(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024118201
(43)【公開日】2024-08-30
(54)【発明の名称】細胞質雄性不稔性遺伝子、雄性不稔性植物及びその種子
(51)【国際特許分類】
C12N 15/29 20060101AFI20240823BHJP
A01H 5/00 20180101ALI20240823BHJP
A01H 6/82 20180101ALI20240823BHJP
A01H 5/10 20180101ALI20240823BHJP
A01H 1/00 20060101ALI20240823BHJP
C12N 15/09 20060101ALI20240823BHJP
【FI】
C12N15/29 ZNA
A01H5/00 A
A01H6/82
A01H5/10
A01H1/00 A
C12N15/09 100
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023024500
(22)【出願日】2023-02-20
(71)【出願人】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】有泉 亨
(72)【発明者】
【氏名】桑原 康介
(72)【発明者】
【氏名】中嶋 梨花
【テーマコード(参考)】
2B030
【Fターム(参考)】
2B030AA02
2B030AB03
2B030AD20
2B030CA17
2B030CB02
(57)【要約】 (修正有)
【課題】ナス科植物の細胞質雄性不稔性遺伝子であり、雄性不稔性の誘起及び回復に用いることができ、植物交配や種子採取を大きく効率化することができる、さらなるナス科植物の細胞質雄性不稔性遺伝子を提供する。
【解決手段】(a)特定のアミノ酸配列からなるタンパク質;(b)前記特定のアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、ナス科植物において細胞質雄性不稔性を発揮するタンパク質;及び(c)前記特定のアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、ナス科植物において細胞質雄性不稔性を発揮するタンパク質;からなる群より選択されるタンパク質をコードする、ナス科植物の細胞質雄性不稔性遺伝子を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)配列番号2に示すアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、ナス科植物において細胞質雄性不稔性を発揮するタンパク質;及び
(c)配列番号2に示すアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、ナス科植物において細胞質雄性不稔性を発揮するタンパク質;
からなる群より選択されるタンパク質をコードする、ナス科植物の細胞質雄性不稔性遺伝子。
【請求項2】
請求項1に記載の細胞質雄性不稔性遺伝子が導入されたナス科植物又はそれに由来する植物である、雄性不稔性植物。
【請求項3】
前記ナス科植物は、ナス属又はトウガラシ属植物である、請求項2に記載の雄性不稔性植物。
【請求項4】
前記ナス属植物は、ナス又はトマトである、請求項3に記載の雄性不稔性植物。
【請求項5】
前記トウガラシ属植物は、トウガラシ又はピーマンである、請求項3に記載の雄性不稔性植物。
【請求項6】
請求項2~5のいずれか1項に記載の雄性不稔性植物と、他系統の植物の花粉とを交配して得られた種子。
【請求項7】
ミトコンドリアDNAにおける請求項1に記載の遺伝子が欠損した、又は請求項1に記載の遺伝子の機能若しくは発現が阻害されたナス科植物である、雄性稔性回復植物。
【請求項8】
前記ナス科植物は、ジャガイモである、請求項7に記載の雄性稔性回復植物。
【請求項9】
前記ナス科植物は、請求項1に記載の遺伝子が導入されたナス科植物又はそれに由来する植物である、請求項7に記載の雄性稔性回復植物。
【請求項10】
ナス科植物に請求項1に記載の遺伝子を導入することを含む、雄性不稔性植物の製造方法。
【請求項11】
前記導入が、ミトコンドリアDNAに選択的に遺伝子を導入することを含む、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
請求項10又は11に記載の方法で製造された雄性不稔性植物又はそれに由来する植物と、他系統の植物の花粉とを交配することを含む、種子の取得方法。
【請求項13】
ナス科植物のミトコンドリアDNAにおける請求項1に記載の遺伝子を欠損させる、又は請求項1に記載の遺伝子の機能若しくは発現を阻害することを含む、雄性稔性回復植物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞質雄性不稔性遺伝子、並びにこれを利用して形成した雄性不稔性植物及びその種子に関する。
【背景技術】
【0002】
野菜などの作物の交配において、種子親、花粉親の2つの異なる親系統を交配するF1採種の作業が行われている。種子親の系統からの自家受粉を防ぐ手法として、種子親から葯を除く除雄と呼ばれる作業が行われてきた。しかし、この手法は通常手作業で行われるため、労働力を要し、コストがかかる、という問題があった。また、自家受粉、すなわち種子親の花粉の混入を完全に防げるわけではなく、目的の系統の交配が行われなかった種子が混入する可能性があった。
【0003】
上記の問題を回避するために、手作業での除雄に代えて、種子親を雄性不稔化する、すなわち、花粉を招じなくするか、又は不稔性の、すなわち交配しない不活性の花粉を生じるようにすることで、種子親の花粉が受粉する可能性を除く手法も実施されている。
【0004】
イネにおいて、細胞質雄性不稔性(CMS、Cytoplasmic Male Sterility)を利用した交配の技術が知られている。細胞質雄性不稔の一例は、細胞質内のミトコンドリアに存在するミトコンドリア遺伝子の働きにより、細胞の核とミトコンドリアの遺伝子産物との間に不親和が生じ、花粉が不活性化することで、交配が阻害され、種子及び果実が生じなくなる現象である。多くの植物種では、細胞質は雌性側のみから伝達されるため、植物種の細胞質因子を異種の細胞質因子に置換する等の手法により、CMS系統を製造することが可能である。
【0005】
特許文献1及び非特許文献1には、トマト植物より単離し、細胞質遺伝物質不活化処理されたプロトプラストと、ナス科植物より単離し、核遺伝物質不治化処理されたプロトプラストと融合させて、融合細胞よりCMSトマトを再生させることを特徴とするCMSトマト植物の簡易作出法が開示されている。この技術は、プロトプラストの融合によって雄性不稔性を有する系統を作出し、目的とするトマト植物の雄性稔性以外の形質に変化を与えることなく、目的とするトマト植物を短期間に効率よく雄性不稔化しようとするものである。
【0006】
特許文献2には、特定のDNAを含むイネRT型細胞質雄性不稔性の原因遺伝子と、それを用いた不稔性の判別方法等が記載されている。この技術では、イネRT型細胞質雄性不稔性の原因となるミトコンドリア遺伝子が同定され、この遺伝子をDNAマーカーとすることにより細胞質雄性不稔のイネ系統の判別に用いることができるものである。
【0007】
特許文献3には、形質が改変された植物を作出する方法であって、特定のDNA、又は、その一部の配列を有し、小胞子及び任意に葯の開裂組織に、特異的なプロモーター活性を示すDNAを含むプロモーターと、このプロモーターに作動可能に連結された異種遺伝子とを含む、植物発現カセットを利用して、これを植物細胞に導入することを方法が開示されている。この技術は、ナス科のペチュニア等の園芸植物について、植物形質の改変、特に雄性稔性の改変に有用な、花粉に特異的な遺伝子を改変する遺伝子工学的手法に関する技術である。
【0008】
非特許文献2では、特許文献1等に記載の技術によって作出されたCMSトマト系統について、ミトコンドリアと葉緑体のゲノム配列を決定し、トランスクリプトーム解析でCMS系統、ドナー系統及び核遺伝子を比較することで、CMS系統に特異的に存在する3つの遺伝子(orf137、orf193、orf265)を特定したことが報告されている。また、非特許文献3では、前記CMSトマトのorf137遺伝子をmitoTALENを用いて破壊することで、トマトの雄性稔性を回復したことが報告されている。該雄性不稔性トマトに存在するミトコンドリアはジャガイモ由来であることから、これにより、orf137がジャガイモの雄性不稔に関与する遺伝子であることが示唆された。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平02-138927号公報
【特許文献2】国際公開第2014/027502号
【特許文献3】特開2003-92937号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】G. Melchers et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, Vol. 89, No. 15, pp.6832-6 (1992)
【非特許文献2】K. Kuwabara et al., Horticulture Research, vol.8:250 (2021)
【非特許文献3】K. Kuwabara et al., Plant Physiology, vol. 189, pp. 465-468 (2022)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1及び非特許文献1の技術では、ナス科のトマトにおいて雄性不稔性を有する系統の作出は可能であるが、その細胞質雄性不稔性の遺伝子は開示されておらず、そのため、稔性回復の手法は明らかにされていない。特許文献2の技術は、イネ科における細胞質雄性不稔性の遺伝子を明らかにしているが、ナス科の植物の細胞質雄性不稔性の原因遺伝子については明らかにされていない。特許文献3の技術は、ナス科の植物の一種について稔性を遺伝的に操作しようとするものであるが、操作する遺伝子は核遺伝子であり、細胞質雄性不稔性に関する技術ではない。
【0012】
一方、非特許文献2及び3において、ナス科植物の細胞質雄性不稔性遺伝子としてorf137を同定したが、CMSトマトの表現型から、orf137以外にも細胞質雄性不稔性遺伝子が存在することが推測された。
【0013】
本発明は、ナス科植物の細胞質雄性不稔性遺伝子であり、雄性不稔性の誘起及び回復に用いることができ、植物交配や種子採取を大きく効率化することができる、さらなるナス科植物の細胞質雄性不稔性遺伝子を提供することを目的とする。また、本発明は、ナス科植物の細胞質雄性不稔性遺伝子を利用して、ナス科植物の雄性不稔性植物を得ること、同植物を交配して種子を得ることを目的とする。さらに、本発明は、雄性不稔植物の稔性を回復させ、雄性稔性回復植物を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明らは鋭意検討の結果、ナス科植物のミトコンドリアDNAに存在する新規の雄性不稔性遺伝子を同定し、本発明を完成させるに到った。
すなわち、本発明は以下を提供するものである。
[1](a)配列番号1に示すアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)配列番号1に示すアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、ナス科植物において細胞質雄性不稔性を発揮するタンパク質;及び
(c)配列番号1に示すアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、ナス科植物において細胞質雄性不稔性を発揮するタンパク質;
からなる群より選択されるタンパク質をコードする、ナス科植物の細胞質雄性不稔性遺伝子。
[2][1]に記載の細胞質雄性不稔性遺伝子が導入されたナス科植物又はそれに由来する植物である、雄性不稔性植物。
[3]前記ナス科植物は、ナス属又はトウガラシ属植物である、[2]に記載の雄性不稔性植物。
[4]前記ナス属植物は、ナス又はトマトである、[3]に記載の雄性不稔性植物。
[5]前記トウガラシ属植物は、トウガラシ又はピーマンである、[3]に記載の雄性不稔性植物。
[6][2]~[5]のいずれかに記載の雄性不稔性植物と、他系統の植物の花粉とを交配して得られた種子。
[7]ミトコンドリアDNAにおける[1]に記載の遺伝子が欠損した、又は[1]に記載の遺伝子の機能若しくは発現が阻害されたナス科植物である、雄性稔性回復植物。
[8]前記ナス科植物は、ジャガイモである、[7]に記載の雄性稔性回復植物。
[9]前記ナス科植物は、[1]に記載の遺伝子が導入されたナス科植物又はそれに由来する植物である、[7]に記載の雄性稔性回復植物。
[10]ナス科植物に[1]に記載の遺伝子を導入することを含む、雄性不稔性植物の製造方法。
[11]前記導入が、ミトコンドリアDNAに選択的に遺伝子を導入することを含む、[10]に記載の方法。
[12][10]又は[11]に記載の方法で製造された雄性不稔性植物又はそれに由来する植物と、他系統の植物の花粉とを交配することを含む、種子の取得方法。
[13]ナス科植物のミトコンドリアDNAにおける[1]に記載の遺伝子を欠損させる、又は[1]に記載の遺伝子の機能若しくは発現を阻害することを含む、雄性稔性回復植物の製造方法。
【0015】
本発明によれば、ナス科植物の細胞質雄性不稔性遺伝子を明らかにすることで、雄性不稔性の誘起及び回復に用いることができ、植物交配や種子採取を大きく効率化することができる。これにより、本発明は、ナス科植物の雄性不稔性植物、雄性不稔性植物由来の種子及び雄性稔性回復植物を提供することができる。また、本発明は、ナス科植物の雄性不稔性植物の製造方法、雄性不稔性植物由来の種子の製造方法及び雄性稔性回復植物の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】orf320、orf305及びorf210の塩基配列について、TMHMMを用いた膜貫通領域予測解析を行った結果を示すチャートである。Aは、orf320、Bはorf305、Cはorf210の解析結果を示す。
【
図2】ミトコンドリア選択的遺伝子導入用のベクターの構造を示す概略図である。図中のA~Fは、ベクターを構築するためのIn-Fusionクローニングに使用するためのプライマーの位置を示す。
【
図3】実施例1で生成したトランスジェニック植物(#18)と野生型の花部分の写真及び花粉の発芽状態を示す顕微鏡写真である。上段(A)が花部分の写真、下段(B)が花粉の発芽状態を示す顕微鏡写真である。
【
図4】実施例1で生成したトランスジェニック植物(#20)と野生型の花部分及び葯の写真である。上段(A)は花部分、下段(B)は葯の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明に係るナス科植物の細胞質雄性不稔性遺伝子、雄性不稔性植物、種子、雄性稔性回復植物ナス科植物の細胞質雄性を回復する方法、雄性不稔回復植物の製造方法、雄性不稔性植物、及び雄性不稔性植物の製造方法について、実施形態を示して説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0018】
1.ナス科植物の細胞質雄性不稔性遺伝子
本発明の第1の実施形態は、ナス科植物の細胞質雄性不稔性遺伝子(以下、「CMS遺伝子」とも称する)である。本実施形態のCMS遺伝子は、(a)配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質;(b)配列番号2に示すアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、ナス科植物において細胞質雄性不稔性を発揮するタンパク質;及び(c)配列番号2に示すアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、ナス科植物において細胞質雄性不稔性を発揮するタンパク質;からなる群より選択されるタンパク質をコードする、ことを特徴とする。
【0019】
本実施形態のCMS遺伝子は、ナス科植物において細胞質雄性不稔性を発揮するタンパク質をコードすることから、雄性稔性を備えるナス科植物に導入してナス科植物を雄性不稔化するために使用することができる。あるいは、雄性不稔性植物の稔性回復のために、欠損又は阻害するための標的遺伝子とすることができる。
【0020】
本明細書において「ナス科植物」には、特に限定されず、ナス科に属する植物が広く含まれるが、作物、すなわち特に食品原材料として農業分野において利用される植物が好ましい。例えば、ナス属又はトウガラシ属の植物とすることができる。ナス属植物としては、例えば、ナス、ジャガイモ又はトマトを選択することができる。また、トウガラシ属植物としては、例えば、トウガラシ又はピーマンを選択することができる。
【0021】
本実施形態のナス科植物のCMS遺伝子は、代表的には、(a)配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子である。特に、配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子は、orf320と称する。配列番号1にorf320の遺伝子配列を示す。この遺伝子は、後述する通り、ジャガイモ及びCMSトマト系統のミトコンドリアゲノムの解析より見出され、後述する実施例に記載した通り、実際にナス科植物の雄性不稔化をもたらすことが実証された遺伝子である。なお、細胞質雄性不稔性をもたらすタンパク質はS因子と呼ばれ、細胞質雄性不稔性遺伝子は、S因子をコードする遺伝子と考えられる。
【0022】
また、本実施形態のナス科植物のCMS遺伝子には、(b)配列番号1に示すアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、ナス科植物において細胞質雄性不稔性を発揮するタンパク質をコードする遺伝子が包含される。あるいは、本実施形態のナス科植物のCMS遺伝子には、配列番号2に示すアミノ酸配列と81%以上、82%以上、83%以上、84%以上、85%以上、86%以上、87%以上、88%以上、89%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上又は99%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、ナス科植物において細胞質雄性不稔性を発揮するタンパク質をコードする遺伝子が包含される。
【0023】
また、本実施形態のナス科植物のCMS遺伝子には、(c)配列番号2に示すアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、ナス科植物において細胞質雄性不稔性を発揮するタンパク質をコードする遺伝子が包含される。
【0024】
本明細書において、塩基配列及びアミノ酸配列に関する同一性の値は、複数の配列間の同一性を演算するソフトウェア(例えば、FASTA、DANASYS、及びBLAST)を用いてデフォルトの設定で算出した値を示す。同一性の決定方法の詳細については、例えばAltschul et al., Nuc. Acids. Res. 25, 3389-3402 (1977)及びAltschul et al., J. Mol. Biol. 215, 403-410 (1990)を参照されたい。また、本明細書において、「1又は複数個」の範囲は、1から10個、好ましくは1から7個、さらに好ましくは1から5個、特に好ましくは1から3個、あるいは1個又は2個である。
【0025】
「細胞質雄性不稔性を発揮するタンパク質」をコードする遺伝子は、同遺伝子をナス科植物の細胞にミトコンドリアに選択的に導入し、育成した植物体の表現型を観察することによって確認することができる。ここでいう表現型とは、具体的には雄性不稔性に係る表現型であり、例えば、葯の発達以上、花粉量の大幅な減少、あるいは無花粉、花粉の発芽不良等が挙げられる。すなわち、対象遺伝子をミトコンドリアに選択的にナス科植物に導入した場合に、成長した植物体に上記の現象が見られた場合、対象遺伝子は「細胞質雄性不稔性を発揮するタンパク質」であると評価することができる。
【0026】
前記orf320は、本発明者らが以下の検討により見出した遺伝子である。ナス科植物のジャガイモは、強い細胞質雄性不稔性を示す植物であることが古くから知られるが、その詳細な原理等は明らかにされていない。既存のCMSトマト系統、例えば非特許文献2に記載のCMSトマト「MSA1」は、トマト(品種「世界一」)由来の細胞質遺伝物質不活化処理されたプロトプラストと、ジャガイモ(Solanum acaule)由来の核遺伝物質不活化処理されたプロトプラストとを細胞融合させて得られた系統であることから、CMSトマト系統から同定された既知のCMS遺伝子であるorf137は、ジャガイモに由来することが示唆された。そこで、本発明者らは、ジャガイモのミトコンドリアDNAの既知の配列を解析し、CMS遺伝子を探索した。
【0027】
ジャガイモの葉緑体DNAのタイプは、TとWの2つに分類される。また、ミトコンドリアDNAのタイプはα、β及びγの3つに分類される。ジャガイモの細胞質DNAのタイプは、表1に示すT/β、W/γ、W/αの3つに分類される。各細胞質DNAタイプで観察される雄性不稔の表現型を表1中に示す。
【0028】
【0029】
orf137は、遺伝子データベースによる解析の結果、T/β型に存在する遺伝子であることが判明した。しかし、CMSトマト「MSA1」の雄性不稔の表現型は、葯は正常に形成されるが、花粉が発芽しない、というものであり、W/α型に近いものであった。この表現型の相違から、CMSトマトの雄性不稔は、orf137単独で引き起こされるものではないことが予測された。そこで、既存の遺伝子データベース(Genbank)および解析ツール(getorf、BLAST)より、ジャガイモのミトコンドリアDNAの以下の条件を満たすオープンリーディングフレーム(ORF)を抽出した。
・70アミノ酸以上のポリペプチドをコードする
・W/α型のジャガイモ及びS.commersonii型のジャガイモ(3系統、7ミトコンドリアゲノム)には存在しない
(W/α型のジャガイモは、orf137をCMS遺伝子として持つCMSトマト「MSA1」と雄性不稔の表現型が一致する。S.commersoniiの細胞質ゲノムを有するジャガイモにおいて、花粉稔性があることが報告されている(Cardi et al., Theor. Appl. Genet. (1999))。したがって、W/α型のジャガイモ及びS.commersonii型のジャガイモを除外した。)
・既存のCMSトマト3系統(CMS[PF]、CMS[MSA1]、CMS[OF209])には存在しない
・T/β型のジャガイモ(7系統、27ミトコンドリアゲノム)に共通して存在する
・mRNAとして単離されているもの、すなわち、転写が確認されているもの
・膜貫通ドメイン構造を有するもの
その結果、配列番号2、4、6に示す塩基配列を有する3つのORF、orf320(MN114537.1_165_311748-310789)、orf304(MN114537.1_178_296797-295886)及びorf210(MN114537.1_38_20926-20297)が抽出された。3つのORFの塩基配列及びそれぞれがコードするアミノ酸配列(配列番号2、4及び6)を表2に示す。
【0030】
【0031】
orf320、orf304及びorf210の塩基配列から、TMHMM(Transmembrane Hidden Markov Model)を用いて膜貫通領域予測解析を行った。結果を
図1に示す。
図1Aは、orf320、
図1Bはorf304、
図1Cはorf210の解析結果を示す。orf320は、170~200番目のアミノ酸位置付近に膜貫通ドメインが存在することが示された。orf304は、1~120番目のアミノ酸位置付近に4つの膜貫通ドメインを有する。orf210は、1~70番目のアミノ酸位置付近に2つの膜貫通ドメインを有する。これらがS因子である場合、膜貫通ドメインを有することで、ミトコンドリア内膜に貫通して呼吸鎖複合体の活性を低下させるという効果を奏することが推測される。イネなどのCMS系統においても膜貫通ドメインを有する遺伝子を選抜している事例が同様に報告されている(Igarashi et al., PCP (2013))。
【0032】
orf320、orf304及びorf210の塩基配列について、BLASTNデータベースで相同性解析を行った。orf320の1-462番目の配列は、既知の3種のCMSトマト系統のミトコンドリアDNAの部分配列と100%の同一性を有したが、463-960番目の配列は、既知のCMSトマト系統には見られない全く異なる配列であった。この結果より、orf320は、キメラ様構造を有すると判断した。一方、orf304は、9SNPが存在するのみで、配列全体が既知のCMSトマト系統3種と高い配列相同性を有した(Gapなし)。また、orf210は、25SNPが存在するのみで、配列全体が既知のCMSトマト系統3種と高い配列相同性を有した(Gapなし)。
【0033】
以上の結果から、3つの遺伝子のうち、orf320は、キメラ様構造を有することが推測された。イネなどのCMS系統で同定された多くのCMS遺伝子は同様にキメラ遺伝子であることが報告されている。キメラ遺伝子であることで、既知のミトコンドリア呼吸鎖複合体のサブユニットと相互作用し、CMS遺伝子が呼吸鎖複合体の活性を低下させることが報告されている(Yang et al., Molecular Plant (2022))。以後、orf320をについて、新規の細胞質雄性不稔性遺伝子の候補遺伝子として検討を行った。後述の実施例で詳細に記載するが、orf320をトマトのミトコンドリアで過剰発現させ、得られた植物体が雄性不稔性であることが確認できた。これにより、orf320が、ナス科植物のCMS遺伝子として新規に同定された。
【0034】
2.雄性不稔性植物
本発明の第2の実施形態は、ナス科植物の雄性不稔性植物である。本実施形態の雄性不稔性植物は、「1.ナス科植物の細胞質雄性不稔性遺伝子」の項に記載のCMS遺伝子を導入されたナス科植物又はそれに由来する植物である。
【0035】
本実施形態の雄性不稔性植物によれば、雄性不稔であるため自殖生殖ができず、他系統の植物の花粉を交配することで、純度の高いF1種子を取得することができる。
【0036】
本明細書において「CMS遺伝子を導入されたナス科植物に由来する植物」とは、遺伝子導入された植物を、さらに、接ぎ木、カルス誘導、細胞融合等の方法で、雄性不稔性を維持したまま繁殖させた植物を包含するものとする。加えて、遺伝子導入された植物に他系統の植物を交配させて採取したFI種子及びその子孫系統から得られる植物を包含するものとする。
【0037】
本実施形態において、「ナス科植物」は、野生型にでは通常雄性不稔性が見られない植物種とすることが好ましい。ナス科植物は、ナス属植物又はトウガラシ属植物とすることができるが、ナス属植物としては、例えば、ナス又はトマトを選択することができる。また、トウガラシ属植物としては、例えば、トウガラシ又はピーマンを選択することができる。
【0038】
本実施形態の雄性不稔性植物は、CMS遺伝子を導入されたナス科植物又はそれに由来する植物であるが、CMS遺伝子の導入の手法は、CMS遺伝子が細胞のミトコンドリアに存在する状態として、結果的に植物を細胞性雄性不稔化できる手法であれば特に限定されず、遺伝子工学の分野で公知の手法をいずれも使用できる。特に、CMS遺伝子をミトコンドリアDNAに選択的に導入する手法とすることが好ましい。このような手法の一例として、ミトコンドリア移行シグナル遺伝子と対象遺伝子とを連結させたベクターを有するアグロバクテリウムを、雄性不稔化する目的の植物のカルスに感染させる手法(アグロバクテリウム媒介形質転換法(Sun et al., Plant Cell Physiol., Vol. 47, pp. 426-431 (2006))が挙げられる。あるいは、orf320遺伝子を有することが既知のミトコンドリアを有する細胞の核遺伝子を不活化し、目的の植物のミトコンドリア遺伝子を不活化した細胞と融合させる手法をとることができる。
【0039】
本実施形態の雄性不稔性植物は、自殖生殖ができないため、単独で種子を取得することができない。そのため、上記手法で雄性不稔化した後に他系統の植物の花粉と交配することで、F1種子を得ることができる。親系統が混在しない純粋なF1種子を取得できることで、親系統の流出を防ぐことが可能となる。
【0040】
3.雄性不稔性植物の種子
本発明の第3の実施形態は、雄性不稔性植物の種子である。本実施形態の種子は、「2.雄性不稔性植物」の項に記載の雄性不稔性植物と、他系統の植物の花粉とを交配して得られた種子である。本明細書において「他系統の植物」とは、少なくとも雄性稔性を有する植物であり、種子生成が可能であれば、雄性不稔性植物と同種の植物であっても、異種の植物(交雑)であってもよい。好ましくは、「他系統の植物」は、雄性不稔性植物と同種の植物である。
【0041】
本実施形態の種子の雌性親である雄性不稔性植物を形成する手法は、「2.雄性不稔性植物」に記載した通りである。雄性不稔性植物と他系統の植物の花粉とを交配する手法は、公知の手法のいずれを用いてもよい。なお、本実施形態における用語の定義、詳細な条件等は、特に記載にない限り、また、特に矛盾のない限り、「2.雄性不稔性植物」の項の記載に記載されたものと同様である。
【0042】
本実施形態の種子は、雌性親が自殖して形成された種子が混在することがなく、純度の高いF1種子として取得することが可能である。
【0043】
4.雄性稔性回復植物
本実施形態の第4の実施形態は、雄性稔性回復植物である。本実施形態の雄性稔性回復植物は、ミトコンドリアDNAにおいて「1.ナス科植物の細胞質雄性不稔性遺伝子」の項に記載した遺伝子が欠損した、又は同遺伝子の機能若しくは発現が阻害されたナス科植物である。すなわち、本実施形態の雄性稔性回復植物は、遺伝子操作でCMS遺伝子に欠損等を生させて機能しなくすること(以後「不活化」と称する)により、雄性稔性が回復した植物である。
【0044】
前記ナス科植物は、CMS遺伝子を不活化する前の段階においては、雄性不稔性植物であることが好ましい。ジャガイモが、このようなナス科植物として知られる。ジャガイモの場合、特にT/β型のジャガイモを好適に使用できる。本実施形態の雄性稔性回復植物は、雄性不稔性を持つ状態から回復して、花粉が活性化した植物である。
【0045】
あるいは、前記ナス科植物は、「1.ナス科植物の細胞質雄性不稔性遺伝子」の項に記載の遺伝子が予め導入された雄性不稔性植物、すなわち「2.雄性不稔性植物」の項に記載の植物であってもよい。これにより、CMS遺伝子を用いて、雄性不稔化と雄性稔性回復のON/OFF操作を行うことが可能である。
【0046】
「細胞質雄性不稔性遺伝子を欠損した」とは、植物内のCMS遺伝子が破壊又は喪失などで欠損した状態を指す。前記「細胞質雄性不稔性遺伝子の機能若しくは発現の阻害」とは、CMS遺伝子のDNA、RNA又はタンパク質の機能若しくは発現を抑制することを含む。これらの遺伝子の欠損、機能若しくは発現を抑制するには、前記機能若しくは発現の抑制を行うことのできる化学物質等を外部処理により投入する等の手法を用いることができる。これらの方法には、前記遺伝子のコードするタンパク質の機能の喪失又は低減をする方法を広く含む。例えば、当該タンパク質がミトコンドリアに局在できないか、又はミトコンドリアに局在できたとしても、機能を発揮し得ない状態にし得る手法をとることができる。これらの抑制方法には、公知の又は今後開発される同様の手法を適宜選択できる。
【0047】
CMS遺伝子は、ミトコンドリアDNAに存在するため、本実施形態の雄性稔性回復植物は、ミトコンドリアのゲノム編集により、CMS遺伝子を不活化する操作等を経たものとすることができる。本明細書において、ミトコンドリアDNAに存在する遺伝子をミトコンドリア遺伝子と称し、これに対し、細胞の核内に存在する遣伝子を核遺伝子と称する。
【0048】
ミトコンドリアのゲノム編集の手法としては、目的の遺伝子を不活化できる手法であれば、公知の手法のいずれを用いてもよいが、例えば、特開2018-130043号公報に開示されているmitoTALEN法を用いることができる。具体的には、植物細胞中のミトコンドリアDNAの各分子種に存在する標的配列領域に二重鎖切断を導入することにより、該ミトコンドリアDNAの構造変化を誘導する手法である。ミトコンドリアDNAの構造変化は、前記標的配列領域付近に存在する配列と他の領域に存在する相同配列との間で生じるDNA組換えによって誘導される。ここで、二重鎖切断は、TALEN(transcription activator-like effector nucleases)という酵素によって導入されることを特徴とする。
【0049】
5.雄性不稔性植物の製造方法
本発明の第5の実施形態は、雄性稔性植物の製造方法である。本実施形態の方法は、ナス科植物に「1.ナス科植物の細胞質雄性不稔性遺伝子」の項に記載した遺伝子を導入することを含む、ことを特徴とする。本実施形態における用語の定義、詳細な条件等は、特に記載にない限り、また、特に矛盾のない限り、「2.雄性不稔性植物」の項に記載されたものと同様である。
【0050】
本実施形態の方法によれば、通常は雄性稔性を有する植物種を雄性不稔化することが可能である。本実施形態の方法により得られた雄性不稔性植物と、他系統の植物の花粉とを交配することで、純度の高いF1種子を取得することができる。
【0051】
本実施形態の方法において、「ナス科植物」は、野生型にでは通常雄性不稔性が見られない植物種とすることが好ましい。ナス科植物は、ナス属植物又はトウガラシ属植物とすることができるが、ナス属植物としては、例えば、ナス又はトマトを選択することができる。また、トウガラシ属植物としては、例えば、トウガラシ又はピーマンを選択することができる。
【0052】
本実施形態の方法は、ナス科植物にCMS遺伝子を導入することを含むが、CMS遺伝子の導入の手法は、CMS遺伝子が細胞のミトコンドリアに存在する状態として、結果的に植物を細胞性雄性不稔化できる手法であれば特に限定されず、遺伝子工学の分野で公知の手法をいずれも使用できる。特に、CMS遺伝子をミトコンドリアDNAに選択的に導入する手法とすることが好ましい。このような手法の一例として、アグロバクテリウム媒介形質転換法(Sun et al., Plant Cell Physiol., Vol. 47, pp. 426-431 (2006))が挙げられる。あるいは、orf320遺伝子を有することが既知のミトコンドリアを有する細胞の核遺伝子を不活化し、目的の植物のミトコンドリア遺伝子を不活化した細胞と融合させる手法をとることができる。
【0053】
6.雄性不稔性植物の種子の取得方法
本発明の第6の実施形態は、雄性不稔性植物の種子の取得方法である。本実施形態の方法は、「5.雄性不稔性植物の製造方法」の項に記載の方法で製造された雄性不稔性植物又はそれに由来する植物と、他系統の植物の花粉とを交配することを含む、ことを特徴とする。本実施形態における用語の定義、詳細な条件等は、特に記載にない限り、また、特に矛盾のない限り、「3.雄性不稔性植物の種子」の項に記載されたものと同様である。
【0054】
本実施形態の種子の雌性親である雄性不稔性植物を製造する方法は、「5.雄性不稔性植物の製造方法」に記載した通りである。雄性不稔性植物と他系統の植物の花粉とを交配する手法は、公知の手法のいずれを用いてもよい。
【0055】
本実施形態の方法で取得された種子は、雌性親が自殖して形成された種子が混在することがなく、純度の高いF1種子として取得することが可能である。
【0056】
7.雄性稔性回復植物の製造方法
本発明の第7の実施形態は、雄性稔性回復植物の製造方法である。本実施形態の方法は、ナス科植物のミトコンドリアDNAにおける「1.細胞質雄性不稔性遺伝子」の項に記載の遺伝子を欠損させる、又は同遺伝子の機能若しくは発現を阻害することを含む、ことを特徴とする。本実施形態における用語の定義、詳細な条件等は、特に記載にない限り、また、特に矛盾のない限り、「4.雄性稔性回復植物」の項に記載されたものと同様である。
【0057】
前記ナス科植物は、CMS遺伝子を不活化する前の段階においては、雄性不稔性植物であることが好ましい。ジャガイモがこのようなナス科植物として知られる。ジャガイモの場合、特にT/β型のジャガイモを好適に使用できる。本実施形態の方法は、雄性不稔性植物のCMS遺伝子を不活化することで雄性稔性を回復させ、該植物の花粉を活性化する方法である。
【0058】
あるいは、前記ナス科植物は、「1.ナス科植物の細胞質雄性不稔性遺伝子」の項に記載の遺伝子が予め導入された雄性不稔性植物、すなわち「2.雄性不稔性植物」の項に記載の植物であってもよい。これにより、本実施形態の方法は、雄性不稔化と雄性稔性回復のON/OFF操作を行うことが可能である。
【0059】
「細胞質雄性不稔性遺伝子を欠損させる」とは、植物内のCMS遺伝子を破壊又は喪失などにより欠損した状態とすることを指す。前記「細胞質雄性不稔性遺伝子の機能若しくは発現を阻害する」とは、CMS遺伝子のDNA、RNA又はタンパク質の機能若しくは発現を抑制することを含む。これらの遺伝子の欠損、機能若しくは発現を抑制するには、前記機能若しくは発現の抑制を行うことのできる化学物質等を外部処理により投入する等の手法を用いることができる。これらの手法には、前記遺伝子のコードするタンパク質の機能の喪失又は低減をする方法を広く含む。例えば、当該タンパク質がミトコンドリアに局在できないか、又はミトコンドリアに局在できたとしても、機能を発揮し得ない状態にし得る手法をとることができる。これらの抑制方法には、公知の又は今後開発される同様の手法を適宜選択できる。
【0060】
CMS遺伝子は、ミトコンドリアDNAに存在するため、本実施形態の方法は、ミトコンドリアのゲノム編集を用いる方法とすることができる。ミトコンドリアのゲノム編集の手法としては、目的の遺伝子を不活化できる手法であれば、公知の手法のいずれを用いてもよいが、例えば、特開2018-130043号公報に開示されているmitoTALEN法を用いることができる。
【実施例0061】
以下、実施例を示して、本発明をより具体的に説明するが、以下の記載は、本発明の範囲を実施例の範囲に限定することを企図するものではない。
【0062】
[実施例1]トマトへのorf320導入による雄性不稔化トマトの作出
(1)ベクター構築
ミトコンドリア移行シグナルMtDIPSとorf320とを融合したキメラ遺伝子を35Sプロモーター(35SPro、配列番号7)の下流に連結したベクターをIn-Fusion(登録商標)クローニング法を用いて構築した。構築したベクターの概略図を
図2に示す。ベクター構築の具体的な手法は以下の通りである。35Sプロモーター(配列番号7)、MtDIPS(配列番号8)、orf320(配列番号2)、ヒートショックプロテイン+終止コドン(HSPter、配列番号9)、ベクター骨格を表3に示す配列を有するプライマーを用いて、それぞれPCRで増幅した。表3中の位置A~Fは、
図2中に示されるプライマー位置を示す。35SPro(配列番号7)、MtDIPS(配列番号8)及びHSPter(配列番号9)の各塩基配列を表4に示す。
図2は、ベクター上の各プライマー相当位置を示す概略図である。orf320、MtDIPSのPCRにはタカラバイオPrimeSTAR(登録商標)GXL Premix、ベクター骨格のPCRにはPrimeSTAR(登録商標)GXL Premix Fast、Dye plusを用いた。その後、各PCR産物を電気泳動し、日本ジェネティクスFastGene(商標)ゲル/PCR抽出キットを用いてゲル抽出を行った。その後、タカラバイオIn-Fusion(登録商標)HD Cloning Kitを用いてIn-Fusion(登録商標)クローニングを行い、プラスミドを作製した。
【0063】
上記の手法で作製したプラスミドを、大腸菌DH5αにヒートショックで導入し、培養を行った。培養後の菌体からプラスミドを抽出し、アグロバクテリウム(Rhizobium radiobacter)にエレクトロポレーション法で導入した。
【0064】
【0065】
【0066】
(2)トランスジェニック植物の作製
上記(1)で作製したベクターのT-DNA(transfer-DNA)をアグロバクテリウム媒介形質転換法(Sun et al., Plant Cell Physiol., Vol. 47, pp. 426-431 (2006))によりトマト品種「Micro-Tom」に導入し、トランスジェニックトマト植物(初代トランスジェニック植物)を得た。具体的には、以下の手法を用いた。“Micro-Tom”の種子をMS固形培地上に無菌播種し、25℃、16時間照明の培養室で発芽させた。発芽した子葉をはさみで切断し、(1)で作製したベクターを保持するアグロバクテリウム菌液に浸漬後、アセトシリンゴン10μM、ゼアチン1.5mg/Lを含むMS固形培地上で3日間培養した。続いて、ゼアチン1.5mg/L、カナマイシン100mg/Lを含むMS固形培地上でカルスを、さらに、ゼアチン1mg/L、カナマイシン100mg/Lを含むMS固形培地上でシュートを誘導した。培養にカナマイシンを含む培地を使用することで、カナマイシン耐性遺伝子と共にT-DNAがゲノム内に挿入されたトマトのみを選抜した。最後に、カルスから再分化したシュートを切り出し、カナマイシン50mg/Lを含むMS固形培地上で発根させることで植物体を再生させた。再生させた植物体は、すべて25℃の一定温度下、200μmol・m-2・s-1の光条件(明条件16時間/暗条件8時間)で栽培した。
【0067】
(3)トランスジェニック植物の選抜と表現型解析
上記(2)で作製したトランスジェニック植物に対し、倍数性を確認し2倍体個体のみをロックウールで栽培した。遺伝子導入は、NPTIIとorf320のPCRによって確認した。2倍体で遺伝子導入が確認された37個体中17個体は花粉が非発芽であり、12個体は葯の発達に異常が観察された。
【0068】
図3は、トランスジェニック植物(#18)と野生型の花部分の写真(
図3A)と花粉の発芽状態を示す顕微鏡写真(
図3B、倍率100倍)を示す。野生型では葯が十分に発達し、花粉が発芽したのに対して、#18では、葯の生育が不十分であり、花粉の発芽が見られなかった。
図4は、トランスジェニック植物(#20)と野生型の花部分(
図4A)及び葯(
図4B)の写真を示す。野生型と比較して、#20では葯の十分な発達は見られなかった。以上の結果より、orf320が雄性不稔化に寄与することが確認された。