%)
=(第1修飾ゼラチンのチオール基濃度)/(原料ゼラチンの第1級アミノ基濃度)×100
【0093】
計算結果(D.S.)を
図6の表に示す。試料1-1~試料1-4のチオール基導入率は、それぞれ、25.4mol%、38.9mol%、64.3mol%、96.0mol%であった。尚、これ以降、試料1-1~試料1-4を、それぞれ、適宜、SG-SH25、SG-SH39、SG-SH64、SG-SH96と表記する場合がある。
尚、合成した4種類のチオール化ゼラチンは、チオール基導入率が高い程、水溶性が低下する傾向にあった。後述するゲル化実験は、十分な水溶性を有しゲルを形成し易い試料1-1~1-3を用いて行った(表1参照)。
【0094】
[試料1-5]
<ウレイドピリミジノン基(Upy基)修飾ゼラチンの合成>
先ず、
図5に示す、末端にイソシアネート基を有するウレイドピリミジノン誘導体を合成した。2-アミノ-4-ヒドロキシ-6-メチルピリミジン(17.4mmol,2.178g,Sigma-Aldrich社)を1,6-ジイソシアナトヘキサン(78.3mmol,13.163g,東京化成工業株式会社)に分散させ、100℃に加熱して反応させ、16時間撹拌し続けた。25℃まで冷却した後、10倍量のn-ヘキサンを加えて生成物を沈殿させた。得られた沈殿物をろ過して回収し、n-ヘキサンで3回洗浄した。生成物を50℃で減圧乾燥し、末端にイソシアネート基を有するウレイドピリミジノン誘導体(分子量293)を白色粉末として得た。
【0095】
次に、原料ゼラチン(第1ゼラチン、ブタ腱ゼラチン、Tendon gelatin、TG、新田ゼラチン株式会社)をジメチルスルホキシドに50℃で溶解し、室温まで冷却した。また、合成したウレイドピリミジノン誘導体をジメチルスルホキシドに溶解した。ゼラチン液に、ウレイドピリミジノン誘導体液を所定量(原料ゼラチンのアミノ基量(293μmol/g、TNBS法により測定)1モル当量に対して、Upy基が0.45モル当量)添加して混合し、撹拌した。20~30℃で16~24時間撹拌することによって、Upy基修飾ゼラチンを合成した(
図5参照)。反応終了後、エタノール・酢酸エチル混合溶媒で再沈殿処理をし、冷クロロホルムおよび冷エタノールで洗浄後に、減圧乾燥をすることで目的物の粉末を得た。
【0096】
<ウレイドピリミジノン基導入率の測定>
ウレイドピリミジノン基導入率は、原料ゼラチンの第1級アミノ基濃度(mol/g)と、ウレイドピリミジノン基修飾ゼラチンの第1級アミノ基(残存アミノ基)濃度(mol/g)を、TNBS法によって定量し、得られた値から、以下の式により算出した。ウレイドピリミジノン基導入率は、42mol%であった。
【0097】
Upy基導入率(mol%)
=[(原料ゼラチンの第1級アミノ基濃度)-(Upy基修飾ゼラチンの第1級アミノ基濃度)]/(原料ゼラチンの第1級アミノ基濃度)×100
【0098】
<チオール基導入、及びチオール基導入率の測定>
合成したUpy基修飾ゼラチンの第1級アミノ基に対して、上述した試料1-1と同様の方法により、チオール基を導入し、チオール化ゼラチン(第1修飾ゼラチン)を合成した。尚、Upy基修飾ゼラチンと、γ-Thiobutyrolactoneとの混合比率は、
図6の表に示すように、Upy基修飾ゼラチンのアミノ基量1モル当量に対して、γ-Thiobutyrolactoneが2モル当量となるように調整した。また、試料1-1と同様の方法により、チオール基導入率を測定した。結果を
図6の表に示す。試料1-5のチオール基導入率は、50.2mol%であった。尚、これ以降、試料1-5を、適宜、TGUPy-SH50と表記する場合がある。
【0099】
2.ビニルスルホン化ゼラチンの合成
[試料2-1]~[試料2-3]及び[試料2-5]
合成した試料1-1~1-3及び1-5(チオール化ゼラチン、SG-SH25、SG-SH39、SG-SH64、TGUPy-SH50)それぞれを超純水に10mg/mLの濃度で溶解し、50℃で加温した。その溶液にDivinyl sulfone(ジビニルスルホン、東京化成工業株式会社)を所定量(チオール基1モル当量に対して、ジビニルスルホンを2モル当量)添加して混合し、50℃で16~24時間撹拌して反応させた(
図3参照)。反応後の溶液を室温まで冷却し、トリス(2-カルボキシエチル)ホスフィンを0.2mg/mLの濃度で添加し、30分間撹拌し還元した。その後、溶液を透析膜(分子量分画12000~15000)に入れ、3日間透析し、凍結乾燥することにより、ビニルスルホン化ゼラチン(第2修飾ゼラチン)の白色粉末を回収した。
【0100】
<ビニルスルホン基導入率の測定>
原料ゼラチンの第1級アミノ基濃度(mol/g)をTNBS法によって定量し、チオール化ゼラチン(第1修飾ゼラチン)のチオール基濃度(mol/g)、ビニルスルホン化ゼラチン(第2修飾ゼラチン)のチオール基濃度(mol/g)をエルマン法によって定量し、得られた値から、以下の式によりビニルスルホン基導入率を算出した。
ビニルスルホン化ゼラチンのビニルスルホン基導入率(mol%)
=[(第1修飾ゼラチンのチオール基濃度)-(第2修飾ゼラチンのチオール基濃度)]/(原料ゼラチンの第1級アミノ基濃度)×100
【0101】
計算結果(D.S.)を
図7の表に示す。試料2-1~2-3及び2-5のビニルスルホン基導入率は、それぞれ、25mol%、35mol%、60mol%、48mol%であった。尚、これ以降、試料2-1~2-3及び2-5を、それぞれ、適宜、SG-VS25、SG-VS35、SG-VS60、TGUPy-VS48と表記する場合がある。
【0102】
3.修飾ゼラチンの
1H-NMR測定
合成した修飾ゼラチンのうち、代表して、試料1-3(SG-SH64)、及び試料2-3(SG-VS60)の
1H-NMR測定を行った(400MHz、DMSO-d6)。結果を
図8に示す。参考のため、原料ゼラチン(SG)、γ-Thiobutyrolactone、Divinyl sulfoneの測定結果も併せて
図8に示す。
図8に示すように、
1H-NMR測定から、修飾ゼラチンにおいてチオール基、及びビニルスルホン基の導入が確認できた。
【0103】
4.ゲル組成物の作製、及び評価
(1)ゲル化剤
チオール化ゼラチンと、ビニルスルホン化ゼラチンとを表1のように組み合わせて、4種類のゲル化剤1~4とした。各ゲル化剤において、チオール化ゼラチンとビニルスルホン化ゼラチンは、等重量で用いた。したがって、ゲル化剤1~4において、チオール化ゼラチンが有するチオール基1モル当量に対する、ビニルスルホン化ゼラチンが有するビニルスルホン基のモル当量(VS/SH)は、(25/25)=1.00、(35/39)=0.90、(60/64)=0.94、(48/50)=0.96である。
【0104】
【0105】
(2)粘弾性の時間依存性評価
<ゲル組成物3-1~3-3>
ゲル化剤3(SG-SH64、SG-VS60)を用いて、以下に説明する方法により、ゲル化剤濃度の異なるゲル組成物3-1~3-3を作製し、粘弾性の時間依存性を評価した。各ゲル組成物中のゲル化剤濃度(チオール化ゼラチンとビニルスルホン化ゼラチンとの硬化物の含有量)は、ゲル組成物3-1:2.5重量%、ゲル組成物3-2:5重量%、ゲル組成物3-3:10重量%とした。
【0106】
まず、チオール化ゼラチンをリン酸緩衝液(Phosphate buffered saline、PBS、pH=7.4)に25mg/mL~100mg/mLで溶解し、50℃で加温後、pHを7.5~8.2に調整した(第1剤:チオール化ゼラチン溶液)。ビニルスルホン化ゼラチンはPBS(pH=7.4)に25mg/mL~100mg/mLで溶解し、50℃で加温後、pHを6.0~7.0に調整した(第2剤:ビニルスルホン化ゼラチン溶液)。第1剤と第2剤とを37℃で30分間加温し、等量混合することによって混合液(プレゲル溶液)とた。
【0107】
調製した混合液(プレゲル溶液)100μLを基板に滴下し、それを粘弾性測定装置(Rheoplus、アントンパール社)のステージにのせて直径10mmの治具で挟み込み、37℃、1%ひずみ、10rad/sの条件で、プレゲルから生成するゲル組成物の弾性率の時間依存性(1~30分間)を測定した。結果を
図9に示す。
【0108】
図9に示すように、いずれのゲル化剤濃度においても貯蔵弾性率(G’)が損失弾性率(G”)を上回っており、ハイドロゲルを製造できたことが確認できた。また、貯蔵弾性率(G’)は、ゲル化剤濃度の増加に伴って増加し、ゲル化剤濃度10重量%(ゲル組成物3-3)で最も高い値を得た。この結果から、例えば、ゲル化剤濃度を5重量%~15重量%とすると、より強度の強いゲル組成物を製造し易くなると推測される。
【0109】
<ゲル組成物1-3、2-3、及び3-3>
次に、チオール基導入率及びビニルスルホン基導入率の異なるゲル化剤1~3を用いて、上記のゲル組成物3-1等と同様の方法により、ゲル組成物1-3、2-3、及び3-3(ゲル化剤濃度:10重量%)を作製し、粘弾性の時間依存性を評価した。結果を
図10に示す。
【0110】
図10に示すように、いずれのゲル化剤を用いた場合も、貯蔵弾性率(G’)が損失弾性率(G”)を上回っており、ハイドロゲルが製造できたことが確認できた。また、測定開始から20分経過後においては、貯蔵弾性率(G’)は、チオール基導入率、及びビニルスルホン基導入率が高い程、高かった。ゲル組成物3-3(SG-SH64、SG-VS60)は、測定開始から20分経過後の貯蔵弾性率(G’)が2.6kPaと最も高い値であった。この結果から、例えば、チオール化ゼラチンのチオール基導入率、及び/又は、ビニルスルホン化ゼラチンのビニルスルホン基導入率を40mol%~80mol%、好ましくは、50mol%~70mol%とすると、より強度の強いゲル組成物を製造し易いと推測される。
【0111】
図9及び
図10に示す結果から、ゲル組成物の力学的特定は、ゲル組成物中のゲル化剤濃度、ゲル化剤に含まれるチオール化ゼラチンのチオール基導入率、ビニルスルホン化ゼラチンのビニルスルホン基導入率を調整することで、制御できることがわかった。
【0112】
(3)引張試験による力学強度測定
ゲル組成物3-3(ゲル化剤3使用、ゲル化剤濃度:10重量%)の引張試験を以下に説明する方法により行った。
【0113】
まず、上述と同様の方法により、ゲル化剤3を用いて、チオール化ゼラチンとビニルスルホン化ゼラチンとの混合液(プレゲル溶液)を調整し、ISO37-2のサイズのシリコンモールドに注ぎ、37℃で60分間保持してゲル化させ、ゲル組成物3-3を得た。テクスチャ―アナライザーを用いて、25℃でゲル組成物3-3の引張試験を行った。結果を
図11に示す。
図11に示すように、ゲル組成物3-3は、高い延び率と応力を示した(ひずみ:229%、応力:30.9kPa)。
【0114】
(4)接着試験
ゲル組成物1-3、2-3、及び3-3について、ASTM-F2392-04Rに準拠して、組織接着性を評価するためのモデル組織として、コラーゲンケーシングを用いた接着性評価を行った。
【0115】
まず、直径35mmのコラーゲンケーシングに直径3mmのピンホールを形成した。ゲル組成物1-3、2-3、及び3-3のプレゲル溶液を上述と同様の方法により調製し、300μLのプレゲル溶液をコラーゲンケーシング上に滴下した。これを37℃で60分間静置した後、耐圧強度を測定した。結果を
図12に示す。
図12に示すように、組織への接着強度は、チオール基導入率、及びビニルスルホン基導入率が高い程高く、ゲル組成物3-3(SG-SH64、SG-VS60)は、接着強度は4.7kPaであった。この結果から、例えば、チオール化ゼラチンのチオール基導入率、及び/又は、ビニルスルホン化ゼラチンのビニルスルホン基導入率を40mol%~80mol%、好ましくは、50mol%~70mol%とすることで、より組織への接着強度の高いゲル組成物が製造し易いと推測される。
【0116】
(5)細胞毒性試験
チオール化ゼラチン(試料1-1~1-3)、及びビニルスルホン化ゼラチン(試料2-1~2-3)の細胞毒性試験を以下の方法で行った。
【0117】
チオール化ゼラチン(試料1-1~1-3)、及びビニルスルホン化ゼラチン(試料2-1~2-3)を、それぞれ、RPMI1640培地(10%ウシ胎児血清、1%ペニシリンストレプトマイシン)に溶解し、修飾ゼラチン溶液を調製した。評価細胞として、マウス線維芽細胞(L929細胞)を用いた。L929細胞はRPMI1640培地(10%ウシ胎児血清、1%ペニシリンストレプトマイシン)を用いて37℃、5%CO
2のインキュベーターで培養した。2×10
4個のL929細胞を96ウェルプレートに播種し、24時間予備培養した。各修飾ゼラチン溶液を100μLずつウェルに添加し、さらに24時間培養した。培養完了後、細胞数カウンティングキット(WST-8、DOJINDO)を用いて細胞数を定量した。結果を
図13に示す。
【0118】
図13に示すように、いずれの修飾ゼラチン(試料1-1~1-3、及び2-1~2-3)においても高い細胞生存率を有し、高い細胞適合性を有することが確認された。したがって、これらの修飾ゼラチンから構成されるゲル化剤も高い細胞適合性を有する。また、ゲル組成物では、チオール基とビニルスルホン基とが反応して、フリーのチオール基及びビニルスルホン基の数がゲル化剤よりも減少しているため、ゲル化剤よりも細胞毒性が低くなる。したがって、ゲル組成物は、更に細胞毒性が低下し、より高い細胞適合性を有すると推測される。
【0119】
(6)細胞内包試験
ゲル組成物3-3(ゲル化剤3使用、ゲル化剤濃度:10重量%)を用いて、以下に説明する方法により細胞内包試験を行った。評価細胞として、ヒト間葉系幹細胞を用いた。
【0120】
まず、上述と同様の方法により、ゲル化剤3を用いて、プレゲル溶液(ゲル化剤濃度:10重量%)を調整し、4×10
4個のヒト間葉系幹細胞に対して、プレゲル溶液を20μL添加し、24ウェルプレートに播種した。20分後にDMEM培地(15%ウシ胎児血清、1%ペニシリンストレプトマイシン)を500μL添加し、37℃、5%CO
2のインキュベーターで24時間培養した。培養後にサンプルをホルマリン固定し、アクチン染色と核染色を行い、蛍光顕微鏡観察を行った。
図14に蛍光顕微鏡写真(グレースケール変換済)を示す。
【0121】
図14の蛍光顕微鏡写真に示すように、ヒト間葉系幹細胞(染色されたアクチンと核の部分)がハイドロゲルに接着し、伸展している様子が確認された。この結果より、ゲル組成物3-3は、化学架橋性のハイドロゲルでありながら、高い細胞生存率を保ったまま細胞を内包可能であり、さらに細胞接着性も有していることが明らかとなった。
【0122】
(7)がん細胞の内包試験
<ゲル組成物3-3>
ゲル組成物3-3(ゲル化剤3使用、ゲル化剤濃度:10重量%)を用いて、以下に説明する方法により、がん細胞の内包試験を行った。評価細胞として、マウス膵がん細胞を用いた。
【0123】
まず、上述と同様の方法により、ゲル化剤3を用いて、プレゲル溶液(ゲル化剤濃度:10重量%)を調整し、4×10
4個のマウス膵がん細胞に対して、プレゲル溶液を20μL添加し、24ウェルプレートに播種した。20分後にDMEM培地(15%ウシ胎児血清、1%ペニシリンストレプトマイシン)を500μL添加し、37℃、5%CO
2のインキュベーターで24時間培養した。培養後にサンプルをホルマリン固定し、アクチン染色、コラーゲン染色、核染色を行い、蛍光顕微鏡観察を行った。
図15に蛍光顕微鏡写真(グレースケール変換済)を示す。
【0124】
<ゲル組成物3-4>
ゲル組成物3-4として、ブタ由来膀胱マトリックス(UBM:Urinary bladder matrix)を含有するゲル組成物を調製し、がん細胞の内包試験を行った。プレゲル溶液にUBMを添加し、UBM含有プレゲル溶液を24ウェルプレートに播種したこと以外は、上述のゲル組成物3-3のがん細胞の内包試験と同様に試験を行った。したがって、ゲル組成物3-4の組成は、UBMを含有すること以外、ゲル組成物3-3の組成と同様である。尚、UBMは、プレゲル溶液20μLに対して、2mg添加した。
図15に蛍光顕微鏡写真(グレースケール変換済)を示す。
【0125】
図15に示すように、ゲル組成物3-3及び3-4中において、マウス膵がん細胞(染色されたアクチンと核の部分)同士が強く結合してスフェロイドを形成している様子が観察された。また、ゲル組成物3-4の写真には、細胞のスフェロイドに加えて、全体にUBM(染色されたコラーゲン部分)が分散している様子が確認できた。これらの結果から、UBMの有無によらず、ゲル組成物が細胞足場材料(細胞培養材料)として有用であることが確認できた。また、UBMを含むゲル組成物3-4では、UBMを含まないゲル組成物3-3と比較して、細胞がより伸展している様子が観察された。この結果から、UBMを含むゲル組成物3-4に、より強く細胞が接着していると理解できる。
【0126】
以上の結果から、ゲル組成物は、がん細胞の培養に使用することができ、更に、UBM等の添加剤を加えることで様々な細胞特性が評価でき、がんモデルへの応用が可能であることが理解できる。
【0127】
(8)生分解性試験
ゲル組成物3-3(ゲル化剤3使用、ゲル化剤濃度:10重量%)をC57BL/6Jマウス(6~8週齢、メス)へ埋入することで、生体適合性と生分解性を評価した。
【0128】
まず、上述と同様の方法により、ゲル化剤3を用いてプレゲル溶液(ゲル化剤濃度:10重量%)を調製し、プレゲル溶液を厚さ1mmのシリコンモールドに入れ、25℃で60分間ゲル化させた。得られたゲル組成物3-3はUV照射によって滅菌した。イソフルランの吸入麻酔下において、背部の毛を剃り、70%エタノールで消毒した後に、メスで皮膚を切開し、皮下にゲル組成物3-3を埋植した。1、3、7、14、28日後にマウスを安楽死させ、ゲル組成物3-3と組織を摘出し、組織切片のヘマトキシリン・エオシン染色後、蛍光顕微鏡観察を行った。
図16に蛍光顕微鏡写真(グレースケール変換済)を示す。
【0129】
図16に示すように、ゲル組成物周囲での強い炎症反応は確認されなかった。また、7日後には多くの細胞のゲル組成物への浸潤が確認され、14日後には、細胞浸潤がゲル組成物全体に広がっていた。14日後まで、ゲル組成物の厚みの変化は確認されなかったが、28日後には、ゲル組成物は完全に分解されて消失していた。この結果より、ゲル組成物は、生分解性と生体適合性を兼ね備えることが確認できた。
以上説明した本実施形態のゲル化剤は、クリック反応により、ゲル組成物(クリックハイドロゲル)を生成可能である。得られたゲル組成物は、高い生体適合性・生分解性・細胞接着性を有し、医療材料、細胞足場材料等として、例えば、医療用途に大変有用である。