(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024116584
(43)【公開日】2024-08-28
(54)【発明の名称】時計部品の加飾方法および時計部品
(51)【国際特許分類】
G04B 29/02 20060101AFI20240821BHJP
G04B 19/06 20060101ALI20240821BHJP
G04B 37/22 20060101ALI20240821BHJP
G04B 1/02 20060101ALI20240821BHJP
【FI】
G04B29/02 B
G04B19/06 G
G04B37/22 Z
G04B1/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023022273
(22)【出願日】2023-02-16
(71)【出願人】
【識別番号】000002369
【氏名又は名称】セイコーエプソン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100179475
【弁理士】
【氏名又は名称】仲井 智至
(74)【代理人】
【識別番号】100216253
【弁理士】
【氏名又は名称】松岡 宏紀
(74)【代理人】
【識別番号】100225901
【弁理士】
【氏名又は名称】今村 真之
(72)【発明者】
【氏名】由永 あい
(57)【要約】
【課題】製造効率が良く、装飾性が高い時計部品の加飾方法を提供すること。
【解決手段】時計部品の加飾方法は、飾り面を有する第1面にレーザー加工により加飾する時計部品の加飾方法であって、前記第1面において前記飾り面の外周縁を含む第1領域に第1強度でレーザー照射し、第1面粗度で加飾を行う内側加飾工程と、前記飾り面の外側の第2領域に前記第1強度よりも強い第2強度でレーザー照射し、前記第1面粗度より高い面粗度の第2面粗度で加飾を行う外側加飾工程と、を含む。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
飾り面を有する第1面にレーザー加工により加飾する時計部品の加飾方法であって、
前記第1面において前記飾り面の外周縁を含む第1領域に第1強度でレーザー照射し、第1面粗度で加飾を行う内側加飾工程と、
前記飾り面の外側の第2領域に前記第1強度よりも強い第2強度でレーザー照射し、前記第1面粗度より高い面粗度の第2面粗度で加飾を行う外側加飾工程と、
を含む時計部品の加飾方法。
【請求項2】
前記第1強度は、エネルギー密度が、500mJ/cm2以下1500mJ/cm2以下である、
請求項1に記載の時計部品の加飾方法。
【請求項3】
前記第2強度は、前記第1強度よりもエネルギー密度が高い、
請求項2に記載の時計部品の加飾方法。
【請求項4】
前記第1領域は、前記飾り面の加工公差を考慮して、前記飾り面の外周縁を含むように設定され、
前記第2領域は、前記第1領域の外境界と重畳する部分を含む、
請求項2に記載の時計部品の加飾方法。
【請求項5】
前記外側加飾工程の後に、前記内側加飾工程を実施する、
請求項1に記載の時計部品の加飾方法。
【請求項6】
前記レーザー照射は、パルス幅制御により行われ、
前記パルス幅は、ナノ秒、ピコ秒、フェムト秒のいずれかを含む、
請求項1に記載の時計部品の加飾方法。
【請求項7】
飾り面と、前記飾り面の周辺部にレーザー加工により加飾された第1面を有する時計部品であって、
前記飾り面の外周縁を含む第1領域は、第1面粗度の加飾を有し、
前記飾り面の外側の第2領域は、前記第1面粗度より高い第2面粗度の加飾を有する、
時計部品。
【請求項8】
前記飾り面は、前記第1面に対して傾斜した斜面であり、
前記第1面における前記第1領域の前記第1面粗度は、前記飾り面の前記斜面における面粗度より高い、
請求項7に記載の時計部品。
【請求項9】
前記飾り面は、前記第1面に対して傾斜した斜面であり、
前記斜面の角度は、20°以上80°以下である、
請求項7に記載の時計部品。
【請求項10】
前記第2面粗度の加飾により形成される模様は、少なくとも梨地、筋目、ペルラージュのいずれかを含む、
請求項7または8に記載の時計部品。
【請求項11】
前記飾り面は、前記第1面に形成された穴の周囲に設けられており、
前記第1領域は、前記穴と同心円であり、前記飾り面を囲う円環状の領域である、
請求項7または8に記載の時計部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、時計部品の加飾方法、および当該加飾方法により加飾が施された時計部品に関する。
【背景技術】
【0002】
文字板、ケース、裏蓋、地板などの時計部品に対してサンドブラスト加工を用いて艶消し模様を形成することが知られている。例えば、シースルーバックの腕時計に用いられる地板は、透明な裏蓋を介して視認されるため、その外観にも装飾性が求められる。地板は、ムーブメントの土台となる基板であるため、地板には、歯車の軸受け用の孔や、ネジ止め用の孔など複数の孔が設けられている。これらの孔には、鏡面加工されたC面が施されて装飾性を高めていた。なお、このような孔を飾り孔という。
【0003】
ここで、地板の表面にサンドブラスト加工により艶消し模様を形成する場合、飾り孔が形成された後にサンドブラスト加工を行うと、飾り孔の鏡面も艶消しとなってしまうため、飾り孔を形成する前にサンドブラスト加工を行っていた。地板の加工はNC旋盤が主体であるため、飾り孔形成前段階にサンドブラスト加工を行うのは、装置の段取り変更が必要となり製造効率が良くなかった。
【0004】
サンドブラスト加工に変えて、レーザー加工により艶消し模様を形成することが考えられる。例えば、特許文献1には、レーザー加工を用いた装飾品の製造方法が開示されている。当該文献によれば、文字板の表面のメッキ層の一部に、レーザー光線の照射によってハート等の艶消し模様を形成するとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1では、例えば、文字板が飾り孔を有する際のレーザー加工方法について考慮されていなかった。詳しくは、飾り孔の光沢を残したまま、周囲にレーザー加工を施す方法については記載も示唆も見当たらない。
つまり、製造効率が良く、装飾性が高い時計部品の加飾方法が求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願に係る一態様の時計部品の加飾方法は、飾り面を有する第1面にレーザー加工により加飾する時計部品の加飾方法であって、前記第1面において前記飾り面の外周縁を含む第1領域に第1強度でレーザー照射し、第1面粗度で加飾を行う内側加飾工程と、前記飾り面の外側の第2領域に前記第1強度よりも強い第2強度でレーザー照射し、前記第1面粗度より高い面粗度の第2面粗度で加飾を行う外側加飾工程と、を含む。
【0008】
本願に係る一態様の時計部品は、飾り面と、前記飾り面の周辺部にレーザー加工により加飾された第1面を有する時計部品であって、前記飾り面の外周縁を含む第1領域は、第1面粗度の加飾を有し、前記飾り面の外側の第2領域は、前記第1面粗度より高い第2面粗度の加飾を有する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図5】輪列受の加飾方法の流れを示すフローチャート図。
【
図8】第1領域における走査パターンの一例を示す平面図。
【
図10】角度を変化させた際の飾り面の加工度合いを示す表。
【
図12】実施形態2に係る第1領域における走査パターンの一例を示す平面図。
【
図13】第1領域における走査パターンの異なる一例を示す平面図。
【発明を実施するための形態】
【0010】
実施形態1
***時計の概要***
図1は、本実施形態に係る時計の背面図である。
本実施形態の時計100は、3針式のアナログ式の腕時計であり、
図1は、その背面の平面図である。
時計100は、所謂シースルーバックの腕時計であり、胴1に透明な裏蓋2が取付けられているため、内部の機構が観察可能な構成となっている。
【0011】
胴1は、ケースであり、チタンや、ステンレスなどの硬質金属から構成されている。胴1は略円形であり、胴1のリング状の壁の内周に裏蓋2が勘合されている。また、胴1の側面には、リュウズ25が設けられている。裏蓋2は、サファイヤガラスなど、透明なガラス部材から構成されている。
胴1の内部には、指針を駆動するためのムーブメント10が収納されている。
図1では、裏蓋2を介してムーブメント10の受け板である輪列受4が観察されている。輪列受4の12時側には、略円形の切欠き部が設けられており、当該切欠き部からは円形の香箱15が観察されている。
【0012】
輪列受4の材料は、好適例では、黄銅を用いる。なお、黄銅に限定するものではなく、金属であれば良く、例えば、洋白や、貴金属を用いても良い。輪列受4の第1面としての表面41には、梨地状の模様21が施されている。輪列受4の表面41には、複数の穴が形成されている。詳しくは、輪列受4の表面41には、貫通穴5、石受穴6、ネジ穴7が複数設けられている。
貫通穴5は、ムーブメント10内部を観察するための飾り穴であり、その周囲には飾り面5aが形成されている。飾り面5aは、面取り部分であり、鏡面仕上げされている。なお、飾り面5aのことをダイヤカット面ともいう。貫通穴5からは、輪列を構成する歯車の一部などが観察されるようになっている。
【0013】
石受穴6は、輪列を構成する歯車の回転軸を支持する受石16が挿入される穴であり、その周囲にも、飾り面6aが形成されている。
ネジ穴7は、輪列受4を固定するためのネジ17が挿通される穴であり、その周囲にも、飾り面7aが形成されている。また、輪列受4の周縁部にも、同様の飾り面4aが形成されている。
このように、輪列受4は、艶消しの梨地状の模様21の中に、金属光沢を有する複数の飾り面4a,5a,6a,7aが散りばめられた高級感のある外観仕上げとなっている。
【0014】
図2は、
図1におけるb-b断面の断面図であり、貫通穴5や、石受穴6を通る部分の断面を取っている。
図2に示すように、ムーブメント10は、地板3と輪列受4との間に、複数の歯車14を含む輪列などを備えて構成されている。
地板3の一方の面には、文字板18が取り付けられており、文字板18の中央には、秒針11、分針12、時針13が取付けられている。なお、指針は、分針12および時針13を含んでいれば良い。
【0015】
歯車14には、回転軸14bが設けられており、回転軸14bは輪列受4に埋め込まれた受石16に挿入され、回転可能に支持されている。詳しくは、輪列受4に形成された石受穴6に受石16が挿入されており、当該受石16の中央の孔に、回転軸14bが挿入される。なお、受石16のことを穴石ともいう。また、地板3側にも同様に受石16が設けられており、複数の歯車14は、地板3側の受石16と、輪列受4側の受石16とにより、回転可能に支持されている。
なお、受石16は、飾り面6aを傷つけないように、輪列受4の裏面42から石受穴6に打ち込まれる。
【0016】
図3は、
図2におけるc部の拡大図であり、貫通穴5の断面を示している。
図4は、貫通穴の平面図である。
図3に示すように、飾り面5aは、貫通穴5の表面41側に設けられている。輪列受4の表面41と飾り面5aとが成す角度θは、例えば、40°である。なお、角度θのことを、飾り面角度θともいう。また、飾り面5aの周縁部を外周縁5bという。また、
図4に示すように、貫通穴5の直径は直径φ1であり、飾り面5aの外周縁5bの直径は、直径φ1よりも大きい直径φ3となる。
【0017】
前述したように、輪列受4の表面41には梨地状の模様21が施されており、飾り面5aは鏡面仕上げとなっている。両者にこのような模様を施す場合、一般的には、貫通穴5を設けた輪列受4に対してサンドブラスト加工により梨地状の模様21を形成した後、飾り面5aを形成する。これは、飾り面5aを形成した後にサンドブラスト加工を行うと、飾り面5aも梨地状に加工されてしまうからである。この方法でも、上記模様を施すことが可能であるが、専用装置でサンドブラスト加工を行った後で、再度、輪列受4を旋盤などの加工装置にセットする必要があり、段取り替えが多く作業効率が悪かった。
これに対して、以下に述べる本実施形態の加飾方法によれば、最小限の段取り替えで、効率良く加飾を行うことができる。
【0018】
***輪列受の加飾方法***
図5は、輪列受の加飾方法の流れを示すフローチャート図である。
図6は、レーザー加工装置の概略構成図である。
図7は、第1領域の範囲を示す平面図である。
図8は、第1領域における走査パターンの一例を示す平面図である。
ここでは、輪列受4の加飾方法について、
図5を主体に、適宜、他の図面を交えて説明する。
【0019】
ステップS11では、飾り面までの加工が施された輪列受4を準備する。好適例では、加工装置としてマシニングセンターを用いる。複数個の輪列受4が面付けされた面付け基板をマシニングセンターにセットし、貫通穴5、石受穴6、ネジ穴7を穿孔し、外形を切り出した後、飾り面4a,5a,6a,7aまで形成する。飾り面4a,5a,6a,7aは、研磨まで行い鏡面仕上げとする。
【0020】
ステップS12では、複数個の輪列受4が面付けされた面付け基板を、レーザー加工装置にセットする。まず、
図6に示すレーザー加工装置90の構成について説明する。
レーザー加工装置90は、レーザー発振器81、伝送光学系82、照射ユニット83、加工テーブル85、制御装置87などから構成される。
レーザー発振器81は、赤外線レーザー発振器を採用している。好適例では、ナノ秒レーザーに対応した固体レーザー発振器を用いる。なお、これに限定するものではなく、赤外線レーザー発振器であれば良く、気体レーザー、半導体レーザー、液体レーザーなどの発振器を用いても良い。
伝送光学系82は、レーザー発振器81で生成されたレーザー光を照射ユニット83に伝送する光路であり、複数枚の反射ミラーを含んで構成されている。
【0021】
照射ユニット83は、レーザー光を集光して加工対象物に照射する照射ノズルであり、集光レンズを含んで構成されている。
加工テーブル85は、XYテーブルであり、制御装置87からの指示に従い、載置された加工対象物をレーザー照射の走査経路パターンに応じて平面移動させる。
図6に示すように、加工テーブル85には、3個の輪列受4が面付けされた面付け基板71がセットされている。なお、面付け数は、3個に限定するものではなく、複数個であれば良い。加工テーブル85には、面付け基板71の一対の基準穴43に対応する一対の位置決めピン(図示せず)が設けられており、面付け基板71は、当該一対の位置決めピンにより位置出しされた状態で固定される。
【0022】
制御装置87は、レーザー加工装置90のコントローラーであり、1つ又は複数のプロセッサーを含んで構成され、各部の動作を統括制御する。制御装置87は、不揮発性メモリーを含む記憶部88を備えている。記憶部88には、レーザー加工装置90の動作を制御する制御プログラムや、各種データなどが記憶されている。各種データには、加工部位ごとの照射条件や、走査パターンなどのデータが記憶されている。なお、照射条件としては、エネルギー密度、出力周波数、走査速度、レーザー出力、走査パスピッチなどのパラメーターがある。
【0023】
ステップS13では、飾り面5aの外周縁5bを含む第1領域31にレーザー照射する。なお、第1領域31にレーザー照射を行うことを、内側加飾工程ともいう。
図7に示すように、第1領域31は、貫通穴5を囲う内境界31aと、飾り面5aの外周縁5bを囲う外境界31bとで囲まれた円環状の領域である。好適例では、内境界31aと外周縁5bとの間の寸法と、外周縁5bと外境界31bとの間の寸法を同じとしているが、これに限定するものではない。内境界31aは、飾り面5aの面内に設定されていれば良く、外境界31bは飾り面5aの外周縁5bよりも大きければ良い。特に、外境界31bは、飾り面5aの加工公差を考慮して、飾り面5aの外周縁5bを含むように設定することが好ましい。好適例において、外境界31bは、飾り面5aの最大公差よりも大きく設定する。なお、当該最大公差には、レーザー照射の照射精度も含む。換言すれば、第1領域31は、飾り面5aの加工公差を考慮して、飾り面5aの外周縁5bを含むように設定される。
【0024】
好適例において、第1領域31へのレーザー照射は、
図8に示す、走査パターン51で行われる。走査パターン51は、円環状の走査ライン52を飾り面5aの外周縁5bに沿って順次旋回させることにより、第1領域31内をレーザー照射する。走査ライン52の直径φ2は、貫通穴5の直径φ1よりも大きく飾り面5aの外周縁5bの直径φ3よりも小さく設定されている。
円環状の走査ライン52の中心は、貫通穴5の中心から半径r1の仮想円19の円周に沿っており、仮想円19の12時側の0°を中心とした走査ライン52aから照射を開始する。走査ライン52aによる走査が終了すると、次に、仮想円19の45°を中心とした走査ライン52bにより照射を行う。次に、仮想円19の90°を中心とした走査ライン52cにより照射を行う。図示は省略しているが、次は、仮想円19の135°を中心とした走査ライン、180°を中心とした走査ラインというように、順次、45°刻みに360°までの走査を行う。これで、1回の走査パターン51となる。
【0025】
ここでは、説明を容易にするために、走査ライン52の角度を45°刻みとした事例で説明したが、これに限定するものではなく、走査ライン52の角度は3°以上15°以下のステップで適宜設定すれば良い。
【0026】
図9は、飾り面周辺の拡大図であり、
図3における右側の飾り面5a周辺の拡大図である。
図10は、角度を変化させた際の飾り面の加工度合いを示す表である。
図9に示すように、第1領域31にレーザー照射する際、外境界31b側の照射光は、その殆どが輪列受4の表面41に吸収され、表面41を加工する。他方、内境界31a側の照射光は、その多くが鏡面仕上げされた飾り面5aで反射される。この反射度合いは、飾り面5aの角度θ、および、レーザー照射のエネルギー密度によって変化する。
図10の表95は、飾り面5aの角度θと、レーザー照射のエネルギー密度(mJ/cm
2)とを変化させた際における飾り面5aの加工度合いを調査した表である。表95において「Good」は、レーザー照射しても飾り面5aが加工されず、鏡面を維持していることを表し、「Bad」は、レーザー照射により飾り面5aが加工されて粗面化したことを表している。
【0027】
表95に示すように、エネルギー密度が570~850mJ/cm2までの範囲においては、飾り面5aの角度θを15°~80°の間で変化させても、飾り面5aは加工されないことが解る。
他方、エネルギー密度が1020mJ/cm2では、飾り面5aの角度θが15°において、飾り面5aが加工されることが解る。同様に、エネルギー密度が1130mJ/cm2では、飾り面5aの角度θが20°以下になると飾り面5aが加工され、エネルギー密度が1410mJ/cm2では、飾り面5aの角度θが30°以下になると飾り面5aが加工される。
これらのことから、飾り面5aの角度θと、レーザー照射のエネルギー密度との間には相関性があり、飾り面5aの角度θを大きくすると、エネルギー密度が高くても、飾り面5aの加工を防止し得ることが解る。
【0028】
前述したように、飾り面5aは、輪列受4の装飾用の模様の一部であり、その意匠性を確保するためには、飾り面5aの角度θは、20°以上80°以下であることが好ましく、20°以上60°以下であることが、より好ましい。
そして、この飾り面5aの角度θに対するレーザー照射の第1強度としてのエネルギー密度は、上記の相関性を考慮して、500mJ/cm2以下1500mJ/cm2以下であることが好ましい。換言すれば、第1領域31へのレーザー照射における第1強度は、エネルギー密度が、500mJ/cm2以下1500mJ/cm2以下である。また、エネルギー密度以外の照射条件は、例えば、周波数600kHz、走査速度3000mm/sec、パルス幅4ns、スポット径30μmである。なお、この条件に限定するものではない。換言すれば、内側加飾工程では、輪列受4の表面41において飾り面5aの外周縁5bを含む第1領域31に第1強度でレーザー照射し、第1面粗度で加飾を行う。また、レーザー照射のパルス幅は、ナノ秒に限定するものではなく、ピコ秒、フェムト秒のいずれかであっても良い。
【0029】
図11は、第2領域の範囲を示す平面図であり、
図7に対応している。
図5のステップS14では、第2領域61にレーザー照射する。なお、第2領域61へのレーザー照射のことを、外側加飾工程ともいう。
図11に示すように、第2領域61は、飾り面5aの外側の領域であり、飾り面5aの外周縁5bを含んでいない。
図11では、第2領域61の内境界61aのみを図示している。内境界61aは、貫通穴5の同心円であり、その外周は、飾り面5aの外周縁5bよりも大きく、第1領域31の外境界31bよりも小さい。第2領域61は、輪列受4の表面41における内境界61aの外側の領域である。
第2領域61は、第1領域31と重なる重畳部分65を有している。重畳部分65は、第2領域61の内境界61aが、第1領域31の外境界31bの内側に入り込んだ部分である。換言すれば、第2領域61は、第1領域31の外境界31bと重畳する重畳部分65を含む。
【0030】
そして、第2領域61へのレーザー照射は、第1強度よりも強い第2強度で行われる。換言すれば、第2強度は、第1強度よりもエネルギー密度が高い。走査パターンは、例えば、内境界61aから外側に渦巻き状に照射する走査パターンとする。これにより、第2領域61における輪列受4の表面41には、第1面粗度より高い面粗度の第2面粗度で加飾が施される。なお、この走査パターンに限定するものではなく、第2領域61内を満遍なく照射可能な走査パターンであれば良い。
換言すれば、外側加飾工程では、飾り面5aの外側の第2領域61に第1強度よりも強い第2強度でレーザー照射し、第1面粗度より高い面粗度の第2面粗度で加飾を行う。
【0031】
一般的には、レーザー加工を用いて飾り面5aの外側に梨地状の模様21を加飾する場合、加工公差を含む飾り面5aの範囲を避けてレーザー照射を行うが、この方法だと、飾り面5aの周囲に環状の未加工部分が残ってしまう。この未加工部分は、切削面であるため、ギラつき感があり意匠性を損ねてしまう。
これに対して、本実施形態の加飾方法によれば、第2領域61と第1領域31との間に重畳部分65を設けたことにより、切削跡のある未加工部分がなくなるため、切削跡が残ることによるギラつきを防止することができる。
【0032】
なお、上記では、加飾部位の一例として、貫通穴5の飾り面5aを用いて説明したが、石受穴6の飾り面6a、ネジ穴7の飾り面7aの周縁部についても、同様に加飾が施される。また、輪列受4の外形における飾り面4aの周縁部についても、同様に加飾が施される。詳しくは、飾り面4aの一部、および、飾り面4aの外周縁を含む領域を第1領域とし、飾り面4aの外周縁の外側で、第1領域と重なる重畳部分を有する領域を第2領域として、上記の内側加飾工程、外側加飾工程を行えば良い。
【0033】
***面粗度の指標***
図4に戻る。
ここでは、面粗度の指標について説明する。本実施形態では、面粗度の指標としてSa値、Sdq値、Sdr値を用いる。
Sa値は、表面凹凸の平均面からの高低差の平均値である。Sdq値は、表面の局所的な勾配の平均値である。Sdr値は、表面積の増加率を表す数値である。
まず、飾り面5aの鏡面の面粗度をこれらの指標で表すと、「Sa:0.027μm」、「Sdq:0.521」、「Sdr:0.128」となる。
同様に、模様21が施された輪列受4の表面41の第2面粗度は、「Sa:0.232μm」、「Sdq:2.079」、「Sdr:1.483」となる。
【0034】
レーザー加工を行う前の切削跡が残っている状態の輪列受4の表面41の面粗度は、「Sa:0.097μm」、「Sdq:1.109」、「Sdr:0.502」となる。
そして、第1面粗度は、切削跡がある表面41の面粗度よりも大きく、第2面粗度よりも小さい値となる。なお、これらは一例であり、この数値に限定するものではない。例えば、第1面粗度は、切削跡によるギラつきを抑制可能な面粗度であれば良い。
【0035】
以上、述べた通り、本実施形態の時計部品の加飾方法、時計部品としての輪列受4によれば、以下の効果を得ることができる。
時計部品としての輪列受4の加飾方法は、飾り面5aを有する輪列受4の第1面としての表面41にレーザー加工により加飾する時計部品の加飾方法であって、表面41において飾り面5aの外周縁5bを含む第1領域31に第1強度でレーザー照射し、第1面粗度で加飾を行う内側加飾工程と、飾り面5aの外側の第2領域61に第1強度よりも強い第2強度でレーザー照射し、第1面粗度より高い面粗度の第2面粗度で加飾を行う外側加飾工程と、を含む。
【0036】
これによれば、飾り面5aの鏡面加工までをマシニングセンターで行った後、レーザー加工装置だけで、輪列受4の表面41に梨地状の模様21を施し、輪列受4を完成させることができる。よって、マシニングセンターでの加工の後、サンドブラスト加工装置で加飾し、再度、マシニングセンターへの段取り変更が必要であった従来方法とは異なり、レーザー加工装置への1回の段取り変更で良いため、段取り工数を少なくできる。
さらに、第2領域61と第1領域31との間に重畳部分65を設けることにより、重畳部分65が緩衝領域として機能し、輪列受4の表面41の切削跡が残ることによるギラつきを防止することができる。
従って、製造効率が良く、装飾性が高い時計部品の加飾方法を提供することができる。
【0037】
また、第1領域31へのレーザー照射における第1強度は、エネルギー密度が、500mJ/cm2以下1500mJ/cm2以下である。
これによれば、飾り面5aの鏡面仕上げを損なうことなく、第1領域31に第1面粗度の加飾を施すことができる。
【0038】
また、第2領域61へのレーザー照射における第2強度は、第1強度よりもエネルギー密度が高い。
これによれば、第2領域61に第2面粗度の加飾を効率良く施すことができる。
【0039】
また、第1領域31は、飾り面5aの加工公差を考慮して、飾り面5aの外周縁5bを含むように設定され、第2領域61は、第1領域31の外境界31bと重畳する重畳部分65を含む。
これによれば、第1領域31と第2領域61との間での加工漏れによる輪列受4の表面41の切削跡が残ることによるギラつきを防止することができる。
【0040】
また、第1領域31へのレーザー照射は、パルス幅制御により行われ、パルス幅は、ナノ秒、ピコ秒、フェムト秒のいずれかを含む。
これによれば、飾り面5aの鏡面仕上げを損なうことなく、第1領域31に第1面粗度の加飾を施すことができる。
【0041】
また、時計部品としての輪列受4は、飾り面5aと、飾り面5aの周辺部にレーザー加工により加飾された第1面としての表面41を有する時計部品であって、飾り面5aの外周縁5bを含む第1領域は、第1面粗度の加飾を有し、飾り面5aの外側の第2領域61は、第1面粗度より高い第2面粗度の加飾を有する。
これによれば、輪列受4は、艶消しの梨地状の模様21の中に、金属光沢を有する複数の飾り面5aが散りばめられた高級感のある外観仕上げとなっている。
従って、装飾性が高い時計部品としての輪列受4を提供することができる。
【0042】
また、飾り面5aは、第1面としての輪列受4の表面41に対して傾斜した斜面であり、表面41における第1領域31の第1面粗度は、飾り面5aの斜面における面粗度より高い。
これによれば、飾り面5aの周囲に第1面粗度の緩衝領域を設けることができる。
【0043】
また、飾り面5aは、輪列受4の表面41に対して傾斜した斜面であり、斜面の角度θは、20°以上80°以下である。
これによれば、輪列受4の装飾用の模様の一部である飾り面5aの意匠性を確保することができる。
【0044】
また、飾り面5aは、輪列受4の表面41に形成された貫通穴5の周囲に設けられており、第1領域31は、貫通穴5と同心円であり、飾り面5aを囲う円環状の領域である。
これによれば、周囲に飾り面5aを有する貫通穴5を備えた輪列受4を提供することができる。
【0045】
実施形態2
***異なる走査パターン***
図12、
図13は、実施形態2に係る第1領域における走査パターンの一例を示す平面図であり、
図8に対応している。
上記実施形態では、第1領域へのレーザー照射は、円環状の走査ライン52を飾り面5aの外周縁5bに沿って順次旋回させる走査パターン51を用いるとして説明したが、これに限定するものではなく、直線の走査ラインで照射することであっても良い。以下、上記実施形態と同じ部位には、同じ付番を付し、重複する説明は省略する。
【0046】
本実施形態では、
図12に示すように、第1領域35について内境界31aのみを図示している。なお、内境界31aは、第1領域31の内境界31aと同じである。つまり、第1領域35は、輪列受4の表面41における内境界31aの外側の領域である。
そして、第1領域35へのレーザー照射は、
図12に示すように、走査パターン55で行われる。走査パターン55は、直線の走査ライン53の12時側(上方)から6時側(下方)への走査と、6時側から12時側への走査とを交互に繰り返しながら、右に移動することにより第1領域35内をレーザー照射する。
【0047】
まず、走査ライン53aでは、飾り面5aの左側で上方から下方にレーザー照射が行われ、走査ライン53bでは、走査ライン53aの右隣りで下方から上方にレーザー照射が行われる。続いて、走査ライン53cでは、走査ライン53bの右隣りで上方から下方にレーザー照射が行われ、走査ライン53dでは、走査ライン53cの右隣りで下方から上方にレーザー照射が行われる。なお、走査ライン53dでは、内境界31a内ではレーザー照射を止める。同様に、走査ライン53e~53gにおいても、内境界31a内ではレーザー照射行わずに、第1領域35内を上下にレーザー照射する。
このように、走査パターン55では、内境界31a内を除き、貫通穴5の周囲を直線の走査ライン53で上下に交互に走査することにより、第1領域35をレーザー照射する。
【0048】
この走査パターン55であっても、走査パターン51と略同様に、飾り面5aの鏡面仕上げを損なうことなく、第1領域35に第1面粗度の加飾を施すことができる。
【0049】
また、第1領域35へのレーザー照射は、
図13に示す、走査パターン56で行っても良い。走査パターン56は、直線の走査ライン54を上下に右に移動しながら交互に走査することは走査パターン55と同じであるが、内境界31a内でもレーザー照射を行う点が走査パターン55と異なる。
前述したように、飾り面5aに照射された照射光は、その多くが鏡面仕上げされた飾り面5aで反射されるため、この走査パターン56であっても、走査パターン51と略同様に、飾り面5aの鏡面仕上げを損なうことなく、第1領域35に第1面粗度の加飾を施すことができる。
【0050】
***変形例***
図5に戻る。
上記の加飾方法において、第1領域をレーザー加工する内側加飾工程の前に、輪列受4の表面41に付着している切削紛や、粉塵などのデブリを除去するクリーニング工程を行っても良い。クリーニング工程では、第1強度よりも弱いエネルギー密度で、飾り面を含む輪列受4の表面41をレーザー照射する。なお、飾り面に照射された照射光は、その多くが反射されるため、飾り面の鏡面仕上げは維持される。
一般的に、デブリが付着している場合、水洗浄などの別工程(別装置)でクリーニングを行うが、この方法によれば、クリーニング工程もレーザー加工装置90で行うことができるため、装置の段取り替えが不要となり、製造効率が良い。
【0051】
また、上記実施形態では、第1領域をレーザー加工する内側加飾工程の後に、第2領域をレーザー加工する外側加飾工程を行うものとして説明したが、これに限定するものではなく、工程順を入れ替えても良い。具体的には、外側加飾工程の後に、内側加飾工程を実施しても良い。この順番であっても、第2領域61と第1領域31との間に重畳部分65が設けられているため、輪列受4の表面41の切削跡が残ることによるギラつきを防止することができる。
【0052】
図4に戻る。
上記実施形態では、輪列受4の表面41に加飾される模様21は、梨地状として説明したが、これに限定するものではなく、デザインに応じて設定すれば良く、模様21は、例えば、筋目や、ペルラージュ模様であっても良い。換言すれば、第2面粗度の加飾により形成される模様21は、少なくとも梨地、筋目、ペルラージュのいずれかを含む。
また、上記実施形態では、時計部品として輪列受4を用いて説明したが、これに限定するものではなく、模様が形成可能な時計用部品であれば良く、例えば、文字板、回転錘、胴、裏蓋、ベゼルや、バンドであっても良い。
【符号の説明】
【0053】
1…胴、φ1…直径、φ2…直径、φ3…直径、r1…半径、2…裏蓋、3…地板、4…輪列受、4a…飾り面、5…貫通穴、5a…飾り面、5b…外周縁、6…石受穴、6a…飾り面、7…ネジ穴、7a…飾り面、10…ムーブメント、11…秒針、12…分針、13…時針、14…歯車、14b…回転軸、15…香箱、16…受石、17…ネジ、18…文字板、19…仮想円、21…模様、25…リュウズ、31…第1領域、31a…内境界、31b…外境界、35…第1領域、41…表面、42…裏面、43…基準穴、51…走査パターン、52…走査ライン、52a~52c…走査ライン、53…走査ライン、53a~53e…走査ライン、55…走査パターン、56…走査パターン、54…走査ライン、61…第2領域、61a…内境界、65…重畳部分、71…面付け基板、81…レーザー発振器、82…伝送光学系、83…照射ユニット、85…加工テーブル、87…制御装置、88…記憶部、90…レーザー加工装置、95…表、100…時計。