(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024117242
(43)【公開日】2024-08-29
(54)【発明の名称】味覚提示装置及び味覚提示方法
(51)【国際特許分類】
A61N 1/36 20060101AFI20240822BHJP
【FI】
A61N1/36
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023023226
(22)【出願日】2023-02-17
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1.電気通信回線を通じた公開 ウェブサイトの掲載日 令和4年2月21日 ウェブサイトのアドレス http://www.interaction-ipsj.org/proceedings/2022/data/pdf/INT22011.pdf 2.集会における発表による公開 集会名 情報処理学会インタラクション2022シンポジウム 開催日 令和4年3月2日(開催期間令和4年2月28日~同年3月2日) 3.電気通信回線を通じた公開 ウェブサイトの掲載日 令和4年3月2日 ウェブサイトのアドレス https://research.miyashita.com/papers/D248/paper.pdf 4.電気通信回線を通じた公開 ウェブサイトの掲載日 令和4年3月31日 ウェブサイトのアドレス https://youtu.be/lcUoZNcd85U 5.電気通信回線を通じた公開 ウェブサイトの掲載日 令和4年4月11日 ウェブサイトのアドレス https://www.kirinholdings.com/jp/newsroom/release/2022/0411_01.html 6.電気通信回線を通じた公開 ウェブサイトの掲載日 令和4年4月11日 ウェブサイトのアドレス https://www.meiji.ac.jp/koho/press/6t5h7p00003fh8kv.html 7.電気通信回線を通じた公開 ウェブサイトの掲載日 令和4年7月5日 ウェブサイトのアドレス https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/frvir.2022.879784/full 8.電気通信回線を通じた公開 ウェブサイトの掲載日 令和4年8月25日 ウェブサイトのアドレス https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/ej/?action=repository_action_common_download&item_id=219521&item_no=1&attribute_id=1&file_no=1 9.電気通信回線を通じた公開 ウェブサイトの掲載日 令和4年8月25日 ウェブサイトのアドレス https://research.miyashita.com/papers/D254/paper.pdf
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 10.電気通信回線を通じた公開 ウェブサイトの掲載日 令和4年8月31日 ウェブサイトのアドレス https://www.youtube.com/watch?v=DfQU4dw7s3k 11.集会における発表による公開 集会名 情報処理学会エンタテインメントコンピューティング2022シンポジウム 開催日 令和4年9月3日(開催期間令和4年9月1日~同年9月3日)
(71)【出願人】
【識別番号】000253503
【氏名又は名称】キリンホールディングス株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】801000027
【氏名又は名称】学校法人明治大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099645
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 晃司
(74)【代理人】
【識別番号】100104499
【弁理士】
【氏名又は名称】岸本 達人
(72)【発明者】
【氏名】辻(佐藤) 愛
(72)【発明者】
【氏名】宮下 芳明
【テーマコード(参考)】
4C053
【Fターム(参考)】
4C053JJ02
4C053JJ21
4C053JJ40
(57)【要約】
【課題】電流値を比較的小さく抑えつつ、味覚の改質効果をユーザが感じ取れるように発現させることが可能な味覚提示装置を提供する。
【解決手段】ユーザが摂取する飲食物とユーザの身体との間に電気回路を形成できるように設けられる第1電極及び第2電極と、第1電極と第2電極との間に、電気的な刺激を発生させるための電流を供給する電気刺激発生手段と、を備える味覚提示装置において、電気刺激発生手段は、第2電極が陰極となる陰極刺激の状態で電流の供給を開始し、その後に、第2電極が陽極となる陽極刺激の状態に切り替わるように電流の向きを変化させるように設けられ、陰極刺激では、電流を陰極刺激における電流の設定値Is1に保持すべき保持時間Tx1が0.30秒以上となるように設定される。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ユーザが摂取する飲食物と前記ユーザの身体との間に電気回路を形成できるように設けられる第1電極及び第2電極と、
前記第1電極と前記第2電極との間に、電気的な刺激を発生させるための電流を供給する電気刺激発生手段と、を備え、
前記電気刺激発生手段は、前記第2電極が陰極となる陰極刺激の状態で前記電流の供給を開始し、その後に、前記第2電極が陽極となる陽極刺激の状態に切り替わるように前記電流の向きを変化させるように設けられ、
前記陰極刺激では、前記電流を当該陰極刺激における電流の設定値に保持すべき保持時間が0.30秒以上となるように設定されている、味覚提示装置。
【請求項2】
前記陰極刺激における前記保持時間が0.50秒以上に設定されている請求項1に記載の味覚提示装置。
【請求項3】
前記陰極刺激における前記電流の供給開始から前記陽極刺激にて前記電流が当該陽極刺激における前記電流の設定値に達するまでの経過時間が1.30秒以下に設定されている請求項1に記載の味覚提示装置。
【請求項4】
前記陰極刺激における前記電流の設定値の絶対値が、前記陽極刺激における前記電流の設定値の絶対値よりも大きく設定されている請求項1に記載の味覚提示装置。
【請求項5】
前記陰極刺激における前記電流の設定値の絶対値が0.50mA以下に設定されている請求項4に記載の味覚提示装置。
【請求項6】
前記陰極刺激及び前記陽極刺激のそれぞれにおける前記電流の設定値の絶対値が互いに等しく、かつ0.25mA以上に設定されている請求項1に記載の味覚提示装置。
【請求項7】
前記陰極刺激及び前記陽極刺激のそれぞれにおける前記電流の設定値の絶対値が互いに等しく、かつ0.30mA以下に設定されている請求項1に記載の味覚提示装置。
【請求項8】
前記陰極刺激及び前記陽極刺激のそれぞれにおける前記電流の設定値の絶対値が0.50mA以下に設定され、
前記陰極刺激における前記電流の供給開始から前記電流が前記設定値に達するまでの増加時間が0.10秒以上に設定され、前記電流を前記陰極刺激における前記設定値から前記陽極刺激における前記設定値まで変化させる間の反転時間が0.20秒以上に設定されている請求項3に記載の味覚提示装置。
【請求項9】
前記第1電極は前記ユーザの身体に接するように設けられ、前記第2電極は前記飲食物に接するように設けられている請求項1~8のいずれか一項に記載の味覚提示装置。
【請求項10】
前記電気刺激発生手段は、前記電流中のノイズ成分を低減するノイズ低減手段を含んでいる請求項1~8のいずれか一項に記載の味覚提示装置。
【請求項11】
前記ノイズ低減手段は、電源に由来するノイズ成分を低減するように設けられている請求項10に記載の味覚提示装置。
【請求項12】
前記電気刺激発生手段は昇圧回路を含み、前記ノイズ低減手段は、前記昇圧回路における内部発信周波数に相当するノイズ成分を低減するように設けられている請求項10に記載の味覚提示装置。
【請求項13】
ユーザが摂取する飲食物と前記ユーザの身体との間に電気回路を形成できるようにして第1電極及び第2電極を設ける手順と、
前記第1電極と前記第2電極との間に、電気的な刺激を発生させるための電流を供給する手順とを含み、
前記電流を供給する手順では、前記第2電極が陰極となる陰極刺激の状態で前記電流の供給を開始し、その後に、前記第2電極が陽極となる陽極刺激の状態に切り替わるように前記電流の向きを変化させ、
前記陰極刺激では、前記電流を当該陰極刺激における電流の設定値に保持すべき保持時間を0.30秒以上となるように設定する、味覚提示方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気的な刺激を利用して、ユーザが感じ取る味覚に変化を与えるための味覚提示装置等に関する。
【背景技術】
【0002】
健康管理上の都合等から塩分や糖分が制限された薄味の食事を採らざるを得ないユーザに対して、塩味等を増強して満足感を高めるための手法として、電気的な刺激を利用して飲食物の味覚をユーザの嗜好等に合うよう改質して提示する手法が提案されている。例えば、ユーザの首筋等の身体部位に接する陽極と、飲食物に接する陰極との間に一定周波数の矩形波状の電流を供給して、ユーザの味覚に対する増強効果を生じさせる味覚提示装置が提案されている(特許文献1参照)。ユーザの舌等に接するように配置された電極に二相電流を供給して味覚を脳へ運ぶ神経枝を電気的に刺激する装置も提案されている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2018-42991号公報
【特許文献2】特表2010-517675号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
電気的な刺激を利用して塩味の増強等の改質を試みる場合、ユーザが違和感や電気味を感じる場合がある。違和感とは、例えば、飲食物を口に含んでから改質された味が感知されるまでの時間差によりユーザが感じる不自然な感覚や、電流を流したときに電極に近い身体部位で感じることのある不自然な感覚のように、電気的な刺激に伴ってユーザが感じ取る不自然な感覚を意味する。電気味とは、電流を流したときに感じる金属のような味や酸味を意味する。そのような不都合を回避するために電流値を低下させた場合には、それに伴って塩味増強効果が薄れ、これをユーザが感じ取ることが困難となるおそれがある。
【0005】
そこで、本発明は、電流値を比較的小さく抑えつつ、味覚の改質効果をユーザが感じ取れるように発現させることが可能な味覚提示装置及び味覚提示方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様に係る味覚提示装置は、ユーザが摂取する飲食物と前記ユーザの身体との間に電気回路を形成できるように設けられる第1電極及び第2電極と、前記第1電極と前記第2電極との間に、電気的な刺激を発生させるための電流を供給する電気刺激発生手段と、を備え、前記電気刺激発生手段は、前記第2電極が陰極となる陰極刺激の状態で前記電流の供給を開始し、その後に、前記第2電極が陽極となる陽極刺激の状態に切り替わるように前記電流の向きを変化させるように設けられ、前記陰極刺激では、前記電流を当該陰極刺激における電流の設定値に保持すべき保持時間が0.30秒以上となるように設定されているものである。
【0007】
本発明の一態様に係る味覚提示方法は、ユーザが摂取する飲食物と前記ユーザの身体との間に電気回路を形成できるようにして第1電極及び第2電極を設ける手順と、前記第1電極と前記第2電極との間に、電気的な刺激を発生させるための電流を供給する手順とを含み、前記電流を供給する手順では、前記第2電極が陰極となる陰極刺激の状態で前記電流の供給を開始し、その後に、前記第2電極が陽極となる陽極刺激の状態に切り替わるように前記電流の向きを変化させ、前記陰極刺激では、前記電流を当該陰極刺激における電流の設定値に保持すべき保持時間を0.30秒以上となるように設定するものである。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】本発明の一形態に係る味覚提示装置の一例を示す図。
【
図4】電気刺激発生部から供給される電流波形の一例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0009】
図1は、本発明の一形態に係る味覚提示装置の一例を示す。
図1の味覚提示装置10は、ユーザ1に接するように設けられる第1電極11と、ユーザ1が摂取する飲食物2に接するように設けられる第2電極12と、それらの電極11、12間に、電気的な刺激を発生させるための電流を供給する電気刺激手段の一例としての電気刺激発生部13とを備えている。
【0010】
第1電極11は、一例としてユーザ1の手又は腕に装着される。ゲル状の電極を第1電極11として利用し、これをユーザに貼り付けてもよいし、ユーザが手で握るように第1電極11が設けられてもよい。第2電極12は、一例としてユーザが飲食に利用する導電性の食器3に装着される。食器3それ自体が第2電極12として利用されてもよい。例えば、
図1に示すように、飲食物2の一例としての飲料内に浸かるマドラー3aに第2電極12が装着され、又はマドラー3aそれ自体が第2電極12として利用されてよい。あるいは、
図2に示すように、飲食物2の一例としての食品を摂取するために用いられるフォーク、スプーン、箸等の器具(いわゆるカトラリー類を含む。)3bに第2電極12が装着され、あるいはそれらの器具3bが第2電極12として利用されてよい。いずれにせよ、第1電極11及び第2電極12は、ユーザ1が摂取する飲食物2とユーザ1の身体との間に電気回路が形成され、それにより、ユーザ1が味覚を感知する舌等の器官に、電気的な刺激を与えるための電流が流れるように設けられる限り、適宜の形態で構成されてよい。第2電極12が装着されるべき食器3は、
図1及び
図2の例に限らず、皿、お椀、茶碗、丼、鉢、コップ、グラス、マグカップ、杯、猪口、ボール、ジョッキ、湯飲み、タンブラー、水筒、箸、フォーク、スプーン、ナイフ、匙等、串、楊枝、ストロー等が第2電極12を装着する対象とされてよい。
【0011】
図3に示すように、電気刺激発生部13は、昇圧回路14と、電流出力部15と、電流制御部16と、ノイズ低減部17A、17B(参照符号17で代表することがある。)とを含んでいる。昇圧回路14は、例えば不図示の外部電源からPC(パーソナルコンピュータの略)20を経由して供給される直流電流を所定の電圧に昇圧して電流出力部15に供給する。外部電源は一例として交流の商用電源である。電源からの電流は、PC20を経由して供給される例に限らず、交流直流変換機能を備えた適宜のコンバータ、アダプタ等の変換器を介して供給されてもよい。電源電池等の直流電源が外部電源として利用されてもよい。
【0012】
電流出力部15は、電流制御部16から与えられる指令値に従って電流波形を整形して電極11、12に供給する。電流制御部16は、例えばマイクロプロセッサを利用したコンピュータユニットとして構成され、PC20から与えられる電流波形の設定情報に従って電流波形の指令値を生成し、これを電流出力部15に出力することにより電極11、12に供給される電流を制御する。例えば、電流制御部16は、第2電極12が陽極となる陽極刺激、第2電極12が陰極となる陰極刺激とが選択できるように電流の向きを制御し、かつ電流の大きさ(電流値)及び変化率をPC20から与えられる目標値に制御することが可能である。電流制御の一例は後述する。
【0013】
ノイズ低減部17は、電極11、12間に供給される電流に含まれるノイズ成分を低減する。ノイズ低減部17はノイズ低減手段の一例である。発明者の検討によれば、電流に含まれるノイズ成分は違和感や電気味を悪化させる要因となり、ノイズ成分が大きいほど違和感や電気味が強まる傾向があることが判明した。ノイズ低減部17を設けることにより、微小なノイズ成分が違和感や電気味に与える影響を抑えて味覚改質効果の増強を図っている。なお、「低減」の用語は、ノイズ低減部17を設けない場合と比較して電流中のノイズ成分を相対的に減少させることを意味し、ノイズ成分が多少なりとも残存する場合に限らず、ノイズ成分が検出不能なレベルまで減少する「除去」、「消去」、「解消」といった処理も包含する概念である。「改質」は、ユーザ1が感じ取る味覚を、電気的刺激を付加しない場合に感知される本来の味覚から変化させること意味する概念であり、「提示」は改質された味覚をユーザ1に感じ取らせることを意味する概念である。
【0014】
ノイズ低減部17は、各種の電気回路におけるノイズ成分の低減に利用されるコンデンサ、インダクタあるいはフェライトコア等の各種の要素を単独で又は適宜に組み合わせて構成されてよい。
図3の例では、外部電源に由来するノイズ成分を低減する目的で昇圧回路14の入力側にノイズ低減部17Aが、昇圧回路14の昇圧時に発生する内部発信周波数に相当するノイズ成分を除去する目的で昇圧回路14の出力側にノイズ低減部17Bがそれぞれ設けられている。ただし、ノイズ低減部17の位置、及び数は、電気刺激発生部13におけるノイズ発生源の位置等の内部構成に応じて適宜に変更されてよい。
【0015】
次に、電流制御部16による電流制御の例を説明する。
図4は、電流制御部16によって制御される電流波形の一例を示し、横軸は時間を、縦軸は電流値をそれぞれ示す。電流値は第2電極12が陽極となる場合を正の値で、陰極となる場合を負の値でそれぞれ示している。以下の説明において、電流値の変化は、正負のいずれの方向であっても、絶対値が大きくなる方向の変化を「増加」と表現する。
【0016】
図4の例では、時刻t1にて、ユーザ1が飲食物2を摂取して電極11、12間が導通し、ユーザ1を含む電気回路が形成されるものとする。時刻t1にて電気回路の形成が検知されると、電流制御部16は電流の向きが陰極刺激、すなわち第1電極11が陽極に、第2電極12が陰極になるように設定して電流の供給を開始し、電流値を所定の増加時間Tx1をかけて設定値Is1まで漸次増加させる。設定値Is1は、陰極刺激にて保持されるべき電流の目標値として設定される値である。設定値Is1への到達後、電流制御部16は所定の保持時間Ty1に亘って設定値Is1を保持する。保持時間Ty1が経過すると、電流制御部16は、第1電極11が陰極に、第2電極12が陽極になるように電流の向きを変化させ、所定の反転時間Tx2をかけて第2電極12の電流値を設定値Is2まで増加させる。設定値Is2は、陽極刺激にて保持されるべき電流の目標値として設定される値である。時刻t2にて電流値が設定値Is2に到達した後、電流制御部16は所定の保持時間Ty2に亘って設定値Is2を保持し、保持時間Ty2が経過したら電流の供給を停止する。
【0017】
図4の例のように、電流の供給開始後に極性を反転させる場合には、電流の設定値Is1、Is2を比較的小さい値に抑えつつ、極性反転を利用して味覚の変化作用を十分に引き出し、それにより、味覚改質効果の増強を図ることが可能である。陰極刺激はユーザ1の違和感が比較的小さく抑えられる一方で味覚改質効果が弱く、陽極刺激は味覚改質効果が比較的大きくなる一方で違和感や電気味が比較的強く惹起される傾向がある。そのため、先に陰極刺激を実施して違和感を抑えつつ、その後に極性を反転させて陽極刺激を実施することにより、反転中における電流値の変化量を大きく確保して味覚改質効果を高めることができる。加えて、陽極刺激時の電流の設定値Is2を相対的に小さく抑えることにより、違和感や電気味の低減を図ることが可能である。
【0018】
図4の例において、電流波形を規定する各種のパラメータ、すなわち、電流の設定値Is1、Is2、設定値Is1に達するまでの増加時間Tx1、陰極刺激における設定値Is1の保持時間Ty1、陰極刺激から陽極刺激へと極性を反転させて陽極刺激の設定値Is2に達するまでの反転時間Tx2、陽極刺激における設定値Is2の保持時間Ty2は、ユーザ1の個人差、目的とする味覚の改質効果の程度、あるいは摂取対象の飲食物2の種類といった環境状況に応じて設定されるが、それらの好適な範囲は以下の通りである。
【0019】
まず、陰極刺激における電流の設定値Is1の保持時間Ty1について説明する。保持時間Ty1は、過度に短いと陰極刺激を先行させる効果が生じ難くなるおそれがあり、陰極刺激の効果を発現させる上で重要なパラメータである。陰極刺激の効果を発現させる観点から、保持時間Ty1は、0.30秒以上、好ましくは0.50秒以上に設定するとよい。
【0020】
一方、保持時間Ty1が過度に長いと、ユーザの飲食動作に対して陽極刺激を用いた味覚の改質効果の発現が遅れて不自然な体感を与える可能性がある。しかしながら、ユーザの飲食動作には個人差があり、それとの関係で保持時間Ty1の上限も変化し得る。飲食動作が比較的早いユーザを対象とする場合には、飲食動作が緩慢なユーザとの比較において、早期に改質効果を発現させる必要があるため、保持時間Ty1の上限を相対的に短く設定することが好ましい。一方、飲食動作が比較的緩慢なユーザを対象とする場合には改質効果を発揮させるべき時間に余裕が生じるため、保持時間Ty1の上限を相対的に長く設定することが可能である。
【0021】
もっとも、保持時間Ty1の上限のみを制限しても、増加時間Tx1、あるいは反転時間Tx2が過度に長く設定されると、陽極刺激による効果の発現までに要する時間が長引く。その時間が長引くと、飲食物を口に含んでから改質された味が感知されるまでの時間差、すなわちユーザが味の感知を期待するタイミングと現実に味が感知されるタイミングとの時間差が拡大し、それがユーザに違和感を与えるという問題が生じ得る。以下、そのような問題をタイミングの不自然さと称することがある。したがって、陽極刺激の発現までの時間を適切に設定するためには、保持時間Ty1の上限を単独で制限するよりも、増加時間Tx1、保持時間Ty1及び反転時間Tx2の合計時間、言い換えれば、陰極刺激の電流の供給を開始する時刻t1から、陰極刺激を経て陽極刺激の電流が設定値Is2に達するまでの時刻t2までの経過時間Te(=Tx1+Ty1+Tx2)について上限を設定することが好ましい。そのような経過時間Teの範囲内で保持時間Ty1を設定すればよい。経過時間Teは、1.30秒以下に設定し、好ましくは1.20秒以下、さらに好ましくは1.00秒以下に設定するとよい。経過時間Teの下限については、保持時間Ty1を上記の下限以上に設定することを前提とした場合において、0.70秒以上、好ましくは0.85秒以上を目安として設定することができる。ただし、陰極刺激による効果は保持時間Ty1によって大きく影響されることから、保持時間Ty1を上記の下限以上に設定しつつ、経過時間Teを上記の上限以下に収めることを優先すれば足り、経過時間Teそれ自体の下限を厳密に制限することは必ずしも必要な事項ではない。
【0022】
保持時間Ty1の下限、及び経過時間Teの上限を上記の範囲内に設定した場合でも、増加時間Tx1、保持時間Ty1及び反転時間Tx2は適宜の組み合わせが可能である。目安として、増加時間Tx1については、過度に短いとユーザが刺激を感じて違和感を覚えるおそれがあることから、0.10秒以上に設定し、好ましくは0.15秒以上、さらに好ましくは0.20秒以上に設定するとよい。一方、経過時間Teを上記の範囲に収める観点からは、増加時間Tx1を0.50秒以下に設定するとよい。保持時間Ty1については、その上限を概ね0.80秒以下に設定すれば、ユーザの飲食動作が早いユーザを対象としても上述した不都合を回避できる可能性が高まる。さらに、反転時間Tx2については、過度に短いとユーザが刺激を感じて違和感を覚えるおそれがあることから0.20秒以上に設定するとよい。一方、経過時間Teを上記の範囲に収める観点からは、反転時間Tx2を0.50秒以下に設定するとよい。
【0023】
陽極刺激における電流の設定値Is2の保持時間Ty2については、ユーザの飲食動作の長短、飲食物の種類等の環境に応じて味覚改質効果を維持すべき時間長の適正範囲を判別し、判別された適正範囲に合わせて保持時間Ty2が設定されてよい。
【0024】
次に、電流の設定値Is1、Is2について説明する。電流の設定値Is1、Is2に関しては、それらの絶対値が互いに等しくなるように設定されてもよいし、互いに異なるように設定されてもよい。設定値Is1、Is2の絶対値それ自体に関しては、目標とする味覚改質効果に応じて適宜の設定が可能であるが、目安としては、0.01mA~1.00mAの範囲、好ましくは0.05mA~0.70mA、より好ましくは0.05mA~0.50mAの範囲に設定するとよい。もっとも、陰極刺激における設定値Is1及び陽極刺激における設定値Is2のそれぞれの絶対値自体が比較的大きい場合には、ユーザが電気味を感じ易くなるおそれがある。あるいは、陽極刺激における設定値Is2の絶対値が陰極刺激における設定値Is1の絶対値以上の場合には、陽極刺激の効果が相対的に大きく発現してユーザが電気味を感じ易くなるおそれがある。そのような不都合を回避するためには、設定値Is1、Is2の絶対値を互いに等しく設定し、かつその絶対値の上限を0.30mA以下に設定するとよい。また、設定値Is1、Is2を等しく設定する場合において、味覚改質効果を発現させる観点からは、設定値Is1、Is2の絶対値の下限を0.25mA以上に設定することが好ましい。あるいは、陰極刺激における設定値Is1の絶対値が、陽極刺激における設定値Is2の絶対値よりも大きくなるように設定値Is1、Is2の絶対値の大小関係を設定することも好ましい回避策の一つである。
【0025】
図4に示した電流波形は一例であって、その波形は、電気的な刺激を与える目的、すなわち、味覚をどのように改質してユーザ1に提示すべきかの観点、味覚の改質の対象となる飲食物2の種類、あるいはユーザ1の嗜好その他の個性といった各種の事項を考慮して設定されてよい。
図4の例においては、増加時間Tx1及び反転時間Tx2の電流値を一定の増加率で変化させたが、それらの電流の変化は、二次曲線その他の非線形の変化としてもよい。保持時間Ty1、Ty2においても電流値を一定値に固定せず、許容され得る範囲で変化させてもよい。例えば、電流波形を正弦波状、あるいは鋸歯状等の適宜の波形に設定してもよい。そのような変化を与えても、陰極刺激及び陽極刺激を与えるための電流の目標値として設定されたものと認識できる限りは、陰極刺激及び陽極刺激のそれぞれにおける電流の設定値として捉えることが可能である。
【0026】
上記の形態では、ノイズ低減手段を設けることによって、違和感の低減効果を図っているが、ノイズ低減手段は必ずしも必須ではない。ノイズ成分による影響が相対的に小さく収まる場合にはノイズ低減手段が省略されてもよい。ノイズ低減手段が省略された場合であっても、上述した保持時間Ty1、経過時間Te、電流の設定値Is1、Is2等をそれらの好適範囲に設定した場合には、好適範囲を外れて設定した場合との対比において、電流値を比較的小さく抑えつつ、味覚の改質効果の改善を図ることが可能である。
【0027】
本発明によって味覚を提示する対象となる飲食物は、電気的刺激を発生させるための電流を通過させ得る限りにおいて、各種の飲食物が含まれてよい。水分を含んだ飲食物であれば電流を流すことが可能であるが、好適には水分を20重量%以上、より好ましくは25重量%以上、さらに好ましくは30重量%以上含んだ飲食物を対象とすることができる。味覚を改質する効果は、味覚成分を含んでいる限り、各種の飲食物にて発揮させることが可能である。例えば、塩分を含んだ飲食物の塩味を増強させる場合には、塩分を0.05重量%以上含んだ飲食物に対して本発明を好適に適用することが可能であり、より好ましくは塩分を0.1重量%以上、さらに好ましくは0.15%以上含んだ飲食物に本発明を適用することができる。具体的な飲食物としては、ラーメン等の麺類、スープ類、ソーセージやから揚げ等の肉料理と肉類加工品、焼き魚や魚卵等の魚料理と水産加工品、卵料理と卵加工品、豆腐料理と豆腐加工品、チーズ、調理加工品、野菜料理や野菜加工品、粉物料理、揚げ物、鍋物、カレー等の煮込み料理、ビール、ワイン等のアルコール飲料、ニアウォータ飲料、スポーツ飲料(アイソトニック飲料)、果汁飲料、乳飲料、野菜汁飲料、酸性飲料、炭酸飲料、乳清飲料、コーヒー飲料、紅茶飲料、緑茶飲料、ウーロン茶飲料、麦茶飲料、エナジードリンクまたはビールテイスト飲料等のノンアルコール飲料等を本発明による味覚改質の対象として挙げることができる。改質対象となる味覚は塩味に限らず、甘味、酸味、旨味、苦味、渋味、刺激味、脂質味、炭酸感、アルコール感等の各種の味覚を本発明によって改質して提示することが可能である。
【0028】
本発明における味覚(例えば、塩味)増強効果、違和感及び電気味の強弱の程度は、訓練されたパネラーであれば、容易かつ明確に決定することができる。評価の基準や、パネラー間の評価のまとめ方は、一般的な方法を用いることができる。本発明における味覚(例えば、塩味)増強効果、違和感及び電気味の強弱の程度を評価するパネラーの人数は1名であってもよいが、客観性がより高い評価を得る観点から、パネラーの人数の下限を、例えば2名以上、好ましくは3名以上とすることができ、また、評価試験をより簡便に実施する観点から、パネラーの人数の上限を、例えば20名以下、10名以下とすることができる。パネラーが2名以上の場合の味覚(例えば、塩味)増強効果、違和感及び電気味の強弱の程度の評価は、その飲食物サンプルの味覚(例えば、塩味)増強効果、違和感及び電気味の強弱の程度についてのパネラー全員の評価の平均を採用してもよい。各評価基準に整数の評価点が付与されている場合、パネラー全員の評価点の平均値をその味覚(例えば、塩味)増強効果、違和感及び電気味の強弱の程度の評価として採用してもよい。前述のように、評価点の平均値を採用する場合は、その平均値の小数第1位又は第2位(好ましくは小数第2位)を四捨五入した値を採用してもよい。なお、パネラーが2名以上である場合には、各パネラーの評価のばらつきを低減するために、実際の官能評価試験を行う前に、各パネラーの評価基準ができるだけ揃うように評価基準を共通化する作業を行っておくことが好ましい。かかる共通化作業としては、味覚(例えば、塩味)増強効果が既知の複数種の飲食物サンプルに対する味覚強度、並びに違和感及び電気味の強弱の程度を各パネラーで評価した後、その評価点を比較し、各パネラーの評価基準に大きな乖離が生じないよう確認することが挙げられる。また、このような評価基準に関する事前の共通化作業により、評価点が複数段階のいずれか(例えば1、2、3、4、5の5段階のいずれか)で与えられる場合の、各パネラーによる味覚(例えば、塩味)増強効果、違和感及び電気味の強弱の程度の評価の標準偏差が0.5以内となるようにしておくことが好ましい。
【実施例0029】
次に、本発明による効果を確認するために行った試験について説明する。試験条件は次の通りである。
【0030】
(1)試験条件について
[試験装置]
試験には、
図1に示すように電極を構成し、かつ電気刺激発生部を
図3に示すように構成した装置を試験装置として使用した。ただし、外部電源として交流の100V交流の商用電源を利用し、これをACアダプタにより20V、2.25Aの直流に変換して昇圧回路に供給した。
試験装置において、第1電極及び第2電極にはいずれもステンレス金属を使用した。第1電極は被験者が手で握るように構成し、第2電極は導電性のマドラーに接続した。導電性のマドラーは飲食物のサンプルを入れたコップ内に配置した。ノイズ低減部については、外部電源に由来するノイズ成分を低減する目的のノイズ低減部17Aに、株式会社村田製作所製のインダクタ、品番LQM21PN4R7MGRDを使用し、昇圧回路の内部発信周波数に相当するノイズ低減部17Bに、TDK株式会社製のインダクタ、MLZ2012タイプ、品番MLZ2012N101LT000を使用した。
【0031】
[飲食物サンプル]
摂取対象となるべき飲食物のサンプルとして、以下を用意した。
・試食サンプル:市販されている減塩の即席味噌汁を規定よりも1.5倍量の湯で調製した。一食あたりの食塩相当量は1.2g、試食サンプルの食塩相当量は0.5重量%である。
・試食条件:試食サンプルを常温(20~25°C)の状態で試食した。
【0032】
[評価方法]
・被験者
事前検査により、塩分濃度0.03重量%の塩味強度の違いを判別可能であることが確認された3名の被験者を選抜した。なお、実際の官能評価試験を行う前に、選抜された被験者の適確性を以下により確認した。すなわち、各被験者の評価のばらつきを低減するために、味覚強度としての塩味増強効果、違和感及び電気味の強弱の程度について、既知の複数種の飲食物サンプルを使用して評価させた。味覚提示は電気刺激用の電極を舌にあてて行った。各被験者の評価点を比較し、被験者間の評価基準に大きな乖離が生じていないことを確認した。さらに、各被験者による塩味増強効果、違和感及び電気味の強弱の程度の評価の標準偏差が0.5以内であることも確認した。
・飲食物の摂取方法及び評価方法
各被験者に試験装置を用いて試食サンプルを摂取させた。摂取は、導電性のマドラーが配置されたコップに入れた試食サンプルを、各被験者がコップに直接口を付ける手法により行った。摂取中に電気刺激発生部から電極間に味覚刺激用の電流を供給し、各被験者に、塩味増強効果、通電感、電気味のそれぞれに対し、下表1~3の基準に従って点数を付与させることにより、官能評価を取得した。塩味増強効果は味覚改質効果の程度を示す一指標として評価したものである。通電感は、電流を流したときに電極に近い身体部位で感じることのある不自然な感覚であり、違和感の程度を示す一指標として評価したものである。官能評価の取得後、被験者全員の評価点の平均値の小数第3位を四捨五入した値を評価結果の平均値として求めた。また、被験者からのフリーの申し出に基づき、飲食物を口に含んでから改質された味が感知されるまでの時間差による問題、すなわち上述したタイミングの不自然さについても、違和感の程度を示す他の一指標として評価した。
【0033】
【0034】
【0035】
【0036】
表1の塩味増強効果については、3点以上を「効果あり」と評価し、表2の通電感、及び表3の電気味については、それぞれ3点以下を「問題なし」と評価した。
【0037】
(2)陰極刺激の保持時間及び陽極刺激開始までの経過時間が与える影響の確認
陰極刺激の保持時間及び陽極刺激開始までの経過時間が塩味増強効果等に与える影響を確認するための試験を実施した。その試験においては、
図4に示したように陰極刺激を先行させ、その後に陽極刺激へと極性を反転させる電流制御を適用し、増加時間Tx1、保持時間Ty1、及び反転時間Tx2を表4の試験例1~5の通りに設定し、上記の評価方法に従って各試験例における塩味増強効果、及び通電感を評価した。試験例1~5のいずれにおいても、電流の設定値Is1、Is2のそれぞれの絶対値は0.50mAとし、陽極刺激における保持時間Ty2は0.80秒に設定した。
【0038】
【0039】
試験例1~5における塩味増強効果、及び通電感の評価結果は表4に示した通りである。評価結果は、被験者ごとの個別の評価点数に加えて、各被験者の評価点数の平均値を小数点2桁で示している。3名の被験者はP1~P3と表記した。塩味増強効果は点数が高いほど評価が高く、通電感は点数が低いほど評価が高い。よって、両者の平均値の差分を求め、表4の右端列に併記した。平均値の差分は、その値が大きいほど、塩味増強効果の発現と、通電感の抑制との両立が図られていることを示す指標として通用し得る。
【0040】
試験例1~5の対比によれば、陰極刺激における保持時間Ty1が0.50秒の試験例1、3~5では塩味増強効果の平均値が4であり、陽極刺激時の電流の設定値Is2が0.50mAという比較的小さい値であるにも拘わらず、陰極刺激を先行して実施することにより十分な塩味増強効果が得られていることが確認できる。一方、保持時間Ty1が0.25秒に設定された試験例2では塩味増強効果の平均値が3未満であり、陰極刺激を先行して実施する効果が必ずしも十分には得られていない。通電感については、試験例1~5のいずれにおいても、評価点数の平均値が「問題なし」の基準として設定した3点以下に収まっている。ただし、平均値の差分を指標として、塩味増強効果の発現の程度と通電感の抑制効果とを照らし合わせた場合、試験例2は平均値の差分が最も低い。その要因は保持時間Ty1が短いことにあると解される。以上を総合すれば、陰極刺激における保持時間Ty1は、試験例2よりも大きい0.30秒以上であれば、陽極刺激における電流の設定値Is2を比較的小さく抑えつつ、塩味増強効果を発現し得ること、さらには通電感も適度に抑制可能と判断できる。試験例1、3~5のように保持時間Ty1を0.50秒以上に設定すれば、陰極刺激を先行させる効果をより確実に発揮させることができる。以上から、保持時間Ty1は、試験例2の0.25秒に幾らかの余裕を見込んで0.30秒以上であればよいと判断される。好ましくは保持時間Ty1を0.35秒以上、さらに好ましくは0.40秒以上、最も好ましくは0.50秒以上に設定すれば、通電感、すなわち電極付近で感じることのある不自然な感覚を問題ない程度まで抑制し、より確実に塩味増強効果と通電感との両立を図り得ると推察される。
【0041】
経過時間Teが与える影響については、被験者からのフリーの申し出によるタイミングの不自然さとして評価した。その結果として、経過時間Teが最大である試験例1を含む試験例1~5のいずれについても、被験者から申し出がなく、特段の問題なく許容範囲であることが確認された。経過時間Teは、保持時間Ty1が上述した0.30秒以上確保されている限り、試験例1の1.20秒に幾らかの余裕を見込んで1.30秒以下であればよいと判断される。したがって、好ましくは、経過時間Teを1.20秒以下、さらに好ましくは1.00秒以下に設定すれば、より確実に、飲食物を口に含んだタイミングと味感知の時間差(タイミングの不自然さ)もなく、かつ塩味増強効果と通電感との両立を図り得ると推察される。
【0042】
また、経過時間Teを上記の上限以下に設定する場合において、保持時間Ty1の上限は、経過時間Teを超えない範囲であり、かつ試験例4において増加時間Tx1が0.15秒、反転時間Tx2が0.20秒であったことを考慮すると、保持時間Teの上限1.30秒から増加時間Tx1及び反転時間Tx2を控除した値である0.95秒以下、好ましくは0.85秒以下、より好ましくは0.75秒以下、最も好ましくは0.65秒以下に設定すれば、飲食物を口に含んだタイミングと味感知の時間差(タイミングの不自然さ)もなく、かつ塩味増強効果と通電感との両立を図り得ると推察される。経過時間Teの下限については、試験例2の0.60秒に幾らかの余裕を見込んで0.70秒以上であれば足り、好ましくは試験例3の0.85秒以上を目安として設定すればより確実であると推察される。
【0043】
増加時間Tx1については、試験例2~4のいずれもが0.15秒であっても平均値の差分に差が生じ、かつ最大値の試験例1でも平均値の差分が良好であることを考慮すると、厳密に制限すべきものではないが、その下限を概ね0.10秒以上に設定し、好ましくは0.15秒以上、さらに好ましくは0.20秒以上、上限を0.50秒以下に設定すれば足りると推察される。反転時間Tx2についても、試験例2、3、5のいずれもが0.20秒であっても平均値の差分に差が生じ、かつ最大値の試験例1でも平均値の差分が良好であることを考慮すると、厳密に制限すべきものではないが、0.20秒以上でかつ0.50秒以下の範囲に設定すれば十分であると推察される。
【0044】
なお、試験例1~5においては、電気味についても評価を試みたが、いずれの試験例でも評価点数の平均値が3を超え、試験例間には差が認められなかった。したがって、試験例1~5で設定した各種のパラメータは、電気味の低減に関してさらなる検討の余地がある。一方、陽極刺激における電流の設定値を、ユーザの通電感が軽減され、あるいは解消される程度に小さく抑えつつ、ユーザが感じ取れる程度に塩味増強効果を発現させる目的は、試験例1~5の対比からみて、上記の通り少なくとも保持時間Ty1を0.30秒以上に設定することにより達成可能と判断できる。さらに、経過時間Teを1.30秒以下に設定すればタイミングの不自然さの抑制効果が期待できる。
【0045】
(3)電流の設定値が与える影響の確認
陰極刺激及び陽極刺激における電流の設定値Is1、Is2が与える影響を確認するための試験を実施した。その試験においては、
図4に示したように陰極刺激を先行させ、その後に陽極刺激へと極性を反転させる電流制御を適用し、電流の設定値Is1、Is2を表5の試験例6~13の通りに設定した。なお、表5の設定値Is1、Is2は絶対値である。3名の被験者はP1~P3と表記した。試験例6~13において、陰極刺激の電流の増加時間Tx1は0.30秒、電流の保持時間Ty1は0.50秒、反転時間Tx2は0.40秒、陽極刺激の電流の保持時間Ty2は0.80秒に設定した。これらの設定値は、表4の試験例1と同じである。試験例6は、電流の設定値Is1、Is2の絶対値がいずれも0.50mAであるため、試験例1と条件が一致する。
【0046】
【0047】
試験例6~13における塩味増強効果、通電感及び電気味の評価結果は表5に示した通りである。評価結果は、被験者ごとの個別の評価点数に加えて、各被験者の評価点数の平均値を小数点2桁で示している。塩味増強効果は点数が高いほど評価が高く、通電感及び電気味は点数が低いほど評価が高い。よって、それらの評価結果の平均値の差分として、塩味増強効果の平均値から通電感及び電気味のそれぞれの平均値を減算した値を求め、表5の右端列に併記した。表5における平均値の差分は、その値が大きいほど、塩味増強効果の発現と、通電感及び電気味の抑制との両立が図られていることを示す指標として通用し得る。
【0048】
表5から明らかなように、陰極刺激及び陽極刺激の電流の設定値Is1、Is2の絶対値が互いに等しく設定された場合において、その絶対値が0.5mAである試験例6では、塩味増強効果が「効果あり」、通電感が「問題ない」の評価が得られるものの、電気味に関しては十分な低減効果が生じていない。これに対して、設定値Is1、Is2の絶対値が互いに等しく設定された試験例10、11では、その絶対値が0.30mA、0.10mAと小さく設定されていることにより、通電感のみならず電気味についても「問題ない」の基準である3以下に改善されている。また、陰極刺激における設定値Is1の絶対値が陽極刺激における設定値Is2の絶対値よりも大きく設定された試験例7、8、9、11、及び13では、設定値Is2の減少に伴って塩味増強効果こそ幾らか低下するものの、通電感及び電気味に関しては、評価点数が「問題ない」の基準とした3よりも十分に小さく抑えられている。それらの結果に照らすと、電流の設定値Is1、Is2の絶対値を互いに等しく、かつ0.30mA以下に設定するか、あるいは陰極刺激における設定値Is1の絶対値を、陽極刺激における設定値Is2の絶対値よりも大きく設定すれば、塩味増強効果を適切な程度に発現させつつ、通電感及び電気味を差し支えのない程度まで抑えることが可能であると判断できる。
【0049】
上記の設定値の大小関係をIs1=Is2に設定する場合において、電流の設定値Is1の絶対値を試験例10の設定値Is1である0.30mA以下の範囲とすることで、通電感及び電気味は「問題ない」ものとなり、0.50mAにすると電気味が「問題ない」範囲を超えることから、0.30mA以下であれば、電気味の程度は「問題ない」ものになると推察される。したがって、設定値Is1=Is2の場合において、設定値Is1、Is2のそれぞれの絶対値は、好ましくは0.30mA以下に設定することで塩味増強効果、通電感及び電気味のいずれをも成り立たせることができる。設定値Is1、Is2の絶対値の下限については、0.10mAである試験例12において「塩味増強効果」が「効果あり」のレベルである3を下回ること、ユーザの個人差、目標とする味覚改質効果の程度、対象となる飲食物の相違等の環境条件を考慮すれば、0.25mA以上とすることで相応の効果を期待し得る。
【0050】
また、設定値Is1、Is2の大小関係を、Is1>Is2に設定する場合において、陰極刺激における電流の設定値Is1の絶対値は、試験例6~9の設定値Is1である0.50mA以下の範囲が効果発現の観点からは確実と解される。ただし、ユーザの個人差、目標とする味覚改質効果の程度、対象となる飲食物の相違等の環境条件を考慮すれば、0.70mA以下、さらには1.00mA以下であっても相応の効果が得られる可能性がある。設定値Is1、Is2の絶対値の下限についても、一例として、0.05mA以上、さらには0.01mA以上としても相応の効果を期待し得る。
【0051】
上述した実施の形態、変形例、及び実施例のそれぞれから導き出される本発明の各種の態様を以下に記載する。なお、以下の説明では、本発明の各態様の理解を容易にするために添付図面に図示された対応する構成要素を括弧書きにて付記するが、それにより本発明が図示の形態に限定されるものではない。
【0052】
本発明の一態様に係る味覚提示装置(10)は、ユーザが摂取する飲食物(2)と前記ユーザの身体との間に電気回路を形成できるように設けられる第1電極(11)及び第2電極(12)と、前記第1電極と前記第2電極との間に、電気的な刺激を発生させるための電流を供給する電気刺激発生手段(13)と、を備え、前記電気刺激発生手段は、前記第2電極が陰極となる陰極刺激の状態で前記電流の供給を開始し、その後に、前記第2電極が陽極となる陽極刺激の状態に切り替わるように前記電流の向きを変化させるように設けられ、前記陰極刺激では、前記電流を当該陰極刺激における電流の設定値(Is1)に保持すべき保持時間(Ty1)が0.30秒以上となるように設定されているものである。
【0053】
本発明の一態様に係る味覚提示方法は、ユーザが摂取する飲食物(2)と前記ユーザの身体との間に電気回路を形成できるようにして第1電極(11)及び第2電極(12)を設ける手順と、前記第1電極と前記第2電極との間に、電気的な刺激を発生させるための電流を供給する手順とを含み、前記電流を供給する手順では、前記第2電極が陰極となる陰極刺激の状態で前記電流の供給を開始し、その後に、前記第2電極が陽極となる陽極刺激の状態に切り替わるように前記電流の向きを変化させ、前記陰極刺激では、前記電流を当該陰極刺激における電流の設定値(Is1)に保持すべき保持時間(Ty1)を0.30秒以上となるように設定するものである。
【0054】
陰極刺激はユーザが感じ取る違和感や電気味が比較的小さく抑えられる一方で味覚改質効果が弱く、陽極刺激は味覚改質効果が比較的大きくなる一方で違和感や電気味が惹起される傾向がある。陽極刺激における違和感や電気味は、陽極刺激時の電流値が大きいほど高まる。また、味覚の改質効果は、陽極刺激を開始する際の電流の変化量が大きいほど効果的に発現する傾向がある。したがって、陰極刺激を先行させた後、極性を反転させて陽極刺激を実施すれば、反転中における電流値の変化量を大きく確保して味覚の改質効果を高めるとともに、陽極刺激時の電流の設定値を相対的に低く抑えて違和感や電気味の増大を抑えることが可能である。さらに、陰極刺激を先行させる効果は、陰極刺激において電流値を所定の設定値に保持すべき保持時間の影響を受け、保持時間が短いほど陰極刺激を先行させる効果が低くなる。したがって、その保持時間を0.30秒以上に設定することにより、陰極刺激を先行させる効果の発現を図り、陽極刺激における電流値を低く抑えつつ、味覚の改質効果をユーザが感じ取れるように発現させることが可能である。
【0055】
上記態様の味覚提示装置においては、前記陰極刺激における前記保持時間が0.50秒以上に設定されてもよい。これによれば、陰極刺激を先行させる効果をより確実に発現させることができる。
【0056】
前記陰極刺激における前記電流の供給開始から前記陽極刺激にて前記電流が当該陽極刺激における前記電流の設定値(Is2)に達するまでの経過時間(Te)が1.30秒以下に設定されてもよい。味覚の改質効果は陽極刺激が開始されてから発現するところ、陽極刺激における設定値に電流が達するまでの経過時間が長引くと、ユーザの飲食動作に対して味覚の改質効果の発現が遅れ、ユーザが違和感を感じ取る要因となる。したがって、経過時間を1.30秒以下に設定することにより、味覚の改質効果をユーザの飲食動作に合わせた時期に発現させて違和感の低減あるいは解消を図ることができる。
【0057】
上記態様の味覚提示装置においては、前記陰極刺激における前記電流の設定値(Is1)の絶対値が、前記陽極刺激における前記電流の設定値(Is2)の絶対値よりも大きく設定されてもよい。このような大小関係を設定した場合には、陽極刺激時の電流の設定値を比較的小さく抑えつつ、極性反転時の電流値の変化量を増加させて味覚の改質効果をより確実に発現させることができる。
【0058】
陰極刺激における電流の設定値の絶対値が陽極刺激における電流の設定値の絶対値よりも大きい場合において、前記陰極刺激における前記電流の設定値(Is1)の絶対値は0.50mA以下に設定されてもよい。これによれば、陽極刺激時の電流の絶対値が0.50mAよりもさらに小さく制限されることにより、陽極刺激時における違和感や電気味の抑制効果を高めることが可能である。
【0059】
あるいは、前記陰極刺激及び前記陽極刺激のそれぞれにおける前記電流の設定値(Is1、Is2)の絶対値が互いに等しく、かつ0.25mA以上に設定されてもよい。また、前記陰極刺激及び前記陽極刺激のそれぞれにおける前記電流の設定値(Is1、Is2)の絶対値が互いに等しく、かつ0.30mA以下に設定されてもよい。これらの形態によれば、違和感や電気味の抑制を図りつつ、味覚改質効果を確実に発現させることができる。
【0060】
前記経過時間を1.30秒以下に設定する場合においては、前記陰極刺激及び前記陽極刺激のそれぞれにおける前記電流の設定値の絶対値が0.50mA以下に設定され、前記陰極刺激における前記電流の供給開始から前記電流が前記設定値に達するまでの増加時間(Tx1)が0.10秒以上に設定され、前記電流を前記陰極刺激における前記設定値から前記陽極刺激における前記設定値まで変化させる間の反転時間(Tx2)が0.20秒以上に設定されてもよい。これによれば、陰極刺激時、及び陰極刺激から陽極刺激への反転時の電流の急激な変化を抑え、電流の変化に起因する違和感の発生を抑制し、あるいは回避することができる。
【0061】
上記態様の味覚提示装置において、前記第1電極は前記ユーザの身体に接するように設けられ、前記第2電極は前記飲食物に接するように設けられてもよい。このように電極を配置すれば、飲食物の摂取時に飲食物とユーザの身体との間に電気回路を形成することができる。
【0062】
前記電気刺激発生手段は、前記電流中のノイズ成分を低減するノイズ低減手段(17A、17B)を含んでいてもよい。電極間に供給される電流中のノイズ成分をノイズ低減手段にて低減することにより、ノイズ成分が違和感や電気味に与える影響を抑え、目的とする味覚改質効果の増強を図ることが可能である。
【0063】
前記ノイズ低減手段(17A)は、電源に由来するノイズ成分を低減するように設けられてもよい。前記電気刺激発生手段が昇圧回路(14)を含んでいる場合、前記ノイズ低減手段(17B)は、前記昇圧回路における内部発信周波数に相当するノイズ成分を低減するように設けられてもよい。これらの形態によれば、違和感や電気味の悪化の要因となるノイズ成分を効果的に低減することが可能である。