IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ マツダ株式会社の特許一覧

<>
  • 特開-ピストン 図1
  • 特開-ピストン 図2
  • 特開-ピストン 図3
  • 特開-ピストン 図4
  • 特開-ピストン 図5
  • 特開-ピストン 図6
  • 特開-ピストン 図7
  • 特開-ピストン 図8
  • 特開-ピストン 図9
  • 特開-ピストン 図10
  • 特開-ピストン 図11
  • 特開-ピストン 図12
  • 特開-ピストン 図13
  • 特開-ピストン 図14
  • 特開-ピストン 図15
  • 特開-ピストン 図16
  • 特開-ピストン 図17
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024115683
(43)【公開日】2024-08-27
(54)【発明の名称】ピストン
(51)【国際特許分類】
   F02F 3/00 20060101AFI20240820BHJP
   F16J 1/01 20060101ALI20240820BHJP
【FI】
F02F3/00 302Z
F16J1/01
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023021460
(22)【出願日】2023-02-15
(71)【出願人】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100176304
【弁理士】
【氏名又は名称】福成 勉
(72)【発明者】
【氏名】本田 雄一
(72)【発明者】
【氏名】市川 和男
(72)【発明者】
【氏名】中野 光一
(72)【発明者】
【氏名】阪井 博行
(72)【発明者】
【氏名】中橋 宏和
【テーマコード(参考)】
3J044
【Fターム(参考)】
3J044AA05
3J044CA18
3J044DA09
3J044EA10
(57)【要約】
【課題】粉粒体が充填される空間部を拡大して減衰効果を向上することが可能なピストンを提供する。
【解決手段】ピストン1は、閉じられた空間部30が形成されたピストン本体20と、空間部30の内部に移動可能に充填された粉粒体40とを備える。空間部30は、ピストン本体20の幅方向において、スカート部26とピンボス部28に挟まれた部位に形成され、具体的には、ピンボス部28とその両側の一対のスカート部26の各々との間に形成されている。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンのシリンダ内を往復移動するピストンであって、
ピストンヘッドと、前記ピストンヘッドの外周から下方に延びる一対のスカート部と、前記一対のスカート部の間に配置され、コネクティングロッドを連結するためのピストンピンが挿入されるピン孔を有するピンボス部とを有するピストン本体であって、当該ピストン本体の内部に閉じられた空間部が形成されたピストン本体と、
前記空間部の内部に移動可能に充填された粉粒体と、を備え、
前記空間部は、前記ピストン本体の幅方向において、前記スカート部と前記ピンボス部に挟まれた部位に形成されている、
ことを特徴とするピストン。
【請求項2】
請求項1に記載のピストンにおいて、
前記空間部は、前記ピンボス部とその両側の前記一対のスカート部の各々との間に形成されている、
ことを特徴とするピストン。
【請求項3】
請求項2記載のピストンにおいて、
前記粉粒体は、前記ピンボス部の両側の前記空間部に異なる充填量で充填されている、
ことを特徴とするピストン。
【請求項4】
請求項3記載のピストンにおいて、
前記粉粒体は、前記ピンボス部の軸方向から見て、前記ピストン本体の幅方向において、前記エンジンの圧縮行程において前記コネクティングロッドとクランクシャフトとを連結するクランクピンが存在する側の前記空間部への充填量が、当該クランクピンが存在しない側の前記空間部への充填量よりも多くなるように、前記ピンボス部の両側の前記空間部に充填されている、
ことを特徴とするピストン。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載のピストンにおいて、
前記ピストン本体は、前記スカート部と前記ピンボス部との間に配置され、当該スカート部の内面につながった内壁をさらに有し、
前記空間部は、前記スカート部および前記内壁によって閉じられている、
ことを特徴とするピストン。
【請求項6】
請求項1~4のいずれか1項に記載のピストンにおいて、
前記空間部に対する前記粉粒体の充填率は、15~40%の範囲である、
ことを特徴とするピストン。
【請求項7】
請求項1~4のいずれか1項に記載のピストンにおいて、
前記ピストン本体は、前記空間部を形成する上面と下面とを有し、
前記ピストンのストローク量に対する前記上面と当該空間部の下面に堆積した状態の前記粉粒体の表面との間の上下方向隙間との割合は、20~30%である、
ことを特徴とするピストン。
【請求項8】
請求項1~4のいずれか1項に記載のピストンにおいて、
前記ピストン本体は、前記空間部を形成する上面と下面とを有し、
前記ピストンピンの軸方向から見て、前記上面は前記ピストン本体の幅方向に対して傾斜している、
ことを特徴とするピストン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンのシリンダ内で往復移動するピストンに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ピストンがシリンダ内を往復動するレシプロエンジンでは、燃費向上と出力確保の観点から、圧縮比を大きくすることに加えて、ピストン内部に空間部を設けてピストンの軽量化によりピストンの慣性重量の低減を図ることが従来から行われている。
【0003】
また、特許文献1には、ピストンの振動を抑制可能な減衰構造として、ピストンヘッドの内部の空間部に粒子状充填材を充填することで、ピストンに生じる振動を減衰させる技術が開示されている。
【0004】
この特許文献1記載の構造では、粒子状充填材は、ピストンの往復動に伴ってピストンヘッド内部の空間部で分散しながら移動することによりピストンに生じる振動のエネルギーを粒子状充填材の運動エネルギーや摩擦による熱エネルギーに変換して振動のエネルギーを減衰させる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2020-186722号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のピストン構造では、粒状体が充填される空間部は、ピストンヘッドの内部に形成されており、コネクティングロッドをピストンに連結するためのピストンピンが挿入されるピンボス部の位置から見れば、当該ピンボス部の上方に位置している。したがって、空間部とピンボス部(具体的にはピン孔)との干渉を避けるために、空間部の上下寸法を十分に確保できない。このため、燃焼起振力のピーク発生タイミングと粒状体の空間部の上面(具体的にはピストンにおける空間部を形成する上面)への衝突タイミングとを近づける(一致させる)ことが難しい。その結果、上記のピストン構造では、燃焼起振力に起因する振動を十分に減衰することが難しい。
【0007】
また、ピストンヘッド内部では、空間部の幅方向の寸法も十分に確保できないので、上死点近傍でのピストンの幅方向の運動によってピストンがシリンダと接触することによって発生するスラップ音を抑制することも難しい。
【0008】
本発明は、前記のような事情に鑑みてなされたものであり、減衰効果をより向上することが可能なピストンの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するために本発明のピストンは、エンジンのシリンダ内を往復移動するピストンであって、ピストンヘッドと、前記ピストンヘッドの外周から下方に延びる一対のスカート部と、前記一対のスカート部の間に配置され、コネクティングロッドを連結するためのピストンピンが挿入されるピン孔を有するピンボス部とを有するピストン本体であって、当該ピストン本体の内部に閉じられた空間部が形成されたピストン本体と、前記空間部の内部に移動可能に充填された粉粒体と、を備え、前記空間部は、前記ピストン本体の幅方向において、前記スカート部と前記ピンボス部に挟まれた部位に形成されている、ことを特徴とする。
【0010】
かかる構成によれば、ピストン本体では、粉粒体が充填される空間部がピストン本体の幅方向においてスカート部とピンボス部に挟まれた部位に形成されている。このため、ピンボス部のピン孔の位置に影響を受けずに空間部の上下方向の寸法を確保できる。これにより、膨張行程初期の燃焼起振力のピーク発生タイミングと粉粒体が空間部の上面、すなわち、空間部を形成するピストン本体の上面に衝突する衝突タイミングを近づけて(好ましくは一致させ)、燃焼起振力に起因する振動の減衰効果を向上させることができる。また、一対のスカート部の間では空間部の幅方向の寸法も確保できるので、上死点近傍でのピストンの幅方向の運動によって発生するスラップ音を抑制することが可能である。
【0011】
上記のピストンにおいて、前記空間部は、前記ピンボス部とその両側の前記一対のスカート部の各々との間に形成されているのが好ましい。
【0012】
かかる構成によれば、ピンボス部の両側に分かれて2つの空間部が形成され、2つの空間部のそれぞれに粉粒体が充填されているので、上死点近傍でのピストンの幅方向の運動をさらに抑制でき、スラップ音をさらに抑制することが可能である。
【0013】
上記のピストンにおいて、前記粉粒体は、前記ピンボス部の両側の前記空間部に異なる充填量で充填されているのが好ましい。
【0014】
かかる構成によれば、ピンボス部の両側の空間部に充填される粉粒体の充填量が異なることにより、ピンボス部の両側の空間部では、ピストンの往復動で生じる粉粒体の慣性力の強さを変えることが可能である。したがって、ピンボス部の両側の空間部において粉粒体の異なる強さの慣性力が発生することにより、ピストン本体に対して首振り方向とは逆方向に作用することで、ピストンの首振りを抑制することが可能である。これにより、ピストンの首振り運動を抑制することができる。
【0015】
上記のピストンにおいて、前記粉粒体は、前記ピンボス部の軸方向から見て、前記ピストン本体の幅方向において、前記エンジンの圧縮行程において前記コネクティングロッドとクランクシャフトとを連結するクランクピンが存在する側の前記空間部への充填量が、当該クランクピンが存在しない側の前記空間部への充填量よりも多くなるように、前記ピンボス部の両側の前記空間部に充填されているのが好ましい。
【0016】
エンジンの圧縮行程において、コネクティングロッドとクランクシャフトとを連結するクランクピンが存在する側では、コネクティングロッドがピストンを押し上げる際にピストンにおける上記クランクピンが存在する側が押し上げられることによりピストンが傾く傾向がある。そこで、上記の構成では、クランクピンが存在する側の空間部への粉粒体の充填量を、当該クランクピンが存在しない側の空間部への充填量よりも多くすることにより、多く充填された側(クランクピン存在側)の空間部内の粉粒体の慣性力の方がその反対側の空間部内の粉粒体の慣性力よりも強くなる。したがって、圧縮行程時に上昇するピストンでは、多く充填された側の空間部内の粉粒体の下向きの慣性力により、ピストンにおけるクランクピンが存在する側に対応する部分の圧縮行程時の上方への変位を抑制する。また、圧縮行程の後の膨張行程では、ピストンが下向きの膨張圧を受けたときに多く充填された側の空間部内の粉粒体に上向きの慣性力が生じることにより、膨張行程時の上方への変位を抑制する。これにより、ピストンの首振りを効果的に抑制することが可能である。
【0017】
上記のピストンにおいて、前記ピストン本体は、前記スカート部と前記ピンボス部との間に配置され、当該スカート部の内面につながった内壁をさらに有し、前記空間部は、前記スカート部および前記内壁によって閉じられているのが好ましい。
【0018】
かかる構成によれば、空間部がスカート部および当該スカート部の内面につながった内壁によって閉じられることにより、エンジンの性能へ影響を与えやすいスカート部およびピンボス部の形状変更を抑えながら大容積の空間部を形成することが可能である。空間部の大容積化に伴って空間部に充填される粉粒体も増えることにより、減衰効果をさらに向上させることが可能である。
【0019】
上記のピストンにおいて、前記空間部に対する前記粉粒体の充填率は、15~40%の範囲であるのが好ましい。
【0020】
かかる構成によれば、空間部に対する粉粒体の充填率は15~40%の範囲であれば5db以上の減衰効果を粉粒体の充填量を抑制しながら得られる。すなわち、15%未満であれば、5dbの減衰効果が得られず、40%を超えると粉粒体の充填量を増やしても減衰効果の伸びが鈍化して充填量の抑制の点で好ましくないので、上記の範囲が好ましい。
【0021】
上記のピストンにおいて、前記ピストン本体は、前記空間部を形成する上面と下面とを有し、前記ピストンのストローク量に対する前記上面と当該空間部の下面に堆積した状態の前記粉粒体の表面との間の上下方向隙間との割合は、20~30%であるのが好ましい。
【0022】
かかる構成によれば、ピストンの上死点付近で粉粒体がピストン本体における空間部を
形成する上面に確実に衝突するので、燃焼起振力のピーク発生タイミングと粉粒体が空間部上方の上面に衝突する衝突タイミングを一致させることが可能になる。すなわち、粉粒体の減衰力発生タイミングの最適化が可能である。
【0023】
上記のピストンにおいて、前記ピストン本体は、前記空間部を形成する上面と下面とを有し、前記ピストンピンの軸方向から見て、前記上面は前記ピストン本体の幅方向に対して傾斜しているのが好ましい。
【0024】
かかる構成によれば、ピストンが上死点に到達するときに粉粒体がピストン本体における空間部を形成する上面に衝突することにより、傾斜した上面に沿って粉粒体がピストンの幅方向の一方に移動する力が働くことで、ピストンの幅方向の移動によるスラップ音をさらに抑制することが可能である。
【発明の効果】
【0025】
以上のように、本発明のピストンによれば、粉粒体が充填される空間部を拡大して減衰効果を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】本発明の一実施形態に係るピストンを備えたエンジンの断面図である。
図2図1のピストンの斜視図である。
図3図2のピストンを左右方向に切断した縦断面図である。
図4図2のピストンのピン孔中心の高さで切断した横断面図である。
図5図3のピストン本体内部に収容された粉粒体の上下方向および左右方向の移動を示す説明図である。
図6】エンジン回転数とエンジンへの負荷との関係を示すグラフであって、本実施形態のピストンの減衰効果の領域を5段階で示したグラフである。
図7】空間部の上面と粉粒体堆積層の表面との間の上下隙を3段階に変えた場合のクランクアングルと上下方向の減衰力との関係を示すグラフである。
図8】本実施形態のピストン(A、B)および比較例であるピストンヘッド内部に粉粒体を充填したピストン(C)における粉粒体質量と減衰効果との関係を示すグラフである。
図9】本実施形態のピストンにおける粉粒体の充填率と減衰効果の関係を示すグラフである。
図10】圧縮行程時のクランク角度が-90度から0度までのピストンの移動時において、クランク角度が0度のときに粉粒体が空間部の上面に衝突することを示す説明図である。
図11】ピストンのストローク量を変えた場合のエンジン回転数と上下隙h(空間部の上面と粉粒体堆積層の表面との間の上下隙)との関係を示すグラフである。
図12】ピストンのストローク量を変えた場合のエンジン回転数と(上下隙h/ストローク量)との関係を示すグラフである。
図13】粉粒体が充填されていない状態でピストンが往復動をしたときのピストンの首振り角度とクランクアングルとの関係を示すグラフである。
図14】本実施形態のピストンにおける粉粒体の上下方向の慣性力とクランクアングルとの関係を示すグラフである。
図15】ピストンの膨張行程時において左右の空間部内の粉粒体の上向きの慣性力によってピストンの首振り運動を打ち消す偶力が発生することを示す図である。
図16】本実施形態のピストン(L1)および比較例の粉粒体無しのピストン(L2)の首振り角度とクランクアングルとの関係を示すグラフ、および各クランクアングルにおける本実施形態のピストンの首振り状態を模式的に示した図である。
図17】(a)、(b)は本発明の変形例であって、空間部の上面を傾斜した構造であって、上死点付近で粉粒体が傾斜した上面に衝突することにより、ピストン本体を左右方向に押してスラップ音を抑制することを説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の実施形態に係るピストンについて、図面を参照しながら詳細に説明する。
【0028】
(1)エンジンの構成
図1は、本発明の一実施形態に係るピストン1を備えたエンジンEの断面図である。本図に示されるエンジンEは、走行用の動力源として車両に搭載される4サイクルのガソリン直噴エンジンである。このエンジンEは、シリンダ2を内部に備えるシリンダブロック3と、 シリンダ2を上から閉塞するようにシリンダブロック3の上面に取り付けられたシリンダヘッド4と、シリンダブロック3の下面に取り付けられ、当該シリンダブロック3と協働してクランク室17を形成するクランクケース5と、シリンダ2に往復動可能に挿入された上記ピストン1とを有している。
【0029】
ピストン1の上方には燃焼室7が画成されている。燃焼室7には、ガソリンを含有する燃料が図外のインジェクタからの噴射によって供給される。そして、供給された燃料が燃焼室7で空気と混合されつつ図外の点火プラグによる点火により燃焼し、その燃焼による膨張力を受けてピストン1が上下方向に往復動する。
【0030】
ピストン1の下方には、エンジンEの出力軸であるクランクシャフト8が設けられている。クランクシャフト8は、コネクティングロッド(以下、コンロッドと呼ぶ)9を介してピストン1と連結されている。詳しくは、コンロッド9の上側の端部である小端部9aがピストンピン6を介してピストン1に結合されるとともに、コンロッド9の下側の端部である大端部9bがクランクピン18によってクランクシャフト8に結合される。これにより、ピストン1とクランクシャフト8とがコンロッド9を介して連結されている。ピストン1の往復運動(上下運動)は、コンロッド9により回転運動に変換された上でクランクシャフト8に伝達され、クランクシャフト8を中心軸回りに回転させる。
【0031】
シリンダヘッド4には、燃焼室7に空気を導入するための吸気ポート10と、燃焼室7で生成された排気ガスを導出するための排気ポート11と、吸気ポート10の燃焼室7側の開口を開閉する吸気弁12と、排気ポート11の燃焼室7側の開口を開閉する排気弁13とが設けられている。なお、本実施形態のエンジンEのバルブ形式は、吸気2バルブ×排気2バルブの4バルブ形式である。すなわち、シリンダヘッド4には、1つのシリンダ2に対し、図1の紙面に直交する方向に並ぶ2つの吸気ポート10および2つの排気ポート11が設けられるとともに、各ポートに対応した2つの吸気弁12および2つの排気弁13が設けられている。
【0032】
吸気弁12および排気弁13は、シリンダヘッド4に配設された一対のカム軸等を含む動弁機構により、クランクシャフト8の回転に連動して開閉駆動される。
【0033】
シリンダブロック3の内部には、潤滑用のオイル(エンジンオイル)が流通するオイルギャラリ14が設けられている。シリンダブロック3の内壁にはオイルジェット15が取り付けられている。オイルジェット15は、その先端のノズル15aがピストン1の下方に位置するように配設されている。オイルジェット15は、図外のオイルポンプからオイルギャラリ14に送出されたオイルをノズル15aを通じてピストン1の下側から噴射する。
【0034】
(2)ピストンの構造
図2は、ピストン1の具体的構造を示す図であり、図2は斜視図、図3は縦断面図、図4は横断面図である。
【0035】
なお、ピストン1に関する以下の説明において、「上下方向」はシリンダ2の中心軸の方向(シリンダ軸方向)およびピストン1の往復動方向と同義であり、燃焼室7側が「上」、その反対側(クランク室17側)が「下」である。また、「前後方向」とはクランクシャフト8の軸方向と平行な方向のことであり、その一方側を「前」、他方側を「後」とする。さらに、「左右方向」とは「上下方向」および「前後方向」の双方に直交する方向のことであり、その一方側を「左」、他方側を「右」とする。この場合、左側は排気ポート11がある側であるから、左側は排気側と同義である。また、右側は吸気ポート10がある側であるから、右側は吸気側と同義である。図中において、「左」「右」の表記に括弧付きで「EX」「IN」を併記しているのはこのためである。
【0036】
ピストン1は、エンジンEのシリンダ2内で所定の往復動方向(上下方向)に往復移動する部材である。
【0037】
ピストン1は、ピストン本体20と、粉粒体40(図3図5図13~16参照)とを備える。
【0038】
ピストン本体20は、ピストンヘッド21と、ピストンヘッド21の外周から下方に延びる左右一対のスカート部26と、前後一対の縦壁部27と、一対の縦壁部27に設けられた一対のピンボス部28と、一対のスカート部26とともに一対の空間部30を形成する一対の内壁29とを有している。
【0039】
ピストンヘッド21は、比較的扁平な円柱状の部材であり、燃焼室7の底面を形成する冠面22と、シリンダ2の側周面と摺接する外周面24とを備える。冠面22は、ペントルーフ型の燃焼室7の天井面と対向する面であり、その外縁部分を除く主要領域が、当該天井面に対応するように山型に突出するように形成されている。冠面22には、下方に窪むキャビティ23が形成されている。キャビティ23は、燃焼室7の天井面に配置された図外のインジェクタからの燃料噴射を受けるための凹部であり、本実施形態では平面視で略楕円形に形成されている。詳しくは、キャビティ23は、前後方向に長尺な略楕円形の上縁23aと、略円形の底面23cと、当該底面23cの周縁と上縁23aとを接続する湾曲した周面23bとを有している。キャビティ23は、底面23cから上方に離れるほど(上縁23aに近づくほど)面積が拡大するように形成されている。
【0040】
ピストンヘッド21の外周面24には、ピストンリング(図示省略)が嵌め込まれる複数の(ここでは3つの)リング溝25が形成されている。ピストンリングは、燃焼室7からクランク室17への燃焼ガスの漏出を防ぐ機能、および、シリンダ2の側周面に付着した余分なオイルを掻き落とす機能を有している。
【0041】
一対のスカート部26は、その一方が左側(吸気側)に、他方が右側(排気側)に位置するように配置されている。各スカート部26がシリンダ2の側周面に摺接することにより、ピストン1が往復動する際の首振り振動が抑制される。
【0042】
ピストンヘッド21の下側であって両スカート部26の間の部位には、前後一対の縦壁部27が設けられている。前側の縦壁部27は、両スカート部26の前端同士をつなぐように左右方向に延びる壁部であり、後側の縦壁部27は、両スカート部26の後端同士をつなぐように左右方向に延びる壁部である。
【0043】
一対のピンボス部28は、一対の縦壁部27における左右方向の中間部にそれぞれ設けられている。各ピンボス部28は、前後方向に貫通するピン孔28aを規定する環状の壁部である。ピン孔28aには、ピストン本体20とコンロッド9とを結合するために前後方向に延びるピストンピン6(図1)が固定的に挿入される。すなわち、ピストンピン6は、その前端部および後端部がそれぞれ各ピンボス部28のピン孔28aに嵌入されることにより、一対の縦壁部27に跨るような状態でピストン本体20に固定される。さらに、両ピンボス部28の間に位置するピストンピン6の中間部には、コンロッド9の小端部9a(上端部)が外挿される。すなわち、ピストン本体20は、ピストンピン6を介してコンロッド9の小端部9aに結合される。コンロッド9の小端部9aは、一対のピンボス部28の前後方向の中間部に位置する下方に開放された収容空間31(図4参照)に収容される。
【0044】
(3)空間部30の説明
図3~5に示されるように、本実施形態のピストン本体20の内部には、一対の閉じられた空間部30が形成されている。一対の空間部30は、ピストン本体20の幅方向(本実施形態では左右方向)において、スカート部26とピンボス部28に挟まれた部位に形成されている。具体的には、一対の空間部30は、ピンボス部28とその両側の一対のスカート部26の各々との間に形成されている。
【0045】
本実施形態では、上記の一対の空間部30を形成するために、一対の内壁29が、ピンボス部28の左右方向両側、すなわち、一対のスカート部26の各々とピンボス部28との間に配置されている。内壁29は、図3に示されるように、ピストンピン6の軸方向(前後方向)から見て、略L字状の断面を有する形状を有し、具体的には、ピストン本体20の幅方向(左右方向)に延びる幅方向部分29aと、上下方向に延びる上下方向部分29bとを有する。
【0046】
一対の内壁29のそれぞれの幅方向部分29aは、スカート部26の内面につながっている。また、上下方向部分29bは、ピストンヘッド21の下面につながっている。これにより、上記の閉じられた空間部30は、スカート部26、内壁29、およびピストンヘッド21によって閉じられることにより形成されている。なお、上下方向部分29bの上端部は、幅方向(左右方向)に曲げてスカート部26につなげてもよい。
【0047】
本実施形態のピストン本体20は、空間部30を形成するための面として、上面30aと、下面30bと、外側面30cと、内側面30dとを有する。空間部30の上面30aは、ピストンヘッド21の下面によって構成される。下面30bは、内壁29の幅方向部分29aの上面によって構成される。本実施形態の上面30aと下面30bは、左右方向(ピストン本体20の幅方向)に延びており、互いに平行に延びている。外側面30cは、スカート部26の内側面によって構成される。内側面30dは、内壁29の上下方向部分29bの外側面(スカート部26に対向する面)によって構成される。
【0048】
上記の空間部30は、スカート部26とピンボス部28との間に形成され、ピンボス部28から左右方向に離れている。したがって、空間部30は、ピンボス部28のピン孔28aと干渉しないので、ピン孔28aの配置に影響を受けずに上下寸法を拡大できる。本実施形態では、空間部30の上面30aは、ピンボス部28のピン孔28aよりも上に位置し、下面30bはピン孔28aよりも下に位置している。
【0049】
空間部30は、上記のようにスカート部26とピンボス部28に挟まれた部位に形成されているため、空間部30の上下寸法が確保できる。たとえば、上記特許文献1記載のピストンのように、ピストンの上部における冠面とピンボス部28との間に空間部30が形成された構造では空間部30の上下隙を5~10mm程度までしか得られないが、本実施形態の構造では、27mm(15~35mm程度)まで確保できる。
【0050】
上記の構造では、ピンボス部28とその両側の一対のスカート部26の各々との間には、大容積の一対の空間部30を形成することができる。したがって、従来のピストン(例えば、上記の特許文献1記載のピストンヘッドに空間部を形成したピストン)と比較して約2倍の容積の空間部30を確保することが可能になり、多くの粉粒体40を空間部30に充填することが可能になる。それとともに、図5に示されるように、空間部30は、上下方向および左右方向に十分な寸法を確保することが可能になり、ピストン1の往復動の際に、当該空間部30の内部で粉粒体40が上下方向および左右方向に激しく移動することにより、減衰効果を向上させることが可能である。具体的には、ピストン1の圧縮行程終了時の上死点近傍において、ピストン1の上下方向の振動を抑制するとともに、ピストン1の左右方向の移動によってシリンダ2に接触することにより生じるスラップ音を抑制することが可能である。
【0051】
また、上記の本実施形態のピストン本体20は、大容積の一対の空間部30を形成するために一対の内壁29を備えているが、一対の内壁29による重量増加分はピストン本体20の全体の5%程度で済み、空間部30の容積が従来のピストンに比べて2倍になったことを考えれば、最小限の重量増で空間部30の容積を拡大することが可能である。
【0052】
左右一対の空間部30のそれぞれには、図3~5に示されるように、粉粒体40が配置されている。本実施形態では、ピストン1の首振り抑制のために、粉粒体40が異なる充填量で左右一対の空間部30に充填されている。なお、本発明には、同じ充填量で充填した構成も含まれる。
【0053】
粉粒体40は、多数の微細な粒子の集合体である。粉粒体40は、空間部30の内部で移動可能な充填率(すなわち、空間部30を粉粒体40によって完全に塞がない程度の充填率)で空間部30に充填されている。
【0054】
空間部30に対する粉粒体40の充填率は、15~40%の範囲であれば、5db以上の減衰効果を粉粒体40の充填量を抑制しながら得られる。
【0055】
ピストン1のストローク量に対する上面30aと当該空間部30の下面30bに堆積した状態の粉粒体40の表面との間の上下方向隙間との割合は、20~30%であれば、ピストンの上死点付近で粉粒体40が空間部30の上面30a(すなわち、ピストン本体20における空間部30を形成する上面30a)に確実に衝突するので、粉粒体40の減衰力発生タイミングの最適化が可能である。
【0056】
粉粒体40としては、ピストン鋳造時およびエンジン使用時の熱に耐えられる程度の耐熱性を有するセラミックなどの無機材料または金属材料からなる粉体または粒体が選定される。粉粒体40の粒子の大きさおよび形状は、ピストン1の往復移動に伴って粉粒体40が空間部30の内部で移動可能な条件を満たすように適宜選定される。
【0057】
本実施形態では、粉粒体40は、ピンボス部28の両側の空間部30に異なる充填量で充填されている。例えば、2:1~3:1程度の割合で左右両側の空間部30における充填量を変えれば首振り抑制効果が確実に得られる。
【0058】
粉粒体40は、ピンボス部28の軸方向(本実施形態では前後方向)から見て、ピストン本体20の左右方向において、エンジンEの圧縮行程においてコンロッド9とクランクシャフト8とを連結するクランクピン18が存在する側(図16(II)では左側)の空間部30への充填量が、当該クランクピン18が存在しない側の空間部30への充填量よりも多くなるように、ピンボス部28の両側の空間部30に充填されているのが好ましい。これにより、後述のように、圧縮行程および膨張行程におけるピストンの首振りを効果的に抑制することが可能である。
【0059】
(空間部30の拡大の効果についての検証)
以下の本実施形態のピストン1における空間部30の拡大の効果について図6~12を参照しながらさらに詳細に説明する。
【0060】
図6は、エンジン回転数とエンジンへの負荷との関係を示すグラフであって、減衰効果の領域を5段階で示したグラフである。図6は、エンジン回転数0~6000rpmの間の負荷の大きさを示すとともに、1000~3000rpmの範囲では本実施形態のピストン1の粉粒体40による減衰効果の領域をI~Vの5段階の領域で分類して示している。減衰効果が最も高い領域I(2.0~2.5dB)は、減衰効果の最も低い領域(0~0.5dB)よりも軽い負荷でかつエンジン回転数が比較的低い領域にある。したがって、本実施形態のピストン1は、軽い負荷でエンジン回転数が低い領域で減衰効果が高いことが分かる。
【0061】
図7は、同一のピストン本体20において空間部30の上面30aと下面30bに堆積した状態の粉粒体40の層の表面との間の上下隙hを3段階に変えた場合のクランクアングルと上下方向の減衰力との関係を示すグラフを示す。この図7では、上下隙hが7mm、17mm、27mmの場合におけるエンジン回転数1000rpmのときのクランクアングルと粉粒体40による上下方向の減衰力との関係が示されているが、上下隙hが7mmから27mmへ大きくなるほど上下方向の減衰力のピークがピストン1の上死点(T.D.C)に近付くことがわかる。上下方向の減衰力が上死点に近づくほど膨張行程初期の燃焼起振力のピーク発生タイミングと粉粒体40が空間部30の上面30aに衝突する衝突タイミングを近づけることができ、燃焼起振力に起因する振動の減衰効果を向上させることができる。
【0062】
図8は、本実施形態のピストン1(A、B)および比較例であるピストンヘッド内部に粉粒体を充填したピストン(C)における粉粒体質量と減衰効果との関係を示すグラフである。比較例のピストンは、本実施形態のピストン1の内壁29および空間部30が無く、ピストンヘッド21の内部に形成された空間部に粉粒体を充填した構造を有する。本実施形態のピストン1は一対の空間部30が一対のスカート部26のそれぞれとピンボス部28との間に形成させているので、比較例のピストンのピストンヘッド内部の空間と比較して大きい容積を確保できる。したがって、図8の領域A、Bに示されるように、本実施形態のピストン1では一対の空間部30に充填される粉粒体質量を比較例のピストンの粉粒体質量(領域C)と比較して増大させることが可能になり(100g以上まで増大可能になり)、粉粒体質量の増大に伴って減衰効果を8dB以上まで向上させることが可能である。なお、本実施形態のピストン1では、領域Aでは、粉粒体質量を100~150gの範囲では減衰効果は増大するが、領域Bでは粉粒体質量を150gよりも多くしても減衰効果はあまり増大しないでほぼ一定になるので、粉粒体質量の増加を抑制しながら減衰効果を得るためには粉粒体質量は100~150gの範囲が好ましい。
【0063】
図9は、本実施形態のピストン1における粉粒体40の充填率と減衰効果の関係を示すグラフである。この図9の充填率は、同一のピストン本体20における空間部30の容積に対する粉粒体40の体積充填率である。図9に示されるように、本実施形態のピストン1では、領域Dでは、粉粒体40の充填率が10~40%の範囲では減衰効果は増大するが、領域Eでは充填率を50%よりも多くしても減衰効果はあまり増大しないでほぼ一定になるので、粉粒体40の充填率の増加を抑制しながら減衰効果を得るためには粉粒体40の充填率は、上記領域Dの範囲、すなわち、10~40%の範囲が好ましい。
【0064】
ここで、空間部30の上面30aと粉粒体40の堆積層の表面との間の上下隙h(図10参照)の最適化について検証する。
【0065】
上記のように、膨張行程初期の燃焼起振力のピーク発生タイミング(すなわち、ピストン1の上死点に到達した時点)と粉粒体40が空間部30の上面30aに衝突する衝突タイミングとが一致する条件を満たせば、粉粒体40による減衰効果は最大になると考えられる。
【0066】
図10は、圧縮行程時のクランク角度が-90度から0度までのピストン1の移動時において、クランク角度が0度のときに粉粒体40が空間部30の上面30aに衝突することを示す説明図である。
【0067】
図10(I)に示されるように、圧縮行程で上昇中のピストン1のクランク角度(C.A.)が-90度のときには、ピストン1は減速を開始するので、空間部30の下面30bに堆積した状態の粉粒体40が空間部30の内部で浮遊を開始する。すなわち、ここでは、粉粒体40が下面30bからV1m/sで射出されたと考える。
【0068】
図10(II)に示されるように、ピストン1が上死点に到達したピストン1のクランク角度(C.A.)が0度のときに、粉粒体40が空間部30の上面30aに衝突すれば、粉粒体40による減衰効果は最大になると考えられる。
【0069】
したがって、言い換えれば、クランク角度が-90度~0度になる時間に、粉粒体40がクランク半径rと上下隙hの和r+hを移動すれば、減衰効果が最大になるといえる。
【0070】
この考え方に基づけば、理想的な上下隙hを、クランク半径r(m)、エンジン回転数N(rpm)から以下のように導き出すことができる。
【0071】
(i)まず、クランクアングルが90度進角(具体的には-90度から0度へ進角)に要する時間t(sec)は、
t=(60/(2×π×N))×(π/2)×(15/N)(sec) (式1)
【0072】
(ii)クランクアングル-90度における粉粒体40の速度v(m/s)は、角速度ωを用いれば、
v=r×ω=r×(2×π×N/60)=(π×r×N)/30(m/s) (式2)
【0073】
(iii)クランクアングル-90度から上死点までの粉粒体40の移動距離r+h(m)は、時間tの間の粉粒体40の自由落下分を考慮して、上記の時間t、速度v、および重力加速度gから、r+hは以下のように求められる。
(r+h)=v×t-(1/2)×g×t(m) (式3)
【0074】
(iv)上記の(式1)~(式3)から上下隙hは、
h=((π/2)-1)×r-(1/2)×g×(15/N)(m) (式4)
を導き出すことができる。
【0075】
上記の(式4)を見れば、エンジン回転数Nの常用範囲が1000rpm以上であることを考慮すれば、(式4)の右辺の2項目(1/2)×g×(15/N)は1項目(((π/2)-1)×r)よりも寄与度が低いと考えられる。
【0076】
したがって、上下隙h=((π/2)-1)×rに設定すれば粉粒体40による減衰効果はエンジン回転数に関わらず最大になると考えられる。
【0077】
このような観点から、上下隙hとピストンのストローク量(すなわち、クランク半径rの2倍の量)との関係を図11を参照しながら考える。
【0078】
図11は、同一のピストン1のストローク量を変えた場合のエンジン回転数と上下隙h(空間部30の上面30aと粉粒体40の堆積層の表面との間の上下隙)との関係を示すグラフである。
【0079】
図11を見れば、エンジンの常用運転領域(1000rpm以上)であれば、上下隙hはエンジン回転数にかかわらずほぼ一定の値になることがわかる。
【0080】
また、上記図11のグラフの結果から、図12のグラフのように、ピストン1のストローク量を変えた場合のエンジン回転数と(上下隙h/ストローク量)との関係を導き出すことが可能である。図12を見れば、エンジンの常用運転領域(1000rpm以上)であれば、ストローク量を変えても(上下隙h/ストローク量)はほぼ一定の値(28.5%)になることがわかる。
【0081】
この28.5%の値は、ストローク量S(=2×r)とした場合、上記(式4)から、h/S=(((π/2)-1)×r)/(2×r)=((π/2)-1)/2≒0.285=28.5%とほぼ一致する。
【0082】
上記の図12の結果から、上下隙hをストローク量の20~30%の範囲、好ましくは28.5%付近にすれば減衰力発生タイミングの最適化が可能になる。
【0083】
(ピストンの首振り抑制についての説明)
つぎに、本実施形態のピストン1の首振り抑制について図13~17を参照しながらさらに詳細に説明する。
【0084】
ここで、図13は、粉粒体40が充填されていない状態でピストンが往復動をしたときのピストンの首振り角度とクランクアングルとの関係を示すグラフである。図14は、本実施形態のピストンにおける粉粒体の上下方向の慣性力とクランクアングルとの関係を示すグラフである。図15は、ピストン1の膨張行程時において左右の空間部30内の粉粒体40の上向きの慣性力によってピストンの首振り運動を打ち消す偶力が発生することを示す図である。図16は、本実施形態のピストン(L1)および比較例の粉粒体無しのピストン(L2)の首振り角度とクランクアングルとの関係を示すグラフ、および各クランクアングルにおける本実施形態のピストンの首振り状態を模式的に示した図である。
【0085】
レシプロエンジンある上記のエンジンEでは、ピストン1の往復動の際におけるピンボス部28のピン孔28a(図2~3参照)を回転中心としたピストンの首振り(ピストンの傾き)の問題がある。
【0086】
ピストン1の首振りは、圧縮行程および膨張行程においてとくに顕著に生じる。圧縮行程では、図16(I)、(II)に示されるように、上記ピンボス部28の軸方向から見てピストン幅方向において片側に寄ったコンロッド9がピストン1を押し上げる際にピストン1の片側が押し上げられることによりピストン1がある方向(例えば時計回りの方向)に傾く。一方、膨張行程では、圧縮行程において押し上げられたピストン1の片側が膨張圧によって押し下げられることにより、逆方向(例えば反時計回りの方向)に傾く。これにより、ピストン1は圧縮行程および膨張行程の間に大きな首振りが生じる。その後の排気行程および吸気工程においてもピストンの首振りはわずかに繰り返される。
【0087】
上記のピストン1の首振りは、粉粒体40が無い場合には、図13のグラフおよび図16のL2のグラフに示されるように、反時計回りを正とした場合、圧縮行程ではピストン1は-0.15度まで回転(時計回りに首振り)し、膨張行程の初期では0.15度まで急速に回転(反時計回りに首振り)し、その後の排気行程および吸気工程においてもピストン1の首振りは0.05度~-0.05度の範囲でわずかに繰り返される。上記のように圧縮および膨張行程において首振り角度が大きいので、機械抵抗が増加し燃費悪化の原因になるとともにエンジンの振動・騒音も大きくなるので、ピストンの首振り抑制は重要な課題である。
【0088】
そこで、本実施形態のピストン1では、図14~16に示されるように、左右一対の空間部30への粉粒体40の充填量を変えるようにしている。図14~16では、左側の空間部30の粉粒体40の充填量を右側の空間部30における充填量よりも多くしている。
【0089】
ピストン1の左側は、図16(II)に示されるように、エンジンEの圧縮行程においてコンロッド9とクランクシャフト8とを連結するクランクピン18が存在する側であり、圧縮行程時にピストン1が左側に傾いたコンロッド9から押されてピストン1の左肩上がりになる側である。
【0090】
この本実施形態のピストン1の構成では、図14に示されるように、本実施形態のピストン1の粉粒体40の慣性力がピストン本体20に対して首振り角度(図13および図16のL2参照)を抑制する方向に作用する。すなわち、圧縮行程時では、図14および図16(I)に示されるように、左右一対の空間部30内部の粉粒体40が空間部30の下面30bに押し付けられて下向きの慣性力が発生するが、多く充填された左側の粉粒体40がより大きい慣性力を発生する。これにより、ピストン1の左肩上がりを抑制する方向に作用する。一方、膨張行程時では、左右一対の空間部30内部の粉粒体40が空間部30の上面30aに押し付けられて上向きの慣性力が発生するが、多く充填された左側の粉粒体40がより大きい慣性力を発生する。これにより、膨張行程ではピストン1の左肩下がりを抑制する方向に作用する。以上のように、左右一対の空間部30への粉粒体40の充填量を変えることにより、ピストン1の往復運動時の首振りを効果的に抑制することが可能である。
【0091】
(本実施形態の特徴)
(1)
本実施形態のピストン1は、ピストン本体20と、当該ピストン本体20の内部に閉じられた空間部30が形成されたピストン本体20と、空間部30の内部に移動可能に充填された粉粒体40とを備えている。空間部30は、ピストン本体20の幅方向(本実施形態では左右方向)において、スカート部26とピンボス部28に挟まれた部位に形成されている。
【0092】
このため、ピンボス部28のピン孔28aの位置に影響を受けずに空間部30の上下方向の寸法を確保できる。これにより、膨張行程初期の燃焼起振力のピーク発生タイミングと粉粒体40が空間部30の上面、すなわち、空間部30を形成するピストン本体20の上面30aに衝突する衝突タイミングを近づけて(好ましくは一致させ)、燃焼起振力に起因する振動の減衰効果を向上させることができる。また、一対のスカート部26の間では空間部30の左右方向の寸法も確保できるので、上死点近傍でのピストンの左右方向の運動によって発生するスラップ音を抑制することが可能である。また、圧縮行程および膨張行程の間でピストンが往復動する際にシリンダに接触することにより発生するスラップ音も抑制することが可能である。
【0093】
(2)
本実施形態のピストン1では、空間部30は、ピンボス部28とその両側の一対のスカート部26の各々との間に形成されている。したがって、ピンボス部28の両側に分かれて2つの空間部30が形成され、2つの空間部30のそれぞれに粉粒体40が充填されているので、上死点近傍でのピストンの左右方向の運動をさらに抑制でき、スラップ音をさらに抑制することが可能である。
【0094】
なお、上記実施形態では、左右一対の空間部30を有するピストン1を例に挙げて説明しているが、空間部30は片方のみでもピストン1の上下方向および左右方向の運動を抑制して振動抑制効果を有する。
【0095】
(3)
本実施形態のピストン1では、粉粒体40は、ピンボス部28の両側の空間部30に異なる充填量で充填されている。このため、ピンボス部28の両側の空間部30では、ピストンの往復動で生じる粉粒体40の慣性力の強さを変えることが可能である。したがって、ピンボス部28の両側の空間部30において粉粒体40の異なる強さの慣性力が発生することにより、ピストン本体20に対して首振り方向とは逆方向に作用することで、ピストンの首振りを抑制することが可能である。これにより、ピストンの首振り運動を抑制することができる。
【0096】
(4)
本実施形態のピストン1では、粉粒体40は、ピンボス部28の軸方向(本実施形態では前後方向)から見て、ピストン本体20の左右方向において、エンジンEの圧縮行程においてコンロッド9とクランクシャフト8とを連結するクランクピン18が存在する側(図16(II)では左側)の空間部30への充填量が、当該クランクピン18が存在しない側(右側)の空間部30への充填量よりも多くなるように、ピンボス部28の両側の空間部30に充填されている。
【0097】
エンジンEの圧縮行程において、コンロッド9とクランクシャフト8とを連結するクランクピン18が存在する側では、コンロッド9がピストンを押し上げる際にピストンにおける上記クランクピン18が存在する左側が押し上げられることによりピストンが傾く傾向がある。そこで、上記の構成では、クランクピン18が存在する左側の空間部30への粉粒体40の充填量を、当該クランクピン18が存在しない右側の空間部30への充填量よりも多くすることにより、多く充填された左側(クランクピン存在側)の空間部30内の粉粒体40の慣性力の方がその反対側(右側)の空間部30内の粉粒体40の慣性力よりも強くなる。したがって、圧縮行程時に上昇するピストン1では、多く充填された左側の空間部30内の粉粒体40の下向きの慣性力により、ピストン1におけるクランクピン18が存在する左側に対応する部分の圧縮行程時の上方への変位を抑制する。また、圧縮行程の後の膨張行程では、ピストン1が下向きの膨張圧を受けたときに多く充填された左側の空間部30内の粉粒体40に上向きの慣性力が生じることにより、膨張行程時の上方への変位を抑制する。これにより、ピストン1の首振りを効果的に抑制することが可能である。
【0098】
(5)
本実施形態のピストン1では、ピストン本体20は、スカート部26とピンボス部28との間に配置され、当該スカート部26の内面につながった内壁29を有する。空間部30は、スカート部26および内壁29によって閉じられている。
【0099】
かかる構成によれば、空間部30がスカート部26および当該スカート部26の内面につながった内壁29によって閉じられることにより、エンジンEの性能へ影響を与えやすいスカート部26およびピンボス部28の形状変更を抑えながら大容積の空間部30を形成することが可能である。空間部30の大容積化に伴って空間部30に充填される粉粒体40も増えることにより、減衰効果をさらに向上させることが可能である。
【0100】
また、スカート部26の内面に内壁29がつながっていることにより、内壁29によってスカート部26を補強することが可能である。
【0101】
(6)
本実施形態のピストン1では、空間部30に対する粉粒体40の充填率は、15~40%の範囲であるのが好ましい。空間部30に対する粉粒体40の充填率は15~40%の範囲であれば5db以上の減衰効果を粉粒体40の充填量を抑制しながら得られる。すなわち、15%未満であれば、5dbの減衰効果が得られず、40%を超えると粉粒体40の充填量を増やしても減衰効果の伸びが鈍化して充填量の抑制の点で好ましくないので、上記の範囲が好ましい。
【0102】
(7)
本実施形態のピストン1では、ピストン本体20は、空間部30を形成する上面30aと下面30bとを有する。ピストンのストローク量に対する上面30aと当該空間部30の下面30bに堆積した状態の粉粒体40の表面との間の上下方向隙間との割合は、20~30%であるのが好ましい。
【0103】
上記の範囲に設定すれば、ピストンの上死点付近で粉粒体40がピストン本体20における空間部30を形成する上面30aに確実に衝突するので、燃焼起振力のピーク発生タイミングと粉粒体40が空間部30上方の上面30aに衝突する衝突タイミングを一致させることが可能になる。すなわち、粉粒体40の減衰力発生タイミングの最適化が可能である。
【0104】
(変形例)
上記の実施形態では、ピストン本体20は、空間部30を形成する上面30aがピストン本体の幅方向(左右方向)に延びているが、本発明はこれに限定されるものではない。
本発明の変形例として、図17(a)、(b)に示されるように、空間部30を形成する上面30aおよび下面30bを有するピストン本体20において、ピストンピン6の軸方向(本実施形態では前後方向)から見て、上面30aはピストン本体20の幅方向(左右方向)に対して傾斜していてもよい。
【0105】
かかる構成によれば、ピストン1が上死点に到達するときに粉粒体40がピストン本体20における空間部30を形成する傾斜した上面30aに衝突することにより、傾斜した上面30aに沿って粉粒体40がピストンの左右方向の一方に移動する力が働くことで、ピストン1の左右方向の移動によるスラップ音をさらに抑制することが可能である。この変形例では、左右一対の空間部30に充填される粉粒体40の充填量を変えなくてもよいので、ピストン1の製造および充填量管理が容易になる。
【符号の説明】
【0106】
1 ピストン
6 ピストンピン
8 クランクシャフト
9 コネクティングロッド(コンロッド)
18 クランクピン
20 ピストン本体
21 ピストンヘッド
26 スカート部
28 ピンボス部
28a ピン孔
29 内壁
30 空間部
30a 上面
30b 下面
40 粉粒体
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17