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特開2024-117411基材の親水化処理方法及び親水性改質基材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024117411
(43)【公開日】2024-08-29
(54)【発明の名称】基材の親水化処理方法及び親水性改質基材
(51)【国際特許分類】
   C09K 3/00 20060101AFI20240822BHJP
   C08J 7/12 20060101ALI20240822BHJP
【FI】
C09K3/00 R
C08J7/12 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023023497
(22)【出願日】2023-02-17
(71)【出願人】
【識別番号】595015890
【氏名又は名称】株式会社朝日FR研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002251
【氏名又は名称】弁理士法人眞久特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】三原 将
(72)【発明者】
【氏名】行田 和起
(72)【発明者】
【氏名】吉田 明
【テーマコード(参考)】
4F073
【Fターム(参考)】
4F073AA01
4F073BA13
4F073BA33
4F073BB01
4F073EA65
(57)【要約】
【課題】溶液化プロセスにおけるスルホベタイン高分子の凝集と熱による基材の劣化とを抑えつつ簡便且つ温和な条件で速やかに親水性を均質に発現させることができる親水化処理方法と、水との接触角を十分に低く安定にし、長期間親水性を維持することができる親水性改質基材とを提供する。
【解決手段】本発明の基材の親水化処理方法は、水溶性電解質の溶解水溶液に遊離のスルホベタイン高分子を溶解させてスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を調製し、乾式表面改質処理を施した基材の表面に、前記スルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を付して、前記遊離のスルホベタイン高分子及び/又は前記スルホベタイン高分子電解質塩として吸着、反応、又は結合させ親水性を付与するというものである。この方法により、親水化すべき素材製の基材よりも接触角を少なくとも10°低減して親水性が向上した親水性改質基材が得られる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶性電解質の溶解水溶液に遊離のスルホベタイン高分子の少なくとも一部を溶解させてスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液にする調製工程と、
基材の表面に乾式表面改質処理を施す表面処理工程と、
前記表面に、前記スルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を付して、前記遊離のスルホベタイン高分子及び/又は前記スルホベタイン高分子電解質塩として吸着、反応又は結合させ親水性を付与する親水化工程とを、
有することを特徴とする基材の親水化処理方法。
【請求項2】
前記親水化工程の後に、前記基材ごと水洗することにより、前記基材に付されている前記水溶性電解質及び/又は前記スルホベタイン高分子電解質塩の脱塩工程を有することを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項3】
前記親水化工程中、前記スルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を、浸漬、塗布、スプレー又はコーティングすることによって、付すことを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項4】
前記乾式表面改質処理が、プラズマ放電、コロナ放電、紫外線照射、エキシマ照射、電子線照射及び放射線照射から選ばれる少なくとも何れかの処理であることを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項5】
前記基材が、ゴム、樹脂、ガラス、金属及びセラミックスから選ばれる少なくとも何れかで形成されていることを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項6】
前記ゴムがシリコーンゴム、フッ素ゴム、エチレン-プロピレン二元共重合体ゴム、エチレン-プロピレン-ジエン三元共重合体ゴム、ウレタンゴム、アクリルゴム、エチレン酢酸ビニルゴム、クロロスルホン化ポリエチレンゴム、塩素化ポリエチレンゴム、エピクロロヒドリンゴム、多硫化ゴム、ブチルゴム、ブタジエンゴム、スチレンブタジエンゴム、クロロプレンゴム、ニトリルゴム、イソプレンゴム及び天然ゴムから選ばれる何れかであり、前記樹脂がシリコーン樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン樹脂、(メタ)アクリル樹脂、ポリビニルアルコール、ポリアミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタラート、ウレタン樹脂、ポリカーボネート、ナイロン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリ乳酸、スチレン系熱可塑性エラストマー、オレフィン系熱可塑性エラストマー、エステル系熱可塑性エラストマー、アミド系熱可塑性エラストマー、動的架橋型熱可塑性エラストマー、フッ素系熱可塑性エラストマー、ポリフェニレンサルファイド、ポリフェニルサルフォン、シクロオレフィンポリマー、シクロオレフィンコポリマー及びポリオキシメチレンから選ばれる少なくとも何れかであり、前記ガラスが石英ガラス、ホウケイ酸ガラス、及びソーダ石灰ガラスから選ばれる少なくとも何れかであり、前記金属がステンレス、鉄、アルミニウム、チタン、銀、銅、金、コバルト、クロム、モリブデン、ニッケル、タングステン及びプラチナ並びにそれら何れかの合金から選ばれる少なくとも何れかであり、前記セラミックスがアルミナ、ジルコニア、窒化アルミニウム、炭化ケイ素、窒化ケイ素、スタアタイト及びハイドロキシアパタイトから選ばれる少なくとも何れかであることを特徴とする請求項5に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項7】
前記基材が、前記ウレタンゴム、前記ポリ塩化ビニル、前記ポリエチレン、前記ウレタン樹脂、前記スチレン系熱可塑性エラストマー、前記オレフィン系熱可塑性エラストマー、前記エステル系熱可塑性エラストマー、前記アミド系熱可塑性エラストマー、前記動的架橋型熱可塑性エラストマー、前記フッ素系熱可塑性エラストマー及び前記(メタ)アクリル樹脂から選ばれる少なくとも何れかの低耐熱性材質で形成されていることを特徴とする請求項6に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項8】
前記水溶性電解質が、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、臭化ナトリウム、臭化カリウム、及びヨウ化ナトリウムから選ばれる少なくとも何れかであることを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項9】
前記水溶性電解質を0.1~26w/w%となるように溶解して前記電解質水溶液を、調製した後、前記遊離のスルホベタイン高分子を電解質水溶液に対して0.01~10w/w%となるように溶解して前記スルホベタイン高分子溶解塩水溶液を調製することを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項10】
前記遊離のスルホベタイン高分子が、下記化学式(1)
【化1】
(式(1)中、Rは水素原子又はメチル基であり、n1~n2は2~6の数である)、及び/又は、下記化学式(2)
【化2】
(式(2)中、Rは水素原子又はメチル基であり、n3、n5、n6及びn8は2~6の数であり、n4及びn7はいずれも0、又はn4及びn7が1でn4及びn7は1~3の数である)で表されるスルホベタイン基を有する繰返単位のみで構成される重合体、若しくは前記化学式(1)及び/又は(2)で表されるスルホベタイン基を有する繰返単位と、下記化学式(3)
【化3】
(式(3)中、Rは水素原子又はメチル基であり、n9は2~6の数であり、n10は0~1の数であり、Rはアジド基、スルホ基、アルコキシシリル基、及び水酸基から選ばれる何れかの活性官能基である)で表される活性官能化基を有する繰返単位、及び/又は下記化学式(4)
【化4】
(式(4)中、R5は水素原子又はメチル基であり、R6はカルボキシル基、エチレングリコール基又はエチレングリコールオリゴマー、アクリル基及びメタクリル基から選ばれる何れかの官能基である)で表される繰返単位とのランダム共重合体、ブロック共重合体、交互共重合体、若しくはグラフト共重合体であることを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項11】
前記遊離のスルホベタイン高分子の平均分子量が、少なくとも30000であることを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項12】
前記スルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を、1~30℃で付すことを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項13】
親水化すべき素材製の基材の表面が、乾式表面改質処理面であり、そこへ遊離のスルホベタイン高分子及び/又はそれのスルホベタイン高分子電解質塩が吸着、反応、又は結合された親水化処理表面であることによって、前記素材製の基材よりも接触角を少なくとも10°低減して親水性が向上していることを特徴とする親水性改質基材。
【請求項14】
前記親水化処理表面が、脱塩親水化処理表面となっていることを特徴とする請求項13に記載の親水性改質基材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非親水性材質の基材表面を水、水系組成物並びに水系懸濁液に馴染みやすい親水性表面に改質する親水化処理方法、及びそのように改質された親水性改質基材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
非親水性材質の基材表面に防汚性、防曇性、生体適合性、抗血栓性、たんぱく質非吸着性などを付与するためには、親水化処理することが重要である。特に化学的な表面修飾を用いた親水化技術では、基材表面に高極性官能基を発生させ、又は親水化剤を吸着、反応若しくは結合させることによって、水、水系組成物、又は水系懸濁液との表面親和性を高める。
【0003】
親水化処理された基材表面は、油脂や皮脂のような非親水性の汚れが付着しても、水分子との親和性が高いため、水洗すれば汚れとの間に水が入り込んで汚れが洗い流され、防汚性が確保される。
【0004】
また、親水化処理された基材表面は、水滴や蒸気が付着しても、親水性によって低い接触角を示すようになるため、濡れ性が向上して水滴や蒸気が液滴とならず濡れ広がることにより膜状になって、防曇性が確保される。
【0005】
さらに、マイクロ流路チップや、マイクロプレート・細胞培養容器や、バイオリアクター・マイクロリアクターなどにおいて、親水化処理された基材表面は、タンパク質や生体成分が付着しても、親水性によって堆積乃至凝固が抑制されるので、吸着されない。そのため、バイオ成分を適切に反応させたり、細胞接着を防止したりする。生体内で使用されるカテーテルなどの医療機器において、親水化された基材表面は、生体適合性と抗血栓性とが確保されることにより、タンパク質などの生体物質の付着による機器の閉塞を防止する。
【0006】
このような基材表面の親水化処理には、主に乾式処理と湿式処理とがある。
【0007】
乾式処理は、基材表面にプラズマ放電、コロナ放電、紫外線照射、エキシマ照射、電子線照射、放射線照射などの処理を行うことによって、水酸基などの親水性の極性官能基が生成され、簡便且つ短時間で親水化させるというものである。しかし、この極性官能基は、活性が高く、水分などとの化学反応によって速やかに変質、劣化するため、長時間親水性を保持し難い。
【0008】
湿式処理は、親水化剤として親水性基を持つ化合物を、基材表面に吸着、反応又は結合させて親水性を付与するというものである。乾式処理と異なり、親水化剤を選択して表面官能基を任意に制御することが可能であり、低活性な親水性基によって親水性を長期間維持することが可能である。このような親水化剤には、主に非イオン性親水化剤とイオン性親水化剤がある。
【0009】
非イオン性親水化剤としては、親水性基としてエーテル基やエステル基などを持つ化合物、特にポリエチレングリコール鎖を含む化合物が汎用されている。このような非イオン性親水化剤は生体適合性が高いという利点があるが、イオン性親水化剤と比べ静電相互作用が弱く、低い親水性しか発現させない。
【0010】
一方、イオン性親水化剤としては、親水性基として4級アンモニウム基などのカチオン性官能基やスルホン酸塩基などのアニオン性官能基を持つ化合物、特にカチオン性とアニオン性の双方を有する双性イオン性官能基を持つ化合物が使用されている。このような双性イオン型親水化剤は、高い生体適合性と高い親水化を併せて持ち、医療機器のコーティングに使用されており、ホスホリルコリン型親水化剤、カルボキシレート型親水化剤、スルホベタイン型親水化剤などがある。
【0011】
双性イオン型親水化剤の中でもスルホベタイン型親水化剤は、スルホベタイン構造を分子内に含む化合物であり、化学的安定性が高く、合成が簡易であるという利点がある。非特許文献1に、双性イオン型親水化剤は高分子化することによって安定性を高めることができることが開示されている。また、特許文献1、2及び非特許文献2に、スルホベタイン型親水化剤は高分子化することによって安定性を高めることが可能であり、高分子化されたホスホリルコリン型親水化剤よりも優れた耐久性を示すことが開示されている。
【0012】
非特許文献3に、スルホベタイン高分子は、温度応答性を有し、高温で溶解する上限臨界溶液温度(Upper Critical Solution Temperature, UCST)を有することが開示されている。スルホベタイン高分子は、極性物質に対して良溶媒であるはずの水に室温などの比較的低温で不溶であり、室温で水に溶解しようとしても水中で凝集したまま懸濁・分散してしまい、スルホベタイン高分子懸濁・分散液を付した基材表面に凝集塊による凹凸を生じてしまう。基材表面に均質な親水化処理を施すためにスルホベタイン高分子を水溶液化させる必要があるので、その水溶液化プロセスで加熱して溶解したままでは、耐熱性の低い材質の基材表面へ付した際に基材劣化を誘発してしまっていた。また、親水性改質基材の量産性を上げるためには噴霧によるスプレーコートや回転によるスピンコートなどの塗工手法が一般的に用いられるが、スルホベタイン高分子の高温水溶液の塗工中に噴霧や回転時の放熱により、それの加熱溶液の温度低下でスルホベタイン高分子の凝集が生じるため、均質な塗工が行えないという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2021-161208号公報
【特許文献2】特開2021-158968号公報
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】K. Ishihara, et al., “Preparation of phospholipid polymers and their properties as polymer hydrogel membranes”, Polym. J., 1990, 22(5), 355-360.
【非特許文献2】M. Tanaka, et al., “Synthesis and structures of zwitterionic polymers to induce electrostatic interaction with PDMS surface treated by air-plasma”, Arkivoc., 2018, 330-343.
【非特許文献3】N. Morimoto, et al., “The design of sulfobetaine polymers with thermoresponsiveness under physiological salt conditions”, Macromol. Chem. Phys., 2020, 221, 1900429.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は前記の課題を解決するためになされたもので、スルホベタイン高分子の凝集と熱による基材の劣化とを抑えつつ簡便且つ温和な条件で速やかに親水性を均質に発現させることができる基材の親水化処理方法と、水との接触角を十分に低く安定にし、長期間親水性を維持することができる親水性改質基材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
前記の目的を達成するためになされた本発明の基材の親水化処理方法は、水溶性電解質の溶解水溶液に遊離のスルホベタイン高分子の少なくとも一部を溶解させてスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液にする調製工程と、基材の表面に乾式表面改質を施す表面処理工程と、前記表面に、前記スルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を付して、前記遊離のスルホベタイン高分子及び/又は前記スルホベタイン高分子電解質塩として吸着、反応又は結合させ親水性を付与する親水化工程とを、有することを特徴とするというものである。
【0017】
この基材の親水化処理方法は、前記親水化工程の後に、前記基材ごと水洗することにより、前記基材に付されている前記水溶性電解質及び/又は前記スルホベタイン高分子電解質塩の脱塩工程を有するものであってもよい。
【0018】
この基材の親水化処理方法は、前記親水化工程中、前記スルホベタイン高分子溶解塩の水溶液を、浸漬、塗布、スプレー又はコーティングすることによって、付すことが好ましい。
【0019】
この基材の親水化処理方法は、前記乾式表面改質処理が、例えばプラズマ放電、コロナ放電、紫外線照射、エキシマ照射、電子線照射及び放射線照射から選ばれる少なくとも何れかの処理であるというものである。
【0020】
この基材の親水化処理方法は、前記基材が、例えばゴム、樹脂、ガラス、金属及びセラミックスから選ばれる少なくとも何れかで形成されているというものである。
【0021】
この基材の親水化処理方法は、前記ゴムがシリコーンゴム、フッ素ゴム、エチレン-プロピレン二元共重合体ゴム、エチレン-プロピレン-ジエン三元共重合体ゴム、ウレタンゴム、アクリルゴム、エチレン酢酸ビニルゴム、クロロスルホン化ポリエチレンゴム、塩素化ポリエチレンゴム、エピクロロヒドリンゴム、多硫化ゴム、ブチルゴム、ブタジエンゴム、スチレンブタジエンゴム、クロロプレンゴム、ニトリルゴム、イソプレンゴム及び天然ゴムから選ばれる何れかであり、前記樹脂がシリコーン樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン樹脂、(メタ)アクリル樹脂、ポリビニルアルコール、ポリアミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタラート、ウレタン樹脂、ポリカーボネート、ナイロン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリ乳酸、スチレン系熱可塑性エラストマー、オレフィン系熱可塑性エラストマー、エステル系熱可塑性エラストマー、アミド系熱可塑性エラストマー、動的架橋型熱可塑性エラストマー、フッ素系熱可塑性エラストマー、ポリフェニレンサルファイド、シクロオレフィンポリマー、シクロオレフィンコポリマー、ポリフェニルサルフォン及びポリオキシメチレンから選ばれる少なくとも何れかであり、前記ガラスが石英ガラス、ホウケイ酸ガラス、及びソーダ石灰ガラスから選ばれる少なくとも何れかであり、前記金属がステンレス、鉄、アルミニウム、チタン、銀、銅、金、コバルト、クロム、モリブデン、ニッケル、タングステン及びプラチナ並びにそれら何れかの合金から選ばれる少なくとも何れかであり、前記セラミックスがアルミナ、ジルコニア、窒化アルミニウム、炭化ケイ素、窒化ケイ素、スタアタイト及びハイドロキシアパタイトから選ばれる少なくとも何れかであることが好ましい。
【0022】
この基材の親水化処理方法は、前記基材が、前記ウレタンゴム、前記ポリ塩化ビニル、前記ポリエチレン、前記スチレン系熱可塑性エラストマー、前記オレフィン系熱可塑性エラストマー、前記エステル系熱可塑性エラストマー、前記アミド系熱可塑性エラストマー、前記動的架橋型熱可塑性エラストマー、前記フッ素系熱可塑性エラストマー、前記ウレタン樹脂及び前記(メタ)アクリル樹脂から選ばれる少なくとも何れかの低耐熱性材質で形成されていることが好ましい。
【0023】
この基材の親水化処理方法は、前記水溶性電解質が、例えば塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、臭化ナトリウム、臭化カリウム及びヨウ化ナトリウムから選ばれる少なくとも何れかであることを特徴とするというものである。
【0024】
この基材の親水化処理方法は、前記水溶性電解質を0.1~26w/w%となるように溶解して前記電解質水溶液を、調製した後、前記遊離のスルホベタイン高分子を電解質水溶液に対して0.01~10w/w%となるように溶解して前記スルホベタイン高分子溶解塩水溶液を調製することが好ましい。
【0025】
この基材の親水化処理方法は、前記遊離のスルホベタイン高分子が、下記化学式(1)
【化1】
(式(1)中、Rは水素原子又はメチル基であり、n1~n2は2~6の数である)及び/又は下記化学式(2)
【化2】
(式(2)中、Rは水素原子又はメチル基であり、n3、n5、n6及びn8は2~6の数であり、n4及びn7はいずれも0、又はn4及びn7が1でn4及びn7は1~3の数である)で表されるスルホベタイン基を有する繰返単位のみで構成される重合体、若しくは前記化学式(1)及び/又は(2)で表されるスルホベタイン基を有する繰返単位と、下記化学式(3)
【化3】
(式(3)中、Rは水素原子又はメチル基であり、n9は2~6の数であり、n10は0~1の数であり、Rはアジド基、スルホ基、アルコキシシリル基及び水酸基から選ばれる何れかの活性官能基である)で表される活性官能化基を有する繰返単位、及び/又は下記化学式(4)
【化4】
(式(4)中、Rは水素原子又はメチル基であり、Rはカルボキシル基、カルボキシメチル基、エチレングリコール基又はエチレングリコールオリゴマー、アクリル基及びメタクリル基から選ばれる何れかの官能基である)で表される繰返単位とのランダム共重合体、ブロック共重合体、交互共重合体、若しくはグラフト共重合体であってもよい。
【0026】
この基材の親水化処理方法は、前記遊離のスルホベタイン高分子の平均分子量が、少なくとも30000であることが好ましい。
【0027】
この基材の親水化処理方法は、前記スルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を、例えば1~30℃で付すというものである。
【0028】
前記の目的を達成するためになされた本発明の親水性改質基材は、親水化すべき素材製の基材の表面が、乾式表面改質処理面であり、そこへ遊離のスルホベタイン高分子及び/又はそれのスルホベタイン高分子溶解塩が吸着、反応、又は結合された親水化処理表面であることによって、前記素材製の基材よりも接触角を少なくとも10°低減して親水性が向上していることを特徴とするというものである。
【0029】
この親水性改質基材は、前記親水化処理表面が、脱塩親水化処理表面となっているというものであってもよい。
【発明の効果】
【0030】
本発明の基材の親水化処理方法によれば、水溶性電解質溶解水溶液にスルホベタイン高分子を溶解してUCSTの低いスルホベタイン高分子電解質塩にすることによって、遊離のスルホベタイン高分子を加熱して水溶液にするよりも簡便且つ非加熱下の温和な条件で効率的に基材表面を均質に親水化し、水の接触角を低下させることができる。
【0031】
この親水化処理方法は、乾式処理によって基材表面上に生じた極性官能基とスルホベタイン高分子電解質塩との間の相互作用が水溶性電解質の溶解水溶液とスルホベタイン高分子電解質塩との間の相互作用よりも強力であるため、基材表面とスルホベタイン高分子電解質塩との吸着、反応、又は結合が優先して形成され、スルホベタイン高分子電解質塩中のスルホベタイン構造によって親水化することができるというものである。
【0032】
この親水化処理方法によれば、一連の工程において加熱を要しないため、耐熱性材質の基材のみならずポリ塩化ビニル、ポリエチレン、スチレン系熱可塑性エラストマーなどのような低耐熱性材質の基材を劣化させることなく、基材表面の親水化処理が可能となる。
【0033】
この親水化処理方法によれば、室温でスルホベタイン高分子電解質塩が水溶性電解質溶解水溶液に溶解していることによって凝集抑制され、均質でほぼ完全に溶解したスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液となっているため、浸漬のみならずスプレーコートやスピンコートなどの室温で行われる塗工によって遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩を付すことができる。
【0034】
本発明の親水性改質基材は、表面に強力に吸着、反応、又は結合した遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩が脱離し難いことによって、乾式処理せず又は乾式処理しただけの改質基材と比べて低い接触角及び優れた親水性を長期間維持することができる。
【0035】
また、本発明の親水性改質基材は、親水化処理表面を生理食塩水などの電解質洗浄液又は水で洗浄した場合、基材表面に残留した過剰な電解質や未吸着、未反応又は未結合の遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩のみが除去されるが、基材表面に吸着、反応、又は結合した遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩は洗い流されないため、基材表面の低い接触角及び優れた親水性を維持することができる。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下、本発明を実施するための形態を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの形態に限定されるものではない。
【0037】
本発明の親水化処理方法の好ましい一形態は、予めエキシマ照射による乾式表面改質処理を施した低耐熱性材質で形成された基材を、水溶性電解質溶解水溶液に遊離のスルホベタイン高分子を溶解させて調製したスルホベタイン高分子電解質塩を含有する水溶液に室温で浸漬させることによって、遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩として基材表面に吸着、反応、又は結合させ親水性を付与し、さらに、生理食塩水で洗浄し、次いでイオン交換水で洗浄することによって親水性改質基材を得るというものである。
【0038】
スルホベタイン高分子は、前記化学式(1)及び/又は(2)で表される側鎖にスルホベタイン構造を有する繰返単位のみからなる重合体が挙げられ、より好ましくは、下記化学式(5)又は(6)
【化5】
(式(5)及び(6)中、m1及びm2はスルホベタイン高分子を形成するための任意の正数、m3及びm4はいずれも0、又はm3及びm4が1でm3及びm4は1~3)で表される単独重合体が挙げられる。
【0039】
遊離のスルホベタイン高分子は、冷水で凝集、分散し、ほとんど溶けずに懸濁した状態となる。そのため、遊離のスルホベタイン高分子を水に溶解させるためには、室温よりも高いUCST以上の温度で行わなければならず、ほとんど溶解させるのに55℃以上程度の加熱を要していた。
【0040】
一方、スルホベタイン高分子電解質塩は、水溶性電解質溶解水溶液中で、スルホベタイン構造と水溶性電解質との間でイオン結合が生じ、分子内スルホベタイン構造がイオン解離し、溶解する。この塩は、遊離のスルホベタイン高分子と比べて低いUCSTを有しており、しかも室温程度の比較的低温でも凝集することなくほとんど溶解する。そのため、非加熱でスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を調製することができる。
【0041】
予め乾式表面改質処理を施した基材にスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を付した際に、乾式表面改質処理によって生じた基材の表面官能基とスルホベタイン構造に含まれるアンモニウム基及び/又はスルホン酸塩基とが物理吸着若しくは化学吸着好ましくは化学吸着のような吸着、化学反応のような反応又はイオン結合若しくは共有結合のような結合をすることによって、乾式表面改質処理を施す前の基材と比べて水の接触角が10°以上低下し、基材表面に高い親水性が付与される。
【0042】
このスルホベタイン高分子電解質塩は、スルホベタイン構造と水溶性電解質とがイオン結合していることによって、分子内乃至分子間におけるスルホベタイン構造同士のイオン結合をほとんど生じさせず、ほとんど凝集しないで均質に溶解される。そのため、基材表面に前記水溶液を付す際に温度が低くても、スルホベタイン高分子電解質塩の凝集は生じず、凹凸のない親水化表面が形成される。
【0043】
従って、例えばポリ塩化ビニル、ポリエチレン、スチレン系熱可塑性エラストマーのような低耐熱性樹脂を材質とする基材を親水化処理する場合、従来の遊離のスルホベタイン高分子水溶液を付す方法では、加熱を要していたため、高温になるにつれ基材の変形、変色などの劣化による品質低下が生じていたところ、スルホベタイン高分子電解質塩水溶液を付す方法では、室温程度の低温で基材表面を親水化することができるため、基材の劣化による品質低下を生じない。
【0044】
このように、基材の親水性付与のためにスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を用いることによって、従来のように遊離のスルホベタイン高分子の水溶液を用いた場合よりも、温和な温度で簡便且つ効率的に基材表面に優れた親水性を付与することができる。
【0045】
スルホベタイン高分子電解質塩と基材の乾式表面改質処理上の表面官能基との吸着、反応、又は結合は、スルホベタイン高分子電解質塩と水又は水溶性電解質との間の相互作用よりも強固である。前記基材表面にスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を付して基材表面を親水化した後に、例えばイオン交換水などの水又は生理食塩水などの電解質の洗浄液で洗浄しても、基材と吸着、反応、又は結合した遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩はほとんど洗い流されず、基材の親水性は安定に維持されたままである。一方、過剰の水溶性電解質塩や基材に吸着、反応又は結合していない遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩は洗い流される。
【0046】
本発明の好ましい一形態を示したが、この形態でなくても本発明の範囲であれば制限されない。具体的には、遊離のスルホベタイン高分子は、例えば繰返単位の主鎖から延びる側鎖に分子内でアンモニウム基好ましくは4級アンモニウム基とスルホン酸塩基とを有するもので、前記化学式(1)及び/又は(2)で示される繰返単位を有する重合体を示したが、前記化学式(1)及び/又は(2)及び前記化学式(3)及び/又は(4)で示される繰返単位を有する重合体であってもよい。
【0047】
スルホベタイン高分子中、繰返単位を繰り返している繰返主鎖は、例えばポリ(メタ)アクリル骨格である。(メタ)アクリルは、アクリルとメタクリルとを包含する。より具体的にはポリ(メタ)アクリル骨格が、ポリ(メタ)アクリルアミド共重合骨格、及び/又は例えばポリ(メタ)アクリル酸エステルのようなポリ(メタ)アクリレート重合骨格である。中でも、ポリ(メタ)アクリルアミド共重合骨格を有するものであることが好ましい。
【0048】
スルホベタイン高分子の側鎖中、スルホベタイン構造と前記繰返主鎖とは、アルキレン鎖(-(CH)n1、n3又はn5-;n1、n3又はn5は2~6の数)、ポリエチレングリコール鎖(-O-(CH-CH-O)n4b-;n4は1~3の数)、エステル結合、アミド結合又はエーテル結合若しくはこれらの組み合わせで結合していることであってもよい。
【0049】
スルホベタイン構造中、アンモニウム基とスルホン酸塩基とは、アルキレン鎖(-(CH)n2、n6又はn8-;n2、n6又はn8は2~6の数)若しくはポリエチレングリコール鎖(-O-(CH-CH-O)n7b-;n7は1~3の数)、またはこれらの組み合わせで結合していることであってもよい。
【0050】
スルホベタイン構造は、アンモニウム基が側鎖中程に、スルホン酸塩基が側鎖末端に位置しているものが好ましいが、スルホン酸塩基が側鎖中程に、アンモニウム基が側鎖末端に位置しているものでもよい。
【0051】
スルホベタイン高分子は、前記化学式(1)及び/又は(2)で表される側鎖にスルホベタイン構造を有する繰返単位のみからなる重合体に代えて、前記化学式(1)及び/又は(2)で表される側鎖にスルホベタイン構造を有する繰返単位と、前記化学式(3)で表されるような側鎖にアジド基、スルホ基、アルコキシシリル基又は水酸基から選ばれる何れか活性官能基を有する繰返単位及び/又は前記化学式(4)で表されるような側鎖にカルボキシル基のような極性官能基又はカルボキシメチル基、エチレングリコール基又はエチレングリコールオリゴマー、アクリル基及びメタクリル基から選ばれる何れか官能基を有する繰返単位とを有するランダム共重合体、ブロック共重合体、交互共重合体及びグラフト共重合体の少なくとも何れかであってもよい。具体的な共重合体として、下記化学式(7)及び(8)
【化6】
(式(7)及び(8)中、R、R、R10及びR11は水素原子又はメチル基であり、Rはアジド基、スルホ基、アルコキシシリル基、及び水酸基から選ばれる何れかの活性官能基であり、R12はカルボキシル基、カルボキシメチル基、エチレングリコール基又はエチレングリコールオリゴマー、アクリル基及びメタクリル基から選ばれる何れかの官能基であり、m5、m8、m11及びm14はスルホベタイン高分子を形成するための正数、m6、m7、m9、m12及びm13は2~6の数、m10は0~1の数)で表されるものが挙げられる。
【0052】
化学式(7)で表される共重合体について、活性官能基のうち、アジド基は光又は熱により分解しナイトレン基を生成し、基材の表面官能基と反応又は環拡大することで共有結合を形成できる。アルコキシシリル基は基材上の官能基、例えば水酸基と縮合反応することによりシリルエーテル結合である共有結合を生成できる。
【0053】
また、化学式(7)で表される共重合体中の活性官能基を側鎖に有する繰返単位に代えて、側鎖は、フェニル、ナフチルのような炭化水素芳香環基、ピペラジニル、ピレリジニル、ピロゾキジニル、モルフォリニルのような非芳香族複素環基、ピリジル、ピラゾリル、イミダゾリル、トリアゾリル、ピラジニル、トリアゾニルのような芳香族複素環基、メチル、エチル、ビニル、プロピル、イソプロピル、n-ブチル、イソブチル、tert-ブチル、シクロブチル、n-ペンチル、イソペンチル、ネオペンチル、シクロペンチル、n-へキシル、シクロヘキシルのような、若しくはベンジル又はフェネチルのような直鎖状、分岐鎖状及び/又は環状で飽和及び/又は不飽和の炭化水素基、アミド基(-CO-N(R13)-;R13は炭素数1~6のアルキル基又はフェニル基)、エステル基(-CO-O-)から選ばれる何れかの単一スペーサー基、またはそれらの少なくとも何れかを組み合わせた複合スペーサー基が、前記活性官能基を有しているものであってもよい。
【0054】
なお、前記化学式(1)及び/又は(2)で表される側鎖にスルホベタイン構造を有する繰返単位と、前記化学式(3)及び/又は(4)で表される繰返単位とのモル比に制限はない。
【0055】
化学式(1)で表される側鎖にスルホベタイン構造を有する繰返単位のみからなる単独重合体は、以下のようにして合成される。具体的には、前記化学式(5)で表される単独重合体を例に説明する。
【0056】
ジメチルアミノプロピルメタクリルアミドにプロパンサルトンを反応させ、化学式(1)で表されるような繰返単位を形成するためのスルホベタイン構造含有モノマーであるメタクリルアミドプロピルスルホベタインを合成する。
【0057】
このスルホベタイン構造含有モノマーを重合させることによって、前記化学式(5)で表される単独重合体が得られる。
【0058】
スルホベタイン高分子として、単独重合体の例を示したが、前記化学式(1)で表される繰返単位と前記化学式(2)で表される繰返単位とを有するランダム共重合体、ブロック共重合体、交互共重合体及びグラフト共重合体の少なくとも何れかであってもよい。
【0059】
前記化学式(7)及び(8)で表されるスルホベタイン高分子を例にすると、以下のようにして合成される。具体的には、下記化学式(9)及び(10)
【化7】
(式(9)~(10)中、m15~m18はスルホベタイン高分子を形成するための正数)で表される共重合体を例に説明する。
【0060】
4-アミノ安息香酸のアミノ基をジアゾ化後にアジド化し、さらに酸クロライドにしてから、ピぺリジンのアミノ基の一方を保護基で保護したモノ保護ピぺリジンと反応させてアミド化し、その後、保護基を外し、モノ-p-アジ化安息香酸ピペラジンアミドを得る。メタクリル酸クロライドと6-アミノカプロン酸とをアミド化し、さらに前記モノ-p-アジ化安息香酸ピペラジンアミドの遊離アミノ基とアミド化して、化学式(3)で表されるような繰返単位を形成するための活性官能基含有コモノマーを合成する。前記スルホベタイン構造含有モノマーと、前記活性官能基含有モノマーとを、共重合させると、前記化学式(9)で表される共重合体が得られる。
【0061】
また、前記化学式(10)で表される共重合体は、前記スルホベタイン構造含有モノマーと、メタクリル酸とを共重合させることによって得られる。
【0062】
前記化学式(1)及び/又は(2)で表される、側鎖にスルホベタイン構造を有する繰返単位のみからなる重合体、並びに、前記化学式(1)及び/又は(2)で表される繰返単位と、前記化学式(3)又は(4)で表される繰返単位とを有する共重合体の分子量並びに分子量分布は、特に限定されないが、数平均又は重量平均分子量は30000~600000であることが好ましく、50000~150000であることがより好ましく、50000~100000であることがさらに好ましい。
【0063】
スルホベタイン高分子を溶解してスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を調製するために、水溶性電解質の溶解水溶液が用いられる。
【0064】
水溶性電解質を一定の濃度以上になるように水に溶解させて調製した水溶性電解質の溶解水溶液に、水溶性電解質の溶解水溶液に対して所定の濃度で遊離のスルホベタイン高分子を溶解させることによって、水溶性電解質と遊離のスルホベタイン高分子中のスルホベタイン構造とがイオン結合して、分子内イオン対が解離し、スルホベタイン高分子電解質塩が形成される。スルホベタイン構造と水溶性電解質とが水溶液中でイオン結合することによって、分子内乃至分子間におけるスルホベタイン構造同士のイオン結合による凝集をほとんど生じさせずに水和し、1~30℃のような室温などの比較的低温であってもスルホベタイン高分子電解質塩はほとんど凝集することなく溶解する。
【0065】
水溶性電解質の溶解水溶液は、0.1~26w/w%に調製されていることが好ましく、0.1~5w/w%に調製されていることがより好ましく、0.1~0.9w/w%に調製されていることがさらに好ましい。0.1w/w%を下回るとスルホベタイン高分子がスルホベタイン高分子電解質塩の形成に不足となり、5w/w%を上回ると洗浄操作後に余分な電解質が処理基材に残存するリスクが高まる。
【0066】
前記水溶液中のスルホベタイン高分子は、電解質水溶液に対して0.01~10w/w%となるように溶解していることが好ましく、0.05~1w/w%となるように溶解していることがより好ましく、0.1~0.5w/w%となるように溶解していることがさらに好ましい。0.01w/w%を下回ると処理基材への吸着量が不十分となり、10w/w%を上回ると溶液粘度の増大によって工程中のハンドリングが困難となる。
【0067】
水溶性電解質は、酸又は塩基よりも、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、臭化ナトリウム、臭化カリウム、及びヨウ化ナトリウムが好ましく、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウムがより好ましく、安価であり且つ生体安全性及び低細胞毒性の観点から塩化ナトリウムがさらに好ましい。
【0068】
水溶性電解質溶解水溶液の溶媒は、特に限定されないが、超純水、イオン交換水、蒸留水又はRO水のような水であることが好ましい。
【0069】
スルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を基材に付す温度は、室温程度、例えば1~30℃であることが好ましく、10~25℃であることがより好ましく、20~25℃であることがさらに好ましい。1℃を下回るとスルホベタイン高分子電解質塩の溶解が不十分となる傾向があり、30℃を上回ると耐熱性の低い材質の基材が変形、変色などによって劣化する。
【0070】
スルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を基材表面に付す前に、予め基材表面に乾式表面改質処理を施すことによって、処理過程で発生した高エネルギーによって基材表面の一部の原子乃至分子の結合が切断され、又は発生したオゾンと基材表面とが酸化反応することによって、元来有するものの他、水酸基、カルボキシル基、カルボニル基のような表面官能基を生成させる。この表面官能基は、基材に幾分か親水性を付与することができるが、活性が高く、空気中の酸素、湿気、二酸化炭素などによって不活性化し、親水性を長期間維持することが困難である。一方、スルホベタイン高分子電解質塩中のスルホベタイン構造は、前記表面官能基と比べて活性が低く、空気中の酸素などの化合物とほとんど反応しないが、前記表面官能基と物理吸着乃至化学吸着好ましくは化学吸着のような吸着、化学反応のような反応又はイオン結合若しくは共有結合のような結合をする。これによって、スルホベタイン高分子電解質塩が吸着、反応又は結合した基材は、スルホベタイン構造のイオン性に起因して親水性が付与される結果、乾式表面改質処理のみを施した基材よりも優れた親水性を示す。
【0071】
乾式表面改質処理は、エキシマ照射の他に、例えば、プラズマ放電、コロナ放電、紫外線照射、電子線照射、及び放射線照射が挙げられるが、特に限定されない。
【0072】
基材表面にスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を付す塗工工程において、比較的低温でもスルホベタイン高分子電解質塩は凝集しないため、例えばスプレーコートやスピンコートといった室温で行われる塗工工程を採用しても、基材表面に凹凸を生じることなく均質に親水化させることができる。塗工方式として浸漬及び引上げの他に、塗布、スプレー、スクリーン印刷、フレキソ印刷、インクジェット印刷及びグラビア印刷が挙げられるが、特に限定されない。
【0073】
基材の材質は、例えばウレタンゴム、ポリエチレン、ポリ塩化ビニル、スチレン系熱可塑性エラストマー、オレフィン系熱可塑性エラストマー、エステル系熱可塑性エラストマー、アミド系熱可塑性エラストマー、動的架橋型熱可塑性エラストマー、フッ素系熱可塑性エラストマー、ウレタン樹脂及び(メタ)アクリル樹脂のような低耐熱性材質の他、耐熱性の高いシリコーンゴムのようなゴム、シリコーン樹脂のような樹脂、ガラス、金属及びセラミックスから選ばれる少なくとも何れかを材質としてもよい。
【0074】
前記ゴムについては、例えばシリコーンゴム、フッ素ゴム、エチレン-プロピレン二元共重合体ゴム、エチレン-プロピレン-ジエン三元共重合体ゴム、ウレタンゴム、アクリルゴム、エチレン酢酸ビニルゴム、クロロスルホン化ポリエチレンゴム、塩素化ポリエチレンゴム、エピクロロヒドリンゴム、多硫化ゴム、ブチルゴム、ブタジエンゴム、スチレンブタジエンゴム、クロロプレンゴム、ニトリルゴム、イソプレンゴム及び天然ゴムが挙げられる。
【0075】
前記樹脂については、例えばシリコーン樹脂、ポリプロピレン、ポリスチレン、アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン樹脂、(メタ)アクリル樹脂、ポリビニルアルコール、ポリアミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタラート、ウレタン樹脂、ポリカーボネート、ナイロン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリ乳酸、ポリフェニレンサルファイド、ポリフェニルサルフォン、シクロオレフィンポリマー、シクロオレフィンコポリマー及びポリオキシメチレンが挙げられる。
【0076】
前記ガラスについては、例えば、石英ガラス、ホウケイ酸ガラス、及びソーダ石灰ガラスが挙げられる。
【0077】
前記金属については、例えば、ステンレス、鉄、アルミ、チタン、銀、銅、金、コバルト、クロム、モリブデン、ニッケル、タングステン及びプラチナ並びにそれら何れかの合金が挙げられる。
【0078】
前記セラミックスについては、例えば、アルミナ、ジルコニア、窒化アルミ、炭化ケイ素、窒化ケイ素、スタアタイト及びハイドロキシアパタイトが挙げられる。
【0079】
親水化した基材は、基材の表面官能基とスルホベタイン高分子電解質塩中のスルホベタイン構造や必要に応じて活性官能基との吸着、反応又は結合が強固であることによって、電解質の洗浄液及び/又は水を用いて親水化した基材を洗浄しても、基材と吸着、反応又は結合した遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩は洗い流されず、基材表面の親水性は維持される。なお、親水化した基材を水洗し、基材と吸着、反応又は結合したスルホベタイン高分子電解質塩中の電解質を除去する脱塩工程を経ることによって、スルホベタイン高分子電解質塩を遊離のスルホベタイン高分子に変えることができる。
【0080】
親水化した基材を電解質の洗浄液を用いて洗浄することによって、基材表面に吸着、反応又は結合せずに過剰に残留した遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩を除去することができる。電解質の洗浄液は、特に限定されないが、生理食塩水、緩衝液、及びリンゲル液であることが好ましい。なお、この洗浄液による洗浄を省略することができる。
【0081】
親水化した基材を水洗することによって、過剰の電解質、基材表面に吸着、反応又は結合せずに残留した遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩を除去することができる。水洗に用いられる水は、特に限定されないが、超純水、イオン交換水、蒸留水又はRO水などの水であることが好ましい。なお、電解質の洗浄液を用いて洗浄した後に水洗を行ってもよく、また水洗工程を省略することができる。
【0082】
本発明の親水性改質基材は、乾式表面改質処理を施された低耐熱性樹脂の基材の表面にスルホベタイン高分子電解質塩が吸着、反応、又は結合され、さらに脱塩されて親水化処理表面とすることにより、乾式表面改質処理前の基材表面よりも接触角を少なくとも10°低減して親水性が向上し、また長期間維持するというものである。
【0083】
この親水化基材を、例えば、水溶性電解質の残留が懸念される血管カテーテルといった生体内で使用される医療器具に応用した場合、水溶性電解質を多く含む血液乃至体液に触れても基材と吸着、反応、又は結合した遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩は洗い流されないため、親水性は長期間維持される。
【0084】
この親水性改質基材は、前記の通り、スルホベタイン高分子電解質塩水溶液の調製工程、基材の乾式表面活性化処理工程、親水化処理工程、及び洗浄工程を経ることによって、作製される。
【0085】
この親水性改質基材は、基材表面が親水化されているので、防汚性、生体適合性、抗血栓性、たんぱく質非吸着性が付与されるので、血管カテーテルなどの医療器具や、細胞培養容器、マイクロ流路チップ、マイクロリアクターなどに用いられる。
【0086】
また、この親水性改質基材は、基材表面が親水化されることによって防曇性が付与されるので、例えば、自動車用の窓ガラス、眼鏡のレンズ、各種光学部材などに用いられる。
【実施例0087】
以下、本発明を適用するための合成例、調製例並びにそれらに引き続く実施例、及び本発明を適用外の比較例について詳細に説明する。
【0088】
(合成例:スルホベタイン高分子[化学式(5)]の合成)
(1)メタクリルアミドプロピルスルホベタインの合成
【化8】
三口フラスコ(300mL)にジメチルアミノプロピルメタクリルアミド1.70g(10mmol)と脱水アセトン120mLを入れ、室温で撹拌した。1,3-プロパンサルトン1.83g(15mmol)の脱水アセトン溶液20mLを滴下し、室温で48時間撹拌した。アセトンを留去し、得られた固体にアセトン20mLを加えて洗浄した。得られた固体をメタノールに溶かし、ヒドロキノンを加えて溶媒を留去し、固体を取り出して減圧乾燥したところ、収率98%で無色固体のメタクリルアミドプロピルスルホベタインが得られた。m/z:293(M+H)であり、その構造が支持された。
(2)スルホベタイン高分子[化学式(5)]への重合
【化9】
ナスフラスコ(25mL)にメタクリルアミドプロピルスルホベタイン1.46g(5mmol)、過硫酸アンモニウム11.4mg、水5mLを入れ、アルミホイルで蓋をして均一溶液にした。50℃のオイルバスにナスフラスコを48時間浸けて重合させた。反応後に水5mLを加えて撹拌し、溶液をメタノール200mLに注いだ。生成した沈殿物を濾過し、メタノールで洗浄し、減圧乾燥したところ、白色固体のスルホベタイン高分子[化学式(5)]が、収率92%で得られた。ゲル浸透クロマトグラフィー(Shodex OHpak SB-802.5 HQとSB-806M HQ;何れも昭和電工株式会社製)で測定したところポリスチレン換算で重量平均分子量94000であり、その構造が支持された。
【0089】
(調製例1)
合成例で得られたスルホベタイン高分子を用いて、スルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を調製した。先ず、イオン交換水100gに0.9gの塩化ナトリウムを溶解させることによって、0.9w/w%塩化ナトリウム水溶液を調製した。この0.9w/w%塩化ナトリウム水溶液10mLに合成例で得られたスルホベタイン高分子0.01gを添加することにより、前記スルホベタイン高分子が0.1w/w%溶解したスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を調製した。
【0090】
(調製例2~5)
調製例1で調製した0.9w/w%塩化ナトリウム水溶液を分取、希釈することにより、0.3、0.1、0.05、及び0.01w/w%塩化ナトリウム水溶液をそれぞれ10mLずつ調製した。これら塩化ナトリウム水溶液を用いたこと以外は、調製例1と同様にして、種々のスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を調製した。
【0091】
(調製比較例1)
25℃のイオン交換水10mLに合成例で得られたスルホベタイン高分子0.01gを添加することにより、0.1w/w%スルホベタイン高分子水溶液を調製した。
【0092】
(スルホベタイン高分子の溶解性評価)
得られたスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液及びスルホベタイン高分子水溶液に含まれる遊離のスルホベタイン高分子の粒子径を測定することによってスルホベタイン高分子の溶解性を評価した。調製例1~5のスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液及び調製比較例1のスルホベタイン高分子水溶液をそれぞれ1.5mLずつガラスキュベットに秤量し、粒子径測定装置(Malvern Panalytical社製:Zetasizer Nano-ZS)を用いてそれぞれの水溶液内の粒子径を動的光散乱法によって1サンプルにつき3回測定し、その平均粒子径と標準偏差を求めた。なお、測定は25℃の温度条件下で行い、測定前に30秒間の温度の平衡時間を設けた。また、調製比較例1で得られたスルホベタイン高分子の水溶液については、25℃の他、35℃、45℃、55℃の温度条件下でも同様の方法で測定し、その平均粒子径と標準偏差を求めた。その結果を表1及び表2に示した。
【0093】
【表1】
【0094】
【表2】
【0095】
表1から明らかな通り、調製例3の水溶液は調製例4及び調製例5のものと比べて遊離のスルホベタイン高分子の粒子径が大きく減少し、調製例1及び調製例2の水溶液の平均粒子径が約40nmであった。また、調製例4及び調製例5の懸濁液の平均粒子径は表2から明らかとなった調製比較例1の25℃条件における粒子径と同程度であった。このことから、水溶性電解質である塩化ナトリウムの濃度が0.05w/w%を超えて0.1w/w%でスルホベタイン高分子が大きく溶解し、塩化ナトリウムの濃度が0.1~0.3w/w%でスルホベタイン高分子の粒子径は一定の値に収束した。このように、遊離のスルホベタイン高分子のほとんどがスルホベタイン高分子電解質塩となって、水溶液中に溶解していることがわかった。
【0096】
表2から明らかな通り、調製比較例1の分散液は測定時の温度が上昇するごとに平均粒子径が減少し、55℃まで加熱すると平均粒子径が30~40nmに収束した。このことから、合成例で合成されたスルホベタイン高分子[化学式(5)]は溶解温度域が55℃程度で、遊離のスルホベタイン高分子が水に溶解していることがわかった。
【0097】
これらの結果から、スルホベタイン高分子を少なくとも0.1w/w%以上の塩化ナトリウム水溶液に溶解させてスルホベタイン高分子電解質塩にすることによって、加熱することなく室温でスルホベタイン高分子をほとんど凝集させることなくほぼ溶解させることができることがわかった。
【0098】
次に、調製例1で調製したスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を用いて親水性改質基材を作製し、親水性改質基材の親水性評価として、水の接触角を測定した。
【0099】
(実施例1)
調製例1で調製したスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を用いて、次のようにして各種基材に親水化処理を行った。先ず基材にシリコーンゴムシート(架橋済みシリコーンゴムシート、厚さ30μm)を用いた。エキシマUV処理機(自社製、ランプは浜松ホトニクス(株)製)を用いて、ワークディスタンス1mm、走査速度1mm/秒、回数1回、積算光量約670mJ/cmの条件で基材をエキシマUV処理するにより、基材の乾式表面改質処理を行った。その基材を、直ちに調製例1で調製したスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液に浸漬し、浸漬したまま20~25℃の室温で10分間静置した後に引き上げることにより、基材の親水化処理を行った。親水化処理後の基材を、生理食塩水に1分間浸漬した後に引き上げ、次いでイオン交換水に1分間浸漬した後に引き上げ、さらに別なイオン交換水に1分間浸漬した後に引き上げることにより、親水化処理後の基材の洗浄を行った。洗浄した基材をエアブローで乾燥させることにより、親水性改質基材を得た。
【0100】
(実施例2~9)
基材に硬質塩化ビニル樹脂シート((株)スタンダードテストピース:硬質PVC(クリア))、軟質塩化ビニル樹脂シート((株)上村製:軟質塩ビシートt0.3mm)、ポリスチレン板(アズワン(株)製:アズノール滅菌シャーレ、レーザー加工して板材とした)、シクロオレフィンポリマーシート(日本ゼオン(株)製:ZF16-188)、ステンレス板(SUS304、ニコラ社製:厚さ20μmの箔)、チタン合金板(64チタン、(株)スタンダードテストピース:品名なし)、アルミナ板(東京硝子器械(株)製:アルミナ角材)、及びガラス板(松波硝子(株)製:硼珪酸カバーグラス18mm角)をそれぞれ用いたこと以外は、実施例1と同様にして、実施例2~9の親水性改質基材を得た。
【0101】
(比較例1)
基材の親水化処理において、調製比較例1に記載の遊離のスルホベタイン高分子水溶液を乾式表面改質処理した基材の浸漬に用いたこと以外は、実施例1と同様にして、親水性改質基材を得た。
【0102】
(比較例2~9)
基材の親水化処理において、調製比較例1に記載の遊離のスルホベタイン高分子水溶液を乾式表面改質処理した基材の浸漬に用いたこと以外は、実施例2~9と同様にして、比較例2~9の親水性改質基材を得た。
【0103】
(比較例10)
エキシマUV処理機(自社製、ランプは浜松ホトニクス(株)製)を用いて、実施例1と同様の条件で基材(実施例1で用いられたシリコーンゴムシート)をエキシマUV処理することにより、乾式表面改質処理基材を得た。
【0104】
(親水性改質基材の親水性評価)
実施例1~9で得られた親水性改質基材の水の接触角を測定し、乾式表面改質処理前の基材の接触角と、その親水性改質基材の作製直後から24時間経過後における接触角とを比較することにより、スルホベタイン高分子電解質塩の水溶液が付される前後における接触角を評価した。また、実施例1~9で得られた親水性改質基材と、比較例1~9で得られた親水性改質基材との作製直後から24時間経過後における接触角を評価し、スルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を付された基材とスルホベタイン高分子の分散液を付された基材との接触角について評価した。さらに、実施例1~9で得られた親水性改質基材及び比較例10で得られた乾式表面改質処理基材について、作製直後及び作製直後から24時間経過後の接触角の変化を評価した。得られた親水性改質基材及び乾式表面改質処理基材の表面に1.0μLのイオン交換水を滴下し、滴下直後から10秒後の液滴の接触角を接触角計(協和界面科学(株)製:Drop master)を用いて1サンプルにランダムで5点測定し、その平均値を求めた。また、ブランクとして、乾式表面改質処理前の基材について前記と同様の方法で接触角の測定をした。結果を表3に示した。なお、接触角が5°未満の場合、正確な計測が困難であるため「<5°」と表記した。
【0105】
【表3】
【0106】
表3から明らかな通り、基材の種類に関係なく実施例1~9で得られた親水性改質基材は、ブランクよりも水の接触角が10°を超えて低減した。このことから、スルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を基材表面に付すことによって、基材の親水性は大きく向上していることが分かった。
【0107】
また、実施例1~9で得られた親水性改質基材と比較例1~9で得られた親水性改質基材との対応する基材同士について、作製直後から24時間経過後における水の接触角を比較したところ、実施例1~9で得られた親水性改質基材は比較例1~9で得られた親水性改質基材よりも水の接触角がいずれも<5°であるか約3°~約17°も低かった。このことから、室温での親水化処理工程において、スルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を用いた場合、遊離のスルホベタイン高分子の懸濁液を用いた場合よりも基材に高い親水性を付与することが可能であり、遊離のスルホベタイン高分子の懸濁液を用いた親水化処理方法と比べて有利であることが分かった。
【0108】
さらに、実施例1~9で得られた親水性改質基材及び比較例10で得られた乾式表面改質処理基材について、作製直後と24時間経過時との接触角の変化を比較したところ、比較例10で得られた親水性改質基材は接触角が経時的に70°を超えて大きく上昇したが、実施例1~9で得られた親水性改質基材はいずれも接触角が経時的に0°~約12°しか低下しなかった。このことから、スルホベタイン高分子電解質塩が吸着、反応又は結合することによって親水化された基材表面は、乾式表面改質処理によって表面官能基が生成された基材表面よりも、経時的な接触角の変化が抑えられ、長く親水性を維持することが分かった。
【0109】
次に、基材をスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液又は遊離のスルホベタイン高分子の分散液に浸漬させる温度の違いによる接触角の変化及び基材への熱の影響を調べるために、低耐熱性材質である軟質塩化ビニルを基材に用いた実施例3及び比較例3について、浸漬させる温度をそれぞれ20℃、40℃、60℃及び80℃にして得られた親水性改質基材の接触角を測定した。結果を表4に示した。
【0110】
【表4】
【0111】
表4から明らかな通り、実施例3で得られた親水性改質基材は20℃から60℃にかけていずれの温度でも比較例3で得られた親水性改質基材よりも接触角の値が7°以上小さかった。また、40℃から60℃にかけての接触角の変化については、比較例3で得られた親水性改質基材は約8°低下したのに対し、実施例3で得られた親水性改質基材は約2°しか低下しなかった。なお、80℃においては、基材である軟質塩化ビニルシートの白濁、変形による劣化が生じたため、実施例3及び比較例3ともに接触角を測定することができなかった。これらのことから、実施例3のようなスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を用いた親水化処理方法では、室温程度の低温で親水化処理をしても基材表面に高い親水性を付与することが可能であり、また遊離のスルホベタイン高分子の懸濁液よりも接触角を低くすることができ、しかも低耐熱性材質の基材に対して熱による劣化を生じることなく高い親水性を付与することが可能であることが分かった。
【0112】
次に改質基材の親水処理後の洗浄による水溶性電解質の塩の除去と基材表面のスルホベタイン高分子の残存を確認するために、実施例1、10~12で得られた親水性改質基材のX線光電子分光測定(以下XPS測定)を実施した。
【0113】
(実施例10)
親水化処理後の基材の洗浄を行わなかったこと以外は、実施例1と同様にして、親水性改質基材を得た。
【0114】
(実施例11)
親水化処理後の基材の洗浄において、生理食塩水への1分間の浸漬を行わず、イオン交換水に1分間浸漬したこと以外は、実施例1と同様にして、親水性改質基材を得た。
【0115】
(実施例12)
親水化処理後の基材の洗浄において、別のイオン交換水で1分間浸漬をしなかったこと以外は、実施例1と同様にして、親水性改質基材を得た。
【0116】
(比較例11)
基材の親水化処理において、調製比較例1に記載の遊離のスルホベタイン高分子水溶液を乾式表面改質処理した基材の浸漬に用いたこと及び55℃で浸漬させたこと以外は、実施例1と同様にして、親水性改質基材を得た。
【0117】
(XPS測定)
得られた親水性改質基材をXPS測定することによって、親水化処理後の改質基材の洗浄による水溶性電解質の塩の除去と基材表面のスルホベタイン高分子の残存を調べた。実施例1、10~12及び比較例11で得られた親水性改質基材を真空乾燥させた後、X線光電子分光装置(サーモフィッシャーサイエンティフィック(株)製:K-Alpha)を用いてXPS測定を行った。基材表面の塩化ナトリウムの残存については、基材の材質であるシリコーンゴム由来のケイ素のピーク面積を1とした時のナトリウムのピーク面積または塩素のピーク面積の比を求めた。基材表面のスルホベタイン高分子の残存については、基材の材質であるシリコーンゴム由来のケイ素のピーク面積を1とした時の窒素のピーク面積または硫黄のピーク面積の比を求めた。結果を表5及び表6に示す。
【0118】
【表5】
【0119】
【表6】
【0120】
表5から明らかな通り、実施例1、実施例11、及び実施例12で得られた親水性改質基材は水溶性電解質である塩化ナトリウム由来のナトリウム及び塩素のピークが検出されず数値が0であったのに対し、実施例10で得られた親水性改質基材はナトリウム及び塩素のピークが検出されたことによって0よりも大きな数値が現れた。このことから、水による洗浄を1回以上行うことによって基材表面に塩化ナトリウムの塩が残存せずに除去され、また、基材に吸着、反応又は結合したスルホベタイン高分子電解質塩が遊離のスルホベタイン高分子に変化していることが分かった。
【0121】
表6から明らかな通り、いずれの親水性改質基材も親水化処理後に生理食塩水及び/又はイオン交換水で洗浄しても、スルホベタイン構造由来の窒素及び硫黄のピークが検出されたことから、基材表面に吸着、反応又は結合した遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩は生理食塩水及び/又はイオン交換水で洗浄をしても基材から除去されずに残存することが示唆された。
【0122】
以上のことから、親水化処理後に生理食塩水及び/又はイオン交換水で親水性改質基材を洗浄することにより、基材表面に残留した水溶性電解質の塩、及び基材表面に吸着、反応、又は結合しなかった過剰の遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩が洗い流されるが、基材表面に吸着、反応、又は結合した遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩は洗い流されず、基材表面の低い接触角を維持したまま余分な残留成分を除去できることが分かった。
【0123】
以上の結果から、本発明の方法によれば、ゴム・樹脂・ガラス・金属・セラミックスのような材質の基材表面に簡便かつ温和な条件で親水性を付与することができ、温度の低下によるスルホベタイン高分子の凝集を抑えつつ、耐熱性の低い材質の基材表面への親水性の付与と基材表面への均一な親水化処理をすることができる親水化処理方法と基材表面の親水性が長時間安定に維持することができる親水性改質基材を提供できることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0124】
本発明の親水化処理方法及び親水性改質基材は、親水性を発現したまま長期間維持を必要とする血管カテーテルなどの医療器具や、細胞培養容器、マイクロ流路チップ、自動車用の窓ガラス、眼鏡のレンズなどに用いられる。