(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024118131
(43)【公開日】2024-08-30
(54)【発明の名称】仮撚加工糸の製造方法
(51)【国際特許分類】
D02G 1/02 20060101AFI20240823BHJP
D02G 1/04 20060101ALI20240823BHJP
【FI】
D02G1/02 A
D02G1/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023024392
(22)【出願日】2023-02-20
(71)【出願人】
【識別番号】502455511
【氏名又は名称】TMTマシナリー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001841
【氏名又は名称】弁理士法人ATEN
(72)【発明者】
【氏名】辻 崇紘
(72)【発明者】
【氏名】野村 浩
(72)【発明者】
【氏名】出水 良光
(72)【発明者】
【氏名】木村 宏輝
(72)【発明者】
【氏名】咲花 諒亮
(72)【発明者】
【氏名】橋本 欣三
(72)【発明者】
【氏名】林 靖史
【テーマコード(参考)】
4L036
【Fターム(参考)】
4L036MA05
4L036MA24
4L036MA26
4L036PA03
4L036PA05
4L036PA14
4L036PA49
4L036RA04
(57)【要約】
【課題】仮撚加工糸を生産可能な限界速度を向上させる。
【解決手段】仮撚加工機1を用いた仮撚加工糸Yfの製造方法において、仮撚加工される前の残留伸度である加工前伸度が100%未満であり、仮撚加工される前の沸水収縮率が3.7%以上25%以下であり、且つ仮撚加工される前の強度が2.9cN/dtex以上である
PET製の合成繊維からなる部分配向糸が、原糸Yrとして用いられる。その上で、原糸Yrが加熱及び延伸されながら1100m/min以上の加工速度で仮撚加工される。
【選択図】
図9
【特許請求の範囲】
【請求項1】
走行する原糸を加熱及び延伸しつつ仮撚することによって前記原糸を仮撚加工可能に構成された仮撚加工機、を用いた仮撚加工糸の製造方法であって、
前記仮撚加工機は、
前記原糸を加熱する加熱装置と、
前記加熱装置によって加熱された前記原糸を延伸する延伸装置と、
糸走行方向において前記加熱装置の下流側に配置され、前記原糸を仮撚する仮撚装置と、を備えるものであり、
仮撚加工される前の残留伸度である加工前伸度が100%未満であり、仮撚加工される前の沸水収縮率が3.7%以上25%以下であり、且つ仮撚加工される前の強度が2.9cN/dtex以上であるポリエステル系の合成繊維からなる部分配向糸を前記原糸として用い、
前記原糸を加熱及び延伸しながら1100m/min以上の加工速度で仮撚加工することを特徴とする仮撚加工糸の製造方法。
【請求項2】
前記原糸の前記加工前伸度が80%以上であることを特徴とする請求項1に記載の仮撚加工糸の製造方法。
【請求項3】
前記原糸の仮撚加工される前の沸水収縮率が3.7%以上10%以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の仮撚加工糸の製造方法。
【請求項4】
仮撚加工される前の前記原糸の、ラマン分光法を用いて測定された配向度が、1.23以上1.38以下であることを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載の仮撚加工糸の製造方法。
【請求項5】
仮撚加工される前の前記原糸の結晶化度が26%以上38%以下であることを特徴とする請求項1~4のいずれかに記載の仮撚加工糸の製造方法。
【請求項6】
形成される前記仮撚加工糸の残留伸度の目標値である目標伸度を18%以上26%以下に設定することを特徴とする請求項1~5のいずれかに記載の仮撚加工糸の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、仮撚加工糸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、合成繊維のフィラメントからなる糸(原糸)を仮撚加工して得られる仮撚加工糸の製造方法が開示されている。より具体的には、走行中の原糸を加熱及び延伸しつつ原糸に撚りを加えることにより、解撚後にも撚りが残った仮撚加工糸が形成される。原糸として、一般的に、フィラメントを構成する高分子の向きが部分的に揃った(すなわち、高分子が部分的に配向した)部分配向糸が用いられる。部分配向糸(POY)は、例えば特許文献2に記載された紡糸装置によって生産される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2016-141912号公報
【特許文献2】特開2008-138301号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
POYからなる原糸が仮撚加工される際、一般的に、糸の走行速度(加工速度)をある限界速度よりも高くすると、糸の振動(サージング)が発生して正常な仮撚加工を行えなくなることが知られている。一方で、近年、仮撚加工糸の生産効率をさらに高めることが求められている。
【0005】
本発明の目的は、仮撚加工糸を生産可能な限界速度を向上させることである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
第1の発明の仮撚加工糸の製造方法は、走行する原糸を加熱及び延伸しつつ仮撚することによって前記原糸を仮撚加工可能に構成された仮撚加工機、を用いた仮撚加工糸の製造方法であって、前記仮撚加工機は、前記原糸を加熱する加熱装置と、前記加熱装置によって加熱された前記原糸を延伸する延伸装置と、糸走行方向において前記加熱装置の下流側に配置され、前記原糸を仮撚する仮撚装置と、を備えるものであり、仮撚加工される前の残留伸度である加工前伸度が100%未満であり、仮撚加工される前の沸水収縮率が3.7%以上25%以下であり、且つ仮撚加工される前の強度が2.9cN/dtex以上であるポリエステル系の合成繊維からなる部分配向糸を前記原糸として用い、前記原糸を加熱及び延伸しながら1100m/min以上の加工速度で仮撚加工することを特徴とする。
【0007】
仮撚加工機において、原糸は仮撚装置によって撚りを加えられる。サージングは、主に、糸が仮撚装置においてスリップすることによって弛んだり張ったりすることを繰り返してしまうことで生じる。一般的には、仮撚装置における糸の走行速度(加工速度)が高くなるほど糸が仮撚装置においてスリップしやすくなり、加工速度が限界速度を超えるとサージングが生じる。本願発明者は、仮撚加工前の残留伸度(以下、加工前伸度)が100%以下と低く、且つ仮撚加工される前の沸水収縮率が3.7%以上25%以下と低い原糸を用いて仮撚加工糸を製造したときに、限界速度が向上することを見出した。すなわち、このような原糸を仮撚加工する加工速度を1100m/min以上と高くしても、サージングの発生が抑制されることが見出された。この理由について、本願発明者は以下のように考察した。
【0008】
加工前伸度及び沸水収縮率が低いことは、一般的に、原糸を構成する高分子の配向が進んでおり且つ原糸の結晶化も進んでいることを意味する。このような原糸が仮撚加工されるとき、仮撚装置の糸走行方向におけるすぐ上流側において原糸に付与される張力(以下、加工張力と呼ぶ)が高くなる。より具体的には、加工張力は、加熱装置によって加熱されることによる原糸の配向緩和と、延伸に対する原糸の抵抗力とによって主に決まる。すなわち、原糸の配向が緩和されると、一般的に、仮撚装置の糸走行方向における上流側を走行する原糸が熱収縮する。熱収縮力が大きいと、加工張力も大きくなる。また、原糸のうち結晶化が進んだ部分において配向緩和は生じないが、当該部分の剛性が高いため、上記抵抗力が大きくなる。当該抵抗力が大きいと、加工張力も大きくなる。
【0009】
このように、主に2つの要因によって、原糸の加工前伸度が100%未満であり且つ沸水収縮率が25%以下のときに、加工張力が大きくなる。このため、糸が仮撚される際に糸が弛むことを抑制できる。したがって、サージングの発生を抑制できる。一方、沸水収縮率が低すぎると(すなわち、原糸の結晶化が進み過ぎていると)、原糸が仮撚されようとしたときに発生するねじり応力が大きくなる。ねじり応力が大きすぎると、ねじりに対する糸の弾性復元力が大きくなりすぎるため、仮撚装置において糸がねじり方向にスリップしやすくなってしまう。このような糸のスリップを抑制するためには、沸水収縮率がある程度大きい(具体的には3.7%以上である)必要があると本願発明者は考察した。
【0010】
また、原糸の強度が2.9cN/dtex以上と高いため、原糸に付与される張力が大きくても、原糸が切れることを抑制できる。すなわち、仮撚加工時における毛羽及び/又は断糸の発生を抑制できる。
【0011】
以上により、仮撚加工糸を生産可能な限界速度を向上させることができる。
【0012】
第2の発明の仮撚加工糸の製造方法は、前記第1の発明において、前記原糸の前記加工前伸度が80%以上であることを特徴とする。
【0013】
原糸の加工前伸度が低すぎることは、一般的に原糸の結晶化が進みすぎていることを意味する。結晶化が進みすぎていると、上述したようなねじり応力が増大しやすいため糸が仮撚装置においてねじり方向にスリップしやすくなってしまい、限界速度が低下しうる。このため、加工前伸度は80%以上であると好ましい。
【0014】
第3の発明の仮撚加工糸の製造方法は、前記第1又は第2の発明において、前記原糸の仮撚加工される前の沸水収縮率が3.7%以上10%以下であることを特徴とする。
【0015】
本発明では、上記抵抗力を大きくすることができる。したがって、加工張力を大きくすることができる。
【0016】
第4の発明の仮撚加工糸の製造方法は、前記第1~第3のいずれかの発明において、仮撚加工される前の前記原糸の、ラマン分光法を用いて測定された配向度が、1.23以上1.38以下であることを特徴とする。
【0017】
一般的に、原糸の配向が進みすぎると結晶化も進みすぎる傾向にある。本発明によれば、配向度が高すぎず低すぎないため、加工張力を大きくしつつ、上述したねじり応力が大きくなりすぎることを抑制できる。
【0018】
第5の発明の仮撚加工糸の製造方法は、前記第1~第4のいずれかの発明において、仮撚加工される前の前記原糸の結晶化度が26%以上38%以下であることを特徴とする。
【0019】
本発明では、結晶化度が高すぎず低すぎないため、加工張力を大きくしつつ、上述したねじり応力が大きくなりすぎることを抑制できる。
【0020】
第6の発明の仮撚加工糸の製造方法は、前記第1~第5のいずれかの発明において、形成される前記仮撚加工糸の残留伸度の目標値である目標伸度を18%以上26%以下に設定することを特徴とする。
【0021】
本発明では、一般的な残留伸度を有する仮撚加工糸を製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本実施形態の仮撚加工糸の製造方法を実施するための仮撚加工機の側面図である。
【
図2】糸の経路に沿って仮撚加工機を展開した模式図である。
【
図3】原糸を製造するための紡糸巻取設備を示す説明図である。
【
図4】(a)は、実施例及び比較例における原糸の製造条件等を示す表であり、(b)は、同じく仮撚加工条件等を示す表である。
【
図5】(a)は、別の実施例及び比較例における原糸の製造条件等を示す表であり、(b)は、同じく仮撚加工条件等を示す表である。
【
図6】(a)は、さらに別の実施例及び比較例における原糸の製造条件等を示す表であり、(b)は、同じく仮撚加工条件等を示す表である。
【
図7】原糸の分子構造の組成比と紡糸速度との関係を示す模式的なグラフである。
【
図8】(a)は、仮撚加工の限界速度と原糸の残留伸度との相関を示すグラフであり、(b)は、仮撚加工の限界速度と原糸の加工張力との相関を示すグラフである。
【
図9】(a)は、仮撚加工の限界速度と原糸の沸水収縮率との相関を示すグラフであり、(b)は、(a)の一部を拡大したグラフである。
【
図10】(a)は、原糸の沸水収縮率と原糸の残留伸度との相関を示すグラフであり、(b)は、原糸の残留伸度と原糸の紡糸速度との相関を示すグラフである。
【
図11】(a)は、仮撚加工の限界速度と原糸の配向度との相関を示すグラフであり、(b)は、仮撚加工の限界速度と原糸の結晶化度との相関を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
次に、本発明の実施の形態について説明する。説明の便宜上、
図1の紙面垂直方向を機台長手方向とする。
図1の紙面左右方向を機台幅方向とする。
図1の紙面上下方向、すなわち機台長手方向及び機台幅方向の両方と直交する方向を、重力の作用する上下方向(鉛直方向)とする。機台長手方向及び機台幅方向は、水平方向と略平行な方向である。また、後述の糸Yが走行する方向を糸走行方向とする。
【0024】
(仮撚加工機の全体構成)
まず、本実施形態の仮撚加工糸Yfの製造方法を実施するための仮撚加工機1の全体構成について、
図1及び
図2を参照しつつ説明する。
図1は、仮撚加工機1の側面図である。
図2は、糸Yの経路(糸道)に沿って仮撚加工機1を展開した模式図である。
【0025】
仮撚加工機1は、糸Y(原糸Yr)を仮撚加工して仮撚加工糸Yfを製造するように構成されている。原糸Yrは、例えばポリエステル系の合成繊維からなる糸である。原糸Yrは、例えば複数のフィラメントからなるマルチフィラメント糸である。或いは、原糸Yrは、1本のフィラメントによって構成されていても良い。原糸Yrは、各フィラメントを構成する高分子が部分的に配向した、一般的な部分配向糸(POY)である。原糸Yrは、後述する紡糸巻取設備100(
図3参照)によって形成される。
【0026】
仮撚加工機1は、給糸部2と、加工部3と、巻取部4とを備える。給糸部2は、糸Yを供給可能に構成されている。加工部3は、給糸部2から糸Yを引き出して仮撚加工するように構成されている。巻取部4は、加工部3によって加工された糸Yを巻取ボビンBwに巻き取るように構成されている。給糸部2、加工部3及び巻取部4が有する各構成要素は、機台長手方向において複数配列されている(
図2参照)。機台長手方向は、給糸部2から加工部3を通って巻取部4に至る糸道によって形成される、糸Yの走行面(
図1の紙面)と直交する方向である。
【0027】
給糸部2は、複数の給糸パッケージPsを保持するクリールスタンド7を有し、加工部3に複数の糸Y(原糸Yr)を供給する。加工部3は、給糸部2から複数の糸Yを引き出して加工するように構成されている。加工部3は、糸走行方向における上流側から順に、例えば、第1フィードローラ11、撚止ガイド12、第1加熱装置13、冷却装置14、仮撚装置15、第2フィードローラ16、交絡装置17、第3フィードローラ18、第2加熱装置19、第4フィードローラ20が配置された構成となっている。巻取部4は、複数の巻取装置21を有する。各巻取装置21は、加工部3で仮撚加工された糸Yを巻取ボビンBwに巻き取って巻取パッケージPwを形成する。加工部3で仮撚加工された糸Yを、以下、仮撚加工糸Yfとも呼ぶ。
【0028】
仮撚加工機1は、機台幅方向に間隔を置いて配置された主機台8及び巻取台9を有する。主機台8及び巻取台9は、機台長手方向に略同じ長さに延びるように設けられている。主機台8及び巻取台9は、機台幅方向において互いに対向するように配置されている。仮撚加工機1は、スパンと呼ばれる単位ユニットを有する。1つのスパンは、1組の主機台8及び巻取台9を含む。1つのスパンにおいては、機台長手方向に並んだ状態で走行する複数の糸Yに対して、同時に仮撚加工を施すことができるように各装置が配置されている。仮撚加工機1は、このスパンが、主機台8の機台幅方向の中心線Cを対称軸として、紙面左右対称に配置されている(主機台8は、左右のスパンで共通のものとなっている)。また、複数のスパンが、機台長手方向に配列されている。
【0029】
(加工部の構成)
加工部3の構成について、
図1及び
図2を参照しつつ説明する。第1フィードローラ11は、給糸部2に装着された給糸パッケージPsから糸Yを解舒して第1加熱装置13へ送るように構成されている。第1フィードローラ11は、例えば、
図2に示すように、1本の糸Yを第1加熱装置13へ送るように構成されている。或いは、第1フィードローラ11は、隣り合う複数の糸Yをそれぞれ糸走行方向における下流側へ送ることが可能に構成されていても良い。第1フィードローラ11による糸Yの搬送速度を、以下、第1糸送り速度と呼ぶ。
【0030】
撚止ガイド12は、仮撚装置15で糸Yに付与された撚りが、撚止ガイド12よりも糸走行方向上流側に伝播しないように構成されている。第1加熱装置13は、第1フィードローラ11から送られてきた糸Yを所定の加工温度に加熱するための装置である。第1加熱装置13(本発明の加熱装置)は、例えば、
図2に示すように、2本の糸Yを加熱可能に構成されている。第1加熱装置13が加熱可能な糸Yの数は、これに限られない。冷却装置14は、第1加熱装置13で加熱された糸Yを冷却するように構成されている。冷却装置14は、例えば、
図2に示すように、1本の糸Yを冷却するように構成されている。或いは、冷却装置は、複数の糸Yを同時に冷却可能に構成されていても良い。
【0031】
仮撚装置15は、第1加熱装置13及び冷却装置14の糸走行方向下流側に配置されている。仮撚装置15は、糸Yに撚りを付与するように構成されている。仮撚装置15は、例えば、いわゆるディスクフリクション方式の公知の仮撚装置である。仮撚装置15は、らせん状に配置された複数のディスク(不図示)を有する。複数のディスクは、同じ方向に回転駆動される。これにより、糸Yと各ディスクの表面との間に作用する摩擦力によって糸Yが撚られる。
【0032】
第2フィードローラ16は、仮撚装置15で処理された糸Yを交絡装置17へ送るように構成されている。第2フィードローラ16による糸Yの搬送速度を、以下、第2糸送り速度と呼ぶ。糸Yを仮撚加工する速度(以下、加工速度)は、例えば第2糸送り速度によって規定される。第2糸送り速度は、第1糸送り速度よりも速い。これにより、糸Yは、第1フィードローラ11と第2フィードローラ16との間で延伸仮撚される。
【0033】
第1フィードローラ11と第2フィードローラ16とを合わせたものは、延伸装置と呼ぶことができる。第2糸送り速度の第1糸送り速度に対する比率は、一般的に延伸倍率と呼ばれる。第1フィードローラ11と第2フィードローラ16との間を走行している糸Yには、張力が付与される。仮撚装置15の糸走行方向におけるすぐ上流側を走行している糸Yに付与される張力を、以下、説明の便宜上、加工張力とも呼ぶ。
【0034】
交絡装置17は、糸Yに交絡を付与するように構成されている。交絡装置17は、例えば、空気流によって糸Yに交絡を付与する公知のインターレースノズルを有する。第3フィードローラ18は、交絡装置17よりも糸走行方向における下流側を走行している糸Yを第2加熱装置19へ送るように構成されている。第3フィードローラ18は、例えば、
図2に示すように、1本の糸Yを第2加熱装置19へ送るように構成されている。或いは、第3フィードローラ18は、隣り合う複数の糸Yをそれぞれ糸走行方向における下流側へ送ることが可能に構成されていても良い。なお、第3フィードローラ18による糸Yの搬送速度は、第2フィードローラ16による糸Yの搬送速度よりも遅い。このため、糸Yは、第2フィードローラ16と第3フィードローラ18との間で弛緩される。第2加熱装置19は、第3フィードローラ18から送られてきた糸Yを加熱するように構成されている。第2加熱装置19は、鉛直方向に沿って延びており、1つのスパンに1つずつ設けられている。第4フィードローラ20は、第2加熱装置19によって加熱された糸Yを巻取装置21へ送るように構成されている。第4フィードローラ20は、例えば、
図2に示すように、1本の糸Yを巻取装置21へ送ることが可能に構成されている。或いは、第4フィードローラ20は、隣り合う複数の糸Yをそれぞれ糸走行方向における下流側へ送ることが可能に構成されていても良い。第4フィードローラ20による糸Yの搬送速度は、第3フィードローラ18による糸Yの搬送速度よりも遅い。このため、糸Yは、第3フィードローラ18と第4フィードローラ20との間で弛緩される。
【0035】
以上のように構成された加工部3では、第1フィードローラ11と第2フィードローラ16との間で延伸された糸Yが、仮撚装置15によって撚られる。仮撚装置15により形成される撚りは、撚止ガイド12までは伝播するが、撚止ガイド12よりも糸走行方向上流側には伝播しない。延伸されつつ撚りが付与された糸Yは、第1加熱装置13で加熱されて熱固定された後、冷却装置14で冷却される。仮撚装置15よりも糸走行方向下流側では糸Yは解撚されるが、上記の熱固定によって糸Yが波状に仮撚りされた状態が維持される(すなわち、糸Yの捲縮が維持される)。
【0036】
仮撚りが施された糸Yは、第2フィードローラ16と第3フィードローラ18との間で弛緩されながら、交絡装置17によって交絡が付与された後、糸走行方向下流側へ案内される。さらに、糸Yは、第3フィードローラ18と第4フィードローラ20との間で弛緩されながら、第2加熱装置19で熱処理される。最後に、第4フィードローラ20から送られた糸Y(仮撚加工糸Yf)は、巻取装置21によって巻き取られる。
【0037】
(巻取部の構成)
巻取部4の構成について、
図2を参照しつつ説明する。巻取部4は、複数の巻取装置21を有する。各巻取装置21は、例えば1つの巻取ボビンBwに糸Yを巻取可能に構成されている。巻取装置21は、支点ガイド31と、トラバース装置32と、クレードル33とを有する。支点ガイド31は、糸Yが綾振りされる際の支点となるガイドである。トラバース装置32は、トラバースガイド34によって糸Yを綾振りすることが可能に構成されている。クレードル33は、巻取ボビンBwを回転自在に支持するように構成されている。クレードル33の近傍には、接触ローラ35が配置されている。接触ローラ35は、巻取パッケージPwの表面に接触して接圧を付与する。以上のように構成された巻取部4では、上述した第4フィードローラ20から送られた糸Yが各巻取装置21によって巻取ボビンBwに巻き取られ、巻取パッケージPwが形成される。
【0038】
(紡糸巻取設備)
原糸Yrを製造する設備の一例としての紡糸巻取設備100について、
図3を参照しつつ説明する。
図3は、紡糸巻取設備100の模式的な側面図である。説明の便宜上、上下方向と直交する所定の方向を前後方向と呼ぶ。前後方向は、
図3の紙面左右方向と平行な方向である。上下方向及び前後方向の両方と直交する方向を左右方向と呼ぶ。左右方向は、
図3の紙面垂直方向と平行な方向である。
【0039】
紡糸巻取設備100は、紡出された糸YをボビンBに巻き取ってパッケージP(上述した給糸パッケージPs)を形成するように構成されている。紡糸巻取設備100は、紡糸装置101と、冷却装置102と、引取部103と、巻取部104とを備える。
【0040】
紡糸装置101は、複数の糸Y(原糸Yr)の材料である溶融ポリマーを吐出(紡出)するように構成されている。冷却装置102は、溶融ポリマーを冷却して固化するように構成されている。溶融ポリマーは、固化されることにより、各々が1以上のフィラメントを有する複数の糸Yとして形成される。冷却装置102の下方には、各糸Yに油剤を付与する油剤付与装置(不図示)が設けられている。
【0041】
引取部103は、降下する複数の糸Yを引き取るように構成されている。引取部103は、例えば、第1ゴデットローラ111と、第2ゴデットローラ112とを有する。第1ゴデットローラ111は、紡糸装置101、冷却装置102及び油剤付与装置の下側に配置されている。第1ゴデットローラ111は、複数の糸Yを引き取って第2ゴデットローラ112へ送るように構成されている。第2ゴデットローラ112は、例えば第1ゴデットローラの上方且つ後方に配置されている。第2ゴデットローラ112は、複数の糸Yを巻取部104に向けて送るように構成されている。
【0042】
巻取部104は、複数の糸YをボビンBに巻き取ってパッケージPを形成するように構成されている。巻取部104は、第2ゴデットローラ112の下側に配置されている。巻取部104は、複数の支点ガイド121と、複数のトラバースガイド122と、ターレット123と、2本のボビンホルダ124と、コンタクトローラ125とを備える。
【0043】
複数の支点ガイド121は、糸Yが各トラバースガイド122によって綾振りされる際の支点となるガイドである。複数の支点ガイド121は、前後方向に配列されている。複数の支点ガイド121は、複数の糸Yに対応して個別に設けられている。複数のトラバースガイド122は、複数の糸Yをそれぞれ綾振りするためのガイドである。複数のトラバースガイド122は、前後方向に配列されている。複数のトラバースガイド122は、複数の支点ガイド121に対応して個別に設けられている。ターレット123は、略円板状の部材である。ターレット123の軸方向は、前後方向と略平行である。ターレット123は、不図示のターレットモータによって回転駆動される。2本のボビンホルダ124は、複数のボビンBを前後方向に並べて支持するように構成されている。各ボビンホルダ124の軸方向は、前後方向と略平行である。2本のボビンホルダ124は、ターレット123に回転可能に支持されている。2本のボビンホルダ124は、前後方向から見たときに、ターレット123の中心点を挟んで互いに反対側の位置に配置されている。より具体的には、例えば、一方のボビンホルダ124が最も上側に位置しているとき、他方のボビンホルダ124は最も下側に位置している。各ボビンホルダ124は、複数の糸Yに対して個別に設けられた複数のボビンBを回転可能に支持する。各ボビンホルダ124には、複数の糸Yにそれぞれ対応して設けられた複数のボビンBが、前後方向に並べて装着される。2つのボビンホルダ124は、それぞれ、個別の巻取モータ(不図示)によって回転駆動される。コンタクトローラ125は、軸方向が前後方向と略平行なローラである。コンタクトローラ125は、上側のボビンホルダ124のすぐ上方に配置されている。コンタクトローラ125は、上側のボビンホルダ124に支持された複数のパッケージPの表面に接触することで、巻取中のパッケージPの表面に接圧を付与して、パッケージPの形状を整える。
【0044】
上側のボビンホルダ124が回転駆動されると、トラバースガイド122によって綾振りされた糸YがボビンBに巻き取られて、パッケージPが形成される。また、パッケージPが満巻きになった場合、ターレット123が回転させられることにより、2本のボビンホルダ124の上下の位置が入れ換わる。これにより、下側に位置していたボビンホルダ124が上側に移動し、このボビンホルダ124に装着されたボビンBに糸Yを巻き取ってパッケージPを形成できる。また、満巻きになったパッケージPが装着されたボビンホルダ124は、ターレット123によって下側に移動させられる。満巻きのパッケージPは、例えば不図示のパッケージ回収装置によって回収される。回収されたパッケージPは、上述した給糸パッケージPsとして仮撚加工機1の給糸部2に装着される。
【0045】
ここで、一般的に、仮撚加工機1における糸Yの走行速度(加工速度)をある限界速度(サージング速度とも呼ばれる)よりも高くすると、糸Yの振動(サージング)が発生し、仮撚加工糸Yfを正常に生産できなくなることが知られている。一方で、近年、仮撚加工糸Yfの生産効率をさらに高めることが求められている。本願発明者は、鋭意検討の結果、仮撚加工の限界速度(仮撚加工糸Yfを生産可能な限界速度)を向上させるための方法を見出した。以下、仮撚加工の限界速度を単に限界速度とも呼ぶ。
【0046】
(仮撚加工時に求められる加工条件)
本実施形態の仮撚加工糸Yfの製造方法について説明する前に、原糸Yrを仮撚加工して(より厳密には、延伸仮撚加工して)仮撚加工糸Yfを製造する際に求められる加工条件について、以下簡単に説明する。
【0047】
仮撚加工機1によって仮撚加工される前の原糸Yrは、当該原糸Yrに固有の特性として、所定の残留伸度(加工前伸度)を有する。糸Yの残留伸度とは、糸Yを所定条件下で引っ張って破断させた後の当該糸Yの伸度である。つまり、残留伸度は、引っ張られる前の糸Yに対する、破断後の糸Yの伸び率である。原糸Yrの残留伸度は、紡糸巻取設備100における原糸Yrの製造条件に応じて変わりうる。また、原糸Yrの強度(原糸Yrが破断されるときの引張力)も、紡糸巻取設備100における原糸Yrの製造条件に応じて変わりうる。
【0048】
原糸Yrは、仮撚加工糸Yfの残留伸度が所定の目標値(以下、目標伸度)になるように仮撚加工されることが一般的に求められる。つまり、一般的に、加工前伸度及び目標伸度を考慮に入れて原糸Yrが仮撚加工される。目標伸度は、仮撚加工糸Yfの用途によって多少異なりうる。典型的な目標伸度は、18~26%の範囲に収まる。仮撚加工機1において、仮撚加工糸Yfの残留伸度が目標伸度になるように、第1フィードローラ11、第1加熱装置13、冷却装置14、仮撚装置15及び第2フィードローラ16等の動作条件が加工条件として設定される。例えば、上述した延伸倍率が、加工前伸度と目標伸度との関係によって決定される(算出される)。
【0049】
(サージングの原因)
次に、サージングの原因について簡単に説明する。サージングは、走行中の糸Yが意図せず弛んだり張ったりすることを繰り返すことによって生じる。サージングの直接の原因となる装置は、主に仮撚装置15である。つまり、サージングは、糸走行方向において第1フィードローラ11と第2フィードローラ16との間で発生しうる。例えばフリクション方式の仮撚装置15において、走行中の糸Yがディスクの表面に対してスリップしうる。糸Yは、仮撚装置15においてスリップしても、弛まなければ(すなわち、糸Yに張力が付与され続けていれば)正常に走行可能である。しかし、仮撚装置15における糸Yの走行速度(第2糸送り速度と略等しい)が速くなると、糸Yがスリップしやすくなる。糸Yがスリップする頻度が高くなればなるほど、糸Yが弛む可能性が高くなる。そして、第1フィードローラ11と第2フィードローラ16との間で糸Yが意図せず弛んだり張ったりするようになると、糸Yが振動して正常に走行できなくなる。つまり、サージングが発生する。サージングが発生し始めるときの第2糸送り速度が、上述した限界速度である。
【0050】
サージングを抑制するための有効な方法は、仮撚装置15の糸走行方向におけるすぐ上流側を走行している糸Yの張力(すなわち、加工張力)を大きくすることである。しかし、上述したように、加工前伸度及び目標伸度に応じて延伸倍率が予め決定される。一般的に、延伸倍率が大きいほど加工張力は大きくなりうるが、延伸倍率を大きくしすぎると、仮撚加工糸Yfの残留伸度が目標伸度と顕著に異なってしまう。このような仮撚加工糸Yfは、製品として不適格である。
【0051】
(仮撚加工糸の製造方法)
上記の状況において、本願発明者は、製品として適切な仮撚加工糸Yfを製造しつつ限界速度を向上させるための方法を検討した。本願発明者は、紡糸巻取設備100における原糸Yrの製造条件を変更しながら、各製造条件で製造された原糸Yrを用いて仮撚加工を行った。より具体的には、本願発明者は、
図4(a)~
図6(b)の表に示すように、実施例1~実施例16及び比較例1~13の原糸Yrを準備した。実施例と比較例との区分の基準については後述する。各実施例及び各比較例の原糸Yrは、一般的な太さ(83dtex)を目標太さとして製造された。実施例1~4及び比較例1~2(
図4(a)及び
図4(b)参照)の原糸Yrは、フィラメント数が48本の原糸Yrである。実施例5~12及び比較例3~5(
図5(a)及び
図5(b)参照)の原糸Yrは、フィラメント数が72本の原糸Yrである。実施例13~16及び比較例6~13(
図6(a)及び
図6(b)参照)の原糸Yrは、フィラメント数が144本の原糸Yrである。
【0052】
図4(a)、
図5(a)及び
図6(a)は、原糸Yrの製造条件及び原糸Yrの物性を示す表である。原糸Yrの製造条件として、紡糸速度が示されている。原糸Yrの物性として、残留伸度(加工前伸度)、強度、繊度、沸水収縮率、配向度及び結晶化度示がされている。紡糸速度(単位ははm/min)は、ボビンBに糸Yを巻き取る巻取速度である。残留伸度(単位は%)は、USTER社製の強伸度計であるTENSORAPID(商標) を用いて測定された。強度(単位はcN/dtex)は、同じくUSTER社製の強伸度計であるTENSORAPIDを用いて測定された。繊度は、INTEC社製の電動検尺機(糸のカセ取りを行う機器)を用いて所定長さの糸サンプルを得た後、一般的な重量計を用いて当該糸サンプルの重量を測定することにより、当該糸サンプルの重量と長さとの比率として算出された。繊度の単位はdtexである。沸水収縮率(単位は%)は、所定長さの糸サンプルをトーマス科学器械株式会社製の恒温槽(型番はT-22H)によって加熱し、加熱後の糸長を一般的な物差しで測ることにより算出された。配向度(無次元量)は、ナノフォトン社製のラマン分光装置であるRAMAN touch(登録商標)を用いて測定された。結晶化度(単位は%)は、TAインスツルメント社製の示差走査熱量計であるDSC25(型番)を用いて測定された。なお、糸Yを構成する材料の配向度の指標として、複屈折率が測定されることが一般的に多い。本願発明者は、複屈折率の測定に代えて、ラマン分光法による配向度の測定を行った。なお、配向度及び結晶化度は、参考のため、実施例1~4及び比較例1~2においてのみ測定された。
【0053】
本願発明者は、紡糸巻取設備100によって得られる原糸Yrの残留伸度の条件振りを行い、各条件で製造されたPET製の(すなわち、ポリエステル製の)糸Yを原糸Yrとして用いた。原糸Yrの残留伸度は、紡糸巻取設備100における紡糸速度を変更することによって変更可能である。一般的に、紡糸装置101から紡出された溶融ポリマーは、巻取速度が速いほど、固化するまでの間に延伸されやすい。これにより、巻取速度が速いほど、原糸Yrの残留伸度が低くなる傾向にある。本願発明者は、複数の種類の原糸Yrとして、残留伸度が100%以上の原糸Yr及び残留伸度が100%未満の原糸Yrを準備した。残留伸度が100%以上の原糸Yrは、従来、延伸仮撚加工に適していると一般的に言われている。一方、残留伸度が100%未満の原糸Yrは、従来、延伸仮撚加工に適していないと一般的に言われている。本願発明者は、各原糸Yrを製造する際の、紡糸速度以外の製造条件を、共通且つ一般的な製造条件に設定した。言い換えると、少なくとも残留伸度が100%以上である従来の原糸Yrに対して、一般的な仮撚加工を施すことができる。なお、残留伸度が100%未満の原糸Yrの強度は、いずれも残留伸度が100%以上の原糸Yrの強度よりも高く、2.9cN/dtex以上であった。
【0054】
本願発明者は、仮撚加工前の原糸Yrの残留伸度(上述した加工前伸度)と目標伸度とを考慮に入れて、仮撚加工糸Yfの製造条件(仮撚加工条件)を設定した。目標伸度は、全ての仮撚加工条件において22%である。
図4(b)、
図5(b)及び
図6(b)は、各仮撚加工糸Yfを製造した際の仮撚加工条件、仮撚加工時の加工性及び仮撚加工糸Yfの物性を示す表である。仮撚加工条件として、上述した延伸倍率が示されている。加工性として、限界速度(後述)及び加工張力が示されている。仮撚加工糸Yfの物性として、仮撚加工糸Yfの残留伸度及び強度が示されている。加工張力(単位はcN)は、一般的な張力計を用いて測定された。仮撚加工糸Yfの残留伸度及び強度は、原糸Yrの残留伸度及び強度を測定した装置と同じ装置で測定された。
【0055】
本願発明者は、延伸倍率以外の仮撚加工条件を、共通且つ一般的な仮撚加工条件に設定した。これにより、少なくとも残留伸度が100%以上の原糸Yrを仮撚加工した際、従来の良好な品質の仮撚加工糸Yfが得られることが分かっている。
【0056】
本願発明者は、各原糸Yrに対応した仮撚加工条件の下で仮撚加工糸Yfを製造した。さらに、本願発明者は、各仮撚加工糸Yfを製造する際、上記延伸倍率の条件を維持しつつ、加工速度を徐々に上げることにより限界速度を確認した。サージングが発生しない加工速度のうち最も高い加工速度が、各仮撚加工条件(以下、単に条件)における限界速度である。従来の通常の原糸Yrを仮撚加工する際の限界速度は、最大で約1000m/minであった。いくつかの条件の下で、加工速度が従来の限界速度を大きく上回る結果が得られた。
【0057】
本願発明者は、各条件に係る例を実施例と比較例とに分けた。より具体的には、本願発明者は、原糸Yrのフィラメント数によらず、原糸Yrの残留伸度が100%未満であり、仮撚加工が正常に行われ且つ仮撚加工糸Yfの糸品質が正常であった条件のうち、限界速度が1100m/min以上の条件に係る例を実施例に分類した。また、本願発明者は、それ以外の条件を比較例に分類した。つまり、本願発明者は、従来と比べて純粋に限界速度が向上した条件に係る例を実施例とした。これが、本実施形態における実施例と比較例との区分の基準である。
【0058】
仮撚加工が正常に行われたとは、より具体的には、仮撚加工中に毛羽又は断糸などの問題が発生しなかったことを意味する。毛羽は、糸Yを構成する複数のフィラメントのうち一部のみのフィラメントが切れることによって生じる糸品質の不良である。断糸は、糸Yが完全に切れて仮撚加工糸Yfの製造が停止してしまう不具合である。本実施形態では、いずれの実施例及び比較例においても仮撚加工中の毛羽又は断糸の発生は無く、仮撚加工が正常に行われた。
【0059】
仮撚加工糸Yfの糸品質が正常であるとは、より具体的には、仮撚加工糸Yfの残留伸度及び強度が従来と比べて概ね同程度であることを意味する。本願発明者は、残留伸度が18~26%であり、且つ強度が3.7以上である仮撚加工糸Yfを正常な糸品質の仮撚加工糸Yfとして判断した。
【0060】
図4(a)~
図6(b)に示すように、加工前伸度が100%未満の(すなわち、従来は延伸仮撚加工に適していないと言われてきた)原糸Yrを仮撚加工した際に、仮撚加工の限界速度が飛躍的に上昇する結果が見られた。このような結果が得られた理由について、本願発明者は以下のように考察した。まず、上述したように、紡糸巻取設備100における巻取速度が速いほど、原糸Yrの残留伸度が低くなる。残留伸度がより低いことは、紡糸巻取設備100によって製造されている原糸Yrがより大きく延伸されていることを意味する。原糸Yrが延伸されると、原糸Yrに含まれる高分子の向きが揃う(高分子が配向する)。また、高分子の配向とともに、高分子の結晶化が進む。本願発明者は、これらの現象と、仮撚加工の限界速度の向上との間に何らかの因果関係があると考えた。
【0061】
さらに、本願発明者は、原糸Yrの分子構造として下記の三つの構造があることと、原糸Yrにおける当該三つの構造の混在比率(以下、組成比と呼ぶ)が紡糸速度によって異なることを考慮に入れた。
図7を参照しつつ、より具体的に説明する。
図7は、原糸Yrの分子構造の組成比と紡糸速度との関係を示すグラフである。縦軸が組成比を示す。横軸が紡糸速度を示す。原糸Yrは、第1の構造として、高分子が配向しておらず且つ結晶化していない非配向非晶質の構造(以下、構造S1と呼ぶ)を含みうる。原糸Yrは、第2の構造として、高分子が配向しているが結晶化していない配向非晶質の構造(以下、構造S2と呼ぶ)を含みうる。原糸Yrは、第3の構造として、高分子が配向し且つ結晶化している配向結晶質の構造(以下、構造S3と呼ぶ)を含みうる。構造S1、S2及びS3は、
図7のグラフ内で実線によって区切られている。
【0062】
なお、高分子が配向していないが結晶化している非配向結晶質の構造が原糸Yrに含まれる可能性はゼロではない。しかしながら、紡糸巻取設備100において、原糸Yrはある程度引っ張られながら走行するため、非配向結晶質の構造が原糸Yrに含まれる可能性は実質的には非常に低い。したがって、ここでは当該構造の説明を省略する。
【0063】
図7に示すように、紡糸速度が非常に低い条件では、構造S1が原糸Yrの大部分を占める(二点鎖線L1を参照)。紡糸速度が少し高い原糸Yrにおいては、構造S2の割合が多くなり、構造S1の割合が少なくなる(二点鎖線L2を参照)。さらに紡糸速度が高い原糸Yrにおいては、構造S3が現れ始める(二点鎖線L3を参照)。さらに紡糸速度が高い原糸Yrにおいては、構造S3の割合が多くなり、構造S1及びS2の割合が少なくなる(二点鎖線L4を参照)。さらに紡糸速度が高い原糸Yrにおいては、構造S3が原糸Yrの大部分を占める(二点鎖線L5を参照)。
【0064】
原糸Yrの構造S2(配向非晶質)の部分は、一般的に、加熱によって構造S1(非配向非晶質)に戻りやすく、加熱されたときに配向緩和による大きな熱収縮力が生じうる。一方、原糸Yrの構造S3(配向結晶質)の部分は、一般的に、加熱による構造の変化を起こしにくいため熱収縮力が生じにくい。しかし、構造S3の部分は、高い剛性を有し、外力が加えられたときに応力が生じやすい。これらの特性が複雑に関連し合って、原糸Yrの加工前伸度に応じて加工張力が変わり、結果として仮撚加工の限界速度が変わると本願発明者は考えた。
【0065】
本実施形態においては、高い紡糸速度によって製造された原糸Yrが多い。このため、多くの原糸Yrにおいて構造S1及び構造S2の部分が比較的少なく、構造S3の部分が比較的多い。そこで、本願発明者は、原糸Yrの加工前伸度に加え、原糸Yrにおける非晶質の部分(構造S1又は構造S2の部分)と結晶質の部分(構造S3の部分)との比率に着目した。当該比率が顕著に反映される糸物性の1つとして、沸水収縮率が挙げられる。
【0066】
各種パラメータ間の相関について、
図8(a)~
図11(b)のグラフを参照しつつ説明する。
図8(a)は、仮撚加工の限界速度と原糸Yrの残留伸度との相関を示すグラフである。
図8(b)は、仮撚加工の限界速度と加工張力との相関を示すグラフである。
図9(a)は、仮撚加工の限界速度と原糸Yrの沸水収縮率との相関を示すグラフである。
図9(b)は、
図9(a)の一部を拡大したグラフである。
図10(a)は、原糸Yrの沸水収縮率と原糸Yrの残留伸度との相関を示すグラフである。
図10(b)は、原糸Yrの残留伸度と原糸Yrの紡糸速度との相関を示すグラフである。
図11(a)は、仮撚加工の限界速度と原糸Yrの配向度との相関を示す参考的なグラフである。
図11(a)においては、仮撚加工の限界速度と原糸Yrの配向度との相関を内挿により推定している(破線参照)。
図11(b)は、仮撚加工の限界速度と原糸Yrの結晶化度との相関を示す参考的なグラフである。
図11(b)においては、仮撚加工の限界速度と原糸Yrの結晶化度との相関を内挿により推定している(破線参照)。
【0067】
図8(a)に示すように、原糸Yrの加工前伸度が約90~100%であるときに限界速度が最も高い。加工前伸度がそれ以下の領域では、加工前伸度が低いほど限界速度が低い傾向にある。さらに、加工前伸度が80%以下になると限界速度が1100m/min以下になる傾向にある。但し、限界速度が最大となる加工前伸度は原糸Yrのフィラメント数によってばらついているため、加工前伸度が限界速度に最も深く関わる要素であるとは考えにくい。したがって、加工前伸度が80%以上であることは、限界速度が1100m/min以上になるための必須の要件ではないと本願発明者は考察した。
【0068】
また、
図8(b)に示すように、加工張力が大きいと限界速度が概ね高くなる傾向にある。この傾向は、限界速度に関する上述の考察と概ね合致する。しかしながら、加工張力が大きすぎると限界速度が下がり始める傾向にある。したがって、加工張力のみによって限界速度が決まるわけではないと本願発明者は考察した。
【0069】
図9(a)に示すように、限界速度は、原糸Yrの沸水収縮率が約10%のときに最大となる。一般的に、原糸Yrの結晶化が進行していればいるほど沸水収縮率は高い。この傾向は、原糸Yrのフィラメント数に実質的に依存していない。したがって、沸水収縮率は、限界速度を決定するための非常に大きな要因であると本願発明者は考察した。
図9(a)及び
図9(b)より、沸水収縮率が3.7%~40%のときに限界速度が1100m/min以上であるという結果が得られた。
【0070】
参考として、
図10(a)に示すように、原糸Yrの沸水収縮率が大きいほど残留伸度(加工前伸度)が高くなる傾向にある。この傾向は、原糸Yrにおいて構造S3の部分が多いほど原糸Yrが延伸されにくいことを意味する一般的な傾向である。これによれば、沸水収縮率が約25%以下のときに、加工前伸度が100未満になる。
【0071】
参考として、
図10(b)に示すように、原糸Yrの紡糸速度が高いほど原糸Yrの残留伸度(加工前伸度)が低くなる傾向にある。但し、紡糸速度と加工前伸度との具体的な関係は、原糸Yrのフィラメント数に応じて異なる。したがって、このグラフによれば、紡糸速度及び加工前伸度は限界速度の決定的な要因ではないことが推察される。
【0072】
参考として、
図11(a)に示すように、限界速度が1100m/min以上であるためには、原糸Yrの配向度が1.23以上1.38以下であると好ましい。
【0073】
参考として、
図11(b)に示すように、限界速度が1100m/min以上であるためには、原糸Yrの結晶化度が26%以上38%以下であると好ましい。
【0074】
以上より、加工前伸度が100%未満である原糸Yrにおいては、原糸Yrの結晶の配向緩和による熱収縮力と、延伸に対する原糸Yrの抵抗力との和が大きいと考えられる。このため、原糸の加工前伸度が100%未満であり且つ沸水収縮率が25%以下のときに、原糸Yrに付与される加工張力が大きくなる。このため、第2糸送り速度を高くしても、糸Yが弛むことを抑制できる。したがって、サージングの発生を抑制できる。一方、沸水収縮率が低すぎると(すなわち、原糸Yrの結晶化が進み過ぎていると)、糸Yが仮撚されようとしたときに発生するねじり応力が大きくなる。ねじり応力が大きすぎると、ねじりに対する糸Yの弾性復元力が大きくなりすぎるため、仮撚装置15において糸Yがねじり方向にスリップしやすくなってしまう。このため、ねじり応力を抑制して糸Yのスリップを抑制するために、沸水収縮率がある程度高い(具体的には3.7%以上である)必要がある。
【0075】
以上より、加工前伸度が100%未満であり、且つ沸水収縮率が3.7%以上25%以下であるポリエステル系の合成繊維からなる部分配向糸を原糸Yrとして用いることにより、限界速度が飛躍的に向上する。より具体的には、加工速度を1100m/min以上に設定してもサージングの発生を抑制できる。原糸Yrの沸水収縮率は、3.7%以上10%以下であると好ましい。これにより、上記抵抗力を大きくすることができる。
【0076】
なお、加工前伸度が100%未満である部分配向糸は、従来、毛羽又は断糸が発生しやすいと言われ、延伸仮撚加工に適さないと言われてきた。それにもかかわらず、実施例においては、毛羽及び断糸は発生しなかった。この理由の一つは、仮撚加工される前の原糸Yrの強度が2.9cN/dtex以上と高いことであると考えられる。したがって、大きな上流側張力が糸Yに付与されることによる毛羽又は断糸の発生を防ぐため、仮撚加工される前の原糸Yrの強度は2.9cN/dtex以上であることが求められる。
【0077】
また、加工前伸度は、80%以上であると好ましい。
【0078】
目標伸度は、一般的な18%以上26%以下であることが好ましい。また、仮撚加工される前の原糸Yrの、ラマン分光装置を用いて測定される配向度が1.23以上1.38以下であると好ましい。また、原糸Yrの結晶化度が26%以上38%以下であると好ましい。
【0079】
以上のように、加工前伸度が100%未満であり、沸水収縮率が3.7%以上25%以下の原糸Yrが仮撚加工される。これにより、加工張力が大きくなる。このため、糸Yが弛むことを抑制できる。したがって、サージングの発生を抑制できる。また、原糸Yrの強度が2.9cN/dtex以上と高いため、原糸Yrに付与される張力が大きくても、原糸Yrが切れることを抑制できる。このため、毛羽及び/又は断糸の発生を抑制できる。以上により、仮撚加工糸Yfを生産可能な限界速度を向上させることができる。
【0080】
また、加工前伸度が低すぎると、限界速度が低下しうる。このため、加工前伸度は80%以上であると好ましい。
【0081】
また、原糸Yrの沸水収縮率は、3.7%以上10%以下であると好ましい。これにより、上記抵抗力を大きくすることができる。したがって、加工張力を大きくすることができる。
【0082】
また、原糸Yrの、ラマン分光法を用いて測定された配向度が、1.23以上1.38以下である。このように、配向度が高すぎず低すぎないため、加工張力を大きくしつつ、上述したねじり応力が大きくなりすぎることを抑制できる。
【0083】
また、原糸Yrの結晶化度が26%以上38%以下である。このように結晶化度が高すぎず低すぎないため、加工張力を大きくしつつ、上述したねじり応力が大きくなりすぎることを抑制できる。
【0084】
また、目標伸度が18%以上26%以下である。したがって、一般的な残留伸度を有する仮撚加工糸Yfを製造できる。
【0085】
次に、前記実施形態に変更を加えた変形例について説明する。但し、前記実施形態と同様の構成を有するものについては、同じ符号を付して適宜その説明を省略する。
【0086】
(1)前記実施形態において、目標伸度が18%以上26%以下であるものとした。しかしながら、これには限られない。目標伸度が18%よりも小さく又は26%よりも大きくても良い。
【0087】
(2)原糸Yrの沸水収縮率が3.7%以上25%以下であれば、原糸Yrの加工前伸度は、80%未満でも良い。
【0088】
(3)原糸Yrの、ラマン分光法を用いて測定された配向度は、1.23以上1.38以下の範囲に収まっていなくても良い。
【0089】
(4)原糸Yrの結晶化度は、26%以上38%以下の範囲に収まっていなくても良い。
【0090】
(5)上述した仮撚加工糸Yfの製造方法は、仮撚加工機1に限らず、他の構成を有する公知の仮撚加工機(不図示)において実施されても良い。
【符号の説明】
【0091】
1 仮撚加工機
13 第1加熱装置(加熱装置)
15 仮撚装置
Y 糸
Yf 仮撚加工糸
Yr 原糸
【手続補正書】
【提出日】2024-02-05
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
走行する原糸を加熱及び延伸しつつ仮撚することによって前記原糸を仮撚加工可能に構成された仮撚加工機、を用いた仮撚加工糸の製造方法であって、
前記仮撚加工機は、
前記原糸を加熱する加熱装置と、
前記加熱装置によって加熱された前記原糸を延伸する延伸装置と、
糸走行方向において前記加熱装置の下流側に配置され、前記原糸を仮撚する仮撚装置と、を備えるものであり、
仮撚加工される前の残留伸度である加工前伸度が100%未満であり、仮撚加工される前の沸水収縮率が3.7%以上25%以下であり、且つ仮撚加工される前の強度が2.9cN/dtex以上であるPET製の合成繊維からなる部分配向糸を前記原糸として用い、
前記原糸を加熱及び延伸しながら1100m/min以上の加工速度で仮撚加工することを特徴とする仮撚加工糸の製造方法。
【請求項2】
前記原糸の前記加工前伸度が80%以上であることを特徴とする請求項1に記載の仮撚加工糸の製造方法。
【請求項3】
前記原糸の仮撚加工される前の沸水収縮率が3.7%以上10%以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の仮撚加工糸の製造方法。
【請求項4】
仮撚加工される前の前記原糸の、ラマン分光法を用いて測定された配向度が、1.23以上1.38以下であることを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載の仮撚加工糸の製造方法。
【請求項5】
仮撚加工される前の前記原糸の結晶化度が26%以上38%以下であることを特徴とする請求項1~4のいずれかに記載の仮撚加工糸の製造方法。
【請求項6】
形成される前記仮撚加工糸の残留伸度の目標値である目標伸度を18%以上26%以下に設定することを特徴とする請求項1~5のいずれかに記載の仮撚加工糸の製造方法。
【手続補正2】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0006
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0006】
第1の発明の仮撚加工糸の製造方法は、走行する原糸を加熱及び延伸しつつ仮撚することによって前記原糸を仮撚加工可能に構成された仮撚加工機、を用いた仮撚加工糸の製造方法であって、前記仮撚加工機は、前記原糸を加熱する加熱装置と、前記加熱装置によって加熱された前記原糸を延伸する延伸装置と、糸走行方向において前記加熱装置の下流側に配置され、前記原糸を仮撚する仮撚装置と、を備えるものであり、仮撚加工される前の残留伸度である加工前伸度が100%未満であり、仮撚加工される前の沸水収縮率が3.7%以上25%以下であり、且つ仮撚加工される前の強度が2.9cN/dtex以上であるPET製の合成繊維からなる部分配向糸を前記原糸として用い、前記原糸を加熱及び延伸しながら1100m/min以上の加工速度で仮撚加工することを特徴とする。
【手続補正3】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0007
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0007】
仮撚加工機において、原糸は仮撚装置によって撚りを加えられる。サージングは、主に、糸が仮撚装置においてスリップすることによって弛んだり張ったりすることを繰り返してしまうことで生じる。一般的には、仮撚装置における糸の走行速度(加工速度)が高くなるほど糸が仮撚装置においてスリップしやすくなり、加工速度が限界速度を超えるとサージングが生じる。本願発明者は、仮撚加工前の残留伸度(以下、加工前伸度)が100%未満と低く、且つ仮撚加工される前の沸水収縮率が3.7%以上25%以下と低い原糸を用いて仮撚加工糸を製造したときに、限界速度が向上することを見出した。すなわち、このような原糸を仮撚加工する加工速度を1100m/min以上と高くしても、サージングの発生が抑制されることが見出された。この理由について、本願発明者は以下のように考察した。
【手続補正4】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0030
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0030】
撚止ガイド12は、仮撚装置15で糸Yに付与された撚りが、撚止ガイド12よりも糸走行方向上流側に伝播しないように構成されている。第1加熱装置13は、第1フィードローラ11から送られてきた糸Yを所定の加工温度に加熱するための装置である。第1加熱装置13(本発明の加熱装置)は、例えば、
図2に示すように、2本の糸Yを加熱可能に構成されている。第1加熱装置13が加熱可能な糸Yの数は、これに限られない。冷却装置14は、第1加熱装置13で加熱された糸Yを冷却するように構成されている。冷却装置14は、例えば、
図2に示すように、1本の糸Yを冷却するように構成されている。或いは、冷却装置
14は、複数の糸Yを同時に冷却可能に構成されていても良い。
【手続補正5】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0041
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0041】
引取部103は、降下する複数の糸Yを引き取るように構成されている。引取部103は、例えば、第1ゴデットローラ111と、第2ゴデットローラ112とを有する。第1ゴデットローラ111は、紡糸装置101、冷却装置102及び油剤付与装置の下側に配置されている。第1ゴデットローラ111は、複数の糸Yを引き取って第2ゴデットローラ112へ送るように構成されている。第2ゴデットローラ112は、例えば第1ゴデットローラ111の上方且つ後方に配置されている。第2ゴデットローラ112は、複数の糸Yを巻取部104に向けて送るように構成されている。
【手続補正6】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0052
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0052】
図4(a)、
図5(a)及び
図6(a)は、原糸Yrの製造条件及び原糸Yrの物性を示す表である。原糸Yrの製造条件として、紡糸速度が示されている。原糸Yrの物性として、残留伸度(加工前伸度)、強度、繊度、沸水収縮率、配向度及び結晶化度
が示されている。紡糸速度(単位
はm/min)は、ボビンBに糸Yを巻き取る巻取速度である。残留伸度(単位は%)は、USTER社製の強伸度計であるTENSORAPID(商標) を用いて測定された。強度(単位はcN/dtex)は、同じくUSTER社製の強伸度計であるTENSORAPIDを用いて測定された。繊度は、INTEC社製の電動検尺機(糸のカセ取りを行う機器)を用いて所定長さの糸サンプルを得た後、一般的な重量計を用いて当該糸サンプルの重量を測定することにより、当該糸サンプルの重量と長さとの比率として算出された。繊度の単位はdtexである。沸水収縮率(単位は%)は、所定長さの糸サンプルをトーマス科学器械株式会社製の恒温槽(型番はT-22H)によって加熱し、加熱後の糸長を一般的な物差しで測ることにより算出された。配向度(無次元量)は、ナノフォトン社製のラマン分光装置であるRAMAN touch(登録商標)を用いて測定された。結晶化度(単位は%)は、TAインスツルメント社製の示差走査熱量計であるDSC25(型番)を用いて測定された。なお、糸Yを構成する材料の配向度の指標として、複屈折率が測定されることが一般的に多い。本願発明者は、複屈折率の測定に代えて、ラマン分光法による配向度の測定を行った。なお、配向度及び結晶化度は、参考のため、実施例1~4及び比較例1~2においてのみ測定された。
【手続補正7】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0065
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0065】
本実施形態においては、高い紡糸速度によって製造された原糸Yrが多い。このため、多くの原糸Yrにおいて構造S1及び構造S2の部分が比較的少なく、構造S3の部分が比較的多い。そこで、本願発明者は、原糸Yrの加工前伸度に加え、原糸Yrにおける非晶質の部分(構造S1又は構造S2の部分)と結晶質の部分(構造S3の部分)との比率に着目した。当該比率が顕著に反映される原糸Yrの物性の1つとして、沸水収縮率が挙げられる。
【手続補正8】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0066
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0066】
各種
項目間の相関について、
図8(a)~
図11(b)のグラフを参照しつつ説明する。
図8(a)は、仮撚加工の限界速度と原糸Yrの残留伸度との相関を示すグラフである。
図8(b)は、仮撚加工の限界速度と加工張力との相関を示すグラフである。
図9(a)は、仮撚加工の限界速度と原糸Yrの沸水収縮率との相関を示すグラフである。
図9(b)は、
図9(a)の一部を拡大したグラフである。
図10(a)は、原糸Yrの沸水収縮率と原糸Yrの残留伸度との相関を示すグラフである。
図10(b)は、原糸Yrの残留伸度と原糸Yrの紡糸速度との相関を示すグラフである。
図11(a)は、仮撚加工の限界速度と原糸Yrの配向度との相関を示す参考的なグラフである。
図11(a)においては、仮撚加工の限界速度と原糸Yrの配向度との相関を内挿により推定している(破線参照)。
図11(b)は、仮撚加工の限界速度と原糸Yrの結晶化度との相関を示す参考的なグラフである。
図11(b)においては、仮撚加工の限界速度と原糸Yrの結晶化度との相関を内挿により推定している(破線参照)。
【手続補正9】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0067
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0067】
図8(a)に示すように、原糸Yrの加工前伸度が約90~100%であるときに限界速度が最も高い。加工前伸度が
90%以下の領域では、加工前伸度が低いほど限界速度が低い傾向にある。さらに、加工前伸度が80%以下になると限界速度が1100m/min以下になる傾向にある。但し、限界速度が最大となる加工前伸度は原糸Yrのフィラメント数によってばらついているため、加工前伸度が限界速度に最も深く関わる要素であるとは考えにくい。したがって、加工前伸度が80%以上であることは、限界速度が1100m/min以上になるための必須の要件ではないと本願発明者は考察した。
【手続補正10】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0069
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0069】
図9(a)に示すように、限界速度は、原糸Yrの沸水収縮率が約10%のときに最大となる。一般的に、原糸Yrの結晶化が進行していればいるほど沸水収縮率は高い。
限界速度に関する上記傾向は、原糸Yrのフィラメント数に実質的に依存していない。したがって、沸水収縮率は、限界速度を決定するための非常に大きな要因であると本願発明者は考察した。
図9(a)及び
図9(b)より、沸水収縮率が3.7%~40%のときに限界速度が1100m/min以上であるという結果が得られた。
【手続補正11】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0070
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0070】
参考として、
図10(a)に示すように、原糸Yrの沸水収縮率が大きいほど残留伸度(加工前伸度)が高くなる傾向にある。この傾向は、原糸Yrにおいて構造S3の部分が多いほど原糸Yrが延伸されにくいことを意味する一般的な傾向である。これによれば、沸水収縮率が約25%以下のときに、加工前伸度が100
%未満になる。
【手続補正12】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0075
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0075】
以上より、加工前伸度が100%未満であり、且つ沸水収縮率が3.7%以上25%以下であるPET製の合成繊維からなる部分配向糸を原糸Yrとして用いることにより、限界速度が飛躍的に向上する。より具体的には、加工速度を1100m/min以上に設定してもサージングの発生を抑制できる。原糸Yrの沸水収縮率は、3.7%以上10%以下であると好ましい。これにより、上記抵抗力を大きくすることができる。
【手続補正13】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0076
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0076】
なお、加工前伸度が100%未満である部分配向糸は、従来、毛羽又は断糸が発生しやすいと言われ、延伸仮撚加工に適さないと言われてきた。それにもかかわらず、実施例においては、毛羽及び断糸は発生しなかった。この理由の一つは、仮撚加工される前の原糸Yrの強度が2.9cN/dtex以上と高いことであると考えられる。したがって、原糸Yrに付与される張力が大きくても毛羽又は断糸の発生を防ぐため、仮撚加工される前の原糸Yrの強度は2.9cN/dtex以上であることが求められる。