(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024117296
(43)【公開日】2024-08-29
(54)【発明の名称】ジョイント部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
C21D 9/40 20060101AFI20240822BHJP
F16D 3/20 20060101ALI20240822BHJP
F16D 3/205 20060101ALI20240822BHJP
【FI】
C21D9/40 A
C21D9/40 B
F16D3/20 J
F16D3/205 M
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023023317
(22)【出願日】2023-02-17
(71)【出願人】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】弁理士法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉永 慎太郎
【テーマコード(参考)】
4K042
【Fターム(参考)】
4K042AA23
4K042BA10
4K042DA01
4K042DA02
4K042DB01
4K042DD02
4K042DD04
4K042DE02
4K042DE07
4K042DF01
4K042EA02
(57)【要約】
【課題】焼き入れ工程時の熱処理変形量を制御できる、ジョイント部材の製造方法を提供する。
【解決手段】筒状部10aの中央を軸方向に延びる中央孔10bと、筒状部10aの中央孔10bの径方向外側に周方向Zに等間隔で配された3つの軸方向溝11と、を有し、3つの軸方向溝11のそれぞれに、互いに向かい合う少なくとも一対の転走面12と、一対の転走面12の間に位置する外側内周面13と、が設けられるジョイント部材10の製造方法であって、ワークを中央孔10b及び3つの軸方向溝11を有する形状に成形する鍛造工程と、鍛造工程で成形されたワークの3つの軸方向溝11のそれぞれの一対の転走面12及び外側内周面13を高周波コイルで加熱し加熱後に冷却水で冷却する焼き入れ工程と、を有し、焼き入れ工程では、冷却水による一対の転走面12の冷却速度と冷却水による外側内周面13の冷却速度とが異なるように調整する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
筒状部の中央を軸方向に延びる中央孔と、前記筒状部の前記中央孔の径方向外側に周方向に等間隔で配された3つの軸方向溝と、を有し、前記3つの軸方向溝のそれぞれに、互いに向かい合う少なくとも一対の転走面と、前記一対の転走面の間に位置する外側内周面と、が設けられるジョイント部材の製造方法であって、
ワークを前記中央孔及び前記3つの軸方向溝を有する形状に成形する鍛造工程と、
前記鍛造工程で成形された前記ワークの前記3つの軸方向溝のそれぞれの前記一対の転走面及び前記外側内周面を高周波コイルで加熱し加熱後に冷却液で冷却する焼き入れ工程と、
を有し、
前記焼き入れ工程では、前記冷却液による前記一対の転走面の冷却速度と前記冷却液による前記外側内周面の冷却速度とが異なるように調整する、ジョイント部材の製造方法。
【請求項2】
前記焼き入れ工程では、前記外側内周面に噴射する前記冷却液の流量を前記一対の転走面に噴射する前記冷却液の流量よりも少なくすることによって、前記冷却液による前記外側内周面の冷却速度が前記冷却液による前記一対の転走面の冷却速度を下回るように調整する、請求項1に記載の、ジョイント部材の製造方法。
【請求項3】
前記鍛造工程では、前記ワークを前記焼き入れ工程で生じる熱処理変形量を見越した形状に成形する、請求項1または2に記載の、ジョイント部材の製造方法。
【請求項4】
前記焼き入れ工程では、前記冷却液による前記一対の転走面の冷却速度と前記冷却液による前記外側内周面の冷却速度との比率を前記ワークの軸方向について一定とする、請求項1~3のうちのいずれか一項に記載の、ジョイント部材の製造方法。
【請求項5】
前記焼き入れ工程では、前記冷却液による前記一対の転走面の冷却速度と前記冷却液による前記外側内周面の冷却速度との比率を前記ワークの軸方向について変更する、請求項1~3のうちのいずれか一項に記載の、ジョイント部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジョイント部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
下記特許文献1には、ジョイント部材の製造方法が開示されている。ジョイント部材は、自動車に用いられる等速ジョイントの一部である外側ジョイントである。この外側ジョイント部材の製造方法は、鍛造工程、焼き入れ工程、焼き戻し工程、機械加工工程の順番で実施される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【0004】
等速ジョイントの機能を十分発揮し、かつ、耐久性も十分確保するためには、外側ジョイント部材の品質管理が重要であり、特に、外側ジョイント部材の寸法の精度を高める必要がある。そのためには、製造方法の各工程で発生する寸法のバラツキを抑制する必要がある。焼入れ工程では外側ジョイント部材が熱処理変形するが、このときの変形量の予想が困難であるため、焼き入れ工程時の熱処理変形を確認したうえでその都度金型を修正しなければならないという問題が生じ得る。
【0005】
本発明は、焼き入れ工程時の熱処理変形量を制御できる、ジョイント部材の製造方法を提供しようとするものである。
【0006】
本発明の一態様は、
筒状部の中央を軸方向に延びる中央孔と、前記筒状部の前記中央孔の径方向外側に周方向に等間隔で配された3つの軸方向溝と、を有し、前記3つの軸方向溝のそれぞれに、互いに向かい合う少なくとも一対の転走面と、前記一対の転走面の間に位置する外側内周面と、が設けられるジョイント部材の製造方法であって、
ワークを前記中央孔及び前記3つの軸方向溝を有する形状に成形する鍛造工程と、
前記鍛造工程で成形された前記ワークの前記3つの軸方向溝のそれぞれの前記一対の転走面及び前記外側内周面を高周波コイルで加熱し加熱後に冷却液で冷却する焼き入れ工程と、
を有し、
前記焼き入れ工程では、前記冷却液による前記一対の転走面の冷却速度と前記冷却液による前記外側内周面の冷却速度とが異なるように調整する、ジョイント部材の製造方法、
にある。
【発明の効果】
【0007】
上述の態様の製造方法によれば、先ず、鍛造工程において、ワークを中央孔及び3つの軸方向溝を有する形状に成形する。次いで、焼き入れ工程において、鍛造工程で成形されたワークの3つの軸方向溝のそれぞれの一対の転走面及び外側内周面を高周波コイルで加熱し加熱後に冷却液で冷却する。焼き入れ工程では、冷却液による一対の転走面の冷却速度と冷却液による外側内周面の冷却速度とが異なるように調整する。このとき、互いに異なる部位である転走面と外側内周面との冷却速度に差が生じることでワークの軸方向溝の熱処理変形が生じる。したがって、一対の転走面の冷却速度と外側内周面の冷却速度とを異ならせる調整を行うことによって、ワークの軸方向溝の熱処理変形量を制御することが可能になる。
【0008】
したがって、上述の態様によれば、焼き入れ工程時の熱処理変形量を制御できる、ジョイント部材の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】実施形態1にかかるトリポード型等速ジョイントの径方向断面図。
【
図3】実施形態1のジョイント部材の生産準備段階における製造方法のフローチャート。
【
図6】実施形態1のジョイント部材の製造で使用するワークの焼き入れ工程における軸方向断面図。
【
図10】ワークの軸方向溝における中央断面変形量と一対の転走面に対する外側内周面の冷却水流量比率との相関を示すグラフ。
【
図11】実施形態1のジョイント部材の本生産段階における製造方法のフローチャート。
【
図12】実施形態2について
図9に対応した断面図。
【
図13】実施形態2で使用する焼き入れ機の冷却ジャケットの構造を模式的に示す図。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、上述の態様のジョイント部材とその製造方法について、図面を参照しつつ説明する。
【0011】
なお、本明細書および図面では、特に断わらない限り、ジョイント部材の軸方向をX軸方向と定義し、そのジョイント部材の径方向をY軸方向と定義し、そのジョイント部材の周方向をZ軸方向と定義する。
【0012】
(実施形態1)
図1に示されるトリポード型等速ジョイント1(以下、単に「等速ジョイント1」と称する。)は、実施形態1にかかるものである。等速ジョイント1は、例えば、車両の動力伝達シャフトに使用される。等速ジョイント1は、ジョイント部材10と、トリポード20と、3つのローラユニット30とを備えている。
【0013】
1.ジョイント部材10の構造
図1及び
図2に示されるように、ジョイント部材10は、等速ジョイント1の外側を形成する外輪である。このジョイント部材10は、軸方向Xの一端側に開口部10cを有する有底筒状に形成される(
図2を参照)。一方で、このジョイント部材10は、軸方向X(
図2を参照)に貫通するような筒状に形成されても良い。ジョイント部材10の底面外側は、ディファレンシャル(図示省略)に連結される。
【0014】
図1に示されるように、ジョイント部材10は、筒状部10aの中央を軸方向Xに延びる中央孔10bと、中央孔10bの径方向Yの外側に周方向Zに等間隔で配された3つの軸方向溝11と、を有する。3つの軸方向溝11はいずれも、ジョイント部材10の開口部10cから軸方向Xに延びている。
【0015】
3つの軸方向溝11のそれぞれには、互いに向かい合う溝側面である一対の転走面12と、一対の転走面12の間に位置する底面である外側内周面13と、が設けられている。転走面12は、ローラユニット30の外周面(アウターローラ31の外周面31a)との接触によってトルク伝達を行うトルク伝達面である。転走面12の断面形状は、所定の曲率または複数の曲率を組み合わせた凹状とされている。なお、軸方向溝11に互いに向かい合う一対の転走面12が複数組設けられていても良い。
【0016】
2.トリポード20の構造
図1に示されるように、トリポード20は、ジョイント部材10に対して、軸方向Xに移動可能であると共に、傾動可能である。このトリポード20は、ボス21と、ボス21から径方向Yの外側に延びる3つの軸部22と、を備えている。各軸部22の外周面は、球面凸状に形成されている。つまり、軸部22の外周面の軸方向断面形状が円弧凸状に形成されている。
【0017】
3.ローラユニット30の構造
図1に示されるように、ローラユニット30は、環状に形成されている。ローラユニット30は、トリポード20の3つの軸部22の各々の外周側に回転可能であり、軸部22の各々の軸心方向に摺動可能であり、且つ、軸部22の各々に対して傾動可能に支持されている。さらに、3つのローラユニット30のそれぞれが3つの軸方向溝11のそれぞれに沿って転動可能に配置されている。このため、3つのローラユニット30は、3つの軸方向溝11に対して姿勢を維持した状態で転動するように構成されている。
【0018】
ローラユニット30は、アウターローラ31と、インナーローラ32と、ニードル33と、止め輪34と、を有する。インナーローラ32は、アウターローラ31の内側に配置されている。このインナーローラ32は、その内周面32aが軸部22の外周面に接触するように構成されている。ニードル33は、アウターローラ31とインナーローラ32で径方向間に挟まれる円柱状の転動体である。止め輪34は、アウターローラ31の内周面に係止されている。この止め輪34は、アウターローラ31に対するインナーローラ32及びニードル33のニードル軸方向の抜け止めとなる抜け止め部材である。このように、2つのローラ(アウターローラ31とインナーローラ32)が径方向に重ねて配置された構造のローラユニット30は、一般的に、「ダブルローラタイプ」と称されるローラユニットである。
【0019】
ローラユニット30は、軸方向溝11の一対の転走面12にアウターローラ31の外周面31aが嵌め込まれるように配置される。このため、転走面12は、アウターローラ31の外周面31aに対応したローラ溝である。ローラユニット30は、ジョイント部材10が回転した場合に、当該回転方向に応じて軸方向溝11の一対の転走面12のうちの一方にアウターローラ31の外周面31aが接触して、ジョイント部材10との間でトルク伝達を行うように構成されている。すなわち、ジョイント部材10の回転方向が切り替わることによって、一対の転走面12のうちアウターローラ31の外周面31aが接触する面が切り替わるようになっている。
【0020】
ここで、軸方向溝11の溝幅方向のうち、ジョイント部材10が回転した場合に、軸方向溝11とローラユニット30の間でトルクが伝達される側がトルク伝達側とされる。また、トルク伝達側とは逆側であって、軸方向溝11とローラユニット30の間でトルクが伝達される側とは反対側が反トルク伝達側とされる。
【0021】
軸方向溝11の所定位置には、アウターローラ31の一端面31bと対向する支持面11aが設けられている。この支持面12aは、等速ジョイント1トルク伝達に伴って傾動するローラユニット30と反トルク伝達側において接触して、当該ローラユニット30を支持する機能を果たす。
【0022】
4.ジョイント部材10の製造方法
次に、
図3~
図11を参照しながら、実施形態1の、ジョイント部材10の製造方法について説明する。この製造方法には、ジョイント部材10の生産準備段階における製造方法(
図3を参照)と、ジョイント部材10の本生産段階における製造方法(
図11を参照)と、が含まれる。
【0023】
4-1.生産準備段階
図3に示されるように、ジョイント部材10の生産準備段階における製造方法では、ステップS1からステップS5までの各ステップを順次実施する。
【0024】
ステップS1は、ジョイント部材10の製造で使用するワーク(素材)Wを、予め準備した金型を含む既知の鍛造装置(図示省略)によって鍛造処理する鍛造工程である。ワークWとして、例えば、炭素鋼のものが使用される。このステップS1において、ワークWが前述の中央孔11b及び3つの軸方向溝11を有する形状(
図1を参照)に成形される。ステップS1の鍛造工程によれば、第1中間品であるワークW1が得られる。
【0025】
ステップS2は、ステップS1の鍛造工程で成形されたワークW1の初期計測を行う初期計測工程である。このステップS2において、ワークW1の一対の転走面12のPCDを計測する。ここでいう「PCD」は、
図4に示されるように、計測用の所定の2つのボール50のそれぞれをワークW1の一対の転走面12のそれぞれに嵌め込んだ場合の、2つのボール50の中心間距離をいう。
【0026】
図3のステップS3は、ステップS1の鍛造工程で成形されたワークW1に後述の焼き入れ機40によって焼き入れを施す焼き入れ工程である。このステップS3において、ワークW1の筒内で焼き入れ機40を軸方向Xに移動させながら作動させる。これにより、ワークW1の3つの軸方向溝11のそれぞれの一対の転走面12及び外側内周面13が高周波コイルで加熱され加熱後に冷却水で冷却される。この焼き入れ工程において焼き入れ機40を軸方向Xに移動させるとき、冷却水による一対の転走面12の冷却速度と冷却水による外側内周面13の冷却速度との比率はワークW1の軸方向Xについて一定とされる。ステップS3の処理により、ワークW1が熱処理変形する。特に、ワークW1の軸方向溝11が縮む方向に熱処理変形する。なお、冷却水に代えて、冷却水とは別の冷却液を使用しても良い。
【0027】
ステップS4は、ステップS3の焼き入れ工程の後で、ワークW2を既知の焼き戻し機(図示省略)によって焼き戻し処理する焼き戻し工程である。このステップS4において、ワークW2が臨界温度を超えない範囲で再加熱される。ステップS4の処理では、ワークW1の軸方向溝11の熱処理変形は殆ど生じない。ステップS4の焼き戻し工程の後、必要に応じて機械加工を施すことによって、ジョイント部材10が得られる。
【0028】
ステップS5は、ステップS4の焼き戻し工程の後で、ジョイント部材10の変形量を測定する変形量測定工程である。このときの変形は、前述のように主にステップS3に起因するものである。このステップS5において、
図5に示されるように、ジョイント部材10の一対の転走面12のPCDをステップS2の場合と同様に計測する。そして、ステップS2で計測したPCDと、ステップS5で計測したPCDとの差分を、ジョイント部材10の変形量として、すなわち、軸方向溝11の一対の転走面12の間の中央断面の変形量として測定する。ここでいう「中央断面」とは、軸方向Xを横切る方向の軸方向溝11の断面であって、軸方向Xの中間位置での断面として定義される。
【0029】
4-2.焼き入れ機40の構造
ここで、
図6~
図9を参照しながら、ステップS3で使用する焼き入れ機40について説明する。
【0030】
図6に示されるように、焼き入れ機40をワークW1の開口部10cから筒内に挿入して軸方向Xに移動させる。
図6及び
図7に示されるように、焼き入れ機40は、3つの高周波コイル43と、各高周波コイル43の下側に固定された冷却ジャケット44と、を備えている。焼き入れ機40の移動時に高周波コイル43に通電し、冷却水供給管45を通じて冷却ジャケット44に冷却水を供給する。
【0031】
高周波コイル43は、高周波焼き入れを行うのに使用される。高周波コイル43は、複数の加熱面43a,43bを有する。高周波コイル43に通電されると、ワークW1のうち加熱面43a,43bの近傍の加熱対象部位に電磁誘導作用により誘導起電力が生じる。高周波焼き入れは、このときの電磁誘導作用によってジュール熱が発生する原理を利用してワークW1の加熱対象部位を加熱する方法である。これにより、ワークW1の加熱対象部位は、所定の焼き入れ温度まで急速加熱される。
【0032】
冷却ジャケット44は、高周波コイル43によって急速加熱されたワークW1の加熱対象部位を急速冷却するのに使用される。冷却ジャケット44には、複数の冷却水噴射口44a,44b(
図7を参照)が設けられている。本形態では、複数の冷却水噴射口44aと複数の冷却水噴射口44bの全てを同一径としている。冷却水供給管45を通じて冷却ジャケット44に供給された冷却水が複数の冷却水噴射口44a,44bから噴射されることによって、ワークW1の軸方向溝11の一対の転走面12及び外側内周面13が冷却される。
【0033】
図7に示す焼き入れ機40の場合、1つの冷却ジャケット44について、冷却水噴射口44aの数の合計を12とし、冷却水噴射口44bの数の合計を8としている。冷却水噴射口44a,44bは、1つの噴射口あたりの流量は、当該噴射口の開口面積に比例している。この場合、12つの冷却水噴射口44aの開口面積を合計した流路断面積が8つの冷却水噴射口44bの開口面積を合計した流路断面積を上回る。したがって、一対の転走面12に向けて噴射される冷却水の流量は、外側内周面13に向けて噴射される冷却水の流量よりも多くなる。一方で、冷却水噴射口44a及び冷却水噴射口44bのそれぞれの数は、
図7で示すものに限定されるものではなく、必要に応じて適宜の数を選択可能である。
【0034】
図8に示されるように、焼き入れ機40は、軸方向Xに延びる中央部41を有する。中央部41まわりの3箇所のそれぞれに接続部42を介して高周波コイル43及び冷却ジャケット44が設けられている。
【0035】
高周波コイル43は、ワークW1の3つの軸方向溝11のうちのいずれかに配置される。このとき、高周波コイル43の加熱面43aがワークW1の軸方向溝11の転走面12に近接して対向配置され、且つ、高周波コイル43の加熱面43bがワークW1の軸方向溝11の外側内周面13に近接して対向配置される。したがって、ワークW1は、軸方向溝11の一対の転走面12及び外側内周面13のそれぞれが高周波コイル43によって高周波焼き入れされる。
【0036】
図9に示されるように、冷却ジャケット44は、高周波コイル43と同様に、ワークW1の3つの軸方向溝11のうちのいずれかに配置される。このとき、冷却ジャケット44の複数の冷却水噴射口44aがワークW1の軸方向溝11の転走面12に近接して対向配置され、且つ、冷却ジャケット44の複数の冷却水噴射口44bがワークW1の軸方向溝11の外側内周面13に近接して対向配置される。したがって、軸方向溝11の一対の転走面12が冷却ジャケット44の複数の冷却水噴射口44aから噴射された冷却水で冷却される。これに対して、軸方向溝11の外側内周面13が冷却ジャケット44の複数の冷却水噴射口44bから噴射された冷却水で冷却される。
【0037】
中央部41には、その上部に上向きに開口した冷却水噴射口41aが設けられている。冷却水噴射口41aは、冷却水供給管45に接続されている。これにより、ワークW1の軸方向溝11のうち複数の冷却水噴射口44a,44bから噴射された冷却水が届かない部位若しくは届きにくい部位は、冷却水噴射口41aから噴射された冷却水によって冷却される。
【0038】
4-3.冷却水の流量調整
1つの軸方向溝11の一対の転走面12に向けて噴射される冷却水の流量をFaとし、この軸方向溝11の外側内周面13に向けて噴射される冷却水の流量をFbとしたき、本形態では、流量Fbを流量Faに対して一定の割合とするように調整する。流量Faは、冷却ジャケット44の全ての冷却水噴射口44aを合計した流路断面(
図7の場合、冷却水噴射口44aの開口面積の12倍の流路断面)を流れる冷却水の流量である。流量Fbは、冷却ジャケット44の全ての冷却水噴射口44bを合計した流路断面(
図7の場合、冷却水噴射口44bの開口面積の8倍の流路断面)を流れる冷却水の流量である。この場合、冷却水噴射口44bの数よりも冷却水噴射口44aの数の方が多いため、全て同一径である場合には、流量Fbよりも流量Faの方が多くなる。これに対して、冷却水噴射口44aの数よりも冷却水噴射口44bの数を多くするようにすれば、流量Faよりも流量Fbの方が多くなる。これにより、冷却により生じる変態のタイミングが一対の転走面12と外側内周面13とで異なることになり、冷却水による一対の転走面12の冷却速度と冷却水による外側内周面13の冷却速度とが異なるように調整される。
【0039】
例えば、ワークW1の筒状部10aのうち外側内周面13側が転走面12側に比べて薄肉である場合、外側内周面13に噴射する冷却水の流量を一対の転走面12に噴射する冷却水の流量よりも少なくすることによって、冷却水による外側内周面13面の冷却速度が冷却水による一対の転走面12の冷却速度を下回るように調整するのが好ましい。これにより、筒状部10aの外側内周面13側の焼き割れの発生を抑制したうえで、軸方向溝11の熱処理変形量を制御することができる。
【0040】
冷却水の流量調整のためには、1つの冷却ジャケット44において、冷却水噴射口44bの数(すなわち、冷却水噴射口44bの全数による流路断面積Sb)を冷却水噴射口44aの数(すなわち、冷却水噴射口44aの全数による流路断面積Sa)に対して変更する。なお、冷却水噴射口44aの数と冷却水噴射口44bの数を異ならせる代わりに、冷却水噴射口44aの開口径と冷却水噴射口44bの開口径を異ならせるようにしても良い。
【0041】
4-4.中央断面変形量Dと冷却水流量比率Rの相関
図10に示されるように、軸方向溝11の前述の中央断面の熱処理変形量である中央断面変形量Dと、流量Faに対する流量Fbの冷却水流量比率Rと、の間に所定の相関があることが確認された。この相関は、ステップS3で設定する冷却水流量比率Rを0(ゼロ)から1までの間で変化させた場合に、ステップS5で測定される中央断面変形量Dがいかに変化するかを測定することによって導出される。この相関において、流量Fbが0(ゼロ)の場合に冷却水流量比率Rが0(ゼロ)となり、流量Faと流量Fbが同一の場合に冷却水流量比率Rが1となる。この相関によれば、冷却水流量比率Rと中央断面変形量Dが比例関係にあり、冷却水流量比率Rが大きいほど中央断面変形量Dが大きくなり、冷却水流量比率Rが小さいほど中央断面変形量Dが小さくなる。したがって、冷却水流量比率Rが互いに異なる複数種類の冷却ジャケット44を切り替えて使用することによって、中央断面変形量DをD1からD2までの間で調整することができる。このとき、D2からD1を差し引いた値が中央断面変形量Dの調整代となる。
【0042】
4-5.本生産段階
図11に示されるように、ジョイント部材10の本生産段階における製造方法では、ステップS11からステップS13までの各ステップを順次実施する。この製造方法は、生産準備段階のステップS3の焼き入れ工程で生じた熱処理変形量に基づいて、この熱処理変形量を見越してジョイント部材10を製造するものである。
【0043】
ステップS11は、ステップS1の場合と同様にワークWを鍛造処理する鍛造工程である。このステップS11に際して、ステップS12の焼き入れ工程で生じる熱処理変形量を考慮して金型を製作する。そして、この金型を使用して、ワークWを焼き入れ工程で生じる熱処理変形量を見越した形状に成形する。
【0044】
ステップS12は、ステップS3の場合と同様に、ステップS11の鍛造工程で成形されたワークW1に焼き入れを施す焼き入れ工程である。このステップS12では、上記冷却水流量比率Rが所望の値に設定されるように作製した焼き入れ機40を使用する。つまり、ステップS12で使用する焼き入れ機40は、冷却水流量比率Rが互いに異なる複数種類の冷却ジャケット44の中から選択された、所望の冷却水流量比率Rを実現できる冷却ジャケット44を具備するものである。この冷却ジャケット44によれば、冷却水の流量Faと流量Fbとの関係が予め定まっているため、ワークW1の軸方向溝11の熱処理変形量を制御することができる。このステップS12の焼き入れ工程において焼き入れ機40を軸方向Xに移動させるとき、冷却水による一対の転走面12の冷却速度と冷却水による外側内周面13の冷却速度との比率はワークW1の軸方向Xについて一定とされる。
【0045】
ステップS13は、ステップS4の場合と同様に、ステップS12の焼き入れ工程の後で、ワークW2を焼き戻し処理する焼き戻し工程である。ステップS12及びステップS13によれば、金型の型修正を行うことなく所望の寸法精度のジョイント部材10を製造することができる。その結果、ジョイント部材10の製造にかかるコスト、工数及びリードタイムを削減することが可能になる。
【0046】
5.作用効果
上述の実施形態1の作用効果について説明する。
【0047】
上述の実施形態1によれば、先ず、鍛造工程において、ワークWを中央孔10b及び3つの軸方向溝11を有する形状に成形する。次いで、焼き入れ工程において、鍛造工程で成形されたワークW1の3つの軸方向溝11のそれぞれの一対の転走面12及び外側内周面13を高周波コイル43で加熱し加熱後に冷却ジャケット44から噴射された冷却水で冷却する。焼き入れ工程では、冷却水による一対の転走面12の冷却速度と冷却水による外側内周面13の冷却速度とが異なるように調整する。このとき、互いに異なる部位である転走面12と外側内周面13との冷却速度に差が生じることでワークW1の軸方向溝11の熱処理変形が生じる。したがって、一対の転走面12の冷却速度と外側内周面13の冷却速度とを異ならせる調整を行うことによって、ワークW1の軸方向溝11の熱処理変形量を制御することが可能になる。
【0048】
次に、上述の実施形態1に関連する他の実施形態について図面を参照しつつ説明する。他の実施形態において、上述の実施形態1の要素と同一の要素には同一の符号を付しており、当該同一の要素についての説明は省略する。
【0049】
(実施形態2)
図12及び
図13に示されるように、実施形態2の、ジョイント部材10の製造方法では、実施形態1で使用する焼き入れ機40とは別構造の焼き入れ機40Aを使用する。焼き入れ機40Aの冷却ジャケット44には、2つの冷却水供給管45a,45bが独立して接続されている。冷却水供給管45aは、複数の冷却水噴射口44aから冷却水を噴射させるための供給管である。これに対して、冷却水供給管45bは、複数の冷却水噴射口44bから冷却水を噴射させるための供給管である。冷却水供給管45aには流量調整バルブ46aが設けられており、冷却水供給管45bには流量調整バルブ46bが設けられている(
図13を参照)。したがって、本形態では、軸方向溝11の一対の転走面12に向けて噴射される冷却水の流量Faと、この軸方向溝11の外側内周面13に向けて噴射される冷却水の流量Fbと、を独立して制御できるようになっている。
【0050】
図13に示されるように、流量調整バルブ46a,46bは、制御装置47に電気的に接続されている。制御装置47は、記憶部48及びバルブ制御部49を備えている。記憶部48は、複数の冷却水流量比率R(複数の冷却水噴射口44aから噴射する冷却水の流量Faと、複数の冷却水噴射口44bから噴射する冷却水の流量Fbと、の比率)に応じた電気信号を複数の設定値として記憶している。バルブ制御部49は、複数の設定値の中から選択した設定値に基づいて、流量調整バルブ46a,46bに制御信号を出力する。
【0051】
本形態では、焼き入れ工程時に焼き入れ機40Aを軸方向Xに移動させるとき、冷却水流量比率Rを一定に維持する。この場合、冷却水による一対の転走面12の冷却速度と冷却水による外側内周面13の冷却速度との比率はワークW1の軸方向Xについて一定とされる。これに対して、焼き入れ工程において焼き入れ機40Aを軸方向Xに移動させるとき、冷却水流量比率Rを変更するようにしても良い。この場合、冷却水による一対の転走面12の冷却速度と冷却水による外側内周面13の冷却速度との比率はワークW1の軸方向Xについて変更される。
【0052】
本発明は、上述の形態に準拠して記述されたが、本発明は当該形態や構造に限定されるものではないと理解される。本発明は、様々な変形例や均等範囲内の変形をも包含する。加えて、様々な組み合わせや形態、さらには、それらに一要素のみ、それ以上、あるいはそれ以下、を含む他の組み合わせや形態をも、本発明の範疇や思想範囲に入るものである。
【0053】
上述の形態では、ダブルローラタイプのローラユニット30を備える等速ジョイント1のジョイント部材10の製造技術について例示したが、この製造技術をシングルローラタイプのローラユニットを備える等速ジョイントのジョイント部材の製造に適用することもできる。
【0054】
上述の形態では、車両の動力伝達シャフトに使用される等速ジョイント1を構成するジョイント部材10について例示したが、このジョイント部材10は車両の操舵軸(ステアリング)の等速ジョイントを構成するものであっても良い。
【符号の説明】
【0055】
10…ジョイント部材、 10a…筒状部、 10b…中央孔、 11…軸方向溝、 12…転走面、 13…外側内周面、 S1,S11…鍛造工程、 S3,S12…焼き入れ工程、 W,W1…ワーク、 X…軸方向、 Y…径方向、 Z…周方向