(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024118298
(43)【公開日】2024-08-30
(54)【発明の名称】オートファジー抑制剤
(51)【国際特許分類】
A61K 36/88 20060101AFI20240823BHJP
A61K 31/7048 20060101ALI20240823BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240823BHJP
A61P 35/00 20060101ALN20240823BHJP
A61K 125/00 20060101ALN20240823BHJP
【FI】
A61K36/88
A61K31/7048
A61P43/00 105
A61P35/00
A61K125:00
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023024652
(22)【出願日】2023-02-20
(71)【出願人】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小野 茂之
(72)【発明者】
【氏名】川崎 彰子
(72)【発明者】
【氏名】峯岸 慶彦
【テーマコード(参考)】
4C086
4C088
【Fターム(参考)】
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA10
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZB21
4C086ZB26
4C088AB71
4C088AC12
4C088BA10
4C088BA31
4C088ZB21
4C088ZB26
(57)【要約】
【課題】オートファジーを抑制するオートファジー抑制剤を提供する。
【解決手段】スピラクレオシド、スピラクレオシドを含む植物抽出物、又は、その画分を有効成分とするオートファジー抑制剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
スピラクレオシド、スピラクレオシドを含む植物抽出物、又は、その画分を有効成分とするオートファジー抑制剤。
【請求項2】
スピラクレオシドを含む植物抽出物がブッチャーブルーム抽出物である、請求項1記載のオートファジー抑制剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はオートファジー抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
オートファジーは細胞内において、その恒常性を維持するための機構として非常に重要であることが理解されている(非特許文献1)。すなわち、細胞の活動に伴って、あるいは外界からの刺激によって傷害を受けた細胞内小器官(例えば、ミトコンドリア)やタンパク質等を消化することで、細胞内を正常な状態に保つ役割をしている。
【0003】
一方、がんとの関係においては、がん化を誘発するような傷害分子等が発生した際には、オートファジーが機能することで、そのような傷害分子を分解(消化)することにより、未然にがんの発生を防いでいる。
【0004】
しかし、がん(腫瘍)が形成されてしまった場合、特に進行がんの場合には、オートファジーは好ましくない作用をする(非特許文献1)。腫瘍細胞は増殖速度が速いため、十分な血管新生が行われないので、代謝ストレス(低酸素、低グルコース)下にある。その結果、それを回避するためにオートファジーを活性化することで、生存に必要なアミノ酸等を調達して、がん細胞の生存、増殖を維持している。従って、進行がんを治療する方法の1つとして、活性化しているオートファジーを抑制することが注目されている。
【0005】
例えば、代表的なオートファジー抑制剤として知られているクロロキン(Chloroquine)やヒドロキシクロロキン(Hydroxychloroquine)を抗がん剤と併用することにより、抗腫瘍効果を高めることを目的とした臨床研究が進められている(非特許文献1、2)。しかしながら、たとえば、ヒドロキシクロロキンを用いた抗がん療法における薬物動態学-薬理学研究からは、in vitroでオートファジー抑制効果が認められる高マイクロモル濃度(10μM<)では、一貫してヒトにおいては適用できないことが指摘されている(非特許文献3)。
そのような状況から、より低濃度で効果のあるオートファジー抑制剤の開発が望まれていた。
【0006】
スピラクレオシド(spilacleoside)は、ブッチャーブルーム(Butcher’s broom)から単離・同定されたステロイドサポニンであり(非特許文献4)、角層の剥離を促進するカテプシンDの発現促進作用を有することが知られている(特許文献1)。
【0007】
しかしながら、スピラクレオシドやブッチャーブルームがオートファジーを抑制することはこれまでに全く知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】「オートファジー-生命をささえる細胞の自己分解システム」、水島昇、吉森保 編、(株)化学同人、2012年
【非特許文献2】Buzun K et al. Autophagy modulators in cancer therapy. Int J Mol Sci. 2021;22:5804
【非特許文献3】McAfee Q et al. Autophagy inhibitor Lys05 has single-agent antitumor activity and reproduces the phenotype of a genetic autophagy deficiency. Proc Natl Acad Sci USA. 2012;109:8253-8258
【非特許文献4】Kameyama A et al. Isolation and structural determination of spilacleosides A and B having a novel 1,3-dioxolan-4-one ring. Tetrahedron Lett 44: 2737-2739 (2003)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、オートファジー抑制剤を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、オートファジーを抑制する物質を探索した結果、スピラクレオシドにオートファジーを抑制する作用があり、これがオートファジー抑制剤となり得ることを見出した。
【0012】
すなわち、本発明は、スピラクレオシド、スピラクレオシドを含む植物抽出物、又はその画分を有効成分とするオートファジー抑制剤に係るものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明のオートファジー抑制剤によれば、低濃度で優れたオートファジー抑制効果を発揮し得る。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】単離されたスピラクレオシド溶液の
13C-NMR及び
1H-NMR測定値(600MHz,測定溶媒:pyridine-d
5))。
【
図2】オートファジー抑制剤として作用するスピラクレオシド及びLC3-IIを指標とするスピラクレオシドのオートファジー抑制効果(ウェスタンブロット)。
【
図3】オートファジー抑制剤として作用するブッチャーブルーム抽出物及びLC3-IIを指標とするブッチャーブルーム抽出物のオートファジー抑制効果(ウェスタンブロット)。
【
図4】CQのLC3-IIを指標とするオートファジー抑制効果(ウェスタンブロット)。
【
図5】HCQのLC3-IIを指標とするオートファジー抑制効果(ウェスタンブロット)。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明において、「スピラクレオシド」(spilacleoside)とは、下記の式(1)で表されるスピラクレオシドA、式(2)で表されるスピラクレオシドB、又は、これらの混合物を指す。
【0016】
【0017】
スピラクレオシドは、例えばユリ科ナギイカダ属の植物であるブッチャーブルーム(和名ナギイカダ、学名Ruscus Aculeatus L.)から抽出し、分離精製することにより取得できる(前記特許文献1参照)。例えば、ブッチャーブルームの抽出物をスチレン-ビニルベンゼン系合成吸着剤、アクリル系合成吸着剤等に吸着させ、目的物以外の成分を除去した後,目的物を含む画分を適切な溶媒を用いて吸着剤から溶出させる。その後、シリカゲル等を担体とする逆相カラム、又は、ジオール構造を有する官能基を結合したシリカゲルを担体とするゲルろ過用カラム等を備えた中圧、又は、高速液体クロマトグラフィーで分画することにより、単離することができる。
【0018】
本発明において、スピラクレオシドを含む植物抽出物としては、例えばブッチャーブルームの抽出物が挙げられる。ブッチャーブルームの抽出物としては、スピラクレオシドが含有される抽出物であればよいが、ブッチャーブルームの根、根茎、葉等から溶媒抽出法により抽出された抽出物であるのが好ましい。
【0019】
抽出のための溶媒には、極性溶媒、非極性溶媒のいずれをも使用することができる。溶媒の具体例としては、例えば、水;メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、1-ブタノール、2-ブタノール、tert-ブタノール、1-ペンタノール、1-ヘキサノール、1-ヘプタノール、1-オクタノール等の1価アルコール類、エチレングリコール、プロピレングリコール、1,3-ブチレングリコール、1,4-ブチレングリコール、ポリエチレングリコール 200、ポリエチレングリコール 300、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル(セロソルブ)、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル(エチルカルビトール)等のグリコール類、又は、グリコールのモノエーテル類;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類;酢酸メチル、酢酸エチル等のエステル類;ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン等の鎖状、又は、環状のエーテル類;ヘキサン、シクロヘキサン等の鎖状、又は、環状の炭化水素類;ベンゼン、トルエン等の芳香族炭化水素類;ジクロロメタン、クロロホルム、四塩化炭素、ジクロロエタン等のハロゲン化炭化水素類;ピリジン類、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、アセトニトリル、二酸化炭素、超臨界二酸化炭素、油脂、ワックス、その他のオイル類が挙げられる。これら上述の抽出のための溶媒は、一種、又は、二種以上を組み合わせて使用することができる。物性(抽出効率、安定性)、安全性、及び汎用性の点から、メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、1-ブタノール、2-ブタノール、1-ペンタノール、1-ヘキサノール、1-オクタノール等の炭素数1~8の1価アルコール類、プロピレングリコール、1、3-ブチレングリコール、1、4-ブチレングリコール、セロソルブ、エチルカルビトールがより好ましく、1価アルコール類、又は、その水溶液がより好ましく、さらにエタノール水溶液が好ましい。
1価アルコール類水溶液におけるアルコール濃度(v/v)は、好ましくは0.1%以上、より好ましくは1%以上、さらに好ましくは10%以上であり、かつ好ましくは99.9%以下、より好ましくは80%以下、さらに好ましくは70%以下である。又、好ましくは1~70%、より好ましくは10~60%、さらに好ましくは20~50%である。
エタノール水溶液の濃度(v/v)としては、好ましくは1~99.9%が挙げられ,より好ましくは10~70%,さらに好ましくは20~40%が挙げられる。
【0020】
抽出溶媒の使用量は、十分な抽出効率が得られる条件であれば特に限定されないが、例えば、ブッチャーブルーム乾燥物1gに対し、1~1000mL、好ましくは5~100mL等を例示することができる。
抽出条件は、十分な抽出効率が得られる条件であれば特に限定されない。抽出期間(時間)は、例えば、1時間以上、好ましくは1日以上、30日間以下、好ましくは14日間以下等を例示することができる。抽出温度は、0℃以上、使用する溶媒の沸点以下で実施することが好ましく、より好ましくは常温から使用溶媒の沸点以下の温度範囲を例示することができる。ただし、加圧条件下において実施する場合には、抽出温度は使用溶媒の沸点に限定されることなく、抽出効率に鑑みて適宜、最適な温度を設定することができる。
【0021】
抽出手段は、特に限定されないが、例えば、固液抽出、液液抽出、浸漬、煎出、浸出、還流抽出、加圧加熱抽出、蒸留、超臨界抽出等の通常の手段を用いることができる。
【0022】
抽出物は、例えば医薬品上許容し得る規格に適合し、本発明の効果を発揮するものであれば粗精製物であってもよい。又、必要に応じて、液液分配、固液分配、活性炭処理、イオン交換樹脂処理、等の公知の技術によって不活性な夾雑物の除去、脱臭、脱色等の処理を施すことができる。
【0023】
本発明において、スピラクレオシドを含む植物抽出物の画分としては、上記植物抽出物について、公知の分離精製方法を適宜組み合わせて、スピラクレオシドの濃度・割合を高めた画分が挙げられる。ここで、分離精製手段としては、例えば、有機溶剤沈殿、遠心分離、限界濾過膜分離、高速液体クロマトグラフやカラムクロマトグラフ等が挙げられる。
【0024】
上記の抽出物、又は、その画分はそのまま用いることもできるが、当該抽出物、又は、その画分を希釈、濃縮、若しくは凍結乾燥した後、粉末、又は、ペースト状に調製して用いることもできる。又、凍結乾燥し、用時に、通常抽出に用いられる溶剤、例えば水、エタノール、エタノール水溶液等の溶剤で溶解・希釈して用いることもできる。又、リポソーム等のベシクルやマイクロカプセル等に内包させて用いることもできる。
【0025】
後記実施例に示すように、スピラクレオシド、又は、スピラクレオシドを含むブッチャーブルーム抽出物は、ヒト表皮角化細胞におけるオートファジーを抑制する作用(オートファジーの抑制)を有する。
なお,「オートファジーの抑制」には、基底状態のオートファジー活性の阻害やオートファジーの各プロセスの阻害(例えば,オートファゴソーム形成の抑制)等も包含されるが、本発明において、「オートファジーの抑制」という場合には、オートファゴソームとリソソームの融合によるオートリソソームの形成を阻害することを意味する。
従って、スピラクレオシド、スピラクレオシドを含む植物抽出物、又は、その画分を、動物、好ましくはヒトに投与することによりオートファジーの抑制が可能となる。前述したとおり、オートファジーを抑制することは、がんの治療に有用である。
【0026】
すなわち、スピラクレオシド、スピラクレオシドを含む植物抽出物、又は、その画分は、オートファジーを抑制するためのオートファジー抑制剤となり、又、これを製造するために使用できる。当該オートファジー抑制剤は、単独、又は、抗がん剤と併用することより、がん治療に使用することができる。
ここで、当該使用は、ヒト若しくは非ヒト動物、又は、それらに由来する検体における使用であり得、又、治療的使用であっても非治療的使用であってもよい。尚、「非治療的」とは、医療行為を含まない概念、すなわち人間を手術、治療、又は、診断する方法を含まない概念、より具体的には医師、又は、医師の指示を受けた者が人間に対して手術、治療、又は、診断を実施する方法を含まない概念である。
【0027】
本発明のオートファジー抑制剤は、オートファジー抑制作用を発揮する、ヒト若しくは動物用の医薬品、医薬部外品、食品となり、又、当該医薬品、医薬部外品、食品に配合して使用される素材、又は、製剤となり得る。
なお、当該食品には、オートファジー抑制効果をコンセプトとし、必要に応じてその旨を表示した食品、機能性表示食品、特定保健用食品、病者用食品、サプリメントが包含される。
【0028】
本発明のオートファジー抑制剤を医薬品(医薬部外品を含む)として用いる場合、当該医薬品は任意の投与形態で投与され得る。投与形態としては、例えば錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤等による経口投与、又は、注射剤、坐剤、吸入薬、経皮吸収剤、外用剤(軟膏剤、硬膏剤、クリーム剤、ゼリー剤、パップ剤、噴霧剤、ローション剤等)等による非経口投与が挙げられる。非経口投与としては、注射投与、経鼻投与、経肺投与、経皮投与等が挙げられるが注射投与が好ましい。注射投与としては、例えば、静脈内注射、筋肉内注射、腹腔内注射、皮下注射等が挙げられる。
このような種々の剤型の医薬製剤は、本発明のスピラクレオシド、スピラクレオシドを含む植物抽出物、又は、その画分を単独で、又は、他の薬学的に許容される賦形剤、結合剤、増量剤、崩壊剤、界面活性剤、滑沢剤、分散剤、緩衝剤、保存剤、嬌味剤、香料、被膜剤、担体、希釈剤等を適宜組み合わせて調製することができる。
【0029】
本発明のオートファジー抑制剤を食品として用いる場合、当該食品の形態は、パン類、ケーキ類、麺類、菓子類、ゼリー類、冷凍食品、アイスクリーム類、乳製品、飲料などの各種食品組成物の他、上述した経口投与製剤と同様の形態(錠剤、カプセル剤、シロップ等)が挙げられる。
種々の形態の食品を調製するには、本発明のスピラクレオシド、スピラクレオシドを含む植物抽出物、又は、その画分を単独で、又は、他の食品材料や、溶剤、軟化剤、油、乳化剤、防腐剤、香科、安定剤、着色剤、酸化防止剤、保湿剤、増粘剤等を適宜組み合わせて用いることができる。
【0030】
本発明のオートファジー抑制剤におけるスピラクレオシドの含有量(w/w)は、好ましくは0.001%以上、より好ましくは0.01%以上、且つ好ましくは100%以下、より好ましくは50%以下であり、より好ましくは10%以下であり、又、好ましくは0.001~50%、より好ましくは0.01~20%、より好ましくは0.01~10%である。又、スピラクレオシドを含む植物抽出物、又は、その分画物においては、その乾燥物中に含有されるスピラクレオシド量が、上記含有量に一致するように調製して配合され得る。
【0031】
本発明のオートファジー抑制剤の投与量は、対象者の状態、体重、性別、年齢、又は、その他の要因に従って変動し得るが、経口投与、又は、摂取の場合成人(体重60Kg)1人当たり、スピラクレオシドとして、1日あたり、好ましくは0.0001g以上、より好ましくは0.0002g以上であり、より好ましくは0.0005g以上であり、且つ好ましくは5g以下、より好ましくは4g以下、より好ましくは3g以下である。又、1日あたり好ましくは0.0005~5g、より好ましくは0.001~2gである。
【0032】
また、本発明のオートファジー抑制剤の投与対象者としては、例えばがん患者が挙げられる。
【実施例0033】
以下、実施例を示し、本発明をより具体的に説明する。
【0034】
製造例1 ブッチャーブルーム抽出物の調製
ナギイカダ(Ruscus aculeatus L.)の乾燥根茎を細切りし、その15kgに30%エタノール(v/v)を150L加え、室温下、時々攪拌しながら1週間抽出を行った後、ろ過した。ろ液をHP-20樹脂カラム(担体量=20L)に吸着し、50%エタノール 60Lで洗浄後、99.5%エタノール 60Lで活性成分を含む吸着物を溶出させた。溶出液に活性炭を適量加え、室温で3時間攪拌した。メンブレンフィルターで活性炭を除去後、ろ液を減圧濃縮してエキスパウダー250gを得た。
エキスパウダーを固形分含量が1%(w/v)となるように30%エタノールへ溶解して、ブッチャーブルーム抽出物を調製した。
【0035】
製造例2 ブッチャーブルーム抽出物中の活性成分の分画と同定
ブッチャーブルーム抽出物の調製過程で得たエキスパウダー2gを、シリカゲルカラム(山善、ユニバーサルカラムPremium)によりクロロホルム/メタノールを用いて分画し、活性画分(1)を0.21g得た。画分(1)の97.5mgを用い2回目のシリカゲルカラム分画を行い、活性画分(2)を56.5mg得た。活性画分(2)の26mgを用い3回目のシリカゲルカラム分画を行い、活性画分(3)を11.6mg得た。さらに、活性画分(3)の5.2mgを用い分取HPLC(化学物質評価研究機構製、L-column ODS2:10×250mm、溶離液A:0.1%ギ酸水溶液、溶離液B:アセトニトリル)により分画・精製を進め、活性画分(4)を1.9mg得た(エキスパウダーからの収率0.9%)。活性画分(4)をNMRで構造解析したところ、ブッチャーブルーム抽出物中の活性成分はスピラクレオシド(Spilacleoside)であると同定された。
スピラクレオシドの構造式に付した炭素番号にもとづく
13C-NMR及び
1H-NMRの結果を
図1に示す。尚,上述したように、スピラクレオシドには、スピラクレオシドA及びBが知られており、本発明の構造解析からはそれらを判別することはできてはいない。しかし、どちらの場合においても、構造式中に付される炭素番号は同一となるので、
図1では、スピラクレオシドAを用い示している。
又、単離収率より、ブッチャーブルーム抽出物中のスピラクレオシドの濃度は0.083mM(83μM)と算出された。
【0036】
製造例2 スピラクレオシド溶液の調製
製造例1で得られた画分(4)1mgを30%エタノール 10.58mLに溶解しスピラクレオシド溶液を調製した(スピラクレオシドの濃度=83μM)。
【0037】
実施例1 オートファジー抑制剤として作用するスピラクレオシド溶液及びLC3-IIを指標としたスピラクレオシド溶液のオートファジー抑制効果
本発明において、ある素材がオートファジー抑制剤であるか否かは、以下に示すオートファジーの代表的なマーカーの1つであるLC3-IIを用いたフラックスアッセイ(flux assay)によって評価した。
LC3タンパク質は,オートファジーが促進されるとLC3-IからLC3-IIに変換され、LC3-IIの発現量が増加する。しかし、LC3-IIは、オートファジーが誘導されると発現量が増加する一方で、オートファジーの進行に伴って分解される。このことは、ある素材がLC3-IIを増加させたからといって、必ずしもオートファジーが促進されていることを意味しない。そこで、この特徴を勘案し、ある素材のオートファジー促進の有無を検討する方法として、LC3-IIを用いたウェスタンブロット法によるフラックスアッセイが広く利用されている(Mizushima N, Yoshimori T (2007) How to interpret LC3 immunoblotting. Autophagy 3: 542-545)。具体的には、ある素材のオートファジー検討条件下に、オートファゴソームとリソソームの融合を阻害(オートリソソームの形成を阻害)する薬剤(クロロキン(CQ)、ヒドロキシクロロキン(HCQ)、バフィロマイシンA1等の阻害剤、すなわち、オートファジー抑制剤)を添加することにより、LC3-IIのバンド強度への影響を観察する。その際、阻害剤未添加系に比較して、阻害剤添加系のLC3-IIのバンド強度がさらに増加した場合はオートファジーを促進していることを(オートファジー促進剤であることを)、逆に、LC3-IIのバンド強度が変化しない、増加しない場合はオートファジーを抑制していることを(オートファジー抑制剤であることを)示している。
従って、本発明では、スピラクレオシド溶液、及びブッチャーブルーム抽出物がオートファジー抑制剤であることを、HCQを用いたフラックスアッセイによって、又、スピラクレオシド溶液、ブッチャーブルーム抽出物、及びオートファジー抑制剤であることが確立されているCQ、HCQのオートファジー抑制効果は、ウェスタンブロットにおけるそれらのLC3-IIのバンド強度をそれぞれの対照と比較することで評価した。
【0038】
1)細胞培養は、正常ヒト表皮角化細胞を購入し(Life Technologies)、HuMedia-KG増殖剤セット(クラボウ)を添加したEpiLife無血清細胞培地(Life Technologies)を用い(2ml/well)、37℃、5%(v/v)CO2の条件下で行った。
細胞は、1×105cells/wellで6well培養プレートに播種し、subconfluentの状態(約80%)まで培養した。その後、細胞培地をHuMedia-KG増殖剤(5種類)からヒト組換え型上皮成長因子(hEFG)及びウシ脳下垂体抽出液(BPE)以外の添加剤を加えた培地に交換し、さらに24時間培養した。以後の実験は、HuMedia-KG増殖剤(5種類)からヒト組換え型上皮成長因子(hEFG)及びウシ脳下垂体抽出液(BPE)以外の添加剤を加えた培地に再度、交換した後に行った。
【0039】
2)上記1)で準備した細胞に、(1)対照、(2)HCQ(ヒドロキシクロロキン硫酸塩、富士フィルム和光純薬)、(3)スピラクレオシド溶液(S溶液)、(4)HCQ+スピラクレオシド溶液(S溶液)のwellを用意し(n=3)、(1)には水(HCQの溶媒)+30%エタノール(スピラクレオシド溶液(S溶液)の溶媒)、(2)には水(HCQの溶媒)+30%エタノール(スピラクレオシド溶液(S溶液)の溶媒)、(3)には水(HCQの溶媒)+スピラクレオシド溶液(S溶液)、(4)には水(HCQの溶媒)+スピラクレオシド溶液(S溶液)を添加して48時間培養した。
スピラクレオシド溶液(S溶液)の培地への添加量は0.1%(v/v)で行った(スピラクレオシド溶液(S溶液)はスピラクレオシドの83μM濃度の溶液であるので、細胞刺激時の終濃度は83μMである)。
その後、(1)には水(HCQの溶媒)、(2)にはHCQ、(3)には水(HCQの溶媒)、(4)にはHCQを添加し、さらに24時間培養した。HCQは水に溶解して、終濃度が10μMになるように添加した。水(HCQの溶媒)及び30%エタノール(スピラクレオシド溶液(S溶液)の溶媒)は、HCQ、スピラクレオシド溶液(S溶液)それぞれの添加量に相当する量を添加した。
【0040】
培養終了後、細胞をPBSで洗浄し、RIPA buffer(Sigma-Aldrich)を用い回収してから、超音波処理により細胞を破砕した。その後、15、000rpmで10分間遠心分離し、上清を回収した。上清についてPierce BCA Protein Assay Kit(Thermo Fisher Scientific)を用いタンパク質量を定量した後、各群のタンパク質量を揃え、定法に従ってSDS-PAGE及びウェスタンブロットを行った。
【0041】
1次抗体はanti-LC3B(Cell Signaling、 1:2000)を、2次抗体はhorseradish peroxidase (HRP)-conjugated goat anti-rabbit IgG(Cell Signaling、1:2000)を用いた。その後、ECL Prime Western Blotting Detection Reagent(Cytiva)で発色させ、ChemiDoc MP Imaging System(BIO-RAD)を用い発現量を可視化した。内部標準にはβ-Actin(β-actin(13E5) rabbit-monoclonal antibody、Cell Signaling、1:5000)を用いた。
【0042】
3)結果
表1及び
図2に示すとおり、HCQ+スピラクレオシド溶液(S溶液)のLC3-IIのバンド強度は、スピラクレオシド溶液(S溶液)単独のLC3‐IIのバンド強度と比較して、有意な差は認められなかった。すなわち、HCQ+スピラクレオシド溶液(S溶液)のLC3-IIのバンド強度は、スピラクレオシド溶液(S溶液)単独のLC3-IIのバンド強度以上には増加していなかった。従って、このことは、スピラクレオシド溶液(S溶液)によってオートファジーが抑制されていること,すなわちスピラクレオシド溶液(S溶液)はオートファジー抑制剤であることを意味している。又、調製したスピラクレオシド溶液(S溶液)中のスピラクレオシドの濃度は83μMで、培地中には0.1%(v/v)で添加されたことより、スピラクレオシドの終濃度は83nM(約100μM)である。この濃度において、スピラクレオシド溶液(S溶液)は対照に比較して有意にLC3-IIのバンド強度を増加させた。従って、スピラクレオシドは、少なくとも、83μM(約100μM)以上でオートファジー抑制効果を発揮できることを意味している。さらに、この検討は、ブッチャーブルーム抽出物中のオートファジー抑制効果を示す活性成分がスピラクレオシドであることを示している。
【0043】
【0044】
実施例2 オートファジー抑制剤として作用するブッチャーブルーム抽出物及びLC3-IIを指標としたブッチャーブルーム抽出物のオートファジー抑制効果
【0045】
1)実施例1の1)と同様に準備した細胞に、(1)対照、(2)HCQ、(3)ブッチャーブルーム抽出物(BB)、(4)HCQ+ブッチャーブルーム抽出物(BB)のwellを用意し(n=3)、まず、(1)には水(HCQの溶媒)+30%エタノール(ブッチャーブルーム抽出物(BB)の溶媒)、(2)には水(HCQの溶媒)+30%エタノール(ブッチャーブルーム抽出物(BB)の溶媒)、(3)には水(HCQの溶媒)+ブッチャーブルーム抽出物(BB)、(4)には水(HCQの溶媒)+ブッチャーブルーム抽出物(BB)を添加して48時間培養した。ブッチャーブルーム抽出物(BB)の培地への添加量は0.1%(v/v)で行った(細胞を刺激した際のブッチャーブルーム抽出物(BB)の最終固形分濃度は、0.001%(w/v))。
その後、(1)には水(HCQの溶媒)、(2)にはHCQ、(3)には水(HCQの溶媒)、(4)にはHCQを添加し、さらに24時間培養した。HCQは水に溶解して、終濃度が10μMになるように添加した。水(HCQの溶媒)及び30%エタノール(ブッチャーブルーム抽出物(BB)の溶媒)は、HCQ、ブッチャーブルーム抽出物(BB)それぞれの添加量に相当する量を添加した。
培養終了後、実施例1と同様に処理して、SDS-PAGE及びウェスタンブロットを行った。
【0046】
2)結果
表2及び
図3に示すとおり、HCQ+ブッチャーブルーム抽出物(BB)のLC3-IIのバンド強度は、ブッチャーブルーム抽出物(BB)単独のLC3-IIのバンド強度と比較して、有意に低下していた。すなわち、HCQ+ブッチャーブルーム抽出物(BB)のLC3-IIのバンド強度は、ブッチャーブルーム抽出物(BB)単独のLC3-IIのバンド強度以上には増加していなかった。従って、このことは、ブッチャーブルーム抽出物(BB)によってオートファジーが抑制されていること、すなわちブッチャーブルーム抽出物(BB)はオートファジー抑制剤であることを意味している。又、ブッチャーブルーム抽出物(BB)からの活性成分の単離・同定検討より、1%(w/v)の固形分を含有するように調製されたブッチャーブルーム抽出物(BB)中の活性成分スピラクレオシド濃度は約83μMと算出されている。ブッチャーブルーム抽出物(BB)の培地への添加濃度は、0.1%(w/v)であるので、フラックスアッセイ中におけるブッチャーブルーム抽出物(BB)の活性成分濃度は83nM(約100nM)となる。ブッチャーブルーム抽出物(BB)は、この濃度で対照に比較して有意にLC3-IIのバンド強度を増加させたことから、抽出物の状態で、約100μM程のスピラクレオシドを含有していれば、1000倍に希釈された状態においてもオートファジー抑制効果を発揮できることを意味している。
【0047】
【0048】
参考例1 CQ及びHCQのLC3-IIを指標としたオートファジー抑制効果
1)実施例1の1)と同様に準備した細胞に、CQ(富士フィルム和光純薬)の場合はDMSOに溶解して、又、HCQの場合は水に溶解して、それぞれ終濃度で、0.1、1、10μMになるように添加し、72時間培養した。対照には、CQの場合には同量のDMSOを、HCQの場合には同量の水を添加した。
培養終了後、実施例1と同様に処理して、SDS-PAGE及びウェスタンブロットを行った。
2)結果
表3及び
図4、表4及び
図5に示すとおり、オートファジー抑制剤として知られているCQ及びHCQは、10μM濃度で対照に比較して有意にLC3-IIのバンド強度を増加させた。従って、実施例と同条件で検討した場合、CQ及びHCQは約10μMからオートファジー抑制効果を示し、スピラクレオシド、ブッチャーブルーム抽出物に比較して、その効果は約1/100であることを意味している。
【0049】
【0050】