(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024118301
(43)【公開日】2024-08-30
(54)【発明の名称】バックグラウンドノイズの評価方法
(51)【国際特許分類】
G01N 30/86 20060101AFI20240823BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20240823BHJP
G01N 30/06 20060101ALI20240823BHJP
G01N 30/72 20060101ALI20240823BHJP
G01N 30/88 20060101ALI20240823BHJP
【FI】
G01N30/86 L
G01N27/62 C
G01N27/62 D
G01N27/62 X
G01N30/06 A
G01N30/72 A
G01N30/72 C
G01N30/06 Z
G01N30/88 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023024656
(22)【出願日】2023-02-20
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(71)【出願人】
【識別番号】506208908
【氏名又は名称】学校法人兵庫医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】横山 智教
(72)【発明者】
【氏名】尾島 典行
(72)【発明者】
【氏名】西海 信
【テーマコード(参考)】
2G041
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041EA04
2G041EA06
2G041FA10
2G041GA09
2G041HA01
2G041JA12
2G041JA14
2G041KA01
2G041LA01
2G041LA08
2G041MA05
(57)【要約】
【課題】試料中の目的化合物をクロマトグラフ分析する際のバックグラウンドノイズの影響を評価する。
【解決手段】試料中の目的化合物を測定する際のバックグラウンドノイズの影響を評価する際に、分析対象試料から所定量の第1試料と該所定量に対する比が第1の値である量の第2試料を採取し(ステップ2)、第1試料に対し第1の分量の所定の試薬を用いた前処理を行い(ステップ4)、第2試料に対し第1の分量に対する比の値が前記第1の値とは異なる第2の値である第2の分量の所定の試薬を用いた前処理を行い(ステップ4)、前処理後の第1試料と第2試料をクロマトグラフ分析することにより目的化合物を分離して測定し(ステップ6)、各目的化合物の第1試料の測定強度に対する第2試料の測定強度の比の値と前記第1の値との差に基づいてバックグラウンドノイズの影響を評価する(ステップ7-10)。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
クロマトグラフ分析により試料に含まれる1乃至複数の目的化合物を測定する際に、各目的化合物に対するバックグラウンドノイズの影響を評価する方法であって、
分析対象の試料から所定量の第1試料と、該所定量に対する比が第1の値である量の第2試料を採取し、
前記第1試料に対して第1の分量の所定の試薬を用いた前処理を行い、
前記第2試料に対して前記第1の分量に対する比の値が前記第1の値とは異なる第2の値である第2の分量の前記所定の試薬を用いた前処理を行い、
前記それぞれの前処理を行ったあとの前記第1試料と前記第2試料をそれぞれクロマトグラフ分析することにより1乃至複数の目的化合物を分離して測定し、
前記1乃至複数の目的化合物のそれぞれについて、前記第1試料における測定強度に対する前記第2試料における測定強度の比の値と前記第1の値との差に基づいて、各目的化合物に対するバックグラウンドノイズの影響を評価する
ものである、バックグラウンドノイズの評価方法。
【請求項2】
前記試料が生体由来の試料であり、前記前処理が該試料に含まれる試料成分を誘導体化する処理である、請求項1に記載のバックグラウンドノイズの評価方法。
【請求項3】
クロマトグラフ分析により試料に含まれる1乃至複数の目的化合物を測定する際に、各目的化合物に対するバックグラウンドノイズの影響を評価する方法であって、
分析対象の試料から第1所定量の第1試料と、該第1所定量と異なる第2所定量の第2試料を採取し、
前記第1試料と前記第2試料をそれぞれクロマトグラフ分析することにより1乃至複数の目的化合物を分離して測定し、
前記1乃至複数の目的化合物のそれぞれについて、前記第1試料における測定強度に対する前記第2試料における測定強度の比の値と、前記第1所定量と前記第2所定量の比の値との差に基づいて、各目的化合物に対するバックグラウンドノイズの影響を評価する
ものである、バックグラウンドノイズの評価方法。
【請求項4】
前記クロマトグラフ分析を行う前に、前記第1試料と前記第2試料が同一量になるように一方の試料を濃縮する、請求項3に記載バックグラウンドノイズの評価方法。
【請求項5】
前記クロマトグラフ分析において、前記目的化合物を質量分析することにより測定する、請求項1から4のいずれかに記載バックグラウンドノイズの評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クロマトグラフを用いて試料に含まれる目的化合物を測定する際のバックグラウンドノイズの影響を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
試料に含まれる目的化合物を同定したり定量したりするためにクロマトグラフ質量分析装置が用いられている。クロマトグラフ質量分析を用いた分析では、目的化合物毎に、保持時間と特徴的なイオンの質量電荷比を含む測定条件を設定し、その測定条件を用いた測定により目的化合物毎にマスクロマトグラムを取得する。目的化合物を定量する際には、当該化合物のマスクロマトグラムからピークを抽出し、そのピークの面積や高さを予め用意された検量線と照合して当該化合物を定量する。
【0003】
一般的に、化合物の定量に用いる検量線を作成する際には、当該化合物を含まない試料と、当該化合物を既知量添加した試料をそれぞれ測定してマスクロマトグラムを取得する。そして、当該化合物を含まない試料のマスクロマトグラムから夾雑化合物のピーク等に由来するバックグラウンドノイズの大きさを求め、当該化合物を添加した試料のマスクロマトグラムから、化合物の量とピークの面積や高さの関係を求める。
【0004】
近年では、生命活動によって生じる様々な代謝物の種類や濃度を網羅的に解析するメタボロミクスと呼ばれる分析が行われており、様々な分野への応用が期待されている。例えば、医療の分野では、疾病の早期発見を目的としたバイオマーカーの探索や疾病の原因物質の特定などが行われている。また、食品の分野では、メーカー間の製品比較や原材料の産地比較などの品質評価や品質予測、機能性成分の探索などが行われている。
【0005】
メタボロミクスでは、例えば、血漿等の生体由来の試料(生体試料)に含まれる代謝物を網羅的に測定する。こうした測定では、試料にもともと代謝物が含まれるため、上記の一般的な場合のように、目的化合物(代謝物)を含まない試料のマスクロマトグラムからバックグラウンドノイズの大きさを求めることはできない。そのため、従来、試料から目的化合物(代謝物)を除去したものや、試料と類似した組成を有し目的化合物(代謝物)を含有しないものをサロゲートマトリックスとして準備し、それらをクロマトグラフ質量分析することによりバックグラウンドノイズの大きさを評価している。また、サロゲートマトリックスに目的化合物(代謝物)を既知量添加したものをクロマトグラフ質量分析することにより検量線を作成している(例えば特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記の通り、サロゲートマトリックスには、例えば試料と類似した組成のものが用いられるが、サロゲートマトリックスに含まれる化合物の種類や量は実際の試料と同一ではない。そのため、サロゲートマトリックスを用いた測定によって夾雑物に由来するバックグラウンドノイズの大きさを評価しても、その結果が実際の試料に含まれる夾雑物によって生じるバックグラウンドノイズとは異なることが多い。また、質量分析では、さらにマトリックス効果によって代謝物のイオン化が抑制されるなどして測定強度が変動するため、夾雑化合物が相違することによる影響がさらに大きくなる場合がある。そのため、サロゲートマトリックスを用いた測定の結果に基づいて実際の試料の測定結果に含まれるバックグラウンドノイズを評価すると、測定結果に大きな誤差が生じたり測定の再現性が悪くなったりする場合があった。また、メタボロミクスのように多数の代謝物を網羅的に測定する場合、試料からそれら全ての代謝物(目的化合物)を除去したサロゲートマトリックスとして用意すること自体が難しい。
【0008】
また、生体試料を測定する際には、多くの場合、前処理を行う必要がある。例えば、血漿に含まれる代謝物を測定する際には、試料に所定の試薬を混合して血漿に含まれるタンパク質を除去したり、試料に所定の試薬を混合して代謝物と反応させ誘導体化することにより揮発性を高めたりする処理が必要である。こうした前処理の工程で用いられる試薬によって試料に含まれる夾雑物の組成等が変化し、試薬の添加前とは異なるバックグラウンドノイズが生じることがある。そのため、前処理を必要とする試料の測定では、サロゲートマトリックスを用いた測定からは予測することが困難な夾雑化合物に由来するバックグラウンドノイズの影響によって、測定結果に大きな誤差が生じたり測定の再現性が悪くなったりする場合があった。
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、試料に含まれる目的化合物をクロマトグラフ分析する際のバックグラウンドノイズの影響を評価する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために成された本発明の第1の態様は、クロマトグラフ分析により試料に含まれる1乃至複数の目的化合物を測定する際に、各目的化合物に対するバックグラウンドノイズの影響を評価する方法であって、
分析対象の試料から所定量の第1試料と、該所定量に対する比が第1の値である量の第2試料を採取し、
前記第1試料に対して第1の分量の所定の試薬を用いた前処理を行い、
前記第2試料に対して前記第1の分量に対する比の値が前記第1の値とは異なる第2の値である第2の分量の前記所定の試薬を用いた前処理を行い、
前記それぞれの前処理を行ったあとの前記第1試料と前記第2試料をそれぞれクロマトグラフ分析することにより1乃至複数の目的化合物を分離して測定し、
前記1乃至複数の目的化合物のそれぞれについて、前記第1試料における測定強度に対する前記第2試料における測定強度の比の値と前記第1の値との差に基づいて、各目的化合物に対するバックグラウンドノイズの影響を評価する
ものである。
【0011】
上記課題を解決するために成された本発明の第2の態様は、クロマトグラフ分析により試料に含まれる1乃至複数の目的化合物を測定する際に、各目的化合物に対するバックグラウンドノイズの影響を評価する方法であって、
分析対象の試料から第1所定量の第1試料と、該第1所定量と異なる第2所定量の第2試料を採取し、
前記第1試料と前記第2試料をそれぞれクロマトグラフ分析することにより1乃至複数の目的化合物を分離して測定し、
前記1乃至複数の目的化合物のそれぞれについて、前記第1試料における測定強度に対する前記第2試料における測定強度の比の値と、前記第1所定量と前記第2所定量の比の値との差に基づいて、各目的化合物に対するバックグラウンドノイズの影響を評価する
ものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明の第1の態様では、分析対象の試料から所定量の第1試料と、該所定量に対する比が第1の値である量の第2試料を採取する。そして、第1試料に対して第1の分量の試薬を用いた所定の前処理を行い、第2試料に対しても、第2の分量の試薬を用いた所定の前処理を行う。このとき、第1の分量と第2の分量の比を上記第1の値とは異なる値とする。なお、前処理で使用する試薬は、その添加によって第1試料と第2試料に含まれる目的化合物の測定強度に影響を与えない量だけ添加する。具体的には、例えば血漿試料に含まれる代謝物を誘導体化する前処理を行う場合には、第1試料に含まれる代謝物と第2試料に含まれる代謝物のいずれもが十分に誘導体化されるだけの量(過剰量)の試薬を添加する。
【0013】
こうして前処理を行った後の第1試料と第2試料をそれぞれクロマトグラフ分析することにより、1乃至複数の目的化合物を分離して測定し、各目的化合物について、第1試料における測定強度に対する第2試料における測定強度の比の値を求める。第1試料と第2試料をそれぞれクロマトグラフ質量分析することにより得られる測定強度の比は、本来、全ての目的化合物において前記第1の値になるはずである。しかし、バックグラウンドノイズの影響が大きいほど、これらの測定強度の比の値が試料間の分量の比の値(第1の値)から乖離する。本発明の第1の態様では、第1試料と第2試料をそれぞれクロマトグラフ質量分析することにより得られる測定強度の比の値と前記第1の値との差の大小に基づいて、前処理工程で用いられる試薬や夾雑化合物に由来するバックグラウンドの影響の大小を評価することができる。
【0014】
本発明の第2の態様では、分析対象の試料から第1所定量の第1試料と、第1所定量と異なる第2所定量の第2試料を採取し、それぞれクロマトグラフ分析することにより1乃至複数の目的化合物を分離し測定する。そして、各目的化合物について、第1試料における測定強度と第2試料における測定強度の比を求める。第1試料に含まれる目的化合物と、第2試料に含まれる目的化合物の比は、第1所定量と第2所定量の比と同じであるため、本来、上記測定強度の比も第1所定量と第2所定量の比になるはずである。しかし、例えば生体試料のように、様々な夾雑化合物が含まれる試料の場合、それらの夾雑化合物の量とバックグラウンドノイズの大きさは比例しないことが多い。そのため、試料に含まれる夾雑化合物に起因するバックグラウンドノイズの影響が大きいほど、これら測定強度の比の値が試料間の分量の比の値(第1所定量と第2所定量の比)から乖離する。本発明の第2の態様では、これらの値の差に基づいて、各化合物に対するバックグラウンドノイズの影響を評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明に係るバックグラウンドノイズの評価方法の各実施形態で使用するガスクロマトグラフ質量分析装置の要部構成図。
【
図2】第1実施形態のバックグラウンドノイズの評価方法を実施する手順を示すフローチャート。
【
図3】血漿のクロマトグラフ分析を行う際の前処理の内容を説明する図。
【
図4】第1実施形態において血漿をクロマトグラフ分析する際の前処理の内容を説明する図。
【
図5】3種類の血漿に含まれる代謝物の測定におけるバックグラウンドノイズの影響を評価した実施例におけるサンプルの調整及び分析の工程。
【
図6】本実施例における血漿のクロマトグラフ分析の結果を示すグラフ。
【
図7】本実施例における血漿のクロマトグラフ分析において、バックグラウンドノイズの影響が大きいと判定された代謝物の表。
【
図8】本実施例における血漿のクロマトグラフ分析において、バックグラウンドノイズの影響が大きいと判定された代謝物を施設ごとに示した表。
【
図9】本発明に係るバックグラウンドノイズの評価方法の第2実施形態を実施する手順を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明に係るバックグラウンドノイズの評価方法の2つの実施形態について、以下、図面を参照して説明する。
【0017】
<第1実施形態>
第1実施形態では、生体試料である血漿に含まれる代謝物を網羅的に測定する。血漿には、目的化合物である代謝物のほかに、多数の夾雑化合物が含まれており、それらの夾雑化合物に由来するピーク(後記のGC/MS/MSにより得られるクロマトグラムに現れるピーク)等によってバックグラウンドノイズが生じる。第1実施形態では、試料の分析に際して、こうして生じるバックグラウンドノイズの、各代謝物への影響を評価する。
【0018】
図1に、第1実施形態及び第2実施形態(後記)において用いるガスクロマトグラフ質量分析装置(GC/MS/MS)の要部構成を示す。このガスクロマトグラフ質量分析装置は、大別して、ガスクロマトグラフ部(GC)1と、質量分析部2と、制御・処理部4から構成される。
【0019】
ガスクロマトグラフ部1は、微量の液体試料を気化させる試料気化室10と、試料気化室10中に液体試料を注入するマイクロシリンジ11と、試料中の各種成分を時間方向に分離するカラム13と、カラム13を温調するカラムオーブン12とを備えている。
【0020】
質量分析部2は、図示しない真空ポンプにより真空排気される分析室20の内部に、測定対象である化合物を電子イオン化法などのイオン化法によりイオン化するイオン源21と、イオンを収束しつつ輸送するイオンレンズ22と、前段四重極マスフィルタ23と、前段四重極マスフィルタ23を通過したイオンを開裂させるコリジョンセル24と、後段四重極マスフィルタ25と、後段四重極マスフィルタ25を通過したイオンを検出する検出器26とを備えている。コリジョンセル24の内部には多重極イオンガイド241が配置されている。また、コリジョンセル24の内部には、図示しないガス源から衝突誘起解離(CID: Collision Induced Dissociation)ガスを任意のタイミングで供給することができる。
【0021】
制御・処理部4は、記憶部41を備えている。記憶部41には、代謝物データベース411が保存されている。代謝物データベース411には、複数の既知の代謝物のそれぞれの測定条件や解析手法の情報などが収録されている。測定条件の情報には、例えば各代謝物がカラム13から流出する時間帯(保持時間)、及び各代謝物の測定時に使用する多重反応モニタリング(MRM: Multiple Reaction Monitoring)トランジション(定量用MRMトランジションや確認用MRMトランジション)の情報が含まれる。定量用MRMトランジションは、該定量用MRMトランジションを用いて取得したマスクロマトグラムにおけるマスピークの面積に基づいて当該代謝物を定量するために用いられる。確認用MRMトランジションは、該確認用MRMトランジションにより取得したマスクロマトグラムのピーク面積と、定量用MRMトランジションによるマスクロマトグラムのピーク面積の比から、当該代謝物を同定したり、他の夾雑化合物が当該代謝物と同時に検出されていないことを確認したりするために用いられる。また、解析手法の情報には、例えば、代謝物のクロマトグラムからピークを抽出するメソッドやパラメータが含まれる。
【0022】
制御・処理部4は、また、機能ブロックとして、分析条件設定部42、測定制御部43、クロマトグラム作成部44、ピーク検出部45、ピーク面積比算出部46、及び判定部47を備えている。また、制御・処理部4には、キーボードやマウスなどからなる入力部5と、液晶ディスプレイなどからなる表示部6が接続されている。制御・処理部4には、例えば一般的なパーソナルコンピュータを用いることができる。上記の各機能ブロックは、予めインストールされた多成分一斉分析プログラムをコンピュータのプロセッサで実行することにより具現化される。
【0023】
次に、
図1に示したガスクロマトグラフ質量分析装置における分析動作を説明する。
【0024】
ガスクロマトグラフ部1では、マイクロシリンジ11から試料気化室10内に液体試料が滴下されると、液体試料は試料気化室10において短時間で気化し、該試料中の各種成分はヘリウム等のキャリアガスの流れに乗ってカラム13中に送り込まれる。カラム13を通過する間に、各成分はそれぞれ異なる時間だけ遅れてカラム13の出口に達する。カラムオーブン12は略一定温度を保つように、あるいは予め決められた温度プロファイルに従って昇温するように制御される。質量分析部2においてイオン源21は、カラム13の出口から供給されるガス中の各成分を順次イオン化する。
【0025】
質量分析部2では、イオンレンズ22、前段四重極マスフィルタ23、多重極イオンガイド241、後段四重極マスフィルタ25を構成する各電極に所定の電圧が印加される。イオンレンズ22には、所定の範囲内の質量電荷比を有するイオンをイオン光軸(イオンの飛行方向の中心軸)Cに沿って飛行させるように収束させる電圧が印加される。前段四重極マスフィルタ23及び後段四重極マスフィルタ25には、それぞれ、特定の質量電荷比を有するイオンを通過させるような電圧が印加される。多重極イオンガイド241には、コリジョンセル24内でプリカーサイオンの開裂によって生成されたプロダクトイオンをイオン光軸C周りに収束させる電圧が印加される。
【0026】
イオン源21に導入された化合物由来の各種イオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンが前段四重極マスフィルタ23においてプリカーサイオンとして選別される。コリジョンセル24でプリカーサイオンが衝突誘起解離ガスと衝突して開裂することによりプロダクトイオンが生成される。生成されたプロダクトイオンの中から後段四重極マスフィルタ25において特定の質量電荷比を有するものが選別されて検出器26に到達する。検出器26からは、該検出器26に到達したイオンの量に応じた信号が制御・処理部4に出力され、解析に供される。
【0027】
質量分析部2では、後段四重極マスフィルタ25を通過させるイオンの質量電荷比を固定することによりMRM測定を行うことができ、後段四重極マスフィルタ25を通過させるイオンの質量電荷比を走査することによりMS/MSスキャン(プロダクトイオンスキャン)測定を行うことができる。また、前段四重極マスフィルタ23においてイオンを選別せず、コリジョンセル24においてもイオンを開裂させることなく、後段四重極マスフィルタ25においてのみ通過するイオンの質量電荷比を固定することにより選択イオンモニタリング(SIM: Selected Ion Monitoring)測定を行うことができ、後段四重極マスフィルタ25を通過させるイオンの質量電荷比を走査することによってMSスキャン測定を行うこともできる。
【0028】
次に、第1実施形態において各代謝物の測定時のバックグラウンドノイズの影響を評価する手順を、
図2のフローチャートを参照して説明する。なお、第1実施形態では、特に、誘導体化処理の工程で試薬を添加することにより生じるバックグラウンドノイズの影響を評価する。
【0029】
血漿に含まれる各種の代謝物をガスクロマトグラフ質量分析装置で一斉分析する際には、試料の前処理工程を行う必要がある。
図3に、一般的な前処理工程を示す。
図3に示すように、前処理工程には、除タンパク処理、乾燥処理、誘導体化処理の工程が含まれる。
【0030】
除タンパク処理の工程では、血漿にメタノールを添加し、測定の対象となる代謝物を振とう抽出した後、遠心分離する。乾燥処理の工程では、遠心分離後の上清を採取して真空乾燥させる。誘導体化処理の工程では、真空乾燥させた除タンパク試料にオキシム化試薬を添加して振とうし、代謝物とオキシム化試薬を反応させる。これにより、代謝物がオキシム化された試料(オキシム化試料)が得られる。代謝物をオキシム化することによりカルボニル基が保護されてエノール変性が防止され、測定時に単一のピークを得ることができる。続いて、トリメチルシリル(TMS)化試薬を添加し、振とうして代謝物とTMS化試薬を反応させる。これにより代謝物に揮発性が付与される。こうして代謝物がオキシム化、TMS化された試料(誘導体化試料)が得られる。最後に、誘導体化後の試料を遠心分離し、その上清を分取してガスクロマトグラフ質量分析装置に導入する。
【0031】
図4に、第1実施形態における前処理の流れを示す。第1実施形態では、血漿からタンパク質を除去する(除タンパク処理)工程は従来同様に行う(ステップ1)。そして、除タンパク処理後の上清から第1所定量の第1試料と、第2所定量の第2試料を分取する(ステップ2)。以下では、第2所定量が第1所定量の2倍である場合を例に説明する。これは、本発明の第1の態様における第1の値が2である場合に相当する。
【0032】
続いて、第1試料と第2試料のそれぞれに対して、乾燥処理(ステップ3)、誘導体化処理(ステップ4)の各工程を行う。誘導体化の処理工程では、第1試料と第2試料のそれぞれに、同一量の誘導体化試薬を添加する。これは、本発明の第1の態様における第1の分量と第2の分量が同量であり両者の比が1である(第1の値である2と異なる)ことを意味する。このとき、第1試料と第2試料に含まれる、測定対象の代謝物が十分に誘導体化するだけの十分な量の誘導体化試薬を添加する。従って、誘導体化試薬の添加によって第1試料に含まれる代謝物の測定強度に対する第2試料に含まれる代謝物の測定強度の比が変化することはない。代謝物を誘導体化した後、第1試料と第2試料をそれぞれ遠心分離し、それぞれの試料から同量の上清を分取してガスクロマトグラフ質量分析装置のオートサンプラにセットする。
【0033】
前処理後の第1試料と第2試料をオートサンプラにセットしたあと、使用者が測定開始を指示すると、分析条件設定部は、表示部6の画面に、前処理条件を入力する画面を表示する(ステップ5)。この画面には、除タンパク処理後の上清から採取した第1試料の量(第1所定量)及び第2試料の量(第2所定量)を入力する欄と、誘導体化の処理工程で第1試料及び第2試料のそれぞれに添加した試薬の量を入力する欄が設けられている。なお、これらの欄は、絶対量(第1所定量:70μl、第2所定量:140μl等)を入力するものであってもよく、第1試料に関する値と第2試料に関する値の比(第1所定量に対する第2所定量の比(前記第1の値):2)を入力するものとしてもよい。
【0034】
使用者が前処理条件を入力すると、分析条件設定部42は続いて、表示部6の画面に測定する代謝物を指定させる画面を表示する。この画面は、代謝物データベース411に収録されている代謝物の一覧から使用者に測定対象の代謝物を個別に選択させるものであってもよく、あるいは代謝物データベース411に収録されている代謝物を予め試料の属性に応じてグループ化しておき、それらのグループのいずれか(血漿)を選択することにより測定対象の代謝物を一括して選択するようにしてもよい。
【0035】
使用者が測定対象の代謝物を選択すると、分析条件設定部42は、代謝物データベース411から、選択された代謝物の測定条件(保持時間、MRMトランジションなど)の情報を読み出し、それらの測定条件を設定する(ステップ6)。また、第1試料と第2試料を順に測定するバッチファイルを作成して記憶部41に保存する。
【0036】
バッチファイルが作成されると、分析条件設定部42は表示部6の画面に測定準備が完了したことを知らせる表示を行う。これを受けて使用者が所定の入力操作により測定開始を指示すると、測定制御部43は、バッチファイルを実行し、それぞれの試料に含まれる測定対象の代謝物を測定する。測定中に検出器26から出力されたデータは順次、記憶部41に保存される。
【0037】
全ての試料の測定が完了すると、クロマトグラム作成部44は、第1試料の測定により得られたデータを記憶部41から読み出し、各代謝物のマスクロマトグラムを作成する。また、第2試料の測定により得られたデータを記憶部41から読み出し、各代謝物のマスクロマトグラムを作成する(ステップ7)。
【0038】
第1試料と第2試料のそれぞれについて、代謝物毎のマスクロマトグラムが作成されると、ピーク検出部45は、各代謝物について予め決められた手法とパラメータを用いてマスクロマトグラムのピークを抽出(ピークピッキング)する。ピークピッキングが完了すると、ピーク面積比算出部46は、代謝物毎に、第1試料の測定で得られたマスクロマトグラムにおけるマスピークの面積と、第2試料の測定で得られたマスクロマトグラムにおけるマスピークの面積を算出し(ステップ8)、さらに前者の面積に対する後者の面積の比を算出する(ステップ9)。
【0039】
第1試料と第2試料は、分析対象の試料を除タンパク処理することにより得た同一の上清から第1所定量と第2所定量を分取したものである。第1実施形態では、第2所定量を第1所定量の2倍としたため、全ての代謝物について、第1試料に含まれる量に対する、第2試料に含まれる量の比は2である。従って、夾雑化合物や前処理に用いた試薬による影響がなければ、本来、全ての代謝物についてステップ9で算出されるマスピークの面積の比は2となるはずである。しかし、実際には、代謝物の測定時に、試料中の夾雑化合物や、前処理工程における試薬の添加によって組成等が変化した夾雑化合物の夾雑ピークが現れうる。
【0040】
また、代謝物データベース411には、多くの場合、その代謝物を単体で測定したときに感度が良くなるMRMトランジションが測定条件として収録されている。そのため、実際の試料に含まれる夾雑化合物や、前処理で使用する試薬の種類は考慮されていない場合がある。加えて、実際の試料には、事前に想定し得ない夾雑化合物が含まれている場合もあり得る。そのため、代謝物データベース411に収録されている測定条件では、試料に含まれる夾雑化合物や試薬が代謝物と同時に測定されてしまう場合がある。
【0041】
こうした場合には、当該代謝物の測定強度にバックグラウンドノイズが重畳し、第1試料の測定強度(ピーク面積)と第2試料の測定強度(ピーク面積)の比が、第1試料と第2試料に含まれる当該代謝物の量の比の値から外れた値となる。最も単純な場合の例で説明すると、代謝物に対して十分に大量の試薬を添加し、その試薬が代謝物と同時に測定されていると、第1試料の測定強度に対する第2試料の測定強度の比が1に近くなる。もちろん、実際はこのように単純ではなく、試薬自体が代謝物と同時に測定さえることは稀であるが、試薬だけでなく、試料に含まれる多数の夾雑化合物によって複雑なバックグラウンドノイズが生じうる。こうした状態で試料の分析を行うと、当該代謝物の分析結果(定量等)において大きな誤差が生じたり、再現性に問題が生じたりする。
【0042】
そこで、判定部47は、代謝物毎に、ステップ9で得られたマスピークの面積の比を、第1所定量と第2所定量の比(前記第1の値。本実施形態では2)と比較し、その差が予め決められた値よりも大きい場合に、当該代謝物の測定強度がバックグラウンドノイズの影響を大きく受けていると判定する(ステップ10)。上記予め決められた値は、必要とされる分析の精度や試料の特性に応じて適宜に決めればよい。その値は、例えば、本来得られるべき値の25%とすることができる。
【0043】
第1実施形態では、判定部47によって代謝物毎に、バックグラウンドノイズの影響の大きさを評価するため、その影響を大きく受けている代謝物を特定することができる。そうした代謝物については、例えば、異なるMRMトランジションを選択したり、前処理の方法を変更(例えば試薬を変更)したりするなどして、再度、上記一連の測定を行い、バックグラウンドノイズの影響を受けることなく分析することが可能な条件を探索すればよい。
【0044】
<実施例>
次に、第1実施形態を用いて実試料を分析した実施例を説明する。この分析例では、3種類の血漿試料(血漿P、血漿A、血漿B)について、154種類の代謝物の測定時のバックグラウンドノイズの影響を評価した。
図5に、本実施例におけるサンプルの調整工程及び分析工程を示す。
【0045】
サンプルの調整工程では、血漿50μl、0.5mg/mLの2IPMA10μl、及びメタノール250μlを混合することにより試料を調製した。また、クロマトグラフ質量分析装置の状態を確認する測定を行う際に使用するため、血漿に代えて水を用いたブランク試料を同様に調整した。調整した試料(ブランク試料を含む)をそれぞれ37℃、1200rpmで30分間振とうし、4℃、15000rpmで5分間遠心分離して、各試料から上清225μlを得た。そして、同一の上清から、70μlの第1試料と140μlの第2試料を分取し、それぞれ濃縮遠心処理40分、凍結乾燥処理を一晩行って、乾固物を-80℃で保存した。
【0046】
分析工程では、上記工程で調整したそれぞれのサンプルに20mg/mLのメトキシアミン/ピリジン溶液60μlを添加したあと、20分間ソニケーション(超音波破砕)し、続いて30℃、1200rpmで90分間振とうした。その後、4℃、15000rpmで5分間遠心分離して上清を得た。こうして各サンプルから得た上清40μlをオートサンプラにセットし、ガスクロマトグラフ分析を行った。
【0047】
ガスクロマトグラフ分析では、各血漿(血漿P、血漿A、血漿B)の第1試料と第2試料をそれぞれ1μlずつ注入する測定を、試料毎にについて4回ずつ行い、それら4回の測定で得られた各代謝物の測定強度(ピーク面積)を平均した。そして、代謝物毎に、同一の血漿の第1試料における測定強度に対する、第2試料における測定強度の比を求めた。ガスクロマトグラフ分析は、異なる3施設(NCC, Kyoto, HCM)に設置された装置を用いて行った。
【0048】
図6にNCCにおける分析の結果を示す。
図6における横軸は代謝物のID番号、縦軸は、代謝物毎の、第1試料の測定強度に対する第2試料の測定強度の比である。なお、代謝物のID番号は連番ではないため、横軸方向の最大値は測定した代謝物の種類の数(154)よりも大きくなっている。
【0049】
図6に示すように、一部の代謝物では上記測定強度の比が2から大きく外れた値になっており、これらの代謝物はバックグラウンドノイズの影響を大きく受けていると判定される。本実施例では、比の値が1.5未満、又は2.5よりも大きい(本来得られるべき比の値の25%よりも差が大きい)場合に、バックグルラウンドノイズの影響を大きく受けていると判定した。その結果、
図7に示すように、14種類の代謝物では、3種類の血漿全ての測定において測定強度の比が1.5未満となり(上段)、2種類の代謝物では、3種類の血漿全ての測定において測定強度の比が2.5よりも大きくなった(下段)。なお、比の値が2.5よりも大きくなったのは、マトリックスによってイオン化が促進されるなどのエンハンスメント効果が生じたことによるものと推定される。
【0050】
また、
図8に、3施設のそれぞれで行った分析において、バックグラウンドノイズの影響を大きく受けており定量性が低い可能性があると判定された代謝物の一覧を示す。
図8では、3種類の血漿のうちの1つ以上で、上記測定強度の比が1.5未満となったものを、定量性が低い可能性がある代謝物と判定した。なお、表中に下線を付した代謝物は3種類の血漿の全てにおいて、上記測定強度の比が1.5未満となったものである。下線を付した代謝物については、定量性が低くなっている可能性が特に高いと考えられる。
【0051】
図7や
図8に示したような分析結果を得ることにより、その時点で用いた分析条件で定量性が低くなったり定量分析の再現性が悪くなったりする可能性がある代謝物を実試料の測定前に把握することができる。こうした代謝物については、前処理の内容(添加する試薬の種類等)や、クロマトグラフ質量分析における測定条件(MRMトランジション等)といった分析条件を見直したうえで、再度、上記同様の分析を実行することにより、これらの代謝物についての適切な分析条件を決定すればよい。
【0052】
<第2実施形態>
第1実施形態及び上記実施例では、血漿のようにクロマトグラフ分析を行う際に前処理を行ったが、試料の種類によっては前処理を行うことなく直接、試料をクロマトグラフ質量分析することが可能な場合もある。そうした場合にバックグラウンドノイズの影響を評価する第2実施形態のバックグラウンドノイズの評価方法を、
図9のフローチャートを参照して説明する。
【0053】
はじめに、分析対象の試料から第3所定量(本発明の第2の態様における第1所定量)の第3試料と、第3所定量とは異なる量である第4所定量(本発明の第2の態様における第2所定量)の第2試料を分取する(ステップ11)。以下では、第4所定量が第3所定量の2倍である場合を例に説明する。第2実施形態では、第3所定量と第4所定量が異なる量であればよい。続いて、第3試料と第4試料が同一量となるように、第4試料を濃縮する(ステップ12)。第4試料の濃縮は、例えば溶媒を揮発させることにより行えばよい。ここで、第3試料と第4試料を同一量にするのは、ガスクロマトグラフ質量分析装置への注入量の多少によってマスクロマトグラムのピーク形状が変化することがあるためである。
【0054】
続いて、第1実施形態と同様に、分析条件設定部42は、前処理条件及び測定条件を使用者に設定させる(ステップ13)。その後、測定制御部43により第3試料と第4試料をそれぞれクロマトグラフ質量分析し(ステップ14)、クロマトグラム作成部44が、第3試料と第4試料のそれぞれについて目的化合物毎のマスクロマトグラムを作成する(ステップ15)。そして、ピーク検出部45により各マスクロマトグラムにおけるピークを抽出し、その面積を算出する(ステップ16)。
【0055】
各マスクロマトグラムのピーク面積が算出されると、ピーク面積比算出部46は、目的化合物毎に、第3試料の測定で取得したマスクロマトグラムにおけるピーク面積に対する、第4試料の測定で取得したマスクロマトグラムにおけるピーク面積の比を算出する(ステップ17)。
【0056】
目的化合物毎に、ピーク面積の比が算出されると、判定部47は、その面積比を、第3所定量に対する第4所定量の比(ここでは2)の差を求め、その差が予め決められた値よりも大きい場合に、当該目的化合物に対するバックグラウンドノイズの影響が大きいと判定する(ステップ18)。上記予め決められた値は、必要とされる分析の精度や試料の特性に応じて適宜に決めればよい。その値は、例えば、本来得られるべき値の25%とすることができる。
【0057】
第2実施形態では、同一試料から第3所定量の第3試料と、第3所定量の2倍量である第4所定量の第4試料を採取しているため、第3試料に含まれる目的化合物の量に対し、第4試料に含まれる目的化合物の量も2倍である。従って、上記面積の比の値は、夾雑化合物等によるバックグラウンドノイズの影響がなければ本来、2になるはずである。
【0058】
第1実施形態及び第2実施形態のいずれにおいても、第1試料(第3試料)に含まれる夾雑化合物の量に対する、第2試料(第4試料)に含まれる夾雑化合物の量も2倍である。ただし、夾雑化合物の量が2倍であるからといって、それらの夾雑化合物がもたらす影響が単純に2倍になるわけではない。つまり、第1試料(第3試料)で生じるバックグラウンドノイズの大きさに対する、第2試料(第4試料)で生じるバックグラウンドノイズの大きさが単純に2倍になるわけではない。従って、代謝物や目的化合物の含有量の比の値と、測定強度の比の値を比較することによりバックグラウンドノイズの影響の大きさを評価することができる。
【0059】
第2実施形態においても、上記面積の比と、本来得られるべき値(ここでは2)の差に基づいて、バックグラウンドノイズの影響を大きく受けている目的化合物を特定することができる。そうした目的化合物については、第1実施形態と同様に、例えば、異なるMRMトランジションを選択するなどして、再度、上記一連の測定を行い、バックグラウンドノイズの影響を受けることなく分析することが可能な分析条件を探索すればよい。
【0060】
上記実施形態及び実施例はいずれも一例であって、本発明の趣旨に沿って適宜に変更することができる。
【0061】
第1実施形態では血漿に含まれる代謝物の測定を例に説明したが、これに限らず、メタボロミクス解析をはじめとしたオミックス解析分野において網羅的にマーカーを探索するなどの様々な測定を行う際に第1実施形態を好適に用いることがでる。クロマトグラフを用いて生体試料や食品中の化合物を分析する際には、除タンパク法や液-液抽出法、固相抽出法などの前処理によって分析対象試料から夾雑物を除去して目的化合物を抽出する。こうした、試薬を用いる前処理を要する様々な分析を行う際に、第1実施形態の方法を好適に用いることができる。
【0062】
第1実施形態では、前処理のうち、特に誘導体化のために用いられる試薬によるバックグラウンドノイズの影響を評価したが、除タンパク処理のために用いられる試薬によるバックグラウンドノイズの影響を評価することもできる。その場合には、例えば、除タンパク処理を行う前に、第1所定量の第1試料と第2所定量の第2試料を採取し、それぞれに対して、第1所定量に対する第2所定量の比とは異なる容量比で試薬を混合して除タンパク処理を行えばよい。
【0063】
上記実施形態及び実施例ではいずれもガスクロマトグラフ質量分析装置を用いたが、液体クロマトグラフ質量分析装置を用いてもよい。クロマトグラフの検出器としては、化合物の識別性が高い質量分析装置を用いることが好ましいが、質量分析装置以外のものを用いてもよい。ガスクロマトグラフの検出器としては、例えば、水素炎イオン化検出器や熱伝導度検出器を用いることができる。液体クロマトグラフの検出器としては、例えば、紫外可視吸光検出器や蛍光検出器を用いることができる。上記実施形態及び実施例では検出器として質量分析装置を用いたため、測定条件の1つにMRMトランジションを用いたが、測定条件は検出器に応じたものを用いればよい。例えば、液体クロマトグラフの検出器として紫外可視吸光検出器や蛍光検出器を用いた分析において、バックグラウンドノイズの影響が大きいと判定された場合には、検出パラメータである波長を変更することにより適切な分析条件を設定すればよい。
【0064】
また、上記実施形態及び実施例では、クロマトグラムのピークの面積の比を用いてバックグラウンドノイズの影響を評価したが、ピークの面積に変えてクロマトグラムのピークの高さを用いてもよい。
【0065】
[態様]
上述した例示的な実施形態が以下の態様の具体例であることは、当業者には明らかである。
【0066】
(第1項)
本発明の別の一態様は、クロマトグラフ分析により試料に含まれる1乃至複数の目的化合物を測定する際に、各目的化合物に対するバックグラウンドノイズの影響を評価する方法であって、
分析対象の試料から所定量の第1試料と、該所定量に対する比が第1の値である量の第2試料を採取し、
前記第1試料に対して第1の分量の所定の試薬を用いた前処理を行い、
前記第2試料に対して前記第1の分量に対する比の値が前記第1の値とは異なる第2の値である第2の分量の前記所定の試薬を用いた前処理を行い、
前記それぞれの前処理を行ったあとの前記第1試料と前記第2試料をそれぞれクロマトグラフ分析することにより1乃至複数の目的化合物を分離して測定し、
前記1乃至複数の目的化合物のそれぞれについて、前記第1試料における測定強度に対する前記第2試料における測定強度の比の値と前記第1の値との差に基づいて、各目的化合物に対するバックグラウンドノイズの影響を評価する
ものである。
【0067】
第1項に係るバックグラウンドノイズの評価方法では、分析対象の試料から所定量の第1試料と、該所定量に対する比が第1の値である量の第2試料を採取する。この比は1(即ち、第1試料と第2試料が同じ量)であってもよく、1以外の値(即ち、第1試料と第2試料が異なる量)であってもよい。そして、第1試料に対して第1の分量の試薬を用いた所定の前処理を行い、第2試料に対しても、第2の分量の試薬を用いた所定の前処理を行う。このとき、第1の分量と第2の分量の比を上記第1の値とは異なる値とする。この前処理には、例えば分析対象の試料が血漿である場合には除タンパク処理や誘導体化の処理が含まれうる。なお、前処理で使用する試薬は、その添加によって第1試料と第2試料に含まれる目的化合物の測定強度に影響を与えない量だけ添加する。具体的には、例えば血漿試料に含まれる代謝物を誘導体化する前処理を行う場合には、第1試料に含まれる代謝物と第2試料に含まれる代謝物のいずれもが十分に誘導体化されるだけの量(過剰量)の試薬を添加する。
【0068】
こうして前処理を行った後の第1試料と第2試料をそれぞれクロマトグラフ分析することにより、1乃至複数の目的化合物を分離して測定し、各目的化合物について、第1試料における測定強度に対する第2試料における測定強度の比の値を求める。上記の通り、第2試料の量の、第1試料の量に対する比は第1の値であり、第1試料と第2試料にそれぞれ含まれる各目的化合物の量の比も第1の値である。つまり、第1試料と第2試料をそれぞれクロマトグラフ質量分析することにより得られる測定強度の比は、バックグラウンドノイズの影響がなければ、本来、全ての目的化合物において前記第1の値になるはずである。従って、第1項に係るバックグラウンドノイズの評価方法では、第1試料と第2試料をそれぞれクロマトグラフ質量分析することにより得られる測定強度の比と前記第1の値との差の大小に基づいて、前処理工程で用いられる試薬や夾雑化合物に由来するバックグラウンドの影響の大小を評価することができる。
【0069】
(第2項)
第1項に記載のバックグラウンドノイズの評価方法において、
前記試料が生体由来の試料であり、前記前処理が該試料に含まれる試料成分を誘導体化する処理である。
【0070】
生体由来の試料(血漿等)には、目的化合物(代謝物等)以外に様々な夾雑化合物が含まれており、それらによって大きなバックグラウンドノイズが生じることがある。また、生体由来の試料を分析する際には、多くの場合、試薬を用いた前処理が必要であり、特に誘導体化試薬の混合によって夾雑化合物の組成等が変化することが多いため、こうした分析を行う際に本発明を好適に用いることができる。
【0071】
(第3項)
本発明の別の一態様は、クロマトグラフ分析により試料に含まれる1乃至複数の目的化合物を測定する際に、各目的化合物に対するバックグラウンドノイズの影響を評価する方法であって、
分析対象の試料から第1所定量の第1試料と、該第1所定量と異なる第2所定量の第2試料を採取し、
前記第1試料と前記第2試料をそれぞれクロマトグラフ分析することにより1乃至複数の目的化合物を分離して測定し、
前記1乃至複数の目的化合物のそれぞれについて、前記第1試料における測定強度に対する前記第2試料における測定強度の比の値と、前記第1所定量と前記第2所定量の比の値との差に基づいて、各目的化合物に対するバックグラウンドノイズの影響を評価する
ものである。
【0072】
第3項に係るバックグラウンドノイズの評価方法では、分析対象の試料から第1所定量の第1試料と、第1所定量と異なる第2所定量の第2試料を採取し、それぞれクロマトグラフ分析することにより1乃至複数の目的化合物を分離し測定する。そして、各目的化合物について、第1試料における測定強度と第2試料における測定強度の比を求める。第1試料に含まれる目的化合物と、第2試料に含まれる目的化合物の比は、第1所定量と第2所定量の比と同じであるため、本来、上記測定強度の比も第1所定量と第2所定量の比になるはずである。しかし、例えば生体試料のように、様々な夾雑化合物が含まれる試料の場合、それらの夾雑化合物の量とバックグラウンドノイズの大きさは比例しないことが多い。そのため、試料に含まれる夾雑化合物に起因するバックグラウンドノイズの影響が大きいほど、これらの比の差が大きくなる。第3項に係るバックグラウンドノイズの評価方法では、この比の差に基づいて、各化合物に対するバックグラウンドノイズの影響を評価することができる。
【0073】
(第4項)
第3項に記載のバックグラウンドノイズの評価方法において、
前記クロマトグラフ分析を行う前に、前記第1試料と前記第2試料が同一量になるように一方の試料を濃縮する。
【0074】
クロマトグラフ分析では、試料の注入量によってクロマトグラムのピーク形状が変化することがある。第4項に記載のバックグラウンドノイズの評価方法では、第1試料と第2試料を同一量とした上でクロマトグラフ分析を行うため、ピーク形状が変化するのを防ぐことができる。
【0075】
(第5項)
第1項から第4項のいずれかに記載のバックグラウンドノイズの評価方法において、
前記クロマトグラフ分析において、前記目的化合物を質量分析することにより測定する。
【0076】
クロマトグラフの検出器としては様々なものを使用することが可能であるが、その中でも質量分析装置は化合物の識別性が高い。そのため、多数の夾雑化合物が共存する試料等の分析においても、他の種類の検出器に比べ、バックグラウンドノイズの影響を受けにくい、適切な測定条件(MRMトランジションなど)を設定することができる。
【符号の説明】
【0077】
1…ガスクロマトグラフ部
10…試料気化室
11…マイクロシリンジ
12…カラムオーブン
13…カラム
2…質量分析部
20…分析室
21…イオン源
22…イオンレンズ
23…前段四重極マスフィルタ
24…コリジョンセル
241…多重極イオンガイド
25…後段四重極マスフィルタ
26…検出器
4…制御・処理部
41…記憶部
411…代謝物データベース
42…分析条件設定部
43…測定制御部
44…クロマトグラム作成部
45…ピーク検出部
46…ピーク面積比算出部
47…判定部
5…入力部
6…表示部
C…イオン光軸