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特開2024-117412基材の親水化処理方法及び親水性改質基材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024117412
(43)【公開日】2024-08-29
(54)【発明の名称】基材の親水化処理方法及び親水性改質基材
(51)【国際特許分類】
   C09K 3/00 20060101AFI20240822BHJP
   C09J 11/06 20060101ALI20240822BHJP
   C09J 201/00 20060101ALI20240822BHJP
   B32B 33/00 20060101ALI20240822BHJP
   C08J 7/00 20060101ALI20240822BHJP
   C23C 26/00 20060101ALI20240822BHJP
【FI】
C09K3/00 R
C09J11/06
C09J201/00
B32B33/00
C08J7/00 A CER
C08J7/00 CEZ
C23C26/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】18
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023023498
(22)【出願日】2023-02-17
(71)【出願人】
【識別番号】595015890
【氏名又は名称】株式会社朝日FR研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002251
【氏名又は名称】弁理士法人眞久特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】三原 将
(72)【発明者】
【氏名】行田 和起
(72)【発明者】
【氏名】吉田 明
【テーマコード(参考)】
4F073
4F100
4J040
4K044
【Fターム(参考)】
4F073AA01
4F073BA04
4F073BA05
4F073BA07
4F073BA08
4F073BA09
4F073BA13
4F073BA15
4F073BA18
4F073BA19
4F073BA23
4F073BA24
4F073BA26
4F073BA27
4F073BA28
4F073BA29
4F073BA32
4F073BA33
4F073BB01
4F073EA11
4F073EA56
4F073EA64
4F073EA65
4F100AA13A
4F100AA19A
4F100AA27A
4F100AB01A
4F100AB02A
4F100AB04A
4F100AB10A
4F100AB12A
4F100AB13A
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4F100AB24A
4F100AB25A
4F100AB40A
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4F100AK64A
4F100AK68A
4F100AL01A
4F100AL09A
4F100AN00A
4F100AN01A
4F100BA03
4F100CB00B
4F100EH46
4F100EH61
4F100EJ53
4F100EJ54
4F100EJ61
4F100EJ85
4F100JA07C
4F100JB05
4J040GA01
4J040GA08
4J040GA14
4J040HD30
4J040HD36
4J040KA23
4J040MA02
4J040MA04
4J040MA05
4J040MA10
4J040MA12
4K044AA01
4K044AB02
4K044BA21
4K044BB01
4K044CA53
(57)【要約】
【課題】スルホベタイン高分子が十分に溶解された状態で且つ温和な条件で速やかに基材表面に親水性を均質に発現させることができる親水化処理方法を提供する。
【解決手段】基材表面に、側鎖及び/又は末端に官能基としてのビニル基及び/又はアミノ基を有するシランカップリング剤から成る分子接着剤を塗布し、前記基材表面に前記分子接着剤を吸着、反応又は結合させる表面処理工程と、水溶性電解質の溶解水溶液に遊離のスルホベタイン高分子の少なくとも一部を溶解させて、スルホベタイン高分子電解質塩を含有する親水性水溶液とする調製工程と、前記分子接着剤を吸着、反応又は結合させた前記基材表面に前記親水性溶液を付し、前記遊離のスルホベタイン高分子及び/又は前記スルホベタイン高分子電解質塩と前記分子接着剤の前記官能基と反応又は結合させて親水性層を形成する親水化工程とを、有することを特徴とする親水化処理方法である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶性電解質の溶解水溶液に遊離のスルホベタイン高分子の少なくとも一部を溶解させて、スルホベタイン高分子電解質塩を含有する親水性水溶液とする調製工程と、
基材表面に、側鎖及び/又は末端に官能基としてのビニル基及び/又はアミノ基を有するシランカップリング剤から成る分子接着剤を塗布し、前記基材表面に前記分子接着剤を吸着、反応又は結合した修飾面に、前記遊離のスルホベタイン高分子及び/又は前記スルホベタイン高分子電解質塩と反応又は結合する官能基を生成する表面処理工程と、
前記修飾面に前記親水性溶液を付し、前記遊離のスルホベタイン高分子及び/又は前記スルホベタイン高分子電解質塩と前記官能基と反応又は結合させて親水性層を形成する親水化工程とを、
有することを特徴とする基材の親水化処理方法。
【請求項2】
前記表面処理工程には、前記分子接着剤として、側鎖及び/又は末端に官能基としてのビニル基を有するシランカップリング剤を用いたとき、前記基材表面に前記シランカップリング剤が吸着、反応又は結合した修飾面に、プラズマ放電処理、コロナ放電処理、紫外線照射処理、エキシマ照射処理、電子線照射処理及び放射線照射処理から選ばれる少なくとも何れかの乾式処理を含むことを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項3】
前記基材表面に、プラズマ放電処理、コロナ放電処理、紫外線照射処理、エキシマ照射処理、電子線照射処理及び放射線照射処理から選ばれる少なくとも何れかの乾式表面改質処理を施し、前記基材表面に前記分子接着剤の官能基と反応又は結合する官能基又は遊離基を生じさせた後に、前記分子接着剤を塗布することを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項4】
前記親水化工程の後に、前記親水性層が形成された前記基材を水洗し、前記基材に付されている前記水溶性電解質及び/又は前記スルホベタイン高分子電解質塩の脱塩工程を有することを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項5】
前記分子接着剤として、側鎖及び/又は末端に官能基としてのビニル基を有するシランカップリング剤と、側鎖及び/又は末端に官能基としてのアミノ基を有するシランカップリング剤とが混合されているものを用い、前記基材表面に前記シランカップリグ剤が吸着、反応又は結合した修飾面に、プラズマ放電処理、コロナ放電処理、紫外線照射処理、エキシマ照射処理、電子線照射処理及び放射線照射処理から選ばれる少なくとも何れかの乾式処理を施すことを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項6】
前記シランカップリング剤が、前記ビニル基及び/又は前記アミノ基の官能基を有し、且つ同一分子内にシラノール基、メトキシ基、エトキシ基、アジド基、イソシアネート基及びエポキシ基からなる官能基のうち少なくとも1種を有するものとすることを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項7】
前記親水化工程において、前記親水性溶液を、前記基材が変色又は変形することのない温度で浸漬、塗布、スプレー、又はコーティングすることによって、前記基材表面に付すことを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項8】
前記親水性溶液を、1~30℃の温度で前記基材に付すことを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項9】
前記基材が、ゴム、樹脂、ガラス、金属及びセラミックスから選ばれる少なくとも何れかで形成されていることを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項10】
前記ゴムがシリコーンゴム、フッ素ゴム、エチレン-プロピレン二元共重合体ゴム、エチレン-プロピレン-ジエン三元共重合体ゴム、ウレタンゴム、アクリルゴム、エチレン酢酸ビニルゴム、クロロスルホン化ポリエチレンゴム、塩素化ポリエチレンゴム、エピクロロヒドリンゴム、多硫化ゴム、ブチルゴム、ブタジエンゴム、スチレンブタジエンゴム、クロロプレンゴム、ニトリルゴム、イソプレンゴム及び天然ゴムから選ばれる何れかであり、前記樹脂がシリコーン樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン樹脂、(メタ)アクリル樹脂、ポリビニルアルコール、ポリアミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタラート、ウレタン樹脂、ポリカーボネート、ナイロン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリ乳酸、スチレン系熱可塑性エラストマー、オレフィン系熱可塑性エラストマー、エステル系熱可塑性エラストマー、アミド系熱可塑性エラストマー、動的架橋型熱可塑性エラストマー、フッ素系熱可塑性エラストマー、ポリフェニレンサルファイド、ポリフェニルサルフォン、シクロオレフィンポリマー、シクロオレフィンコポリマー及びポリオキシメチレンから選ばれる少なくとも何れかであり、前記ガラスが石英ガラス、ホウケイ酸ガラス、及びソーダ石灰ガラスから選ばれる少なくとも何れかであり、前記金属がステンレス、鉄、アルミニウム、チタン、銀、銅、金、コバルト、クロム、モリブデン、ニッケル、タングステン及びプラチナ並びにそれら何れかの合金から選ばれる少なくとも何れかであり、前記セラミックスがアルミナ、ジルコニア、窒化アルミニウム、炭化ケイ素、窒化ケイ素、スタアタイト及びハイドロキシアパタイトから選ばれる少なくとも何れかであることを特徴とする請求項9に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項11】
前記基材が、ウレタンゴム、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ウレタン樹脂、スチレン系熱可塑性エラストマー、オレフィン系熱可塑性エラストマー、エステル系熱可塑性エラストマー、アミド系熱可塑性エラストマー、動的架橋型熱可塑性エラストマー、フッ素系熱可塑性エラストマー及び(メタ)アクリル樹脂から選ばれる少なくとも何れかの低耐熱性材質で形成されていることを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項12】
前記分子接着剤は、水、メタノール、エタノール、ノルマルプロピルアルコール、イソプロピルアルコール、アセトン、エチレングリコール、又はこれらの混合溶媒の何れかに溶解されていることを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項13】
前記水溶性電解質が、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、臭化ナトリウム、臭化カリウム及びヨウ化ナトリウムから選ばれる少なくとも何れかであることを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項14】
前記水溶性電解質を水に対して0.1~26質量%となるように溶解して前記電解質水溶液を調製し、前記遊離のスルホベタイン高分子を電解質水溶液に対して0.01~10質量%となるように溶解して前記親水性溶液を調製することを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項15】
前記遊離のスルホベタイン高分子が、下記化学式(1)
【化1】
(式(1)中、Rは水素原子又はメチル基であり、n1~n2は2~6の数である)、及び/又は、下記化学式(2)
【化2】
(式(2)中、Rは水素原子又はメチル基であり、n3、n5、n6及びn8は2~6の数であり、n4及びn7はいずれも0、又はn4及びn7が1でn4及びn7は1~3の数である)で表されるスルホベタイン基を有する繰返単位のみで構成される重合体、若しくは前記化学式(1)及び/又は(2)で表されるスルホベタイン基を有する繰返単位と、下記化学式(3)
【化3】
(式(3)中、Rは水素原子又はメチル基であり、n9は2~6の数であり、n10は0~1の数であり、Rはアジド基、スルホ基、アルコキシシリル基、及び水酸基から選ばれる何れかの活性官能基である)で表される活性官能化基を有する繰返単位、又は下記化学式(4)
【化4】
(式(4)中、R5は水素原子又はメチル基であり、R6はカルボキシル基、エチレングリコール基又はエチレングリコールオリゴマー、アクリル基及びメタクリル基から選ばれる何れかの官能基である)で表される繰返単位とのランダム共重合体、ブロック共重合体、交互共重合体、若しくはグラフト共重合体であることを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項16】
前記スルホベタイン高分子の平均分子量が、少なくとも30000であることを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項17】
親水化すべき基材の表面が、側鎖及び/又は末端に官能基としてのビニル基及び/又はアミノ基を有するシランカップリング剤から成る分子接着剤の改質処理面に、遊離のスルホベタイン高分子及び/又は水溶性電解質と前記スルホベタイン高分子とのスルホベタイン高分子電解質塩が吸着、反応、又は結合された親水化処理表面であって、前記親水化処理表面が、前記基材の表面よりも水の接触角が少なくとも10°低減して親水性が向上されていることを特徴とする親水性改質基材。
【請求項18】
前記親水化処理表面は、前記水溶性電解質及び/又は前記スルホベタイン高分子電解質塩の脱塩親水化処理表面となっていることを特徴とする請求項17に記載の親水性改質基材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は双性イオン型親水化剤を用いた基材の親水化処理方法及び親水性改質基材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
基材表面に防汚性、防曇性、生体適合性、抗血栓性、たんぱく質非吸着性などを付与するためには、親水化処理することが重要である。親水化処理された基材表面に油脂や皮脂のような非親水性の汚れが付着しても、水洗すれば基材表面と汚れとの間に水が入り込んで汚れが洗い流され、基材表面の防汚性が確保される。また、親水化処理された基材表面に水滴や蒸気が付着した場合、親水性によって低い接触角を示すようになるため、水滴や蒸気は液滴とならず膜状になって、基材表面の防曇性が確保される。さらに、親水化処理された基材表面にタンパク質や生体成分が付着しても、親水性によってこれらタンパク質等の堆積乃至凝固が抑制されるので、吸着されない。生体内で使用されるカテーテルなどの医療機器においては、生体適合性と抗血栓性とが確保されることにより、タンパク質の付着による機器の閉塞を防止する。
【0003】
このような基材表面の親水化処理手段には、乾式処理と湿式処理とがある。乾式処理は、基材表面にプラズマ放電、コロナ放電、紫外線照射、エキシマ照射、電子線照射、放射線照射などの処理を行うことによって、水酸基などの親水性の極性官能基が生成され、簡便且つ短時間で親水化させるというものである。しかし、この極性官能基は活性が高く、化学反応によって速やかに変質、劣化するために長時間親水性を保持し難い。
湿式処理は、親水化剤として親水性基を持つ化合物を、基材表面に吸着、反応又は結合させて親水性を付与するというものである。乾式処理と異なり、適切な親水化剤を選択することによって長時間親水性を保持することが容易である。
【0004】
このような親水化剤には、主に非イオン性親水化剤とイオン性親水化剤がある。非イオン性親水化剤としては、エーテル結合やエステル結合などを持つ化合物、特にポリエチレングリコール鎖を含む化合物が汎用されている。このような非イオン性親水化剤は生体適合性が高いという利点があるが、イオン性親水化剤と比べ静電相互作用が弱く、低い親水性しか発現させない。一方、イオン性親水化剤としては、アミノ基などのカチオン性官能基やスルホ基などのアニオン性官能基を持つ化合物、特にカチオン性とアニオン性の双方を有する双性イオン性官能基を持つ化合物が使用されている。
【0005】
このような双性イオン型親水化剤は、高い生体適合性と高い親水化を併せて持ち、医療機器のコーティングに使用されており、ホスホリルコリン型親水化剤、カルボキシレート型親水化剤、スルホベタイン型親水化剤などがある。双性イオン型親水化剤の中でもスルホベタイン型親水化剤は、スルホベタイン構造を分子内に含む化合物であり、化学的安定性が高く、合成が簡易であるという利点がある。下記非特許文献1に、双性イオン型親水化剤は高分子化することによって安定性を高めることができることが開示されており、下記非特許文献2、特許文献1及び特許文献2に、スルホベタイン型親水化剤は高分子化することによって安定性を高めることが可能であり、高分子化されたホスホリルコリン型親水化剤よりも優れた耐久性を示すことが開示されている。
【0006】
また、非特許文献3に、スルホベタイン高分子は温度応答性を有することが開示されており、高温で溶解する上限臨界溶液温度(Upper Critical Solution Temperature, UCST)を有している。このことから、スルホベタイン高分子は室温の水に不溶であり、スルホベタイン高分子を水に溶解するには、非特許文献3に記載されているようにUCST以上の加熱が必要である。
【0007】
しかし、基材表面に均質な親水化処理を施すべく、スルホベタイン高分子が溶解するUCST以上に加熱した加熱水溶液を使用した場合、耐熱性の低い材質の基材表面へ適用すると基材劣化を誘発するおそれがあり、親水性改質基材の量産性向上を図るべく、噴霧によるスプレーコートや回転によるスピンコートなどの塗工手法を採用したとき、塗工中に噴霧や回転時の放熱により加熱溶液の温度低下によって析出したスルホベタイン高分子粒子の凝集等が生じて、均質な塗工が行えないというおそれがある。
【0008】
一方、特許文献1,2には、コロナ放電処理等の乾式処理とシランカップリング剤処理等の湿式処理とを施した基材表面にスルホベタイン高分子を付することが提案され、乾式処理を施した基材表面にスルホベタイン高分子水溶液を室温で塗布することが記載されている。
【0009】
しかしながら、本発明者等の検討によれば、室温のスルホベタイン高分子水溶液を用いることにより、耐熱性の低い材質の基材の熱劣化を防止できるものの、水溶液中にスルホベタイン高分子の微粒子が分散・凝集されており、スルホベタイン高分子水溶液を塗布した基材表面が粗面となり易いことが判明した。また、スルホベタイン高分子の微粒子が分散・凝集されている溶液を噴霧やスピンコートに用いると、噴霧ノズル等に閉塞が発生するおそれがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2021-161208号公報
【特許文献2】特開2021-158968号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】K. Ishihara, et al., “Preparation of phospholipid polymers and their properties as polymer hydrogel membranes”, Polym. J., 1990, 22(5), 355-360.
【非特許文献2】M. Tanaka, et al., “Synthesis and structures of zwitterionic polymers to induce electrostatic interaction with PDMS surface treated by air-plasma”, Arkivoc., 2018, 330-343.
【非特許文献3】N. Morimoto, et al., “The design of sulfobetaine polymers with thermoresponsiveness under physiological salt conditions”, Macromol. Chem. Phys., 2020, 221, 1900429.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は前記の課題を解決するためになされたもので、スルホベタイン高分子が十分に溶解された状態で且つ温和な条件で速やかに基材表面に親水性を均質に発現させることができる親水化処理方法と、基材表面の水との接触角を十分に低く安定に長期間維持することができる親水性改質基材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記の目的を達成するためになされた基材の親水化処理方法は、水溶性電解質の溶解水溶液に遊離のスルホベタイン高分子の少なくとも一部を溶解させて、スルホベタイン高分子電解質塩を含有する親水性水溶液とする調製工程と、基材表面に、側鎖及び/又は末端に官能基としてのビニル基及び/又はアミノ基を有するシランカップリング剤から成る分子接着剤を塗布し、前記基材表面に前記分子接着剤を吸着、反応又は結合した修飾面に、前記遊離のスルホベタイン高分子及び/又は前記スルホベタイン高分子電解質塩と反応又は結合する官能基を生成する表面処理工程と、前記修飾面に前記親水性溶液を付し、前記遊離のスルホベタイン高分子及び/又は前記スルホベタイン高分子電解質塩と前記官能基と反応又は結合させて親水性層を形成する親水化工程とを、有することを特徴とするものである。
【0014】
前記表面処理には、前記分子接着剤として、側鎖及び/又は末端に官能基としてのビニル基を有するシランカップリング剤を用いたとき、前記基材表面に前記シランカップリング剤が吸着、反応又は結合した修飾面に、プラズマ放電処理、コロナ放電処理、紫外線照射処理、エキシマ照射処理、電子線照射処理及び放射線照射処理から選ばれる少なくとも何れかの乾式処理を含むことにより、側鎖及び/又は末端に官能基としてのビニル基を有するシランカップリング剤で修飾された基材の修飾面に、遊離のスルホベタイン高分子及び/又は前記スルホベタイン高分子電解質塩と反応又は結合する官能基を多数生成できる。
【0015】
前記基材表面に、プラズマ放電処理、コロナ放電処理、紫外線照射処理、エキシマ照射処理、電子線照射処理及び放射線照射処理から選ばれる少なくとも何れかの乾式表面改質処理を施し、前記基材表面に前記分子接着剤の官能基と反応又は結合する官能基又は遊離基を生じさせた後に、前記分子接着剤を塗布することにより、基材表面と分子接着剤とを強固に結合させることができる。
【0016】
前記親水化工程の後に、前記親水性層が形成された前記基材を水洗し、前記基材に付されている前記水溶性電解質及び/又は前記スルホベタイン高分子電解質塩の脱塩工程を有することにより、親水性層から電解質成分を十分に除去でき、親水化した基材の使用中に親水性層から電解質成分が溶出ことを防止できるから、親水化処理した基材を電解質成分の溶出を嫌う分野の器具等にも適用できる。
【0017】
前記分子接着剤として、側鎖及び/又は末端に官能基としてのビニル基を有するシランカップリング剤と、側鎖及び/又は末端に官能基としてのアミノ基を有するシランカップリング剤とが混合されているものを用い、前記基材表面に前記シランカップリグ剤が吸着、反応又は結合した修飾面に、プラズマ放電処理、コロナ放電処理、紫外線照射処理、エキシマ照射処理、電子線照射処理及び放射線照射処理から選ばれる少なくとも何れかの乾式処理を施すことにより、多種の基材に十分な親水性を付与できる。
【0018】
前記シランカップリング剤が、前記ビニル基及び/又は前記アミノ基の官能基を有し、且つ同一分子内にシラノール基、メトキシ基、エトキシ基、アジド基、イソシアネート基及びエポキシ基からなる官能基のうち少なくとも1種を有するものとすることが好ましい。
【0019】
前記親水化工程において、前記親水性溶液を、前記基材が変色又は変形することのない温度で浸漬、塗布、スプレー、又はコーティングすることによって、前記基材表面に付すことにより、親水化工程での基材の熱劣化を防止できる。
【0020】
前記親水性溶液を、1~30℃温度で前記基材に付すことにより、低耐熱性の基材にも親水性を付与できる。
【0021】
前記基材が、ゴム、樹脂、ガラス、金属及びセラミックスから選ばれる少なくとも何れかで形成されていることが好ましい。
【0022】
前記ゴムがシリコーンゴム、フッ素ゴム、エチレン-プロピレン二元共重合体ゴム、エチレン-プロピレン-ジエン三元共重合体ゴム、ウレタンゴム、アクリルゴム、エチレン酢酸ビニルゴム、クロロスルホン化ポリエチレンゴム、塩素化ポリエチレンゴム、エピクロロヒドリンゴム、多硫化ゴム、ブチルゴム、ブタジエンゴム、スチレンブタジエンゴム、クロロプレンゴム、ニトリルゴム、イソプレンゴム及び天然ゴムから選ばれる何れかであり、前記樹脂がシリコーン樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン樹脂、(メタ)アクリル樹脂、ポリビニルアルコール、ポリアミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタラート、ウレタン樹脂、ポリカーボネート、ナイロン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリ乳酸、スチレン系熱可塑性エラストマー、オレフィン系熱可塑性エラストマー、エステル系熱可塑性エラストマー、アミド系熱可塑性エラストマー、動的架橋型熱可塑性エラストマー、フッ素系熱可塑性エラストマー、ポリフェニレンサルファイド、ポリフェニルサルフォン、シクロオレフィンポリマー、シクロオレフィンコポリマー及びポリオキシメチレンから選ばれる少なくとも何れかであり、前記ガラスが石英ガラス、ホウケイ酸ガラス、及びソーダ石灰ガラスから選ばれる少なくとも何れかであり、前記金属がステンレス、鉄、アルミニウム、チタン、銀、銅、金、コバルト、クロム、モリブデン、ニッケル、タングステン及びプラチナ並びにそれら何れかの合金から選ばれる少なくとも何れかであり、前記セラミックスがアルミナ、ジルコニア、窒化アルミニウム、炭化ケイ素、窒化ケイ素、スタアタイト及びハイドロキシアパタイトから選ばれる少なくとも何れかであることが好ましい。
【0023】
前記基材が、ウレタンゴム、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ウレタン樹脂、スチレン系熱可塑性エラストマー、オレフィン系熱可塑性エラストマー、エステル系熱可塑性エラストマー、アミド系熱可塑性エラストマー、動的架橋型熱可塑性エラストマー、フッ素系熱可塑性エラストマー及び(メタ)アクリル樹脂から選ばれる少なくとも何れかの低耐熱性材質で形成されていても、良好な親水性を付与できる。
【0024】
前記分子接着剤は、水、メタノール、エタノール、ノルマルプロピルアルコール、イソプロピルアルコール、アセトン、エチレングリコール、又はこれらの混合溶媒の何れかに溶解されていることが好ましい。
【0025】
前記水溶性電解質が、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、臭化ナトリウム、臭化カリウム及びヨウ化ナトリウムから選ばれる少なくとも何れかであることが、簡単に水に溶けて電解質水溶液を得ることができる。
【0026】
前記水溶性電解質を水に対して0.1~26質量%となるように溶解して前記電解質水溶液を調製し、前記遊離のスルホベタイン高分子を電解質水溶液に対して0.01~10質量%となるように溶解して前記電解質含有親水性溶液を調製することにより、基材に十分な親水性を付与できる。
【0027】
前記遊離のスルホベタイン高分子が、下記化学式(1)
【化1】
(式(1)中、Rは水素原子又はメチル基であり、n1~n2は2~6の数である)、及び/又は、下記化学式(2)
【化2】
(式(2)中、Rは水素原子又はメチル基であり、n3、n5、n6及びn8は2~6の数であり、n4及びn7はいずれも0、又はn4及びn7が1でn4及びn7は1~3の数である)で表されるスルホベタイン基を有する繰返単位のみで構成される重合体、若しくは前記化学式(1)及び/又は(2)で表されるスルホベタイン基を有する繰返単位と、下記化学式(3)
【化3】
(式(3)中、Rは水素原子又はメチル基であり、n9は2~6の数であり、n10は0~1の数であり、Rはアジド基、スルホ基、アルコキシシリル基、及び水酸基から選ばれる何れかの活性官能基である)で表される活性官能化基を有する繰返単位、又は下記化学式(4)
【化4】
(式(4)中、R5は水素原子又はメチル基であり、R6はカルボキシル基、エチレングリコール基又はエチレングリコールオリゴマー、アクリル基及びメタクリル基から選ばれる何れかの官能基である)で表される繰返単位とのランダム共重合体、ブロック共重合体、交互共重合体、若しくはグラフト共重合体であることが好ましい。
【0028】
前記スルホベタイン高分子の平均分子量が、少なくとも30,000であることが、基材に十分な親水性を付与できる。
【0029】
前記の目的を達成するためになされた親水性改質基材は、親水化すべき基材の表面が、側鎖及び/又は末端に官能基としてのビニル基又はアミノ基を有するシランカップリング剤の改質処理面に、遊離のスルホベタイン高分子及び/又は水溶性電解質と前記スルホベタイン高分子とのスルホベタイン高分子電解質塩が吸着、反応、又は結合された親水化処理表面であって、前記親水化処理表面が、前記基材の表面よりも水の接触角が少なくとも10°低減して親水性が向上されていることを特徴とするものである。
【0030】
前記親水化処理表面は、前記水溶性電解質及び/又は前記スルホベタイン高分子電解質塩の脱塩親水化処理表面となっていることにより、過剰の水溶性電解質塩や基材に吸着、反応又は結合していない遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩が除去でき、親水化した基材の使用中に電解質等が溶出することを防止でき、親水性改質基材を電解質等の溶出を嫌う分野の器具等にも適用できる。
【発明の効果】
【0031】
本発明の親水化処理方法は、処理対象基材に対し予め側鎖及び/又は末端に官能基としてのビニル基及び/又はアミノ基を有するシランカップリング剤から成る分子接着剤を用いた表面処理を行うことにより、その後のスルホベタイン型高分子を用いた親水化処理での効果を改善できる。つまり、官能基としてのアミノ基を有するシランカップリング剤により基材を表面修飾することにより、基材の修飾面に確実にシランカップリング剤由来のアミノ基(或いはシラノール基を有するシランカップリング剤を用いた場合、シラノール基)を生じさせることができる。塗布された親水性水溶液中の遊離のスルホベタイン型高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩を構成するスルホン酸基及び4級アンモニウム基のうち、スルホン酸基は基材の修飾面のアミノ基と吸着、反応又は結合し、4級アンモニウム基は基材表面由来の水酸基、カルボニル基、カルボン酸基(或いはシラノール基を有するシランカップリング剤を用いた場合、シラノール基)と吸着、反応又は結合する。また、官能基としてのビニル基を有するシランカップリング剤により基材を表面修飾することにより、基材の修飾面に確実にシランカップリング剤由来のビニル基の官能基を生じさせることができる。このビニル基は、例えばエキシマ照射処理等の乾式処理により、酸化されて水酸基、カルボニル基、カルボン酸基を生成することができ、基材表面由来の水酸基、カルボニル基、カルボン酸基と相俟って遊離のスルホベタイン型高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩を構成する4級アンモニウム基と吸着、反応又は結合する。このようにして、遊離のスルホベタイン型高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩は、基材の修飾面に強固な親水性層を形成できる。
【0032】
更に、水溶性電解質の溶解水溶液にスルホベタイン高分子を溶解することにより、UCSTの低いスルホベタイン高分子電解質塩を含有する親水性溶液とすることができ、遊離のスルホベタイン型高分子等の凝集物による凹凸が生じ難くなり、基材表面の平滑性を保持して親水化処理を簡単に行うことができる。
【0033】
また、スルホベタイン高分子電解質塩の含有の親水性溶液を、非加熱下の温和な条件で効率的に基材表面を平滑状態に保持して簡単に親水化することができる場合もあり、この場合、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン等の比較的耐熱性の低い材質でも劣化させることなく、基材表面の親水化処理が可能となる。更に、室温でスルホベタイン高分子を水溶性電解質の溶解水溶液に溶解することができた親水性溶液の場合は、スルホベタイン高分子の析出や凝集が抑制されるため、浸漬のみならずスプレーコートやスピンコートなどの方法を採用して基材に親水性を付与できる。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明を実施するための形態を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの形態に限定されるものではない。
【0035】
本発明の親水化処理方法は、基材表面に、側鎖及び/又は末端に官能基としてのビニル基及び/又はアミノ基を有するシランカップリング剤から成る分子接着剤を塗布し、基材表面に分子接着剤を吸着、反応又は結合し、且つ水溶性電解質の溶解水溶液に遊離のスルホベタイン高分子の少なくとも一部を溶解させて、スルホベタイン高分子電解質塩を含有する親水性水溶液とした後、分子接着剤を吸着、反応又は結合させた前記基材表面に前記親水性溶液を付すことにより、遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩は、そのスルホン酸基及び4級アンモニウム基のうち、スルホン酸基は基材の修飾面のアミノ基と吸着、反応又は結合し、4級アンモニウム基は基材表面由来及び修飾面のビニル基に例えばエキシマ照射処理等の乾式処理を施すことにより生じた水酸基、カルボニル基、カルボン酸基と吸着、反応又は結合し堆積して親水層を形成する。
尚、シラノール基を有するシランカップリング剤を用いて基材を修飾した場合、遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩の4級アンモニウム基は、基材の修飾面のシラノール基と吸着、反応又は結合することもある。
【0036】
本発明で用いる基材としては、ゴム、樹脂、ガラス、金属及びセラミックスから選ばれる少なくとも何れかで形成されているものを用いることができる。具体的には、ゴムとしては、シリコーンゴム、フッ素ゴム、エチレン-プロピレン二元共重合体ゴム、エチレン-プロピレン-ジエン三元共重合体ゴム、ウレタンゴム、アクリルゴム、エチレン酢酸ビニルゴム、クロロスルホン化ポリエチレンゴム、塩素化ポリエチレンゴム、エピクロロヒドリンゴム、多硫化ゴム、ブチルゴム、ブタジエンゴム、スチレンブタジエンゴム、クロロプレンゴム、ニトリルゴム、イソプレンゴム及び天然ゴムを挙げることができる。樹脂としては、シリコーン樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン樹脂、(メタ)アクリル樹脂、ポリビニルアルコール、ポリアミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタラート、ウレタン樹脂、ポリカーボネート、ナイロン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリ乳酸、スチレン系熱可塑性エラストマー、オレフィン系熱可塑性エラストマー、エステル系熱可塑性エラストマー、アミド系熱可塑性エラストマー、動的架橋型熱可塑性エラストマー、フッ素系熱可塑性エラストマー、ポリフェニレンサルファイド、ポリフェニルサルフォン、シクロオレフィンポリマー、シクロオレフィンコポリマー、ポリオキシメチレンを挙げることができる。ガラスとしては、石英ガラス、ホウケイ酸ガラス、ソーダ石灰ガラスを挙げることができる。金属としては、ステンレス、鉄、アルミニウム、チタン、銀、銅、金、コバルト、クロム、モリブデン、ニッケル、タングステン及びプラチナ並びにそれら何れかの合金を挙げることができる。セラミックスとしては、アルミナ、ジルコニア、窒化アルミニウム、炭化ケイ素、窒化ケイ素、スタアタイト、ハイドロキシアパタイトを挙げることができる。
【0037】
本発明の親水化処理方法によれば、ウレタンゴム、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ウレタン樹脂、スチレン系熱可塑性エラストマー、オレフィン系熱可塑性エラストマー、エステル系熱可塑性エラストマー、アミド系熱可塑性エラストマー、動的架橋型熱可塑性エラストマー、フッ素系熱可塑性エラストマー、(メタ)アクリル樹脂のようなシリコーンゴムよりも耐熱性の低い樹脂から成る低耐熱性基材にも十分な親水性を付与できる。
【0038】
このような基材に塗布する分子接着剤としてのシランカップリング剤は、側鎖及び/又は末端に官能基としてのビニル基及び/又はアミノ基を有するものである。このシランカップリング剤によれば、基材表面にビニル基及び/又はアミノ基等の官能基を生じさせることができる。
【0039】
側鎖又は末端に官能基としてのビニル基を有するシランカップリング剤としては、ビニルトリメトキシシラン(KBM-1003)、7-オクテニルトリメトキシシラン(KBE-1083)、ビニルトリエトキシシラン(KBE-1003)(以上、何れも信越シリコーン株式会社製;商品名)、ビニルメチルジメトキシシラン(SIV9086.0)、2-(ジビニルメチルシリル)エチルトリエトキシシラン(SID4610.3)、3-(N-スチリルメチル-2-アミノエチルアミノ)プロピルトリメトキシシラン(SIS6993.0)、p-スチリルトリメトキシシラン(SIS6994.6)、ビニルメチルジメトキシシラン(SIV9086.1)、アリルトリエトキシシラン(SIA0525.0)、アリルトリメトキシシラン(SIA0540.0)、アリルメチルジメトキシシラン(SIA0485.0)(以上、何れもGelest社製;商品名)を挙げることができる。
【0040】
側鎖及び末端に官能基としての複数のビニル基を有するシランカップリング剤としては、複数ビニル基含有アルコキシシロキサン(アズマックス株式会社製VMM-010;商品名)、ビニルトリエトキシシランオリゴマー(SIV9112.2), ビニルトリメトキシシランオリゴマー(SIV9220.2), ビニルトリエトキシシラン-プロピルトリエトキシシランオリゴマー共重合体(SIV9112.3),両末端シラノール (ビニルメチルシロキサン)-(ジメチルシロキサン)共重合体(VDS-1013) (以上、何れもGelest社製;商品名)を挙げることができる。
【0041】
側鎖及び/又は末端に官能基としてのアミノ基を有するシランカップリング剤としては、3-(2-アミノエチル)アミノプロピルトリメトキシシラン(ダウ・東レ株式会社製OFS-6020;商品名)、(アミノエチルアミノメチル)フェネチルトリメトキシシラン(SIA0588.0)、 1-[3-(2-アミノエチル)-3-アミノイソブチル]-1,1,3,3,3-ペンタエトキシ-1,3-ジシラプロパン(SIA0587.6)、 4-アミノ-3,3-ジメチルブチルトリメトキシシラン(SIA0587.07)、 N-(2-アミノエチル)-3-アミノプロピルメチルジエトキシシラン(SIA0588.8)、 N-(2-アミノエチル)-3-アミノプロピルシラントリオール(SIA0590.0), N-(6-アミノヘキシル)アミノプロピルトリメトキシシラン(SIA0594.0)、 N-(2-アミノエチル-11-アミノウンデシルトリメトキシシラン(SIA0595.0)、 N-(2-アミノエチル)-3-アミノプロピルメチルジメトキシシラン(SIA0589.0)、 N-(2-アミノエチル)-3-アミノイソブチルメチルジメトキシシラン(SIA0587.5)、 N-(6-アミノヘキシル)アミノメチルトリエトキシシラン(SIA0592.6)、 N-(2-アミノエチル)-3-アミノプロピルトリエトキシシラン(SIA0590.5)、 (3-トリメトキシシリルプロピル)ジエチレントリアミン(SIT8398.0)、 N-(2-アミノエチル)-3-アミノプロピルトリメトキシシランオリゴマー共重合体(SIA0591.3)、 3-アミノプロピルメチルジエトキシシラン(SIA0605.0)、 4-アミノ-3,3-ジメチルブチルメチルジメトキシシラン(SIA0587.05)、 3-アミノプロピルトリエトキシシラン(SIA0610.0)、 アミノフェニルトリメトキシシラン(SIA0599.2)、 3-アミノプロピルトリメトキシシラン(SIA0611.0)、 11-アミノウンデシルトリエトキシシラン(SIA0630.0)、 4-アミノブチルトリエトキシシラン(SIA0587.0)、 3-(m-アミノフェノキシ)プロピルトリメトキシシラン(SIA0598.0)、 p-アミノフェニルトリメトキシシラン(SIA0599.1)、 m-アミノフェニルトリメトキシシラン(SIA0599.0) (以上、何れもGelest社製;商品名)、KBM-6803、 X-12-972F、 KBM-602、 KBM-603(以上、 いずれも信越化学工業株式会社製;商品名)を挙げることができる。
尚、本発明で用いるシランカップリング剤としては、一分子中にビニル基及びアミノ基を有すものであってもよい。
【0042】
上述したシランカップリング剤から成る分子接着剤を基材に塗布することにより、シランカップリング剤の官能基と基材表面の官能基とが吸着、反応又は結合して、基材表面がシランカップリング剤により修飾され、基材の修飾面にシランカップリング剤由来のビニル基及び/又はアミノ基(或いはシラノール基を有するシランカップリング剤を用いた場合、シラノール基)を生じさせることができる。その後、後述するように水溶性電解質の溶解水溶液に遊離のスルホベタイン高分子の少なくとも一部を溶解させて、スルホベタイン高分子電解質塩を含有する親水性水溶液を塗布することにより、遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩は、そのスルホン酸基及び4級アンモニウム基のうち、スルホン酸基は基材の修飾面のアミノ基と吸着、反応又は結合し、4級アンモニウム基は基材表面由来及び修飾面のビニル基に例えばエキシマ照射処理等の乾式処理を施すことにより生じた水酸基、カルボニル基、カルボン酸基(或いはシラノール基を有するシランカップリング剤を用いた場合、シラノール基)と吸着、反応又は結合し堆積して親水層を形成でき、基材を親水化できる。
【0043】
このように基材に親水性を付与したとき、所定の親水性を付与できるものの、基材の種類間で付与される親水性の程度にバラツキが生じることがある。例えば、ステンレスやチタン等の金属基材では、側鎖及び/又は末端に官能基としてのビニル基を有するシランカップリング剤(ビニル基含有シランカップリング剤)を用いた場合、側鎖及び/又は末端に官能基としてのアミノ基を有するシランカップリング剤(アミノ基含有シランカップリング剤)を用いた場合よりも、親水化処理された基材は良好な親水性を示す。一方、ポリスチレン樹脂やシクロオレフィン樹脂等の樹脂基材では、アミノ基含有シランカップリング剤を用いた場合、ビニル基含有シランカップリング剤を用いた場合よりも、親水化処理された基材は良好な親水性を示す。また、シリコーン樹脂やガラス等の基材では、ビニル基含有シランカップリング剤とアミノ基含有シランカップリング剤との何れを用いても、親水化処理された基材は良好な親水性を示す。
このため、種々の基材に十分な親水性を付与するには、分子接着剤として、ビニル基含有シランカップリング剤と、アミノ基含有シランカップリング剤とを混合した分子接着剤を使用し、基材表面に分子接着剤が吸着、反応又は結合した修飾面に、プラズマ放電処理、コロナ放電処理、紫外線照射処理、エキシマ照射処理、電子線照射処理及び放射線照射処理から選ばれる少なくとも何れかの乾式処理を施すことにより、多種類の基材に満足し得る親水性を付与できる。基材の修飾面に、スルホベタイン高分子電解質塩のスルホン酸基と4級アンモニウム基とのうち、スルホン酸基と吸着、反応又は結合するアミノ基及び/又は4級アンモニウム基と吸着、反応又は結合する、基材表面由来の水酸基、カルボニル基、カルボン酸基(或いはシラノール基)に加えて、乾式処理により修飾面のビニル基が酸化されて水酸基、カルボニル基、カルボン酸基を生じさせることができるからと推察される。このビニル基含有シランカップリング剤とアミノ基含有シランカップリング剤との混合比率は、塗布する基材の材質によって異なるが、ビニル基含有シランカップリング剤:アミノ基含有シランカップリング剤が重量比で0.1:1.0~1.0:0.1とすることが好ましい。尚、この乾式処理は、プラズマ放電処理、コロナ放電処理、紫外線照射処理及びエキシマ照射処理から選ばれる少なくとも何れかであることが好ましい。
【0044】
上記したシランカップリング剤としては、ビニル基及び/又は前記アミノ基の官能基を有し、且つ同一分子内にシラノール基、メトキシ基、エトキシ基、アジド基、イソシアネート基及びエポキシ基からなる官能基のうち少なくとも1種を有するものが好ましい。このように同一分子中にビニル基及び/又は前記アミノ基の官能基に加えてシラノール基、メトキシ基、エトキシ基、アジド基、イソシアネート基或いはエポキシ基を有することにより、シランカップリング剤の基材への吸着及び化学結合の形成が期待され、シランカップリング剤層の耐水性や耐アルコール性の向上が期待できる。このようなシランカップリング剤としては、例えば複数ビニル基含有アルコキシシロキサンや3-(2-アミノエチル)アミノプロピルトリメトキシシランが挙げられる。
【0045】
上述したシランカップリング剤から成る分子接着剤を塗布する基材表面には、予めプラズマ放電処理、コロナ放電処理、紫外線照射処理、エキシマ照射処理、電子線照射処理及び放射線照射処理から選ばれる少なくとも何れかの乾式表面改質処理を施すことが好ましい。このような乾式表面改質処理によれば、処理過程で発生した高エネルギーによって基材表面の一部の原子乃至分子の結合が切断され、又は発生したオゾンと基材表面とが酸化反応することによって、元来有するものの他、水酸基、カルボキシル基、カルボニル基のような官能基や遊離基が生成し、塗布された分子接着剤のシランカップリング剤のシラノール基、メトキシ基、エトキシ基、アジド基、アミノ基、イソシアネート基及びエポキシ基と吸着、反応又は結合して分子接着剤を基材表面に強固に固定できる。
【0046】
乾式表面改質処理が未処理の基材又は乾式表面改質処理を施した基材には、分子接着剤が溶媒に溶解された状態で塗布される。この溶媒としては、後述する加熱処理において溶媒が残存するリスクを低減すべく、加熱処理で除去できる沸点の溶媒が好ましく、具体的には水、メタノール、エタノール、ノルマルプロピルアルコール、イソプロピルアルコール、アセトン、エチレングリコール、又はこれらの混合溶媒等を挙げることができ、特に水、エタノール、メタノール、アセトン若しくはこれらの混合溶媒等の極性溶媒が好ましく使用される。分子接着剤の溶媒に対する添加量は0.01~10質量%とすること好ましい。このように分子接着剤が溶解された溶液に基材を浸漬することにより、シランカップリング剤が基材表面に塗布する。次いで、シランカップリング剤が表面に塗布した基材を、30~80℃の温度で加熱処理し、溶媒を除去すると共に、シランカップリング剤と基材表面の官能基との化学結合の発生を促進する。更に、加熱処理を施した基材を、シランカップリング剤の溶解に用いた溶媒で洗浄することにより、基材表面に付着した余分なシランカップリング剤を除去できる。余分なシランカップリング剤が残存していると、基材と後述するスルホベタイン型高分子との層間に易溶の分子層が生じ、耐水性、耐溶媒性を著しく損なうおそれがあるからである。
ここで、シランカップリング剤として、側鎖及び/又は末端に官能基としてのアミノ基を有するシランカップリング剤を用いていた場合は必要ないが、側鎖及び/又は末端に官能基としてのビニル基を有するシランカップリング剤を用いた場合、基材表面のシランカップリング剤による修飾面に、再度、プラズマ放電処理、コロナ放電処理、紫外線照射処理、エキシマ照射処理、電子線照射処理及び放射線照射処理から選ばれる少なくとも何れかの乾式処理を施し、修飾面のビニル基を酸化させて水酸基、カルボニル基、カルボン酸基とすることが好ましい。尚、この乾式処理は、プラズマ放電処理、コロナ放電処理、紫外線照射処理及びエキシマ照射処理から選ばれる少なくとも何れかであることが好ましい。
【0047】
このように分子接着剤としてのシランカップリング剤が基材表面の官能基と化学結合された基材の修飾面には、アミノ基及び/又は水酸基、カルボニル基、カルボン酸基が形成されている。このような基材の修飾面に付すスルホベタイン高分子は、化学式(1)及び/又は(2)で表される側鎖にスルホベタイン構造を有する繰返単位のみからなる重合体が挙げられ、具体的には、下記化学式(5)及び(6)
【化5】
(式(5)及び(6)中、m1及びm2はスルホベタイン高分子を形成するための任意の正数、m3及びm4はいずれも0、又はm3及びm4が1でm3及びm4は1~3)で表される単独重合体が挙げられる。
【0048】
スルホベタイン高分子中、繰返単位を繰り返している繰返主鎖は、例えばポリ(メタ)アクリル骨格である。(メタ)アクリルは、アクリルとメタクリルとを包含する。より具体的にはポリ(メタ)アクリル骨格が、ポリ(メタ)アクリルアミド共重合骨格、及び/又は例えばポリ(メタ)アクリル酸エステルのようなポリ(メタ)アクリレート重合骨格である。中でも、ポリ(メタ)アクリルアミド共重合骨格を有するものであることが好ましい。
【0049】
スルホベタイン高分子の側鎖中、スルホベタイン構造と前記繰返主鎖とは、アルキレン鎖(-(CH)n1、n3又はn5-;n1、n3又はn5は2~6の数)、ポリエチレングリコール鎖(-O-(CH-CH-O)n4b-;n4は1~3の数)、エステル結合、アミド結合又はエーテル結合若しくはこれらの組み合わせで結合していることであってもよい。
【0050】
スルホベタイン構造中、アンモニウム基とスルホン酸塩基とは、アルキレン鎖(-(CH)n2、n6又はn8-;n2、n6又はn8は2~6の数)若しくはポリエチレングリコール鎖(-O-(CH-CH-O)n7b-;n7は1~3の数)、またはこれらの組み合わせで結合していることであってもよい。
【0051】
スルホベタイン構造は、アンモニウム基が側鎖中程に、スルホン酸塩基が側鎖末端に位置しているものが好ましいが、スルホン酸塩基が側鎖中程に、アンモニウム基が側鎖末端に位置しているものでもよい。
【0052】
化学式(1)及び/又は化学式(2)で表される、側鎖にスルホベタイン構造を有する繰返単位のみからなる重合体の分子量並びに分子量分布は、特に限定されないが、数平均分子量又は重量平均分子量は30000~600000であることが好ましく、50000~150000であることがより好ましく、50000~100000であることが更に好ましい。
【0053】
化学式(1)で表される側鎖にスルホベタイン構造を有する繰返単位のみからなる単独重合体は、以下のようにして合成される。具体的には、上述した化学式(5)で表される単独重合体を例に説明する。
【0054】
ジメチルアミノプロピルメタクリルアミドにプロパンサルトンを反応させ、化学式(1)で表されるような繰返単位を形成するためのスルホベタイン構造含有モノマーであるメタクリルアミドプロピルスルホベタインを合成する。
【0055】
このスルホベタイン構造含有モノマーを重合させることによって、上述した化学式(5)で表される単独重合体が得られる。
【0056】
このようにして得られた遊離のスルホベタイン高分子は、冷水で凝集、分散し、ほとんど溶けずに懸濁した状態となる。そのため、本発明者等の検討によれば、遊離のスルホベタイン高分子を水に溶解させるためには、室温よりも高いUCST以上の温度で行わなければならず、ほとんど溶解させるのに55℃以上程度の加熱を要することが判明した。
【0057】
このような遊離のスルホベタイン高分子に対し、スルホベタイン高分子電解質塩は、水溶性電解質溶解水溶液中で、スルホベタイン構造と水溶性電解質との間でイオン結合が生じ、分子内スルホベタイン構造がイオン解離し、溶解する。この塩は、遊離のスルホベタイン高分子と比べて低いUCSTを有しており、しかも室温程度の比較的低温でも凝集することなくほとんど溶解する。そのため、非加熱でスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を調製することができる。
【0058】
このスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を調製するには、水溶性電解質を一定の濃度以上になるように水に溶解して調製した電解質水溶液に対して所定の濃度で遊離のスルホベタイン高分子を溶解させることによって、水溶性電解質と遊離のスルホベタイン高分子中のスルホベタイン構造とがイオン結合して、分子内イオン対が解離し、スルホベタイン高分子電解質塩が形成される。スルホベタイン構造と水溶性電解質とが水溶液中でイオン結合することによって、分子内乃至分子間におけるスルホベタイン構造同士のイオン結合による凝集をほとんど生じさせずに水和し、1~30℃のような室温程度の比較的低温であってもスルホベタイン高分子電解質塩はほとんど凝集することなく溶解する。
【0059】
電解質水溶液は、水に対して水溶性電解質を0.1~26質量%になるように添加し溶解して調製されていることが好ましく、より好ましは水溶性電解質が0.1~5質量%に調製されていることがより好ましく、更に水溶性電解質が0.1~0.9質量%に調整されていることが好ましい。水溶性電解質が、水に対して0.1質量%未満の場合、電解質水溶液に遊離のスルホベタイン高分子を十分に溶解できなくなる傾向にあり、水に対して水溶性電解質が26質量%を超える場合、室温で水溶性電解質が析出し易くなる傾向にある。
【0060】
このように調整した水溶性電解質が溶解された電解質水溶液には、電解質水溶液に対してスルホベタイン高分子を0.01~10質量%溶解していることが好ましく、より好ましくは0.05~1質量%、更に好ましくは0.1~0.5である。電解質水溶液に対してスルホベタイン高分子が0.01質量%未満の場合、処理後基材の親水性が不十分となる傾向があり、10質量%を超える場合、スルホベタイン高分子電解質塩の水溶液の粘度が増大し、親水化処理工程でのハンドリングが困難となる傾向がある。
【0061】
水溶性電解質は、酸又は塩基よりも、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、臭化ナトリウム、臭化カリウム、ヨウ化ナトリウムが好ましく、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウムがより好ましい。特に、安価であり且つ生体安全性及び低細胞毒性の観点から、塩化ナトリウム好ましい。
【0062】
水溶性電解質溶解水溶液の水は、特に限定されないが、超純水、イオン交換水、蒸留水又はRO水のような水であることが好ましい。
【0063】
スルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を、シランカップリング剤から成る分子接着剤が塗布された基材に付す温度は、室温程度、例えば1~30℃であることが好ましく、より好ましくは10~25℃であり、更に好ましくは20~25℃である。この水溶液の温度が1℃未満になるとスルホベタイン高分子電解質塩の溶解が不十分となる傾向があり、30℃を超えると耐熱性の低い材質の基材が変形、変色等が惹起され易くなる傾向にある。
【0064】
このようなスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液をシランカップリング剤から成る分子接着剤が塗布された基材に付す手段としては、スルホベタイン高分子電解質塩は室温程度でも凝集しないため、例えばスプレーコートやスピンコートといった室温で行われる塗工工程を採用しても、基材表面に凹凸を生じることなく均質に親水化させることができる。塗工方式として浸漬及び引上げの他に、塗布、スプレー、スクリーン印刷、フレキソ印刷、インクジェット印刷及びグラビア印刷が挙げられるが、特に限定されない。
【0065】
基材表面に付与されて基材表面を修飾するシランカップリング剤の側鎖及び/又は末端に官能基としてのアミノ基と、塗布された水溶液中のスルホベタイン高分子電解質塩のスルホベタイン構造に含まれるスルホン酸塩基とが物理吸着若しくは化学吸着好ましくは化学吸着のような吸着、化学反応のような反応又はイオン結合若しくは共有結合のような結合をすることによって、シランカップリング剤付与前の基材と比べて水の接触角が10°以上低下し、基材表面に高い親水性が付与され、且つ長期間維持できる。
また、同様に、基材表面に付与されて基材表面を修飾するシランカップリング剤の側鎖及び/又は末端に官能基としてのビニル基は、エキシマ照射処理等の乾式処理により水酸基、カルボニル基、カルボン酸基が生成され、基材表面由来の水酸基、カルボニル基、カルボン酸基と相俟って、塗布された水溶液中のスルホベタイン高分子電解質塩のスルホベタイン構造に含まれる4級アンモニウム基と物理吸着若しくは化学吸着好ましくは化学吸着のような吸着、化学反応のような反応又はイオン結合若しくは共有結合のような結合をすることによって、シランカップリング剤付与前の基材と比べて水の接触角が10°以上低下し、基材表面に高い親水性が付与され、且つ長期間維持できる。
このように、親水化すべき基材の表面が、側鎖及び/又は末端に官能基としてのビニル基又はアミノ基を有するシランカップリング剤の改質処理面に、遊離のスルホベタイン高分子及び/又は水溶性電解質とスルホベタイン高分子とのスルホベタイン高分子電解質塩が吸着、反応又は結合された親水化処理表面であって、親水化処理表面が、シランカップリング剤付与前の基材の表面よりも水の接触角が少なくとも10°低減して親水性が向上されている。
【0066】
このスルホベタイン高分子電解質塩は、スルホベタイン構造と水溶性電解質とがイオン結合していることによって、分子内乃至分子間におけるスルホベタイン構造同士のイオン結合をほとんど生じさせず、ほとんど凝集しないで均質に溶解される。そのため、基材表面に固定されたシランカップリング剤から成る分子接着剤にスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を塗布する際の水溶液が室温程度に低くても、スルホベタイン高分子電解質塩の凝集は生じず、凹凸のない平滑な親水化表面が形成される。
【0067】
従って、例えばポリ塩化ビニル、ポリエチレンのようなシリコーンゴムよりも低耐熱性樹脂を材質とする基材を親水化処理する場合、従来の遊離のスルホベタイン高分子水溶液を付す方法では、加熱を要していたため、高温になるにつれ基材の変形、変色などの劣化による品質低下が生じていたところ、スルホベタイン高分子電解質塩水溶液を付す方法では、室温程度の低温で基材表面を親水化することができるため、基材の劣化による品質低下を生じない。
【0068】
このように、基材の親水性付与のためにスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を用いることによって、従来のように遊離のスルホベタイン高分子の水溶液を用いた場合よりも、温和な温度で簡便且つ効率的に基材表面に優れた親水性を付与できる。
【0069】
遊離のスルホベタイン高分子及びスルホベタイン高分子電解質塩のスルホン酸基及び4級アンモニウム基のうち、スルホン酸基は基材の修飾面のアミノ基と吸着、反応又は結合し、4級アンモニウム基は基材表面由来の水酸基、カルボニル基、カルボン酸基及び/又は修飾面のビニル基に施されたエキシマ照射処理等の乾式処理により生成した水酸基、カルボニル基、カルボン酸基(或いはシラノール基)と吸着、反応又は結合しており、スルホベタイン高分子電解質塩と水又は水溶性電解質との間の相互作用よりも強固である。このように基材表面に固定された分子接着剤にスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を付して親水化した後に、例えば生理食塩水、緩衝液、リンゲル液緩衝液、リンゲル液等の洗浄液で洗浄した場合、基材表面の分子接着剤と吸着、反応、又は結合した遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩から成る親水層はほとんど洗い流されず、基材の親水性は安定に維持されている。尚、この洗浄液での洗浄を省略することができる。
【0070】
また、洗浄液を超純水、イオン交換水、蒸留水又はRO水等の水にして水洗することにより、同様に過剰の電解質、基材表面に吸着、反応又は結合せずに残留した遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩を除去することができ、且つスルホベタイン高分子電解質塩を遊離のスルホベタイン高分子に変えることができる。この水洗を上述した生理食塩水等を用いた洗浄の後に施してもよい。尚、この水洗を省略することもできる。
【0071】
このように親水化処理を施した基材を洗浄することにより、基材表面に過剰に付着した水溶性電解質や基材表面のシランカップリング剤による修飾面のアミノ基及び/又は水酸基、カルボニル基、カルボン酸基(或いはシラノール基)と吸着、反応又は結合していない遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩を十分に除去できるから、親水化した基材の使用中に遊離のスルホベタイン高分子、スルホベタイン高分子電解質塩或いは電解質成分等が溶出することを防止できるから、親水化処理した基材を遊離のスルホベタイン高分子、スルホベタイン高分子電解質塩或いは電解質成分等の溶出を嫌う分野、例えば医療器具の分野に用いることができる。特に、水溶性電解質の残留が懸念される血管カテーテルといった生体内で使用される医療器具に応用した場合、水溶性電解質を多く含む血液乃至体液に触れても基材表面に固定されたシランカップリング剤と吸着、反応、又は結合した遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩は洗い流されないため、親水性は長期間維持される。
【0072】
このように親水化された親水性改質基材は、その表面がシランカップリング剤から成る分子接着剤の塗布前よりも水の接触角が少なくとも10°低減して親水性が向上され、且つその親水性が長時間維持できるものであって、防汚性、生体適合性、抗血栓性、たんぱく質非吸着性が付与されるから、血管カテーテルなどの医療器具や、細胞培養容器、マイクロ流路チップ、マイクロリアクターなどに用いられる。また、基材表面が親水化されることによって防曇性が付与されるので、例えば、自動車用の窓ガラス、眼鏡のレンズ、各種光学部材などに用いることができる。
【0073】
以上の説明では遊離のスルホベタイン高分子として、化学式(1)及び/又は(2)で表される側鎖にスルホベタイン構造を有する繰返単位のみからなる重合体について説明してきたが、化学式(1)及び/又は(2)で表される側鎖にスルホベタイン構造を有する繰返単位と、化学式(3)で表されるような側鎖にアジド基、スルホ基、アルコキシシリル基又は水酸基から選ばれる何れか活性官能基を有する繰返単位及び/又は化学式(4)で表されるような側鎖にカルボキシル基のような極性官能基又はカルボキシメチル基、エチレングリコール基又はエチレングリコールオリゴマー、アクリル基及びメタクリル基から選ばれる何れか官能基を有する繰返単位とを有するランダム共重合体、ブロック共重合体、交互共重合体及びグラフト共重合体の少なくとも何れかであってもよい。具体的な共重合体として、下記化学式(7)及び(8)
【化6】
(式(7)及び(8)中、R、R、R10及びR11は水素原子又はメチル基であり、Rはアジド基、スルホ基、アルコキシシリル基、及び水酸基から選ばれる何れかの活性官能基であり、R12はカルボキシル基、カルボキシメチル基、エチレングリコール基又はエチレングリコールオリゴマー、アクリル基及びメタクリル基から選ばれる何れかの官能基であり、m5、m8、m11及びm14はスルホベタイン高分子を形成するための正数、m6、m7、m9、m12及びm13は2~6の数、m10は0~1の数)で表されるものが挙げられる。
【0074】
化学式(7)で表される共重合体について、活性官能基のうち、アジド基は光又は熱により分解しナイトレン基を生成し、基材の表面官能基と反応又は環拡大することで共有結合を形成できる。アルコキシシリル基は基材上の官能基、例えば水酸基と縮合反応することによりシリルエーテル結合である共有結合を生成できる。
【0075】
また、化学式(7)で表される共重合体中の活性官能基を側鎖に有する繰返単位に代えて、側鎖は、フェニル、ナフチルのような炭化水素芳香環基、ピペラジニル、ピレリジニル、ピロゾキジニル、モルフォリニルのような非芳香族複素環基、ピリジル、ピラゾリル、イミダゾリル、トリアゾリル、ピラジニル、トリアゾニルのような芳香族複素環基、メチル、エチル、ビニル、プロピル、イソプロピル、n-ブチル、イソブチル、tert-ブチル、シクロブチル、n-ペンチル、イソペンチル、ネオペンチル、シクロペンチル、n-へキシル、シクロヘキシルのような、若しくはベンジル又はフェネチルのような直鎖状、分岐鎖状及び/又は環状で飽和及び/又は不飽和の炭化水素基、アミド基(-CO-N(R13)-;R13は炭素数1~6のアルキル基又はフェニル基)、エステル基(-CO-O-)から選ばれる何れかの単一スペーサー基、またはそれらの少なくとも何れかを組み合わせた複合スペーサー基が、前記活性官能基を有しているものであってもよい。
【0076】
尚、化学式(1)及び/又は(2)で表される繰返単位と、化学式(3)又は(4)で表される繰返単位とを有する共重合体の分子量並びに分子量分布は、特に限定されないが、数平均分子量又は重量平均分子量は30000~600000であることが好ましく、より好ましくは50000~150000、更に好ましくは50000~100000である。
【0077】
前記化学式(7)及び(8)で表されるスルホベタイン高分子を例にすると、以下のようにして合成される。具体的には、下記化学式(9)及び(10)
【化7】
(式(9)~(10)中、m15~m18はスルホベタイン高分子を形成するための正数)で表される共重合体を例に説明する。
【0078】
4-アミノ安息香酸のアミノ基をジアゾ化後にアジド化し、さらに酸クロライドにしてから、ピぺリジンのアミノ基の一方を保護基で保護したモノ保護ピぺリジンと反応させてアミド化し、その後、保護基を外し、モノ-p-アジ化安息香酸ピペラジンアミドを得る。メタクリル酸クロライドと6-アミノカプロン酸とをアミド化し、さらに前記モノ-p-アジ化安息香酸ピペラジンアミドの遊離アミノ基とアミド化して、化学式(3)で表されるような繰返単位を形成するための活性官能基含有コモノマーを合成する。前記スルホベタイン構造含有モノマーと、前記活性官能基含有モノマーとを、共重合させると、化学式(9)で表される共重合体が得られる。
【0079】
また、化学式(10)で表される共重合体は、前記スルホベタイン構造含有モノマーと、メタクリル酸とを共重合させることによって得られる。
【0080】
以上説明したスルホベタイン構造を有する共重体も、化学式(1)及び/又は(2)で表される側鎖にスルホベタイン構造を有する繰返単位のみからなる重合体と同様に、水溶性電解質の溶解水溶液に溶解した親水性溶液を、シランカップリング剤から成る分子接着剤が塗布された基材に付すことにより、基材に親水性を付与できる。
【実施例0081】
以下、本発明を適用するための合成例、調製例並びにそれらに引き続く実施例、及び本発明を適用外の比較例について詳細に説明する。
【0082】
(合成例:スルホベタイン高分子[化学式(5)]の合成)
(1)メタクリルアミドプロピルスルホベタインの合成
【化8】
三口フラスコ(300mL)にジメチルアミノプロピルメタクリルアミド1.70g(10mmol)と脱水アセトン120mLを入れ、室温で撹拌した。1,3-プロパンサルトン1.83g(15mmol)の脱水アセトン溶液20mLを滴下し、室温で48時間撹拌した。アセトンを留去し、得られた固体にアセトン20mLを加えて洗浄した。得られた固体をメタノールに溶かし、ヒドロキノンを加えて溶媒を留去し、固体を取り出して減圧乾燥したところ、収率98%で無色固体のメタクリルアミドプロピルスルホベタインが得られた。m/z:293(M+H)であり、その構造が支持された。
(2)スルホベタイン高分子[化学式(5)]への重合
【化9】
ナスフラスコ(25mL)にメタクリルアミドプロピルスルホベタイン1.46g(5mmol)、過硫酸アンモニウム11.4mg、水5mLを入れ、アルミホイルで蓋をして均一溶液にした。50℃のオイルバスにナスフラスコを48時間浸けて重合させた。反応後に水5mLを加えて撹拌し、溶液をメタノール200mLに注いだ。生成した沈殿物を濾過し、メタノールで洗浄し、減圧乾燥したところ、白色固体のスルホベタイン高分子[化学式(5)]が、収率92%で得られた。ゲル浸透クロマトグラフィー(Shodex OHpak SB-802.5 HQとSB-806M HQ;何れも昭和電工株式会社製)で測定したところポリスチレン換算で重量平均分子量が94000であり、その構造が支持された。
【0083】
(調製例1)
合成例で得られたスルホベタイン高分子を用いて、スルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を調製した。先ず、イオン交換水100gに0.9gの塩化ナトリウムを溶解させることによって、イオン交換水に対して0.9質量%塩化ナトリウム水溶液を調製した。この0.9質量%塩化ナトリウム水溶液10mLに合成例で得られたスルホベタイン高分子0.01gを添加することにより、塩化ナトリウム水溶液に対するスルホベタイン高分子が0.1質量%溶解したスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を調製した。
【0084】
(調製例2~5)
実施例1で調製した0.9質量%塩化ナトリウム水溶液を分取、希釈することにより、0.3、0.1、0.05、及び0.01質量%塩化ナトリウム水溶液をそれぞれ10mLずつ調製した。これら塩化ナトリウム水溶液を用いたこと以外は、調製例1と同様にして、0.01gのスルホベタイン高分子を添加してスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を調製した。
【0085】
(調製比較例1)
25℃のイオン交換水10mLに合成例で得られたスルホベタイン高分子0.01gを添加することにより、0.1質量%のスルホベタイン高分子水溶液を調製した。
【0086】
(スルホベタイン高分子の溶解性評価)
得られたスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液及びスルホベタイン高分子の含有水溶液に含まれる遊離のスルホベタイン高分子の粒子径を測定することによってスルホベタイン高分子の溶解性を評価した。調製例1~5のスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液及び調製比較例1のスルホベタイン高分子水溶液をそれぞれ1.5mLずつガラスキュベットに秤量し、粒子径測定装置(Malvern Panalytical社製:Zetasizer Nano-ZS)を用いてそれぞれの水溶液内の粒子径を動的光散乱法によって1サンプルにつき3回測定し、その平均粒子径と標準偏差を求めた。尚、測定は25℃の温度条件下で行い、測定前に30秒間の温度の平衡時間を設けた。また、調製比較例1で得られたスルホベタイン高分子の水溶液については、25℃の他、35℃、45℃、55℃の温度条件下でも同様の方法で測定し、その平均粒子径と標準偏差を求めた。その結果を表1及び表2に示した。
【0087】
【表1】
【0088】
【表2】
【0089】
表1から明ら7な通り、調製例3の水溶液は調製例4及び調製例5のものと比べて遊離のスルホベタイン高分子の粒子径が大きく減少し、調製例1及び調製例2の水溶液の平均粒子径が約40nmであった。また、調製例4及び調製例5の懸濁液の平均粒子径は表2から明らかとなった調製比較例1の25℃条件における粒子径と同程度であった。このことから、水溶性電解質である塩化ナトリウムの濃度が0.05質量%を超えて0.1質量%でスルホベタイン高分子が大きく溶解し、塩化ナトリウムの濃度が0.1~0.3質量%でスルホベタイン高分子の粒子径は一定の値に収束した。このように、遊離のスルホベタイン高分子のほとんどがスルホベタイン高分子電解質塩となって、水溶液中に溶解していることが判った。
【0090】
表2から明らかな通り、調製比較例1の分散液は測定時の温度が上昇するごとに平均粒子径が減少し、55℃まで加熱すると平均粒子径が30~40nmに収束した。このことから、合成例で合成されたスルホベタイン高分子[化学式(5)]は溶解温度域が55℃程度で、遊離のスルホベタイン高分子が水に溶解していることが判った。
【0091】
これらの結果から、スルホベタイン高分子を塩化ナトリウム水溶液に対して少なくとも0.1質量%溶解させてスルホベタイン高分子電解質塩にすることによって、室温でスルホベタイン高分子を殆ど凝集させることなく略溶解できることが判った。
【0092】
次に、調製例1で調製したスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を用いて親水性改質基材を作製し、親水性改質基材の親水性評価として、水の接触角を測定した。
【0093】
(実施例1)
調製例1で調製したスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液を用いて、次のようにして各種基材に親水化処理を行った。基材としては、ステンレス板(SUS304板(株式会社ニラコ社製厚さ20μmの箔)を用いた。先ず、ネオエタノールPIP(大伸化学株式会社:以下、単にネオエタノールPIPという)を含んだコットンを用いて基材の表面を清拭した後、エキシマUV処理機(自社製、ランプは浜松ホトニクス(株)製)を用いて、ワークディスタンス1mm、走査速度1mm/秒、回数1回、積算光量約670mJ/cmの条件で基材をエキシマ照射処理することにより、基材の乾式表面改質処理を行った。その基材を、側鎖又は末端に官能基としてのビニル基を有するシランカップリング剤である7-オクテニルトリメトキシシラン(KBE-1083:信越シリコーン株式会社製、商品名)から成る分子接着剤をネオエタノールPIPに対して0.1質量%となるように溶解した分子接着剤溶液に浸漬し、浸漬した状態で20~25℃の室温で1分間静置した。基材を取り出した後、60℃に加熱したオーブンに10分間静置することで熱処理を行った。その後、基材をネオエタノールPIPで良く洗浄し、エアブローで乾燥させた。更に、基材に付与した分子接触剤に、再度、同様な処理条件でエキシマ照射処理を施した。
【0094】
次いで、調製例1で調製したスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液に浸漬し、20~25℃の室温で10分間静置した後に引き上げることにより、基材の親水化処理を行った。更に、親水化処理後の基材を、生理食塩水に1分間浸漬した後に引き上げた後、イオン交換水に1分間浸漬した後に引き上げ、次いで、別なイオン交換水に1分間浸漬した後に引き上げることにより、親水化処理後の基材の洗浄を行った。洗浄した基材をエアブローで乾燥させることにより、親水性改質基材を得た。得られた親水性改質基材面は平滑面であった。
【0095】
(親水性改質基材の親水性評価)
得られた親水性改質基材の水の接触角を測定し、エキシマ照射処理前の基材(ブランク)及びエキシマ処理のみを施した基材の各々の水の接触角を比較することにより、スルホベタイン高分子電解質塩の水溶液が付される前後における水の接触角を評価した。その結果を表3に示した。
水の接触角の測定は、基材の表面に1.0μLのイオン交換水を滴下し、滴下直後から10秒後の液滴の接触角を接触角計(協和界面科学株式会社製:Drop master)を用いて1サンプルにランダムで5点測定し、その平均値を求めた。接触角が5°未満の場合、正確な計測が困難であるため「<5°」と表記した。
【0096】
更に、分子接着剤溶液として、側鎖及び末端に官能基としての複数のビニル基を含有するシランカップリング剤である複数ビニル基含有アルコキシシロキサン(アズマックス株式会社製VMM-010)から成る分子接着剤をネオエタノールPIPに対して0.1質量%となるように溶解した分子接着剤溶液を用いて、乾式表面改質処理を行ったステンレス板に同様にして親水化処理を施した。得られた親水性改質基材面は平滑面であり、同様にして、水の接触角を測定し、その結果を表3に併せて示す。
また、分子接着剤溶液として、側鎖及び末端に官能基としてのアミノ基を有するシランカップリング剤である3-(2-アミノエチル)アミノプロピルトリメトキシシラン(ダウ・東レ株式会社製OFS-6020)をから成る分子接着剤をネオエタノールPIPに対して0.1質量%となるように溶解した分子接着剤溶液を用いて、乾式表面改質処理を行ったステンレス板に同様にして親水化処理を施した。但し、この親水化処理では、再度のエキシマ照射処理は省略した。得られた親水性改質基材面は平滑面であり、同様にして、水の接触角を測定し、その結果を表3に併せて示す。
【0097】
また、基材として、ポリスチレン樹脂板(PS樹脂:アズワン株式会社から購入したアズノール滅菌シャーレをレーザー加工して板材として使用)、シクロオレフィン樹脂板(COP樹脂板:日本ゼオン株式会社製ZF16-188(商品名))、シリコーンゴムシート(シリコーンゴム:LSR7050、厚さ30μm)、64チタン板(Ti-6Al-4V:株式会社スタンダードテストピース:品名なし)、アルミナ板(東京硝子器械株式会社製のアルミナ角板)、ガラス板(松波硝子株式会社製の硼珪酸カバーグラス18mm角)及びフッ素樹脂フィルム(PTFEフィルム:日東電工株式会社製のNITOFLON(商標)、厚さ0.1mm)、軟質塩化ビニル板(軟質塩ビ板:株式会社上村製の厚さ0.3mm:軟質塩ビシート)、硬質塩化ビニル板(硬質塩ビ板:株式会社スタンダードテストピース:硬質PVC(クリア))についても、乾式改質処理としてエキシマ照射処理を施してから、各分子接着剤溶液により同様にして親水化処理を施した。得られた親水性改質基材面はいずれも平滑面であり、同様にして、水の接触角を測定し、その結果を表3に併せて示す。
【0098】
【表3】
【0099】
ほぼ全基材において、シランカップリング剤から成る分子接着剤を介してスルホベタイン高分子電解質塩の水溶液による親水性処理により、ブランク及びエキシマ処理のみよりも親水性が改善されている。但し、SUS304及び64チタン板では、シランカップリング剤としてOFS-6020(3-(2-アミノエチル)アミノプロピルトリメトキシシラン)を用いたものが、KBE-1083(7-オクテニルトリメトキシシラン)やVMM-010(複数ビニル基含有アルコキシシロキサン)を用いたものよりも親水性が低くなっている。一方、PS樹脂板及びCOP樹脂板では、OFS-6020を用いたものが、KBE-1083やVMM-010を用いたものよりも親水性が改善されている。
【0100】
この現象は、エキシマ処理を施した基材に塗布されたシランカップリング剤による基材表面の官能基に対するスルホベタイン高分子電解質塩の補足され易さに関係するものと推察される。すなわち、SUS304板や64チタン板等の金属板では、基材表面に元々OH基が多いところ、エキシマ処理により更にOH基が生成される。この状態でシランカップリング剤としてOFS-6020(3-(2-アミノエチル)アミノプロピルトリメトキシシラン)を用いると、トリメトキシシラン側がOH基と反応し、アミン基側が金属板表面側を向くと考えられる。スルホベタイン高分子の4級アンモニウム基は電子供与性の官能基よりも電子吸引性の官能基に補足され易い傾向にあり、電子供与性の官能基のアミン基にスルホベタイン高分子電解質塩のスルホン酸基が補足され難く親水性が低下したものと考えられる。エキシマ処理を施したSUS304板や64チタン板等の金属板には、KBE-1083(7-オクテニルトリメトキシシラン)やVMM-010(複数ビニル基含有アルコキシシロキサン)を用いることにより、金属板表面のシランカップリング剤による修飾面に生成した多数のビニル基は再度の乾式処理によって電子吸引性の水酸基、カルボニル基、カルボン酸基に変換されることで、スルホベタイン高分子電解質塩の4級アンモニウム基が補足され易くなり、良好な親水性が得られたものと推測できる。一方、PS樹脂板及びCOP樹脂板等の樹脂板では、アミン基が反応できる部分(非共有電子対による求核反応)があり、OFS-6020のアミン基が反応すればトリメトキシシラン側が露出し、この水酸基にスルホベタイン高分子電解質塩の4級アンモニウム基が補足されて良好な親水性が得られたものと推測される。尚、OFS-6020を用いることにより再度の乾式処理が不要となるメリットがある。
【0101】
(比較例1)
実施例1において、調製比較例1で調整した25℃のスルホベタイン高分子の水溶液に、水溶液中の微細粒子が均一になるように撹拌しつつ、エキシマ照射処理を施した基材を浸漬した他は、実施例1と同様にして浸漬し、洗浄処理及び乾燥処理を施して親水性改質基材を得た。得られた親水性改質基材面は粗面であった。更に、親水性改質基材の各々の親水性を実施例1と同様にして測定した。その結果を表4に示す。
【0102】
【表4】
【0103】
スルホベタイン高分子の水溶液を室温で浸漬処理して得た親水性改質基材は、粗面となっており、且つその親水性も、実施例1の親水性改質基材の親水性よりもやや低下している。
【0104】
(比較例2)
実施例1において、調製比較例1で調整したスルホベタイン高分子の水溶液を80℃に加熱し、スルホベタイン高分子を完全に溶解した加熱水溶液に、エキシマ照射処理を施した基材を浸漬した他は、実施例1と同様にして浸漬し、洗浄処理及び乾燥処理を施して親水性改質基材を得た。得られた親水性改質基材面は粗面であった。更に、親水性改質基材の各々の親水性を実施例1と同様にして測定した。その結果を表5に示す。
【0105】
【表5】
【0106】
スルホベタイン高分子の水溶液を80℃に加熱し、スルホベタイン高分子を完全に溶解された加熱水溶液に、エキシマ照射処理を施した基材を浸漬処理することにより、親水性改質基材は、平滑面で且つ比較例1の室温でのスルホベタイン高分子の水溶液を用いた場合よりも改善されているが、硬質塩ビ板や軟質塩ビ板の低耐熱性の基材では変形が発生して水の接触角を測定できなった。
【0107】
(実施例2)
実施例1において、分子接着剤として、OFS-6020(3-(2-アミノエチル)アミノプロピルトリメトキシシラン)とVMM-010(複数ビニル基含有アルコキシシロキサン)とを、OFS-6020:VMM-010を1.0:1.0(重量比)で混合した混合物をネオエタノールPIPに対して0.1質量%となるように溶解したものを用い、実施例1の分子接着剤としてVMM-010を用いた場合と同様に各基材に親水化処理を施し、親水性改質基材を得た。得られた親水性改質基材面は平滑面であった。更に、親水性改質基材の各々の親水性を実施例1と同様にして測定した。その結果を表6に示す。
【0108】
【表6】
【0109】
表6から明らかなように、OFS-6020とVMM-010とを混合した分子接着剤によれば、基材の種類間での親水性程度のバラツキを解消し、且つOFS-6020とVMM-010との各々を単独使用した実施例1の場合よりも基材に良好な親水性を基材に付与できる。
【産業上の利用可能性】
【0110】
本発明の親水化処理方法及び親水性改質基材は、親水性を発現したまま長期間維持を必要とする血管カテーテルなどの医療器具や、細胞培養容器、マイクロ流路チップ、自動車用の窓ガラス、眼鏡のレンズなどに用いることができる。