(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024116859
(43)【公開日】2024-08-28
(54)【発明の名称】殺菌処理方法、醸造酒の製造方法、醸造酒製造システム
(51)【国際特許分類】
C12H 1/16 20060101AFI20240821BHJP
C12G 3/022 20190101ALN20240821BHJP
【FI】
C12H1/16
C12G3/022 119S
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023022685
(22)【出願日】2023-02-16
(71)【出願人】
【識別番号】000132161
【氏名又は名称】株式会社スギノマシン
(74)【代理人】
【識別番号】100135758
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 高志
(74)【代理人】
【氏名又は名称】玉城 信一
(72)【発明者】
【氏名】原島 謙一
(72)【発明者】
【氏名】小森 洋介
【テーマコード(参考)】
4B115
4B128
【Fターム(参考)】
4B115CN88
4B128AC10
4B128AG06
4B128AP25
4B128AP31
4B128AT04
(57)【要約】
【課題】日本酒のような醸造酒を製造する工程において、十分な殺菌処理を施すことが可能な殺菌方法を提供する。
【解決手段】醸造酒を含む被処理液状体に圧力を付与して加圧流体とし、該加圧流体に衝突力を与えて前記被処理液状体に殺菌処理を施す殺菌処理方法である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
醸造酒を含む被処理液状体に圧力を付与して加圧流体とし、該加圧流体に衝突力を与えて前記被処理液状体に殺菌処理を施す殺菌処理方法。
【請求項2】
前記衝突力が、前記加圧流体を硬質材に衝突させることにより、あるいは、少なくとも一対のノズルから噴射されるそれぞれの前記加圧流体が互いに衝突することにより生じる請求項1に記載の殺菌処理方法。
【請求項3】
前記衝突力を、スリットチャンバー内で付与する請求項1に記載の殺菌処理方法。
【請求項4】
閉回路内で循環可能に行う請求項1~3のいずれかに記載の殺菌処理方法。
【請求項5】
前記圧力を100~300MPaとする請求項1~3のいずれかに記載の殺菌処理方法。
【請求項6】
前記循環する回数を2以上とする請求項4又は5に記載の殺菌処理方法。
【請求項7】
60℃未満で行う請求項4又は5に記載の殺菌処理方法。
【請求項8】
醸造酒原料を発酵させて醸造酒とする醸造工程と、
前記醸造酒を含む被処理液状体に圧力を付与して加圧流体とし、該加圧流体に衝突力を与えて前記被処理液状体に殺菌処理を施す殺菌工程と、を含む醸造酒の製造方法。
【請求項9】
60℃未満で行う請求項8に記載の醸造酒の製造方法。
【請求項10】
醸造酒原料を発酵させて醸造酒とする醸造手段と、
前記醸造酒を含む被処理液状体に圧力を付与して加圧流体とし、該加圧流体に衝突力を与えて前記被処理液状体に殺菌処理を施す殺菌手段と、を含む醸造酒製造システム。
【請求項11】
前記殺菌手段が前記加圧流体に衝突力を与えるためのチャンバーを備え、前記加圧流体を前記チャンバー内に噴射する噴射ノズルを備える請求項10に記載の醸造酒製造システム。
【請求項12】
前記噴射ノズルの少なくとも前記加圧流体の接触面がダイアモンド系材料で構成されている請求項11に記載の醸造酒製造システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、殺菌処理方法、醸造酒の製造方法、及び醸造酒製造システムに関する。
【背景技術】
【0002】
醸造酒の1つである日本酒は、原料処理工程、製麹、酒母、醪、製成工程、貯蔵工程、及び瓶詰め工程といった各工程を経て製造される。
例えば、原料処理工程では、玄米を精米し、さらに洗米、浸漬をしたのち蒸米機で蒸米を作る。次に製麹で、蒸米と種麹とにより麹室にて、麹を作る。この麹に蒸米と水、さらに純粋培養された酵母を酒母タンクに加えて酒のもとになる酒母を作る。この酒母を醗酵タンクに移し、麹、蒸米、水を加えて発酵させてもろみを作り熟成させる。十分熟成したもろみを上槽機で圧搾させ、粕と新酒とに分離し、製成する。上記工程を経た新酒を、滓引きをした後、濾過機で不純物等を除き、火入機で火入れを行い、酵母や火落ち菌の殺菌と残存酵素を失活させ、酒質を安定させたのち貯蔵工程、瓶詰め工程へ移行させ清酒を作る。
【0003】
上記の各工程の中でも、火入れは、上槽濾過した新酒の酒質が落ち着いてきた頃を見計らって行われる。この火入れにより、新酒中の微生物を殺菌するとともに、新酒中に残存する酵素を失活させて酒を安定させている。このときに新酒特有の香気や口当たりが火入れにより失われることになる。また、火入れの時期は、設定した酒質や清酒の熟成具合を考慮して適宜設定する必要がある。さらに、火入れ温度は、火落ち菌を完全に殺菌するために60℃以上に設定し、少なくとも数分の処理が必要である。また、火入れ方法についても、酸素による清酒の酸化を防ぐためになるべく清酒を空気に触れさせないこと等の煩雑な作業が必要で、かかる作業に手違いを生ずると酒質に大きな影響を与えることになる。
【0004】
そこで、火入れのような煩雑な加熱殺菌処理に代わる殺菌方法として、特許文献1では、醸造酒を、60℃以下の温度でかつ300MPa以上で超高圧処理することによって、醸造酒に含まれる微生物を殺菌するとともに酵素を失活させる超高圧処理法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1の超高圧処理方法でも、殺菌能力には限界があり、未だ実用化には至っていない。
【0007】
以上から、本発明は上記に鑑みなされたものであり、日本酒のような醸造酒を製造する工程において、十分な殺菌処理を施すことが可能な殺菌方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討したところ、殺菌の際に加圧下の流体にさらにせん断力を加えることで、十分な殺菌処理を施すことができることを見出し、本発明を完成した。すなわち、本発明は下記のとおりである。
【0009】
[1] 醸造酒を含む被処理液状体に圧力を付与して加圧流体とし、該加圧流体に衝突力を与えて前記被処理液状体に殺菌処理を施す殺菌処理方法。
[2] 前記衝突力が、前記加圧流体を硬質材に衝突させることにより、あるいは、少なくとも一対のノズルから噴射されるそれぞれの前記加圧流体が互いに衝突することにより生じる[1]に記載の殺菌処理方法。
[3] 前記衝突力を、スリットチャンバー内で付与する[1]に記載の殺菌処理方法。
[4] 閉回路内で循環可能に行う[1]~[3]のいずれか1つに記載の殺菌処理方法。
[5] 前記圧力を100~300MPaとする[1]~[4]のいずれか1つに記載の殺菌処理方法。
[6] 前記循環する回数を2以上とする[4]又は[5]に記載の殺菌処理方法。
[7] 60℃未満で行う[1]~[6]のいずれか1つに記載の殺菌処理方法。
[8] 醸造酒原料を発酵させて醸造酒とする醸造工程と、前記醸造酒を含む被処理液状体に圧力を付与して加圧流体とし、該加圧流体に衝突力を与えて前記被処理液状体に殺菌処理を施す殺菌工程と、を含む醸造酒の製造方法。
[9] 60℃未満で行う[8]に記載の醸造酒の製造方法。
[10] 醸造酒原料を発酵させて醸造酒とする醸造手段と、
前記醸造酒を含む被処理液状体に圧力を付与して加圧流体とし、該加圧流体に衝突力を与えて前記被処理液状体に殺菌処理を施す殺菌手段と、を含む醸造酒製造システム。
[11] 前記殺菌手段が前記加圧流体に衝突力を与えるためのチャンバーを備え、前記加圧流体を前記チャンバー内に噴射する噴射ノズルを備える[10]に記載の醸造酒製造システム。
[12] 前記噴射ノズルの少なくとも前記加圧流体の接触面がダイアモンド系材料で構成されている[11]に記載の醸造酒製造システム。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、日本酒のような醸造酒を製造する工程において、十分な殺菌処理を施すことが可能な殺菌方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】ボール衝突チャンバーの一例を示す概略構成図である。
【
図2】加圧流体同士を衝突させる衝突チャンバーの一例を示す概略構成図である。
【
図3】本実施形態のスリットチャンバーの一例を示した側面図である。
【
図4】スリットチャンバーの上流ノズル4と下流ノズル5の一例を示した断面図である。
【
図5】(a)スリットチャンバーの変形例1、(b)スリットチャンバーの変形例2、(c)スリットチャンバーの変形例3を示した断面図である。
【
図6】閉回路で殺菌を行うことを説明する説明図である。
【
図9】処理品をガスクロマトグラフィーで定性分析した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、殺菌処理方法、醸造酒の製造方法、及び醸造酒製造システムに関する。
ここで、本明細書における殺菌とは、醸造酒の原料(水、米麹等)に自然状態で存在する種々の微生物の殺菌、あるいは醸造酒の製造過程で使用するか混入した種々の微生物の殺菌をいい、微生物を死滅させ、若しくは増殖できない状態にすることをいう。
【0013】
また、本発明において、殺菌対象となる微生物等としては、例えば酵母、バクテリア、カビ等の少なくともいずれかが挙げられる。
【0014】
具体的には、酵母としては、例えば日本酒においては、清酒用酵母と呼ばれるサッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)の中でも醸造特性の高い一群の株又は醸造過程中に製品に混入した野生酵母群(Saccharomyces cerevisiae)が挙げられる。例えば、Saccharomyces cerevisiae K701、Saccharomyces cerevisiae K901、Saccharomyces cerevisiae K1401、Saccharomyces cerevisiae K1801等が挙げられる。
【0015】
バクテリアとしては、例えばいわゆる「火落ち菌」と称される乳酸菌であり、Lactobacillus fructivorans S-14、Lactobacillus homohiochii S-24、Lactobacillus kasei H-7、Lactobacillus hilgardii H-34等が挙げられる。
【0016】
カビとしては、例えばニホンコウジカビ(A.oryzae(Ahlburg)Cohn)、日本以外の東アジアで用いられるクモノスカビ(Rhizopus stronifer(Ehrenberg:Fr.) Vuillemin等)等が挙げられる。
【0017】
本発明においては、少なくとも火落ち菌の少なくとも1種を殺菌対象とすることが好ましい。
【0018】
以下、本発明の一実施形態(本実施形態)について説明する。
[殺菌処理方法]
本実施形態に係る殺菌処理方法は、醸造酒を含む被処理液状体に圧力を付与して加圧流体とし、この加圧流体に衝突力を与えて被処理液状体に殺菌処理を施すものである。
【0019】
本実施形態において、加圧流体となった被処理液状体に衝突力が与えられることで、流体にかけられた圧力とともに、衝突に起因するせん断力が生じる。すなわち、被処理液状体には圧力とせん断力とが作用することで、加圧だけでは得られない十分な殺菌処理が施されると推察される。また、火入れのような加熱が不要になるため、醸造酒としての真のうまみが損なわれず、良好な酒質を維持できる。したがって、本実施形態に係る殺菌処理方法は、火入れに替わる有効な殺菌方法として期待される。
【0020】
また、例えば日本酒の火入れ工程(殺菌工程)においては、発がん性物質のカルバミン酸エチルが生成されることがあったり、生酒特有の風味が失われたりするといった問題が指摘されている。
【0021】
ここで、カルバミン酸エチルは、平成19年に国際がん研究機関(IARC)でグループ2A(ヒトに対する発がん性はおそらくある)に分類された発がん性物質であり、市販の通常製品の清酒には平均47ppb、古酒または長期熟成酒には平均183ppb含まれている。
【0022】
現在、国内では国税庁と酒類総合研究所が共同で対策を講じているが、既にカナダやチェコではカルバミン酸エチルの含有量が規制対象となっており、日本酒を海外輸出する際の懸念材料となっている。
【0023】
カルバミン酸エチルは、熟成期間や火入れ工程(例えば、60~65℃で10分加熱)で日本酒に含まれる尿素とエチルアルコールが化学反応して生成されると推定されており、火入れ温度を下げたり時間を短くしたりすることで生成量を低減できると言われている。
しかし、火入れ温度を下げたり時間を短くしたりすると、当然、殺菌が十分に行われなくなる懸念が生じる。
これに対して、本実施形態に係る殺菌方法では、圧力とせん断力とで殺菌するため、加熱に起因するカルバミン酸エチルの生成が抑制され得る。
【0024】
また、火入れをしていない清酒は生酒と呼ばれ、みずみずしい味わいを特徴としているが、香りや味は、残存酵素や微生物の影響を受けるため変化しやすく、長期保存や海外輸出は困難である。
【0025】
既述のように、残存酵素や微生物は、火入れによって失活・殺菌され、長期保存が可能になるが、火入れ工程で生酒特有の味わいは失われてしまう。なお、一般に販売されている清酒は、製造段階で火入れの工程を2回経て出荷される。
【0026】
これに対して、本実施形態に係る殺菌方法では、火入れの工程がなくても良好に殺菌できるため、生酒、生貯蔵酒、生詰酒といった各種の生酒の有する特有のみずみずしい風味が損なわれない。また、長期の保存も可能である。
【0027】
加圧流体に衝突力を与える方法としては、種々の方法が挙げられる。例えば、高圧噴射処理装置に装填されるチャンバーとして、加圧流体に衝突力を与える構成を有するチャンバーで、加圧流体を硬質材(例えば、硬質ボール)に衝突させる衝突チャンバーや加圧流体同士を衝突させる衝突チャンバー、縮径した流路(スリット)を通過する間に、圧縮、せん断、乱流等により被処理液状体に殺菌処理を施すスリットチャンバー等を採用することが好ましい。
【0028】
ここで、各種チャンバーについて、説明する。
まず、
図1に示すチャンバーは、加圧流体を硬質材(例えば、硬質ボール)に衝突させる衝突チャンバー10(ボール衝突チャンバーともいう)の概略構成である。当該衝突チャンバー10は、醸造酒を含む被処理液状体に圧力が付与された加圧流体Aを1つのノズル12から加速して硬質ボール14に衝突させて加圧流体に衝突力を与えて被処理液状体に殺菌処理を施す。殺菌処理後は出口16から被処理液状体が排出される。
【0029】
硬質ボール14は、窒化珪素等からなるセラミックボールであることが好ましい。ノズル12の加圧流体の接触面は、ダイアモンド系材料であることが好ましい。ダイアモンド系材料としては、単結晶ダイアモンド、焼結ダイアモンド、工業用ダイアモンド、DLC膜等が挙げられる。ダイアモンド系材料で構成されることで、装置の腐食や変質を抑え、耐久性を向上させることができる。
【0030】
ノズル12を加圧流体Aが通過する際の剪断力と、液中噴射によるキャビテーション衝撃力と、加圧流体が硬質ボール14に衝突するときの衝撃力によって、高い殺菌能力が発揮されると推察される。
【0031】
次に、
図2に示すチャンバーは、加圧流体同士を衝突させる衝突チャンバー20(対向衝突チャンバーともいう)の概略構成である。当該衝突チャンバー20は、対向配置された1対のノズル22,23から加速して噴射させた加圧流体Aを互いに衝突(斜向衝突)させて、加圧流体A同士に衝突力を与えて被処理液状体に殺菌処理を施す。殺菌処理後は出口26から被処理液状体が排出される。
【0032】
衝突させる際の衝突角度θは、
図2に示すように鋭角でもよいが、180°の正面衝突としてもよい。
当該衝突チャンバー20の場合も、ノズル22、23の加圧流体Aの接触面は、ダイアモンド系材料であることが好ましい。ダイアモンド系材料としては、単結晶ダイアモンド、焼結ダイアモンド、工業用ダイアモンド、DLC膜等が挙げられる。ダイアモンド系材料で構成されることで、装置の腐食や変質を抑え、耐久性を向上させることができる。
【0033】
ノズル22、23を加圧流体Aが通過する際の剪断力と、液中噴射によるキャビテーション衝撃力と、加圧流体A同士が衝突するときの衝撃力と、対向噴流での相対速度増加による剪断力によって、高い殺菌能力が発揮されると推察される。
【0034】
また、ノズルの流路内で加圧流体の進行方向(軌道)を直角に変えて衝突力を付与し、さらにその後の流路が縮径し、その縮径した流路(スリット)を通過する間に、圧縮、せん断、乱流等により被処理液状体に殺菌処理を施す、スリットチャンバーを用いてもよい。
当該スリットチャンバーによれば、上記の衝突チャンバーよりも強力なせん断力が生じて、より確実に殺菌処理を施すことができる。
上記スリットチャンバーについては、例えば、特開2022-63686号公報等に記載の構成が挙げられる。
【0035】
具体的には、
図3に示すように、スリットチャンバー30は、加圧流体が入口側(IN)から出口側(OUT)に向かって供給され、チャンバー流路32と、チャンバー流路32と連結されるチャンバー本体33と、チャンバー本体33の固定溝33a内に上流ノズル34、下流ノズル35および荷重受けノズル37と、噴射口38が配置されている。
【0036】
上流ノズル34は、
図4(a)に示すように、円板を一部切り欠いた形状の部材であり、断面視で左右に第1、第2の上流側導水孔49a、49bを有する。また、下流ノズル35は、
図4(b)に示すように、円板を一部切り欠いた形状の部材であり、断面視で上下に第1、第2の下流側導水孔50a、50bを有する。さらに、荷重受けノズル37は、
図4(c)に示すように、第1、第2の下流側導水孔50a、50bと同様の位置に、第1、第2の下流側導水孔50a、50bよりも一回り大きい孔を2つ有する。また、第1、第2の下流側導水孔50a、50bは、それぞれ新円形状に限らず、楕円形状やストレート形状等各種組合せであってもよい。上流ノズル34、下流ノズル35、荷重受けノズル37の材質としては、超硬や既述のダイアモンド系材料等の硬度の高いものを用いることが好ましい。
【0037】
下流ノズル35は、第1、第2の下流側導水孔40a、40bを結ぶ補助流路51aと、補助流路51aと直交し、第1、第2の上流側導水孔49a、49bと連通する流路52aを有する。流路52aは、第1、第2の上流側導水孔49a、49bの形状に応じて設定することや、材質の処理目的に応じて調整できる。
チャンバー流路32に供給される加圧流体が第1、第2の上流側導水孔49a、49bを通り、下流ノズル35の入口側端面に衝突する。その後、加圧流体は、流路52aを通って、補助流路51aおよび第1、第2の下流側導水孔50a、50bを通って、噴射口38から噴射される。
【0038】
また、補助流路51aの断面視で左右方向の幅は、流路52aの断面視で上下方向の幅よりも小さく設定することができる。加圧流体が通過する第1、第2の上流側導水孔49a、49bから下流ノズル35の入口側端面に衝突した後、直角状に移動し、縮径された流路52aを加圧流体が通過する。
【0039】
殺菌装置の起動時には、一時的に第1、第2の上流側導水孔49a、49b付近の内部空間に充填される加圧流体の流れが乱れることがあるが、噴射口38から加圧流体が噴射され続けることによって、内部空間の乱れがなくなり、流れが調整されていく。
【0040】
また、流路52aの深さは、補助流路51aの深さよりも小さく設定することができる。その結果、前述の縮径時、拡径時の殺菌性能の向上を促進させることができる。
【0041】
流路52aの断面視で上下方向の幅は、第1、第2の上流側導水孔49a、49bの直径よりも小さく設定することができる。その結果、前述の縮径時、拡径時の殺菌性能の向上を促進させることができる。
【0042】
その他、補助流路51aや流路52aの流路内に表面処理を施すことや、流路を凹凸形状とすること等も想定できる。
【0043】
以下に、
図5を用いて、スリットチャンバー30の変形例を説明する。
【0044】
最適な実施例としては、既述の構成同様、上流ノズル34における第1、第2の上流側導水孔49a、49bに連通する形で、下流ノズル35に補助流路51a、流路52a、第1の下流側導水孔50a、第2の下流側導水孔50b、を備えるものである。
【0045】
第1の変形例としては、
図5(a)に示すように、最適な実施例において、上流ノズル34における第1、第2の上流側導水孔49a、49bに連通する形で、下流ノズル35の流路52aが配置されていた構成を変更し、下流ノズル35に第2の流路52bを形成する構成である。
【0046】
この構成によれば、加圧流体への殺菌を最も促す流路52a、52bが2本存在することで、加圧流体を2倍処理することができる。
【0047】
第2の変形例としては、
図5(b)に示すように、最適な実施例において、上流ノズル34における第1、第2の上流側導水孔49a、49bに連通する形で、下流ノズル35の流路52aが配置されていた構成を変更し、下流ノズル5に第2の流路52b、さらに、第3、第4の上流側導水孔49c、49dを形成する構成である。
【0048】
この構成によれば、加圧流体の殺菌を最も促す流路52a、52bが2本存在することで、加圧流体を2倍処理することができる。第1の変形例の場合は、上流側導水孔49a、49bを通過する加圧流体を分岐する形で殺菌処理を施せるが、第2の変形例の場合は、第3、第4の上流側導水孔49c、49dを増やしたことによって、流路52a、第2の流路52bそれぞれに対し、均等な加圧流体を供給することが可能になる。
【0049】
第3の変形例としては、
図5(c)に示すように、最適な実施例において、上流ノズル34における第1、第2の上流側導水孔49a、49bに連通する形で、下流ノズル35の流路52aが配置され、さらに、上流ノズル34の下流側導水孔50a、50bに補助流路51aが形成されていた構成を変更し、下流ノズル35に第3、第4の下流側導水孔50c、50dおよび第2の補助流路51bを形成するとともに、上流ノズル34における上流側導水孔49a、49bに上流側導水孔49cを形成する構成である。
【0050】
この構成によれば、第3、第4の下流側導水孔50c、50dおよび第2の補助流路51bを形成したことによって、加圧流体がより潤滑に通過することによって、加圧流体の処理流量の調整を施すことができ、さらに、不要な詰まり等も防止することができる。
【0051】
最適な実施例および第1~3の変形例を例示したが、これらの構成だけでなく、上流側導水孔および下流側導水孔の孔数や、補助流路および流路数を変更することで、完成品の処理量の増加や作業効率の向上を図ることができることは言うまでもない。
【0052】
本実施形態においては、より高い殺菌力が期待される方法として、衝突力を、チャンバー内で付与する方法が好ましい。なかでも衝突力が、加圧流体を硬質材に衝突させることにより生じるボール衝突チャンバー、あるいは、少なくとも一対のノズルから噴射されるそれぞれの加圧流体が互いに衝突することにより生じる対向衝突チャンバーや、衝突力をスリットチャンバー内で付与するスリットチャンバーを用いた方法がより好ましい。なかでも、スリットチャンバーを用いた方法がさらに好ましい。
【0053】
以上のようなチャンバーとしては、例えば、(株)スギノマシン製の湿式微粒化装置 装置名「スターバースト」の各種チャンバーが挙げられる。
【0054】
加圧流体とするための圧力(噴射圧力)は、衝撃力や殺菌能力の確保の観点から、100~300MPaとすることが好ましく、100~245MPaとすることがより好ましい。また、噴射速度は、400~700m/sであることが好ましい。
【0055】
本実施形態に係る殺菌方法は、閉回路内で循環可能なように行うことが好ましい。これにより、被処理液状体を循環させて複数回(2パス以上)の殺菌処理が可能となる。
例えば、
図6に示すように、醸造酒を含む被処理液状体を貯留する原料タンク80と、原料タンク80の被処理液状体を圧送する給液ポンプ82と、給液ポンプ82から圧送される被処理液状体を加圧する増圧機84と、超高圧フィルタ86と、加圧された被処理液状体(加圧流体A)を殺菌処理するチャンバー87と、熱交換器88等で構成され、殺菌処理後の被処理液状体がバルブ89等の切り替えにより、系外へ取り出されたり、あるいは、原料タンクに供給して再度殺菌処理を行ったりするような、循環可能な閉回路を有することが好ましい。閉回路にすることによって、外部から菌が混入することを防止できる。さらに、最終的な被処理液状体を容器に充填する際にもそうした効果は得られる。
その他、閉回路内の要素毎の連結部には、弾性部材を配置することで、密閉性の高い環境を実現することもできる。また、閉回路内に複数のセンサを配置することにより、被処理液状体の状態(例えば、温度、粘度、菌等の量等)を検知することで、品質劣化を及ぼしにくい環境を整備することもできる。
【0056】
殺菌効果をより向上させる観点から、循環する回数は2以上とすることが好ましく、2~10回とすることがより好ましい。
【0057】
以上のような殺菌処理においては、本実施形態では、(株)スギノマシン製のウォータージェットを用いた湿式微粒化装置(ラボ機を含む)を用いて、本実施形態に係る殺菌処理方法を行うことが好ましい。当該湿式微粒化装置は、チャンバーを適宜交換可能に構成されており、また閉回路を形成している。
【0058】
また、本実施形態に係る殺菌方法は、60℃未満で行うことが好ましく、40~55℃で行うことがより好ましい。極力高温を避け、短時間で処理することで良好な酒質を維持できる。既述のチャンバーを用いた(株)スギノマシン製のウォータージェットにより、60℃未満とすることができる。
なお、ここでいう温度は、少なくとも、殺菌処理を施されている被処理液の温度をいう。
【0059】
[醸造酒の製造方法]
本実施形態に係る醸造酒の製造方法は、醸造酒原料を発酵させて醸造酒とする醸造工程と、醸造酒を含む被処理液状体に圧力を付与して加圧流体とし、この加圧流体に衝突力を与えて被処理液状体に殺菌処理を施す殺菌工程と、を含む。
【0060】
(醸造工程)
醸造工程は、醸造酒原料を発酵させて醸造酒とする工程である。醸造工程における各処理や条件などは、日本酒等の醸造酒の製造に適用される各処理及び条件を適宜採用することができる。
【0061】
(殺菌工程)
殺菌工程は、醸造酒を含む被処理液状体に圧力を付与して加圧流体とし、その加圧流体に衝突力を与えて被処理液状体に殺菌処理を施す工程である。
当該工程における殺菌処理は、既述の本実施形態の殺菌処理方法を用いる。当該殺菌処理工程は、複数設けてもよい。
【0062】
本実施形態に係る醸造酒の製造方法においては、60℃未満で行うことが好ましく、40~55℃で行うことがより好ましい。60℃未満であることで、いわゆる火入れ処理のような操作が必要なくなる。また、生酒に近い良好な酒質を維持できる。そのため、本実施形態に係る醸造酒の製造方法においては、火入れ処理を行う工程を含まないことが好ましい。
【0063】
本実施形態に係る醸造酒の製造方法は、日本酒の製造に適用される公知の一般的な工程を適宜含むことが好ましい。
【0064】
[醸造酒製造システム]
本実施形態に係る醸造酒製造システムは、醸造酒原料を発酵させて醸造酒とする醸造手段と、醸造酒を含む被処理液状体に圧力を付与して加圧流体とし、この加圧流体に衝突力を与えて被処理液状体に殺菌処理を施す殺菌手段と、を含む。
【0065】
本実施形態に係る醸造酒製造システムは、殺菌手段が加圧流体に衝突力を与えるためのチャンバーを備え、加圧流体をチャンバー内に噴射するノズルを備えることが好ましい。
【0066】
上記のような殺菌手段としては、例えば、(株)スギノマシン製のウォータージェットを用いた湿式微粒化装置で、(株)スギノマシン製のチャンバーを適宜採用したものが挙げられる。
【0067】
ノズルの少なくとも加圧流体の接触面は、ダイアモンド系材料で構成されていることが好ましい。ダイアモンド系材料としては、既述の材料が挙げられる。ダイアモンド系材料で構成されることで、装置の腐食や変質を抑え、耐久性を向上させることができる。
【0068】
なお、醸造酒原料を発酵させて醸造酒とする醸造手段としては、日本酒等の醸造酒の製造に適用される公知の醸造手段を適宜採用することができる。
【実施例0069】
次に実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、すべての処理は特に言及しない限り室温(25℃付近)で行った。
【0070】
[実施例1]
(殺菌効果の確認試験)
(株)スギノマシン製の湿式微粒化装置(スターバーストラボ機)を用いて、下記条件にて被処理液状体(原料)の殺菌処理を行い、殺菌処理後の処理品を培養することで殺菌効果の有無を確認した。結果を下記表に示す。
なお、湿式微粒化装置を用いた殺菌処理における被処理液状体の温度は55℃以下であった。
【0071】
・原料:清酒(市販生酒)に酵母又は火落ち菌を添加した日本酒
・処理量:700mL/1条件
・噴射圧力:200MPa
・パス回数:1~3パス
・チャンバー:ボール衝突チャンバーまたはスリットチャンバー(いずれも(株)スギノマシン製)
・酵母(きょうかい酵母):下記4種
Saccharomyces cerevisiae K701
Saccharomyces cerevisiae K901
Saccharomyces cerevisiae K1401
Saccharomyces cerevisiae K1801
・火落ち菌:下記4種
Lactobacillus fructivorans S-14
Lactobacillus homohiochii S-24
Lactobacillus kasei H-7
Lactobacillus hilgardii H-34
【0072】
【0073】
図7に、処理品の培地(S-24)の写真を示す。当該写真と表1から、ボール衝突チャンバーでは2パスで、スリットチャンバーでは1パスで殺菌できていた。
【0074】
【0075】
図8に、処理品の培地(K901)の写真を示す。当該写真と表2から、いずれのチャンバーでも1パスで殺菌できていた。
【0076】
(カルバミン酸エチル生成量の低減効果確認試験)
(株)スギノマシン製の湿式微粒化装置(スターバーストラボ機)を用いて、下記条件にて被処理液状体(原料)の殺菌処理を行い、殺菌処理後の処理品を培養することでカルバミン酸エチル生成の有無を確認した。
また、比較のために63℃、10分での湯煎を2回処理した原料についても、カルバミン酸エチル生成の有無を確認した。この比較の例は、火入れを行った例に該当する。
なお、生成の有無の確認は、処理品をガスクロマトグラフィーで質量分析し、カルバミン酸エチルの生成有無を確認した。結果を
図9に示す。
【0077】
・原料:清酒(市販生酒)に尿素を添加した日本酒
・処理量:700mL/1条件
・噴射圧力:200MPa
・パス回数:4パス
・チャンバー:ボール衝突チャンバーまたはスリットチャンバー(いずれも(株)スギノマシン製)
【0078】
[実施例2]
加圧流体の圧力を変更し、スリットチャンバーを用いた以外は、実施例1の殺菌効果の確認試験と同様にして、殺菌処理を行い火落ち菌の殺菌効果の有無を確認した。結果を下記表に示す。
なお、湿式微粒化装置を用いた殺菌処理における被処理液状体の温度は55℃以下であった。
【0079】
【0080】
噴射圧力が100MPa以上ではパス回数1回で火落ち菌を殺菌できていることが確認できた。
【0081】
[実施例3]
加圧流体の圧力を変更し、スリットチャンバーを用いた以外は、実施例1の殺菌効果の確認試験と同様にして、殺菌処理を行い酵母の殺菌効果の有無を確認した。結果を下記表に示す。
なお、湿式微粒化装置を用いた殺菌処理における被処理液状体の温度は55℃以下であった。
【0082】
【0083】
噴射圧力が100MPa以上ではパス回数1回で酵母を殺菌できていることが確認できた。
【0084】
[実施例4]
実施例1の殺菌効果の確認試験と同様にして、殺菌処理を行い殺菌効果の有ることを確認し、下記表のパス数で殺菌処理(噴射圧力:200MPa)された処理品について、日本酒に関連する各種測定を行った。結果を下記表に示す。
なお、湿式微粒化装置を用いた殺菌処理における被処理液状体の温度は55℃以下であった。
また、一般分析及び香気成分の分析は、酒類総合研究所標準分析法注解に従って行った。グルコース及び有機酸の分析は、液体クロマトグラフィー法を用いた。
【0085】
【0086】
表5より、日本酒度、酸度、アミノ酸度、アルコール濃度、グルコース濃度はほとんど変化がなく、酒質に悪影響を及ぼしていないことがわかった。有機酸と香気成分は高圧処理した酒ではやや減少したが、10%程度の減少であることから大きく酒質に影響を与えていないことがわかった。このことから本発明による処理は清酒に著しい品質劣化を及ぼさないことが明らかになった。