(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024117682
(43)【公開日】2024-08-29
(54)【発明の名称】癒着防止ゲル形成剤セット
(51)【国際特許分類】
A61L 31/04 20060101AFI20240822BHJP
C08L 101/02 20060101ALI20240822BHJP
C08F 220/36 20060101ALI20240822BHJP
【FI】
A61L31/04 100
C08L101/02
C08F220/36
A61L31/04 120
A61L31/04 110
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023098520
(22)【出願日】2023-06-15
(31)【優先権主張番号】P 2023023618
(32)【優先日】2023-02-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000002141
【氏名又は名称】住友ベークライト株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110928
【弁理士】
【氏名又は名称】速水 進治
(72)【発明者】
【氏名】宮地 麻代
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 基
(72)【発明者】
【氏名】岡田 潤
【テーマコード(参考)】
4C081
4J002
4J100
【Fターム(参考)】
4C081AA14
4C081AC16
4C081BA16
4C081BB07
4C081CA081
4C081CA101
4C081CD011
4C081CE11
4C081DA12
4J002BE02W
4J002BG07X
4J002GB01
4J100AB07Q
4J100AL03R
4J100AL08P
4J100BA66P
4J100BA87Q
4J100CA04
4J100CA05
4J100DA09
4J100JA51
(57)【要約】
【課題】腹腔内における癒着防止能に優れた癒着防止ゲル形成剤セットを提供する。
【解決手段】本発明の癒着防止ゲル形成剤セットは、腹腔内の癒着を防止する癒着防止ゲルを形成するために用いる、第一剤と第二剤とを含む癒着防止ゲル形成剤セットであって、第一剤は、2つ以上の水酸基を有する化合物を含み、第二剤は、ホスホリルコリン基およびフェニルボロン酸基を含む高分子を含み、所定の手順で測定される、グルコース溶液中における癒着防止ゲルの168時間後残存重量が20%以下となるように構成される。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
腹腔内の癒着を防止する癒着防止ゲルを形成するために用いる、第一剤と第二剤とを含む癒着防止ゲル形成剤セットであって、
前記第一剤は、2つ以上の水酸基を有する化合物を含み、
前記第二剤は、ホスホリルコリン基およびフェニルボロン酸基を含む高分子を含み、
下記の手順で測定される、グルコース溶液中における前記癒着防止ゲルの168時間後残存重量が20%以下である、癒着防止ゲル形成剤セット。
(手順)
前記第一剤と前記第二剤とを混合して架橋反応体として前記癒着防止ゲルのサンプルを製造する。
前記癒着防止ゲルのサンプルを、150mg/dLのグルコースを含むリン酸緩衝生理食塩水中に浸漬させた状態で、振とう恒温槽内において、37℃、所定時間振とうする、という「グルコース浸漬処理」を実施する。
グルコース浸漬処理する前の前記サンプルの重量(W0h)、および168時間グルコース浸漬処理した後の前記サンプルの重量(W168h)を測定し、得られた測定値を用いて、(W168h/W0h)×100に基づいて上記の168時間後残存重量(%)を算出する。
【請求項2】
請求項1に記載の癒着防止ゲル形成剤セットであって、
粘度計を用いて、25℃環境下で測定される、
前記第一剤の粘度が1.0mPa・s以上100.0mPa・s以下、および/または
前記第二剤の粘度が1.0mPa・s以上50.0mPa・s以下である、癒着防止ゲル形成剤セット。
【請求項3】
請求項1または2に記載の癒着防止ゲル形成剤セットであって、
前記手順で測定される24時間グルコース浸漬処理した後の前記サンプルの重量(W24h)を測定したとき、(W24h/W0h)×100に基づいて算出された、グルコース溶液中の前記癒着防止ゲルの24時間後残存重量が10%以上である、癒着防止ゲル形成剤セット。
【請求項4】
請求項1または2に記載の癒着防止ゲル形成剤セットであって、
前記第一剤中の前記2つ以上の水酸基を有する化合物が、単糖類、多糖類、低分子アルコール、および水溶性ポリマーアルコールからなる群から選ばれる一または二以上を含む、癒着防止ゲル形成剤セット。
【請求項5】
請求項1または2に記載の癒着防止ゲル形成剤セットであって、
前記第二剤中の前記高分子が、分子内に、(メタ)アクリレート基を含む癒着防止ゲル形成剤セット。
【請求項6】
請求項1または2に記載の癒着防止ゲル形成剤セットであって、
前記第二剤中の前記高分子が、下記の一般式(1)で表される骨格を備える高分子を含む、癒着防止ゲル形成剤セット。
【化1】
(上記一般式(1)中、R
1は、水素原子、メチル基またはエチル基を表し、R
2は炭素数2から12のアルキル基またはオキシエチレン基を示し、R
3は炭素数2から4のアルキル基を示し、Xは、単結合または置換基を有していてもよいフェニル基、-C(O)-、-C(O)O-、-O-、-C(O)NH-もしくは-S-で示される基を表し、Aは、水素原子、ハロゲン原子または任意の有機置換基を表し、n、mおよびlは、それぞれ順に、0.01~0.99、0.01~0.99、および0~0.98を表す(ただし、n、mおよびlの総和は1.00である。))
【請求項7】
請求項1または2に記載の癒着防止ゲル形成剤セットであって、
前記第一剤中の前記2つ以上の水酸基を有する化合物の重量平均分子量が10,000以上50,000以下、および/または
前記第二剤中の前記高分子の重量平均分子量が10,000以上32,000以下である、
癒着防止ゲル形成剤セット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、癒着防止ゲル形成剤セットに関する。
【背景技術】
【0002】
これまで癒着防止技術について様々な開発がなされてきた。この種の技術として、例えば、特許文献1に記載の技術が知られている。特許文献1には、多価水酸基を有する化合物と、ホスホリルコリン基およびフェニルボロン酸基を含有する高分子とを含む組成物を主成分とする、組織癒着およびまたは関節拘縮防止材が記載されている(特許文献1の請求項1等)。また、同文献の実施例20には、ラットアキレス腱損傷モデルにおける腱癒合・癒着の検討のために、上記組成物により調整した三次元架橋体(BVゲル)をラットアキレス腱に粘着させた例が示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、本発明者が検討した結果、上記特許文献1に記載の関節拘縮防止材において、腹腔内における癒着防止能の点で改善の余地があることが判明した。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者はさらに検討したところ、腹腔内の組織環境に近い条件であるグルコース溶液中において、第一剤と第二剤とを混合して得られた架橋反応体(癒着防止ゲル)の残存重量を所定値以下とすることにおより、腹腔内の癒着防止スコアを良好とすることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0006】
本発明の一態様によれば、以下の癒着防止ゲル形成剤セットが提供される。
1. 腹腔内の癒着を防止する癒着防止ゲルを形成するために用いる、第一剤と第二剤とを含む癒着防止ゲル形成剤セットであって、
前記第一剤は、2つ以上の水酸基を有する化合物を含み、
前記第二剤は、ホスホリルコリン基およびフェニルボロン酸基を含む高分子を含み、
下記の手順で測定される、グルコース溶液中における前記癒着防止ゲルの168時間後残存重量が20%以下である、癒着防止ゲル形成剤セット。
(手順)
前記第一剤と前記第二剤とを混合して架橋反応体として前記癒着防止ゲルのサンプルを製造する。
前記癒着防止ゲルのサンプルを、150mg/dLのグルコースを含むリン酸緩衝生理食塩水中に浸漬させた状態で、振とう恒温槽内において、37℃、所定時間振とうする、という「グルコース浸漬処理」を実施する。
グルコース浸漬処理する前の前記サンプルの重量(W
0h)、および168時間グルコース浸漬処理した後の前記サンプルの重量(W
168h)を測定し、得られた測定値を用いて、(W
168h/W
0h)×100に基づいて上記の168時間後残存重量(%)を算出する。
2. 1.に記載の癒着防止ゲル形成剤セットであって、
粘度計を用いて、25℃環境下で測定される、
前記第一剤の粘度が1.0mPa・s以上100.0mPa・s以下、および/または
前記第二剤の粘度が1.0mPa・s以上50.0mPa・s以下である、癒着防止ゲル形成剤セット。
3. 1.又は2.に記載の癒着防止ゲル形成剤セットであって、
前記手順で測定される24時間グルコース浸漬処理した後の前記サンプルの重量(W
24h)を測定したとき、(W
24h/W
0h)×100に基づいて算出された、グルコース溶液中の前記癒着防止ゲルの24時間後残存重量が10%以上である、癒着防止ゲル形成剤セット。
4. 1.~3.のいずれか一つに記載の癒着防止ゲル形成剤セットであって、
前記第一剤中の前記2つ以上の水酸基を有する化合物が、単糖類、多糖類、低分子アルコール、および水溶性ポリマーアルコールからなる群から選ばれる一または二以上を含む、癒着防止ゲル形成剤セット。
5. 1.~4.のいずれか一つに記載の癒着防止ゲル形成剤セットであって、
前記第二剤中の前記高分子が、分子内に、(メタ)アクリレート基を含む癒着防止ゲル形成剤セット。
6. 1.~5.のいずれか一つに記載の癒着防止ゲル形成剤セットであって、
前記第二剤中の前記高分子が、下記の一般式(1)で表される骨格を備える高分子を含む、癒着防止ゲル形成剤セット。
【化1】
(上記一般式(1)中、R
1は、水素原子、メチル基またはエチル基を表し、R
2は炭素数2から12のアルキル基またはオキシエチレン基を示し、R
3は炭素数2から4のアルキル基を示し、Xは、単結合または置換基を有していてもよいフェニル基、-C(O)-、-C(O)O-、-O-、-C(O)NH-もしくは-S-で示される基を表し、Aは、水素原子、ハロゲン原子または任意の有機置換基を表し、n、mおよびlは、それぞれ順に、0.01~0.99、0.01~0.99、および0~0.98を表す(ただし、n、mおよびlの総和は1.00である。))
7. 1.~6.のいずれか一つに記載の癒着防止ゲル形成剤セットであって、
前記第一剤中の前記2つ以上の水酸基を有する化合物の重量平均分子量が10,000以上50,000以下、および/または
前記第二剤中の前記高分子の重量平均分子量が10,000以上32,000以下である、
癒着防止ゲル形成剤セット。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、腹腔内における癒着防止能に優れた癒着防止ゲル形成剤セットが提供される。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本実施形態の癒着防止ゲル形成剤セットの概要を説明する。
【0009】
本実施形態の癒着防止ゲル形成剤セットは、腹腔内の癒着を防止する癒着防止ゲルを形成するために用いる、第一剤と第二剤とを含む。この癒着防止ゲル形成剤セットにおいて、第一剤は、2つ以上の水酸基を有する化合物を含み、第二剤は、ホスホリルコリン基およびフェニルボロン酸基を含む高分子を含み、下記の手順で測定される、グルコース溶液中における前記癒着防止ゲルの168時間後残存重量が20%以下を満たすように構成される。
【0010】
グルコース溶液中における癒着防止ゲルの残存重量の測定手順は、以下の通りである。
まず、第一剤と第二剤とを混合して架橋反応体として癒着防止ゲルのサンプルを製造する。
続いて、癒着防止ゲルのサンプルを、150mg/dLのグルコースを含むリン酸緩衝生理食塩水中に浸漬させた状態で、振とう恒温槽内において、37℃、所定時間振とうする、という「グルコース浸漬処理」を実施する。
その後、グルコース浸漬処理する前の前記サンプルの重量(W0h)、および168時間グルコース浸漬処理した後の前記サンプルの重量(W168h)を測定し、得られた測定値を用いて、(W168h/W0h)×100に基づいて上記の168時間後残存重量(%)を算出する。
【0011】
本発明者は、施術した組織周辺にゲルが残存して癒着の起点になる可能性が高いことを考慮して、癒着防止ゲルの分解性を向上させることにより、癒着防止能を向上できると考えた。
この考えに基づいて、腹腔内の組織環境に近い条件について検討したところ、グルコース溶液中での分解性を指標とすることが、腹腔内における癒着防止能を安定的に評価できることが見出された。
このような知見に基づいて鋭意検討した結果、具体的な指標として、グルコース溶液中における癒着防止ゲルの残存重量を採用した上で、かかる残存重量を上記上限値以下とすることにより、腹腔内の癒着防止スコアを良好とすることができることが判明した。
【0012】
グルコース溶液中における癒着防止ゲルの168時間後残存重量の上限は、20%以下、好ましくは15%以下、より好ましくは10%以下である。これにより、腹腔内における癒着防止性能を向上できる。
一方、上記168時間後残存重量の下限は、とくに限定されないが、例えば、0%以上、好ましくは0.1%以上、より好ましくは1%以上である。これにより、腹腔内における分解速度を適度なものなる。
【0013】
また別の形態では、上記手順で測定される24時間グルコース浸漬処理した後のサンプルの重量(W24h)を測定したとき、グルコース溶液中の癒着防止ゲルの24時間後残存重量を、(W24h/W0h)×100に基づいて算出する。
グルコース溶液中の癒着防止ゲルの24時間後残存重量の下限は、例えば、10%以上、好ましくは12.5%以上、より好ましくは15%以上である。これにより、腹腔内における分解速度を適度なものなる。このため、癒着防止ゲルが、物理的バリアとして所望期間働くため、腹腔内における癒着を抑制できる。
一方、上記24時間後残存重量の上限は、例えば、90%以下、好ましくは80%以下、より好ましくは70%以下である。これにより、ゲル材料の体内からの適切な排出が期待できる。
【0014】
上記の特許文献1では、体内組織として「腱」についての癒着防止に開示されているが、腹腔内組織について十分に検討されている訳ではない。また、三次元架橋体を癒着防止ゲルとして使用しているが、三次元架橋体を調整するための組成物をスプレー塗布することは記載されていない。
【0015】
現在の癒着防止技術において、上記特許文献1の癒着防止ゲルなどの、フィルム状の癒着防止材を施術組織に貼り付ける手法が大部分を占めている。フィルム状の癒着防止材は、体内に存在する水分により粘着を発揮するものだが、貼り付けた後に移動させ難く、貼り付け部位の調整が難しい点が知られている。
【0016】
これに対して、本実施形態の癒着防止ゲル形成剤セットは、フィルム状の癒着防止材として使用することも可能であるが、スプレー状の癒着防止材として使用することが好ましい。
スプレー状の癒着防止材は、塗布位置の調整が容易であるから、施術組織周辺に癒着防止ゲルを形成する位置を制御しやすい。また、スプレー状の癒着防止材は、開腹手術に適用できるだけでなく、体内に挿入したノズルを介して組織に塗布できる点を考慮すると、腹腔鏡手術やロボット支援腹腔鏡手術にも好適に用いることが可能である。
【0017】
癒着防止ゲル形成剤セットをスプレー状の癒着防止材の場合、第一剤および第二剤の一方を施術組織周辺に塗布した後、他方をその上に塗布する重ね塗り方法、第一剤および第二剤を混合した液体状の溶液を、ゲル化する前に、施術組織周辺に塗布する一括塗布方法、もしくは、スプレー状の第一剤とスプレー状の第二剤とを混合させながら施術組織周辺に塗布する一括塗布方法などが使用できる。ただし、塗布方法は、これらに限定されるものではない。
【0018】
本明細書において、「癒着」とは、ある組織と他の組織と間で生じる、望ましくない臓器間・組織間での連結、融合することを意味する。
【0019】
癒着防止ゲルの用途は、「動物」の腹腔内であればよい。動物としては、哺乳動物、非哺乳動物のいずれでもよいが、哺乳動物が好ましい。哺乳動物としては、例えばヒトなどの霊長類、マウス、モルモット、ラット、ウシ、ウマ、ブタ、ヤギ、イヌ、ウサギ等が例示される。
【0020】
以下、本実施形態の癒着防止ゲル形成剤セットの各構成を詳述する。
【0021】
癒着防止ゲル形成剤セットは、第一剤と第二剤とを含む。
【0022】
第一剤は、2つ以上の水酸基を有する化合物を少なくとも含む。
2つ以上の水酸基を有する化合物として、水系媒体に溶解するものが使用できる。
第一剤中の2つ以上の水酸基を有する化合物が、単糖類、多糖類、低分子アルコール、および水溶性ポリマーアルコールからなる群から選ばれる一または二以上を含んでもよい。
【0023】
具体的には、単糖類として、例えば、グルコース、グルコサミン等が挙げられる。
多糖類として、例えば、マルトース、ラクトース、アミロース、アミロペクチン、キチン、ヒアルロン酸、セルロース、プルラン、デキストランおよびこれらの誘導体等が挙げられる。
低分子アルコールとして、例えば、合成ジオール、トリオール等が挙げられる。
水溶性ポリマーアルコールとして、例えば、ポリビニルアルコール、ポリ(2-ヒドロキシエチル(メタ)アククリレート)、ポリ(2,3-ジヒドロキシエチル(メタ)アククリレート)、ポリ((メタ)アクリル酸配糖体)等が挙げられる。
これらを単独で用いても2種以上を組み合わせて用いてもよい。また、単糖類や多糖類は、天然糖類および人工糖類のいずれでもよい。
これらの中で、好ましくは多糖類および水溶性ポリマーアルコール、より好ましくはポリビニルアルコールである。
【0024】
第二剤は、ホスホリルコリン基およびフェニルボロン酸基を含む高分子を少なくとも含む。
ホスホリルコリン基およびフェニルボロン酸基を含む高分子は、例えば、ホスホリルコリン基を含有する第一のモノマーとフェニルボロン酸基を有する第二のモノマーとを混合し、ラジカル発生剤の存在化でのラジカル重合反応等の重合反応により製造することができる。なお、適宜、第三のモノマーを添加して、生成する高分子の性質を調整してもよい。
【0025】
ホスホリルコリン基を有する第一のモノマーとしては、ビニル基やアリル基などの炭素-炭素二重結合を重合性基として有し、かつホスホリルコリン基を同一分子中に有する化合物から選択することができる。
第一のモノマーとして、例えば、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、2-(メタ)アクリロイルオキシエチル-2′-(トリメチルアンモニオ)エチルホスフェート、3-(メタ)アクリロイルオキシプロピル-2′-(トリメチルアンモニオ)エチルホスフェート、4-(メタ)アクリロイルオキシブチル-2′-(トリメチルアンモニオ)エチルホスフェート、5-(メタ)アクリロイルオキシペンチル-2′-(トリメチルアンモニオ)エチルホスフェート、6-(メタ)アクリロイルオキシヘキシル-2′-(トリメチルアンモニオ)エチルホスフェート、2-(メタ)アクリロイルオキシプロピル-2′-(トリメチルアンモニオ)エチルホスフェート、2-(メタ)アクリロイルオキシブチル-2′-(トリメチルアンモニオ)エチルホスフェート、2-(メタ)アクリロイルオキシペンチル-2′-(トリメチルアンモニオ)エチルホスフェート、2-(メタ)アクリロイルオキシヘキシル-2′-(トリメチルアンモニオ)エチルホスフェート、2-(メタ)アクリロイルオキシエチル-3′-(トリメチルアンモニオ)プロピルホスフェート、3-(メタ)アクリロイルオキシプロピル-3′-(トリメチルアンモニオ)プロピルホスフェート、4-(メタ)アクリロイルオキシブチル-3′-(トリメチルアンモニオ)プロピルホスフェート、5-(メタ)アクリロイルオキシペンチル-3′-(トリメチルアンモニオ)プロピルホスフェート、6-(メタ)アクリロイルオキシヘキシル-3′-(トリメチルアンモニオ)プロピルホスフェート、3-(メタ)アクリロイルオキシプロピル-4′-(トリメチルアンモニオ)ブチルホスフェート、4-(メタ)アクリロイルオキシブチル-4′-(トリメチルアンモニオ)ブチルホスフェート、5-(メタ)アクリロイルオキシペンチル-4′-(トリメチルアンモニオ)ブチルホスフェート及び6-(メタ)アクリロイルオキシヘキシル-4′-(トリメチルアンモニオ)ブチルホスフェート等が挙げられる。これらを単独で用いても2種以上を組み合わせて用いてもよい。
この中でも、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(以下、MPCと略す。)を用いてもよい。
本明細書中、「(メタ)アクリル」とは、メタクリル及び/またはアクリルを意味する。
【0026】
フェニルボロン酸基を有する第二のモノマーとしては、ビニル基やアリル基などの炭素-炭素二重結合を重合性基として有し、かつフェニルボロン酸基を同一分子中に有する化合物から選択することができる。
第二のモノマーとして、例えば、p-ビニルフェニルボロン酸、m-ビニルフェニルボロン酸、p-(メタ)アクリロイルオキシフェニルボロン酸、m-(メタ)アクリロイルオキシフェニルボロン酸、p-(メタ)アクリルアミドフェニルボロン酸、m-(メタ)アクリルアミドフェニルボロン酸、p-ビニルオキシフェニルボロン酸、m-ビニルオキシフェニルボロン酸、ビニルウレタンフェニルボロン酸等が挙げられる。これらを単独で用いても2種以上を組み合わせて用いてもよい。
この中でも、原料の入手の点で、p-ビニルフェニルボロン酸あるいはm-ビニルフェニルボロン酸が好ましい。
【0027】
添加可能な第三のモノマーとして、例えば、(メタ)アクリル酸、(メタ)アクリル酸ナトリウム、2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、グリセロール(メタ)アクリレート、N-ビニルピロリドン、アクリロニトリル、(メタ)アクリルアミド、ポリエチレングリコールモノ(メタ)アクリレート、ビニルベンゼンスルホン酸、ビニルベンゼンスルホン酸ナトリウム等の親水性単量体、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、ラウリル(メタ)アクリレート、ドデシル(メタ)アクリレート、ステアリル(メタ)アクリレート、2-エチルヘキシル(メタ)アクリレート、スチレン、酢酸ビニル等の疎水性単量体、3-メタクリロイルオキシプロピル)トリメトキシシラン、(3-メタクリロイルオキシプロピル)トリエトキシシラン、(3-メタクリロイルオキシプロピル)メチルジメトキシシラン、トリメトキシビニルシラン等のアルキルオキシシラン基を有する単量体、シロキサン基を有する単量体、グリシジルメタクリレート等のグリシル基を有する単量体、アリルアミン、アミノエチル(メタ)アクリレート、2-メチルアリルアミン等のアミノ基を有する単量体、カルボキシル、水酸基、アルデヒド、チオール、ハロゲン、メトキシ、エポキシ、スクシンイミド、マレインイミド等の基を有する単量体等が挙げられる。これらを単独で用いても2種以上を組み合わせて用いてもよい。この中でも、ブチル(メタ)アクリレートを使用してもよい。
【0028】
重合反応の際に使用する溶媒としては、第一のモノマーおよび第二のモノマーを溶解できるものであればよい。溶媒は、さらに、重合により生成する高分子も溶解させることのできるものがより好ましい。なお、溶媒は単一溶媒でもよく、二種類以上の混合溶媒でもよい。
【0029】
ラジカル発生剤としては、重合反応に使用する溶媒に溶解するものであり、例えば反応温度30℃~90℃の範囲で分解し、ラジカルを発生するものであれば制限なく使用することができる。安全性、安定性の点で、アゾビスイソブチロニトリル、4,4'-アゾビス(4-シアノペンタン酸)等の脂肪族アゾ化合物、過酸化ベンゾイルやこはく酸パーオキシド等の過酸化物が好ましい。
さらに、光照射でラジカルを発生する開始剤、原子移動リビングラジカル重合反応、可逆的付加開裂連鎖移動重合法などを利用し、分子構造と分子量の制御を行なうことも妨げない。
【0030】
ホスホリルコリン基およびフェニルボロン酸基を含む高分子が、分子内に、(メタ)アクリレート基を含んでもよい。
【0031】
また、ホスホリルコリン基およびフェニルボロン酸基を含む高分子が、下記の一般式(1)で表される骨格を備える高分子を含んでもよい。
【0032】
【0033】
上記一般式(1)中、R1は、水素原子、メチル基またはエチル基を表し、R2は炭素数2から12のアルキル基またはオキシエチレン基を示し、R3は炭素数2から4のアルキル基を示し、Xは、単結合または置換基を有していてもよいフェニル基、-C(O)-、-C(O)O-、-O-、-C(O)NH-もしくは-S-で示される基を表し、Aは、水素原子、ハロゲン原子または任意の有機置換基を表し、n、mおよびlは、それぞれ順に、0.01~0.99、0.01~0.99、および0~0.98を表す(ただし、n、mおよびlの総和は1.00である。)
【0034】
第一剤中の2つ以上の水酸基を有する化合物の重量平均分子量(Mw)は、例えば、10,000以上50,000以下、好ましくは12,500以上40,000以下、より好ましくは15,000以上30,000以下である。
また、第一剤中の2つ以上の水酸基を有する化合物の数平均分子量(Mn)は、例えば、5,000以上20,000以下、好ましくは6,000以上19,000以下、より好ましくは7,000以上18,000以下である。
一方、第二剤中の高分子の重量平均分子量(Mw)は、例えば、10,000以上32,000以下、好ましくは12,000以上31,000以下、より好ましくは14,000以上30,000以下である。
また、第二剤中の高分子の数平均分子量(Mn)は、例えば、5,000以上15,000以下、好ましくは6,000以上14,000以下、より好ましくは7,000以上13,000以下である。
本実施形態では、GPCを用いて標準PEGサンプルによる検量線を基に重量平均分子量、数平均分子量をそれぞれ算出できる。
【0035】
第一剤および第二剤は、それぞれ、例えば、粘度調整剤、湿潤材、乳化剤、滑沢剤、着色剤、放出材、保存剤、抗酸化剤、pH緩衝剤などの添加剤をさらに含んでいてもよい。これらを単独で用いても2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0036】
粘度計を用いて、25℃環境下で、第一剤および第二剤の粘度を測定したとき、それぞれの粘度は、次の数値範囲を満たすものが好ましい。このような範囲内とすることにより、癒着防止能の低下を抑制しつつも、噴霧特性を向上させることが可能である。
第一剤の粘度は、例えば、1.0mPa・s以上100.0mPa・s以下、好ましくは1.1mPa・s以上80mPa・s以下、より好ましくは1.2mPa・s以上70mPa・s以下である。
また、第二剤の粘度は、例えば、1.0mPa・s以上50.0mPa・s以下、好ましくは1.1mPa・s以上48mPa・s以下、より好ましくは1.2mPa・s以上45mPa・s以下である。
【0037】
癒着防止ゲルの製造方法は、第一剤と第二剤とを含む癒着防止ゲル形成剤セットを用いて、例えば、第一剤に含まれる2つ以上の水酸基を有する化合物と、第二剤に含まれるホスホリルコリン基およびフェニルボロン酸基を含む高分子と、を混合することにより、三次元架橋体で構成される癒着防止ゲルを形成する方法が挙げられる。
【0038】
三次元架橋体を得るための温度は、用途により制限を受けない場合、例えば、4~90℃であり、生体成分の固定化の際、構造変化や活性の低下を防止する観点から、10~40℃が好ましく、操作上の観点から、好ましくは20~37℃の室温近辺である。
【0039】
第一剤および/または第二剤には、溶媒が含まれていてもよい。
溶媒には、水系溶媒を使用できるが、具体的には、純水、緩衝液、細胞培養溶液、30%以下の有機溶媒を含有する水溶液等を使用してもよい。
【0040】
以上、本発明の実施形態について述べたが、これらは本発明の例示であり、上記以外の様々な構成を採用することができる。また、本発明は上述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれる。
【実施例0041】
以下、本発明について実施例を参照して詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例の記載に何ら限定されるものではない。
【0042】
<癒着防止ゲル形成剤セットの製造>
(PMBVの合成)
ガラス製反応容器に30mLの反応溶媒、原料モノマー、および反応開始剤を、表1に示す濃度比率に従って導入し、窒素ガスで混合液を15分間バブリングした後に、60~70℃の表1に示す反応温度の下、約18時間反応させて、反応液を得た。
反応溶媒には、エタノール(試薬、特級グレード)を使用した。
原料モノマーには、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC、試薬、特級グレード)、ブチルメタクリレート(BMA)、およびp-ビニルフェニルボロン酸(VPBA、試薬、特級グレード)を、表1に示す仕込み比率に従って使用した。
反応開始剤には、2,2'-アゾビス(イソブチロニトリル)(AIBN、試薬、特級グレード)を使用した。
続いて、得られた反応液を再沈殿溶媒に滴下してポリマーを析出させ、吸引ろ過と減圧乾燥を経て、白色粉末状のポリマーを得た。
ここで、再沈殿溶媒には、ヘキサン、アセトン、ジエチルエーテル、およびクロロホルムからなる群から選ばれる1種または2種以上を適宜混合したものを使用した。
続いて、得られたポリマー粉末を純水に溶解し、分画分子量が3500の透析膜に封入した後、純水を満たしたガラス容器中で3日間、途中で1日1回ガラス容器内の純水を交換しながら透析精製を行った。3日後、透析膜内の水溶液を凍結乾燥し、収量約5gの白色粉末状のポリマー(PMBV1~3)を得た。
【0043】
【0044】
(第一剤の調製)
粘度が1mPa・s~100mPa・s程度になるように、純水に、多価水酸基含有化合物を溶解し、濃度が0.01重量パーセントとなるように着色剤を添加して、表2に示す第一剤を調整した。動物実験に使用する場合には、フィルターによる濾過滅菌を行った第一剤を使用した。
多価水酸基含有化合物には、表2に示す分子量を有するポリビニルアルコール(PVA、試薬、特級グレード)を使用した。
着色剤には、ブリリアントブルーFCF(試薬、特級グレード)を使用した。
【0045】
(第二剤の調製)
度が1mPa・s~50mPa・s程度になるように、純水に、ホスホリルコリン基およびフェニルボロン酸基を含む高分子を溶解して、表2に示す第二剤を調整した。動物実験に使用する場合には、フィルターによる濾過滅菌を行った第二剤を使用した。
ホスホリルコリン基およびフェニルボロン酸基を含む高分子には、上記で合成したPMBV1~3のいずれかを使用した。
【0046】
(分子量分析)
表1で合成されたPMBV1~3(透析精製後の粉末状ポリマー)、表2で使用されるPVA1~2について、GPC(ゲルパーミエーションクロマトグラフィー)を用いて標準PEGサンプルによる検量線を基に重量平均分子量、数平均分子量をそれぞれ算出した。結果を表2に示す。
GPCの測定には、東ソー製TSKgel SuperAWM-H 1本、TSKgel SuperAW2500 1本、TSKgel guardcolumn SuperAW-H 1本を用い、展開溶媒として、メタノール 70%/H2O 30%(10mM LiBr添加)を使用し、カラム温度40℃、流量0.6ml/分の条件を使用した。
(組成分析)
表1で合成されたPMBV1~3について、1H NMRのスペクトルから、各モノマーの導入比を算出した。結果を表2に示す。
NMRの測定は日本電子社製JNM-ECA500を用い、重エタノール溶媒、積算回数32回で行った。
(粘度)
表2の第一剤および第二剤の粘度について、室温25℃下、コーンロータの角度1°34'、回転速度50rpmの条件にて、コーンプレート型粘度計(東機産業社製、TV-100EH)を用いて測定した。
【0047】
(グルコース溶液中における癒着防止ゲルの残存重量の測定)
まず、上記で得られた第一剤と第二剤とを、体積比1:1の割合で混合し、架橋反応させて、癒着防止ゲルのサンプルを作成した。得られたサンプルは、水を含んだゲル(三次元架橋体)であった。
続いて、癒着防止ゲルのサンプルを、150mg/dLのグルコース(試薬、特級グレード)を含むリン酸緩衝生理食塩水中(試薬、富士フイルム和光純薬社製、細胞培養用PBS(-))に浸漬させた状態で、振とう恒温槽内において、37℃、所定時間振とうする、という「グルコース浸漬処理」を実施した。
その後、上澄みを除去して、グルコース浸漬処理する前のサンプルの重量(W0h)、24時間グルコース浸漬処理した後のサンプルの重量(W24h)、および168時間グルコース浸漬処理した後のサンプルの重量(W168h)を測定した。
得られた測定値を用いて、(W24h/W0h)×100に基づいてグルコース溶液中の癒着防止ゲルの24時間後残存重量、(W168h/W0h)×100に基づいてグルコース溶液中の癒着防止ゲルの168時間後残存重量(%)を算出した。結果を表2に示す。
【0048】
【0049】
上記で得られた第一剤および第二剤を含む癒着防止ゲル形成剤セットを用いて、以下の項目について評価を実施した。
【0050】
<動物の腹腔内における癒着防止効果の評価>
癒着防止ゲル形成剤セットの使用時において、二液混合タイプのスプレーに第一剤、第二剤をそれぞれ接続し、第一剤と第二剤とを体積比1:1の割合で混合して噴霧した。
【0051】
試験実施組織における動物実験倫理委員会の承認の下、以下の動物実験を行った。
・一般的な動物実験で多用される系統であるSDラットの雄(受入時8週齢)を使用した。
・イソフルランを用いて麻酔を行い、腹部を正中切開し開腹した。
・盲腸にかかる大網および、脂肪体を切除し、盲腸を創外に露出させ、腹壁側に面する盲腸壁1×2cmを点状出血が生じるまで擦過した。盲腸の位置に応じて、切開創より1cm以上離した左右いずれかの腹壁を1×2cmの領域に切除した。
・盲腸の擦過領域および、腹腔内全体に、上記で得られた第一剤および第二剤を合計1mLになるようにスプレー噴霧しゲル膜を作製した。
・切開部の腹膜-筋層を吸収性縫合糸、皮膚を非吸収性縫合糸で縫合し、閉腹した。
【0052】
(剖検観察・評価)
・処置日から起算し7日後に動物をイソフルラン吸入麻酔(炭酸ガス混合)により安楽死させた。
・処置部位を避けるように開腹し、処置部位を露出させ、処置部に発生した癒着を評価した。
・(盲腸処置部と腹壁処置部の少なくとも一方との間で癒着の発生が認められた動物数)/(実験動物数)×100に基づいて、癒着発生率(%)を算出した。なお、実験動物数は6とした。
【0053】
実施例1および2の癒着防止ゲル形成剤セットを用いて腹腔内の癒着を防止する癒着防止ゲルすることにより、比較例1と比べて、癒着発生率が低減し、癒着防止能に優れる結果が示された。