(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024115818
(43)【公開日】2024-08-27
(54)【発明の名称】直流電気炉の設計方法、直流電気炉および直流電気炉の操業方法
(51)【国際特許分類】
F27B 3/20 20060101AFI20240820BHJP
F27B 3/08 20060101ALI20240820BHJP
F27D 11/10 20060101ALI20240820BHJP
【FI】
F27B3/20
F27B3/08
F27D11/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023021668
(22)【出願日】2023-02-15
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】弁理士法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】岡田 信宏
【テーマコード(参考)】
4K045
4K063
【Fターム(参考)】
4K045AA04
4K045BA02
4K045RB02
4K063AA03
4K063AA04
4K063BA02
4K063CA01
4K063FA53
4K063FA73
(57)【要約】
【課題】アーク同士の衝突による電極、天井部材および炉壁の損耗を抑制することが可能な直流電気炉の設計方法、直流電気炉および直流電気炉の操業方法を提供すること。
【解決手段】本発明に係る直流電気炉の設計方法は、電極1本あたりの最大電流値I、電極の中心間距離L、および電極の中心と炉壁との最短距離Dの関係式(i),(ii)における係数α、β、γおよびδを、電極1本あたりの電流値と電極間の距離とを変動させたときの2本の電極で発生するアーク放電による直流電気炉内の熱流動を評価するシミュレーションに基づいて算出するステップと、関係式(i),(ii)および算出された係数α、β、γおよびδを用いて、電極1本あたりの最大電流値Iまたは電極の中心間距離Lの少なくともいずれかを最適化するステップと、を含む。
L≧αI+β ・・・(i)
L≧γDδ ・・・(ii)
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
2本の電極を備える直流電気炉において、
前記電極1本あたりの最大電流値I、前記電極の中心間距離L、および前記電極の中心と炉壁との最短距離Dの関係式(i),(ii)における係数α、β、γおよびδを、前記電極1本あたりの電流値と前記電極間の距離とを変動させたときの前記2本の電極で発生するアーク放電による前記直流電気炉内の熱流動を評価するシミュレーションに基づいて算出するステップと、
関係式(i),(ii)および前記算出された係数α、β、γおよびδを用いて、前記電極1本あたりの最大電流値Iまたは前記電極の中心間距離Lの少なくともいずれかを最適化するステップと、を含む直流電気炉の設計方法。
L≧αI+β ・・・(i)
L≧γDδ ・・・(ii)
【請求項2】
2本の電極を備える直流電気炉において、
前記電極1本あたりの最大電流値I、前記電極の中心間距離L、前記電極の中心と炉壁との最短距離D、および前記電極の断面半径kの関係式(iii),(iv)における係数α、β、γおよびδを、前記電極1本あたりの電流値と前記電極間の距離とを変動させたときの前記2本の電極で発生するアーク放電による前記直流電気炉内の熱流動を評価するシミュレーションに基づいて算出するステップと、
関係式(iii),(iv)および前記算出された係数α、β、γおよびδを用いて、前記電極1本あたりの最大電流値Iまたは前記電極の中心間距離Lの少なくともいずれかを最適化するステップと、を含む直流電気炉の設計方法。
L≧αI+β+k ・・・(iii)
L≧γDδ+k ・・・(iv)
【請求項3】
2本の電極を備える直流電気炉において、
前記電極1本あたりの最大電流値をI(kA)、前記電極の中心間距離L(mm)および前記電極の中心と炉壁との最短距離D(mm)が、関係式(v)~(vii)を満たす、直流電気炉。
L=13.5I+568 (I≧140) ・・・(v)
L=7.7I+1385 (I<140) ・・・(vi)
D=168I0.417 ・・・(vii)
【請求項4】
2本の電極を備える直流電気炉において、
前記電極1本あたりの最大電流値をI(kA)、前記電極の中心間距離L(mm)、前記電極の中心と炉壁との最短距離D(mm)および前記電極の断面半径kが、関係式(viii)~(x)を満たす、直流電気炉。
L=13.5I+568+k (I≧140) ・・・(viii)
L=7.7I+1385+k (I<140) ・・・(ix)
D=168I0.417+k・・・(x)
【請求項5】
請求項3または4に記載の直流電気炉の操業方法において、
前記電極1本あたりの最大電流値Iは、関係式(xi)~(xiii)で算出された値のうち、最小値である、直流電気炉の操業方法。
I=0.074L-42.0 ・・・(xi)
I=0.013L-180 ・・・(xii)
I=4.56×10-6D2.4 ・・・(xiii)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、直流電気炉の設計方法、直流電気炉および直流電気炉の操業方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高炉法で製造される鉄源は、鉄鉱石をコークスで還元して製造するため、CO2発生量が多い。CO2排出量削減を図る手段として、電気炉で鉄スクラップや水素還元DRI等を溶解して溶銑を製造し、既存の転炉を中心とする製鋼プロセスを利用して溶鋼を製造する方法がある。電気炉で溶銑を製造する技術として、例えば特許文献1および2には、電気炉の上部に上蓋を設け、上蓋に互いに離れて配置された2本の電極からアーク放電を行い、鉄源を溶解する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平9-4986号公報
【特許文献2】特開平9-4987号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
電気炉は、アーク溶解に用いる電源を交流とする交流電気炉および直流を用いる直流電気炉に大別される。交流電気炉は3相交流を用いるため、電極の本数を増やす場合、電極の総数は3の倍数となる。そのため、交流電気炉は、大型化する場合の炉の寸法についての自由度が小さい。これに対して直流電気炉は、電極の本数を1本単位で増やすことが可能であるため、大型化の際の炉の寸法に任意性がある。しかしながら、直流電気炉において電極を2本以上とする場合、アーク同士は、互いに働く電磁力によりは引き合うこととなる。そのため、直流電気炉の寸法に対して電極間距離が過小である場合や電極に印加する電流が過大である場合、電極間の中央部でアークが衝突する。衝突したアークによって、温度が高い領域が天井部材の方向に伸び、電極をさらに加熱し損傷させたり、天井部材や炉壁を溶損したりする虞がある。
【0005】
そこで、本発明は、アーク同士の衝突による電極、天井部材および炉壁の損耗を抑制することが可能な直流電気炉の設計方法、直流電気炉および直流電気炉の操業方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
[1]2本の電極を備える直流電気炉において、上記電極1本あたりの最大電流値I、上記電極の中心間距離L、および上記電極の中心と炉壁との最短距離Dの関係式(i),(ii)における係数α、β、γおよびδを、上記電極1本あたりの電流値と上記電極間の距離とを変動させたときの上記2本の電極で発生するアーク放電による上記直流電気炉内の熱流動を評価するシミュレーションに基づいて算出するステップと、関係式(i),(ii)および上記算出された係数α、β、γおよびδを用いて、上記電極1本あたりの最大電流値Iまたは上記電極の中心間距離Lの少なくともいずれかを最適化するステップと、を含む直流電気炉の設計方法。
L≧αI+β ・・・(i)
L≧γDδ ・・・(ii)
[2]2本の電極を備える直流電気炉において、上記電極1本あたりの最大電流値I、上記電極の中心間距離L、上記電極の中心と炉壁との最短距離D、および上記電極の断面半径kの関係式(iii),(iv)における係数α、β、γおよびδを、上記電極1本あたりの電流値と上記電極間の距離とを変動させたときの上記2本の電極で発生するアーク放電による上記直流電気炉内の熱流動を評価するシミュレーションに基づいて算出するステップと、関係式(iii),(iv)および上記算出された係数α、β、γおよびδを用いて、上記電極1本あたりの最大電流値Iまたは上記電極の中心間距離Lの少なくともいずれかを最適化するステップと、を含む直流電気炉の設計方法。
L≧αI+β+k ・・・(iii)
L≧γDδ+k ・・・(iv)
[3]2本の電極を備える直流電気炉において、上記電極1本あたりの最大電流値をI(kA)、上記電極の中心間距離L(mm)および上記電極の中心と炉壁との最短距離D(mm)が、関係式(v)~(vii)を満たす、直流電気炉。
L=13.5I+568 (I≧140) ・・・(v)
L=7.7I+1385 (I<140) ・・・(vi)
D=168I0.417 ・・・(vii)
[4]2本の電極を備える直流電気炉において、上記電極1本あたりの最大電流値をI(kA)、上記電極の中心間距離L(mm)、上記電極の中心と炉壁との最短距離D(mm)および上記電極の断面半径kが、関係式(viii)~(x)を満たす、直流電気炉。
L=13.5I+568+k (I≧140) ・・・(viii)
L=7.7I+1385+k (I<140) ・・・(ix)
D=168I0.417+k・・・(x)
[5][3]または[4]に記載の直流電気炉の操業方法において、上記電極1本あたりの最大電流値Iは、関係式(xi)~(xiii)で算出された値のうち、最小値である、直流電気炉の操業方法。
I=0.074L-42.0 ・・・(xi)
I=0.013L-180 ・・・(xii)
I=4.56×10-6D2.4 ・・・(xiii)
【発明の効果】
【0007】
上記の構成によれば、電極1本あたりの電流値および電極間の距離を最適化することによって、アーク同士の衝突による高温領域の天井部材等への拡大を抑制することができ、電極、天井部材および炉壁の損耗を抑制することが可能な直流電気炉の設計方法、直流電気炉および直流電気炉の操業方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】本発明の一実施形態に係る直流電気炉の断面図である。
【
図2】
図1に示す直流電気炉において、上部電極から放出されたアークに作用する引力を説明するための図である。
【
図3】
図1に示す直流電気炉においてシミュレートされた、上部電極から放出されたアークの温度分布および流速分布を示す図である。
【
図4】シミュレーションの結果から導出した電極間距離と最大電流値の関係を示すグラフである。
【
図5】
図4に示す各評価点における電極間距離と最大電流値の関係を重ねたグラフである。
【
図6】
図4に示す各評価点における電極間距離と最大電流値の関係を重ねた別のグラフである。
【
図7】シミュレーションの結果から導出した電極から炉壁までの距離と最大電流値の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。なお、本明細書および図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複した説明を省略する。
【0010】
図1は、本発明の一実施形態に係る直流電気炉の断面図である。図示されるように、直流電気炉1は、天井2、炉壁銅パネル3、炉壁耐火物4および炉底耐火物5を含む。また、天井2には2本の上部電極6が設けられ、炉底には炉底電極7および底吹羽口8が設けられている。炉壁銅パネル3には炉上原料投入管9、溶銑21を出銑する出銑孔10および電気炉スラグ22を排出する出滓孔11が設けられている。直流電気炉1として、炉体が傾動する傾動型を用いることもでき、また炉体が傾動しない据え置き型を用いることもできる。また、直流電気炉1には、鉄源として、鉄含有スクラップ、還元鉄、鉄含有ダストの3つの原料のうちの1種または2種以上を投入する。還元鉄としては、DRI(Direct Reduction Iron)、HBI(Hot Briquette Iron)、高リン還元鉄などを用いることができる。鉄含有ダストとしては、転炉ダスト造粒品を用いることができる。
【0011】
上部電極6からはアーク20が放出され、還元鉄等の原料を溶解して溶銑21を製造する。還元鉄等の原料は、炉上原料投入管9を用いて直流電気炉1内へ添加される。また、底吹羽口8からガスと吹き込み、溶銑21および電気炉スラグ22に循環流を起こすことによって、溶銑21の表面および電気炉スラグ22の伝熱および溶解の促進を図ることができる。通常、直流電気炉1内の溶銑21の温度は高々1700℃程度であるが、上部電極6から溶銑21の表面にかけて生じるアーク20は、内部の温度が5000℃以上であり、溶銑21の表面のアークスポットにおいても2000℃程度となる。
【0012】
ここで、
図2を用いて、
図1に示す直流電気炉1において2本の上部電極6から放出されるアーク20に作用する引力について説明する。図示された例において、アーク20は、上部電極6から溶銑21に向けて放出される。そのため、上部電極6に流れる電流は、電子が放出される方向とは反対であるj1およびj2の方向に流れる。そして、上部電極6に流れる電流に起因して、図示されたb1およびb2の方向に磁束密度が発生する。図示されたように、2本の上部電極6の間では、磁束密度b1,b2が反対方向に働く。そのため、互いの磁束密度b1,b2は打ち消されることから、2本の上部電極6の間の磁束密度b1,b2は低くなる。このとき、アーク20には、電流密度ベクトルと磁束密度ベクトルとの外積で表される方向(図中のf1およびf2)に電磁力が働くことから、アーク20同士は引き合うこととなる。
【0013】
図3は、
図1に示す直流電気炉1においてシミュレートされた、上部電極から放出されたアークの温度分布および流速分布を示す図である。
図3において、(a)は温度分布、(b)は流速分布を示す。2本の上部電極6から放出されたアーク20は、互いに引き合うように傾く。(a)に示されたように、上部電極6間の中央部で衝突したアーク20によって、温度が高い領域が天井2の方向に伸びている。この領域がさらに拡大すると、アーク20が上部電極6をさらに加熱し損傷させたり、天井2を溶損したりする虞がある。
【0014】
ここで、直流電気炉1の寸法は、例えば目標とする溶鋼の生産量に基づいて決定される。そのため、直流電気炉1の設計にあたっては、決定された直流電気炉1の寸法を前提として、アーク20同士の衝突を抑制して上部電極6や天井2の損傷を防止することが可能な上部電極6間の距離、および上部電極6に印加する電流値を決定することが必要となる。
【0015】
(シミュレーションの概略および条件)
上部電極6から放出されるアーク20は高温かつ高速であることから、アーク20の温度や流速を直接的に測定することは難しい。そのため、本実施形態では、上部電極6の1本あたりの電流値と電極間の距離とを変動させたときのアーク放電による直流電気炉1内の熱流動を評価するシミュレーションに基づいて、上部電極6の1本あたりの最大電流値I、上部電極6の中心間距離L、および上部電極6の中心と炉壁銅パネル3との最短距離Dを算出する。
【0016】
シミュレーションは、Jonas ALEXIS, Marco RAMIREZ, Gerardo TRAPAGA and Par JONSSON, “Modeling of a DC Electric Arc Furnace-Heat Transfer from the Arc” ISIJ International, Vol.40 (2000),pp.1089-1097に記載された手法に基づいて行うこととし、以下、その概略について説明する。シミュレーションでは、上部電極6から放出されるアークは導電率を有する電磁流体とみなし、電磁場解析、流体解析および伝熱解析の連成計算を行う。まず、電磁場解析の方法について説明する。アークに流れる電流密度をi(A/m
2)とすると、磁気ベクトルポテンシャルAと電流密度iとの関係は、式(1)のように表される。μ
0は真空の透磁率である。
【数1】
電流密度iは、電流密度の保存則である式(2)を用いて算出される。ここで、φは、境界条件として設定された電流の入り口側と出口側の電位であり、σはアークの導電率(S/m)であってアークの温度に依存する値である。
【数2】
式(2)から算出された電流密度分布によって、式(1)から磁気ベクトルポテンシャルAが算出される。そして、算出された磁気ベクトルポテンシャルAを用いて、式(3)から磁束密度B(T)の分布が算出される。
【数3】
【0017】
次に、流体解析および伝熱解析の方法について説明する。磁場中の電流が流れている導電体には、ローレンツ力F(N/m
3)=i×Bが発生する。また、導電体に発生するジュール加熱量Q(W/m
3)=i
2/σが発生する。算出されたローレンツ力Fとジュール加熱量Qとを用いて、流体解析と伝熱解析を行う。流体解析では、式(4)に示される質量保存則および式(5)に示されるナビエストークス方程式によってアークの流れが解析される。ここで、uは流速、ρは密度、tは時間、pは圧力、μは粘度、gは重力加速度である。
【数4】
【0018】
伝熱解析は、伝熱解析の支配方程式である式(6)を用いて行う。ここでC
pは比熱、Tは温度、λは熱伝導率、S
rは放射エネルギー、Q
tはトムソン効果によるエネルギー損失である。
【数5】
上記のような電磁場解析、流体解析および伝熱解析を行うことにより、アークの温度や流速を求めることができる。
【0019】
一例として、シミュレーションにおける計算条件は、上部電極6の直径を750mm、電極中心間の距離を2300mm、上部電極6と溶銑21の湯面との距離を500mmとした。また、炉内の雰囲気ガスはAr、溶銑21の湯面は平坦であり、湯面の電位を0とした。さらに、上部電極6の1本当たりに流れる電流値は75kAとし、アーク20が放出される起点は上部電極6の下端面の中心とした。電気炉スラグ22は考慮しない。
【0020】
シミュレーションによる温度の評価位置は、天井2の下面高さ(評価点1、
図1のP1)、上部電極6の下端面高さ(評価点2、
図1のP2)、炉壁耐火物4の位置(評価点3、
図1のP3)とした。評価点1は、溶銑21の湯面高さから1.5mの高さとし、評価点2は、溶銑21の湯面高さから0.5mの高さとした。
【0021】
表1は、上部電極6の1本あたりの電流値と電極間の距離とを変動させ、アーク放電したときの各評価点における温度(K)を示す。表1において、「電極中心間距離」は、2本の上部電極6の中心間の距離を示し、「電極中心と炉壁との距離」は、上部電極6の中心と炉壁銅パネル3との最短距離を示す。「アーク長」は、上部電極6から放出されたアーク20の長さを示し、上部電極6と溶銑21の湯面との距離に等しいものとする。「電流値」は上部電極6の1本あたりの値である。
【0022】
天井2に用いられるステンレスの耐熱温度は一般的に700℃(973K)程度とされており、熱膨張による変形を抑制することを考慮すると、評価点1の温度は800K以下であることが好ましい。また、上部電極6に用いられるカーボンの昇華点は3915Kであることから、評価点2の温度は3000K以下であることが好ましい。さらに、炉壁耐火物4を覆う耐火物の耐熱温度は1500から1800℃(1773~2073K)程度であることから、評価点3の温度は1900K以下であることが好ましい。
【表1】
【0023】
(上部電極6の電流値と、天井2および上部電極6の下端温度との関係)
図4は、表1に示すシミュレーション結果から導出した電極間距離と最大電流値の関係を示すグラフである。(a)は、評価点1における上限温度を考慮した電極間距離と最大電流値の関係を示すグラフであり、(b)は、評価点2における上限温度を考慮した電極間距離と最大電流値の関係を示すグラフである。
図4では、表1に示すシミュレーションの結果に基づいて、電極中心間距離が1800mm、2150mm、2350mm、3250mmおよび3600mmのそれぞれの場合の上限温度における電流を算出し最大電流値としてプロットしている。上述のように、評価点1の温度は800K以下であることが好ましく、評価点2の温度は3000K以下であることが好ましいことから、(a)では、800Kを上限温度とし、(b)では、3000Kを上限温度とした。
【0024】
(a)および(b)に示すグラフから、電極間距離が離れていれば、上部電極6に印加できる電流は大きくなるといえる。また、上部電極6の1本あたりの最大電流値Iおよび上部電極6の中心間距離Lの関係について、以下の式(7)および(8)が示される。式(7)は評価点1における上限温度を考慮した電極間距離と最大電流値の関係を示す式であり、式(8)は評価点2における上限温度を考慮した電極間距離と最大電流値の関係を示す式である。これらの式は、表1に示すシミュレーション結果から、最小二乗法を用いて作成した。ただし、電極間距離3600mmにおける電流値は、乖離が大きいので除外した。得られた式(7)と式(8)から算出される電流値Iは、シミュレーション結果よりも小さいため、天井2および上部電極6の温度上昇を抑制でき、問題はない。
I≦0.074L-42.0 ・・・(7)
I≦0.013L-180 ・・・(8)
【0025】
図5は、
図4(a)および(b)に示した電極間距離と最大電流値の関係を重ねたグラフである。図示される2つのグラフの交点は、L=2464mm、I=140kAである。この結果から、電極の中心間距離L=1800mm~2464mmの場合は評価点2における上限温度を考慮した場合の最大電流値Iが小さくなるため、式(8)により最大電流値Iを決定する。また、L=2464~3600mmの場合は評価点1における上限温度を考慮した最大電流値Iが小さくなるため、式(7)により最大電流値Iを決定する。
【0026】
図6は、
図4に示す各評価点における電極間距離と最大電流値の関係を重ねた別のグラフであって、
図5とは異なり、縦軸を電極間距離、横軸を電流値としている。式(7)および(8)を、電極の中心間距離Lが左辺となるように整理すると、それぞれ以下の式(9)および(10)のように表される。
L=13.5I+568 (I≧140) ・・・(9)
L=7.7I+1385 (I<140) ・・・(10)
【0027】
なお、上記のシミュレーションでは、アーク20が放出される起点は上部電極6の下端面の中心とした。しかし、実際の直流電気炉1において、アーク20は放出される起点は上部電極6の損耗状態によって電極下端面の中心とは限らない。そのため、上部電極6の断面半径をkとすると、式(9)および(10)は、それぞれ以下の式(11)および(12)のように表される。
L=13.5I+568+k (I≧140) ・・・(11)
L=7.7I+1385+k (I<140) ・・・(12)
【0028】
本実施形態における直流電気炉1において、上部電極6の1本あたりの最大電流値Iおよび上部電極6の中心間距離Lが式(9)~(12)を満たすことによって、最大電流値Iまたは上部電極6の中心間距離Lの少なくともいずれかを最適化することができる。また、上記のように最小二乗法を用いて得られる係数α、βを用いると、電極の中心間距離Lおよび電極1本あたりの最大電流値Iの関係は、以下の式(13)または(14)のように表される。
L≧αI+β ・・・(13)
L≧αI+β+k ・・・(14)
【0029】
(上部電極6の電流値と、炉壁耐火物の温度との関係)
図7は、表1に示すシミュレーション結果から導出した電極から炉壁までの距離と最大電流値の関係を示すグラフである。図示されたグラフは、評価点3における上限温度を考慮した電極間距離と最大電流値との関係を示すグラフである。
図7では、表1に示すシミュレーションの結果に基づいて、電極中心間距離が1800mm、2150mm、2350mm、3250mmおよび3600mmのそれぞれの場合の上限温度における電流を算出し最大電流値としてプロットしている。上述のように、評価点3の温度は1900K以下であることが好ましいことから、上限温度は1900Kとした。
【0030】
図示されたグラフから、上部電極6と炉壁銅パネル3との距離が離れていれば、上部電極6に印加できる電流は大きくなるといえる。また、図示されたグラフから、評価点3における上限温度を考慮した上部電極6の1本あたりの最大電流値Iおよび上部電極6の中心と炉壁銅パネル3との最短距離Dの関係は、以下の式(15)のように表される。式(15)は、
図7に示す最大電流値の分布から指数関数を仮定し、電流値がシミュレーション結果の下限に沿うような関数となるように係数を調整して決定した。
I≦4.56×10
-6D
2.4 ・・・(15)
【0031】
以上から、最大電流値に関する式として、式(7)、式(8)および式(15)の三つの式が得られ、それぞれ、電気炉天井、電極、炉壁の損傷を避けるための最大値を表す。すなわち、直流電気炉の操業において、電流値は、この3つの式の最小値を超えないようにすることが望ましい。なお、電極は消耗品であるため、天井と炉壁を優先して保護すべきであるため、式(7)と式(15)の最小値としてもよい。
【0032】
式(15)を上部電極6の中心と炉壁銅パネル3との最短距離Dが左辺となるように整理すると、以下の式(16)が表される。式(16)は、上部電極6の断面半径kを用いて、式(17)のように表されてもよい。
D=168I0.417 ・・・(16)
D=168I0.417+k ・・・(17)
【0033】
本実施形態における直流電気炉1において、上部電極6の1本あたりの最大電流値Iおよび上部電極6の中心と炉壁銅パネル3との最短距離Dが、式(16)または(17)を満たすことによって、最大電流値Iまたは上部電極6の中心と炉壁銅パネル3との最短距離Dの少なくともいずれかを最適化することができる。また、上記のように最大電流値の分布から指数関数を仮定し、電流値がシミュレーション結果の下限に沿うような関数となるように決定された係数γ、δを用いると、上部電極6の中心と炉壁銅パネル3との最短距離Dおよび電極1本あたりの最大電流値Iの関係は、以下の式(18)または(19)のように表される。
L≧γDδ ・・・(18)
L≧γDδ+k・・・(19)
【0034】
(実施例)
表2は、上部電極6の1本あたりの電流値と電極間の距離とを変動させ、アーク放電したときの各評価点における温度(K)を示す。表2における「電極中心間距離」、「電極中心と炉壁との距離」、「アーク長」および「電流値」は表1と同様であるため、説明を省略する。表1の場合はアーク長が500mmであったが、表2の場合は、アーク長を300mmおよび700mmに変動させた場合の結果を示す。上述のように、評価点1の温度は800K以下であることが好ましく、評価点2の温度は3000K以下であることが好ましい。さらに、評価点3の温度は1900K以下であることが好ましい。表2の結果から、アーク長さを500mmから±200mmの間で変動させた場合でも、それぞれの評価点の温度は、好ましい温度の範囲であることがわかる。
【表2】
【0035】
以上のようなシミュレーションの結果によって示されるように、本発明の一実施形態に係る設計方法に従って設計された直流電気炉1では、上部電極6に印加する電流値または上部電極6の中心間距離についての式(9)および(10)を満たすことによって、アーク同士の衝突による高温領域の拡大を抑制し、上部電極6および天井2の温度を適切な範囲に保つことができる。また、式(16)を満たすことによって、炉壁耐火物4の温度についても適切な範囲に保つことができる。したがって、式(9)、(10)および(16)に基づいて上部電極6の1本あたりの電流値および電極間の距離を最適化することによって、直流電気炉1の上部電極6、天井2および炉壁耐火物4の損耗を抑制することができる。
【0036】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はこれらの例に限定されない。本発明の属する技術の分野の当業者であれば、請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【符号の説明】
【0037】
1…直流電気炉、2…天井、3…炉壁銅パネル、4…炉壁耐火物、5…炉底耐火物、6…上部電極、7…炉底電極、20…アーク、21…溶銑、22…電気炉スラグ。