(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024117773
(43)【公開日】2024-08-29
(54)【発明の名称】生薬を用いた脳機能の維持又は改善のための剤及び方法
(51)【国際特許分類】
A23L 33/105 20160101AFI20240822BHJP
A61P 25/02 20060101ALI20240822BHJP
A61K 36/725 20060101ALI20240822BHJP
A61K 36/888 20060101ALI20240822BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20240822BHJP
A61K 9/14 20060101ALI20240822BHJP
【FI】
A23L33/105
A61P25/02
A61K36/725
A61K36/888
A61P25/28
A61K9/14
【審査請求】未請求
【請求項の数】22
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024084257
(22)【出願日】2024-05-23
(62)【分割の表示】P 2024529720の分割
【原出願日】2023-12-26
(31)【優先権主張番号】P 2022210257
(32)【優先日】2022-12-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】522502853
【氏名又は名称】セレブロファーマ株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000003001
【氏名又は名称】帝人株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100123593
【弁理士】
【氏名又は名称】関根 宣夫
(72)【発明者】
【氏名】富山 貴美
(72)【発明者】
【氏名】梅田 知宙
(72)【発明者】
【氏名】山名 慶
(72)【発明者】
【氏名】中島 良太
(72)【発明者】
【氏名】中田 國夫
【テーマコード(参考)】
4B018
4C076
4C088
【Fターム(参考)】
4B018LB01
4B018LB02
4B018LB03
4B018LB04
4B018LB05
4B018LB06
4B018LB07
4B018LB08
4B018LB09
4B018MD61
4B018ME14
4B018MF01
4C076AA29
4C076BB01
4C076CC01
4C076FF70
4C088AB12
4C088AB80
4C088BA07
4C088BA08
4C088MA43
4C088MA52
4C088NA14
4C088ZA15
4C088ZA16
(57)【要約】
【課題】認知機能を維持又は改善するための新たな手段の提供。
【解決手段】酸棗仁(サンソウニン)及び石菖蒲(セキショウブ)の茎部分から選択される生薬を含有する、脳機能の維持又は改善剤。ここで前記酸棗仁は、破砕物及び破砕物の抽出残渣から選択され、前記石菖蒲の茎部分は、破砕物、破砕物の抽出物、及び破砕物の抽出残渣から選択される。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸棗仁(サンソウニン)及び石菖蒲(セキショウブ)の茎部分から選択される生薬を含有する、脳機能の維持又は改善剤であって、前記酸棗仁は、破砕物及び破砕物の抽出残渣から選択され、前記石菖蒲の茎部分は、破砕物、破砕物の抽出物、及び破砕物の抽出残渣から選択される、剤。
【請求項2】
前記脳機能が、認知機能である、請求項1に記載の脳機能の維持又は改善剤。
【請求項3】
酸棗仁及び石菖蒲の茎部分から選択される生薬を含有する、神経細胞の修復促進又は神経新生の誘導剤であって、前記の酸棗仁及び石菖蒲の茎部分は各々独立に、破砕物、破砕物の抽出物、及び破砕物の抽出残渣から選択される、剤。
【請求項4】
酸棗仁及び石菖蒲の茎部分から選択される生薬を含有する、脳に蓄積する認知症原因タンパク質の除去剤であって、前記の酸棗仁及び石菖蒲の茎部分は各々独立に、破砕物、破砕物の抽出物、及び破砕物の抽出残渣から選択される、剤。
【請求項5】
認知症原因タンパク質が、アミロイドβ(Aβ)、タウ、αシヌクレイン、TDP-43、FUS/TLS、ポリグルタミン、RAN(repeat-associated non-ATG)翻訳によるタンパク質、プリオン、及びSOD-1から選択される1種又は2種以上のタンパク質である、請求項4に記載の剤。
【請求項6】
酸棗仁及び石菖蒲の茎部分から選択される生薬を含有する、神経変性疾患の治療又は予防剤であって、前記の酸棗仁及び石菖蒲の茎部分は各々独立に、破砕物、破砕物の抽出物、及び破砕物の抽出残渣から選択される、剤。
【請求項7】
神経変性疾患が、変性性認知症である、請求項6に記載の剤。
【請求項8】
変性性認知症が、アルツハイマー病、前頭側頭型認知症、及びレビー小体型認知症から選択される1種又は2種以上の認知症である、請求項7に記載の剤。
【請求項9】
前記生薬が、対象に対して0.05mg~10g/日の量で投与される、請求項1~8の何れか一項に記載の剤。
【請求項10】
請求項1~8の何れか一項に記載の剤を含む食品。
【請求項11】
請求項1~8の何れか一項に記載の剤を含む医薬。
【請求項12】
対象の脳機能を維持又は改善するための方法であって、酸棗仁及び石菖蒲の茎部分から選択される生薬を、それを必要とする対象に投与することを含み、前記酸棗仁は、破砕物及び破砕物の抽出残渣から選択され、前記石菖蒲の茎部分は、破砕物、破砕物の抽出物、及び破砕物の抽出残渣から選択される、方法。
【請求項13】
脳機能が認知機能である、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
対象の神経細胞の修復を促進し、又は神経新生を誘導するための方法であって、酸棗仁及び石菖蒲の茎部分から選択される生薬を、それを必要とする対象に投与することを含み、前記の酸棗仁及び石菖蒲の茎部分は各々独立に、破砕物、破砕物の抽出物、及び破砕物の抽出残渣から選択される、方法。
【請求項15】
対象の脳に蓄積する認知症原因タンパク質を除去するための方法であって、酸棗仁及び石菖蒲の茎部分から選択される生薬を、それを必要とする対象に投与することを含み、前記の酸棗仁及び石菖蒲の茎部分は各々独立に、破砕物、破砕物の抽出物、及び破砕物の抽出残渣から選択される、方法。
【請求項16】
認知症原因タンパク質が、アミロイドβ(Aβ)、タウ、αシヌクレイン、TDP-43、FUS/TLS、ポリグルタミン、RAN(repeat-associated non-ATG)翻訳によるタンパク質、プリオン、及びSOD-1から選択される1種又は2種以上のタンパク質である、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
対象の神経変性疾患を治療又は予防するための方法であって、酸棗仁及び石菖蒲の茎部分から選択される生薬を、それを必要とする対象に投与することを含み、前記の酸棗仁及び石菖蒲の茎部分は各々独立に、破砕物、破砕物の抽出物、及び破砕物の抽出残渣から選択される、方法。
【請求項18】
神経変性疾患が、変性性認知症である、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
変性性認知症が、アルツハイマー病、前頭側頭型認知症、及びレビー小体型認知症から選択される1種又は2種以上の認知症である、請求項18に記載の方法。
【請求項20】
前記生薬を、対象に対して0.05mg~10g/日の量で投与する、請求項12~19の何れか一項に記載の方法。
【請求項21】
酸棗仁及び石菖蒲の茎部分から選択される生薬の破砕粉末であって、破砕粉末のうち100μm以下の粒径の破砕粉末が占める割合が50%以上である、破砕粉末。
【請求項22】
水分活性が0.7未満である、請求項21に記載の破砕粉末。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生薬を用いた脳機能の維持若しくは改善、神経細胞の修復促進若しくは神経新生の誘導、脳に蓄積する認知症原因タンパク質の除去、又は、神経変性疾患の治療若しくは予防のための剤及び方法、並びに斯かる剤を含む食品及び医薬に関する。
【背景技術】
【0002】
社会の高齢化と生活習慣・食習慣の西洋化に伴い、認知症患者は世界で急増している。その医療・介護に要する社会費用と患者・家族の労働力低下による経済的損失は莫大で、大きな社会問題となっている。
【0003】
代表的な認知症として、アルツハイマー病、前頭側頭型認知症、レビー小体型認知症等が知られている。これらの疾患では、神経系に特定のタンパク質が凝集・蓄積し、これが神経細胞を死に至らしめることで、認知症を発症すると考えられている。具体的には、アルツハイマー病ではAβ及びタウが、前頭側頭型認知症ではタウ及びTDP-43が、レビー小体型認知症ではαシヌクレインが、それぞれ脳に蓄積する(非特許文献1:Spires-Jones et al., Acta Neuropathol., (2017), 134[2]:187-205)。
【0004】
抗認知症薬として、これら原因タンパク質の産生を抑える、或いは原因タンパク質を脳から除去する薬の開発が進められている。斯かる抗認知症薬の候補として、アルツハイマー病に対しては、Aβ産生酵素(βセクレターゼやγセクレターゼ)阻害薬(非特許文献2:Luo et al., Cell & Biosci., (2022), 12:2)、Aβワクチン(非特許文献3:Valiukas et al., Vaccines, (2022), 10[9]:1527)やAβ抗体(非特許文献4:Song et al., Transl. Neurodegener., (2022), 11:18)等が、前頭側頭型認知症に対しては、タウワクチン(非特許文献5:Medina, Int. J. Mol. Sci., (2018), 19[4]:1160)やタウ抗体(非特許文献6:Ji et al., Drugs, (2021), 81[10]:1135-1152)等、レビー小体型認知症に対しては、αシヌクレイン阻害薬やαシヌクレイン抗体(非特許文献7:Alzforumウェブサイト、FBRI LLC、alpha-synuclein Targetの検索結果、https://www.alzforum.org/therapeutics/search?fda_statuses=&target_types%5B%5D=33416&therapy_types=&conditions=&keywords-entry=&keywords=、2022年12月検索)等が、それぞれ検討されてきた。
【0005】
しかし、これまでに開発された抗認知症薬候補のほとんどは、認知症患者を対象とした臨床試験で期待された薬効が確認されず、失敗に終わっている(非特許文献8:Asher et al., Life Sciences, (2022), 306:120861)。
【0006】
酸棗仁(サンソウニン)は、「精神を安定させる」作用を持つとされている。酸棗仁パウダーは、薬膳食材として知られている。酸棗仁エキスは、認知機能改善作用が知られている(非特許文献9:Chinese Traditional and Herbal Drugs, (2001), 32[3]:246-247、非特許文献10:Journal of Guangxi Traditional Chinese Medical University, (2002), 5[3]:11-13、非特許文献11:Journal of Xi'an Jiaotong University (Medical Sciences), (2010), 31[6]:673-707)。酸棗仁の主な成分であるジュジュボシド及びスピノシンについては、抗認知症作用が報告されている(非特許文献12:Liu et al., Eur. J. Pharmacol., (2014), 738:206-213;非特許文献13:Zhang et al., Theranostics, (2018), 8:4262-4278;非特許文献14:Tabassum et al., Sci. Rep., (2019), 9:4512;非特許文献15:Ko et al., Biomol. Ther., (2015), 23:156-164;非特許文献16:Lee et al., Pharmacol. Biochem. Behav., (2016), 145:9-16;非特許文献17:Xu et al., Biomol. Ther., (2019), 27:71-77;非特許文献18:Cai et al., Biomol. Ther., (2020), 28:131-136;及び非特許文献19:Zhang et al., Biomol. Ther., (2020), 28:259-266)。
【0007】
石菖蒲(セキショウブ)は、根の部分(これを適宜「石菖根」という場合がある。)が「血流を改善し、意識を明らかにする」ことから、健忘に効くとされており、中医学・漢方で常用されてきた。石菖根の主な成分であるアサロン及びオイゲノールについては、抗認知症作用について報告がある(非特許文献20:Geng et al., Biol. Pharm. Bull., (2010), 33:836-843;非特許文献21:Liu et al., Yakugaku Zasshi, (2010),130[5]:737-746;非特許文献22:Wei et al., J. Alzheimers Dis., (2013),33:863-880;非特許文献23:Yang et al., Cell Mol. Neurobiol., (2016), 36:121-130;非特許文献24:Xue et al., Eur. J. Pharmacol., (2014), 741:195-204;非特許文献25:Chen et al., Brain Res., (2014), 1552:41-54;及び非特許文献26:Mao et al., Aging Cell, (2015), 14:784-796)。しかし、石菖蒲の茎部分には効能が明確に謳われておらず、中医学・漢方ではほとんど使われることがない。
【0008】
また、酸棗仁及び石菖蒲の何れについても、神経細胞の修復促進又は神経新生の誘導、脳に蓄積する認知症原因タンパク質の除去、神経変性疾患の治療又は予防等の効果については知られていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Spires-Jones et al., Acta Neuropathol., (2017), 134[2]:187-205
【非特許文献2】Luo et al., Cell & Biosci., (2022), 12:2
【非特許文献3】Valiukas et al., Vaccines, (2022), 10[9]:1527
【非特許文献4】Song et al., Transl. Neurodegener., (2022), 11:18
【非特許文献5】Medina, Int. J. Mol. Sci., (2018), 19[4]:1160
【非特許文献6】Ji et al., Drugs, (2021), 81[10]:1135-1152
【非特許文献7】Alzforumウェブサイト、FBRI LLC、alpha-synuclein Targetの検索結果、https://www.alzforum.org/therapeutics/search?fda_statuses=&target_types%5B%5D=33416&therapy_types=&conditions=&keywords-entry=&keywords=、2022年12月検索
【非特許文献8】Asher et al., Life Sciences, (2022), 306:120861
【非特許文献9】Chinese Traditional and Herbal Drugs, (2001), 32[3]:246-247
【非特許文献10】Journal of Guangxi Traditional Chinese Medical University, (2002), 5[3]:11-13
【非特許文献11】Journal of Xi'an Jiaotong University (Medical Sciences), (2010), 31[6]:673-707
【非特許文献12】Liu et al., Eur. J. Pharmacol., (2014), 738:206-213
【非特許文献13】Zhang et al., Theranostics, (2018), 8:4262-4278
【非特許文献14】Tabassum et al., Sci. Rep., (2019), 9:4512
【非特許文献15】Ko et al., Biomol. Ther., (2015), 23:156-164
【非特許文献16】Lee et al., Pharmacol. Biochem. Behav., (2016), 145:9-16
【非特許文献17】Xu et al., Biomol. Ther., (2019), 27:71-77
【非特許文献18】Cai et al., Biomol. Ther., (2020), 28:131-136
【非特許文献19】Zhang et al., Biomol. Ther., (2020), 28:259-266
【非特許文献20】Geng et al., Biol. Pharm. Bull., (2010), 33:836-843
【非特許文献21】Liu et al., Yakugaku Zasshi, (2010),130[5]:737-746
【非特許文献22】Wei et al., J. Alzheimers Dis., (2013),33:863-880
【非特許文献23】Yang et al., Cell Mol. Neurobiol., (2016), 36:121-130
【非特許文献24】Xue et al., Eur. J. Pharmacol., (2014), 741:195-204
【非特許文献25】Chen et al., Brain Res., (2014), 1552:41-54
【非特許文献26】Mao et al., Aging Cell, (2015), 14:784-796
【非特許文献27】Liu et al., Talanta, (2007), 71668-675
【非特許文献28】Wang et al., J. Pharm. Anal., (2019), 9[6]:406-413
【非特許文献29】Stalder et al., Am. J. Pathol., (1999), 154[6]:1673-1684
【非特許文献30】Umeda et al., Am. J. Clin. Pathol., (2013), 183[1]:211-225
【非特許文献31】Rota et al., Transl. Neurodegener., (2019), 8:5
【非特許文献32】Tomiyama et al., J. Neurosci., (2010), 30[14]:4845-4856
【非特許文献33】Umeda et al., Acta Neuropathol. Commun., (2017), 5:59
【非特許文献34】Kelley Bromley-Brits et al., J. Vis. Exp., (2011), 53:e2920
【非特許文献35】Lippa et al., Arch Neurol., (1999), 561111-1118
【非特許文献36】Liu et al., Neuron., (2016), 90(3):521-34
【非特許文献37】Hatanaka et al., Biomedicines., (2022), 10(5):1080)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の解決すべき課題は、脳機能の維持若しくは改善、神経細胞の修復促進若しくは神経新生の誘導、脳に蓄積する認知症原因タンパク質の除去、又は、神経変性疾患の治療若しくは予防のための新たな手段を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者等は鋭意検討の結果、酸棗仁及び石菖蒲の茎部分が、各々所定の形態において、脳機能の維持若しくは改善、神経細胞の修復促進若しくは神経新生の誘導、脳に蓄積する認知症原因タンパク質の除去、又は、神経変性疾患の治療若しくは予防等の各種作用を有することを見出し、本発明を完成させた。
【0012】
即ち、本発明の趣旨は、例えば以下に関する。
[項1]酸棗仁(サンソウニン)及び石菖蒲(セキショウブ)の茎部分から選択される生薬を含有する、脳機能の維持又は改善剤であって、前記酸棗仁は、破砕物及び破砕物の抽出残渣から選択され、前記石菖蒲の茎部分は、破砕物、破砕物の抽出物、及び破砕物の抽出残渣から選択される、剤。
[項2]前記脳機能が、認知機能である、項1に記載の脳機能の維持又は改善剤。
[項3]酸棗仁及び石菖蒲の茎部分から選択される生薬を含有する、神経細胞の修復促進又は神経新生の誘導剤であって、前記の酸棗仁及び石菖蒲の茎部分は各々独立に、破砕物、破砕物の抽出物、及び破砕物の抽出残渣から選択される、剤。
[項4]酸棗仁及び石菖蒲の茎部分から選択される生薬を含有する、脳に蓄積する認知症原因タンパク質の除去剤であって、前記の酸棗仁及び石菖蒲の茎部分は各々独立に、破砕物、破砕物の抽出物、及び破砕物の抽出残渣から選択される、剤。
[項5]認知症原因タンパク質が、アミロイドβ(Aβ)、タウ、αシヌクレイン、TDP-43、FUS/TLS、ポリグルタミン、RAN(repeat-associated non-ATG)翻訳によるタンパク質、プリオン、及びSOD-1から選択される1種又は2種以上のタンパク質である、項4に記載の剤。
[項6]酸棗仁及び石菖蒲の茎部分から選択される生薬を含有する、神経変性疾患の治療又は予防剤であって、前記の酸棗仁及び石菖蒲の茎部分は各々独立に、破砕物、破砕物の抽出物、及び破砕物の抽出残渣から選択される、剤。
[項7]神経変性疾患が、変性性認知症である、項6に記載の剤。
[項8]変性性認知症が、アルツハイマー病、前頭側頭型認知症、及びレビー小体型認知症から選択される1種又は2種以上の認知症である、項7に記載の剤。
[項9]前記生薬が、対象に対して0.05mg~10g/日の量で投与される、項1~8の何れか一項に記載の剤。
[項10]項1~8の何れか一項に記載の剤を含む食品。
[項11]項1~8の何れか一項に記載の剤を含む医薬。
[項12]対象の脳機能を維持又は改善するための方法であって、酸棗仁及び石菖蒲の茎部分から選択される生薬を、それを必要とする対象に投与することを含み、前記酸棗仁は、破砕物及び破砕物の抽出残渣から選択され、前記石菖蒲の茎部分は、破砕物、破砕物の抽出物、及び破砕物の抽出残渣から選択される、方法。
[項13]脳機能が認知機能である、項12に記載の方法。
[項14]対象の神経細胞の修復を促進し、又は神経新生を誘導するための方法であって、酸棗仁及び石菖蒲の茎部分から選択される生薬を、それを必要とする対象に投与することを含み、前記の酸棗仁及び石菖蒲の茎部分は各々独立に、破砕物、破砕物の抽出物、及び破砕物の抽出残渣から選択される、方法。
[項15]対象の脳に蓄積する認知症原因タンパク質を除去するための方法であって、酸棗仁及び石菖蒲の茎部分から選択される生薬を、それを必要とする対象に投与することを含み、前記の酸棗仁及び石菖蒲の茎部分は各々独立に、破砕物、破砕物の抽出物、及び破砕物の抽出残渣から選択される、方法。
[項16]認知症原因タンパク質が、アミロイドβ(Aβ)、タウ、αシヌクレイン、TDP-43、FUS/TLS、ポリグルタミン、RAN(repeat-associated non-ATG)翻訳によるタンパク質、プリオン、及びSOD-1から選択される1種又は2種以上のタンパク質である、項15に記載の方法。
[項17]対象の神経変性疾患を治療又は予防するための方法であって、酸棗仁及び石菖蒲の茎部分から選択される生薬を、それを必要とする対象に投与することを含み、前記の酸棗仁及び石菖蒲の茎部分は各々独立に、破砕物、破砕物の抽出物、及び破砕物の抽出残渣から選択される、方法。
[項18]神経変性疾患が、変性性認知症である、項17に記載の方法。
[項19]変性性認知症が、アルツハイマー病、前頭側頭型認知症、及びレビー小体型認知症から選択される1種又は2種以上の認知症である、項18に記載の方法。
[項20]前記生薬を、対象に対して0.05mgmg~10g/日の量で投与する、項12~19の何れか一項に記載の方法。
[項21]酸棗仁及び石菖蒲の茎部分から選択される生薬の破砕粉末であって、破砕粉末のうち100μm以下の粒径の破砕粉末が占める割合が50%以上である、破砕粉末。
[項22]水分活性が0.7未満である、項21に記載の破砕粉末。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、酸棗仁及び石菖蒲の茎部分を各々所定の形態において用いることにより、脳機能の維持若しくは改善、神経細胞の修復促進若しくは神経新生の誘導、脳に蓄積する認知症原因タンパク質の除去、又は、神経変性疾患の治療若しくは予防のための新たな手段が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、実施例A1における、酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)を0.1mg/日及び0.5mg/日で投与したTau784マウスのモリス水迷路試験の結果を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示すグラフである。
【
図2】
図2は、実施例A1における、酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)を0.1mg/日及び0.5mg/日で投与したTau784マウスの海馬CA2/3領域におけるタウ病理を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図2Aはリン酸化タウ及びタウオリゴマーの染色結果を示す写真であり、
図2Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。
【
図3】
図3は、実施例A1における、酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)を0.1mg/日及び0.5mg/日で投与したTau784マウスの海馬CA2/3領域の苔状線維におけるシナプトフィジン病理を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図3Aはシナプトフィジンの染色結果を示す写真であり、
図3Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。
【
図4】
図4は、実施例A2における、酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)を投与したAPP23マウスのモリス水迷路試験の結果を、対象として水を投与したAPP23マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示すグラフである。
図4Aは0.1mg/日で投与した結果を示すグラフであり、
図4Bは0.5mg/日で投与した結果を示すグラフである。
【
図5】
図5は、実施例A2における、酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)を0.1mg/日で投与したAPP23マウスの大脳皮質(CC)及び海馬(HC)におけるアミロイドβオリゴマー病理を、対象として水を投与したAPP23マウスとの比較で示す図である。
図5Aはアミロイドβオリゴマーの染色結果を示す写真であり、
図5Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。
【
図6】
図6は、実施例A2における、酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)を0.1mg/日で投与したAPP23マウスの大脳皮質(CC)及び海馬(HC)におけるアミロイド沈着病理を、対象として水を投与したAPP23マウスとの比較で示す図である。
図6Aはアミロイド沈着の染色結果を示す写真であり、
図6Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。
【
図7】
図7は、実施例A2における、酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)を0.1mg/日で投与したAPP23マウスの海馬CA2/3領域におけるシナプトフィジン病理を、対象として水を投与したAPP23マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図7Aはシナプトフィジンの染色結果を示す写真であり、
図7Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。
【
図8】
図8は、実施例A3における、酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)、破砕粉末(Cru-ZSS)、及び抽出残渣(Res-ZSS)を0.1mg/日で投与したTau784マウスのモリス水迷路試験の結果を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示すグラフである。
図8Aは熱水抽出物(Ext-ZSS)及び破砕粉末(Cru-ZSS)の結果を示すグラフであり、
図8Bは抽出残渣(Res-ZSS)及び破砕粉末(Cru-ZSS)の結果を示すグラフである。
【
図9】
図9は、実施例A3における、酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)、破砕粉末(Cru-ZSS)、及び抽出残渣(Res-ZSS)を0.1mg/日で投与したTau784マウスの海馬CA2/3領域におけるタウ病理を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図9Aはリン酸化タウ及びタウオリゴマーの染色結果を示す写真であり、
図9Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。
【
図10】
図10は、実施例A3における、酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)、破砕粉末(Cru-ZSS)、及び抽出残渣(Res-ZSS)を0.1mg/日で投与したTau784マウスの海馬CA2/3領域におけるシナプトフィジン及びBDNF病理を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図10Aはシナプトフィジン及びBDNFの染色結果を示す写真であり、
図10Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。
【
図11】
図11は、実施例A4における、酸棗仁の3種の主成分であるジュジュボシドA、ジュジュボシドB、及びスピノシンの混合溶液を投与したTau784マウスのモリス水迷路試験の結果を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示すグラフである。混合溶液中におけるジュジュボシドA、ジュジュボシドB、及びスピノシンの1日量はそれぞれ0.455g、0.2g、及び0.7gであり、これらは酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)0.5mg中の各成分量に相当する。
【
図12】
図12は、実施例A5における、酸棗仁の破砕粉末(Cru-ZSS)を0.1mg/日で投与したHuα-Syn(A53T)マウスの海馬CA2/3領域におけるα-シヌクレイン病理を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図12Aはリン酸化α-シヌクレイン及びα-シヌクレインオリゴマーの染色結果を示す写真であり、
図12Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。
【
図13】
図13は、実施例A5における、酸棗仁の破砕粉末(Cru-ZSS)を0.1mg/日で投与したHuα-Syn(A53T)マウスの歯状回(DG)及び黒質(SN)における神経新生のレベルを、対象として水を投与したHuα-Syn(A53T)マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図13AはBrdU(赤)及びダブルコルチン(DCX、緑)の免疫蛍光染色結果を示す写真であり、
図13Bは各写真の二重陽性細胞(黄色)を新生ニューロンと見做して計数した結果を示すグラフである。
【
図14】
図14は、実施例A6における、酸棗仁の破砕粉末(Cru-ZSS)を0.1mg/日で投与したHuα-Syn(A53T)マウスのロータロッド試験の結果を、対象として水を投与したHuα-Syn(A53T)マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示すグラフである。
【
図15】
図15は、実施例A7における、酸棗仁の熱水抽出物(HOT water ext-Z)またはエタノール抽出物(EtOH ext-Z)を0.1mg/日で投与したAPPOSKマウスのモリス水迷路試験の結果を、対象として水を投与したAPPOSKマウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示すグラフである。
【
図16】
図16は、比較例A8における、破砕酸棗仁の熱水抽出物(Crushed-HOT water ext-Z)、未破砕酸棗仁の熱水抽出物(Intact-HOT water ext-Z)、または未破砕酸棗仁のエタノール抽出物(Intact-EtOH ext-Z)を0.1mg/日で投与したOSK-KIマウスのモリス水迷路試験の結果を、対象として水を投与したOSK-KIマウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示すグラフである。
【
図17】
図17は、実施例B1における、石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)及び石菖根の熱水抽出物(Ext-AGR)を0.5mg/日で投与したTau784マウスのモリス水迷路試験の結果を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示すグラフである。
【
図18】
図18は、実施例B1における、石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)及び石菖根の熱水抽出物(Ext-AGR)を0.5mg/日で投与したTau784マウスの海馬CA2/3領域におけるタウ病理を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図18Aはリン酸化タウ及びタウオリゴマーの染色結果を示す写真であり、
図18Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。
【
図19】
図19は、実施例B1における、石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)及び石菖根の熱水抽出物(Ext-AGR)を0.5mg/日で投与したTau784マウスの海馬CA2/3領域の苔状線維におけるシナプトフィジン病理を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図19Aはシナプトフィジンの染色結果を示す写真であり、
図19Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。
【
図20】
図20は、実施例B2における、石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)を0.5mg/日で投与したAPP23マウスのモリス水迷路試験の結果を、対象として水を投与したAPP23マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示すグラフである。
【
図21】
図21は、実施例B2における、石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)を0.1mg/日で投与したAPP23マウスの大脳皮質(CC)及び海馬(HC)におけるアミロイドβオリゴマー病理を、対象として水を投与したAPP23マウスとの比較で示す図である。
図21Aはアミロイドβオリゴマーの染色結果を示す写真であり、
図21Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。
【
図22】
図22は、実施例B2における、石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)を0.1mg/日で投与したAPP23マウスの大脳皮質(CC)及び海馬(HC)におけるアミロイド沈着病理を、対象として水を投与したAPP23マウスとの比較で示す図である。
図22Aはアミロイド沈着の染色結果を示す写真であり、
図22Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。
【
図23】
図23は、実施例B2における、石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)を0.1mg/日で投与したAPP23マウスの海馬CA2/3領域におけるシナプトフィジン病理を、対象として水を投与したAPP23マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図23Aはシナプトフィジンの染色結果を示す写真であり、
図23Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。
【
図24】
図24は、実施例B3における、石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)、破砕粉末(Cru-AGS)、及び抽出残渣(Res-AGS)を0.1mg/日で投与したTau784マウスのモリス水迷路試験の結果を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示すグラフである。
図24Aは熱水抽出物(Ext-AGS)及び破砕粉末(Cru-AGS)の結果を示すグラフであり、
図24Bは抽出残渣(Res-AGS)及び破砕粉末(Cru-AGS)の結果を示すグラフである。
【
図25】
図25は、実施例B3における、石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)、破砕粉末(Cru-AGS)、及び抽出残渣(Res-AGS)を0.1mg/日で投与したTau784マウスの海馬CA2/3領域におけるタウ病理を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図25Aはリン酸化タウ及びタウオリゴマーの染色結果を示す写真であり、
図25Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。
【
図26】
図26は、実施例B3における、石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)、破砕粉末(Cru-AGS)、及び抽出残渣(Res-AGS)を0.1mg/日で投与したTau784マウスの海馬CA2/3領域におけるシナプトフィジン及びBDNF病理を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図26Aはシナプトフィジン及びBDNFの染色結果を示す写真であり、
図26Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。
【
図27】
図27は、実施例B4における、石菖茎の破砕粉末(Cru-AGS)を0.1mg/日で投与したHuα-Syn(A53T)マウスの海馬CA2/3領域におけるα-シヌクレイン病理を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図27Aはリン酸化α-シヌクレイン及びα-シヌクレインオリゴマーの染色結果を示す写真であり、
図27Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。
【
図28】
図28は、実施例B4における、石菖茎の破砕粉末(Cru-AGS)を0.1mg/日で投与したHuα-Syn(A53T)マウスの歯状回(DG)及び黒質(SN)における神経新生のレベルを、対象として水を投与したHuα-Syn(A53T)マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図28AはBrdU(赤)及びダブルコルチン(DCX、緑)の免疫蛍光染色結果を示す写真であり、
図28Bは各写真の二重陽性細胞(黄色)を新生ニューロンと見做して計数した結果を示すグラフである。
【
図29】
図29は、実施例C1における、石菖茎(Cru-AGS)及び酸棗仁(Cru-ZSS)の粉砕物を0.1mg/日で投与したC9-500マウスのモリス水迷路試験の結果を、対象として水を投与したC9-500マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示すグラフである。
【
図30】
図30は、石菖茎(Cru-AGS)及び酸棗仁(Cru-ZSS)の粉砕物を0.1mg/日で投与したC9-500マウスの海馬CA2/3領域におけるTDP-43病理を、対象として水を投与したC9-500マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図30AはTDP-43の染色結果を示す写真であり、
図30Bは各写真のpunctaを定量化した結果を示すグラフである。
【
図31】
図31は、石菖茎(Cru-AGS)及び酸棗仁(Cru-ZSS)の粉砕物を0.1mg/日で投与したC9-500マウスの海馬CA2/3領域の苔状線維におけるシナプトフィジン病理を、対象として水を投与したC9-500マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図31Aはシナプトフィジンの染色結果を示す写真であり、
図31Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。
【
図32】
図32は、6-7ヶ月齢のHuα-Syn(A53T)マウス(平均体重、AGS28.0g)に対して、石菖茎の破砕粉末(Cru-AGS)、酸棗仁(ZSS)の破砕粉末(Cru-ZSS)を0.1mg/日で1ヶ月間経口投与し、モリス水迷路試験を実施した結果を示す図である。
【
図33】
図33は、酸棗仁の破砕粉末の粒度分布の解析結果を示すグラフである。
図33Aは、ハンマーミル粉砕法により得られた破砕粉末の粒度分布、
図33Bは、気流式粉砕法により得られた破砕粉末の粒度分布である。
【
図34】
図34は、実施例D2における、気流式粉砕法で得られた酸棗仁の破砕粉末を1mg/kg/日、または3mg/kg/日で投与したTau784マウスのモリス水迷路試験の結果を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を具体的な実施の形態に即して詳細に説明する。但し、本発明は以下の実施の形態に束縛されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において、任意の形態で実施することが可能である。
【0016】
[概要]
前述のように、従来検討されてきた抗認知症薬の殆どが失敗に終わった原因は、副作用の問題を別とすれば、薬の投与時期が遅すぎること、及び、誤った分子を標的としていることにあると考えられる。Aβの脳への蓄積はアルツハイマー病発症の20年以上も前から、タウの蓄積も約10年前から始まることが示されている。Aβが蓄積し、タウが蓄積し、神経細胞が死に始め、その後ようやく認知症が発症する。つまり、認知症が発症する頃には、すでに多くの神経細胞が死んでいるのである。Aβやタウを取り除くのなら、それは神経細胞が死に始める前でないと意味がない。すなわち、Aβやタウを標的とする薬の役割は、治療ではなく予防にあるということである。また、以前は、老人斑や神経原線維変化(凝集したタウの蓄積物)等、タンパク質の不溶性凝集体が神経細胞を殺すことで病気が発症すると考えられていた。しかし、最近では、その前段階でできる可溶性のオリゴマーが神経細胞の機能を障害することで認知症が発症すると考えられている。従って、認知症の予防では原因タンパク質のオリゴマーを除去することが必要である。
【0017】
予防という観点からすると、Aβ特異的、タウ特異的、或いはαシヌクレイン特異的ではなく、一剤で様々な原因タンパク質のオリゴマーに作用できることが望ましい。さらに、オリゴマーによって傷んだ神経細胞を修復し、脳の機能を回復させる作用も必要である。また、認知症の予防は長期に渡るため、その予防薬は安全且つ安価で、できれば医者の助けを借りず自分自身で非侵襲的に摂取できることが望ましい。このように認知症の予防薬に求められる要件は多いので、これを単一成分からなる医薬品で達成するのは困難である。また、認知症の予防のため、すべての中高齢者が長期間摂取するとなると、医薬品ではいずれ医療経済が破綻するおそれがある。
【0018】
斯かる問題を解決するべく、本発明者等は、長い歴史を持つ中医学・漢方医学において用いられている生薬に着目した。認知機能改善に有効な生薬があれば、中高齢者は医者にかかることなく自分の判断で入手でき、また、食事等に加えて摂取することで、普段の生活から認知症予防に努めることができる。そこで本発明者等は鋭意検討の結果、酸棗仁及び石菖蒲の茎部分(石菖茎)が、各々所定の形態において、脳機能の維持若しくは改善、神経細胞の修復促進若しくは神経新生の誘導、脳に蓄積する認知症原因タンパク質の除去、又は、神経変性疾患の治療若しくは予防等の各種作用を有することを見出した。本発明は斯かる知見に基づくものである。
【0019】
すなわち、本発明の一側面によれば、酸棗仁及び石菖蒲の茎部分から選択される生薬を含有する、脳機能の維持若しくは改善剤、神経細胞の修復促進若しくは神経新生の誘導剤、脳に蓄積する認知症原因タンパク質の除去剤、又は、神経変性疾患の治療若しくは予防剤(これらを総称して適宜「本発明の剤」という場合がある。)が提供される。
【0020】
また、本発明の一側面によれば、本発明の剤を含む食品が提供される(これを適宜「本発明の食品」という場合がある。)。
【0021】
また、本発明の一側面によれば、本発明の剤を含む医薬が提供される(これを適宜「本発明の医薬」という場合がある。)。
【0022】
また、本発明の一側面によれば、酸棗仁及び石菖蒲の茎部分から選択される生薬、本発明の剤、本発明の食品、及び本発明の医薬から選択される1種又は2種以上を対象に投与することを含む、脳機能の維持若しくは改善方法、神経細胞の修復促進若しくは神経新生の誘導方法、脳に蓄積する認知症原因タンパク質の除去方法、又は、神経変性疾患の治療若しくは予防方法(これらを総称して適宜「本発明の方法」という場合がある。)が提供される。
【0023】
[酸棗仁]
一実施態様によれば、本発明の剤は、生薬として酸棗仁(サンソウニン)を含有する。酸棗仁は、「精神を安定させる」作用を持つとされ、中医学・漢方では遠志や竜眼肉等と配合され、不眠や健忘に処方されている。先の厚生省薬務局長通知では、酸棗仁も非医薬品扱いであり、食品として使用することが可能である。
【0024】
本発明者等は、酸棗仁を乾燥させて破砕した粉末(Cru-ZSS)、当該乾燥粉末を熱水等で抽出して作製した抽出物(Ext-ZSS)、そして抽出後に残った抽出残渣(Res-ZSS)を準備し、タウ病理を示す前頭側頭型認知症のモデルマウス(Tau784マウス:実施例A1、A3、及びA4)、TDP-43病理を示す前頭側頭型認知症のモデルマウス(C9-500マウス:実施例C1)、及びAβ病理を示すアルツハイマー病のモデルマウス(APP23マウス:実施例A2)に1カ月間経口投与して、認知機能改善作用及び脳病理改善作用を評価した。さらに、酸棗仁を乾燥させて破砕した粉末(Cru-ZSS)を、αシヌクレイン病理を示すレビー小体型認知症のモデルマウス(Huα-Syn(A53T)マウス:実施例A6)に1カ月間経口投与して、脳病理改善作用及び神経新生作用を評価した。また、酸棗仁の神経修復作用を、脳由来神経栄養因子(BDNF)の発現誘導や神経新生の誘導に基づいて評価した。その結果、酸棗仁は、漢方として一般的な処理である熱水抽出により得られる抽出物(Ext-ZSS)ばかりでなく、普段は捨てられる抽出残渣(Res-ZSS)や、更には単に破砕しただけの粉末(Cru-ZSS)にも、モデルマウスの認知機能改善、Aβ、タウ、αシヌクレインのオリゴマーの除去、シナプスの回復、脳由来神経栄養因子(BDNF)の発現誘導・神経新生誘導等の各種活性が存在することが分かった。しかも特筆すべきは、その活性が酸棗仁の破砕粉末で最も強かったこと、酸棗仁の破砕粉末を与えたマウスの認知機能が、同月齢の野生型マウス以上に良くなったことである。
【0025】
酸棗仁の主な含有成分としては、スピノシン、ジュジュボシドA、及びジュジュボシドBが挙げられる。これらの成分に、Aβ除去作用やBDNF発現誘導作用、神経新生作用があることは、既に知られている(前述の非特許文献12:Liu et al., Eur. J. Pharmacol., (2014), 738:206-213;非特許文献13:Zhang et al., Theranostics, (2018), 8:4262-4278;非特許文献14:Tabassum et al., Sci. Rep., (2019), 9:4512;非特許文献15:Ko et al., Biomol. Ther., (2015), 23:156-164;非特許文献16:Lee et al., Pharmacol. Biochem. Behav., (2016), 145:9-16;非特許文献17:Xu et al., Biomol. Ther., (2019), 27:71-77;非特許文献18:Cai et al., Biomol. Ther., (2020), 28:131-136;及び非特許文献19:Zhang et al., Biomol. Ther., (2020), 28:259-266)。本発明者等は、酸棗仁を乾燥させて破砕した粉末(Cru-ZSS)と、当該乾燥粉末を熱水で抽出して作製した抽出物(Ext-ZSS)とで、これらの成分の含有量を比較したところ、抽出物(Ext-ZSS)の方がこれらの成分量は高かった(実施例A5)にもかかわらず、破砕粉末(Cru-ZSS)の方が認知機能改善作用は強かった(実施例A4)。また、抽出物(Ext-ZSS)に含まれると同量のスピノシン、ジュジュボシドA、及びジュジュボシドBの混合物をマウスに与えたところ、抽出物(Ext-ZSS)を与えたときよりも認知機能改善作用は弱かった(実施例A5)。これらの結果は、酸棗仁にはスピノシン、ジュジュボシドA、及びジュジュボシドB以外にも認知機能改善に有効な成分が含まれていること、更には、その有効成分は破砕しただけの粉末に最も多く含まれていることを示唆している。
【0026】
[石菖茎]
一実施態様によれば、本発明の剤は、生薬として石菖蒲(セキショウブ)の茎部分(これを適宜「石菖茎」という場合がある。)を含有する。石菖蒲は、根の部分(これを適宜「石菖根」という場合がある。)が「血流を改善し、意識を明らかにする」ことから健忘に効くとされ、中医学・漢方で常用されてきた。平成30年4月18日改正の厚生省薬務局長通知「無承認無許可医薬品の指導取締りについて」別紙「医薬品の範囲に関する基準」別添3「医薬品的効能効果を標ぼうしない限り医薬品として判断しない成分本質(原材料)リスト」(これを適宜「厚生省薬務局長通知」という場合がある。)では、石菖根は医薬品扱いとなっている。しかし、石菖茎は効能が明確に謳われておらず、中医学・漢方ではほとんど使われることがない。先の厚生省薬務局長通知でも、石菖茎は非医薬品扱いであり、食品として使用することが可能である。
【0027】
本発明者等は、石菖茎を乾燥させて破砕した粉末(Cru-AGS)、当該乾燥粉末を熱水等で抽出して作製した抽出物(Ext-AGS)、そして抽出後に残った抽出残渣(Res-AGS)を準備し、タウ病理を示す前頭側頭型認知症のモデルマウス(Tau784マウス:実施例B1及びB3)、Aβ病理を示すアルツハイマー病のモデルマウス(APP23マウス:実施例B2)、及びTDP-43病理を示す前頭側頭型認知症のモデルマウス(C9―500マウス:実施例C1)に1カ月間経口投与して、認知機能改善作用及び脳病理改善作用を評価した。さらに、石菖茎を乾燥させて破砕した粉末(Cru-AGS)を、αシヌクレイン病理を示すレビー小体型認知症のモデルマウス(Huα-Syn(A53T)マウス:実施例B4)に1カ月間経口投与して、脳病理改善作用及び神経新生作用を評価した。また、石菖茎の神経修復作用を、脳由来神経栄養因子(BDNF)の発現誘導や神経新生の誘導に基づいて評価した。その結果、石菖茎は、漢方として一般的な処理である熱水抽出により得られる抽出物(Ext-AGS)ばかりでなく、普段は捨てられる抽出残渣(Res-AGS)や、更には単に破砕しただけの粉末(Res-AGS)にも、モデルマウスの認知機能改善、Aβ、タウ、αシヌクレインのオリゴマーの除去、シナプスの回復、脳由来神経栄養因子(BDNF)の発現誘導・神経新生誘導等の各種活性が存在することが分かった。しかも特筆すべきは、その活性が、石菖茎の破砕粉末(Res-AGS)で最も強かったことである。
【0028】
中医学・漢方で用いられる石菖根の主な含有成分は、αアサロン、βアサロン、オイゲノール等である。これらの成分に、アミロイドβ、タウ、αシヌクレイン等の認知症原因タンパク質を除去する作用や、神経成長因子(NGF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、グリア細胞由来神経栄養因子(GDNF)等の発現を誘導する作用があることは、すでに知られている(前述の非特許文献20:Geng et al., Biol. Pharm. Bull., (2010), 33:836-843;非特許文献21:Liu et al., Yakugaku Zasshi, (2010),130:737-746;非特許文献22:Wei et al., J. Alzheimers Dis., (2013),33:863-880;非特許文献23:Yang et al., Cell Mol. Neurobiol., (2016), 36:121-130;非特許文献24:Xue et al., Eur. J. Pharmacol., (2014), 741:195-204;非特許文献25:Chen et al., Brain Res., (2014), 1552:41-54;及び非特許文献26:Mao et al., Aging Cell, (2015), 14:784-796)。しかし、これらの成分を多く含む石菖根に対し、これらの成分が比較的少なく、普段あまり使用されない石菖茎に強い認知機能改善作用があることは、本発明者等の検討により初めて明らかになった知見である。
【0029】
[生薬の形態]
一実施態様によれば、酸棗仁は、任意の形態で用いることができる。斯かる形態の例としては、限定されるものではないが、酸棗仁の破砕物、破砕物の抽出物、及び破砕物の抽出残渣を挙げることができる。中でも、本発明の剤として、脳機能の維持又は改善剤に使用する場合、酸棗仁は通常は破砕物又は破砕物の抽出残渣の形態で使用されるが、酸棗仁の破砕物の形態で使用することが好ましい。一方、本発明の剤として、神経細胞の修復促進若しくは神経新生の誘導剤、脳に蓄積する認知症原因タンパク質の除去、又は、神経変性疾患の治療若しくは予防に使用する場合、酸棗仁は破砕物、破砕物の抽出物、及び破砕物の抽出残渣の何れの形態であってもよいが、酸棗仁の破砕物の形態で使用することが好ましい。
【0030】
一実施態様によれば、石菖茎は、任意の形態で用いることができる。斯かる形態の例としては、限定されるものではないが、石菖茎の破砕物、破砕物の抽出物、及び、破砕物の抽出残渣を挙げることができる。中でも、石菖茎の破砕物の形態で使用することが好ましい。
【0031】
中医学・漢方医学においては、多くの場合、乾燥させた生薬を熱水で処理して(すなわち、煎じて)、そこから抽出されたエキスを服用することが一般的であり、残った残渣は廃棄される。しかし、本発明者等の知見によれば、酸棗仁及び石菖茎から選択される生薬は、これを乾燥させた後、単に破砕した粉末等の破砕物の形態で用いた場合に、各種の認知機能改善作用が最も強く発揮される。これは、従来の中医学・漢方医学の常識からは予想できない、驚くべき知見であると言える。
【0032】
具体的に、酸棗仁及び石菖茎から選択される生薬を、破砕粉末等の破砕物の形態とする場合、その処理条件は特に制限されないが、例えば以下の通りである。まず、生薬に対して乾燥処理を行う。乾燥処理の条件は制限されず、公知の各種条件を用いればよいが、例としては、自然乾燥や加熱乾燥といった形で0~100℃の温度で乾燥することが挙げられる。また、焙煎を行ってもよい。次に、乾燥ないし焙煎後の生薬に対して破砕処理を行う。破砕処理の手段も制限されず、公知の各種手段を用いればよいが、手作業による破砕法や、湿式粉砕法や乾式粉砕法等の粉砕機を用いた粉砕が挙げられる。乾式粉砕法としては、ハンマーミル破砕法及び気流式粉砕法等が挙げられる。気流式粉砕法では、粉砕室内で回転ローターとブレードにより旋回気流が発生し、投入試料は該旋回気流により相互に繰り返し衝突することで粉砕される。微粉砕された試料は分級室と呼ばれる回収室に移動するが、粉砕不十分な試料は再度粉砕室に戻り粉砕が進行する。得られた生薬の破砕物を、そのまま用いてもよいが、篩を通して、粒径を所定値以下に制御した粉末を取得してもよい。例えば、目開き0.02mm~20mmの篩を用いることができ、より具体的に例えば、酸棗仁粉末は目開き2~3mmの篩の後500μmの篩にかけることで、石菖蒲茎粉末は目開き2~3mmの篩の後500μmの篩にかけることで粒径を調整してもよい。
【0033】
なお、使用性の観点から、生薬の破砕物のうち、所定粒径以下の破砕物が所定割合以上を占めるように、破砕粉末の粒径を調整すると好ましい。具体的には、生薬の破砕物のうち、100μm以下の粒径の破砕物が占める割合が50%以上であることが好ましく、75%以上であることがより好ましい。また、最終的に得られる破砕粉末は、保存性の観点から、水分活性が0.7未満であることが好ましく、0.64未満であることがより好ましく、0.6未満であることがさらに好ましい。なお、斯かる所定粒径以下の破砕物が所定割合以上を占める生薬の破砕物も、本発明の対象に含まれるものとする。
【0034】
また、酸棗仁及び石菖茎から選択される生薬を、破砕物の抽出物又は抽出残渣の形態とする場合、その処理条件は特に制限されないが、例えば前記の生薬の乾燥破砕物に対し、抽出溶媒を加えて抽出を行えばよい。具体的には、生薬の乾燥破砕物1質量部に対して、例えば1~100質量部の抽出溶媒を加え、例えば0.1~100時間にわたって保持することにより、抽出を行うことができる。抽出溶媒も特に制限されず、公知の各種溶媒を用いることが可能であるが、例としては水や、エタノール等の親水性有機溶媒が挙げられる。抽出溶媒を用いた抽出の際には常温或いは加熱して行う。例えば水で加熱する場合、破砕物に熱水を加えた状態で、30~100℃で加熱することができる。また、必要に応じて撹拌処理、超音波処理、加熱還流処理等を併用し、抽出効率を高めることもできる。抽出の完了後、手作業や濾過等の手段により液体成分と固体成分とを分離する。分離した液体成分を破砕物の抽出物として、固体成分を破砕物の抽出残渣として用いることができる。何れも必要に応じて、溶媒を蒸発濃縮してから用いてもよい。
【0035】
[剤の作用]
一実施態様によれば、本発明の剤は、脳機能の維持又は改善剤である。本発明において「脳機能の維持又は改善」とは、限定されるものではないが、認知機能及び/又は運動機能の維持又は改善を意味する。
【0036】
本発明において「認知機能」の維持又は改善とは、限定されるものではないが、軽いもの忘れや、認知症などで見られる記憶障害、見当識障害、判断力・理解力の障害、実行機能障害、失行・失認・失語などの異常が起こらないようにすること、或いはそれらの異常を改善することを意味する。
【0037】
本発明において「運動機能」の維持又は改善とは、限定されるものではないが、パーキンソン病などで見られる振戦、筋固縮、姿勢反射障害、無動・寡動などのパーキンソニズム、ハンチントン病などで見られる不随意運動、脊髄小脳変性症などで見られる協調運動障害、筋萎縮性側索硬化症などで見られる筋力低下などの異常が起こらないようにすること、或いはそれらの異常を改善することを意味する。
【0038】
本発明の剤による脳機能の維持又は改善作用は、例えば後述の実施例に示すように、脳病理を発症するモデル動物に当該剤を投与した後、モリス水迷路試験等の認知機能試験やロータロッド試験等の運動機能試験に供することにより、又は、脳切片を染色して観察することにより、評価することができる。
【0039】
一実施態様によれば、本発明の剤は、神経細胞の修復促進又は神経新生の誘導剤である。本発明において「神経細胞の修復促進」としては、限定されるものではないが、低下したシナプスの数や機能の回復、低下した神経細胞の機能の回復、シナプスや神経細胞の機能維持・回復を促し各種ストレスから神経細胞を保護する脳由来神経栄養因子(BDNF)や神経成長因子(NGF)などの発現亢進等が挙げられる。本発明において「神経新生の誘導」とは、限定されるものではないが、DNA合成を活発に行う未成熟な神経細胞の新たな出現を誘導することを意味する。DNA合成の指標としては、外から投与された核酸アナログBrdUなどを積極的に取り込んでいること、未成熟な神経細胞のマーカーとして、ダブルコルチンなどを発現していること等が挙げられる。本発明の剤による神経細胞の修復促進作用又は神経新生の誘導作用は、例えば後述の実施例に示すように、認知症又は脳病理を発症するモデル動物に当該剤を投与した後、脳由来神経栄養因子(BDNF)の発現誘導を観察することにより、又は、脳切片を染色して観察することにより、評価することができる。
【0040】
一実施態様によれば、本発明の剤は、脳に蓄積する認知症原因タンパク質の除去剤である。本発明において「認知症原因タンパク質」とは、認知症の原因物質として特定又は推定されているタンパク質を意味する。例としては、これらに限定されるものではないが、アミロイドβ(Aβ)、タウ、αシヌクレイン、TDP-43、FUS/TLS、ポリグルタミン、RAN(repeat-associated non-ATG)翻訳によるタンパク質、プリオン、SOD-1等から選択される1種又は2種以上のタンパク質が挙げられる。本発明の剤による脳機能の維持又は改善作用は、例えば後述の実施例に示すように、認知症を発症するモデル動物に当該剤を投与した後、脳切片を染色して観察することにより、評価することができる。
【0041】
一実施態様によれば、本発明の剤は、神経変性疾患の治療又は予防剤である。本発明において「神経変性疾患」とは、限定されるものではないが、本願明細書においては、前述の何れかの認知症原因タンパク質が脳に蓄積する神経変性疾患を意味する。神経変性疾患の例としては、限定されるものではないが、アルツハイマー病(Aβ、タウ)、前頭側頭葉変性症(タウ、TDP-43、FUS/TLS)、レビー小体型認知症(αシヌクレイン)、パーキンソン病(αシヌクレイン)、多系統萎縮症(αシヌクレイン)、ハンチントン病(ポリグルタミン)、筋萎縮性側索硬化症(TDP-43、FUS/TLS、RANタンパク質、SOD-1)、脊髄小脳変性症(RANタンパク質)、クロイツフェルト・ヤコブ病(プリオン)等が挙げられる(なお、各神経変性疾患において蓄積が見られる認知症原因タンパク質の例を括弧内に示す。)。中でも、本発明の神経変性疾患の治療又は予防剤は、変性性認知症の治療又は予防剤であることが好ましい。変性性認知症の例としては、限定されるものではないが、アルツハイマー病、前頭側頭型認知症、レビー小体型認知症等が挙げられる。中でも、タウが蓄積する前頭側頭型認知症をさらに細かく分類すれば、ピック病、大脳皮質基底核変性症、進行性核上性麻痺等が挙げられる。本発明の剤による神経変性疾患の治療又は予防作用は、例えば後述の実施例に示すように、神経変性疾患(例えば変性性認知症)を発症するモデル動物に当該剤を投与した後、モリス水迷路試験等の認知機能試験やロータロッド試験等の運動機能試験に供することにより、又は、脳切片を染色して観察することにより、評価することができる。
【0042】
[剤の剤型、用法・用量]
本発明の剤の剤型は特に制限されないが、例えば酸棗仁及び石菖茎から選択される生薬を、破砕物、破砕物の抽出物、破砕物の抽出残渣等の任意の形態でそのまま、或いは所望の賦形剤及び/又は担体等のその他の成分と共に製剤化して使用することができる。また、本発明の剤を含む食品(本発明の食品)又は医薬(本発明の医薬)の形態で使用する場合には、本発明の剤の有効成分である酸棗仁及び/又は石菖茎を、それぞれ食品又は医薬の形態に応じたその他の成分と共に混合して使用することができる。詳しくは後述する。
【0043】
本発明の剤の用法も特に制限されないが、通常は経口で投与される。特に本発明の剤は、食品(本発明の食品)又は経口医薬(本発明の医薬)の形態で使用することが好ましい。詳しくは後述する。
【0044】
本発明の剤の用量も特に制限されないが、例えば、本発明の剤は、その有効成分である酸棗仁及び/又は石菖茎が、通常0.05mg/日以上、中でも0.5mg/日以上、更には1.0mg/日以上、また、通常10g/日以下、中でも5g/日以下、更には1g/日以下の量となるように、対象に対して投与することができる。
【0045】
[食品]
本発明の一側面によれば、本発明の剤を含む食品(本発明の食品)が提供される。本発明の食品は、本発明の剤のいずれか1つを含むことを特徴とし、その剤の用途に用いられる。
【0046】
本発明の食品は、溶液、懸濁液、乳濁液、粉末、固体成形物などの、経口摂取が可能な任意の形態とすることができる。また、後述の本発明の医薬と同様にして、カプセル、トローチ、シロップ、顆粒などの剤形に成形することができる。
【0047】
本発明の食品は、例えば、茶、紅茶、コーヒー、清涼飲料、アルコール飲料、炭酸飲料、乳飲料、果汁飲料、栄養ドリンク、濃縮飲料、粉末飲料(粉末ジュース、粉末スープなど)などの飲料;サプリメント;飴、グミ、ガム、チョコレート、クッキー、ビスケットなどの菓子類;アイスクリームなどの冷菓;ヨーグルト、加工乳などの乳製品;シリアル、パン、ケーキミックスなどの小麦粉製品;そばなどの麺類;マヨネーズ、ホイップクリーム、ドレッシングなどの油脂加工品;水産加工品;畜産加工品;農産加工品として製造することができる。これらの食品の製造時に、本発明の剤を添加して含有させることにより、本発明の食品を製造することができる。
【0048】
本発明の食品には、他の食品素材のほか、必要に応じて、甘味料、着色料、保存料、増粘剤、安定剤、ゲル化剤もしくは糊料、アスコルビン酸等の酸化防止剤、発色剤、漂白剤、防かび剤もしくは防ばい剤、イーストフード、ガムベース、かんすい、苦味料、酵素、光沢剤、香料、酸味料、チューインガム軟化剤、調味料、豆腐用凝固剤、乳化剤、pH調整剤、膨脹剤、ビタミン類、ミネラル類、アミノ酸類などの栄養強化剤、製造用剤などの添加物を添加することができる。
【0049】
本発明の食品は、各国の制度の下、本発明の剤の作用、効果、機能、もしくは用途を表示した食品として提供してもよい。例えば、日本においては、本発明の食品は、保健機能食品(特定保健機能食品、機能性表示食品、栄養機能食品)として製造することもできる。
【0050】
本発明の食品における、本発明の剤の有効成分である酸棗仁及び/又は石菖茎の含有量は、本発明の剤と同様にして、本発明の効果が得られる範囲で適宜設定することができる。具体的には、本発明の剤の有効成分である酸棗仁及び/又は石菖茎が、通常0.1mg/日以上、中でも0.5mg/日以上、更には1.0mg/日以上、また、通常10g/日以下、中でも5g/日以下、更には1g/日以下の量となるように、その含有量を調整すればよい。
【0051】
本発明の食品の摂取回数及び頻度は任意であり、1日1~数回ずつ、毎日、隔日、2日おき、又は1週間に1~7日の任意の回数及び頻度で適宜設定することができる。所望の摂取回数及び頻度に応じて、本発明の剤の効果を得るために必要な量の酸棗仁及び/又は石菖茎を食品に配合することにより、所望の作用効果の種類に応じて所望の効果が期待できる本発明の食品を提供することができる。
【0052】
本発明の食品は、本発明の剤を含有することを特徴としているため、各種の本発明の剤の利点を共有し、極めて有用である。また、食品であり、特定の疾患に罹患した患者だけでなく、健常人にも、安全かつ簡便に用いられる。
【0053】
また、本発明の食品はヒトの他に、本発明の剤の用途が適用され得るヒト以外の動物にも用いることができる。
【0054】
[医薬]
本発明の一側面によれば、本発明の剤を含む医薬(本発明の医薬)が提供される。本発明の医薬は、本発明の剤のいずれか1つを含むことを特徴とし、その剤の用途に用いられる。
【0055】
本発明の医薬の投与経路は限定されないが、通常は経口的に投与される内服薬(経口剤)である。
【0056】
本発明の医薬は、本発明の剤を有効成分として添加し、錠剤、軟カプセル、硬カプセルなどのカプセル剤、散剤、顆粒剤、ドロップ、丸剤などの固形製剤、ゼリー等の半固形製剤、シロップ剤、懸濁剤、内用液剤などの液状製剤の任意の剤形として製造することができる。この場合、本発明の医薬は、本発明の剤と経口剤の製造に通常用いられる他の添加物とを組み合わせた医薬組成物として、当業者に公知の医薬品の製造方法により製剤化することができる。
【0057】
本発明の医薬の製造に用いられる添加物としては、例えば、賦形剤、崩壊剤、結合剤、滑沢剤、コーティング剤、分散剤、流動化剤、安定剤、保存剤、緩衝剤、矯味剤、懸濁化剤、乳化剤、着香剤、溶解補助剤、着色剤、粘稠剤などが挙げられる。また、医薬的に許容される担体をさらに組み合わせることにより、本発明の剤の作用・効果をさらに高めた、本発明の医薬を提供することができる。
【0058】
本発明の医薬には、各国の制度の下、医薬品に準じた製品も含まれる。これには例えば、日本における医薬部外品が挙げられる。
【0059】
本発明の医薬における、本発明の剤の有効成分である酸棗仁及び/又は石菖茎の含有量は、本発明の剤と同様にして、本発明の効果が得られる範囲で適宜設定することができる。具体的には、本発明の剤の有効成分である酸棗仁及び/又は石菖茎が、通常0.1mg/日以上、中でも0.5mg/日以上、更には1.0mg/日以上、また、通常10g/日以下、中でも5g/日以下、更には1g/日以下の量となるように、その含有量を調整すればよい。
【0060】
本発明の医薬の投与回数及び頻度は任意であり、1日1~数回ずつ、毎日、隔日、2日おき、又は1週間に1~7日の任意の回数及び頻度で適宜設定することができる。所望の投与回数及び頻度に応じて、本発明の剤の効果を得るために必要な量の酸棗仁及び/又は石菖茎を配合することにより、所望の作用効果の種類に応じて所望の効果が期待できる本発明の投与を提供することができる。
【0061】
本発明の医薬は、本発明の剤を含有することを特徴としているため、その剤の利点を共有し、極めて有用である。
【0062】
また、本発明の医薬はヒトの他に、本発明の剤の用途が適用され得るヒト以外の動物にも用いることができる。
【0063】
[方法]
本発明の一側面によれば、酸棗仁及び石菖蒲の茎部分から選択される生薬、本発明の剤、本発明の食品、及び本発明の医薬から選択される1種又は2種以上を対象に投与することを含む、脳機能の維持若しくは改善方法、神経細胞の修復促進若しくは神経新生の誘導方法、脳に蓄積する認知症原因タンパク質の除去方法、又は、神経変性疾患の治療若しくは予防方法(本発明の方法)が提供される。
【0064】
本発明の方法は、本発明の剤の有効成分である酸棗仁及び/又は石菖茎を、本発明の剤、本発明の食品、及び/又は、本発明の医薬の形態で、対象に投与すればよい。その詳細については、本発明の剤、本発明の食品、及び本発明の医薬に関する上記説明において詳述したとおりである。
【実施例0065】
以下、本発明を実施例に則して更に詳細に説明するが、これらの実施例はあくまでも説明のために便宜的に示す例に過ぎず、本発明は如何なる意味でもこれらの実施例に限定されるものではない。
【0066】
[材料及び方法]
・酸棗仁(ZSS)及び石菖茎(AGS)の熱水抽出物、エタノール抽出物、抽出残渣、及び破砕物、並びに石菖根(AGR)の熱水抽出物の調製
実施例群Aの酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)の調製は、以下のように行った。乾燥した酸棗仁(ZSS)(原産地:中国・河北省)1kgを破砕し、水10kgを加え沸騰させて1時間熱水抽出を行った。その後ろ過し、ろ液を濃縮して加熱殺菌し、デキストリン40gを添加し、乾燥して酸棗仁抽出物200gを得た。
【0067】
実施例群Aの酸棗仁のエタノール抽出物(EtOH-ext-Z)の調製は、以下のように行った。破砕した酸棗仁(200g)に、50%エタノール水(900g)を加え90℃で1時間熱水抽出を行った後、ろ過してろ液を得た。残った残渣に50%エタノール水(900kg)を加え再度同条件で熱水抽出ろ過を行った。ろ液を合わせ濃縮して加熱殺菌(80℃、30分)し、30メッシュのフィルターを通した後凍結乾燥し、酸棗仁の未破砕エタノール水抽出粉末(24.5g)を得た。
【0068】
実施例A3の酸棗仁の抽出残渣(Res-ZSS)並びに実施例A3、A5、及びA6の酸棗仁の破砕粉末(Cru-ZSS)の調製は、以下の手順で行った。Auropure Life Science Co, Ltd.(株洲、湖南、中国)から入手した乾燥した酸棗仁の種子5.3kgを殺菌処理し(115℃、1.5時間)、ハンマーミルを用いて微粉砕後、3mmのスクリーンを通し、2.1kgの粗破砕粉末を得た。得られた粗破砕粉末(2.1kg)を目開き500μmの振動篩にて篩をし、1.3kgの乾燥破砕粉末を得た。前記の酸棗仁乾燥破砕粉末(10g)に、水(140ml)を加え、90~95℃で3時間熱水抽出を行った。その後ろ過して残渣を40℃で終夜減圧乾燥し、抽出残渣(8.29g)を得た。
【0069】
実施例B1の石菖根の熱水抽出物(Ext-AGR)及び石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)の調製は、以下のように行った。石菖蒲(Acorus gramineus Solander;原産地:湖北省、中国)の乾燥した根500g及び乾燥した茎400gを小片に切り、それぞれ8倍量及び30倍量の水に加えた。各混合物を90℃で1時間加熱し、32メッシュ、次に200メッシュのフィルターに通した。濾液を回収し、残渣を更に2回加熱抽出した。各々3回抽出した濾液を合わせて濃縮し、凍結乾燥することにより、粘性液状の抽出物を得た。石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)の抽出物の収量は130g、固形分含有率は50.0質量%であった。石菖根の熱水抽出物(Ext-AGR)の収量は98g、固形分含有率は52.2質量%であった。
【0070】
実施例B3の石菖茎の抽出残渣(Res-AGS)及び破砕粉末(Cru-AGS)の調製は、以下の手順で行った。乾燥した石菖茎(5.3kg)をカッターミルを用いて粗粉砕し、2mmのスクリーンを通し、5.1kgの粗破砕品を得た。粗破砕品を殺菌処理し(170℃、3秒)、ボールミルで微破砕後、目開き500μmの振動篩にて篩をし、4.0kgの乾燥破砕粉末を得た。前記の石菖茎乾燥破砕粉末(50g)に、水(700ml)を加え、90~95℃で3時間熱水抽出を行った。その後ろ過して残渣を40℃で終夜減圧乾燥し、抽出残渣(43.41g)を得た。
【0071】
・酸棗仁(ZSS)の成分分析
酸棗仁(ZSS)の成分分析は日本食品分析センター(東京、日本)に委託した。棗仁(ZSS)は、主成分としてジュジュボシドA、ジュジュボシドB、及びスピノシンを含むことが知られている(非特許文献27:Liu et al., Talanta, (2007), 71:668-675、非特許文献28:Wang et al., J. Pharm. Anal., (2019), 9[6]:406-413)。酸棗仁(ZSS)の破砕粉末0.2gを30mLの50%エタノールに懸濁し、10分間振盪した。遠心分離後、上清を回収し、ペレットを更に2回エタノール抽出した。3回の抽出で得られた上清を合わせて、全量100mLの酸棗仁(ZSS)の抽出物を得た。
【0072】
ジュジュボシドA及びBの検出は、酸棗仁(ZSS)の抽出物を10倍に希釈した上で、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で分離することにより行った。カラムとしては逆相InertSustain C18カラム(GLサイエンス、東京、日本)を使用し、移動相としては0.1%ギ酸とアセトニトリルの混合溶媒(63:37)を用いた。各画分を、Xevo TQ MS (Waters Corporation, Milford, MA)を用いたエレクトロスプレーイオン化質量分析(ESI-MS)により逐次分析した。
【0073】
スピノシンの検出は、酸棗仁(ZSS)の抽出物を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で分離することにより行った。カラムとしては逆相UnisonUK-C18カラム(Imtakt USA、ポートランド、オレゴン州、米国)を使用し、移動相としては0.1%ギ酸とメタノールの混合溶媒(65:35)を用いた。各画分の270nmにおける吸光度を測定した。
【0074】
・マウス
6種の異なる神経変性認知症マウスモデルを使用した。
【0075】
APP23マウスは、Swedish(KM670/671NL)変異を持つヒトAPPを発現するADモデルである(非特許文献29:Stalder et al., Am. J. Pathol., (1999), 154[6]:1673-1684)。これらのマウスは、生後3ヶ月で記憶障害を示す。本発明者等の過去の研究によれば、これらのマウスは、生後15ヶ月でAβオリゴマーの蓄積、シナプスの喪失、及びアミロイドの沈着を示す。
【0076】
Tau784マウスは、タウイントロン変異の存在により、成体年齢で3反復及び4反復ヒトタウの両方を発現する(うち4反復ヒトタウが優性発現する)FTDモデルである(非特許文献30:Umeda et al., Am. J. Clin. Pathol., (2013), 183[1]:211-225)。本発明者等の過去の研究によれば、これらのマウスは、タウアイソフォームの不均衡な発現により、生後6ヶ月でタウ過剰リン酸化、タウオリゴマー形成、シナプス喪失、及び記憶障害を示し、生後12ヶ月でミクログリア活性化を示し、生後15ヶ月で神経原線維変化の形成及びニューロンの喪失を示す。
【0077】
Huα-Syn(A53T)系統G2-3マウスは、本来はA53T変異を有するヒトα-シヌクレインを発現するPDモデルとして作製された(非特許文献31:Rota et al., Transl. Neurodegener., (2019), 8:5)。本発明者等の過去の研究によれば、これらのマウスは、生後4ヶ月からα-シヌクレインオリゴマーの蓄積を示し、生後6ヶ月で認知障害、生後9ヶ月で運動機能障害を示す。従って、生後9ヶ月までDLBのモデルと見なすことができる。
【0078】
APPOSKマウスは、Osaka変異ヒトAPP発現するトランスジェニック(Tg)マウスであり、アミロイドプラークを形成せずアミロイドドβオリゴマーを誘発するADモデルとして作製された(非特許文献32:Tomiyama et al., J. Neurosci., (2010), 30[14]:4845-4856)。
【0079】
OSK-K1マウスは、マウスAPP遺伝子にOsaka変異を導入したノックインマウスであり、ADモデルとして作製された(非特許文献33:Umeda et al., Acta Neuropathol. Commun., (2017), 5:59)。
【0080】
C9-500マウスは、イントロン1aにC9orf72の全長配列を導入したFTD/ALSモデルマウスである(非特許文献36:Liu et al., Neuron., (2016), 90(3) : 521-34)。本発明者等の過去の研究によれば、生後3か月でリン酸化TDP-43の蓄積が観察され、生後6か月後にはシナプス消失、神経細胞脱落、小膠細胞の活性化がみられる(非特許文献37:Hatanaka Y et al., Biomedicines., (2022), 10(5):1080)。認知機能は生後4.5ヵ月で低下がはじまるが、運動機能は生後12ヵ月まで正常である。そのため、当該モデルマウスは生後12ヵ月までFTD-TDPモデルとみなせる。トランスジェニックマウス(Tg)は野生型FVB/N Jc1マウスと交配し、トランス遺伝子のヘテロ接合体を維持する。
【0081】
全てのトランスジェニック(Tg)マウスは、ヘテロ接合動物として維持され、使用された。全ての動物実験は、大阪公立大学(大阪、日本)の倫理委員会によって承認され、大阪公立大学動物実験ガイドに従って実施された。
【0082】
・マウスの処置
石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)及び石菖根の熱水抽出物(Ext-AGR)の効果を比較するために、固形物量約50質量%の各抽出物を、水で2.5mg/mLに希釈した懸濁液を調製した。各懸濁液400μL(即ち固形物量0.5mg)を、オス及びメスのTau784マウスに、週5日(月曜~金曜)、1ヶ月間経口投与した。対照として、同量の水を、同齢のTg及び非Tgの同腹仔に投与した。
【0083】
酸棗仁(ZSS)及び石菖茎(AGS)の効果を調べるために、酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)、破砕粉末(Cru-ZSS)、及び抽出残渣(Res-ZSS)、並びに石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)、破砕粉末(Cru-AGS)、及び抽出残渣(Res-AGS)を、超音波処理により0.33又は1.65mg/mLとなるように水に懸濁した。各懸濁液300μL(即ち粉末0.1mg又は0.5mg)を、雄及び雌のTau784、APP23、C9-500、及びHuα-Syn(A53T)マウスに、週5日、1ヶ月間経口投与した。
【0084】
酸棗仁(ZSS)の主成分の混合物を試験するために、ジュジュボシドA、ジュジュボシドB、及びスピノシン(何れもBiosynth、コンプトン、バークシャー、英国)を、それぞれ1.52g/mL、0.667g/mL、及び2.33g/mLの濃度となるように水に溶解して混合溶液を調製した。得られた混合溶液300μLをTau784マウスに1ヶ月間投与した。各成分の投与量は、0.5mgの酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)における各成分の量、すなわち0.455gのジュジュボシドA、0.2gのジュジュボシドB、及び0.7gのスピノシンに相当する。
【0085】
神経新生を評価するために、増殖細胞のDNAに選択的に取り込まれるチミジン類似体5-ブロモ-2’-デオキシウリジン(BrdU;Sigma-Aldrich)を、Tris緩衝生理食塩水(pH7.6)に濃度5mg/mLとなるように溶解した。300μLのBrdU溶液(即ち1.5mg)を、破砕粉末による処置の最後の5日間、Huα-Syn(A53T)マウスに腹腔内注射した。
【0086】
・行動試験
マウスの空間参照記憶は、モリス水迷路試験を使用して評価した(非特許文献34:Kelley Bromley-Brits et al., J. Vis. Exp., (2011), 53e2920)。直径1mの円形プールの1カ所にマウスからは見えないように水面下1cmの深さに直径10cmのプラットホームを設置した。マウスをプールに入れて60秒間泳がせ、プラットホームに辿り着くまでの時間を計測した(Escape latencyとして表す)。60秒で辿り着かなかった場合は、実験者がマウスをプラットホームに乗せ、しばらく休憩させた。この試行を各マウスにつき、5分間隔で1日5回、4日連続で行った。これにより記憶の獲得能を測定した。
【0087】
マウスの運動機能は、MK-610マウス用ロータロッドトレッドミル(室町機械、東京)を用いたロータロッド試験を使用して評価した。毎分5回転するロッド(回転軸)の上にマウスを乗せ、落ちずに歩きつづけるよう180秒間トレーニングした。次に、回転のスピードを毎分4回転から240秒かけて毎分40回転に上げるという条件でトレーニングを2回行った。次の日、同じ条件で加速するロータロッド試験を1時間間隔で2回行った。マウスがロッドから落ちた時間を計測し、2回の平均値を算出した。
【0088】
・神経病理の組織学的分析
行動試験の後、各群のマウスを2つに分け、一方は組織学的分析用、もう一方は後の生化学的分析用に供した。脳切片は既報に従い調製した(非特許文献32:Tomiyama et al., J. Neurosci., (2010), 30[14]:4845-4856)。リン酸化タウ及びタウオリゴマーは、それぞれマウスモノクローナルAT8抗体(Thermo Scientific、ウォルサム、マサチューセッツ州、米国)及びウサギポリクローナルT22抗体(シグマアルドリッチ)で染色した。Aβオリゴマー及びアミロイド沈着は、それぞれマウスモノクローナル11A1抗体(IBL、藤岡、日本)及びウサギポリクローナルβ001抗体(非特許文献35:Lippa et al., Arch Neurol., (1999), 56:1111-1118)で染色した。リン酸化α-シヌクレイン及びα-シヌクレインオリゴマーは、それぞれウサギモノクローナル抗α-シヌクレイン(ホスホS129)抗体(EP1536Y;Abcam、ケンブリッジ、英国)及びウサギポリクローナルSyn33抗体(シグマアルドリッチ)で染色した。シナプトフィジンは、シナプトフィジンに対するマウスモノクローナル抗体(SVP-38;シグマアルドリッチ)で染色した。TDP-43は、リン酸化TDP-43に対するマウスモノクロ―ナル抗体(pSer409/410―TDP-43;Cosmo Bio)で染色した。NIHImageJソフトウェアを使用して、一定の脳領域の染色強度又は陽性領域を定量化した。
【0089】
・BDNF発現及び神経発生の組織学的分析
BDNF発現は、酸棗仁及び石菖茎の各破砕粉末(Cru-ZSS及びCru-AGS)を投与したTau784マウスで評価した。脳切片をマウスモノクローナル抗BDNF抗体(#9;DSHB、アイオワシティ、アイオワ州)で染色した。NIHImageJソフトウェアを使用して、一定の脳領域の染色強度を定量化した。
【0090】
神経発生は、酸棗仁及び石菖茎の各破砕粉末(Cru-ZSS及びCru-AGS)を投与されたHuα-Syn(A53T)マウスで評価した。脳切片を、マウスモノクローナル抗BrdU(IBL)及びウサギポリクローナル抗ダブルコルチン抗体(Abcam)で二重染色した。定常脳領域内におけるBrdU及びダブルコルチンの両方に陽性の細胞を、新たに生成されたニューロンとして計数した。
【0091】
・統計分析
3以上の群間の平均の比較には、ANOVA又は2因子反復測定ANOVA(行動試験用)を用い、続いてフィッシャーのPLSD試験を行った。p値<0.05の場合に、有意差であると判断した。
【0092】
[実施例群A:酸棗仁(ZSS)の検討]
・実施例A1:Tau784マウスに対する酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)の効果の検討
Tau784マウスに対する酸棗仁(ZSS)の効果を検討した。14ヶ月齢のTau784マウス(平均体重35.1g)に対して、酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)を0.1及び0.5mg/日で1ヶ月間経口投与した。
【0093】
図1は、酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)を0.1mg/日及び0.5mg/日で投与したTau784マウスのモリス水迷路試験の結果を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示すグラフである。マウスの記憶は用量依存的に改善された。即ち、高用量では非Tg同腹仔と同様のレベルまで完全に回復したが、低用量では中程度の効果しか示されなかった。
【0094】
図2は、酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)を0.1mg/日及び0.5mg/日で投与したTau784マウスの海馬CA2/3領域におけるタウ病理を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図2Aはリン酸化タウ及びタウオリゴマーの染色結果を示す写真であり、
図2Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。免疫組織化学を用いた海馬のタウ病理の評価結果によれば、リン酸化タウ及びタウオリゴマーのレベルは、用量依存的に大幅に減少した。
【0095】
図3は、酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)を0.1mg/日及び0.5mg/日で投与したTau784マウスの海馬CA2/3領域の苔状線維におけるシナプトフィジン病理を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図3Aはシナプトフィジンの染色結果を示す写真であり、
図3Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。海馬CA2/3領域のシナプトフィジンレベルも、用量依存的に有意に回復した。
【0096】
・実施例A2:APP23マウスに対する酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)の効果の検討
APP23マウスに対する酸棗仁(ZSS)の効果を調べた。13~15ヶ月齢のAPP23マウス(平均体重28.9g)に対して、酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)を0.1mg/日で1ヶ月間経口投与した。また、15~16ヶ月齢のAPP23マウス(平均体重28.9g)に対して、酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)を0.5mg/日で1ヶ月間経口投与した。
【0097】
図4は、酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)を投与したAPP23マウスのモリス水迷路試験の結果を、対象として水を投与したAPP23マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示すグラフである。
図4Aは0.1mg/日で投与した結果を示すグラフであり、
図4Bは0.5mg/日で投与した結果を示すグラフである。酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)は、何れの用量でもマウスの記憶を改善した。特に、0.5mg/日の酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)は、マウスの記憶を非Tg同腹仔と同様のレベルまで大幅に改善した。
【0098】
図5は、酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)を0.1mg/日で投与したAPP23マウスの大脳皮質(CC)及び海馬(HC)におけるアミロイドβオリゴマー病理を、対象として水を投与したAPP23マウスとの比較で示す図である。
図5Aはアミロイドβオリゴマーの染色結果を示す写真であり、
図5Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)は、大脳皮質及び海馬のAβオリゴマーのレベルを大幅に低下させた。
【0099】
図6は、酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)を0.1mg/日で投与したAPP23マウスの大脳皮質(CC)及び海馬(HC)におけるアミロイド沈着病理を、対象として水を投与したAPP23マウスとの比較で示す図である。
図6Aはアミロイド沈着の染色結果を示す写真であり、
図6Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)は、大脳皮質(CC)及び海馬(HC)の何れにおいても、アミロイド沈着を有意に減少させた。
【0100】
図7は、酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)を0.1mg/日で投与したAPP23マウスの海馬CA2/3領域におけるシナプトフィジン病理を、対象として水を投与したAPP23マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図7Aはシナプトフィジンの染色結果を示す写真であり、
図7Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)は、海馬CA2/3領域のシナプトフィジンレベルを有意に減少させた。
【0101】
・実施例A3:Tau784マウスに対する酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)、破砕粉末(Cru-ZSS)、及び抽出残渣(Res-ZSS)の効果の検討
伝統的な漢方薬の多くの場合、薬草は煎じ薬として用いられ、その抽出残渣は通常は廃棄される。ただし、熱水抽出では熱に弱い成分が分解され、蒸発によって揮発性物質が失われる可能性がある。そこで、所定の形態において効果に差があるのかを検討するために、Tau784マウスに対する酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)、破砕粉末(Cru-ZSS)、及び抽出残渣(Res-ZSS)の効果を検討した。
【0102】
具体的には、酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)と破砕粉末(Cru-ZSS)を比較するべく、生後8~12ヶ月のTau784マウス(平均体重29.3g)に対して、0.1mg/日で1ヶ月間投与した。また、酸棗仁の破砕粉末(Cru-ZSS)と抽出残渣(Res-ZSS)を比較するべく、生後8~11ヶ月のTau784マウス(平均体重31.2g)に対して、0.1mg/日で1ヶ月間投与した。
【0103】
図8は、酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)、破砕粉末(Cru-ZSS)、及び抽出残渣(Res-ZSS)を0.1mg/日で投与したTau784マウスのモリス水迷路試験の結果を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示すグラフである。
図8Aは、熱水抽出物(Ext-ZSS)及び破砕粉末(Cru-ZSS)を比較した試験の結果を示すグラフである。熱水抽出物(Ext-ZSS)は、マウスの記憶力を改善したが、その効果は不完全であった。対照的に、破砕粉末(Cru-ZSS)は、マウスの記憶を非Tg同腹子よりも更に高いレベルまで著しく強化した。
図8Bは、抽出残渣(Res-ZSS)及び破砕粉末(Cru-ZSS)を比較した試験の結果を示すグラフである。本評価でも、破砕粉末(Cru-ZSS)は極めて優れた記憶改善効果を示した。一方、抽出残渣(Res-ZSS)では、熱水抽出物(Ext-ZSS)と同様に、記憶は改善されたものの、その効果は不完全であった。これらの結果は、薬用植物を煎じ薬とした場合、その機能成分が失われる可能性があるという本発明者等の推測を裏付けている。
【0104】
図9は、酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)、破砕粉末(Cru-ZSS)、及び抽出残渣(Res-ZSS)を0.1mg/日で投与したTau784マウスの海馬CA2/3領域におけるタウ病理を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図9Aはリン酸化タウ及びタウオリゴマーの染色結果を示す写真であり、
図9Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。リン酸化タウ及びタウオリゴマーのレベルは、熱水抽出物(Ext-ZSS)、破砕粉末(Cru-ZSS)、及び抽出残渣(Res-ZSS)の何れによっても大幅に減少したが、破砕粉末(Cru-ZSS)が最も強い効果を示した。
【0105】
図10は、酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)、破砕粉末(Cru-ZSS)、及び抽出残渣(Res-ZSS)を0.1mg/日で投与したTau784マウスの海馬CA2/3領域におけるシナプトフィジン及びBDNF病理を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図10Aはシナプトフィジン及びBDNFの染色結果を示す写真であり、
図10Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。海馬CA2/3領域のシナプトフィジンレベルは、熱水抽出物(Ext-ZSS)及び抽出残渣(Res-ZSS)が僅かな効果しか示さなかったのに対し、破砕粉末(Cru-ZSS)では非Tg同腹仔と同等のレベルまで大幅に回復した。海馬におけるBDNFの発現レベルも、熱水抽出物(Ext-ZSS)及び抽出残渣(Res-ZSS)が僅かな効果しか示さなかったのに対し、破砕粉末(Cru-ZSS)では非Tg同腹仔よりも更に高いレベルまで大幅に増加させた。
【0106】
・実施例A4:Tau784マウスに対する酸棗仁(ZSS)の主成分ジュジュボシドA、ジュジュボシドB、及びスピノシンの効果の検討
酸棗仁(ZSS)の主成分であるジュジュボシドA、ジュジュボシドB、及びスピノシンは、いずれも抗認知症作用を有すると報告されている。よって、酸棗仁の破砕粉末(Cru-ZSS)の方がタウに対して熱水抽出物(Ext-ZSS)よりも強い効果を示す理由として、破砕粉末(Cru-ZSS)の方が熱水抽出物(Ext-ZSS)よりもこれらの成分を多く含有しているためではないかと推測された。
【0107】
この可能性を検証するために、酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)及び破砕粉末(Cru-ZSS)の3つの成分の量を分析した。その結果を下記表1に示す。意外なことに、破砕粉末(Cru-ZSS)は認知症抑制効果が強いにもかかわらず、熱水抽出物(Ext-ZSS)に比べてこれらの成分の含有量が少なかった。これらの結果から、酸棗仁の破砕粉末(Cru-ZSS)による効果は、これらの成分以外の成分によるものであることが示唆された。
【0108】
【0109】
そこで、マウスの認知機能の改善に対するジュジュボシドA、ジュジュボシドB、及びスピノシンの寄与を評価するために、これらの化合物を水に溶解し、0.5mgの酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)に対応する最終含有量、即ち0.455gのジュジュボシドA、0.2gのジュジュボシドB、及び0.7gのスピノシンを300μL中に含む混合溶液を調製し、13~16ヶ月齢のTau784マウス(平均体重31.9g)に1ヶ月間投与した。
【0110】
図11は、酸棗仁の3種の主成分であるジュジュボシドA、ジュジュボシドB、及びスピノシンの混合溶液を投与したTau784マウスのモリス水迷路試験の結果を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示すグラフである。混合溶液中におけるジュジュボシドA、ジュジュボシドB、及びスピノシンの1日量はそれぞれ0.455g、0.2g、及び0.7gであり、これらは酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)0.5mg中の各成分量に相当する。ジュジュボシドA、ジュジュボシドB、及びスピノシンの混合溶液マウスの記憶に与えた効果は、0.5mgの酸棗仁の熱水抽出物(Ext-ZSS)による効果(
図1)よりも遥かに弱いものであった。これらの結果は、酸棗仁(ZSS)がジュジュボシドA、ジュジュボシドB、及びスピノシン以外の活性物質を含み、それらの大部分が熱水抽出中に失われる可能性があることを示唆している。
【0111】
・実施例A5:Huα-Syn(A53T)マウスに対する酸棗仁の破砕粉末(Cru-ZSS)の効果の検討
α-シヌクレイノパシーモデルにおける酸棗仁(ZSS)の効果を調べた。8ヶ月齢のHuα-Syn(A53T)マウス(平均体重、ZSS29.8g)に対して、酸棗仁の破砕粉末(Cru-ZSS)を0.1mg/日で1ヶ月間経口投与した。免疫組織化学によって、海馬におけるα-シヌクレインの病理を評価した。また、酸棗仁の破砕粉末(Cru-ZSS)がニューロンに栄養効果を及ぼすことが示唆されたため(
図8~10)、歯状回及び黒質における神経新生のレベルを評価した。後者の脳領域は、α-シヌクレインによって誘発される神経変性に対して特に脆弱であり、PDの運動機能障害を引き起こしる。
【0112】
図12は、酸棗仁の破砕粉末(Cru-ZSS)を0.1mg/日で投与したHuα-Syn(A53T)マウスの海馬CA2/3領域におけるα-シヌクレイン病理を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図12Aはリン酸化α-シヌクレイン及びα-シヌクレインオリゴマーの染色結果を示す写真であり、
図12Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。酸棗仁の破砕粉末(Cru-ZSS)により、リン酸化α-シヌクレイン及びα-シヌクレインオリゴマーのレベルは、何れも大幅に減少した。
【0113】
図13は、酸棗仁の破砕粉末(Cru-ZSS)を0.1mg/日で投与したHuα-Syn(A53T)マウスの歯状回(DG)及び黒質(SN)における神経新生のレベルを、対象として水を投与したHuα-Syn(A53T)マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図13Aは、BrdU(赤)及びダブルコルチン(DCX、緑)の免疫蛍光染色結果を示す写真であり、
図13Bは、各写真の二重陽性細胞(黄色)を新生ニューロンと見做して計数した結果を示すグラフである。酸棗仁の破砕粉末(Cru-ZSS)は、何れの脳領域でも、BrdU及びダブルコルチンの二重陽性細胞の数を、非Tg同腹仔よりも高いレベルまで大幅に増加させた。
【0114】
・実施例A6:Huα-Syn(A53T)マウスに対する酸棗仁の破砕粉末(Cru-ZSS)の効果の検討
酸棗仁(ZSS)がマウスの運動機能に対する影響を調べた。8ヶ月齢のHuα-Syn(A53T)マウス(平均体重、ZSS29.8g)に対して、酸棗仁の破砕粉末(Cru-ZSS)を0.1mg/日で1ヶ月間経口投与した。その後、ロータロッド試験により運動機能を評価した。
【0115】
図14は、実施例A6における、酸棗仁の破砕粉末(Cru-ZSS)を0.1mg/日で投与したHuα-Syn(A53T)マウスのロータロッド試験の結果を、対象として水を投与したHuα-Syn(A53T)マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示すグラフである。酸棗仁の破砕粉末(Cru-ZSS)は、Huα-Syn(A53T)マウスの運動機能を、非Tg同腹仔に近いレベルまで大幅に増加させた。
【0116】
・実施例A7:APPOSKマウスに対する酸棗仁の熱水抽出物(HOT water ext-Z)とエタノール抽出物(EtOH ext-Z)の効果の比較
APPOSKマウスに対する破砕酸棗仁の熱水抽出とエタノール抽出の効果を調べた。12~16ヶ月齢のAPPOSKマウス1群10匹ずつ3群に分け、1群には破砕酸棗仁の熱水抽出物を0.1mg/日で投与し、1群には粉砕酸棗仁のエタノール抽出物を0.1mg/日で投与し、残り1群には水を300μLずつ毎週5日間、計1カ月間経口投与した。同月齢のnon-Tgマウスには同量の水を経口投与した。
【0117】
図15は、酸棗仁の熱水抽出物(HOT water ext-Z)またはエタノール抽出物(EtOH ext-Z)を投与したAPPOSKマウスのモリス水迷路試験の結果を、対象として水を投与したAPPOSKマウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示すグラフである。破砕した酸棗仁を使う限り、薬効は両者で差がなく、両方とも同程度有効であった。
【0118】
・実施例A8:酸棗仁の破砕と非破砕の比較
14~16ヶ月齢のOSK-KIマウスを1群9匹ずつ4群に分け、1群には破砕酸棗仁の熱水抽出物(Crushed-HOT water ext-Z)を0.1mg/日で投与し、1群には未破砕酸棗の熱水抽出物(Intact-HOT water ext-Z)を0.1mg/日で投与し、もう1群には未破砕酸棗仁のエタノール抽出物(Intact-EtOH ext-Z)を0.1mg/日で投与し、残り1群には水を、300μLずつ毎週5日間、計1カ月間経口投与した。同月齢のnon-KIマウスには同量の水を経口投与した。
【0119】
図16は、破砕酸棗仁の熱水抽出物(Crushed-HOT water ext-Z)、未破砕酸棗の熱水抽出物(Intact-HOT water ext-Z)、または未破砕酸棗仁のエタノール抽出物(Intact-EtOH ext-Z)を投与したOSK-KIマウスのモリス水迷路試験の結果を、対象として水を投与したOSK-KIマウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示すグラフである。破砕酸棗仁の熱水抽出物と比較して、未破砕酸棗の熱水抽出物、エタノール抽出物はいずれも薬効はやや弱かった。未破砕酸棗仁の熱水抽出物、エタノール抽出物間の差は見られなかった。
【0120】
[実施例群B:石菖茎(AGS)に関する検討]
・実施例B1:Tau784マウスに対する石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)及び熱水抽出物(Ext-AGR)の効果の検討
Tau784マウスに対する石菖茎(AGS)及び石菖根(AGR)の効果を比較検討した。前者は漢方で使用されるのに対し、後者は通常は破棄される。17ヶ月齢のTau784マウス(平均体重36.1g)に対して、固形分0.5mgを含む石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)及び石菖根の熱水抽出物(Ext-AGR)の熱水抽出物を1ヶ月間経口投与した。
【0121】
図17は、石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)及び石菖根の熱水抽出物(Ext-AGR)を0.5mg/日で投与したTau784マウスのモリス水迷路試験の結果を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示すグラフである。水迷路試験では、何れの抽出物もマウスの記憶を大幅に改善したが、予想外にもAGSの方がAGRよりも強い効果を示した。
【0122】
図18は、石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)及び石菖根の熱水抽出物(Ext-AGR)を0.5mg/日で投与したTau784マウスの海馬CA2/3領域におけるタウ病理を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図18Aはリン酸化タウ及びタウオリゴマーの染色結果を示す写真であり、
図18Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。免疫組織化学を用いた嗅内皮質のタウ病理の評価結果によれば、何れの抽出物もリン酸化タウのレベルを大幅に低下させた。また、何れの抽出物もタウオリゴマーのレベルを減少させたが、石菖茎(AGS)の方が石菖根(AGR)よりも強い効果を示した。
【0123】
図19は、石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)及び石菖根の熱水抽出物(Ext-AGR)を0.5mg/日で投与したTau784マウスの海馬CA2/3領域の苔状線維におけるシナプトフィジン病理を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図19Aはシナプトフィジンの染色結果を示す写真であり、
図19Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。何れの抽出物でも、海馬CA3領域のシナプトフィジンのレベルは、非Tg同腹仔と同様のレベルに回復した。本発明者等の知る限り、これらの結果は、AGSがAGRと同等又はそれ以上に認知機能を改善する効果があることを示す最初の証拠である。
【0124】
・実施例B2:APP23マウスに対する石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)の効果の検討
APP23マウスに対する石菖茎(AGS)の効果を調べた。13~15ヶ月齢のAPP23マウス(平均体重28.9g)に対して、石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)を0.1mg/日で1ヶ月間経口投与した。
【0125】
図20は、石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)を0.1mg/日で投与したAPP23マウスのモリス水迷路試験の結果を、対象として水を投与したAPP23マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示すグラフである。石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)は、0.1mg/日の用量でマウスの記憶を改善した。
【0126】
図21は、石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)を0.1mg/日で投与したAPP23マウスの大脳皮質(CC)及び海馬(HC)におけるアミロイドβオリゴマー病理を、対象として水を投与したAPP23マウスとの比較で示す図である。
図21Aはアミロイドβオリゴマーの染色結果を示す写真であり、
図21Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)は、大脳皮質及び海馬のAβオリゴマーのレベルを大幅に低下させた。
【0127】
図22は、石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)を0.1mg/日で投与したAPP23マウスの大脳皮質(CC)及び海馬(HC)におけるアミロイド沈着病理を、対象として水を投与したAPP23マウスとの比較で示す図である。
図22Aはアミロイド沈着の染色結果を示す写真であり、
図22Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)は、大脳皮質(CC)及び海馬(HC)の何れにおいても、アミロイド沈着を有意に減少させた。
【0128】
図23は、石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)を0.1mg/日で投与したAPP23マウスの海馬CA2/3領域におけるシナプトフィジン病理を、対象として水を投与したAPP23マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図23Aはシナプトフィジンの染色結果を示す写真であり、
図23Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)は、海馬CA2/3領域のシナプトフィジンレベルを有意に減少させた。
【0129】
・実施例B3:Tau784マウスに対する石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)、破砕粉末(Cru-AGS)、及び抽出残渣(Res-AGS)の効果の検討
伝統的な漢方薬の多くの場合、薬草は煎じ薬として用いられ、その抽出残渣は通常は廃棄される。ただし、熱水抽出では熱に弱い成分が分解され、蒸発によって揮発性物質が失われる可能性がある。そこで、所定の形態において効果に差があるのかを検討するために、Tau784マウスに対する石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)、破砕粉末(Cru-AGS)、及び抽出残渣(Res-AGS)の効果を検討した。
【0130】
具体的には、石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)、破砕粉末(Cru-AGS)、及び抽出残渣(Res-AGS)の効果を比較するべく、生後10ヶ月のTau784マウス(平均体重29.3g)に対して、0.1mg/日で1ヶ月間投与した。
【0131】
図24は、石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)、破砕粉末(Cru-AGS)、及び抽出残渣(Res-AGS)を0.1mg/日で投与したTau784マウスのモリス水迷路試験の結果を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示すグラフである。
図24Aは、熱水抽出物(Ext-AGS)及び破砕粉末(Cru-AGS)の結果を示すグラフである。熱水抽出物(Ext-AGS)は、マウスの記憶力を改善したが、その効果は不完全であった。対照的に、破砕粉末(Cru-AGS)は、マウスの記憶を非Tg同腹子と同じレベルまで強化した。
図24Bは、抽出残渣(Res-AGS)及び破砕粉末(Cru-AGS)の結果を示すグラフである。破砕粉末(Cru-AGS)は完全な回復を達成したが、抽出残渣(Res-AGS)は中程度の効果しか示さなかった。これらの結果は、薬用植物を煎じ薬とした場合、その機能成分が失われる可能性があるという本発明者等の推測を裏付けている。
【0132】
図25は、石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)、破砕粉末(Cru-AGS)、及び抽出残渣(Res-AGS)を0.1mg/日で投与したTau784マウスの海馬CA2/3領域におけるタウ病理を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図25Aはリン酸化タウ及びタウオリゴマーの染色結果を示す写真であり、
図25Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。リン酸化タウのレベルは、破砕粉末(Cru-AGS)では大幅に低下したのに対し、熱水抽出物(Ext-AGS)又は抽出残渣(Res-AGS)では僅かな低下しかみられなかった。タウオリゴマーのレベルは、3種の調製物の全てによって大幅に減少したが、破砕粉末(Cru-AGS)が最も強い効果を示した。
【0133】
図26は、石菖茎の熱水抽出物(Ext-AGS)、破砕粉末(Cru-AGS)、及び抽出残渣(Res-AGS)を0.1mg/日で投与したTau784マウスの海馬CA2/3領域におけるシナプトフィジン及びBDNF病理を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図26Aはシナプトフィジン及びBDNFの染色結果を示す写真であり、
図26Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。海馬CA2/3領域のシナプトフィジンレベルも、3種の調製物の全てによって大幅に減少したが、破砕粉末(Cru-AGS)のみが非Tg同腹仔と同様のレベルに回復した(
図5D)。海馬のBDNFのレベルは、何れも非Tg同腹仔には満たないものの、破砕粉末(Cru-AGS)ではある程度増加し、熱水抽出物(Ext-AGS)及び抽出残渣(Res-AGS)でも僅かに増加した。
【0134】
・実施例B4:Huα-Syn(A53T)マウスに対する石菖茎の破砕粉末(Cru-AGS)の効果の検討
α-シヌクレイノパシーモデルにおける石菖茎(AGS)の効果を調べた。8ヶ月齢のHuα-Syn(A53T)マウス(平均体重、AGS29.0g)に対して、石菖茎の破砕粉末(Cru-AGS)を0.1mg/日で1ヶ月間経口投与した。免疫組織化学によって、海馬におけるα-シヌクレインの病理を評価した。また、石菖茎の破砕粉末(Cru-AGS)がニューロンに栄養効果を及ぼすことが示唆されたため(
図24~26)、歯状回及び黒質における神経新生のレベルを評価した。後者の脳領域は、α-シヌクレインによって誘発される神経変性に対して特に脆弱であり、PDの運動機能障害を引き起こしる。
【0135】
図27は、石菖茎の破砕粉末(Cru-AGS)を0.1mg/日で投与したHuα-Syn(A53T)マウスの海馬CA2/3領域におけるα-シヌクレイン病理を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図27Aはリン酸化α-シヌクレイン及びα-シヌクレインオリゴマーの染色結果を示す写真であり、
図27Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。石菖茎の破砕粉末(Cru-AGS)により、リン酸化α-シヌクレイン及びα-シヌクレインオリゴマーのレベルは、何れも大幅に減少した。
【0136】
図28は、石菖茎の破砕粉末(Cru-AGS)を0.1mg/日で投与したHuα-Syn(A53T)マウスの歯状回(DG)及び黒質(SN)における神経新生のレベルを、対象として水を投与したHuα-Syn(A53T)マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図28AはBrdU(赤)及びダブルコルチン(DCX、緑)の免疫蛍光染色結果を示す写真であり、
図28Bは各写真の二重陽性細胞(黄色)を新生ニューロンと見做して計数した結果を示すグラフである。石菖茎の破砕粉末(Cru-AGS)により、歯状回及び黒質における神経発生レベルは、非Tg同腹仔と同様のレベルまで回復した。
【0137】
[実施例群C:石菖茎(AGS)と酸棗仁(ZSS)の効果比較に関する検討]
C9-500マウス(Jacksonラボラトリー社)に対する石菖茎(AGS)及び酸棗仁(ZSS)の効果を比較検討した。7ヶ月齢のC9-500マウス(平均体重31g)に対して、石菖茎(Cru-AGS)及び酸棗仁(Cru-ZSS)の粉砕物0.1mgを含む水懸濁液(0.33mg/mL)を1ヶ月間経口投与した。
【0138】
・実施例C1:C9-500マウスに対する石菖茎(AGS)及び酸棗仁(ZSS)の効果の比較検討
図29は、石菖茎(Cru-AGS)及び酸棗仁(Cru-ZSS)の粉砕物を0.1mg/日で投与したC9-500マウスのモリス水迷路試験の結果を示すグラフである。水迷路試験では、何れの抽出物もマウスの記憶を大幅に改善したが、予想外にも石菖茎(AGS)の方が酸棗仁(ZSS)よりも強い効果を示した。
【0139】
図30は、石菖茎(Cru-AGS)及び酸棗仁(Cru-ZSS)の粉砕物を0.1mg/日で投与したC9-500マウスの海馬CA2/3領域におけるTDP-43病理を、対象として水を投与したC9-500マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図30Aはリン酸化TDP-43の染色結果を示す写真であり、
図30Bは各写真のpunctaを定量化した結果を示すグラフである。何れの粉砕物もTDP-43のレベルを減少させたが、石菖茎(AGS)の方が酸棗仁(ZSS)よりも強い効果を示した。
【0140】
図31は、石菖茎(Cru-AGS)及び酸棗仁(Cru-ZSS)の粉砕物を0.1mg/日で投与したC9-500マウスの海馬CA2/3領域の苔状線維におけるシナプトフィジン病理を、対象として水を投与したC9-500マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示す図である。
図31Aはシナプトフィジンの染色結果を示す写真であり、
図31Bは各写真の染色強度を定量化した結果を示すグラフである。石菖茎(AGS)粉砕物で、海馬CA3領域のシナプトフィジンのレベルは有意に増加した。
【0141】
・実施例C2:HuαSynマウスに対する石菖茎(AGS)及び酸棗仁(ZSS)の効果の比較検討
α-シヌクレイノパシーモデルにおける石菖茎(AGS)の効果を調べた。6-7ヶ月齢のHuα-Syn(A53T)マウス(平均体重、AGS28.0g)に対して、石菖茎の破砕粉末(Cru-AGS)又は酸棗仁(ZSS)の破砕粉末(Cru-ZSS)を0.1mg/日で1ヶ月間経口投与し、モリス水迷路試験を実施した。その結果を
図32に示す。水迷路試験では、何れの抽出物もマウスの記憶を大幅に改善したが、予想外にも石菖茎(AGS)の方が酸棗仁(ZSS)よりも強い効果を示した。
【0142】
[実施例群D:酸棗仁(ZSS)の破砕方法に関する検討]
・実施例D1:酸棗仁(ZSS)の破砕調製方法の検討
Auropure Life Science Co, Ltd.(株洲、湖南、中国)から入手した乾燥した酸棗仁の種子を260℃・57秒でフラッシュ焙煎することにより得られた8.6kgを、超微粒摩砕機(マスコロイダー、増幸産業社製、#MKZA10-10JLC `αH)で処理し、目開き2.38mmの篩過にて粗粉砕物(8.49kg)を得た。得られた粗粉砕物(8.49kg)のうち、100gを気流式粉砕(ミクロパウテック社製、#MP10-550)したのち目開き0.5mmの篩過にて、全粒粉末(64g)を得た。
【0143】
気流式粉砕法により得られた酸棗仁(ZSS)の破砕粉末と、ハンマーミル粉砕法により得られた酸棗仁(ZSS)の破砕粉末(実施例A3、A5、及びA6で使用)の粒度分布を解析した。粒度分析は、レーザー回折・散乱式粒度分布測定器(LMS-3000、マルバーン社製)を用い、イソプロパノール150mLを循環させながら、循環酸棗仁粉体をマイクロスパチュラ一杯分用意し、分散槽に添加した。超音波処理を行いながら、試料粒子の光回折及び散乱データをモニターし、分散状態が均一に達した段階で、粒度分布を測定した。なお、測定範囲は、0.01~3500.00μmとした。結果を
図33に示す。
図33の縦軸の体積(%)は、(各粒子径の散乱強度)を(全粒子径の散乱強度の総和)で割った数値である。
図33に示される通り、その結果、ハンマーミル粉砕法では1μm、6μm、及び300~400μmにピークトップを検出し、気流式粉砕法では1μm、6μm、20~30μm、及び100μmにピークトップを検出した。また、累積体積比率に示されるように、ハンマーミル粉砕法では100μm以下の粒径のものが50%以下であったのに対し、気流式粉砕法では、100μm以下の粒径のものが75%以上であった。気流式粉砕法で得られた破砕粉末は、粒径が全体として細かくなるため、だまにならず舌触りが滑らかとなる。
【0144】
さらに、ハンマーミル粉砕法及び気流式粉砕法でそれぞれ得られた酸棗仁(ZSS)の破砕粉末の物性について分析した。結果を表2に示す。
【表2】
【0145】
(安息角)
顆粒をオリフィス(ロート)から水平面に堆積させ円錐を形成させた。当該円錐の母線と底面とがなす角が安息角αを、底面の半径r、円錐の高さhから下式で計算した。
【0146】
【0147】
(嵩密度)
メスシリンダーを用いる一般的な方法で測定した。1.0mm以上の目開きの篩を通し、試料100gを250mLメスシリンダーに入れ、圧着しないようにならした。ゆるみ嵩体積V0を測定し、かさ密度g/mLを算出した。
【0148】
(水分活性)
直径20mmのアルミ皿(その質量をW0(g)とする。)に測定試料を1.0~1.1g乗せ、コンウェイユニットに試料と飽和溶液を入れた。コンウェイユニット内に設置した内室に、試料を乗せたアルミ皿を入れ、外室に標準飽和溶液(下記の表3より選択;その質量をW1(g)とする。)を設置し、密封後、25℃・2時間の条件でインキュベートした。処理終了後、アルミ皿の秤量を実施した(その質量をW2(g)とする。)。下式にて、試料1gあたりの増減量をY軸にプロットし、飽和溶液の水分活性をX軸にプロットして、X軸との交点を算出して試料の水分活性とした。
【0149】
【0150】
【0151】
(酸価)
試料15gに対しジエチルエーテル200mLを添加し、油脂成分を抽出した。次いで脱水ろ過・溶媒留去を行い、抽出油を得た。これをエタノールとジエチルエーテルの1:1混合液60mLに溶解させ、平沼産業株式会社製COM-1760にガラス電極GE-101Bを接続し、0.05mol/L水酸化カリウム標準液を滴定することにより、電位差を測定した。
【0152】
(過酸化物価)
試料15gに対しジエチルエーテル200mLを添加し、油脂成分を抽出した。次いで脱水ろ過・溶媒留去を行い、抽出油を得た。これをイソオクタンと酢酸の2:3混合液50mLに溶解させて窒素置換したのち、0.1mL飽和ヨウ化カリウムを添加した。1分間反応させたのち、水30mLを加えて浸透した。得られた溶液に対し、1%でんぷん溶液を指示薬として、0.01mol/Lチオ硫酸ナトリウム標準液により滴定した。
【0153】
オートクレーブ殺菌及びハンマーミル破砕法で調製した粉体と焙煎による殺菌後に気流式粉砕法で処理した粉砕品は、粒度分布解析により0.5mm以下の粒子径を有することが明らかになり、一般的な澱粉(安息角45~58°:粉粒体精密供給技術、柴田力著、(株)アイピーシー社)や大豆粉(51°:粉粒体精密供給技術、柴田力著、(株)アイピーシー社)や小麦粉(53~56°:粉粒体精密供給技術、柴田力著、(株)アイピーシー社)などと同程度の安息角と、一般的な小麦粉(0.56~0.72:粉粒体精密供給技術、柴田力著、(株)アイピーシー社)や砂糖粉(0.66:粉粒体プロセス技術集成 基礎技術編、産業技術センター社)や大豆粉(0.66:粉粒体精密供給技術、柴田力著、(株)アイピーシー社)と同程度の嵩密度を有する。また、過酸化物価からほぼ酸化していないことが示される一方で、酸価からは遊離脂肪酸を多く含むことが示唆された。特筆すべき点は、水分活性である。ハンマーミル破砕法と気流式粉砕法のいずれも保存性が高いとされる水分活性0.7未満であり、気流式粉砕法では微生物が繁殖不能な0.5未満である。以上から、ハンマーミル破砕法と気流式粉砕法はいずれも、細菌増殖抑制等の観点から保存性が優れ、水分活性が0.61~0.63(厚生労働省「小麦粉製造におけるHACCPの考え方を取り入れた衛生管理のための手引書」)といわれる小麦粉に類似した食品加工を含む産業応用が期待できる。
【0154】
酸棗仁を未殺菌のままミル(Russell Hobbs社製、#7660JP)で50gずつ4度粉砕する単純破砕法にて、酸棗仁の単純破砕物を得た。単純破砕法、ハンマーミル粉砕法及び気流式粉砕法でそれぞれ得られた酸棗仁の破砕粉末の栄養成分について、分析した。結果を下記表4に示す。
【0155】
【0156】
(水分)
アルミ製秤量管(その質量をW1(g)とする。)に3.9~4.1gの試料(その質量をS(g)とする。)を入れ、減圧乾燥機にて70℃・5時間インキュベートした。シリカゲルデシケーター内で放冷したのち、秤量管及び試料の合計の質量(これをW2(g)とする。)を測定し、下式にて水分を算出した。
【0157】
【0158】
(タンパク質)
石英に0.3~0.4gの測定試料を取り、全窒素測定装置(住化分析センター社製)にて、キャリアガスに高純度ヘリウムガス(純度99.99%以上)、助燃ガスとして高純度酸素ガス(純度99.99%以上)を用い、反応炉870℃以上・還元炉温度600℃・検出器温度100℃・カラム温度70℃の設定で分析した。なお、検量線はエチレンジアミン4酢酸(EDTA)を標準品として作成した。下式を用いて、得られた窒素質量からタンパク質質量を算出した。なお、Nは検量線から算出した窒素質量(mg)、Sは試料質量(g)、Kは窒素・タンパク質換算計数6.25である。
【0159】
【0160】
(脂質)
測定試料を0.5~1.4g(Sg)準備し、エタノール2mL添加した。次いで、塩酸と純水を25対11の割合で混合して10mLを加え、恒温水槽にて70~80℃の温度帯で30~40分に亘って分解した。得られた酸分解物をマジョニア管に入れ、10mLエタノールを添加したのち、ジエチルエーテル25mLを加え、振盪混和した。更に、石油エーテル25mLを添加して振盪混和した。分離したエーテル混液相(これを「E1」とする。)と水相のうち水相を取得し、ジエチルエーテル-石油エーテル混液(等量混合)40mLを添加して振盪混和し、分離したエーテル混液相(これを「E2」とする。)と水相のうち水相を取得した。分離した水相に対し、ジエチルエーテル-石油エーテル混液(等量混合)30mLを添加して混合し、エーテル混液相(これを「E3」とする。)と水相との分離を確認し、水相を除去した。得られたエーテル混液相E1、E2、E3を混合し、秤量済みの脂肪瓶(W1g)に入れ溶媒を除去して105℃、1時間にわたり乾燥した。シリカゲルデシケーター内で放冷したのち、秤量した(これをW2(g)とする。)。
【0161】
【0162】
(灰分)
秤量済みの磁製るつぼ(その質量をW1(g)とする。)に1.0~1.2gの測定試料(その質量をS(g)とする。)を入れ秤量した。予備灰化ののち、550℃にて灰化し、シリカゲルデシケーター内で放冷したのち秤量した(これをW2(g)とする。)。得られた質量から下式により配分を算出した。
【0163】
【0164】
(炭水化物)
食品表示基準(平成27年内閣府令第10号)により、下記計算式で算出した。
【0165】
【0166】
(糖質)
食品表示基準(平成27年内閣府令第10号)により、下記計算式で算出した。
【0167】
【0168】
(食物繊維)
遠沈管に試料を1g程度入れ、石油エーテルで2回脱脂した。500mLトールビーカー2個に半量ずつ分注し、0.08mLリン酸緩衝液(pH6.0)にて各50mLとした。ターマミル(Novozymes社製)0.05mL添加し、沸騰温浴中にて振盪しながら30分間インキュベートした。放冷後、0.325mol/L塩酸10mL程度にてpH4.3±0.3に調整したのち、0.1mLアミログルコシダーゼ(Sigma-Aldrich社製)を添加し、60℃・30分間振盪条件下でインキュベートした。ついで、60℃の95V/V%エタノールを4倍希釈し、室温にて1時間静置した。その後、2G2のガラスフィルター(1gセライト充填)で吸引ろ過し、残渣を78V/V%エタノール20mLで3回、95V/V%エタノール10mLで2回、アセトン10mLで2回、石油エーテル50mLで1回洗浄し、105℃で終夜乾燥したのち、その質量を秤量してR1、R2とした。得られた2個の試料のうち片方を525℃・5時間処理して灰化して秤量し、灰分質量Aとした。また、残りの試料を窒素定量換算法(係数6.25)にタンパク質質量Pとした。以上の質量データから下式にて食物繊維質量を算出した。なお、Rは残留物の質量平均値、Pは残留物中のタンパク質(%)、Aは残留物中の灰分(%)、Sは試料質量、rはブランク残留物の質量、pはブランク残留物中のタンパク質(%)、aはブランク残留物中の灰分(%)である。
【0169】
【0170】
(エネルギー)
食品表示基準(平成27年内閣府令第10号)により、エネルギー換算計数として、タンパク質4、脂質9、糖質4、食物繊維2として計算した。
【0171】
(ナトリウム)
石英ビーカーに試料を1g入れ、500℃・10時間にて灰化させ、20%塩酸2.5mLを添加したのち蒸発乾固した。得られた試料に対し、20%塩酸2.5mLを添加して加温抽出したのち、ろ過(ろ紙No.5A)して50mLに定容した。該溶液を原子吸光光度計(SpectrAA240FS、アジレント・テクノロジー社製)を用い、ナトリウムホロカソードランプ(アジレント・テクノロジー社製)を光源として測定波長589.0nm、フレームはアセチレン2.00L/分、空気13.50L/分として測定した。
【0172】
単純破砕法で調製した粉末の栄養成分(水分、タンパク質、脂質、灰分、炭水化物、糖質、食物繊維)データにより、ハンマーミル破砕法と気流式粉砕法で調製した粉末の栄養成分データを規格化し、下記表5に示す。ハンマーミル破砕法では、水分と糖質が減少した一方、炭水化物と食物繊維は増加する傾向を示した。気流式粉砕法では、水分が劇的に減少し、糖質も減少した一方、タンパク質・脂質・灰分・炭水化物・食物繊維で増加傾向にあった。後述するように、気流式破砕法調製粉末よりもハンマーミル破砕法調製粉末の方が病態モデルマウスの認知機能をより強く改善する傾向を示すことから、より多く含む栄養成分に薬理活性成分が含まれる可能性がある。本検討により、食物繊維が薬理活性成分を含む可能性が考えられた。また、上述の通り、酸棗仁熱水エキスとその残渣いずれにも薬理活性が残存したことから、水溶性食物繊維と不溶性食物繊維のいずれにも薬理活性成分が含まれる可能性がある。
【0173】
【0174】
(食塩相当量)
ナトリウム質量に2.54をかけて算出した。
【0175】
・実施例D2:破砕調製方法による効果への影響の検討
実施例A3と同様にして、Tau784マウスに対する酸棗仁(ZSS)の破砕粉末の破砕調製方法による効果への影響を検討した。結果を
図34に示す。実施例D1に基づき調製した酸棗仁の破砕粉末(Cru-ZSS new)を1mg/kg/日、または3mg/kg/日で投与したTau784マウスのモリス水迷路試験の結果を、対象として水を投与したTau784マウス及び非遺伝子組み換えマウスとの比較で示すグラフである。気流式粉砕法により得られた酸棗仁の破砕粉末においても、極めて優れた記憶改善効果が示された。