(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024117180
(43)【公開日】2024-08-29
(54)【発明の名称】足臭検出方法及び足臭抑制剤の評価又は選択方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/06 20060101AFI20240822BHJP
C12Q 1/6851 20180101ALI20240822BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20240822BHJP
【FI】
C12Q1/06 ZNA
C12Q1/6851 Z
C12N15/09 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023023121
(22)【出願日】2023-02-17
(71)【出願人】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】酒井 真美
(72)【発明者】
【氏名】森 一郎
(72)【発明者】
【氏名】青崎 泰輔
(72)【発明者】
【氏名】菅井 由也
(72)【発明者】
【氏名】瀧川 博文
(72)【発明者】
【氏名】川崎 彰子
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA20
4B063QQ06
4B063QQ50
4B063QQ73
4B063QR08
4B063QR49
4B063QR55
4B063QR62
4B063QS25
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】足臭検出方法及び足臭抑制剤の評価又は選択方法の提供。
【解決手段】被験者の足の皮膚常在細菌におけるキトコッカス属細菌の菌量を測定する工程を含む、足臭検出方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の足の皮膚常在細菌におけるキトコッカス(Kytococcus)属細菌の菌量を測定する工程を含む、足臭検出方法。
【請求項2】
被験者の足の皮膚常在細菌におけるキトコッカス属細菌の菌量を参照値と比較し、足臭の存在若しくは不存在又は足臭の強度を判定する工程をさらに含む、請求項1記載の方法。
【請求項3】
被験者の足の皮膚常在細菌におけるキトコッカス属細菌の菌量が足裏面積あたりの16S rRNA遺伝子量として2.68×104copies/cm2よりも多い場合に被験者は足臭を有すると判定する工程をさらに含む、請求項1記載の方法。
【請求項4】
足臭抑制剤の評価又は選択方法であって、下記(1)~(3)の工程を含む方法。
(1)キトコッカス属細菌を被験物質及びL-ロイシン存在下で培養する工程
(2)(1)で得られた培養物におけるキトコッカス属細菌の菌量又はイソ吉草酸の量を測定する工程
(3)(2)で測定された結果に基づいて、キトコッカス属細菌の菌量又はイソ吉草酸の産生を抑制する被験物質を足臭抑制剤として評価又は選択する工程
【請求項5】
被験物質存在下でのイソ吉草酸の産生を対照と比較して90%以下に抑制する被験物質を足臭抑制剤として評価又は選択する、請求項4記載の方法。
【請求項6】
足臭がイソ吉草酸臭である、請求項1~5のいずれか1項記載の方法。
【請求項7】
キトコッカス属細菌がキトコッカス・シュロエテリ(Kytococcus shroeteri)及びキトコッカス・アエロラータス(Kytococcus aerolatus)からなる群より選択される少なくとも1種を含む、請求項1~6のいずれか1項記載の方法。
【請求項8】
キトコッカス属細菌の菌量を測定するための試薬を含有する、請求項1~3のいずれか1項記載の方法に用いられる足臭検出用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、足臭検出方法及び足臭抑制剤の評価又は選択方法に関する。
【背景技術】
【0002】
体臭は、生体から分泌される汗や皮脂、角質老廃物等を皮膚常在細菌が代謝することで発生する。体臭の中でも、足臭は臭いが強く、不快感が大きい臭いとして挙げられる。よって、これまでに臭いの原因成分や原因菌、その制御方法に関する研究が行われてきた。その中で、足臭の主な原因成分はイソ吉草酸(IVA;Isovaleric acid)であり(非特許文献1)、足皮膚常在細菌であるスタフィロコッカス属細菌やコリネバクテリウム属細菌が生体由来のL-ロイシンを代謝することにより生成されることが明らかにされている(非特許文献2~4)。
【0003】
一般的に、足の臭いの強度評価や素材の臭い抑制効果の評価には、臭気判定の専門家が官能評価を行う方法、分析機器で臭気成分を定量する方法、臭いの発生に関わる菌を検出する方法等が用いられる。どの方法を用いた場合も、精度高く、簡便に評価できることが望まれる。そのような状況下、スタフィロコッカス属細菌又はコリネバクテリウム属細菌を用いる足臭抑制剤のスクリーニング方法(特許文献1)や、コリネバクテリウム属細菌を用いる悪臭の評価方法(特許文献2)が報告されているが、実際の足臭や足臭に対する作用をより正確に反映する精度の高い指標が求められている。
【0004】
ヒトの足皮膚から検出される細菌としては、上述のスタフィロコッカス属細菌、コリネバクテリウム属細菌の他、マイクロコッカス属細菌、キトコッカス属細菌、ブレビバクテリウム属細菌等が知られている(非特許文献5)。非特許文献5では、このうちのスタフィロコッカス属細菌が足臭の主要原因菌であることが報告されている一方、マイクロコッカス属細菌、キトコッカス属細菌、及びブレビバクテリウム属細菌については揮発性脂肪酸、具体的にはイソ吉草酸の分解能を有することが示されており、これらの属の細菌が足臭や足臭に対する作用をより正確に反映する精度の高い指標となり得ることは示唆されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第6600473号公報
【特許文献2】特開2015-130854号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Br. J. Dermatol., 1990, 122, 771-776
【非特許文献2】日本細菌学会誌45(4), 1990, 797-800
【非特許文献3】香粧会誌28(3), 2004, 177-182
【非特許文献4】Can. J. Microbiol., 2006, 52, 357-364
【非特許文献5】Flavour. Fragr. J., 2013, 28, 231-237
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、足臭の検出又は足臭抑制剤の評価又は選択のための精度の高い方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、足の皮膚常在細菌叢を網羅的に解析し、足臭との関連性を調べた結果、意外にもキトコッカス属細菌が、既報の足臭原因菌と比較して、足臭の主な原因成分であるイソ吉草酸の臭い強度との相関性が高く、イソ吉草酸を多く産生すること、キトコッカス属細菌を利用することで足臭の評価及び足臭抑制剤の評価又は選択が可能であることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明は、以下の1)及び2)に係るものである。
1)被験者の足の皮膚常在細菌におけるキトコッカス属細菌の菌量を測定する工程を含む、足臭検出方法。
2)足臭抑制剤の評価又は選択方法であって、下記(1)~(3)の工程を含む方法。
(1)キトコッカス属細菌を被験物質及びL-ロイシン存在下で培養する工程
(2)(1)で得られた培養物におけるキトコッカス属細菌の菌量又はイソ吉草酸の量を測定する工程
(3)(2)で測定された結果に基づいて、キトコッカス属細菌の菌量又はイソ吉草酸の産生を抑制する被験物質を足臭抑制剤として評価又は選択する工程
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、被験者の足臭を精度高く評価することができる。また、本発明によれば、足臭を抑制できる物質を精度高く評価又は選択することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】キトコッカス属細菌の菌量とイソ吉草酸の臭い強度の相関を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本明細書中で引用された全ての特許文献、非特許文献、及びその他の刊行物は、その全体が本明細書中において参考として援用される。
【0013】
本発明において、「足臭」とは、足から発する臭いであり、また、足と接した靴下等の衣類や履物等から発する足の臭いである。足臭の主な原因物質はイソ吉草酸であることから、足臭は好ましくはイソ吉草酸臭である。
「足臭の抑制」とは、足臭の減弱、消失、或いは発生抑制を含み、好ましくはイソ吉草酸の産生を抑制することによる足臭の発生抑制であり、より好ましくはキトコッカス属細菌のイソ吉草酸の産生を抑制することによる足臭の発生抑制である。
「足」は、足首のくるぶしから先の部分を指し、足の甲(足背)、足の裏(足底)、踵、つま先(足指)等の部位を含み、足の裏が好ましい。
【0014】
本発明において、足臭の「検出」とは足臭の存在若しくは不存在又は足臭の強度を明らかにする意味であり、検査、測定、判定又は評価支援などの用語で言い換えることもできる。
【0015】
後記実施例に示すように、足の皮膚常在細菌叢を網羅的に解析し、足臭との関連性を調べたところ、キトコッカス属細菌の菌量が足臭の主な原因成分であるイソ吉草酸の臭い強度と有意に高い正の相関性を示した(表5)。斯かる相関性は、意外にも、イソ吉草酸を産生し足臭原因菌として知られるスタフィロコッカス属細菌やコリネバクテリウム属細菌における相関性と比較して高いものであった(表5)。また、イソ吉草酸の臭い強度が強い被験者の足の皮膚よりキトコッカス・シュロエテリが単離された。該細菌はイソ吉草酸産生菌であるスタフィロコッカス・キャピティスよりも高いイソ吉草酸産生能を有していた(表6)。同被験者からは、キトコッカス・シュロエテリに加えてキトコッカス・アエロラータスも単離された。さらに、本出願人は、ワレモコウ抽出物が皮膚常在細菌によるイソ吉草酸の産生を抑制する作用を有し、足臭抑制のために使用できることを見出し、先に特許出願しているが(特願2022-062780)、ワレモコウ抽出物の存在下でキトコッカス属細菌を培養したところ、キトコッカス属細菌によるイソ吉草酸産生が抑制された。
したがって、キトコッカス属細菌の菌量は、被験者の足臭を検出するための精度のよい指標となり得る。また、キトコッカス属細菌の菌量又はキトコッカス属細菌により産生されるイソ吉草酸量は、足臭抑制剤を評価又は選択するための精度のよい指標となり得る。
【0016】
一態様において、本発明は、被験者の足の皮膚常在細菌におけるキトコッカス属細菌の菌量を測定する工程を含む、足臭検出方法を提供する。
ここで、足の皮膚常在細菌とは、ヒトの足(好ましくは足裏)の皮膚に常在する細菌を指す。
【0017】
キトコッカス(Kytococcus)属細菌の例としては、キトコッカス・シュロエテリ(Kytococcus schroeteri)、キトコッカス・アエロラータス(Kytococcus aerolatus)、キトコッカス・セデンタリウス(Kytococcus sedentarius)等が挙げられる。本発明の足臭検出方法において、キトコッカス属細菌としては、キトコッカス・シュロエテリ及びキトコッカス・アエロラータスからなる群より選択される少なくとも1種を含むキトコッカス属細菌が好ましく、キトコッカス・シュロエテリ及びキトコッカス・アエロラータスからなる群より選択される少なくとも1種がより好ましく、キトコッカス・シュロエテリがさらに好ましい。
【0018】
本発明の足臭検出方法において、足の皮膚常在細菌におけるキトコッカス属細菌の菌量を測定する手段は特に限定されない。そのような手段としては、例えば、足の菌叢ゲノムDNAに含まれる16S リボソームRNA(rRNA)遺伝子の塩基配列に基づいて、足の皮膚常在細菌中に存在する細菌属又は種を解析し、該ゲノムDNAに含まれる16S rRNA遺伝子のコピー数と組み合わせて、キトコッカス属細菌の菌量を測定する方法が挙げられる。以下、該方法について説明する。
【0019】
1)足の皮膚上の細菌の採取
足の皮膚上の細菌の採取は、滅菌ウレタン綿棒(カルチャースワブEZ、日本BD社)を用いて行うことができる。具体的には、滅菌ウレタン綿棒を生理食塩水に浸し、足の皮膚(例えば、4.5cm×4.5cm)に対して数往復擦ることにより行うことできる。検体は、採取後すぐに16S rRNA遺伝子の配列決定に使用することもできるが、スワブの状態で、-80℃で凍結保存することも可能である。
【0020】
2)細菌検体からのゲノムDNAの抽出
1)で採取された足の皮膚上の細菌検体について、公知の溶菌酵素法(BMC Microbiol.,2004,4:16)やビーズ法(Science, 2008,320,1647-1651)等により、核酸を遊離させた後、DNAの分離抽出法として知られている公知の方法、例えば、フェノール-クロロホルム法(Mol.Biol.,1986,191,615-624)やグアニジン法(Science,2005,308:1635-1638)等の汎用法を採用することによりゲノムDNAの抽出が行われる。
【0021】
3)総菌量の測定
2)で抽出した細菌ゲノムDNAに含まれる16S rRNA遺伝子のコピー数が測定される。すなわち、細菌ゲノムDNAを鋳型として、16S rRNA遺伝子の全部又は一部の領域がPCRによって増幅され、16S rRNA遺伝子のコピー数が既知のDNAを鋳型として作成した検量線を用いて、細菌ゲノムDNAに含まれる16S rRNA遺伝子のコピー数が算出される。この場合のPCRのプライマーは、菌属又は菌種間で普遍的に保存されている領域に設定することが好ましい。斯かるプライマーとしては、これらに限定されるものではないが、例えば表1に示すものが挙げられ、ForwardとReverseを所望の領域が増幅されるように適宜組み合わせて用いることができる。尚、菌種により保有する16S rRNA遺伝子のコピー数は異なるが、PCRで測定した16S rRNA遺伝子コピー数とコロニーカウントにより測定した菌量(菌数)に相関が認められることを確認しており、細菌ゲノムDNAに含まれる16S rRNA遺伝子のコピー数の値を総菌量とみなすことができる。
【0022】
【0023】
4)ゲノムDNA中の16S rRNA遺伝子の配列決定
2)で抽出した細菌ゲノムDNAに含まれる16S rRNA遺伝子の配列が決定される。すなわち、各菌属又は菌種に特徴的な16S rRNA遺伝子の配列が決定され、その配列データに基づいて足の皮膚常在細菌の菌叢構造が解析される。このため、該菌叢構造を反映するように、配列決定を行うべき16S rRNA遺伝子の領域を選択する必要があるが、迅速に解析を行い、配列の読み取りエラーを排除すべく、各菌属又は菌種の配列の特徴が反映される限り、短い領域の配列を決定して比較することが望ましい。
配列決定を行うべき16S rRNA遺伝子の領域は、PCRによって増幅されるが、この場合のプライマーは、菌属又は菌種間で普遍的に保存されている領域に設定することが好ましい。斯かるプライマーとしては、これらに限定されるものではないが、例えば表1に示すものが挙げられる。
【0024】
増幅されたPCR産物を精製後、配列決定が行われる。配列決定は既知の如何なる方法をも用いることができるが、例えば、次世代型超高速シークエンス装置、例えば、MiSeq(Illumina社)等を使用すると、迅速に配列決定することができる。
細菌の16S rRNA遺伝子上には、塩基配列が菌種間で保存されずに、変化に富む領域(V1~V9)が存在することが知られている。したがって、斯かる領域の少なくとも1つ、例えば、V1及びV2を含む領域、又はV3及びV4を含む領域の塩基配列を決定することが望ましい。V1及びV2を含む領域は、例えば、配列番号9及び10のプライマーセットにより増幅することができる。
【0025】
取得された配列データの解析は、得られた塩基配列のデータ群について、Qiime(Quantitative Insights Into Microbial Ecology)等の解析ソフトを用いて行うことができ、各配列の同定は、The Ribosomal Database Project(Lan, Y et al, Using the RDP classifier to predict taxonomic novelty and reduce the search space for finding novel organisms. PLoS One 2012. 7:e32491.)の体系に従って行うことができる。また、NCBI nucleatide database、NCBI 16S microbial rRNA database、Greengenes database、SILVAといった遺伝子配列データベースに対するBLAST アルゴリズムを用いた相同性検索によっても可能である(J.Mol.Biol.,1990,215(3):403-410)。
【0026】
5)キトコッカス属細菌の菌量の算出
次いで、3)で測定した総菌量と4)で得られた菌属の存在比率から、キトコッカス属細菌の菌量が算出される。
【0027】
あるいは、足の皮膚常在細菌におけるキトコッカス属細菌の菌量を測定する手段としては、足の菌叢ゲノムDNAに含まれるキトコッカス属細菌に特徴的な塩基配列、好ましくはキトコッカス属細菌の16S rRNA遺伝子の塩基配列に基づいて、足の皮膚常在細菌におけるキトコッカス属細菌の菌量を測定する方法が挙げられる。以下、該方法について説明する。
【0028】
上記1)で採取された足の皮膚上の細菌検体から上記2)により抽出した細菌ゲノムDNAに含まれるキトコッカス属細菌に特徴的な塩基配列に基づいて、キトコッカス属細菌の菌量が測定される。すなわち、細菌ゲノムDNAを鋳型として、キトコッカス属細菌に特徴的な塩基配列がPCRによって増幅され、菌量が既知のキトコッカス属細菌のゲノムDNAを鋳型として作成した検量線を用いて、細菌ゲノムDNAに含まれるキトコッカス属細菌の菌量が測定される。この場合のPCRのプライマーは、キトコッカス属細菌に特徴的な塩基配列を特異的に認識し、増幅するプライマーである。
【0029】
斯くして、被験者の足の皮膚常在細菌におけるキトコッカス属細菌の菌量が測定され、測定結果に基づいて被験者の足臭が検出される。
【0030】
一実施形態においては、被験者の足の皮膚常在細菌におけるキトコッカス属細菌の菌量を参照値と比較することにより、該被験者の足臭を検出することができる。参照値としては、例えば、予め足臭、具体的にはイソ吉草酸臭、を有さない集団におけるキトコッカス属細菌の菌量を基準データとして取得しておき、それに基づく菌量の平均値や標準偏差等の統計的数値に基づき、適宜決定すれば良い。足臭を有さない集団の例としては、臭気判定の専門家が筒を用いて足裏以外からの臭いを排除しながら足裏から約5cm離れた位置から嗅いだ足臭の強度をスコア5:かなり強い足臭、スコア4:強い足臭、スコア3:楽に感知できる足臭、スコア2:足臭がわかるが弱い臭い(認知閾値)、スコア1:ごくわずかな臭い(検知閾値、何のにおいかはわからない)、スコア0:無臭の6段階で評価した際にスコアが0のヒトの集団、又はスコアが1若しくは0のヒトの集団が挙げられる。一例において、足臭を有さない集団が、上記スコアが1又は0のヒトの集団である場合、キトコッカス属細菌の菌量の参照値は足裏面積あたりの16S rRNA遺伝子量として2.68×104copies/cm2(LOG104.4275)であり得る。ただし、本実施形態において、参照値は上記の値に限定されず、現実の足臭の存在若しくは不存在又は足臭の強度を反映できる適切な値を適宜設定することができる。
【0031】
例えば、被験者の足の皮膚常在細菌におけるキトコッカス属細菌の菌量が参照値よりも多い場合、該被験者は足臭を有すると評価され得、そうでない場合、該被験者は足臭を有さないと評価され得る。このとき、被験者の足の皮膚常在細菌におけるキトコッカス属細菌の菌量が参照値よりも多ければ多い程、該被験者の足臭はより強いと評価され得る。
例えば、被験者の足の皮膚常在細菌におけるキトコッカス属細菌の菌量が参照値と比べて統計学的に有意に多い場合、該被験者は足臭を有すると評価され得、そうでない場合、該被験者は足臭を有さないと評価され得る。このとき、被験者の足の皮膚常在細菌におけるキトコッカス属細菌の菌量が参照値よりも多ければ多い程、該被験者の足臭はより強いと評価され得る。
また例えば、被験者の足の皮膚常在細菌におけるキトコッカス属細菌の菌量が参照値に対して、好ましくは110%以上、より好ましくは150%以上、さらに好ましくは200%以上であれば、該被験者は足臭を有すると評価され得、そうでない場合、該被験者は足臭を有さないと評価され得る。このとき、被験者の足の皮膚常在細菌におけるキトコッカス属細菌の菌量が参照値よりも多ければ多い程、該被験者の足臭はより強いと評価され得る。
【0032】
別の一実施形態においては、被験者の足の皮膚常在細菌におけるキトコッカス属細菌の菌量を経時的に(例えば毎月)測定し、前回測定時の測定結果と比較することで、該被験者の足臭の変化を検出することができる。例えば、被験者の足の皮膚常在細菌におけるキトコッカス属細菌の菌量が前回測定時に比べて減少していた場合、該被験者の足臭は改善していると検出され得、変化なしの場合、該被験者の足臭は変化していないと検出され得、増加していた場合、該被験者の足臭は悪化していると検出され得る。
【0033】
さらに別の一実施形態においては、上記参照値との比較と、経時的比較とを組み合わせることができる。本実施形態においては、被験者の足の皮膚常在細菌におけるキトコッカス属細菌の菌量の経時的測定の測定結果の各々が上述の手順で参照値と比較され、2回目以降の測定結果は上述の手順で以前の測定結果とも比較される。本実施形態においては、参照値との比較結果及び以前の測定結果との比較結果を総合的に検討することにより、該被験者の足臭をより詳細に検出することができる。
【0034】
本発明の足臭検出方法においては、被験者の足の皮膚常在細菌における公知の足臭原因菌であるスタフィロコッカス(Staphylococcus)属細菌及び/又はコリネバクテリウム(Corynebacterium)属細菌の菌量をさらに測定する工程を含んでいてもよい。菌量の測定手段、及び測定結果に基づく足臭の検出の態様は、キトコッカス属細菌の場合と同様である。このとき、キトコッカス属細菌の菌量を指標とする被験者の足臭の検出結果に、さらにスタフィロコッカス属細菌及び/又はコリネバクテリウム属細菌の菌量を指標とする該被験者の足臭の検出結果を組み合わせて総合的に検討することにより、該被験者の足臭をより詳細に検出することができる。
【0035】
足臭検出用キットは、本発明による足臭検出方法に従って被験者の足臭を検出するためのキットである。本発明のキットは、キトコッカス属細菌の菌量を測定するための試薬を含有する。キトコッカス属細菌の菌量を測定するための試薬としては、例えば、キトコッカス属細菌に特徴的な塩基配列を特異的に認識し、増幅するプライマーを含む、核酸増幅のための試薬等が挙げられる。また、当該キットには、上記の他、検量線作成用標準サンプル、PCR試薬、標識試薬、緩衝液や、試験に必要な器具やコントロール、被験者の足裏から細菌を採取するための用具(例えば、細菌を採取するための滅菌ウレタン綿棒等)、採取した細菌検体を保存するための試薬、保存用の容器、採取した細菌検体からゲノムDNAを抽出するための試薬等を含むことができる。
【0036】
以上のとおり、足の皮膚常在細菌におけるキトコッカス属細菌の菌量は足臭とよく相関し、キトコッカス属細菌はイソ吉草酸の産生能が高い。よって、キトコッカス属細菌の菌量又はイソ吉草酸の産生量を低下させる物質は足臭を抑制することができる。
【0037】
したがって、別の一態様において、本発明は、足臭抑制剤の評価又は選択方法であって、下記(1)~(3)の工程を含む方法を提供する。
(1)キトコッカス属細菌を被験物質及びL-ロイシン存在下で培養する工程
(2)(1)で得られた培養物におけるキトコッカス属細菌の菌量又はイソ吉草酸の量を測定する工程
(3)(2)で測定された結果に基づいて、キトコッカス属細菌の菌量又はイソ吉草酸の産生を抑制する被験物質を足臭抑制剤として評価又は選択する工程
【0038】
本発明の足臭抑制剤の評価又は選択方法において、キトコッカス属細菌としては、本発明の足臭検出方法で述べたものと同様のものを用いることができ、キトコッカス・シュロエテリ及びキトコッカス・アエロラータスからなる群より選択される少なくとも1種を含むキトコッカス属細菌が好ましく、キトコッカス・シュロエテリ及びキトコッカス・アエロラータスからなる群より選択される少なくとも1種がより好ましく、キトコッカス・シュロエテリがさらに好ましい。これらは、公的な微生物寄託機関より入手することができる。例えば、キトコッカス・シュロエテリ及びキトコッカス・アエロラータスは、理化学研究所バイオリソース研究センター(RIKEN BRC)より、それぞれ例えばJCM12136及びJCM17971として入手できる。あるいは、ヒトの足の皮膚から単離したものを用いてもよい。
【0039】
キトコッカス属細菌の濃度及び使用量、並びに被験物質の濃度及び使用量は、キトコッカス属細菌の増殖相や、被験物質の形態、化学的性質、細胞毒性等に基づいて適宜設定すればよい。
L-ロイシンの濃度は、特に制限されないが、工程(1)の培養時の終濃度として、0.5~100mMが好ましく、10~20mMがより好ましい。
【0040】
キトコッカス属細菌の培養条件は、キトコッカス属細菌が良好に生育する条件であれば、特に制限はないが、例えば、30~45℃、好ましくは35~40℃で、好気条件下、好ましくは振盪培養することが挙げられる。培養期間は、被験物質の形態、化学的性質、細胞毒性等を考慮して適宜設定すればよい。通常は、例えば12~60時間、好ましくは24~48時間である。培養する培地には、キトコッカス属細菌の培養に通常用いられる培地を用いることができる。培養に用いる培地は、トリプチケースソイ培地、血液寒天培地、ソイビーン・カゼイン・ダイジェスト寒天培地、Zobell培地等を用いることができる。培養に用いる容器は、キトコッカス属細菌の生育に影響を及ぼさないものであれば、特に制限されず、通常のガラス瓶、ガラス管、遠心管、プラスチック容器等を使用できる。
【0041】
次いで、得られた培養物におけるキトコッカス属細菌の菌量又はイソ吉草酸の産生量を測定する。キトコッカス属細菌の菌量の測定は、本発明の足臭検出方法におけるキトコッカス属細菌の菌量の測定と同様にして行うことができる。或いは、培養物中に存在する細菌は実質的にキトコッカス属細菌のみであるため、通常の菌量測定方法、例えば、培養物のプレートへの塗抹による菌数測定、吸光度測定、熱量測定、ATP測定、インピーダンス測定、リアルタイムPCRによる菌数測定の方法を用いることができる。
イソ吉草酸の量は、当該分野で公知の方法に従って測定することができ、LC/MS、GC/MS等を用いて、例えば、後記実施例にて詳述する条件にて測定することができる。また、後記実施例に示す臭気評価に基づく官能評価によってもイソ吉草酸の量を判断することができる。
【0042】
さらに、測定された結果に基づいて、イソ吉草酸の産生を抑制する被験物質を足臭抑制剤として評価又は選択する。
斯かる評価又は選択は、例えば、被験物質存在下でキトコッカス属細菌を培養した試験群と被験物質非存在下又は対照物質存在下(以下、まとめて対照と称する)でキトコッカス属細菌を培養した対照群とを比較することによって行われる。あるいは、評価は、種々の濃度の被験物質間で測定結果を比較することによって行われる。
【0043】
例えば、試験群において、キトコッカス属細菌の菌量又はイソ吉草酸の量が、対照群と比べて少ない場合、当該被験物質を足臭抑制剤として評価又は選択することができる。この場合、対照群におけるキトコッカス属細菌の菌量又はイソ吉草酸の量に対して、試験群におけるキトコッカス属細菌の菌量又はイソ吉草酸の量が統計学的に有意に少ないか否かによって判断することができる。あるいは、対照群におけるキトコッカス属細菌の菌量又はイソ吉草酸の量を100%としたときに、試験群におけるキトコッカス属細菌の菌量又はイソ吉草酸の量が一定以下、例えば、90%以下、好ましくは70%以下、より好ましくは50%以下であるか否かによって判断することができる。あるいは、イソ吉草酸の量を後記実施例に示す官能評価の臭い強度スコアに基づいてスコア化したときに、試験群におけるスコアが、対照群におけるスコアに比べ、好ましくは0.5ポイント以上低い、より好ましくは1ポイント以上低いか否かによって判断することができる。
【0044】
斯くして得られた足臭抑制剤は、足臭抑制のために、化粧品、医薬部外品、医薬品等に配合することにより使用できる。
【実施例0045】
以下、実施例に基づき本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0046】
実施例1 足臭と足裏の皮膚常在細菌の解析
(1)試験参加者
20~50代の男性26名を対象として試験を実施した。測定の約2か月前よりフットスプレー、フットクリーム等の使用を停止した。
【0047】
(2)臭気評価
臭気官能評価に熟練した試験担当者4名以上で評価を行った。試験参加者の左右足裏それぞれを対象として、飲料カップ(シモジマパッケージプラザ)を口面から高さ4.5cmでカットした筒を足裏つま先側の皮膚の約5cm離れた位置に置き、その上から臭いを嗅ぎ、以下の臭い強度及び臭い質分類の基準に従いスコア化し、評価した。尚、臭いの質分類における各分類の括弧内の成分は、当該分類の臭いを呈する代表的成分を示す。臭いの質分類における各臭いの質の強度も以下の臭い強度の基準に従いスコア化する。
【0048】
<臭い強度>
スコア5:かなり強い足臭
スコア4:強い足臭
スコア3:楽に感知できる足臭
スコア2:足臭がわかるが弱い臭い(認知閾値)
スコア1:ごくわずかな臭い(検知閾値:何の臭いかはわからない)
スコア0:無臭
【0049】
<臭い質分類>
E1:軽めの酸っぱさ(酢酸・プロピオン酸)
E2:蒸れ臭(ジアセチル・アセトイン)
E3:重めの酸っぱさ(イソ吉草酸)
E4:上記以外の体臭(アルデヒド類、ラクトン類、アミン類、アポクリン臭成分等)
H:香料など、体臭以外が強く評価できない
【0050】
(3)皮膚常在細菌の解析
(3-1)皮膚常在細菌の採取
微生物採取用のスワブ(BD BBL カルチャースワブ EZ(日本BD社))を用いて、以下の手順にて皮膚の微生物の採取を行った。
1)採取部位(4.5cm×4.5cm(約20cm2))をマーキングする。
2)スワブ先端の綿球部分を生理食塩水(大塚製薬)に浸す。
3)採取部位をスワブで4回擦過する。
4)採取後、スワブ先端をカットし、綿球部分のみを1.5mLマイクロチューブ(エッペンドルフ)に入れる。
5)2)~4)の操作を同一部位に対してスワブ3本分実施する。
6)マイクロチューブは氷上で一時保管した後、-80℃で保存する。
【0051】
(3-2)菌のゲノムDNA抽出
採取した皮膚常在細菌からのゲノムDNAの抽出は以下の方法で行った。まず、凍結保存していたサンプルを解凍する。解凍した1.5mLマイクロチューブ(エッペンドルフ)に600μLのDNA Isolation Buffer[Tris-HCl pH8.0(NIPPON GENE)(終濃度10mM)、EDTA(NIPPON GENE)(終濃度1mM)、NaCl(Invitrogen)(終濃度100mM)、Triton X―100(SIGMA)(終濃度2%(v/v))、SDS(NIPPON GENE)(終濃度1%(w/v))]を添加し、高速振盪機(Cute Mixer、東京理化器械)を用いて、最高速度にて1分間攪拌した。攪拌後、懸濁液450μLを回収し、事前にジルコニアビーズ(ジルコプレップミニ、日本ジェネティクス株式会社)1,200mgとフェノール/クロロホルム/イソアミルアルコール水溶液(25:24:1)(NIPPON GENE)1mLを入れた15mLコニカルチューブ(ファルコン)に添加した。上記操作を綿棒2本に対して行うことで、計900μLの菌懸濁液を調整した。900μLの菌懸濁液添加15mLファルコンチューブを高速振盪機(Cute Mixer、東京理化器械)により最高速度にて5分間攪拌後、4℃、9,000rpmで10分間遠心した。水相700μLをフェノール/クロロホルム/イソアミルアルコール水溶液(25:24:1)(NIPPON GENE)1mLを入れたMaXtract High Density(Qiagen)に混合した。高速振盪機(Cute Mixer、東京理化器械)を用いて、最高速度にて5分攪拌後、20℃、12,000rpmで5分間遠心し、水相600μLを1.5mLマイクロチューブ(エッペンドルフ)に回収し、4μLの共沈剤(エタ沈メイト、富士フイルム和光純薬株式会社)及び60μLの3M 酢酸ナトリウムpH5.2(NIPPON GENE)を混合した。さらに、イソプロパノール(富士フイルム和光純薬株式会社)を600μL混合し、転倒混和後、4℃で10分間インキュベーションした。14,000rpm、4℃で10分間遠心した後、上清を除去し、600μLの70%(v/v)エタノール(富士フイルム和光純薬株式会社)を混合し、タッピングにより洗浄した。再度、14,000rpm、4℃で10分間遠心した後、上清を除去し、自然乾燥にてペレットを乾燥させた。最後に200μLのTE Buffer pH8.0(NIPPON GENE)を用いて溶解し、DNA溶液とした。
【0052】
(3-3)リアルタイムPCRによる菌量の測定
リアルタイムPCRはQuantStudio3リアルタイムPCRシステム(Thermo Fisher Scientific)を使用し、PowerUp SYBR Green Master Mix(Thermo Fisher Scientific)を用いて行った。リアルタイムPCRに使用したプライマーを表2に示す。PowerUp SYBR Green Master Mix(Thermo Fisher Scientific)を用いた反応は20μLの反応溶液(2×SYBR Green master mix,0.4μM each forward primer and reverse primer,9.2μL sample solution)にて行い、50℃で2分間、95℃で2分間反応した後、95℃で15秒、60℃で1分を40回繰り返すことで行った。検量線用プラスミド(pUC118-S.epi27F/338R)のコピー数は1bpあたりの平均分子量を660とし、アボガドロ数を6.022×1023として算出した。
上記により測定した値は、rRNA遺伝子のコピー数を示している。菌種により保有するrRNA遺伝子の数は異なるが、以前の調査において、リルタイムPCRで測定したrRNA遺伝子数とコロニーカウントにより測定した菌数に相関が認められているため(結果省略)、本解析においては、rRNA遺伝子コピー数の値をリアルタイムPCRにより測定した菌量として考察する。
【0053】
【0054】
(3-4)次世代シーケンサーによる菌叢解析
解析にはMiSeq(Illumina)を使用した。解析領域は表3に示す16S rRNAのV1V2領域増幅用プライマーを用いて増幅した。反応は25μLの反応溶液(ゲノムDNA 2.5μL,1μM each forward primer and reverse primer 10μL,2×KAPA HiFi HotStart ReadyMix 12.5μL)にて行い、95℃で3分間反応した後、95℃で30秒、55℃で30秒、72℃で30秒を25回繰り返し、72℃で5分間反応することで行った。
取得した遺伝子情報の解析はQiime(Quantitative Insights Into Microbial Ecology)(http://qiime.org/)を用い、菌種の同定を行った。得られたデータの解析にはRx64 3.5.3(https://cran.r-project.org/)、Easy R Ver.1.40(EZR)(https://www.jichi.ac.jp/saitama-sct/SaitamaHP.files/download.html)及びエクセル(Microsoftofficeバージョン2018)を使用した。
各種菌量は、リアルタイムPCRの測定により得られた総菌量と、次世代シーケンサーによる菌叢解析の結果から得られた組成率から算出した。
【0055】
【0056】
(4)足裏からの皮膚常在細菌の単離同定
採取した皮膚常在細菌の単離同定は以下の方法で行った。まず、凍結保存していたサンプルを解凍した。解凍した1.5mLマイクロチューブ(エッペンドルフ)に10%グリセリン水溶液を0.5mL添加して懸濁し、卵黄加マンニット食塩寒天培地(BBL)又は5g/L Tween(登録商標)80、500mg/L フォスフォマイシン添加トリプトソーヤ寒天培地(SCD寒天培地)(ニッスイ)に播種して好気条件、37℃にて培養した。培養後、単一コロニーをピックアップし、LP希釈液「ダイゴ」(Fujifilm wako)5mLに懸濁後、再度、同一培地(卵黄加マンニット食塩培地またはSCD寒天培地)に播種した。培養後、単一コロニーをピックアップし、16S rRNA遺伝子の配列情報をもとに菌種同定を実施した。
【0057】
(5)イソ吉草酸(IVA)産生量の測定
SCD寒天培地にて、37℃、24時間培養した後、菌体を10白金耳(ケニス2mmΦ)かきとり、2mLの生理食塩水に懸濁した。この懸濁液100μLを2mLの5/5培地(0.2% L-ロイシン、0.05% Beef extract(Difco)、0.5% ハイポリペプトンS(ニッスイ)、0.75% 食塩)に添加し、好気条件にて、37℃、24時間、振盪培養した。
上記の振盪培養液を0.20μmのディスクメンブレンフィルター(ADVANTEC)でろ過した試験溶液40μLに内部標準物質として重水素標識イソ吉草酸(CDN isotopes製)(IVA-d7、100μM)を20μL添加し、続いて3-nitrophenyl hydrazine(3-NPH、東京化成製)溶液(200mM)20μL、EDC(東京化成製)溶液(6%ピリジン含有、120mM)20μLを加え、さらに10%アセトニトリルで10倍希釈したものを測定サンプルとした。測定サンプルを下記条件にてLC/MSに供し、イソ吉草酸産生量を定量した。
【0058】
<LC/MS条件>
HPLC system:SHIMADZU Nexera
カラム :CAPCELL CORE (2.7μm、2.1×50mm)
移動相 :A)0.1% HCOOH aq
B)CH3CN
流速 :0.5mL/min
注入量 :10μL
【0059】
【0060】
(6)結果
(6-1)各種菌量とイソ吉草酸臭い強度との相関解析
菌叢解析より検出された菌種数は属レベルで275種あった。そのうち、各サンプル(被験者26名左右の足計52サンプル)に含まれる菌種の存在率を全サンプル(被験者26名左右の足計52サンプル)で合計した際の計5200%のうち、5%以上で存在する属、かつ前記非特許文献5にて足皮膚に検出された以下の属、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属細菌、マイクロコッカス(Micrococcus)属細菌、キトコッカス(Kytococcus)属細菌、スタフィロコッカス(Staphylococcus)属細菌、ブレビバクテリウム(Brevibacterium)属細菌、に関してイソ吉草酸臭い強度との関連性を解析した。尚、イソ吉草酸臭い強度とは、臭いの質分類におけるE3を臭い強度の基準に従ってスコア化した値である。その結果、有意差(p<0.05 Spearman’s rank correlation coefficient)が確認された菌属を表5に示す。このうち、最も相関係数の高い菌属はキトコッカス属細菌であった(r=0.756,p<0.05)。次いで、スタフィロコッカス属細菌(r=0.740,p<0.05)、コリネバクテリウム属細菌(r=0.642,p<0.05)であった。
このことから、キトコッカス属細菌は、コリネバクテリウム属細菌、スタフィロコッカス属細菌よりも足臭を判定するマーカーとして優れていることが明らかとなった(表5)。
また、キトコッカス属細菌量とイソ吉草酸臭い強度との相関を
図1に示す。認知閾値であるイソ吉草酸臭強度スコア2以上の場合に足臭を有すると判定することとすると、その際のキトコッカス属細菌量は、足裏面積あたりの16S rRNA遺伝子量として2.68×10
4copies/cm
2(LOG
104.4275)であった。
【0061】
【0062】
(6-2)足裏から単離した皮膚常在細菌株のイソ吉草酸産生量の測定
実際に足皮膚に存在する主要菌種のイソ吉草酸産生能を確認する目的で、足臭強度の強い被験者2名から採取したサンプルより皮膚常在細菌の単離を試みた。2名から75株ずつ150株単離し、培養した際のイソ吉草酸産生を官能評価により確認し、20株を選抜した。選抜した20株に関して実施例1(5)の方法でイソ吉草酸量の測定を実施した。その結果、前記非特許文献4にてイソ吉草酸産生菌とされているスタフィロコッカス・キャピティス(Staphylococcus capitis)の産生量(414mg/L)よりも単離株5P-28-2(698mg/L)、5P-32-2(544mg/L)の方が高いイソ吉草酸産生能を有していた(表6)。これによりイソ吉草酸産生株が単離された。
【0063】
【0064】
(6-3)足皮膚単離株の菌種同定
イソ吉草酸産生株の中から6株を選抜し、16S rRNA遺伝子配列をもとにした菌種同定を実施した。その結果、スタフィロコッカス・ホミニス(Staphylococcus hominis)2株、キトコッカス・シュロエテリ(Kytococcus schroeteri)2株、スタフィロコッカス・コーニ(Staphylococcus cohnii)1株、マイクロコッカス・ルテウス(Micrococcus luteus)1株であることが判明した。そのうち、イソ吉草酸高産生株である5P-28-2、5P-32-2は両株ともキトコッカス・シュロエテリであった(表7)。
【0065】
【0066】
そこで、キトコッカス・シュロエテリが単離された被験者No.5のスワブサンプルより5g/L Tween80、500mg/L フォスフォマイシン添加SCD寒天培地を用いて、再度、菌の単離を実施した。8株に関して、16SrRNA遺伝子配列をもとにした菌種同定を実施した結果、キトコッカス・シュロエテリ7株、キトコッカス・アエロラータス(Kytococcus aerolatus)1株が単離された。
【0067】
実施例2 ワレモコウ抽出物によるキトコッカス属細菌由来イソ吉草酸産生抑制
本出願人は、ワレモコウ抽出物が皮膚常在細菌によるイソ吉草酸の産生を抑制する作用を有し、足臭抑制のために使用できることを見出し、先に特許出願している(特願2022-062780)。そこで、ワレモコウ抽出物を用いて、キトコッカス属細菌のイソ吉草酸産生に与える影響を確認した。
【0068】
(1)方法
ワレモコウ抽出物はジユ抽出液ALN(固形分濃度:1.3w/v%、抽出溶媒:50%エタノール、丸善製薬株式会社)を用いた。キトコッカス・シュロエテリ(5p-28-2株)をSCD寒天培地にて37℃、24時間培養した後、菌体を10白金耳(ケニス2mmΦ)かきとり、2mLの生理食塩水(大塚製薬)に懸濁した。この懸濁液100μLを2mLの5/5培地(終濃度:0.2% L-ロイシン、0.05% Beef extract(Difco)、0.5% ハイポリペプトンS(ニッスイ)、0.75% 食塩)に添加し、試験サンプル(終濃度:0.25v/v%のワレモコウ抽出物)又は溶媒コントロール(試験サンプルの溶媒成分)を24μL添加し、好気条件にて、37℃、24時間、振盪培養した。その後、培養液中のイソ吉草酸産生量を、実施例1(5)の条件にてLC/MSにて定量した。イソ吉草酸(IVA)産生率は下記式により算出した。
【0069】
【0070】
(2)結果
キトコッカス・シュロエテリを5/5培地にて培養した際に、ワレモコウ抽出物0.25v/v%添加により、溶媒コントロールと比較して、イソ吉草酸産生率は45.2%であることが確認された。これにより、キトコッカス属細菌を用いて、足臭抑制剤の探索が可能であることが示された。